日記
2026年・5月
4月後 4月前 3月後 3月前 2月後 2月前 1月後 1月前 12月後 12月前 11月後 11月前 10月後
5日
全く、隊長は。
隊長さんがどうしましたか?
……大夫。
どうかしました?
ん、いや。
まことさん?
……隊長は、今。
今し方、お茶を持って学姐のところに行きましたが。
其のお茶は、大夫が?
いえ、隊長さんが淹れたいと仰ったので……ですから、お任せしました。
……然うか。
何か、まずかったでしょうか。
いや、まずくはない……が。
が……なんでしょう。
……隊長は問題なく、お茶を淹れていたかい。
確りと見ていたわけではないのですが……淹れていたと思います。
……見えないように、上手く隠したか。
隊長さんに何かあったのですか。
……あったと言えば、あった。
何があったのです?
己の手を、雪で冷やした。
雪で?
大夫は、隊長の右手を見たかい?
右手、ですか……いえ、見ていません。
……矢張り、然うか。
若しかして、右手を冷やしたのですか。
うん……だから、恐らくは真っ赤になっていると思う。
火鉢に当てて、温めるように言ったんだが……。
何故、そんなことを。
曰く……学姐に触れる為。
学姐……。
自分の手は、燃えるように熱いからだと。
……熱いとしても、触れるくらいならば何も問題はないのに。
学姐が嫌がるだろうと。
……そんなこと。
冷やしてあげたいという気持ちは分かる……だけど。
雪で冷やしたということは……外に出たのですか?
……ちびの様子が見たいという口実で。
ちびの……。
……此の吹雪の中、ちびを外に置いておいて大丈夫なのかと。
其れで、様子を見て貰ったのですね。
あたしも丁度、ちびの様子を見ようと思っていたんだ……風が更に強まってきているように感じたから。
……ちびは。
土間で静かに丸くなっている。
……ちび。
……。
……今夜は其処で我慢してね。
耳だけ動いている……赤子と学姐が居ることを、ちゃんと分かっているんだな。
……ん、良い子。
若しかしたら、ちびを構って遊びたいのかと思ったんだ。
ちびは隊長に懐いているし、隊長もちびを可愛がっているようだから。
……ちびは、鳴かなかったのですか。
埋めていない方の手でちびを撫でて、其れはもう、器用に遊んでいたから。
甘えるような声は、時折聞こえてきたが……まさか、雪の中に手を埋めているだなんて。
……其処までしなくても。
冷やしたいのなら、水で冷やせば良い。
……どれ程の時間、雪の中に埋めていたのでしょうか。
そんなに長い時間ではないと思う。
となると……悪くても、凍瘡。
凍瘡も悪化すると厄介だろう……其れくらい、隊長だって分かっている筈なのに。
……其れでも、学姐の為に。
大夫……申し訳ないけれど、隊長が戻って来たら診て貰っても良いだろうか。
其れは、勿論……。
……済まない、手を焼かせてしまって。
いえ、私は構いませんよ……念の為、処置の用意もしておきましょう。
ん……頼む。
……でも、若しかしたら。
うん?
……学姐が、診て呉れるかも知れません。
あぁ……其れは、十分にあり得るな。
隊長のことだから、素直に話してしまうと思うし。
……仮令話さずとも、学姐は見逃さないでしょう。
あぁ……。
……温めるだけで良いと判断したら、其の場で処置も。
其れで済めば良い……と言うより、済んで欲しい。
……悪態のひとつやふたりは吐かれると思いますが。
其れくらい、なんでもないさ……寧ろ、喜ぶだろう。
……ふたりが其れで良いのなら、私は良いと思います。
ん。
……連れ合いにも、色々な形があるものなのですね。
うん……然うだね。
……。
其れにしても。
……はい。
学姐は疲れのせいで、発熱しているというのに……余計に、疲れさせるようなことをして。
……子供みたいですね。
みたい、ではなく、子供なんだ。
……ふふ。
ん、なんだい?
……まことさんも、同じことをしそうだと。
あたしは……。
……隊長さんの気持ちは分かるのでしょう?
分かるけど……流石に同じことはしない。
……然う?
若しもするのであれば、雪ではなく水で冷やす……勿論、外ではなく家の中で。
……するのね。
必要であれば、するというだけで……つまり、若しもの話だ。
……無理だけは、しないよう。
其れは、時と場合に
だとしても、無理は駄目です。
其の時は私に触れないで下さい。
……でも。
どうしても触れたいのであれば、冷やさずに其のまま触れて下さい。
……其れでは、冷やすことが。
其れこそ、雪に任せれば良いのです。
……雪。
と言っても、直接だと冷え過ぎてしまいますが。
……布を雪で冷やして、額に載せる。
はい、其れが良いでしょう。
触れるのは……熱い手でも。
私は、構わないわ。
……ん。
あなたの手ならば……其れだけで、安心するから。
大夫……。
……学姐だって、本当は。
大夫と、同じ……?
然う、思うのだけれど……どうにも、素直ではないから。
……大夫は、素直だ。
私は……学姐よりは、素直だと思うわ。
……素直でない時も、ある?
さぁ、どうかしらね……。
……若しかして、今?
然うかも知れないわ……。
……素直でない大夫も、あたしは好きだ。
ならば……少しだけ、捻くれてみようかしら。
……少しだけで良いのかい?
ええ、少しだけで良いわ……あまり捻くれてしまうと、疲れてしまいそうなんだもの。
あは……。
……ある程度は、素直な方が良い。
然うか……なら、亜美さんの好きなように。
……名。
お、と……。
でももう、構わない……疾うの昔に、知られているのだから。
……ならば、あのふたりの前でも亜美さんで。
ん……近いわ。
と……此れは、駄目か。
……暫くは、戻って来ないかも知れないけれど。
で、あれば……少しだけ。
……だぁめ、あの子も居るのだから。
ん……然うだった。
……。
……未だ、起きないな。
そろそろ、起きると思うのですが……。
……様子はどうだい?
はい……今のところ、問題ありません。
うん……ならば、良い。
……ところで、まことさん。
なんだい……亜美さん。
今は、何を作っているのですか?
あぁ……今は、大根と肉の煮物を作っている。
お裾分けだけだと、足りないと思ったから。
……ちびのごはんは?
ちびのごはんでもある。
お肉入りなんて、ご馳走ですね。
うん、ご馳走だ。
……良かったわね、ちび。
ん……今度は耳だけなく、尻尾も振っているな。
……でも矢っ張り、声は出さない。
たまに、あたしよりも賢いのではないかと思う時がある。
……然うなの?
あたしが犬だったら、こうはいかないだろう。
……。
ひとのこの言うことなんか、ろくに聞かずに……亜美さん?
……まことさんが犬だったら、という話なのですね。
え。
……ひとのことして、ではなく。
……。
ひとのこであるまことさんよりも、犬のちびの方が賢いと言っているのかと……。
……ちびの方が、賢いかも知れない。
ちびは確かに賢いですが……まことさんと比べることではないですよ。
……笑っているけれど。
だって、まことさんが……急に、そんなことを言うから。
いや、改めてちびは賢いなと思ったから。
然うですね……ちびは本当に賢い子です。
……亜美さんに似て、ね。
まことさんにも、似ていますよ……。
……そんなに、面白いかい?
だって……ほら、見て。
ちびも、笑っているわ……。
ちびが?
……ふふふ。
耳は、動いているが……どちらかと言うと、呆れているような。
……然うかも。
あー……。
……ちびはちび、あなたはあなたです。
あ、うん……然うだよな。
……。
えと……そんなに、面白かったかい。
……力が、抜けてしまうくらいには。
取り敢えず……良かったのかな。
……あんまり力が入っていると、疲れてしまいますし。
ん、然うか……ならば、良いということにしておこう。
……はぁ。
落ち着いた……?
……多分。
多分、なのか……。
……いつもだったら、こんなに可笑しいとは。
思わない……?
……屹度。
今回は、どうして。
然うですね……疲れていたのかも知れません。
……。
ですから……ありがとうございます、まことさん。
ん……どう、いたしまして?
……ふ。
あ、また。
……大丈夫です。
本当に……?
はい……本当に。
なら、良いけど……。
……ふぅ。
亜美さんは……可愛いな。
……。
言いたくなった。
……然うですか。
うん。
……まことさんも、可愛いですよ。
……。
……お返しです。
うん……。
……。
思えば、あたし達は……こんな遣り取りばかり、しているような気がする。
……嫌ですか。
嫌じゃない……寧ろ、こんな日がずっと続けば良いと思っている。
……飽きませんか?
全く、飽きない。
……。
亜美さんは?
……ずっと続いて欲しいと、願っています。
飽きないかい?
……飽きません。
……。
……まことさん。
ずっと、続けば良い……。
……はい。
……。
……。
隊長……戻って来そうにないな。
……隊長さんが学姐の傍に居て呉れれば、私も。
安心かい?
……なんだかんだ言っていても、隊長さんが傍に居た方が休めると思うので。
であるならば、ごはんが出来るまで声は掛けない方が良さそうだな。
……右手は、心配ですが。
処置が必要ならば、学姐に言われて戻って来るだろう。
……。
うん……目を覚ましたか。
……然うみたいです。
では、乳を……飲むかな。
取り敢えず、用意はしておきましょう。
ん、然うしよう。
今回は私があげますね。
お願いしても良いかい?
はい、まことさんは私達のごはんを作って呉れているので。
うん……では、頼む。
はい、任せて下さい。
……。
よしよし……目が覚めたのね。
……ちょっと、ぐずっているな。
お腹が空いたの……其れとも、おしめかしら。
……。
……。
……どうだい?
ん……指を近付けると吸おうとするので、欲しがっていると思います。
然うか、では温めようか。
はい、お願いします。
……冬だと、乳も腐ることがないから良いな。
其処だけは、良かったと……。
……でも、念の為。
おしめは……うん、未だ替えなくても良さそうね。
……ん、大丈夫だな。
大丈夫でしたか?
問題ない……が、相変わらずなんとも言えない味だ。
……あくまでも、赤子が飲むものですから。
けど、仄かに甘いような気もするんだ……。
……では、もっと飲みたいと思いますか?
いや、其れは思わない……。
……若しも。
ん……?
大人の口にも合っていたら……取り合いになってしまうかも知れません。
……。
……ないとは、限りませんよ。
莫迦だもんな……男は。
……男性だけとも、限りません。
……。
だから……あなたの口に合わなくて良かった。
え、あたしの話……?
……違うのですか?
あたしは、取らない……仮令、口に合っていたとしても。
ふふ……然うですか。
……。
変なこと、考えていますよね?
……え。
だとしても、言わないで下さいね。
……うん、言わない。
……。
ねぇ、亜美さん……。
……なんでしょう。
春になったら……また、花見に行こう。
……はい、行きましょう。
叶うなら、此の子を連れて……。
……はい。
其れから……学姐と、隊長とも。
……楽しみですね。
うん……楽しみだ。
……。
分かってる……ちびも一緒だ。
……今から春が楽しみね、ちび。
4日
や、調子はどうだい。
……来たわね。
応、お茶を持ってがてら様子を見に来た。
呼んでもいないのに。
呼ばれなくても、あたしは来る。
知ってる。
でも、今回は呼ばれたような気がしたんだ。
気のせい。
雪の降る音が、お前の声に聞こえたのかも知れない。
だとしたら、耳と頭がどうかしてるわね。
良くなったら、ちょいと診て呉れ。
嫌よ。
然う言いながらも、お前は診て呉れる。
悪態をひとつかふたつ、吐きながらさ。
ひとつかふたつで済めば良いけれど。
みっつでもよっつでも、あたしは受け止める。
あぁ、然う。
其れでどうだ、調子は。
見た通り、大人しく寝ているわ。
きつく言われたのか?
いいえ、いつも通りね。
はは、然うか。
あの子にゆっくりと休むように言われているから、あなたの相手は出来ないのだけれど。
ならば、あたしもゆっくり休むか。
何処で。
お前の傍で。
存在が五月蠅いのだけれど。
成る丈、静かにしていよう。
無理でしょうね、其れは。
なぁ、少しだけ触っても良いかい?
言っているそばから。
駄目か?
駄目に決まっているでしょう?
熱がどれ程のものか、あたしの手で確かめたいんだ。
あの子が確かめて呉れたから、必要ないわ。
あたしも確かめたい。
あなたの手は熱いから。
然う言われると思って、冷やして来たんだ。
何で。
水にしようかと思ったが、雪にした。
其の方が手っ取り早く冷えると思ったから。
確かに、手っ取り早いわね。
調子に乗って冷やし過ぎると霜焼けでは済まないと、あいつに言われてしまったよ。
言われて当然だわ。
大丈夫だ、ちゃんと加減はしたから。
少々赤くはなったが、問題ない。
温めの湯で温めた方が良いわよ、放っておくと霜焼けになってしまうかも知れないから。
然ういうわけだから、おでこに触れても良いか。
どういうわけなの。
ほっぺたや首筋だと、刺激が強いかも知れないからさ。
触らなくても良いわ。
少しだけ、な?
な、じゃない。
矢っ張り、駄目か?
駄目だと言った。
然うか。
ちっとも、静かではないのだけれど。
ん、此れから静かにする。
どうだか。
其の前に、お茶は飲めそうか。
誰が淹れたの。
其れは勿論、
私はあの子が淹れて呉れたものを期待していたのだけれど。
……淹れ直した方が良いか?
勿体ないから、飲んであげても良い。
然うか、ならば。
ひとりで、起きられる。
手伝わせて欲しい。
結構よ、其処までは弱っていないから。
頼む。
頼まれない、だって手が冷たそうなんだもの。
む。
額は良いにしても、躰には冷た過ぎる。
少し待っていて呉れ、お茶で温める。
そんなことをしたら、お茶が冷めてしまうでしょう。
う、確かに。
ばかなの?
うん……ばかだな。
……。
ひとりで、起き上がれるか?
出来ると、言った筈だけれど。
ん……聞いた。
あなたはいつも大袈裟に心配するの。
背中で、感じたから。
何を。
力が抜けた、お前の躰の感触を。
疲れで、力が抜けただけ。
こんなこと、初めてではないでしょう?
初めてではないが……雪の中では、初めてだ。
弱っている姿を、あの子達に見せたいの?
ん。
あなたに躰を預けた、ただ其れだけのこと。
良かったわね、私に頼りにされていて。
……応、然うだった。
でも、仕方がないから。
ん?
躰を起こす前に、少しだけならば、額に触っても良いわよ。
良いのか?
良いと言ったのだけれど、其の気が
触る。
然う……なら、触って。
うん。
……。
ん……少し、熱いな。
……あなたの手は、冷たいわ。
気持ち良いか?
……冷た過ぎる。
あー、冷やし過ぎたか。
……ばかなひと。
早く、熱が下がるよう……。
……今夜ゆっくりと休めば、明日の朝には下がっている。
ごはんは食えそうか?
……食えそうね。
然うか、良かった。
……と言っても、多くは食べられないわよ。
良いんだ、少しだけでも……食べられれば、其れで良い。
……飯は力、だものね。
あぁ、然うだよ……。
……下がっても、暫くは無理しないわ。
ん……。
……まぁ、する気もないけど。
明日も、ついて行く。
……当たり前。
応……。
……そろそろ。
ん、分かった。
……こんなことで熱が下がって呉れれば、薬も要らないのに。
苦かったか?
……曰く、良薬口に苦し。
はは、お前が良く言う言葉だな。
……言うようになったわ、あの子も。
良いことだ。
……ねぇ。
なんだい?
起こして。
応、任せろ。
お茶、冷めてしまったわね。
飲み頃だ。
熱いお茶が飲みたかったのに。
飯の頃に、また淹れるよ。
あなたが?
夕飯をご馳走になるからな、其れくらいはしよう。
自分が淹れたいだけでしょう?
まぁ、其れもある。
……。
大丈夫か?
……問題ないわ。
良かったら、支えて
面倒だから、支えていて。
……ん、分かった。
でも、其の前にお茶を。
応。
……。
持てるか?
持てなかったら、飲ませて呉れるのかしら。
お前が望むのなら、
望まない。
必要だったら、言って呉れ。
其れよりも、早く。
うん……気を付けてな。
言われなくても、分かっているわ。
……。
矢っ張り、温くなってる。
……今なら、火傷しないぞ。
其れは良いわね……あなたに、無駄に心配されずに済む。
飲みやすくて、変なところに
せいぜい、気を付けるわ。
応、気を付けて呉れ。
……若しも飲みたいのなら、離して呉れても構わない。
あたしは、お前が飲み終わってからで良い……。
……其の時にはもう、冷たくなっているかも知れないわね。
構わないさ……。
……。
……。
……視線が五月蠅いわね。
見ていない方が良いか。
良い。
ならば、目を瞑っていよう。
……いつまで、傍に居て呉れる気なの。
お前がもう良いと思うまで。
……じゃあ、飲み終わるまでで良いわ。
……。
……本音は?
出来るだけ、お前の傍に居たい。
……ごはんの支度は?
あたしはやらなくて良いらしい。
……ふぅん、然う。
あたしが分けた飯だけでは足りぬだろうから、大根と肉の煮物を作って呉れるとさ。
其れは、御馳走ね。
然うなんだ……お前も、食うだろう?
……多くは食べられない。
食べられるだけで良いさ……。
……あの子が作った大根は美味しいのよね。
あいつがあんなに美味い大根を作るようになるとはなぁ……。
……あの子も気に入っているようだし。
矢っ張り、お腹を掴むのが一番だな……。
……は?
飯の好みは、出来るだけ、近い方が良い……。
……あの子は元々、食に拘りがないもの。
お前もな……。
……羊羹が食べたいわ。
未だ残っているから……家に戻ったら、食おう。
……はぁ。
お茶は、どうだ……?
……温いけれど、悪くはないわ。
ふふ……然うか。
……あの子達は。
ちびは飯の支度を、あの子は赤子を見ている。
其の姿はまるで、本当の親子のようだよ。
……血の繋がりなんて、親子には必要ないもの。
ん……確かに。
……。
然し、雪というものはいつの世でも冷たいものだな。
……静かにしているのではなかったの?
済まない……つい。
……所詮は氷、世も時代も関係ない。
水蒸気が凍ったもの、だったな。
……覚えていたのね。
応……お前に教わったことだからな。
……。
なぁ……。
……なに。
話せるようで、良かったよ。
だから、言ったでしょう……あなたは大袈裟だと。
……今夜は此処で眠ることになるが、良いか。
良いも何も、あの子達が私を帰さないわ……なんせ、外は吹雪だから。
吹雪だけじゃないな……帰さない理由は。
……他の患者は帰すのにね。
其れは、時と場合じゃないか……?
……。
……む。
あなたのくせに、生意気……。
……たまには、な?
帰りたければ、帰っても良いわよ……どうぞ、ひとりで帰って。
……お前が居ない家に、帰っても仕方がない。
其れで、あなたは何処で眠るつもり……?
……其れなんだが、な。
あなたと一緒に眠れって……?
……然うなる。
確かに、暖かくして眠れとは言われたけど……とんだ茶番だわ。
……気が付いているか。
何に……?
此の布団、普通のものよりも大きいぞ……ふたりで寝ても、問題なさそうだ。
……此の私が、気が付かないとでも?
ふふ……然うだよな。
普通の布団よりも大きいとは言え……あなたの躰の大きさだと、問題あるわね。
身を寄せ合って眠れば大丈夫だ……まぁ、少しだけ窮屈かも知れないが。
……少しだけ、ね。
ちび達が使っているものなのだろう……なかなか、良い布団だ。
……返しても、良いのだけれど。
いや……今夜は有り難く、使わせて貰う。
流石に、布団がないと堪える……。
……あの子達は、どうするのかしら。
もう一組、あると言っていた……ただ。
……矢っ張り、あなたは帰ったら?
其の方が、良いか……。
……あの子達のことを、考えるのならば。
んー……。
……。
……分かった、然うしよう。
くれぐれも、足元には気をつけて。
……明日の朝、また来る。
ええ……然うして。
……。
……。
……飯を食ったら、
ばかね、冗談よ。
……あ?
こうなってしまった以上……私と一緒に眠れば良い。
お、応……。
……但し、私は弱っているから。
うん……冷えてしまわぬように、抱えて眠ろう。
……程々にね。
窮屈だと、眠れないからな……柔らかく、抱えよう。
……。
ん、飲み終わったか。
……あの子達が帰さないわよ。
うん……?
……あなたのことも。
……。
もう、良いわよ……。
……飲み終わって直ぐに、横にはならない方が良い。
あなたに言われるまでもない……。
……。
……飲んだら?
なぁ……。
……飲み終わるまでは、傍に居ても良いわ。
……。
一気に、
ゆっくり、飲むことにする。
……好きにすれば良い。
ん……好きにする。
……。
ん……智。
……顔の傷は。
あの子に。
然う……ならば、良い。
……お前の学妹だけあって、手際が良いな。
当たり前でしょう……?
……うん、当たり前だ。
……。
……昔から、あの子は上手だったよ。
いいえ……不器用だったわ。
……藪なんかよりも、ずっと。
其処は一緒にしないで欲しいわね。
……ごめん。
……。
……ちびの面倒を良く見て貰った。
おかげで、恋を知ってしまったわ……。
……悪いことか?
別に……。
……。
……。
……なぁ、智。
なに……勇。
……春まで、此の村に居ないか。
初めから、其のつもりだったでしょう……。
……花が、咲く頃まで。
……。
……嫌か。
花見でも、したいの……?
……したい。
然う……ならば、居てあげても良いわ。
……。
なに……?
……いや、嬉しいと思って。
其れまでせいぜい、躰を休ませることにする……。
……。
……治療は、続けるけれど。
あたしに出来ることがあれば、なんでもする……。
……当たり前。
ん……。
……。
む……。
……顔が近い。
んー……つい。
……全く。
……。
……あの赤子、大人しいわね。
どうやら、さんざ泣いたらしい。
……薬?
と言うより、ちび達の心配が伝わったんだろうと思う。
ふぅん……まだまだね。
……嬉しそうだな?
そんなこと、ないわよ?
……満面の笑み。
止めて、まるで私の性格が悪いみたいじゃない。
大丈夫だ、お前はとても良い性格をしている。
嫌味?
嫌味……なんて、言ってないぞ?
もう良いわ。
……。
なぁに、にやにやして。
お前が笑うと、あたしも笑う。
ふ。
はは。
……。
ん……どうした?
別に……なんでもないわ。
3日
疲労によるものです。
……。
つまり、過労です。
……然う何度も言わなくても、分かっているわ。
ですので、今夜は十分に暖かくして、ゆっくりお休み下さい。
夜更けまでの読書や、寒空の下での雪の観察など、くれぐれもされぬよう。
相変わらず、無駄にお堅いわねぇ。
そんなではあの子も、息が詰まってしまうのではないかしら。
お生憎様、私が此のような態度を取るのは学姐、あなただけです。
話し方は?
もう何度も聞いていると思いますが。
常に同じとは限らないでしょう?
だとしても、此のような話し方はしません。
ふぅん、然う。
朝から優れなかったのでしょう。
何故、知らせて呉れなかったのですか。
私、溜まった疲れのせいで微熱があるのだけれど。
其れが、何か。
あなたよね、ゆっくりと休むように言ったのは。
はい、言いました。
ですが、患者の話を聞くこともまた、医生の務めですので。
あの頃と変わらず、石頭。
年季が入って、今では岩も砕けるのではないかしら。
どうとでも仰って下さい。
あの頃から季節は幾度も巡ったけれど、其の口は達者なようで良かったわ。
ありがとうございます。
其の言葉、其のままそっくりあなたにお返し致します。
言葉が刺々しいわねぇ、今の私の躰には堪えるわ。
……はぁ。
あなたに言われなくても、休息はちゃんと取っていた。
食事は。
取っていたわよ、傍に作って呉れるひとが居るから。
道中、何度か店で食べたこともあったけれど、どれもいまいちだったわね。
……今朝は。
今朝も当然、ちゃんと食べたわ。
食事を抜くなんてこと、今の私は滅多にしないの。
睡眠は。
少なくとも、寝不足ではないわね。
此処何年かは、眠っている時間も増えたの。
……。
此処に来るまで……時に、あのひとの背中で眠ることもあったわ。
本当に癪なのだけれどね、あのひとの歩調は私に心地好さを与えるのよ。
……随分と素直な物言いをするのですね。
疲労と微熱のせいで弱っているのかも知れないわ。
……此処まで来て下さったことには、深く感謝しています。
然う?
……ですが。
食事、睡眠、そして、休息。
……。
確り取っていたとしても、間に合わないこともあるのよ。
あなたには未だ、ないかも知れないけれど。
……学姐。
此処に来るまでも……雪空の下、山越えという多少の無理はしたけれど、だからと言って道中、ずっと無理をしてきたわけじゃない。
然うは言いますが……隊長さんの言うことを、ろくに聞かないこともあったのでしょう。
あのひとね、躰の大きさのわりには心配性なのよ。
一度心配し始めると、其れこそ、鬱陶しいくらいで。
躰の大きさは関係ありませんし、其の物言いは隊長さんにかなり失礼です。
私達にとっては、いつものことなのだけれど。
……昔から、学姐は憎まれ口ばかり叩いて。
仕方がないわ、其れが私なのだから。
……分かっています。
だから、心配は要らないわ。
……せいぜい、隊長さんに見捨てられないように。
其れは大丈夫よ、あのひとは私に心底べた惚れしているから。
……だとしても、可能性は零ではありません。
然うかしら。
百年の恋も冷める、と言いますから。
へぇ。
……何ですか。
あなたが色恋の物語に出てきそうな言葉を宣うなんてねぇ。
恋なんて全く興味がないと言わんばかりに、朝から晩まで、学業に打ち込んでいたのに。
其の言葉も、一字一句違わずに……。
違わずに?
学業という言葉だけは除いて、お返しします。
あら、わざわざ除かなくても良いのに。
あなたが打ち込んでいたのは、学業だけではありませんでしたから。
大学で得る知識だけが学びの全てではないもの。
外に出なければ得られないことは五万とあるわ。
ですから、学業という言葉だけ除いたのです。
細かいわねぇ。
医生ですから。
私は薬師なのだけれど。
然うですね。
其れで、あの子の影響?
違います。
あの子の影響ではないとしたら、誰の影響かしら。
あなたに百年の恋なんて言葉を覚えさせるなんて。
くだらないことを考えるのは結構ですが、熱が上がっても知りませんよ。
読書と雪の観察は駄目だと言うのに、くだらぬ思考は止めないのね。
思考することまでは止められません。
矢っ張り、あの子の影響なの?
あなたもくだらぬことに拘るようになりましたね。
堅物なあなたに対してだけよ、何故なら、興味深いから。
どうしても然う考えたいのであれば、勝手にどうぞ。
あの子でないとするのならば、村長の子かしら。
……は。
図星?
いいえ、違います。
一瞬、態度が揺らいだわ。
気のせいです。
図星を突かれると態度に綻びが出るのは、今でも変わらないのね。
何故、美奈……村長の影響だと思ったのですか。
今の村長は、然ういったことは言わないと思いますが。
今は言わぬということは、以前は言っていたのね。然う……あなたが未だ、此の村に来た頃とか。
其の頃ならば、あの冷たい村長も子供だったでしょうから……特に多感な頃なぞは、色恋に興味があったかも知れない。
全ては、学姐の憶測に過ぎません。
然うよ、ただの憶測。
はぁ……全く。
で、誰の影響なの?
しつこいですね。
あなたの反応が面白いからね。
取り敢えず、休んで下さい。
あのひとは今、何をしているの?
まことさんとお話しています。
良かったら、お呼びしますが。
いいえ、今はあなたとお話がしたいわ。
私は赤子の様子を
あのひとが見ていると思うの。
ああ見えて、子守りは得意だから。
……。
何かあれば、直ぐにあなたを呼ぶでしょう。
……私と何を話したいのですか。
取り敢えず、然うね。
お茶のお代わりが必要ですか。
いいえ、渋くて苦いお茶は一杯で良いわ。
多く飲めば良いというわけではないしね。
然うですか。
まぁ、暫くしたらまた飲まされるのでしょうけど。
当然です、ちゃんと飲んで貰います。
厳しい大夫ねぇ、其れでは村の
学姐に対してだけです。
はいはい、然うね。
……。
あなたは、変わらないわね。
学姐も。
私は歳を重ねたわ。
其れはお互い様です。
一目惚れ?
は?
あの子のこと。
学姐こそ、然ういった話は全くもって興味がなかった筈ですが。
あなただから、興味があるのよ。
今直ぐにでも無くして下さい。
釣れないわねぇ。
昔からです。
……ふふ。
笑い方も変わりませんね。
あなたは表情が柔らかくなったわ。
だとしたら……其れは、あのひとの影響です。
其処は素直なのね。
悪いですか。
いいえ、ちっとも悪くないわ。
……。
私は変わらないでしょう?
変わりましたよ。
変わったつもりは、ないのだけれど。
己の想いに気が付いているにも関わらず、気が付いていないふりをしていたのはいつまでですか。
……へぇ?
さっさと認めてしまえば良かったのに。
認めたところで、何になる?
時間を無駄にすることはなかったと思いますが。
無駄にしたとは思っていないもの。
隊長さんはどう足掻いても、都人にはなれぬことは知っていましたよね。
あのひとが勝手に生まれ故郷を捨てて、勝手に戦人になっただけ。
あくまでもあのひとは己の意志で私についてきたの、私が無理強いしたわけではないわ。
其れは否定しません。
しないのね、責められるかと思ったわ。
したところで、意味がありませんから。
然う、成長したわね。
私も良い歳ですから。
いつまでも小娘ではいられない?
小娘のままでは、病や傷の治療など出来ません。
其れは然う。
あなたがもっと早く、隊長さんを受け入れていれば
受け入れてはいたわ。
小娘だったあなたが気が付かなかっただけ。
……。
なんせ、色恋には興味がなかったものね?
……だったら、何故。
都には私が必要としていたものがあった……ただ、其れだけよ。
……。
都の外に出てしまっては、何も成せない。
……何かを成したいが為に、隊長さんを。
後悔はしていないと。
……学姐は、然うでしょう。
此れは、あのひとの言葉。
……。
私は……少しくらいは、しているわ。
……ん。
ふふ、驚いた?
でも、其処まで目を見開かなくても良いのに。
……。
後悔は先に立たず、と言うでしょう?
……言いますね。
だから今の私は、出来るだけ後悔しないように、あのひとと生きているのよ。
……。
なんて、冗談よ。
……は。
あなたが思い詰めたような顔をするから。
そんな顔、あなたがする必要はないというのに。
……本当に冗談なのですか。
其の方が良いと思って。
……学姐。
あなたは堅物でいちいち細かったけれど、とても素直でもあった。
だからこそ、私はあなたを傍に置こうと思ったの。
……。
私みたいな変わり者、「普通」の者ならば、誰も傍に来たがらないわ。来たところで、見世物扱い。
けれど、あなたは違った。興味深かったわ、私から学びを得ようとしているんだもの。
……老師の次に。
ん?
いえ、老師以上に……あなたが、興味深かったからです。
ふふ、然う。
其れは、嬉しいわね。
……後悔は、しているのですね。
冗談だと、言った筈だけれど。
……其の言葉が本当だとは限りません。
……。
あなたは昔から然うです。
……歳を重ねたわね?
ええ、重ねましたよ。
……。
疲れたのなら、さっさと休んで下さい。
ねぇ。
何です。
若しかして、心配して呉れたの?
私は医生の務めを果たしているだけです。
来るのが、思っていたよりも遅かったから。
……。
そんなわけ、
しては、いけませんか。
いいえ、いけないとは言わないわ。
ならば、其れで話はお仕舞いです。
あっさりしているわねぇ。
長引かせると、余計に体力を消耗させることになるので。
ある程度のところで、終わらせるけど。
隊長さんに声を掛けて
掛けなくても、勝手に来るわ。
然うですか。
ええ、然うよ。
……ただのお茶でも飲みますか。
ん、頂くわ。
熱いお茶が飲みたいと、ずっと思っていたの。
……。
なぁに?
……明日は。
私が行くわ。
……ですが。
あなたにはあの赤子が居るでしょう。
あの子のことは、まことさんに
駄目よ。
……何故ですか。
何かあった時に、対処出来るのは医生であるあなただけだから。
……あなたでも。
初めに、然う決めたでしょう?
……決めたことを変えてはいけない、とは、決めていません。
ふ。
ですから、
私の脈、少し弱っているでしょう。
……。
良いのよ、分かっているから。
……隊長さんは。
気付いているわ、然ういう時だけ敏感なの。
……。
だから……私の好きにさせて。
……あなたはいつも然うですね。
変わるものもあれば、変わらないものもある。
……。
心配は要らないわ……私はあのひとと共に、長く生きるつもりだから。
……明日は、私も参ります。
……。
様子を見るだけです。
……然う、分かったわ。
はい。
……然ういうところも、変わらないわね。
変わるものもあれば、変わらないものもある……然う言ったのは学姐、あなたです。
ふ……確かに。
……春まで。
うん?
躰を休ませる為にも、雪が融ける春まで此の村に居れば良いと思います。
其れは……医生として?
其れもあります。
雪深い中、弱っている者を放り出すわけにはいきません。
……他には?
お花がきれいですよ。
……花、ね。
白、黄、桃……色々な種がありますが、特に山桜が美しいです。
……代わり映えのない山桜ならば、
珍しい種です。
……ふぅん。
ですから、興味を持つかと。
……あの子とお花見はしたの?
していますよ、もう何度も。
然う……ならば、私もあのひととしようかしら。
隊長さんもお花が好きなのですね。
……寧ろ、あのひとの方が好きよ。
然うですか……でしたら、おふたりでゆっくりとして下さい。
其れから、あなた達とも。
……どうしてもしたいと言うのならば、お付き合いしてあげても良いです。
……。
ですが、まことさんにも都合がありますので
ふっ。
……なんですか。
いいえ……幾つになっても可愛いわねぇ、と、思っただけよ。
……あぁ、然うですか。
ええ……然うよ。
……。
……ねぇ、あの赤子の名はどうするの。
あの子は、私達が育てるわけではないので……私達が名付けることはありません。
……名付けるとしたら?
……。
良い名を、考えているのでしょう……?
……何故、然う思うのですか。
なんとなく、然う思っただけよ……。
……。
言いたくないのなら……良いわ。
……「侑」です。
どんな字……?
……「ひと」に「ある」。
「ひと」に「ある」……「たすける」、ね。
……おかしいでしょうか。
いいえ……良いんじゃないかしら。
……でも、名付けることは。
憶えておくわ。
……。
忘れずに、ね。
……あなたが忘れることは、決してないと思います。
ふふ、然うね……然うだと、良いわね。
2日
隊長。
……応。
微熱は体力の消耗、つまり過労によるものだろうと。
然うか。
分かっていたのならば、何故休ませなかった。
はぁ。
答えろ。
あたしが言って、休むと思うか。
聞いているのは己(おれ)だ。
まぁ、そんなに刺々しくするな。
昨日今日の疲労ではないと、大夫は言っている。
其れは然うだろうな、わざわざ山を越えて此処まで来たのだから。けれど多少の無理をしなければ、間に合わなかったかも知れない。
間に合わなければ、親の方は兎も角、子がどうなっていたか分からない。然うだろう?
……。
どんな病に於いても、治療を始めるのならば早いに越したことはない。此れは、あいつの言葉だ。
まぁ、お前も医生が連れ合いならば、良ぉく知っているだろうが。
……休ませていたのか、然うでないのか。
休ませてはいたさ。けれど、其れでは間に合わなかった。
ただ、其れだけのことだ。お前だって、分かっているのだろう。
此の村に来てからは。
好きにさせていたよ。最近は雪の結晶の観察ばかりしている。
あたし達が暮らしている場所では滅多なことに降らないからさ。
……外には。
あまり、出ない。
なんせ、寒いから。
……。
あいつの躰のことは結局、あいつが一番分かっている。
あたしに出来ることと言えば、傍で
此の村の冬の寒さは、慣れぬ者には堪える。
大夫も然うだったのかい?
大夫のことを話しているのではない。
はは、お前は変わらないな。
隊長には言われたくないな。
変わっていなくて、安心したろう?
別に、どうでも良い。
お、然う来るか。
ずっと、然うしていただろ。
お前は聞いていないようで、わりとちゃんと聞いているんだよな。
だから、反応が早い。あたしは其処も気に入っていたんだ。
……あぁ、然うかい。
ん、何も言い返さないのか?
迷惑だったとか、面倒だったとか、鬱陶しかったとか。
……文字を教えて貰った。
うん?
……其のことは、感謝している。
文字?
……全てでは、ないが。
あぁ、然うだったな。お前は読書きが全く出来なかったから。
其れではいつかぼったくられるだろうと思って、時間を見つけては教えたんだ。
……。
どうだ、今でも役に立っているか?
……役に立っている。
ん、然うか。そいつは良かった。
今はどうして……あぁ、大夫に教えて貰っているのか。
……大分、覚えたよ。
然うか然うか、あたしと大夫の教え方が良いんだな。
……大夫の教え方が、上手なんだ。
然うは言うが、あたしも悪くなかったろ?
……己の頭が思っていたよりも悪くなかっただけだ。
然うだな、お前は覚えも悪くなかった。ぶつぶつと唱えながら、あたしが書いた文字を淡々と書いていてさ。
大地に書いた字は決してきれいなもんじゃなかったが、其れでも、手本がなくても書けるようになって。
だから、教えていて楽しかったよ。ある意味、あの時間はあたしにとって憩いだったのかも知れない。
……己は面倒だった。
はは、出たな。
……村に居た頃も、己に教えたように。
ん、何処の村だ?
……隊長が生まれ育った。
さて、どうだったかな。だけど多分、村のちび達には教えていたと思う。
読書きが出来れば、後々、必ず役に立つ。出来ないと、兎角、悪い奴の餌になりやすいんだ。
例えば取引の時に、多く取られるとか、自分の取り分を減らされる、とかな。
……隊長は、誰に。
あたしは……誰だったか。恐らくは、村の年寄りか何かだったと思うが、詳しくは憶えていない。
お前も知っての通り、あたしは記憶力がどうにもいまいちだからさ。今となって、名も憶えていないんだ。
……。
然し、お前にあたしのことを聞かれるとは思わなかったな。
……話を、戻す。
ん、何処に?
学姐。
あぁ。
あぁ、じゃない。
あいつの傍には今、お前の大夫が居て呉れているだろう?
であるならば、大丈夫だ。何かあれば、直ぐに知らせて呉れるだろうしな。
先刻も言ったが、此の村の冬の寒さは慣れぬ者には堪える。
だからあたしは、常に、己(おのれ)が出来ることをしていた。例えば、精の付く飯を作って食わせたり、躰を冷やさぬように温めてやったり。
あたしは大夫のような医生でなければ、あいつのような薬師でもない。出来ることと言えば、其の身を守ることと、其の心を支えることだけ。
……。
少し落ち着いて、食欲があるようならば……また、飯を食わせてやるんだ。
なんだかんだ言っても、飯は力だ。元気になる為にも、生きる為にも、食わなければならない。
……隊長に分けて貰った飯は、未だ、残っている。
だけど、其れはお前達の分だ。
……己達では多い。
然うか、ならば分けて貰おうか。
……其のつもりだよ。
だが、あたしの分は良い。
……学姐を置いて、家に戻るのか。
戻って、取って来る。
外は吹雪だ。
何、未だ大丈夫だ。
駄目だ。
お前も知っているだろう?
知ってはいるが、駄目だ。
なんだ、心配して呉れているのか。
大夫が心配する。
お前は、して呉れないのか。
あたし……己がしたところで。
あたしが食ってしまったら、足りなくなるだろう。
問題ない、今から作るから。
ん、何を作るんだ?
大根を煮る。
大根……あぁ、お前が作った大根は美味いよな。
大夫が気に入っているのも、頷ける。
我儘は
言わぬよ、有り難いことには。
葉は食うか。
応、食うぞ。
食えるものならば、何でも食う。
なら、良い。
ふ。
何だ。
お前と話すのは楽しいものだ。
は。
な、お前はどうだい?
己は……別に。
木野、まこと。
……。
ん、ちゃんと憶えていたなぁ。
……大夫の名は。
水野亜美、だろう?
……本当に記憶力が悪いのか。
悪いよ……現に、今憶えている名はお前と大夫、其れからあいつだけだ。
……。
然う言えば、あいつの名は聞いているか。
……未だ。
ふふ、然うか。ならば、あたしが言うべきじゃないな。
いずれ、あいつが……或いは、大夫が教えて呉れるだろうから。
……教えたくないだけだろ。
ん、何故然う思う?
……自分の女だから。
あはっ。
……声が大きい、赤子が起きる。
自分の女、か。
お前も、然ういうことを言うようになったんだな。
……五月蠅い、悪いか。
いいや、悪くはない。
……己は飯を作る。
分かった、あたしは赤子を見ていよう。
何かあったら、
直ぐに大夫を呼べ、だろう?
……分かっていれば良い。
応、ちゃんと分かっているぞ。
……ふん。
其の態度、大夫には
するわけないだろう。
だよなぁ……お前、べた惚れだもんな。
……隊長もだろう。
あぁ、あたしもだ。
あいつ以上の女、男を含めても居ない。
……然う思っているのは、隊長だけだ。
あたしにとってのあいつは、お前にとっての大夫だ。
……。
はは。
……休んでいれば、問題ないと。
其れはあいつが言ったのか。
……然うだよ。
然うか……。
……後で、傍に行けば良い。
ん、然うする。
……まぁ、行ければ良いが。
悪態のひとつやふたつは、可愛いものだ。
……曰く。
物好き、だろう?
あたしには褒め言葉だ。
……。
もう少し、話していても構わないか?
……其の子を起こさなければ。
大丈夫だ、良く眠っている。
なんぞ、疲れることでもしたのか。
……薬を打った。
泣いたか。
……火が付いたように。
お前の不安が伝わったんだな。
……。
ん、当たりか?
……無駄に勘が良い。
はは、其れもあたしの取り柄のひとつだからな。
……赤子には伝わりやすいらしい。
みたいだな……こんなにちっこいのに、気配や雰囲気に敏感だとか。
……赤子は、面白い。
だろ?
……。
見ていて飽きない……ん、凄い顔をしているな?
……育てたことがあるとは、思えない。
あたし達には子は居ないが、子守りぐらいならばしたことがあるんだ。
……泣かさなかったか。
泣いた泣いた、良く泣いた。
其れはもう、盛大に泣いた。
……面白がったな。
赤子は泣くのが仕事だからな、泣きたければ好きなだけ泣けば良いんだ。
……あやせたのか。
応、こう見えてあやすのは得意だ。
……。
本当だぞ?
……泣かれたのに?
お前も知っているとは思うが、赤子というのは腹が減れば泣くものだ。
構って欲しい時も泣くし、眠たい時も泣く、おしめを替えて欲しい時も泣く。
兎に角泣いて、周りに知らせる。此れが若しも、餓えていたりなんかしたら、泣くことも出来ない。
……。
赤子というのはさ、健やかで病でなければ其れで良いんだ。
……痩せこけた、赤子。
然ういうのは、思い出さなくて良い。
……思い出したくて、思い出したわけじゃない。
まぁ、然うか。
然うだよな。
……肉は食うか。
お前、此の流れで肉の話をするか。
其れと此れとは話が別だ。
はっ。
隊長だって、然うだろ。
あぁ、あたしも然うだ。
食うのか、食わないのか。
折角だし、食うか。
分かった。
……ふ。
どうせ、隊長が狩ってきた獲物だ。
また、狩ってくるよ。
希望はあるか。
山鳥。
猪でも良いぞ。
山鳥で良い。
さては、大夫が好きなんだな。
……足が治れば、自分で狩りに行く。
未だ、治らないのか。
……痛みは、もうない。
大事を取ってか……お前の大夫も優しいな。
……此の世で一番だ。
いやいや、あたしの学姐も負けていないぞ?
……隊長の「学姐」ではないだろう。
あたしもあいつに色々教わったんだ。
だから、学姐……と言うより、老師か。
……老師。
然う、老師。
……。
然ういや、飯は美味かったか?
……悪くなかった。
腹いっぱい、食えたか?
……食ったが、未だ残っている。
其れは何よりだ。
……どうして、あの飯を。
決まっている、お前が好きだったからだ。
……。
出来ることならば大夫、あの子にも作ってやりたかったが……叶わなかった。
……だから、作ったのか。
あぁ、然うだ。
……。
いつか、腹いっぱい食わせてやれたらと思っていた……まさか、こんな形で叶うとはな。
……もう、会うことはないと。
あたしはまた、会えると思っていたぞ。
……相変わらず、楽観的だな。
取り柄のひとつだ。
……隊長の何処が良いのか。
あたしも聞いてみるかな、こいつの何処が良いのか。
……止めておく。
然うか、それは残念だ。
……。
お前があの子と再会して……こうして、連れ合いになっていることを、あたしは嬉しく思う。
……隊長。
随分と遅くなったが……おめでとう、まこと。
……別に、祝いの言葉など。
言わせて呉れ、どうしても言いたいんだ。
……封信で。
直接、言いたかった。
……。
ん、照れているのか?
……隊長こそ、おめでとうございます。
……。
……何がとは、言わないのですね。
いや、どうして急にそんな丁寧な言葉を。
己ももう、良い歳ですから。
あの子の影響か?
さぁ……どうでしょうね。
……む。
何がおめでとうなのか、聞かないのですか?
……矢張り、影響だな。
分かりました、ならば己から言いましょう。
言わなくても良い、分かって
恋焦がれていた想い人と、漸く、結ばれることが出来て良かったですね。
んっ。
真におめでとうございます、末永くお幸せに。
あー……。
はぁ……慣れぬ言葉を隊長に遣うものではないな。
あたしも、背中に鳥肌が立っているよ……痒くないことだけが、救いだ。
もう、遣わぬ。
応、然うして呉れ……。
……。
……取り敢えず、ありがとうな。
別に……直接、言ってやりたくなっただけだ。
……然うか。
……。
ふぅ……。
……お茶のお代わりが要るのなら。
あぁ、自分で淹れる……。
……。
……此処からは、独り言だ。
ならば、返事はしない。
……うん、其れで良い。
……。
少し、弱っているようなんだ……。
……。
だから……遠出は、此れが最後になるかも知れない。
……。
本当だったら、暖かい時期……然うだな、春頃に来たかったな。
白い世界も、悪くはないが……多草の時期も、綺麗だったろうと思う。
屹度、あたしが知らぬ花も咲いているのだろう……こう見えて、花は好きなんだ。
……。
あいつも好きなんだよ……花を贈ると、なんだかんだ言いながらも喜んで呉れるから。
此の辺りも、春になれば花は咲く。
……ん。
独り言だ。
……ならば、返事はしないで良いな。
白、黄、桃……色々な種の花が咲くが、其の中でも特に山桜は美しい。
……山桜。
春の訪れを知らせるかのように咲く山桜は……大夫曰く、珍しい種らしい。
……其れは、あいつと見たいな。
春まで此の村に居れば、見られるだろう。
……皆で、花見もしたいな。
雪が融ければ、春になる……どうせだから、山桜が咲く頃まで居れば良い。
……ふ。
……。
……独り言ではなかったのか。
あくまでも、独り言だ。
……お前が作る飯、楽しみだな。
腹の足しになれば良いと思う。
なるさ……ちゃんとな。
……。
……囲炉裏の始末はちゃんとしてきた、問題ない。
此の時期ならば、腐ることはない……明日でも食べられるよ。
……ん。
……。
お前……然ういう話し方も出来るようになったんだな。
……大夫のおかげで。
うん……良い連れ合いだ。
あたしの目に狂いはなかった。
……良く言うよ。
はは……。
……隊長。
ん……?
……ありがとうございます。
……。
そろそろ、あなたの連れ合いのところに。
……もう、仕込みは終わったのか。
終わったから、言ってる。
ならば……見て来るか。
……。
犬のちびも可愛いが……赤子のちびも可愛いな。
名は、未だないんだったか。
……治療が、終われば。
お前達が付けるのか?
……そんなわけ、ない。
其れは、残念だな……お前達が付ける名に興味があったんだが。
……あたし達が育てているわけではないんだ。
然うか……じゃあ、仕方ないな。
……でも。
なんだ……?
……なんでもない。
付けたい名でも、あるのか?
……。
言いたくなければ、良い。
……侑。
……。
……「ひと」に「ある」と書いて、「ゆう」。
「ひと」に「ある」……「たすける」という意味を持つ字だな。
……。
うん、良い名だ……其の名ならば、あたしも忘れないだろう。
……別に忘れても良い、付けられるわけではないのだから。
いーや、忘れないさ……。
1日
今日から再開します。
と言いつつ、4月も毎日書いていました。
亜美さん、様子はどうだい?
はい……今のところ、落ち着いています。
然うか……良かった。
……まことさんも、どうぞ此方に。
うん、今行く。
……。
どれ……。
……良く、眠っています。
あぁ、本当だ……ふふ、可愛いな。
……目が覚めたら、お乳をあげないと。
飲んで呉れるかな……。
……まことさんが飲ませて呉れますか。
ん、あたしかい……?
……出来れば、お願いしたいです。
分かった……あたしがやろう。
……お願いします。
うん……。
……。
でも、飲んで呉れなかったら……亜美さんを呼ぶと思う。
大丈夫ですよ……もう、何度もあげているのですから。
……其れでも。
其の時は、傍に居ます……。
……ん。
だから……呼ばなくても大丈夫ですよ。
然うか……なら、安心だ。
……。
頬の色が、薄い桃色だ……。
……健やかな状態の証です。
此のまま、風邪など引くことなく……春を、迎えて欲しいな。
……本当に。
寝息も、可愛いな……。
……うさぎちゃんのお母さんが。
うん……?
……来て下さって、本当に良かったと思います。
あぁ……然うだね。
……うさぎちゃんのお母さんが居て呉れなかったら、上手にあやすことは出来なかったかも知れないと。
薬を打った途端に、火が付いたように泣き出して……泣くとは思っていたが、あそこまでの泣き方をするとは思わなんだ。
……。
其れに……あの子があんな、其れこそ泣き叫ぶような泣き方をするだなんて。
……小さな手足を、懸命に動かして。
あれでは、お手上げだ……あたしでは、どうしようも出来ない。
……うさぎちゃんのお母さん曰く、あのような泣き方をするのは初めてだと言っていました。
其れでもあやしてしまうのだから……流石としか、言いようがない。
……うさぎちゃんもたまに、ああいう泣き方をしたそうです。
うさぎちゃんも……?
……其れまでご機嫌だったのに、急に火が付いたように泣き出すことがあったとか。
然うなのか……だから、落ち着いていたんだな。
……ああいった泣き方をする赤子を見るのは、初めてではありませんが。
うん……。
……あやすとなると、かなり難しいですね。
あたしなんて、見るのも初めてだったから……どうして良いか、分からなかったよ。
……何事も経験だと言いますが。
いやぁ……難しいな。
……耳の奥で、未だ残っているんです。
うん……あたしも残っている。
……余程、怖かったのでしょう。
怖いということもあるだろうが……。
……。
打った後に泣き出したから……どちらかと言うと、痛かったのではないかな。
……痛み、ですか。
あの薬の打ち方は……あたしでも、痛いと感じるかも知れない。
……まことさんは、見ていて怖くはありませんでしたか。
……。
まことさん……?
えと……どうして、然う思うんだい?
……打つ前から、顔がずっと、引き攣っていましたから。
あー……。
……私の勘違いだったら、ごめんなさい。
頭では分かっていたんだ……だけど、いざ目の前にすると。
……大丈夫です、大人でも苦手な方は居ますから。
情けない……。
……思うのですが。
矢っ張り、良い歳をして情けない……?
……いえ、幾つになっても苦手なものはありますから。
とは言え、暫くの間、続けなければならないのだから……出来るだけ、早く慣れようと思う。
……無理はしないで下さいね。
いや、多少の無理はしよう……こんな小さな赤子が、頑張っているのだから。
……。
……然うでないと、駄目だ。
然うですか……では、出来るだけ、不安にならぬように。
……うん。
……。
……亜美さんは。
私は……自分であれば、大丈夫です。
然うか……ん?
……ねぇ、まことさん。
なんだい……。
……若しかしたら、私の不安が伝わってしまったのかも知れません。
不安……?
……赤子は周囲の雰囲気に、とても敏感だと言われていますから。
……。
私も、早く落ち着かないと……もう、小娘ではないのだから。
……だとするならば。
まことさん……?
亜美さんではなく、あたしだ。
あたしが、落ち着かなかったから。
……。
……矢張り、早く慣れないと。
恐らくは……私達ふたりの落ち着きのなさが、伝わってしまったのでしょう。
……亜美さん。
反省して……明日は、成る可く。
……落ち着いているように、しよう。
……。
……取り敢えず。
はい……。
此の子が起きた時には……いつものあたし達で居よう。
……。
先ずは、其れが良いと思う。
……はい、然うしましょう。
うん。
……。
……うさぎちゃんのお母さんは、明日も来て呉れると言っていた。
明後日以降も、来られるようならば来て下さると……。
……正直、助かる。
はい……とても。
あぁ、駄目だ……此れでは、うさぎちゃんのお母さんが安心出来ない。
……情けないです、気持ちばかりで。
亜美さんはそんなことない。
亜美さんが居なければ、此の子は……あ。
……。
……。
……起きて、ません。
はぁ……良かった。
……。
え、と……落ち着く為に、一先ずお茶でも飲もうか。
……然うですね。
じゃあ、淹れよう。
……お願いしても良いですか。
任せて欲しい。
はい……では、お願いします。
ん。
此のまま、静かに……何事も、起きぬよう。
……。
……でも、静か過ぎても。
亜美さん。
……ごめんなさい。
分かるよ……どうしたって、心配だからさ。
……はい。
お茶、直ぐに淹れる……。
……くれぐれも、手元には気を付けて下さいね。
あぁ……うん、気を付ける。
……。
……夕食には、未だ早いか。
私達には早いですが……ちびのごはんの支度は始めた方が良いかも知れません。
然うか……然うだな。
……。
ん……風が出てきたな。
……此れから、強くなるでしょうか。
未だ、弱いが……ならないとは言えない。
……吹雪にならなければ良いのですが。
隊長達が来るまで……いや、帰るまでは持って欲しいな。
……。
いつぐらいに、来るだろうか。
……向こうが済んだら、其の足で立ち寄ると言っていたのですが。
じきに、夕方だ……元々暗いが、もっと暗くなってしまう。
……若しもの時は、泊まって貰いましょう。
然うだな……。
……隊長さんならば大丈夫かも知れませんが、若しものこともあります。
うん、亜美さんの言う通りだ……後で、布団の支度をしておこう。
……お願いします。
と言っても、一組しかないが……其処は、我慢して貰おうか。
……ないよりは、ずっと良いかと。
はは……其れは然うだ。
……。
亜美さん……?
……思っていたよりも、来るのが遅いと。
ん……。
ただ単に、遅くなっているだけで……他に何もないのならば、其れで良いのですが。
……向こうも、今日からだったね。
はい……学姐ならば、問題ないと思っています。
隊長も、此れからはついて行くと言っていた。
……いざとなったら、抑える為に。
何があろうとも、隊長が居れば大丈夫だ。
学姐に何かが及ぶことは、まず、ない。
……。
あ、其の心配ではないか。
いえ……其れも、心配でしたので。
……。
薬の作用で……何か、悪いことが起こらなければ良いと。
……然うか、其の心配があったね。
直ぐには出ないかも知れません……ですが、出ないとも限りません。
と、なると……様子を見ているのかも知れないな。
……分かってはいるのです。
うん……。
学姐のことだから……何があろうとも、屹度、涼しい顔で対処するのでしょう。
……其れでも、心配はするものだと思う。
……。
慣れぬことだから、余計に……いや、こういうことに慣れはないのか。
……慣れては、ならぬ。
……。
だけれども……慣れなければ、出来ぬこともある。
……教えかい?
はい……。
……ひとのこは、慣れる生き物だ。
……。
其れは……ひとのこの死に対しても。
……難しいですね。
あぁ、難しい……。
……。
……良し。
……。
亜美さん。
……ありがとうございます。
熱いから、気を付けて。
……はい。
いつか。
……。
此の子とも、一緒に飲んでみたいものだね。
……是非。
ん……。
……。
……。
……明日。
行って来るかい……?
……其の間、此の子をお願い出来ますか。
あぁ、勿論だ……。
……。
……亜美さん。
はい……。
……薬を打っても、良くなることはないのだろう。
良くて……現状維持だと思います。
……現状維持か。
其れで……春まで、持てば。
……薬は足りるのかい。
薬は……恐らくは、足りるでしょう。
……だとすれば、若しかしたら。
いいえ……彼女の躰は、もう。
……。
瘡毒の影響で……壊れ切っているの。
……矢張り、どうしようもないのか。
ほんの少しだけでも、其の苦しみを和らげることが出来たなら……学姐は、然う考えて。
……亜美さんも、だろう?
……。
……此の子のように、傍で看ていなくても大丈夫なのか。
今の彼女に必要なものは、誰かが寄り添うこと……其れは、私達でなくても良いのです。
……確かに、美奈の家ならば誰かしら居るな。
躰のお世話をして下さる方も……。
……。
ふぅ……お茶が美味しい。
……ん。
あ、ごめんなさい……私、何を言って。
ううん……良いよ。
……。
力を抜くことは、大事だ。
……ん、まことさん。
……。
……美味しいです。
ん……良かった。
……まことさんも。
うん……。
……。
ふぅ……美味いな。
ふふ……良かった。
……む。
どうしましたか……?
隊長達が……来るかも知れない。
……気配がしたのですか。
あぁ、そんな気配がした。
では、お茶の支度を。
ん、ちびも鳴いているな……あの鳴き方は。
誰かが来る知らせです。
となると、間違いないな。
ちび、何処か嬉しそうですね。
あの様子だと、迎えに行ってしまいそうだ。
……行かせましょうか。
其れも、良いかも知れない。
……では。
ちび、ちび。
……。
隊長達を迎えに行って呉れるか……然うか、行きたいか。
ちび、隊長さんと学姐を……。
……。
……。
……?
亜美さん……?
……今。
亜美さん……どうした?
……何か。
何か……?
……。
何かって、なんだい……?
……いえ。
大丈夫かい……?
……。
何か、あるのなら……。
……妙な、胸騒ぎがするの。
胸騒ぎ……?
……ごめんなさい、まことさん。
分かった、あたしも行こう。
……足が、未だ。
問題ない。
ちびは先に行け、何かあったらあたしを呼びに来い。
……。
亜美さんは、お茶の用意と。
……はい、此方は抜かりなく。
うん……では、行って来る。
行ってらっしゃい……どうか気を付けて。