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日記
2026年・1月
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  3日





   ……うん。


   どう?


   とても元気そうだ。


   然う、良かったわ。
   ならば、此の子も


   此の子は此のまま、マーキュリーの部屋に置いて呉れないかな。


   私の部屋に?


   うん、だめかな。


   ……理由を聞いても良いかしら。


   此の子、どうやらマーキュリーの部屋が気に入ったみたいなんだ。


   其の子が然う言っているの?


   うん、言ってる。


   ……私の部屋にはもう、あなたから贈られた子の子孫が居るわ。


   出来れば、一緒に並べてあげて欲しい。
   此の子は、其の子達とも仲良くしたいみたいなんだ。


   ……本当に然う言っているのね?


   うん、本当に然う言ってる。


   ……。


   だめかい。


   ……良いわ、置いてあげる。


   はは、やった。
   良かったな、マーキュリーの部屋に此れからも居られるぞ。


   ……ふ。


   と言うわけで、末永く宜しくお願いします。


   末永く?


   あたしと共に。


   ……矢っ張り、考え直そうかしら。


   そんなこと、言わないで。


   ……。


   お願いだ、マーキュリー。


   ……ふ、分かったわ。


   ん、決まりだ。


   だけど、あなたも見てあげてね。


   うん、勿論だよ。
   定期的に様子を見にくる。


   ……。


   ん?


   新しい口実が出来て、良かったわね?


   へへ。


   全く。


   ねぇ、マーキュリー。


   なぁに?


   良かったら、此の子に名前を付けてあげて。


   名前?


   マーキュリーに名前を付けて欲しいみたいなんだ。


   ……どうして?


   マーキュリーに呼んで欲しいんだって。


   ……本当に、其の子が言っているの?


   ん、言ってる。


   ……。


   マーキュリーも、耳を澄ませて……。


   ……残念ながら、私には聞こえないわ。


   おかしいな、若しかしたら照れているのかも知れないな。


   緑の声は、あなたにしか聞こえないの。
   幾ら耳を澄ましたところで、私は何も聞こえない。


   いつか、マーキュリーにも。


   あなたには然う言われて来たけれど、未だに聞こえそうな気配すらないわ。


   だけど、今はもう、大分分かるようになった……だろう?


   何を。


   緑の状態。
   元気か、元気じゃないか。


   其れは……ある程度なら、分かるわ。


   其れもまた、声を聞くことだと思うんだ。


   ……。


   そんなこと、子供の頃に言わなかったっけ?


   ……言われたかも知れないけれど。


   じゃあ、改めて言おう。


   良いわ、子供の頃に言われたみたいだから。


   言わなくて良い?


   確かに言って呉れたのでしょう?


   マーキュリーが憶えていないと……少し、不安になる。


   あなたが言ったと記憶しているのなら、屹度然うなのでしょう。


   ……良いのかい?


   私に関しての記憶は、信用出来るもの。


   ……マーキュリー。


   其れに……記憶の海から零れ落ちてしまったものも、あるから。


   ……あ。


   折角、あなたが掬って呉れたのにね。


   ……ごめん、全部掬えなくて。


   良いの、零れ落ちたと言っても僅かだと思うから。


   ……うん、僅かだと思う。


   ……。


   ……。


   ……誰が触って良いと言ったの?


   うん……ごめん。


   其れにしても、緑に名前ね……。


   ……だめかな。


   名前と言われても……緑に名付けたことなんて、一度もないし。


   あたしもない。


   ……あなたね。


   だけど、此の子には何か良い名前を……と、思うんだ。


   理由は?


   分からない。


   ……。


   今直ぐでなくても良いよ。
   何か良い名が思い付いたら、其の時に名付けてあげて欲しい。


   ……何も思い付かないかも知れないわ。


   其れなら、其れで。


   ……無理に名付ける必要はないと。


   うん。


   ……。


   皆、葉の状態が良い……マーキュリーに大事にされているのが良く分かる。


   ……あなたも、大事にしていたわ。


   うん……今でもしているよ。


   ……ならば。


   ならば?


   私だけでなく、ふたりで考えるのはどうかしら。


   ふたりで?


   然う、ふたりで。
   其れならば、良い名が思い付くかも知れない。


   うーん……其れも、良いかな。


   其れで、


   ねぇ、其れでも良いかい?


   ……ちゃんと確認するのね。


   其れは、勿論。


   ……で、返答は。


   其れでも良いって。


   ……あぁ、然う。


   うん。


   ……ねぇ、ジュピター。


   なんだい?


   此の子にだけ名前を付けたら、此の子は特別ということになるわ。


   特別?


   つまり、他の子達とは違う存在になってしまうけれど、あなたは其れをちゃんと分かっている?


   んー……。


   ……分かっていないの。


   ならば、皆に付けよう。


   ……。


   其れならば、此の子だけが違う存在になってしまうことはないだろう?
   言われてみれば、自分だけ他と違う存在になってしまうのは淋しいかも知れない。


   ……特別な存在になりたがる者も、居るけれど。


   時間を掛けて、ふたりで皆に名前を付けてあげよう。
   先ずは、此の子から……いや、思い付いた順でも良いかも知れないな。


   ……そんなに思い付くかしら。


   意外と、思い付くんじゃないかな。


   ……楽観的ね。


   はは。


   ……。


   早速、何か思い付きそう?


   そんなに直ぐには思い付かない。


   あ、はい。


   ……。


   ……マーキュリーは、何か思い付きそうな顔をしている。


   どんな顔?


   ……こんな顔?


   何よ、それ。


   ははは。


   ……シュイ。


   ん、なに?


   此の子の名前。


   ごめん、もう一度良いかな。


   聞いてなかったの?


   そんな直ぐには思い付かないと言っていたから。


   思い付きそうな顔をしていると言ったのは、だぁれ?


   はい、あたしです。


   ……。


   此の子の名前は、シュイ?


   ……気に入らなければ、また考えるけど。


   いや、良いと思う。


   ……そんなあっさりと。


   一応、由来を聞いても良いかい?


   由来なんて大層なものはないわ。


   ん、然うなの?


   強いて言えば。


   言えば?


   青い星の、一部の地域の言語から。


   意味は?


   水。


   水……シュイ。


   と、なれば……此方は、レェイかしら。


   レェイ?


   雷という意味。


   シュイとレェイ……うん、とても良いな。
   まるで、あたし達の子供のようだ。


   どうして然うなるの?


   水と雷だから。


   単純ね。


   ね、今日から新しく加わる此の子の名はどうしようか。


   其の子の名前は、まだ。


   ん、そっか。


   ふたりで考えると言ったでしょう?


   ふふ、然うだった。
   だけど、思っていたよりもあっさりと思い付いたね。


   あなたの小憎らしい顔を見ていたら、急に思い浮かんだの。


   青い星の言語が?


   然う。


   流石、マーキュリー。


   別に、流石ではないけれど。


   ふふ。


   三文字ならば短いし、あなたでも憶えていられると思うの。
   あまり長いと忘れるか、頭の中でこんがらがりそうだから。


   あたしのことだから、なりそうだなぁ。


   ひとではなく緑だから、憶えていそうではあるけれど。


   ひとの名前は三文字でも忘れる自信がある。


   胸を張って言うことではないわ。


   ……。


   ん、なに。


   ……師匠は、顔も憶えられなかったんだよなぁって。


   其れは……あなたも、でしょう。


   ん、あたしもなんだけど……一応、顔は見えるんだ。
   ただ、似たり寄ったりに見えるだけで……化粧をしていると、余計に。


   ……だから、憶えられない。


   特徴があれば、記憶の片隅に少しは引っ掛かるんだけど。


   特徴があればね。


   師匠は特徴があっても、あたし達以外のひとの顔が分からなかった。


   ……。


   あたし達を引き取るまでは、先生の顔しか見えなかったんだ。


   ……故に、不良品若しくは欠陥品と言われた。


   ん……師匠は気にしてなかったみたいだけどね。


   ……だけど、どうしてそんなことを?


   なんとなく、思い出した。


   ……脈絡がありそうで、ないけれど。


   はは……。


   ……お師匠さんは。


   ん?


   ……緑に名前なんて、付けてなかったのかしら。


   聞いたこと、ないけど……あぁ、でも。


   何?


   緑や畑の作物のことを、たまにちびって呼んでいたような気がする。


   ……ちび?


   然う、ちび。
   本当にたまにだけどね。


   ……あなたのことも、ちびと呼んでいたわ。


   師匠にとって、自分よりも小さきものはちびなんだ。


   ……。


   憶えやすいだろう、ちびって。
   たったの二文字だし。


   ……お師匠さんにとって、守るべきものだったのかも知れない。


   守る……?


   ……或いは、大切なもの。


   大切……然うなのかな。


   ……分からないけれど。


   ……。


   私も、一度で良いから……。


   ……メルのことも、呼んでいたよ。


   え……。


   ……先生と、ふたりの時にね。


   どうして、あなたが知っているの……?


   ん……夜中に、ふたりが話しているのを聞いたんだ。


   ……教えて呉れれば、良かったのに。


   寝たら、忘れちゃって……今まで、思い出さなかったんだ。


   ……。


   ……ごめんよ、思い出すのが遅くなってしまって。


   良いわ……だって、あなただもの。


   ……ん。


   ……。


   ……緑の部屋の子達も、ちびかも知れないな。


   屹度、然う……。


   ……皆、同じ名前だ。


   名前は同じでも、お師匠さんにとっては……どの子も、特別に違いないのだろうから。


   ……ちびで、良いかな。


   あなたが良ければ、私は構わないけれど。


   ……いや、矢っ張りマーキュリーと考えたい。


   然う……分かったわ。


   ……薄紅色の花、根付いたんだ。


   其れは良かった。


   ……マーキュリーが、装置を直して呉れたおかげだ。


   然ういえば、装置の調子はどう……?


   ん、とても調子が良いよ。


   何かあったら、直ぐに言って。


   うん、直ぐに言う。


   ……。


   ふたつの子の名前と、此の子の居場所が決まったところで……お茶にしようか。


   ……然ういう流れ?


   うん、然ういう流れ。


   其れならば……美味しいお茶が飲みたいわ。


   任せて、美味しく淹れるよ。


   ……。


   麦包、結局みっつ全部食べてしまった。
   マーズに知れたら、怒られるかも知れないな。


   ……プリンセス?


   然う、プリンセス。


   ……嬉しそうに食べていたわ。


   てっきり何か言われると思っていたから、少し拍子抜けしてしまったけれど、食べて呉れて良かったよ。


   ……。


   さて、今回のお茶は、あたしの好きな……。


   ……ねぇ、ジュピター。


   うん、なんだい?


   プリンセスはあなたに、今でも我儘を言っているのよね。


   うん、言っているよ。
   特に鍛練の時は……?


   ……。


   何か気になることでもあるのかい?


   ……プリンセスのあなたへの態度が、以前とは少し変わったような気がするの。


   え、然うかな。


   あなたは何も感じていない?


   んー……相変わらず、我儘は言うしなぁ。


   ……甘味について、我儘を言われることは?


   甘味について?


   ……以前と比べて、どう?


   然ういえば……あまり、言われないかも。


   ……。


   だけど、たまたまじゃないかなぁ。
   何が食べたいと、希望は言うし。


   ……作る前に?


   うん、最近は作る前が多いかな。


   ……我儘なところは、変わっていない。


   と、思うけど……。


   ……だけれど、態度は変わったように思える。


   態度……。


   ……以前は、あなたにもっと甘えていたような。


   ……。


   だけど、然うね……変わっていないのなら、良いの。


   言われてみれば……最近は、あまり。


   ……ない?


   鍛練の時、泣き言は言うけれど、前よりは甘えてこない……ような気がする。


   ……。


   あたしとしては、やりやすいから良いんだけれど……マーキュリーは、気になるんだね。


   ……ええ、少しね。


   何か問題があれば、あたしも考えるけど……どうだろう。


   ……問題は、寧ろ、ない。


   ない……?


   ……。


   マーキュリー……。


   あぁ……若しかしたら。


   なに……?


   プリンセスは、あなたに……恋心を、もう、抱いていないのかも知れない。


   え。


   あなたを見る瞳の色が……以前とは、違うような気がする。
   以前はもっと、甘えを含んだ……然う、自分だけを見て欲しいような……そんな欲が、分かりやすく滲んでいた。


   もう、滲んでいない……?


   ……改めて、確認してみるつもりだけれど。


   欲の色……あたしには分からないな。


   あなたには……あぁ。


   今度は、なに。


   今日、感じた違和感……其の正体は、此れだわ。


   え、えと……プリンセスの瞳の変化?


   ……私への態度も、変わっていたの。


   ……。


   避けられるようなことも……疎ましそうに見られることも、なかった。


   ……分かって呉れたのかな。


   と言うより……あなたを恋慕う心と同じように、私への複雑な感情もなくなったように思える。


   ……。


   諦めた……いえ、其れとは何処か違うような気がする。


   ……浄化された?


   ……。


   気持ちも、一緒に。


   ……あ。


   ち、違うか。


   ……違うとは、言い切れない。


   ……。


   記憶と一緒に、気持ちも……ないとは、言えない。


   ……気持ち悪いな。


   ジュピター……?


   今回のことは……色々、気持ちが悪い。


   ……。


   使者への持て成しだけだ……すっきりしているのは。


   ヴィーナスのおかげ、ね……。


   ……あぁ。


   ……。


   ……暫く、様子を見てみるよ。


   うん……私も見てみるわ。 


  2日





   ……。


   ……


   ……。


   ……ジュピ、ター。


   目が覚めたかい……マーキュリー。


   ……おはよう。


   うん……おはよう。
   ゆうべは、良く眠れた……?


   ……あなたのおかげで。


   ん……良かった。


   ……はぁ。


   まだ、寝足りない……?


   ……ううん、もう十分。


   もう少しだけだったら……時間、あるよ。


   ……此れ以上眠ったら、かえって、頭の中がぼやけてしまうから。


   ん、そっか……まぁ、寝過ぎも良くないよね。


   ……ええ。


   ……。


   ……だけど、本当に疲れたわ。


   えと……矢っ張り、もう少しだけ眠った方が。


   心配しないで……今は、ゆうべよりはすっきりしているから。


   疲れ……幾らかは取れた?


   ……大分、取れたわ。


   そっか……。


   ……疲れって、どうしてどっと出るのかしらね。


   気が張っている時は感じない、と言うより、気が付き難いのだと思う。
   だから、気が緩んだ瞬間にどっと出る……ように、感じるんじゃないかな。


   ……。


   む……。


   ……ジュピターのくせに。


   あたしも、経験あるからさ……。


   ……知ってるけど、なんとなく癪。


   はは……。


   ……ふふ。


   あのさ、寝過ぎても疲れるよね……。


   然う……だから、起きないと。


   だけどもう少しだけなら、横になっていても良いと思うんだけどな……。


   ……湯浴みがしたいの。


   湯浴み……一緒に?


   ……ひとりで、ゆっくりとしたいのだけれど?


   邪魔はしない……隣に、居るだけ。


   隣、ね……どうしようかしら。


   帰って来て、まだ一度も一緒にしていないから……。


   ……お互い、忙しかったからね。


   ゆっくり、お茶も飲めていない……。


   ゆうべ……眠る前に、ゆっくりしようと思っていたのに。


   ……待ち切れなかったんだ。


   ばかね……。


   ……ん、ごめん。


   ……。


   マーキュリー……?


   ……緑、元気になったようで良かったわ。


   うん……まだ少し元気がない子も居るけれど、大分、良くなった。


   ……一週間も、帰れなかったから。


   水の加護のおかげだ……。


   ……気休め程度だったのに。


   そんなことない……水の加護がなかったら、きっと、皆は。


   ……基本的に、緑は逞しいわ。


   逞しい……?


   ……然う、あなたのようにね。


   ん……。


   ……起きるまで、話をしましょうか。


   話……うん、良いよ。
   何を、話そうか……。


   ……然うね。


   うん……。


   ……其方は、どう?


   其方……?


   ……鍛練の状況。


   あぁ……相も変わらず、だ。


   ……少しも、改善されていない?


   以前と比べる必要がないくらいに、変わっていない……昨日も、ぶつぶつと泣き言を言っていたよ。


   ……然う。


   其方はどうだい……?


   此方は……此方も、大して変わっていないわ。相変わらず、居眠りをしていて……起こしても、上の空。
   ひたすら、退屈そうにしている……講義の半分、いいえ、三分の一も聞いていない。


   あー……変わってないね。


   分からないことを分からないままにしてしまうから、なかなか次へ進めないの。


   挙句、分からないことが分からない……だろう?


   兎に角、考えることをしないのよ……思考を放棄していると言っても、過言ではないわ。


   そして……其れで良いと、思っている。


   分からないままでも、別に構わない……分からなくても、困ることはないと。
   自分の置かれている立場が、丸きり分かっていない……。


   ……困るのは、主に下々の者達だ。


   関係がないのでしょう……其れすらも、知ろうとしないのだから。


   ……困ったものだな。


   知識に対して好奇心を抱くことが全くないのよね……其れこそ、自分の興味のあることにしか動かない。


   と言うより、動きたくない。


   ……知識を重ねていくことほど、楽しいことはないのに。


   マーキュリーにとっては、然うでも……プリンセスにとっては、然うじゃないんだ。


   けれど……楽しくなかろうが、積み重ねていかなければならない。


   ……鍛練も、然うだ。


   ……。


   楽しくなかろうが、体力はちゃんと付けてもらわないと。
   直ぐに疲れてしまっては、何も出来ないから。


   ……食べることと眠ることは、出来るわね。


   どちらも、プリンセスの好きなことだな……。


   ……ええ、とても。


   ……。


   ジュピター……?


   ……最近、どうやら気にし始めたみたいなんだ。


   何を……?


   ……自分の躰が、他のひとよりもまぁるいこと。


   然うなの……?


   聞くところによると、ヴィーナスに揶揄われたらしい……其のままだと、顔だけでなく、躰までまん丸になってしまうと。


   ……あぁ。


   言われた時は、意味が分からなかったみたいなんだけど……言われ続けているうちに、まぁるいことは恥ずかしいことなのだと、思い始めたみたいで。


   ……言い続けたのね。


   うん……然うみたいだ。


   ……マーズには、諫められなかったのかしら。


   多分、マーズは諫めたと思う……だけどヴィーナスがやめなかったということは、半ば、黙認していたのかも知れない。
   マーズとしても、まぁるいプリンセスは日頃の節制が出来ていない証拠だと、快く思っていなかったのだろう。
   丸かろうが、少しでも鍛練していれば、また違ったのかも知れないけど。


   ……食事の量を制限して、鍛練を真面目にしていれば、いずれ解消されるわ。


   講義を真面目に受けて、頭をうんと働かせることも、効果があると思う。


   ……だけど。


   苦しいことは、嫌がるだろうしな……。


   ……時間を掛けて、改善していくしかないわね。


   やる気を出して呉れれば、なぁ……。


   ……近いうちに、何かしらマーズに言われるかも知れないわ。


   あぁ、言われそうだ……。


   ……マーズはもう、厳しくしているのだろうし。


   食事の制限……?


   ……急激には減らさず、気付かれない程度に。


   うん……やってそうだ。


   ……ヴィーナスが間食を与えようものなら。


   怒るだろうな……。


   ……。


   ……食べ物、か。


   プリンセスにとって、食べることも楽しみのひとつなのよね……。


   ……マーキュリーも、今なら分かるだろう?


   分からなくはないわ……あなたが居れば、だけれど。


   ……ん、其れでも良い。


   ……。


   ……ねぇ、マーキュリー。


   うん……?


   プリンセスに一度、青い星の映像を見せたことがあったろう?


   ……突然、何。


   食べ物で、思い出して。


   ……良く、忘れなかったわね。


   うん、マーキュリーに誘われたことだから。


   ……あなたが勝手に付いて来ただけよ。


   誘って呉れて、嬉しかったな。


   私は、話しただけ……誘ってはいない。


   ……嬉しくて、マーキュリーの好きなお茶の用意をしたんだ。


   上映会ではなく、あくまでも講義の一環だったのだけれど……。


   ……プリンセスは、お茶と甘味があった方が大人しく見て呉れると思ったんだ。


   お茶と甘味に、まんまと興味を奪われてしまったけれどね……。


   ……其れでも、寝ないで見ていただろう?


   見ては、いたけれど……映像に関する感想文がお茶と甘味のことで半分以上埋まっていたわ。


   見せてもらったけど……誤字脱字が多かったなぁ。


   ……せめて、もう少しまともな文章が書けるようになって欲しい。


   マーキュリーが頭を抱えている理由、改めて分かったっけ。


   ……ん。


   取り敢えず、文字は覚えているんだろう……?


   ……完璧に、ではないわ。


   今でも……。


   ……今でも。


   あー……其れは、大変だ。


   ……計算もまだ、一桁の和差算。


   そろそろ、二桁に……。


   ……二十までならば出来なくはないけれど、指で数える癖が抜けないのよ。


   全部合わせても、二十本しかないから……二十一以上の計算は出来ないな。


   ……指を使うものだから、ひとつの問いを解くのに時間が掛かる。


   挙句、途中で寝る……?


   ……数えていると、眠くなるそうよ。


   本当に嫌いなんだな……。


   ……鍛練中は、寝ないわよね。


   寝ないけど……くたびれると、全く動かなくなる。


   ……最早、寝ているようなものね。


   然うなってしまうと、休憩時間ばかり長くなってしまって。


   ……あれ以来、幾らかは厳しくしているの。


   うん……前よりは、厳しくしているよ。
   泣き言を言っても、余程のことがない限り、決めた時間までは休ませないようにしている。
   泣き言を言えるということは、まだ、体力が残っている証だから。


   ……計画通りには。


   行ってない、かな……環境の順応鍛練も少しずつ進めていきたいと思っているのだけれど。
   あれは、時間が掛かるだろう? プリンセスだと……多分、あたし達の倍は掛かると思うんだ。


   ……やる気さえ、出して呉れれば違うのだけれど。


   難しいんじゃないかな……特に環境の順応鍛練は、体力を付ける鍛練よりも厳しいから。


   ……先は長いわね。


   お互いにね……。


   ……ところで。


   うん……?


   ……プリンセスに見せた青い星の映像が何だというの。


   あぁ……あの映像にほんの少しだけれど、流れのひとらが映っていただろう。


   ……ええ、映っていたわ。


   皆、着の身着のままで……小綺麗な者はひとりも居らず、頭から足の指の先まで薄汚れていて。


   ……戦から逃れてきたひと達だから。


   彼らを見てプリンセスはこう言ったんだ、どうして此のひとのこ達は汚れた衣を着ているの。
   もっと、綺麗な衣を着れば良いのに……って、さ。


   ……。


   彼らの置かれた状況について、マーキュリーが詳しく解説したのにも関わらず、そんな感想しか出てこないプリンセスに驚いた。
   彼らは皆、好きで薄汚れた衣を着ているわけではないのかも知れない……戦から逃れることだけで精一杯、身なりを整えている余裕なんてないのかも知れない。


   ……。


   マーキュリーの講義を確りと聞いて、自分の頭で考える力が備わっていれば……もう少し違った感想が、口から出てくる筈なのに。


   ……あの時、可哀想とも言ったわ。


   ……。


   同情なのか、憐れみなのか……其れとも傲慢さ故なのか、其の時の私には判断出来なかった。


   けれど、彼らを見ながら、無邪気にお茶を飲んで甘味を食べていたプリンセスに……月の傲慢さを、感じないわけではなかったよ。


   ……ええ、然うね。


   あの映像……今だったら、どうだろう。


   ……今?


   今、見せたら……感想は、変わるだろうか。


   ……どうかしら。


   あの時の経験は……恐らく、プリンセスの中には残っていない。


   ……浄化された時に、消されてしまったから。


   其れでも、何かしら残っていないかな。


   ……心的外傷。


   心的……?


   ……其れを呼び起こしてしまうと、まずいことになる。


   あぁ、然うか……。


   ……私達が居なかった一週間のこと、マーズから聞いているでしょう。


   あと、ヴィーナスからも……口が利けなくなっている上に、食事もまともに出来なかったと。


   不用意に近付こうとすると、言葉にならない声で泣き喚きながら暴れて……宥めるのに、かなり骨が折れたと。


   ……見せない方が良いな。


   今は、まだ……見せるのならば、時間が経ってからにするわ。


   ……様子を見ながら、だな。


   どのみち、知っておかなければいけないことだから……然う、戦のことも。


   ……。


   浄化されているから、呼び起こされる可能性は限りなく低いけれど……。


   ……零では、ない。


   ……。


   ……今日は、走り込みをする予定なんだ。


   講義は……文章の書き取りをする予定。


   ……ねぇ、マーキュリー。


   なに……。


   ……講義と鍛練が終わったら、お茶でも飲もうか。


   プリンセスも、一緒に……?


   ……今日は、麦包を作るつもりなんだ。


   麦包……甘いお茶と?


   然う……甘いお茶と。


   ……。


   プリンセスは、嫌がるかな……麦包よりも、違うものが良いって。


   ……若しも我儘を言われたら、どうするの。


   其の時は……プリンセスだけ、甘味はなしだ。


   ……そんなことを言って、何か別のものを用意しておくのではないの。


   ううん……今回は麦包以外、作らない。
   プリンセスは、麦包も白包も嫌いなわけではないんだ。ただ、我儘なだけで。


   ……。


   だから、プリンセスが食べなかったら……後で、マーキュリーとあたしではんぶんこにしよう。


   ……然う、分かったわ。


   マーキュリーはどう思う?
   他の甘味も作った方が良いと思うかい?


   あなたが他のものを作らないと決めたのなら……其れで良いと思うわ。


   ……マーキュリーは、作らなくても良いと。


   私は……私も作らないで良いと考える。


   ……其れは、どうして。


   我儘を言えば、己の望みは叶う……そんなことを、ずっと許しておいてはいけない。


   ……。


   同じことを繰り返すとは限らない。


   ……少しずつでも、我儘を堪える力を。


   此の世界は……月の王族だけで、構築されているわけではないのだから。


   ……麦包、幾つ作ろうか。


   然うね……私はひとつで良いわ。


   マーキュリーは、ひとつ……あたしもひとつかな。


   プリンセスは……プリンセスもひとつかしら。


   ひとつで、足りるかな。


   ……まぁるいことを、気にしているのなら。


   あー……なら、ひとつだな。


   ……だけど。


   だけど……?


   ……念の為、みっつくらい作っておくのも良いと思う。


   ……。


   ……足りなかったら、強請って来ると思うから。


   うん……其れじゃあ、みっつぐらい作っておこう。


   若しも、ひとつで足りたなら……其の時は。


   後で、ふたりで食べよう、
   プリンセスに渡したら、マーズに怒られそうだ。


   ……違いないわね。


   ……。


   ……。


   ……そろそろ、起きるかい。


   ん……。


   ……お。


   もう少し、だけ……。


   ……喜んで。


   ……。


   ……。


   ……プリンセスの、躰のことなんだけど。


   何か、異常は見られた……?


   ……此れと言って、何も。


   穢れは……。


   ……。


   ……然うか。


   強い薬は、何も意味をなさなかった。


   ……。


   ……何ひとつ。


   真相も結局、分からないままだ……。


   ……何の為に。


   ……。


   ……闇の教団と、何か関係が。


   あるのかも知れないけれど……考えてみても、分からない。


   ……。


   ん……マーキュリー。


   ……今夜、また。


   え……。


   ……躰が、まだ。


   分かった、迎えに行くよ。


   ……そんな余裕があれば、だけれど。


   作ろう。


   ……。


   ……作るから。


   うん……。


   だから……迎えに、行っても。


   ……いつもの場所で、待っているわ。


  1日





   マーキュリー。


   ……ん。


   どうだい?


   ん……まぁまぁ。


   然うか。


   ……今夜の食事は。


   今夜は、兎と茸の汁物だ。


   ……然う、悪くはないわね。


   物足りなくはないかい?


   ……平気よ。


   同じものばかりが続いてごめんよ。


   別に構わないわ……今朝は、山菜と山鳥だったし。


   食べられれば?


   ……其れで、良い。


   明日こそ、違う獣を狩りたいと思っているんだ。


   ……寧ろ、あなたが物足りないのね。


   兎と山鳥も美味しいから悪くはないんだけど、出来れば猪が食べたい。
   猪の肉は甘みがあって、兎とは異なる美味しさがあるから。


   ……兎はさっぱりしていて、食べやすい。


   マーキュリーは、兎の方が良い?


   ……たまになら、猪でも構わないわ。


   ん、なら明日に。
   やっと、群れを見つけたんだ。


   ……足跡はあるのに、ずっと見つからなかったのよね。


   然うなんだ……まるで、避けられているみたいで。


   ……然うなのかも知れないわ。


   矢っ張り、然うか。


   ……子供の猪は、脂身が少なくて食べやすいのよね。


   子供の猪……小さいのも、何頭か居たような気がするな。


   ……出来れば、其れが良いわ。


   ならば小さいの二頭、狩ってこよう。
   あたしとマーキュリーの分。


   ……一頭で十分よ。


   残ったら、干しておけば良いさ。


   ……兎は小さいから、余らないけれど。


   もう少し大きくても良いな。
   何処かの兎は、そこそこ大きくて、食いでがあった。


   ……猪は干し肉にしても、余ってしまうかも知れない。


   余ったら、他の獣にあげるつもりだ。


   ……他の獣が、食べなかったら?


   獣が喰わなかったら、大地に帰せば良い。
   大地に帰せば糧になる、無駄にはならない。


   ……然う、あなたらしいわね。


   うん。


   ……まぁ、狼が食べてしまうとは思うけれど。


   食べるかな。


   ……狼は猪の天敵とされているから。


   つまり、喰う?


   ……喰うわ、だって捕食者だもの。


   捕食者……うん、なら無駄にはならないな。


   ……どのみち、無駄にはならないのでしょう。


   うん、然うなんだ。


   ……此の辺りでも、香草が採取出来て良かったわ。


   とても有り難いと思っている。
   香草は其の名の通り、臭い消しにもなるからさ。


   ……まぁ、此れだけ緑が溢れていれば、香草のひとつやふたつ、生えていてもおかしくはないけど。


   此の山は色んな緑が生きているから、眺めているだけでも楽しいよ。


   ……でしょうね。


   帰る時、マーキュリーと薄紅色の花が見たい。


   ……帰る時ならば、良いわ。


   やった。


   ……持ち帰っても良いわよ。


   本当かい?


   ……持ち帰って、緑の部屋の仲間にしてあげれば良いわ。


   うん、然うする。


   ……。


   猪には、どんな香草が合うかな。


   ……強めの香草が良いと思うわ。


   矢っ張り、然うだよね。


   ……でないと、獣臭さが残ってしまうだろうから。


   兎より、臭いが強いもんなぁ。


   ……香草は、獣のお肉を食べる時には欠かせないわ。


   あとは、此の塩。


   ……。


   此れがあれば、大抵の味付けはなんとかなる。


   ……こういう環境に置かれていると、塩の美味しさが改めて分かるわね。


   味がしなくても食べられなくはないけれど、味がした方が美味しい。


   ……当たり前だけれど、塩分の補給も出来る。


   あたし達の躰にも、塩分は必要だから。


   ……いざとなったら、獣の血液で賄えるけれど。


   其れは、出来れば避けたい。


   ……生臭いの。


   どうにも、美味そうに見えない。


   ……。


   ん?


   ……あなたらしい。


   はは。


   ……塩、持ち歩いている甲斐があったわね。


   こういうことがないとは、限らないからさ。


   ……今回みたいなことは、此れきりにして欲しいわ。


   其れには、あたしも同意する。
   かくれんぼをしたいのなら、月宮内が良い。


   ……はぁ。


   ごめん、もう静かにするよ。


   ……ジュピター。


   なんだい?


   ……喉が渇いたの、何か飲みたいわ。


   草茶と白湯、どちらが良い?


   ……今は、白湯。


   ん、分かった。
   直ぐに用意するよ。


   ……ありがとう、お願いね。


   あぁ。


   ……あと。


   ん?


   ……頭の中をまとめる為に、私と会話を。


   あぁ、勿論だ。


   ……。


   ……。


   ……ねぇ、ジュピター。


   なんだい、マーキュリー。


   ……帰ったら、甘いお茶が飲みたいわ。


   うん……帰ったら、ふたりで飲もう。
   マーキュリーのお気に入りの茶葉で淹れるよ。


   ……あなたのお気に入りでも良いわ。


   じゃあ、順番に飲もう。


   ん……其れも、良いわね。


   お茶を飲む時は、お茶請けも用意しようと思っている。


   ……麦包が良いわ。


   甘いお茶に?


   ……今はひたすら、甘いものが欲しいの。


   そっか……。


   ……砂糖も、持ち歩いて呉れていたら良かったのに。


   今回は持ち歩いてなかった……次からは忘れずに持ち歩くことにするよ。


   ……ええ、然うして。


   草茶に砂糖を入れたら、どうだろう。


   ……蓬ならば、悪くはないわ。


   蓬……然ういえば、先生がたまに甘い蓬茶を飲んでいたっけ。


   ……お師匠さんもね。


   師匠にとっては、薬茶の扱いだったけど。


   ……すっきりするらしいわ。


   マーキュリーも好きかい?


   ……嫌いではない。


   ふふ、そっか。


   ……笑わないで。


   ん、もう笑わないよ。


   ……。


   どうぞ、マーキュリー。


   ……早いわね。


   うん、丁度沸かしていたところだから。


   ……あなたは本当に気が付く。


   まだ少し、熱いかも知れない。


   ……構わないわ、放っておけば冷めるから。


   あたしも飲もう。


   ……言わなくて良い、知っているから。


   ん。


   ……。


   鍋やら、なんやら……道具だけ、拝借してきたけど。


   ……良く洗ったのでしょう。


   うん、良く洗った。


   ……なら、気にしない方が良い。


   ……。


   ……確認したのでしょう、煮炊きで使われていたものだって。


   うん……確認した。


   ……背に腹は代えられないから。


   ねぇ、マーキュリー。


   ……なに。


   あのひと達はあのまま、あの洞窟に留まるつもりなのだろうか。


   ……他に行く場所がないのなら、あのまま定住するかも知れない。


   また、良からぬ輩が集まって来るかも知れない。


   ……けれど、住処としては使えるから。


   ……。


   彼女達には、住める土地がない……他の場所に流れても、不当な扱いを受ける可能性がある。


   ……同じひとのこなのにな。


   同じひとのこであっても……種が違うと、差別の対象になるから。


   ……差別。


   私達と、同じ……。


   ……。


   彼女達の中には、男の子供も居た……であるならば、暫くの間は繁殖も出来るでしょう。
   いずれ、血は濃くなってしまうでしょうけれど……然うなったら、新しい場所を目指すかも知れないわ。
   特に男は、曰く、新天地を目指す傾向にあるようだから……勿論、全てではないけれど。


   ……戦からの、流れびと。


   戦から逃れたところで、盗賊に捕らえられて……昔から住まう土地を失うと、途端に、保護を失ったような状態に陥る。


   ……失うのは土地だけではないよ。


   ……。


   ……其処に住まう者達も、だ。


   寧ろ、其方の方が大きいのかも知れないわね……。


   歴史、価値観、味覚、倫理、常識……同じ土地に住んでいても、誰しもが同じものを持ってるわけではない、寧ろ、別々なことが多いけれど。


   其れでも……共有出来る者を失うことは、とても大きい。


   ……言葉すら、失ってしまうんだろう。


   ええ……絶滅してしまうわ。


   ……あたし達にはまだ、民達が居る。


   だからこそ……身動きが取れない。


   ……けれど、居ないよりは良いだろう?


   然うね……全く居ないよりは、良いわ。


   ……まぁ、あたしにはマーキュリーが居て呉れるけど。


   天秤に掛けるものではないわ……。


   ……分かってる、言ってみただけだ。


   ……。


   ……マーキュリー。


   私には、あなたが居る……。


   ……ずっと、居るよ。


   あなたが、居て呉れる……だから。


   ……ふたりなら、生きていける。


   民達のことも、忘れないでね……。


   ……あぁ、忘れないよ。


   ……。


   マーキュリー、ごはんが食べたくなったら言ってね。


   ……ごはん。


   今日は、朝しか食べていないだろう?
   そろそろ、お腹の限界が来ると思うんだ。


   ……食べる。


   うん?


   ……ごはんが、食べたいわ。


   じゃあ、ごはんにしよう。


   ……ふぅ。


   お疲れ様、マーキュリー。


   ……まだ、終わったわけではないけれど。


   休息は大事だから。


   ……白湯が、お腹を刺激したみたい。


   ふふ、良いことだ。


   ……。


   どれくらい、よそろうか。


   ……椀の、半分くらい。


   半分くらい……足りなかったら、お代わりして欲しいな。


   ……様子を見ながら、食べるつもりだから。


   そっか……其れじゃあ、マーキュリーのお代わり分はちゃんと取っておかないとだ。


   ……食べて呉れても、別に良いわよ。


   そんなわけには、いかない……マーキュリーには、ちゃんと食べて欲しいんだ。


   ……ん。


   あたし以上に、頭を使っているのだから。


   ……あなたは、私以上に躰を使っているけれど。


   だから、ふたりでちゃんと食べよう。


   ……もぅ。


   うん、なに?


   ……どさくさに紛れて、触らないで。


   あ。


   あ、じゃない……わざとらしい。


   へへ。


   ……早く、よそって。


   ん、直ぐに。


   ……。


   ……はい、お待たせ。


   ありがとう。


   あたしの分も。


   ……。


   ん、此れで良し。


   ……結局。


   ん?


   ……洞穴を、使っているわ。


   ごめん。


   責めているわけではないの……確かに、存在しているものを使った方が合理的ではあるから。


   此の洞穴は、ひとのこのにおいが残ってなかったんだ。
   此処は奥行きがないから、多分、使い道がなかったのだと思う。


   ……だから、此処ならば良いと判断した。


   ひとのこのにおいが残っていたら、使っていなかった。


   ……あなたの鼻は、まるで獣のようね。


   頼りになるかい?


   ……ええ、とても。


   ん。


   ……本当、頼りになるひと。


   マーキュリー……。


   ……思っていたよりも、長くなってしまった。


   長く……?


   ……明日で、一週間。


   あぁ……。


   ……考えていた以上に、あの洞窟には残されていたから。


   余程、都合が良かったんだろう……。


   ……女達にも、其の象徴が刻まれていて。


   手の甲に、直接ね……あれは、痛々しかったな。


   ……あれは恐らく、所有物である印。


   子供には刻まれていなかった。


   ……商品になるような子供には刻まないのでしょう。


   ……。


   闇の教団……其の勢力は再び、広がりつつある。


   ……滅ぼされても、忘れた頃に出て来るのだろう?


   ええ……。


   ……闇はひとのこを容易く魅了する、先生が言っていた言葉だ。


   どうしたって、欲と繋がりやすい……此れは、お師匠さんの言葉。


   ん……そんなこと、言ってた。


   ……。


   ……ジュピター。


   味……いまいちかい。


   ……味は、悪くない。


   ……。


   ……明日の朝には、帰還するわ。


   明日……?


   ……本日を以って、調査を打ち切る。


   え……。


   闇が深い……此れ以上は、此処に居るべきではない。


   でも、良いのかい……?


   ……ええ、ある程度の調査は終わっているから。


   然うか……じゃあ、明日には帰ろう。


   ……ごめんなさい。


   ん、何が……。


   ……猪は、食べられそうにないわ。


   良いさ……猪はまた、今度にしよう。


   ……。


   ……顔色が良くない、今夜は早めに休もう。


   お願いがあるの……。


   ……なんでも。


   温もりを。


   ……。


   ……あなたの温もりを、与えて。


   うん……幾らでも。


   ……今更、今夜だけではないのにね。


   言葉にして呉れたのが、嬉しい。


   ……。


   ……安心して、眠って。


   うん……ジュピター。