日記
2025年・7月
6月 5月 4月 3月 2月 1月 12月 11月
4日
んー……。
……ごめんなさい、まこちゃん。
んぉ?
……母が、迷惑をかけて。
大丈夫だよ、亜美ちゃん。
あたしは迷惑だとは思っていないから。
でも、困っているわよね。
メールが来てからずっと、考え込んでいるようだし。
困っているわけではないんだ。
ただ、どうしようかなって。
……やっぱり、困ってる。
ここはひとつ、亜美ちゃんに聞いた方が良いかな。
分かった、今回は断るのね。
へ。
どう考えても突然過ぎるし、その方が良いと思う。
私達にだって都合はあるわ。母の都合にばかり合わせてはいられない。
亜美ちゃ
断るのは、私に任せて。
まこちゃんは何にも心配しなくて良いから。
待った待った、然うじゃなくて。
……違うの?
うん、違う。
ごめんね。
……然う。
あのさ、亜美ちゃん。
……なに。
何を作れば、亜美ちゃんのお母さんは喜んで呉れる?
……何って。
食べられないものはある? 好き嫌いは、あるよね。
あと食物アレルギーなんてあったら、教えて欲しい。
……。
亜美ちゃんのお母さんが行くようなお店の料理は作れないけど、折角、訪ねてきて呉れるんだ。
出来るだけ好きなものを作って、おもてなしをしたいと思ってる……あ、飲みものは何が良いだろう。
やっぱり、お酒かな。それとも、コーヒー? でも、良い珈琲豆はうちにはないし……買いに行くの、付き合って呉れる?
あのね、まこちゃん。
なに?
おもてなしなんて、しなくても良いのよ。
それこそ……然う、カップラーメンにお水でも。
いや、それは流石に……。
……母も好きよ、カップラーメン。
それは、然うなんだろうけど……お客さん、ましてや亜美ちゃんのお母さんにカップラーメンを出すのは。
……最近は、辛いものを好んで食べているみたい。
辛いものか……となると。
……特に担々麺がお気に入りらしいわ。
たんたんめん……。
……冷えたごはんを入れると、二度美味しいと。
わ、分からなくもないけど……そればかりだと、栄養のバランスが偏ってしまって宜しくないなぁ。
大丈夫、お野菜はサンドイッチで取っているみたいだから。
えと……出来れば主食で取るのではなく、サラダかなんかで取って欲しいかな。
サンドイッチってね、やっぱりバランスが良いと思うの。
お野菜にお肉、お魚だって食べることが出来るでしょう?
然う、果物だって。
そ、それは、然うなんだけど……て、これ、学生の頃に話したような。
でも然うね、母は同じものばかり続けて食べる傾向があるから、そこは駄目だと思うわ。
……やっぱり、亜美ちゃんのお母さんなんだなぁ。
……。
あ。
私……あそこまで、酷くはないわ。
……。
私は同じものばかり、続けて食べたりしないもの。
……あー。
私は……母とは、違う。
うん……然うだね。
……どうして遠い目をしているの?
確かに、サンドイッチの具は毎日違っていたなぁって。
でしょう? 母の場合は具も同じなのよ。
たまごならたまご、ツナならツナ、ローストビーフならローストビーフって。
……ろーすとびーふ。
それが食べたいと言うより、考えるのが面倒なの。
基本、お腹に収まればそれで良いと考えているひとだから。
……そっか。
あ、然うだわ。
うん?
サンドイッチで、良いんじゃないかしら。
サンドイッチ?
となると、具は何が良いかな。
具は……胡瓜で良いと思う。
いや、亜美ちゃん? お母さんのことになると途端に適当な感じになるよね?
ほんの少しだけでも良いから、真剣に考えて呉れると嬉しいな?
……だって、母だもの。
確かにね、胡瓜も美味しい。爽やかなキューカンバーサンドは、夏にぴったり。
だけど、胡瓜だけではさ? 他にもあるだろう? それこそ、たまごとか。
……じゃあ、レタス。
れ、レタス……うん、レタスもシャキシャキして美味しいね。
じゃあさ、レタスと一緒に挟むのは何が良いと思う……?
チーズとか、トマトとか、ハムとか……。
……マヨネーズと粒マスタード。
うーん、それは調味料かなぁ?
……それだけでも、十分に美味しいわ。
然うだね、美味しいよね。分かる、確かに美味しい。シンプルイズザベストってやつだ。
だけど、胡瓜とレタスだけでは、あまりにも緑緑していると言うかね?
……大丈夫、母は胡瓜とレタスが好きだと思うから。
そっかぁ、大丈夫かぁ……て、今、思うって言った?
確定ではないの?
……食べているのだから、好きだと思うわ。
お、おう……。
……。
亜美ちゃん……?
若しかしてだけど、不貞腐れて
ない。
あ、はい。
……ただ。
た、だた?
……母のせいで、まこちゃんがこんなに考え込むことになって。
あたしは、考え込んでいるつもりではなかったんだけど……。
……でも、母のことで頭がいっぱいだったでしょう。
亜美ちゃんのお母さんのことでと言うより、喜んでもらう為に何を作れば良いかなぁって。
……やっぱり、母のことじゃない。
えーと……。
……お構いなくと言っていたのだから、そこまで考えなくても良いと思うの。
そこまで仰々しくするわけじゃないよ。
だけど、
……折角の、お休みだったのに。
あ。
……。
亜美ちゃん。
……兎に角、私はなんでも良いと思う。
分かった。
……何が。
亜美ちゃんは、何が食べたい?
……私?
亜美ちゃんが食べたいのを作ろうと思う。
だから、教えて。
……でも、それでは。
取り敢えず、言ってみて?
……別に、ないわ。
本当に?
……。
本当に、ない?
……急に、そんなことを言われても。
う、それは確かに。
……今は、思い付かない。
それじゃあ……今度の休み、あたしとふたりで食べるとしたら、何が食べたい?
……。
あ、やっぱり思い付かないかな。
……わ。
え、なに?
……ずるいわ。
ずるい?
……ずるい。
お……。
……。
……亜美ちゃん。
まこちゃんと、ふたりで食べるとしたらなんて……。
……ごめんね、ずるくて。
……。
もう、考えてた……?
……久しぶりに、まこちゃんが作ったミートローフが食べたいって。
ミートローフ……。
……あと、チェリーパイ。
……。
でも……でも、それでは、面白くないの。
……。
これは、嫉妬じゃない……でも、胸の奥がざわざわするの。
……そっか。
こんな感情を、母に抱くなんて……酷く子供染みていて、莫迦らしい。
……莫迦らしくはないさ。
莫迦って、言って。
……言われたいの?
言われた方が、楽なの。
……でも、言わないよ。
どうして。
……言いたくないから。
私は、言われたいの。
言われた方が、未だ。
絶対に、言わない。
……あ。
亜美ちゃん。
……。
言わないよ、あたしは。
分かるような気がするから、絶対に言わない。
……まこちゃん、は。
うん……。
……母のこと、好き?
好きだよ。
……それは、どうして。
亜美ちゃんのお母さんだからだよ。
……私の母だから?
然う、亜美ちゃんのお母さんだから。
……私の母ではなかったら。
そもそも、知り合うこともないんじゃないかな。
……若しも、知り合えたら。
然うしたら……別に、なんとも思わない。
……。
亜美ちゃんのお母さんだから、あたしは好きなんだ。
良いところを見せたいし、叶うなら、あたしのことを気に入ってもらいたい。
……母は、もう。
何より、亜美ちゃんの……生涯のパートナーとして、あたしのことを認めて欲しい。
……。
分かっているよ、亜美ちゃんはあたし達のことをお母さんに認められなくても良いと思っていること。
いざとなったら……お母さんとは縁を切って、あたしとふたりで生きていこうと考えていること。
……でも、まこちゃんは。
あたしは……出来れば、縁を切って欲しくない。
お母さんのことが、心から嫌いだと言うのなら、仕方がないと思うけど。
……。
世の中には、離れた方が良い親子も居ると思う……だけど、亜美ちゃんと亜美ちゃんのお母さんはどうしてもそんな風には見えないんだ。
でもこれは、あたしの勝手な思い込みに過ぎなくて……だから、亜美ちゃんがどうしても離れたいと言うのなら、あたしはそれを受け入れる。
……若しもよ。
うん。
……母のせいで、私と別れることになったら。
その選択肢だけは、あたしの中にないんだ。
……まこちゃん。
親が原因で別れるなんて、そんなのは嫌だ。
あたしは亜美ちゃんのお母さんになんて言われようと、嫌われようとも、亜美ちゃんと別れる気は一切ない。
若しも亜美ちゃんが許して呉れるなら、何処かに逃げたって良い。
……。
あたし、我侭なんだ。一度掴んだものは、出来れば離したくないんだ。
それが亜美ちゃんだったら、尚のこと、離したくない。離したら、あたし……心が、死んでしまうかも知れない。
……。
大袈裟に聞こえると思う……だけど、あたしはそれだけ本気で。
……逃げるのは、嫌。
ん……亜美ちゃん。
……離さないでね、絶対。
うん……離さないよ、絶対。
だったら、逃げないで……堂々と、ふたりで生きて行けば良い。
……。
何処かに行くことになっても、それは逃げじゃない。
ふたりにとって必要だから、然うするだけ。駆け落ちは決して、逃走なんかではないの。
……うん。
……。
亜美ちゃん……む。
……ただの、夕食の話だったのに。
なんか、壮大に話が逸れちゃったね……?
……私達の都合を考えない母が、全部悪い。
全部……。
……私のまこちゃんなのに。
……。
ん……まこちゃん。
……キス、したい。
……。
ね……あたしは、亜美ちゃんだけのあたしだよ。
……もぅ。
だめ、かな……。
……ばか。
うん……大好きだ。
……ん。
……。
……ぁ。
……。
ん……だめ。
……だめ?
何を、考えているの……?
……亜美ちゃんだけのあたしを、今直ぐあげたくて。
キスだけでは、ないの……。
……。
……今で、なくても。
要らない……?
母との、夕食の話は……どうするの。
それは……また、後で。
後……あ。
……。
まこ、ちゃん……。
……もらって、呉れる?
……。
ね……もらって、欲しいんだ。
……なんで、こんなことに。
……。
ん……あ。
……ソファでも、良い?
手、が……。
……ベッドの方が、良いのなら。
……。
ね、亜美ちゃん……言って、今ならまだ間に合うから。
……。
……でない、と。
電気……。
……。
……電気を、消して。
……。
でなければ……いや。
……分かった、待ってて。
……。
直ぐに。
……は、ぁ。
……。
ほんとう……なんで、こんなことに。
……お待たせ、亜美ちゃん。
ん……まこ、ちゃん。
……良かった、待ってて呉れた。
どこにも、行かないわ……。
……うれしい。
……。
……改めて。
……。
もらって、くれる……?
……う、ん。
3日
んー。
……。
うん、なかなか良い焼き具合だ。
……美味しそうね。
ん、あれ、亜美ちゃん?
……準備は未だ、終わっていないのだけれど。
まさか、匂いに釣られて?
……。
なんて、そんなことないか。
……然うだと言ったら、笑う?
え?
……私も、お腹が空いているみたい。
……。
……ね、笑う?
別に、笑わないよ。
……顔が、笑っているわ。
可笑しくて笑っているのではなくて、嬉しくて笑っているんだよ。
……。
ね、折角だし、此処に居てよ。
……私に何か出来ること、ある?
じゃあ、ごはんをよそってもらっても良いかい?
そろそろ、出来るからさ。
ええ……良いわ。
ん、ありがとう。
……ごめんなさい。
何がだい?
……準備、未だ終わっていないのに。
準備は、ごはんを食べてからでも良いさ。
先ずは、空腹を満たそう。
……。
ね、美味しそうに焼けているだろう?
……ん、とても。
生姜焼きって、匂いも美味しそうだよね。
……お醤油と生姜の匂いが、空腹感をこれでもかってくらいに刺激してくるの。
はは、分かる。
……お弁当の分も焼いているのよね?
良いかい、お昼も生姜焼きで。
ん、勿論。
ふふ、良かった。
……まこちゃんが作った生姜焼きは、時間が経っても美味しいから。
ごはんにのせようと思っているんだ。
然うすれば、汁漏れの心配が減るからさ。
ん、良いと思う。
保冷剤を用意するわ。
ん、お願いします。
……はぁ。
早く食べたい?
……私が、そんな風に思うなんて。
良いんじゃないかな、食欲は生きる為に必要なものだし。
……世界がこんな風になって、しみじみと感じるようになったの。
何をだい?
食べられる時にしっかりと食べておかなければならない……何故なら、食べられることは当たり前のことではないのだから。
……。
……頭では、分かっていたつもりなのだけれど。
まぁ、ね。
こうなる前は、なんでもある世界だったから。
……この生姜焼きだって。
たまたま豚に近い生物が群れを成していて、捕まえて試してみたら、味まで豚に近かった。
あの時は、嬉しかったなぁ。これでお肉の心配をしなくても良くなるかも知れない、ってさ。
彼らの先祖が、まさに豚だったから。
だから、彼らは豚と名付けられた。
その方が、分かりやすいでしょうしね。
うん、とても分かりやすい。
旧世界の豚とも掛け合わせることが出来るから、いずれは、細かな品種改良も出来るようになるかも知れない。
何より、生産が軌道に乗って呉れれば……少なくとも、豚のお肉は安定した供給が出来るようになるわ。
勿論、豚インフルエンザなどの感染症についても考えてなくてはいけないけれど。
供給が安定して呉れたら、とても助かるし、嬉しい。
繁殖期も豚とほぼ同じだし、仔も沢山産んで呉れる。
食肉用として考えると、今のところ、こんなに助かる動物は他に居ないわ。
しかししぶといよねぇ、豚。
生き残って、何百年も命を繋いでいたとはさ。
人間の為では、ないのだけれどね。
……うん、然うだね。
雑食だったことも、生き残る為の強みになったのかも知れない。
今でも、雑食だし……もう、豚様々だよ。
ふふ、然うね。
豚肉の次は、鶏肉かなぁ。
丁度良く、旧世界のような鶏肉……ではなく、鶏に近い鳥が居て呉れたら。
然う、都合良くは……ね。
然うだよなぁ、そんな都合の良い話はないよなぁ。
取り敢えず、旧世界の鶏が漸く卵を産んで呉れるようになったから。
上手く育てて殖やすことが出来るようになれば、此方もいずれは安定して呉れると思う。
牛は、難しいよね。
牛は……豚に比べると肥育効率が悪いから、今は未だ難しいわ。
ん、然うだよね……。
でも、成る可く絶やさないようにはするから。
あたしにも出来るようなことがあったら、直ぐに言ってね。
うん、直ぐに言うわ。
頼りになれるよう、頑張るからさ。
あなたほど、私が頼りにしているひとは居ない。
本当?
ん、本当。
こんな世界になっても、あなたはなんでも出来るんですもの。
なんでも、ではないけど……でも、ふふ、やっぱり亜美ちゃんに褒められると嬉しいなぁ。
あ、まこちゃん。
お、っと。
大丈夫?
ん、大丈夫。
さぁ、出来たよ。
お皿を。
ありがと。
……。
お肉は、二枚ずつ。
もう一枚欲しいのなら、あたしのを
ううん、二枚ずつで。
ん、分かった。
ジュピターには活躍してもらう予定なんだもの、ちゃんと食べてもらわなきゃ。
ふふ、そっか。
じゃ、しっかりと食べよう。
ん。
ね、亜美ちゃん。
なぁに?
豚肉と一緒に炒めた野菜は、なんだと思う?
……。
さぁ、なんでしょう?
ふふ……簡単だわ。
お。
大根、よね。
ん、当たり。
味が染みて、とても美味しそう。
美味しいよ、今回も自信があるんだ。
ふふ、食べるのが楽しみね。
ははは。
付け合わせは、大根のサラダ?
うん、生姜焼きの大根と被ってしまうけど。
全然、構わないわ。
だって、美味しいもの。
ふぅ、良かった。
食べられることに、感謝を。
うん、感謝を。
ね、テーブルに運んでも良いかしら。
ん、お願い。
はい。
……。
……。
……今も、悪くないな。
え、なぁに?
うきうきとテーブルに運んで呉れる亜美ちゃんは可愛いなって。
絶対に、違うと思う。
あれ。
そんな顔ではなかったもの。
見てた?
観察眼を磨くことも、マーキュリーの仕事のひとつだから。
あぁ。
それで、なんて言ったの?
ただの独り言なんだけど。
言いたくない?
今も悪くない、と。
……。
不便なことばかりだけれど……それでも、亜美ちゃんはあたしの前で笑って呉れる。
作ったものではなくて……本当の笑顔を、見せて呉れる。
……だから、悪くない?
うん……悪くない。
……。
亜美ちゃんは……。
……今は今で、楽しいわ。
楽しい?
やるべきことや、知るべきことが……兎に角、多くて。
飽きている暇なんて、全くないの。
……あぁ。
広がる世界を前にして、途方に呉れてしまうことは確かにある……女王のことも、考えなくてはいけない。
私達は未来を知っているけれど、何もやらなければその未来は違うものになってしまうかも知れない。
変わってしまうかも知れない。
……うん。
正直、楽しいことばかりではないけれど……だけど、変わらず。
……変わらず?
変わらず、まこちゃんは私の傍に居て呉れる。
私だけを見て、私だけを……
愛している。
……もぅ。
ごめん、言いたかった?
……テーブルに並び終えたら、ごはんにしましょう。
うん、然うしよう。
……。
……知っている未来と、同じものにはならないかも知れないけど。
全く同じにならなくても良い……人類がまた、生きられる世界になって呉れれば。
私は、それでも構わないと。
……ん、あたしも亜美ちゃんと同じ考えだ。
あと、ね。
あと?
女王……うさぎちゃんが、泣かなくても良いように。
いつまでも笑っていられるような、世界に。
……。
うさぎちゃんが……私達のしあわせを願って、望んで呉れているように。
ううん、私達だけじゃない……。
……うさぎちゃんは、昔のセレニティとは違う。
……。
だから……あたし達は。
……私達も、昔とは違うけれど。
でも、時々思っていたんだ。
……何を。
何かがひとつでも、違っていたら……昔のセレニティに、近かったら。
……。
あたし達は……うさぎちゃんから離れていた可能性も、あったかも知れないと。
……まこちゃんも、思うことがあったのね。
亜美ちゃんもかい……?
……どうしても、昔のことが残っているから。
……。
若しも、うさぎちゃんが……あ。
……ん?
……。
亜美ちゃん……どうした?
……。
亜美ちゃん……?
……なんでも、ない。
……。
朝ごはんに……しましょう。
うん……然うだね。
……。
えと、亜美ちゃん……若しかして。
言わないで。
分かった、言わない。
……笑わないで。
この場合、どんな顔をしていたら正解なんだろう。
……知らない。
うぅ、だめだ。
やっぱり、口元が緩んでしまう。
まこちゃん。
ごめん、でも。
……私だって、ただのひとのこだもの。
うん、知っているよ。
だから、あたしは笑わない。
……。
ね、亜美ちゃん。
……なに。
楽しい朝ごはんの時間にしよう。
……楽しい?
然う、楽しい。
……良く、分からないけれど。
今日もきっと、忙しくなる。
お昼も、駆け足になってしまうかも知れない。
……だから。
朝ごはんは、楽しく食べよう。
……。
どうだろう?
……分からないけれど、分かったわ。
はは、うん。
……。
お箸を、と。
うん、完璧だ。
ねぇ、まこちゃん。
ん、なんだい?
分かったような気がするわ。
うん?
ううん、思い出した。
え、と。
あなたと、楽しい食事の時間を。
……。
ね、然うでしょう?
うん……然うだよ、亜美ちゃん。
ふふ。
……。
飲みものは、お水で良いかしら。
うん、ありがとう。
ん。
持つよ。
ありがとう。
さぁ、座ろう。
座って、ごはんを食べましょう。
楽しく、ね。
そして、美味しくね。
うん、それも大事だ。
ふふふ。
と言うわけで、さぁ、どうぞ。
そんなこと、しなくても良いのに。
したかったんだ。
……ありがとう、まこちゃん。
うん、どういたしまして。
まこちゃんも。
うん、直ぐに。
……。
……それでは、亜美ちゃん。
うん……まこちゃん。
いただきます。
……いただきます。
2日
……。
……おはよう、ジュピター。
ん……おはよう、マーキュリー。
……今朝も、早いわね。
マーキュリーもね。
……。
……さて、どうして呉れようかな。
出来ることを、ひとつずつ……然うしていくしか、手はないわ。
まぁ、然うなんだよね。
……ある程度の範囲は、銀水晶の力で。
でも、頼ってばかりはいられない。
うさぎちゃん……いや、女王の命が削られてしまうから。
……私達の力も、無限ではないし。
いつまで、支えられるか……。
……。
……。
……今日は、曇りみたいね。
うん、然うみたいだ……雨、降るかな。
……降った方が良い?
出来れば、降らない方が良い。
マーキュリーは?
私も、出来れば降って欲しくないわ。
まぁ、晴れてくるかも知れないし。
……晴れると、今度は日差しがね。
然うなんだよなぁ……難しいよね。
……我侭と言われれば、それまでなのだけれど。
ただの我侭なら……どれ程、良いか。
……。
マーキュリー……改めて、今日の予定は?
……今日も、付き合ってもらっても良い?
勿論さ……今日は、何処を見に行くんだい?
……昨日とは、反対を行こうと思う。
反対か……ん、分かった。
……見たこともない生物が、跋扈しているかも知れない。
それは……その時は、守るよ。
……ありがとう、頼りにしているわ。
うん……。
……。
いつ見ても、圧倒されてしまって……途方に、呉れるんだ。
……分かるわ。
若しも、うさぎちゃ……。
……。
……女王が居なかったら。
人類は……あの時、滅びていたかも知れない。
……。
未だ、体調が戻らないの。
……無理もないさ、あれ程の力を使ったんだ。
今も、尚……。
……少しでも早く、負担を減らしてあげなければ。
その為にも決して焦らず……確実に、事を成していかなければならない。
兎に角、あたしはあたしが出来ることを頑張るよ。
ええ……私も、然うする。
……。
……未だ、多くの人類が眠ったまま。
未だ、起こせない……起こしたところで、こんな世界では。
……いっそ、起こしてしまうのも手かも知れない。
……。
然うすれば……純粋に、手が増える。
……生きられる?
……。
女王は、決して見捨てないよ。
ただでさえ……全ては、無理だったのだから。
……ひとは、そこまでか弱いものではないわ。
ひとの順応性に、賭ける……?
……どうにもならなくなってしまう前に、それもひとつの手段として。
……。
一応、考えておいて。
……分かった。
出来れば、私と。
……ん?
考えて、欲しい。
……マーキュリーと?
ひとりだと、どうしても行き詰まってしまうの。
堂々巡りに、陥ることだって。
……。
……ごめんなさい、私がこんなことでは。
あたし達は……生涯のパートナーだ。
……ジュピター。
だから……ふたりで、考えよう。
……ありがとう、心強いわ。
と言うか、さ。
……ん、なに。
あたしは最初から、そのつもりだったんだけど……マーキュリーは、違ったの?
……。
ん?
……だめね、私。
だめでは、ないよ。
……。
ん……マーキュリー。
……私には、あなたが居る。
うん……ずっと、居るよ。
……あなたには、私が居る。
うん……ずっと、居て欲しい。
……はぁ。
思い出した……?
……眠り過ぎはやっぱり良くないわ、記憶がぼやけてしまって。
うん、分かる……あたしも未だに、躰の感覚が元に戻っていないんだ。
こちらも、少しずつ取り戻していくしかないわね。
ん、ふたりでね。
……うん。
ね、マーキュリー。
……なに。
朝ごはん、食べようか。
お腹、空いたろ?
……朝ごはんをちゃんと食べないと、仕事も出来ない。
はは、その通りだ。
今朝は、どうしましょうか。
ん、どうしようかな。
今日は何処まで行く予定なんだい?
あまり遠くへは行かない。
特定範囲の探索?
ええ。
然うか……だけど、体力を使うことは間違いないから。
……。
やっぱり、お肉かな。
……お肉?
生姜焼きでも作ろう。
それは、力がつきそうね。
ふふ、然うだろう?
ね、お弁当は要るかな。
……出来れば、用意してもらえると。
ん、了解。
私も作るわ。
マーキュリーは、探索の準備をお願い。
未開の地に、軽装で行くわけにはいかないだろうからさ。
……。
食は、あたしに任せて。
……ありがとう、お願いするわ。
その代わり、あたしの探索の準備も。
私に任せて。
うん、ありがとう。
とっても心強いよ。
それじゃあ、早速始めましょうか。
うん、然うしよう。
……。
ん、マーキュリー?
どうかした?
……なんでもない。
なんでもない?
……。
マーキュリー。
……なに、ジュピター。
キス、しても良いかな。
……だめ。
そっか……然うだよね、ごめん。
……したいの?
うん、あたしはしたいと思ってる。
……どうしても?
出来たら……。
……そんな消極的な気持ちなの?
なら……どうしても。
然う……なら、仕方ない。
しても、良い……?
……しても、良いわ。
……。
……気が変わった?
ううん、変わってない……全然、変わってないよ。
……なら、私の気が変わる前に。
ん……分かった。
……。
マーキュリー……む。
……ね。
やっぱり、だめかい……?
……なんだか、落ち着かない。
落ち着かない……?
……名前。
……。
……今だけは。
亜美ちゃん。
……。
……落ち着いた?
知らない……。
……亜美ちゃんも。
……。
呼んで呉れると、嬉しい……。
……まこちゃん。
……。
……顔が、さっきまでとは大違い。
どう、違う……?
……教えない。
教えて欲しいな……。
……しないの?
するよ……するけど。
……しないのなら。
……。
ん……。
……。
……良かった。
何が、良かった……?
……あなたが、木野まことで。
え、と……。
……さぁ、もう良いでしょう?
ひとつだけ。
……なぁに?
キス……良かった?
……知りたい?
知りたい……とても。
……。
ねぇ、亜美ちゃん……教えて。
……ごめんなさい、教えない。
あー……。
……ふふ。
亜美ちゃんも、さっきまでとは違う顔をしているね……。
……どう、違う?
それは……。
教えない?
……表情が、柔らかい。
……
本来の名前を呼ぶまでは、マーキュリーの厳しい顔をしていたと思う。
……然う。
でも、今は亜美ちゃんの顔をしてる……。
……だって、私は水野亜美だもの。
うん……然うだよね。
……。
まぁ……良いか。
……まこちゃんは、ジュピターとあまり変わらない。
え……。
でも……それでも、やっぱりどこか違うの。
どっちが、良い……?
……選ばせないで。
あ……。
……どちらも、私の。
ごめん……。
……でも、前世のジュピターだったら直ぐに選べるわ。
……。
……悩む余地なんて、全くないの。
やー……悩まれたら、嫌だな。
……然うよね、私も嫌。
……。
……ふふ。
はは……。
……じゃあ、また後でね。
うん……ごはんが出来たら、亜美ちゃんって呼ぶから。
……分かったわ、まこちゃん。
……。
……。
良し……それじゃ、張り切って朝ごはんを作ろうか。
……夜に、また。
ん、何か言ったかい?
ううん、なんでもないわ。
何も、言わなかった?
独り言だから、気にしないで。
独り言?
然う、ただの独り言。
ん、そっか。
然ういえばね。
うん?
ごめんなさい、また後でと言ったのに。
良いよ、聞かせて。
明るい話なら、幾らでも聞きたい。
分かるの?
亜美ちゃんの表情でね。
それで、なんだい?
……家畜の繁殖が、上手くいっているみたい。
え、本当かい?
ええ、本当。
然うなんだ。それは、ありがたいな。
おかげで、お肉が食べられる。
これも、女王が残して呉れたから。
本当に頑張ったよね、うさぎちゃん。
……。
お、と……だめだな、うっかりして。
……此処だけの、だからね?
うん、分かっているよ。
……本人は、本来の名前で呼ばれたがっているけれど。
威厳というのが、今は大事だから。
……。
けど、どこかで息抜きをさせてあげたいな。
それは、私も考えているの。
このままだと、本格的に息が詰まってしまうだろうから。
ルナはなんて言ってる?
女王らしくしなさいとは言っているみたいだけど……内心は心配しているみたい。
んー……。
……まこちゃん?
お茶会が出来たら、良いな。
お茶会?
最近、お誕生日だったろう?
でも、なんだかんだで皆忙しくて、お祝いどころじゃなかったからさ。
……あぁ。
それで、好きなものを作ってあげられたらと思っているんだけど……難しいかな。
……調整、してみるわ。
うん……あたしも、出来るだけのことはするよ。
ん……お願い。
ケーキは、何が良いかな。
……まこちゃんが作ったケーキなら、うさぎちゃんはなんでも好きだけど。
チーズケーキでも、作ってみようか。
チーズケーキ?
ぱっと頭に浮かんだんだ。
どうだろう?
ん、良いと思うわ。
チーズケーキも、とても美味しいし。
ん、なら然うしよう。
……。
ちびうさちゃんは、何が良いだろう。
今、離乳食なんだよね。
然うね……柔らかいジュレなんて、良いと思うのだけど。
ジュレか……なるほど。
りんごは、どうかしら。
砂糖を使わないで、りんごの甘さを活かすの。
あぁ、良いね。
出来れば、味見をして呉れると嬉しいな。
私が?
試しに作ってみるから。
だめかな。
私で、良ければ。
では、宜しくお願いします。
はい、分かりました。
ん、なんか責任重大だ。
ふふ、本当ね。
……。
……。
……出来ると、良いね。
然うね……仮令、何も用意出来なかったとしても。
ほんの少しだけでも良い……気晴らしに、なって呉れたら。
……ええ。
……。
……。
家畜小屋……今度、見に行ってみようかな。
一緒に行く?
今度、視察に行くつもりなのだけれど。
良いのかい、一緒に行っても。
ええ、勿論。
まこ……いえ、ジュピターの意見も欲しいから。
然うか……なら一緒に行く、行きたい。
じゃあ、近くなったら声を掛けるわね。
うん、待ってるよ。
……。
……あ。
どうしたの?
お腹が、鳴った。
……。
良かった、聞こえなくて。
……聞こえたと、言ったら?
え。
ふふ……冗談よ。
1日
さぁ、召し上がれ。
熱いから気を付けてね。
うん……いただきます。
あたしも、いただきます。
……。
……。
……枝豆、美味しいわ。
枝豆っておつまみのイメージが強いけど、こんな風に肉と炒めても美味しいんだよね。
きれいな緑も、ちょっとしたアクセントになるし。
同じ緑のお豆でも、グリーンピースだと好みが分かれるのよね。
グリーンピースは食感が大分違って青臭いものもあるから、嫌いなひとから見れば枝豆よりも主張がかなり強めなんだと思う。
枝豆のように、お肉と炒めても結構美味しいと思うのに。
あたしのお勧めは、ポークチャップかな。
ごはんが進む味で、さっと手軽に作れるのもまた良いんだ。
色合いも、きれいよね。
ケチャップの赤とグリーンピースの緑で。
やっぱりね、色合いも大事だからさ。
ふふ……然うね。
ごはんと別にしても良いけど、ごはんに直接のせて食べても美味しいんだ。
お弁当にも入れて呉れたわ。
うん、亜美ちゃんが気に入って呉れたからさ。
だって、美味しいんだもの。
ふふ、だったらまた作っちゃおうかな。
作って呉れたら、嬉しいわ。
よし、それじゃあ作ろう。
豚肉は、疲労回復にも良いからね。
……ん。
……。
……。
ね、亜美ちゃん。
……うん?
良かったら、あたしの分も食べるかい?
え?
枝豆。
ありがとう……だけど、気持ちだけで。
然うかい?
まこちゃんも、ちゃんと食べないとだめよ。
明日も忙しくなるのだから。
はい、分かりました。
……。
ねぇ。
……なに?
ごめんね、食べるのを邪魔しちゃって。
ううん、良いわ。
それで、なぁに?
改めて、思ったんだけどさ。
うん。
亜美ちゃんって、お箸の持ち方がきれいだよね。
枝豆も、難なくつまむことが出来るし。
ありがとう、まこちゃんの持ち方もきれいよ。
お豆だって、問題なく食べているし。
亜美ちゃんは、お箸を持つ手もきれいだ。
ありがとう、まこちゃんの手もきれいよ。
ん、あっさり。
言いたかったのは寧ろ、それ?
んー……どちらも、かな。
まこちゃんは、お箸の持ち方は誰に教わったの?
あたしは、両親。
特にお父さんは、だめな持ち方まで見せて呉れてさ。
ふふ、楽しそう。
うん、楽しかったと思う。
厳しくされたことは、一度もなかったし。
……やっぱり、羨ましい。
……。
聞いておいて……ごめんなさい。
ううん……良いよ。
……。
亜美ちゃんは、誰に教わったんだい?
……私は多分、通っていた保育園で教わったのだと思うの。
多分?
両親に教わった記憶はないから。
……然うなんだ。
そうそう、私ね。
ん、なんだい?
保育園で出されるおやつがあまり好きではなくて。
例えば、どんなおやつが出たんだい?
憶えているのは、真ん中にチーズが入っているお煎餅。
んー、チーズおかきかな。
確か、然うだったと思う。
あたしも食べたことあるよ。
やっぱり、おやつの時間に出たような気がする。
その頃の私はチーズのにおいが苦手でね。周りのお煎餅は食べられるのだけれど、チーズはなかなか食べ進めることが出来なくて。
お煎餅と一緒に食べてしまえば良かったのでしょうけど、一口で食べるには大きくて、かと言って二口で食べようとすると、チーズを中途半端に食べることになってしまう。
だから結局、チーズのところだけいつも残ってしまうの。
でさ、お煎餅と一緒に食べたところで、チーズの風味の方が強いしね。
然う、然うなの。
チーズって独特のにおいがするからさ、小さい頃に苦手なのは分かるんだ。
まこちゃんは、どうだった?
あたしはにおいだけでなく、味も苦手だったかな。
あぁ……分かるわ。
チーズケーキならいつだって、美味しく食べられたんだけどね。
ふふ……お義母さまが作って呉れた?
然う、お母さんの手作りチーズケーキ。
あたしが喜んで頬張っていると、三時の妖精さんが笑いながら見てるんだ。
……今では、まこちゃんが作って呉れる。
……。
……とても、美味しくて。
好きかい……?
……ええ、好きよ。
ありがと……お母さんも、喜んでるよ。
……然うだったら、嬉しい。
なんだったら、お父さんもね。
……お義父さまも?
お父さんも、お母さんのチーズケーキが大好きだったから。
亜美ちゃんも好きだと知ったら……?
……私。
亜美ちゃん……?
……まこちゃんの、ご両親と。
娘がふたりになって、両親は喜んでる。
……あ。
屹度、ううん、絶対にね。
……う、ん。
ん……。
……。
……チーズ。
……。
今では、サンドイッチの具に欠かせないもののひとつだよね。
……ん、然うね。
でも、チーズおかきのチーズはパンに合わないかも知れない。
……。
ん、亜美ちゃん?
……確かに、あのチーズは合わないかも知れないわ。
そんな真顔で。
……チーズにも色んな種類があるものね。
うん、沢山あるよね。
だけと、私……あのチーズだけは、未だに食べたいと思わない。
あぁ……うん、然うだろうと思う。
……。
ところで、そこまで苦手だったのに残すことはしなかったのかい?
ええ……残してはいけないとされていたから。
それは、厳しいなぁ。
食べられない子だって居たろう?
うん……然ういう子は、食べ終わるまでお部屋の隅に。
あ、でも、それは給食だったかも。
どっちにしろ、厳しいよ。
そんなことをしたら、食べることが嫌いになってしまうかも知れないじゃないか。
……それ。
うん?
当時の私は、保育園で出される給食があまり好きではなかったの。
あー……まぁ、然うなるよね。
土曜日のお弁当だけはちゃんと食べていたけど。
ご両親が作って呉れたの?
ううん、お店で買ったもの。
サンドイッチが多かったわ。
そっか。
後になって、母から聞いたのだけれどね。
うん。
同じものばかりではなくもっと違うものも食べさせるようにって、先生に言われたんですって。
だけど私は、その頃からサンドイッチが好きだったから、両親は敢えて持たせていたみたい。
土曜のお昼が毎週同じだとしても、他が同じだとは限らないから。
寧ろ、一週間のご褒美みたいで良いと思うな。
ご褒美……?
然う、一週間を頑張ったご褒美。
若しかしたら、本当に然うだったかも知れないよ。
ん、どうかしら……でも、然うかも。
ともあれ、然ういう日もなくちゃね。
お弁当、或いは家での食事なら……無理して食べる必要がなかったから、意識せずに食べられたの。
だから、食べることを嫌いにはならなかったんだね。
……好きにも、ならなかったのだけれどね。
出逢った頃の亜美ちゃんは、ごはんを食べることよりもお勉強する方が好きだったもんな。
ふふ、今となっては懐かしいや。
そんな保育園だったから、お箸の使い方も園児に教えたかも知れないわ。
ご両親には言われなかったんだね。
父は兎も角、母に言われたことはないわ。
マナーは?
マナーは少し。
私が、外で恥をかかない程度に。
……。
まこちゃん?
お義母さんと食事に行く時、慣れないうちは緊張してたなって。
マナーとか、服装とか。なんせ、行ったことがないようなお店ばかりだったからさ。
あぁ……母はいつも突然で、まこちゃんを困らせてばかりいたわね。
困ってはいないんだけど、どきどきはしてたかな。
慣れたら……いや、やっぱり完全にはなくならなかったかも。
それを困らせていると言うの。
ふふ、はい。
……まこちゃんはすっかり、母に気に入られて。
亜美ちゃんがお義母さんに大事にされていたことが分かって、本当に嬉しかった。
……。
ごめん、いい加減食べることに集中しようか。
……然うね。
……。
……日が暮れていくわね。
うん……もう直ぐ、沈むよ。
……ねぇ、まこちゃん。
なんだい?
ほんの少しだけ、部屋の明かりを消してみない?
え?
この一瞬の空の色を見る為に。
あぁ……良いね。
……それから。
それから……?
……ううん。
そっか……明かり、消すよ。
……うん。
……。
……。
どうだい?
……きれい、ね。
どれ、あたしも……あぁ、きれいだ。
……お昼が、夜に溶けてゆく。
あぁ……もう直ぐ、夜に染まる。
……外で、見たいわ。
外……?
……窓枠に、遮られることなく。
行ってみるかい……と、言いたいところだけれど。
うん、分かってる……それは、治ってから。
……ごはんも食べ終わってないしね。
ん……。
……。
……あぁ。
……?
……。
亜美ちゃん……?
ね……まこちゃん、見て。
どこ……?
町の、明かり。
……あ。
まだまだ、暗いけれど……でも、それでも。
……こちらも、きれいだ。
うん……本当に。
……これも、見たかったのかい?
……。
……そっか。
この光を……もっと。
……然うだね。
……。
漸く、夜の町に明かりが灯るところまで来た。
……これで、安定して呉れれば。
あともう少しとは、未だ言えないけれど……。
……でも屹度、必ず。
うん……必ず。
……。
……。
……スリープから目覚めた時、目の前にある世界はかつての姿と全く違うものになっていた。
発電所なんて、当然、なくなっていて。
……話には、聞いていたけれど。
まさに、人類の文明が滅びた後だったね。
ええ……人類が居ないと、この星はこうなるのだと。
寧ろ、本来の姿に戻っただけなんだ。
ん、然うね……緑が、何処までも広がっていて。
……昔の地球を、思い出したよ。
昔……前世。
……緑が溢れる星だった。
……。
良かったのか、分からないけれど……。
……私達がすべきことは、今の人類がまた、この星で生きていけるように。
少しでも、手を尽くすこと……女王と共に。
……。
……。
……明かり、そろそろ。
もう、良いかい?
……ん、ありがとう。
どういたしまして。
……。
……素麺、すっかり伸びてしまったかな。
ごめんなさい……私が余計なことを言ったから。
ううん、あたしも話しかけていたし……おあいこだよ。
……鶏肉、香ばしくて美味しいわ。
皮、上手く焼けたと思うんだ。
うん……上手に焼けてる。
ふふ、良かった。
……。
……亜美ちゃん、食べたら。
うん……お薬を飲んで、休むわ。
……ん、分かった。
……。
蝉、いつの間にか静かになったね。
……さっきまで、鳴いていたのに。
明日になれば、また鳴くさ。
……喧しいくらいに?
まさに、蝉時雨。
……ふふ。
早く、亜美ちゃんと外に行けるように。
……。
行けるようになったら……夕方、ヒグラシの声を聞きに行こう。
そして夕焼けと、夜に染まる空を見よう。
……ミンミンゼミとアブラゼミは?
それは……暑くない日に。
……そんな日、ある?
多分、ないと思う。
……なら、日陰で。
あと、日傘も必須かな。
……帽子も?
うん、帽子も。
なら……まこちゃんに貰った緑の帽子を被っていこうかしら。
うん、あの帽子を?
……前のは、無くなってしまったけれど。
……。
新しいのを、貰ったから。