日記
2025年・4月
3月 2月 1月 12月 11月 10月 9月 8月
3日
-心の糧、心の在り処。(前世・少年期)
……焦らないで、ゆっくりと。
うん……。
煮込まれてはいるけれど、そのまま飲み込んでしまわないように……良く噛んでから、ね。
……ん。
……。
……へへ、美味し。
口の中、染みない……?
うん、平気……全然、染みない。
然う……良かった。
ね、メル。
うん?
もっと、もっと。
ふふ……うん。
へへ。
はい、ユゥ……あーん。
あー……。
……。
……ふふ、美味しいな。
今更だけれど、味付けは大丈夫……?
丁度良くて、とっても美味しいよ。
ね、この野菜汁はメルが作って呉れたんだよね?
うん……一応。
ありがとう、すごく嬉しい。
……ユゥに習っておいて、良かった。
ね、邪魔はされなかった?
……邪魔?
師匠に。
……お師匠さんに?
師匠のことだから、しそうだなって。
作っていたら、いつの間にか隣に居たんだろう?
……。
邪魔、された?
……邪魔はされなかった、けど。
けど、何?
やっぱり、何かされた?
……味見を。
味見?
……味見を、して呉れたの。
屹度、匂いに釣られて来たんだ。
気付いたら、隣に居たから……私、吃驚してしまって。
吃驚して、怪我するようなことはなかった?
ん、平気……ただ、吃驚しただけだから。
そっか、良かったよ。
若しもメルが怪我をしていたら、あたし。
寧ろ、お師匠さんが来て呉れて良かったと思っているの。
……どうして。
ひとりで作っていたから……自信が、なくて。
自信なんて……メルが作るごはんは、いつだって美味しいよ。
うん、ありがとう……ユゥ。
……本当だよ。
うん……。
……。
……私が、気が付かなかっただけなの。
……。
怪我もしなかったし……だから、ね?
……今回は、怪我をしなかったから。
ん……。
……メル、もっと食べたい。
うん……はい、ユゥ。
……。
……あのね。
ん……なに。
私があまりにも吃驚していたものだから……お師匠さんが笑いながら、あたしに気付かないくらい集中してたんだなって。
よくもそんなことを……多分、気配を殺してメルに近付いたくせに。
でも私、本当に集中していたと思うから……。
後で言っておくよ、メルを吃驚させるなって。
ううん……良いの。
駄目だよ、ちゃんと言わないと師匠は調子に乗るから。
来て呉れて良かったことと驚かしたことは、別問題だ。
集中していたメルを驚かさないようにすることだって、師匠は出来た筈なんだ。
……。
本当、師匠は直ぐに調子に乗るんだよ。
先生に何度も言われているのに、全然、直そうとしなくてさ。
……直ぐに調子に乗るのは、ユゥも。
ね……師匠がしたのって、味見だけ?
……え。
他に、何かされなかった?
……他?
然う、他。
……。
若しかして、何かされたの?
何をされたの?
……良い匂いで腹が空いた、一杯だけで良いから食いたいって。
は?
だから、その……多めに作ったし、一杯だけならって。
食べたの?!
お野菜も、お師匠さんから分けて頂いたものだし……。
メルが、あたしの為に作って呉れたものなのに!
う、うん……。
師匠め……やっぱり、それが狙いだったんだな。
でも、本当に多めに作ったから。
……。
未だ、残っているし……お師匠さんのこと、あまり責めないであげて。
……メルがあたしの為に作って呉れたごはんを、あたしよりも先に食べたのが嫌だ。
それは、私が悪いの。
私が、一杯だけならって。
ううん、メルは悪くない。
……お師匠さんも。
師匠も、悪くない……あたしが、嫌だってだけだ。
ユゥ……。
……そもそも野菜だって、あたしがほぼほぼお世話しているのに。
……。
それなのに。
……ねぇ、ユゥ。
何、メル。
実は、ユゥに確認しようと思っていたことがあるの。
……?
なんだい?
頂いたお野菜のことなのだけれど……。
うん。
ユゥがお世話しているものではなくて、お師匠さんが別に作っているものだと言っていたの。
……別に?
お師匠さんが別に作っているお野菜があったなんて……私、知らなくて。
頂いたお野菜は、ユゥがお世話したものだと思っていたから……。
……そんなの、あったっけ。
ユゥも、知らない?
知らない……それ、どこにあるって?
……曰く、秘密の場所。
秘密の場所?
何処かは未だ、内緒だと……私、ユゥは知っているものだと思っていたから。
知っていたら、メルに話すよ。
……然う、よね。
秘密の場所って、なんだそれ……本当にあるのか。
あると、思う……。
……どうして、然う思うの?
お師匠さんは……多分、そんな嘘は吐かないと思うから。
然うかなぁ……師匠、メルをからかうのが好きだからな。
……。
ん、メル?
……然うなの?
え?
お師匠さん……私のこと、からかうのが好きなの?
……曰く。
曰く……?
……可愛いから、つい構いたくなるって。
……。
止めろって、あたしは言っているんだよ。
けど、全然聞いて呉れないんだ。
……ううん、止めないで良い。
へ……。
……。
メ、メル……?
……その、私も嫌ではないから。
え……っ。
……。
メ、メル、そ、その顔、な、なに……?
……え?
ど、どうして、そ、そんな、う、嬉しそうなの……?
……私、嬉しそう?
う、嬉しそう、だひょ……?
……だひょ?
あ、あたしと居る時よりも……。
……そんなこと、ないと思うけど。
そ、然うかな……そ、然うだ
……。
……だめだ。
え、何が……?
……メルは、あたしのだ。
ユゥ……?
……師匠には先生が居る、師匠になんて。
ユゥ、何を言っているの……?
……だけど。
ユゥ、落ち着いて……ね?
……師匠の方が、メルは。
ユゥ。
……ぅ。
勘違い、しないで?
……メル。
もぅ……ユゥは。
……うん、ごめん。
……。
……秘密の場所、どこにあるのかな。
先生なら知っていると思うけれど……屹度、教えて呉れないわ。
然うだよね……。
……此処から離れているのかしら。
うーん……なんとなくだけど、そんなに離れてはいないような気がする。
師匠がわざわざ、「畑」を遠くにこさえるとは思えない。お世話は毎日するものだから。
……先生が関わっていたら、毎日でなくても良いかも知れない。
んー……それは、然うなんだけど。
……意外と、近くにある?
然うかも知れない……だけど、何処か分からない。
……いつか、教えて呉れるのかな。
今はって言っているのだから、師匠はそのつもりかも知れないけど……師匠のことだから、当てにならない。
……。
……まぁ、良いか。
良いの?
うん、気に入らないけど、今はどうしようもないし。
……。
それに、今はそれよりも。
……ん。
メルのごはんが、食べたい。
もっと、食べたい。
……うん。
ね、メルも食べよう?
一緒に食べよう?
私が食べたら、
メルが一緒に食べて呉れるのなら、自分で食べるよ。
……腕、痛くない?
少し痛いけど、大丈夫。
……私は、ユゥが食べてからにする。
な、ならさ。
……?
此処で、食べて?
……ん、分かった。
やった。
……ふふ。
メル。
ユゥ……はい、どうぞ。
ん……。
……どう?
うん、やっぱり美味しい。
メルが作って呉れるごはんは、いつだって、美味しい。
……ありがとう、ユゥ。
あたしこそ、ありがとう。
ごはんを作って呉れて、傍に居て呉れて、ありがとう。
……。
メルが居て呉れるから、先生の薬茶を飲むことが出来るんだ。
……先生が、傍に居て呉れるからではなくて?
先生が居て呉れるのも嬉しいけど、メルが一番なんだ。
……私。
メル……?
……本当は、薬茶を煎れてあげたいの。
薬茶?
……その為に、先生に習っているんだけれど。
……。
誰かに煎れてあげる程の知識と技術は、私には未だないって。
……然うなんだ。
だけど……だけと、いつか。
楽しみにしてるね。
……楽しみ?
うん、楽しみ。
……薬茶なのに?
薬茶だけど……メルが煎れて呉れたのなら、我慢しなくても飲めそうだから。
それは……ないと思う。
やっぱり、苦い?
……薬茶だから。
ん、そっか。
……先生が煎れて呉れる薬茶は、ほんのりと甘いでしょう?
うん、ほんのりとだけど。
……それが、分からないの。
分からない?
……確かに、何かを入れていると思うのだけど。
教えて呉れないの?
……今は、未だ。
どうしてだろ……。
……基礎を身に着けるのが先か、或いは。
自分で見つけろ……?
……薬でそれはないと思うのだけれど、ひとつ間違えれば、毒にもなってしまうし。
うーん、そっか。
毒になっちゃったら、大変だもんなぁ。
教えられたまま煎じても、甘みは出ない……そんな成分は、含まれていないから。
……。
全ての薬茶に甘みを加えられるわけではないと、先生は言っているのだけれど……ユゥが飲んでいるものには、加えられる。
師匠が薬茶を飲む時は、いっつも、顰め面をしながら飲んでるよ。
渋くて、苦いって。仕方ないから、飲んでるって。
お師匠さんが飲む薬茶には甘みがない……それは、わざと?
それとも、甘みを加えられない……?
そういや、先生が言ってたなぁ。
なんて?
あなたには渋くて苦いものでなければ、効果がない。
だから、甘みは必要ないって。
……あぁ。
文句を言いながらも、残さずに飲んでいるけど。
残したら、先生に相手をされなくなってしまうってのもあると思うんだ。
……やっぱり、ユゥのだけが特別。
メルだって、いつか煎れられるようになるよ。
だって、一所懸命にお勉強してるんだからさ。
……なると、思う?
思う!
メルなら屹度!
……。
メルが煎れて呉れる薬茶、楽しみだ。
……楽しみにするものではないと思うけど。
先生の薬茶も良いけど、メルのも飲んでみたいんだ。
……薬茶なんて、本当は飲む必要がない方が。
だけど、今は。
……あ。
メルのごはんが、一番の薬だ。
……。
お代わり、いーい?
ん……良いわ、ユゥ。
えへへ、ありがと。
2日
……本当に、「ジュピター」は治癒力が高いわね。
お腹の中、大丈夫そう……?
ごはん、食べても良さそう……?
まぁ……お腹に優しいものなら、ね。
なら……野菜の旨煮汁を食べる、食べたい。
ええ、それなら良いわ。
だけど、多くはだめよ。
ん、分かった。多くは食べない。
然うね……食べても、お椀一杯くらいかしら。
それだけでも、十分だよ。
煮込まれてはいるけれど、良く噛んで食べること。
良いわね?
はぁい。
うん。
ふふ、メ……マーキュリーと一緒に、朝ごはんだ。
その前に、薬茶。
……はぁい。
私は、薬茶を煎れるから。
あたしは、朝ごはんの支度を。
無理のないようにね。
ん、無理だけはしないよ。
出来る範囲で、やるんだ。
然うして。
薄麦餅、食べるかい?
いいえ、今朝は良いわ。
でも、食べたくない?
あなたが未だ、食べられないから。
あたし?
どうせ食べるのなら、あなたと食べるわ。
マーキュリー……。
明日の朝には、食べられるかもね。
腕の管も、今夜のうちに外そうと思っているし。
うん……屹度、食べられるよ。
その為にも、大人しく静養していること。
少しくらいなら、躰を動かしても良いかな。
じっとしていると、
くれぐれも、無理をしない程度で。
然うでなければ、許可はしない。
分かった。
なら、鍛錬と散歩くらいにしておく。
軽度の、ね。
うん、軽度の。
散歩の範囲は、私の部屋からあなたの部屋まで。
何かあった時に、休めた方が良いから。
ん、分かった。
何かあったら、直ぐに連絡を。
一応、対応出来るようにはしておくから。
マーキュリーが対応して呉れるの?
時と場合による。
そっか、マーキュリーは忙しいもんね。
然うよ、私は忙しいの。
ね、お昼ごはんのお知らせはしても良いんだよね?
どうぞ、応じられるかどうかは分からないけれど。
一緒に食べよう?
薬茶も飲まないといけないし、ね?
飲みたいの?
飲みたくないけど、飲みたい。
ふふ、何よそれ。
マーキュリーがお昼ごはんを食べに来て呉れるのなら、あたしは喜んで飲むんだ。
あくまでも、あなたの躰の為なのにね。
へへ。
なんにせよ、聴取したものをまとめたら戻ってくるから。
それだったら、此の部屋でやっても良いんじゃないかな。
然うしたら、
言ったでしょう?
私は忙しいの、他にもやらなければいけないことがあるのよ。
あたしが読み終わるのは……待ってられない?
待ってられないわね。
そっか……。
此処で他の仕事をするかも知れないけれど、邪魔だけはしないで。
うん、分かっ……え?
あくまでも、かも知れないと言うだけ。
未だ、然うと決まったわけではないわ。
大丈夫だよ、邪魔はしない。
あたしも、集中して読まないといけないし。
然う?
なら、良いけれど。
ただ、気になったことは口に出して言うかも知れない。
それなら、構わないわ。
気が散らない?
あなたの場合、忘れてしまう可能性も無きにしも非ずだから。
寧ろ、聞かせて。書き留めておいて、読み終わった後に改めて聞くから。
ん、分かった。
読んでいる最中に浮かんだ意見や疑問の方が、時に重要だったりするのよね。
然うなの?
然うなの、特にあなたはね。
マーズも、然う?
どうしてマーズ?
ん、なんとなく。
マーズは違うわ。
彼女は読みながら頭の中でまとめていくから。
然うなんだ……だけどさ、あたしも出来ないわけでは。
あなたも出来ないわけではないのだけれど、それでもぽつぽつと抜けてしまうことがあるでしょう。
マーズには、それがないの。
……ぐぅ。
お腹空いたの?
ん……ちょっと空いてきた。
ともあれ、此の部屋で仕事をすると決まったわけではないから。
若しもひとりで読むことになったら、自分で書き留めておいて。
……。
聞いてる?
……うん、聞いてる。
期待は、しないでね。
……少しだけ、してる。
少しだけに、留めておいて。
……ん。
読み終わってからの所見も、ちゃんと聞かせてね。
うん、勿論。
……ところで。
……。
何を見ているの?
マーキュリーが薬茶を煎れているところを見てる……。
……初めてではないでしょう?
然うなんだけど……手つきが、好きなんだ。
手つき、ね……。
……すごいなぁ。
先代のは?
……先生?
好きだった?
先生が煎れて呉れるところは、あまり見られなかったから。
いつも煎れて持って来て呉れるんだ。それで、あたしが飲み終わるまで待ってて呉れる。
……。
先生は、いつだってにこにこと笑っていたよなぁ……あたしが薬茶を飲むの、面白かったのかな。
……聞いてみれば良かったのに。
今思えば、然うなんだけど……あの頃は、聞けなかったんだ。
……胸が高鳴ってしまって?
先生が見ているから、残さずに飲まないとって……。
……私は、居た?
うん、居たよ。ちゃんと、憶えてる。
……私は、どんなだった?
あたしが飲んでいる間、メ……マーキュリーは、ずっとあたしの傍に居て呉れたんだ。
時には、手も繋いで呉れて。頑張って飲んでるあたしを、励まして呉れた。
だから、あたしは残さずに飲めた。どんなに渋くて苦くても、一滴も残さずに飲めたんだ。
……。
あれ、違ったっけ……ううん、違わない。
メル……マーキュリーのことは、良く憶えているんだ。
……先代が傍に居て呉れたからではないの。
先生が傍に居て呉れたのも嬉しかったけど、だけどやっぱり、メルが居て呉れたのが一番だよ。
ふぅん……然う。
うーん、薬茶の独特なにおいがしてきた。
……ごはんの匂いと混ざらない方が良いかも知れないわね。
乾燥物を戻すのは、もう少し後にするのよ。
……ん。
……。
はい、ジュピター。
うん、マーキュリー。
熱いから、気を付けて。
ん、気を付ける。
……。
ん、マーキュリー?
見ていようと思って。
そっか、じゃあ見てて。
……あなたの面白い顔を、ね。
え。
……。
んー、まぁ良いか。
……ええ、良いの。
よし。
……。
……。
……どう?
うん……今日も、渋くて苦い。
然うでしょうね。
だけど。
……だけど?
ほんの少しだけ、甘いような。
気のせいだと思うわ。
気のせいかな……。
……飲めそう?
うん、飲めるよ。
……。
……。
……ふふ。
え、なに?
……確かに、面白いわね。
そ、然うかなぁ。
……表情筋が柔らかくて、豊か。
ひょうじょうきん?
有体に言えば、顔の筋肉。
顔にも筋肉ってあるの?
あるわよ。
へぇ、然うなんだ……。
表情筋がなければ、表情なんてものはないの。
え、と……。
例えば、口角。どうやって動かすの?
何が、動かしているの?
……あ、そっか。
表情筋と言うけれど、眼や鼻の開閉、飲む、食べる、吹く、話すなどの動きにも関わっているから。
それがなければ、目を開けることも食べることも、話すことだって出来ないわ。
……。
あなたは……ジュピター?
……ん?
私の顔を見て、何を考えているの。
今朝のマーキュリーは、良く笑って呉れて嬉しいなぁって。
……本当に?
うん、本当。
おかげで、薬茶の苦味が気にならない。
……先代と、重ねていたわけではないの。
先生と?
重ならないよ、マーキュリーはマーキュリーだし、先生は先生だ。
……。
似てるなって、思うことはあるけど。
……似てるかしら。
うん、似てるよ。
……。
あとね。
……何。
マーズに、表情筋はあるのかなって。
……あるに決まっているでしょう。
うん、然うだよね。
何を言っているの。
マーズの表情筋、特に眉間のが凄そうだな。
……ジュピター。
いや、いつも皺が寄っているからさ。
だから、皺が取れなくなっちゃうんじゃないかなって。
心配しているの?
心配ではなくて、もっと楽な顔をすれば良いのにって。
……それは、心配ではないの?
心配とは、ちょっと違うんだよなぁ。
いつも厳しい顔をしているから、なんだか疲れてしまうだろう?
ジュピターが?
あたしだけじゃない、他のひとも。
私は、別に疲れないけれど。
あれでは……ちびは、懐かない。
……ちび?
師匠と先生は、にこにこしてたろう?
……していたかも知れないわね。
ふたりがいつも厳しい顔をしていたら、どう思う?
……どうって。
張り詰めているようで、あたしはやだな。
気が休まらなくて、疲れちゃうよ。
……。
いつか、プリンセスが生まれて……マーズが眉間に皺を寄せるような厳しい顔ばかりしていたら。
守護神の使命は果たせるかも知れないけれど、プリンセスが懐かないかも知れない。
……。
心を、開いて呉れないかも知れない。
……あなたは、開けなかったと言うの。
あたしは……いや、あたし達は、此処まで心が育たなかったかも知れない。
……。
うん……然う思うと、笑っている方が良いような気がする。
笑うってことは、先ず、口の両端を上げなきゃいけないだろう?
マーズは、そこが豊かじゃない気がするんだ。
……マーズは、兎も角として。
ヴィーナスは、緩すぎる。
……それ、あなたが言えるの。
え?
あなたも、大概だと思うけれど。
あたし……あたしは、あそこまででは。
……今も、緩んでる。
……。
薬茶を飲んでいると言うのに。
……マーキュリーが居て呉れて、笑って呉れていて、嬉しいから。
……。
ほら、見て。
もう、飲み終わりそうだ。
……一滴も残さずに?
うん、残さずに。
飲み終わったら、朝ごはんの支度を進めるね。
……。
……。
……ねぇ、ジュピター。
なんだい、マーキュリー。
……鍵のことだけれど。
鍵……あぁ、あたしの部屋の鍵を変更して呉れたんだっけ。
ごはんの後に教えて、ちゃんと憶えるから。
それは未だ、していない。
ん?
……先生の。
あぁ、先生のか。
それがどうしたの?
……やっぱり、大したことなかった。
はは、然うだねぇ。
……先代の日記は、見つかったけれど。
うん、後で読もうと思う。
……。
マーキュリー?
……あなたが飲んでいた薬茶、それを煎れる為の生薬の名前と番号。
……。
とても簡単な鍵だったのに……あなたに言われなければ、私は気付けなかった。
……わざと、じゃないかなぁ。
わざと?
然う、わざと。
マーキュリーはわざと、昔のことを忘れようとしているから。
……それを予見していたと言うの。
先生だったら、出来そうな気がする。
……若しも私が、忘れようとしていなかったら。
気付いていたと思う。
然うしたら、マーキュリーはひとりで解けた。
……。
あたしは、気が付いたけれど……生薬の本当の名前と番号までは、知らなかったから。
……違う。
うん?
仮令、忘れていなくても……あなたが居なければ、私は解くことが出来なかった。
何故なら……私は、お師匠さんが名付けたあの生薬の別の名を知らなかったから。
……。
だから……あなたと私で、ふたりで解くように。
……ふたりで。
……。
……生薬、師匠が育てていたんだ。
ええ……知っているわ。
軽い気持ちで、然うすれば良いって……師匠なら、言うかも知れない。
……それに、先生が乗ったと。
うん……多分、だけれどね。
……。
……良く、撮れていたね。
あんなものに……鍵を閉めておくだなんて。
……大事だったのかも知れないよ。
と、言うより……ただの、嫌がらせよ。
嫌がらせ……?
……私に、メルを忘れないようにさせる為の。
……。
……やっぱり、不良品なんだわ。
あのふたりで、良かった。
……。
……あのふたりが、不良品で良かった。
ジュピター……。
……でなければ、あたし達は。
私は……。
……マーキュリー。
……。
飲み終わったから、朝ごはんの支度をするよ。
ジュピター。
……ん?
あの記録は……。
……出来れば、消さないで欲しい。
……。
だけど……マーキュリーにとって、必要がないものなら。
……取っておくわ。
……。
あなたの……心の薬として。
……心の薬。
然う……。
……マーキュリーにも、効くと思う。
……。
効けば……良いな。
……私は。
氷が融けたところで……傷が、治るわけではないから。
……。
取り敢えず、朝ごはんを食べよう?
……うん。
マーキュリーは、何を食べる?
……あなたと同じものを。
あたしと?
……然う、あなたと。
ん、分かった……なら、二人分の支度を。
……。
……。
……命の望みの、喜びよ。
うん、なに?
……。
マーキュリー……どうしたの?
……ううん、なんでもないわ。
なんでもない……?
……なんでもないの。
そっか……。
……背中に手を回さないで良いから。
え、どうして分かったの……?
……分からないとでも、思ったの?
お、思わない……かな。
……でしょう?
はは……。
……私もするわ、支度。
じゃあ……ふたりで、しようか。
……ん。
うん……それじゃあ、改めて今日を始めよう。
1日
……ふ。
……。
うで……。
……。
……いつのまに。
……。
ね……痺れても、知らないわよ。
……。
良く、眠っているようだけれど……息は、浅くない。
……。
ね……あなたは、眠っているのよね?
……メ、ル。
……。
メル……まっ、て。
……夢?
どこ……。
眠りの妨げになってしまうから、寝言と会話をしてはいけない……然う、教えられたけれど。
ん……。
あなたは、寝ていても……私を、呼ぶのね。
……。
子供の頃から……然う。
……メル。
ここに。
……。
私は、此処に居るわ……ユゥ。
……。
此処に、居るの……。
……よかった。
あ……。
へへ、つかまえた……。
……。
今だけは、離さないんだ……。
……また?
うん……?
……また、寝たふり?
……。
……いつから?
ん、と……メルが、頭の位置を直したくらいから。
……。
ちょっとだけなら、良いかなって。
……それでまた、あんな子供染みたことを?
うん……。
……。
流石に、呆れた……?
……目覚めないよりは、良いわ。
え……?
……寝たふりを続けようとは、思わないのね。
あー……うん。
どうして?
続けたところで……今のメルだと、敢えてそのままにされそうだし。
それは、それで、寂しいし……。
……ん、ユゥ。
だったら、さっさと止めて……こんな風に。
……こんな風って?
お話したり……ほっぺたとか鼻とか、くっつけたり。
……腕枕をしたり?
へへ……。
……腕は、痺れてない?
ん、平気だよ……。
一度、起きたのよね?
いつから、して呉れていたの?
それがさ、憶えていないんだ。
……憶えていない?
起きた記憶がないんだ……だから、寝ている時にしたんだと思う。
……。
メルは、憶えていない?
……目が覚めたら、あなたの腕が私の頭の下にあったんだもの。
そっか……じゃあやっぱり、寝てる時にしたのかな。
……本当に、憶えていないの?
うん、憶えてない。
……。
メルは、寝辛くない?
……大丈夫、だけれど。
ん?
……本当に、痺れていない?
うん、本当に平気だよ……。
……長い時間では、ないのかしら。
ん……然うかも。
……。
ね……久しぶりだね。
……こんなことはもう二度と、して貰うつもりはなかったのに。
たまには、良いと思うんだけどな……その、務め以外でも。
務めではないのに……好きでもないあなたに、腕枕をして貰うだなんて。
……。
ふふ……なぁに、その顔は?
……メルは、その。
あなただけだと、言った筈だけれど。
……う。
まぁ……たまになら、ね。
……う?
良く眠れるのなら……しても、良いかも知れない。
……あたしは、良いよ。
あなたは、ね……私と眠れるのなら、それで良いのでしょうし。
……務めは、やだな。
それは……諦めて。
……ううん、諦めないよ。
然う言うと、思った……。
ね、メル……今夜は。
今夜は……あなたと、此処で。
……良かった。
……。
ね、起きた方が良い……?
ううん……起きるには、未だ早いわ。
じゃあ……未だ、一緒に居られる?
……居てあげても、良いけれど。
なら……居て。
……その様子だと、もう眠りそうにないわね。
もう、いっぱい眠ったから……。
……良く眠れた?
ん、眠れたよ……。
……。
メルが隣に居て呉れると、あたしは良く眠れるんだ……。
……メル、ね。
ん……?
……マーキュリーでは、良く眠れない?
え……。
……マーキュリーだと眠れないのなら、
眠れるよ。
……けれど、メルの方が良く眠れるでしょう?
変わらないよ。
……。
変わらない……。
……でも、明らかに。
ん……メル。
……今の方が、安心しきっている。
……。
あなたが好きなのは、マーキュリーではなく……メルなの。
そんなこと……。
……マーキュリーでは、だめなのよ。
そんなことは、ないよ。
……。
あたしにしてみれば……ただ、呼び名が違うだけ。
ただ、それだけのことなんだ。
……本当に、それだけかしら。
で、なければ……あたしはマーキュリーと、こんな風には過ごせない。
過ごしたいとも、思わない……だって、あたしは。
……。
マーキュリーでなければ……心が、受け付けないから。
……心。
心が受け付けなければ……躰だって、受け付けないんだ。
……。
こんな近くで……唇が触れ合うくらいの距離で……居られるのは、マーキュリーだけなんだよ。
……私は、変わっていないの。
メルは確かに、マーキュリーになったと思う。
……ただ、名前が変わっただけだと言うの。
名前が変わったと、言うより……然う、名前がふたつあるんだよ。
……。
だからさ、メルが居なくなったわけじゃないんだ。
マーキュリーはメルで、メルがマーキュリーってだけなんだよ。
……名前が、ふたつ。
ひとは、心と変わってゆくものだけれど、だからと言って、別人になれるわけじゃあない。
名前が幾つあろうとも、それこそ変わろうとも、魂が変わらない限り、同じであり続けるんだ。
変わりゆく心をひとつだけ持っている、ひとりのひとでしかないんだよ。
……つまり、何処まで行っても同じということなのね。
うん……あたしは、然う思ってる。
……。
心は変わってゆくものと言ったけれど……変わらないものも、ある。
あたしにとっては、それは……。
……あなたの中ではずっと、私はメルのまま。
……。
それと同じように……あなたも、私の中では。
……あたしは、メルの心の中に居るの?
……。
あたしは、ユゥ……今は、ジュピターって名前も持ってる。
本当のことを言えば、そんな名前は欲しくなかったけど……でも。
……ジュピター。
メルと……マーキュリーと、お揃いになる為に。
……お揃い?
あと……同じ場所に居る為に、同じ場所で生きる為に。
あたしは、その名前を受け継ごうと……ジュピターになろうと、決めた。
……。
……あたしはあたしのままだよ、マーキュリー。
知っているわ……。
……ん。
知らないわけ、ないじゃない……。
……そっか。
然うよ……ばか。
へへ……うん。
……。
……朝ごはん、メルと食べられるかな。
起きたら、診てみるけれど……食べられたら、良いわね。
うん……食べられたら、嬉しい。
食べられるようになれば、薬茶は……今日の夜からは、ほんのり甘いものに変更しても良いかも知れない。
え、本当?
まぁ、それでも苦味がなくなるわけではないのだけれど。
……うん、然うだよね。
ほんのり甘いのだから……苦くても、飲みやすいでしょう?
複雑な味、なんだけど……苦味が残らない分、飲みやすいかな。
先代は、腫れが原因で熱を出したあなたに、熱冷ましの薬茶を煎れていた。
……え?
それは苦さの中に、ほんのりとだけれど甘みがあった。
違う?
……ううん、違わない。
本当は、薬茶に甘みなんて必要ないのだけれど……子供のあなたが、少しでも飲みやすいようにと。
……先生が、考えて呉れたんだ。
あのひとは……あなたが、可愛いみたいだったから。
……。
何を思い出しているの?
……え、いや。
それとも、何か思い出した?
……先生も、優しかったなって。
それだけ?
そ、それだけって……?
……。
メ、メル……?
……昔話なんて。
……。
……したくは、ないのに。
聞きたい……聞かせて欲しいな。
……。
だけど、嫌だったら……。
……昔の私は。
……。
少しでも早く、薬を煎じられるようになりたかった。
ジュピターに……ユゥに、薬茶を煎れてあげたくて。
……メルが煎れて呉れた薬茶も、ほんのりと甘かった。
……。
とても優しい、甘みだった……良く、憶えてる。
薬は、躰に影響を及ぼすもの……毒にだって、なり得る。
だから、何度も、何度も、先代にそれでは駄目だと言われ続けて。
けれど、メルはちゃんと煎じることが出来るようになった。
お勉強を、ずっと、頑張っていたから。
……あなたも、知っていると思うけれど。
……。
本来、私達の躰には生薬を煎じた薬茶なんて必要ない。
……本来は食物と同じように、造られた「薬餌」を飲めばそれで良い。
だから、生薬は必要ない……生薬なんて、煎じられなくても良い。
それよりももっと効率の良い、「薬餌」があるのだから。
……。
だけれど……「マーキュリー」は、生薬を作り続けている。
適切な薬を煎じられるように……その知恵を、繋ぎ続けている。
……うん。
生薬は……「ジュピター」に、協力して貰って。
それは……食べ物と同じ考え方、なのかな。
……然うかも知れない。
薬茶を飲むのは……今では、ジュピターとマーキュリーだけだ。
……。
少なくとも、あたしは……造られた「薬餌」を飲むことが出来ないから。
……あなたの先代も、然うだったらしいわ。
師匠も……?
……似ているわね。
メルも……。
……。
……メルも屹度、先生のように。
次代を、私が育てることはないかも知れない。
……。
それでも……繋がってきたのだから。
……あたしは、次代を育ててみたい。
ユゥ……。
……メルと一緒に。
あの家で……?
うん……あの家で。
……。
……難しいかな。
とても。
……けど、叶えたい願いを持つことは悪いことではないだろう?
守護神としては……悪いことね。
今は、クイーンに……そして、いつか生まれてくるプリンセスに。
守り、尽くすのが……私達の使命、だから。
叶えたい願いなんてものがあったら。
……使命を果たすのに、邪魔になるだけ。
でもあたしは……願いを諦めない、手放さない。
……あなたは。
メルのことを、絶対に。
……。
生きている限り……此の命が、此処に在る限り。
……諦めて呉れたら。
ごめん……それは、どうしても出来そうにないんだ。
……私も、諦められたのに。
……。
……ねぇ、ジュピター。
メ……なんだい、マーキュリー。
……あの家に、ふたりで帰ることが出来たら。
取り敢えず……ごはんでも、食べようか。
……手入れがされていないから、難しいと思うわ。
作って、持って行けば良いさ……。
……乾燥物でも、良いと思うけれど。
なら、それも持って。
……。
……楽しみにしてる。
私の分まで。
……。
……いえ、私も。
ん……。
……。
……然うだ、メル。
なに……?
今、見られないかな。
……何を。
先生が遺して呉れたの。
……。
寝台の中で……は、だめかな。
……別に、構わないわ。
なら……。
……少し、待っていて。
うん。
……。
……。
……え、と。
ん……?
……此れよ。
此れ?
此処を開こうとすると……こうなるの。
……あー、なるほど。
どう……?
……然うだな。
分からないなら、分からないで良いのだけれど。
ちょっと待って……なんとなく、憶えがあるような気がする。
……。
……えーと。
今、思い出せなくても……。
……あ、然うだ。
思い出せたの?
多分、だけど。
……何?
耳……良い?
……。
此れは、多分……。
……は。
だと、思うんだ。
……そんなこと?
うん、そんなこと。
……。
だけど……先生にとっては、大切なことだったのかも知れない。
……取り敢えず、入力してみるわ。
うん、してみて。
間違えていたら、ごめんね。
それは、別に……。
……。
……開いた。
やった。
……先生。
うん?
……あのひとは、本当に。
……。
……最後まで、遊んで。
此れ、多分だけど師匠も絡んでると思う。
……お師匠さんも。
本当……最後まで。
……。
見てみよう……メル。
……恐らく、大したものはないと思うのだけれど。
寧ろ、その方があのふたりらしいかな……。