日記
2026年・5月
16日
……く、そ。
……。
マー、キュリー……。
……。
はぁ……う。
……。
マーキュリー……そばに、いるよ。
……。
あたしが、かならず、まもるから……かはっ。
……。
く、ぁ……。
……ぅ。
……る、な。
……。
さわ、るな……。
……。
マーキュリーに、さわるな……。
……。
やめ、ろ……やめろ。
……。
やめろぉぉぉぉぉぉぉ……っ。
……、タ……。
壊す、な……マーキュリーを、壊すな……っ。
……さ………、い……。
あたしから……あたしから、マーキュリーを……っ。
……。
奪うなぁぁぁぁぁぁぁぁ……っ。
……あ、ぁ。
つぶ、す……。
……、……ァ。
つぶして、やる……。
……ジュピ、ター。
雷気よ……。
……だ、め。
我の躰ごと、爆ぜよ。
あ……ぁぁぁ。
……っ。
……。
はぁ……っ。
……。
……っ、……はぁ。
……ジュピター。
……!
……気が付いた?
はぁ……。
まこちゃん……。
……だれ、だ。
私よ……亜美よ。
あみ……マーキュリー。
ううん、今はマーキュリーじゃない……。
……おまえは、だれだ。
私は、水野亜美……。
マーキュリーじゃ、ないのか……。
……今は、違うの。
今は……。
もう、戦いは終わったの……だから。
亜美、ちゃん……?
……然うよ、まこちゃん。
戦いは……。
……終わったわ。
終わった……然う、か。
……目が覚めて、良かった。
は、ぁ……。
……本当、に。
ここは……。
……ここは、私の部屋。
亜美ちゃんの……。
……まこちゃんのお部屋でも良かったんだけど、私の家の方が近かったから。
あたしは……どうして、亜美ちゃんの部屋に居るんだっけ。
……それは。
つ……。
……だめ、あまり動かないで。
なんだか……からだが、すごく痛いや。
……全身を、痛めているから。
全身……なんで。
……。
怪我をしたのは、おでこと、胸……それから、足だったと思うんだ。
……あの戦いまでは。
実はあたし、他にも怪我をしていたのかなぁ……へへ、気が付かなかったよ。
だけど、おかしいな……こんなに痛いのなら、気が付かないわけないのに。
……あの後。
ん……?
……また、敵が現れたの。
敵……また、出たのか。
たく……どれだけ居るんだ、しつこいなぁ。
……まこちゃんは、怪我をしていたから。
怪我をしていたって、あたしは行くよ……。
……然う、言って。
若しかしてあたし、マーキュリーの足手纏いに……。
ううん……足手纏いなんかじゃ、全くなかったわ。
怪我をしていても、それでも、私をかばい続けて呉れて……。
……マーキュリーを守るのは、あたしの役目だ。
だけど……だけど、思うように反撃が出来なくて。
……やっぱり、足手纏いに。
違う……足手纏いになったのは、寧ろ、私の方なの。
マーキュリーが……いや、そんなことはない。
ポケコンは故障していて、格闘もろくに出来ない……出来たのは、非力な技を出し続けることだけ。
マーキュリーの技は、非力なんかじゃないよ……頼りになる、技だ。
……でも、通用しなかった。
マーキュリー……そんな顔、しないで。
……あなたを、守れなかった。
ちゃんと、ここに居るだろ……?
……。
あたしは、ここに居る……と言うことは、マーキュリーが守って呉れたからだ。
……違うの。
何も、違わないよ……今だって、傍に居て呉れているじゃないか。
……あなたなの。
ん……あたし?
まるで、最後の力を振り絞るようにして……私を、助けて呉れたのは。
……。
全身、ぼろぼろだったのに……それなのに。
然うだ……奪われそうに、なったんだ。
まこちゃん……。
マーキュリーを……亜美ちゃんを。
だから、あたしは……潰してやろう、と。
……あなたが助けて呉れなければ、私は。
良かった……マーキュリーが、無事で。
……ごめんなさい。
ん、どうしてだい……無事なのだから、謝らなくても良いよ。
私に、もう少し……もう少しだけ、力があれば。
力なら、あるさ……。
……私に、力なんて。
ぎりぎりまで、あたしを守って呉れたんだろ……。
……守れて、なんか。
あたしの前に、立って……だから。
……守り切れなければ、意味がないの。
ちゃんと、守り切ったじゃないか……だって、ふたりで居るんだからさ。
それは、まこちゃんが……ジュピターが。
あたしだけでは、駄目だったよ……あたし、ひとりでは……マーキュリーを、守れなかった。
でも……でも。
ふたりだから、帰ってこられたんだ……じゃなきゃ、あたしはもう二度と、目を覚まさなかったと思う。
……い、や。
ん……?
……そんなこと、言わないで。
あぁ……うん、ごめん。
……。
ごめんよ……もう、言わないから。
……あなたがこのまま、目を覚まさなかったら。
どうしようって、考えてた……?
……言わないで。
ん、ごめん……。
……。
敵は、倒せたんだよね……。
……うん。
なら、大丈夫だ……良かった、良かった。
……スター、ライツが。
すたー……?
……スターライツが、来て呉れて。
スターライツ……まさか、あいつらが助けて呉れたのかい?
……助けて呉れたのは、主にファイター。
ん、どれだっけ……。
……黒髪の。
黒髪の……あぁ、ムーンにやたらと絡むやつか。
やたらでは、ないと思うけれど……見た様子、物静かそうだし。
物静かかも知れないけど……なんとなく、あたし達のことは眼中になさそうだろ。
……珍しい。
ムーンに気安いような気がする……それが、気に喰わない。
それは……確かに。
……でも、珍しいこともあるもんだな。
若しかしたら、ムーンが窮地に陥ったせいかも知れない……。
……。
ジュピターが私を守って、力尽きた後……ムーンやマーズ、ヴィーナスが駆け付けて呉れたの。
然うだ……三人は、無事かい?
うん、大丈夫……三人とも無事よ。
……怪我は。
しているけれど……ジュピターほどではないわ。
然うか……なら、良いや。
……三人が戦っている間、私は見ているだけだった。
寝ちゃったあたしを、守って呉れてたんだろ……それは三人も、特にムーンが一番、分かっている筈だよ。
……少しずつ、追い詰められて。
今回の敵は、しぶとい奴だったんだなぁ……。
……マーズとヴィーナスが動けなくなって、ムーンが窮地に立たされた。
その時に……あいつらの言葉を借りれば、流れ星のように現れたんだな。
……まさに、一瞬だった。
やっぱり、気に喰わないな……どうせ出てくるなら、もっと早く、出てこいよ。
然うすれば、こんなぼろぼろにならなくても良かったかも知れないのに。
ん……まこちゃん。
……ほっぺたに、泣いた後がある。
痛くないの……。
少し、痛いけど……他よりは、痛くない。
……無理は
してないよ……。
……。
……泣いてた?
泣いて、なんか……。
……然う、かな。
泣いている場合じゃ……ないもの。
別に良いじゃないか……恋人が、目を覚まさなかったら、心配で泣いちゃうことだってあるさ。
……かっこ、悪いでしょう?
ううん、かっこ悪くなんて、ないよ……。
……。
ないから……。
……う、ん。
笑って呉れたら、うれしいなぁ……。
……こう?
……。
上手に……笑えてない?
んーん……素敵に、笑えてる。
……素敵では、ないと。
素敵すぎて……見惚れてる。
……。
みんなは、自分の家に……?
……一旦、火川神社に。
火川神社……怪我の、手当て?
……マーズの傷が、ふたりより少しだけ酷くて。
マーズの……大丈夫かな。
……ルナとアルテミスが居るから。
なら……大丈夫かな。
……。
家族が居ると、心配されるだろうから……レイちゃんには、雄一郎さんも居るし。
……レイちゃんのことだから、弱っているところは見せないと思う。
だよなぁ……。
……。
ところで、亜美ちゃん……。
……なぁに、まこちゃん。
今日は、何日だっけ……?
……。
今日は、学校だよね……行かなきゃ、だめかな。
……今日は、お休みよ。
お休み……そっか、良かった。
……。
今日は一日、休んでいても良いんだ……出来れば、亜美ちゃんと一緒が良いな。
……私もまこちゃんと一緒に、お休みするわ。
やった……へへ、嬉しいなぁ。
……。
はぁ……それにしても、躰の至るところが痛いなぁ。
早く、治って欲しい……とりあえず、どこでも良いから。
……日は、替わっていないの。
うん……?
……敵が立て続けに現れた日から。
え、と……どういうこと?
……ミントティーをふたりで飲んで、それから、傷の手当てをして。
……。
ふたりで、休んでいた時に……また、現れた。
……三連戦ってやつか。
然う……三連戦。
……最悪だ。
……。
ん……亜美ちゃん。
記憶が、曖昧なのは……それだけ、ダメージを負ったから。
……。
……だけど、日が替わらないうちに目を覚まして呉れて。
今、いつ頃……?
……夕方、もうすぐ日が沈むわ。
夕方……ごはんは、どうしてたの?
……食欲がなくて。
今も、ない?
今は……分からない。
何か、食べないと。
……まこちゃんは、食べられそう?
あたしは……お腹、空いているから。
空いているの?
ん……空いてる。
……。
おかしい、かな……。
ううん……おかしくはないわ。
ふふ、良かった……。
……食欲があることは、良いことだもの。
でも、食べられるかな……。
……おうどんなら、どう?
うどん……?
……かきたま。
あぁ……うん、食べる……食べたい。
お腹のことを考えて、柔らかくするけど……良い?
ん、良いよ……考えて呉れて、ありがとう。
……じゃあ、作ってくる。
今?
早い方が良いかと思ったのだけれど……今は、要らない?
ううん、然うじゃないんだけど……。
……何かして欲しいことがあったら、なんでも言って?
なんでも……?
……私が、出来ることなら。
じゃあ……もう少しだけ、傍に居て欲しい。
……。
ほ、ほら、目を覚ましてから……まだ、あんまり経ってないから、さ。
ん……分かったわ。
……亜美ちゃん。
……。
……?
亜美ちゃん……?
……もう、しないで。
え……?
……私の為、なんかに。
……。
……ごめんなさい。
良く、分からないけど……亜美ちゃんは、なんか、じゃないよ。
……。
あたしの、とても大切なひとで……うさぎちゃんにとっては、大切な友達だ。
レイちゃんや美奈子ちゃん、それから、ルナにとっても……ね。
……。
アルテミスは、どうだろ……知的なところが、合ってるのかな。
……どう、かしら。
まぁ、良いか……。
……。
あたしは、守るんだ……何が、あろうとも。
……。
……今日も、亜美ちゃんのお母さんは。
帰って、こないわ……だから、今夜は。
……。
……顔の腫れ、少しだけ引いてきたかも知れない。
回復は、早いんだ……。
……でも、ゆっくり休んでね。
亜美ちゃんとゆっくり休みたいから……くれぐれも、敵は出て呉れるな。
……本当に。
……。
……。
……然ういえば。
なぁに……?
……ここまで、誰があたしを。
……。
マーズ……は、怪我をしているから。
……と、ヴィーナス。
と……?
……マーズひとりでは、重荷だろうって。
あいつ……。
……それから、ムーンも。
え、ムーンも?
……うん。
え、えと……つまり、みんなで?
ムーンは、ついてきただけなのだけれど……泣いてしまって、それで。
……あぁ。
傍に居たいと、言って呉れたの……でも。
家族が、心配する……。
……マーズとルナが上手に説得して呉れて、ヴィーナスと送って呉れた。
然うか……良かった。
……。
今日はきっと、皆で寝不足だね……。
……ん、然うだと思う。
15日
ありがとう、レイちゃん。おかげで、助かったよ。
うん、ここまで来れば大丈夫だ。あとは、部屋に入るだけだからさ。
ん……私は、このまま泊まらせてもらうわ。
今夜も、母は居ないの……うん、あとは任せて。
折角だから、お茶でも飲んでいくかい……あ、うん、分かった。確かに、さっさと休みたいよね。
じゃあ、気を付けて……いや、もう大分遅いからさ。大丈夫だとは思うけど、一応。
星野くんのことについては、また改めて……うん、私も注意はしておいた方が良いと思う。
悪意は今のところ、感じられないけれど……今は衛さんが不在だし、付け込まれないとも言えない。
うさぎちゃんの心が変わってしまったのなら、仕方ないけれど……ん、自分でも心配しすぎていることは分かっているの。
……それでも、レイちゃんほどじゃないと思うな。
ごめんなさい、一緒に帰れなくて……ん、無理をしないように見張っておくわ。
……用がなければ、暴れたりなんてしないんだけどなぁ。
じゃあ、帰り道にはくれぐれも気を付けてね……うん、また明日。
改めて、送って呉れてありが……え、どういう意味って、何がだい?
レイちゃんほどじゃないって……や、うさぎちゃんのことを一番心配しているのは、なんだかんだ言っても、レイちゃんだよなぁって。
そんなことないって、言われても……中学生の頃からだし……ねぇ、亜美ちゃん。亜美ちゃんも、然う思うだろ?
……私?
亜美ちゃんも心配性だと思うけど、レイちゃんの方が……あ、うん、同じくらいだね。
あたしも、心配しているよ。そろそろ、おうちに着いている頃かなぁ。とりあえず、大きな怪我をしなくて……通信機?
……ルナからだわ。
お、噂をすればなんとやら、かな。
……はい、こちら亜美。
多分、無事に着いているって連絡だろう。
……うさぎちゃん、家に着いているって。
ん、そっか。
無事に着いているようで良かった。
……ん、また。
然ういうわけだから、レイちゃんも気を……通信機?
……若しかしたら、美奈子ちゃんかも知れない。
無事に送り届けたって、言いたいのかな……うん、やっぱり然うみたいだ。
元気そうな声……美奈子ちゃんも、怪我をしているのに。
でもさ、美奈子ちゃんから元気がなくなったら、それはそれで大事かも知れないよ。
……それは、然うね。
あ、切った。
……仕方ないと思う。
うん……あたしも然う思う。
お疲れ様、レイちゃん……うん、気を付けて。
逆の方向なのに送って呉れて、本当にありが……はい、安静にして、なるべく早く治します。
レイちゃん、あまり……あ。
……行っちゃったねぇ。
まこちゃん……無理しなくて、良いからね。
ん、分かってる……きっと、レイちゃんも。
……釘を刺しただけなのは、分かっているのだけれど。
色々、強いなぁ……高校生になってから、より強くなった気がするよ。
……最近のレイちゃんは、使命に生きていると。
使命……前世からの、だよね。
……。
亜美ちゃん?
……かつての「マーズ」の姿が、重なっているようにさえ。
かつての……。
……然う感じる時が、たまにあるの。
中に居る存在に、引っ張られているのかも知れない。
……。
レイちゃんは、どこまで行ってもレイちゃんであって、前世の「マーズ」じゃないんだけどなぁ。
……一番、似ているのかも知れないわ。
……。
でも、私は……火野レイとして、うさぎちゃんの傍に居て欲しいと思う。
だって、うさぎちゃんは……それを、望んでいないと思うから。
……レイちゃんも、「マーズ」になることは望んでいないと思うんだ。
まこちゃん……。
だって、面白くないだろ?
昔の自分に、乗っ取られるなんてさ。
……乗っ取られる。
とは、違うか。
いえ……結果だけ見れば、然う言えるのかも知れない。
なら、そんな結果にしなきゃ良いだけだね。
あくまでも、あたし達はあたし達だ。前世とは違う。
……うん。
とりあえず……中に、入ろうか。
ん……然うね。
……肩、貸してもらっても良い?
もちろん……。
……ありがと。
まこちゃんに、合わせるから……。
……うん、助かる。
……。
こういう時、玄関の段差が鬱陶しいんだよな……。
……今更、なのだけれど。
うん……?
……スロープがあれば良いと思うの。
すろーー……?
……傾斜路のこと。
けいしゃろ……。
……車椅子や台車、ベビーカーの移動をしやすくする、ちょっとした坂道。
あぁ、あれか……あれだったら確かに、足が不自由でも上がりやすいな。
……取り外しが出来るものがあれば、便利だと思う。
んー……もう少し、玄関が広ければなぁ。
この角度だと……今の足の状態じゃ、ちょっと急かも。
……少し、考えてみるわ。
ん……ありがと。
……足、上げられる?
それくらいなら、大丈夫……問題は、床に足をつく時かな。
……支えているから。
お……。
……マーキュリーになれば、支えられる。
はは、頼りになるなぁ。
……だから、レイちゃんに帰ってもらったのでしょう。
うん……然うなんだ。
……。
行くよ、亜美ちゃん。
……うん、良いわ。
よい、しょ……。
……ん。
あ。
……大丈夫。
ごめん、重たかったろ。
ううん……重たくなんて、ないわ。
片足はついたし、ここからは這って行くよ。
……這って?
ゴールはもう、すぐそこだから。
……まこちゃんが、然うしたいのなら。
靴を、脱がしてもらっても良いかな。
……うん。
それと、躰を倒すのも手伝ってもらって良い?
……もちろん。
ありがと……それじゃあ。
……ゆっくりと。
ん……。
……手を、出せる?
出せる……。
……。
手を、ついて……よし。
……痛みは。
少し、あるけど……大丈夫だ。
……靴を脱がせるから、少し待ってて。
臭かったら、ごめんね……?
……まこちゃん。
ははは……。
……。
ふぅ……。
……ん、良いわ。
ありがと……。
……臭くなかったわ。
……。
……だから、謝らないで。
はい……。
……初めは、ゆっくり動いてね。
うん、ゆっくり……うっ。
……う?
あぁ……然うだった。
まこちゃん?
……。
足が痛むの?
……胸も、痛いんだった。
胸……肋骨?
ううん……多分、打ち身だと思う。
打ち身……打撲。
足ばかり、気にしてて……つい、うっかり。
……立てるようなら、立った方が。
あー、どうだろ……立てるかな。
……。
でも、まぁ、大丈夫だ……。
……何が、大丈夫なの。
このまま、行くよ……足よりは、痛くないからさ。
力を入れると、こう……ちょっと、ずきっとするだけで。
……一瞬、息が詰まる。
ほんと、一瞬だから……大丈夫、大丈夫。
……私にもっと、力があれば。
ん、亜美ちゃん……?
こういう時……まこちゃんを、抱き上げられるのに。
……え。
然うすれば……今頃、まこちゃんは。
亜美ちゃん……それは、あたしの役目だよ。
……誰が、あなたを抱き上げて呉れるの。
それは、居ないけど……まぁ、自力でなんとかするさ。
体力と腕力、それから頑丈さが、あたしの取り柄なんだ。
……私が、男の子だったら。
亜美ちゃんが、男の子……。
……然うしたら。
セーラー戦士には、なれないんじゃないかな……多分。
……男の子でも、セーラー服は着られるわ。
まぁ、然うなんだけどね……でもさ、前世の世界のひと達は、ほぼほぼ女の形をしていたと思うんだ。
だから……多分、セーラー戦士ってのは、女がなるものなんじゃないかな……ほら、スターライツも然うだろ?
……。
あたしは、どんな亜美ちゃんでも大好きになると思うけど……。
……私も、あなたを抱き上げてみたいの。
因みに……どうやって、抱き上げたいの?
ジュピターが良くして呉れる……その、お姫様抱っこをしてみたい。
あぁ……やっぱり、然うだよね。
……いや?
まさか……いやじゃ、ないよ。
……鍛えるわ。
鍛える……?
大切なのは、腕の力と……体幹、かしら。
そ、そこまで、しなくても……その、良いよ?
……まこちゃんは好きだと思うの。
へ……。
するよりも……される方が、本当は。
……。
素敵な男の子に、お姫様抱っこをされること……憧れていた、ううん、今でも憧れてるんじゃないかって。
……参ったな。
水野亜美では、無理でも……マーキュリーなら、いつか。
ありがとう……亜美ちゃん。
……がんばるわ。
でも、程々にね……。
……程々では。
あたしはね……亜美ちゃんを抱っこすることも、大好きなんだ。
……まこちゃん。
好きな女の子をお姫様抱っこすることが出来るなんてさ……最高にかっこ良いじゃないか。
……まこちゃんはいつだって格好良くて、かわいいわ。
あ、うん……ありがと。
……本当よ。
ん、知ってる……亜美ちゃんは、こんな嘘は吐かないから。
……お姫様抱っこしたいという気持ちも。
本当、なんだよね。
……。
然うだな……好きな子に抱っこされるのも、良いかも。
……いつか、叶えるから。
うん……楽しみにしてる。
……必ず。
ねぇ、亜美ちゃん……。
……なに。
胸……あとで、見るよね?
……あとで、見せてね。
だよね……。
……今、見ても良いけれど。
いや、ゴールに着いてからが良いな……。
然う……なら、あとで。
……。
若しかして……恥ずかしい?
手当てだし……大丈夫、なんでもないよ。
……動く?
うん……今なら、行けそうだ。
……焦らずに、ゆっくりと。
ん……しょ。
……座布団の用意を。
ありがとう……。
……他に、何か。
喉が、乾いたかも。
……喉?
何か、飲みたいな。
……何が良い?
んー……ミントティーが良い。
ミントティー……。
あ、面倒なら、白湯で
ううん、ミントティーで良いと思う。
……良い?
ミントには、鎮痛作用があるから。
あー……然ういえば前に、亜美ちゃんに聞いたような。
今のまこちゃんには合っていると思うの。
すぐにお湯を沸かすわね。
ね……亜美ちゃんも、飲まない?
……私も?
出来れば、一緒に飲みたいな。
……。
要らない、か。
ううん……私も飲む。
ほんと……?
手の火傷……軽傷だけれど、少し痛むから。
……あ。
本当に軽傷なの……手の平の皮が、少し剥けたくらいで。
それは……痛いよ。
……。
両手……?
……ううん、左手だけ。
ごめんよ……。
……どうして。
それ、あたしが飛ばされた後だろ……だから、ごめん。
まこちゃんは……ジュピターは、何も悪くないわ。
私が、不用意だっただけ……弾かれたポケコンなんて、放っておけば良かったの。
……だけど、大事なものだから。
だとしても、見誤ったのは事実……だから、謝らないで。
……。
……まこちゃんの足の火傷も、軽傷で良かったわ。
亜美ちゃんがすぐに、手当てをして呉れたしね……。
……あとで、お薬を塗るから。
亜美ちゃんの手にも……痕に、ならないように。
……。
全くさ、酸性だかアルカリ性だか知らないけど……心底、迷惑な敵だったよ。
……然うね、とても迷惑だった。
まぁ、迷惑でない敵なんて、居たことないけどさ。
……ふふ。
よし……着いた。
……休んでいて、まこちゃん。
うん……然うする。
……。
……今夜は、眠れないかな。
今夜は、眠れなくても……。
朝ごはんを、食べて……それから、眠れば良いか。
……ん、それで良いと思う。
朝ごはん……サンドイッチを作ろうと思ってたんだけどな。
……私が何か作るわ。
え。
……簡単なものになってしまうけど。
でも、手が。
……。
然うだ、うどんはどうだろう?
……うどん?
お湯で湯がいて水洗いをするだけだから、右手一本でも出来ると思うんだ。
……。
朝からうどんは、いやかな。
……かきたまにしても良い?
かきたま?
……前にまこちゃんが作って呉れたのが、美味しかったから。
もちろん、良いよ。
……じゃあ、かきたま。
かにたまと一文字違いだ。
……。
なんて。
ふふ……本当ね。
たまごは、あたしが割るよ。
手は、元気だからさ。
ん……お願い。
明日の朝は、ふたりで作る……ふふ、楽しみだな。
……。
はぁ……。
……疲れた?
ん、疲れた……亜美ちゃんも。
……立て続けは、止めて欲しいわ。
あは……。
……なぁに?
それ、あたしも全く同じことを思ったよ。
……まこちゃんも。
お揃いだね。
ん……お揃い。
14日
あー……流石に、くたびれた。
……はぁ。
出来ればもう、動きたくない……と言うより、足が動かない。足は二本、ちゃんと付いてるけど……うっ、感覚はあるな。
これは、骨が折れたか……何かしらの腱か切れたか……さて、どうしようか……どうやって、部屋まで帰ろうか。
……どこ。
ムーンの光が見えたから、とりあえず、敵は倒せたようだけど……他のみんなは、無事かな。
まぁ、あたしが無事なんだから、マーズもヴィーナスも大丈夫だろう……。
どこに……いるの。
マーキュリーは……大丈夫、今回もあたしが守った。
今頃はきっと、あたしを探して……くそぅ、この足が動いて呉れたら。
こんな時に、故障だなんて……私と同じで、役に立たない。
名前を……う、胸が痛い。
まさか、肋骨もだめか……いや、多分打ち身だな。
ジュピターはどこかに、必ず居る……どこかで、休んで。
たく、立て続けに出て呉れやがって……少しは、こっちの都合も考えろっての。
折角、亜美ちゃんと一緒に居たってたのにさ……本当、台無しじゃないかよ。
ジュピター……私を、呼んで。
……帰って、亜美ちゃんと寝たい。
小さな声でも、構わないから……。
……叶うなら、あたしのベッドで。
……。
明日、学校休んでも良いかなぁ……だめかなぁ。
……気配。
て、休みだった……あー、良かった。
……ジュピターが、無事ならば。
はぁ……マーキュリー、まだかな。
……向こうの方角に、飛ばされて。
なんて、かっこ悪いな……もう少し休んだら、自分でマーキュリーのところに。
……水気よ、お願い。
風が、生温い……違う、生臭い……獣……魚……血……全部、ごちゃ混ぜにしたような。
マーキュリー曰く、躰が腐っているとか……ムーンなんて、半泣きになってて……マーズに、しっかりしろって言われてたっけ。
ジュピターを……あのひとを、見つけて。
敵を倒しても、消えずに残って……いや、若しかしないでも……あたしが臭いのか、これ。
あーもう、最悪だ……こんなんじゃ、亜美ちゃんと一緒に寝れないじゃないか。
……。
あぁ……なんだか、頭の中がぼんやりしてきた……いっそのこと、このままここで。
いやいや、こんなとこじゃいくらなんでも……警察に見つかって、連れていかれても面倒だ。
……見つけた。
マーキュリー……ごめんよ。
待ってて、ジュピター……すぐに。
……それにしても、生臭い。
ん……。
これだけ、生臭いと……ぼんやりするだけで、意識は遠くならないな。
あぁ、ごみの日に出したい……袋を二重……いや、三重にして。
歩けるでしょう……私は、あのひとに守ってもらったんだから。
はぁ……マーキュリーの水で、それこそ頭から被って、洗い落としたい。
お願い、してみようかな……聞いて、呉れるかな……聞いて、欲しいな。
向こうに、居るの……だから、行かなきゃ。
若しも、マーキュリーも……然うだったらいっそ、ふたりで水浴び……なんて……ふふ、良いかも。
や、別に、やましい気持ちでは……ふたりの方が、手っ取り早いと思うだけで。
ジュピター……まこちゃん。
乾かすのは、マーズに頼んで……怒られちゃうかなぁ。
……私はまた、あなたに守られて。
亜美ちゃん……大好きだ。
……。
大好きだよ……亜美ちゃん。
もう、ずっと一緒に居たい……。
……。
結婚、したいなぁ……若しも結婚することが出来たら、水野になるんだ。
水野まこと、なんてさ……語呂も悪くないし……良いと思うんだよね。
……。
亜美ちゃんは、木野が良いって言うかなぁ……それなら、木野でも良いかなぁ。
好きな人の名字になるの、ずっと憧れていたけど……ノートに、書いたりもしたけど。
好きなひとが、あたしの名字になりたいって思って呉れるのも……良いかも知れない。
……。
水野まこと……木野亜美……どっちも、良いなぁ……結婚して、家族になりたいなぁ。
でも、結婚しなくても……ずっと一緒に、居られれば……それも、家族だよね。
……何を、お話しているの。
ん……。
……ジュピター。
マーキュリー……来て呉れたんだ。
ごめんなさい……遅くなって。
ううん、良いんだ……来て呉れて、ありがとう。
……若しかして、動けない?
ん、足が動かなくて……だから、休んでいたんだ。
動けるようになったら、マーキュリーのところに行こうって……。
……見ても良い?
うん、見て欲しい……。
……触っても。
ん、良いよ……好きなだけ、触って。
……痛みは、主にどこから。
と、思ったけど……あたし、生臭いと思うんだ。
……それが、なに。
あまりにも臭くて、鼻が曲がってしまうかも知れない……て。
……そんなの、気にならないわ。
でも……。
……私も、同じだから。
同じ……あ。
……だって、一緒に戦ったんだもの。
あぁ……然うだった。
……特に痛むところは、どこ?
え、と……多分、すねの辺りかな。
太腿は、大丈夫だと思う……。
……臑。
う……。
あ、ごめんなさい。
ん、いや……平気。
……。
ふぅ……。
……ところどころ、軽度の火傷。
火傷……あの体液のせいかな。
……ひりひりする?
言われてみれば……するかも。
……臑は、特に左が腫れている。
左……折れてるかな。
……冷やしても。
ん、お願い……あ、でも。
……なに?
今更だけど、マーキュリーは大丈夫かい……?
……私は、大丈夫。
どこか、怪我を……然う、火傷はしてない?
……しているけれど、今はあなたの応急処置がしたいの。
ん……。
……させて。
分かった……お願い。
……ん。
……。
少し、冷たいけれど……。
……我慢、出来る。
……。
炎症が、広がらないようにする為に……ね。
……うん。
はは……ぅ。
……。
あー……ひんやりぃ。
……ふ。
ん、おかしかった……?
……もう、ジュピターは。
ははは……。
……。
ねぇ、マーキュリー……。
……なぁに。
若しかして……ポケコン、壊れちゃったのかい?
……。
使ってないから、少し気になって……ごめん、違ったかな。
……ううん、違わない。
そっか……。
……こんな時に、故障してしまうなんて。
仕方ないさ……機械は、壊れるものなんだから。
……然うだとしても。
直せるんだろ……?
……ルナとアルテミスなら、多分。
猫……直す時には、ヒトの形になるんだよな。
……いつか、自分で。
マーキュリーなら、出来るさ。
……。
必ず、出来るよ。
……。
あ……無責任、だったかな。
……ありがとう。
マーキュリー……。
……あなたが信じて呉れるから、私はがんばることが出来るの。
あたしに、出来ることがあったら……。
……。
お茶とおやつを用意することくらいかな……あたしが触ったら、それこそ、修理不可能になってしまうかも知れないし。
……力になる。
……。
ジュピターが用意して呉れるお茶とおやつは……ムーンとヴィーナスではないけれど、心と躰、両方の支えになるの。
……とびきりのものを、用意するよ。
ん……楽しみにしてる。
……。
……。
でも、珍しいね……高いところから落ちたって、壊れないのに。
……今回は、敵の体液の影響で。
体液の……?
……。
……ちょっと待って。
……。
マーキュリー……本当に大丈夫だったのかい?
私は、大丈夫……直接、触れたわけではないから。
……間接的には。
体液に塗れたポケコンに、不用意に触れてしまったの。
……。
それで、手に軽いやけどを負った……でも、すぐに冷やしたから問題ないわ。
……手、見せて。
見せない。
……マーキュリー。
今は、あなたが優先。
……。
……心配、しないで。
無理だよ。
……。
無理だ。
……。
マーキュリー。
……お願い、ジュピター。
……。
今は……あなたを優先させて。
……大丈夫、なんだね。
ん……。
……分かった。
……。
それにしても……マーキュリーは、すごいな。
……すごくなんて。
あんな難しい機械を、自由自在に使いこなしてさ……しかも、自分で直そうとまで考えてる。
あたしなんて、ちょこっと触っただけで壊しちゃって……冬なんて、特に大変だよ。
……それは、体質もあるから。
体質かぁ……静電気、なんとかならないかなぁ。
……私も、たまに壊してしまうことがあるの。
マーキュリーも……?
……私の場合は、湿気で。
あぁ……ふふ、然うだったねぇ。
……戦士になる前は、分からなかったけど。
うん……あたしも、分からなかった。
まさか自分が、「ジュピター」の生まれ変わりだなんてさ……。
……大丈夫。
ん……?
あなたなら、いつか……躰内の雷気達を、制御出来るようになる。
……然うかな。
「ジュピター」に出来たこと……あなたに、出来ないわけがない。
……ジュピター、前世の。
……。
パソコン……亜美ちゃんに、教わろうかな。
教わったら、あたしでも出来るようになるかな……。
……必ず、出来る。
……。
お勉強をすること……今ではもう、苦手ではなくなったのだから。
苦手な教科は、あるけど……それでも、中学生の頃よりは苦じゃない。
……だから、パソコンも出来るわ。
マーキュリー……うん、ありがとう。
……ふぅ。
終わった……?
……応急処置は。
ありがとう……これで、歩ける。
だめ……無理はしないで。
……う。
だめよ……。
……どうやって、帰ろう。
マーズとヴィーナスに……。
……仕方ない、か。
私は……手当てをするという名目で。
来てく呉れる……?
……もちろん。
でも、然うなると、ムーンは……。
……それも、心配要らない。
うん……?
……迎えに来て呉れているひとが居るから。
迎えに……けど、今はタキシード仮面は居ないし。
……星野くん。
え……?
……向こうに見える。
どこ……。
……。
んー……本当だ。
だけど、なんで……?
……分からないわ。
たまたま……にしても、いつも居る気がするな。
……たまたまではないかも知れない。
それって……まさか。
……その可能性は十分にあり得る。
良いのか、ムーン……いや、うさぎちゃんを任せて。
……ルナが居るから。
ルナ……あぁ、然ういえば居たな。
……ジュピター。
ん、ごめん。
それに……他のふたりは分からないけれど、星野くんはうさぎちゃんに危害を加えないと思うの。
……観察?
うん……。
……確かに、星野くんはうさぎちゃんに危害を加えないかも知れない。
まこ……ジュピター。
星野くんは……多分、うさぎちゃんのことが好きなんだろうと思う。
……え。
え……?
好きって……恋愛の?
然うだけど……亜美ちゃ、いや、マーキュリーも然う思っていたんじゃないのかい?
……盲点だったわ。
おう……。
……やっぱり、ヴィーナスに。
ん、然うなる……?
……うさぎちゃんには、衛さんが居るから。
然うだけど……大丈夫じゃないかなぁ。
……同性でも分からない。
……。
でしょう……?
……はい、その通りです。
……。
ありがとう、マーキュリー。
さっきより、大分楽になったよ。
……今、マーズを呼ぶわ。
ふたりで帰りたかったなぁ。
……帰れば、ふたりだから。
……。
……マーズには、ひとりで帰ってもらうことになってしまうけど。
多分、気にしないんじゃ……。
……マーズ、そちらはどう?
と……。
然う、三人とも無事なのね……こちらは、ジュピターが足を負傷していて……うん、お願い出来るかしら。
ヴィーナスは、ムーンを……ん、場所は、校舎裏の……。
……星野くん、か。
それと、星野くんが来ているみたいなの……念の為、気を付けるように。
スリーライツ……スターライツ。
待っているわ……ええ、じゃあまた。
……なんて、まさかな。
ジュピター。
ん、大人しく待ってるよ。
……軽く、水浴びする?
へ……。
臭い……気になっているようだから。
……マーキュリーと一緒になら。
私は……。
で……マーズに、乾かしてもらおう。
……怒らないかしら。
呆れるかも知れない……でも、風邪を引くよりは良いと思って呉れるかも。
……。
とりあえずさ、言うだけ言ってみない?
……だめで元々?
然う、それ。
……ん、分かった。
13日
ふぅ……。
……。
ちょっとひんやりするけど、そこまで冷たくない……もう、冬の空気じゃないんだな。
あたしにもやっと、春が来て呉れたし……然う、春が来たんだ。
……ふ。
手当て……亜美ちゃんはやっぱり、誰よりも上手だなぁ。
あたしじゃあ、こんなきれいに出来ない……寝る前にも、看て呉れたし。
……。
ふふ、うれしいなぁ……すっごくうれしい。
一生、大切にするんだ……ずっとずっと、一緒に居る為に。
……まこちゃん。
ん……。
……どこ?
亜美ちゃん?
……。
あ、ごめん、起こしちゃったかな。
……若しかして、お手洗い?
うん……ちょっと、目が覚めちゃってさ。
額の傷……痛い?
少し痛いけど、大丈夫だよ。
……ふぅ。
ん。
痛かったら、言ってね……。
う、うん……すぐに、言うよ。
……聞くだけで、なんにも出来ないかも知れないけど。
聞いて呉れるだけでも、うれしい。
ひとりだと、誰も聞いて呉れないから。
……じっと、ひとりで我慢するの。
ひとりで我慢してると、たまに……ん、やっぱりなんでもない。
……何を、言いかけたの?
かっこ、悪いから。
……私は、然うは思わないわ。
亜美ちゃん……。
でも、然うね……言いたくないことを、無理に言わせてはだめよね。
ごめんなさい、まこちゃん……もう、聞かないわ。
……涙が、出てきちゃう時があるんだ。
なみだ……?
あたし以外誰も居ない、静かな家で……色々、ひとりで我慢してると。
……。
かっこ悪い……だろ?
ううん……かっこ悪くなんて、ないわ。
……ほんとに?
本当に……。
……なら、良いかな。
私も、然うだから……。
……亜美ちゃんも?
かっこ悪いと、思う……?
全然……思わない。
……本当?
ほんとだよ……。
……ふふ。
かわいい……。
……なに?
か、かわいいなって。
……だれが?
亜美ちゃんが。
……まこちゃんじゃなくて?
あたしは、かわいくなんてないよ。
……そんなことない、かわいいわ。
や……。
……や?
その……あんまり、言われたことないから。
……だれに、言われたの?
りょ、両親かな……あと、祖父母。
あ、でも、言われたのは小さい頃だよ……。
……然う、まこちゃんは小さい頃からかわいかったのね。
ま、まぁ、身内だしね……。
……小さい、まこちゃん。
え、と……?
……これくらいかしら。
あたし、小さい頃から大きかったから……。
じゃあ……これくらい?
……生まれて何ヶ月かくらいの検診の時に、看護婦さんに1歳半に間違われたらしい。
それは……大きいかも。
……生後半年で、身長が75センチくらいあったみたいなんだ。
……。
赤ちゃんなのに、大きすぎてさ……かわいくないなって。
……そんなことない。
でもさ……赤ちゃんって普通、小さいものだと思うんだ。
お母さんに抱っこされてる赤ちゃんで、そんなに大きい子なんて見たことないし。
赤ちゃんと、一口で言っても……みんな、同じではないわ。
……けど、あたし以外にそんな大きな子は。
全く居ないわけではないと思う……ただ、見たことがないだけ。
……ありがとう、亜美ちゃん。
まこちゃん……?
……亜美ちゃんに、然う言ってもらえるだけで。
気休めなんかではないわ……私は本当に然う思っているの。
……。
仮令、平均身長より大きいとしても……私は、かわいいと思う。
……亜美ちゃん。
だって……まこちゃんがかわいくないわけ、ないもの。
……。
だから、ね……これから、たくさん言うわ。
たくさん……?
……そう、たくさん。
なにを……?
……かわいいって。
か、かわいい……?
……ん。
い、言って呉れるの……?
……いやなら、言わない。
い、いやじゃないよ。
じゃあ……言っても良い?
う……。
……う?
良いって、自分で言うのも……。
……言うのも?
なんだか……恥ずかしい。
恥ずかしい……どうして。
良いって言ったら……それはまるで、かわいいと言って欲しいって、ねだっているようで。
……。
だから……亜美ちゃん?
まこちゃん、かわいいわ……。
……あー。
ふふ……ふふ……。
亜美ちゃん……若しかして、眠たい?
眠たくはないけど……。
……頭が、ぼんやりしてるとか。
ぼんやり……。
……うん、してるかも知れない。
ねぇ、まこちゃん……お布団に、戻らないの?
もう、戻るよ……起きるには、まだまだ早いし。
……然うよね。
起こしちゃって、ごめんね。
ううん……目が、覚めただけだから。
まこちゃんは、なんにも悪くないわ……。
……そっか。
……。
ん……どうした?
……まこちゃんのお部屋。
あたしの部屋が、どうかしたかい……?
……いつ来ても、まこちゃんの匂いがするわ。
……。
お部屋だけじゃない……ベッドも。
……。
ふふふ……。
……ねぇ。
うん……?
亜美ちゃんは……あたしのにおい、好き?
ん……好き。
……くさく、ない?
くさくなんて、ないわ……とてもいい匂いだもの。
……もしも。
なぁに……?
今……亜美ちゃんのこと、抱き締めたら。
……。
べ、ベッドの中で、抱き締めたら……もっと。
……。
あ……。
……抱き締めたいの?
や、やっぱり、な、なんでもない……。
……。
あ、あたし、何を言ってるのかな……は、ははは。
まこちゃん、傷に触ってはだめよ……。
……あ。
絆創膏が、はがれてしまうわ……。
そ、然うだった……。
……お布団に、戻らないの?
も、戻るよ……。
……それとも、ベッド?
んっ。
……ん?
あ、や、ふ、布団に戻るよ……。
……別に、良いのに。
い、いいの?
だって……このベッドは、まこちゃんのものだし。
私は、貸してもらっているだけだし……。
……本気に、しちゃうよ。
本気……?
その……一緒に、寝てもいいって。
……ふふ。
あ、あれ……。
まこちゃんがベッドで眠るなら、私はお布団で眠るわ……。
そ……然うなるの。
……おかしい、かしら。
お、おかしくは、ないけど……あたしは、亜美ちゃんと。
……私と?
……。
まこ、ちゃん……?
……亜美ちゃん。
な、に……。
……寝よっか。
え……。
……また、明日ね。
う、うん……また、明日。
……冬みたいに、冷たい空気ではないけれど。
風が、生温かったわ……。
……躰が冷えないわけでは、ないと思うから。
……。
……おやすみ、亜美ちゃん。
うん……おやすみなさい、まこちゃん。
……明日の朝ごはん、楽しみにしててね。
朝ごはん……?
……今夜は、本当に簡単なものしか作れなかったからさ。
とても、美味しかったわ……。
……。
いつだって、どんな時だって、まこちゃんが作って呉れるごはんは美味しいの……。
……明日の夜は、もっとちゃんとしたものを作りたい。
夜……?
……泊まらなくても、良いから。
朝、ではなくて……?
……ごめん、間違えた。
夕ごはんの話……?
……ううん、朝ごはんの話だよ。
……。
明日の朝は……亜美ちゃんが好きなサンドイッチを作ろうと思っているんだ。
……明日も、母は居ないの。
え……。
論文を書き上げると言って……暫く、家に帰ってこないの。
そう、なんだ……。
……自分の心に、素直に従う。
ねぇ、亜美ちゃん……良ければ、明日の夜も。
……難しく、考えない。
あたしの部屋に、おいでよ……それでさ、泊まりたかったら、また。
……ねぇ、まこちゃん。
な、なんだい……?
……明日も、その。
う、うん……。
……お泊まり、しても良い?
し、して、欲しい。
……。
してよ、亜美ちゃん……そしたら明日の夕ごはんは、今日よりももっと、良いものを作るから。
……良いもの?
うん……良いもの。
……今夜の、ツナの炒飯も美味しかったわ。
そ、それは……有り合わせのもので、ちゃちゃっと作っただけだから。
たまごも、入っていて……私が作るものよりも、ずっと、美味しかった。
……亜美ちゃん、炒飯を作るの?
ん……何度か、作ったことがあるの。
でも、まこちゃんのようには作れなくて……。
……食べて、みたいな。
食べて、みたい……?
……うん、食べてみたい。
……。
亜美ちゃんが作った炒飯……。
……美味しく、ないかもしれない。
ううん、美味しいと思う……だって、亜美ちゃんが作るんだ。
……具なしでも?
具なし……?
……ごはんを、炒めるだけ。
そ、それでも。
……。
それでも……食べて、みたい。
……何が、良い?
え……?
……炒飯の、具。
別に、具なしでも良いよ。
ううん、何か入れたい……だから、何が良い?
ん、何が良いだろ……亜美ちゃんが好きなもので、良いよ。
んーん……まこちゃんが好きなものが良いわ。
あたしが、好きなもの……。
……教えて、まこちゃん。
じゃあ……かにかまとたまごの炒飯。
かにかまと……たまご。
うん……。
かに、かま……って、かに?
……うん?
かになら……。
ま、待って。
……ん。
かにかま、知らない……?
……かには、知ってるわ。
かにかまは、かにに似せて作られているかまぼこのことなんだけど……。
……かにに、似せて?
だから、本物のかにではないんだ……。
……本物のかにでは、ない。
何度か、お弁当に入れたんだけど……たまご焼きとか。
……私、てっきり本物のかにかと。
そ、そっか……まぁ、あたしも言わなかったしね。
……ごめんなさい。
う、ううん、謝らないで良いよ……明日、一緒に買い物に行こう。
……おしえて、くれる?
もちろん。
……ありがとう。
どう、いたしまして……?
……ふふ。
はは……。
……かに、かま。
美味しいよ、かにかまも。
ん、知ってる……まこちゃんのお弁当に入っているから。
……かにも、美味しいよね。
かには……そんなに、美味しかったかしら。
……え。
母と食べたことはあるけど……あまり、憶えていない。
……そっか。
……。
……だから、かにかまと。
はぁ……。
……どした?
私、まだまだ知らないことばかりだわ……。
……あたしに教えられることが、あったら。
教えて、呉れる……?
……うん。
ふふ……ありがとう、まこちゃん。
どういたしまして……亜美ちゃん。
……ふぅ。
そろそろ、寝よっか。
……ん。
じゃあ、おやすみ……また、明日ね。
ん……おやすみなさい。
……。
……。
……炒飯、楽しみだな。
かに、かま……。
……ふ。
たのしみね……。
……そうだね。
……。
……なんかもう、ぜんぶがかわいい。
……。
しあわ……。
……通信機。
なんだ、こんな夜中に。
若しかして……また、敵が。
敵を倒してから、まだ数時間しか経ってないってのに。
……まこちゃん。
うん……。
……はい、こちら亜美。
あたしのも……。
レイちゃん……然う、十番中学の近くに……分かったわ、すぐに向かう。
……はい、こちらまこと。
……。
十番中学の近くだね……すぐに行くよ。
……。
行こうか、亜美ちゃん。
……まこちゃんは、傷が。
それは、亜美ちゃんもだろう?
……。
大丈夫、必ず守るよ。
……私も。
行こう、亜美ちゃん。
……ええ。
12日
5月2日の拍手、まことにありがとうございます。
お礼が遅くなり、まことに申し訳ありません。
はぁ……。
……あの、まこちゃん。
ごめん……もう少しだけ。
……。
いや、かな……。
……ううん、いやではないわ。
良かった……。
……まこちゃんのからだ、あたたかい。
熱い……?
……だいじょうぶ。
あたし、体温が高いからさ……嫌だったら、すぐに言ってね。
……うん。
なければ、良いな……。
……真夏の炎天下だったら、遠慮したいかも。
ん……。
……私も、汗をかいていると思うし。
真夏の炎天下は、流石に厳しいかなぁ……汗も気になるけど、それ以上に、熱で頭がやられてしまいそうだ。
……私ね、冷え症だから冷房が苦手なの。
うん……?
……ごめんなさい、唐突に。
ううん、大丈夫だよ……。
……木陰の涼しさは平気なのだけれど、人工的な涼しさは小さい頃から苦手で。
うん、知ってる……だからいつも、カーディガンを持ち歩いているんだよね。
……荷物になるのは分かっているのだけれど、どうしても、手放せなくて。
言って呉れれば、持つよ……本当は、言って呉れなくても持ちたいけど。
そんな……そこまでは、甘えられないわ。
あたしとしては、甘えて欲しいけどな……。
じゃあ……参考書を複数冊、買うようなことがあったら。
その時は、参考書を持つかな……どう考えたって、参考書の方が重いだろ?
……でも。
持ちたいんだ……だから、持たせて欲しい。
……私、まこちゃんに甘えてばかりで。
言ったろ……甘えて欲しいって。
……言われた、けど。
だからさ、もっと気軽に甘えて欲しいな……ね?
……気軽?
然う、気軽……。
……甘えるにも、限度があると思うの。
限度……じゃあ、程々に。
ん……判断が、難しいわ。
……そんなに難しく考えないで良いよ。
然ういうわけでは、ないのだけれど……。
……自分の心に、素直に従えば良いんだ。
自分の心……?
あたしに甘えたいなって思ったら……出来るだけ、難しく考えずにね。
難しいけど……やってみる。
うん……やってみて。
……がんばるわ。
ええと、そんなにがんばらなくても良いよ……?
……がんばらないと、出来ないと思うの。
然うなの……?
……然うなの。
うーん……亜美ちゃんは、真面目だなぁ。
……ごめんなさい。
あぁ、違う違う……責めているわけじゃないんだ。
あたしは、亜美ちゃんの然ういうところも好きだし。
……。
じゃあさ、ゆっくりで良いよ……でね、難しく考えてしまいそうな時は、あたしに言って?
……まこちゃんに?
言って呉れれば、一緒に考えるからさ……ひとりで考えるよりも、ふたりの方が良いと思うんだ。
……そのまま、上手に甘やかして呉れそう。
ん……。
……まこちゃんは、優しいから。
優しいかどうかは、分からないけど……そのまま甘やかしてしまうのは、然うかも。
……今だって。
ん、今……?
……うん。
今は……どちらかと言うと、甘えているのはあたしの方だよ。
……。
亜美ちゃんは、柔らかくて……。
……急に、冷房のことを話したのは。
へ……?
……。
あ、うん……なんだい?
……真夏でも、冷房が効いている部屋なら、まこちゃんと。
抱き合っていても、平気……?
……かも知れないと、思ったの。
然うだったら……うれしいなぁ。
……もちろん、汗を流した後になるけど。
あぁ……然うだね、その方が良いね。
……でも、駄目だったら。
その時は、無理しないで良いよ……あたしは亜美ちゃんに無理をさせてまで、抱き締めたいとは思わないから。
……それは、それで。
ん……?
……さびしい。
あ……。
……面倒、よね。
そ、そんなことは、ないよ……。
……。
じゃあさ、手を繋いだりして……様子を見ながらで、どうかな。
……ん、良いと思う。
……。
……。
ええ、と……塾で冷房が効きすぎていると、頭が痛くなってしまって、授業に集中出来ない時があるって言っていたよね。
ん……だから、懐炉を持って行く時もあるの。
懐炉……。
……指先まで、冷たくなってしまうから。
でも、夏はあんまり売ってないだろ?
……夏の為に、冬に買い溜めておくの。
あぁ……なるほど。
……電車もね、ひとりの時はいつも弱冷房車に乗っているの。
然うなんだ……知らなかった。
……言わなかったから。
でも、然うだよね。苦手なら、弱冷房車に乗るよね。
言って呉れれば、ううん、言わなくても今度からは弱冷房車にするよ。
ううん、良いの……上着を着れば、良いことだから。
亜美ちゃんひとりで、我慢することはないよ……ふたりの時は迷わずに、弱冷房車に乗ろう。
……だけど、弱冷房車だと暑いと思うの。
そんなの、平気さ……なんでもないよ。
まこちゃん……。
でさ、みんなとどこかに行く時は、みんなが普通の冷房車に乗っても、あたしは亜美ちゃんと一緒に弱冷房車に乗るから。
……。
少しくらい暑くても……亜美ちゃんと一緒に居たいんだ。
……ありがとう。
あぁ、分かった。
……?
亜美ちゃんが寒い時は、あたしが懐炉になれば良いんだ。
……まこちゃんが?
夏の冷房が効きすぎている時も、冬の寒い時も。
あたしが亜美ちゃんを温める懐炉になれば良い。
まこちゃんが、私の懐炉……。
そ……亜美ちゃん専用の、ね。
……。
いやかな……あたしが、懐炉じゃ。
……いやなわけ。
ない……?
……でも、まこちゃんを懐炉扱いになんて。
あたしは、うれしいけどな……だって、亜美ちゃんにくっついていられるんだろ?
……くっついて。
懐炉は、躰に触れていないとね……意味が、ない。
……。
みんなの前では、おおっぴらにくっつくことは出来ないけど……こう、さりげなくさ。
……美奈子ちゃんに、気付かれるかも知れないわ。
大丈夫……いつも通りだと思わせれば良い。
……いつも通り?
亜美ちゃんは、美奈子ちゃんに言われてないか……。
……何か、言われたの?
なんでもね……あたし達の距離はとっても近いらしい。
……距離?
顔でも、躰でも……なんでも。
……まこちゃんと私が?
美奈子ちゃんには、然う見えるらしいよ。
……いつ、言われたの。
ん……中学生の頃、かな。
……中学生。
そ、中三の……二学期、だったかな。
あたしが亜美ちゃんにお勉強を教わってる姿を見て、ふと、気が付いちゃったらしい。
……受験生。
どうやらあたし達の距離は、お付き合いする前から、近かったみたいだよ。
……そんなこと。
あるんだってさ……。
……お勉強の時なら、うさぎちゃんと美奈子ちゃんにだって。
あたしの時ほど、近くなかったらしい。
……良く、分からないわ。
あたしの目から見ても、うさぎちゃんは近かったと思う。
……でしょう?
でも、美奈子ちゃんは近くなかったかなぁ。
しかもちょいちょい上の空で、亜美ちゃんの説明を聞いてない時もあったし。
……うん、然うだった。
兎に角、あたしとは違うらしいんだよね。
……どう、違うと言うの。
あたしも気になって、聞いてみたんだ……美奈子ちゃんが言うほどあたし達は近くないと思うし、なんだったら、うさぎちゃんの方が近いんじゃないかって。
……それでも、私達の距離の方が近いと言い張ったのね。
なんかさ、雰囲気が違うんだって……なんだよ、雰囲気って。
然う、聞き返したんだけど……雰囲気は雰囲気、それ以外はないって。
……。
亜美ちゃんは、分かる……?
私は……分からないわ。
ん……少し、間があった?
……言われて、まこちゃんは。
言われて、初めて考えてみた……それで、雰囲気は分からなかったけど、距離は近いかも知れないって思った。
……。
でもね、あたしは離れなかったんだ……だって、亜美ちゃんとの距離は、その頃から心地好いものだったから。
……言われて、いやじゃなかったの。
全然、いやじゃなかったよ……。
……ん。
今も……とても、心地好い。
……今は、あの頃と。
亜美ちゃんに向ける感情は、少し違うものになったけど……心地好さは、変わらないんだ。
……。
亜美ちゃんは……どうだろ。
……あの頃は少し、緊張してた。
緊張……?
……好き、だったから。
……。
……まこちゃんの、こと。
あぁ……。
……うれしかったけど、たまに、逃げ出したくもなって。
え、然うだったの……?
……うれしいのに逃げ出したいなんて、変よね。
別に、変じゃないし……少し、分かるかな。
……変じゃない?
うん、変じゃないよ。
……。
なんだろう……好きだと思えば思うほど、離れたくなる時があるんだよね。
……まこちゃんも。
あたしの場合は……その、先輩に。
あ……。
なんだろね、あれ……。
……私、には。
亜美ちゃんには……なかった、かなぁ。
……そう。
だからと言って、亜美ちゃんを想う気持ちが先輩に向けたものよりも負けてるとは思わない。寧ろ、勝ってると思う。
毎日、亜美ちゃんと学校に行って、お弁当を食べて、お勉強をして……戦いの時も、兎に角、傍に居たかった。
……。
女の子を好きになったのは、生まれて初めてだったから……どうして良いか分からないってのもあって、必死だったんだ。
だって、亜美ちゃんは可愛いからさ……いつ、男子から告白されて、取られちゃうか……気が気じゃなかった。
……好きでもないひとに告白されても、私は断るわ。
……。
それを言うのなら、先輩……男の子だって、いつ、女の子に告白されるか分からないでしょう?
然うなんだけど……それならそれで、諦められるんだ。
実際、失恋は苦しいものだったけど……ちゃんと、諦められた。
……私のこと、だって。
亜美ちゃんは無理、諦め切れない。
……。
男に取られるのは、嫌なんだ。
勿論、女も嫌だ。
……何が、そんなに違うの。
違うよ……うまく言えないけど、全然違う。
……。
亜美ちゃんは、あたしが男子に取られちゃっても……諦められた?
……然うなっても、仕方ないと思っていたから。
仕方ない……。
……まこちゃんは、男の子が好きだし。
……。
……同性である、私のことを好きになることなんて。
それで、諦められるの……?
……だって、仕方がないことだもの。
……。
私は、お友達として、まこちゃんの傍に居られれば……?
……。
まこ、ちゃん……?
……良かった、両想いになれて。
え……?
……だから、くっつくね。
も、もう、くっついてるわ……。
……あたしは、亜美ちゃんだけの、懐炉になる。
そ、それは、嬉しいけど……。
あたし達は、中三の頃から距離が近かった……であれば、今更だ。
手が近くても、顔が近くても、躰が近くても、どこが近くても、美奈子ちゃんから見れば、いつも通りの距離。
寧ろ、離れている方がおかしいと思われるかも知れない。然ういうことになると、美奈子ちゃんはしつこいんだ。
ま、まこちゃん、とりあえず落ち着いて……?
あたしは落ち着いているよ、亜美ちゃん。
そ、そうかしら。
然うだよ。
……あ。
亜美ちゃん。
は……はい。
好きだよ、これからも。
あ、ありがとう。
男になんて、絶対にやらない。
わ、私も、男の子とは……。
多分、だけどね。
……え。
亜美ちゃんって……好きになったひとが、好きなんだと思う。
……どういうこと?
つまり、性別なんて関係なく、好きになったひとが、好きなんだ。
……。
亜美ちゃんは、あたしは男子が好きだと言ったろ?
……う、ん。
亜美ちゃんの場合は、好きになったひとが好きなんだよ。
……性別、関係なく?
あたしは、然う考えてる……だから、つまり。
……つまり?
亜美ちゃんが好きになるのは男の場合もある。
……。
その可能性だって十分にあるんだ。
だって、好きになったひとが、好きなんだから。
……同性愛者の、可能性も。
ないとは、言わない。
でも然うだとしても、あたしの亜美ちゃんへの気持ちは変わらない。
……。
そもそもさ、男が好きだとしても、男なら誰でも良いわけじゃないんだ。
無類の男好きでもない限り……いや、それでも幾らかは好みがあるかも。
……有性生殖は、雄と雌が番って、殖えるから。
ひとの心はそんな単純なものじゃないんだ、きっと。
……ひとの、心。
亜美ちゃん……お願いだから、あたしを諦めないで。
……え、と。
あたしは、諦められたくない。
……。
知ってるかい……恋人は、別れることだってあるんだよ。
……っ。
でも、あたしは亜美ちゃんと別れたくない……一生、一緒に居たいんだ。
……私も、いや。
何が、いや……?
……まこちゃんと、別れたくない。
だったら……諦めないで。
……まこ、ちゃん。
あたしも、絶対に諦めないから。
寧ろ、無理だから。
……ん、分かった。
約束だよ……?
……ん、約束。
やった……。
……。
へへ……。
……まこちゃん、そろそろ。
うん……そろそろ。
……。
ね……今夜は、泊まって呉れるだろ?
……今夜は。
無理、かな……無理、だったら。
……泊まりたい。
なら……泊まって。
……いい?
もちろんさ……。
……寝る前に、お勉強を。
う……。
……ふふ。
が、がんばるよ……。
……でも、今夜は戦いで疲れていると思うから。
……。
傷も、負っているし……早めに休みましょう。
……ん、然うする。
……。
……亜美ちゃん。
ね……私のこと、見える?
うん……今は、はっきり見えるよ。
……良かった。
……。
あなたの目が、無事で……本当に。
11日
-Dona Nobis Pacem(現世1)
はぁ……今回も疲れたなぁ。
……。
ん……マーキュリー?
ジュピター……。
あぁ……やっぱり、然うだった。
動けない……?
ううん……ちょっと、休んでいるだけ。
ジュピター……?
お、と……こっちだったかな。
どうして、目を瞑っているの……。
うん……それがさ。
若しかして、見えないの……?
見えないわけじゃあ、ないんだけど……目に、血が入って。
目に……。
どうやら、両目に入っちゃったみたいでさ……なんだか全体的にぼんやりして見えるから、それで瞑ってるんだ。
目に血が入っただけ?
傷を負ったわけではないのね?
うん……目は、大丈夫。
痛くも、痒くもないし……血は、鬱陶しいけど
念の為、見せて。
大丈夫だよ……おでこかなんかの傷から、大袈裟に血が出ただけだと思うから。
だったら。
なんでこんなに大袈裟に血が出るんだろう、掠り傷なのに……いつも、然うなんだ。
その傷を見せて。
血はもう、止まっているから大丈夫……それよりも、顔をきれいにして欲しいな。
出来ることなら、目の中の血もなんとかして欲しい……然うすれば、見えるようになると思うから。
顔もきれいにするわ……だけど、まずは傷を見せて。
あたしよりも……マーキュリーは、大丈夫かい。
私は、大丈夫……あなたが、守って呉れたから。
そっか、良かったよ……って、言いたいところだけど。
マーキュリーから、血の臭いがする……どこか、怪我をしたんじゃ。
ジュピターと比べたら……これくらい、なんともないわ。
だめだよ、マーキュリー……怪我を、比較しちゃ。
……選別を、しているだけ。
選別……いつか、聞いたな。
今は私のことよりも、ジュピターを優先する。
……あは。
何が、可笑しいの……。
マーキュリー……まるで、お医者さんみたいだね。
……私はマーキュリーとして、正しい判断をしないといけないの。
正しい、判断……であるなら、救える方を優先すべきだ。
……。
命の選別って……確か、然ういうものだったと思うから。
……あなたの傷も、私の傷も、命に係わるほどのものではないわ。
ん……。
で、あるならば……私は、傷の程度で判断する。
……う。
だから……まずは、あなたの手当てから。
……でも。
ジュピター……お願いだから、私の言うことを聞いて。
……。
お願い……まこちゃん。
……うん、分かった。
痛かったら、言ってね……。
……多分、痛いと思うから、言わない。
……。
だって……かっこ、悪いだろ?
……かっこ悪いって。
マーキュリーの前では、かっこいいあたしでいたいんだ……。
……触っても。
うん、良いよ……覚悟はもう、してる。
……。
なんて、大袈裟かな……ぅ。
……血は。
もう、止まってるだろ……?
……残念ながら、止まっていないわ。
あれぇ、おかしいなぁ……もう、止まってると思ってたのに。
……兎に角、止血をしないと。
どうりで、拭っても拭っても目に入るわけだな……うん、納得。
……それを早く言って。
大丈夫だと、思って……つ。
あ……ごめんなさい。
ううん、大丈夫……。
……。
え、と……ごめんね。
……私こそ。
気にしないで……ね。
……止血をしたら、傷口を洗う。
うん……分かった。
……その後に、目も。
はい、仰せのままに……。
……ジュピター。
はは……。
……。
やっぱり、手際が良いなぁ……見えなくても、分かる。
……ねぇ。
ん、なんだい……あ、もう、何も隠してないよ。
最初から、隠してないけど……本当に、止まってると思っていたし。
……どうして、然う思うの。
え……?
……やっぱり、なんでもない。
いいの……?
……。
何か、気になってることがあるんだろ……だったら、聞いて欲しいな。
……大したことでは、ないから。
本当に……?
……。
マーキュリーには、大したことがなくても……ん、冷たい。
……止血、終わったから。
そっか……。
……どうして。
うん……。
……どうして私の前では、かっこいいあなたで居たいと。
あぁ、それか……。
あの……言いたくなければ。
ううん、言えるよ……それはね、マーキュリー。
う、うん……。
マーキュリーには、かっこいいあたしだけを見ていて欲しいんだ。
……。
どうだい……すっきり、したかい?
……どうして、格好良いあなただけを見せたいの。
あれ……。
……格好悪いあなたを、何故、私に見せたくないの。
あー……そうか、そうなるか。
……言いたくなかったら。
マーキュリーはさ……。
……なに?
気になるひとに、かっこ悪い姿を見せてもいいって思える……?
……どういうこと。
言っている通り、だよ……。
……。
……まぁ、今更なんだけどね。
……。
分からない……?
……気になるひとって、だれ。
ん……そう、くるか。
……ジュピターは、誰のことを。
あのね、マーキュリー……。
……ん。
ここに……マーキュリーとあたし以外、誰かいる?
……向こうに、ムーン達が。
そうだね……でも、ムーン達がいるのは向こうであって……ここには、いないだろ?
……いない、けど。
となると……答えは、ひとつしかない。
……。
マーキュリー……そろそろ、自覚して欲しいな。
……でも。
でも……?
……。
まだ、難しい……?
……。
そっか……じゃあ、いいや。
……いいの。
うん、いいよ……待つのは苦手だけど、今回は待てそうな気がするから。
……苦手なの?
他のことなら、待てるんだけどね……。
……他のこと。
恋愛以外のこと……。
……れん、あい。
顔……きれいに、なった?
……あと、少し。
そっか……血は、しつこいな。
……。
はぁ……なんとなく、風が生温い気がする。
……ねぇ、ジュピター。
ん……?
あなたが……その、気になるひとって。
マーキュリー……亜美ちゃん以外、居ると思うかい?
ん。
ムーン達は、こっちに来た……?
……まだ、来ないわ。
だったら、亜美ちゃんだけだよね……あたしの傍に、居て呉れているのは。
……。
気になるというか……まぁ、好きなんだけどね。
……まこちゃん。
でも、良かったよ……みんなに聞かれていたら、ちょっとまずいからさ。
……まずい、の。
まだ、亜美ちゃんにしか、言っていないから……ひやかされても嫌だし、面倒だし。
……。
でも、難しいなぁ……恋愛って。
キスだって、もう、しているのに……と言っても、あの日だけだけど。
……気持ち悪いと、思われるかも知れない。
うん、思われるかも知れないね……。
……それでも、いいの。
別に良いよ……亜美ちゃんと、恋人同士になれるなら。
……みんなにも、思われたら。
思うかなぁ……。
……。
まぁ、思われたって構わない……そんなことで、この恋を諦めたくないから。
……強いのね。
まさか……あたしなんか、へなちょこだよ。
……へなちょこ。
はは……そんな言葉、知らないか。
……聞いたことは、あるわ。
そう……?
あるけど……まこちゃんは、へなちょこなんかじゃない。
……ん。
へなちょこなんかじゃ、ないの……。
……ありがと。
……。
ねぇ……好きだよ?
……ありが、とう。
亜美ちゃんは……どう?
……ここ、で?
帰ってからでも、良いけど……その場合は、あたしの部屋に来てもらうことになっちゃうかな。
……行っても、いい?
そりゃあ、もちろん……来て呉れたら、うれしい。
……もうひとつ、聞いてもいい?
ん……幾つでも。
……どうして、私だと分かったの。
目が、見えていないのに……?
……うん。
なんでだと、思う……?
……。
質問に質問で、返しちゃだめか……。
……気配?
ん……それも、ある。
……他にもあるの?
足音……。
……足音?
そう、足音……。
……みんなとは、違う?
全然、違う……。
……履いているものが違うから、かしら。
はは、そうだねぇ……。
……でも、ムーンもブーツだわ。
うん、ブーツだね……。
……マーズのハイヒールなら、分かる気がするの。
かつかつ……こつこつ?
そんな音がするよね……。
……私の足音は。
違うよ……同じブーツの、ムーンともね。
……。
歩き方にもさ、特徴ってあるだろ……?
……あるけど。
ムーンはねぇ……元気が良くて、だけど落ち着きがないように聞こえるんだ。
……私は。
一言で言えば、大人しい……控え目とも、言う。
……。
そそっかしさは、感じられないかな……。
……気配と足音で、分かったの。
そう……そのふたつで、確信した。
……。
あたしね……好きなひとの足音を憶えるのが、得意なんだ。
……知らなかった。
うん……言ってないから。
……ローファーでも、分かるの?
ん……亜美ちゃんの音なら、分かるよ。
……上履きでも。
分かるよ……聞こえてくると、心がうきうきしちゃうんだ。
……靴下でも。
分かる……。
……裸足だったら。
裸足でも、音がすれば分かる……。
……しなければ。
まぁ、しなくても気配で分かるし……。
……結局、分かるのね。
気持ち悪いかい……?
……気持ち?
足音を、憶えられているなんてさ……。
……言われたこと、あるの?
あるよ……思い切り、気持ち悪いってさ。
……。
ん……怒ってる気配。
……私は、気持ち悪くなんてないわ。
ほんと……?
……嘘なんて、吐かない。
あぁ……。
……え。
思い切り、抱き締めたいなぁ……。
あ、あの……ジュピター。
……て、あれ。
ま、まだ、手当ての途中だから……。
……抱き締めてる?
お、おもいきり……。
……。
みんなも、来るから……。
……後でなら、いい?
え。
……だめ?
え、えと……まこちゃんの、お部屋に行ってから、なら。
うん……それでも、いい。
……それ、なら。
へへ……やった。
……手当ての、続きを。
うん……お願いします。
……。
ごめんね……血、付いちゃっただろ。
……平気、慣れているから。
慣れて……。
……いつも、ジュピターの手当てをしているから。
あぁ、確かに……いつも、してもらってるなぁ。
……他のひとの方が、いい?
例えば、ヴィーナスとか……?
……マーズ、とか。
マーズなら、良いけど……マーキュリーが、一番良い。
……。
ムーンとヴィーナスは、気持ちだけで……へたをすると、包帯でぐるぐる巻きにされちゃうからさ。
……ふふ。
お……。
……今のは、ふたりには。
ふふ、言わないよ……ふたりだけの、秘密だ。
……。
……マーキュリー。
目を……。
……うん。
……。
……赤い、ような気がする。
……。
ね……潰れては、いないだろう?
……良かった。
……。
今から、目の前に水球を作るから……。
……そこに、目を浸せば良いんだね。
それで……何度か、瞬きをして。
ん、分かった……要するに、目にごみが入った時のようにすれば良いんだ。
……それで、違和感が残るようだったら、眼科に。
きっと、大丈夫だ……。
……行きたくないだけ?
ははは……。
……一緒に行くわ。
ん……。
……ね。
うれしいけど……ちょっと、かっこ悪い?
そんなことはないわ……誰にだって、苦手なものはあるもの。
……帰りに、デートしよう?
デート……?
……したいな、亜美ちゃんと。
……。
お医者さんに、行かなくても……。
……私で、良ければ。
あたしがデートしたいのは、亜美ちゃんだけだよ……。
……そう、なの。
そう、だよ……。
……。
マーキュリー……?
……少しだけ、目を瞑ってもらってもいい?
ん、いいよ……。
……。
……これで、いいかい?
じっと、していてね……。
分かった……じっとしてる。
良いと言うまで、目を開けないでね。
ん……開けない。
……。
……。
……はぁ。
……。
ん……。
……。
……もう、いいわ。
もう、いいの……?
……目を、洗わないと。
んー……。
ジュピター……目を、開けて。
……帰ってから。
……。
ううん……なんでもない。
……そう。
10日
此の辺りの雪はひらひらと、まるで舞うように降ってくるな。粉雪……は、もっと細かいか。
玉雪はもっと玉のようだし、綿雪はもう少し水分が多いから舞うようには降ってこない……もっと言えば、此の雪よりも雪片が大きいな。
……。
ひらひらと舞うように降ってくるから、ひら雪……いや、舞雪、とでも呼ぼうか。
舞雪……うん、我ながら良いんじゃないか。然うだ、あとであいつにも教えてやろう。
若しかしたら、悪くないと言って呉れるかも知れない。言って呉れたら、嬉しい。
……場所によっては灰雪とも、呼ばれているけれど。
然し、止みそうで止まないな。
此の様子じゃ今日も一日、雪模様だ。
……此のままだと、あなたの肌も真っ白になってしまうかも知れないわね。
こうなったら雪を活かして、何か出来ないものか……雪を見ながら露店風呂、は、風邪を引きそうだな。
湯が冷めたら最悪だ。あっという間に躰が冷えてしまう。折角の風呂なのだから、暖かさが維持されていなければ意味がない。
……風邪どころか、ひとつ間違えれば、凍え死ぬかも知れない。
屋根を作って雪が湯船に直接入らぬようにし、冷めぬように湯を沸かして継ぎ足し続ける……此れならば、どうだろう。
いや、待てよ。此れだと、ふたりで一緒に楽しむことが出来ないな。あたしとしては、ふたりで楽しみたい……さて、どうしたものか。
……相変わらず、ばかなことばかり考えているわね。
温泉……然うだ、温泉があれば良いな。
あれならば、湯が冷めることはない……ずっと、ほかほかだ。
……上がった後にもたもたしていると、湯冷めをするけれど。
此の辺りで、湯が湧き出ているところはないものか……取り敢えず、ちびに聞いてみるか。
……其れにしても、声が大きい。
良し、此れで仕舞いだ。
……。
うん、朝餉の腹ごなしぐらいにはなった。帰ったら、うちの屋根もやらないとな。
皆に新鮮な魚を食わせてやりたいから、出来れば、川にも行きたい。うん、今日は忙しくなりそうだ。
ひとりで喋っていて、楽しい?
お。
雪下ろしは終わった?
其れとも、未だ終わらない?
丁度、終わったところだ。
腰は?
問題ない、ちゃんと解してから動かしたからな。
然う、其れは良かった。
其れより、少し薄着じゃないか?
此れでも、着ているのだけれど?
寒くないか?
寒いわよ、何しろ雪が降ってるんだもの。
家の中に入った方が良い、あたしも直ぐに入る。
そろそろ、あの家に行こうかと思って。
もう、行くのか?
未だ早いかしら。
此の時分だと、家の者が朝飯でも食っていそうだ。
家の者が食べている分には構わないわ。
勝手に上がって、勝手に診させて貰うから。
然うか、まぁ、其れでも良いな。
其れで、未だ下りて来ないの?
若しかして、あたしがなかなか戻って来ないから様子を見に来て呉れたのか?
若しも、然うだとしたら。
ありがとう、とても嬉しいよ。
然うではないと、言ったら。
然うなんだな、と思う。
どちらも、あなたにとっては都合が良いわね。
応、お前が来て呉れただけであたしは嬉しいからな。
下りて来ないのなら、
待っていて呉れ、今直ぐ
あら。
ん、どうした?
おはよう、ちび。
ちび?
あなたは今日も元気そうね。
美味しい朝食を食べてごきげんなのかしら。
お前、いつ戻って来たんだ。
先刻までは居なかったよな?
若しかして、朝の挨拶に来て呉れたの?
然う、あなたは賢い子ね。
ん、懐いてるな。
良いでしょう?
でも、ちびはあたしにも懐いているからな。
然うかしら。
応、然うだぞ。
なぁ、ちび。
……。
ちび、ちび、あたしだぞ。
あのひとに呼ばれているわよ、ちび。
然うだ、あたしも挨拶が未だだったな。
おはよう、ちび。元気なのは良いことだ。
ん、良いの?
どうした、ちび。
返事が聞こえないぞ。
若しかして、私の方が良いのかしら?
ちび?
ふふ、然う。
おいちび、智はあたしのだぞ。
ばかの相手はしなくても良いわよ、ちび。
待ってろ、今直ぐ
ん、もう行くの?
然う、気を付けてね。
行くのか、ちび。
ちびは私に、朝の挨拶をしに来て呉れただけみたい。
あたしにも……ちび、行くな。
残念、行ってしまったわ。
あー……。
ちびはちびなりに、忙しいみたいね。
あたしだって、忙しいぞ。
はいはい、然うね、あなたも忙しいわよね。
応、然うなんだ。
どうでも良いから、早く下りて
来たぞ。
……あぁ、然う。
ん、ほっぺたが冷たくなっているな。
早く温めないと。取り敢えず、中で熱いお茶でも飲もう。
……あなたの手はどうしてこうも熱いのかしら。
其れはな、ずっと躰を動かしていたからだ。
動かしていなくても、熱いけれど?
其れはな、お前曰く、あたしの代謝ってやつが良いからだ。
悪かったわね、代謝が悪い上に冷え症で。
お前が冷えていたら、あたしが温めれば良い。
代謝に関しては、温かい飯を食って動けば良い。
寒い中ではあまり動きたくないわ、何処か痛めてしまうかも知れないから。
お前は暑くても動きたくないよな。
何故なら、暑いから。
ははは、仕方ないな。
なんにせよ、其れだとまた直ぐに腹を空かせてしまうわね。
ん?
代謝が良すぎて。
なぁに、昼になればまた、団子が出されるだろう。
然うしたら、其れをまた腹が膨れるまで食うだけだ。
良かったら、私の分も食べて良いわよ。
あれ、あんまり美味しくないもんな。
あなたは何でもなく食べていたけれど。
あの団子は味もそっけもないから、お前の口には合わないだろう。
でも、あなたは美味しそうに食べていたわ。
いやいや、あの団子はあたしにとっても大して美味いものではない。
冷えているが故に硬くて、口当たりはぼそぼそとしていて、食っていて、もう少しなんとかならないものかと思っていたよ。
其の割には、遠慮なく食べていたわね。
折角出して呉れたものだし、な。
其れだけ?
食わないよりは良い、腹に収まってしまえば、あとは勝手に身に成って呉れる。
私のお腹はひとつで十分。
うん、お前の腹にはひとつで十分だ。
叶うのならば、餡子が欲しいわね。
なんだったら、甘辛いたれでも良いな。
其れも悪くはないわ。
いっそのこと、作って持って行くか。
餡子は難しいが、甘辛いたれならば作れる。
作れるのならば、作って。
分かった、直ぐに作ろう。
作っている間、待っていて呉れるか。
ええ、待っていてあげるわ。
然うと決まれば、ん。
……はぁ、見つかった。
お前、黙って出て来たのか?
当たり前でしょう、あの子が許すと思っているの?
うん、思わないな。
はいはい、今戻るわよ。
大丈夫だ、あたしがこうやって温めているから。
余計なことは言わないで良い。
大事なことだろう、躰が冷えているか然うでないかは。
此れでは動けな
あたしが連れて行こう。
……。
ははは。
……朝から、本当に五月蠅いひとね。
ははは、然うかぁ楽しいかぁ。
まことさん。
ん、なんだい?
学姐の姿が見当たらないのです、知りませんか。
美奈の家に行くまで、布団で休んでいると言っていたが。
私も確かに、此の耳で聞きました。
居ないのかい?
はい、何処にも居ません。
だとすれば……外、だろうな。
全く、あのひとは……少し目を離すとこうなんだから。
多分、隊長の様子を見に行ったんだろう。
隊長が雪下ろしに出て、なかなか戻って来ないから。
まことさんも然う思いますか。
あぁ、思う。
……連れ戻してきます。
そろそろ、終わると思うが。
其の前に、学姐の躰が冷えてしまいます。
熱は下がったとは言え、万全とは言い難いのですから。
其れは、然うだな……。
……はぁ。
亜美さん。
……なんでしょう。
あたしが呼んで来ようか。
亜美さんには、今日の診療の支度もあるだろうし。
いいえ……私が行きます。
そ、然うか。
診療の支度は済んでいますから、若しも、患者さんが来たら呼んで下さい。
うん、分かった。
では。
ん、行ってらっしゃい。
気を付けて。
はぁ、本当に学姐は……少し良くなると、勝手なことをするのだから。
……耳が、痛いな。
ちびも呼んで呉れれば良いのに……ううん、此れはただの八つ当たり。
若しかしたら、ちびは呼んで呉れたかも知れない……其れを、私が聞き逃しただけ。
……よしよし、もっと遊ぼう。
声がする……矢張り、外に。
気配の消し方……矢張り、ただの薬師とは思えないな。
学姐、外に居るのなら中に……ん、居ないわね。
……裏、かな。
全く、今朝もこんなに冷えているのに……幾ら、雪が小降りになっているとは言え。
或いは……流石は、隊長の連れ合いと言ったところか。
学姐、私の声は聞こえていますよね。
……ふ。
何をしているのですか、早く家の中にお戻り下さい。
……あんな亜美さん、なかなか見ることは出来ないぞ。
隊長さんも……確かに、隊長さんが抱き締めていれば冷えないかも知れません。
ですが、然ういう問題ではないのです。大体、薬湯も飲んでいないんですよ。はい、然うなんです。
飲んでいなかったのか……うん、其れは駄目だな。
さぁ、早く……今、無理をしたら、また熱が出てしまいます。いいえ、此の調子だと、夕方頃にまた発熱するでしょう。
隊長さんは、其れだと困りますよね。ええ、困りますとも。困らないわけがないのです。ですよね、隊長さん。
……亜美さんも困る、勿論、あたしも。
さぁさ、ぐずぐずと屁理屈を捏ねていないで。
なんだったら隊長さんが……はい、良いかと思います。
……ん、抱え上げたか。
戻ったら、学姐には薬湯を一滴も残さずに飲んで頂きます。
そんな声を出しても駄目です。良いですか、きっちり飲んで貰いますからね。
昔のふたりが思い浮かぶようだ……屹度、昔からああだったのだろうなぁ。
なぁ、お前も然う思わないか……ふふ、然うか。お前も、然う思うか。
もう、本当に学姐は……そもそも私の薬学の知識は、あなたから学んだものなのですよ。
渋いだの苦いだの言いますが、全て、学姐から学んだことです。諦めて下さい。
学姐は、あたしと出逢う前の亜美さんを知っているんだよな……いや、でも、あたしだって学姐が知らない亜美さんを。
良薬口に苦し、此れは学姐の口癖でしたよね。
惚けても無駄です、私はちゃんと憶えています。
……大学に通う亜美さん、見てみたかったな。
まことさん、戻りました。
あぁ、うん……お帰り。
隊長さん、学姐をお布団の上まで……囲炉裏の傍が良い?
囲炉裏の傍では、横に……分かりました、確かに其の方が目が届きますね。
亜美さん、布団を持って来ようか。
然うすれば、横になれるだろう?
ですが、まことさんは其の子と。
なぁに、直ぐだよ……隊長?
……。
甘辛いたれを……いや、憶えているぞ。
甘くて辛いたれのことだろう。
……学姐。
砂糖と醤油と芋の澱粉、其れから水で作るんだ。
だけど、其れがどうした……は、今から作る?
駄目です、あなたは薬湯を飲むのです。
別に、構わないが……いや、別に分けて欲しいわけでは……あぁ、分かった。
薬湯をちゃんと飲んだら良いですよ。
但し、調子に乗って摂り過ぎないようにして下さいね。
甘辛いたれ……さて、どうするかな。
大根にでもかけるか……あれも、美味いしな。
ありがとうございます、隊長さん。
学姐、薬湯を飲んだらお布団に……はい、言われなくても分かっていますよね。
……お前には、未だ早いか。
美奈子ちゃん……村長の家に行くには、未だ、余裕があるかと思います。
其れまでどうぞ、無理はなさらずに……はい、ゆっくりと休んでいて下さい。
……。
隊長さん、若しも何かありましたら直ぐに連れて来て下さい。
いいえ、何もなくても来て下さい。状態を診たいので……学姐、我儘を言わないで下さい。
……はは。
あなたに代わって、私が村長の家に行っても良いのです。
あなたは、然うですね……まことさんと一緒に、あの子を見ていて下さい。
……え。
隊長さんは……あ、はい。
では、三人であの子を……。
いや、待って呉れ。
まことさん?
一体、どういう流れだい?
学姐の代わりに私が村長の家に行くことになったら、学姐と隊長さんに
然うなったら、あたしが亜美さんと村長の家に行こう。
まことさんが?
其の方が良いだろう、隊長。
……。
うん……然うなったら、あたしに声を掛けて欲しい。
分かりました……では、然うしましょう。
うん。
と言うわけですので……分かりましたね、学姐。
9日
うん、きれいになった。
どうだい、さっぱりしたろ?
……。
此れで、泣き止んで呉れれば……よしよし、もう大丈夫だぞ。
まことさん、もう少しでお湯が沸きます。
分かった、あとは頼んでも良いかな。
はい、分かりました。
取り敢えず、湯が沸いたら桶の水と入れ替えて……おしめは、此れで三枚目か。
よしよし……お尻がさっぱりして良かったね、嬉しいね。
替えは未だあるが、洗わないといけないな……朝餉を食べた後に
まことさん。
うん?
朝餉を食べる前に、私が洗います。
ん、分かった。
良い子ね……もう少ししたら、ごはんにしようね。
然うだ、乳も温めないと……其の前に、手を良く洗って。
……風は止んだようですね。
雪は変わらず降っているが、此れくらいならば外に出られるだろう。
……良かった。
桶の水を捨てるのに、少し開けても良いかい?
……はい、大丈夫です。
良し……ん、ちび?
然うか、外に行きたいのか。
……うん、顔色は悪くない。
今日も頼むぞ、ちび。
……行ってらっしゃい、ちび。
はは、あっという間に行ってしまった。
……ちびは家の中でじっとしているよりも、外で躰を動かしている方が好きですから。
今は良いが、歳を重ねて、家の中でじっとしてばかりになったら心配だな。
……歳を重ねても、元気で居て欲しいですね。
うん……本当に。
……あなたがもう少し、大きくなったら。
さて、水をさっさと捨てて……と。
ちびと遊んでね……屹度、楽しいから。
ん、此れで良し。
……雪の積もり具合は、どうですか。
ん、今朝も積もっているよ。
後で屋根の様子を見て、必要だったら雪下ろしをしよう思う。
……足の具合は如何ですか。
あぁ、問題ない。
だから、今日から良いかな。
然うですね……取り敢えず、落ち着いたら診せて下さい。
うん。
……問題なしと、判断しても。
無理だけは、しない。
……くれぐれもしないように。
応。
……隊長さん?
ん、然ういうわけでは。
……ふふ。
隊長が居ると、どうにも調子が狂うな。
……そんなあなたのことも、私は好きですよ。
ん。
……ね、あなたも好きよね?
参ったな……。
……ふふ。
でも……悪くない。
……よしよし、良い子ね。
湯は……うん、沸いてるな。
……火傷には、気を付けて。
うん。
……ねんねこ、良い子。
……。
お乳を、飲んだら……また、遊びましょうね。
……沢山、遊ぼう。
まことさんが、沢山、遊んで呉れるって……楽しみね。
……あたしも、楽しみだ。
ねんねこ、ねんねこ……あなたは、良い子。
……おしめは、此れで良し。
……。
亜美さん。
……はい。
手を洗って、水を汲んでくるよ。
行ってらっしゃい……気を付けて。
ん、行ってくる。
……待って、まことさん。
ん?
……此の子も、行ってらっしゃいって。
あぁ……行ってくるよ。
……ふふ。
帰ってくるまでに、出来れば、泣き止んでいて欲しいな。
……さぁ、其れはどうかしらね。
亜美さん……。
……此の子の、気分次第。
其れは……然うなんだけど。
……大丈夫、もう大きな声で泣いてはいないから。
少し、ぐずってるくらいかな……。
……まことさんが、お尻をきれいにして呉れたからです。
だと、嬉しいな……。
……ごめんなさい、呼び留めてしまって。
ううん……では、改めて行ってくる。
はい……行ってらっしゃい。
……。
……。
ふぅ……今朝も、冷えるな。
……お鼻を、拭きましょうね。
ちび、朝ごはんはもう少し待っていて呉れ。
戻ったら、支度を始めるからな。
未だ、いやかしら……其れとも、良い?
患者さんの気配は……今のところ、感じないな。
叶うなら、皆が健やかな日であるように……いまいちな者は、酷くならないように。
……ん、きれいになった。
よっこらせ、と……。
……。
あぁ、水は温いな……汲み上げると、直ぐに冷えてしまうけど。
……ねぇ。
よぉく、洗って……と。
今日もね、お薬を打たないといけないの……ごめんね。
あー……一瞬で冷える。
あなたが、悪い病にならないように……どうしても、必要なことなの。
……春は未だ、遠いな。
どうか、許してね……。
……春になって、雪が融けたら。
ね……冬が終わって、春になったら……お花がいっぱい、咲くのよ。
……亜美さんと、お花見に。
良かったらあなたも一緒に、お花見に行きましょうね……。
……学姐と隊長、其れから、あの子も連れて。
あなたにとって、初めての春……屹度、楽しいと思うの。
隊長、何か作りそうだな……ま、其れも良いか。
……だからどうか、何事もなく。
良し……戻るか。
……皆で、春を。
ん、少し明るくなってきたか……珍しいな。
ん……良い子ね。
……晴れずとも、止めば良い。
……。
ただいま、亜美さん。
……お帰りなさい、まことさん。
様子はどうだい?
……はい。
流石、亜美さん……手足を動かして、ごきげんだ。
……話し掛けていたら、ごきげんになって呉れたんです。
亜美さんの言葉が、伝わったんだ……若しかしたら、温もりも。
……然うだと、嬉しいのですが。
屹度、然うさ……あたしでは、こうはいかない。
……ゆうべは、まことさんがあやして呉れました。
ゆうべは……まぁ、なんとか。
……ふふ、笑っているわ。
お、どれどれ……。
……手はちゃんと、洗いましたか?
あぁ、勿論……よぉく、洗ってきたよ。
……では、どうぞ。
ありがとう……よしよし、あたしだぞ。
……ふ。
ん?
……あたしだぞって。
あたしだってことが言いたかったんだけど……何処か、可笑しかったかい?
……少し。
では、名を言った方が良かったかな……。
……。
亜美さんだったら、なんて言う……?
……こういう時、私達はなんと言えば良いのでしょう。
え……?
私達が此の子の両親ならば……お母さん、と言えば良いのでしょうけど。
……お母さん。
他にも……お母さま、母上、かかさま?
……媽媽、とも言うかな。
あぁ、うさぎちゃんは然う呼んでいましたね……。
亜美さんだったら……お母さんかな。
……まことさんは。
母さんで良いよ……あたしは。
……まことさんは、然う呼んでいたんですよね。
顔は、憶えていないけどね……。
……。
然う言えば、亜美さんはお義母さんのことはなんて呼んでいたんだい?
私は……幼い頃は、母さまです。
母さま……可愛いな。
と言っても、あまり呼んだことはないのですが。
呼んでも、返事をして貰えないこともありましたし。
え、と……大きくなってからは。
……母、です。
呼び掛ける時もかい……?
そもそも、呼び掛けることがありませんでしたから……家には、ほとんど居ませんでしたし。
居たところで、部屋にずっと籠もっていて、顔を合わせることもなかったですしね。
……。
そんな顔をしないで下さい。
私達はただ、然ういう親子というだけなのですから。
……済まない、以前に聞いていたのに。
ううん……良いの。
……亜美さん。
いざとなったら、動いて呉れるらしい……今回のことで、其れが分かったので。
……然うか。
まぁ、いつもではないでしょうが。
ん。
正直、封信を返して呉れるとも思っていませんでした。
あ、あぁ……。
……私達は屹度、こういう親子なんです。
……。
まことさんのことは、気に入って呉れているようです。
……あたし、かい?
巷で言う……嫁と姑の争い、ですか?
其れに発展することもなさそうで、良かったと思います。
嫁と姑……考えたこと、なかったな。
離れて暮らしているので発展しようがないかも知れませんが、世の中には万が一、ということもありますので。
仮に発展したとして、其の時は、私はまことさん側に必ず付きますので安心して下さいね。
……曰く、拗れると大変だとか。
嫁が言うことを聞かない、姑がいちいち五月蠅い、夫或いは息子が頼りない、若しくは情けない、と、他人に愚痴を言えているうちは良いのです。
言葉にすることが出来れば、鬱屈した気持ちを発散することが出来ます。私も都に居た頃は……いえ、今でも聞きますね。
……誰にも言えない状況になっていると、厄介なのだろう?
はい、酷いと心が病んでしまいますので。
……生薬も効かない。
気の巡りを整えたり、心を落ち着かせる生薬はあるにはありますが、根本的な解決にはなりません。
……然うなったら、どうしたら良いんだい?
離れることが一番の薬になります。兎に角、干渉し合わない環境を作るのです。
実の親子も、義理の親子も、ひとのこの関係は兎角面倒ですよね。
う、うん……然うだね。
ふふ……少し、困ってます?
あたしは、ひとりが長かったから……。
……然うでしたね。
ひとのこが苦手で……自分から避けていたということも、あるが。
……難しいものです。
うん……。
……此の子も、ん。
ん、どうした……?
……じぃっと、見てます。
本当だ……いつから、見ていたんだ。
……若しかして、ずっと話を聞いていたのでしょうか。
然うかも知れない……内容は、分かっていないと思うが。
……。
……。
……あなたを育てて呉れている方達は、とても優しいから、何も心配は要らないわ。
うさぎちゃんのお母さんとお父さんは、お前をとても大事にして可愛がって呉れている……だから、大丈夫だ。
……。
……目を瞑った。
はぁ……気を付けないといけませんね。
……然うだね、次からは気を付けよう。
……。
其れで、なんて言おうか。
……はい?
あたしだぞと言うことが、可笑しいのであれば。
……然うでした。
親ではないし……母さんとは、言えない。
……あたしだぞ、で、良いかも知れません。
となると、亜美さんは……。
……私ですよ、でしょうか。
ふ……。
……まことさん。
いや……済まない。
……気持ちは、分かります。
……。
……思い付かないものですね。
うん……此の問題も、難しいな。
……取り敢えず保留にして、朝の支度をしましょう。
然うだ、朝の支度もしないと……先ずは此の子の乳を温めて、其れからちびのごはんを。
……隊長さんも、そろそろ起きて来るでしょうか。
あぁ、然うだった……いい加減、起きて来るかも知れない。
朝飯を作っておかないと、未だ出来ていないのかと言われそうだ……いや、言うな。
……学姐の様子も、見に行かないと。
此れは……忙しいな。
……少々、ゆっくりし過ぎました。
直ぐに、取り掛かろう。
はい、然うしましょう。
よしよし、良い子にしてるんだぞ。
お乳は、直ぐに用意するからね。
良し、始め……ん、ちびの声がするような。
……そろそろかと思って、戻って来たのかも知れません。
いや、早いな。
待て待て、今取り掛かるから。
取り敢えず、私はお乳を温めます。
あたしは朝餉の支度を。
はい、お願いします。
隊長と学姐はいつ頃、美奈の家に行くかな。
朝餉の後……暫し、休んでからになるかと思います。
学姐の様子はどうだろう、熱は下がっただろうか。
朝なので、下がっているとは思いますが……お乳を飲ませたら、診てきます。
うん……うん?
……此の子も、お腹が減ったみたいですね。
亜美さんが直ぐに乳の用意をして呉れるからな、もう少しだけ、待っていて呉れ。
……待ち切れないと。
然うだよな、腹が減ったよな……あぁ、泣くな泣くな。
折角、泣き止んだのに……おぉぉ。
……元気で、何よりです。
ま、全くだ。
……ちびも、元気です。
手が、手が足りない。
今はひとつずつ、こなしていくしか。
そ、然うだよな。
取り敢えず、深呼吸を。
わ、分かった。
……。
……はぁ。
……。
良し。
では、始めましょう。
うん。
……あ。
あ?
……おはよう、ございます。
隊長……いつから。
……。
何を笑って、
すみません、隊長さん……お手を貸して頂いても、宜しいでしょうか。
亜美さん。
まことさん、今は。
……分かった。
では、お願いします。
隊長は……あぁ、芋を洗い終わったら、其のまま皮剥きをして呉れ。
……早い。
8日
……風が。
……。
止んだな……雪は相変わらず、降っているようだが。
……帰るのならば、ひとりで。
いや、未だ帰らない……折角だから、朝飯も食っていく。
……食い意地が張っているわね。
お前も、食えたら食うだろう……?
……食べられたら、ね。
其の声は……食べられそうだな。
……若しかしたら、食べられなくなるかも知れないわ。
其れは、困るな……。
……どうして困るの。
食わないと、躰に力が入らない……。
あなたが困ることではないわ……だって、あなたには関係ないもの。
……元気になって欲しいんだ。
若しも、此のまま……ん。
……聞きたくない。
朝から、大袈裟ね……。
……困るんだ、お前が元気になって呉れないと。
知ってる……。
……急がなくても良い。
急ぐつもりなんて、毛頭ないわ……気ばかり急いたところで、何もならないもの。
……然うだよ、な。
然うよ……だから、落ち着いて。
別に、命に係わる程のことではないのだから。
……応。
……。
なぁ……腹は空いているか。
いいえ……今は未だ、空いていないわ。
気分は、悪くないか……。
……然程。
然ういえば、今朝は寝起きが良いな……若しかして、起きていたのか。
……眠れないわけではなかったから。
幾らかは、眠れたか……。
……良く眠れるよう、薬湯に睡眠を誘う成分でも入っていたのかも知れないわ。
然うか……其れなら、其れで。
……入っていないわよ。
ん……入ってないのか。
……「かも知れない」なんて言葉、私が使うとでも?
良く知っている生薬だとしたら、まず使うことはないな……。
……せいぜい、気の巡りを整える程度。
気の巡りを整える……。
……悪くない選択だわ。
まぁ、どちらでも良いさ……。
……あなたは、然うよね。
お前がゆっくりと眠れたのならば、あたしは其れで良い。
……ゆっくり眠れたかは、別。
ん……。
……浅い眠りを繰り返していたから。
風が……五月蠅かったか。
……眠りを妨げる程ではなかったわ。
赤子の夜泣きが気になったか……?
ある程度は、気にしたけれど……幸い、ただの夜泣きだったみたいだから。
確かに……不穏な気配は、伝わってこなかったな。
もっとするかと思っていたけれど、あの子は大人しい子ね……まぁ、大人し過ぎても心配だけれど。
全く、眠れないわけではなかったんだな……。
言ったでしょう……浅い眠りを繰り返したと。
……。
私は熱を出すと、大抵、然ういう状態になる……あなたもよぉく知っていると思うけれど。
……知ってはいるが、今回は良く眠れたと思ったんだ。
あの子達の家だから……?
……此の家は、温かくて優しい匂いに満ちている。
残念だけれど、そんなに簡単な話ではないの……。
……然うか。
ねぇ、勇……?
ん……なんだい?
私達の家には、満ちていないとでも?
……うん?
あなたとふたりで暮らすあの場所は、冷たくて優しくない臭いで満ちているの……?
其れは……ない。
……言い切れる?
あぁ……言い切れる。
ならば……仕方ないと、分かるわよね?
……うん、分かる。
宜しい……。
……良い子か?
は……?
……良い子では、ないか。
良い歳をして……?
……お前に言われると、嬉しい。
こんな時に……手が掛かる子ね。
……ごめん。
手が掛かるから……言ってあげない。
……元気になったら、言って呉れ。
……。
智……?
……はぁ、疲れた。
あ。
でも、すっきりはしたわ。
……大丈夫、か。
あの子がなんと言うかは、分からないけれどね。
……無理だけは、して呉れるな。
無理はしない……でも、治療には行く。
……いつ、行く。
朝食を摂って、暫く休んでから。
……其の前に、あの子がお前を診るだろう。
薬湯も、飲まされるでしょうね。
……出来るだけ、今日は早く帰ろう。
帰れたら、良いのだけれど……何処まで行っても、容態次第。
……大人しくても、駄目か。
駄目ね……場合によっては、帰れなくなるわ。
……お前の薬は、今までのものよりは効くのだろう?
昇汞や甘汞なんぞよりは、ずっと効くわ……。
……其のふたつは、皮膚の症状を抑えるだけだったよな。
と言っても、一定の効果が確認されただけ……しかも、其の実態は毒性が強く、今ではもう彼の国では使われていないわ。
……うっかり口にしたら。
中毒になる、或いは、命に係わる。
……。
始末が悪いことに、甘汞には甘みがあるの。故に、服用させる藪も居た。
患者も甘いからと言って、言われるがままに服用した。結果は……言わずとも、分かるでしょう。
……怖い薬だ。
所詮は毒だもの、人体に使うべきではなかったのよ。
西方由来だからと言って直ぐには飛びつかず、良く検証しなければならなかったのに……本当に馬鹿げていたわ。
……お前は、其の薬も。
現物は見たわ……けれど、興味は持たなかった。
……毒、だからか?
病を治す為に毒を与えて、更に躰を壊すだなんて、馬鹿々々しいでしょう。
しかも、肝心の病は治らない。であるならば、毒性がない山帰来を煎じて服用させた方が良い。
或いは、保温性浴料とされている川芎を用いた局所薬浴でも良いわ。
何方も戦人の頃に聞いた療法だ。
治った者は、ひとりも居なかったが。
治らないけれど、毒がないだけずっとまし。
ただでさえ、苦しい思いをしているんだもんな。
色々な病があるが、あの病は特に惨いと思う。
……あなたは何人も見たものね。
あぁ、見た……数え切れない程の女達が玩具にされて、塵のように捨てられていったよ。
まぁ、中には顔の綺麗な、まるで女のような男も居たが。
……戦時でも下の処理が必要なのだから、どうしようもないわ。
なんでも、男という生き物は命の危機に瀕すると、種蒔き欲が強くなるらしいな。
女にとってはただの迷惑、命の危機に瀕している時に子供なんて孕んでいる余裕はない。
……偏屈ちびも嫌がっていたよ、自分には遊女は要らないってさ。
あなたは、楽しんでいた?
そんなこと、あるわけない。
楽しんでいたら、別れてやろうと思っていたのに。
色で楽しむよりも、美味いものを食って楽しみたい。
性欲よりも、食欲?
まぁ、餓えていたら性欲も湧かないわね。
あたしの欲はお前にしか向かない。
へぇ?
あたしはこう見えて潔癖なんだ、お前以外のひとのこは受け付けない。
見ようによっては、遊んでいるようにも見えるのに。
お前に捨てられたくないんだ。
……。
楽しむのならば、む。
顔が近い。
……直ぐ傍に居るからな。
もう少し、余裕があるのに。
お前が、凍えてしまわぬように。
こんなに密着されていたら、凍えようがないわね。
取り敢えず、寝返りは打てるだろう?
打てなくもないというだけ。
な……おでこ、良いか。
……良くない。
熱を、確認したい。
……額に触れなくても、分かっているでしょう。
おでこでも、確認したい。
……朝だから、下がっている。
単純に触りたい。
……嫌よ。
おでことおでこを重ねたい。
しつこい。
ならば、ほっぺたでも良い。
ばかなの?
んー……。
……ちょっと。
あったかいな……。
……其れは、布団が暖かいから。
うん……。
……私、疲労のせいで体調不良なのだけれど。
済まない……。
……本当に具合が悪かったら、あなたのことなんて構っている余裕はないの。
分かってる……。
……今でも、躰は怠いわ。
朝飯が出来るまで、こうしていよう……。
……あなたは起きても良いのよ。
甘えさせて貰う……。
……今朝は、作りたくないの?
また今度、作る……。
……。
……眠くないか。
眠くはないけど……目を閉じていることは出来るわ。
……ならば、閉じていよう。
あなたは、寝てしまいそうね……。
……然うかも知れない。
別に、良いけれど……其の方が、静かだから。
……。
……もう、眠ったの?
未だ、眠ってないよ……。
……残念。
今、思ったんだが……。
……何を?
朝飯を食い終わったら、雪掻きをしようと思う。
……程々に、動けなくなられても困るの。
分かっている……特に腰には気を付ける。
腰を痛めたら、あの子の手を焼かせることになるわ。
……厳しいことを言われるかな。
亜美は、言わないと思うけど……まことには、言われるかも知れないわね。
……。
なに……?
……名で呼んだな、と。
悪い?
……悪くはない。
なら、良いわね……。
……ちびは、お前の名を知らない。
あの子は教えていないのね。
……教えるか?
口で教えていなくても、目で見ている筈。
……見て?
封信の宛名。
……。
普通は書くでしょう?
実際、届いた封信には私の名が書かれていたわ。
……言われてみれば。
あなたもだけれど、あの子もろくに見ないのかしら。
ちびは、恐らく……あの子に任された封信を、配達屋に届けるので頭がいっぱいだったのだろう。
差し出す時に確認するものよ、封信は。
現に、配達屋からも確認される。
然うだけど……多分、ろくに聞いていない。
はぁ……困ったものね、あなたもだけれど。
ん、同じことを二回言ったな?
ええ、言ったわよ。
矢っ張り然うか、あたしの聞き間違えではなかった。
嬉しがるところ?
応、嬉しいぞ。
……其れは、どうして?
お前の調子が良くなってきているからだ。
……そんなことで、分かること?
うん、分かる。
……勘違いの可能性もあるけれど。
勘違いだったら……大人しくする。
ふ……何よ、其れ。
……勘違いだったか?
勘違いでなくても、大人しくして。
……ん。
あの子達は未だ、眠っているのかも知れないから。
……そろそろ、起きる頃合いだと思うが。
今朝はもう少し遅いかも知れない……夜中にふたりで、赤子をあやしていたから。
あぁ、然うか……ん、分かった。
……あやすのはひとりで良いのにね。
交代してやれば良いんだが、まぁ、良いんじゃないか。
あの赤子は、あまり夜泣きをしないようだし。
……したら、大変ね。
其れに、ちびはあやすのがどうにも苦手みたいだからな。
何度かやってはいるようだが、なかなか、思うようにはいかないみたいだ。
思うようになんてならない生き物よ、赤子は。
歳を食っても、いかないしな。
面倒よね、ひとのこって。
あたしはお前が愛しいと思う。
はいはい、然うね。
お前は、どうだ?
何が、どうなの?
お前は、あたしのこと。
疲れたから、もう暫し休むわ。
ん。
……。
まぁ……良いか。
……きつい。
あ、ごめん……。
……。
智……もう暫し、お休み。
……いちいち、優しい声で言わないで。
ん……勇ましい方が良かったか。
……鬱陶しい。
……。
……ばか勇。
応……。
……。
……お。
……。
此れは、朝泣きだな……腹が減ったか、若しくは、おしめか。
……或いは、具合が悪いか。
……。
……泣き声は、弱々しくないけれど。
様子を見に行った方が良いか……。
……場合によっては。
分かった……いつでも言って呉れ。
……ええ。
……。
……。
……おうおう、泣いてるな。
手を貸したいと思っているのならば……行っても、良いわよ。
……行った方が良いか。
あなたの好きにすれば良い……。
ならば……もう少し、様子を見る。
……あぁ、然う。
7日
はぁ……。
……お茶、美味しかったですね。
まぁ、悪くはなかった。
……お茶だけでなく、ごはんも。
ん、鍋飯も。
……鍋飯?
隊長はいつも、然う言っていたんだ……鍋で作る飯だから、鍋飯だと。
ふふ……其のままですね。
あぁ、其のままだ。
……でも、とても分かりやすいです。
誰にでも分かるように、然う言っていたのか……いや、屹度其処までは考えていないな。
……分かりませんよ。
然うかい……?
……隊長さんはあの頃から、良く考えて行動していたと。
然うかな……大分、出鱈目だったと思うが。
……真面目一辺倒では、まとめきれなかったかも知れません。
成程、然ういう考え方もあるのか。
……と言っても、締めるところは厳しく締めなければなりませんが。
禁じたことを破った者には、容赦なく、鉄槌が下っていたよ。
……規律のない集団は最早、無法者の集まりでしかない。
他の隊は、そんなのばかりだった。
……。
隊長も、ある程度までは目を瞑っていたが……まぁ、然うでなければ、隊の長なんか務まらなかったのだろう。
……食事は、隊長さんが作っていたんですよね。
いつもではないが、良く作っていた。
出来ない奴が無理に作るよりも、自分が作った方が良いと言ってさ。
……適材適所、でしょうか。
曰く、折角の食い物を無駄にしてしまうことほど、虚しいことはない。
……隊長さんらしい。
食い物に関しては、特に厳しかったんだ。
……でも、其れはとても珍しいことだと。
飯を作ること?
下の者に作らせて、己の分を多く取る……そんな者も居たそうです。
他では其れが「普通」のことだったのだろう……「隊長」が自ら飯を作るだなんて話、聞いたことなかったから。
隊長さんは、己の分を多く取るなんてこと……屹度、しなかったですよね。
そんなことはしなかった……隊長にとって、飯は力だから。
……飯は力。
食わねば、戦えない。
其れに、例外はない。
……其の通りです。
食えなくなったら、其処で仕舞いだ……とも、言っていたよ。
……何度も、見ました。
……。
お味方にも、敵方にも……そして、巻き込まれた無辜の民達にも。
……其の中には、赤子も居た。
……。
……此の子には、そんなことにはなって欲しくない。
はい……心から、然う思います。
……。
……。
……隊長、お茶を淹れている時に鼻歌を歌っていただろう?
はい……とても機嫌が良さそうに。
……あの頃も、飯を作る時に鼻歌を歌っていたんだ。
あぁ……なんとなく、憶えています。
敵襲の恐れがない時……仮令余裕がなくても、鼻歌を歌っていた。
音は合っているのか、外れているのか、其れともいい加減なのか……今でも、分からない。
……今度、聞いてみましょうか。
んー……気が向いたら。
……然うですか。
飯作りは一応、持ち回り制だったから……あたしも、何度も作らせられた。
美味いと言われた記憶はないが……其れでも、隊長だけは悪くないと言って食っていたと思う。
……まことさんが作った食事は、私も食べさせて貰いました。
あぁ、亜美さん達にも作ったと思う……あれは、確か。
……。
然う、たまごと雖もちゃんとした医生にはちゃんとしたものを食わさねばならぬ……何故ならば、命を拾って貰うこともあるやも知れぬから。
……とても、美味しかったと。
言われた記憶は、残ってないが……。
……言えませんでしたから。
然うか……あたしは矢っ張り、勿体ないことばかりしていたな。
……一緒に食べることなんて、出来なかった。
……。
あなたは食事を作り終えると……いつも、見張りに立って呉れていたと思う。
……そんな記憶もあるような気がする。
一度だけでも、良いから……あなたと。
……己(おれ)も一度で良いから、お前とふたりで食べてみたかった。
……。
……今は、毎日一緒だが。
然うね……今は、いつも一緒。
……。
……然うまでして貰ったのに、私はほとんど拾えませんでした。
あたしは、拾って貰った。
……まことさん。
亜美さんが居て呉れなかったら、あたしは生きていなかっただろう。
隊長が言っていたことは、間違いではなかった。
……。
亜美さんが隊長の隊に配属されて、心から良かったと思う。
……然う、言って貰えて。
亜美さんのようなひとが、戦なぞに駆り出されてはいけない……だけど、其れでも。
……あなたの命を拾えたこと、私は生涯忘れないでしょう。
亜美さん……。
……お礼に、白いお花を貰ったことも。
うん……。
……。
亜美さん……?
……戦は、もう二度と起こしてはならない。
……。
……決して。
あたしも、然う思う……だけど、戦はひとつだけでは出来ない。
必ず、相手が居る……だから、其の相手も同じことを思わなければ。
……あなたにはもう、行って欲しくないの。
あたしも……亜美さんにはもう二度と、行って欲しくない。
……でも。
でも……亜美さんを守る為ならば。
……何処かに、逃げられたら良いのに。
何処か……。
……何処か新しい場所で、また始めれば良い。
其の場所でも、戦が起こったら……。
……何処までも、逃げて。
逃げる場所が、なくなってしまったら。
……其の時は、あなたと。
終わらせるかい……?
……あなたさえ、良ければ。
然うだな……ふたりで終わるならば、良い。
……ん。
でなければ……嫌だ。
……私も、同じです。
……。
……。
駄目とは……言わないのかい。
……おやすみ、と。
……。
隊長さんは、言い残したから……寄せるだけ、なら。
……然うか。
……。
風が……少し、弱まってきたみたいだ。
……夜更けには、静まって呉れると良いですね。
あぁ……然うなって欲しいな。
……。
……明日の朝餉は、どうするかな。
朝餉ですか……?
芋粥か、大根粥か……大根の煮物が残っているから、合わせて大根の葉粥でも良いかも知れない。
……どれも、美味しそうですね。
亜美さんは、どれが良い?
私は……どれでも。
学姐のことを考えたら、どれが良いだろう?
今朝は隊長さんが作った鍋飯をお腹の五分目、お昼は村長の家で出された芋団子をひとつ、
夜は再び鍋飯と、まことさんが作ったお大根の煮物を少量……と、葉物が不足しているので。
……大根の葉粥?
然うですね……お大根の葉粥が良いと思います。
お腹にも優しいので、朝に弱い学姐が食べるには丁度良いかと。
ん、学姐は朝に弱いのかい?
起きられないわけではないのですが……寝起きはどうにも頭が回らないらしく、言葉を発しません。
挨拶をしても、此方をちらりと見るだけで……曰く、視線で返しているのだとか。
……あぁ。
慣れてしまえばなんでもないのですが、慣れていない者が見ると少し怖いかも知れません。
何しろ、目が据わっているので……見ようによっては、とてつもなく睨まれているように見えるんです。
元々、目付きが良い方ではありませんので……と言っても、視力が弱いだけなのですが。
……亜美さんはどうだったんだい?
私ですか?
……慣れぬ頃は、どうしていた?
私は……慣れぬうちは、放っておきました。
放って?
機嫌が悪いひとには、出来るだけ近付かない……然う、決めていたので。
然うなのか……でも、其れは正しいかも知れないな。
機嫌が悪い奴は、触らずに放っておくに限る……へたをすると、八つ当たりされるから。
美奈なんかは、放っておいても八つ当たりしてきたからな……なんで放っておくのよ、などと言われて。
……でも、私のことは放っておきませんよね。
亜美さんは、別だ……そもそも、機嫌が悪くなることなんてほとんどないだろう?
……然うでしょうか。
あたしが憶えている限りだと、数える程しかないと思う……まぁ、拗ねることはあるけれど。
……拗ねる。
其の場合は、ほぼほぼあたしに責任がある。
謝らなければならないから、放ってくことなんて出来ないんだ。
……。
亜美さん……?
……まさに今、拗ねています。
え、どうしてだい?
あたし、何かまずいことを言ったかい?
……。
ご、ごめんよ……。
……ふ。
ふ……?
……まことさんは、私を放っておかない。
あ。
……ふふ。
亜美さん……。
……ごめんなさい、まことさん。
あ、いや……別に、良いけど。
……けど?
本当に拗ねていない……?
……はい、拗ねていません。
あぁ……良かった。
……まことさんも、ないですよね。
ん?
……機嫌が悪くなること。
あたしは……結構、あると思うが。
いいえ、ないと思います……少なくとも私は、殆ど見たことがありません。
怒ることは、ある……。
……怒ることもたまにはありますが、其の感情を長く引き摺ることは滅多にありません。
其れは……然うかも知れない。
……でも。
でも?
……私に危害が及びそうになると。
絶対に赦さない。
……あなたは激怒すると、表情がなくなるの。
……。
ただただ、冷たい怒気が伝わってきて……躰が、震えてしまうの。
……ごめん、怖がらせて。
ううん、良いの……私の為に、怒って呉れているのだから。
……亜美さん。
ふふ……。
……。
……そうそう。
なんだい……?
……まことさんも、拗ねることはありますよね。
む……。
……拗ねると、子供のようになって。
其れは……まぁ。
……拗ねたまことさんも、可愛い。
ん。
……ふふふ。
敵わないな……。
……其の言葉、其のままお返しします。
……。
ん……まことさん。
……触れるだけ。
長くは、駄目ですよ……。
……分かっている。
……。
……此れで、仕舞い。
一瞬……。
……其れ以上だと、欲しくなってしまうから。
……。
暫くは、我慢しなければ……然うだろう、亜美さん。
……お互いに。
……。
まこ……ん。
……此れで、本当に仕舞い。
もぅ……。
……はは。
……。
……。
……ねぇ、まことさん。
なんだい……。
……明日の朝餉のことなのですが。
大根の葉粥、其れから大根と肉の煮物の残り……あと、漬物を付けようか。
……其れと。
うん。
……お芋の汁物があれば、更に良いかと。
ん、分かった……ならば、芋汁も作ろう。
多めに作っておけば、昼と夜にも食べられる。
……ありがとうございます。
学姐は、食べられそうかい……?
……屹度、食べられると思います。
隊長も、食うかな……食うだろうな。
……然う言えば、隊長さんに好き嫌いはあるのでしょうか。
あたしは、聞いたことない……多分、なんでも食うと思う。
……其れはとても良いことだと思います。
屹度、其れも取り柄のひとつだと言うのだろうな。
ふふ……言いそうですね。
芋汁の味付けは何が良い?
……私は、なんでも
亜美さんの希望を聞かせて欲しい。
……お味噌が良いです。
なら、味噌にしよう。
……。
……学姐は、食べられない?
いえ、食べられると思います……お味噌は、嫌いではなかったので。
……なら、味噌で決まりだ。
……。
熱が、下がれば良い……。
……若しも下がらなければ、大事を取って貰います。
ん……其れが良い。
……寝起きは、良くないかも知れません。
其れは……まぁ、仕方がない。
……機嫌が悪いわけではなかったんです。
……。
ただ単に、頭が回っていないだけで……あと、言葉を発することがひたすら億劫なだけで……悪気などは、更々ないんです。
……寝起きの学姐から、何か言われることはあるのかい。
然うですね……言われることは、早々ないです。
……挨拶されることもない?
挨拶は言葉ではなく、じぃっと凝視されます。
……凝視。
其れで、挨拶されているのだと分かります。
……成程。
ただ、此れも慣れていないと、睨みつけられているだけのように感じるんです……ひたすら、視線が刺さるだけなので。
……聞いておいて、良かった。
あくまでも、悪気はないので……。
……うん、大丈夫だ。
……。
少し早いが……あたし達もそろそろ、横になろうか。
……此の子を傍に。
あぁ、勿論だ……。
……。
久々に、狭いけれど……構わないかい?
……はい、構いません。
6日
智、待たせたな。
食後のお茶を持って来たぞ。
……。
ん……若しかして、眠っているのか。
……。
眠っているのなら……少し早いが、あたしも寝るとするか。
……未だ、起きてる。
うん?
……起きているわよ、食べて直ぐに眠れるわけないでしょう。
然うか、横になっていただけか。
……兎に角、ゆっくり休めと言われているから。
休むには横になるのが一番だ。
……だからと言って、眠くなるわけではない。
まぁ、休めていれば其れで良い。
……あの子達との楽しいお茶の時間は終わったの?
今頃、ふたりで楽しんでいるだろう。
……。
あたしはお茶を淹れただけなんだ。
……感想も聞かなかったの?
感想は聞いた。
……で。
なかなか好評だった。
……あの子からも?
あいつの悪くないは、昔から美味いという意味だ。
……其れ、何処かで聞いたことがあるわね。
あぁ、いつも聞いているような気がするな。
……意味合いは違うけれど。
違うのか?
……ええ、違うわ。
ふふ、然うか。
……折角だから、楽しめば良かったのに。
四人で飯を食った、其れで十分だ。
……あぁ、然う。
薬湯の口直しにどうだい?
淹れ立てだから、熱々だぞ。
……飲んであげても良いけれど。
躰は起こせるか。
……勿論、支えて呉れるのでしょう。
ん、幾らでも。
……はぁ。
辛いか。
躰が怠いだけ……食事も取れたし、問題はない。
寒くはないか。
……布団の中に居れば、寒くはないわ。
お茶を飲んでいる間は、あたしが布団の代わりになろう。
……右手は。
今ではもう、すっかり戻っている。
此れならば、霜焼けになることもないだろう。
……感覚は。
ちゃんと動くぞ、ほら。
……あの子には。
念の為と言いながら、手の平から指の先までじっくり診て呉れたよ。
あたしは問題ない、大丈夫だと言ったんだけどな。
そんなの……あの子が聞くわけないわね。
間違いなく、あいつがあの子に話したんだろう。
此れぐらい、なんともないと言っておいたのに。
……話さないわけがない。
結果は問題なし、特別な処置も必要なし。
お前が温めて呉れたから、其れで良し。
……其れでも、きつく注意はされた。
ん、どうして分かった?
分かるわよ……あの子がしないわけないもの。
言い方は柔らかかったが、其の目は全くもって笑っていなかったな。
なんだったら、否定は決して許さぬという気迫すら感じたよ。
……視線は決して逸らさずに、あなたの目を真っ直ぐ見据えてきたでしょう。
とてもきれいな青だったな……お前の青とは、また違った色だ。
然ういう目をしている時のあの子は厄介なの……ひとの話を聞かなくなるから。
あの眼差しは、何処かお前に似ている。
私はあんなに堅物ではないわ。
お前もまた、ひとの話を聞かなくなる嫌いがある。
言い訳、屁理屈、或いは与太話ならば、聞く必要はない。
裏を返せば、まともな話ならば聞く耳を持つ。
其れは、あの子も同じことだろう。
何故、然う思うの。
あの子の耳は、ちゃんと此処に繋がっているからだ。
心、とでも言いたいのかしら。
心は頭にあるものだと言うが、あたしとしては胸の奥にもあると思っている。
青臭いわね。
胸の奥が温かくなるのは、其処に心があるからだ。
はいはい、其れはもう聞き飽きた。
あの子はたまごの頃から変わらずに良い耳を持っている。
だから、偏屈ちびは
目の話はもう、終わったの?
……目?
私は、構わないけれど。
目……然う、お前達の目は間違いなく医人(くすしびと)の其れだ。
藪みたいな、濁り腐った色の其れとは違う。
私はただの薬師、医人ではないわ。
薬師だって、医人だろう?
私は違う、ひとのこを救いたくて薬師になったわけではないから。
あくまでも、己の知的好奇心及び探究心に従っただけ。
其れに「薬師」と「医」は同じ読み方だ。
同じであろうとも、私には関係ないわ。
うん、矢っ張り良く似ているな。
然うやって強引に終わらせる、あなたもひとの話を聞かない。
然ういうわけだから、あたしの右手は大丈夫だ。
どういうわけだか分からないけれど、大丈夫ならば其れで良いわ。
応。
どうでも良い話に発展したせいで、お茶が冷めてしまいそうね。
ん、然うだった。
早く起こして。
うん、任せろ。
……。
然し、良い布団だな。
……木綿綿が入っているから、とても暖かいわ。
うん、ちゃんと使っているようで何よりだ。
お金?
あいつは金に関心を示すことがなかったから、少し心配だったんだ。
……今でも、なさそうだけれど。
金はあるに越したことはない、直ぐに使わずともいつか必要になるかも知れない。
現に金がなければ、こんなに良い布団も手に入ることなぞなかったかも知れない。
あなた、お金に関しては確りしているのよね。
じゃないと、糞みたいな奴にぼったくられるからな。
あいつら、隙あらば直ぐにぼったくる、或いはちょろまかそうとするんだ。
其れで、あの子に代わって要求していたのでしょう。
無事に生き残ったら、渡してやろうと思ってな。
お優しい隊長さんだこと。
あいつは未だ、子供だったんだ。
……だから?
子供を出来るだけ守ってやるのが、年長者の務めだろう?
子供を防人と称して戦に駆り出している時点で、ろくでもないわね。
まぁ、然うだな。
……と言っても、あなたが駆り出したわけではないのだけれど。
駆り出しては、いないが……。
……勇。
ん……此れ以上は、止めておこう。
……。
あの金が、あいつの役に立っているのであれば……あたしは満足だ。
……此の季節だと、外には干せないだろうけれど。
ん?
……布団。
あぁ……まぁ、外に干せずとも家の中が乾燥しているから、仕舞わずに半分めくっておくだけでも違うのだろう。
……思えば、診療所に持って来て呉れた布団も木綿綿だったわね。
あの子が診療所で使っていたものらしいが……若しかしたら、あいつがあの子に贈ったものなのかも知れないな。
……下心、かしら。
うん、其れは大いに有り得る。
……然ういうところも、あなたに似ているわね。
んん?
と言っても……あなたよりは、真面目だけれど。
あたしも真面目だ。
あなたは、不真面目。
不真面目かも知れないが、お前には一途だ。
そんなことよりも、いい加減お茶が冷めてしまうわ。
おっと、然うだった。
まぁ、もう冷めているでしょうけど。
飲み頃だ。
また其れ?
はは。
本当にいい加減なひとね。
でも、お前には丁度良いだろう?
どうでも良い、早くして。
応。
……。
ん……あったかいな。
……冷やしてしまわぬように、布団代わりになって呉れるのでしょう?
後ろから包むように抱えて、温めようと思う。
……お腹は?
熱い此の手で。
……。
あたしの躰が熱いのは
もう何十年も聞かされてる。
……熱は未だ、下がらないか。
そんなに直ぐには下がらない。
……でも、話せる。
話せなければ、悪態を吐かれることもないのにね。
お前の悪態が聞けないのは淋しい。
あ、然う。
うん。
……。
大丈夫か?
……其れよりも、背中が寒いわね。
お茶を渡したら、直ぐに。
……。
……大丈夫か。
其ればかりね……。
……しつこいか。
ええ……しつこいわ。
……後ろに回っても良いか。
どうぞ……早く、支えて。
……。
未だかしら……。
……良いぞ、寄り掛かって呉れ。
……。
どうだ……?
……此れでは、飲み難いわ。
ん、分かった……。
……。
此れで、どうだい……?
……悪くないわ。
じゃあ、手をお腹に……。
……。
……熱いか?
いつも通り……。
……ん、然うか。
はぁ……。
……寒くはないか?
あなたは……?
……うん?
あなたは、寒くないの……?
あたしは、大丈夫だ……寒くない。
……寒かったら。
気付いているとは思うが、今のあたしはちびの上着を羽織っているんだ。
……あの子達に羽織らせられたのでしょうね。
しかも、木綿綿が入っているものだぞ……要らないと言ったんだが、ひとつも聞いて貰えなかった。
……お金の有効な使い方。
もう、大満足だよ……。
……ふ。
はは……。
……体格、似たり寄ったり。
あたしが、小さくなったのかも知れないな……。
……今のところ、其れはない。
ないか……?
……ないわね。
然うか……ちびもでかくなったなぁ。
……背丈はあったのでしょう。
背丈は、そこそこあったが……ひょろひょろだった。
……今も、太ってはいないけれど。
良い筋肉だ。
……好きね、筋肉。
お前程じゃない。
……。
……ちびと言えば。
なに……。
ちびにも改めて、しかも、ちくちくちくちく言われたよ。
……なんて。
凍瘡どころか凍傷になったらどうするだの、其れがどんなものか知っているだろうだの。
昔はあんな言い方はしなかったと思うんだが……恐らくは、あの子の影響だな。
……間違いなく、あの子の影響ね。
はは、矢っ張り然うか。
長く一緒に居ると、似てくるもんな。
……年長者が子供のようなことを仕出かして歳下から叱られるなんて、情けないわね。
あたしはちゃんと加減した……ちび達が少し大袈裟なんだ。
……あなたには、言われたくないと思うわ。
まぁ、良いけどな……。
……良いのね。
心配されるのは……悪くない。
……然う。
お茶は、飲めそうか……?
……飲めるに決まっているでしょう?
ふふ……然うか。
……。
……なぁ。
此れから、飲むのだけれど……。
……待ってる。
……。
……熱のにおい。
……。
……どうかな。
悪くない……あと、嗅がないで。
……ごめん。
其れで……なに。
飯……美味かったな。
……然うね、美味しかったわ。
あたしが作った飯も美味かったか……?
ええ……いつも通り、悪くはなかったわ。
……食えて、良かった。
多くは食べられないけど……味覚は未だ、正常だから。
……味覚がおかしくなると、食欲もなくなるもんな。
……。
……どうした?
私は此れからも、あなたが作ったごはんを食べていくのね……。
……さんざ食べさせられて、飽きてしまったか。
然うだったら、良かった……然うすれば、別れる口実にすることが出来たのに。
……智。
ねぇ、勇……。
……なんだ。
仕方がないから、此れからも食べてあげるわ……だから。
うん……此れからも、美味い飯を作るよ。
美味しくなかったら……食べない。
……応。
……。
智……。
……都で食べた、どんなものよりも。
ん……?
……ずっと。
美味いか……?
……言わない。
……。
でも、然うね……。
……うん。
あの子と食べたものだけは、悪くなかったわ……。
……其れは、分かる。
然う……?
……あぁ、然うだよ。
なら……此の話は、お仕舞い。
……ん、分かった。
……。
な……花見、楽しみだな。
……ちゃんと、花が咲いて呉れれば良いけれど。
春が来れば、屹度、咲いて呉れるさ……。
……だと、良いわね。
花見の時は、弁当でも作るか。
……どうせ、作る気満々でしょうに。
どうして分かった……?
……分からない方が良かった?
いいや……分かって呉れて、嬉しい。
……なら、いちいち聞かないで?
聞きたかったんだ……どうしても。
……全く、面倒なひとね。
5日
全く、隊長は。
隊長さんがどうしましたか?
……大夫。
どうかしました?
ん、いや。
まことさん?
……隊長は、今。
今し方、お茶を持って学姐のところに行きましたが。
其のお茶は、大夫が?
いえ、隊長さんが淹れたいと仰ったので……ですから、お任せしました。
……然うか。
何か、まずかったでしょうか。
いや、まずくはない……が。
が……なんでしょう。
……隊長は問題なく、お茶を淹れていたかい。
確りと見ていたわけではないのですが……淹れていたと思います。
……見えないように、上手く隠したか。
隊長さんに何かあったのですか。
……あったと言えば、あった。
何があったのです?
己の手を、雪で冷やした。
雪で?
大夫は、隊長の右手を見たかい?
右手、ですか……いえ、見ていません。
……矢張り、然うか。
若しかして、右手を冷やしたのですか。
うん……だから、恐らくは真っ赤になっていると思う。
火鉢に当てて、温めるように言ったんだが……。
何故、そんなことを。
曰く……学姐に触れる為。
学姐……。
自分の手は、燃えるように熱いからだと。
……熱いとしても、触れるくらいならば何も問題はないのに。
学姐が嫌がるだろうと。
……そんなこと。
冷やしてあげたいという気持ちは分かる……だけど。
雪で冷やしたということは……外に出たのですか?
……ちびの様子が見たいという口実で。
ちびの……。
……此の吹雪の中、ちびを外に置いておいて大丈夫なのかと。
其れで、様子を見て貰ったのですね。
あたしも丁度、ちびの様子を見ようと思っていたんだ……風が更に強まってきているように感じたから。
……ちびは。
土間で静かに丸くなっている。
……ちび。
……。
……今夜は其処で我慢してね。
耳だけ動いている……赤子と学姐が居ることを、ちゃんと分かっているんだな。
……ん、良い子。
若しかしたら、ちびを構って遊びたいのかと思ったんだ。
ちびは隊長に懐いているし、隊長もちびを可愛がっているようだから。
……ちびは、鳴かなかったのですか。
埋めていない方の手でちびを撫でて、其れはもう、器用に遊んでいたから。
甘えるような声は、時折聞こえてきたが……まさか、雪の中に手を埋めているだなんて。
……其処までしなくても。
冷やしたいのなら、水で冷やせば良い。
……どれ程の時間、雪の中に埋めていたのでしょうか。
そんなに長い時間ではないと思う。
となると……悪くても、凍瘡。
凍瘡も悪化すると厄介だろう……其れくらい、隊長だって分かっている筈なのに。
……其れでも、学姐の為に。
大夫……申し訳ないけれど、隊長が戻って来たら診て貰っても良いだろうか。
其れは、勿論……。
……済まない、手を焼かせてしまって。
いえ、私は構いませんよ……念の為、処置の用意もしておきましょう。
ん……頼む。
……でも、若しかしたら。
うん?
……学姐が、診て呉れるかも知れません。
あぁ……其れは、十分にあり得るな。
隊長のことだから、素直に話してしまうと思うし。
……仮令話さずとも、学姐は見逃さないでしょう。
あぁ……。
……温めるだけで良いと判断したら、其の場で処置も。
其れで済めば良い……と言うより、済んで欲しい。
……悪態のひとつやふたりは吐かれると思いますが。
其れくらい、なんでもないさ……寧ろ、喜ぶだろう。
……ふたりが其れで良いのなら、私は良いと思います。
ん。
……連れ合いにも、色々な形があるものなのですね。
うん……然うだね。
……。
其れにしても。
……はい。
学姐は疲れのせいで、発熱しているというのに……余計に、疲れさせるようなことをして。
……子供みたいですね。
みたい、ではなく、子供なんだ。
……ふふ。
ん、なんだい?
……まことさんも、同じことをしそうだと。
あたしは……。
……隊長さんの気持ちは分かるのでしょう?
分かるけど……流石に同じことはしない。
……然う?
若しもするのであれば、雪ではなく水で冷やす……勿論、外ではなく家の中で。
……するのね。
必要であれば、するというだけで……つまり、若しもの話だ。
……無理だけは、しないよう。
其れは、時と場合に
だとしても、無理は駄目です。
其の時は私に触れないで下さい。
……でも。
どうしても触れたいのであれば、冷やさずに其のまま触れて下さい。
……其れでは、冷やすことが。
其れこそ、雪に任せれば良いのです。
……雪。
と言っても、直接だと冷え過ぎてしまいますが。
……布を雪で冷やして、額に載せる。
はい、其れが良いでしょう。
触れるのは……熱い手でも。
私は、構わないわ。
……ん。
あなたの手ならば……其れだけで、安心するから。
大夫……。
……学姐だって、本当は。
大夫と、同じ……?
然う、思うのだけれど……どうにも、素直ではないから。
……大夫は、素直だ。
私は……学姐よりは、素直だと思うわ。
……素直でない時も、ある?
さぁ、どうかしらね……。
……若しかして、今?
然うかも知れないわ……。
……素直でない大夫も、あたしは好きだ。
ならば……少しだけ、捻くれてみようかしら。
……少しだけで良いのかい?
ええ、少しだけで良いわ……あまり捻くれてしまうと、疲れてしまいそうなんだもの。
あは……。
……ある程度は、素直な方が良い。
然うか……なら、亜美さんの好きなように。
……名。
お、と……。
でももう、構わない……疾うの昔に、知られているのだから。
……ならば、あのふたりの前でも亜美さんで。
ん……近いわ。
と……此れは、駄目か。
……暫くは、戻って来ないかも知れないけれど。
で、あれば……少しだけ。
……だぁめ、あの子も居るのだから。
ん……然うだった。
……。
……未だ、起きないな。
そろそろ、起きると思うのですが……。
……様子はどうだい?
はい……今のところ、問題ありません。
うん……ならば、良い。
……ところで、まことさん。
なんだい……亜美さん。
今は、何を作っているのですか?
あぁ……今は、大根と肉の煮物を作っている。
お裾分けだけだと、足りないと思ったから。
……ちびのごはんは?
ちびのごはんでもある。
お肉入りなんて、ご馳走ですね。
うん、ご馳走だ。
……良かったわね、ちび。
ん……今度は耳だけなく、尻尾も振っているな。
……でも矢っ張り、声は出さない。
たまに、あたしよりも賢いのではないかと思う時がある。
……然うなの?
あたしが犬だったら、こうはいかないだろう。
……。
ひとのこの言うことなんか、ろくに聞かずに……亜美さん?
……まことさんが犬だったら、という話なのですね。
え。
……ひとのことして、ではなく。
……。
ひとのこであるまことさんよりも、犬のちびの方が賢いと言っているのかと……。
……ちびの方が、賢いかも知れない。
ちびは確かに賢いですが……まことさんと比べることではないですよ。
……笑っているけれど。
だって、まことさんが……急に、そんなことを言うから。
いや、改めてちびは賢いなと思ったから。
然うですね……ちびは本当に賢い子です。
……亜美さんに似て、ね。
まことさんにも、似ていますよ……。
……そんなに、面白いかい?
だって……ほら、見て。
ちびも、笑っているわ……。
ちびが?
……ふふふ。
耳は、動いているが……どちらかと言うと、呆れているような。
……然うかも。
あー……。
……ちびはちび、あなたはあなたです。
あ、うん……然うだよな。
……。
えと……そんなに、面白かったかい。
……力が、抜けてしまうくらいには。
取り敢えず……良かったのかな。
……あんまり力が入っていると、疲れてしまいますし。
ん、然うか……ならば、良いということにしておこう。
……はぁ。
落ち着いた……?
……多分。
多分、なのか……。
……いつもだったら、こんなに可笑しいとは。
思わない……?
……屹度。
今回は、どうして。
然うですね……疲れていたのかも知れません。
……。
ですから……ありがとうございます、まことさん。
ん……どう、いたしまして?
……ふ。
あ、また。
……大丈夫です。
本当に……?
はい……本当に。
なら、良いけど……。
……ふぅ。
亜美さんは……可愛いな。
……。
言いたくなった。
……然うですか。
うん。
……まことさんも、可愛いですよ。
……。
……お返しです。
うん……。
……。
思えば、あたし達は……こんな遣り取りばかり、しているような気がする。
……嫌ですか。
嫌じゃない……寧ろ、こんな日がずっと続けば良いと思っている。
……飽きませんか?
全く、飽きない。
……。
亜美さんは?
……ずっと続いて欲しいと、願っています。
飽きないかい?
……飽きません。
……。
……まことさん。
ずっと、続けば良い……。
……はい。
……。
……。
隊長……戻って来そうにないな。
……隊長さんが学姐の傍に居て呉れれば、私も。
安心かい?
……なんだかんだ言っていても、隊長さんが傍に居た方が休めると思うので。
であるならば、ごはんが出来るまで声は掛けない方が良さそうだな。
……右手は、心配ですが。
処置が必要ならば、学姐に言われて戻って来るだろう。
……。
うん……目を覚ましたか。
……然うみたいです。
では、乳を……飲むかな。
取り敢えず、用意はしておきましょう。
ん、然うしよう。
今回は私があげますね。
お願いしても良いかい?
はい、まことさんは私達のごはんを作って呉れているので。
うん……では、頼む。
はい、任せて下さい。
……。
よしよし……目が覚めたのね。
……ちょっと、ぐずっているな。
お腹が空いたの……其れとも、おしめかしら。
……。
……。
……どうだい?
ん……指を近付けると吸おうとするので、欲しがっていると思います。
然うか、では温めようか。
はい、お願いします。
……冬だと、乳も腐ることがないから良いな。
其処だけは、良かったと……。
……でも、念の為。
おしめは……うん、未だ替えなくても良さそうね。
……ん、大丈夫だな。
大丈夫でしたか?
問題ない……が、相変わらずなんとも言えない味だ。
……あくまでも、赤子が飲むものですから。
けど、仄かに甘いような気もするんだ……。
……では、もっと飲みたいと思いますか?
いや、其れは思わない……。
……若しも。
ん……?
大人の口にも合っていたら……取り合いになってしまうかも知れません。
……。
……ないとは、限りませんよ。
莫迦だもんな……男は。
……男性だけとも、限りません。
……。
だから……あなたの口に合わなくて良かった。
え、あたしの話……?
……違うのですか?
あたしは、取らない……仮令、口に合っていたとしても。
ふふ……然うですか。
……。
変なこと、考えていますよね?
……え。
だとしても、言わないで下さいね。
……うん、言わない。
……。
ねぇ、亜美さん……。
……なんでしょう。
春になったら……また、花見に行こう。
……はい、行きましょう。
叶うなら、此の子を連れて……。
……はい。
其れから……学姐と、隊長とも。
……楽しみですね。
うん……楽しみだ。
……。
分かってる……ちびも一緒だ。
……今から春が楽しみね、ちび。
4日
や、調子はどうだい。
……来たわね。
応、お茶を持ってがてら様子を見に来た。
呼んでもいないのに。
呼ばれなくても、あたしは来る。
知ってる。
でも、今回は呼ばれたような気がしたんだ。
気のせい。
雪の降る音が、お前の声に聞こえたのかも知れない。
だとしたら、耳と頭がどうかしてるわね。
良くなったら、ちょいと診て呉れ。
嫌よ。
然う言いながらも、お前は診て呉れる。
悪態をひとつかふたつ、吐きながらさ。
ひとつかふたつで済めば良いけれど。
みっつでもよっつでも、あたしは受け止める。
あぁ、然う。
其れでどうだ、調子は。
見た通り、大人しく寝ているわ。
きつく言われたのか?
いいえ、いつも通りね。
はは、然うか。
あの子にゆっくりと休むように言われているから、あなたの相手は出来ないのだけれど。
ならば、あたしもゆっくり休むか。
何処で。
お前の傍で。
存在が五月蠅いのだけれど。
成る丈、静かにしていよう。
無理でしょうね、其れは。
なぁ、少しだけ触っても良いかい?
言っているそばから。
駄目か?
駄目に決まっているでしょう?
熱がどれ程のものか、あたしの手で確かめたいんだ。
あの子が確かめて呉れたから、必要ないわ。
あたしも確かめたい。
あなたの手は熱いから。
然う言われると思って、冷やして来たんだ。
何で。
水にしようかと思ったが、雪にした。
其の方が手っ取り早く冷えると思ったから。
確かに、手っ取り早いわね。
調子に乗って冷やし過ぎると霜焼けでは済まないと、あいつに言われてしまったよ。
言われて当然だわ。
大丈夫だ、ちゃんと加減はしたから。
少々赤くはなったが、問題ない。
温めの湯で温めた方が良いわよ、放っておくと霜焼けになってしまうかも知れないから。
然ういうわけだから、おでこに触れても良いか。
どういうわけなの。
ほっぺたや首筋だと、刺激が強いかも知れないからさ。
触らなくても良いわ。
少しだけ、な?
な、じゃない。
矢っ張り、駄目か?
駄目だと言った。
然うか。
ちっとも、静かではないのだけれど。
ん、此れから静かにする。
どうだか。
其の前に、お茶は飲めそうか。
誰が淹れたの。
其れは勿論、
私はあの子が淹れて呉れたものを期待していたのだけれど。
……淹れ直した方が良いか?
勿体ないから、飲んであげても良い。
然うか、ならば。
ひとりで、起きられる。
手伝わせて欲しい。
結構よ、其処までは弱っていないから。
頼む。
頼まれない、だって手が冷たそうなんだもの。
む。
額は良いにしても、躰には冷た過ぎる。
少し待っていて呉れ、お茶で温める。
そんなことをしたら、お茶が冷めてしまうでしょう。
う、確かに。
ばかなの?
うん……ばかだな。
……。
ひとりで、起き上がれるか?
出来ると、言った筈だけれど。
ん……聞いた。
あなたはいつも大袈裟に心配するの。
背中で、感じたから。
何を。
力が抜けた、お前の躰の感触を。
疲れで、力が抜けただけ。
こんなこと、初めてではないでしょう?
初めてではないが……雪の中では、初めてだ。
弱っている姿を、あの子達に見せたいの?
ん。
あなたに躰を預けた、ただ其れだけのこと。
良かったわね、私に頼りにされていて。
……応、然うだった。
でも、仕方がないから。
ん?
躰を起こす前に、少しだけならば、額に触っても良いわよ。
良いのか?
良いと言ったのだけれど、其の気が
触る。
然う……なら、触って。
うん。
……。
ん……少し、熱いな。
……あなたの手は、冷たいわ。
気持ち良いか?
……冷た過ぎる。
あー、冷やし過ぎたか。
……ばかなひと。
早く、熱が下がるよう……。
……今夜ゆっくりと休めば、明日の朝には下がっている。
ごはんは食えそうか?
……食えそうね。
然うか、良かった。
……と言っても、多くは食べられないわよ。
良いんだ、少しだけでも……食べられれば、其れで良い。
……飯は力、だものね。
あぁ、然うだよ……。
……下がっても、暫くは無理しないわ。
ん……。
……まぁ、する気もないけど。
明日も、ついて行く。
……当たり前。
応……。
……そろそろ。
ん、分かった。
……こんなことで熱が下がって呉れれば、薬も要らないのに。
苦かったか?
……曰く、良薬口に苦し。
はは、お前が良く言う言葉だな。
……言うようになったわ、あの子も。
良いことだ。
……ねぇ。
なんだい?
起こして。
応、任せろ。
お茶、冷めてしまったわね。
飲み頃だ。
熱いお茶が飲みたかったのに。
飯の頃に、また淹れるよ。
あなたが?
夕飯をご馳走になるからな、其れくらいはしよう。
自分が淹れたいだけでしょう?
まぁ、其れもある。
……。
大丈夫か?
……問題ないわ。
良かったら、支えて
面倒だから、支えていて。
……ん、分かった。
でも、其の前にお茶を。
応。
……。
持てるか?
持てなかったら、飲ませて呉れるのかしら。
お前が望むのなら、
望まない。
必要だったら、言って呉れ。
其れよりも、早く。
うん……気を付けてな。
言われなくても、分かっているわ。
……。
矢っ張り、温くなってる。
……今なら、火傷しないぞ。
其れは良いわね……あなたに、無駄に心配されずに済む。
飲みやすくて、変なところに
せいぜい、気を付けるわ。
応、気を付けて呉れ。
……若しも飲みたいのなら、離して呉れても構わない。
あたしは、お前が飲み終わってからで良い……。
……其の時にはもう、冷たくなっているかも知れないわね。
構わないさ……。
……。
……。
……視線が五月蠅いわね。
見ていない方が良いか。
良い。
ならば、目を瞑っていよう。
……いつまで、傍に居て呉れる気なの。
お前がもう良いと思うまで。
……じゃあ、飲み終わるまでで良いわ。
……。
……本音は?
出来るだけ、お前の傍に居たい。
……ごはんの支度は?
あたしはやらなくて良いらしい。
……ふぅん、然う。
あたしが分けた飯だけでは足りぬだろうから、大根と肉の煮物を作って呉れるとさ。
其れは、御馳走ね。
然うなんだ……お前も、食うだろう?
……多くは食べられない。
食べられるだけで良いさ……。
……あの子が作った大根は美味しいのよね。
あいつがあんなに美味い大根を作るようになるとはなぁ……。
……あの子も気に入っているようだし。
矢っ張り、お腹を掴むのが一番だな……。
……は?
飯の好みは、出来るだけ、近い方が良い……。
……あの子は元々、食に拘りがないもの。
お前もな……。
……羊羹が食べたいわ。
未だ残っているから……家に戻ったら、食おう。
……はぁ。
お茶は、どうだ……?
……温いけれど、悪くはないわ。
ふふ……然うか。
……あの子達は。
ちびは飯の支度を、あの子は赤子を見ている。
其の姿はまるで、本当の親子のようだよ。
……血の繋がりなんて、親子には必要ないもの。
ん……確かに。
……。
然し、雪というものはいつの世でも冷たいものだな。
……静かにしているのではなかったの?
済まない……つい。
……所詮は氷、世も時代も関係ない。
水蒸気が凍ったもの、だったな。
……覚えていたのね。
応……お前に教わったことだからな。
……。
なぁ……。
……なに。
話せるようで、良かったよ。
だから、言ったでしょう……あなたは大袈裟だと。
……今夜は此処で眠ることになるが、良いか。
良いも何も、あの子達が私を帰さないわ……なんせ、外は吹雪だから。
吹雪だけじゃないな……帰さない理由は。
……他の患者は帰すのにね。
其れは、時と場合じゃないか……?
……。
……む。
あなたのくせに、生意気……。
……たまには、な?
帰りたければ、帰っても良いわよ……どうぞ、ひとりで帰って。
……お前が居ない家に、帰っても仕方がない。
其れで、あなたは何処で眠るつもり……?
……其れなんだが、な。
あなたと一緒に眠れって……?
……然うなる。
確かに、暖かくして眠れとは言われたけど……とんだ茶番だわ。
……気が付いているか。
何に……?
此の布団、普通のものよりも大きいぞ……ふたりで寝ても、問題なさそうだ。
……此の私が、気が付かないとでも?
ふふ……然うだよな。
普通の布団よりも大きいとは言え……あなたの躰の大きさだと、問題あるわね。
身を寄せ合って眠れば大丈夫だ……まぁ、少しだけ窮屈かも知れないが。
……少しだけ、ね。
ちび達が使っているものなのだろう……なかなか、良い布団だ。
……返しても、良いのだけれど。
いや……今夜は有り難く、使わせて貰う。
流石に、布団がないと堪える……。
……あの子達は、どうするのかしら。
もう一組、あると言っていた……ただ。
……矢っ張り、あなたは帰ったら?
其の方が、良いか……。
……あの子達のことを、考えるのならば。
んー……。
……。
……分かった、然うしよう。
くれぐれも、足元には気をつけて。
……明日の朝、また来る。
ええ……然うして。
……。
……。
……飯を食ったら、
ばかね、冗談よ。
……あ?
こうなってしまった以上……私と一緒に眠れば良い。
お、応……。
……但し、私は弱っているから。
うん……冷えてしまわぬように、抱えて眠ろう。
……程々にね。
窮屈だと、眠れないからな……柔らかく、抱えよう。
……。
ん、飲み終わったか。
……あの子達が帰さないわよ。
うん……?
……あなたのことも。
……。
もう、良いわよ……。
……飲み終わって直ぐに、横にはならない方が良い。
あなたに言われるまでもない……。
……。
……飲んだら?
なぁ……。
……飲み終わるまでは、傍に居ても良いわ。
……。
一気に、
ゆっくり、飲むことにする。
……好きにすれば良い。
ん……好きにする。
……。
ん……智。
……顔の傷は。
あの子に。
然う……ならば、良い。
……お前の学妹だけあって、手際が良いな。
当たり前でしょう……?
……うん、当たり前だ。
……。
……昔から、あの子は上手だったよ。
いいえ……不器用だったわ。
……藪なんかよりも、ずっと。
其処は一緒にしないで欲しいわね。
……ごめん。
……。
……ちびの面倒を良く見て貰った。
おかげで、恋を知ってしまったわ……。
……悪いことか?
別に……。
……。
……。
……なぁ、智。
なに……勇。
……春まで、此の村に居ないか。
初めから、其のつもりだったでしょう……。
……花が、咲く頃まで。
……。
……嫌か。
花見でも、したいの……?
……したい。
然う……ならば、居てあげても良いわ。
……。
なに……?
……いや、嬉しいと思って。
其れまでせいぜい、躰を休ませることにする……。
……。
……治療は、続けるけれど。
あたしに出来ることがあれば、なんでもする……。
……当たり前。
ん……。
……。
む……。
……顔が近い。
んー……つい。
……全く。
……。
……あの赤子、大人しいわね。
どうやら、さんざ泣いたらしい。
……薬?
と言うより、ちび達の心配が伝わったんだろうと思う。
ふぅん……まだまだね。
……嬉しそうだな?
そんなこと、ないわよ?
……満面の笑み。
止めて、まるで私の性格が悪いみたいじゃない。
大丈夫だ、お前はとても良い性格をしている。
嫌味?
嫌味……なんて、言ってないぞ?
もう良いわ。
……。
なぁに、にやにやして。
お前が笑うと、あたしも笑う。
ふ。
はは。
……。
ん……どうした?
別に……なんでもないわ。
3日
疲労によるものです。
……。
つまり、過労です。
……然う何度も言わなくても、分かっているわ。
ですので、今夜は十分に暖かくして、ゆっくりお休み下さい。
夜更けまでの読書や、寒空の下での雪の観察など、くれぐれもされぬよう。
相変わらず、無駄にお堅いわねぇ。
そんなではあの子も、息が詰まってしまうのではないかしら。
お生憎様、私が此のような態度を取るのは学姐、あなただけです。
話し方は?
もう何度も聞いていると思いますが。
常に同じとは限らないでしょう?
だとしても、此のような話し方はしません。
ふぅん、然う。
朝から優れなかったのでしょう。
何故、知らせて呉れなかったのですか。
私、溜まった疲れのせいで微熱があるのだけれど。
其れが、何か。
あなたよね、ゆっくりと休むように言ったのは。
はい、言いました。
ですが、患者の話を聞くこともまた、医生の務めですので。
あの頃と変わらず、石頭。
年季が入って、今では岩も砕けるのではないかしら。
どうとでも仰って下さい。
あの頃から季節は幾度も巡ったけれど、其の口は達者なようで良かったわ。
ありがとうございます。
其の言葉、其のままそっくりあなたにお返し致します。
言葉が刺々しいわねぇ、今の私の躰には堪えるわ。
……はぁ。
あなたに言われなくても、休息はちゃんと取っていた。
食事は。
取っていたわよ、傍に作って呉れるひとが居るから。
道中、何度か店で食べたこともあったけれど、どれもいまいちだったわね。
……今朝は。
今朝も当然、ちゃんと食べたわ。
食事を抜くなんてこと、今の私は滅多にしないの。
睡眠は。
少なくとも、寝不足ではないわね。
此処何年かは、眠っている時間も増えたの。
……。
此処に来るまで……時に、あのひとの背中で眠ることもあったわ。
本当に癪なのだけれどね、あのひとの歩調は私に心地好さを与えるのよ。
……随分と素直な物言いをするのですね。
疲労と微熱のせいで弱っているのかも知れないわ。
……此処まで来て下さったことには、深く感謝しています。
然う?
……ですが。
食事、睡眠、そして、休息。
……。
確り取っていたとしても、間に合わないこともあるのよ。
あなたには未だ、ないかも知れないけれど。
……学姐。
此処に来るまでも……雪空の下、山越えという多少の無理はしたけれど、だからと言って道中、ずっと無理をしてきたわけじゃない。
然うは言いますが……隊長さんの言うことを、ろくに聞かないこともあったのでしょう。
あのひとね、躰の大きさのわりには心配性なのよ。
一度心配し始めると、其れこそ、鬱陶しいくらいで。
躰の大きさは関係ありませんし、其の物言いは隊長さんにかなり失礼です。
私達にとっては、いつものことなのだけれど。
……昔から、学姐は憎まれ口ばかり叩いて。
仕方がないわ、其れが私なのだから。
……分かっています。
だから、心配は要らないわ。
……せいぜい、隊長さんに見捨てられないように。
其れは大丈夫よ、あのひとは私に心底べた惚れしているから。
……だとしても、可能性は零ではありません。
然うかしら。
百年の恋も冷める、と言いますから。
へぇ。
……何ですか。
あなたが色恋の物語に出てきそうな言葉を宣うなんてねぇ。
恋なんて全く興味がないと言わんばかりに、朝から晩まで、学業に打ち込んでいたのに。
其の言葉も、一字一句違わずに……。
違わずに?
学業という言葉だけは除いて、お返しします。
あら、わざわざ除かなくても良いのに。
あなたが打ち込んでいたのは、学業だけではありませんでしたから。
大学で得る知識だけが学びの全てではないもの。
外に出なければ得られないことは五万とあるわ。
ですから、学業という言葉だけ除いたのです。
細かいわねぇ。
医生ですから。
私は薬師なのだけれど。
然うですね。
其れで、あの子の影響?
違います。
あの子の影響ではないとしたら、誰の影響かしら。
あなたに百年の恋なんて言葉を覚えさせるなんて。
くだらないことを考えるのは結構ですが、熱が上がっても知りませんよ。
読書と雪の観察は駄目だと言うのに、くだらぬ思考は止めないのね。
思考することまでは止められません。
矢っ張り、あの子の影響なの?
あなたもくだらぬことに拘るようになりましたね。
堅物なあなたに対してだけよ、何故なら、興味深いから。
どうしても然う考えたいのであれば、勝手にどうぞ。
あの子でないとするのならば、村長の子かしら。
……は。
図星?
いいえ、違います。
一瞬、態度が揺らいだわ。
気のせいです。
図星を突かれると態度に綻びが出るのは、今でも変わらないのね。
何故、美奈……村長の影響だと思ったのですか。
今の村長は、然ういったことは言わないと思いますが。
今は言わぬということは、以前は言っていたのね。然う……あなたが未だ、此の村に来た頃とか。
其の頃ならば、あの冷たい村長も子供だったでしょうから……特に多感な頃なぞは、色恋に興味があったかも知れない。
全ては、学姐の憶測に過ぎません。
然うよ、ただの憶測。
はぁ……全く。
で、誰の影響なの?
しつこいですね。
あなたの反応が面白いからね。
取り敢えず、休んで下さい。
あのひとは今、何をしているの?
まことさんとお話しています。
良かったら、お呼びしますが。
いいえ、今はあなたとお話がしたいわ。
私は赤子の様子を
あのひとが見ていると思うの。
ああ見えて、子守りは得意だから。
……。
何かあれば、直ぐにあなたを呼ぶでしょう。
……私と何を話したいのですか。
取り敢えず、然うね。
お茶のお代わりが必要ですか。
いいえ、渋くて苦いお茶は一杯で良いわ。
多く飲めば良いというわけではないしね。
然うですか。
まぁ、暫くしたらまた飲まされるのでしょうけど。
当然です、ちゃんと飲んで貰います。
厳しい大夫ねぇ、其れでは村の
学姐に対してだけです。
はいはい、然うね。
……。
あなたは、変わらないわね。
学姐も。
私は歳を重ねたわ。
其れはお互い様です。
一目惚れ?
は?
あの子のこと。
学姐こそ、然ういった話は全くもって興味がなかった筈ですが。
あなただから、興味があるのよ。
今直ぐにでも無くして下さい。
釣れないわねぇ。
昔からです。
……ふふ。
笑い方も変わりませんね。
あなたは表情が柔らかくなったわ。
だとしたら……其れは、あのひとの影響です。
其処は素直なのね。
悪いですか。
いいえ、ちっとも悪くないわ。
……。
私は変わらないでしょう?
変わりましたよ。
変わったつもりは、ないのだけれど。
己の想いに気が付いているにも関わらず、気が付いていないふりをしていたのはいつまでですか。
……へぇ?
さっさと認めてしまえば良かったのに。
認めたところで、何になる?
時間を無駄にすることはなかったと思いますが。
無駄にしたとは思っていないもの。
隊長さんはどう足掻いても、都人にはなれぬことは知っていましたよね。
あのひとが勝手に生まれ故郷を捨てて、勝手に戦人になっただけ。
あくまでもあのひとは己の意志で私についてきたの、私が無理強いしたわけではないわ。
其れは否定しません。
しないのね、責められるかと思ったわ。
したところで、意味がありませんから。
然う、成長したわね。
私も良い歳ですから。
いつまでも小娘ではいられない?
小娘のままでは、病や傷の治療など出来ません。
其れは然う。
あなたがもっと早く、隊長さんを受け入れていれば
受け入れてはいたわ。
小娘だったあなたが気が付かなかっただけ。
……。
なんせ、色恋には興味がなかったものね?
……だったら、何故。
都には私が必要としていたものがあった……ただ、其れだけよ。
……。
都の外に出てしまっては、何も成せない。
……何かを成したいが為に、隊長さんを。
後悔はしていないと。
……学姐は、然うでしょう。
此れは、あのひとの言葉。
……。
私は……少しくらいは、しているわ。
……ん。
ふふ、驚いた?
でも、其処まで目を見開かなくても良いのに。
……。
後悔は先に立たず、と言うでしょう?
……言いますね。
だから今の私は、出来るだけ後悔しないように、あのひとと生きているのよ。
……。
なんて、冗談よ。
……は。
あなたが思い詰めたような顔をするから。
そんな顔、あなたがする必要はないというのに。
……本当に冗談なのですか。
其の方が良いと思って。
……学姐。
あなたは堅物でいちいち細かったけれど、とても素直でもあった。
だからこそ、私はあなたを傍に置こうと思ったの。
……。
私みたいな変わり者、「普通」の者ならば、誰も傍に来たがらないわ。来たところで、見世物扱い。
けれど、あなたは違った。興味深かったわ、私から学びを得ようとしているんだもの。
……老師の次に。
ん?
いえ、老師以上に……あなたが、興味深かったからです。
ふふ、然う。
其れは、嬉しいわね。
……後悔は、しているのですね。
冗談だと、言った筈だけれど。
……其の言葉が本当だとは限りません。
……。
あなたは昔から然うです。
……歳を重ねたわね?
ええ、重ねましたよ。
……。
疲れたのなら、さっさと休んで下さい。
ねぇ。
何です。
若しかして、心配して呉れたの?
私は医生の務めを果たしているだけです。
来るのが、思っていたよりも遅かったから。
……。
そんなわけ、
しては、いけませんか。
いいえ、いけないとは言わないわ。
ならば、其れで話はお仕舞いです。
あっさりしているわねぇ。
長引かせると、余計に体力を消耗させることになるので。
ある程度のところで、終わらせるけど。
隊長さんに声を掛けて
掛けなくても、勝手に来るわ。
然うですか。
ええ、然うよ。
……ただのお茶でも飲みますか。
ん、頂くわ。
熱いお茶が飲みたいと、ずっと思っていたの。
……。
なぁに?
……明日は。
私が行くわ。
……ですが。
あなたにはあの赤子が居るでしょう。
あの子のことは、まことさんに
駄目よ。
……何故ですか。
何かあった時に、対処出来るのは医生であるあなただけだから。
……あなたでも。
初めに、然う決めたでしょう?
……決めたことを変えてはいけない、とは、決めていません。
ふ。
ですから、
私の脈、少し弱っているでしょう。
……。
良いのよ、分かっているから。
……隊長さんは。
気付いているわ、然ういう時だけ敏感なの。
……。
だから……私の好きにさせて。
……あなたはいつも然うですね。
変わるものもあれば、変わらないものもある。
……。
心配は要らないわ……私はあのひとと共に、長く生きるつもりだから。
……明日は、私も参ります。
……。
様子を見るだけです。
……然う、分かったわ。
はい。
……然ういうところも、変わらないわね。
変わるものもあれば、変わらないものもある……然う言ったのは学姐、あなたです。
ふ……確かに。
……春まで。
うん?
躰を休ませる為にも、雪が融ける春まで此の村に居れば良いと思います。
其れは……医生として?
其れもあります。
雪深い中、弱っている者を放り出すわけにはいきません。
……他には?
お花がきれいですよ。
……花、ね。
白、黄、桃……色々な種がありますが、特に山桜が美しいです。
……代わり映えのない山桜ならば、
珍しい種です。
……ふぅん。
ですから、興味を持つかと。
……あの子とお花見はしたの?
していますよ、もう何度も。
然う……ならば、私もあのひととしようかしら。
隊長さんもお花が好きなのですね。
……寧ろ、あのひとの方が好きよ。
然うですか……でしたら、おふたりでゆっくりとして下さい。
其れから、あなた達とも。
……どうしてもしたいと言うのならば、お付き合いしてあげても良いです。
……。
ですが、まことさんにも都合がありますので
ふっ。
……なんですか。
いいえ……幾つになっても可愛いわねぇ、と、思っただけよ。
……あぁ、然うですか。
ええ……然うよ。
……。
……ねぇ、あの赤子の名はどうするの。
あの子は、私達が育てるわけではないので……私達が名付けることはありません。
……名付けるとしたら?
……。
良い名を、考えているのでしょう……?
……何故、然う思うのですか。
なんとなく、然う思っただけよ……。
……。
言いたくないのなら……良いわ。
……「侑」です。
どんな字……?
……「ひと」に「ある」。
「ひと」に「ある」……「たすける」、ね。
……おかしいでしょうか。
いいえ……良いんじゃないかしら。
……でも、名付けることは。
憶えておくわ。
……。
忘れずに、ね。
……あなたが忘れることは、決してないと思います。
ふふ、然うね……然うだと、良いわね。
2日
隊長。
……応。
微熱は体力の消耗、つまり過労によるものだろうと。
然うか。
分かっていたのならば、何故休ませなかった。
はぁ。
答えろ。
あたしが言って、休むと思うか。
聞いているのは己(おれ)だ。
まぁ、そんなに刺々しくするな。
昨日今日の疲労ではないと、大夫は言っている。
其れは然うだろうな、わざわざ山を越えて此処まで来たのだから。けれど多少の無理をしなければ、間に合わなかったかも知れない。
間に合わなければ、親の方は兎も角、子がどうなっていたか分からない。然うだろう?
……。
どんな病に於いても、治療を始めるのならば早いに越したことはない。此れは、あいつの言葉だ。
まぁ、お前も医生が連れ合いならば、良ぉく知っているだろうが。
……休ませていたのか、然うでないのか。
休ませてはいたさ。けれど、其れでは間に合わなかった。
ただ、其れだけのことだ。お前だって、分かっているのだろう。
此の村に来てからは。
好きにさせていたよ。最近は雪の結晶の観察ばかりしている。
あたし達が暮らしている場所では滅多なことに降らないからさ。
……外には。
あまり、出ない。
なんせ、寒いから。
……。
あいつの躰のことは結局、あいつが一番分かっている。
あたしに出来ることと言えば、傍で
此の村の冬の寒さは、慣れぬ者には堪える。
大夫も然うだったのかい?
大夫のことを話しているのではない。
はは、お前は変わらないな。
隊長には言われたくないな。
変わっていなくて、安心したろう?
別に、どうでも良い。
お、然う来るか。
ずっと、然うしていただろ。
お前は聞いていないようで、わりとちゃんと聞いているんだよな。
だから、反応が早い。あたしは其処も気に入っていたんだ。
……あぁ、然うかい。
ん、何も言い返さないのか?
迷惑だったとか、面倒だったとか、鬱陶しかったとか。
……文字を教えて貰った。
うん?
……其のことは、感謝している。
文字?
……全てでは、ないが。
あぁ、然うだったな。お前は読書きが全く出来なかったから。
其れではいつかぼったくられるだろうと思って、時間を見つけては教えたんだ。
……。
どうだ、今でも役に立っているか?
……役に立っている。
ん、然うか。そいつは良かった。
今はどうして……あぁ、大夫に教えて貰っているのか。
……大分、覚えたよ。
然うか然うか、あたしと大夫の教え方が良いんだな。
……大夫の教え方が、上手なんだ。
然うは言うが、あたしも悪くなかったろ?
……己の頭が思っていたよりも悪くなかっただけだ。
然うだな、お前は覚えも悪くなかった。ぶつぶつと唱えながら、あたしが書いた文字を淡々と書いていてさ。
大地に書いた字は決してきれいなもんじゃなかったが、其れでも、手本がなくても書けるようになって。
だから、教えていて楽しかったよ。ある意味、あの時間はあたしにとって憩いだったのかも知れない。
……己は面倒だった。
はは、出たな。
……村に居た頃も、己に教えたように。
ん、何処の村だ?
……隊長が生まれ育った。
さて、どうだったかな。だけど多分、村のちび達には教えていたと思う。
読書きが出来れば、後々、必ず役に立つ。出来ないと、兎角、悪い奴の餌になりやすいんだ。
例えば取引の時に、多く取られるとか、自分の取り分を減らされる、とかな。
……隊長は、誰に。
あたしは……誰だったか。恐らくは、村の年寄りか何かだったと思うが、詳しくは憶えていない。
お前も知っての通り、あたしは記憶力がどうにもいまいちだからさ。今となって、名も憶えていないんだ。
……。
然し、お前にあたしのことを聞かれるとは思わなかったな。
……話を、戻す。
ん、何処に?
学姐。
あぁ。
あぁ、じゃない。
あいつの傍には今、お前の大夫が居て呉れているだろう?
であるならば、大丈夫だ。何かあれば、直ぐに知らせて呉れるだろうしな。
先刻も言ったが、此の村の冬の寒さは慣れぬ者には堪える。
だからあたしは、常に、己(おのれ)が出来ることをしていた。例えば、精の付く飯を作って食わせたり、躰を冷やさぬように温めてやったり。
あたしは大夫のような医生でなければ、あいつのような薬師でもない。出来ることと言えば、其の身を守ることと、其の心を支えることだけ。
……。
少し落ち着いて、食欲があるようならば……また、飯を食わせてやるんだ。
なんだかんだ言っても、飯は力だ。元気になる為にも、生きる為にも、食わなければならない。
……隊長に分けて貰った飯は、未だ、残っている。
だけど、其れはお前達の分だ。
……己達では多い。
然うか、ならば分けて貰おうか。
……其のつもりだよ。
だが、あたしの分は良い。
……学姐を置いて、家に戻るのか。
戻って、取って来る。
外は吹雪だ。
何、未だ大丈夫だ。
駄目だ。
お前も知っているだろう?
知ってはいるが、駄目だ。
なんだ、心配して呉れているのか。
大夫が心配する。
お前は、して呉れないのか。
あたし……己がしたところで。
あたしが食ってしまったら、足りなくなるだろう。
問題ない、今から作るから。
ん、何を作るんだ?
大根を煮る。
大根……あぁ、お前が作った大根は美味いよな。
大夫が気に入っているのも、頷ける。
我儘は
言わぬよ、有り難いことには。
葉は食うか。
応、食うぞ。
食えるものならば、何でも食う。
なら、良い。
ふ。
何だ。
お前と話すのは楽しいものだ。
は。
な、お前はどうだい?
己は……別に。
木野、まこと。
……。
ん、ちゃんと憶えていたなぁ。
……大夫の名は。
水野亜美、だろう?
……本当に記憶力が悪いのか。
悪いよ……現に、今憶えている名はお前と大夫、其れからあいつだけだ。
……。
然う言えば、あいつの名は聞いているか。
……未だ。
ふふ、然うか。ならば、あたしが言うべきじゃないな。
いずれ、あいつが……或いは、大夫が教えて呉れるだろうから。
……教えたくないだけだろ。
ん、何故然う思う?
……自分の女だから。
あはっ。
……声が大きい、赤子が起きる。
自分の女、か。
お前も、然ういうことを言うようになったんだな。
……五月蠅い、悪いか。
いいや、悪くはない。
……己は飯を作る。
分かった、あたしは赤子を見ていよう。
何かあったら、
直ぐに大夫を呼べ、だろう?
……分かっていれば良い。
応、ちゃんと分かっているぞ。
……ふん。
其の態度、大夫には
するわけないだろう。
だよなぁ……お前、べた惚れだもんな。
……隊長もだろう。
あぁ、あたしもだ。
あいつ以上の女、男を含めても居ない。
……然う思っているのは、隊長だけだ。
あたしにとってのあいつは、お前にとっての大夫だ。
……。
はは。
……休んでいれば、問題ないと。
其れはあいつが言ったのか。
……然うだよ。
然うか……。
……後で、傍に行けば良い。
ん、然うする。
……まぁ、行ければ良いが。
悪態のひとつやふたつは、可愛いものだ。
……曰く。
物好き、だろう?
あたしには褒め言葉だ。
……。
もう少し、話していても構わないか?
……其の子を起こさなければ。
大丈夫だ、良く眠っている。
なんぞ、疲れることでもしたのか。
……薬を打った。
泣いたか。
……火が付いたように。
お前の不安が伝わったんだな。
……。
ん、当たりか?
……無駄に勘が良い。
はは、其れもあたしの取り柄のひとつだからな。
……赤子には伝わりやすいらしい。
みたいだな……こんなにちっこいのに、気配や雰囲気に敏感だとか。
……赤子は、面白い。
だろ?
……。
見ていて飽きない……ん、凄い顔をしているな?
……育てたことがあるとは、思えない。
あたし達には子は居ないが、子守りぐらいならばしたことがあるんだ。
……泣かさなかったか。
泣いた泣いた、良く泣いた。
其れはもう、盛大に泣いた。
……面白がったな。
赤子は泣くのが仕事だからな、泣きたければ好きなだけ泣けば良いんだ。
……あやせたのか。
応、こう見えてあやすのは得意だ。
……。
本当だぞ?
……泣かれたのに?
お前も知っているとは思うが、赤子というのは腹が減れば泣くものだ。
構って欲しい時も泣くし、眠たい時も泣く、おしめを替えて欲しい時も泣く。
兎に角泣いて、周りに知らせる。此れが若しも、餓えていたりなんかしたら、泣くことも出来ない。
……。
赤子というのはさ、健やかで病でなければ其れで良いんだ。
……痩せこけた、赤子。
然ういうのは、思い出さなくて良い。
……思い出したくて、思い出したわけじゃない。
まぁ、然うか。
然うだよな。
……肉は食うか。
お前、此の流れで肉の話をするか。
其れと此れとは話が別だ。
はっ。
隊長だって、然うだろ。
あぁ、あたしも然うだ。
食うのか、食わないのか。
折角だし、食うか。
分かった。
……ふ。
どうせ、隊長が狩ってきた獲物だ。
また、狩ってくるよ。
希望はあるか。
山鳥。
猪でも良いぞ。
山鳥で良い。
さては、大夫が好きなんだな。
……足が治れば、自分で狩りに行く。
未だ、治らないのか。
……痛みは、もうない。
大事を取ってか……お前の大夫も優しいな。
……此の世で一番だ。
いやいや、あたしの学姐も負けていないぞ?
……隊長の「学姐」ではないだろう。
あたしもあいつに色々教わったんだ。
だから、学姐……と言うより、老師か。
……老師。
然う、老師。
……。
然ういや、飯は美味かったか?
……悪くなかった。
腹いっぱい、食えたか?
……食ったが、未だ残っている。
其れは何よりだ。
……どうして、あの飯を。
決まっている、お前が好きだったからだ。
……。
出来ることならば大夫、あの子にも作ってやりたかったが……叶わなかった。
……だから、作ったのか。
あぁ、然うだ。
……。
いつか、腹いっぱい食わせてやれたらと思っていた……まさか、こんな形で叶うとはな。
……もう、会うことはないと。
あたしはまた、会えると思っていたぞ。
……相変わらず、楽観的だな。
取り柄のひとつだ。
……隊長の何処が良いのか。
あたしも聞いてみるかな、こいつの何処が良いのか。
……止めておく。
然うか、それは残念だ。
……。
お前があの子と再会して……こうして、連れ合いになっていることを、あたしは嬉しく思う。
……隊長。
随分と遅くなったが……おめでとう、まこと。
……別に、祝いの言葉など。
言わせて呉れ、どうしても言いたいんだ。
……封信で。
直接、言いたかった。
……。
ん、照れているのか?
……隊長こそ、おめでとうございます。
……。
……何がとは、言わないのですね。
いや、どうして急にそんな丁寧な言葉を。
己ももう、良い歳ですから。
あの子の影響か?
さぁ……どうでしょうね。
……む。
何がおめでとうなのか、聞かないのですか?
……矢張り、影響だな。
分かりました、ならば己から言いましょう。
言わなくても良い、分かって
恋焦がれていた想い人と、漸く、結ばれることが出来て良かったですね。
んっ。
真におめでとうございます、末永くお幸せに。
あー……。
はぁ……慣れぬ言葉を隊長に遣うものではないな。
あたしも、背中に鳥肌が立っているよ……痒くないことだけが、救いだ。
もう、遣わぬ。
応、然うして呉れ……。
……。
……取り敢えず、ありがとうな。
別に……直接、言ってやりたくなっただけだ。
……然うか。
……。
ふぅ……。
……お茶のお代わりが要るのなら。
あぁ、自分で淹れる……。
……。
……此処からは、独り言だ。
ならば、返事はしない。
……うん、其れで良い。
……。
少し、弱っているようなんだ……。
……。
だから……遠出は、此れが最後になるかも知れない。
……。
本当だったら、暖かい時期……然うだな、春頃に来たかったな。
白い世界も、悪くはないが……多草の時期も、綺麗だったろうと思う。
屹度、あたしが知らぬ花も咲いているのだろう……こう見えて、花は好きなんだ。
……。
あいつも好きなんだよ……花を贈ると、なんだかんだ言いながらも喜んで呉れるから。
此の辺りも、春になれば花は咲く。
……ん。
独り言だ。
……ならば、返事はしないで良いな。
白、黄、桃……色々な種の花が咲くが、其の中でも特に山桜は美しい。
……山桜。
春の訪れを知らせるかのように咲く山桜は……大夫曰く、珍しい種らしい。
……其れは、あいつと見たいな。
春まで此の村に居れば、見られるだろう。
……皆で、花見もしたいな。
雪が融ければ、春になる……どうせだから、山桜が咲く頃まで居れば良い。
……ふ。
……。
……独り言ではなかったのか。
あくまでも、独り言だ。
……お前が作る飯、楽しみだな。
腹の足しになれば良いと思う。
なるさ……ちゃんとな。
……。
……囲炉裏の始末はちゃんとしてきた、問題ない。
此の時期ならば、腐ることはない……明日でも食べられるよ。
……ん。
……。
お前……然ういう話し方も出来るようになったんだな。
……大夫のおかげで。
うん……良い連れ合いだ。
あたしの目に狂いはなかった。
……良く言うよ。
はは……。
……隊長。
ん……?
……ありがとうございます。
……。
そろそろ、あなたの連れ合いのところに。
……もう、仕込みは終わったのか。
終わったから、言ってる。
ならば……見て来るか。
……。
犬のちびも可愛いが……赤子のちびも可愛いな。
名は、未だないんだったか。
……治療が、終われば。
お前達が付けるのか?
……そんなわけ、ない。
其れは、残念だな……お前達が付ける名に興味があったんだが。
……あたし達が育てているわけではないんだ。
然うか……じゃあ、仕方ないな。
……でも。
なんだ……?
……なんでもない。
付けたい名でも、あるのか?
……。
言いたくなければ、良い。
……侑。
……。
……「ひと」に「ある」と書いて、「ゆう」。
「ひと」に「ある」……「たすける」という意味を持つ字だな。
……。
うん、良い名だ……其の名ならば、あたしも忘れないだろう。
……別に忘れても良い、付けられるわけではないのだから。
いーや、忘れないさ……。
1日
今日から再開します。
と言いつつ、4月も毎日書いていました。
亜美さん、様子はどうだい?
はい……今のところ、落ち着いています。
然うか……良かった。
……まことさんも、どうぞ此方に。
うん、今行く。
……。
どれ……。
……良く、眠っています。
あぁ、本当だ……ふふ、可愛いな。
……目が覚めたら、お乳をあげないと。
飲んで呉れるかな……。
……まことさんが飲ませて呉れますか。
ん、あたしかい……?
……出来れば、お願いしたいです。
分かった……あたしがやろう。
……お願いします。
うん……。
……。
でも、飲んで呉れなかったら……亜美さんを呼ぶと思う。
大丈夫ですよ……もう、何度もあげているのですから。
……其れでも。
其の時は、傍に居ます……。
……ん。
だから……呼ばなくても大丈夫ですよ。
然うか……なら、安心だ。
……。
頬の色が、薄い桃色だ……。
……健やかな状態の証です。
此のまま、風邪など引くことなく……春を、迎えて欲しいな。
……本当に。
寝息も、可愛いな……。
……うさぎちゃんのお母さんが。
うん……?
……来て下さって、本当に良かったと思います。
あぁ……然うだね。
……うさぎちゃんのお母さんが居て呉れなかったら、上手にあやすことは出来なかったかも知れないと。
薬を打った途端に、火が付いたように泣き出して……泣くとは思っていたが、あそこまでの泣き方をするとは思わなんだ。
……。
其れに……あの子があんな、其れこそ泣き叫ぶような泣き方をするだなんて。
……小さな手足を、懸命に動かして。
あれでは、お手上げだ……あたしでは、どうしようも出来ない。
……うさぎちゃんのお母さん曰く、あのような泣き方をするのは初めてだと言っていました。
其れでもあやしてしまうのだから……流石としか、言いようがない。
……うさぎちゃんもたまに、ああいう泣き方をしたそうです。
うさぎちゃんも……?
……其れまでご機嫌だったのに、急に火が付いたように泣き出すことがあったとか。
然うなのか……だから、落ち着いていたんだな。
……ああいった泣き方をする赤子を見るのは、初めてではありませんが。
うん……。
……あやすとなると、かなり難しいですね。
あたしなんて、見るのも初めてだったから……どうして良いか、分からなかったよ。
……何事も経験だと言いますが。
いやぁ……難しいな。
……耳の奥で、未だ残っているんです。
うん……あたしも残っている。
……余程、怖かったのでしょう。
怖いということもあるだろうが……。
……。
打った後に泣き出したから……どちらかと言うと、痛かったのではないかな。
……痛み、ですか。
あの薬の打ち方は……あたしでも、痛いと感じるかも知れない。
……まことさんは、見ていて怖くはありませんでしたか。
……。
まことさん……?
えと……どうして、然う思うんだい?
……打つ前から、顔がずっと、引き攣っていましたから。
あー……。
……私の勘違いだったら、ごめんなさい。
頭では分かっていたんだ……だけど、いざ目の前にすると。
……大丈夫です、大人でも苦手な方は居ますから。
情けない……。
……思うのですが。
矢っ張り、良い歳をして情けない……?
……いえ、幾つになっても苦手なものはありますから。
とは言え、暫くの間、続けなければならないのだから……出来るだけ、早く慣れようと思う。
……無理はしないで下さいね。
いや、多少の無理はしよう……こんな小さな赤子が、頑張っているのだから。
……。
……然うでないと、駄目だ。
然うですか……では、出来るだけ、不安にならぬように。
……うん。
……。
……亜美さんは。
私は……自分であれば、大丈夫です。
然うか……ん?
……ねぇ、まことさん。
なんだい……。
……若しかしたら、私の不安が伝わってしまったのかも知れません。
不安……?
……赤子は周囲の雰囲気に、とても敏感だと言われていますから。
……。
私も、早く落ち着かないと……もう、小娘ではないのだから。
……だとするならば。
まことさん……?
亜美さんではなく、あたしだ。
あたしが、落ち着かなかったから。
……。
……矢張り、早く慣れないと。
恐らくは……私達ふたりの落ち着きのなさが、伝わってしまったのでしょう。
……亜美さん。
反省して……明日は、成る可く。
……落ち着いているように、しよう。
……。
……取り敢えず。
はい……。
此の子が起きた時には……いつものあたし達で居よう。
……。
先ずは、其れが良いと思う。
……はい、然うしましょう。
うん。
……。
……うさぎちゃんのお母さんは、明日も来て呉れると言っていた。
明後日以降も、来られるようならば来て下さると……。
……正直、助かる。
はい……とても。
あぁ、駄目だ……此れでは、うさぎちゃんのお母さんが安心出来ない。
……情けないです、気持ちばかりで。
亜美さんはそんなことない。
亜美さんが居なければ、此の子は……あ。
……。
……。
……起きて、ません。
はぁ……良かった。
……。
え、と……落ち着く為に、一先ずお茶でも飲もうか。
……然うですね。
じゃあ、淹れよう。
……お願いしても良いですか。
任せて欲しい。
はい……では、お願いします。
ん。
此のまま、静かに……何事も、起きぬよう。
……。
……でも、静か過ぎても。
亜美さん。
……ごめんなさい。
分かるよ……どうしたって、心配だからさ。
……はい。
お茶、直ぐに淹れる……。
……くれぐれも、手元には気を付けて下さいね。
あぁ……うん、気を付ける。
……。
……夕食には、未だ早いか。
私達には早いですが……ちびのごはんの支度は始めた方が良いかも知れません。
然うか……然うだな。
……。
ん……風が出てきたな。
……此れから、強くなるでしょうか。
未だ、弱いが……ならないとは言えない。
……吹雪にならなければ良いのですが。
隊長達が来るまで……いや、帰るまでは持って欲しいな。
……。
いつぐらいに、来るだろうか。
……向こうが済んだら、其の足で立ち寄ると言っていたのですが。
じきに、夕方だ……元々暗いが、もっと暗くなってしまう。
……若しもの時は、泊まって貰いましょう。
然うだな……。
……隊長さんならば大丈夫かも知れませんが、若しものこともあります。
うん、亜美さんの言う通りだ……後で、布団の支度をしておこう。
……お願いします。
と言っても、一組しかないが……其処は、我慢して貰おうか。
……ないよりは、ずっと良いかと。
はは……其れは然うだ。
……。
亜美さん……?
……思っていたよりも、来るのが遅いと。
ん……。
ただ単に、遅くなっているだけで……他に何もないのならば、其れで良いのですが。
……向こうも、今日からだったね。
はい……学姐ならば、問題ないと思っています。
隊長も、此れからはついて行くと言っていた。
……いざとなったら、抑える為に。
何があろうとも、隊長が居れば大丈夫だ。
学姐に何かが及ぶことは、まず、ない。
……。
あ、其の心配ではないか。
いえ……其れも、心配でしたので。
……。
薬の作用で……何か、悪いことが起こらなければ良いと。
……然うか、其の心配があったね。
直ぐには出ないかも知れません……ですが、出ないとも限りません。
と、なると……様子を見ているのかも知れないな。
……分かってはいるのです。
うん……。
学姐のことだから……何があろうとも、屹度、涼しい顔で対処するのでしょう。
……其れでも、心配はするものだと思う。
……。
慣れぬことだから、余計に……いや、こういうことに慣れはないのか。
……慣れては、ならぬ。
……。
だけれども……慣れなければ、出来ぬこともある。
……教えかい?
はい……。
……ひとのこは、慣れる生き物だ。
……。
其れは……ひとのこの死に対しても。
……難しいですね。
あぁ、難しい……。
……。
……良し。
……。
亜美さん。
……ありがとうございます。
熱いから、気を付けて。
……はい。
いつか。
……。
此の子とも、一緒に飲んでみたいものだね。
……是非。
ん……。
……。
……。
……明日。
行って来るかい……?
……其の間、此の子をお願い出来ますか。
あぁ、勿論だ……。
……。
……亜美さん。
はい……。
……薬を打っても、良くなることはないのだろう。
良くて……現状維持だと思います。
……現状維持か。
其れで……春まで、持てば。
……薬は足りるのかい。
薬は……恐らくは、足りるでしょう。
……だとすれば、若しかしたら。
いいえ……彼女の躰は、もう。
……。
瘡毒の影響で……壊れ切っているの。
……矢張り、どうしようもないのか。
ほんの少しだけでも、其の苦しみを和らげることが出来たなら……学姐は、然う考えて。
……亜美さんも、だろう?
……。
……此の子のように、傍で看ていなくても大丈夫なのか。
今の彼女に必要なものは、誰かが寄り添うこと……其れは、私達でなくても良いのです。
……確かに、美奈の家ならば誰かしら居るな。
躰のお世話をして下さる方も……。
……。
ふぅ……お茶が美味しい。
……ん。
あ、ごめんなさい……私、何を言って。
ううん……良いよ。
……。
力を抜くことは、大事だ。
……ん、まことさん。
……。
……美味しいです。
ん……良かった。
……まことさんも。
うん……。
……。
ふぅ……美味いな。
ふふ……良かった。
……む。
どうしましたか……?
隊長達が……来るかも知れない。
……気配がしたのですか。
あぁ、そんな気配がした。
では、お茶の支度を。
ん、ちびも鳴いているな……あの鳴き方は。
誰かが来る知らせです。
となると、間違いないな。
ちび、何処か嬉しそうですね。
あの様子だと、迎えに行ってしまいそうだ。
……行かせましょうか。
其れも、良いかも知れない。
……では。
ちび、ちび。
……。
隊長達を迎えに行って呉れるか……然うか、行きたいか。
ちび、隊長さんと学姐を……。
……。
……。
……?
亜美さん……?
……今。
亜美さん……どうした?
……何か。
何か……?
……。
何かって、なんだい……?
……いえ。
大丈夫かい……?
……。
何か、あるのなら……。
……妙な、胸騒ぎがするの。
胸騒ぎ……?
……ごめんなさい、まことさん。
分かった、あたしも行こう。
……足が、未だ。
問題ない。
ちびは先に行け、何かあったらあたしを呼びに来い。
……。
亜美さんは、お茶の用意と。
……はい、此方は抜かりなく。
うん……では、行って来る。
行ってらっしゃい……どうか気を付けて。