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日記
2026年・5月
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  31日





   ……。


   うん……今朝もみんな元気だ、異常なし。


   ……ふふ。


   ん、なんだい?


   別に……ただ、あなたを見ているだけよ。


   そっか。


   ……ええ、然うなの。


   それで、いつから見ていたんだい?


   ……見られているような気配は感じなかったの?


   亜美ちゃんは、気配を消すのが上手だからなぁ。


   ……と言うより、敢えて感じないようにしていた、のではなくて?


   亜美ちゃんと一緒に居る時は、基本的に、気が抜けていることが多いんだ。


   ……特に、寝起きは?


   然う、寝起きは。


   ……平和ね。


   良いよね、平和って。


   ……然うね、ずっと続けば良いと思っているわ。


   うん、あたしもだ。
   それで、いつから?


   ……気になるの?


   うん、気になる。


   ……さっきから、かしら。


   さっきから、か……と言うことは、長い時間ではないね。


   ……気が付いていると思っていたのに。


   未だ起きないだろうって、思っていたんだ。
   ほら、ゆうべは遅かったからさ。


   ……誰かさんのおかげでね。


   あたしは、お互い様だと思うけどなぁ。


   ……あくまでも、あなたが然う思っているだけ。


   ならば、然ういうことに


   然ういうことなの、初めから。


   あ、はい。


   ……宜しい。


   未だ、躰は起こさない?


   ……起こすには、未だ億劫なの。


   じゃあ、朝ごはんまでゆっくりしていて良いよ。


   ……言われなくても。


   因みに、お腹は空いているかい?


   ……ついさっき、目が覚めたばかりだから。


   食べたいものがあったら、遠慮なく言ってね。


   ……ええ、言うわ。


   喉は乾いていないかい?


   ……少し。


   お水が良い?


   ……程良く冷えた、ね。


   ん、了解。


   ……でも、直ぐには飲めないわ。


   飲みたいと思った時に、直ぐに飲めるように。


   ……お気遣い、ありがとう。


   ふふ、どういたしまして。


   ……ふ。


   ん、何か可笑しかったかい?


   ……大したことではないわ。


   大したことではないのに、どうして笑ったの?


   ……大したことがなくても、笑ってしまうことは誰にでもあるでしょう?


   うん、あるね。


   ……あなたにも。


   うん、あたしにも。


   ……それでも、気になる?


   そりゃあ、気になるさ。


   ……然う、仕方ないわね。


   然うなんだ、だから教えて欲しいな。
   お水、ここに置いておくね。


   ……ん。


   教えて呉れるかい?


   ……教えてあげても、良いけれど。


   何か、ご要望が御座いましたら。


   ……そんな大仰なものではないわ。


   大きいものから小さいものまで、どうぞ、ご遠慮なく。


   ……なら、言うけれど。


   はい。


   ……朝食は、和食が食べたいわ。


   和食ですね、ご要望、確と承りました。


   大袈裟。


   お客様対応の練習を、少し。


   ホテルの従業員にでも転職するの?


   今のところ、その予定はないかな。
   ホテルのスイーツ担当なら、少しやってみたい気がするけど。


   まこちゃんって、特に女性のお客様から人気があるでしょう。


   ん、なんで然う思うんだい?


   多分、好きなひとは好きだろうから。


   え、と?


   これ以上は言わないわ。
   恐らく、分かっているだろうから。


   まぁ、あたし目当てに来て呉れるお客さんは居るらしいけど。


   はぁ。


   え。


   やっぱり、居るのね。


   居ると言っても、誰かは知らないよ。
   然ういうひとが居るらしい、とだけ。


   接客をしていれば、気付きそうだけれど。


   然ういうことは気にしないようにしているんだ。
   みんな、同じお客様だからね。


   ……然ういうところも良いのかしら。


   あたしとしては、お店の売り上げに貢献出来ればそれで良いんだ。


   ……。


   売り上げは、大事。
   なんせ、お給料に直結するから。


   ……ドライ?


   を、目指してます。


   ……うん、難しそうね。


   えー、然うかなぁ。


   どうしたって、生来の人懐こさが出ているから。


   それ、店長にも言われたよ。


   ふふ、でしょう?


   亜美ちゃんを目指しているつもりなんだけど、あたしには難しいかなぁ。


   ちょっと待って。


   ん?


   私を目指しているの?


   うん、然うだよ。


   初めて、聞いたのだけれど。


   うん、言っていなかったから。


   ……私、ドライ?


   アンド、クール。


   ……親しみは、感じられない?


   ううん、そんなことはないよ。
   水野先生は優しいからね。


   ……揶揄ってる?


   本気で言ってる。


   ……。


   信頼されているということは、良いお医者さんの証拠。


   ……信頼。


   ごめん、この話は止めようか。


   ……他人に信頼されることほど、難しいものはないわ。


   ん……然うだね。


   ……はぁ。


   ごめんよ、朝からこんな話をして。


   ……ううん、大丈夫。


   お詫びに、デザートを何かひとつ。


   ……考えておく。


   ん、考えておいて。


   ……。


   それで、どうして笑ったの?


   ……その話に戻るの?


   あ、駄目だったかな。


   ……あなたが楽しそうだから。


   うん?


   それで……つい、ね。


   あたし、楽しそうだった?


   ……みんなのお世話をしている時は、いつだって、楽しそうにしているわ。


   それで、亜美ちゃんも楽しくなってしまった?


   まぁ……そんなところ。


   ふふ、然うか。


   ね、大したことではなかったでしょう?


   いやいや、大したことだったよ。


   然うかしら。


   あたしにとってはね。


   ……今更だけど、みんなの様子はどう?


   勿論、楽しそうだよ。


   相変わらず、主に良く似ているのね。


   今となっては、主はふたり居るけれど?


   勿論、あなたのことよ。


   亜美ちゃんは?


   私は、今はもう、いつも通りだし。
   主になって、まだまだ日は浅いし。


   主になる前から、良く知っていたよ。


   でも、主ではなかったわ。


   主のともだち、そして恋人ではあったけど。


   主は、おともだちや恋人とは違うものでしょう?


   だけど、この子達は然うは思っていなかった。


   みんなが然う言っているの?


   うん、言ってる。


   私には、聞こえないわ。


   本当に?


   本当に。


   亜美ちゃんも、楽しそう。


   ……はい?


   と、言ってる。


   ……。


   然うだったら、嬉しいなぁ。


   ……だとしたら、あなたに釣られているだけ。


   ふふ、それでも嬉しいよ。


   ……。


   ガジュマルがさ、亜美ちゃんに似てきたと思うんだ。


   ……例えば、どこら辺が?


   んー、然うだなぁ。


   考えていなかったの?


   未だ、ぼんやりとしているんだ。


   つまり、言葉には出来ないと。


   今は、でも、そのうち出来る筈。


   そのうち?


   然う、そのうち。


   それ、本当に似てきたと言えるのかしら?


   言える、それだけは断言出来る。


   ふぅん……まぁ、良いけれど。


   良いんだ。


   気長に待ってあげる。


   はは、ありがとう。


   ……ご機嫌ね。


   改めて、亜美ちゃんのご機嫌は如何ですか。


   ……不機嫌そうに見えるかしら?


   んー……見えないかな。


   ならば、それが答え。


   あ、分かった。


   ……急に何?


   みんなの機嫌が良い理由。


   機嫌が良いのは、いつものことよね?


   それがさ、今朝はいつも以上に良いんだよ。


   ……どんな風に?


   全体的にきらきらしているだろう?


   きらきら……どこか悪いところがない限り、いつも然う言っていると思うけど。


   ほら、葉っぱなんてきらきらだよ。
   葉っぱだけじゃない、茎もきれいに伸びている。


   ……うどんこ病の気配がなさそうで良かったわ。


   あれは厄介だから、一生、無縁でいたい。


   ……他の病気もね。


   うん、他の病気も。


   ……それで。


   うん?


   ……みんなの機嫌が、いつも以上に良いと感じる理由は?


   それはね、亜美ちゃんがご機嫌だからだよ。


   ……私が?


   然う、亜美ちゃんが。


   ……まこちゃん。


   ん?


   それって……私はいつも不機嫌、とでも、言いたいの?


   え。


   然うとも、聞こえるけれど?


   いや、そんなつもりはないよ。
   うん、全くない。ないない、本当にない。


   必死ね。


   誤解はちゃんと解いておかないと、後々に響いてしまうかも知れないから。


   それは理解するけれど、度が過ぎると疑いが深くなる恐れもあるわよ。


   ぼんやりしている時はあるけれど、不機嫌な時はほとんどないよ。


   ふぅん?


   ないよな、みんな。


   良いわよ、正直に答えて呉れても。


   ないって、言ってる。


   どうかしら、ガジュマル?


   ……ナイヨ。


   まこちゃん?


   ……。


   全く……仕方のないひとね。


   ……ごめん。


   謝る必要はないわ。


   ……許して呉れるのかい?


   許すも何も、初めから必要ないでしょう?


   ……。


   謝らなければいけないようなことを、あなたは言ったの?


   ……そんなつもりは、なかった。


   ならば、良いわ。


   ……良い?


   ん、今回はね。


   ……はぁ、良かった。


   ふふ……。


   ……ん?


   あなたは、どんな時でも。


   ……うん。


   みんなのお世話を欠かすことがない。


   ……あたしにとって、みんなのお世話をすることは日課だから。


   欠かしてしまうと、一日の調子が狂ってしまうかも知れない?


   故に、欠かすことは出来ない。


   ……。


   亜美ちゃん……?


   ……そんなあなたを見ていると、しあわせな気持ちになる。


   しあわせ……?


   ……然う、しあわせ。


   ……。


   ……大きくなった、ガジュマルのおかげかしら。


   ガジュマルだけじゃない……。


   ……ん。


   ふたりで、しあわせになりたいと……。


   ……願って呉れたの?


   亜美ちゃんも、だろう……?


   ……。


   違うかい……?


   ……違わないわ。


   ……。


   ん……みんなが、見ているから。


   ……今更だ。


   もう、朝だから……。


   ……でも、今日はお休みだ。


   朝食が、遅くなってしまうわ……。


   ……お腹、空いたかい?


   あなたは、空いていないの……?


   ……その前に、心を満たしたい。


   ゆうべ、満たしたと思うけど……。


   ……一時間だけ、あたしに。


   時間で区切れるの……?


   ……難しい、かな。


   難しいと思うし……時間で区切るのは、なんとなく嫌。


   ……なら、思う存分。


   お腹は、持つの……?


   ……持たせる。


   途中で、お腹が鳴ったら……?


   ……聞こえたら、笑っちゃうかも。


   力だって、抜けてしまうかも知れないわ……。


   だけど……夢中になっていれば、大丈夫。


   ……。


   ……最後まで。


   そんなに、したいの……?


   ……したい。


   お水……未だ、飲んでいないわ。


   ……お水を、飲んだら。


   あなたは、乾いていないの……?


   ……亜美ちゃんが起きる前に、少し飲んだんだ。


   あぁ、然う……。


   ……亜美ちゃんが、欲しい。


   ぁ……。


   ……欲しい。


   もぅ……。


   ……許して呉れる?


   ……。


   ……だめかな。


   みんなのお世話は、もう……。


   ……うん、終わったよ。


   本当に……。


   ……本当に。


   ……。


   ……亜美ちゃん。


   ベッドに、戻る前に。


   ……うん?


   手を、洗ってきて。


   ……あぁ。


   ……。


   分かった……水を飲みながら、待っていて。


   ……ええ、然うするわ。


   ……。


   ……


   洗い終わったら、直ぐに戻るから。


   ……お水、飲み終わっていないかも知れない。


   その時は……隣で、待っているよ。


  30日





   ……。


   ……亜美ちゃん。


   ん。


   珍しいね。


   ……まこちゃん。


   学校で、ぼんやりしているなんてさ。


   ……後ろ姿しか見えていない筈なのに。


   背中は口ほどに物を言うって、言うだろう?


   ……それを言うのなら、目は口ほどに物を言う、よ。


   ん、然うだった。


   ……わざとよね?


   然う、わざと。


   ……なら、良いわ。


   でもさ、背中もわりと物を言うと思うんだ。


   ……背中で語っていた、とでも?


   んー……今回の場合は、その言葉は当て嵌まらないかな。


   ……妥当とは、言い難いわね。


   物言う背中、されど、語らぬ背中。


   ……ふ。


   いい加減で、ごめん?


   ……ううん、謝る必要はないわ。


   そっか。


   ……わざとではなく本気で言っていたのなら、教育的指導が必要になったかも知れないけれど。


   それも良かったなぁ。


   ……お望みとあらば、応えてあげても良いわ。


   では、今夜は如何ですか?


   今夜?


   塾が終わる頃に、お迎えに参ります。


   ……。


   今夜は難しいかな。


   ううん……迎えに来て。


   喜んで。


   ……お夕飯、楽しみにしていても。


   うん、楽しみにしてて。張り切って作っておくからさ。
   若しも希望があるようだったら、帰りまでに言ってね。


   ……今、言っても良い?


   勿論。


   ……あさりのクラムチャウダーが食べたい。


   クラムチャウダーなら、じゃが芋も入れても良いかい。


   ……うん、入れて。


   ん、分かった。


   ……他のお野菜も、入れて良いから。


   クラムチャウダーだけで、お腹が膨れてしまうくらい?


   ……私は、それでも良いのだけれど。


   ふかふかのあったかいパンは要らないかな?


   取り敢えず、ひとつだけ……あまり多くは食べられないと思うから。


   無理だったら、明日の朝に回しても良いからさ。


   ……ん、然うする。


   ふぅ……。


   ……。


   今日は、風が気持ち良いね。


   ……風に、夏の終わりを感じるわ。


   うん……漸く、秋めいたきた。


   ……今年は残暑が長かったから。


   亜美ちゃんのお誕生日も暑かったよね。


   ……ええ、本当にね。


   お誕生日ケーキ、本当は生クリームのベリーケーキを作るつもりだったんだ。


   ……レモンチーズケーキも、爽やかでとても美味しかったわ。


   美味しく食べてもらえて良かったよ。


   ……改めて、ありがとう。


   うん、どういたしまして。
   来年も楽しみにしててね。


   ……もう、来年の話?


   流石に、早いかな。


   ……ううん、良いと思う。


   ふふ……うん。


   ……。


   秋と言えば、食欲の秋。


   ……読書の秋。


   紅葉の秋。


   ……お勉強の秋。


   うーん。


   ……なぁに?


   お勉強は、季節関係ないような?


   ……秋は、特に捗るの。


   暑さが和らぐことで、冷房が要らなくなるのも大きい?


   ……大分ね。


   寝苦しい夜も、なくなるかな。


   ……睡眠の秋。


   ん、それは初めて聞いた。


   ……今、私が勝手に作ったから。


   でも、分かる気がする。


   ……然う?


   眠気を誘うと言えば、春だけれどね。


   ……それとは少し、趣が異なるから。


   秋は夏の疲れが出る、だろう?


   ……ええ、然うなの。


   そろそろ、季節の変わり目だ。
   体調には気を付けないと。


   ……体調を崩さない為にも、食事と睡眠、休息はきちんと取らないと。


   受験生になるのは来年だけれど、今の時期も大切だから。


   ……。


   あたしに出来ることがあったら、なんでも言ってね。


   ……もう、沢山してもらってる。


   それでも、ね。


   ……週末も、お泊まりに行っても良い?


   亜美ちゃんなら、いつでも大歓迎さ。


   ……じゃあ、行く。


   ね、迎えに行っても良いかな。


   ……来たいの?


   うん、行きたい。


   ……お部屋まで、お散歩?


   出来たらしたいなぁ、躰を動かすと頭の準備運動になるから。


   ……ならば、しましょうか。


   やった。


   ……時間は、お昼前が良い?


   午前中の秋風も、気持ちが良いよ。


   ……それでは、お昼前に。


   マンションの前で、待ってる。


   ……ううん、部屋まで来て。


   良いのかい?


   ……来て欲しいの。


   然ういうことならば、喜び勇んで。


   ……そこまで?


   スキップをしながら迎えに行く姿が、目に浮かぶようだろう?


   ……実際には、しないのでしょうけれど。


   誰も見ていなかったら、するかも知れない。


   ……誰にも見られていないと思っていたら、見られているものなのよね。


   誰も居ないと思って、鼻歌をご機嫌に歌っていたら……とかね。


   その点、美奈子ちゃんは堂々としていると思うわ。


   そんなんでいちいち恥ずかしがっていたら、アイドルなんて志望出来ないわよ、だそうだ。


   みんなの前で歌って踊るんですものね。


   美奈子ちゃんは、度胸と根性だけなら、誰にも負けないと思うんだよ。


   ふふ……それは、言えてる。


   ね。


   だけど。


   ん?


   お勉強に対しても、それくらいの強い意志を持って呉れたら良いのに。


   あー……それは、難しいな。


   ……アイドルになれたら、高校を中退しても良いと。


   え、そんなことを亜美ちゃんに言ったの?


   ううん、うさぎちゃん経由。


   ……然うだよな、亜美ちゃんには言えないよな。


   美奈子ちゃんが、どうしても然うしたいと言うのなら、私は止めないわ。


   ……。


   意外?


   いや……亜美ちゃんは、意志を尊重して呉れるから。


   だけど、いい加減な気持ちで言っているのなら……ひとりの友人として、止める。


   ……。


   なんだかんだ言っても、高卒の学歴はあった方が良いもの。


   ……うん、それはあたしも止めるな。


   最終的にはうさぎちゃんにお願いすることになると思うけど。


   うさぎちゃん?


   美奈子ちゃんが居ないと淋しい、と。


   あぁ……それは、何よりも効くだろうな。


   ……でしょう?


   うん。


   ……。


   話を元に戻しても良いかい?


   ……ん。


   お泊まりの日、他に何か希望があるのなら、遠慮なく。


   ……出来れば、で、良いのだけれど。


   なんだい。


   ……甘いものも、食べたいの。


   何でも言ってよ、あたしに作れるものならなんでも作るから。


   ……なんでも?


   然う、なんでも。


   ……。


   ……。


   ……しっとりした。


   しっとりした?


   ……ガトーショコラ。


   普通のチョコレート?
   それとも、ホワイトチョコレート?


   ……。


   若しくは、どちらも食べたい?


   ……ふたつは、手間が掛かるから。


   今回は、特別に。


   ……特別?


   然う、特別。


   ……いつも、然う言って。


   食べたいと、言って呉れたから。


   ……。


   だから、ふたつ、作りたいんだ。


   ……やっぱり、してもらってばかり。


   その代わり、あたしはお勉強を教わるから。


   ……それだけで、釣り合いが取れていると言えるのかしら。


   あたしは、言える。


   ……。


   だから、作らせて。


   ……だめなんて、私には言えない。


   ……。


   ん……まこちゃん。


   ねぇ、亜美ちゃん。


   ……なに。


   どうかした?


   ……別に、どうもしないわ。


   何か、あったとか。


   ……ううん、何もない。


   聞かない方が良いのなら……これ以上は、聞かない。


   ……言いたくないわけではないの。


   ……。


   ……寧ろ、聞いて欲しいと思っている。


   聞くよ……なんでも。


   だけど……今は本当に、ぼんやりしていただけだから。


   ……何も、考えずに?


   然う……何も考えずに、ただぼんやりと。
   強いて言えば……風が、気持ち良いと。


   そっか。


   ……。


   ……亜美ちゃん。


   私……少しだけ、疲れているのかも知れないわ。


   じゃあ、今夜は早めに休んだ方が良いと思う。


   ……。


   早めに休んで……明日からまた、頑張ろうよ。


   ……明日から。


   然う……明日から。


   ……。


   ……。


   ……あのね。


   ん……。


   ……ほんの、少しだけ。


   ……。


   ……不安で。


   不安……?


   ……毎日、お勉強をしているのに。


   ……。


   ……気が早い、わよね。


   ううん……そんなことはないと思うよ。


   ……私にも、美奈子ちゃんのような思い切りの良さがあったら。


   亜美ちゃんにも、十分あると思うけど……行動力だって、あるし。


   ……勢いはないわ。


   勢い……美奈子ちゃんは、明後日の方向に行く場合もあるからなぁ。


   ……それでも。


   羨ましい……?


   ……ううん、羨ましいわけではないの。


   そっか……良かった。


   ……良かった?


   軽く、嫉妬するところだった。


   ……。


   おかしい、かな。


   ……羨ましいのは、まこちゃん。


   ん。


   ……あなたのように、なれたら。


   あたしは……そこまでの人間ではないよ。


   ……ううん、そんなことはないわ。


   然う思って呉れるのは……きっと、亜美ちゃんだけだ。


   ……みんな、知らないだけ。


   でも、あたしは亜美ちゃんだけで良い……。


   ……。


   ……とは言え、そこまでの人間ではないんだけどね。


   まこちゃんは……不安になることは、ある?


   ……ないわけでは、ないよ。


   然ういう時は……ん。


   ……亜美ちゃんに甘える。


   私に……?


   然う……亜美ちゃんに。


   ……。


   重たくならない程度にね……。


   ……重たくても、構わないのに。


   負担になりたくないんだ……。


   ……負担。


   亜美ちゃんは今、とても大切な時期だと思うんだ……。


   ……だとしても。


   亜美ちゃんにだけは、嫌われたくない……。


   ……嫌うわけ、ない。


   ……。


   ……本当よ。


   分かってる……それでも、不安は消えないんだ。


   ……。


   亜美ちゃんに嫌われるのが……何よりも、怖い。


   ……まこちゃんは。


   ずっと、あたしの隣に居て欲しい。


   ……。


   遠い未来でも、亜美ちゃんと一緒に……それが、あたしの夢。


   ……ケーキ屋さんになって、自分のお店を持つ夢は。


   それも、叶えたい。


   ……。


   欲張りなんだ……あたしは。


   ……あなたならきっと、叶えられる。


   ケーキ屋さんになることは、ひとりでも……だけど、もうひとつの夢は、ひとりでは叶えられない。


   ……もうひとつの夢も、叶うわ。


   亜美ちゃん……。


   私は……欲張りなあなたのことも好きで、ずっと一緒に居たいと思っているんだもの。


   ……。


   ……あなたは私にとって、なくてはならないひとなの。


   あぁ……。


   ……永遠に、なんて言ったら、笑う?


   ううん……笑わないよ。


   ……とても子供染みていると思うの。


   あたしは、然う思わない……だって、あたしも然う思っているから。


   ……。


   ……亜美ちゃんの不安が、少しでも和らぐように。


   甘えても、良い……?


   ……甘えて、欲しい。


   ……。


   然うだ……夕ごはんのデザートに、プリンでも食べない?


   ……プリン?


   疲れている時は、甘いものだよ……。


   ……でも、手が。


   大丈夫……電子レンジで作る、お手軽プリンだから。


   ……。


   お手軽でも、美味しいよ……?


   ……うん、知ってる。


   食べるかい……?


   ……ん、食べたい。


   じゃあ、作ろう……ほろ苦い、カラメルと一緒に。


   ……ありがとう。


   こちらこそ、ありがとう……。


   ……。


   ……ねぇ、亜美ちゃん。


   なぁに、まこちゃん……。


   ……元気になったあの子が、亜美ちゃんに会いたがってる。


   ……。


   みんなも、同じくらい……。


   ……私も、会いたいわ。


   声も、掛けて呉れたら嬉しいな……。


   ん……勿論。


   ありがとう……みんな、喜ぶよ。
   


  29日





   ……ジュピター。


   ん……。


   ……怪我は。


   どれも掠り傷程度で、大したことはないよ……お風呂に入ったら、染みるくらいかな。


   然う……それは良かった。


   ……だけど。


   念の為、帰ったら見せてね。


   ……掠り傷でも、化膿しないとは言い切れない?


   傷口が出来ているのなら、可能性はゼロではないわ。
   故に、処置は適切に、きちんと行うべき。


   ふふ……マーキュリーは、心配性だなぁ。


   ……あなたにだけは言われたくないわね、ジュピター。


   あたしの方が心配性?


   ……聞くの?


   一応。


   ……あなたの方が、私は心配性だと思ってる。


   つまり、お互い様ってことだね。


   ……まぁ、それでも良いけれど。


   はは……。


   ……隣、良い?


   ん、勿論……と言うより、待ってた。


   ……ごめんなさい、待たせてしまって。


   みんなは、大丈夫そうかい?


   ……ええ、心配は要らないわ。


   マーキュリーは、どうだい……どこも、怪我はしていないかい?


   大丈夫……私も擦り傷程度よ。


   だとしても、ちゃんと手当てはしないとね。


   ふふ……分かっているわ。


   ……。


   ん……なに。


   ……ほっぺたに。


   あぁ……心配しないで、これは傷によるものではないから。


   ……本当に。


   本当よ……ほら、見て。


   ん……。


   ……ね、何もないでしょう?


   うん、何もない……だけどどうして、顔に。


   ……腕に付着していたものが、付いてしまったみたい。


   腕……?


   ……水を、拭った時に。


   水……。


   ……水滴が、ね。


   あぁ……然ういうことか。


   ……腕の傷も、ただの擦り傷だから。


   グローブ、破けちゃったのか……。


   これも、想定内……今となっては、破けない時がないもの。


   それは、確かに……毎回、破けてるよなぁ。


   ……。


   ん……くすぐったい、かも。


   ……痛くはない?


   痛くない、くすぐったい。


   ……然う、良かった。


   若しかして……触りたいだけ?


   ……然うだと言ったら、どう思う?


   そのまま触っていて欲しいと思う。


   ……手、冷たいでしょうに。


   このひんやり具合が、躰に籠った熱を冷ますのに丁度良いんだ……。


   ……あなたのグローブも、酷く破れているわ。


   うん、両方ぼろぼろ……左手なんて、かろうじて手首に残ってるくらい。


   ……然うみたいね。


   鬱陶しいから、取っちゃおうかな……これ。


   ……変身を解けば、なくなるわよ。


   然うなんだけど……良いや、取っちゃえ。


   ……ふ。


   子供染みてる?


   ……未だ、未成年だもの。


   なら、思い切り。


   ……取った後、その布片はどうするの?


   取り敢えず、ここに置いておくよ。
   変身を解けば、きれいに消えて呉れるし。


   捨てるわけではないのね。


   捨てはしないよ、あくまでも置いておくだけ。


   まぁ、どちらでも良いけれど。


   良いんだ?


   変身を解けば、きれいに消えて呉れるもの。


   便利だよね、この装束。


   然ういう点ではね。


   これでもう少し、耐久性が高ければなぁ。


   それでも、ただの布よりは高いのよ。


   それは、然うなんだけどさ。


   私としては、もう少し面積が欲しいわ。


   面積?


   特に足、スカートが幾らなんでも短すぎる。


   足は……然うだなぁ、これで怪我をするなと言う方がおかしい。
   かと言って、スカートが長いと動きづらいだろうし、難しいところだ。


   ……スカートである必要性。


   それは、絶対とは言えないかな。
   機能性が高ければ、スカートである必要はない。


   ……今だから、言うけれど。


   なんとなく、分かるけど……どうぞ。


   恥ずかしいという気持ちは、勿論あったのだけれど……ふざけているのか、と問いたい気持ちもないわけではなかったの。


   可愛いのは分かるんだけど……戦うのに、これはないよね。


   もう少し、考えて欲しかったわ……誰が考えたのかは、知らないけれど。


   中には、スターライツのようなデザインもあるしなぁ……。


   共通点は襟の部分だけ……太陽系を出ると、デザインが変わるのかしらね。


   あれはねぇ、流石に恥ずかしい。


   ……ジュピターは身長が高いから、似合うかも知れない。


   だとしても、あれは恥ずかしいな……上なんてほとんど下着で、お腹も腰も丸出しじゃないか。


   ……水着だと思えば。


   耐久性どころの話じゃないよ、あれは。
   お腹だって、急所に違いないのにさ。


   ……それは、然う。


   まさかとは思うけど……一度で良いから見てみたいなんて、言わないで呉れよ。


   ……言うのも駄目なの?


   駄目とは、言わないけど……若しも、言うのなら。


   ……言うのなら?


   あたしも、言うかも知れない……いや、確実に言うよ。


   ……まさか、あの姿の私を見てみたいと?


   そりゃあ、見てみたいさ……きっと、とても。


   ……とても?


   とても……格好良いかなって。


   ……ふぅん。


   本当だよ。


   ……あなたは恥ずかしいと思うのに、私は恥ずかしいと思わないとでも?


   思わない、かな。


   ……。


   でも、格好の良さは……う。


   ……どうせ、恥じらっているところが見てみたいとでも考えていたのでしょう。


   そこまでは……考えていないよ。


   ……そこまでは?


   ……。


   はぁ……いよいよ、前世のあなたに似てきたわね。


   ……前世のあたしは、寧ろ、嫌がりそうだ。


   然うかしら。


   ……ふたりきりだったら、喜ぶかも知れないけど。


   似てきたわね。


   ……普遍的な気持ちだと思うんだよなぁ。


   ジュピターの?


   ……マーキュリーだけだよ、あたしをこんな気持ちにさせるのは。


   私だけ、ね。


   ……マーキュリーこそ、どうして見てみたいと。


   私は、言ってないわよ。


   ……うん?


   あなたが言わないで欲しいと言ったから。


   ……言わないだけで


   私は単純に、あなたに似合っていて格好良いのでないかと思っただけ。


   ……。


   それ以外のことは考えていないわ。


   ……あの装束、あたしに似合うと思う?


   私は、思う。


   着る機会はないと思うけど……ありがとう。


   お礼を言うことなの?


   ……格好良いと思って呉れたから。


   ……。


   ん……。


   ……戻ってきて、貸して呉れないかしら。


   いや……もう、来ないと思うよ。
   帰る場所は、ここから遥か遠くにあるらしいし。


   ……。


   戻ってきたとしても、借りられるものではないと思うんだよ。


   ……いっそ、作ってみる?


   作って……?


   ……あなたなら、作れるかも。


   えと……コスチュームプレイ?


   ……どうかしら?


   作れなくは、ないかも知れないけど……だったら、マーキュリーの分も作りたい。


   ……私は、遠慮しておくわ。


   なら、あたしも遠慮しておくよ。


   然う……残念。


   ……そんなに、見たいの?


   見てみたいと言ったら、叶えて呉れる?


   ……どうしてもと、言うのなら。


   どうしても。


   ……分かった。


   でも、やっぱり良いわ。


   ……良いの?


   無理強いは、したくないもの。


   ……マーキュリー。


   ……。


   ……ふと、思ったのだけれど。


   なぁに……?


   向こうから見たら……こちらのデザインの方が恥ずかしいかも知れない。


   ……それは、あるかも知れないわね。


   本当、誰が考えたんだろう……セーラー戦士の装束のデザインって。


   ……ふ。


   うん……?


   ……こんな時に、何を考えているのかしら。


   あー……ふふ、本当だね。


   ……。


   ねぇ、マーキュリー……劣化することって、あるのかな。


   ……劣化?


   以前に比べたら、やわになった気がするんだ……。


   ……あなたの雷気に、耐えらなくなってきているのかも知れない。


   然うなのかな……。


   ……今のあなたは、前世のあなたに。


   いや、それは未だだ……。


   ……だけど、全く近付いていないわけではない。


   マーキュリーは……どうだい。


   私は……癪だけれど、未だ。


   ……は。


   なに……。


   ……言い方が、似てた。


   ん……。


   ……だけど、癪だよね。


   ええ……癪だわ。


   ……ふたつの記憶。


   ……。


   前のあたし達と……生まれ変わる前のあたし達。


   ……どちらも、今の私達には関係ないわ。


   然う……関係ない。


   ……上書きもさせない。


   管理は、面倒だけどね……。


   ふ……全くだわ。


   ははは……。


   ……。


   取り敢えず……今回も、みんなが無事で良かった。


   ……然うね。


   ……。


   ジュピター……。


   ……ねぇ、マーキュリー。


   なぁに……。


   唐突だけど……この子を、連れて帰っても良いかなぁ。


   ……唐突ではないわ。


   気が付いてた……?


   ……うっすらと。


   そっか……。


   あなたが、連れて帰りたいと思うのなら……私は、反対しないわ。


   ……賛成もしない?


   賛成か反対か、そのどちらかと問われるのならば……私は、賛成と答える。


   ……もう、どうにもならないかも知れないけど、それでも。


   あなたが、したいようにすれば良い……私は、然う思う。


   あたしのしたいように、か……。


   ……私はあなたがしたいと思う方に賛成するわ、ジュピター。


   マーキュリー……。


   ……時間は、もう少しだけあるから。


   ありがとう……決めたよ。


   ……どちらにするの。


   連れて帰る……若しかしたら、元気になって呉れるかも知れないから。


   ……。


   少しでも可能性があるのならば……あたしは、諦めたくない。


   ……然う。


   うん。


   私に出来ることがあれば……多分、ないと思うけれど。


   あたしの部屋に来た時、みんなと同じように声を掛けてあげて欲しい。


   ……ん、分かったわ。


   ありがとう……。


   ……。


   ムーンの声が聞こえる……そろそろ、合流しようか。


   ……ん、然うしましょう。


   立てるかい?


   ここまで来たんだもの……大丈夫よ。


   ん、そっか。


   でも、ありがとう。


   こちらこそ、ありがとう。


   ……。


   マーキュリー?


   ……やっぱり、手を貸してもらおうかしら。


   ふふ、勿論良いよ。


   ……。


   良いかい?


   ん……良いわ。


   ……。


   ……ありがとう、ジュピター。


   どういたしまして……マーキュリー。


   ……。


   それじゃあ、行こうか。


   ……その前に。


   ん?


   ……帰ったら?


   先ずは、この子の処置。


   ……それから?


   あたし達の傷の手当てをする。


   ……ん、宜しい。


   あと、ごはんを作って……亜美ちゃんと、ふたりで食べる。


   お風呂にも入りたいわ。


   ふたりで?


   ひとりで。


   久しぶりに、


   先週、一緒に入った。


   今週は未だ、入ってない。


   今夜は、ひとりずつ。


   じゃあ、明日ならどうだい?


   明日にならなければ、分からないわ。


   今の気分は?


   ひとりずつ。


   ん、明日に期待しよう。


   ……。


   どうした?


   なんでもない……少し、疲れただけ。


   それは、なんでもなくないな。
   早く、部屋に帰ろう。


   ……その子も。


   ……。


   早く、連れて行ってあげないとね。


   ……うん。


   ……。


   残りは……あとどれくらい、あるのかな。


   ……分からない。


   ……。


   分からないけど……いつかは、なくなる筈。


   ……さっさと、なくなって欲しいな。


   本当に……でないと、お勉強に集中出来ないわ。


   ……は。


   でしょう?


   ……はい、その通りです。


   来年は、受験生……兎に角、頑張らないと。


   ……あまり、無理はしないでね。


   少しくらいの無理ならば、寧ろ、するべき。


   まぁ、少しくらいなら……でも、ごはんは食べて欲しい。


   ……。


   ん……なに。


   ……ふと、今日のお夕飯はどうするのかと思って。


   今夜の夕ごはんか、どうしようかなぁ……何か、希望はあるかい?


   ……手軽なもので良いと思うけれど。


   手軽……残りの炊き込みご飯で、お茶漬けなんてどうかな。
   お腹にも優しいと思うし。


   ん……とても良いと思うわ。


   それと、何かもう一品……。


   ……お茶漬けだけで、十分だけど。


   駄目だよ……そろそろ、だろう?


   ……そろそろ?


   貧血予防の為に……然うだ、冷ややっこでも付けようかな。
   薬味に長葱を切ってのせるだけだし、手軽に作れる。


   ……。


   どうだろ……?


   ……良いと思う。


   うん、それじゃあ決まりだ。


   ……お茶は、私が淹れるわ。


   ん……お願い。


  28日





   ……


   ……。


   ……はぁ。


   ん……。


   ……え。


   ……。


   ……あ。


   ……。


   ……え、と。


   んぅ……。


   ……ん。


   ……。


   ……そう、ゆうべは。


   あみちゃん……。


   ……っ。


   ……。


   ……おきて、いない?


   ……。


   おきて、ない……はぁ。


   ……


   ゆうべは、わたし……まこちゃんのおへやに、とまって。


   ……ふふ。


   え。


   ……然うだよ。


   まこ、ちゃん……?


   亜美ちゃん……ゆうべは、あたしの部屋に泊まって呉れたんだ。


   ……。


   然ういうわけだから……おはよ、亜美ちゃん。


   お、おはよう……まこちゃん。


   ん……どした?


   べつに……どうも、しない。


   ……そう?


   ちゃんと、憶えていたもの……。


   ……あたしの部屋に、泊まったこと?


   それだけじゃない……泊まるって約束していたことも、ちゃんと憶えてる。


   ……そっか。


   なに……。


   ううん……なんでも。


   ……。


   あたしも、まだ……ね。


   ……まだ、なに。


   聞きたい……?


   ……。


   ふふ……。


   ……まこちゃんは、いつから。


   あたしは……ついさっき、目が覚めたんだ。


   ……ついさっき?


   然う……ついさっき。


   ……そうなの?


   ん……然うなの。


   ……私が、目を覚ます前?


   どうだろ……若しかしたら、同じくらいかも知れない。


   同じくらい……ほぼ同時?


   かなぁ。


   ……。


   ん、亜美ちゃん……?


   うそ……まこちゃんの方が、きっと先だった。


   先だとしても……そんなには、変わらないと思うんだ。


   ……でも、先は先。


   それは、然うなんだけど……。


   ……1秒だけだとしても、先は先。


   1秒……?


   ……たとえ、0.1秒だとしても。


   ……。


   やっぱり、まこちゃんの方が……ん。


   ……亜美ちゃん。


   や……ん。


   ……何が、いや?


   もう……朝、だから。


   朝だけど……雨、だから。


   ……だから、なに。


   空……そこまで、明るくない。


   ……でも、朝は朝。


   然うだねぇ……。


   ……もう、だめ。


   だめ……?


   ……だめ。


   ん、そっか……残念。


   ……。


   亜美ちゃんが、あまりにも可愛かったから……さ?


   ……みんなの。


   みんな……?


   ……お世話を、してあげて。


   あぁ……然うだった。


   そうだったって……まさか、忘れていたの。


   ううん、忘れてはいないよ……だけど、もう少し後でも良いかなぁって。


   だめ……直ぐにしてあげて。


   ……もう少しだけ。


   だめです。


   あ、はい……分かりました。


   ……。


   お世話をしたら戻ってくるから、ベッドの中で待ってて欲しいな。


   ……喉が乾いたら、


   然うだ、喉は乾いていないかい?
   何か持ってくるよ。何が良い?


   ……温かいものよりも、冷たいものが良い。


   冷たいものだね。


   ……お水で。


   お水は、あんまり冷えすぎてない方が良いかな。


   ……程良く。


   ん、分かった。


   ……みんなの後で良いから。


   お水なら直ぐに用意出来るから。


   ……今直ぐに、飲むわけではないし。


   用意しておけば、気が向いた時にいつでも飲めるだろ?


   ……飲めるけど。


   なら、先に。


   ……然う言いながら、躰を起こそうとしないの。


   温もりが、気持ち良くて……離れ難いんだ。


   ……まこちゃん。


   はい、今度こそ起きます。


   ……。


   起きる支度をして……む。


   ……待ってるから。


   む……?


   ……ちゃんと待ってるから、ベッドの中で。


   ……。


   だから……早く。


   ……うん、分かった。


   ……。


   みんな、おはよう。
   起きたら、見てあげるからね。


   ……はぁ。


   アミチャン、オハヨウ。


   ……ん。


   みんなが、亜美ちゃんに朝の挨拶がしたいって。


   ……おはよう、みんな。


   オハヨウ、アミチャン。
   キョウモ、カワイイ。


   ……。


   あ、だめだった?


   ……もぉ、ばか。


   いや、でも、みんなが……。


   ……だとしても、訳さないで。


   はぁい……。


   ……もぅ。


   ……。


   ……なに。


   ううん、なんでもない。


   ……言ったら、怒ると思う。


   だよね……。


   ……。


   とりあえず、上着を……。


   ……上着。


   亜美ちゃんも、要るかい?


   ……要る。


   じゃあ、枕元に


   ……待って。


   うん?


   ……まこちゃんの上着が良い。


   あたしの?


   ……だめ?


   んーん、だめじゃない。


   ……。


   シャツとパーカー、どっちがいい?


   ……今、手に持ってるの。


   これ?


   ……ん。


   分かった、枕元に置いておくね。


   ……ありがとう。


   ふふ、どういたしまして。


   ……。


   あたしはパーカーでいっか。


   ……シャツの方が良いなら、返す。


   ううん、そのシャツは亜美ちゃんに着て欲しい。


   ……。


   ん、今朝は少し冷えているかな。


   ……雨が、降っているなら。


   梅雨寒か……今日は一日、雨の予報だっけ。


   ……分からない。


   うん?


   ……天気予報、昨日は全く見ていないから。


   ……。


   ……ゆうべは、見られなかったの。


   そっか……ゆうべは、テレビをつけなかったんだっけね。


   ……と言うより、つけられなかった。


   ん……然うだった。


   ……ねぇ、まこちゃん。


   なんだい、亜美ちゃん。


   ……口元が、緩んでる。


   ……。


   ……分かりやすい。


   見えた……?


   ……みんなが、教えて呉れたの。


   みんなが……良く見てるなぁ。


   ……主がしそうなことは、見なくても分かる。


   ……。


   ……ですって。


   むぅ……。


   ……さぁ、みんなを早く見てあげて。


   うん……然うする。


   ……。


   よ、と……下は、良いか。


   ……躰が冷えてしまうかも知れないから。


   然うだね、穿こう。


   ……。


   水、持ってくるね。


   ……うん。


   ……。


   ……空気が、ひんやりする。


   はい、亜美ちゃん。


   ……もう?


   ここに置いておく?


   ……ん、置いておいて。


   ゆっくり飲んでね。


   ……ありがとう、然うするわ。








   朝ごはんは、何か希望はあるかい?


   ……まこちゃんが作ってくれるものなら、なんでも。


   なんでも、かぁ……さて、どうしようかな。


   ……今日はお休みだから、ゆっくりで良いと思うの。


   じゃあ、お魚でも焼こうか。


   ……お魚?


   それから、お味噌汁を作って……具は、何が良い?


   ……お豆腐があるなら。


   あるよ、お豆腐。


   ……ん。


   それじゃあ、合わせるのは三つ葉にしようかな。


   ……ねぇ、なんのお魚を焼くの?


   鮭だよ。


   ……鮭。


   きのこと一緒にソテーにするか、ムニエルにして刻んだトマトを添えるか。
   それとも、シンプルに塩焼きにするか。


   ……。


   亜美ちゃんは、どれが良い?


   ……塩焼き。


   塩焼き?


   ……まこちゃんが食べたいもので。


   なら、塩焼きかな。


   ……本当に?


   うん、本当に。


   ……それなら、良いけど。


   焼き鮭とお味噌汁……お野菜で一品、何か欲しいな。


   ……大根。


   大根?


   ……か、ほうれん草。


   大根かほうれん草……大根のサラダと、ほうれん草のおひたしはどうだろう。


   ……二品も?


   ほうれん草のおひたしは、箸休めにも丁度良いからさ。


   ……私も作るわ。


   亜美ちゃんも?


   ……作りたい。


   なら……然うだな、お味噌汁とおひたしをお願いしても良いかな。


   ……ええ、良いわ。


   やった、亜美ちゃんが作るお味噌汁も美味しいんだよね。


   ……まこちゃんの味には及ばない。


   いやいや、亜美ちゃんの味も美味しいよ。


   ……家で作ることはないから。


   それなのに、あんなに美味しいなんてさ。
   亜美ちゃんには料理の才能があると思うんだよね。


   私は……まこちゃんに教わった通りに、作っているだけ。


   教わった通りに作れることもまた、才能のひとつだと思う。


   ……。


   身近にさ……教わった通りに作らないのがひとり、居るだろ?


   あれは……独創的なのだと思う。


   独創的なのは、良いんだけど……まずは、基礎を身に付けて欲しい。


   ……丸ごと茹でた人参を、そのまま刺したり。


   皮も、剥かずにね……まぁ、食べられるけど。


   ……胡瓜を、刺したり。


   刺す以外にも、何か欲しいよね……。


   ……輪切りにした大根を、油も引かずにフライパンで焼いたり。


   大根ステーキを作りたいのなら、色々言いたいことはあるけれど、まずはフライパンに油を引いて、火は中火、大根はもう少し薄く切って欲しいかな。
   調味料も出来ればちゃんと分量を量って、且つ、強火のまま投入しないで呉れると、フライパンと大根が焦げずに済む……。


   ……包丁を持つだけで、はらはらしたり。


   うん……それはもう、料理以前の話だね。


   ……お魚の目と合うパイ。


   ああいうパイ、イギリスの料理であったと思う……魚がまるで、空を見上げているような。


   ……イギリスに留学経験があるから。


   ある意味、本場の料理だったね……残念ながら、生焼けだったけど。


   ……不器用?


   では、済まないかな……あれは。


   ……あの独創性はある意味、才能だわ。


   料理じゃなければ……いや、料理でも活かせるとは思うんだけど、なにぶん、基礎が。


   私は、教わった通りにしか出来ない……。


   亜美ちゃん。


   ……うん?


   それはね、とても大事なことなんだよ。
   他は分からないけど、料理に関してはまずは教わった通りに作ってみることが大事。


   ……基礎も?


   うん、料理は何よりも基礎が大事なんだ。


   ……お勉強も、基礎が大事よ。


   ん、然うだよね。
   何事も、基礎は大事だ。


   ……また、教えて欲しいと。


   ……。


   ……まこちゃん。


   その時は……亜美ちゃんに、傍に居て欲しい。


   ……ん、居るわ。


   ありがとう……。


   ……ううん。


   話を元に戻すけど……教わった通りに作れるのもまた、才能だから。


   ……ん、大事にするわ。


   うん、然うして呉れるとあたしが嬉しい。


   まこちゃんが?


   もっと教えてあげたい気持ちになる。
   もちろん、亜美ちゃんさえ良ければ、だけど。


   ……教えて欲しい。


   ほんと?


   ん……ほんと。


   うん、それじゃあ教える。


   ……ふふ。


   ん、やっぱり教えない方が良い?


   ううん……楽しそうだなぁって。


   ……うん、楽しいよ。


   まこちゃん?


   好きなひとに、自分の好きなことを教えるのは楽しい。


   ……あ。


   しかも、教えて欲しいなんて言われたら……すごく楽しいし、嬉しい気持ちになるんだ。


   ……分かる。


   今日は……ううん、今日も良い朝だ。
   ねぇ、みんな。みんなも、然う思うだろう?


   ……。


   見て、亜美ちゃん。
   みんなも楽しそうだよ。


   ……きっと、主であるあなたが楽しい気持ちになっているから。


   うん。


   ……。


   良し、今日も異常なし。


   ん……良かった。


   というわけで、お待たせ。


   ……。


   待ってて呉れて、ありがとう。


   ……どういたしまして。


   ……。


   ……だめ。


   ん……やっぱり、だめ?


   ……見ているから。


   見てる……?


   ……みんなが。


   みんな……あぁ。


   ……だから、だめ。


   見えないように、む。


   ……もう、だめです。


   ん……分かりました。   


  27日





   お邪魔します。


   いらっしゃい、お茶は何がいい?


   ありがとう……今日は、オレンジペコで。


   オレンジペコだね、あたしもそうしようっと。


   ……。


   クッションはいつもの場所にあるからさ。
   お茶の支度が整うまで、好きに寛いでいて。


   その前に、みんなを見てもいい?


   ん、もちろん。
   みんなも喜んでるよ、亜美ちゃんが来てくれたって。


   ふふ、そうだとうれしい。


   むしろ、喜ばないわけがない。


   そうなの?


   主であるあたしが喜んでいるんだから。


   そういうもの?


   植物は、主に似るんだよ。


   主に……確かに、みんな素直そうだわ。


   そう見える?


   ん、見える。


   ふふ、そっか。


   ねぇ、まこちゃん。


   なんだい?


   話してくれた子は、この子?


   お、もう見つけてくれたの?


   ん、この子だけ初めて見る子だから。


   や、流石は亜美ちゃんだなぁ。


   はじめまして、よろしくね。


   ハジメマシテ、ボク、ガジュマル。


   うん?


   ヨロシクネ、アミチャン。


   まこちゃん?


   その子に代わって、あたしが亜美ちゃんにご挨拶。


   それは嬉しいけれど、どうして片言なの?


   その方が、らしいかなって。


   と、あなたの主が言っているのだけど……そうなの?


   ソウダヨー。


   ふ……もう、まこちゃんったら。


   あはは。


   ……あなたの主は、面白いひとね?


   どうだい、かわいいだろ?


   ん……まこちゃんがかわいいって言っていた理由が分かったわ。


   一目惚れだったんだ。


   お花屋さんで?


   ちょこんと、隅っこに置かれていてさ。
   あたしに見つけてもらうまで、隠れていたように見えたんだ。


   本当にそうだったら、興味深いけど。


   きっと、そうだって。


   お店の都合ではなく?


   そうかもしれないけど、あたしは隠れてたと思いたい。


   なら、私もそう思うことにする。


   亜美ちゃんも?


   まこちゃんがそう言うのなら、きっと、そうだと思うから。


   良かった、思い込みの激しい奴だと思われなくて。


   そんなこと、思うわけないわ。
   まこちゃんの植物への思いは本物だもの。


   ふふ、うれしいなぁ。


   ね……まこちゃんに見つけてもらえて、良かったね。


   ボクモ、トッテモウレシイヨー。


   ふっ。


   アミチャンニモ、アエタシネー。


   ……声音まで、わざわざ変えて。


   その方が、面白いかなぁって。


   ……。


   ん、亜美ちゃん?


   もぅ……まこちゃんは。


   あれ、そんなに面白かった?


   だって……ふ、……ふふ。


   アミチャン、ワライスギダヨー。


   ふっ……もう、やめて。


   ヤメタホーガ、イーカイ?


   ……出来れば。


   じゃあ……モースコシダケ、ツヅケチャオッカナ。


   ……もぉ、まこちゃん?


   うん、もうやめようかな。


   ……そうして。


   ん、分かった。


   ……。


   でもまさか、ここまで笑ってくれるとは。


   だって……そんなことされるの、初めてだったから。


   次は、ない?


   ないと、思うけど……分からない。


   ……。


   ……はぁ。


   落ち着いたかい?


   ……だからって、またしないでね。


   しないよ、今は。


   ……今は?


   忘れた頃に、またするかも。


   ……忘れないわ、今日のことは。


   うーん、亜美ちゃんなら忘れなそうだな。


   ……まこちゃんの声音も、片言の話し方も。


   忘れてもいいよ?


   ……いや、忘れない。


   忘れてもいいのにな。


   ……いやよ、絶対に忘れないんだから。


   絶対?


   そう……絶対。


   ということは……次はもう、笑ってもらえないかな。


   ……それは、分からない。


   分からない?


   ……不意を突かれたら、笑ってしまうかも。


   なるほど……憶えておこう。


   忘れて?


   いやだよ?


   ……。


   ……。


   ……ふふふ。


   ははは。


   ……ね、まこちゃん。


   なんだい、亜美ちゃん。


   この子は、ガジュマルと言うのね。


   そう、ガジュマル。
   なんだか、名前みたいだろ?


   うん……とてもかわいい名前だと思う。


   だよね、あたしもかわいいと思うんだ。


   ガジュマル……あなたは、ガジュマル。


   この子の花言葉はね、健康。


   ……うん。


   それから、たくさんのしあわせ。


   ……たくさんの、しあわせ。


   ね、素敵な花ことばだろ?


   ん……とても素敵な花言葉だわ。


   亜美ちゃんが、しあわせになりますように。


   ……うん?


   そんな願いを込めて。


   ……自分のしあわせを、願うのではないの?


   自分のしあわせを願うより、あたしは誰かのしあわせを願いたいんだ。


   ……この子は自分ではなく、誰かのしあわせを願う子なの?


   ううん、あたしが勝手にそういうことにしてる。


   ……。


   亜美ちゃん、そろそろお茶の支度が出来るよ。
   今日のおやつはね、ガトーショコラなんだ。


   ……なら。


   ん?


   私が、願うわ。


   亜美ちゃんが?


   まこちゃんのしあわせを。


   え。


   この子に。


   ……。


   ふたつの願いを負うには、この子は小さいかしら。


   ……50センチくらいになるんだ。


   50センチ?


   そう……今は、小さいけど。


   ……これくらいかしら。


   うん、それくらいだと思う。


   ……。


   ねぇ、亜美ちゃん。


   ……なに。


   みんなと同じように、この子もかわいがってくれたらうれしいな。


   もちろん……みんなと同じように、かわいがりたい。


   ん……ありがと。


   ……改めて、よろしくね。


   亜美ちゃん、お茶にしよう。


   ん、まこちゃん。


   今日のガトーショコラ、おいしく作れたと思うんだ。


   まこちゃんが作ってくれたもので、おいしくなかったものなんてひとつもないわ。


   へへ、そうかなぁ。


   家ごはんも、お弁当も、お菓子も、どれもおいしいの。


   亜美ちゃんにそう言ってもらえるのがうれしくて、いつも、張り切っちゃうんだ。


   でも、テスト勉強は集中してやってね?


   はい、分かってます。


   まぁ、時間があまりかからないものなら、いいけど。


   3分で出来るマグカップケーキとか?


   あのケーキには驚いたわ、材料をマグカップに入れてかき混ぜて、それから電子レンジで温めるだけなんだもの。


   あれはね、手軽で簡単だから朝ごはんにもおすすめなんだ。
   プレーンもシンプルでおいしいけど、砂糖の代わりにジャムを入れてもいいし、ココアやコーヒーを入れてもおいしい。


   アイスクリームや生クリームをのせてもおいしいのよね。


   そうそう、チョコレートを刻んで入れてもおいしいんだよ。


   それも、おいしそう。


   作ったら、食べてくれるかい?


   ん、もちろん。


   じゃあ、作ろう。


   と、言いたいところだけど。


   ……え?


   ……。


   あ、もしかして、もう食べたくない?


   ううん、そうじゃないの。


   ……飽きちゃった?


   飽きることなんてないわ。


   じゃあ……?


   今度は私が作りたい。


   亜美ちゃんが?


   私が作ったものは、食べたくない?


   そんなことない、とっても食べたいよ。


   じゃあ、作ってもいい?


   ん、作って欲しい。


   それなら、食べたいケーキを考えておいてね。


   んー、亜美ちゃんが作ってくれるのならなんでもいいな。


   なんでも?


   うん、なんでも。


   じゃあ……抹茶のケーキを作ってもいい?


   抹茶?


   そう、抹茶。


   抹茶かぁ。


   だめかしら。


   ううん、いいよ。
   抹茶のケーキもおいしいからね。


   でも、作る時は変わるかもしれない。


   うん、変わるの?


   だって、その時の気分が今と同じとは限らないでしょう?


   はは、それはそうだ。


   チョコレートのケーキは、まこちゃんにお願いしてもいい?


   あたしに任せてくれるのかい?


   ん、折角だから、ふたりで作りましょう?


   うん、いいね。
   ふたりで作ろう。


   うん。


   そうだ、抹茶のケーキならさ。


   何か、入れた方がいい?


   ホワイトチョコを入れてもおいしいと思うんだ。


   ホワイトチョコ?


   意外とね、抹茶と合うんだよ。
   と言っても、最近発見したんだけど。


   そうなのね……でも、そうかもしれない。


   ね、ちょっと食べてみたくない?


   うん、まこちゃんが言うと、食べてみたくなるわ。


   じゃあ、今度のマグカップケーキは亜美ちゃんの抹茶ホワイトチョコと、あたしのチョコレートで決まり……では、ないか。


   ううん、決まりでいい。


   気分は変わらない?


   ん、ちゃんと決めてしまえば変わらないわ。


   はは、そうなんだ。


   今、思ったのだけど。


   なんだい?


   テスト勉強中に作るのもいいかもしれない。


   え、いいの?


   うん、気分転換になると思うし。


   なるよ、絶対になる。


   ふふ、私もなるかしら。


   なる、と、思う。


   ふふふ。


   ねぇ、お茶も淹れてもいいだろう?


   うん、お茶があった方がよりおいしいもの。


   亜美ちゃんとテスト勉強中におやつタイム、絶対に楽しい。


   言っておくけれど、あくまでもお勉強が中心だからね?


   ん、分かってます。


   ……。


   亜美ちゃん?
   どうした?


   ん……今まで、どうして思いつかなかったのかなって。


   うん、何がだい?


   私……いつも、作ってもらうばかりでしょう?
   テスト勉強中でも、まこちゃんはおいしいお菓子を作ってくれて。


   それは、あたしが作りたいから。
   亜美ちゃんが気にすることは、何もないよ。


   ……けど、テスト勉強に集中してと言いながら、まこちゃんが作ってくれるお菓子を食べているなんて、図々しいにも程があるわ。


   図々しいことなんて、ちっともないよ。
   亜美ちゃんがおいしそうに食べてくれるだけで、あたしはがんばろうと思えるんだから。


   がんばろうと……お勉強を?


   そう、お勉強を。


   ……そういうもの?


   うん、あたしはそういうものなんだ。


   ……私は。


   さぁ、お茶にしよう。


   ……ねぇ、まこちゃん。


   んー?


   ……私は、まこちゃんがいなくても。


   ……。


   でも……まこちゃんと、一緒にいるようになってからの方が。


   あたしはまだ、亜美ちゃんのがんばる力にはなれていないかもしれない。
   ううん……もしかしたら、この先も、そんな力にはなれないかもしれない。


   ……。


   だけどね……少しだけでもいいから、亜美ちゃんを支える力になりたいと思ってるんだ。


   ……支える、力。


   難しいかもしれないけど……出来たら、そうなりたいと思う。


   ……。


   さ、食べよう?


   ……もう、なっているわ。


   え。


   ……もう、なってくれているの。


   亜美ちゃん……。


   ……まこちゃんがいてくれるから、私は背中を真っすぐにすることが出来る。


   背中を……?


   ……教室ではずっと、丸めていたと思うの。


   ……。


   誰にも、関わらないように……見られることも、ないように。
   背中を丸めて、顔を伏せて、息をひそめて……耳を、塞いで。


   ……そんなこと、しなくたっていい。


   そう……まこちゃんが、私に言葉をくれたから。


   ……いくらでも、あげるよ。


   ……。


   それに、あたしだけじゃない……うさぎちゃんもいる。
   学校は違うけど、レイちゃんや美奈子ちゃんだっている。


   ……そうね。


   うん。


   ……だけど、今の私に、初めて力をくれたひとはまこちゃんなの。


   ……。


   あぁ、今分かった……私はまこちゃんに、がんばる力をもらっている。


   ……あたしに。


   背中を真っすぐに伸ばして、前を見る力。
   教科書や参考書、ノートだけじゃなくて……外の世界を見る力。


   ……あたしが亜美ちゃんに、そんな力を。


   ありがとう、まこちゃん。
   今まで気がつかなくて、ごめんなさい。


   う、ううん、いいんだ。


   ……。


   あたしは……あたしが、亜美ちゃんの力になれていることが知れて、すごくうれしいから。


   ……まこちゃんは、とても優しいひと。


   そんなことは……。


   ……雪に埋もれてしまった花壇の子達も、まこちゃんのおかげで。


   あの子達が、強かったからだよ……あたしは、ちょっとした手助けをしただけだ。


   まこちゃんは、ちょっとした手助けなんて言うけれど……それが、とても大きな力になるの。


   ……。


   私……まこちゃんが、好き。


   あ。


   ……とても。


   あたしも……亜美ちゃんが、好きだ。


   ……ありがとう。


   ……。


   お茶……冷めちゃうわよね。


   あ、うん……そうだね。


   ……ガトーショコラ、おいしそう。


   ね……食べてみてよ。


   ん……いただきます。


   うん……召し上がれ。


   ……。


   ……。


   ……ん。


   どうだい……?


   ……やっぱり、おいしいわ。


   ふふ、良かった。


   しっとりしていて、甘くて……しあわせ。


   あ……。


   ……まこちゃんと、過ごせて。


   亜美ちゃん……うん、あたしもしあわせだ。


   ……まこちゃんも、食べて?


   ん、食べるよ……亜美ちゃんと一緒に。


  26日





   ……ここに来るまでに、予想はしていたけれど。


   いつも以上に、時間がかかったもんなぁ。
   早めに出てきて、本当に良かった。


   ……一晩で、こんなに積もるだなんて。


   降るとは言っていたけど、まさかここまで降るなんて、思ってもいなかったよ。


   予報どおりにならないことは、良くあることだけど……ここまでだと、流石に。


   これじゃあ、交通機関も乱れちゃうわけだ。
   バスはともかく、電車はいつ動き出すか。


   地下鉄なら、まだ。


   問題は地上だよね。


   明け方まで降っていたようだから……線路の除雪が済むまでは、動かないと思う。


   うん、それは大変だ。


   ……お花達、大丈夫かしら。


   基本的には寒さに強い子達だから、大丈夫だとは思うけど……一応、見てみるよ。


   私にも、何か出来ることがあれば。


   亜美ちゃんは、先に入っていてもいいよ。


   ……どうして。


   寒いだろ?
   今朝は氷点下だって言ってたし。


   寒いと言っても……それは、まこちゃんも同じでしょう?


   あたしは大丈夫だよ。


   ……体温が高いから?


   それもあるけど、冬生まれだから。


   ……関係、あるの?


   多分、あるんじゃないかな。
   あたし、小さい頃から寒いのは平気だから。


   ……平気ではないと思う。


   風邪もあまりひかなかったし。


   だとしても、躰は冷えてしまうわ。


   それは、まぁ、そうかな。


   あまり役に立てないかもしれないけど……何か、したいの。


   役に立たないなんてことはないよ。


   ……だったら。


   だけど、風邪をひいてしまうかもしれないから。


   ……まこちゃん。


   終わったら、すぐに行くからさ。


   ……せめて、ここにいたいの。


   亜美ちゃん……。


   ……私に出来ることは、何もなくても。


   ……。


   ……ごめんなさい。


   本当のことを、言うとさ。


   ……うん。


   あたしもね、眺めてることしか出来ないんだ。


   ……え。


   無理に雪を取り除こうとすると、凍っている茎が折れちゃったり、株が傷んだりしちゃうかもしれないから。
   だからこのままにして、雪が融けてくれるのを、ひたすら待つことしか出来ないんだよ。


   ……そうなの?


   うん、実はそうなんだ。


   じゃあ……まこちゃんと一緒に、眺めていてもいい?


   亜美ちゃんさえ、良ければ。


   ……いいに、決まってる。


   ふふ、そっか。


   ……。


   はぁ……息、真っ白だ。


   ……今朝は、氷点下だから。


   寒かったらすぐに言ってね、あっためてあげるからさ。


   ……うん、ありがとう。


   まだあっためてないけど、どういたしまして。


   ……本当に温めてくれるの?


   本当に、あっためてあげるよ。


   ……。


   ん、冗談だと思った?


   ……少しだけ。


   冗談の方がいい?


   ……。


   ん?


   ……ううん、本当がいい。


   ん。


   ……。


   じゃあ……遠慮なく、言ってね。


   ……うん。


   ……。


   ……誰も、登校してこない。


   あたし達が早すぎたのかな。


   ……でも、7時は過ぎているわ。


   外の部活は出来ないかな、流石に。


   ……外で出来ない時は、体育館や校舎内でしているわ。


   そうか、筋トレだったら中で出来るか。


   声が、聞こえてこない……完全にお休みなのかしら。


   まぁ、これだけ降ればなぁ。
   部活よりも、安全が優先されるかもしれない。


   ……安全が優先。


   どうせだから、学校も休みになればいいのになぁ。


   ……。


   なんてさ、そんなことあるわけないか。


   ……もしかしたら、今日は休校。


   へ?


   ……警報が出ていたのなら、可能性はないわけじゃない。


   出てたっけ?


   ……朝のニュースでは何も言っていなかったから、出ていたとしても解除されているのだと思う。


   ……。


   ……今頃、連絡網が回っているかも。


   あー……誰も、いないや。


   ……私の家も、誰もいないわ。


   まぁ、いなかったら次の家に回すだろ。


   ……あとで、先生に確認しましょう。


   ん、そうだね……でも、向こうから来るかもしれないよ。
   休校のはずなのに、生徒がふたり、花壇の前で佇んでいたら。


   ……それは、あり得るわ。


   だろ……?


   ……。


   怒られても、大丈夫だ。
   さっさと謝って、帰ればいいよ。


   ……怒られはしないと思うけど、注意はされると思う。


   注意ぐらい、なんともないさ。


   ……ん、そうよね。


   もしも休校だったら、うちにおいでよ。


   ……お勉強、してもいい?


   もちろん。


   ……まこちゃんも。


   あたしも?


   休校とは基本、自宅待機をすることではあるけれど、自宅学習をすることでもあると思うの。


   ……と、なると。


   まこちゃん、一緒にお勉強しましょうね。


   う……とっても素敵な笑顔。


   ん、そうかしら。


   光り輝いてた。


   ……大袈裟?


   では、ないかな。
   あたしには、そう見えたから。


   ……行かない方が、いい?


   ううん、来て欲しい。


   ……お勉強。


   するよ、亜美ちゃんと一緒に。


   ……本当?


   ん、ほんと。


   ……ふふ。


   良かった?


   ……ん、良かった。


   お……。


   ……なに?


   今度は、かわいかった。


   ……それよりも。


   ん?


   ……ちゃんと、花壇を眺めないと。


   話していても眺めているよ、ちゃんと。


   ……知ってる。


   はは。


   ……ふふ。


   今日はあまり、気温は上がらないんだっけ。


   ……今日の最高気温は、5度だと言っていたわ。


   5度か……日が当たれば、少しは融けてくれるだろうけど。


   ……今日の予報は、一日、薄曇り。


   薄曇り……でもまぁ、寒さは大丈夫かな。


   ……雪に覆われていた方が、冷たい風にさらされないから?


   うん、それもあるかな。


   ……それも?


   雪にすっぽり覆われていると、0度以下になりにくくて、保温効果があるんだって。


   ……かまくらみたいね。


   ふふ、そうだね。


   ……でも。


   でも?


   ……雪に埋もれてしまって、潰れたりはしていない?


   秋からしっかり根を張っていたから、少しくらいなら重みがかかっても大丈夫だと思う。


   ……パンジーとビオラの姿は、全く見えないけれど。


   小さい子達ではあるけれど、強い子達でもあるから。


   ……。


   だけど、中には傷ついている子もいると思う。
   そういう子は、雪が融けたら、傷んだ葉っぱや花びらを取り除いてあげないといけない。


   ……適切な対処をしてあげれば、大丈夫?


   完全に折れていなければ、立ち直ってくれると思うんだ。


   ……強い子達だから。


   そう、あたし達が思っている以上にね。


   ……他には、何をすればいいの?


   肥料をあげる、その方が元気になるのが早いから。


   ……肥料。


   その時は、手伝ってくれるかい?


   うん、お手伝いしたい。


   ふふ、ありがとう。
   じゃあ、ふたりであげよう。


   ん。


   ……。


   ……パンジーとビオラ、昨日まではきれいに咲いていたのに。


   見えないだけで、雪の下でも負けずに咲いているよ。


   ……うん、そうよね。


   草丈があるプリムラだけ、完全には埋もれてない。


   ……まこちゃんみたい。


   あたし?


   ……ん。


   んー……。


   ……ごめんなさい。


   ん、どうして?


   ……気に障ったのなら。


   全然、障ってないよ。
   プリムラはすらっとしていて、きれいな花だしね。


   ……まこちゃんもすらっとしていて、きれいだわ。


   へへ、ありがと。


   ……。


   もしも、さ。


   ……うん?


   亜美ちゃんが埋もれてしまうくらいに雪が降ったら、あたしが肩車をしてあげるよ。


   そんなに降ったら……大変だわ。


   はは、この辺でそんなに降ったら、完全に大惨事だよねぇ。


   ……色々なものが間違いなく、機能不全に陥る。


   学校も会社もお店だって、みんな、お休みだ。


   ……物流が途絶えたら、食料品だって運ばれてこない。


   うん、それはすごく困る。


   ……蓄えがあれば、耐えしのぐことは出来るかもしれないけど。


   うちだと……冷蔵庫の中だけでなく、冷凍食品や乾麺も合わせれば、一週間くらいはもつかもしれない。


   ……私の家は、そんなにないわ。


   困ったら、うちにおいで。
   ううん、最初から来てもいいよ。


   ありがとう……でも、私がいたら。


   亜美ちゃんは少食だから、問題ない。


   ……それでも。


   二人分の計算なんだ。


   ……はい?


   亜美ちゃんとあたし、ふたりで一週間分。


   ……そんなに、あるの?


   切り詰めれば、いける。


   ……切り詰めたら。


   大丈夫。


   ……。


   だけど、お母さんが心配だよね。


   ……母は。


   お母さんと、一緒でもいいから。


   ……。


   だから……どうしても困った時は、うちに来て欲しい。


   ……ありがとう、まこちゃん。


   どうか、忘れないでね。


   ……うん、忘れない。


   うん……。


   ……。


   ……食料もだけど、電気やガス、水道は大丈夫かなぁ。


   水道に関しては、降雪に関わらず、寒さ対策をしておかないと水道管凍結の恐れがあるわ。


   お湯をかけて融かそうとすると、水道管が破裂してしまうかもしれないんだっけ。


   そうなると完全に断水してしまって、復旧するのに時間がかかってしまうから。


   水は直接、命に係わることだから、気を付けないとなぁ。


   ……困ったら、私を呼んで。


   亜美ちゃんを?


   ……正確には、マーキュリー。


   マーキュリー……水の力。


   ……飲み水くらいなら、なんとかするから。


   すごいな、マーキュリー……。


   ……すごくはないわ。


   ううん、すごいよ。
   困ったら、呼ぶね。


   ……ん。


   電気はどうだろ。


   電気は……もしかしたら、一部で停電が発生してしまうかも。
   雪の重みで電線が切れてしまう可能性もあるだろうし。


   そうしたら、あたしの出番かな。


   ……まこちゃんの?


   と言うより、ジュピターの。


   ……雷の力。


   ちょっとした電力に使えないかな。


   ……使いようによっては、もしかしたら。


   何かに使える?


   ……でも、力が強すぎてショートしてしまうかも。


   やっぱり、だめか。


   ……ジュピターの力は、敵を打ち倒すほどに強力なものだから。


   そっか……ちょっと残念。


   それに……長時間、維持することも難しいと思う。


   確かに、ずっとじゃ疲れちゃうもんな。


   ……ジュピターの力に耐えうる強力な蓄電装置があれば、可能かもしれないけど。


   問題は、そんな蓄電装置があるかどうかだ。


   ……雷の力に耐えうるものは、少なくとも、一般的な家にはないと思う。


   だよなぁ。


   ……。


   ……亜美ちゃん、寒くはないかい?


   ん……まだ、平気。


   ……。


   ……まこちゃん?


   あたしは……少しだけ、くっつきたいな。


   ……。


   ……だめかい?


   ……。


   だめなら……無理強いは、しない。


   ……だめじゃ、ない。


   じゃあ……いい?


   ……うん。


   それじゃあ……遠慮なく。


   ……。


   ……。


   ……やっぱり、あったかい。


   人間かいろ。


   ……。


   なんて。


   ……かいろだなんて。


   ちょっとした、たとえ。


   ……。


   ……雪、早く融けるといいな。


   うん……本当に。


   ……。


   ……あ。


   うん……どうした?


   ……先生。


   え、どこ。


   ……正面玄関から、何か言ってる。


   正面玄関……。


   ……。


   今日は休校だから、早く帰りなさい……って、言ってる?


   ……言ってる。


   ……。


   帰らないと……。


   ……ん、帰ろう。


   ……。


   もう少し、眺めていたかったけど……仕方ない。


   ……。


   必ず、雪は融けるから……それまで、がんばるんだよ。


   雪が融けたら……まこちゃんが、きっと。


   と。


   ……。


   はーい、今帰りまーす。


   さようなら、先生。
   はい、気をつけて帰ります。


   よし、帰ろうか。


   ん。


   うちに帰ったら、あったかいお茶でも飲もう。


  25日





   ……。


   ん……もう、こんな時間か。
   そろそろ、夕ごはんの支度でもしようかな。


   ……。


   亜美ちゃんは……とりあえず、そっとしておいて。


   ……まこちゃん。


   ん。


   ……誰を、そっとしておくの。


   一応、亜美ちゃんの予定だったのだけれど……もう、必要ないかな。


   ……。


   おはよう、亜美ちゃん。


   ……私、眠っていた?


   うん、参考書を開いたままね。


   ……シャーペンは。


   筆入れに。


   ……。


   手に持ったままだと危ないと思って。


   ……あぁ。


   眠っていたと言っても、うたた寝くらいの時間だよ。
   ほら、外はまだ、真っ暗になってないだろ?


   ……どれくらい?


   そうだなぁ……大体、10分くらいかな。


   ……そう。


   思っていたよりは短かくて、ほっとした?


   ……そもそも、眠るつもりはなかったんだもの。


   それは、そうか。


   ……はぁ。


   思うに、疲れがたまっているんじゃないかな。


   ……自分では、そう思っていないのだけれど。


   疲れってのは、知らず知らずにたまっていくものだからさ。
   むしろ、自覚してない方が危ないんじゃないかなって思うよ。


   ……疲れがたまるようなことなんて、何も。


   亜美ちゃんは、いつも忙しくしているよね。
   今でも、ほぼ毎日、塾に通っているし。


   ……忙しそうに見える?


   うん、あたしにはそう見える。
   だから、大丈夫かなって、いつも思ってるんだ。


   ……だめね。


   あ、だめだった?


   ううん……だめなのは、私。


   亜美ちゃんはだめじゃないよ。


   ……もう少し、体力をつけないと。


   体力は、あると思うなぁ。時間を作っては、泳ぎにも行っているし。
   1キロくらい、軽く泳いでるだろ? あたしには真似出来ないよ。


   でも……まこちゃんに比べたら、全然。


   あたしと比べちゃだめだよ。


   ……だめなの?


   もしも比べるって言うなら、あたしは亜美ちゃんの頭と比べちゃうぞ?


   ……私の頭と?


   亜美ちゃんと比べたら、あたしは全然、勉強出来ない。
   テストで満点なんて一度も取ったことないし、平均点を取るのもやっとだし。


   それは……もっと、お勉強すれば。


   すれば出来るかもしれないけど、亜美ちゃんよりお勉強するのはあたしには難しいなぁ。


   ……まこちゃんは、がんばっているわ。


   うん、昔のあたしと比べれば、今のあたしは随分とがんばってると思う。
   亜美ちゃんにお勉強を教わる前は平均点すらまともに取れなかったけど、今ではそこそこ取れるようになった。
   初めて数学で平均点を取れた時は、それはもううれしくて、その日のうちに亜美ちゃんに見てもらったくらいだよ。


   ……うん、とてもうれしそうだった。


   まぁ、間違った問題の復習を、その日のうちにすることにはなったけどね……。


   だって復習は大事だもの、間違えた問題をそのままにしておいてはいけないわ。
   来年は受験生なのだし、今のうちに何度も復習して解き直しておかないと。
   それに今からしておけば、来年になって慌てることもないと思うの。


   はい、その通りです。


   ……そもそも、まこちゃんと私は違うわ。


   頭の出来が?


   そうじゃなくて、まこちゃんと私は違う人間でしょう?
   好きなものも違うし、苦手なものだって違う。


   なら、体力だって違う。
   そうだろ?


   ……それは。


   比べるなら、過去の自分自身と。
   その方が……えと、建設的? だと思うんだ。


   ……まこちゃん。


   あ、間違ってた?


   ううん……間違ってない。


   そっか、良かった。


   ……。


   そういうわけだから、今夜は早めにベッドに入った方がいいと思うんだ。


   ……どうして、そうなるの?


   あたしといる時に、短い時間だとは言え、うたた寝をしてしまうくらいに疲れているみたいだから。


   それは……その、たまたまで。


   たまたま?


   ……ぼんやり、していたのかもしれない。


   分かる、ぼんやりしていると眠くなっちゃう時もあるよね。


   そうなの。


   思うに、それは疲れが原因なのかもしれない。


   ……原因ではないかもしれない。


   ん、そうだね。
   でも、今夜は早めにベッドに入った方がいいんじゃないかな?


   まぁ……入るだけなら。


   ベッドの中に入ったら、今夜は、本は読んじゃだめだよ。


   ん。


   部屋の中を真っ暗にして、朝までぐっすり眠れば、大分疲れは取れると思うんだ。


   ……一時間くらいなら、本を読んでも。


   一時間か……ベッドに入る時間にもよるけど。


   ……10時。


   10時……そこから一時間で、11時。


   ……それくらいなら、いいと思うの。


   日が替わるまで読んでいたら、また、うたた寝をしてしまうかもしれない。


   ……日が替わるまでは、今夜は、読まないわ。


   ……。


   まこちゃん……?


   ……出来れば、週に何度かはそういう日を作って欲しいと思うけど、あたしには強制することは出来ないから。


   ……。


   なるべく、寝不足にはならないようにね……あたしは、心配性だからさ。


   ……本当に10分だけ?


   うん?


   ……居眠りしていたのは。


   本当だよ。


   ……本当に、本当?


   10分くらいだから、1、2分の誤差はあるかも。


   ……本当は、30分じゃなくて?


   んーん、30分は寝てないよ。


   ……時計を見せてもらってもいい?


   いいよ。
   はい、どうぞ。


   ……用意しておいたの。


   やっぱり、自分の目で確かめたいかなぁと思って。


   ……。


   眠ってしまう前の時間は、憶えてるかい?


   ……ううん、残念ながら。


   ほんとにね、一瞬だったんだ。


   ……一瞬?


   ゆっくりでも動いていたシャーペンが、完全に止まってしまったのは。


   ……。


   でも、テーブルに突っ伏すわけでもなくて。
   躰も揺れていなかったし、本当にそのままの姿勢で眠ってたんだ。


   ……。


   横にしてあげることも考えたんだけど、触ったら起きてしまうかなって。
   もしかしたら、眠りが浅いかもしれないし……それで、様子を見てたんだ。


   ……だから、そっとしておいてくれたの。


   亜美ちゃんは、ひとの感触や気配に敏感だから。
   勝手なことをして、起こしてしまいたくなかったんだ。


   ……。


   でも、起きないようだったら、横にするつもりだった。
   ずっとその姿勢のままでいたら、首が痛くなってしまうだろうから。


   ……首は痛くないわ。


   ん、そっか。
   良かったよ。


   ……眠気は少し、感じていたと思う。


   うん。


   ……でも、お勉強をしていれば。


   目が覚めると思ってた?


   ……いつもは、そうなの。


   んー……やっぱり、疲れてるんじゃないかなぁ。


   ……そうなのかしら。


   前に、学校で熱を出しちゃったことがあっただろ?


   ……日直のまこちゃんを、図書室で待っていて。


   そう、あの時も疲れがたまっているのが原因だった。


   あの時は……考えたこともない状況になっていたから。


   躰だけじゃなく、心も疲れちゃってたんだよね。


   ……今は、大分慣れたと思うの。


   そうかい?


   ……まこちゃんは。


   あたしは、まだ慣れたとは言えないかなぁ。


   ……。


   時々、記憶が邪魔するんだ。
   まるで、今のあたしの記憶であるかのように振る舞って。


   ……割り切れない。


   うん?


   ……全部を思い出したわけじゃないのに。


   前の記憶に……遥か昔の記憶。その記憶が、まさにファンタジーの世界のようで。
   考えると疲れちゃうから、考えないんだけど……でも、それでもさ。


   ……まこちゃんは、戦士症候群って聞いたことある?


   戦士症候群? ううん、聞いたことない。
   それは、なんなんだい?


   少し前に雑誌で流行った、サブカルチャー現象。


   さぶ、かるちゃー?


   自分は目覚めた戦士で、仲間の戦士を探している。
   或いは、自分は前世の記憶を取り戻した転生者で、前世の仲間を探している。
   そう思い込む、もしくは、信じるひと達がいたみたい。


   えと……まんがの世界?


   そうよね……私も、そう思う。
   でも、彼女達は心から信じていたらしいの。


   彼女達……女の子が多かった?


   ……うん。


   そっか……あたしには、良く分からないや。


   ……前世を信じた中学生の女の子達が、大量の解熱剤を飲む自殺ごっこをするまでに至った。


   じ、自殺ごっこ?
   な、なんだそれ。


   一度、死んで……前世の自分を見てみたかったみたい。


   いや、一度死んだら……生き返ることなんて、ないよ。


   そう……普通は、生き返らない。


   ……。


   生まれ変わりがあったとしても……多分、全く同じ自分にはならない。


   ……。


   私は、どうなのか……全く同じではないと思っているのだけれど、本当のところは分からない。


   あたしは……あたしは、違うと思いたい。


   容姿も名前も同じで……違うとしたら。


   前のあたしが亜美ちゃんと初めて逢ったのは二学期だった。
   何故なら、あたしは二学期に十番中に転校してきたから。


   ……今の私達は、一学期に。


   転校が前のあたしよりも早くなったのは……早く、転校したいと思ったからだ。


   ……どうして、思ったの。


   何かに、急かされているような……そんな気がしたんだ。
   それで、転校の時期を早めて……一学期が始まる少し前に、こっちに来た。


   ……うさぎちゃんに、呼ばれていた?


   どうなのかな……でも、そうだったら、うさぎちゃんと一番にともだちになっていたと思うんだ。


   ……確か、教科書を貸してあげたのよね。


   うん、なんの教科だったかは忘れちゃったけど。


   ……その時点では、おともだちにはならなかった。


   少し、話しただけで……そう、ドレスの話。
   それで、気になって……見に行ったら、亜美ちゃんに逢った。


   私は……今回もルナが飛びかかってきて、構っていたら、うさぎちゃんと宇奈月さんが来て。
   それから、総合病院の場所を聞かれて……ゲームセンターに誘われたのだけれど、塾を理由にして断った。


   それで、塾の帰りに行ってみようと思ったんだよね。


   ん……なんとなく、行ってみたくなって。
   そうしたら、まこちゃんが一緒に来てくれることになったの。


   ゲームセンターに行くことなんて、全く考えてなかったんだ。
   ドレスを見たら部屋に帰って、いつものように夕ごはんを作って……だけど。


   私、ゲームセンターに行くのは初めてだったから……まこちゃんが来てくれて、うれしかったの。


   有名な5組の水野さんがゲームセンターに行くなんて聞いた時は驚いたけど、一緒に行ったらとても楽しくて。
   亜美ちゃん、初めてのわりにはゲームがとても上手でさ。全然、敵わなかった。


   でも、まこちゃんは……あの、アームで景品を取るゲームがとても上手だったわ。


   あれはね、わりと得意なんだ。


   ……6組の木野さんとおともだちになれるなんて、思ってもいなかった。


   あたしも、5組の水野さんとともだちになれるなんて思わなかったな……気になっては、いたけど。


   ……気にしてくれていたの?


   あれ、言わなかったっけ。


   ……聞いた、ような。


   珍しい。


   ……そうね。


   ん?


   ……忘れるわけ、ないのに。


   記憶……混ざってる?


   ……上書き保存だけは、されたくない。


   うわがき、ほぞん?


   ……元のファイルに、変更したファイルを保存すること。


   え、えと……。


   つまり……今の私の記憶に、前の私の記憶が上書きされること。


   ん。


   ……それだけは、させない。


   ……。


   私は、私のまま、ここまで生きてきたの……前の私なんて、関係ない。


   ……あたしも、いやだな。


   でも、ふたつの記憶を持っていると……上手に分けておかないと、ちょっとした瞬間に混ざってしまうことはあると思う。


   ……厄介だな。


   ううん……違う。


   ん、違うの?


   上書き保存という考え方なら……今の私が、前の私のファイルに上書きされたファイルなのかもしれない。


   ……。


   だけど、今の私は……どこまで行っても、今の私でしかない。
   前の私なんて、知らない……他人と、何が違うというの。


   亜美ちゃん。


   ……。


   そうやってずっと、考えているのかい?


   ……ぐるぐると、回ってしまうことがあるだけ。


   ぐるぐると、か……遥か昔、前世とやらの記憶も。


   ……断片的に。


   あたしも同じだ……あたしの場合は、ぼんやりしてるけど。


   ……とてもじゃないけれど、お勉強でもしていないと。


   勉強?


   ……え?


   亜美ちゃんは、お勉強で紛らわしているのかい?


   う、うん……そう、だけど。


   それは、ちょっと淋しいなぁ。


   ……淋しい?


   あたしとお喋りするんじゃ、だめかい?


   ……あ。


   あとは、あたしと一緒にごはんを食べたり。


   ……。


   ん……あたしじゃ、やっぱりだめか。


   ……ひとりで、いる時の話だから。


   ひとりで……?


   まこちゃんと一緒にいる時は、紛らわす必要なんてないの。
   だって……まこちゃんといると、楽しいから。


   ……ほんと?


   ん……ほんと。


   そっか……ふふ、うれしいな。


   ……。


   目は、完全に覚めたみたいだね。


   ……うん。


   今夜は、どうする?


   ……早めにお休みしようと思う。


   ん、そっか。


   ……まこちゃんは、心配性だから。


   うん、そうだよ。
   あたしは、心配性なんだ。


   ……変わらない。


   ん、なに?


   ううん……なんでもない。


   今から夕ごはんの支度をするんだ、今日も食べて行ってくれるだろ?


   ん……ごちそうに、なるわ。


   お、今回は聞かれなかった。


   ……うん?


   食べてもいい? って。


   ……。


   ん?


   ……いい?


   あ。


   ……ふふ。


   えと……もちろん、いいよ。


   ね……今日のお夕飯は、何を作ってくれるの?


   今日はね……まだ、考え中。


   そうなの?


   だから、何か希望があったら。


   ……希望。


   亜美ちゃんが、食べたいもの。


   ……シチュー、かしら。


   シチュー?


   まこちゃんに、聞かれた時に……なんとなく、シチューのにおいがしたような気がして。


   ……。


   あの、無理だったら。


   シチューにしようかなって、考えてた。


   え。


   たまたま、かな。


   ……どうなのかしら。


   ……。


   でも……望んだのは間違いなく、今の私だから。


   うん……作りたいと思ったのは、間違いなく、今のあたしだ。


   ……。


   じゃあ、今夜はシチューにしよう。
   きのこと鶏肉のね。


   ……ふふ、おいしそう。


   おいしいのを作るからさ、楽しみにしてて。


  24日





   ……。


   亜美ちゃん。


   ……ん。


   待たせちゃって、ごめんね。


   ……まこちゃん。


   日誌を先生に提出して職員室を出ようとしたら、職員室のごみ捨てを頼まれちゃったんだ。


   ……職員室の?


   しかも、二箱。


   ……二箱も。


   仕方ないから片手で一箱ずつ持って、焼却炉まで行って捨ててきたよ。


   ……一度に、行ったの?


   うん、持ってみたらそんなに重たくなかったから。


   ……先生に、止められなかった?


   先生には一箱ずつでいいって言われたんだけど、二往復するのが単純に面倒だったんだ。


   ……危ない目に、遭わなかった?


   平気、慣れてるから。


   ……慣れてるの?


   家のごみ捨てで。


   ……あぁ。


   まぁ、二袋出ることなんて滅多にないけどね。


   ……それは、慣れているとは言わないわ。


   亜美ちゃんを待たせているから、さっさと済ませたかったんだよ。


   ……私のことなら、いいのに。


   ん……もっと待たせちゃっても、良かった?


   ……まこちゃんに借りた本を、読んでいたから。


   あぁ。


   ……だから。


   ううん、やっぱりだめだ。
   あたしが、良くない。


   ……まこちゃんが?


   今日は亜美ちゃんとお買い物に行く約束をしてるから、帰りが遅くなるのはあたしにとっては良くないことなんだ。


   ……あぁ。


   亜美ちゃん、お買い物の後は塾だろ?


   ……うん。


   出来れば、ゆっくりお買い物したいんだ。
   亜美ちゃんと、色々話しながら。


   ……。


   だから、良くない。


   ……うん、そうね。


   ふふ、分かってくれた?


   ん……分かったわ。


   はは、良かった。


   まこちゃん……日直のお仕事、お疲れさま。


   あ、うん、ありがとう。


   ……じゃあ、帰りましょうか。


   うん、帰ろ


   ……。


   亜美ちゃん!


   ……大丈夫、なんでもないわ。


   もしかして、立ちくらみかい?


   ん、そうみたい……でも、これくらいなら、なんでもないから。


   これくらいって……一度、座った方がいいよ。


   心配してくれて、ありがとう……でも、本当に、大丈夫だから。


   大丈夫そうになんて、全く見えないよ。


   ……お買い物に行くのに、遅くなってしまうから。


   買い物よりも、亜美ちゃんの体調の方が大事だ。


   ……。


   さぁ、一度座って……立つのは、落ち着いてからにしよう。


   ……ごめんなさい。


   ううん、謝ることなんてない。


   ……でも、楽しみにしていたと思うの。


   してたけど、優先すべきは亜美ちゃんだから。


   ……私も、楽しみにしてた。


   亜美ちゃん……大丈夫、買い物ならまた行けるから。


   ……はぁ。


   もしかして、体調が悪かったの?


   ……そういうわけでは、ないのだけど。


   ごめん、少しだけ触ってもいいかい?


   ん……いい、けど。


   おでこに触って、熱があるか確かめたいんだ。
   でも、いやなら無理強いはしない。


   ううん、いやじゃないわ……触って、みて。


   それじゃあ……ちょっと、ごめんよ。


   ……


   んー……熱は、なさそうかな。


   ……まこちゃんの手、熱いわ。


   あ、ごめん……熱すぎた?


   ううん……まこちゃんって、体温が高い?


   うん、高いよ。


   平熱……どれくらい?


   えと、36度後半かな。


   あぁ、それは理想的な体温ね……。


   36度後半って、理想的なのかい?


   ……平熱は36度5分以上が健康的で、理想的だと言われているの。


   たまに、37度になることがあるんだけど……それも、いい?


   ……具合は、悪くならない?


   それが、全然ならないんだ。
   37度は微熱って言われているのに。


   ……中には、平熱が37度くらいのひともいるから。


   いるんだ……。


   まこちゃんは、きっと……大丈夫なひとなのだと思う。


   ……。


   ……ふぅ。


   亜美ちゃん……もう一度、触ってもいいかい?


   ……うん、いいわ。


   ……。


   ……どう?


   亜美ちゃんって……もしかして、平熱が低い?


   ん……35度台。


   35度台?


   ……まこちゃんは、なったこと、ない?


   あたしは、ないかな。
   低くても36度はあるから。


   そう……それは、とてもいいことよ。


   35度台ということは……37度は、微熱?


   ……大丈夫、微熱くらいならなんでもないわ。


   ねぇ、亜美ちゃん。


   ……なに。


   今日……塾、休めないかな。


   休もうと思えば、休めるけど……どうして。


   どうしてって、亜美ちゃんの体調が悪いからだよ。


   これくらい、なんでもないわ……。


   だめだよ。


   ……本当に、なんでもないから。


   そんなに、塾が大事かい。


   ……え。


   自分の体調よりも、塾に行く方が……亜美ちゃんは、大事なのかい。


   ……ん、大事よ。


   な。


   ……お勉強が、出来るから。


   だけど、体調が悪かったら、勉強どころじゃないだろ?


   ……。


   今日はゆっくりと休んで、良くなったら、またすればいいじゃないか。


   ……明日、良くなるとは限らないから。


   だったら、なおさら休まないと。
   酷くなったら、余計に出来なくなってしまうよ。


   ……けど。


   帰ろう、亜美ちゃん。
   家まで、送るよ。


   ……いや。


   ん、どうして。


   ……どうしても。


   亜美ちゃん……そんなに、塾に。


   ……帰っても、誰もいないもの。


   誰も……?


   ……。


   親御さんは、仕事……?


   ……今夜は、帰ってこない。


   え、帰ってこないのかい?


   ……夜勤、だから。


   夜勤……亜美ちゃんのご両親は、夜勤がある仕事をしているの?


   ……両親。


   連絡をして、帰ってきてもらうことは出来ないのかな。


   ……父は、いない。


   お父さんは、帰ってこられないんだね。


   違う……もういないの、父は。


   もう、いない……いないって。


   ……母とは、離婚、したの。


   りこん……。


   ……私が、小さい頃に。


   ご、ごめん……あたし、余計なことを。


   ……ううん、いいの。


   でも……。


   ……いつか、話そうと思っていたから。


   ……。


   ……母は、医者で。


   お医者さん……すごいな。


   ……。


   あ、えと……お母さんは、帰ってこられない?


   ……患者さんが、いるから。


   亜美ちゃんだって、具合が悪いだろ?
   お医者さんなら、亜美ちゃんのお母さんの他にも


   私は、大丈夫……。


   ……亜美ちゃん。


   休んでいれば……治ると思うから。


   なら、塾は休もう。
   休んでいれば、治るのなら。


   ……塾には、行く。


   ……。


   ……塾には、行きたいの。


   そこまで……。


   ……だって、塾に行けば。


   ……。


   とにかく、塾は休まない……心配してくれて、ありがとう。


   ……分かった。


   うん……。


   家に誰もいないから、帰りたくないんだね。


   ……ん。


   ごめん……でも、そうなんだろ。


   ……どう、して。


   なんとなく、そう思った。
   違ったら、ごめん。


   ……。


   亜美ちゃん……良かったら、うちにおいでよ。


   ……まこちゃんの、お部屋に?


   あたしはひとり暮らしだから、亜美ちゃんが来たって平気だよ。


   ……でも、迷惑に。


   ならないよ、ちっとも。


   ……。


   あたしが、亜美ちゃんの家に行ってもいいけど……でも、急に来られたら困ることもあるだろうから。
   その点、うちはいつ来てくれても大丈夫だからさ……だから、うちにおいでよ。


   ……塾は。


   今日は、休んで欲しい。


   ……。


   お願いだよ、亜美ちゃん。


   ……まこちゃん。


   ずっと、そばにいるから。


   ……ずっと。


   いるよ、ずっと。


   ……ううん、だめよ。


   あたしはだめじゃない。


   ……ずっとは、


   今夜は、うちに泊まればいい。


   ……え。


   そうすれば、ずっと一緒にいられる。


   ……泊まれば、いいって。


   どうだろう、亜美ちゃん。


   ど、どう……て。


   慣れてない場所で寝るのは、いやかな。


   い、いや……


   じゃあ、夜まで。


   ……。


   帰りは、送って……ううん、だったら、最初から亜美ちゃんの家の方がいいか。


   ……どうして、そんな。


   心配だからだよ。


   ……。


   亜美ちゃんのことが、心配なんだ。


   ……多分、ちょっとした疲れだと思うの。


   うん。


   だ、だから……そんなに、心配してくれなくても。


   迷惑かい?


   ……。


   心配、されたら。


   ……ちがう。


   でも……無理なんだ。


   ちがうわ……まこちゃん。


   ……ごめん、具合が悪いのに。


   あ……。


   ……とにかく、塾は休んだ方がいいよ。


   ……。


   今夜は、ゆっくり休んで……それでまた、明日から塾に行けばいいと思うんだ。


   ……。


   もしも、許してくれるなら、夕ごはんを作りたい。


   ……どうして、そんなに優しくしてくれるの。


   亜美ちゃんは、大事なともだちだからだよ。


   ……。


   ともだちが、つらそうにしてたら……あたしが出来ること、なんでも、してあげたいんだ。


   ……お返し、出来ないかもしれない。


   お返し……なんの?


   ……まこちゃんの優しさに。


   いらないよ、お返しなんて。


   ……。


   亜美ちゃん……お願いだよ、あたしに何かさせて。


   ……、った。


   ん、なに……?


   ……じゅく。


   うん……。


   ……きょうは、おやすみする。


   ん……ゆっくり、休もう。


   ……それで。


   うちに、来るかい……?


   ……いっても、いい?


   もちろん……おいで、亜美ちゃん。


   ……う、ん。


   ん、決まりだ……。


   ……はぁ。


   立つ……?


   ……決まったから。


   下校時間まで、まだあるから……急がなくてもいいよ。


   ううん……早く、まこちゃんのお部屋に行きたいの。


   ……。


   まこちゃんのお部屋で、ゆっくりしたい……。


   ……そっか。


   それに、これ以上ここにいたら……動くのがもっと、億劫になってしまうかもしれないから。


   ん……分かった。


   ……。


   つかまって、亜美ちゃん。


   ……ありがとう。


   どういたしまして。


   ……。


   ……立ちくらみ、まだするかい?


   ううん……もう、大丈夫みたい。


   ……。


   あ……。


   ……ごめんよ、少しだけ。


   ……。


   ……うん、やっぱり。


   なに……。


   ……ううん。


   まこちゃん……何か気になってることがあるのなら、教えて。


   ……。


   ……。


   ……前から、気になってはいたんだ。


   なにを……?


   ……亜美ちゃん、細いなって。


   ほそい……?


   ……からだ。


   ……。


   ごめん……。


   ……そんなに、細い?


   うん……力を入れたら、折れてしまいそうだ。


   ……そこまで。


   あたし……無駄に力が強いからさ。


   ……無駄では、ないと思う。


   ……。


   まこちゃん……もう。


   あ……うん、離すね。


   ……。


   歩けるかい?


   ……ん、歩けるわ。


   ゆっくり、帰ろう。


   ……。


   ごはん、どうしようか。


   ……お買い物は、しなくても大丈夫なの。


   買い物は、まぁ、明日でも。


   ……私のことはいいから、


   亜美ちゃん、ひとりで待っていられるかい。


   ……。


   すぐに、帰ってくるから……あたしの部屋で。


   うん……大丈夫よ。


   なら、一度あたしの部屋に帰って、それから、買い物に行ってくる。


   ……お部屋の本。


   好きなだけ、読んでいて。


   ん……読んでる。


   でも、疲れたら……あたしのベッド、使ってもいいから。


   ……まこちゃんの。


   座ってもいいし、横になってもいいよ、兎に角好きに使って欲しい。


   ……。


   鞄、持つよ。


   ……ううん、自分で。


   持たせて欲しい。


   ……。


   お願い。


   ……ずるい。


   うん?


   ……さっきから、そんなお願いばかり。


   ずるい、かな。


   ……優しさしか、ないんだもの。


   ……。


   ……持ってくれると、うれしい。


   うん……喜んで。


   ……喜ぶの?


   うん、喜ぶ。
   だって、ともだちがあたしを頼りにしてくれてるってことだから。


   ……。


   さぁ、帰ろう……あたしの部屋に。


   ……うん。


   夕ごはん、何が食べたい?


   ……まこちゃんが作ってくれるものなら、なんでも。


   体調が悪いなら、揚げ物じゃない方がいいかな。


   ……揚げ物。


   ね、あんまり食べたくないものを言ってみて?


   ……そんな、我侭。


   これは、我侭じゃない。
   元気になる為に、必要なことだよ。


   ……。


   植物が病気になったら、適切な対処法をしなきゃいけない。
   これはひとも同じだと思うんだ。合わない対処法をしたら、余計に具合が悪くなっちゃう。


   ……それは、そうね。


   ふふ、だろ?


   ……あのね。


   うん、なんだい。


   ……出来れば、脂っぽくないものの方がいいわ。


   脂っぽくないもの……となると、さっぱりしてるものの方が良さそうだね。


   ……ん。


   それじゃあ……野菜入りのスープごはんでも作ろうかな。
   お肉を入れた方が、出汁が出ておいしくなるけど……。


   ……まこちゃんが、お肉を入れたいのなら


   そうだ、ささみならどうだろう?


   ……ささみ?


   うん、ささみならそこまで脂っぽくないし、いい出汁も出るし、身も食べられる……どうだろ?


   ……うん、いいと思う。


   じゃあ、ささみも買ってこよう。


   ……まこちゃん。


   春はさ、日が長いからいいよね。


   え……あ、うん。


   ……。


   ……色々、ありがとう。


   ここのところ、色々あっただろ。


   ……。


   だから……疲れちゃうのは、分かるんだ。


   ……まこちゃんは。


   あたしも……少し、疲れているのかもしれない。


   ……少し。


   亜美ちゃんに、そばにいて欲しいと思ってるから。


   ……。


   ひとりは、慣れたつもりだったんだけどな……。


   ……慣れていても。


   ……。


   ……さびしく思う時は、あると思う。


   うん……そうだったね。


  23日





   ……まこちゃん。


   ん。


   何をしているの。


   ごめん、亜美ちゃんが来てるのに。


   ううん、それは構わないわ。
   でも、気になって。


   葉っぱの状態の観察をしてるんだ。
   この子、最近元気がなくてさ。


   ……葉っぱの?


   乾燥していないか、害虫がくっついていないか、病気になっていないか。
   見落としてしまうと、大変なことになってしまうことがあるから。


   ……病気って、どんな?


   色々あるけど、そうだなぁ……例えば、うどんこ病ってのあるんだけどね。


   うどんこ病……おうどんの粉?


   ふふ、そう思うよねぇ。
   でもね、その正体はカビなんだ。


   カビ……どんなカビなの。


   そのカビの名前は、ウドンコカビって言うんだけど。


   ……。


   葉っぱとか茎、蔓とか蕾、兎に角あらゆる部位に「うどん粉」をまぶしたような白い模様が現れてさ、とても厄介な病気なんだよ。


   ……そのまま?


   そう、そのまんま。
   分かりやすくて、面白いよね。


   でも、その症状は全く面白くないのよね?


   ちっとも、面白くない。
   放置すると光合成が出来なくなって枯れてしまうから。


   それは、大変だわ。


   だからね、日頃から良く観察していないと駄目なんだよ。
   出来れば、初期の症状で気がつくように。そうすれば、対処出来るから。


   どんな症状なの?


   初めは小さな白い斑点が出てくるんだけど、これがまた薄くてさ、良く見ないと分からないんだ。
   それで気がつかないでいると、どんどん増えていっちゃって、気づいた時には葉っぱの表面全体にまで広がってて。
   もっと酷くなると、葉っぱや茎がねじれて萎縮しちゃって、最後には葉っぱが黄色く変色して枯れちゃうんだよ。


   ……。


   植物は言葉が話せないから、この目で良く見ていてあげなきゃいけない。
   いや、もしかしたら何か言っているのかもしれないけど……残念ながら、あたしの耳では、聞き取ることが出来ないから。


   ……もしかして、まこちゃんの自慢の子も。


   うん……いくつか、かかった。
   うどんこ病って、風邪と同じでうつるんだよ。


   ……ごめんなさい。


   ううん、大丈夫だよ。
   ちゃんと対処はしたから。


   ……かかってしまった子達は、治ったの?


   治った子もいたけど、助けられなかった子もいたかな。


   ……やっぱり、ごめんなさい。


   いいんだよ、亜美ちゃん。
   確かに枯れてしまった時は悲しかったけれど……でも、経験としてあたしの中で生きているから。


   ……まこちゃん。


   病気や害虫の被害は、植物を育てる上で、どうしたって避けられないことなんだ。
   大切なことは、日頃から観察をして、予防して、そして、症状が出てしまった場合は適切に対処をすること。
   その為には、正しい知識を知らなきゃいけない、増やさなきゃいけない。知識を増やす為には、植物の勉強をしないといけない。


   ……。


   うどんこ病の他にも、かび病、黒星病、すす病、褐斑病、炭疽病……植物も人間と同じで、色んな病気があるんだ。
   だから、それぞれの病気に合った予防法と対処法を勉強しないといけない。知らなかったら、助けることが出来ないから。


   ……植物の本が他の本よりも多く置かれているのは、その為だったのね。


   うん、気がついたら増えてた。
   でもまぁ、病気に関する本だけじゃないんだけどね。


   ……植物図鑑、趣味の園芸。


   あたし、写真で見る植物も好きだから……?


   ……お野菜の育て方も。


   亜美ちゃん。


   ……え。


   良かったら、読んでみるかい?


   ……あ。


   気になるようだったら


   ご、ごめんなさい。


   ん、どうして?


   ……勝手に、じろじろと見てしまって。


   あぁ、そんなの別に構わないよ。
   見てみたいのなら、好きに見て欲しい。


   ……好きに?


   ん、興味があるのなら。


   いいの?


   お。


   読んでも、いいの?


   いいよ、好きなだけ読んでよ。


   ありがとう、まこちゃん。


   ……。


   どれから、読もうかしら……この植物図鑑は、子供の頃に読んだものとは違うわ。


   ……ふふ。


   ん、なに?


   亜美ちゃん、目がきらきらしてる。


   ……きらきら?


   そう、目がきらきら。


   ……。


   亜美ちゃんは植物の勉強も好きなんだね。


   ……読んだことのない本ばかりだから、ちょっと興味があるの。


   ちょっと?


   ……理科のお勉強にもなるかもしれないし。


   理科の?


   ……理科で、植物のことも習うでしょう?


   ……。


   例えば……光合成。


   ……言われてみれば、理科でやった。


   何も、思わなかったの?


   いや、あたしは理科が苦手なんだけどさ。
   と言うより、理科も苦手なんだけどさ。


   う、うん。


   植物の授業は、いつもよりなんとなく覚えやすいなって思ったんだ。
   光合成で酸素とデンプンを作るとか、光合成するには水と二酸化炭素が必要とか、葉っぱの作りとか、それから、植物の分類とかも。


   ……テストは。


   いつもよりは、出来た……あぁ、なんだ、そういうことだったんだ。


   ……葉緑体の働きについては。


   知ってる。
   植物の中でも特に葉っぱに多く含まれている緑色の粒で、光合成をするところだ。


   ……それはまだ、習っていないわ。


   まだ、と言うことは……これから、習う?


   ……ん。


   え、得意かもしれない。


   ……。


   うわぁ、自分にびっくりした。
   あたし、理科でも植物ならわりと得意かもしれない。


   ……ふ。


   ん?


   ……まこちゃん、面白い。


   ……。


   あ……ごめんなさい。


   ううん、自分でも面白いと思う。
   こんなことって、あるんだね。


   ……多分、まこちゃんは苦手意識が強いんだと思う。


   植物以外は、難しいからなぁ。


   ……これから、動物の細胞について習うと思うのだけれど。


   動物の細胞?
   それは、覚えられないかも。


   植物と共通しているものもあるから。


   え、そうなのかい?


   うん……だから、もしかしたら、比較的覚えやすいかもしれないわ。


   動物と植物で共通してる細胞なんてあるんだ。


   核と細胞質、それから、細胞膜。
   このみっつを覚えておけば、大丈夫だと思う。


   ……。


   動物にはなくて植物にはあるもの、それは葉緑体と液胞、細胞壁。


   ……亜美ちゃん。


   うん?


   すごいな……習ってないのに、もう知ってるんだね。


   あ、うん……おかしい、かしら。


   全然おかしくないよ、むしろ、すごいって思ってる。


   ……そう、かしら。


   うん、すごいよ。


   ……まこちゃんも、これから習うから。


   うーん。


   ……まこちゃん?


   言葉が難しい。


   ……。


   だけど、みっつならなんとかなるような気がする。


   ……きっと、なるわ。


   そうかな。


   ……お勉強をすれば。


   うん、それが問題なんだよなぁ。


   ……植物なら、言葉が難しくても、楽しいかもしれない。


   楽しい?


   ……好きなものだから。


   かな?


   ……きっと。


   分かった、がんばってみる。


   ……もし、良かったら。


   ん?


   その……分からないところが、あったら。


   もしかして、教えてくれる?


   わ、私で……その、良かったら。


   いいに決まってるじゃないか!


   んっ。


   あたし、ひとりで勉強していると、すぐに違うことを始めちゃうからさ。
   料理とか、


   お菓子作りとか、お部屋のお掃除とか?


   え。


   あ……違った、かしら。


   亜美ちゃん……あたしのこと、良く分かってるね。


   ……。


   でも、分かるか。あたし、手作りのお菓子を良く学校に持って行くし。
   部屋の掃除も良くやっているし、その話も、亜美ちゃんに良くしてると思うし。


   ……私、どうして。


   なんだか、うれしいな。


   ……うれしい?


   ともだちが……あたしのこと、分かってくれてるの。


   ……あ。


   へへ……。


   ……。


   あ、少し引いた……?


   ううん……引いてない。


   あぁ、良かった。


   ……まこちゃんが焼いてくれるクッキー。


   おいしい?


   ん……お店で売っているものよりも。


   そ、そんな、それは言いすぎだよ。


   ……ううん、本当においしいの。


   亜美ちゃん……。


   ケーキも……それから、サンドイッチも。


   ……うれしいな。


   まこちゃん……。


   ……亜美ちゃんは、あたしが作ったものをどれもおいしいって言ってくれる。


   だって……本当に、おいしいから。


   ……ごめん、ちょっと向こうを向いてもいいかな。


   え……?


   ……涙が、出そうだから。


   ん。


   な、なんて……言っちゃったら、意味ないか。


   ううん……そんなことない。


   ……。


   そんなことないわ……まこちゃん。


   ん……ありがとう、亜美ちゃん。


   ……。


   あぁ……鼻の奥が、ツーンとする。


   ……ティッシュ、ここに。


   ありがと……ふふ、なんだかなぁ。


   ……私も、同じ。


   ん、亜美ちゃんも……?


   ……こんなの、久しぶり。


   えと……見ない方が、いい?


   ……。


   いい、よね……?


   ……まこちゃんが、見せてくれるなら。


   あたしが……?


   ……みせあいっこ。


   みせあいっこ……。


   ……そんな風には、言わないかしら。


   ううん……言うよ、みせあいっこ。


   ……。


   ともだちだし……いいかな、涙を見せても。


   ……見せて、くれるなら。


   見せたら……亜美ちゃんの涙も、見せてくれる?


   ……みせあいっこ、だから。


   ふふ……そっか。


   ……。


   ……あたし、鼻が赤いかも。


   鼻……?


   涙が出ると……そうなるんだ。


   ……かわいい。


   うん……?


   あ……ううん、なんでもない。


   今……かわいいって、言ったよね?


   い、言ったけど……その、聞かなかったことに。


   ん……ちょっと、ならないかな。


   ……忘れても


   忘れるのも、無理かな……。


   ……私、何を言っているの。


   あたしは、亜美ちゃんのこと、かわいいと思う。


   ……え。


   ほら、かわいい。


   ……あ。


   ふふ……見せちゃった。


   ふ……不意打ち。


   ん、そうかな。


   あ……あぁ。


   ……かわいいね。


   そ、そんなこと……ない。


   ううん……あるよ。


   ま、まこちゃんの方が


   あたしは、亜美ちゃんの方がかわいいと思う。


   ん……っ。


   ……顔、赤くなった。


   ま、まこちゃんが……そんなこと、言うから。


   先に言ったのは、亜美ちゃんじゃないか。


   そっ、


   そ?


   ……そう、だけど。


   そうだよ。


   ……。


   ねぇ、亜美ちゃん。


   ……な、に。


   今日は……あたしの部屋に来てくれて、ありがとう。


   わ、私こそ……誘ってくれて、ありがとう。


   これからも、来てね。


   ……これからも、来ていい?


   うん、遠慮なく来て。
   あたし、ひとり暮らしだからさ。


   ……。


   て、あれ……驚かない?


   ……え。


   まだ、言ってなかったよね……?


   う、ううん、驚いて声が出なかったの。


   あ、そっか。
   うん、そうだよね、いきなり言われたらびっくりするよね。


   まこちゃん、ひとり暮らしだったのね。


   うん、そうなんだ。
   ちょっと、色々あってさ。


   ……そう。


   あたし、両親がいないんだ。


   ……えっ?


   ん?


   そ、そうなの?


   ん……そうなんだ。


   ……。


   ごめんね……急に、こんなことを言って。


   う、ううん……。


   ……でもそっか、これは憶えてないんだね。


   え……?


   ……て、あれ。


   まこ、ちゃん……?


   あたし……何を言ってるんだろ。


   ……。


   な、なんか、変だな。


   ……私も。


   亜美ちゃんも?


   ……良く、分からないのだけど。


   あたしも、良く分からないんだ。


   ……。


   あー……とりあえず、お茶でも飲まない?


   え、と……その子は、大丈夫?


   ん、今のところは大丈夫そうだ。


   そう……なら、頂いてもいい?


   ん、もちろん。
   何がいい?


   それじゃあ……アップルティーを。


   アップルティーだね、あたしもそうしようかな。


   ……。


   お、おいしいよね、アップルティーも。


   ん……りんごの風味がさわやかで、とてもおいしいわ。


   今度さ、オレンジペコを買ってみようと思ってるんだ。


   オレンジペコ?


   と言っても、オレンジのお茶じゃないんだよ。


   確か……茶葉の等級だったと思う。


   流石、亜美ちゃん。


   知ってるのは、それぐらいだけど。


   うん、あたしもそれぐらいしか知らないんだ。
   でも、亜美ちゃんと飲んでみたいなって思って。


   ……私と。


   ど、どうだろ?


   ……ん、飲みたい。


   じゃあ、買ってくるね。


   ……一緒に、行ってもいい?


   え。


   ……お買い物。


   い、いいよ。


   ……良かった。


   いつ行こうか、いつがいい?


   ん……学校の帰りでも、いいし。


   いいし?


   お休みの日に……どこかで、待ち合わせをしてもいいわ。


   どっちもいいけど……出来れば、休みの日の方がいいな。
   休みの日だったら、買い物をして、そのままあたしの部屋に来て、飲めるから。


   ん……じゃあ、今度のお休みの日に。


   うん、分かった。
   楽しみだなぁ。


   ……。


   ……単純?


   私も……まこちゃんのこと、言えないから。


   ……。


   ……楽しみ、ね。


   うん……とっても。


  22日





   ……。


   ちょっと聞きたいんだけど、水野さんはいるかい?


   ……ん。


   無視か……それじゃ、仕方ないな。


   (……木野さん?)


   んー……あ、いたいた。


   (間違いない、木野さんの声だわ……でも、どうして)


   おーい、水野さん。
   お昼、一緒に食べないかい?


   (お昼……もしかして、私を)


   ん、聞こえてないのかな。
   じゃあ、もう一度


   木野さん。


   お。


   今、行くわ。
   だから、ちょっとだけ待っていてもらってもいい?


   ん、分かった。
   ここで待ってるよ。


   うん。


   ……。


   (……木野さんと、お昼)


   ……ん、なに。


   (早く、行かないと……)


   なんだい、あたしが水野さんをお昼に誘ったら何か問題でもあるのかい?


   ……あ。


   ないのなら、じろじろと見るのはやめて欲しいな。
   正直、不愉快だからさ。あんただっていやだろ、じろじろと見られるのは。


   ……。


   舌打ち、聞こえてるんだけど……ま、いっか。


   お待たせ、木野さん。


   あ、水野さん。


   とりあえず、行きましょう。


   うん、行こう。


   ……。


   水野さん?


   ……。


   待って、水野さん。


   ……。


   どうしたんだい、そんなに急いで。
   お昼休みは、まだ始まったばかりだよ。


   ……ごめんなさい。


   ん、何が?


   ……クラスのひとが。


   あぁ。


   ……きっと、不快な気持ちにさせたと思うから。


   大丈夫、あたしは気にしてないよ。
   あんなの、まだかわいい方さ。


   ……かわいい?


   因縁をつけてこないだけ、ね。


   ……いんねん。


   ところで、どこへ行くんだい?
   あ、もしかして、水野さんのおすすめの場所?


   え。


   あたし、転校してきたばかりだからさ。
   お昼を食べるのにいい場所とか、全然知らないんだ。


   あ……えと。


   水野さんが、どこに連れて行ってくれるのか……ふふ、楽しみだな。


   それも……ごめんなさい。


   うん?


   私も、その……あんまり、知らないの。


   あ、そうなんだ。


   ごめんなさい……もう、一年も通っているのに。


   んーん、別にいいよ。
   だったらさ、ふたりで探そっか。


   ……ふたりで?


   そう、ふたりで。
   ふたりで探したら、いい場所が見つかるかもしれないだろ?


   ……でも。


   あ、だめかな。


   ううん、だめじゃない……だめじゃないけど、時間が。


   時間?


   ……お昼休みの時間。


   あ、そっか。
   流石に食べる時間がなくなっちゃうか。


   ごめんなさい……私が、知っていれば。


   ねぇ、水野さん。


   ……。


   謝らなくていいよ、あたしは気にしてないからさ。


   けど……せっかく、誘ってくれたのに。


   誘ったのは、水野さんとお昼ごはんが食べたかったから。
   だからね、水野さんが来てくれただけでも、あたしはとってもうれしいんだ。


   木野さん……。


   ね、さっきあんまり知らないって言っただろ?


   う、ん……言った、けど。


   あんまり知らないってことはさ、全く知らないってことじゃないと思うんだ。


   ん。


   だから、どこか……あ。


   ……。


   ごめん。


   ……あの、ね。


   ん?


   ……一箇所、だけ。


   知ってるのかい?


   ……でも、木野さんに気に入ってもらえるかは


   じゃあ、今日はそこで食べよう。


   ……。


   今日は、水野さんが連れて行ってくれる場所で食べたい。


   ……今日、は?


   うん、今日は。


   と言うことは……もしかして、明日も?


   出来たら、明日も一緒に食べたいな。


   ……明日も、一緒に。


   もちろん、水野さんの都合に合わせるけど。


   ……。


   都合が悪いのなら、いいんだ。


   ……多分、大丈夫と思う。


   なら、明日も一緒に食べよう。
   また、迎えに行くよ。


   ……その。


   ん?


   良かったら、クラスの前で待っていて。


   クラスの前?


   声をかけてくれるのは、とてもうれしいんだけど……注目、されてしまうから。


   あぁ……うん、分かった。
   それじゃ、5組の前で待っているね。


   ……それでね。


   うん?


   私が先だったら……その、6組の前で待っていてもいい?


   もちろん、いいに決まってる。


   ……迷惑じゃない?


   迷惑なんかじゃないよ、全然。
   水野さんが先だったら、6組の前で待ってて。


   ……ん、待ってる。


   ふふ。


   ……木野さん?


   こういう約束、一度でいいから、ともだちとしてみたかったんだ。


   あ……。


   まだ今日のお昼も食べてないってのにさ、もう、明日が楽しみになってる。


   木野さん……。


   変かな、変だよね。


   ううん、変じゃない……私も、同じ気持ちだから。


   水野さんも?


   ……ん。


   ……。


   木野さん……?


   あの、水野さん……良かったら、だけどさ。


   なに……?


   これからずっと、一緒に食べない?


   ……ずっと?


   そう、ずっと。


   ……。


   ず、ずっとは、迷惑かな。


   ……迷惑、


   そ、そっか……。


   ……じゃ、ないわ。


   じゃ、ない……?


   ……私で、いいなら。


   水野さんと、食べたい。


   ……なら、明日以降も一緒に。


   ほんとに?
   ほんとにいいのかい?


   ……本当に、いいわ。


   あぁ!


   ……。


   あ、ごめん。
   うれしくて、つい。


   ……ふふ、びっくりしちゃった。


   ごめんよ。


   ……ううん、大丈夫。


   ……。


   ……ねぇ、木野さん。


   なんだい……?


   ……迷惑を、かけてしまうかもしれない。


   迷惑……誰が?


   ……私が、木野さんに。


   水野さんが、あたしに……それは、なんで?


   ……。


   あ、やっぱり、いやかい?


   ううん……そうじゃないの。


   えと……どういうこと?


   ……さっきの教室の雰囲気。


   教室?


   ……酷かったと思うの。


   ん、そうだったっけ。


   ……対応が悪かったり、じろじろと見られたり。


   あぁ、あんなの大したことない。
   言ったろ、あんなのかわいいものだって。


   だけど……もしかしたら、木野さんまで。


   あたしまで、なんだい?


   ……。


   大丈夫だよ、水野さん。
   あたしのことなら、心配しないで。


   ……だけど。


   あたし、喧嘩なら誰にも負けないからさ。


   んっ。


   それに、うちのクラスも同じようなものだし。


   ……6組も?


   そ、6組も。


   ……。


   誰ひとり、あたしになんて近寄ってこない。
   前の学校のことなんて、誰も知らないはずなのにさ。


   ……前の学校。


   確かに喧嘩したことはあるよ、だけど、四六時中していたわけじゃない。
   殴ったこともあるけど、それは、向こうが先に手を上げてきたからだ。
   じゃなきゃ、よっぽどのことがない限り、あたしから先に手を上げることなんてない。


   ……よっぽどのことって。


   弱い者いじめ。


   ……弱い者。


   あたし、そういうのは嫌いなんだ。


   ……助ける為に。


   言い返せない子をよってたかって痛めつけるような奴は、どうしても許せない。


   ……。


   意外かい?


   ……ううん、意外ではないわ。


   あたし、喧嘩が好きそうに見える?


   好きそうには、見えないわ。


   全然、見えない?


   ……うん、見えない。


   でも本当は好きなんだ、喧嘩。殴ると、すっきりするし。
   弱い者いじめをした奴を叩きのめすと、爽快な気分になる。


   ……。


   と、言ったら?


   ……それでも、思わない。


   それは、どうして?


   木野さんは、ひとを痛めつけるようなことは好まない……好んでいるようには、見えない。
   力をふるうのは、あくまでも、弱い者を守る為で……理不尽な力の使い方は、決してしない。


   ……。


   ……私は本当に、そう思っているの。


   水野さんは、優しいね。


   ……優しい?


   うん、優しい……とっても。


   私は……優しく、なんか。


   ありがとう、水野さん。


   ……優しいのは、木野さんだと思う。


   あたしは、優しくなんてないよ。


   ……ううん、優しいわ。


   ……。


   ……優しい。


   本当は、さ。


   ……。


   好きじゃないんだ……喧嘩なんて。


   ……嫌い?


   ん……嫌い。


   ……。


   信じてくれる?


   うん……信じるわ。


   ん。


   ……信じる。


   水野さん……ありがとう。


   ……ううん。


   ね、連れて行ってよ。


   ……うん。


   ……。


   こっち……。


   ……ん、分かった。


   ……。


   ……体育の授業。


   体育……?


   まぁ、体育の授業だけじゃないんだけど……あたし、いつもひとりだろう?
   だから、水野さんとともだちになれて良かったって、心から思ってるんだ。


   ……。


   あ、水野さんは思ってない?


   ……私も、思ってる。


   ひとりってさ、何かと面倒だよね。


   ……ん、分かるわ。


   分かってくれる?


   ……とても。


   ふふ……そっか。


   ……だけど、ひとりだから楽なこともあるの。


   あぁ……分かるなぁ、それ。


   ……ここ、なのだけど。


   ん、ここ?


   ……お弁当を食べる場所。


   もう、着いたのかい?


   ん……足が、向かっていたみたい。


   ふふ、そうなんだ。


   ……。


   ここは……図書室?


   ん。


   図書室で、お昼を食べてもいいのかい?


   大丈夫……許可は、もらってあるから。


   そっか、じゃあ入ろう。


   ……。


   ん、どした?


   ……ううん、なんでもない。


   そう?


   うん。


   それじゃ、失礼しまーす。


   ……失礼します。


   お、誰もいない。


   お昼休みに図書室を利用するひとって、あまりいないから。


   それは、あたし達にとっては都合がいいかも。


   ……静かで落ち着いていられるから、好きなの。


   うん、あたしも好きだな。


   ……。


   どこに座ろうか。


   ……こっちに。


   ん、分かった。


   ……。


   へぇ……本、結構あるんだな。


   ……あの窓際なのだけれど。


   窓際……あの机?


   ん……あの机は、入口から丁度死角になっているの。


   死角……本当だ、見えないや。


   ……外を通る人も、滅多にいないから。


   じゃあ、決まりだ。


   ……。


   食べよう、水野さん。


   うん……木野さん。


   よいしょ、と……うん、眺めもいい。


   今は、お花が咲いている季節だから。


   あたしさ、植物が大好きなんだ。


   そうなの?


   見るのも育てるのも、大好き。


   もしかして、おうちで育てているの?


   うん、あたしの部屋には植物がたくさんあるんだ。


   とても素敵なお部屋ね。


   今度、見に来るかい?


   え。


   来てくれたら、うれしいな。


   え、と……行っても、いいの。


   もちろんさ、あたしの自慢の子達を見て欲しい。


   自慢……。


   来るのは、いつでもいいよ。
   水野さんの都合がいい時に来て。


   ん……分かった。


   お茶、ティーバックのなんだけど、水野さんの分も持ってきたんだ。


   ……私の分も?


   だから、一緒に食べることが出来て良かった。
   ひとりじゃ、飲み切れないからさ。


   ……ありがとう。


   ううん、あたしが勝手にしたことだから。


   それでも、ありがとう……木野さん。


   水野さん……うん、どういたしまして。


   ……。


   まずは、お湯をどうぞ。
   熱いと思うから、気をつけてね。


   ……ん。


   それから、この中から好きなお茶を選んで。
   ブレンド、アールグレイ、それからアップルティーもあるよ。


   え、と……アールグレイをもらってもいい?


   ん、どうぞ。


   ありがとう。


   あたしは、ブレンドにしようかな。


   アップルティーって、りんごの風味がするの?


   そうなんだ、さわやかで美味しいよ。


   ……。


   興味があるなら、持って帰るかい?


   そんな……悪いわ。


   ちっとも悪くないよ。
   はい、あげる。


   ……あ。


   あ、無理矢理だったかな。


   ううん、ありがとう。
   でも、本当にもらってしまってもいいの?


   うん、もらってほしい。


   なら、お言葉に甘えて……お勉強をする時に飲むね。


   それは、気分転換になるかも。


   ふふ……そうかも。


   ……。


   ……いい香り。


   だろ……あたしも気に入っているんだ。


   ……。


   あ、ティーバックもらうよ。


   ……ありがとう。


   ふふ……どういたしまして。


   ……。


   よし、飲み物が揃ったところで、次はお弁当だ。


   ……木野さんのお弁当って、手作り?


   うん、あたしが作ったんだ。


   ……。


   水野さんは、サンドイッチ?


   ……うん、お店で買ったものなの。


   へぇ、おいしそうだね。


   ……木野さんのお弁当の方が。


   どこのお店で買ったんだい?
   あたしも、買って食べてみようかな。


   ……良かったら、食べる?


   え。


   ……どうぞ、木野さん。


   いや、でも、あたしが食べたら……あ、そうか。


   ……うん?


   あたしのお弁当、あげるよ。


   ……え。


   何がいい?


   でも、それは木野さんの……。


   わけあいっこ。


   わけあい、っこ?


   そう、わけあいっこ。


   ……それって。


   あたしは水野さんにサンドイッチを分けてもらう、そして、水野さんはあたしにあたしのお弁当を分けてもらう。


   ……。


   なんでもいいよ、食べたいのを言って。


   どれが、いいのかしら……。


   おすすめは……どれもかな。


   ……迷うわ。


   なら、炊き込みご飯はどうだろう?
   今日の炊き込みご飯はきのこなんだ。


   じゃあ、それで。


   から揚げとたまご焼きも、おいしいよ?


   そんなに、食べられない……。


   はは、そっか。


   ……。


   お弁当のふたの裏でもいいかい?


   ……うん。


   じゃ、ちょっと待っててね。


   ……。


   ……ん、これくらいかな。


   木野さん……。


   ……ん?


   サンドイッチ……ここに。


   うん、ありがとう。


   ……。


   ……ふふ。


   ……?


   こういうのも、してみたかったんだ。


   ……。


   どうぞ、水野さん。
   お箸はこれを使って。


   ……ん、ありがとう。


   サンドイッチは……分けた方がいいかな。


   分けると具がこぼれてしまうと思うから、そのまま食べて。


   ……。


   ……なに?


   ううん……なんでもないよ。


   ……そう?


   うん、なんでもない。


  21日





  -My Evergreen(現世2)





   ……。


   ……亜美ちゃん。


   ん。


   ……と。


   まこちゃん……?


   え、と……うん、あたし。


   ……どうしたの?


   んと……ちょっとだけ、いいかな。


   ……ん、いいわ。


   多分、驚かせちゃったよね……ごめんよ。


   ……ううん、大丈夫、


   眼鏡、しているんだね。


   ん……眼鏡の方が、楽だから。


   そうなんだ。


   ……いつから、そこにいてくれたの。


   さっきから、かな……。


   ……さっき?


   そ、さっき……。


   ……。


   どのタイミングで話しかけるか、ずっと考えていたんだけど分からなくて……それで、つい名前を。


   ……ごめんなさい、気がつかなくて。


   それだけお勉強に集中してたってことだから、気にしなくてもいいよ。


   ……本当にごめんなさい。


   謝らないでよ、あたしは本当に気にしていないから。
   むしろ、お勉強の邪魔をしちゃってごめん。


   ……邪魔だなんて。


   亜美ちゃんがお勉強をしている時の顔……あたし、好きなんだ。


   ……え?


   すごく真剣な顔をしていて……だから、ずっと見てた。


   ずっとって……どれくらい、そこにいたの。


   んー……花壇のお花にお水をあげてからだから、一時間くらいかな。


   ……一時間も?


   さっき、だろ?


   ……さっきとは、言いがたいわ。


   亜美ちゃんの集中力って、やっぱりすごいな。
   部活のかけ声とか廊下の騒ぎ声とか、全く気にしてなくてさ。


   ……集中すると、周りの音が耳に入ってこなくなるから。


   あたしもそうなれたら、成績、上がるのかなぁ。
   この間の中間テストも散々で……あれでも少しは、勉強したんだけどな。


   ……あれから、復習はしたの?


   う、うん……まぁ、一応。


   ……一応?


   あ、あたしさ、ひとりでお勉強をしているとどうしても、部屋の掃除や料理がしたくなっちゃうんだ。
   特にテスト前は酷くて。テスト勉強をしなきゃいけないってのに、どうにもお菓子を作りたくなっちゃう。


   ……。


   それでうっかり作り出しちゃうと、一時間は軽く使っちゃって。ほんとあっという間なんだよ、お菓子作りの一時間って。
   こんなことをしてる場合じゃないって、一応は思うんだけど、お菓子を作ってると楽しくなっちゃって……その、つい忘れちゃうんだ。


   ……まこちゃんの集中力は。


   うん?


   お料理をしている時……特にお菓子作りをしている時に、発揮されるのだと思う。


   ……。


   あ……ごめんなさい。


   ううん……亜美ちゃんの言う通りだから。


   ……お料理をしている時のまこちゃんの顔は、とても楽しそうで。


   うん、本当に楽しいよ。
   大好きなんだ、何かを作るの。


   ……ひとは好きなことをしている時が一番、集中力が発揮されるのだと思うの。


   でも楽しいことだけじゃないんだ、料理って。


   ……え。


   料理をする時ってさ、包丁や火を使うことが多いだろ?
   料理によっては、油も使う。例えば、揚げ物とか。


   ……うん。


   危ないものを扱うから、集中してやらないといけない。
   怪我だけでなく、ひとつ間違えれば、命にだってかかわってしまうから。


   確かに、集中力が低下している状態でお料理をしたら、とても危ないわ。


   包丁で手を切ったり、袖や髪の毛に火が燃え移るなんて事故もあるから、ぼんやりもうっかりもしてらんないんだ。


   ……気をつけてね。


   うん、ありがとう。


   ……。


   でも……そっか。


   ……?


   勉強も危機感を持ってすれば、集中、出来るのかな。
   だけど、どんな危機感があるだろ……亜美ちゃんは、どう思う?


   高校なら赤点があって、留年する恐れがあるけど。


   中学はどんなに成績が悪くても、それこそ0点でも、留年することなんてないだろ?
   そうなると、気が抜けたり、脇道にそれたりしても、危機感を持つことなんてないと思うんだ。


   まこちゃんは危機感を持つことが出来れば、お勉強にもっと集中出来るようになるの?


   危機感があれば、多分。
   留年はしたくないし。


   ……留年は、無理だけれど。


   何か、いい考えがある?


   ……私の補習を、強制的に受けるようにする。


   亜美ちゃんの、補習?


   ……補習の最後に私が作った小テストを受けて、及第点を取れれば補習はおしまい。


   それって、もしかして亜美ちゃんが勉強を教えてくれるってことかい?


   ……ん、そうなるわ。


   んー……。


   けど、いやよね……そんなの。


   いや、いいんじゃないかな。


   ……いいの?


   むしろ、お願いしたいと思う。


   ……。


   だけど、補習がいやだとは思わないから、危機感は持てないかもしれない。


   私との補習、いやではないの?


   亜美ちゃんとなら、いやだとは思わない。


   ……。


   ん、どうしてそんなに目を丸くしているんだい?
   あたし、変なことを言ったかな。


   だって……私なんかと。


   亜美ちゃんの教え方はとても丁寧だから、すごく分かりやすいんだ。


   ……そんな、こと。


   あるよ。


   ……私に関する噂、聞いてことあるでしょう。


   うん、あれは何度聞いても腹が立つ。


   ……私と一緒にいたら、まこちゃんも。


   そんなの、構うもんか。


   ……。


   亜美ちゃんこそ、あたしと一緒にいたら変な噂が流れてしまうかもしれない。


   ……私は、構わないわ。


   なら……お願いしてもいいかな、補習。


   ……私で、いいなら。


   あ、でも。


   ……やっぱり。


   普段から教わることって、出来ないかな。


   ……普段から?


   忙しいと思うから、たまにでいいんだ。
   塾がお休みの時とか、一週間に一度だけとか。


   ……。


   やっぱり、難しいかな……。


   ……時間を、作るわ。


   え。


   毎日は、難しいけど……必ず、作るから。


   本当かい?


   ……ん。


   やった。


   ……でも、私で本当にいいの?


   うん、亜美ちゃんがいい。


   ……あ。


   これからお願いします、亜美ちゃん。


   は……はい。


   ん、どうした?


   ど、どうもしない。


   そうかい?


   う、ん。


   そっか。


   ……あの、まこちゃん。


   なんだい、亜美ちゃん。


   その……お勉強のことをお願いしたくて、私を待っていてくれたの。


   ……。


   もしも、そうなら……声をかけてくれても、良かったのよ。
   そうすれば、一時間も待たせることなんてなかったし……。


   そうだ、思い出した。
   亜美ちゃんはまだ、帰らない?


   ……え。


   そろそろ、日が暮れる頃だけど……この後は、塾だろ?


   ……そう、だけど。


   うん……やっぱり、そうだよね。


   ……まこちゃん?


   いや……一緒に帰れないかなって。


   ……私と、一緒に?


   帰れたらいいなって、思ってたんだけど……無理、かな。


   ……まさか、その為に待っていてくれたの。


   うん、実はそうなんだ……でも、無理ならいいんだ。
   勝手にべらべらと喋って、お勉強の邪魔をしちゃって、本当にごめん。


   ……。


   そ、それじゃあ、あたしは帰ろうかな。
   亜美ちゃんも、塾に遅刻……なんて、するわけないか。
   日が暮れて、暗くなってしまう前に


   ……待って。


   うん?


   私も……帰る、から。


   ……帰る?


   帰りの支度をするから、待っていてもらってもいい?


   いいけど……お勉強は、もういいのかい?


   うん……これから、塾でまたするし。


   ん、そっか。


   ……すぐに、支度してしまうから。


   そんなに急がなくてもいいよ、あたしはゆっくり待っているから。


   ……でも、待たせてばかりで。


   いいんだ、待っているのも楽しいものだから。


   ……そうなの?


   うん、そうなんだ。


   ……。


   今、変わってると思った?


   思って、ないけど……どうして?


   や、待ってるのが好きだなんて、変わってるかなって。


   別に、変わってるとは思わないわ。


   そっか、そうだよね……ごめん。


   どうして謝るの。


   えと、なんとなく。


   謝らなくてもいいわ、まこちゃんは悪いことなんて言ってないのだから。


   ……うん。


   ……。


   日、すっかり短くなったね。


   ……秋の日は釣瓶落とし。


   つるべ?


   ……秋は急速に日が暮れるということを表すことわざ。


   へぇ……もう一度、言ってもらってもいいかい?


   ん……秋の日は、釣瓶落とし。


   秋の日は、つるべ落とし……つるべって、なんだろう?


   釣瓶は、井戸の水をくみ上げる桶のこと。


   あの桶、つるべって言うんだ。


   井戸に釣瓶を落とすと、あっという間に底まで落ちていくでしょう?


   うん、落ちてく。


   つまり、秋の日は釣瓶のようにあっという間に沈んで暗くなってしまうという例えなの。


   はぁ、なるほどなぁ……うん、覚えた。


   釣瓶は漢字で書くのだけれど……。


   どう書くんだい?


   ……ちょっと待って。


   あ、ごめん、帰る支度をしているのに。


   ん、大丈夫……。


   ……。


   釣瓶は…………こう、書くの。


   釣りに……これが、べ?


   この字は音読みだと「ビン」、訓読みだと「かめ」と読むのが一般的だけれど、「ヘイ」或いは「ベ」とも読むの。


   「ビン」と「かめ」はゴミの日カレンダーで見たことがあるから知ってたけど、「ヘイ」と「ベ」は知らなかったよ。


   ……ゴミの日カレンダー?


   ゴミを出すのに大事なカレンダーなんだ。曜日によって、出していいゴミが異なるからさ。
   出す日を間違えたら、ゴミに間違いシールを張られて、ゴミ捨て場に残されちゃうんだ。


   ……まこちゃんも、カレンダーを確認しているのね。


   もしかして、亜美ちゃんも?


   うん……母に代わって、出しているから。


   そっか、あたしもだよ。
   と言っても、あたしはひとり暮らしだけど。


   ……ひとり。


   ん?


   まこちゃん……。


   なんだい?


   あのお部屋で、ひとり暮らしをしているの?


   ……。


   あ、ごめんなさい……私、余計な詮索を。


   そっか……ごめん、まだ言ってなかったね。


   ……謝ることなんて。


   実は、そうなんだ……色々、あってさ。


   ……そう、だったのね。


   うん……黙ってて、ごめん。


   う、ううん、いいの……私こそ、ごめんなさい。


   いいよ、気にしないで……いつかは、言うつもりだったから。


   ……。


   本当に、気にしないでね。


   ……まこちゃん。


   あたしがひとり暮らしをしていることで、亜美ちゃんに気をつかわせたくないんだ。


   ……。


   お願いだ、亜美ちゃん。


   ……うん、分かった。


   ありがとう。


   ……ううん。


   ……。


   ……。


   つるべ……見ただけでは覚えられないな、何度か書かないと。


   ……これ、良かったら。


   ん、くれるの?


   ……良かったら、だけど。


   つるべだけでなく、ことわざも書いてくれたんだね。


   でも、いらなかったら


   ううん、もらう。
   ありがとう、亜美ちゃん。


   ……ん。


   亜美ちゃんの字、あたし好きなんだ。


   ……っ。


   ん?


   ……お待たせ。


   ん……じゃあ、帰ろうか。


   ……うん。


   図書室の電気、消してもいいかな。


   うん……誰もいないから。


   ん、分かった。


   ……。


   これで、良し。
   帰ろう、亜美ちゃん。


   ん……まこちゃん。


   あ。


   なに。


   まずい、先生だ。


   ……まずいの?


   ん、別にまずくない?


   まずくはないと思うけど……まだ、下校時間は過ぎていないし。


   そっか……つい、癖で。


   ……癖?


   前の学校では、先生に目をつけられていたから。


   ……。


   んと……怖い?


   ……ううん、全然怖くない。


   亜美ちゃん……。


   ……ふふ。


   はは……。


   ……。


   あ、はい、今帰るところです。


   さようなら、先生。


   ……。


   何もなかったわ。


   ……はぁ、良かった。


   ……。


   ……。


   ……校舎内に、夕焼け。


   あぁ……きれいだね。


   ……でも、少し寂しい。


   この季節は、特にそう思う。


   ……。


   つるべが落ちるのってさ、本当にあっという間なんだ。


   ……井戸で、お水をくんだことがあるの?


   実際に水をくんだことはないけど、くんでいるのを傍で見ていたことはあるよ。


   ……くんでみたかった?


   くんでみたかったんだけど、その時はまだ小さかったからやらせてもらえなかったんだ。
   子供がやるには危険、落ちてしまう可能性があるからって大人に言われて。
   確かに、うっかり井戸に落ちちゃったら大変だよね。ひとりではよじ登れないだろうし。


   ん、とても大変だわ……大人でも、大変だと思うし。


   水は冷たいしね。


   ……躰が冷えてしまうと思う。


   だけど今なら、出来ると思うんだ。


   今のまこちゃんなら、出来ると思う。


   機会があったら、一度はやってみたいな。


   そしたら……まこちゃんがくみ上げているのを、傍で見ていてもいい?


   ん、いいよ。
   で、あたしに何かあったら助けて。


   すぐにひとを呼んでくるわ。


   ふふ、亜美ちゃんは行動が早いから心強いな。


   だけど、落ちてしまわないようにくれぐれも気をつけてね。


   ん、気をつける。


   うん。


   ……。


   ……ねぇ、まこちゃん。


   うん?


   ……待っていてくれて、ありがとう。


   ……。


   帰り……ひとりでないのが、うれしい。


   あたしも、うれしい。


   ……。


   塾まで、送るよ。


   ……でも。


   送りたいんだ。


   ……。


   迷惑、かな。


   ……ううん、全然。


   良かった。


   ……。


   ……ねぇ、亜美ちゃん。


   なに……?


   ん……やっぱり、なんでもない。


  20日





   ……神も仏も、女王も要らない、か。


   祈ったところで……自分達が望む救いを得られるわけではない。


   ……子供は。


   ……。


   親よりも先に死んでしまうと、三途の川のほとりで、石を積み上げ続けなればいけなくなるんだっけ。


   ……賽の河原。


   一所懸命に石を積み上げても、鬼が来て、容赦なく崩されてしまう……其の度(たび)に、子供は苦しむことになる。


   ……親よりも先に亡くなることを逆縁と言って、自然の摂理に反するとされたから。


   なんか……相変わらず、すごく理不尽だ。


   ……仕方ないわ、然ういう教えなんだもの。


   昔のひとは意地が悪い、女性と子供に優しくない。


   けれど、子供には地蔵菩薩が居るから。


   お地蔵さんは、鬼から守って呉れるんだっけ。


   そして、子供達に教えを説いて成仏出来るようにする。


   現世に生まれ変わらせてあげることもあるんだろ?


   ……然ういう解釈もあるわ。


   生まれ変わることは、果たして、其の子供にとって良いことなのだろうか。


   親によるわね。


   其れは、確かに。


   其れから、余計な使命を負っていないこと。
   未来は、自分で決められること。


   其れも、確かに。


   ともあれ、此処での仕事は終わり。


   うん、今回も何事もなく終わって良かった。


   ……然うね。


   向こうの被害は、甚大だろうけれど。


   仕方ないわ、話し合いに応じないのだから。


   応じたとしても自分達の言い分ばかりで、此方の言い分も少しは聞いて呉れなきゃ、まとまるものもまとまらない。


   ……彼らにとっては此方の言い分は理不尽な要求でしかない、其れは私も重々理解しているのよ。


   でも、しなければならない……仮令、理不尽であっても。


   ……其れが、女王の理だから。


   理……か。


   ……。


   マーキュリー。


   ……自爆までする必要は、全くない。


   女王の考えに合わないとしても、若しくは、合わせることが出来ないとしても。
   自分達なりの生活を、自分達の場所で続けていけば良い……然うして呉れれば、あたし達は。


   ……近頃、思想がより過激になってきている。


   カリスマ的な先導者が居ると、こういった状況に陥りやすいと。
   ずっと前にマーキュリーから聞いたことがある。


   ……テロなんて、馬鹿げているわ。


   一字一句、同意するよ。


   ……はぁ。


   ん、頭が痛い?


   ……少しね。


   休んだ方が良い。


   ……何をしているの。


   良かったら、背中を貸すよ。


   ありがとう……でも、今は間に合っているわ。


   間に合わなくなる前に、言って欲しい。


   言わなくても、あなたは勝手に動いて呉れるでしょうから。


   うん、動く。


   怪我は?


   大したことないよ、酷くて軽い打ち身程度だ。


   ……。


   今回は、ただの烏合の衆だったから。


   ……私は、あなたをお姫様抱っこしたいわ。


   え、今かい?


   また今度。


   ん、分かった。


   どうせ、そんな機会はないと思っているのでしょう。


   ううん、そんなことはないよ。


   相も変わらず、非力なままだし。


   マーキュリーは非力ではないし、ベッドの上でならお姫様抱っこだって


   私は真面目に言っているの。


   あたしも、真面目なんだけどな。


   ジュピター。


   ん、背中?


   今度、背負子でも作って。


   背負子?


   背負子なら、手が使えるから。


   成程、其れは良いね。
   早速作ってみるから、設計図をお願いしても良い?


   ええ、勿論。


   乗り心地にも拘ろう。


   座布団でも敷いて呉れれば、其れで事足りる。


   座布団か……良し、其れも新しく作ろう。


   別に新調しなくても良いわよ。


   ううん、折角だから作りたい。


   然う……なら、任せるわ。


   座布団カバーの色で、何か希望はあるかい?


   然うね、緑か青で。
   出来れば、薄い色が良い。


   緑か青の薄い色……ん、分かった。


   ……ふぅ。


   乗るかい?


   ……未だ、乗らない。


   然うか。


   ……。


   ねぇ、マーキュリー。
   ふと、思ったんだけどさ。


   ……聞くわ。


   親が居ない子供は、何処へ行くんだろう。


   ……其処までは、書かれていなかった。


   あたしとしては、親と同じところに行って欲しいと思うんだ。


   其れが、地獄でも?


   出来れば、天国が良いなぁ。


   ……ねぇ、ジュピター。


   なんだい?


   行けると思う?


   ん。


   程度は違うとは言え、無差別な大量殺人に加担した者達が。


   ……良くて、上層の地獄かな。


   となれば……行き先は、地獄しかない。


   ……。


   其れに……子供だって。


   ……寧ろ、被害者だ。


   ……。


   爆弾をお腹に抱えて、突撃させるなんて……そんなの、子供にさせるべきじゃない。


   ……子供は、かんしゃく玉で遊んでいれば良い?


   其れか、花火かな。
   きれいだろ、花火は。


   然うね、かんしゃく玉よりはきれいね。


   かんしゃく玉はパンッってうるさいだけだからさ。


   だとしても、ストレス解消くらいにはなるわよ。


   みんなでかんしゃく玉を鳴らして遊べば、ストレスもすっきり?


   良いわねぇ、平和で。


   はは、かんしゃく玉に平和を見るなんて思わなかったよ。


   全くだわ。


   ……。


   ジュピター。


   ん、そろそろ背中が恋しい?


   恋しいけれど、未だ我慢するわ。


   そっか。


   ……。


   ……昔のあたしだったら、何処へ行ったんだろう。


   ……。


   子供とは言え女だから、矢っ張り、地獄だったのかな。


   安心して……あなたは生きているわ。


   マーキュリー……うん、然うだね。


   ……あなたは、天国だと思う。


   え。


   ……御両親と同じ場所に、私は然う思う。


   ……。


   だけど、生きているから。


   ……マーキュリーと一緒にね。


   ええ、然うよ。
   言っておくけれど、置いて行くようなことがあったら。


   許さない、だろ?


   然うよ。


   はは。


   ……私が、死なせないわ。


   マーキュリー……。


   ……だからあなたは、私を死なせないで。


   うん……死なせない。


   ……。


   ……。


   さて……引き揚げましょうか。


   うん……然うしよう。


   ……背中?


   途中まで、どうぞ。


   ……改めて、怪我の程度は。


   酷くて、軽い打ち身程度。
   マーキュリーを背負うのに、何にも問題ない。


   然う……ならば、仕方ないわね。


   ん。


   ……。


   ……背負子、帰ったら作るから。


   ゆっくり、急いで。


   ふふ……うん。


   ……。


   立っても良いかい?


   ……良いわ。


   良し。


   ……。


   じゃあ、行こう。


   ……ねぇ。


   ん?


   ……疲れたでしょう、戻ったらゆっくり休めば良い。


   マーキュリーと一緒に?


   ……私には、やるべき仕事が残っているから。


   あたしはマーキュリーと一緒の方が良いなぁ……ほら、軽いけど怪我もしているし。


   ……手当てはしてあげる。


   其のまま、休憩時間になることは。


   ならないわ、残念ながら。


   ん……心の底から、残念だ。


   大袈裟ね、相変わらず。


   マーキュリーが傍に居て呉れた方が治りが早いのは、マーキュリーも知ってるだろう?


   美味しいものを食べたら、治りが早くなるのではなかったかしら。


   美味しいものをひとりで食べたとて、治りが早まることはないよ。


   ひとりもふたりも、大して変わらないと思うけれど。


   其れがね、全く違うんだ。


   昔からそんなことばかり言って。


   実際に、マーキュリーとふたりで食べた時の方が治りはずっと早かったろう?


   誤差の範囲。


   とは言い難い結果が出た、何度かの実験を経て。
   あれは、辛かったなぁ。噛み砕いて飲み込む、其の動作だけをひたすら繰り返して。
   用意されたものは美味しいものだったらしいけど、味なんて感じなかった。


   ……もう二度としないわ、必要ないから。


   うん、もう二度としたくない。
   折角ふたりで食べられるのに、敢えてひとりで食べさせられるなんて。


   本当に辛そうだったわ。


   其のせいで、治りも遅かった。
   なんなら、初めからひとりで食べるよりもずっと。


   ……其れでも、私達よりは早いのだけれどね。


   傷なんて、早く治った方が良いだろう?


   だから、もうしないのよ。


   じゃあ、一緒に食べよう。
   マーキュリーは何が食べたい?


   別に、あなたが作って呉れるものならなんでも。


   あはっ。


   ……元気そうで何より。


   ん、此れくらいなら掠り傷だ。


   ならば、手当ての必要はないわね。


   其れは必要ある。


   此れくらいならば、掠り傷なのでしょう?


   掠り傷だけれど、手当ては必要なんだ。


   屁理屈?


   ジュピターの理屈。


   其の方が治りが早いと?


   マーキュリーに手当てをしてもらって、マーキュリーと一緒にごはんを食べる。
   此れが一番、治りが良い。此れくらいの傷なら、明日くらいには治っているだろう。


   流石に其れはないわ。


   明後日くらいかな。


   妥当。


   毎日、一緒に食べられたら良いのになぁ。


   一日三食は難しいけれど、一食くらいならば。


   ん、其れでも良い。
   ありがとう、マーキュリー。


   あなたの為だけでなく、私の為でもあるから。


   マーキュリーの?


   分かって、聞き返しているでしょう。


   んー、どうだろう。


   まぁ、良いわ。
   さっさと帰りましょう。


   うん、帰ろう。


   ところで、作れるの?


   作れるよ、掠り傷だし。


   其れで、あなたは何が食べたいの?


   マーキュリーが作って呉れるものなら、なんでも。


   豆腐に納豆でも?


   構わないよ、大豆は躰に良いからね。


   生憎、納豆がないわ。


   あら、其れは残念。


   おうどんで良い?


   うん、良いよ。
   折角だから、ふたりで作ろう。


   丁度かにかまがあるから、かにたまにするわ。


   あはは、良いねぇ。


   でしょう?








   ……。


   ……ジュピター。


   ん……マーキュリー。


   ……動けそう?


   うん……平気。


   ……休んでいただけ?


   ちょっと、寝てたかも。


   ……然う。


   今日も、疲れたよ。


   私も……疲れた。


   ……隣、どう?


   良い……?


   ん……マーキュリーなら、喜んで。


   ……。


   少し休んだら、合流しよう。


   ……ん。


   ここさ、風が気持ち良いんだ。


   ……本当。


   怪我は、大丈夫かい……?


   大丈夫……痣が出来たくらい。


   痣か……痣も、痛いよなぁ。


   ……ねぇ、ジュピター。


   ん、なんだい。


   夢でも、見ていた?


   ……夢?


   なんとなく、然う見えたの。


   んー……見てたかも。


   ……内容は。


   ……。


   ……憶えてない?


   なんとなく、変な夢だったと思う。


   この状況では……良い夢は、見ないかも知れない。


   今なら、見られるかも。


   ……今なら?


   マーキュリーが隣に居て呉れる、今なら。


   ……眠るのなら、帰ってからの方が良いと思う。


   ん、確かに。


   ……私も、眠りたい。


   ん。


   ……ん?


   それって……あたしと。


   ……。


   いや……なんでもない。


   ……。


   スターライツ……また、来たね。


   ……うん。


   あの三人は一体、何を考えているんだろう。


   ……今は、まだ。


   今日さ、大気さんと少し話したよ。


   ……何を話したの。


   花壇のお花のこと……変わったところはなく、いつも通りだった。


   ……他のふたりは。


   星野くんは相変わらず、うさぎちゃんと話してることが多くて……夜天くんは、未だにひとを寄せ付けようとしない。


   ……あの三人は、スターライツだと思う。


   お……。


   レイちゃん……マーズも、然う感じているみたい。


   ……ふたりが然う感じているのなら、確定に近いな。


   だけど……もう少し、様子を見るわ。


   ん……分かった。


   ……躰、痛い?


   うん……そこそこ、痛いかな。
   でも、大丈夫……動けないほどじゃない。


   ……帰ったら、お休みしましょう。


   出来れば……亜美ちゃんと一緒に、休みたいな。


   ……ん、一緒に。


   ふふ、やったぁ。


   ……手当てもしないと。


   ん……お願いします。


   ……はい。


   ……。


   ……。


   ……今夜はもう、出ないと良いな。


   うん……出ないで欲しい。


   出たら……神さまでも仏さまでも良いから、思い切り罰を当てて呉れないかなぁ。


   ……ふふ。


   ん、なんだい……?


   ……救いは求めないのね。


   そこまでは、期待していないよ……どうせ、居ないんだし。


   ……縁結びの神さまには?


   すごくお願いした……かな。


   ……ふふふ。


   まぁ、そんなもんだろ……?


   ……ん、そんなものだと思う。


   はぁ……お腹、空いたなぁ。


   ……炒飯、食べる?


   ん、食べる食べる。


   じゃあ……今夜は、うちに。


   行っても良いの?


   ……ん、来て。


   じゃあ、行く。


   ……決まりで、良い?


   もちろん。


   ……。


   ごはんの前に、すっきりしたいなぁ。


   ……また、水浴びする?


   それで、マーズに乾かしてもらう?


   ……渋い顔、されるかも。


   渋い顔をしながらも……して呉れるのが、マーズなんだ。


   ……。


   ん……マーキュリー。


   ……ごめんなさい。


   ううん、良いよ……マーキュリーの温もりが、此処好いから。


   ……。


   もう少し、休んだら……行こうか。


   ……ん。  


  19日





   はぁ……美味しかったぁ。


   ……おつゆまで。


   だって、おつゆを残したらたまごまで残すことになっちゃうだろ?
   そんな勿体ないこと、あたしには出来ないよ。


   と言っても……もう、小さな欠片だったけれど。


   こんなに美味しいのを残したら、罰(ばち)が当たっちゃう。


   ……ばち?


   ん、聞いたことない?


   ばちって……罰のこと?


   そうそう、それ。小さい頃、言われたんだ。
   誰に言われたかは、さっぱり憶えてないんだけどね。


   罰を当てるのは……誰なの?


   神さまと仏さまかな。


   ……神さまと仏さま?


   この国には神社とお寺があるだろ?
   だから、神さまと仏さま。


   ……ひとでは、ないのね。


   ひとがひとに、罰を当てることはないと思うんだ。
   何故なら、ひととはそもそも、罪深いものだから。そんなことは、出来ない。


   ……それは、レイちゃん?


   ううん……これも小さい頃に、誰かから言われたことだ。


   ……ご両親とご祖父母ではないの?


   うん、違う。
   多分、近所のひとか知らない大人だと思う。


   ……知らない大人?


   小さい頃ってさ、知らない大人に叱られたりしただろ?
   例えば、入っちゃいけないところに勝手に入って遊んだとか。


   ……。


   えと……入ったこと、ない?


   ん……お外ではあまり、遊ぶことがなかったから。


   お外……。


   ……小さい頃は、然う言っていたの。


   然うなんだ……ふふ、可愛いな。


   ……他人の敷地に勝手に入ることの他に、どんなことで叱られたの?


   あたしはしたことないんだけど、道路でかんしゃく玉を鳴らして遊んでた男子達が思い切り雷を落とされていたよ。


   ……かんしゃく玉?


   小さな火薬の玉と言うのかな、それを地面に思い切り叩きつけると、パンッ。


   ……っ。


   って、大きな音が鳴るんだけど……ごめん、ちょっと驚かせちゃった?


   ん、少しだけ……でも、大丈夫。


   ……ごめんね。


   ん、平気……それより、子供がそんなもので遊ぶなんて。


   うん、遊んでいたよ。今思えば、何が楽しいんだか分からないんだけどね。
   だってさ、ただただ大きな音が鳴るだけなんだよ。ひとつ間違えれば、怪我もするし。


   怪我……火薬だから。


   素手で割ろうとして、火傷をした子も居たみたいだ。


   それは、幾らなんでも危ないわ。


   だから大人は、大きな雷を落としてたんだと思う。子供が大きな怪我をしてしまわないようにさ。
   でも、子供だから、痛い目に遭わなければ分からないのも居る。特に、男子は然ういうのが多かった。
   男子って兎角、危ない遊びをしたがるんだよ。で、誰かが止めないと、どんどん、調子に乗っていくんだ。


   ……まこちゃんも、していたの?


   あたしは……まぁ、ブランコから飛ぶとか?


   ブランコから?


   お。


   ブランコから飛ぶって、どういうこと?


   正しくは、飛び下りるなんだけど……。


   飛び下りるって、どういうことなの?
   ブランコって漕いで遊ぶものなのよね?


   えと……まずは、思い切り漕ぐだろ?


   それで、勢いをつけて飛んだというの?


   と言っても、そこまでは高くしないよ。
   流石に危ないし、何より、怖いからね。


   どれくらいの高さまで漕いだの?


   然うだなぁ……地面から、90度くらいかな。


   危ないわっ。


   お、おう。


   90度って、地面とほぼ平行ということでしょう?


   う、うん……然う、なるかな。


   怪我は、怪我はしなかったの?


   たまに着地に失敗して、膝やら肘やらを擦り剥いたり……。


   それだけで、本当に済んだの?
   頭から落ちたなんてことは、一度もなかったの?


   頭からは、ないけど……。


   けど?


   え、えと……顔面、からなら。


   あぁ。


   と言ってもさ、着地の勢いで前につんのめっただけで


   怪我は?


   お、おでこを擦りむいたくらい……かな。


   ……本当に、それだけ。


   え、えと……鼻血も、出したかも知れない。


   ……お医者さんに連れて行かれたでしょう。


   え、どうして分かるんだい?


   分かるわ……ご両親の気持ちも。


   そ、然うなんだ……。


   良かった……打ち所が悪くなくて。


   え、と……ごめん?


   ……ご両親にも謝ったの?


   謝った……と、思う。


   もうしないでね……でないと、罰が当たるから。


   いや、もうしないかな……流石に。


   久しぶりにやりたくなったとしても、一切許さないんだから。


   はい、しません……するとしたら、鉄棒で


   鉄棒も、駄目です。


   や、やっても、逆上がりくらいだよ。


   そんなことを言って、足が届かない高鉄棒でするんでしょう?


   ……どうして。


   あれはあくまでも懸垂用、体操用の鉄棒と違ってしなりがないからとても危険なの。


   そ、然うなんだー……。


   ……まこちゃん。


   小学生の頃に……何度か。


   ……体操選手のように、躰を真っ直ぐにして回転したわけではないのよね。


   うん、それはしなかったよ。
   勘が働いて、危ないと思ったから。


   ……落ちなかった?


   うん、落ちなかった。


   ……それなら、良いの。


   亜美ちゃん……なんだか、近所に居た大人みたいだ。


   ……大人ではないけれど、高校生だから。


   あたしも、今は高校生なんだけどな……。


   まこちゃんは……ジュピターと同じで、少し子供っぽいところがあるから。


   まぁ、高校生も子供だしね……ん、ジュピター?


   ……でも、幼稚園児、小学生、中学生よりは大人に近いわ。


   はい、その通りです……それで、ジュピターって。


   ……以前は、誰よりも精神年齢が高いと思っていたのに。


   ……。


   ……優しくて、落ち着いていて、気配りが出来て、寄り添って呉れて。


   えと……幻滅、した?


   ……寧ろ、安心した。


   安心……?


   ……まこちゃんも、私と同じなのだと。


   亜美ちゃんと同じ……頭は、全く違うけど。


   もぅ……然ういうことを言ってるんじゃないの。


   あ、はい……ごめんなさい。


   ……。


   ん……亜美ちゃん。


   ……兎に角、危ないことはしないで。


   ……。


   ……まこちゃん。


   亜美ちゃんを……マーキュリーを守る為なら、少しくらいは、危ないことをする。


   ……少しくらい。


   でも、ブランコから飛んだり、高鉄棒で大車……。


   ……だいしゃ?


   逆上がりするのはしない。
   もう、二度と。


   ……。


   ご、ごめんなさい……。


   ……あなたが無事で、本当に良かった。


   亜美ちゃん……。


   ……神さまや仏さまの罰は、当たったかも知れないけれど。


   そ、それは……当たったかも。


   ……はぁ。


   も、もうしないよ……うん、もうしない。


   ……大車輪が出来ると知られたら、新体操部から確実に勧誘が来ると思う。


   あー……それは、断るのが面倒な奴だね。


   しばらくの間、追われることになると思うわ……若しかしたら、他の運動部にもまた。


   亜美ちゃん、あたしが大車輪が出来るということは、ここだけの内緒だよ。


   ……秘め事?


   然う、秘め事。


   ……安心してまこちゃん、みんなにしか言わないわ。


   み、みんなも駄目だよ。


   ……どうして?


   若しもうっかり、美奈子ちゃんに知られたら……?


   ……ふふ。


   亜美ちゃん……?


   ……誰にも言わない。


   ほんと……?


   ……ふたりだけの秘め事だから。


   亜美ちゃんっ。


   ……ん。


   ……。


   まこちゃん……大丈夫?


   ……声って、わりと響くよね。


   声と言うより……発声が、響くのだと思う。


   あぁ……早く、治れ。


   ……その為にはまず、安静にしていてね。


   うん……安静に、してる。


   ……。


   はぁ……。


   ……ねぇ、まこちゃん。


   なんだい……?


   仮に、まこちゃんが罰に当たっていたとしたら……どんなもので、どんな神さま若しくは仏さまからだったのかしら。


   んん?


   神さまにも色々居るけれど……それは、あまり関係ない?


   んー……そこまでは考えたことなかったなぁ。


   どんな罰があるのか、それは聞かなかったの?


   うん、聞かなかった。
   罰は罰だから。


   ……然う。


   若しかして、興味がある?


   ……地獄も沢山あると言われているし、罰にも種類かあるのとかと思って。


   ちょっと待って、地獄って?


   ……あまり知らない?


   閻魔様ぐらいしか。


   閻魔王は十王のひとりで、他の王のことは割愛するけれど、五番目に裁判を受けることになるの。


   五番目なんだ……。


   それでね、地獄には大きく、八大地獄と八寒地獄のふたつがあって……それぞれ、八種類の地獄があるの。


   へ、へぇ。


   八種類の地獄は更に十六の小地獄に分かれていて……行き先は生前の行いと遺族の供養で決まるのだけれど、八寒地獄に関しては不明な部分の方が多いの。


   亜美ちゃん、詳しいね……。


   小さい頃に、絵本で読んだの。


   ……そんな絵本、あるんだ。


   でもね、女性に生まれると、もれなく地獄に堕ちてしまうんだって。


   え、なんで?
   天国は? ないの?


   ……あるけど。


   行き先は、生前の行いで決まるんだろ?


   女性には……月経があるでしょう?


   あるけど……まさか、それが理由なのかい?


   昔は、血は不浄なものとされていたから。


   そんなの、理不尽じゃないか。
   そもそも生理がなければ、子供だって出来ないだろ?


   それは、然うなのだけれど……。


   昔は初めての生理が来たら、お赤飯を炊いてお祝いしたって聞いたことがあるのに。


   ……お祝い事ではあるけれど、地域によっては隔離されていたみたい。


   はぁ、なんだよそれ。


   ……理不尽よね。


   理不尽すぎて、腹が立ってきた。


   ……。


   ん。


   ……落ち着いて。


   ……。


   傷に障るから。


   ……うん、落ち着いた。


   ごめんなさい、こんな話をして。


   ううん、こんな状態じゃなきゃもっと聞きたい。


   ……。


   だからさ、治ったら続きを聞かせてよ。


   ……聞いて呉れる?


   うん、聞きたい。


   ……なら、今度。


   うん。


   ……。


   ……あぁ。


   まこちゃん……?


   ……亜美ちゃんの手、気持ち良い。


   あ。


   ん……このままで。


   ……。


   ……若しも縁結びの神さまだったら、あたしはこんな素敵なひとと恋人同士になれなかったかも知れない。


   え……?


   ……あたしはどうやら、縁結びの神さまからは当てられなかったみたいだ。


   えと……罰の話?


   そ……罰の話。


   ……なら、もうひとつ良い?


   幾つでも……。


   麵類はおつゆまで残さず食べないと、罰が当たってしまうの?


   ……うん?


   でも、おつゆは残さないと……塩分の摂り過ぎになってしまって、躰に良くないと思うの。


   ……んー。


   毎回は、良くないと思う……。


   ……分かった、毎回は飲まない。


   ……。


   安心した……?


   ……。


   然うだ……まだ、言ってなかったね。


   ……なに?


   美味しいかきたまうどん、ごちそうさまでした。


   あぁ……ん、お粗末さまでした。


   あのかきたまがお粗末だったら、あたしが作るのはみんなお粗末になっちゃうなぁ。


   それはないわ。


   ない?


   あるわけ、ない。


   ん、そっか。


   ……食べてすぐ横になるのは、良くないことだけど。


   良くないから、もう少しだけ起きているよ。


   ……大丈夫?


   食べたら、怪我が少し治った気がする。


   それは……流石に。


   ないとは言えない、あたしはジュピターだから。


   ……今は、まこちゃんだから。


   言い直す、前世が子供っぽいジュピターだから。


   ……。


   だろ?


   ……然ういうところが。


   ズピターみたい?


   ……ズピター?


   おっと、口が回らなかった。


   ……。


   ジュピターは怪我をしても、すぐに治った。
   あたしはジュピターほどじゃないけど、それでも早く治る。


   ……。


   美味しいごはんを食べることで、怪我が少しだけ、治ることもあるかも知れない。


   ……それは、どういう理屈なの?


   ジュピターの理屈かな。


   ……。


   ははは。


   ……もぅ、まこちゃんは。


   ん、笑っても痛くなかった。
   やっぱり、少しだけ治ってるんだ。


   だからと言って、調子に乗っては駄目です。


   はい、分かってます。


   ……。


   ねぇ。


   ……なに。


   あたしが横になるまで、手はこのままで。


   ……。


   だめかい……。


   ん……だめじゃ、ない。


  18日





   ふぅ……起き上がるだけでも、一苦労だ。
   こんなに不自由なの、いつ以来だったかな。


   大怪我を負ったのは……直近だと、中学の卒業式の前に。


   中学……あぁ、あの時か。あの時も、結構ぼろぼろになったんだっけ。
   それで、卒業式に出られるかなぁ……なんて思っていたら、うさぎちゃんが治して呉れたんだ。


   ……自分の身を削って。


   出来れば、あの力はあまり使って欲しくはないんだけど……あの時は、押し切られてしまってさ。


   ……みんなが、ぼろぼろになってしまったから。


   みんな……はるかさん達も、だっけ。


   ……うん。


   ぅ……。


   あ、ごめんなさい。


   ううん、大丈夫……気にしないで。


   ……ごめんなさい。


   痛いと言っても、少しだけだから。


   ……。


   ふふ……本当に一苦労だなぁ。


   ……面白いの?


   ひとりだったら、全く面白くないよ。


   ……ふたりでも、全く面白くないと思う。


   然うなんだけど……なんとなく、面白くなっちゃうことってあるだろ?


   ……然うなの?


   あたしは、然うなんだ……でも、不快な気持ちにさせたのならごめんね。


   ……。


   や、本当にごめん。


   ……ううん、まこちゃんはそれで良いのかも。


   うん?


   だって……面白いと思えるということは、心が折れていないということだから。


   あは。


   ……違う、かしら。


   んーん、違わない。


   ……。


   ね……あたしの心が折れてないのは、亜美ちゃんが傍に居て呉れるからだよ。
   ひとりだったら今頃、食欲もなくて、痛みを我慢しながら、ただぼんやりと横たわってるだけだったと思うんだ。


   ……ひとりになんて、しない。


   ふふ……心強い。


   ……心が元気だと、治りが違うから。


   ん、それは確かに……元気な方が、治りが早いんだ。


   それに……いつだってまこちゃんは、私の傍に居て呉れたから。


   ……。


   だから……私も。


   ……ん、ありがと。


   私こそ……いつも、ありがとう。


   さて……亜美ちゃんとかきたまうどんを食べる為に、もうひと踏ん張りだ。


   ……躰を起こしたら、クッションを整えるから。


   うん……お願い。


   ……。


   ん……しょ。


   ……。


   ふ……ん、起きた。


   ……躰を、もう少し前に。


   分かった……。


   ……少しだけで、良いから。


   クッションを整えるまで、だね……。


   ……うん。


   手、もう離しても良いよ。


   ……大丈夫?


   うん、大丈夫だ。


   ……すぐに、整えるから。


   ん……待ってる。


   ……。


   ふぅ……。


   ……躰を、ゆっくり後ろに。


   はい……。


   ……。


   ん……なかなか、楽かも。


   ……もう少し、調整する。


   あ、うん……。


   ……。


   丁寧だ……。


   ……まこちゃん。


   なんだい?


   姿勢は大丈夫……苦しくはない?


   ん、苦しくないよ。
   姿勢も、さっきより楽だ。


   酷く痛むところはない?


   無理に動かそうとしなければ、平気。
   包帯やテーピングもばっちりだしね。


   ……。


   包帯とかテーピングとか、やってあるのとないのとでは、かかる負担が大違いなんだ。
   亜美ちゃんは中学生の頃から上手だったから、何度も助けられたっけ。


   ……これくらいしか、出来ないから。


   違うよ、亜美ちゃん……手当て、も、出来るんだよ。
   誰にでも出来ることじゃないんだ、手当てって。


   ……。


   それにしたって、ぼろぼろには違いないけど、骨は折れてなくて良かったなぁって。


   ……ひびは、幾つか入っているかも知れない。


   ひびなら、まぁ……ちゃんと固定して、無理をしなければなんとかなるから。


   ……それでも、痛みがあることには変わらないから。


   だから、くっつくまでは無理しない。


   ……お医者さん。


   あー……大丈夫、あたしはジュピターだから。


   ……明日になって、痛みと腫れが酷くなっているようだったら連れて行く。


   えー……。


   ……まこちゃん。


   はい……その時は、お願いします。


   ……姿勢を変えて欲しくなったら、すぐに言ってね。


   はい、分かりました。


   ……そんなに畏まらないで。


   ん、分かった。


   ……。


   うどん?


   ……どうぞ。


   わぁ……すごく美味しそうだなぁ。


   ……美味しいと、思ってもらえたら。


   味見した時に美味しかったから、美味しくないわけないさ。


   ……。


   たまごがふわふわで、きれいだ……ん?


   ……何か気になること、ある?


   お箸だけじゃなくて、れんげとフォークも用意して呉れたんだね。


   ん……今の状態だと、お箸は使い辛いかも知れないと思って。


   れんげは、たまごを掬う用?


   ……若し、良かったら。


   ありがとう、使わせてもらうね。


   ……ひとりで、食べられそう?


   ちょっと試してみる。


   くれぐれも、無理だけはしないでね。


   うん、しないよ。
   駄目だと思ったら、亜美ちゃんに手伝ってもらう。


   ……。


   あ、違った?


   ううん……違わない。


   ふふ、良かった。


   ……甘えて呉れるの?


   かっこ悪いかも知れないけど。


   全然かっこ悪くなんてない、寧ろ、素直でとても素敵だと思う。


   然う?


   う、うん。


   ……。


   まこちゃん?


   ……一生、大切にする。


   え。


   まずは、お箸を使ってみようかな。


   あ……うん。


   その前に、いただきます。


   ……どうぞ、召し上がれ。


   よいしょ。


   ……。


   ……お箸を持つだけなのに、大袈裟かな。


   ううん、気にしないで。


   ……。


   ……少し、持ち辛い?


   んー……今回は、フォークにしようかな。お箸は持てなくもないけど、上手にうどんを挟めないかも知れないから。
   上手く挟めてないと、口に入れる直前につるっと全部、落としちゃうことがあってさ。その時のがっかり感ったらないんだ。
   挙句、落としたうどんで汁が跳ねて、顔やら服やらに飛んだら、もう最悪。食べられないわ、熱いわ、汚れるわでね。


   ……分かる気がする。


   それで、ふと思い出したんだけどね。


   ……なに?


   小さい頃、お箸の練習を何度もやったんだ。


   ……まこちゃんも?


   亜美ちゃんもした?


   うん……私もした。


   お箸の練習って、やっぱりみんなするものなのかな。


   ……最初から、上手に扱える子は居ないから。


   あたしは、ごはんはわりとすぐに食べられたみたいなんだけど、麵類が難しくて。上手く挟めたと思ったら、口の手前で、つるっつる滑り落ちちゃうんだ。
   しかも一本しか挟めてないから、その一本が落ちちゃうと食べられなくて。せめて一口だけでも食べられたら、気分が違うってのにさ。


   子供のお箸の練習で、麵類は特に難しいと聞いたことがあるわ。


   幼いあたしは、もう少しのところで食べられないストレスで大変だったよ。


   ……若しかして、癇癪を起こしたの?


   癇癪は起こさなかったけど、不貞腐れて食べなくなっちゃったらしい。


   ……あぁ。


   でもね、お腹は空いているからさ、少し経つと、またお箸を持って食べようとしたらしい。


   ……諦めない。


   然う、諦めの悪い子供だったんだ。
   駄々のひとつやふたつ捏ねて、フォークを出してもらえば良かったのに。


   ……駄々を捏ねたら、出してもらえたの?


   駄々を捏ねた記憶はないんだけど、最終的にはフォークで食べてた気がする。
   若しかしたら、あたしがあまりにも不器用だから、両親の方が先に折れて、フォークを出して呉れたのかも知れない。


   ……それは、有り得るかも知れない。


   両親はあんまり厳しくなかったら、まぁそのうち出来るだろうってくらいの気持ちで居たのかも。
   気が付けば、いつの間にか使えるようになっていたし。出来た瞬間って、意外と憶えていないものなんだよね。


   ……然うなのね。


   若しかして、亜美ちゃんは憶えてる?


   ん……朧げだけれど、お箸で初めておうどんを食べられた時のことは憶えているわ。


   すごいなぁ……流石、亜美ちゃん。
   あたしなんて、全く何も憶えてないよ。


   ……とても、うれしかったのだと思う。


   うん?


   ……母に、褒められたこと。


   あぁ……そっか。


   ……あまり、褒められたことがないから。


   ……。


   両親は、あまり熱心ではなかったけれど……いつまで経っても出来ない私に、呆れていたとは思う。


   ……そんなこと。


   焦るほどに、出来なくなって……然う、私は泣いてしまった。
   だけど、泣いたところで出来るわけじゃない……泣く暇があったら、練習を重ねないと。


   ……怒られたことは、あるのかい。


   ううん、怒られたことは一度もなくて……毎回、淡々と母に指導されるの。
   お箸の持ち方、掴み方、挟み方……力の入れ具合まで、理路整然に、何度も何度も。


   ……りろせいぜん。


   母に教わった通りに、お箸を持って、動かそうとして……だけど、私の手は母の言う理屈通りにはちっとも動いて呉れなかった。
   私は……両親に呆れられて、興味を持たれなくなるのが、ひたすら怖くて。一生懸命に、お箸を使おうとした。


   小さいのに、そんなことまで考えていたのかい?


   ……それだけ、怖かったのだと思う。


   そんな……まだ、小さい子供なのに。


   ……その頃の両親の仲はもう、冷え切っていたから。


   ん……。


   それもあって……必死だったのかも知れないわ。
   私がお箸を上手に使えたところで……ふたりの仲が修復することなんて、ないのにね。


   ……ごめん。


   え、どうして……?


   ……能天気に、流石なんて言って。


   ううん、気にしていないわ……寧ろ、まこちゃんに褒められてうれしい。


   亜美ちゃん……。


   ……今では、まこちゃんに褒められた回数の方がずっと多いと思う。


   あたしは、本当に思っているよ。


   ……え。


   亜美ちゃんはすごいって……心の底から、思っているんだ。


   ……ありがとう。


   こ、これからも。


   うん?


   これからも……褒めるよ、亜美ちゃんのこと。


   ふふ……ありがとう、まこちゃん。


   褒められすぎて、鬱陶しくなったら、すぐに言ってね。


   ……多分、ならないと思う。


   そ、然う……?


   だって……まこちゃんに褒められると、うれしいんだもの。


   よし、これからもどんどん褒めよう。


   あ、でも……みんなの前では、恥ずかしいかも。


   ん、そっか……じゃあ、ふたりきりの時に。
   ふたりだけの、内緒の……然う、秘め事。


   ……ひめごと?


   うん、あたし達ふたりだけの秘め事。


   ……秘め事。


   ふふ……この言葉、一度使ってみたかったんだ。


   ……恋愛小説の影響?


   う……。


   ……ふふ、然うなのね。


   然うなんだ……分かりやすいだろ?


   ん、分かりやすい……。


   あたしって、単純だからさ。


   ……でも、然ういうところも。


   好き……?


   ……ん。


   へへ、うれしいなぁ。


   ……。


   フォークでうどんを食べるのはいつ以来かな……ふふ、懐かしいなぁ。


   ……私もフォークで食べようかな。


   亜美ちゃんも?


   ……おかしい、かしら。


   全然、一緒にフォークで食べよう。


   ……ん。


   それじゃあ、持ち替えて。


   ……。


   改めて、いただきます。


   ……私も、いただきます。


   ふふ、とろとろだ……。


   ……ゆっくり、食べてね。


   うん……良く噛んで食べる。


   ……。


   ふぅ……。


   ……。


   ……。


   ……どう?


   ん……。


   あ……あまり、美味しくない?


   ……その反対。


   反対……?


   美味しくて……感動してる。


   か、感動?


   こんなに美味しいかきたま、初めて食べた……。


   そ、そんなに?


   味見した時にも、思ったんだけど……亜美ちゃんの家でも、白だしを使っているんだね。


   ううん、これはまこちゃんが使ってるから……それで、同じものを使おうと思って。


   ……。


   でも、あまり使わなくて……だから。


   ……たまには、亜美ちゃんの家でごはんを作っても良いかも。


   え。


   ふたりで、ふたりのごはんを作るんだ。


   ……ふたりで。


   なんて……だめかな、やっぱり。


   だ、だめじゃないわ。


   ……ほんと?


   ほんと……。


   ……なら、作る。


   母が居ない日なら……いつでも、来て。


   うん……来る。


   ……ほとんど、居ないから。


   ……。


   必要なものを言って呉れたら、買っておくわ。


   出来れば、一緒に買いに行きたいな。


   あ。


   うちでごはんを食べる時みたいに、亜美ちゃんの家で食べる時も。


   ……。


   いやじゃ、ないだろ?


   ん……いやじゃ、ない。


   うん……良かった。


   ……。


   ……かきたまにね。


   なぁに……?


   ……かにかまを入れても、美味しいんだよ。


   然うなの……?


   ……今度、一緒に作ろっか。


   うん……作ってみたい。


   それから、かにかま炒飯もね。
   あたし、楽しみにしてるんだ。


   ふふ……うん。


   ……。


   ……。


   ……ねぇ、亜美ちゃん。


   なぁに……まこちゃん。


   ……亜美ちゃんと一緒で、良かった。


   まこちゃん……うん、私も。


  17日





   腕は……痛いけど、なんとか動かせる。足は、少しは動くけど……歩くのは、難しいかな。
   胸は……うん、痛い。心なしか、腹も痛いような……ん、背中も痛いな。腰は……もう、分からないな。


   ……。


   はぁ……お腹、空いたなぁ。
   亜美ちゃん、まだかな……。


   ……たまごは、良く火を通して。


   こんなぼろぼろでも、腹は空くんだよな……両親が亡くなった時も、腹は空いたし。
   生きていれば、腹は減る……生きているからこそ、腹は減る……そんなこと、おじいちゃんが言ってたっけ。


   ……。


   三連戦……今までにも、なかったわけではないけど……厄介なのには、こちらの攻撃が効き難いことだ。
   亜美ちゃんは、気にしているようだけど……マーキュリーの技、水気の力は、決して非力なんかじゃない。
   敵の力が、これまでのものとは異なるというだけで……対策をちゃんと立てれば、マーキュリーの技も通用するようになる筈。
   水の力は、時に、すさまじい威力を発揮するんだ……その為にはまず、敵の正体をなんとかして掴まないと。


   ……ん、出来た。


   そもそも、今回の敵はなんなんだ……勝手に襲ってくるのは、今までのと同じだけど……やっぱり、狙いは銀水晶なのか。
   それとも、この青い星が狙いか……宇宙は広くて、いっぱい星があるというのに、どうしてこの星に来るんだ……似たような星もあるだろうに。


   味は……。


   あたしが考えている以上に、宇宙には侵略者、若しくは破壊者が多いのか……となると、思っている以上に、滅ぼされている星は多いのかも知れない。
   それはそれで、嫌な話だな……今の敵を倒せたとしても、新しい敵が来ないとは限らないし……あたし達はいつまで、戦い続ければ良いんだ。
   出来ることなら、亜美ちゃんと穏やかに暮らしたい……みんなと遊んで、他愛のない話をしたい……戦いのない、世界で。


   ……。


   うーん……敵に関しては、あたしが考えても分からないな。
   やっぱり、亜美ちゃんじゃないと……亜美ちゃんが居ないと、だめなんだ。


   ……悪くない、かしら。


   正体が分からないと言えば、スターライツもなんなんだ……あいつらは一体、何が目的なんだ。
   浄化出来る敵も、倒してしまって……あんなことをされたら、仮令浄化出来たとしても。


   あまり、濃くない方が良いと思うし……まこちゃんの味付けも、そこまで濃くはないし。


   然ういうことを、平気でする……それも、気に喰わないんだ。
   どうして、平然としていられるんだ……本当に、理解出来ない。


   これで……良い、わよね。


   スリーライツ……スターライツ……星野くん……セーラー……なんとか、ファイター……。


   ……とりあえず、食べてもらって。


   スリーライツがデビューした時期と、スターライツが現れるようになった時期……そして、あの三人が十番高校に転校してきた時期。
   うさぎちゃんに、好意を持っているようにしか見えない星野くん……遠くから、ムーンを見ていた星野くん……ムーンを助けた、ファイター。


   ううん……やっぱり、味見してもらった方が良いかしら。


   単なる、偶然か……いや、ここまで来ると、偶然とは言い難いな……星野くんがファイターである可能性……ないとは、あたしには思えない。
   他のふたりは分からないけど……でも、若しかしたら、大気さんと夜天くんも……なんとなく、似ているような気がしなくもないし……残りのふたりは、なんて言ったっけ。
   あーーー……セーラーがついてるのは、分かるんだけど……んーー……思い出せないから、いっか。


   うん……持って行きましょう。


   はぁ……あいつらも、なんなんだ。何が目的で、どこから来たんだ。
   とりあえず、あの黒髪はムーンに気安くするのはやめてくんないかな。


   ……。


   あー……考えてたら、余計に疲れてきた……もう、やめよう。
   今からは、楽しいことを考えよう……亜美ちゃんとデートするなら、どこが良いとか。


   ……。


   亜美ちゃんの部屋……いつ来ても、きれいに整頓されているなぁ。
   前は、ベッドの上に何冊か本が置かれていたけど……最近は、どうなんだろう。


   ……。


   デートするなら……ん。


   ……。


   はぁい、開いているよ。
   なんて、亜美ちゃんの部屋だけど。


   ……まこちゃん、良い?


   良いよ、どうした?


   味見を、してもらいたいのだけど……良い?


   もちろん、喜んで。
   でも、味見なんて必要ないと思うけどな。


   ……一応、見てもらいたくて。


   ん、分かった。


   ……これ、なのだけれど。


   うん、良い色だね……色は、悪くなさそうだ。


   ……少し薄いかも知れない。


   どれ……。


   ……。


   ……ん。


   どう……?


   ……うん、良い味だ。


   本当に……?


   ん、本当に。


   あの……若しも、遠慮しているのなら。


   遠慮なんて、してないさ。
   本当に良い味なんだ、お出汁もきいていて。


   ……これで、良い?


   うん、これで良い……だから、早く食べたいな。


   ん、分かった。
   もう少し、待ってて。


   ん、待ってる。


   ……。


   へへ。


   ん……なに?


   口の中は、大丈夫だったなって。


   ……。


   全身はぼろぼろなのに、口の中は切れてなかった。
   おかげで、亜美ちゃんが作って呉れたうどんが食べられる。


   ……うん。


   若しかして、口の中も見て呉れていたの?


   頬が腫れているし……若しかしたら、切れているかも知れないと思って。


   それで問題なかったから、うどんを提案して呉れた?


   ……ん。


   若しも、切れていたら。


   出来るだけ、染みないものを……おうどんなら、冷たいものにするわ。


   冷たいと、あまり染みないよね。


   あとは、冷ました卵雑炊……サンドイッチも、良いかも知れない。


   サンドイッチ……具は、なぁに?


   あまり噛まなくても良いもの……たまごかツナなら、なめらかで良いと思う。


   たまごかツナのサンドイッチ……どっちも、食べてみたいなぁ。


   ん。


   卵雑炊も……食べてみたい。


   然うしたら……明日、作るわ。


   え、本当に作って呉れるのかい?


   ……うん、本当。


   へへ、やった……つ。


   まこちゃん。


   は、はは……少し、調子に乗っちゃった。


   ……気を付けてね。


   ん、次は気を付ける……どんなにうれしくても。


   ……。


   ごめんよ、呼び止めてしまって。


   ううん、大丈夫……あとは、よそるだけだから。


   ……。


   まこちゃん?


   ……亜美ちゃんも、うどん食べる?


   ん……まこちゃんと一緒に。


   ふふ……やった。


   控え目?


   大分、控え目。


   ……ふふ。


   はは。


   ……すぐに、戻ってくるから。


   うん……亜美ちゃんも、気を付けてね。


   ……ありがとう。


   あたしこそ、ありがとう。


   ……。


   それじゃあ、行ってらっしゃい。


   ん……行ってきます。


   ……。


   ……ねぇ、まこちゃん。


   なんだい、亜美ちゃん。


   ……。


   どした?


   ……あなたが笑っていて、うれしい。


   え。


   ……本当は、痛くて仕方ない筈なのに。


   ……。


   ……ごめんなさい。


   あたしの笑顔で、良いのなら。


   ……あ。


   幾らでも、笑うよ。


   ……まこちゃん。


   にっ。


   ……ふ。


   どうだい?


   ん……素敵な笑顔。


   じゃあ、もう一度。


   あ、でも。


   ……ぅ。


   まこちゃん、大丈夫?


   ……ほっぺた、腫れてたんだった。


   ……。


   ん……亜美ちゃん。


   ありがとう……まこちゃん。


   ……あたしこそ。


   ……。


   あ……。


   ……もう少しだけ、待っていてね。


   う、ん……待ってる。


   ……それじゃあ。


   ……。


   ……。


   ……かんしょく、とってもやわらかかった。


   はぁ……。


   ……亜美ちゃんの、くちびる。


   顔が、熱い……。


   ……あぁぁぁ。


   今は、おうどんを……。


   ……つぅ。


   ……。


   痛いけど……しあわせだ。


   ……まこちゃん、いやじゃなかったかしら。


   あぁ、もう……ほんと、しあわせすぎる。


   ……どうしよう。


   また、キスして呉れたら……うれしいな。


   ……勝手なことを、して。


   ほっぺたでも、良いけど……くちびるでも。


   ……。


   あぁぁ……もう、大好きだ。


   ……きっと、大丈夫。


   う……。


   ……多分。


   痛いけど……痛いけど。


   ……。


   ……へへ。


   ふぅ……。


   ……抱き締めたいな。


   今は、兎に角、おうどんを……。


   でも……抱き締められるのも、良いな。


   たまごは……まこちゃんに、多めに。


   ……亜美ちゃんに、抱き締められたいな。


   ……。


   抱き締めて、抱き締められたい……恋人として。


   ん……良し。


   ……恋人。


   次は私の……。


   若しも……いつか、亜美ちゃんに。


   ……。


   あたし以上に、好きな……例えば、男のひとが現れたら。


   ……良し。


   然うしたら……あたしは。


   うん、出来た。


   ……あたしは、亜美ちゃんを。


   れんげは……たまごを食べるには、あった方が良いわよね。
   使わなければ使わないで、片付ければ良いだけだし……。


   ……。


   ん、あった。


   ……無理だ、諦めるなんて。


   とりあえず、まこちゃんの分を先に……。


   ……でも、亜美ちゃんのしあわせを考えたら。


   ……。


   あたし以上に、亜美ちゃんをしあわせに出来るなら……いや、そもそもあたしに、亜美ちゃんをしあわせにすることなんて出来るんだろうか。


   ……?


   あたしは、しあわせだ……でも、亜美ちゃんは?
   しあわせだと、思って呉れてる……?


   ……まこちゃん?


   しあわせにする……したい……ふたりで、なりたい。
   でも……あたし以外に、好きなひとが出来たら。


   ……え。


   然うしたら、あたしは亜美ちゃんを……諦めるべき、なんだ。


   ……どうして。


   だけど……ん。


   ……。


   ……亜美ちゃん?


   ……。


   亜美ちゃん、戻ってきたのかい?


   ……まこ、ちゃん。


   お帰り。


   ……。


   ……?
   亜美ちゃん?


   ……私。


   亜美ちゃん、どうしたんだい?


   ……諦めるって、なに。


   え。


   諦めるって……何を、諦めるの。


   あ、いや、それは……。


   ……それは。


   えと……なんでもないよ。
   うん、なんでもない。


   嘘……なんでもなくなんて、ない。


   うどん、出来たんだね。
   ありが


   誤魔化さないで。


   ……う。


   私を、諦めるの……。


   ……。


   諦め切れないって、言って呉れたのに……。


   だから……諦めないよ。


   でも……今。


   それは……若しも亜美ちゃんに、あたし以上に好きなひとが


   出来ない。


   お……。


   出来るわけ……ない。


   ……。


   だから……そんなこと、考えないで。


   うん……もう、考えない。


   ……約束よ。


   ん……約束する。


   ……はぁ。


   亜美ちゃん……大丈夫じゃ、ないよね。


   ……大丈夫。


   ごめん、あたしが動けたら


   良いの。


   ……。


   ……良いの。


   亜美ちゃん……。


   生きて……ここに、居る。
   それだけで……良いの。


   ……そっ、か。


   ごめんなさい……立ち聞きなんて、行儀の悪いこと。


   あたしこそ、くだらない独り言を聞かせてしまって……ごめんね。


   ……おうどん、出来たの。


   ん、ありがとう……楽しみにしてた。


   ……。


   亜美ちゃん。


   ……なに。


   あたし以上に好きになるひとなんて、


   そんなひと、


   聞いて。


   ……。


   あたし以上に好きになるひとなんて、きっと、居ない。


   ……居る、わけ。


   あたしが亜美ちゃんを諦めない限り、そんなひとは、出来ない。


   ……まこちゃん。


   がんばるから。


   ……。


   諦めない……一生諦めないよ、亜美ちゃん。


   ……ん、まこちゃん。