日記
2025年・12月
11月後 11月前 10月後 10月前 9月後 9月前 8月 7月 6月
4日
……はぁ。
悪くないか?
……。
ん、良くないか?
……。
分かった、淹れ直そう。
……待って。
ん。
……味は悪くない、甘みが欲しい。
甘みだな、ちょっと待ってて呉れ。
……少しで良い。
匙一杯ぐらいで、良いかい?
……二杯。
良し、二杯だな。
……。
疲れているみたいだ。
……ただ、甘みが欲しいだけ。
夜はちゃんと眠れているか。
……眠れている。
と言うより、ちゃんと睡眠時間を取っているか?
……取ってる。
うん、今夜は早めに寝た方が良いな。
……書物。
明日の朝、メルよりも早く起きて読めば良い。
……夜が好きなのだけれど。
知っているよ。
……だったら。
じゃあ、ちび達と一緒に昼寝でもするか?
……しない。
昼寝も、たまには良いものだぞ。
……其れよりも、甘み。
此れでどうだい?
……。
もう少し、入れるか?
……此れくらいで良い。
ん。
……。
お茶のお代わりが欲しかったら言って呉れ。
……乳歯。
ん?
あの子の歯を見せて。
今?
今。
お茶を飲みながら、歯を眺めるのか?
……然うだけれど。
飲み終わってからの方が……。
……。
分かった、見せる、見せよう。
……。
確か、此処に……ん?
……落としてきたの。
いや、そんな筈は。
あなたのことだから、其のまま隠しに入れてきたのでしょう。
其れだと失くすだろうと思ったから、小袋に入れた筈なんだ。
其の小袋ごと落としたと。
若しかしたら、忘れてきたのかも知れない。
ないのなら、取ってきて。
え、今から?
然う、今から。
あ、明日では駄目か。
駄目。
ど、どうしてもか。
どうしても、よ。
……。
ジュピター。
……分かった、取ってくるよ。
上衣の隠しは?
……え。
下衣の隠ししか確認していない。
……然うだ、上衣。
其処になければ、
あったぞ、此れだ。
……然う、残念。
はぁ、良かった。
……。
ありがとう、マーキュリー。
おかげで取りに帰らずに済んだよ。
……どうせ、居ても立っても居られなくて此処に来たのでしょう。
其れで、上衣の隠しだと思ったのか?
……考えている余裕もなかったのだろうと、然う思っただけ。
流石、あたしのマー
あなたのではない。
……此の中に、入っているよ。
本当に入っていれば良いけれど。
濯いでから此処に入れたんだ、間違いない。
……一応、濯いだのね。
歯だからな、一度濯いだ方が良いと思ったんだ。
……。
入ってたろう?
……残念ながら。
まさか、入ってなかったか。
……入っていたわ。
ん、良かった。
……。
な、小さいだろう?
……小さいわね。
やっぱり、小さいよな。
……小さいからこそ、躰に合った歯が生えてくるのだけれど。
小さいままだと駄目なのか?
……小さいままだと、隙間だらけになってしまうわ。
隙間だらけ?
躰に合わせて、顎骨も大きくなる……けれど、歯は大きくならない。
小さいままだと、どうして隙間だらけになるんだ?
少しは、自分の頭で考えたらどうなの?
ん、然うか……じゃあ、考える。
……。
んー……。
……土台が大きくなるのに、其の上のものが小さいままだと。
どだいが、おおきくなる……。
……。
でも、うえのものはちいさいまま……。
……。
……。
……未だ、分からないの。
えーと……歯と歯の間に、隙間が出来てしまう?
……。
違うか?
……其れに伴って、歯並びも悪くなってしまうかも知れないわね。
其れは良くないな、食べ辛い。
……話し難くもなる。
話すのも?
……空気の漏れが起こって、発音し辛くなるのよ。
空気の漏れ……発音。
……歯がない時のあなたの発音は、とても聞き取り辛かったわ。
言われてみれば、話し難かったような気がするな。
……其れは、空隙歯列弓でも同じ。
くう、げ……?
……歯と歯の間に隙間があること。
はぁ、難しい言葉だ……。
……前歯がないと、更に間抜けな顔になる。
其れは分かるぞ、自分でも然う思ったからな。
……歯並びは、出来るだけきれいな方が良い。
うん、良く分かった。
歯と歯の間に隙間はない方が良い。
……其のままね。
然し。
……何。
最初から大きい歯が生えて来れば、生え変わる必要はないのにな。
……莫迦ね、最初から大きな歯では顎に合わないでしょう。
あー、然うか。
……どうせだから、一度と言わず、何度でも生えてきて呉れれば良いのに。
然ういや、然うだな。
……不便。
若しも生えてきて呉れるなら、新しい歯を宛がわなくても良くなる。
……然うすれば、必要な部品が減る。
手間も減るな。
……他のことに使えるわ。
一度でぴったり合って呉れれば、まだ良いのだろうが。
……まず、有り得ない。
そんなこと、滅多にないよな。
滅多にどころか、一度もない。
型取りをしてもどういうわけかしっくりしない、微妙に合わないんだ。
……毎回、何処かしら必ず細かい調整が必要になってくる。
同じようでも、毎回違うんだろう?
……ええ、違うわ。
大変だよな。
特に、あなた。
あたし、か?
毎回と言っていい程に、失くしてくる。
や、好きで失くしているわけじゃないんだ。
出来れば、失くしたくない。お前の仕事を増やしてしまうから。
……失くすだけじゃ飽き足らず、中途半端に折ってくることもあるの。
やっぱり、まるごと失くした方が調整は楽か?
……どちらも楽だけれど、どちらも面倒。
中途半端に残っていると、形によっては抜かないと駄目だろう?
まるごと失くした方が、其の手間が省けると思ったんだ。
大して変わらないわ。
……自分で抜けば
何度も言っているけれど、其れは止めて。
場合によっては、治療が必要になる。
……元々、治療は必要だろう?
あなただと強引に引き抜くだろうから、歯茎に余計な損傷を与えることになって手間が増える。
……。
私が抜歯した方が治療に手間が掛からない。
だから余計なことはしないで良いし、考えないで。
……分かった。
……。
お代わり、要るか?
……もう良いわ。
然うか。
……。
いっそのこと、戦の時は歯がない方が良いのかも知れないな。
……其の理由は?
初めからなければ、失くすこともない。
戦が終わった後はどうするの。
其の時は
全部、入れ直せと?
いや……其れも、手間だな。
……其れならばいっそのこと、取り外し可能な入れ歯にでもすれば良い。
取り外し可能?
作れなくもないわ。
其れって、どうするんだ。
必要な時に取り付ける。
あぁ……其れも、良いかも知れないな。
本当に良いと思うの?
其れでマーキュリーの手間が省けるのなら。
莫迦ね。
うん?
歯がないと、今度は踏ん張りが利かなくなるわよ。
踏ん張り?
あなた、力を入れる時に歯を食いしばるでしょう?
あぁ、然うかも知れない。
然うなの、其れで歯が折れることもあるのだから。
歯がないと、踏ん張れないものか?
何処に力を入れるの。
何処に……口に?
歯がないと、力を受け止めるものは歯茎になるでしょう。
まぁ、然うだな。
でも、其れで本当に力が入ると思うの。
んー……分からない、試したことがないから。
試してみたいの。
……しない方が、若しかして良いのか。
あなたがしてみたいのなら、全部、抜いてあげるわ。
……う。
だって、先ずは抜くところからでしょう?
……。
どうしたの?
面白い顔をしているようだけれど。
考えただけで……歯が、むずむずする。
入れ歯にすれば、なんにも感じないわ。
なんにも?
例えば、歯の痛み。
……確かに、歯は痛まないだろうが。
入れ歯には歯髄がないから。
……しずい?
分かり易く言えば、神経。
歯にも、神経があるのか?
だから、痛むのよ。
前にも言ったと思うけれど。
あぁ、然うか。
入れ歯には神経がない。であるならば、痛みも感じない。
但し、歯茎には痛みが残るけれど。
……。
どうする?
叶えてあげても良いわよ。
……いや、やっぱり良い。
良いの?
マーキュリーには、此れからも手間を掛けさせてしまうかも知れないが……あたしは、此のままで良い。
知れない、ではなく、確実に掛かる。
……済まない。
別に良いわよ、今更だもの。
……マーキュリー。
何、此の手は。
……触れたい。
嫌。
……駄目か?
駄目。
……然うか。
……。
……マーキュリーのおかげで、今日もちゃんと飯が食えた。
良かったわね、食べられて。
……応。
ちゃんと磨いているのでしょうね。
勿論だ。
今は?
今は……。
……。
……眠る前に、磨く。
然うして。
……口付けは、出来ないな。
何か言ったかしら。
……口付けするなら、歯磨きをちゃんとした後に。
歯磨きをしようが、許さないわ。
……うん。
……。
……其の歯、どうするんだ?
さて、どうしようかしらね。
何かに使えないか?
……何かって?
例えば、ちびが歯を失くした時に此れを元に新しい歯を作る……。
……。
いや……やっぱり、良い。
……保存しておいても仕方ないから、処分。
処分……まぁ、妥当か。
……。
然ういえば、メルはどうなんだ?
……どうって?
メルの歯は抜けたのか?
……聞いてどうするの。
どうもしないけど……ユゥが抜けたのだから、メルも抜けたのではないかと思ったんだ。
……。
マーキュリー……?
……最近のあの子は、いつにも増して口を開けなくなったでしょう。
え。
……ユゥと話している時でさえ、あまり口を開かない。
……。
気付いていないのね。
……メルは、あまり話さない子だから。
其れにしたって、おかしい。
……どうして、開けなくなったんだ。
気付いていないひとに教える必要はないわ。
……。
……。
……表情が、硬い気がする。
……。
何か、あったのか。
……本当に、気付いたの。
あぁ、本当に気が付いた。此のところ、メルの様子がおかしい。
いつにも増して話さないし、何より、笑顔がぎこちない。
……。
マーキュリー、メルはどうしたんだ。
何処か、悪いのか?
……生え変わり。
生え変わり……。
……あの子も。
メルも……。
……だから。
あぁ、然うか……。
……見られたく
歯の生え変わりと、関係があるんだな。
……。
だけど、其れと何の関係が
鈍い。
え。
……。
マ、マーキュリー……?
……生え変わりが終わるまで、あの子はあなたと話さないかも知れないわ。
え、なんで。
……。
あたしと話さないと言うことは、ちびとも
其れは、ない。
……どうして?
あの子とあなたは違うから。
……ちびと話すなら、あたしとも。
今のままだと、ない。
……。
ところで、此の歯のことなんだけど。
……あぁ。
埋めるわ。
……埋める?
然う、埋める。
……。
良いわね。
応……分かった。
……其の時に、あの子のも一緒に。
一緒?
……。
マーキュリー、何処に?
……もう、寝る。
ならば、あたしも。
歯を磨いてきて。
分かった、直ぐに磨いてくる。
3日
-ひふみ(前世・少年期)
……何の用。
今、良いか……?
良くない、帰って。
少しだけで良いんだ、頼む。
明日の食事なら間に合ってる、帰って。
明日の食事のことじゃないんだ。
でも、然う言われると、作りたくなる。
……あなたを構っていられる程、暇ではないのだけれど。
知ってる。
……ユゥは?
此処に。
……置いて来たわけではないのね。
そんなことはしない。
……ふぅん。
良く眠っているだろう?
……良く眠っているのに連れ出したのね。
ひとりにすることはないよ、夜泣きをしなくなったとは言え未だちびだから。
……。
マーキュリー?
……であるならば、こんな夜更けに訪ねて来ないで。
メルも寝ているのか。
其れで漸く、ひとりでゆるりと過ごせる時間となったの。
然うか。
分かったのなら、帰って。
ユゥが起きてしまう前に。
お前にとって、ひとりで過ごす時間はとても大事なものだということは分かっている。
頭ではね。
聞いて欲しいことがあるんだ。
明日なら。
……。
明日では駄目なの。
……駄目では、ないが。
……。
出来れば……今夜が良い。
……聞いて欲しいことは、あなたのこと?
いや……。
……今一度、ユゥを見せて。
あぁ……。
……。
涎、垂らしていないか?
……口が開いているから、時間の問題。
まぁ、涎ぐらいならば構わない……。
……具合が悪いわけではないようね。
昼寝時間を除いて、今日も朝から晩までずっと動き回っていたし、飯もたらふく食った。
だから、悪くはないと思う。其れこそ、寝るまで元気だったよ。
……せいぜい、食べさせ過ぎないように。
分かってる……食い過ぎると、腹を壊すからな。
……。
マーキュリー……何か、気付かないか。
歯が抜けているわね。
然うなんだ!
声が大きい、子供達が起きる。
……飯を食っていたら、突然、止まったんだよ。
其れで?
口の中をもごもごさせたと思ったら、歯を吐き出した。
吐き出した歯はどうしたの。
一応、持ってきた。
然う。
其れでマーキュリー、話というのは此の歯を元に
戻すことは出来ないわね。
……出来ない?
ええ、出来ないわ。
……マーキュリー、でもか。
出来ない。
……どうしても、か。
寧ろ、戻さない方が良いの。
……どうしてだ、歯がなかったら食い辛いだろう?
其のうち、新しい歯が生えてくるから。
……。
生えてくるの、新しい歯が。
……歯が、生えてくるのか。
然うだと言ってる。
……生えてくるのか、歯が。
しつこい。
……あたしは、生えてこないぞ。
あなたの歯は乳歯ではないから。
……にゅうし?
幼歯、と言い替えても良いわ。
……ようし。
幼体の頃に生えてくる歯のこと。
……其れは、抜けても良いものなのか。
何度も言わせないで。
新しい歯が生えてくるから……抜けたところで、問題はない。
全くないわ。
……然う、か。
但し、乳歯の下、つまり顎の中に新しい歯が形成されていなければ生えてこない。
……。
然うなると、問題がある。
だ……大丈夫なのか。
大丈夫だとは思うけれど。
け、けれど、なんだ。
声を抑えて、子供が起きる。
……ちびは、大丈夫なのか。
はぁ……仕方ないわね。
マーキュリー……。
改めて、診てあげるわ。
あ、あぁ、頼む。
ユゥを此方に。
応。
あなたは、帰っても良いわよ。
いや、帰らない。
結果なら、明日にでも。
明日ではなく、今、知りたい。
……。
でなければ、こんな夜更けに訪ねては来ない。
……常習のくせに、良く言う。
あたしが素直に帰ると思うか。
思わない。
だろう?
静かにね。
分かってる。
……。
少し、重いぞ。
……見れば分かる。
体重も分かるのか。
凡その見当くらいはつく。
流石だ。
……。
ん、マーキュリー?
どうせだから、運んで。
応、分かった。
あなたは、適当なところに。
一緒に居ても良いか。
……駄目だと言っても。
頼む。
……終わったら、さっさと帰ってね。
努力する。
……努力することではないわ。
折角だから、ちびをメルと寝かせてやりたい。
こいつはメルのことが大好きだからな。
あの子を驚かせたいの。
うん、どうして驚くんだ?
メルもちびのことが好きだろう?
目が覚めて、眠る前には居なかった筈のユゥが隣に居たら驚く。
お前は、あたしが隣で寝ていても然程驚かないよな。
今更。
いや、最初から。
間抜けな顔で眠りこけるあなたに、何度、氷の刃を突き刺してやろうと思ったか。
うん?
あなたが守護神でなかったら、一思いに。
言葉、だけだろう?
は。
殺気は、一度も感じたことがないぞ。
殺気など発しなくても、私は刺すことが出来る。
突き刺さるような冷気を放って、か?
其れも一瞬のこと。
気付いた時には終わっているわ。
あたしに向けられたことは、ただの一度もない。
あなたが鈍いだけ。
鈍くて良かった。
いっそ、本当に刺してやれば良かった。
お前はしないよ。
しなかっただけ。
誰よりも優しいんだ、お前は。
私の中に優しさなんてものは存在しないの。
あるのは打算と
マーキュリーは、あたしと民達には優しい。
然う思っているのはあなただけ、何度言わせれば気が済むのかしら。
何度だって、言うさ。
私が民達にどう思われているか、
お前は民達の真意を知っているし、民達もまた、お前の真意を知っている。
だとしたら、何。
だから民達は、敢えてお前の重荷にならないように振る舞っている。
おかげで火星や金星、月の民達からは、とても冷え込んでいるように見えているみたいだが。
知った口を。
民達から聞いているからな、直接。
余計なことを。
マーキュリーは代々、心優しいらしい。
歴代は然うだった、其れだけの話。
先代は特に心優しかったと聞いたよ。
単に、弱かっただけ。
犠牲が出るたびに、心を痛めていたらしい。
気にしていたら、マーキュリーなんかやっていられない。
あぁ、然うだな。
心穏やかな「ジュピター」が忘れやすく造られているのは、其のせい。
其のせいで、民達が犠牲になることで痛む心というものがいまいち分からないんだ。
然うでもない。
ん?
忘れてしまうけれど、痛まないわけではない。
顔の見分けもつかないのにか?
其れでも、よ。
やっぱり、マーキュリーには敵わないな。
こんな会話、何度すれば気が済むの。
たまに、思い出した時に。
あなたは良いわね、忘れやすくて。
ごめん。
……。
「マーキュリー」の優しさは……変わらず、お前に引き継がれている。
……言っていれば良い。
今はちび達にも優しい、甘さもある。
良いわね、頭が緩いと。
うん、其れもあたしの良い所のひとつだ。
莫迦で厄介。
はは。
響く。
……。
入って。
ん、お前の部屋ではないのか。
だから、なんだと言うの。
お前の部屋では診られない?
診られないわけではないわ。
だったら、お前の部屋の方が
私の部屋だったら、あなたは外で待っていることになる。
……ユゥは、何処に。
其処に寝かせて。
分かった。
あなたは
あたしは、此処に。
床には座らないで。
椅子に座っても良いか?
椅子が不服ならば、立っていれば良い。
じゃあ、座らせて貰う。
邪魔にならぬよう、離れたところで。
此の辺りで良いか。
診ている間は、決して、近くには来ないよう。
分かった、動かず此処に居る。
……。
なぁ、直ぐに終わるか。
……大して掛からないわ。
然うか、良かった。
……。
口が開いているから、丁度良いだろう?
……。
お……。
……目視では確認出来ないわね。
生えてくれば、見えるようになるのか?
生えているのに見えなかったら、あなたの目の異常を疑うわ。
確かに。
……。
其れ……。
……黙っていて。
……。
……。
……お、映った。
……。
どう、だ……?
……問題はないようね。
ないか、問題。
ないと言った。
な、どれが新しい歯なんだ……?
……此処、白いものが見えるでしょう。
応……見えるな。
……目に異常はなさそうね。
良く見えているぞ……其れが、新しい歯なんだな。
……ええ、然うよ。
けど、ひとつだけじゃないな……。
……当たり前でしょう、歯は何本あると思っているの。
……。
……乳歯は、全て、生え変わるわ。
す、全て?!
声が大きい。
……全て生え変わるってことは、今生えている歯は全て抜けるのか。
でなけば、生え変わることが出来ないでしょう。
……ついこの間、やっと揃ったのに。
然ういうものなの、諦めて。
……抜けても
生えてくる。
……なら、良いか。
良しとしておいて。
取り敢えず……抜けて、良かったんだよな?
新しい歯が見えているのだから、成長過程において問題はない。
若しも見えなかったら、問題あるのか。
其の場合は、乳歯を使うしかない。
抜けた歯を、元に戻すのか。
いいえ……抜けた歯に関しては、新しいものを用意するわ。
……。
出来れば、したくない……だから、良かった。
……うん。
此れで、お仕舞い。
ん、ありがとう。
安心した?
うん、した。
此れで今夜も良く眠れそうだ。
……甘いのはどちらかしらね。
ん、なんだ?
其れは良かった、と言っただけ。
うん、良かった。
……。
はぁ、本当に良かった……良かったな、ユゥ。
歯が全部抜けるのは大変だと思うが、乗り切るんだぞ。
……大袈裟。
で、新しい歯はいつ生えてくるものなんだ?
其のうち。
其のうち?
少しずつ生えてくる。
少しずつ……其れまで、どうするんだ?
其のままよ。
其のまま?
何もしない。
な、何もしなくて、大丈夫なのか。
其処だけ、歯がないのに?
心配なの?
いや、心配しなくて良いのか?
しなくて良いわ。
……本当に。
分かった。
……え?
念の為、保隙の処置をしておいてあげる。
ほげき……?
新しい歯が生えてくる場所を確保しておくの。
成程……て、結局、隙間のままなんだよな?
其れは仕方ない、諦めて。
……然う、なのか。
若しも、生えてくる場所に余計なものがあったら?
……生えてこられない?
生えてくるべき場所ではないところから生えてくる。
……。
其れは其れで問題なの、だから諦めて。
……分かった、諦める。
其のうち、生えてくるから。
……。
ところで、此の子は歯が抜けたことを気にしているの。
……其れが。
気にしていないのでしょうね。
……どうして分かるんだ?
分かるでしょう、此れだけ気持ち良さそうに眠りこけていたら。
……確かに、然うだな。
ユゥは此のまま置いていって呉れても構わないわ。
あたしも、今夜はマーキュリーの部屋で。
帰って。
然う、言わず。
……。
然うだ、お茶でも飲むか?
お前の好きなお茶を
淹れて。
分かった、少し待っていて呉れ。
其の前に。
ん?
ユゥを、メルの寝室に。
……良いのか。
良いわ、声を掛けるから。
……メルを起こすのか。
ええ、然うよ。
……良く眠っていても、か。
直ぐに眠るわ。
……。
知らずに驚くよりも、ずっと良い。
……然ういうものか。
ええ、然ういうものよ。
まぁ……お前が、然う言うのなら。
……驚くだけならば、まだ良い。
ん……?
……混乱状態になりかねない。
混乱……ユゥ、でもか。
……状況把握能力が、未だ弱いから。
然うか……でも、仕方ないさ。
……ユゥは良いわね。
うん?
教えなくても。
あぁ、ちびには良い。
少しは驚くだろうが、直ぐに喜ぶ。
……緩いわね。
ジュピターは、其れくらいで良い……。
……ま、やるべき時にやってさえ呉れれば。
あたしも、然うだろう……?
……否定はしないわ。
応……。
……運んであげて。
ん……直ぐに。
……待って。
え……?
……雑。
然うか……?
……いい加減。
そんなに……。
……荷物ではないのよ。
ん……此れで、どうだろうか。
……今は、たまたま見ていたけれど。
……。
……見ていないところでは、雑なの。
いや、変わらないと思うけど……。
……改めて。
分かった……気を付ける。
……。
……やっぱり、ちびには甘い。
何か?
いや……なんでもない。
2日
……。
ふぅ……確かに、此れは気持ちが良いなぁ。
……。
ねぇ、メル……とても、気持ち良いよ。
……少し熱いけれど、悪くはないわ。
然うは言うけれど、メルは未だ、浸かってないじゃないか……指先をほんの少し、入れただけで。
……腰掛ける場所を決めかねているだけよ。
あたしの隣に……。
……。
ふふ……待っていても、冷めないよ?
当たり前でしょう。
さぁさ……あたしの隣においで。
嫌よ。
あー……。
……。
そんなに、離れなくても……。
……私の勝手。
然うだけど……。
……此方に来ないで。
メルが来て呉れないなら、あたしから行く……。
……来ないで良い。
あたしが隣に居た方が、寄り掛かれて良いと思うんだ……ね、其の方が良いだろう?
……足、湯冷めするわよ。
メルこそ、冷えてしまうよ……さぁ、覚悟を決めて。
足湯をするのに、覚悟など必要ない。
……足湯?
足だけ浸かるのだから、足湯というのが妥当でしょう。
んー……確かに。
……。
ふふ……。
……あまりくっつかないで。
然うだね……あんまり近いと、寄り掛かり辛いよね。
……寄り掛かるとは言っていない。
言わなくても、良いよ……好きな時に寄り掛かって欲しい。
……。
慣れてしまえば、熱くないから……。
……分かっているわよ。
ふふふ……。
……ユゥ。
なんだい……?
……あなた、酔っているでしょう。
えー、酔ってないよ……?
大地も、揺れていないし……。
……酩酊状態。
めーてー……?
……まるで、酒精に酔っているかのよう。
酒精は……メルも、良く知っていると思うけど。
……頭の中が、ふわふわしてる。
ふわふわ……?
……していない?
ああ、其れはしてる……。
……そんなに気持ちが良いの。
うん、とても気持ちが良い……足先から、溶けてしまいそうだ。
……溶ける前に、冷やしてあげるわ。
あはは……其の時は、お願いするよ。
……何かしらの物質が影響しているのかしら。
メル……?
……はぁ。
お……。
……水気よ。
待った、待った……水気を使っては、駄目だって。
……初めだけよ。
此の熱さが良いんだ……だから。
……押し付けないで。
ん……。
……。
メル……。
……つ。
ん……やっぱり、使った方が良いかな。
……あなたが押し付けたせいよ。
ごめんよ……。
……。
……ん?
ん……ん。
……う、わ。
なに……。
いや……なんでもない。
……言わないのなら、怒る。
言っても、怒りそう……。
……言わなければ、確実に怒る。
あー……其の、漏れる声が色っぽいなぁって。
……。
ごめんなさい……。
……くだらない。
あれ……。
……其のうち、慣れるのでしょう。
慣れると、思う……。
……其れまで、待つことにするわ。
……。
……いっそ、海の傍にあったなら。
海に、冷やしに行く……?
……。
ふふ……其れも、良いかもなぁ。
……慣れてきたわ。
え、もう……?
……然うよ。
無理、してない……?
……してない。
む……。
……顔が、赤い。
メルの……?
……あなたの。
そんなに、赤いかな……。
……まるで、何かに酔っているよう。
躰が温まっているからじゃないかなぁ……。
……湯浴みをしていても、然うはならない。
まぁ、湯浴みよりも熱いし……。
……。
若しかしたら、成分が違うのかも知れないね……。
……。
月の、水とは……だから、顔が赤くなっているのかも。
……。
なんて、そんなわけ……。
……月の水は、主に水星の民の水気だから。
あ……。
……同じなわけ、ない。
……。
……同じにしないで。
ごめん……。
……どうして謝るの。
気分を悪くするようなことを言った……だから、ごめん。
……別に、今に始まったことではないもの。
其れは、あたしのこと……だよね。
……いいえ、違うわ。
……。
……月にも、水がないわけではない。
でも……水星の民の水気を利用した方が、手っ取り早く得られる。
……結果的に、水星の民は搾取され続ける。
月の水を利用することは……。
……出来なくはないけれど、許されない。
……。
月の水は、無限に存在するわけではないから。
……水星の民だって。
だから、無駄遣いはしないで。
……其れは、勿論。
……。
ん……メル。
……月の民が皆、あなたのようだったら良いのに。
……。
……水は、大切に。
うん……此れからも、大切にする。
……少し、赤みが引いたかしらね。
顔……?
……「冷や水」の効果があったのかも知れない。
冷や水……メルは、あったかいよ。
……。
あ……。
……良いのでしょう、寄り掛かっても。
うん、良いよ……。
……悪くないわね。
うん……?
……熱さに、慣れてくれば。
ふふ……だろう?
……ふぅ。
ずっと浸かっていたら、眠くなってくるかも知れないなぁ……。
……寝たら、置いて帰るわよ。
メルはそんなことを言うけれど、実際にはちゃんと声を掛けて呉れるんだ……。
……掛けるのは、冷や水かも知れないわよ。
あったかい、ね……。
……氷かも知れないわ。
然うしたら、直ぐに目が覚めるなぁ……。
……良いの、氷で。
出来れば、あったかい方が良い……。
……ならば、寝ないように。
眠るなら、帰ってからにするよ……。
……然うして。
今夜も、メルと眠りたい……。
……深くは眠れないだろうけど。
其れでも、良い……メルと、ふたりで眠れるのなら。
……。
然うだ……眠る前に、ごはんを食べないと。
……ある程度温まったら、帰るわよ。
うん……日が沈み切る前にね。
……。
気持ち良いかい……?
……悪くはないと言ったわ。
足湯、たまには良いかも知れないね……。
……然うね。
……。
……。
……然ういえば。
なに……。
成分、調べたんだったよね……結果は、どうだったんだい?
……。
未だ、かな……?
……化石潮水。
かせき……?
……此の湯には、塩分が含まれているの。
塩分……つまり、潮水?
……けれど、現在の潮水とは成分組成が明らかに異なっている。
どう、異なっているの……?
……物質の濃度や含有量など。
例えば、塩分……?
……現在の潮水の塩分濃度より低い、此れは地下水と混合しているからだと思われる。
へぇ……然うなんだ。
……火山の岩漿に含まれる成分の中で塩が卓越して生じる非潮水起源の塩化物泉もあるけれど、此処は海に近いから十中八九古代の潮水が起源だと思うわ。
そもそも、化石潮水ってなんだい……?
……古代の潮水が地層の隙間などに閉じ込められたもの。
古代の……。
……もう少し、詳しく聞きたいというのならば。
眠くならないかな……。
……なるかも知れないわね。
うーん……。
……どうするの?
聞かせて、欲しいな……。
然う……分かった。
頑張って、聞くよ……。
……寝たら、放っておくから。
大丈夫……寝ないから。
……。
ん……メル?
……手を、握っていてあげる。
手を……?
……気休め。
ありがとう……。
……。
……。
……海底に地層が出来る時に。
うん……。
礫や砂などある程度大きい粒、或いは珊瑚や貝殻などの堆積物の隙間に潮水が取り残される。
……。
此れを、海底堆積物間隙水と言うのだけれど……其れは、まぁ、良いわ。
……海底堆積物間隙水、だね。
……。
多分、今だけだと思う……。
……其れで構わない。
ん……。
……取り残された潮水は、通常は其の上に堆積した地層の重さで押し出されるなどして、ほとんどなくなると考えられているのだけれど。
だけど、なんらかの理由で残る……?
然う……なんらかの条件が揃うと、堆積当時の潮水が其のまま閉じ込められることになる。
或いは、成分が砂などに張り付く形で残留することになる。
ふむ……其れが、化石潮水と呼ばれていると。
……理解した?
つまるところ、古代の潮水が堆積物に挟まれて、今まで残っていたんだね……。
……然ういうこと。
そっか……そんな昔の湯なのか。
……其れこそ、ひとのこが生まれるよりも前の。
となると、大分昔だ……まぁ、気は遠くならないけど。
……戻ったら、調べてみたら?
調べる……?
……ひとのこが生まれたのは、何代前の頃か。
其れは、今の……?
其れとも、猿人の頃も含む……?
……現生人類。
となると、現在棲息しているひとのこか……忘れなかったら、調べてみよう。
……忘れそう。
はは……。
……。
然し、ひとのこはどんどん増えていくね……。
……中央から離れた地域は、今でも其のほとんどが多産傾向だから。
然うやって、青い星に広がったのか……。
……多産ではあるけれど、多死でもある。
育っても、金に交換させられたりね……。
……だからこそ、ひとりの女が何人も産む。
躰が持つ限り、だろう……?
……持たなければ、其処でお仕舞いだもの。
まぁ、然うだ……。
……あの子は今のところ、五人産んでいる。
いずれ、六人目……若しかしたら、七人目も。
……歳の頃を考えれば、未だ産めるかも知れない。
躰が持てば、だろう……?
……他に、快楽を得られる手段がなければ。
快楽……?
……なんでもない。
そっか……。
……。
夕焼けが、きれいだ……。
……ひとのこが増える速度には。
え……?
……脅威を感じる。
脅威……?
……世代交代を重ねて、尚且つ、増えていくでしょう。
減りも、するけれど……其れでも、増える数の方が多いか。
青い星の民は、今や月の民の数十倍。数倍だった頃はもう、大分昔のこと。
若しも、其れらが月に攻め込むようなことがあれば……恐らく、押し返すのは困難。
……数だけの問題じゃない。
……。
今の月の民は、戦えない……あっと言う間に、殲滅させられるだろう。
……木星と水星で、どこまで抑えられるか。
難しいかな……火星も、踏ん張っては呉れるだろうけれど。
……。
金星は、分からない……読めない。
……クイーンの傍に居るでしょう。
あいつは、ね……。
……。
……然うならないことを、願っているよ。
なったら、なったで……全てが、終わって呉れる。
……メル。
……。
メルは……何も、言ってない。
……ユゥ。
此の地のひとのこだったら、月に攻め込むなんてことは考えないだろう。
……心が、闇に染まらなければ。
闇、か……。
……きれいな心ほど、闇に染まりやすい。
賊に、身を落とすような……。
……。
……一応、然うなった場合のことは考えられているのだろう。
ええ……一応ね。
……歴代が調査を続けてきたのは、其れを更新する為でもある。
月から眺めているだけでは、実情は分からない……。
……。
……此れからも、増えていくでしょう。
此の星は、大きいけれど……溢れたりは、しないのかな。
……其の時が怖いのよ。
……。
此方に、目を向けられるかも知れないから……。
……然うか、然ういうことも考えられるのか。
……。
長命だから増えない種族と、短命だからこそ増やす種族と……どちらが良いのかな。
……より生物らしいのは、短命種族。
……。
……だと、思わなくもないわ。
そっか……確かに、然うかも知れない。
……あの子供達は、どうなるかしらね。
育てば、良い……。
……。
……取り敢えず、月に来なければ其れで良いさ。
楽観的……。
……来て欲しくないだけだよ。
……。
そろそろ、帰るかい……?
……ええ。
分かった……。
ユゥ。
……ん?
もう一度、くらいなら。
……足湯に、来ようか。
来ても、良いわ……。
うん……なら、来よう。
……ん。
メル……。
……。
……。
……こんなところで、ばかなの。
ん、ごめん……。
……唇、無駄に熱かったわ。
メルの唇も、熱かった……。
……。
帰ったら、あたしはごはんの支度をするよ。
……私は、調査記録の続きを。
出来れば、早く寝よう……。
……周囲に、雷気を張るのを忘れずに。
勿論……忘れないさ。
1日
……ひぃ、ふぅ、みぃ、よぉ、い。
……。
むぅ、なぁ、やぁ、ここの、たり……。
……。
……ふるべ、ゆらゆらと。
……。
ふるべ……。
メル。
……。
外に出ていたのかい?
……なんとなく、潮風に当たりたい気分だった。
気分転換?
然うとも言う。
後で、湯浴みをしないといけないね。
……躰を拭くだけでも、十分よ。
肌だけでなく、髪もべたべたになってしまうから。
……。
出来ることなら、したいだろう?
……出来ることなら、したいわね。
夕暮れ時になったら、ふたりで湧湯に行こう。
……あの地震の後に湧き出したという?
海から少し離れている場所だから、潮水は混ざっていないみたいなんだ。
子供ら曰く、少し熱いけれどなかなか気持ちが良いらしい。
……いいえ、少し混ざっているわ。
調べたのかい?
私が調べないと思うの。
いつ?
あなたが子供達と遊んでいる間。
言って呉れれば、
湧湯では採取しただけ、其の場で成分を調べたわけではないわ。
……ゆうべ、調べていた水って若しかして。
湧湯から採取したお湯。
……潮水かと思ってた。
今更?
……メル、何も言ってなかったから。
敢えて、言わなかったの。
……ひとりでは危ないよ、若しかしたら獣と遭遇するかも知れないだろう。
心配は要らないわ、何かあったら呼ぶつもりだったから。
だったら……最初から、付いていくよ。
此の辺りには、凶暴な獣は棲息していないようだし。
若しかしたら、野犬が居るかも知れないだろう?
然うかしら。
野犬でなくても、何か居るかも知れない。
賊?
居ないとは限らない。
……。
マー……メルは、力が強くないんだ。
子供達だって、ひとりでは決して行かないと言っていた。
だから、行くのならあたしを連れて行って欲しい。
一度調べたから、もう行くつもりはないわ。
今は行くつもりがなくても、帰るまでに気が変わるかも知れないだろう?
……。
メル。
……分かった。
絶対だ。
……はいはい、絶対ね。
む。
……行くことがあったら、付いてきて。
付いていくから、必ず、声を掛けて。
……必ず、掛けるわ。
うん。
……全く、普通のひとのこを演じるのも面倒ね。
何か言ったかい?
言ってない。
……。
今の私はただのひとのこ、改めて然う思っただけ。
然うだよ、水気なんて力は今のメルにはないんだ。
……あるけど。
メル?
はいはい、然うね。
あなたにも、雷気なんて力はないものね。
うん、あるけどないんだ。
……うっかり、使わないように。
ん、気を付けているよ。
……使うなら。
見えないところで、目立たぬように。
……。
其れで湧湯のことなんだけど、行くかい?
あたしは、メルと夕焼けを眺めながら、ふたりでゆっくり浸かれたら良いなと思っているんだけど。
……外なのよね。
うん、外。
行かない。
行かない?
外で肌をさらすのは、嫌。
大丈夫だよ、夕暮れ時ならば誰も
居なくても、嫌。
なら、何か遮るものを作って
其れでも、嫌。
なら……然うだな、此処まで汲んでこようか。
浸かることは出来なくても、躰を拭くぐらいならば出来る。
運んでいる間に冷める。
えと……やっぱり、浸かりに行くのは。
行くのなら、ひとりで行って。
……ひとりで行っても。
然う然う、ひとりでは危ないのよね。
然うなんだ、だからふたりで。
折角だし、子供達と一緒に浸かれば良いのではないかしら。
子供達と?
すっかり、懐かれているようだから。
懐かれているのかな。
懐いていなければ、肩の上で眠ったりなんかしないわね。
……あぁ。
何よりの証左。
……気付いたら、眠っていたんだ。
其の子は?
よじ登ってきて……離そうとすると、泣くものだから。
懐かれて、良かったわねぇ。
此れでも結構、困っているんだ……メルは、どうしたら良いと思う?
眠っている間に、親に返す。
……。
今ならば泣かれない。
……あ。
ばかね。
返してくる。
もう、遅い。
え。
起きてしまったみたいだから。
……あー。
何処の子?
……歯がなかった子の。
あぁ、此の子が……へぇ、やっぱり何処となく似ているわね。
……其れ、あたしも思った。
此の子は何番目?
……うん?
子供、産んだのはひとりではなかったのでしょう。
んー、何番目かな。
もっと小さいのを抱いていたから、一番下ではないと思うけど。
五人だったわよね、産んだのは。
五人産んで、一番上の子は父親と海に出ているらしい。
男の子だったわね。
うん、確か然うだったと思う。
憶えていないの?
いや、子供が多過ぎて……前よりも、増えているよね?
増えているわね。
あの後、生まれたのかな。
其れしか考えられない。
こんなに生まれるもの?
実際に生まれているのだから、然うなのでしょう。
ん、何だ。
親を探しているのかも知れない。
わぁ、泣くな泣くな。
今直ぐ、親のもとに
行かなくても良いみたいよ。
え。
あれ。
どれ。
此の子の親。
あぁ。
迎えに来たのかも知れない。
然うだったら、とても助かる。
……確かに、此の子よりも小さい子を抱いているわね。
だろう?
あの子が一番下だと思うんだ。
……お腹が膨らんでいるような気がするわ。
お腹が?
……また、生まれるのかも知れないわね。
六人目ってこと?
七人目も考えられる。
七人目?
双子。
ふたご……つまり、お腹の中にふたり、子供が入っている。
あくまでも、可能性のひとつだけれど。
ふたり……はぁ、ひとのこの腹はすごいな。
ユゥ。
ん、何?
お腹は、大丈夫?
お腹?
痛くなってない?
んー……うん、大丈夫そうだ。
気持ち悪くは?
ん、平気だ。
然う……なら、良い。
心配して呉れたの?
一応、ね。
へへ、ありがとう。
想像妊娠という症状があるようだから。
……は。
実際は妊娠していないのにもかかわらず、妊娠における兆候が見られる心身症状のこと。
……。
所謂、悪阻の症状が
ないよ。
……。
ない。
……然う。
うん。
あったら、調べてみたかったのだけれど。
……。
まぁ、あなたにそんなことがあるわけないわね。
メルには、
あるわけないでしょう。
……。
ユゥ?
……うん。
来たわよ。
ん。
……。
やぁ、此の子を迎えに来て呉れたのかい?
然うか、助かるよ。いや、此方こそ済まない。
……目元が、似ているのかしら。
離そうとすると泣いてしまって……え、いっそ此のまま預かって欲しい?
いや、其れは……あたしにも、仕事が……冗談? 然うか、冗談……え、やっぱり本気?
……顔の輪郭、髪質。
見て呉れるお礼に生姜って……あたしには、子供の面倒は見られないよ。
見たことがないんだ……ん、懐かれてる? だとしても、どうしたら良いか……メルとふたりで?
いや、メルも仕事で忙しいし……メル、然うだろう?
……遺伝情報の保存、そして、発現。
メル、メルからも言って呉れ。
流石に、預かることは出来ないと。
良いわよ、預かっても。
……は?
と言っても、面倒を見るのはあなただけど。
無理だよ、メル。
あたしには、子供の世話は無理だ。
先代……親があなたにして呉れたことをすれば良いのではないの?
親……て。
じゃあ、私は仕事に戻るから。
待って、メル。
……。
あたし達の親は……うん、もう居ないんだ。
あたし達を、其の、産んで……其れで、暫くは元気だったんだけど。
え、と……父親? は……食べ物を、食べ過ぎて。
……ふ。
母親は……えーと、本の読み過ぎで。
……そんなわけないでしょう、忘れてしまったの。
え、いや……うん。
はぁ……仕方がないわね。
……メル。
私達の親は、私達が家を出る少し前に亡くなったの。
然う、ふたりとも。父親は働き過ぎ、母親は躰を壊してしまって。
……。
家? ふたりが住んでいた家なら未だ、残してあるわ。
若しかしたら、帰るかも知れないから。ええ、今のところ、誰かに譲る気はないの。
……流石、メル。
此の子はあなたに返すわ。あなたを探して泣き始めてしまったから。
やっぱり、私達では面倒を見ることは出来ない。ごめんなさいね。
……。
生姜? 貰っても良いのかしら?
然う。ならば、遠慮なく。ありがとう。
……。
ユゥ、あなたも。
あ、あぁ……ありがとう、後で生姜茶にして飲むよ。
此処の生姜はあまり辛くなくて美味しい……と、両親から聞いているんだ。
……然う、其れで良い。
此処に? 然うだな、もう暫くは居るつもりだ。
然うだろう、メル。
……ええ、あと三日くらい。
うん、湧湯? 其れが未だ、行っていないんだ。
あぁ、今日の夕暮れ時にでも行ってみようと思っているよ。
私は
うん、ふたりで。
……。
ただ、外だから……全身でなく、足だけ浸かるのも良いのかい?
足が温まるだけでも、全然、違う……成程、其れは良いかも知れない。
なら、足だけ浸かることにするよ。ね、然うしよう、メル。
……あなたひとりで。
大丈夫、場所は子供らに教えて貰った。
其れに、メルも知っているみたいだから問題ない。
……。
ん、気を付けて。
……ええ、また。
良かったな、ちび。
「おふくろさま」が迎えに来て呉れて。
……。
お。
……懐かれてる。
また明日、遊ぼうな。
……明日も、遊ぶのね。
……。
まぁ、午前中だけならば良いわ。
……はい、分かってます。
……。
ん、何か可笑しかったかい?
え、両親に良く似てる?
……。
父親も母親の尻に敷かれていた?
まぁ、あたしもメルの……う。
弟は姉に頭が上がらないものなのよ。
……おとうと。
ユゥ、私は先に戻るわ。
あたしも戻るよ。
じゃあ、また。
然う然う。
……ん?
体調が悪いようだったら、声を掛けて。
少しくらいだったら、診てあげることが出来るから。
……あ。
矢張り、お腹に子が居るのね。
無理はしないで、お大事に。
……やっぱり、居るんだ。
何事もないことを祈っているわ。
か、躰には気を付けて。
ユゥ、私は先に。
あたしも。
どうせだから、途中まで。
でも。
遠慮しないで良いわよ。
ねぇ、ユゥ?
んー……じゃあ、途中まで。
私はお湯でも沸かして待っているわ。
……お湯?
帰って来たら、生姜茶を淹れて。
分かった。
じゃあ。
うん、ちょっと行ってくる。
行ってらっしゃい。
行ってきます、メル。