日記
2026年・4月
15日
マーキュリー、来たぞ。
どうして来たの、鍛練に戻って。
今は中断中なんだ。
だからと言って、私の部屋に来なくても良い。
お前の部屋で少し、休憩させて欲しい。
外で転がれば良い、気持ちが良いわよ。
外よりもお前の部屋で休みたい。
休みが必要なほど、疲れてはいないでしょう。
疲れてはいないんだが、休みたいんだ。
鈍っているわね。
簡単に言えば、お前と過ごしたい。
迷惑。
マーキュリーは何をしていたんだい?
何でも良いでしょう。
ちびの勉強の準備か?
そんなものは必要ない。
はは、疾うに終わってるか。
戻らないの。
あぁ、ちびは未だ戻らないだろう。
暫くの間、メルの傍に居るだろうから。
あなたのことよ、ジュピター。
未だ、来たばかりだ。
私の顔が見られて満足でしょう。
もっと見たいし、声も聞きたい。
どれだけなの。
遠征や戦で逢えなかった時の分を、今からでも取り返したいんだ。
其れは無理。
全部は無理だからこそ、少しでも埋めたいと思う。
私はもう十分よ。
そうそう、意識を失っていた時の分もあるんだ。
……は。
お前は傍に居て呉れただろうが。
ずっとは居ない。
他の仕事もあって暇ではないからな、マーキュリーは。
あなただけではないの。
でも、お前が傍に居たのはあたしだけだった。
水星の民に任せても良かったのに、あなたが我儘を言うから。
あたしの躰はマーキュリーでなければ治せない、いや、復元出来ない。
知識と技術はある、あとは経験だけ。
知識と技術はあるだろうが、経験はマーキュリーが一番だ。
折角だから、あなたで積ませたかった。
然うすれば、私の仕事を減らすことが出来たのに。
水星の民には木星の民を診てもらいたい。
然うすれば、民達も喜ぶ。士気も高まる。
未だに、分からないわ。
ん、何が。
喜ぶ理由。
其れは、嬉しいからだろう?
木星の民は水星の民だけに懐いているからさ。
……壊れる間際でも。
其れでも、嬉しいものは嬉しいんだよ。
自分の最期に、他でもない、水星の民が居て呉れるなんてさ。
……あなたは。
あたしは、お前と生きたいからな。
今でもこうして、生きているんだ。
……本当にしぶとかったわ。
頑丈なんだ、あたしは。
若しかしたら、「ジュピター」の中で一番かも知れないぞ。
……同じよ、どのジュピターも。
ん、然うか?
……然うよ。
ん、然うか。
……あなたの場合は
勘が良かったのかも知れないな。
……勘?
戦の勘。
……然うね、然うかも知れないわ。
ん、他のジュピターも同じとは言わないのか?
言ったところで、自分が一番だと言い張るでしょう。
応、言い張るな。
いい加減、面倒だから。
はは、然うか。
……。
ん……マーキュリー。
五月蠅い。
……応。
……。
……なぁ。
五月蠅いと言った筈。
……ん、然うだな。
然うよ。
……腹は、空いてないか?
空いてない、どれだけ食べさせるつもりなの。
ん、琥珀糖が未だ残っているか。
大事に食べて呉れているんだな、嬉しいよ。
別に、然ういうわけではないわ。
喉は乾いてないか、良かったら何か淹れるぞ。
白湯を飲んでいるから、必要ない。
白湯か、あたしも飲むかな。
少しは静かに出来ないの。
静かにしていたら、此処に居ても良いか?
良いとは言わない。
でも、駄目とも言わない。
中断はどれくらいになりそうなの。
んー、ちびとメル次第かな。
あぁ、然う。
白湯の一杯ぐらいなら、飲めるだろう。
さっさと飲んで、
此処、切れてないか?
……何処。
此処。
……切れて、血が固まっているわね。
ん、矢っ張り掠ったか。
手当てなら、しないわよ。
此れくらいじゃ必要ない、ありがとうな。
しないと言ったのだけれど。
思っていたより、鈍ってはいなかった。
ひとりでとは言え、鍛練を続けていれば早々鈍らない。
けれど、勘は鈍ってる。
あなたもね。
此れは、メルの声に気を取られた。
知っていたのでしょう、あの子が来ることは。
知ってはいたが、つい、な。
甘いわね。
嬉しくてさ。
何が?
メルが、外に出られたこと。
些末なことだわ。
だとしても、あたしは嬉しい。
良いわね、其れくらいで喜べて。
お前も嬉しいだろう?
私は、あなた程ではないわ。
あたし程ではないということは、少しは嬉しいんだな。
嬉しくないと言った方が良いの。
思っていないのに、言えないだろう?
言えるわ。
此処に来てから、お前は嘘を吐くことが減った。
減っただけで、なくなったわけじゃない。
殊、ちび達については嘘は吐かない。
ないとは言えない。
嬉しいかい?
言うと思うの?
うん、言わないだけだな。
鬱陶しい。
はは、楽しいなぁ。
私は楽しくない。
お前と居ると、話すと、本当に楽しい。
今ではもう、私だけじゃないでしょう。
うん?
あの子達と居ても。
ちび達と居ても楽しいが、お前とは矢っ張り違うんだ。
違わない。
違うよ、マーキュリーとは。
手。
ん。
触らないで。
部屋に来る前に、ちゃんと洗ってきたぞ。
然ういう問題じゃない。
確かに中断しているとは言え、未だ鍛練中だしな。
うん、また後でにしよう。
しなくて良い。
また後でな、マーキュリー。
追い出すわよ。
ははは。
本当に鬱陶しいわね。
今のあたしは、すごく機嫌が良いんだ。
分かり切っていることを、いちいち言葉にしなくて良い。
マーキュリーはどうだ?
良さそうに見えるの。
あぁ、見えるよ。
あなたがのこのこ来たせいで、機嫌の良さは吹き飛んだわ。
声があまりひんやりしてない。
ちょっと。
上機嫌過ぎて、なんだか、酔っているみたいだ。
はぁ?
お前に。
あなたは酩酊状態にはなれない筈よ、命に係わるから。
酒精で酔うことは出来ないが、お前に酔うことは出来る。
其れこそ、数え切れないくらいに酔ってきた。
だから。
少しだけ。
止めないのなら
分かった、今は諦める。
今後もよ、ばか。
お。
……。
マーキュリー……。
……首。
うん、済まない。
……いい加減、戻ったらどうなの。
ちびは未だ、戻ってないと思う。
戻っていなくても、
堂々巡りになるぞ?
……忌々しい。
あはっ。
……気持ち悪いのだけれど。
ん、ごめんな。
でも、止められないんだ。
……そんなに嬉しいの。
あぁ、嬉しい。
……。
メルが回復したことも、お前の気分が良くなったことも、ちびが思うよりも鈍ってなかったことも、全部が嬉しくてたまらない。
あなたのことは?
うん?
自分のことは何もないの。
自分は……然うだな、何かあったかな。
知らないわよ。
まぁ、機嫌が良くて良かった。
今まで悪かったの?
悪いわけではなかったんだけど、気は晴れなかったんだ。
食欲は?
其れなりには食っていたよ。
睡眠は?
眠れないわけではなかったが、浅かったな。
溜息は。
溜息は、ちびの前では吐かなかった。
……吐いたの?
お前とメルが心配で。
……ユゥのこともでしょう。
あいつは大丈夫だと思っていたから。
素直じゃないわね。
ふはっ。
先刻から何、其の笑い方は。
いや、お前に言われると楽しくて。
ジュピター。
なんだい、マーキュリー。
いい加減、邪魔。
応。
応、じゃない。
白湯は未だ残ってるんだ。
もう冷めているでしょう、さっさと飲み干して。
……なぁ、マーキュリー。
未だ何か。
メルのことは、聞かないのか?
聞くって、何を。
どれくらい、あたし達を見ていたか。
聞かなくても、凡その見当は付くわ。
見逃したんだもんな。
でなければ、メルが抜け出せるわけがない。
何が言いたいの。
特にはないさ。
……言いたいのなら、はっきりと言えば良い。
んー、然うだな。
四半刻ぐらいか、そんなに長い時間ではなかったよ。
……。
メルがちびを見ていた時間。
だけど、其れでも十分だと思う。
……様子は?
ん、凡その見当は付いているんじゃなかったのか?
……いやらしいひとね。
マーキュリーにだけだよ。
然ういう意味じゃない。
あは、然うか。
……酔っ払いは嫌い。
安心して呉れ、酒精に酔うことは此れからも一切ない。
勿論、お前以外の奴にもな。
……。
ん、舌打ちしそうだな。
しないわよ。
しないのか。
されたいの。
お前の舌打ちなら、あたしは好きだ。
どんな
可愛いんだ。
……。
可愛い。
……熱でもあるの。
ないと思う。
……。
お……。
……色々、おかしい。
ん、然うかな……手、気持ち良いな。
……少し、落ち着きなさい。
あたし、そんなにおかしいか?
明らかにおかしい。
……。
ちょ、っと。
……良かった。
何が……。
……皆が、元気で。
あの子は、未だよ……。
……でも、自分の足でちゃんと歩けた。
ちゃんとではないわ……あなたも見ていたのでしょう。
……。
どうだったの。
……悪くはなかったが、躰力は相当落ちているみたいだ。
其れで?
あと、足の筋力……いや、あれは水気の影響か。
手だけだと思っていたが、矢張りあるんだな。
……当然でしょう。
歩けば、元に戻るのか?
歩行訓練をすれば元に戻る。
其れは、ちびに任せるか?
其れとも、
早ければ明日にでも、ユゥと始めるでしょう。
あー、矢っ張りちびか。
心配ならば、あなたは何処かで見ていれば良い。
分かった、何処かでこっそりと見ていよう。
ちびに見つかると五月蠅いからな。
あなたがいちいち揶揄うからでしょう。
あたしがちびを揶揄って遊んでいると、メルも楽しそうにして呉れてさ。
何が楽しいのかしら。
お前は楽しくないか?
寧ろ聞きたいのだけれど、何処が楽しいと言うの。
何処だろうな、あたしには分からない。
あなた自身は?
聞いて呉れるか?
いいえ、聞かないわ。
あたしは楽しい。
聞かないと言ったのに。
お前が聞いて呉れたから。
あぁ、然う。
ありがとう、マーキュリー。
どういたしまして。
飲み終わったから、そろそろ戻るよ。
はぁ、やっとだわ。
また、後で。
もう、良いわ。
……。
……ジュピター。
安心し過ぎて、気が抜けた。
……ばかね。
うん……本当だな。
……。
ん……マーキュリー。
……続きは、ないわ。
ないのか……。
ない……さぁ、戻って。
……。
……ないと、言ったでしょう。
今は……此れだけ。
……後も、ないわ。
夜……。
……ない。
今夜だけは……どうしても、お前と一緒に眠りたい。
……今夜だけじゃないくせに。
……。
……ばかなひと。
考えて……ん。
……。
マー、キュリー……。
……今は、だめよ。
あまい……。
……夜まで、待てないのなら。
待つ。
……。
待てる。
……然う、なら待って。
うん。
……全く。
其れじゃあ、鍛練に戻る。
……ええ、然うして。
14日
やぁっ。
……。
はぁっ。
……。
たぁっ。
……ユゥ。
ん?
……。
てっ。
……あ。
余所見をしてたわけじゃないよ。
ただ、なんとなく呼ばれ……たっ。
……あぁ。
あたしは、鈍ってなんかないっ。
師匠こそ、鈍ってるんだろっ。
……。
くそうっ。
ユゥ……がんばって。
んっ?
……。
やっぱり、呼ばれてるっ。
なんとなくなんかじゃ、ないっ。
……はぁ。
師匠も、ほんとは聞こえてるんだろっ。
空耳なんかじゃ、ないよっ。
……もう、戻らないと。
先生の声だったら、すぐに反応するくせにっ。
こんの分からずや、すっとこどっこいっ。
……すっとこ?
うっ。
あ。
……くぅぅぅ。
あぁ、ユゥ……。
……ん。
今のは、かなり……ぅ。
……メル?
はぁ……。
間違いない、これはメルの声だ!
……躰が。
メルが、どこかに……あっ。
躰が、どうしようもなく重い……。
メル、どうしてあんなところに?!
……動ける、うちに。
師匠、メルが……言われなくても行くよ!
部屋に……今なら、まだ。
やっぱり、メルの声だった!
空耳なんかじゃなかった!
……。
メル、メル!
……ユゥ。
メル、どうしたの?
どうして、こんなところにいるの?
ん……ちょっと、躰を動かしたくて。
動かして、大丈夫なの?
少しだけ、外に出るくらいならって、思っていたんだけど……。
メル!
……ごめんなさい、ユゥ。
なんで。
……迷惑、を。
迷惑なんて、思ってない。
……でも、鍛練が。
そんなこと、いいんだ。
それよりも、メルのことだよ。
……ん。
あたしの手に。
……ありがとう。
うん。
こんなに、躰力が落ちているなんて……ううん、躰力だけじゃない。
一旦座ろうメル、その方がいいよ。
大丈夫……もう、部屋に戻るから。
部屋に?
本当は、もう少し……はぁ、見ていたかったんだけど。
……もしかして。
ごめんなさい……鍛練の、邪魔をしてしまって。
そんなことは、どうだっていいんだ。
……お師匠さん、も。
師匠もどうでもいいって言ってる、だから、謝らないで。
……。
師匠、あたしはメルを部屋に……分かってる、連れて行ったらすぐに戻ってくるよ。
……ううん、ひとりで。
今のメルをひとりで戻すなんてこと、あたし達には出来ない。
……あたし達。
師匠も心配してる。
そうだろ、師匠。
……。
無理をしてはだめだよ、メル。
ここで無理をしたら、また……また。
ユゥ……お師匠さん。
さぁ、あたしの背中に……ううん、抱っこの方がいいかな。
……ありがとう、ユゥ。
ううん、お礼はいらない。
お師匠さんも……ありがとう、ございます。
師匠にもいらないよ。
……でも。
大体、師匠が空耳なんて言わなきゃ……は、声が聞こえる前から分かってた?
なら、なんでやめなかったんだよ。そうしたら、もっと早く気がついたのに。
ユゥ、いいの……お師匠さんを、責めないで。
……だけど、メル。
お師匠さん……やめないでいてくれて、ありがとうございます。
……なんで。
私の思い違いだったら、ごめんなさい……。
……何が。
お師匠さんは、多分……ん。
師匠、勝手にメルに触るな。
……はい、分かりました。
メル?
……なんでもない。
む……。
……納得、いかないよね。
別に……メルが言いたくないなら、いいけど。
……じゃあ、部屋に戻る時に。
……。
お師匠さん……それなら、いいですか。
……むぅ。
ユゥ、ちゃんと話すから……ね。
……師匠のすっとこどっこい。
ユゥ……。
……う。
もう……。
……むぅぅ。
ふふ……。
……む。
ふふ……ふふ……。
……面白い?
ごめんなさい……少しだけ。
……メルなら、いいよ。
でも、お師匠さんはだめ……?
絶対に、だめ。
師匠は、笑うな。
……ふふふ。
うー。
……はい、そろそろ。
離せ、頭をわしづかみにするな。
ユゥ。
なぁに、メル。
部屋まで、連れて行ってくれる?
うん、もちろんだよ。
師匠は手を離せ……ぇぇぇ。
お師匠さん……あまり、ユゥで遊ばないでください。
あたしで遊ぶな、師しょぉぉぉ。
もぅ……先生に、言いますよ?
……うぅ。
ユゥ、大丈夫……?
ん、平気……頭がちょっと、ぎょむってなっただけ。
……ぎょむ?
師匠に頭を掴まれると、いつもぎょむってなるんだ……もう、やるな。
あたしは今から、メルを部屋まで連れていくんだ。邪魔、するな。
……ぎょむ。
行こう、メ
ん。
あっ。
……。
やめろ師匠、メルをぎょむってやるな。
……ふふ、気持ちいい。
え。
……。
気持ち、いいの?
……うん。
むぅぅぅ。
……お師匠さん、もう。
……。
……ユゥ。
行こう、メル。
……うん。
師匠はもう、邪魔するな。
するなったら、するな。
……ふふ。
メル……少しだけ、じっとしていてね。
ん。
……よ、と。
……。
……大丈夫?
うん……だいじょうぶ。
掴まれそうだったら、掴まってね。
無理だったら、いいからさ。
……首に、いい?
ん、いいよ。
……。
……平気?
へいき……。
疲れたら、いつでも、離していいからね……あたしが支えているから、心配いらないよ。
……うん。
別に、下心なんかじゃない。心配はいらないけど、一応って意味だよ。
たく、師匠はいちいちうるさ……今、メルを抱っこしてるから。落とすわけないけど、やめろ。
……また。
じゃあ、行ってくる。師匠は適当に休んでて。
先生のところに行っててもいいけど、あたしはちゃんと戻って来るからな。
……本当に楽しい。
ん、なに?
……楽しそうだなって。
別に、楽しくは……あーあー、師匠は先生のところにでも行ってろ。
……。
本当に行った。
……ああ言えば、お師匠さんは行くと思う。
師匠は、下心の塊なんだ。
……下心の塊?
先生が言ってた、師匠のようになってはいけないって。
……もぅ、先生は。
それじゃあ行こうか、メル。
……。
メル?
……あの、ユゥ。
なんだい?
私……重たく、ない?
全然、重たくない……それどころか、すごく軽くなったと思う。
……すごく。
で、でも、大丈夫……ちゃんと食べられるようになったら、元に戻るよ。
……戻るかな。
うん、ちゃんと戻る……だからね、少しずつでもいいから、食べて欲しいな。
……うん、食べる。
でも、無理だけはしないでね。
無理して食べたら、お腹が痛くなっちゃうかもしれないからさ。
ふふ……うん、気をつけるね。
メルなら、大丈夫だと思うけど……可能性は、ぜろじゃないから。
……お腹と相談しながら、食べるようにする。
それ、とてもいいと思う。
……ん。
……。
ユゥ……?
……メルが来てくれて、うれしい。
……。
だけど……。
……鍛練しているユゥの姿が、見たかったの。
……。
ずっと、見られなかったから……。
……言って、くれれば。
私が見ていることを、ユゥが知っていたら……動きが、硬くなってしまいそうで。
そ、そんなこと、ないよ。
……ない?
な、ない……。
……なら、言えば良かった。
だ、誰かが、そんなことを言ったの……?
……。
し、師匠だな。
……ううん、私が勝手にそう思ったの。
メルが?
……自惚れだと、分かっていたのに。
本当は、師匠なんだろ?
師匠が、そう言ったんだろ?
……。
やっぱり、そうだ。
もぅ、師匠はメルに余計なことを言って。
……言われても、気にしなければ良かっただけ。
え?
……だけど、私は自惚れて。
……。
言わないと決めたのは、私なの……だから、お師匠さんは悪くない。
……でも。
お願い、ユゥ……。
ん……分かった。
……ありがとう。
……。
……ユゥ?
メルのからだ、あったかい。
え……。
……あったかい。
そんなに、温かい……?
うん……そんなに、あったかい。
……。
……いいよ、メル。
え……なにが?
……自惚れて。
……。
あたしは……分かっていたら、硬くなっていたと思う。
……そんなこと。
ある……すごく、ある。
……。
ひ、久しぶりだから……その、張り切りすぎると思う。
……そうなの。
だって……いいとこ、見せたいし。
……いいとこ?
か、かっこ悪いとこ、見せたくない……。
……。
……見られちゃったと思うけど。
ううん……ユゥは、かっこ悪くなんてなかったわ。
……でも、何度か喰らってしまったし。
それは……きっと、私の声が聞こえたから。
……。
声に、気を取られて……だって、それまでのユゥは。
あ、あたしは……?
……とても。
と、とても……?
……かっこう、良かったもの。
……っ。
……一所懸命に頑張るユゥは、いつだって、かっこいいの。
あ、あぁ……。
……私の、憧れ。
あ、あこがれ……?
……小さい頃から。
……。
……初めて、私に笑いかけてくれた時から。
メ、メル……っ。
ん……ユゥ。
だ、大好きだ。
……え。
ずっと大好きだ……メル。
……私も。
……。
……ずっと大好きよ、ユゥ。
う、ん……。
……。
……ね、また見に来て。
いい……?
……うん、来て欲しい。
……。
それで、元気になったら……また。
うん……また。
……あたしに出来ることがあったら、すぐに言ってね。
……。
……メル?
お散歩……。
……行く?
ん……行きたい。
じゃあ、行こう……初めは近くで、ゆっくりと歩こう。
……時間、取れる?
大丈夫……ちゃんと話せば、だめなんて言われないさ。
……。
いつ、行きたい……?
……明日、行けたら。
明日……うん、分かった。
……。
メル……部屋まで、あともう少しだよ。
……。
ねぇ、メル……あたし、さ。
……うん。
ほんの少しだけでいいから、メルの傍にいたい。
……でも。
いても、いいかな。
……鍛練に。
ほんの少しだけだから、大丈夫。
……。
それに、師匠も先生のところに行ってるし。
……いて、くれる?
うん……いたい。
……あぁ。
いい……?
……うれしい。
ん……。
……いて、ユゥ。
うん、いるよ……メル。
……。
メル……あたしも、うれしい。
……あのね、ユゥ。
なんだい……。
……お師匠さんは多分、私に時間をくれたの。
時間……?
……ユゥを見ている時間。
……。
ユゥが私に気がついたら……。
……動きが止まる、止まってた。
だから、ね……。
……師匠め、それならそうと言えばいいのに。
ふ……。
……楽しい?
うん……楽しい。
そっか……なら、いいや。
……。
ん……メル。
……少しだけ、腫れてる。
平気……すぐに治るよ。
……手当て。
じゃあさ……。
……なに。
少しだけでいいから、手を当てていて……。
……。
手、当て……?
……ふ。
だめ……?
……ううん、だめじゃない。
13日
マーキュリー、書物を読んでるところ済まない。
……何か用。
小腹は空いてないか。
……此れと言って、別に。
ちょっとした甘味を作ったんだ、どうだい?
……あの子達には。
なんせ、出来上がる前に行ってしまったからな。
メルと自分の二人分のお茶を淹れたと思ったら、あたしのちょっと待ってろという言葉も聞かずにさ。
……あの子達の分は。
四人分、ちゃんとあるぞ。
……あなたの分もあるの?
お前と食べようと思ったんだ。
ひとりで食べて。
どんなに美味いものでも、ひとりで食べたらいまいちだ。
然うかしら。
あたしは、お前と食べた方が断然美味い。
私はひとりでも構わない。
お前の好きなお茶も淹れるぞ。
ありがとう、ひとりで楽しむわ。
あたしは、ふたりが良いな?
私はひとりが
なぁ、お茶には青い実の甘煮を入れるか?
入れて。
分かった、あたしのお茶にも入れよう。
なんでも同じにしなくても良い。
同じものを楽しみたい。
たまには違うものを楽しんで。
お前とふたりで?
あなたひとりで。
ひとりじゃ楽しめるものも楽しめない、矢っ張りお前とふたりでなきゃ。
しつこい。
此れなんだけど、メルは食べられるかな。
は。
甘味。
はぁ……取り敢えず、見せて。
応。
……。
豆乳を柔らかく固めて、其の上に豆の
見れば分かる。
ん、然うか。
……。
どうだろう?
……此れは甘いの。
あぁ、少し甘めだ。
……。
駄目か?
……悪くないわ。
分かった、じゃあ後で持って行ってやろう。
今だと食べられないかも知れないからな。
ユゥならば食べられるわ、勉強後の補給に丁度良い。
肝心のメルが食べられるか分からないだろう? お茶だけで、腹が膨れてしまうかも知れない。
メルが食べられないのに、あいつがひとりで食うわけがない。だから、後で良い。
あの子達の分はいつ。
此の後の勉強が終わってからにしよう。
其れでも、丁度良いと思うんだ。
鍛練前に?
悪くないだろう?
其れまで、果たしてあの子のお腹が持つかしら。
持つんじゃないか?
いい加減ね、私は別に構わないけれど。
仕方ない、何か軽く食えるものでも作っておいてやるか。
何かって?
気になるか?
気にはなっていない。
其れなのに、どうして聞く?
気にならなければ、聞いてはいけないのかしら。
ん、いけなくはないな。
で?
此れから考える。
何も考えていなかったのね。
お前は何が良いと思う?
あの子の集中というお腹が持つのならば、何でも良いわ。
んー……じゃあ、琥珀糖でも食わせるか。
琥珀糖?
お前も食うか?
其の口振りだと、もう作ってあるのね。
応、此れと一緒にな。
豆乳を固めるついでだ。
は。
お前とちびはお勉強だし、メルの部屋には近付くなと言われているし、となると、あたしが出来ることは此れぐらいしかない。
躰でも動かす、或いは、畑仕事でもすれば?
其れも悪くないが、ずっとはなぁ。
家に帰っても良い。
帰るなら、ちびと帰るよ。
あの子なら、ひとりで帰れる。
ひとりで帰っても、特にやることがないんだ。
あるでしょう。
やる気が出ないんだ。
ごはんの作り方でも綴れば良い。
ごはんの……あぁ、其れも良いな。
と言うより、其の手があったか。
ならば、
でも、其れは此処でも出来る。
しなくて良い。
お前がまた、ちびと勉強を始めたら然うしよう。
先ずは、何を綴るかな。飯か、甘味か、其れとも、矢っ張り、飯か。
本当に何も考えていなかったのね。
時間ならあるからな、未だ……然うだ、お前が好きなごはんの作り方でも綴るか。
好きにすれば良い。
ん、好きにする。
ところで、豆乳の甘味は食うだろう?
……食べてあげても良い。
良し、ならばふたりで。
ひとりで。
マーキュリー。
何、ジュピター。
お前も琥珀糖、食べるか?
食べてあげても良いわ。
ん、然うか。
あの子の分は?
勿論、ある。
あなたの分も?
あたしの分はない。
……。
琥珀糖は、お前達三人の為に作ったから。
はぁ。
ん、なんだ?
何か問題でもあったか?
別に、ないわ。
然うか、其れは良かった。
……。
今、お茶を淹れる。
ねぇ。
ん?
なんでもない。
マーキュリー?
お茶を、早く。
あぁ、分かった。
……。
良かったら……いや、矢っ張り、待ってて呉れ。
……先に食べていても良いのなら。
ううん、待っていて欲しい。
……あぁ、然う。
うん。
……。
ところで、マーキュリー。
……なに。
ちびの頭の調子はどうだい?
其れ、今聞くの。
お前のお腹の方が気になった。
気にならなくて良い。
お前のお腹は大事だからな。
此処に来てから、誰かのおかげで満たされてばかりだわ。
はは、然うか。
うん、良いことだ。
然うでもない。
満たされていないよりは、ずっと、良い。
あなたはね。
満たされないまま頭を使い続けると、身だけでなく、心まで削られることになってしまう。
であるならば、満たされている方が良い。満たされていれば、心身を削ることには早々ならない。
時と場合。
此処に来てからは躰に、少しだけれど肉が付いてきた。
……。
と言うより、安定してきた。
其れは、とても良いことだと思う。
……ジュピター。
ん?
氷の刃に、貫かれたい?
え、どうして。
其れとも、掻き切られたい?
いや、どっちも遠慮したい。
あら、遠慮なんてしなくて良いわ。
あなたも良く、私に言うでしょう?
あたしが言うのは、主にごはんについてだ。
氷の刃とは
似たようなものよ。
似たようなものでは、ないな?
氷の刃では、腹を満たすことは出来ないし。
お腹を満たしたいというのならば、水が良いかしら。
水?
其のお腹の中に、
水腹はなぁ、一時的には苦しいくらいに満たされるが、身にはならないからなぁ。
選んで。
其れよりも、お茶と一緒に甘味を食おう。
うん、其れが良い。其の方が良い。
待って?
済まない、ちょっと待てない。
私のお願いが聞けないの?
……お願い?
然う、お願い。
……。
聞けないのなら、
分かった、待つ。
然う、良い子ね。
……。
ふふ。
……はは。
で、どちらが良い?
……悪かった。
何が?
何か、余計なことを言ってしまったのだと思う。
余計なこと?
其れが何かは分からない。
……。
お……。
……相変わらず、太くて逞しい首ね。
応……毎日、欠かさずに鍛練しているからな。
其れは、なんの為?
お前と……ちび達を守る為だ。
私だけではなくなったの?
……ちび達も、守るべき存在になったんだ。
然う……。
……マーキュリー。
確かに、私の躰には肉が付いたわ。
……あ。
あなたの目論見通りと言っても良いでしょうね。
……其れが、気に障ったのか。
なんとなく、癪。
……なんとなく?
然う、なんとなく。
……謝れば、
どうしようかしら。
……どうすれば良い?
別に、どうもしなくて良いわ。
……。
ちょっと、暇潰しをしただけだから。
……暇潰し?
然う、ただの暇潰し。
……本気で怒っているわけではないのか?
本気で怒らせたいの?
いや、怒らせたくはない。
……あぁ、然う。
暇は潰れたか?
あまり。
じゃあ、お茶と一緒に甘味を食べよう。
あなたと?
出来れば。
はぁ。
うん、良かった。
良いとは言ってない。
直ぐに淹れる。
未だ淹れてないの。
悪い、うっかり手が止まってしまった。
あ、然う。
ちびはメルと、お茶を飲めているのかな。
戻って来ないということは、然うなのでしょう。
だな。
……。
昨日までと違って、随分と起きていられるようになった。
……安心するのは未だ早いわ。
ん、然うか。
……まぁ、余程のことがない限り、大丈夫でしょうけれど。
そんなこと、なければ良い。
……はいはい、然うね。
なぁ、マーキュリー。
……お茶は、甘めで。
ん、分かった。
……。
~~♪
……鼻歌。
五月蠅かったか?
……いつものことだから。
続けても、良いか?
……好きにすれば。
応。
……。
~~~♪
……ジュピター。
矢っ張り、五月蠅いか。
……今夜はどうするの。
今夜?
……勿論、あの子を連れて
今夜も此処で眠って良いか?
……良いと言うと思っているの。
然うなれば、ちびも喜ぶ。
……あなたも?
大喜びだ。
……言っておくけれど、
仮令、お前と眠ることが出来なくとも。
……。
だけど、一緒に眠れたら嬉しい。
……ないわね。
ん、然うか。
……はぁ。
あともう少しだ。
……あなたは、どうだったの。
何がだい?
……あの子が、ああいう状態になって。
とても心配だったよ。
……本当に?
心配しないわけがない。
……ユゥと比べたら。
あたしまでおろおろしていたら、あいつが余計に落ち込んでしまうだろう?
……其れだけ?
あたしは、心配し過ぎたからな。
……慣れたとでも。
いや、此れは慣れない……慣れそうにない。
……私でなくても。
「ジュピター」は「マーキュリー」を心配するように造られているらしい。
……あなただけよ。
あたしだけじゃないさ。
お前だって、知ってるだろう?
……実際には、知らないわ。
実際か……。
……。
ちびは……ユゥは、お前がメルと同じ状態になっても同じように落ち込むだろう。
……でも、あの子程ではないわ。
似たり寄ったりだよ。
あいつは、あたしと似ているからな。
……。
どうぞ、マーキュリー。
……ありがとう。
応、どういたしまして。
……頼んではいないけれど。
ははは。
……。
どうだ?
……悪くはない香りだわ。
ん、良かった。
……。
マーキュリー……お前は、どうだ。
……何が。
メルが……いや、止めておこう。
……賢明な判断ね。
ん、褒められた。
……。
……熱いか?
熱い。
じゃあ、もう少し冷めてから……先ずは、甘味でも食べて呉れ。
……言われなくても、然うするつもりよ。
だよな。
……あなたは。
お前と一緒に食べても良いか?
……だめ。
ありがとう。
……だめと言ったのだけれど。
ん、然うだったか?
……もう、良いわ。
やった。
……。
マーキュリー?
……少し疲れた。
ん、大丈夫か?
食べたら、休むか?
……あなたが居ると、
休めないのなら、外に行くよ。
……。
外で鍛練しているから、何かあったら……?
……ばかなひと。
え、と……。
……。
……マーキュリー。
いつもは、鬱陶しいくらいに。
……。
今夜は
一緒に眠ろうか。
眠らない……帰って。
帰らない……いや、帰りたくない。
……。
お前と、眠りたい。
……いやよ。
……。
……あなたとなんて。
美味いか?
……。
豆乳の。
……不味かったら、食べない。
うん、然うだな。
……。
勉強……鍛練の後にするか。
……しない。
後でも、あたしは構わない。
……。
其の方が、良い。
……勝手に決めないで。
ごめん。
……。
……ん、美味いな。
はぁ……。
……どうした?
鍛練……今日は程々にして。
……。
……勉強中に、居眠りはされたくないの。
分かった……程々にする。
……。
食べ終わったら……少し、眠るか。
……目を瞑るだけよ。
応……其れでも、良いと思う。
……。
ちび……戻って来ないな。
……未だ、休憩時間だから。
琥珀糖も、食べるかい……?
……後でなら、食べてあげても良い。
12日
……メル。
ん……。
……起きてる?
ん……起きてる。
……起きてて、大丈夫?
うん……さっきまで、眠っていたから。
そっか……。
お勉強は、終わったの……?
ううん、この後もまだやるんだ。
……とりあえず、お休みの時間?
うん。
そう……お疲れさま、ユゥ。
うん、疲れた……だから、メルに会いに来た。
ふふ……ありがとう。
来て、良かった……?
ん……来てくれて、うれしい。
へへ……良かった。
お勉強は、捗った……?
と、思う。
そう……良かった。
あのね、メル……。
なぁに……?
……もっと、メルの近くに。
来てくれる……?
……行っても、いい?
ん、もちろん……来て、ユゥ。
じゃあ、行く。
ん。
……へへ。
ふふ……。
ね……これ、飲む?
……それはなぁに?
メルが好きなお茶だよ、あたしが淹れたんだ。
あぁ……ありがとう、ユゥ。
ふふ、どういたしまして。
丁度、何か飲みたいと思っていたところなの。
ほんと?
ん、本当。
へへ、そっかぁ。
ね、座って。
うん、座る。
……。
どうぞ、メル。
……ん、ありがとう。
実はね、あたしの分もあるんだ。
メルと、ふたりで飲みたいと思って。
……私も、ユゥと。
飲みたい……?
……。
あぁ、良かった……。
……いい香り。
味も、美味しいといいな。
……きっと。
まだ、熱いかもしれないから。
……ゆっくり、飲むね。
うん……。
……いただきます。
……。
……ふぅ。
あたしも……。
……ん。
どう……?
……美味しい。
あぁ……良かった。
……ユゥも。
……。
……どう?
うん……メルと一緒だから、美味しい。
……ユゥ。
ひとりで飲むよりも、ずっと。
……うん。
……。
……。
ねぇ、メル。
……なぁに、ユゥ。
メルは、起きて何をしてたの?
私は……これを、読んでいたの。
それ、なぁに……?
……先代の記録。
先代……マーキュリーの?
ううん……ジュピターの。
ジュピターの……日記?
活動記録……日記と悩んだのだけれど。
活動……そんな記録、残ってるんだ。
ユゥはまだ、読んだことない?
うん、まだない。
読んでみる?
メルが読んでいるなら、読んでみたいけど……難しい?
文章は日記のものよりも硬いけど、今のユゥなら読めると思う。
じゃあ、読んでみようかな。
ん。
いっぱいある?
……。
メル?
……お師匠さんと比べたら、ずっと少ないわ。
そうなんだ。
日記もだけれど……先代の記録は、あまり残っていないの。
そういえば、ごはんの作り方も先代のものはあまりないなぁ。
文字だけでなく絵も描いてあって、あたしは好きなんだけど。
……絵の脇にそっと、先代マーキュリーの言葉が付け加えられているの。
そうそう、先代マーキュリーが書いた文字も見られて楽しいんだ。
このごはんはおいしいとか、これは特に好きとか、また食べたいとか、そんなことが書いてあってさ。
それに対して、先代ジュピターが言葉を返してあることがあるの。
あまり書くなとか、ごちゃごちゃになるから書くなとか、分かっているから書くな、いちいち書くなとか。
それ、なんだけどさ。
うん?
絶対にうれしいくせに、なんでそんなことを書くのかなって思った。
うれしいからこそ、書かずにはいられなかったんじゃないかしら。
……ひねくれもの?
と言うより、真面目だったのかも。
真面目?
そう、真面目なひと。
文字も実直そうな印象を受けるし。
じっちょくかぁ……あたしもなれるかな。
ユゥも?
変?
変じゃないけど……。
……けど、変?
私は……今のユゥも、好きよ。
ん。
……優しいし、一所懸命だし。
メル……。
だから……好き。
……ありがと。
ううん……。
……へへへ。
先代のジュピターは……きっと。
……マーキュリーの言葉がうれしかった?
だから、消さずに残したのだと……消そうと思えば、消せたと思うから。
……そっか。
そのやりとりが、まるで……そう、交換日記のようで。
交換日記?
……言葉や絵の向こう側に、ふたりのやりとりが垣間見えるような気がするの。
ふたりのやりとり、か……うん、分かる気がする。
……分かってくれる?
うん、分かる……なんとなく、ふたりで話しているように見えるんだ。
そう、そうなの……だから、眺めているだけでも楽しくて。
……先代のふたりも楽しかったんじゃないかな。
ユゥも、そう思う?
うん、思う。
ふふ……良かった。
あたしも……ううん、あたし達も先代のようになりたい。
……あたし達?
メルと、あたし。
……。
違う形になると思うけど。
……なれたら、うれしい。
なろう……ふたりで。
うん……ユゥ。
……先代のマーキュリ―。
ん……。
先生が書く文字とは違う形をいているから、性格? も、違うのかな。
ん……違うと思う。
ね、マーキュリーの先代はどんなひとだったと思う?
……きっと、先生よりも繊細なひとだったと思う。
せんさい?
文字が少し硬くて、か細くて……どことなく、儚げな印象で。
はかなげ……。
自信がなくて……消え入りそうな。
先生の字は、頼りになりそうな形をしているかも。
先生の字は……細いけれど、力強いわ。
うん、確かに力強い。
自信もありそうだ。
……もしかしたら、誤魔化している可能性はあるけれど。
ごま?
……兎に角、先代は先生よりも繊細なひとだったと思うの。
そっか……せんさい、かぁ。
……だから、ジュピターと。
マーキュリーでなくなったのは……確か、ジュピターと同じくらいなんだよね。
ん……ほんの少しだけ、後。
せんさい、だったからかな……。
……ひとりでは生きられなかったのかもしれないわ。
んー……。
……仮令、次のジュピターが来てくれたとしても。
次のジュピター……師匠?
……うん。
師匠かぁ……。
……結果的には、先生が先に来たみたいだけれど。
そうなの?
……そうみたい。
ふぅん……。
……。
あたし、思うんだけどね。
……なぁに?
師匠が先だったら、先生が来た時に大変だったんじゃないかなぁ。
……大変?
マーキュリー、あたしのマーキュリーがやっと来たって。
ずっと付きまとって、世話を焼いて、最後には鬱陶しがられて。
……。
そんな気がする。
……分かる気がする。
ふふ、だろ?
そう考えると……先生が先で、良かったのかしら。
あたしは、良かったと思う。
……でも。
うん?
……お師匠さんが来てくれるまで、先生はひとりで。
あ、そっか……それは、淋しいなぁ。
……噯にも出さなかっただろうけど。
おくび?
……いっそ、お師匠さんが先でも良かったかもしれない。
騒がしいけど、いい?
……後からでも、騒がしいと思うし。
ん、それは確かに。
……お師匠さんが先生のこと、探し回ったことは聞いてる?
んーん、聞いてない。
……。
でも、師匠ならやりそうだ。
ううん、絶対にやるな。
……もし、お師匠さんが先だったら。
うん。
……ひとりで、淋しくないかしら。
うーん、どうだろうなぁ。
師匠のことだから、マーキュリーまだかなぁって思いながら鍛練してそうだけど。
……夜、ひとりでも。
ひとりで喋っていそうな気がする。
……誰もいないのに?
頭の中のマーキュリーに、今日は何をしたとか、何を食べたとか、早くマーキュリーに逢いたいとか。
それから、明日になればマーキュリーは来るかなぁ、来ればいいなぁ、早く逢いたいなぁ、なんて考えているうちに寝ちゃうんだ。
……していそう。
分かりやすいんだ、師匠は。
……お勉強はすると思う?
マーキュリーがいなきゃ、勉強なんてしないと思う。
……少しくらいは。
少しもしないと思う。
……そんな、はっきりと。
そもそも勉強が何か、分からないような気がする。
……勉強が、分からない。
多分、文字も読めなかっただろうから。
……。
文字が読めなかったら、歴代が遺してくれたのも読めない。そうなると、鍛練をするしかない。
躰を動かすことぐらいしか、やることがなかったら余計に。あ、ごはんは作るかな。お腹は空くだろうから。
……守護神の責務は?
せきむ?
えと……守護神として、やるべきこと。
やるべきこと……やらなそうだなぁ。
……。
師匠のことだから、マーキュリー以外のひとの話なんて、ろくに聞かないんじゃないかなぁ。
耳に届くかどうかも分からない。とにかく、躰を動かして、マーキュリーのことばかり考えているような気がする。
……想像が、出来てしまう。
ね?
……ごめんなさい、お師匠さん。
ん、どうして謝るの?
……なんとなく。
いいよ、謝らなくて。
……ユゥ。
他の守護神……なんだっけ。
……ヴィーナスとマーズ。
に、何か言われたとしても、あまり聞かないんじゃないかな。
と言うより、理解出来ないかもしれない。
……クイーン、だったら。
くいーん……。
……クイーンのお話だったら、聞くと思うのだけど。
聞くかもしれないけど、忘れちゃうかも。
……。
記憶力、悪いから。
……流石に、クイーンのお話は。
師匠は、さ。
……。
マーキュリー以外、興味がないんだ。
……私達のことも。
……。
ユゥ……?
……メルのことは、あると思う。
ユゥのことは……?
んー、分かんない。
あると思うわ。
ん。
ないわけ、ない。
そう、かな。
だって。
だって?
……いつも、楽しそうだもの。
楽し?
……だから、そんなふたりを見ていると私も楽しくて。
あたしは、別に……。
……ユゥも、楽しそうに見える。
楽しそう、かな。
……私には、そう見えるの。
メルが、そう見えるなら……そうかも。
……ふふ。
ん、なに?
……ううん。
そう?
……うん。
そっか。
……文字ではなく、絵だったら。
え?
……絵だったら、お師匠さんも。
あー……。
……ユゥ?
もしかしたら、師匠は絵も分からないんじゃないかなぁ。
分かったとしても、なんか描いてある程度で。それ以上のことは考えない。
……私達とは違って、ある程度、成育されていたとしても。
無理だと思うんだ、やっぱりマーキュリーでないと。
……。
あたしも、メルがいないとだめだしさ?
……ジュピターに学びは要らない。
え、なに?
……駒として、ただ、使役することが出来れば。
しえき……?
……そんな風には、させない。
メル……?
……ねぇ、ユゥ。
なに、メル……?
お勉強……これからも、ふたりで頑張ろうね。
うん、メルと頑張るよ。
……私と一緒にお勉強すれば。
メルと一緒なら出来る……と、思う。
……先生もいてくれるし、きっと、大丈夫。
メル……うん。
……。
……ねぇ、メル。
なぁに、ユゥ……。
……師匠が作った高黍の汁物、美味しかったね。
あぁ……うん、美味しかった。
……あたし、知ってるのに思い付かなかった。
……。
なんか……悔しい。
……ね。
なに……。
……ユゥが作ったものも、食べたい。
高黍の汁物……?
……作って、くれる?
うん、作る……メルが、食べてくれるのなら。
……食べたいわ、ユゥ。
じゃあ、今度作るよ。師匠よりも美味しい高黍の汁物。
だから、だからね、楽しみにしてて。
ん……楽しみにしてる。
……。
ん……ユゥ。
……お勉強、今日は頑張ってる。
覚えられそう……?
うん……と言っても、少しだけど。
少しでも、いいと思う……。
……いいかな。
少しずつ、積み重ねていくもの……それが、知識だから。
知識……。
……知性にも、繋がる。
……。
だから……諦めずに。
……うん、諦めない。
ユゥ……。
……約束、する。
うん……約束。
……。
……この後も。
先生と、またお勉強……昨日、出来なかったから。
鍛練はするの?
お勉強の後に……でないと、鈍ってしまうから。
……頑張ってね、ユゥ。
応、頑張る。
……。
師匠の真似。
……ふふ。
似てたかな?
……似てたと思う。
……。
……ぁ。
終わったら……また、来るね。
……うん、待ってる。
メルは……少し、休む?
……もう少しだけ、読むつもり。
そっか……無理はしないでね。
ん……しないわ、ユゥ。
……ん。
ね……。
……なんだい?
お茶……甘くて、美味しい。
11日
マーキュリー、芋粉と麦粉で小さい団子を作ったんだ。
見ていたから、知っているわ。
一口大にしたから、メルでも食べやすいと思う。
朝から何を作っているのかと思えば、手間が掛かるものを。
安心して呉れ、手間は然程掛かっていない。
私は朝からは作りたくないわ、芋を蒸かすところからなんて手間でしかないから。
と言いつつ、団子に凹みを入れて呉れてありがとうな。
此れがあるとないとじゃ、煮込み具合が大分変わってくるんだ。
片手で出来るから、やってあげただけ。
書物を読みながらやるんだから、マーキュリーは器用だよなぁ。
適当だけれど。
いやいや、十分に美味そうだよ。
ちびも喜ぶし、メルも美味しく食べられるだろう。
然うだと良いわね。
お前はやれば出来るんだよな。
で、どうするの。
高黍と豆乳の汁物に入れる。
甘芋とは違った甘みで、美味いぞ。
お団子だけ?
いや、玉葱も細かく刻んで入れる。
他は……然うだな、色付けで緑のものを刻んで散らすかな。
ふぅん、手間ね。
高黍は前以て粉にしてあるから、然うでもないぞ。
粉と豆乳、其れから水と塩で出来る。
手間。
便利だろう、高黍の粉は。
否定はしない。
高黍の汁物は具を入れずとも、其れだけで食べられる。
朝ごはんにはうってつけだ。薄麦餅にも合うしな。
然うね。
ちび、未だに此れを作ってないんだよな。
あなたが教えないからでしょう。
此れぐらい、自分で思い付くと思ったんだ。なのに、ひとつも思い付かない。
甘芋に負けず劣らず高黍も甘いものだから、作ればあの子も喜んで呉れるだろうにさ。
あの子は高黍の甘みよりも、甘芋、或いは甘瓜の甘みを好むから。
でも、高黍も好きだろう?
嫌いではないわね。
だから、ちびは思い付かなきゃいけなかった。
あの子のごはんは全て、自分が作ると言うのであれば。
其れだけ、頭に余裕がないのでしょう。
こういう時こそ、自分で考えなきゃいけないんだ。
いつまでもあたしが居るわけじゃないんだからな。
其れは、然う。
だろ?
でも、今は未だ、あなたが居るわ。
であるならば、活用した方が良い。
然うなるか。
ならない方がおかしい。
あたしとしては、もう少し自分で考えて欲しかったけどな。
私は良い選択だと思っているわ。
良い選択、か。
寧ろ、あの子は正しい。
作り方を覚えられるだけでなく、こういう時に何を作れば良いか学ぶことが出来るから。
成程……此れも、ひとつの勉強か。
白々しい、初めから其のつもりだったくせに。
ま、初めから出来る者は居ないからな。
でも、高黍を使った汁物は思い付いて欲しかった。
高黍を使った汁物は思い付かなかったけれど、甘芋のものは思い付いた。
其れで、今回は十分か。
悪くはないでしょう。
ふふ、まぁ然うだな。
ちびのわりには、悪くはない。
……ある意味、其のせいで此方の勉強が捗らなかったとも言える。
ん、どういうことだ?
作り方を覚えていたでしょう?
んー?
其処に、他のものが入る余地があるとでも?
うん、ないな。
ちびの頭じゃ、無理だ。
あなたの頭でもね。
因みに、あたしは最初から出来たぞ?
嘘吐きは嫌いよ。
あたしには、あたしのように優しく教えて呉れる奴が居なかったからな。
最初から出来たわけではなく、遺されていた作り方を見ながら、試行錯誤を繰り返した。
でも、作ったものはどれも美味かったろ?
然うでないものもあったわ。
……然うだったっけか。
然うよ。
……然うか。
……。
さて、次は汁物を……。
……文字が読めればね。
文字?
何度も読まされたわ。
あたしは、ごはんの作り方で文字を覚えたと言っても過言じゃないな。
しつこくて、うんざりした。
でも、お前は教えて呉れた。
感謝しても仕切れない。
そんなこと、思っていないくせに。
いや、ちゃんと思っているよ。
だから今でも、お礼を続けているんだ。
食事を作ること?
応。
あなたが好きでしているだけでしょう。
其れも、ある。
あわよくば、私と食べたい。
其れは、常に、ある。
下心。
下心は、生きる上で大事だ。
私は迷惑。
あたしにお前が居て呉れて本当に、心から良かったと思っているんだ。
……は。
お前でなければ、あたしは駄目だったかも知れない。
あなただったら、他のマーキュリーでも上手くやったと思うわ。
其れはどうかな。
私でなくても、
いんや、矢っ張りお前でないと。
……。
あたしは、駄目だよ。
……本当に迷惑なひとね。
ははは。
……。
然し、歴代はなんで文字で遺して呉れたんだろうな。
伝達手段として、優れているからに決まっているでしょう。
然うかな、分かり辛いものもあったぞ。
其れは、あなたが理解力に乏しかったせい。
文章が長いとなぁ、短い方が分かりやすい。
そうそう、他にも語彙力や読解力も足りなかったわね。
今はもう、違うぞ。
然うかしら、然うとは思えないけれど。
乏しかったとか足りなかったとか、過去形だったろ?
其れってつまり、今は違うということだ。
現在形に変更するわ。
いや、わざわざ変更しなくて良いぞ。
手間だろう?
いいえ?
今はもう、全部作れる。
だから、変更しなくて良い。
其れは、違うとは言えないわね。
ん?
作れるからと言って、理解力や読解力、語彙力があることにはならない。
ちゃんと読めるし、意味は分かるぞ?
其れは作れるようになったから。
んん?
はぁ、矢っ張りぽんこつね。
ぽんこつ?
ぽんこつ。
なんとなく、音が可愛いな?
あぁ、然う。
其れは良かったわね。
あたしもちび達に遺すつもりなんだ。
あなたが?
応、あたしも。
文字で?
絵でも良いが、
解読不明になるだけね。
好きなんだけどなぁ、絵を描くのも。
然うだ、今度
嫌よ。
……マーキュリーのこと、描いては駄目か。
駄目に決まっているでしょう、私を奇形にしたいの。
きけい?
私の手の指は五本だし、顔の目鼻口もばらばらじゃない。
うん、然うだな。
分かっていても、あなたには描けない。
いい加減、認めたらどうなの。
でももう一度、描きたいんだ。
嫌だと言っているの。
……どうしてもか。
どうしても描きたいと言うなら、私に気付かれないように描けば良い。
……。
何。
お前に気付かれなければ、描いても良いのか?
然う言った筈だけれど?
……。
但し、出来るものならね。
……応。
顔が緩んでいるようだけれど。
ん……然うか?
描けると思っているのなら、
頭の中に居るお前を描くんだ。
……。
何百年と、お前だけを見てきたから、
却下。
え、どうして。
ばかね、わざわざ教えて呉れるだなんて。
いや、でも、気付かれなければ良いんだろう?
今、気付いたわ。
未だ、描いてないぞ?
あなたの頭の中に居る私を描くんでしょう?
然うだけど、
許さない。
……。
言わなければ良かったのに、本当にばかね。
……うぅ。
そもそも、描いてどうするの。
飾って
ばかなの?
……いつでも、お前に逢えるように。
私は奇形ではないの、何度も言わせないで。
……お前の形を其のまま写せる便利なものがあれば良いのに。
あったとしたら、
勿論、持ち歩
だめに決まってるでしょう、本当にばかでしかないわね。
……そんなものがあれば。
止めて。
遠征の時、持って行くことが出来た。
持って行って、どうするの。
遠く離れていても、お前の顔を
大体、あなたの頭の中に私は居るのでしょう?
であるならば、そんなものは必要ないわ。
……お前に残して行くことも、
余計なものは、要らない。
……。
頭の中に居る……其れだけで、十分。
然うだな……想えばいつだってお前に逢えるし、話せるもんな。
……。
うん、渋い顔だ。
……いい加減、出て行って呉れないかしら。
あたしはずっと、居座るつもりだ。
いや、居座りたい。
迷惑。
ははは。
……若しも、そんなものがあったら。
ん?
……なんでもないわ。
然うか。
……。
なぁ、マーキュリー。
なに。
四人だったら、どうだろう?
四人?
お前とあたし、其れから、ちび達と。
……其れを、どうするつもりなの。
どうするかな……記録にでもするか。
……。
今よりもちびだった頃の記録、少しでかくなった頃の記録、今の記録……なんて、どうだ?
そんな記録……どうせ、遺せないわ。
あたし達の中に残すんだ。
……思い出、とでも?
応。
……。
な、良いだろう?
……あなたにとってはね。
お前にとっても、ちび達にとっても。
……。
仮令、遺せなくても……あたし達の、ちび達の中に残れば良い。
……まぁ、そんなものはないのだけれど。
はは、然うだったなぁ。
……。
絵は、気付かれなければ描いても良いんだよな?
……ええ、どうぞ。
良し。
……あなたの場合。
ん?
文字で遺すよりも、実習で教えた方が早い。
……なんの話だったか。
はぁ。
あ、思い出した。
ごはんの作り方だったな。
他にない。
だけど、ちびが其の先に伝えて呉れるとは限らないだろう?
伝えるかも知れない。
あたしという存在は、残らないかも知れない。
残りたいの?
ん。
もう一度聞くわ、残りたいの?
……あぁ、残りたい。
何故?
……月ではなく、木星の記録として残りたいんだ。
……。
木星と……出来れば、水星の記録にも。
……はぁ。
ん、矢っ張りおかしいか……。
……遺したいのなら、遺せば良い。
……。
でも、絵で遺すのは止めた方が良い。
となると……矢っ張り、文字か。
無難。
……難しいんだよなぁ。
逆立ちしたって、分からないものもあったわ。
逆立ち?
当時のマーキュリーが文字にして遺しておいて呉れなれば、分からないままだったかも知れないわね。
言われてみれば、あったなぁ……今でも、あの絵だけでは良く分からない。
故に、文字で遺す方が無難。
うん……大事だな、文字は。
今更?
いや、改めて。
遺したいのなら、今から綴り出した方が良いわ。
今から?
あなたのことだから、全く、何もしていないのでしょう。
……。
言っておくけれど、あなた、文章を書くことも上手ではないから。
……マーキュリー、お願いがあるんだ。
嫌よ、私は忙しいの。
其処を、どうにか。
しつこい。
自分で書くから、見直して呉れないか。
……推敲しろと。
そ、其れなら、どうだろう?
いっそのこと、あの子に見てもらったら?
あの子……メルか?
そんなわけないでしょう?
まさか、ちびにか?
あの子の方が、あなたよりも
メルに頼む。
は?
メルなら、
……。
うお。
……私が良いと、言うと思っているの。
お、思わない。
……其れなのに?
い、いや、言ってみただけだ。
……ふぅん、然う。
え、えと……マーキュリーに、お願いしたい。
……。
た、頼む……。
……見返りは?
見返りは……あたしだ。
見返りになってない。
……。
……。
……マーキュリー。
はぁ……。
……仕方、ない?
幾つ遺したいの。
……出来るだけ。
心の底から、面倒だわ……。
……なんでもする。
其れ、聞き飽きた。
……。
……気が向いた時に、ひとつだけ。
ん。
……其れならば、良い。
ありがとうマーキュリー、大好
調子に乗ったら、取り消すわ。
……大好きだ、マーキュリー。
全く……。
……やった。
何か言った?
嬉しいと、言った。
あぁ、然う……。
……応。
……。
……なぁ、マーキュリー。
今日からだと、言いたいの。
いや……お前も好きだよなって。
……何が。
高黍の汁物……。
……。
お前とメルが好きだから、今朝は高黍の汁物にしたんだ。
此れならば、ろくに食えなかったちびの腹にも優しいだろうし。
……知ったら、悔しがるでしょうね。
ちび、か。
……他には居ない。
多分、不貞腐れるだろうな。
……其れでも、あの子は食べるでしょうけれど。
メルと一緒だったら、お代わりするかも知れない。
……。
分かりやすいからな、あいつは。
……汁物だけ?
いや、薄麦餅もある。
……然う。
麦餅の方が良いか?
どちらでも構わないわ。
薄麦餅は、其のままだとメルは未だ食えないか。
刻んだものを汁物に入れれば食べられる。
ん、なら、然うしよう。
お前はどうする?
私は別が良い。
応、分かった。
でも、別でなくても良い。
ん、良いのか?
ええ。
然うか……なら、果実もつけるか。
何故、然うなるの。
あった方が良いかと思ってさ。
別に要らないわ。
汁物だけで十分か。
薄麦餅が入れば、尚の事。
確かに、麦餅入りの汁物は腹持ちが良いもんな。
だけど、果実は別腹だ。水分も多いし、食べやすい。
あなた達はね。
来禽、食べないか?
……実ったの?
あぁ、ひとつだけな。
……。
其のひとつを、皆で分けよう。
然うすれば、食べられると思うんだ。
……其れならば、食べてあげても良いわ。
ん、ありがとう。
……別に。
……。
……。
然し……ちびの奴、ちっとも起きて来ないな。
……起きて来ないだけよ。
目は覚めている、か。
まぁ、今朝は其れでも良いな。
……其れより。
ん?
……早く作ったら?
10日
……。
……ん。
……。
はぁ……。
……。
……?
ぅ……。
……ゥ?
んん……。
……ユゥ。
……。
……いつ、きてくれたの。
ん……。
ゆうべは、かえらなかったのね……じゃあ、おししょうさんもかえらなかったの?
せんせいのことだから、おししょうさんにはかえれと、いいそうだけれど……すなおじゃ、ないから。
……。
ねていたら、おこしてと……あぁ、わたし、めをさまさなかったのね。
ごめんなさい、やくそくしていたのに……でも、そばにいてくれて、うれしい。
……。
ふふ……あたたかい。
……。
いまは……まだ、よあけまえかしら。それとも、あけてる……?
じかんが、わからない……かんかくが、もどってない。
……。
せんせいの、けはいは……やっぱり、かんじない。
でも、きていないわけない……あのひとは、いつもそう。
……。
ユゥ……よくねてる。
……。
……なんとなく。
…ル……。
だれかに、よばれたようなきがする……でもたぶん、ユゥのこえじゃない。
ユゥでないのなら、おししょうさん……それとも、せんせい……もしかしたら、ふたりで。
……。
……ん。
メル……。
……おきた?
うん、おきた……。
……ごめんなさい、おこしてしまって。
ううん……じぶんで、おきたんだよ。
……。
へへ……。
……なぁに?
メルが、いる……うれしいな。
……わたしも、うれしい。
ふふ……うん。
……ねぇ、ユゥ。
ね、メル……だきしめても、いい?
……いおうと、おもってた。
いおう……?
……。
あ……。
……だき、しめて。
うん……だきしめる。
……。
……きつく、ない?
ん……へいき。
……からだ、どう?
うん……きのうより、いいとおもう。
そっか……よかった。
……ユゥの、におい。
あ、くさい……?
……ううん。
だいじょぶ……?
……むしろ、わたしのほうがくさいかもしれない。
メ、メルは、くさくなんてないよ……。
……ずっと、ねているし。
とっても……。
ん……ユゥ。
……いいにおいが、するよ。
いいにおいは、しないとおもう……。
……メルのにおい、あたし、だいすきなんだ。
あ……。
……ひさしぶり、だ。
う、ん……。
……メル。
ユゥ……。
……おはよう、メル。
うん……おはよう、ユゥ。
……もうすこし、こうしててもいい?
ん……してて、ほしい。
じゃあ……してる。
……あのね、ユゥ。
なぁに、メル……。
……けさは、ちからがはいるようなきがするの。
ちから……?
……て。
ほんと……?
……これから、ためしてみてもいい?
うん、いいよ……どうやって、ためすの?
……それは、ね。
あたしにできることがあったら、いってね……。
……ユゥは、そのままでいて。
そのまま……?
……わたしのからだを、だきしめていて。
ん、わかった……だきしめてる。
……それで、ね。
なに……?
……だきしめてもいい?
だきしめ……?
……わたしも、ユゥのこと。
……。
けさは……できそうな、きがするの。
……だきしめて。
ぁ……。
だきしめて……メル。
……できなかったら、ごめんなさい。
ううん、いいよ……そのぶん、あたしがだきしめるから。
……ありがとう。
あたしも、ありがとう……。
……やって、みるね。
むりは、しないでね……。
……ん。
……。
うでは、うごく……。
……つらくない?
へいき……もんだいは。
……て。
かんかくは、もどってきているとおもうの……。
……ゆっくりで、いいよ。
うん……。
……。
……どう?
かんじる……かんじるよ。
……ほんと?
うん、ほんと……。
……。
せなかに……メルのての、かんしょく。
よかった……。
……きもちいい。
……。
きもちいいね……メル。
……うん、とても。
……。
ねぇ、ユゥ……。
……なぁに、メル。
ゆうべ……いつ、きてくれたの?
……いつ?
わたしの、へや……ううん、しんだいに。
……。
きてくれたのに、きがつかなくて……でも、となりにいてくれて、うれしかった。
……あたし、いつ。
え……?
いつ、メルの……しんだい、に?
……おぼえて、いないの?
おぼえて、ない……。
……それじゃあ、やっぱり。
ご、ごめん。
……どうして?
あ、あたし、かってに……勝手に、メルの寝台の中に。
……。
す、すぐに、は、離れるから……。
……まって。
で、でも……。
おねがい……はなれないで。
う。
……どうか、このままで。
い、いいの……?
……いて、ほしいの。
……っ。
……だめ?
だ、だめじゃない……。
……よかった。
……。
たぶん、だけどね……。
……う、ん。
ユゥは、ねむっていたんだとおもう……。
……ねむって?
そう……ねむって。
ということは、あたし……ねぼけて、きた?
……ふ。
あれ……。
……きっと、おししょうさんがつれてきてくれたんだとおもうの。
師匠が……。
……そして、わたしのしんだいにねかせるようにいったのは、せんせい。
……。
でなければ……ユゥはいまごろ、じぶんのしんだいでねていたかもしれない。
……あぁ。
ユゥが、かえっていたら……いま、こうして、いられなかった。
……よかった、かえってなくて。
ほんとう、に……。
……。
……なんでも、ない。
メル……今。
……なんでも、ないの。
ごはん……食べられそう?
……わから、ない。
あたし、作るよ……今日も。
……まだ、はやいとおもうの。
はやい、かな……。
……ふたりもまだ、ねているかもしれない。
ううん……師匠は、起きているよ。
……わかるの?
外で、鍛練しているんだと思う……そんな気配がする。
……たんれん。
もしかしたら、先生に追い出されたのかも……。
それは……ないとは、いえない。
だろ……?
……もう、せんせいは。
大体、師匠が悪いんだ……だって、すぐに調子に乗るから。
それは……そう、だけど。
はは……。
……だけど、もうすこし、やさしくしてもいいとおもうの。
もう少し?
……ごはんも、つくってもらっているのだし。
いいんだよ、あれで……じゃないと、調子に乗りっ放しになっちゃうから。
……。
そんなことになったら、大変だ……とにかく、落ち着きがなくてさ。
……にてる。
え、何に?
……。
メル……?
……ふふふ。
ん、と……師匠が、可笑しい?
ふふ……ふふ……。
んー……うん、可笑しいよね。
調子に乗った師匠は、特に……?
……。
え、そんなに可笑しい……?
……はぁ。
だ、大丈夫……?
ん……だいじょうぶ。
息、苦しくない……?
……ちょっと、くるしいかも。
せ、先生を呼んでくるよ。
へいきよ……すこし、わらいすぎただけだから。
あ、あぁ……。
ごめんなさい……おかしくて。
全部、師匠のせいだ。
……うん?
師匠が可笑しいから。
……ふ。
調子に乗ると、本当に可笑し……メル?
……ふふふっ。
え、また……?
もう……ユゥ、ったら。
え、あたし……?
……。
あたし、可笑しい……?
……ごめん、なさい。
べ、別にいいけど……師匠と、どっちが可笑しい?
……。
もしかして、あたしの方が可笑しいの……?
……どちら、も。
ど、どっちも……?
……すき、よ。
す、好き?
……ふふ、……ふ。
お、同じくらい?
……おなじ?
し、師匠とあたし、お、同じくらい、好き?
……。
そ、そうなの?
……どちらも、たのしい。
た、楽しい?
……ん。
そ、そっか……?
……ねぇ、ユゥ。
な、なに……?
……わたし、おなかがすいたみたい。
おなか……?
……なにか、たべたい。
わ、分かった。
起きて、すぐに作る。
……おきちゃうの?
へ。
……ユゥ、おきちゃうの。
お、起きないと、作れないし……。
……そう、よね。
え、えと……起きない方が、いい?
……でも、おきないとつくれないし。
そ、そうなんだけど……で、でも。
……でも?
ど、どうしよう……。
……。
メルのごはんはあたしが作る、作りたい……だけど、ごはんを作るには、離れないといけないし。
……わかった。
な、なにが?
わたしも、おきる。
メ、メルも?
ん。
お、起きて、大丈夫なの?
……たぶん。
た、多分?
……ずっとねていたから、たいりょくはおちているとおもうけど。
わ、分かった、あたしがつれていくよ。
……ユゥが?
抱っこして、つれてく。
……。
あ、だめ……?
……だめじゃ、ないけど。
け、けど……?
……じぶんのあしで、あるきたい。
じゃあ……そうだ、肩を貸すよ。
それなら、どうだい?
……それなら。
うん、決まりだ。
……だけど。
だ、だけど?
……もうすこし、こうしていたい。
あ、あー……。
……ユゥは、いや?
い、いやなわけ、ない……。
……んっ。
ひ、久しぶりなんだ……。
……ん、ひさしぶり。
出来れば、もう少し……。
……わたし、おもうの。
な、なにを……?
……おししょうさんがもう、つくってるんじゃないかって。
え。
おししょうさんがさきにおきていて……ごはんをつくらないのは、ちょっとかんがえられないかなって。
……。
……せんせいのために、つくりたいだろうし。
い、言われてみれば……。
……ね。
でも、でも、メルのごはんは、あたしが作るって……。
……ずっと、いっしょくだけだったから。
いっしょく……。
……きょうはもしかしたら、にしょく、たべられるかもしれない。
二食……?
……たべられそうなきがするの。
……。
……おかしい?
ぜ、全然、おかしくないよ。
だから、ね……もういっしょくは、
あたしが、作る。
……つくってくれる?
もちろんだよ、メル。
ふふ……ありがとう、ユゥ。
ど、どういたしまして。
……たのしみにしているの。
楽しみ?
……おいもとおまめの、あまいしるもの。
あ、あたしも楽しみにしてる。
……ユゥも?
メルと、一緒に食べられるかもしれないから。
……。
食べられるかな……。
……たべられると、おもう。
あぁ。
……あまり、たくさんは、たべられないかもしれないけど。
それでも。
うれしい?
うれしい。
メルも?
ん……わたしも、うれしい。
……。
……ユゥ。
メルが、元気になってくれて……本当に、うれしい。
……しんぱいしてくれて、ありがとう。
どういたしまして……。
……。
……あ。
なぁに……?
……いいにおいが、してきた。
におい……。
……メルの言う通りだ。
おししょうさん、なにをつくっているのかしら……。
先生が好きなものだと思う。
ふふ……それは、そうね。
だけど。
……だけど?
メルが食べられるものだと思う。
……わたしが?
きっと、そうだ。
……。
……四人で、食べられるように。
うん……。
……ね、メル。
なぁに、ユゥ……。
……もう少しだけ、こうしていよっか。
うん……してる。
9日
食うだけ食ったら、寝てしまったな。
……一時的かも知れないけれど、食欲が戻ったようで良かったわ。
いや、もう大丈夫だろう。
……然うかしら。
メルのことを話す、ちびの生き生きとした顔を見たろう?
ああいう顔が出来れば、もう、心配は要らない。ま、言う程してなかったけどな。
長くは続かないかも知れないわ。
メルの状態は確かに良くなってきている、であるならば、大丈夫だ。
分からない、ひょっとしたら急変するかも知れない。
……マーキュリー。
私は可能性を言ったまで。
零ではないだろうが、限りなく零に近いと……あたしは、然う思っているよ。
だと良いわね。
根拠は、お前の表情だ。
私の?
表情が、悪くない。
私の表情は、関係ない。
お前が然ういう顔をしている時は大丈夫なんだ。
いつもと大して変わらないわ。
お前は意外と分かりやすいんだよ。
生気がないだの、凍り付いているようだの、殺風景だの、冷酷な性格が表に出ているだの、さんざ言われたけれど。
はは、何度聞いても言われ放題だなぁ。
あたしもさんざ言われたよ。忘れたけど。
良いわね、記憶力がないって。
お前も忘れてしまえば良い、然うすれば
嫌よ。
む。
憶えておかないと、色々出来ないもの。
色々、何をするんだい?
さぁ、何かしらね?
うん、好きだな。
何が。
其の顔、あたし好みの良い顔だ。
然う、お礼は言わないわ。
応、言わなくて良い。
……あなたぐらいよ。
ん、なんだい?
別に、何も。
然うか。
……。
お前にそんなことを言う奴らは、大体決まっている。
どうせ、憶えていないくせに。
水星や木星の民達は言わない。
となれば、残りは火星か金星か、或いは月か。
然うでもないわよ。
うん?
木星や水星の民も。
其れはない。
どうして言い切れるのかしら。
考えられないからさ。
あなたが考えられないだけでしょう。
皆、お前の覚悟を知っている。
覚悟ですって?
お前が嫌な役を引き受けていることもな。
そんな役、引き受けた覚えはないわ。
木星の民は「マーキュリー」を信頼している。マーキュリーならば、己を活かして呉れると。
故に、他の奴の意見はろくに聞かないし、指示にも従おうとしない。
水星の民の話ならば。
聞かなくもない、中には信用する者も居るだろう。
……あなたの命令ならば絶対的に従うし、動く。
まぁ、然うだな。
……で、あるならば。
あたし……「ジュピター」が「マーキュリー」の指示でなければ動かない。
然うなると当然、民達も動かない。動こうともしない。動くわけがない。
然ういう場面ばかりではなかった。
渋々動くこともあるが、動きたくないのが本音だ。
だから木星は、木星が思うが儘に動くようになる。
あなたが、然うさせる。
其の方が確率が上がるからな。
勝率?
生存確率、だ。
生き残ったとしても。
滅びる時は滅びる、現に青い星の文明は其の繰り返しだろう?
月でも然うなると?
いつかはなるんじゃないか?
ずっとは続かないだろう。
いい加減ね。
だけど、其れも悪くないだろう?
滅んだら、もう二度と興らなくて良いわ。
取り敢えず、四人で青い星にでも移り住むか。
何故、然うなるの?
月が滅びれば、縛りから解放されるだろう。然うなれば、晴れて、自由の身だ。
好きなところで、好きなように、暮らせる。お前とちび達と、四人で。
勝手に、私を巻き込まないで。
お前は、ひとりで生きるのか?
其れも悪くはないわ。
あたし達と一緒の方が楽しい。
楽しさなんて、求めていないもの。
淋しくない。
ひとりが好きなの。
好きでも、誰も居ないのは淋しい。
あなたはね。
ちび達もお前が居ないと淋しがるだろう。
だとしても其れは一時で、いつかは慣れるし、成長すれば離れていくわ。
あたしは慣れない、お前が居ないとずっと淋しい。
知ってる。
だからずっと、離れない、離れたくない。
鬱陶しい。
青い星に暮らすのなら、何処が良い?
考えたこともない。
矢っ張り、水辺が良いか?
だとすれば、あたしは海か湖が良いな。
考えるだけ無駄、そんな時は来ないのだから。
お前は、月が好きか?
滅んでしまえば良いと思っているわ。
うん、あたしも嫌いだ。
だからと言って、青い星に
月に残るよりも、青い星の方が良い。
あなたはね。
魚は、海に居る奴の方が好きだな。
どちらかと言うと、あなたが好きなのは獣の肉でしょう。
あぁ、獣の肉も好きだ。
私は好きではないわ。
脂っこくなければ、食えなくもない。
先刻から、なんの話をしているの。
ん、なんだったか。
はぁ。
然うだ、お前を悪く言う奴は水星や木星の民には居ないということだ。
相変わらず、おめでたい頭ね。
お前は民達に、好かれているからな。
あぁ、然う。
もう良いわ。
ははは。
……。
然し、全然起きないな。
……明日は甘芋と豆の汁物を一緒に食べるんだと、言っていたわね。
あぁ、言っていたな。
あなたはあの子にお願いされた。
メルにお願いされたら、仕方ない。
甘い。
作り方を教えてやっても良いが。
好きに作らせて、あなたは味見でもすれば良い。
で、足りない何かを言えば良いか。
少々足りないくらいならば、言わないで良いわ。
まぁ、不味くなければ、な。
あの子に限って、
メルに不味いものを食わせるわけにはいかないだろ?
其れは、ないでしょうけれど。
ないとは言えない。
ユゥがあの子に不味いものを食べさせるわけがない。
其処で、あたしの出番だ。
世話を焼きたいだけでしょう。
応、焼きたい。
あたしもメルに美味いものを作ってやりたい。
今回はユゥに任せると言った。
あなたは作り方を教えていれば良い。
じゃあ、お前に何か作りたい。
間に合っているわ。
然う言わず、此のままでは腕が鈍ってしまうかも知れないんだ。
あの子とふたりで食べるものは作っているのだから、鈍らない。
お前に作りたいんだ。
なぁ、良いだろう?
良くない。
頼む、マーキュリー。
頼むことなの。
何か作らせて呉れ。
仕方ないわね。
良いか?
甘味でも作って。
甘味だな、任せろ。
今から?
時間の掛からないものを作る。
今は良い。
今でなくて良いのか?
良いと言ってる。
じゃあ、明日か?
あの子が食べられるようになったら。
……。
其の時は、あの子が好きなお茶と一緒に。
ん、分かった。
分かって呉れて、良かったわ。
メルが元気になるまでに、食べたいものを考えておいて呉れ。
いつものことだけれど、気が向いたら。
なんだったら、メルと話して決めて呉れても良い。
ひとつでなかったら?
ふたつでもみっつでも、幾つでも作る。
ひとりで?
多かったら、ちびの手を足せば良い。
……。
早速、考えて呉れているのか?
いいえ?
ん、然うか。
……。
……今日は此のまま、起きないかも知れないな。
然うだとしたら、
あたしも此処に居る、居たい。
あなたは、帰って。
ひとりで帰るのは嫌だ。
幼体?
良いだろう、マーキュリー。
良くない。
ちびと一緒に眠る。
へぇ?
だから、良いだろう?
起きたら、帰って。
うん、起きたら。
はぁ。
やった。
子供。
たまには、な?
いつも。
……ちびも、メルの傍に居たいだろうしな。
言っておくけれど、
分かってる、メルの部屋には行かない。
……。
……帰る前にまた、メルの顔を見ていくんだと言っていたが。
言っていたわね。
眠っていたら、起こして良いと言われているみたいだ。
……あの子が然うするように言ったのなら、好きにすれば良い。
然うか、ならばあたしも見て
思い切り、嫌な顔をされると思うわ。
ん、誰に?
ユゥに。
む。
邪魔でしかないから。
メルは、然う思わない。
先刻、ちょっと顔を見せたら喜んで呉れたしな。
あの子は思わないかも知れないけど、ユゥは確実に思うでしょうね。
メルが喜ぶのなら、あたしは其れで良い。
性格が悪い。
はは、お前に言われるのなら本望だ。
私は悪くないもの。
応、然うだな。
は。
なぁちび、メルと話せて良かったな。
今日はもう、しょぼくれることなんてないだろう?
……そもそも、起きないかも知れない。
はは、然うだなぁ。
……。
安心して、腹も膨れて、眠くなったんだろう。
単純で、分かりやすい奴だ。
……あなたと同じ。
あたしは、こんなに
ユゥよりも、単純。
お前には、此れくらいの方が良い。
私は迷惑。
……。
……ジュピター。
ちび……此処のところ、あまり眠れていないようなんだ。
……食欲不振の上に、寝不足。
寝台に転がれば、いつもだったら、直ぐに寝てしまうんだけどな……。
……何もしてあげなかったの。
一応、寝台に転がってはいたから。
……いい加減なひとね。
ほんのり甘いお茶か、或いは豆乳か……何か淹れてやろうかと思って、何度か声を掛けたりもしたんだよ。
……ゆうべも?
あぁ……ゆうべも。
……反応は?
しない……耳には届いている筈なんだけどな。
……。
此のまま起きなければ……今日はもう、メルの顔を見ることは出来ないな。
……起きたら。
起きても……出来れば、此処に。
……帰ってと言ったわ。
あぁ……聞いた。
……。
なぁ……こいつだけでも、メルの傍で寝かせてやることは出来ないか。
……相変わらず、甘いわね。
お前も。
……私は。
頼むよ……マーキュリー。
あまり長居はするなと……言ったのは、誰。
……長居すると、離れ難くなる。
あなたでしょう……ジュピター。
……帰らないで良いのなら、問題ない。
……。
同じ寝台でなくて良い……床でも良いんだ。
……躰が痛くなるわよ。
今のうち、慣れておかないとな……いつでも、寝台で寝られるというわけではないからさ。
……。
どんな状況、どんな状態であっても……躰は、休められるように。
……あの子に聞いて。
あの子……メルに?
……他に居ないでしょう。
あぁ、然うだった……。
……目を覚ませば、良いけれど。
ありがとう、マーキュリー。
……あなたは、
此処で良い。
……。
ん?
然うして。
応。
……。
……ところで、マーキュリー。
なに。
今日のお勉強は休ませて良いか。
……。
明日、ちゃんとやらせるからさ。
……明日、此処でやらせる。
ん、其れは良い。
……。
そろそろ、部屋に戻るか。
……ええ。
然うか……また、戻って来る予定はあるか。
……ないわ。
分かった……なら、おやすみ。
……其の前に。
うん?
……ユゥをあの子の部屋に。
あぁ、然うだな……。
……。
ん、一緒に来るか?
……あなたとじゃない。
あぁ……ちびと一緒にか。
……あの子の様子を見るついで。
うん……。
……。
ん……本当に良く寝ているな。
……此処まで、安心するものなのね。
然うだよ……。
……あなたには聞いてない。
はは……。
……。
……マーキュリーが目を覚まさなかったらって、どうしても、考えてしまうんだ。
然うしたら、然うしたで……仕方がないわ。
……。
ジュピター……。
……分かるけど、分かりたくない。
良い歳をして……。
……いつまでも、慣れないんだ。
ばかね……。
……一生、ばかだと思う。
あなたまで落ち込んでどうするの。
ん……ちびに、釣られたかも知れない。
……三人を看るなんて、嫌よ。
……。
だから……確りして。
……あぁ。
……。
メル、目を覚ますかな。
……覚まさなかったら、ユゥを寝台に置いてくれば良い。
覚まさなかったら、連れて戻れば良い……て、ん?
……二度は言わない。
今、寝台と言ったか……?
……。
床でなくて、良いのか……?
……あの子の寝台は、無駄に広いから。
然うだけど……メルに確認しなくて、良いのか。
……ユゥ。
うん……?
……。
マーキュリーが呼んでも、起きないか……余っ程だな。
……今夜だけよ。
……。
……今夜だけ。
然うか……良かったな、ユゥ。
……。
メル……驚くかな。
……こんなことはもう、初めてではないでしょう。
……。
……若しかしたら、明日は二食必要になるかも知れないわ。
然うなったら、良いな。
……ええ。
8日
もう、いいのかい?
ん……ごちそうさま、ユゥ。
良かった、食べられて。
……とっても、おいしかったから。
ありがとう、すごくうれしいよ。
でも、ごめんなさい……のこして、しまって。
ううん、いいんだ。
今はただ、メルに食べてもらえたことがうれしい。
……いつも、きてくれていたのよね。
うん、来ていたよ。
……それなのに、わたし。
メルの寝顔を見るたびに、我慢してたんだ。
……がまん?
メルのほっぺたに、触ること。
……。
さっき、触っちゃったけど……昨日まではずっと、我慢してた。
……さわってくれても、よかったのに。
触るのなら、メルにちゃんと聞かないと。
……さわっても、いいわ。
ん。
……わたしが、ねむっていても。
い、いいの?
ん……さわって。
う、うん、触る。
……ふふ。
うん?
……ユゥがさわってくれたら、わたし、めをさましたかも。
え。
ううん……やっぱり、さまさなかったかも。
……。
……?
ユゥ……?
……メル、あたしが毎日声をかけても、全然、起きなかったから。
あ……。
……触ったら、もしかしたら目を開けてくれるかなって、考えてた。
……。
でも、触っても、目を開けてくれなかったら……そんなことを考えたら、あたし、こわくて。
ユゥ……。
へ、変だよね……メルは眠っているだけで、ちゃんと、息をしているのに。
あたしね、メルの胸の動きを観察したんだ……そしたら、メルの胸はちゃんと、動いていて。
……。
ご、ごめん、勝手に観察して……。
……ううん、いいの。
メル……。
……ねぇ、ユゥ。
なに……。
ほほにさわっても、わたしのめがひらかなかったら……くちびるに、みみをよせてみて。
くちびるに……?
……こきゅうおんが、きこえるはずだから。
呼吸音……。
……むねのうごきを、かんさつするのも、いいけれど。
息の、音……。
こきゅうのおとが、きこえれば……もうすこし、やわらぐとおもうの。
……触っては、だめかな。
さわる……?
その……くちびるに。
……。
も、もちろん、きれいな手で……何回も、洗うから。
……つめたいと、おもう。
……。
つめたいくちびるでも、いい……?
か、構わない。
……ふあんに、ならない?
ふ、不安にならない……と、思う。
……やっぱり、おとをたしかめるだけのほうが。
ふ、触れたいんだ……。
……ほほだけじゃ、たりない?
た、足りない……。
……。
だ、だめかな……やっぱり。
……うつるものでは、ないから。
うつる……?
だから……だか、ら。
……メル?
やっぱり、なんでもない……。
なんでもない……?
……。
メル、顔が……。
……ん。
ほんの少しだけ、赤い気がする……。
……あたたかいごはんを、たべたから。
あったかく、なった……?
……きっと。
そっか……。
……。
あ、ごめん……。
……ううん、だいじょうぶ。
ん……。
……すこしだけでいいから、このままで。
い、いい……?
……いて。
わ、分かった……。
……。
……ねぇ、メル。
なぁに……。
明日は、何が食べたい……?
……あした?
メルが食べたいものを、作るよ……。
……。
作りたいんだ……。
……え、と。
きゅ、急に聞かれても、困る……?
……あたたかいもの。
え……?
……あたたかいものが、いい。
あったかいもの……どんなのが、いい?
……どんなの。
例えば……そう、甘い汁物とか。
……あまい、しるもの。
今なら、甘芋があるからさ……それを使えば、甘い汁物だって作れると思うんだ。
……あまいも。
甘芋だけでなく、豆も入れて……豆は、ほくほくにするんだ。
……ほくほくな、おまめ。
甘芋と豆を……そう、豆乳で煮込んでみるのはどうだろう。
かくはん機で、甘芋と豆乳をかき混ぜてもいいかもしれない。
……あまいも、そのままでもたべたいわ。
じゃあ……豆乳とかき混ぜたものに、一口大の甘芋を浮かべるのはどうだろう?
……べつにするということ?
そう、別々にする。
……。
甘芋と豆乳をかき混ぜて、その中に一口大の甘芋とほくほくな豆を入れるんだ。
……いいと、おもう。
ほんと?
ん……ほんと。
食べてみたい?
……うん、たべてみたい。
じゃあ、作ってみる!
ふふ……うん。
それで、一緒に食べられたらいいな。
……あしたは、いっしょに。
食べられるかな。
……ねむっていたら、おこしてほしい。
起こして、いいの?
ん……おこして。
……でも。
だいじょうぶ……せんせいには、いっておくわ。
だから、しんぱいしないで……?
……あたしからも。
うん……?
あたしからも、言う。
……ユゥから?
師匠にも。
……。
だめだって言われるかもしれないけど、でも、ちゃんと言った方が怒られないから。
……だめだっていわれたら、どうするの?
言われても、気にしない。
メルの方が大事だから。
……おこられたら。
怒らせておく。
……。
いいんだ。
……おししょうさんと、はなせたら。
師匠と?
……ユゥを、おこらないでって。
……。
だめ、かしら……。
……だめじゃ、ないけど。
ねぇ、ユゥ……おししょうさんを、つれてきてくれる?
え、今……?
……わたしがまた、ねむってしまうまえに。
……。
おねがい、ユゥ……。
……分かった、つれてくる。
ありがとう……。
……師匠も多分、喜ぶと思う。
そうなの……?
……メルと、話せたら。
そう……。
……メルも、うれしい?
ん……うれしい。
……そっか。
でもね、いちばんは……。
……あたし?
ふふ……。
……ちがう?
ちがわない……。
……。
……ねぇ、ユゥ。
なぁに……メル。
……もうすこし、ちかくに。
うん、いいよ……。
……ては、はなさないで。
分かった……離さない。
……。
……これで、いい?
ん……。
……。
ユゥ……さわっても、いい?
うん……触って、メル。
……つめたい、けど。
平気だよ……。
……。
……へへ。
やっぱり、つめたい……?
……メルの手、気持ちいい。
……。
気持ちいい……。
……ユゥの、ても。
熱くない……?
……きもちいい。
良かった……。
……。
……あのさ。
なぁに……。
……甘芋と豆の汁物の作り方。
……。
……師匠にも一応、聞いてみるよ。
いちおう……?
もしかしたら、知らないかもしれないだろ……だから、一応。
……おししょうさんに、しらないりょうりなんて、あるのかしら。
師匠は、なんでも作れるって言うけど……それでも、知らない作り方はあるかもしれない。
おししょうさんなら、たとえしらなくても……きけば、じょうずにつくってしまいそう。
……だと、しても。
ユゥ……。
……あたしは、自分で考えたものを、メルに。
ありがとう……。
……メル。
あのね、ユゥ……。
……うん。
わたしは……ユゥがつくってくれたものが、すきよ。
……でも、師匠が作ったものも。
おししょうさんがつくってくれたものも、おいしいけど……。
……もっと、美味しく作れるようになるよ。
いまでも……じゅうぶんに、おいしいわ。
……もっと、上手に作れるようになりたいんだ。
おししょうさんより……?
うん、師匠より……メルが食べたら、すぐにあたしが作ったものだと気が付くように。
……あ。
なんだったら、此の世界の誰よりも美味しいものを作れるようになりたい。
……せかい。
どんな、月の民よりも……。
……。
……?
メル……?
……つきのたみは、つくらない。
え……?
……しょくじを、つくらないの。
え、と……どういうこと?
せんせいが、おしえてくれたの……つきのたみは、わざわざ、しょくじをつくったりはしないと。
食事を作らないって……じゃあ、何も食べないの?
ううん、たべないわけではないわ……ただ、しょくじをつくらないだけ。
作らないで、どうやって食べるの……?
……はいきゅうされているものが、あるらしいの。
はいきゅう……。
……それは、つきのみやから、わけあたえられる。
わけあたえ……。
……たべものが、くばられるの。
それを、食べる……?
……そう、みたい。
それは、そのまま食べるの……食べられるの?
……たべられる。
それって……美味しいの。
……あじは。
美味しいなら……いいけど。
……せんせいは、たべられれば、それでいいと。
それ……多分、美味しくない。
……わたしも、そうおもって。
もしかして、食べてみたの……?
ううん……おししょうさんに、きいてみたの。
師匠に……いつ?
ユゥが……たんれんごの、おひるねをしているとき。
……メルは、してなかったの?
めが、さめてしまって……そうしたら、おししょうさんがいたから。
……起こしてくれれば、良かった。
よく、ねむっていたから……。
……師匠は、なんて。
おいしくない……なんだったら、まずいって。
……不味い。
だけど、つきのたみは……それをずっと、たべつづけているんだって。
……不味いと、思わないのかな。
おもわない、みたい……。
……やだな、それ。
……。
ごはんは……手間がかかったとしても、美味しい方がいい。
……そうかんがえるひとは、つきには、あまりいないの。
……。
……つきのみやでも。
変わり者。
……え。
師匠は……ううん、「ジュピター」は。
……だれが。
なんとなく、そう思った。
……。
なんだろう、この辺から聞こえてきたんだ。
……れきだい。
れき……?
ううん……なんでもない。
そっか。
……おししょうさんに、きいたのではないの?
聞いてない。
……。
でも、あたしは「変わり者」でも構わない。師匠もきっと、全然、気にしてないと思うし。
それよりも、美味しいものを作って……メルと、「マーキュリー」と食べたい。
……ユゥ。
あ、先生のことじゃないよ。
……。
先生も含まれているけど……先生のことじゃなくて。
だいじょうぶ……わかってるわ。
う、うん。
……ねぇ、ユゥ。
な、なんだい……。
……くちびるに、ふれて。
くちびるに……。
……そう、くちびるに。
て、手を、洗ってくる。
……ううん、てじゃなくて。
手じゃ、ないの……?
……。
メ、メル……。
……ユゥが、その、いやじゃなかったら。
い、いやじゃない……っ。
……ん。
あ、ご、ごめん……。
……ふふ、びっくりした。
き、聞こえたかな……。
……ふたりに?
聞こえてたら……ん。
……だいじょうぶだと、おもうわ。
そ、そう……?
……そこまで、おおきなこえではなかったから。
……。
ん……ユゥ。
……いい?
……。
ふ、ふれても……。
……う、ん。
……。
……ん。
……。
……ユ、ゥ。
あしたも……また、さわってもいい?
……ねむって、いても。
……。
ん……。
……あまい。
つめたく、ない……?
……きにならない、ぜんぜん。
……。
あぁ、でも。
……な、に。
心配、かな……あんまり、冷たいと。
……もともと、つめたいけど。
あっためてあげたい……。
ん……ユ、ゥ。
……。
……ね、ぇ。
なに……。
……だきしめて。
あたしも……だきしめたい。
……かえせないかも、しれないけど。
いいよ……その分、あたしが抱き締めるから。
……。
……メルが、早く、元気になるように。
はやく……あなたと。
……また、遊ぼう。
たんれんと、おべんきょうも……。
……ん、もちろん。
それから……ごはんを、いっしょにつくりたい。
うん……また、一緒に作ろう。
……いっしょに、たべたい。
食べよう……一緒に。
……。
……もう、一度だけ。
……。
ん……。
……。
……メル。
ユゥのくちびるは、あたたかい……。
……いや、かい?
……。
……。
……いやなわけ、ない。
うん……よかった。
……ね。
なぁに……。
……おべんきょうが、おわったら。
また、来るよ……帰る前に、メルの顔を見たいから。
わたしは……またあしたって、いいたい。
あぁ……うん、あたしも言いたい。
……ねむっていたら、おこしてね。
うん……くちびるにふれて、おこすよ。
……やくそく。
ん、やくそく……。
……。
……じゃあ、また後でね。
うん……また、あとで。
7日
ちび、戻ってこないな。
……こうなることは、あの子に持って行かせると決めた時点で、分かっていたでしょう。
思っていたよりも、遅かった。
……然うかしら。
昨日で丁度、一週間だったろう?
……昨日も今日も、大して変わらないわ。
お前は然うかも知れないが、しょんぼりしているちびを見るのはちょっとな。
……。
日に日にしょんぼり具合が上がっていくんだよ。
昨日の帰り道なんて、一言も喋らなかったくらいだ。
……帰ってからは?
帰ってからも、ほとんど喋らなかったな。
黙々と鍛練をして、飯を作って食って、さっさと寝台に転がっていた。
……勉強は?
あぁ、勉強もちゃんとしていたよ。
……様子は?
一所懸命にやっているみたいだが、メルが居ないからか、なかなか覚えられないみたいでな。
ぶつぶつと何かを唱えていたと思ったら、急に静かになって、机に突っ伏したまま動かなくなっている。
……あなたが見てあげれば良い。
まぁ、あたしが見てやっても良いんだけど、な。
……まさか、分からないとでも?
今夜あたり、見てやろうと思っていたんだ。
……どうだか。
でも、此の様子だと大丈夫かも知れないな。うん、屹度大丈夫だろう。
あいつは単純だから、一言だけだったとしても、メルと話すことが出来れば元気になる。
いや、メルが目を覚まして呉れるだけでも良い。其れだけでも、あいつは安心するだろうから。
……はぁ、使えないわね。
あたしでは駄目なんだよ、メルでないと。
……何が駄目なの。
メルがこうなってからというもの、あいつのやる気はずっと引っ込んだままだ。いや、萎んだままと言った方が良いか。
勉強だけじゃない、躰の動きも酷くなっていく一方でな。鍛練は一応、欠かさずに続けてはいるが、其の動きはまさに腑抜け其のもの。
あれは間違いなく、惰性で動いているだけだろう。躰が動くから、なんとなく動かす……ただ、其れだけだ。
……。
全く意味がないわけではないから、やらせてはいるが。
……手合せは?
今となっては、到底無理だ。
……。
腑抜けた状態では、構えは取れるかも知れないが、まともな動きなんぞ出来やしないだろう。
一撃でも喰らえば、大地に転がって、其のまま動かなくなることは目に見えている。
……あの子が倒れてから、何度したの。
結局、初めの頃に何度かしただけだ。
単調な鍛練も良いが、手合せの方がより気が紛れるだろうと思ったんだが。
……間違いではないわね。
メルが倒れて、二日くらいまでは未だ良かったんだ……だけど、三日目あたりから、目に見えて動きが悪くなった。
鈍ったと言うわけじゃなく、単純に躰が反応していないんだ。だから、まともに入ってしまう。
加減していたから良かったが……でなければ、骨の一本や二本じゃ済まなかったかも知れない。
……左手首、右脇腹、右臑、計三か所の打撲。
あぁ、打撲で済んで良かったよ。
……其れでも、完全に痛みが引くまでに五日掛かったわ。
いつもだったら、三日程度で治るんだけどな。
若しも、骨折をしていたら……一週間では治らなかったでしょうね。
二週間は掛かるかも知れない。
……。
やる気と言うのは、治癒力にも影響が出るものなのか?
他人事のように……あなたも、然うでしょう。
あたしも、然うだったか。
……今でも、然うよ。
む。
……良く似ているわ。
んー……。
……似なくて良いのに。
あいつ、さ。
……。
お前が手当てをしている間、うんともすんとも言わなかったろう?
いつもだったら、我慢しているのが直ぐに分かると言うのに。
……反応が薄かったわ。
あたしが考えている以上に、あいつの状態は悪くなるのが早かった。
兎に角、全身に力が入っていないんだ。受け身すら危うい。
……今は。
今はひとりで出来ることだけをやらせて、あたしとの鍛練は休ませている。
此処であいつまで大きな傷を負ってしまったら、大変だからな。
……今、あの子がやる気を見せるのは。
メルの為に食事を作ることだけ、然う言っても過言ではない。
……他に何か、変わったことは。
最近は、ごはんを食べる元気もなくなってきている。
……食欲不振?
いつもより、半分くらいしか食べないんだ。ゆうべなんぞは、麦餅ひとつ食っただけだったよ。
其れでは幾らなんでも足りないだろうと思って、もっと食うように言ったんだが……どうにも、食いたくないらしい。
果実でも良いから、食えれば違うんだけどな。
……今朝は?
何も塗っていない、何も挟んでいない、薄麦餅をひとつ。
……間違いなく、低下しているわね。
戻って来たら、此れを食わせるつもりだ。
多分、幾らかは食えるようになっているだろうから。
……。
躰だけでなく、心の方も心配なんだ。
此の状態が長く続けば、あいつも参ってしまう。
……あなたが珍しく、あの子のことを心配しているのは分かったわ。
あまりにも静かだと調子が狂うんだ。
背中をよじ登ってくるぐらいで丁度良い。
もう、しないでしょうね。
だよな。
其れで。
応。
素直に分からないと言ったらどうなの。
応?
あの子がしている勉強。
いや、分からなくはないんだ。
本当に?
本当だ。
そもそも、覚えているの?
あぁ、ちゃんと覚えている。
……。
一昨日だったか、あいつが机に突っ伏して眠っている間に覗いてみたんだ。
あまりにもぶつぶつ唱えているから、どんなに難しいものなのか、いい加減気になってさ。
……其れで、分かったと。
あぁ、お前に教わった範囲内だったからな。
あれならば、解き方も教えられるだろう。
で、あるならば。
けれど、今言った通り、あたしでは無理だ。あたしが教えたところで、十中八九、あいつの頭には残らないし、入りもしない。
其れどころか、投げ出してしまうかも知れない。今のあいつがあたしから教わりたいことは、メルの為の食事、汁物の作り方だけだ。
……。
兎にも角にも、メルのことで頭がいっぱいになっていて、其れ以外のものは何も受け付けないんだよ。
……復習は、捗りそうにないわね。
あの調子じゃ、難しいだろうな。
……困った子ね。
今は、未だ。
……いずれ、たまごは孵らなければならない。
其れまで、未だ時間はある。
……。
時間は掛かっているが……メルは、大丈夫なんだろう?
……ええ、問題ないわ。
然うか……なら、あいつも大丈夫だな。
水気は不安定なものだから、こういったことは良くあることなの。
然うみたいだな……雷気も厄介だが、水気もなかなかだ。
……もう少し、抑えられるようになれば。
なぁ、マーキュリー。
……なに。
腹は、空いてないか。
……突然、何。
あいつが作った赤茄の汁物、一緒に食べないか。
……。
味見をしたが、結構、美味いぞ。
……食べてあげても良い。
ん、然うか。
なら、待ってろ。
待たない、自分で
やらせて呉れ。
あぁ、然う。
なら、早くして。
応、早くする。
……。
懐かしいだろ。
何が。
忘れたのか?
あなたと一緒にしないで。
ふふ、だよな。
……。
ほら、マーキュリー。
偉そうね。
お待たせしました、マーキュリー。
大袈裟。
待たせたな、マーキュリー。
待ってない。
……はい、マーキュリー。
ありがとう。
どう
まぁ、あなたがやらせて欲しいと言ったのだけれど。
ん、だな。
……。
お前にも、色々作った。
頼んでない。
頼まれていなくても、あたしは勝手に作って、お前に食わせた。
余計なお世話。
少しでも早く、元気になって欲しかった。
食べなくても其のうち、回復した。
心配だったんだ。
知ってる。
だから、あいつの気持ちは分かる。
でしょうね。
メルは、食えているんだよな。
量は食べられないけど。
ひとりで食えるようになったのか。
いいえ、未だ。
未だ、手は。
握力に、難あり。
握力か……なら、匙でも難しいな。
……。
どうだい、結構美味いだろう?
……ええ、あなたが作って呉れたものより美味しいわ。
其れはないな。
……何故?
お前がメルではないからだよ。
……何其れ。
メルだったら、あたしが作ったものよりも美味しく感じかも知れない。
私も美味しく感じているわ、あなたが作ったものよりも。
然うか、ならば然ういうことにしておこう。
あなたが作ったものは、もう。
うん、あたしが作ったものと同じくらい、あいつが作ったものも美味いな。
初めて作ったわりには上出来だ。明日は、何を教えるかな。何か、希望はあるか?
……別にないわ。
何もないか?
大体、私の希望を聞いてどうするの。
あの子が食べられそうなものを作るべきでしょう。
其れも、然うだな。
……。
……なぁ、マーキュリー。
なに、ジュピター。
同じくらい、美味い。
其れじゃ、駄目か?
……駄目。
こ、此れからも、食べて欲しい。
……どうしようかしら。
頼む、マーキュリー。
……頼むことなの?
お、お願いの方が良いか?
……どちらも、要らないわ。
お、おぅ……。
……。
……もう、食べて呉れないのか。
食べてあげても良いわ。
あ。
どうせ、勝手に作って呉れるのでしょうから。
応、此れからも作るぞ。
……口に合わなかったら、食べないけれど。
ん、分かってる。
だから、美味いものを作る。
……。
もっと食べるかい?
……ううん、もう良い。
然うか。
……あなたが作ったものと、少し、味が違う。
うん?
なんでもない。
今度、あたしが作ったのを食うかい?
気が向いたら。
応、其れで構わない。
……。
なぁ。
……なに。
メルは、知ってるのか。
……何を。
あいつが作っていること。
……。
まぁ、知ってるよな。
言ってない。
あ?
私からは、何も言っていない。
……どうして?
自分で気が付いた方が良いでしょう?
……。
なに。
……いや、なんでもない。
言いたいことがあるのなら。
お前らしい。
あぁ、然う。
確かに、自分で気付いた方が良いかも知れない。
どうして然う思うの。
マーキュリーのたまごだから、だ。
……。
自分のジュピターが取りそうな行動くらい、把握出来ないとな。
……其れもある。
其れも?
……。
マーキュリー?
ご馳走さま。
……。
私は部屋に居るから。
あたしも
あなたは此処で、あの子が戻って来るのを待っていて。
……。
戻って来たら、呼んで。
ん……分かった。
……。
メルの様子は、見に行かなくても良いのか?
ユゥが見てきて呉れるでしょう?
……。
あの子に何かあれば、直ぐに戻って来て報告して呉れる。
あの子は然ういう子だと、あなたも知っているでしょう?
……然うだな。
今日は昨日よりも、食べることが出来ているかも知れない。
昨日までは。
良くて、三口。
……口に。
然ういうわけではないわ。
……味覚。
美味しいとは、言っているから。
……ふり。
では、ないわね。
……分かるのか。
私を誰だと思っているの?
……あたしの大切な
ジュピター。
ん。
甘いお茶でも淹れて。
……分かった、直ぐに淹れる。
……。
淹れたら、部屋に
其の必要はないわ。
うん?
戻ったら、あなたが持って来るでしょう。
でないと、飲めないだろう?
待っていてあげるから、早く淹れて。
……。
何をしているの?
……あいつが戻って来るのを、待っていて呉れるのか?
いいえ、違うわ。
あくまでも、あなたが私の部屋に来るのが嫌なだけ。
……。
早く淹れて、ジュピター。
分かった、ゆっくり淹れる。
早く淹れてと、言っているのだけれど。
応、然うだな。
まぁ、座って呉れ。
嫌よ。
然う言わず、な?
そろそろ、ちびも戻って来るかも知れないし。
戻って来ないと思うわ。
ちびの嬉しそうな顔、お前も見たいだろう?
別に。
ん、然うだよな。
屹度、嬉しそうに話して呉れるに違いないぞ。
ジュピター。
ちびの話を聞いてやって呉れ、マーキュリー。
話なら、後でも聞けるわ。
聞けるけど、ちびは直ぐにお前に話したいかも知れない。
はぁ。
ん、決まりだな。
お茶、早く。
応、待ってろ。
待てない。
6日
-Salmorejo(前世・少年期)
……メル。
……。
赤茄のあったかい汁物、師匠に教わって作ってみたんだ……。
……。
赤茄の他に麦餅と大蒜、それから塩と胡椒をほんの少し入れてね……先生が作ってくれた、かくはん機でかき混ぜるんだ。
麦餅が入っているから、少しとろみがあって……あまり食べられなくても、たとえ一口だけでも、お腹は満たされるだろうって。
もちろん、栄養もあるんだよ……これを一口でも食べれば、きっと、元気になれる……先生が、そう言ってたんだ。
……。
でさ、冷たいのよりあったかい方がいいだろうって師匠が言ったから、あったかいのにしたんだ。
ここに、置いておくから、良かったら食べてね……あ、でも、無理はしないでいいからね。
……。
冷めても、おいしいんだけど……あったかい方が良かったら、すぐに言って。
あったかいものと、取り替えるからさ……心配しないで、冷めたのはあたしがちゃんと食べるから。
出来れば、メルと食べたいけど……多分、難しいよね。
……。
メル……元気になったら、また一緒に遊ぼう……お勉強も、しよう。
うん、ひとりでもちゃんとお勉強してるよ……けど、ひとりじゃ難しくて。
今は、復習をしているんだけど……なかなか頭に入らなくて、覚えられないんだ。
……。
あのね、メル……メルがいないと、だめなんだ。遊んでいても、ひとりじゃつまらないんだ。
先生と師匠はいるけど……やっぱり、メルがいないと……あたし、さびしいんだ。
……。
このまま、メルのそばにいたい……けど、長居はするなって、師匠に言われてるんだ。
先生は、少しくらいならいいって言ってくれたんだけど……長居すればするほど、離れられなくなるって。
あたしも、そう思う……ううん、今、そう思った。
……。
メル……また後で、様子を見にくるね。
これからまた、復習するんだ……それが終わったら。
……ゥ。
メルが、少しでも早く、元気になりますように……。
……。
メルが元気になるんだったら……あたしは、なんでもするから。
……ユゥ。
え。
……きて、くれたの。
メルっ。
……ん。
あ、ごめん……。
……うぅん。
メル……あの。
きてくれて、ありがとう……。
あ、あたしが、来たかったんだ。
……うれしい。
メル……。
……それ、なぁに。
え、どれ?
……そのうつわに、はいっているもの。
あ、これはね、赤茄のあったかい汁物だよ。
……だれが、つくったの。
あ、あたしが、作ったんだ。
……ユゥが?
作り方を師匠に教わって、先生が作ってくれたかくはん機で……作ったんだ。
……そう。
もしも、もしもね、食べられそうだったら……その、食べて欲しい。
食べられたら、きっと、元気になるって……先生と師匠が言ってたんだ。
……。
あ、でも、食べられそうになかったら、無理はしないで。
……でも、せっかく、ユゥがつくってくれたから。
い、いいんだ。
また、作るから。
……もったい、ないの。
大丈夫だよ、あたしがちゃんと食べるから。
もしも残っても、先生と師匠が食べてくれると思うから。
……。
だから……今は、無理しないでいいんだ。
……あのね、ユゥ。
あたし、もう行かなくちゃ。
……あ。
行かないと……メルのそばに、ずっと、いたくなっちゃうから。
……いって、しまうの。
う、うん……これから、お勉強をするんだ。
……なんの、おべんきょう?
今まで習ったことの復習……新しいことは、メルが元気になってからだって。
……わたしが。
……。
ん……ユゥ。
ご、ごめんよ……勝手に、触って。
……ううん、きにしないで。
……。
わたし……あつい?
ううん……あつくない。
……つめたい?
いつものメルより、ひんやりする……。
……かお、しろい?
うん……白い。
……。
メル……今、メルは。
……すいきが、あんていしないの。
すいき……。
どうしても……じょうずに、できなくて。
で、出来るよ、メルなら。
……。
今は出来なくても、きっと、必ず。
……そうだったら、いいな。
あ。
いつか、わたしも……せんせいのようには、できなくても。
ご、ごめん。
……どうして?
い、いいかげんなことを、言ったかも、しれないから。
……いいかげん?
師匠に、いい加減なことは言うなって……言われた、ばかりなのに。
……どうして、いわれたの?
あたしが……あたしが、メルを元気にするんだって。
……。
そう言ったら、お前に出来ることなんて、そんなにない……いい加減なことを、言うなって。
……あぁ。
でも……でも、メルが少しでも元気になるように……なれるように、あたしはあたしが出来ることをしたいって。
出来ることが、そんなになくても……全然、ないわけではないと思うから……だから。
だから……つくって、くれたの。
う、ん……いつも、作ってる。
……いつも?
メルが目を覚ましたら、いつでも食べられるように……。
……もしかして、きのうも。
き、昨日はね、麦餅入りの玉葱の汁物を作ったんだ……麦餅には乾酪をかけて、それから、軽く焼いて。
……おととい。
一昨日は、えと……そう、芋と玉葱と赤根を豆乳で煮たんだ。
赤根は細かく切って、芋はとろみをつけるのに潰して、玉葱はとろけてしまうまで煮込んで。
……さきおととい。
さ、一昨昨日は……なんだっけ。
……すずなとおまめ、それから、おおむぎがはいったもの。
そう、それだ。
……どれも。
先生がしばらくの間は、お腹に優しい汁物がいいだろうって……だから、色んな汁物を師匠に教わってるんだ。
……。
あ、あたしが、いなくても……たとえ一口だけだったとしても、メルが食べてくれたら、うれしい。
せ、先生から、聞いてるんだ……あまり食べられなくて、ほんの少しだけど、それでも、食べてくれてるって。
……どれも、おいしかった。
え。
……とても、おいしかったの。
ほ、本当?
……ほんとう。
あ、あぁ、良かった。
明日もまた、作るからね。
……しらなかった。
え?
……わたし。
う、うん。
わたし……おししょうさんが、つくってくれているんだと。
ち、違うよ、師匠じゃないよ……。
……ずっと、ユゥが。
も、もしかして、し、師匠の方が、よ、良かった?
……ううん、ちがうの。
あ、あたしで、良かった……?
……う、ん。
あ、あぁ……良かったぁ。
……ずっと、ユゥがつくって。
うん……ずっと、あたしが作ってる。
……。
メルが、元気になるまで……あたしがずっと、作るんだ。
……ごめんなさい。
へ。
……ごめんなさい、ユゥ。
な、なんで謝るの?
……いままで。
あ、あたしばかりじゃない方が、いい?
し、師匠が作ったのも、食べたい?
……いままで、きがつかなくて。
きが?
……きがつかなかったの。
な、なんだ……い、いいよ、そんなこと。
……。
メル……いいんだ。
……せんせいが、おしえてくれていたら。
先生は、多分。
……。
誰が作ろうと、メルが食べられればそれで良かったんだと思う。
……ごめん、なさい。
メル、本当に気にしないで……あたしなら、気にしてないから。
……でも。
今、知ってくれたろ……だから、いいんだ。
……。
ね、今はどう……?
……いまは。
その……食べられそう?
……。
あ、別に後でもいいんだ。
……たべたい。
あ……。
……わたし、たべたい。
た、食べられる……?
……すこし、なら。
そ、そっか……。
……ねぇ、ユゥ。
な、なんだい?
……はげましてくれて、ありがとう。
……。
わたしなら……きっと、できるって。
メル……うん。
……。
あたし……そろそろ、行かなくちゃ。
……いってしまうの。
先生と、師匠が……待ってると思うから。
……。
メル、また来るよ……勉強が終わったら、すぐに。
……いかないで。
え……。
……わたしが、たべているあいだだけで、いいから。
……。
そばに、いて。
……いいの。
ユゥに……いて、ほしいの。
い、いる。
……ん。
いるよ……メル。
……もしも、しかられたら。
気にしない。
……わたしが、ねだったからだと。
言わないよ。
……いって、ほしいの。
ううん、言わない……。
……おねがい、ユゥ。
メル……。
ふたりに……ちゃんと、いって。
……でも。
おねがい……。
分かった……ちゃんと、言う。
……やくそく。
うん……やくそく。
それで……もしも、うたがわれるようなことがあったら。
大丈夫だと、思う。
……。
た、多分。
……わたしに、いってね。
……。
……おししょうさんに、じじょうをはなすから。
あ、ありがとう。
でも、大丈夫だと思うんだ。
……いやなの。
いや……?
……わたしの、せい、で。
メル……?
……はぁ。
く、苦しい?
ん……へいき。
す、少し、休もう。
……もう、やすんでいるわ。
そ、そうだけど。
……ふふ。
メ、メル……?
……ユゥがいてくれて、うれしい。
……っ。
ありがとう……ユゥ。
あ、あたしも……ありがとう。
……どうして。
メ、メルと、話せて……その、うれしいから。
……。
あ、あのね、メル。
……なぁに。
ひとりで、食べられる……?
……。
よ、良かったら、て、手伝う、よ……。
……からだ。
か、からだ……?
……ささえてもらっても、いい?
も、もちろん。
……あのね、ユゥ。
な、なに?
……さめてしまうまえに、たべたい。
わ、分かった。
……わがままを、いって。
全然、構わない。
……。
メル……いいかい?
……うん、ユゥ。
よし……。
……。
……このまま、支えているね。
ありがとう……。
……どういたしまして。
……。
器、持てる?
良かったら あたしが持つよ。
……ううん、そのままで。
そのまま?
……さじだけ。
さじだけ……。
……さいきんは、そうやってたべているの。
……。
……おぎょうぎ、わるいわよね。
ううん……そんなこと、ない。
……。
さじ、取ろうか。
……いい?
ん、もちろん……。
……。
……はい、メル。
ありが……あ。
メル。
……また。
大丈夫かい?
……よごして、しまった。
これくらい、なんでもない。
……。
あたしが洗うから、心配いらないよ。
……ユゥ、わたし。
大丈夫……大丈夫だ、メル。
……ほんとうは、ひとりでたべられないの。
え……?
……ごめんなさい、だまってて。
力が、入らないの……?
……てが、いうことを、きいてくれないの。
そんな……。
……すいきが、とどまって。
両方……?
……。
そんなことって……。
……おちつけば、また、うごくようになるって。
いつもは、どうやって食べているの?
……せんせい、に。
……。
ユゥが、いてくれるから……できると、おもったの。
……そっか。
ごめんなさい、ユゥ……ごめんな、む。
謝らないで。
……。
……あたしが、メルの手になるよ。
ユゥが……。
先生のようには、出来ないと思うけど……精一杯、がんばるから。
……。
いやかい……?
ううん……いやじゃ、ないわ。
良かった……。
……。
少しずつが、いいよね。
できれば……さじの、はんぶんくらい。
半分……えと、これくらい?
……ん、それくらい。
ん、分かった……。
……。
……メル、どうぞ。
あ、まって……。
……うん?
そのまえに……。
……うん。
いただき、ます……。
……。
……いいたかったの。
そっか……うれしいな。
……。
それじゃあ……めしあがれ、メル。
……ん。
……。
もう、すこし……。
……こう、かな。
……。
……大丈夫?
ん……。
……。
……はぁ。
ど、どう……?
……おいしい。
あ……。
……とても、おいしいわ。
5日
堅物たまごは、あれから何か言ってきたかい?
早速、己の名の文字を知りたいと言ってきたわ。
矢っ張り、マーキュリーに直接?
ええ、今回も直接。
今回は水星の民も居たろう?
其れでも、私に向かって真っ直ぐと歩いてきた。
そして、マーキュリーの目を見て。
先ずは、己の名を覚えたいと。
あたしは居た?
ええ、居たわよ。
いつ。
あなたが丁度、木星の民達に囲まれて質問攻めに合っていた時。
あぁ、あの時か。
だから、居なかったでしょう?
居なかった……と、思う。
あなたはジュピターに聞かなくても良いの?
此の機会に、聞いておきたいことはないの?
うん?
然う、聞いたのだけれど……あなたには特に、聞くことはないと。
……あたしよりも、マーキュリーか。
特段、驚いた様子もなく落ち着いていたわ。
まぁ、良いけど。
まるで、あなたは出来て当然と言わんばかりだった。
……出来て?
尊敬されているのね、あなたは。
そん、けい?
多分、だけれど。
そんけい……尊敬?
そんなに繰り返すこと?
いや、聞いたことのない言葉だから。
聞いたことぐらいはあるでしょう。
マーキュリーを尊敬するのなら、理解出来る。
私を、何故?
あたしも、尊敬しているから。
は?
だから、木星のたまごがマーキュリーのことを尊敬するのは分かるんだ。
尊敬?
あなたが私を?
うん、尊敬してるよ。
子供の頃から、ずっと。
尊敬……尊敬?
そんなに、繰り返すことかい?
……あぁ、然う。
うん、然うなんだ。
其れで、どうして木星のたまごが私を尊敬することになるのかしら。
本来ならば、あなたが尊敬されるべきでしょう?
簡単に言ってしまえば、マーキュリーは誰よりも頭が良いからだ。
……簡単すぎるわね。
戦術、戦略だけでなく、色々難しいことを考えている……考えて、自分達に分かりやすく指示を与えて呉れる。
私は作戦の説明をしているだけよ。
言ったろう、木星の民はマーキュリーを信用していると。
……聞いたわね。
であるならば、尊敬していても何らおかしなことではない。
……ジュピターである、あなたではなく?
マーキュリーは、あたしよりもずっと記憶力があって、賢いだろう?
其れは、然う。
うん。
けれど、ジュピターのようには戦えないわ。
躰力や筋力、戦力……特に、守りの力に特化されている木星の民のようには決して。
あたしもマーキュリーのようには戦えない。
先の先、更に其の先のことまで、とてもじゃないけれど考えられない。
思考能力に特化されている水星の民のようには決して出来ない。
木星の民は本来、ジュピターを尊敬するものでしょう?
稀な存在が居るのならば、マーキュリーを尊敬する者が居たっておかしくはないさ。
……例外。
では、ないと思うな。
……中には、マーズを尊敬する者も居ると?
あー、其れはどうだろうな。あまり合わないからな……戦い方もだけれど。
あたし達は守りに特化されているけれど、マーズは守りを捨てて斬り込んで行くところがあるだろう?
然ういう戦い方は、木星の民達は好まないんだ。マーキュリーに命令されれば、従うけれど。
戦は好みでするものではない。
だから、マーキュリーの命令ならば素直に従う。
仮令、命を懸けることになっても。マーキュリーならば、信用出来るから。
……。
故に、マーキュリーを尊敬する者が居たって、おかしくはない。
……他にも居るのかしら。
んー、居るかも知れないな。
……あなたは、其れで良いの?
良いどころか、誇らしいよ。
誇らしい?
あたしのマーキュリーが、民達に尊敬されて。
ん。
おかしいかい?
別に、おかしくはないわ。
うん、良かった。
……まぁ、良いけれど。
だけど、其れにしてもだ。
……。
守護神、ましてや直属でもないのに直接お願いするだなんて、相変わらず、肝が据わっているたまごだな。
マーキュリーでなければ、声を掛けるどころか門前払いだ。いや、門前にすら届かないかも知れないぞ。
運が良ければ、民が言伝を引き受けて呉れる。
悪ければ、無礼者として其の場で処罰される。
今一度、皆に礼節を教えた方が良さそうだな。
信用及び尊敬することは構わないが、礼節を弁えよ、と。
信用及び尊敬していない場合は?
全く信用していなくても、寧ろ信用していないからこそ、礼節を弁えなければならない。
でなければ、うっかり首が宙を舞ってしまうかも知れない。あたしの知らぬところで、そんなことがあっては困る。
ふ。
ん?
あなたが、木星の民に礼節を?
ふふ、面白いことを言うわね。
あたしとしては、うっかり処罰されたら困るんだ。
育てた民だけなく、見込みがありそうなたまごがそんなことになったら、勿体ないだろう?
確かに、そんなくだらないことで処罰されては勿体ないわね。
であるならば、礼節も教えなければ。
あなたに教えられるの?
マーキュリーと一緒に。
私も?
マーキュリーの言うことならば、素直に聞く。
あなたの言うことは?
ある程度は素直に聞くだろうが、マ―キュリーと一緒だとより聞いて呉れる。
私、忙しいのだけれど。
知ってる。
木星の民ばかり、構っている時間はないのだけれど。
あたしに何か出来ることはないか?
あなたに?
水星の民達に。
あると思う?
ん……矢っ張り、ないかな。
其れが、あるのよね。
あるのか?
ええ、あるわよ。
あたしに出来ることなら、なんでも言って欲しい。
鍛練。
……え?
だから、鍛練。
思考力及び記憶力はあるのだけれど、躰力は大分心許ないから。
……其れなら、もうしているよね?
してるわね。
……其れこそ、歴代で。
然うね、ずっとしているわ。
……此れまでに、途切れたことなんて。
木星と水星の関係が途切れたという記録は、不思議と残っていないのよね。
先代、先々代、其の前からずっと途切れることなく、変わることもなく、連綿と続いている。
……其れは、あたし達の代でも。
試しに、
其れは駄目だ、出来ない。
然う。
マーキュリー、好奇心だけで滅多なことは
はいはい、もう言わないわ。
二度と、だ。
はいはい、もう二度と。
「はい」は、一回。
はーい。
もう、マーキュリー。
一回しか言っていないけれど?
「はい」は伸ばさない、やり直し。
えぇ。
えぇ、じゃない。
師匠じゃないんだから。
考えてみれば、私もお師匠さんに育てられたのよね。
……。
ん?
……全部、師匠のせいだ。
ふふ、たまには面白いでしょう?
面白いけど、面白くない。
あたしは真面目な話をしているのに。
あら、私も真面目よ?
……。
ふふ。
……く、可愛い。
何か言った?
マーキュリーは、ずっと、可愛い。
其れ、お師匠さんも先生に良く言っていたわ。
師匠はもう良いから。
良いの?
良いの。
今は、其れよりも。
鍛練以外に出来ること?
然う、鍛練以外にあたしが出来ること。
然うねぇ。
何か、ない?
鍛練以外ならば、演習。
演習?
単独演習、若しくは、合同演習。
木星の民と水星の民を半々に分けて。
……其れも、ずっとしているな?
しているわね、ずっと。
此の間も良い記録が取れたわ。
あたしに、出来ることは……他に、何もない?
……。
マーキュリー……。
……甘味でも、作って。
甘味……?
……然う、甘味。
其れも、たまにしているけど……。
……残念ながら、其れが一番なのよ。
一番……一番って。
……民達の仕事の効率が上がるだけでなく、其の心も掴むことが出来る。
……。
頭が疲れると、甘いものが無性に欲しくなるのよね。
よぉし、分かった。
……分かったの?
心を掴むかどうかは分からないけど、今度、水星の民達に甘味を作ろう。
手間の掛からない、簡単なもので良いわよ。
簡単で、美味しいものを作る。
其れで、どうだろう?
十分。
勿論、マーキュリーにも作るよ。
私は別に
あたしと、ふたりで食べよう。
仕事中には食べさせないつもり?
いや、其れとは別だ。
別?
仕事中に食べるものとあたしとふたりで食べるものは、其々、別々に作る。
ふたりで食べるものには、美味しいお茶もつける。
いつも通りね。
うん、いつも通りだ。
甘味のこと、皆には言わないでおくわ。
ん、言わないのか?
あなたはいつも、唐突だから。
まぁ、確かに。
其れに、其の方が面白いから。
面白い?
皆の反応が。
……。
あなたが伝えておいて欲しいと言うのなら、
マーキュリー。
なぁに?
其れはあたしも面白いと思う。
……。
皆が驚いて、そして、喜んで呉れたら、あたしは嬉しい。
……では、言わないわ。
マーキュリーにも、言わない。
私にも?
驚かせたいから。
私は驚かないわ、ただ、いつも通りだと思うだけ。
其れが良い、其れで良い。
然う……なら、其れで。
うん。
……ふ。
ん、なんだい?
あなたは……いえ、あなたも、水星の民に慕われて、尊敬されている。
あたしも?
先代も、先々代も……其の前から、ずっと。
……記憶力もなくて、賢くもないけど。
あなたには……「ジュピター」には、「知性」がある。
……知性。
培われたもの……水星の民が、好むもの。
……あるかな、「知性」。
あると思うわ……現に、慕われているのだから。
……メルのおかげだ。
私は……何も、していない。
そんなことはない、してもらってばかりだ。
……先生に。
先生だけでは、駄目なんだ。
自分のマーキュリーでなければ。
……ん。
マーキュリー……メル。
……駄目よ、ジュピター。
……。
……今は未だ、マーキュリーで。
ん、分かった……。
……。
あたしに……「ジュピター」に知性があるのは、「マーキュリー」が居て呉れたから。
……私は。
マーキュリーとジュピターは、此れからも、ふたりで歩んでゆくだろう……。
……。
あたし達が共に歩んでいる限り……互いの民達の結束は、屹度、深いままだ。
……途切れることが、あるかも知れない。
あたし達は、ない。
……私達は、なくても。
次代のふたりに代わっても、途切れることはないだろう。
……然う思いたい、ではなくて?
次代は、あたし達が育てるんだ。
然う、先生と師匠のように。
……。
あたし達が育てれば、途切れることなく続いてゆく。
然う、あたし達のように。
……然うだと、良いわね。
其の為にも、マーキュリー。
……。
此れからも、ずっと、ふたりで。
……然うね、ジュピター。
うん。
……。
マーキュリー……ん。
……其れで、礼節のことに話を戻すのだけれど。
れいせつ……。
……木星の民の。
あー……。
……忘れていたの。
ううん、ちゃんと憶えていたよ。
誰が教えるの、木星の民達に。
……。
勿論、あなたよね?
お願いだ、マーキュリー。
何が?
学びと一緒に、教えてやって欲しい。
……。
今更かも知れないが、でも、遅くはないだろう?
たまごは、ね。
けれど、戦に出ているような者達には
遅きに逸する、ことはない。
……。
マーキュリー……メルに、教えてもらった言葉だ。
覚えていたのね。
あぁ、ちゃんと覚えているよ。
滅多に使うことはないけど。
教えるのならば、あなたとふたりで。
うん、喜んで。
返答が早い。
あはっ。
分かっていたけど。
ははは。
……。
ん……。
……甘味。
何か、希望はあるかい……?
……青い星で食べた、口の中に入れると崩れてしまうお菓子。
あぁ、あれか……。
……乾酪を豆乳のものに代えて、出来ないものかしら。
あたしも、考えていたところなんだ……。
……なら、作ってみて。
うん……作ってみる。
……。
願いを込めて……マーキュリーの名を呼びながら、食べる。
……本来は、其のお菓子の名を唱えるのだけれど。
忘れたから……あたしは、マーキュリーの真名を呼ぶ。
……ふたりきりの時でないと、出来ないわね。
マーキュリーは……あたしの真名を。
……良いわ、呼んであげる。
ん、ありがとう……。
……。
……今夜は、あたしの部屋で。
仕方ないわね……。
然うと決まれば……ごはんの支度をするね。
……手伝ってあげるわ。
うん……ふたりでやろう。
……そうそう。
ん?
堅物なたまごの学びは、私ではなく、水星の民に。
……。
あの子の、想い人に。
……其れは。
其の方が頑張れるでしょう?
……だと、良いけど。
違うの?
空回りしそうだ。
……あぁ。
でもまぁ、なんとかなるだろう。
なるかしら?
なる……多分。
……いい加減ね。
屹度、上手く転がして呉れるだろう……。
……其れを、期待しているわ。
4日
……ふぅ。
お疲れ様、ジュピター。
マーキュリー……来て呉れたんだね。
来ない方が良かったかしら?
ううん、嬉しい……来て呉れて、ありがとう。
ひとりで休んでいたいのなら、戻るけれど。
戻らないで、此処に居て欲しい……。
……ずっとは。
時間が許すまで、で、良いから。
勿論……其のつもりよ。
……隣に。
仕方ないわね。
……。
なぁに、気が変わった?
変わったのなら、行かないけれど。
……ううん、全然変わってない。
然う。
……残念?
と、言われたいの?
……ううん。
……。
……マーキュリー。
此れで良い?
え、と……もう少し、傍に来て欲しいな。
もう少し?
……出来れば、手が触れるくらいに。
我儘ね。
ん……ごめん。
……。
……ん。
良い?
うん……とても良い。
然う、其れは良かった。
……。
調子に乗らない。
……はい。
甘やかすと、直ぐに調子に乗るのだから。
……今は、甘えたい。
今は、ではなく、いつも、でしょう?
……今は、特に。
どう、甘えたいの?
……躰を寄せたい。
もう、寄せてるけれど?
……もっと。
此れ以上は、今は無理ね。
……今は?
未だ、仕事が残っているの。
……残っているのに、来て呉れたの?
小休憩中。
……今はということは、今夜も。
さぁ、其れはどうかしら。
……期待、してしまうよ。
期待するのは勝手だけれど、叶わなかった時にがっかりするのはあなたよ。
……叶えて欲しい。
……。
ん……マーキュリー。
何やら、疲れているみたいね。
うん……疲れてる。
そんなに?
一応、万全だった筈だけれど。
鍛練や手合せだけなら、此処まで疲れることはなかったと思うんだ……。
難しい問いは、ひとつも出していないわよ。
確かに応用は必要だったけれど、あなたならば問題なく解ける範囲。
問い自体は、其処まで難しくはなかった……朝早く起きて、復習もしたし。
其れなのに?
なんだろうな……民達が、いやにはしゃいでいたからかな。
なんだか、酷く疲れてしまって……今は、動くのも億劫に感じる。
其れくらいで疲れるあなたではないのに……若しかして、質問攻めが原因かしら。
あぁ、多分其れだ……どうやって解いただの、どうやって学んだだの、そもそも覚えが悪いのにどうして出来るんだの。
鍛練や手合せで、助言を求められることはたまにあるけど、其れだってひとりかふたりくらいで……。
大勢に囲まれて、矢継ぎ早に問われるのは初めて。
……木星の民は基本、のんびりしてるからさ。
最後の質問に関しては、分からなくもないわね。
記憶力はないけど、読み書きと計算くらいは出来るんだ……と言った時の、民達の顔が。
目を丸くしている者、口を大きく開けて歓声を上げる者、腕を振り上げたと思ったら回し出す者、ただ単に固まる者……色々な反応が合って、見ていて面白かったわ。
……其処まで、驚くことかな。
驚くというより、物珍しかったのでしょうね。あなたが読み書きをして、計算を正しく解く姿が。
だってそんな姿、一度だって見せたことはないでしょう? まぁ、機会がなかったというのもあるけれど。
ないけど……此れでもあたし、四守護神のひとりなんだ。
頭では分かっているのでしょうけど……ジュピターと言えば守り人、一度(ひとたび)戦となれば、誰よりも勇猛果敢に立ち向かうような存在だから。
……戦はさ、頭が悪いと負け戦になってしまう可能性が高くなるんだ。
ええ、よぉく知っているわ。
……もっと言えば、折角鍛えた民達を無駄にしてしまう。
然うね……上が愚かだと、駒は幾らあっても足りないわ。
……うん。
だから、先代はあなたの頭を鍛えたの。
……鍛えて呉れたのが「マーキュリー」でなかったら、今でも、あたしの頭は使い物にならないでいただろう。
いつの時代も、ジュピターの傍にはマーキュリーが居た。
……。
マーキュリー以外の者が教えても、覚えて呉れれば良かったのだけど……大体のジュピターは、然うではなかったようだから。
……先代は、良く分かる。
先々代は、日記を見るに、ひとりで頑張っていたみたいだけどね。
……其れでも、マーキュリーの力が全くなかったわけではないと思う。
どうして然う思うの?
若しかしたら本当に、ひとりで頑張っていたかも知れないのに。
文章の書き方が、少し似ているんだ……ちょっとした癖、と言うのかな。
例えば?
んー……言葉にするのは、難しい。
……兎に角、何処となく似ていると。
うん……。
……。
先々代と言えば……奔放なマーキュリーだったよね。
……気になるの。
どんなひとだったのか……ほんの少しで良いから、見てみたかったかも知れない。
……先々代のジュピターよりも?
先々代は……まぁ、良いかな。
先々代のマーキュリーを見て、どうするの。
別に、どうもしない……ただ一目だけでも見てみたかった、其れだけ。
そして、見惚れるの?
ん。
あなたのことだから。
見惚れはしないよ……あたしが見惚れるのは、あたしのマーキュリーだけだから。
そんなの、分からないわ。
ううん……分かるよ。
どうして分かるの?
……確認?
然うだと言ったら?
勿論……答える。
ならば……早く、答えて。
……珍しく、急かすんだね。
あなたが、疲れているようだから……。
答えは、簡単……先々代が、あたしのマーキュリーではないからだよ。
……其ればかり、もっと他の答えはないものなのかしら。
他の答え……?
……たまには違う答えが聞きたいの。
違う答えか……んー、然うだな。
言っておくけれど……顔の作りは、どれも同じよ。
あぁ、知ってる……ジュピターも同じだから。
先々代も、例外ではないわ……。
作りは同じだけど、表情は同じじゃない……何故なら、中身が違うから。
……中身?
実際、あたしのマーキュリーと先代……師匠のマーキュリーは全然違う、違った。
あたしと、師匠の顔が同じであって、同じではないように……さ。
……あなたとお師匠さんは良く似ているわ。
でも、全く同じではないだろう……?
……どちらが良い顔?
其れは勿論、あたしだ。
……自分で言うの?
比較の対象が師匠の場合の時だけ、他は言わない。
……張り合って。
先々代は奔放だったらしいけれど、マーキュリーはどちらかと言うと生真面目で奔放とは言い難い。
其処からして、同じ顔には為り得ないと思う。ううん、為り得ない。
……生真面目でも、ないと思うけど。
でも、奔放でもないだろう?
……今の私は、奔放かも知れない。
マーキュリが……例えば、何処?
……分からないなら、良いわ。
若しかして、あたしの他に……。
……然うだとしたら、あなたは。
……。
はぁ……なんて顔をしているの。
いや、だって……。
ばかね……真に受けないで。
……あぁ、良かった。
そもそも、勘違いするあなたが悪いの。
……う。
ふふ……。
……なんとなく、分かった気がする。
何が分かったの……?
今のマーキュリーは……あたしに対してだけ、奔放なんだ。
……だとしたら、どうするの?
どうもしない……其のままで、居て欲しい。
……振り回されても、構わないと?
マーキュリーなら……喜んで。
……物好きね。
マーキュリーだけだから……む。
……どさくさに紛れて。
だめ……?
言ったでしょう……仕事が未だ、残っていると。
じゃあ……終わってから。
……ゆうべだけでは足りないの?
足りない……。
……疲れているのに。
癒して欲しい……。
……。
お願いだ、マーキュリー……今夜も、あたしと。
……あなたが見惚れるのは、誰。
うん……?
……先々代には。
見惚れない……あたしが見惚れるのはたったひとり、あたしのマーキュリーだけだ。
……結局、いつもの答え。
其れ以上の答えは、見つけられないんだ……。
……ジュピター。
触れるだけ……。
……。
ん……。
……はい、触れたわよ。
んん……。
……不満なの?
疲れが、吹き飛んだ気がする……。
……単純だと、良いわね。
おかげで、今夜は……。
……然うだと、未だ決まってはいない。
今夜は……あたしの部屋で。
……決まっていないと、言っている。
ふふ……。
……あんなに、ぐったりとしていたのに。
あたし……そんなにぐったりしていたかな。
……もう大丈夫そうだから、仕事に。
未だ、戻らないで……もう少し、此処に居て。
……あなたも、残っているでしょう。
うん、残ってる……だから、頑張る為に。
……仕方ないわね。
ありがとう……大好きだ。
……知ってるわ。
知っていたって……何度でも、言う。
……好きにして。
うん……。
……。
……難なく問題を解いたあなたが、余程誇らしかったのでしょう。
うん……?
……物珍しいと思う以上に。
そんなに……?
……私には分からないわ。
マーキュリーから見たら。
あれくらい、解けて当然。
……だよね。
ええ……然うよ。
……。
……嬉しい?
ん、どうだろな……。
……民達に誇られて、嬉しくないの?
嬉しくないわけじゃない……。
……照れてる?
とも、違う……。
……分からない?
いまいち、分からない……でも、悪いとは思ってない。
然う……なら、其れで良いと思うわ。
……うん。
……。
ね……頬に触れても、良い?
少しだけよ……。
……ん、少しだけ。
どうぞ……。
……ありがとう。
……。
……あたしのマーキュリー。
いつの間にか、当たり前のようになって……。
……師匠のマーキュリーとは、全然違う。
当然よ……曰く、中身が違うのだから。
……うん。
あなたとお師匠さんは、良く似ているわ……。
……でも、中身が違うから、全く同じではない。
ん……。
……何か、飲む?
唐突ね……。
……喉、乾いたかなって。
あなたは、何が飲みたいの……?
然うだなぁ……甘いお茶が飲みたいな。
……然う、分かったわ。
え……?
……頑張ったご褒美に、淹れてあげる。
ご褒美……。
……要らない?
要る、欲しい……ありがとう、マーキュリー。
……どういたしまして、ジュピター。
お茶を淹れたら……また、此処に。
……飲み終わったら、仕事に戻るわ。
うん……あたしも、戻る。
……。
仕事が、終わったら……。
……あなたの、部屋で。
あたしの、部屋で……。
……今後の話をしましょう。
……。
民達の学びについて……ね。
……話が終わったら、其のまま。
考えておくわ……。
……良い答えを。
がっかりしない程度に……期待、していて。
……因みに。
なぁに……?
……今日の夕食は茹でた芋団子に、溶かした乾酪を掛けたものにしようと思っているんだ。
然う……悪くはないわね。
……ふたりで、食べたい。
……。
……楽しみにしていて。
ええ……しておいてあげるわ。
3日
……。
……ん。
……。
ジュピ、ター……。
……。
……もう、だめよ。
……。
寝惚けて、いるの……。
……うん。
ぁ……。
……いつだって、良い匂いがする。
寝惚けて、いないのなら……今、直ぐに。
……胸、柔らかい。
やめて……。
……手が、気持ち良い。
やめないの、ならば……んっ。
……少し、大きくなったね。
ばかな、ことを……。
……本当だよ。
そんなこと……どうでも、いい。
……大きさなんて、どうでも良いけれど。
だったら……ん、言わないで。
……でも、嬉しい。
どうでも、良いって……言ったじゃない。
……なんだろう、な。
ジュピター、いいかげんに……。
……他も、触って欲しい?
そんなわけ、ないでしょう……。
……なら、もう少し。
今夜は、もう……二度、したわ。
……うん、ありがとう。
明日は、早いと……。
……ちゃんと、おぼえてる。
ゆっくり寝かせて呉れると、言ったじゃない……。
……感じてる?
は……?
……感じていなかったら、振り払われていると思うから。
……。
ねぇ……然うなのかい。
……然うだと、言ったら。
此のまま、続ける……続けたい。
然うでないと、言ったら……やめて、呉れるのね。
……感じて、ない?
……。
感じて、いないのなら……ぅ。
……あまり、時間を掛けないで。
でも……其れだと、処理のようで。
……違うの。
違うよ……そんなこと、思わないで欲しい。
……胸ばかり、執拗に。
だって……好き、だから。
……大きくなって、何が嬉しいの。
ん……。
……むね。
え、と……。
……やっぱり、大きい方が好きなのね。
好きとか、嫌いとかじゃ、なくて……。
……。
マーキュリーが……其の、ふくよかになって呉れると、嬉しくて。
……ふくよか。
胸が、大きくなると……他の場所にも、肉が付いていると。
……然うね、間違いではないわ。
だから……胸が大きくなると、嬉しい。
……触り心地は。
とても、良い……。
……はぁ。
いつだって、気持ち良い……。
……大きいからではなくて?
気持ち良いのに……大小は、関係ない。
……。
マーキュリーは……直ぐに、痩せてしまうだろう?
……つまり、健康的と言いたいのかしら。
然う、其れだ……。
……好みとしては?
好み……。
……ふくよかの方が良い?
痩せていると、心配で……。
……ねぇ、ジュピター。
ん、なに……?
あなた……時々、確かめているわよね。
確かめ……?
……私を抱きながら、私の躰付きを。
触った方が……目で見るよりも、分かるから。
……余計なお世話。
あう……。
……あなたに、確かめられなくても。
マーキュリーは、わりと自分に無頓着だと思う……ううん、無頓着だ。
……。
……自分でも、分かっているんだろう?
ええ、分かっているわ……あなたが、無駄に心配して呉れていることも。
……ん。
でもね、ジュピター……少し、不愉快なの。
……え。
だって、然うでしょう……。
……え、と。
抱きながら……私の躰の肉付きを、勝手に確認しているだなんて。
……。
私が言っていること……分からない?
……う、ん。
本当に、分からないの……?
……教えて、呉れたら。
はぁ……。
……ごめん。
自分の身に、置き換えてみて。
……自分の。
考えてみて……あなたに抱かれている間、あなたの躰付きを確認している私を。
……。
筋肉や骨、眼球、内臓、息遣い、脈拍、心拍数……などに、異常は見られないか。
私はあなたとの行為に集中することなく……あなたの躰の状態ばかり、気にしている。
……其れは。
然う……感じているふりをして、ね。
……。
未だ、分からない……?
……ないとは、言えなくて。
……。
……ある、だろう?
ないとは、言えないわね。
……やっぱり。
気付いていなかった……?
……全く。
言わない方が良かったかしら……?
あたしは、鈍いから……其の方が、良かったかも知れない。
……ふふ。
あの、マーキュリー……。
……忘れて呉れる?
う、ちょっと難しいかも……。
……忘れてしまって?
な、成る可く、頑張るよ……。
……私以外のことなら、直ぐに忘れられるのにね。
でも、マーキュリー以外のひととはしないから……。
……したければ、
したいわけない。
……。
……。
……拗ねてしまった?
拗ねてない。
……拗ねてる。
拗ねてないよ。
……口を尖らせてる。
見えているの?
……矢っ張り、拗ねてる。
拗ねてない……。
……ふふ。
うー……。
……忘れられた?
何が……?
……忘れたのなら、良いの。
む……。
……ふふふ。
流石に忘れてないよ……。
然う……残念。
……ねぇ、マーキュリー。
なぁに……ジュピター。
確認は、出来れば他の……然う、決まった時にして欲しいな。
……気になるのだから、仕方ないわ。
気になるのは、分かるつもりだけど……。
……然ういう時に、気付くこともあるの。
そんなこと、あるの……?
……あるわよ。
例えば、どんな時……。
……。
マーキュリー……?
……あなたが、傷を負っている時。
傷……。
……あとは、雷気が躰に籠もり過ぎている時。
……。
其の雷気が、抑え切れそうにない時……他にも、色々あるけれど。
……取り敢えず。
詳しく、聞きたい……?
……ううん、もう大丈夫。
然う……?
……知らなかった。
気付かれないように、していたもの……。
……。
……ましてや、私に夢中になっていればね。
其の間……あたしに感じることは。
……ふ。
うん……矢っ張り、良いや。
……感じている時もあるわよ?
感じていても……分かるもの?
……私を誰だと思っているの?
マーキュリーです……。
……分かっていれば、良いわ。
分かっては、いるけど……。
……落ち込む?
少し……いや、結構。
……此れで、分かった?
え……。
……分かって呉れたのなら、やめて。
……。
まぁ、あなたの場合は特に意識しているわけではないのだろうけど……其れでも、あまり良い気持ちはしないわ。
わ、分かった……もう、やめる。
……と言いながら。
……。
手の動きは止めないし……胸から、離れないのよね。
い、今は、確認しているわけではないから……。
……ふぅん。
マーキュリーは……。
……時と場合、かしら。
うん、然うだよね……マーキュリーの場合は、異常がないか確認することが主なんだし。
……傷を負っている時は、無理をして欲しくはないの。
無理は、してないんだけど……痛かったら、しないし。
鎮痛剤……或いは、熱で痛みを感じていないと思われる時は、特に気を付けなければいけない。
……。
諦めるか……我慢するか、何方か。
……諦める。
然う……でも、無理はしては駄目よ。
……本当に無理だったら、マーキュリーが止めて呉れると思うから。
私任せなの……?
……手間を掛けさせて、ごめん。
全くだわ……本当に仕方ないひとね。
……。
手……未だ胸にあって、動いているようだけれど。
其の……出来れば。
……もう、感じるも何もないわ。
だ、だめ……?
……あなたが、余計なことを言うからよ。
い、言わなきゃ良かった……。
……だけど、口にしてしまうの。
次からは、思っても、言わない……ように、する。
……果たして、出来るのかしら。
が、がんばるよ……。
……屹度、無理。
……。
どうでも良い会話で、貴重な時間を使ってしまったわ……もう、お仕舞いにしましょう。
……うぅ。
さぁ、ジュピター……。
……うん。
良い子……。
……でもね、マーキュリー。
抑えられない……?
……其れは、頑張る。
其れは……?
……嬉しいことだけは、伝えたい。
……。
い、いつも、気にしているわけじゃないんだ……ちょっとしたことで、例えば感触とか手触りとかで、気付くと言うか。
……知っているわ。
え……。
……知らないわけ、ないでしょう?
……。
……どれくらい、一緒に居ると思っているの?
小さい頃……言葉ひとつ、覚えていなかった頃から。
……私は其の頃からずっと、あなたを見ていたわ。
……。
然う……ずぅっとね。
……あたしも、見てた。
然うかしら……あなたは、先生のことも。
……先生は、先生だから。
どういう意味……?
……其れ以上の意味は、ないよ。
あ……。
……もう、何度も言ってる。
だから、なに……。
……マーキュリーは、知っているのに。
知っているからって、聞いてはいけないの……?
……。
言っては、いけないの……?
……ううん、良いよ。
然う……なら、此れからも言うわ。
……うん、言って。
こぉら……。
……やっぱり、もう一度だけ。
ジュピター……?
……マーキュリーだけだから。
私だけだから……なに?
……何度でも、抱きたい。
……。
……だめ?
だめ……。
……どうしても。
明日は万全の態勢で臨んで欲しいの……鍛練も手合せも、そして、勉強も。
……勉強。
木星の民達に、あなたが出来るところを見せてあげてね……?
お、応……。
……どうして怯むの?
いや……見せられなかったら、どうしようかと。
そんな筈はないわ……。
……と。
あなたなら、出来る……然うでしょう?
……うん、メルと先生に教わったから。
あなたが出来なかったら……私だけでなく、先生の顔を潰すことになるわ。
……。
というのは、冗談で……。
……冗談、だったのかな。
私は兎も角、先生は……悲しむかも知れない。
……先生が?
然う、先生が……。
……あの先生が。
悲しまなくても、がっかりはするかもね……。
……うん、頑張ろう。
単純……。
……出来れば、習った範囲で。
応用は?
……明日の朝、少し勉強しても良いかな。
なら、早く寝ないと。
……。
ふふ……。
……おやすみ、マーキュリー。
ん……おやすみ、ジュピター。
……。
……手。
触れているだけ……。
……。
……少し、動いているかも知れない。
あなたに背中を向けたままで良いのなら。
……。
……どうする?
待って、考える。
……悩むのね。
触っていたい……でも、こっちに向いて欲しい……。
……。
けど、触って……いや、矢っ張りこっちに。
……仕方ない手ね。
決めた。
……何方。
こっちに向いて欲しい。
然う……なら、手を退かして。
……でも、もう少し触っていたい。
……。
ご、ごめん……?
分かった……じゃあ、此のまま寝るわ。
あ、あぁ……。
……。
……こっち見て、メル。
良いの……?
……こっち向きでも、触れないことはないし。
あなたね……。
ちょ……ちょっとだけ。
……ゆっくり、眠らせて。
……。
約束して……ユゥ。
……する。
……。
するよ……メル。
……其方に。
ん……。
……。
……メル。
仕方ないひと。
ん……ごめ、ん。
……。
くちづけ……。
……おやすみユゥ、また明日。
2日
マーキュリー。
……ジュピター。
今日も、お疲れ様。
ん……あなたもね。
うん、今日も頑張ったよ。
はいはい、偉いわね。
マーキュリーも、偉いね。
私は、ん。
偉い。
……青い実、美味しかったわ。
残さずに食べて呉れたんだね、ありがとう。
……片手で食べられるから。
明日、また摘んでくるよ。
もう、残っていないの?
生の実は、もう残っていない……けど、甘く煮詰めたものならある。
……其れが、明日の朝食?
薄麦餅と、どうだろう……?
……ええ、良いわ。
うん……。
……すっかり、此の部屋で休むつもりなのね。
今夜はもう、自分の部屋には戻りたくない……。
……戻れと、言ったら。
言う……?
……言うかも知れないわ。
言わないで欲しい……。
……ん。
戻りたくないんだ……どうしても。
……ゆっくり、寝かせて呉れるのよね。
其れは、勿論……。
……明日も早いの。
奇遇だね……あたしも然うなんだ。
……奇遇でも何でもないわ、私が予定を組んだのだもの。
明日は、朝から一緒だ……。
……もう、ずっと一緒に居るのに。
其れでも、一緒に居られる時は限られているから……。
……明日の予定は、憶えている?
先ずは鍛練、其の後に個別に手合せ……休みを挟んで、水星の民達と楽しい学びの時間。
……楽しんでもらえると良いのだけれど。
居眠りなんてしていたら、容赦なく、水を被せてやって呉れ……口で起こすよりも、其の方が手っ取り早い。
……嫌よ、部屋が濡れてしまうもの。
ならば……首筋辺りを、ひんやりと。
……切り替わってしまわないかしら。
切り替わって……?
……戦の態勢に。
あぁ、其れなら大丈夫だ……全然、気にしなくて良いよ。
……どうして、言い切れるの?
木星の民は水星の民に、臨戦態勢を取ることは決してない。
……寝惚けて。
水星の民の気配は、眠っていても分かるんだ。
……。
特に眠っている時は、水の中で揺蕩っているようで……とても、心地が好い。
……ひとりひとりに確かめたの?
いや、誰にも確かめていない……聞かなくても、分かるから。
……いい加減。
あたしはマーキュリーの気配を感じると……とても安心する。
……水星の民の気配は?
穏やかで、悪くはない……寧ろ、好ましく思う。
……。
だけど……酷く心地好くて、心から安心する気配は、マーキュリーだけだ。
……あくまでも、あなたの場合。
いや、あたしだけではないよ。
……誰にも確認していないのに。
してないけど……分かる。
……何処までも、いい加減。
然ういえばさ、堅物に聞いてみたんだ。
……何を。
お前は、水星の民に興味はないのかと。
……いつの間に。
学びの話をした時に、ついでにね。
……あなたにそんなことを聞かれて、たまごはどんな顔をした?
ん、表情は大して変わらなかったけど……一瞬、あたしから目を逸らした。
其れまでは、あたしの目を真っ直ぐに見て話していたというのに……いや、あれは逸らしたというより、泳いだと言った方が正しいか。
……。
其れと、気配が大分揺らいだ。恐らく、思ってもいないことを聞かれて動揺したのだろう。
あれは……ひょっとしたら、気になるのが居るのかも知れない。
……私と話した時は、そんな気配はしなかったけれど。
もっと言えば、結構気になっているんじゃないか。
……私には見せなかったわ。
マーキュリーが、木星の民の気配の揺らぎに気付かないだなんて……珍しいな。
……。
なんて、冗談だ……?
……木星の民の気配を読めないだなんて、不覚でしかない。
……。
……幾ら、稀な存在だと言えど。
不覚、か……でもさ、マーキュリー。
……なに。
揺らぎがなければ、流石のマーキュリーでも読みようがないだろう……?
……どういうこと。
多分、マーキュリーと話した時は本当に居なかったんだろう……だから、気配が揺らがなかった。
……つまり。
気になる水星の民が出来たのは、つい最近だと思われる……。
……。
ここ最近、気になり始めて……態度には出来るだけ、出さないようにしているのだと思う。
……己を、律していると。
木星の民らしくないよなぁ……己を律するなんてさ。
……あの子ならば、分かるわ。
けれど矢張り、気配と態度は誤魔化せない。
其処はまぁ、木星の民らしい。
……相手は本当に、水星の民なのかしら。
水星の民だよ……其れは、間違いない。
……火星の、或いは、金星の民。
どちらも、有り得ない……。
……聞いたの。
聞いた……が、全く動じなかった。
……。
水星の民に興味を持つのは木星の民の……然う、「さが」みたいなものだ。
あいつも、其の「さが」からは逃れられなかった……し、抗うことも出来なかった。
……抗おうとは、したかも知れないわ。
若しかしたら、今も抗っているかも知れないな……でも、受け入れてしまった方が楽になる。
今まで以上に、一所懸命になれる……其れもまた、木星の民の「さが」なのだから。
……「さが」からは、どうあっても、逃れられない。
造られる前から決められていた、いや、押し付けられていた使命なんかより、ずっと良いだろう……?
……ジュピター。
と……此れは、なしで。
……其の通りだから、言葉にしなくても良い。
お……。
……でも。
でも……?
……稀な存在であっても、例外は矢っ張り居ないのね。
残念かい……?
……いいえ。
そっか……。
……稀な上に例外だったら、記録に残そうと思っていたけれど。
少し、残念……?
……残念、と言う程ではないわ。
……。
ん……なに。
……ちょっとだけ、残念そうな顔をしているような気がする。
気がするだけよ……。
……そっか。
……。
明日にでも、探りを入れてみるかい……?
……あなたが気付いたのなら。
其の必要は、ない……?
……あなたが気付くということは、誰でも気が付くということだもの。
あぁ……はは、確かに。
……其れにしても。
ん……。
……あなたが、そんなことを聞くだなんて。
マーキュリーが、言っていたから……。
……私のせいだと。
ううん、違う……然うじゃないよ。
……興味なんて、ないくせに。
興味はないけど……なんとなく、気になったんだ。
……本当に、なんとなくなの。
……。
……ジュピター。
支え。
……。
……支えが居て呉れた方が良いから。
どうして……?
木星の民は……支えになるひとが居て呉れた方が、本来の力を出せるんだ。
……本来って。
……。
……言って。
命。
……命が、何。
命を……振り絞ることが出来る。
……つまり。
だけど……使命の為なんかじゃ、ない。
……答えになっていないわ。
ただ、大切なものを守る為に……。
……。
命を……力に変換する。
……出来れば帰って来て欲しいわね、育った駒は貴重だから。
守る為だけでなく、帰る為にも……振り絞るんだ。
……若しも、帰って来なかったら。
其の時は……難しいかも知れないけど、忘れて欲しい。
……残念だけれど、水星の民は記憶力が良いのよ。
あぁ、知ってる……。
……。
水星の民には、悪いと思っているんだ……。
……何が、悪いの。
重荷に、なってしまうだろうから……。
……本当だわ。
だからいつか、あたしが皆に代わって謝ろ……ん。
……そんなことはしなくて良い。
良いのかい……?
……あなたは、ジュピターでしょう。
……。
そんなこと、いちいちしなくても良い。
……でも、憶えているうちに。
憶えておかなくて良い……あなたこそ、忘れて。
……マーキュリー。
水星の民のことは、私が気にする……だから、あなたは良いの。
……。
納得はしなくて良いわ……寧ろ、しないで。
……支えて欲しい。
ん……。
……あたしを。
未だ、足りないの……?
……足りない。
相変わらず、欲しがりね……。
……ごめん。
堅物なたまごも……あなたのように、なるのかしら。
……なっても、ならなくても。
ねぇ、ジュピター……。
……なに。
若しも、水星の民が
然うはさせない。
可能性は零じゃないわ。
零にする。
無理よ、そんなことは。
あたし達が前に立つんだ……だから。
……其れでも、ないとは言えないわ。
ん。
……言えないのよ、ジュピター。
そんな、こと……其の為に、木星の民は居るんだ。
……何度も、然ういった事態は起きている。
あたしは……ん。
……あなたは、優しいから。
……。
憶えていたら、屹度、抱え込んでしまうでしょう……木星の民だけでなく、水星の民のことも。
……あたしが、優しくしたいのは。
だから……「あなた」は、忘れるの。
……マーキュリー、だけだよ。
然う……私だけで良い。
……。
若しも、水星の民が木星の民よりも先に斃れたとしても……直ぐに、忘れて。
……憶えておけと言われても、あたしは忘れてしまうよ。
然うね……でも、其れで良いのよ。
……。
「ジュピター」は……守護神の中で、最も、死に触れる存在。
……「マーキュリー」、だって。
故に、忘れる……忘れなければ、背負い切れなくなってしまうから。
……憶えている「ジュピター」って、ひとりも居なかったのかな。
……。
……若しかして、居た?
いいえ……例外は居ないわ。
……然うか。
ただ、忘れ方には違いがある……。
違い……例えば、どんな。
……例えば、死が切っ掛けになる。
切っ掛け……。
……壊れてしまうことで、忘れてしまうの。
其れは……壊れるまでは、憶えているということ?
……名だけでなく、顔もね。
……。
壊れてしまうと、其れまで憶えていた名や顔が頭の中から消えてしまう……まるで、記憶から滑り落ちるように。
……記憶から、滑り落ちる。
誰かが居た記憶はぼんやりと残っているらしいのだけれど、はっきりとは思い出せない……思い出せないうちに、其の記憶も消える。
……。
あなたの場合とは、少し違うでしょう……?
うん……少し、違う。
……多少の違いはあれど、「ジュピター」は忘れるように造られている。
師匠は……。
……記憶力がないだけでなく、顔の見分けも付かなかった。
気にすることは、なかったかな……師匠のことだから。
……。
気に、した……?
……全くなかったわけではない、と。
然う、なんだ……。
お師匠さんも……優しかったから。
ん……優しかったかな。
……優しかったわよ、あなたにも。
んん……。
……なに?
なんでも、ない……。
……何か、思い出したの?
……。
ううん……憶えているのよね、お師匠さんと先生のことも。
……メルほどじゃ、ないよ。
良いのよ……憶えていても。
……もう、居ない。
居なくても……あなたの心を支えて呉れる。
……メルが一番だよ。
ええ、知っているわ……。
……。
ん……ジュピター。
……欲しい。
然うだと、思った……。
……マーキュリー、は。
私は……どうかしらね。
……欲しく、なかったら。
なかったら……我慢、して呉れる?
……する。
……。
……マーキュリー。
良いわ……。
……いい?
私を、あげる……。
……。
でも、少し待って。
……分かった、待つ。
ん、良い子ね……。
……褒められた。
……。
……堅物にも、甘えられる相手が居れば良い。
居たとして……素直に甘えられるものかしらね。
……堅物には、難しいかな。
強がってしまいそうで。
……強がったところで、なんにもならない。
だとしても……守る意識が強すぎたら。
……多分、何処かで甘えることになるさ。
何処か……?
……相手が上手に、転がして呉れるかも知れないし。
……。
水の中に、揺蕩うような……然うなったら、どんなに堅物であろうとも抗えない。
……言い切るのね。
ん……言い切れる。
……。
マーキュリーみたいに……う。
……其れ以上は、言わなくて良い。
うん……言わない。
……。
寝惚けていたら……自制が利かずに、甘えてしまうと思うんだ。
……誰の話。
堅物の話……。
……。
……水星の民も、甘えて欲しいな。
知らないけど……甘えているんじゃない。
……。
……木星の民次第。
うん……もっと、鍛えないと。
……躰を?
躰も、心も……水星の民に、頼ってもらえるように。
……。
う。
……せいぜい、がんばって。
ん……がんばる。
……。
……はぁ。
ジュピター。
ん……もう、いい?
……何度でも、言ってあげるわ。
なんどでも……。
……特定の記憶のこと。
……。
あなたは忘れて良いのだと……何度だって。
1日
……ん。
どう、入った?
ん……入った。
染みる?
ううん……平気。
然う……なら暫くの間、其のまま目を瞑っていて。
……うん。
じゃあ、もう片方を。
……。
開けて欲しいのだけれど。
……自分では、開けているつもりなんだ。
薄目では点せないわ、目に入らないもの。
……ちょっと待って。
良いけれど。
……んー。
……。
……どうかな。
残念ながら、大して変わっていないわ。
強いて言えば、白目になったくらいかしら。
……目薬でなければ、開くのに。
ねぇ、ジュピター。
……手間を掛けさせてごめんよ、マーキュリー。
然うね、全くだわ。
……今、開けるから。
まさかとは思うけれど、私の足から頭を退かしたくないと、然う思っているわけではないわよね?
……思っていないよ。
間があったわ。
……気のせいだと、思う。
気のせいではないわね。
……。
ジュピター?
……其の、久しぶりだから。
さっさと開けて。
……う。
ジュピター。
……目が開かないのは、わざとではないんだ。
……。
マーキュリーだから、大丈夫だと思っていても……言うことを、聞いて呉れない。
はぁ……仕方ないわね。
……ごめん。
そんなに久しぶりだったかしら。
……うん、結構久しぶりだよ。
どれくらい……?
……え、と。
ジュピター……。
……青い星で、点してもらった以来。
久しぶりではないわね。
……う。
一旦、両目を開けて。
……はい。
其のままで居て。
……が、頑張るよ。
……。
あ……。
……閉じては、駄目だよ。
お、応……。
……。
……ぅ。
入ったわね。
うん……入った。
染みない?
ん……こっちも、大丈夫だ。
然う、良かったわ。
あ、あの、マーキュリー……。
暫くの間、目を瞑っていて。
……うん、瞑ってる。
頭。
……目を開けるまで。
此のままだと、痺れてしまいそうなの。
……直ぐに退かす。
……。
ん……マーキュリー。
……甘えた。
然うなんだ……。
……珍しく、疲れたの。
少し、疲れたのかも知れない……。
……どうせだから、部屋の中を暗くしてあげましょうか?
ううん……此のままで十分だ。
……暗い方が良いと思ったのだけれど。
暗いと、目を開けた時にマーキュリーの顔が見えない……。
……夜目は利くでしょう?
利くけど……未だ、眠る時間ではないから。
……眠る時間なら、良いの?
其のまま、マーキュリーと眠るんだ……。
……勝手に決めないで?
う……。
……未だ、やるべき仕事は残っているの。
分かってる……だから、暗くしないで。
……頭。
ん、退かす……。
……良いわ、其のままで。
でも、足が……。
……もう、慣れてしまったわ。
……。
……顔が緩んでいる。
へへへ……。
……。
マーキュリーの目は、大丈夫かい……?
……此の後、点すつもりよ。
ん、然うか……先に点して呉れて、ありがとう。
……青い実が食べたいわ。
然う言うと思って、用意してあるんだ……。
……然う。
ね……褒めて呉れるかい?
どうしようかしら……。
……褒めて呉れたら、此の後の仕事も頑張れる。
甘えないで?
……はぁい。
……。
……もう、開けた方が良いかな。
いいえ……未だよ。
……どれくらい、瞑っていれば良い?
もう暫し……。
……ん。
……。
……少し、話して良いかな。
何を話すの……。
……たまごのこと。
どうぞ……。
……躰は、まだまだ、此れからだ。
……。
躰は、此れからだけど……まぁ、動きは悪くない。
いずれ、前線に。
……此のまま鍛練を続けていれば、必ず立つ日は来るだろう。
然う……。
……ふ。
なに……?
……マーキュリーから聞いてはいたけど、あそこまで堅物だとは。
でしょう……?
……学びよりも、鍛練に時間を使いたい。
言われたの……?
あぁ、言われた……真っ直ぐ、目を見据えて。
ふふ……然う。
……あたしは、あんなに堅物じゃないなぁ。
あなたは、違うわね……。
……真面目だとは、思っているけど。
思っているの……?
……うん、メルに言われたから。
私に……?
……ユゥは一所懸命で真面目だから、必ず、出来ると。
言ったかしら……。
……言って呉れたよ、ちゃんと憶えているんだ。
……。
憶えてる……。
あなたは……然ういうことは、良く憶えている。
……嬉しかったことは、忘れない。
……。
奪われない……誰にも、奪わせない。
……其れが、心の支えになって呉れたのね。
全部、メルが呉れたものだよ……。
……私だけではないでしょう。
……。
先代……お師匠さんと、先生も。
……うん。
あのたまご……ほんの少しだけ、あなたに似ているわ。
……あたしに?
昔のあなた……ユゥに。
……あたしは、堅物ではなかったよ。
堅物ではないけれど……師の目を見据えて、真っ直ぐに話すところが似ている。
……師。
あぁ、でも……ユゥはいつだって、悪態を吐いていたわね。
……だって、師匠はいつも。
楽しそうだった、いつも。
……然うかな。
幼い私の目には、楽しそうに映っていたの。
……今だったら、どう?
今だったら……然うね、変わらないと思うわ。
……。
あなたも楽しかったのでしょう?
……言わない。
なぁに、教えて呉れないの?
……。
ふふ……貝になってしまったわね。
……貝?
口を噤むことを然う言うの。
……青い星の言葉。
此の間、あなたと行った地域のね。
……貝、美味しかったな。
「浅蜊」と「牡蠣」、あとは「蛤」を食べたわ。
ん……どれも美味しかった。
お師匠さんとは楽しかった?
うん、楽しかっ……ない。
楽しかない?
……。
貝?
……今のあたしは、貝。
でもどうして貝なのか、分かる?
……分からない。
二枚貝は殻を閉じているでしょう?
……うん。
其れに見立てているのよ。
……茹でると、殻は開く。
ふむ。
……ん。
ならば、茹でてみようかしら。
……茹でて呉れる?
然うすれば、教えて呉れるかも知れないから。
……そんなに、聞きたいの?
ええ、聞きたいわ。
……どうして。
ただ聞きたいだけ、他に理由はないわ。
……珍しいね。
たまにはね。
……面白がってる?
あなたが私の足から頭を退かして呉れれば、もう、聞かないかも知れない。
……む。
どうする?
……楽しかったよ。
……。
……メルと先生も居て呉れて、楽しかった。
ふふ……。
……言ったから、退かさない。
目……そろそろ良いと思うわ。
……もう少し。
ん。
……こうしてる。
お腹……好きね。
……うん、好きだ。
柔らかみなんて、ないでしょうに……。
……そんなことない、マーキュリーのお腹は柔らかい。
……。
昔から……子供の頃から、気持ちが良い。
……そんなことを言っている間に。
ん……。
……眠たくなって、寝てしまうの。
メル……。
……違う。
マーキュリー……。
……言ったでしょう、未だ仕事は残っていると。
うん……然うだった。
……堅物なたまごの話をしましょう。
んー……。
……嫌なの?
今は、したくないな……。
……先刻まで、していたのに。
今は……マーキュリーと、ふたりだけの時間だから。
……其れも、そろそろお仕舞い。
……。
未だ眠る時間ではないわ……ジュピター。
……今夜は、何処で。
私は、自分の部屋に
分かった。
……言い終わってないのだけれど。
今夜はマーキュリーの部屋に行く……。
……来るの?
行く……行きたい。
……ひとりでゆっくり眠ろうと思っていたのに。
あたしと一緒の方が深く眠れる……然うだろう。
……否定は、しないわ。
ん……なら、決まりだ。
……勝手に決めて。
……。
ジュピター……息がくすぐったいわ。
……離れる準備。
もぅ……。
……ふぅ。
……。
……よし。
……。
……お待たせ、マーキュリー。
目はどうかしら?
うん……すっきりしてる。
違和感はない?
うん、ない。
然う……良かったわ。
マーキュリーの目薬は効くんだ。
……効いて呉れなければ、意味をなさないから。
……。
ジュピター?
……未だ、掠りもしなかった。
少しでも掠っていたら、あなたの躰は鈍っていると。
まだまだ、鈍るつもりはないさ。
鈍ってしまったら、世代交代が待っている。
未だ、交代するつもりもない。
マーキュリーの番はあたしだけだ。
……。
む。
……然うでなければ、困るわ。
困る……?
……取り敢えず、然ういうことにしておいて。
うん……しておく。
……其れで、たまごの話をしても良いかしら?
あぁ……良いよ。
……あなたと手合せをした結果を教えて。
マーキュリーに、教えを請いたいと。
……私に?
あたしの番だから、だそうだ……マーキュリーを指定してくるあたり、なかなかだろう?
……ふふ、面白いわ。
あたしとしては、未だ早いと思うんだけど……マーキュリーはどう思う?
早いけれど……応えてあげても良いわ。
え。
寧ろ、あなたが嫌なのではないの?
嫌ではないけど……一対一は、どうかと思う。
……どうかと?
己の名前すら、読めないんだ……ならば、初めは誰かと学ぶべきだと思う。
然う……其れがあなたの意見なのね。
……ひとりよりも、誰かが居て呉れた方が良い。
……。
あたしにマーキュリー……メルが居て呉れたように。
……本音は?
一対一は、駄目だ。
……全く。
だって……ん。
……思うに、木星のたまごでは合わないと思うのよね。
水星の民……いや、たまごからひとりでも。
ひとりで良いの……?
……あいつは、其の方が集中出来るだろう。
ふぅん……分かったわ。
……ありがとう。
別に良い……最初からひとり付けようと思っていたから。
……ん。
其の方が、刺激になって良いでしょうから。
……誰を付けるか、もう、決まっている?
ええ……もう、決めているわ。
……。
あなたは、憶えていないでしょうけれどね……。
……手合せに居た、水星の民。
……。
若しかして、あの子かい……?
……いいえ、あの子ではないわ。
ん、然うか……。
……何故、然う思ったの。
あいつのことを熱心に見ている……あたしには然う、見えたから。
……。
であるならば、あいつの勉強も熱心に見て呉れそうだと思ったんだ。
……然う。
違うなら、良いんだ。
……ならば、あの子にするわ。
え?
あなたの見立てを信じてあげる。
いや、でも……もう、決めているんだろう?
未だ、始めていないから。
……。
だから、替えても良いのよ。
……ふふ、然うか。
気が変わらないうちに始めたいのだけれど、良いかしら。
応、明日にでも始めた方が良い。
木星の民は……たまごに至るまで、忘れやすいからな。
ふ……困ったものね。
ははは。
……。
ん……マーキュリー。
……ありがとう、ジュピター。
お礼なんて……口付けで
然うよね、要らないわよね。
あー。
……。
……ん。
さぁ、残りの仕事をしましょう?
……うん、する。
其の前に、私は目薬を。
あたしは、青い実を用意しよう。
ん、お願い。