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日記
2024年・11月

  30日





   大夫……手を伸ばしても、良いかい?


   ……。


   大夫……?


   ……まことさん。


   の、伸ばさない方が良いかい……?
   それとも、ふ、布団が近過ぎたかい……?


   ……此方に、手を。


   ……っ。


   ……お願い、出来ますか。


   うん、直ぐに……。


   ……。


   ……え、と。


   ……。


   あ。


   ……つかまえました。


   え……なに。


   ……。


   ごめん、大夫……良く、聞こえなかった。


   ……まことさんの手は、いつだって。


   う、うん……。


   ……温かいですね。


   あぁ……熱くは、ない?


   ……はい、大丈夫です。


   ん……良かった。


   ……此の手に握られていると、とても安心します。


   あたしの手で良ければ……いつでも、言って欲しい。


   ……お布団。


   もう少し、離した方が良いだろうか……。


   ……隙間なくと、言っていたのに。


   ……。


   これだと、まことさんの腕が布団の隙間から出てしまいます。


   だ、大丈夫だ。


   ……いいえ、冷えてしまいますから。


   こ、これくらい、なんともないさ。


   ……。


   なんとも、ないから。


   ……然うですか。


   もう、眠るかい……?


   ……良ければ、まことさんのお話が聞きたいです。


   あたしの、話……?


   はい……少しだけで、良いので。


   あたしの話か……然うだな。


   ……。


   ……大夫は、海老は好きかい?


   海老……ですか?


   然う、海老。


   ……あまり食べたことはありませんが、嫌いではないです。


   大夫が食べた海老は、川のものかい?


   いえ……私が食べたことがあるのは、海の海老です。
   川のものは、食べたことはありません。


   然うか、海か……。


   ……まことさんは、海は。


   見たことは、ある。
   大夫は?


   ……私も、見たことだけはあります。


   海の海老って、美味しいのかい?


   ……海の、海老は。


   うん。


   ……。


   大夫?


   ……恐らくは、美味しかったと。


   恐らく?


   ……あまり食べたことがないので。


   若しかして、憶えていない?


   ……嫌いではないので、美味しくなかったわけではないと思うのです。


   ……。


   それで、海老がどうかしたのですか……?


   ……大夫は、面白いな。


   え……?


   いや……冬になったら、川に海老を獲りに行くことがあるのだけれどね。


   あの川に、ですか?


   あぁ、あの川に。


   あの川で、獲れるのですか?


   あぁ、獲れる。
   だから、大夫が好きならば、と思ったんだが。


   ……嫌いでは、ありません。


   川の海老も、なかなか美味しいんだ。
   とは言え、あたしは海の海老を食った……食べたことがないから、比べることは出来ないんだけど。


   ……。


   若しも食べてみたいと思って呉れるのならば、獲ってこようと思う。
   どうだろうか。


   ……冬の川は、危険ではありませんか。


   なに、大丈夫だ。
   足元には十分気を付けるし、吹雪いているようならば行かないから。


   ……幾ら、気を付けていても。


   か、川の海老なんぞ、食いたくないだろうか……。


   ……その海老は。


   う、うん。


   ……どうやって食べるのですか。


   煮物にするんだ。


   煮物……若しかして、お大根と。


   然う、大根と。
   海老は、火を通すと赤くなるだろう?


   はい。


   それが大根の白と合わさると、とても綺麗な紅白になるんだ。
   味は、勿論美味い。


   ……その海老は、どうやって獲るのですか。


   寒くなると、川の岸辺の草はほとんど枯れてしまう。
   草が枯れてしまうと、海老は寒さを凌げなくなる。


   ……。


   竹の葉を束ねて縄で縛ったものを、岸辺に……三尺程かな、固定しておくんだ。
   枯れた草の代わりになるように。


   ……然うしておくと、海老が身を寄せるようにして集まってくるのですね。


   然う。
   そして、集まったところを網で掬い獲るんだ。


   ……ひとりで、獲りに行くのですか。


   子供達が、好きでさ。
   だから、連れて行くこともある。


   ……然うなのですね。


   食べて、みたいかい?


   ……。


   海の海老とは、違うかも知れないが……。


   ……まことさんは、美味しいと言いました。


   うん?


   だから……食べてみたいです。


   然うか、ならば獲ってこよう。


   ……一緒に行っても、良いですか。


   大夫も?


   はい、見てみたいです。


   うん、分かった。
   では、一緒に。


   ……はい。


   ……。


   まことさん……?


   ……此の村で過ごす、初めての冬。


   ……。


   都とは、色々と勝手が違うだろう……困るようなことがあらば、直ぐに言って欲しい。


   ……まことさん。


   食べ物の心配は、しなくて良い……。


   ……。


   不安だと、感じたら……直ぐに、話して欲しい。
   あたしでなくても、良い……村の者なら、誰でも相談に乗って呉れるだろう。


   ……まことさんに、話しても良いですか。


   あぁ、勿論だ。
   いつでも話して欲しい。


   ……ありがとうございます。


   良いんだ、お礼なんて。
   大夫の役に立てるのならば、それだけであたしは嬉しいから。


   ……。


   ん……。


   ……あの、まことさん。


   なんだい……大夫。


   此方のお布団の中では……若しかしたら、温まらないかも知れません。


   温まらない……?


   ……だから。


   ならば……もう一枚、掛けようか。


   ……。


   一応、今日も干したんだが……。


   ……今日も、お布団を干したのですか。


   あぁ、干した。


   ……二組とも?


   いや……大夫が使っている布団だけ。


   ……どうして、ご自分のは干さなかったのですか。


   じ、自分のは……まぁ、天気さえ良ければ、いつでも干せるし。


   ……。


   べ、別に、深い意味はないんだ……。


   ……深い意味とは、なんですか。


   や、その……。


   ……言えないこと、ですか。


   き、期待、してた。


   ……何を、ですか。


   だ、大夫が……来て、呉れること。


   ……。


   ごめん……。


   ……どうして、謝るのですか。


   下心、ばかりで……。


   ……。


   ……。


   ……其方に、行っても良いですか。


   ……?


   其方のお布団に、入っても良いですか。


   ……そちらの、おふとん?


   まことさんの、お布団に。


   あたしの……え。


   ……一緒に。


   え……え?


   ……ごめんなさい、私が入ったら狭くなってしまいますよね。


   そ、それは、構わないが。


   ……迷惑に、なってしまうと。


   め、迷惑になんて、ならない。
   あ、あたしの布団で、良いのなら。


   ……。


   良いの、なら……大夫、此方に。


   ……。


   あ……。


   ……まことさん、私。


   だい、ふ……。


   ……。


   ……だいふ。


   あの……。


   ……うん。


   このままだと、其方に行けません……。


   ……。


   ……向こう側に、寄ってもらっても良いですか。


   うん……すぐに。


   ……。


   ……これで、どうかな。


   大丈夫だと、思います……。


   じゃあ……おいで、大夫。


   ……はい、まことさん。


   ……。


   ん……。


   ……入れた、かい?


   入れたと、思います……。


   ……。


   あの……ちかい、ですね。


   そう、だね……。


   ……戻った方が、良いですよね。


   いや……戻らなくて、良い。


   ……。


   ……あたたかい、かい?


   はい……とても。


   ……手は、温まるだろうか。


   きっと……。


   ……。


   ……ぁ。


   一緒だと……片手だけで、なく。


   ……。


   大夫さえ、良ければ……暫く、こうしていよう。


   はい……まことさん。


  29日





   大夫。


   ……はい。


   蔓豆も、薬になったりするのかい?


   はい、なりますよ。
   蔓豆の生薬名は野料豆と言います。


   やりょうとう……それは、どんな不調に効くんだい?


   然うですね……陰虚による眩暈、腰痛、寝汗、それから関節痛に効くとされています。
   あとは、子供の栄養不良にも用います。


   寝汗って?


   寝汗が酷い症状のことです。


   最初に言った……いん……いん……。


   陰虚、ですか?


   う、うん。
   いんきょって、なんだい?


   躰の津液が少なくなり、潤いをもたらす陰の気が足りなくなっている状態のことです。
   潤いが足りないが為に、余計な熱が生じやすくなり、逆上せや火照りなどの症状が出やすくなります。


   余計な熱……あぁ、だから寝汗が酷くなると言うわけか。


   はい、然うです。


   だとするなら、この蔓豆も薬になるのかい?


   いえ、お薬にする場合は成熟したものを使います。


   あぁ、これだと未だ青いのか。


   あの、まことさん。


   なんだい?


   成熟した蔓豆はどうやって食べているのですか。


   然うだな……熟したものは、食べたりはしないかな。


   食べないのですか?


   蔓豆は、熟すと直ぐに弾けてしまうから。


   ……?


   弾けると方々に飛び散ってしまって、拾い集めるのが大変なんだ。


   ……。


   満足に食える程の量を集めようとすると、たった一人分だけだったとしても、かなり骨の折れる作業になってしまう。
   そんな労力を払ってまで食べようとは思わないんだ。


   ……だから、青いうちに採ってしまうのですね。


   う蔓豆は青くても、火を通せば十分に美味いからね。
   まぁ、手間と時間は掛かるが。


   ……叢の中から小さな種だけを拾い集めるのは、大変なことですよね。


   然うなんだ、周りに他の草が茂ってなければまた違うのだろうが。


   ……それでも、大変だと思います。


   弾けずに残っている場合もあるのだけれど、触れると簡単に弾けてしまって。
   だから、熟してしまうと子供らも採りに行かないんだ。面白くないからね。


   ……品種改良って、偉大ですね。


   うん?
   ひん、しゅ?


   毛豆、或いは黄豆は、蔓豆を品種改良したものだと言われています。


   その、ひんしゅ?
   とは、なんだい?


   異なる品種を掛け合わせて、ひとのこにとって有用な品種を作り出すことです。
   育種、とも言われています。


   ゆうよう……いくしゅ……。


   品種改良をすることで蔓豆のような野生の植物を、ひとのこの手によって栽培出来るようにしたり、実を大きくしたり、味を良くしたり、収穫量を増やすことが出来るんです。
   時にそれは、突然変異で齎されることもあります。


   は、はぁ、然うなのか。


   蔓豆の品種改良を重ねた結果、生まれたのが今の毛豆或いは黄豆と言われているんですよ。


   重ねた……と言うことは、そのひんしゅかいりょうとやらは、続けなければならないものなのか?


   はい、一代や二代では結果は出ませんから。


   つまり、何世代も?


   はい……より良いものを作る為には改良を重ね、そして続けていかなければならないのです。


   はぁ……すごいな。


   お大根も、品種改良されているそうです。


   大根も、かい?


   例えば、まことさんが育てているお大根は太くて長く、色は綺麗な白、そして味はどちらかと言うと甘味が強いですよね。


   うん。


   地域によっては丸いもの、細長いもの、色は赤、黄、緑、紫、黒、
   味においても辛みが強いもの、辛みよりも甘みが強いものなど、様々な品種があるそうです。


   そんなに?


   はい、そんなに。 


   色が違うとなると、味も違うのだろうか。


   恐らくは。
   同じ白でも、違うようですから。


   黒い大根は、果たして美味いのだろうか。


   生で食すと辛みが強いようです。
   ですが、煮込むと甘味が出るとか。


   じゃあ、煮物が良さそうだな。


   黒いお大根、中は白いそうですよ。


   え、然うなのかい?


   はい、面白いですよね。


   面白いけど……すごいものなんだな、ひんしゅかいりょうってやつは。


   元々の種の違いはあるかと思いますが……辿っていけば原種は同じ、というものもあるかも知れませんね。


   いや、大根にそんな種類があるとは思わなかった。


   ……品種は、多く、あれど。


   ……?


   ……私は。


   大夫?


   ……私はまことさんが作るお大根が、一番好きです。


   ……。


   ……などと言える程、食べたことはないのですが。


   大夫……。


   ……明日は、蔓豆の餡を作るんですよね。


   うん……そのつもりだ。


   その為に……診療所に、来て呉れる。


   邪魔にならないように、する。


   ……楽しみです。


   楽しみ?


   蔓豆の餡は、どんな味がするのか……毛豆のものと、どう違うのか。


   ……大夫は、毛豆の餡は好きかい?


   はい……好きですよ。


   然うか……なら、蔓豆の餡も気に入って貰えると良いな。


   ……。


   ……大夫、そろそろ。


   温まりましたでしょうか……。


   ……いや、布団を敷こうと思う。


   お布団……。


   ……少しの間、離しても良いかい?


   はい……大丈夫です。


   ……それじゃあ。


   ……。


   ……。


   ……まことさん?


   あ、や……少しの間だというのに、離し難くて。


   ……。


   済まない……今、離すよ。


   ……ね、まことさん。


   な、なんだい。


   ……お布団の中でも、握っていて呉れると。


   ふ、布団の、中でも……?


   ……嬉しいと、思います。


   そ、それは……つまり、ひとつの布団で。


   ……。


   い、いや、ふたつの布団を隙間なく付けて、それで手を伸ばせば良いんだな。
   う、うん、然うだ。


   ……お願いしても、良いですか。


   あ、あぁ、勿論だ。
   然う出来るのなら、あたしも、嬉しい。


   ……。


   では……大夫。


   ……はい、まことさん。


   ……。


   ……ふふ。


   大夫……?


   ……ひんやりとします。


   ……。


   ……まるで、あなたの熱が逃げて行ってしまうみたい。


   ……。


   ……ん。


   直ぐに。


   ……まことさん。


   直ぐにまた、熱をあげよう。


   ……。


   あげる、から。


   ……はい、待っています。


   うん……。


   ……。


   ……よし。


   ……。


   よ、と……。


   ……。


   まずは、ひとつ……。


   ……。


   うん……これで、よし。


   ……ねぇ、まことさん。


   ふたつ……どう、くっ付けようか。


   ……私は、それでも。


   本当に、隙間なく……嫌だと、思われないだろうか。


   ……構わないのに。


  28日





   こびとさん、か。


   ……。


   こびとさんが空を見上げたら、矢っ張り、うんと高く感じるものなのだろうか。


   ……こびとさんから見た空は、ずっとずっと遠くにあるものだと。


   ずっとずっと遠くにあるもの……か。


   ……まことさん?


   あの星に手を伸ばしても、全く届かない。
   それ程までに、空は高く、遠い。


   ……届いたら、どうしたいですか?


   届くのならば……大夫に、贈りたい。


   ……私に。


   胸元に飾ったら屹度、きらきらと輝いて綺麗だから。


   ……それは、


   大夫が、だよ。


   ……。


   あたしがこの世で一番、綺麗だと思っているものは……大夫だ。


   ……実際は、とても大きいものなんですよ。


   うん?


   星は、ひとのこの手には余るもの。
   仮令、届いたとしても……私達がただのひとのこである以上、手に入れることなんて叶わないのです。


   ……。


   それに輝いて見える星は一部を除けば、言わば、おひさまのようなもので……?


   ……。


   あ……ごめんなさい。


   ん、どうして?


   ……その、つまらないことを。


   そんなことはないさ。


   ……けれど。


   大夫は、星にも詳しいんだなと思っていた。


   ……。


   星の学問は、なんと言うんだい?


   ……え?


   や、ありそうだなと思って。


   ……天文学と、言います。


   然うか……てんもんがく、と言うのか。


   空……天の構造や歴史、未来、そして法則を明らかにする学問とされています。


   はは、難しいな……あたしにはなんだか、遠い世のもののように聞こえる。


   ……。


   星を眺めるのが好き、では、どうにもならないな。


   ……そんなことはありませんよ。


   うん?


   ……星の動きを見ることも、大事なことなのですから。


   星の動き、か……。


   ……まことさんは、目がとても良いですから、向いていると思います。


   あたしには、眺めることしか出来ないよ。


   ……ううん、それが何よりも重要なんです。


   眺めることが?


   目が良くなければ、星を見ることは出来ません。
   つまり、観察することが出来ないのです。


   かんさつ……。


   例えば、月亮は満ち欠けをしますよね。


   うん、今夜は欠けた月亮だ。


   同じように、太白も満ち欠けをします。


   太白も?


   はい。


   大夫には、それが見えるのかい?


   いいえ……私には、見えません。
   私の目は、そんな遠くまで見えるほど良いものではないですから。


   ……。


   まことさんの目なら屹度、太白の満ち欠けが見えると思うのです。


   ……確かに、欠けて見える時がある。


   ……。


   大きさも、違う時がある。


   ……あぁ、やっぱり。


   それが、役に立つのかい?


   はい、とても。


   ……。


   だから、若しもまことさんが天文学を学んでみたいと思うのなら、


   いや……あたしには無理だよ。


   まことさん……。


   ……見えるだけでは。


   観察が、出来ます。


   ……。


   そして、星の動きを書き留める。
   それは、ただの点でも良い。兎に角、毎夜書き留めるんです。
   然うすれば、星の動きが見えてきます。


   星の動き……。


   然うです。


   ……大夫。


   はい。


   北の空にあって、いつでも動かない星がある。
   あの星は、なんなのだろうか。


   それは……北辰と、言います。


   ほくしん……然うか、ほくしんと言うのか。


   ……北辰はいつでも北の空に在って、示して呉れる。


   ……。


   己の居場所、そして進むべき道を。


   ……昔、あの星には何度も助けられたんだ。


   北辰に……ですか。


   ……うん。


   ……。


   今やっと、あの星の名を知った。
   ありがとう、大夫。


   ……いえ。


   ……。


   まことさん、あの……。


   ……あたしは、眺めるだけで良い。


   然う、ですか……。


   ……叶うなら、大夫とふたりで。


   ……。


   ひとりよりも、ふたりで見る方が……綺麗だと、感じるから。


   ……私と。


   ……。


   私で……良いのですか。


   大夫が、良い。


   ……あ。


   大夫が……良いんだ。


   ……まこと、さん。


   済まない……無理を、言っているかも知れない。


   ……いいえ、言っていません。


   然うなら、良いが……。


   ……私も、あなたとふたりでなら。


   ……。


   叶うなら……ずっと、あなたとふたりで。


   ……ずっ、と。


   ……。


   大夫……あたしは、ずっと大夫と。


   ……まことさん。


   ずっと……ずっと。


   ……私で、良いのなら。


   ……。


   ……ん。


   大夫……。


   ……。


   ……あたしの家に、戻らないか。


   ……。


   明日があるのは、分かっている……だけど、今夜は別れたくない。


   ……。


   ……大夫と、明日を迎えたい。


   戻りましょう……。


   ……あぁ。


   ごめんなさい、まことさん……。


   ……どうして?


   お手間を、掛けさせてしまって……。


   ……なんてことない、夜の散歩だと思えば良いだけだ。


   夜の、散歩……。


   ……星を眺める、さ。


   あぁ……。


   ……戻ろうか、大夫。


   はい……まことさん。


   ……。


   ……。


   ……星は、贈れない。


   ……?


   ならば……いつか、綺麗な玉を。


   ……玉?


   綺麗な玉ならば……うんと高いものでなければ、あたしの手でも届く。


   ……。


   その時は……受け取って呉れると、嬉しい。


   ……。


   い、要らないだろうか。


   ……ありがとうございます、まことさん。


   う、受け取って呉れるかい?


   ……はい。


   然うか……。


   ……こびとさん。


   え……?


   ……こびとさんのお話にも、綺麗な玉が出てきました。


   それは、どんな話だったんだい……?


   それは……内緒です。


   うん?


   ……読む前に聞いてしまったら、楽しみが減ってしまいますから。


   あぁ……言われてみれば、確かに然うだな。


   ……。


   三寸、か……それくらいなら、手の平にも乗せられそうだ。


   ……頭の上、或いは肩の上に乗せてあげても可愛らしいと思います。


   大夫の肩に座っていたら、可愛らしいと思うな。


   ……私の、ですか?


   あぁ、とても可愛らしいと思う。


   ……まことさんの頭の上でも、可愛らしいと思います。


   頭の上、かい?


   ……はい。


   滑って、落ちてしまわないだろうか。


   掴むところさえあれば、屹度大丈夫です。
   こびとさんは時に、鳥や穴熊に乗って移動しますから。


   はぁ、然うなのか……すごいな。


   ……ねぇ、まことさん。


   なんだい……大夫。


   ……私の手。


   温めているよ。


   ……。


   戻る頃までには……温かくなっているだろう。


   ……なって、いなかったら。


   温め、続けたい……。


   ……。


   然うしても、良いかい……?


   ……はい、然うして下さい。


  27日





   蔓豆だけだとちょっと寂しいから、大根と葉も入れたんだ。


   美味しそうですね。


   大夫の口に合うと、良いな。


   ……屹度、大丈夫です。


   はい、大夫。
   熱いから、気を付けて。


   ありがとうございます、まことさん。


   うん。


   ……ふふ。


   うん?


   矢っ張り、小さくて可愛らしいですね。


   はは、然うだね。


   なんだか、こびとさんから食べ物を分けて頂いたような気分です。


   こびと、さん?


   ……幼い頃に読んだ絵双紙で、こびとさんが出てくるお話があったんです。


   あぁ、えぞうし……。


   はい。


   えと……こびとさんって、大きさはどれくらいなんだい?


   確か、三寸くらいだったと。


   三寸、と言うと……これくらい、か。


   小さいですよね。


   あぁ、小さいな。
   産まれ立ての赤子(やや)よりも、ずっと小さい。


   こびとさんの赤子はもっと小さいんですよ。


   一寸も、ないか。


   はい、ありません。
   指先、くらいでしょうか。


   あぁ、小さいなぁ。


   それで、こびとさんの絵双紙は一冊で完結ではなく、続きものだったのですが。


   うん。


   数あるお話の中でも特に好きだったので、続きが読めることが本当に嬉しくて。
   こびとさんの何気ない日常が描かれていて、思えば、憧れに近い感情を抱いていたのかも知れません。


   良く読んでいた?


   はい、読んでいました。
   それこそ、何回も読み直しました。


   日常、か。
   例えば、食事なんかも描かれているのかい?


   はい、描かれています。
   他にもお仕事のことや、こびとさん同士の触れ合い、時には旅に出たり……そんな様子が活き活きと描かれているんです。


   然うなのか……うん、それは面白そうだ。


   ……まことさんにも、是非読んで欲しいと。


   その絵双紙は今、都に?


   はい……持って来れば良かったです。


   じゃあ……いつか、都に行った時にでも。


   ……。


   や、その、若しも大夫が都に行くようなことがあれば、一緒に……あ、いや、持って来て呉れたら嬉しいな。


   ……その時は、一緒に来てもらえませんか。


   へ。


   ……私が、都に行くようなことがあれば。


   そ、それは……。


   ……ひとりだと、道中が心細いので。


   あ、あぁ、然ういうことか。


   ……ごめんなさい、無理ですよね。


   そんなことはないよ。
   大夫の頼みなら、然う、村の皆も快く聞いて呉れる筈だ。


   村の?


   大丈夫だ、心配は要らない。


   ……それは、まことさんの畑を。


   任せることになる。


   ……。


   だから、行く時は前以て言って欲しい。
   旅支度が必要となるから。


   ……。


   こんなことで、皆は迷惑だとは思わないさ。


   ……ですが、私ひとりの為に。


   大夫は大事なひとだ。
   此の村にとっても……あたしに、とっても。


   ……。


   大丈夫だよ……大夫。


   ……ありがとうございます、まことさん。


   うん……。


   ……。


   ただ。


   ……?


   その旅路が、都へ帰るものだとしたら……。


   ……。


   ……いや、なんでもない。


   まことさん……。


   ……しかし、こびとさんか。


   ……。


   蔓豆、確かにこびとさんの食べ物なら丁度良いかも知れない。
   いや、一粒だけでも少し大きいくらいか。


   ……恐らく、三粒くらいあれば足りてしまうかも知れませんね。


   三粒……然うしたら、ひとつの莢で足りてしまうな。
   大体、三粒入っているから。


   ……。


   大夫、絵双紙と言うものはどういう書物なんだい?


   主に幼い子が読むとされている書物なのですが……主たる内容が綺麗な絵で描かれていて、それに文字が添えられているんです。
   勿論、幼い子だけでなく、大人が読んでも楽しいものなんですよ。


   へぇ……それは是非とも読んでみたいな。
   文字を覚えるのにも良さそうだ。


   はい、良いと思います。
   ですので、うさぎちゃんと美奈子ちゃんにも……?


   ……。


   まことさん……?
   どうしましたか……?


   いや……子供らも、屹度喜ぶだろうと思って。
   特に美奈は、都に憧れを持っているから……。


   ……。


   ねぇ、大夫。
   大夫が初めて触れた文字は、若しかして。


   ……絵双紙です。


   こびとさんの、かい?


   ふふ……はい。


   然うか……矢っ張り、読んでみたいな。


   と言いつつ……その頃にはもう、習ってはいたんです。


   え。


   だけど……生きた文字に出逢ったのは、絵双紙が初めてで。


   生きた文字……生き生きと、した?


   ……はい、然うです。


   ……。


   文字にも彩りがあるのだと、初めて知ったんです。


   彩り……か。


   ……。


   ……?
   大夫?


   ……私の家にあった絵双紙は全て、私が生まれる前に父が用意しておいて呉れたものだと。


   お父さんが?


   ……けれど、蔵の奥に仕舞い込まれてしまっていて。


   ……。


   私にはそんなものは必要ないと……母が、判断したのでしょう。


   ……大夫が、見つけたのかい?


   はい……蔵の書物棚の奥に押し込まれていたのを、たまたま、見つけたんです。


   ……然うか。


   それから、隠れるようにして読むようになりました。
   どのお話も、楽しくて面白くて、だけど時々悲しくて、切なくて……勇敢で、真っ直ぐで。


   ……。


   ……まことさんにも、叶うなら、あの物語達を読んで欲しい。


   いつか。


   ……。


   いつか、読ませて欲しい。
   大夫が好きだった、物語達を。


   ……まことさん。


   一番は、こびとさんのが良いな。


   ふふ……はい、分かりました。


   楽しみに、している。


   ……はい、私もです。


   大夫……。


   ……まことさんが若しも、幼い頃の私のように楽しんで呉れたら、それはとても素敵なことだと。


   素敵……かい?


   ……思いを、共有出来るかも知れないから。


   ……。


   ……いけない、お味噌汁が冷めてしまいますね。


   あぁ……装い直そうか。


   このままで大丈夫です……ありがとうございます。


   ん。


   ……頂きます、まことさん。


   うん……召し上がれ、大夫。


   ……。


   ……。


   ……ん、美味しい。


   美味しいかい……?


   ……でも。


   でも?


   蔓豆は、小さすぎて……一粒二粒では、味が良く分かりませんね。


   はは、然うかも知れない。
   蔓豆は、どうにも小さすぎてね。


   ……おにぎりだと、分かったのですが。


   こびとさんなら、味噌汁でも良く分かるかも知れない。


   ふふ……然うですね。


   ……不味くは、ないかい?


   はい……美味しいです。


   然うか……ん、良かった。


   ごはんにも蔓豆が入っているんですね。


   昼に握り飯で食べたからどうかなとは、思ったんだけど。


   ……ううん、ご馳走です。


   ご馳走……かい?


   はい、とっても。


   ……。


   まことさんも。


   ……あぁ、食べよう。


   はい……。


   ……大夫と一緒に。


   まことさん……。


   ……頂きます。


   ……。


   ……うん、大夫が言うように一粒二粒じゃ良く分からないや。


   ふふ……。


  26日





  -餡蜜。(パラレル)





   お疲れ様、大夫。


   ……まことさん?


   その……手が空いたから、ちょっとだけ逢いに来たんだ。
   昼は、大夫も忙しそうで……弁当を、一緒に食べられなかったから。


   ……。


   い、今、大丈夫かい?


   ……はい、大丈夫です。


   そ、然うか……良かった。


   ……。


   ……。


   ……あの、まことさん。


   だ、大夫、あ、あの。


   ……。


   あ。


   ……はい、なんでしょう。


   い、いや、大夫から。


   ううん……まことさんから。


   で、でも。


   ……お願いします、まことさん。


   あ、うん、わ、分かった。


   ……。


   そ、その……蔓豆の握り飯は、どうだった?


   ……はい、美味しかったですよ。


   本当に?
   慣れぬ味で、食べ難くはなかったかい?
   ほんの少しだが、苦味があったろう?


   然うですね……毛豆と比べると、後味に僅かなほろ苦さは感じましたが、食べ難いとは思いませんでした。
   寧ろ、そのほろ苦さが塩加減と合っていて良いのだと。


   あ、あぁ、然うか。


   私も、あなたに伝えたいと思っていたんです。


   あたしに?


   蔓豆のおにぎり、とても美味しかったと。
   だから……逢いに来て呉れて、嬉しいです。


   大夫……。


   ……ごちそうさまでした、まことさん。


   うん……。


   ……だけど、僅かとは言えあのほろ苦さ。


   うん?


   子供達は、少し嫌がりそうですね。


   あぁ……然うなんだ、特にうさぎちゃんがね。
   まぁ、美奈も同じようなものだけど。


   ふふ。


   ともあれ、蔓豆の握り飯も大夫に気に入って貰えて良かった。


   ……。


   大夫?
   どうかしたかい?


   ……お味噌汁の具にしても、美味しそうですね。


   え。


   ……。


   よ、良かったら、食べてみるかい?
   丁度、今夜の味噌汁の具にしようかなって思っていたところなんだ。


   ……今夜、ですか。


   ど、どうだろう?
   流石に、急かな。


   ……お邪魔、しても。


   う、うちなら、いつでも大歓迎だ。


   ……。


   だ、だめかな。


   ……では、お言葉に甘えて。


   !
   やった!


   ……。


   あ。


   ……ふふ。


   は、はは。


   ……蔓豆は小さくて可愛らしいお豆ですね。


   か、可愛らしいかい?


   はい、毛豆をそのまま小さくしたようで。


   そ、然うか……確かに、小さいと可愛らしいかも知れないな。


   美奈子ちゃんとうさぎちゃんが沢山採ってきたんですよね?


   あ、あぁ、この時期になるとふたりで採りに行くんだ。
   面白がって沢山採ってくるものだから大変なんだよ。


   ふふ、目に浮かぶようですね。


   今年もまた、豊作みたいでさ。


   毎年、採れるものなのですか?


   うん、まぁ、採れるかな。


   然うですか。


   しかも今年は、ど、どういうわけだか、大夫の分まで持ってきたんだよ。


   私の?


   あ、あぁ、然うなんだ。
   大夫にあげたいのなら、直接、あげれば良いと思うんだが……何故か、うちに置いていったんだ。


   ……。


   だからとりあえず、握り飯にしてみたんだけど。


   ……然うだったのですね。


   す、すまない、言うのを忘れていた……下処理を、手伝ってもらったと言うのに。


   いいえ……お気になさらず。


   ……。


   蔓豆。


   う、うん。


   小さいだけに、下処理に手間が掛かりますね。


   そ、然う、然うなんだ。
   小さいから、莢から取り出すのに時間と手間が掛かってしまって。
   おまけに薄皮が硬めだろう?


   はい、毛豆に比べると硬めだったです。


   握り飯や味噌汁なら、そのまま食べられないわけではないんだが。
   餡にするのならちゃんと剥いてやらなきゃいけなくて、これがまた手間が掛かるんだ。


   餡?


   然う、蔓豆の餡。子供らの目的はこれなんだ。
   萩餅にして、月を眺めながら食べるんだよ。


   蔓豆で餡も作れるのですか。


   あぁ、作れるよ。


   それは……矢張り、毛豆の餡のような味なのでしょうか。


   良く似ていると、いや、大夫の話を聞く限り、ほぼほぼ同じだと思うな。


   ……然うですか。


   良かったら、蔓豆餡も食べてみるかい?


   ……。


   ど、どうだろう?


   ……餡まで頂いて、良いのでしょうか。


   も、勿論だよ。
   興味があるのなら、食べてみて欲しい。


   けれど、子供達が楽しみにしているのに。


   大丈夫だ、大夫の分はちゃんとある。
   言ったろう、子供らが大夫の分まで持ってきたって。
   それに、子供らは子供らで己の家にもちゃんと持って帰っているから。


   でも、子供達はまことさんが作る餡を楽しみにしているのでは?


   心配は要らない、今年も豊作だから。


   ……。


   もう一度くらいなら、成熟してしまう前に採ってこられるだろう。
   と言うより、採ってくるだろう。恐らく、採り切れてはいないだろうから。
   それを、子供らの分にすれば良い。


   ……然うなると、子供達が食べられるのは先のことに。


   だ、大夫に、食べてみて欲しいんだ。


   ……。


   い、要らないかい?


   ……頂いても良いのでしょうか。


   あ、あぁ、勿論。


   ……。


   大夫。


   ……それでは、お言葉に甘えて。


   ど、どんどん、甘えて欲しい。


   ……。


   あ……。


   ……ふふ、まことさんったら。


   あ、あはは……。


   ……。


   えと……今年は大夫が手伝って呉れたから、すごく助かったよ。


   手が空いた時になってしまいますが……私で良ければ、また。


   うん、ありがとう。


   因みに、蔓豆餡はいつ作るのでしょうか。


   なるべく早いうちに、とは思っているけれど……。


   ……?


   いや……直ぐに、食べたいのかなって。


   あ、いえ、そ、然うではないのです。
   す、直ぐに食べたいと言うわけでは決してなくて。


   う、うん。


   薄皮を剥くのをお手伝いしたいと思ったのです。


   え……。


   ……お手伝いしても、良いでしょうか。


   た、助かるけど……良いのかい?


   お昼にはおにぎり、夜にはお味噌汁、それから蔓豆餡。
   ご馳走になるのですから、それくらいはしないと。


   そんな……良いのに。


   まことさん。


   は、はい。


   ……どうぞ、遠慮なく仰って下さい。


   で、では、診療の合間、手が空いた時に手伝ってもらっても良いかな。
   薄皮を剥くのなら、おひさまの光がある時の方が良いから。


   診療の合間……ですか?


   で、出来たらで、構わない。


   ……はい、分かりました。


   そ、それで、その日のうちに餡にするよ。
   早い方が、良いから。


   あの……まことさん。


   な、なんだい?


   ……それは、いつですか。


   あ、明日にでも。


   ……明日。


   昼に、診療所に来るよ。


   ……まことさん。


   や、さ、流石に、急過ぎかな。


   ……来て頂いても、宜しいですか。


   え、あ、うん。
   か、必ず、行くよ。


   ……。


   い、いつもの時刻で、良いかな。


   ……はい、待っています。


   ……。


   ……今夜も。


   ……っ。


   ……待っていますね。


   う、うん、待っていて。
   必ず、迎えに来るから。


   ……はい、まことさん。


  25日





   出来たぞ、マーキュリー。


   然う。
   じゃあ、此方に持ってきて。


   糖蜜は要らないんだよな?


   ええ、要らないわ。


   本当に良いんだよな?


   良いと言ってもあなたのことだから、どうせ、添えて呉れるのでしょう。


   まぁ、然うだな。


   本当に必要なかったら?


   その時は、他で使えば良いだけだ。
   お茶に入れても良い。


   ジュピター。


   はいはい、もうちょい待ってろ。


   出来たと言ったじゃない。
   もうずっと待っているのだけれど。


   そりゃお前、急に言うから。
   そのまま出すわけにはいかなくなっちまったんだよ。


   だって急に欲しくなったんだもの。


   お前の場合、大体が急なんだよな。
   今回だって、いつもので良いかって作る前にあたしはちゃんと確認したってのに。


   それでも、ちゃんと対応出来るあなたが好きよ。


   だろ?


   だから、早く。


   あぁ、今持っていくよ。


   ……はぁ。


   楽しみが故の溜息か?


   ええ、然うよ。


   はは、今回も美味いぞ。


   然うだと良いけれど。


   どうぞ、マーキュリー。


   待ち草臥れたわ、ジュピター。


   応、待たせて悪かった。
   が、待たせた分だけ、美味いものになったぞ。


   ……どうだか。


   お、顔が緩んだ。


   ……食べ終わったら、眼球の検査をしてあげましょうか。


   今の所、必要ないな。
   ぼやけることなく、お前の顔が良く見えているから。


   残念ながら、良くは見えていないようね。


   最初から、結構かけたな。


   然うでもないわよ。


   今回はさ、甘く煮直すついでに水気を減らしてみたんだ。


   見れば分かるわ。


   苦いそれと、良く合うぞ。


   合うと良いわね。


   ちゃんと味見したんだ、間違いない。


   あなたと私の味覚は違うものだから。
   そもそもあなた、苦いものは苦手でしょう。


   だからこそ、だ。


   何がだからこそなの。


   苦いものには、より甘いものを。


   ……苦いものだけで良いと言うひとも、中には居るけれど。


   居るには居るが、お前は違う。苦いものだけで良いわけがない。
   と言うより、食わないし飲まないだろ。


   ……。


   豆の甘煮に、あんなに糖蜜をかけて食う奴はお前ぐらいだ。


   ……居るわよ。


   あ?


   私以外にも。


   メル、か?


   あの子、包餅にもかけて食べているから。


   それは、お前も然うだろう?


   だから、私だけではないわ。


   まさかとは思うが、豆の甘煮以外のものにもかけているのか?
   お前みたいに?


   ……。


   なんだ、やっぱりお前ぐらいじゃないか。


   豆の甘煮と言ったでしょう。


   言ったか。


   言ったわよ。
   良いわね、直ぐに忘れられる頭で。


   応、ジュピターは然う出来ているからな。
   余計なことを、いつまでも考えないで済むように。


   私のことも


   お前のことに、余計なことは一切ない。


   やっぱり惚けたのね。


   ところで、未だ食わないのかい?
   ずっと待ってたんだろう?


   ……。


   ん?


   あまりじっと見ていないで欲しいのだけれど。


   あたしがお前を見ているのは、いつものことだろう?


   見ないで、鬱陶しい。


   無理だ、見逃すわけにはいかない。


   何を。


   お前が食べる瞬間を、食べた後の表情を。


   いつも見ているのに。


   お前の表情の変化は、あたしにとってはとても大事なことなんだ。


   ……。


   出逢った頃のお前は、表情が凍り付いてしまっていたから。


   ……今はもう、違うのでしょう。


   うん?


   表情。


   あぁ、然うだな。


   はぁ。


   さ、早く食べてみて呉れ。


   ……言われなくても。


   うん。


   ……改めて、頂きます。


   あたし、お前の意外と礼儀正しいところも好きだな。


   うるさい。


   はは。


   ……。


   ……。


   ……まぁまぁ、ね。


   うん、良かった。


   ……美味しいとは、言っていない。


   けど、食う手は止まりそうにない。
   頬も、一瞬だけれど、ちゃんと緩んだ。


   ……。


   なぁ、お茶には糖蜜を入れるかい?


   ……入れて。


   どれくらい?


   ……大匙で。


   一杯?


   ……二杯。


   二杯?
   そりゃまた、多いな。


   ……。


   若しかして……思っていたよりも、苦かったか?


   ……別に。


   糖蜜も入れるか?


   入れない。


   代わりに、お茶に入れるか。
   うん、なかなか分かりやすいな。


   餡が、甘い。


   あん?


   いつもよりも。


   あぁ、いつもよりも甘くしたからな。
   言ったろ、苦いものにはより甘いものをって。


   だから、これに糖蜜は入れないわ。


   然うかい。


   ……。


   全部食って呉れそうで、良かったよ。


   ……この餡で、包餅も食べたいわね。


   あぁ、良いぞ。
   今度作ってやる。


   ……。


   しかし、その豆汁は苦いよなぁ。
   あたしは苦手だ。糖か糖蜜を入れれば、飲めないわけでもないが。


   ……これだけで飲みたいなんて、私も思わないわ。


   ……


   ……何。


   いや、餡を甘く煮直して良かったなと。


   ……。


   あたしも食おうかな。


   は?


   あたしの分もあるんだ。
   お前と一緒に食う為に。


   ひとりで食べれば良いのに。


   ひとりよりも、ふたりの方がずっと美味い。


   苦いものは苦手なくせに。


   お前が美味いと感じるものは、あたしも美味いと感じる。
   実際、これも美味いと感じた。だからこそ、味の調整が出来るんだ。


   ……。


   な、麩餅はどうだ?


   ……まぁまぁ。


   然うか。


   ……。


   豆蜜は、お前の好物だ。


   ……だから、何。


   だから、あたしも好きだ。


   ……これに、蜜は入っていないわ。


   ん、それは然うだな。


   ……。


   なんて言うか……豆苦?


   却下。


   あー、だよな。


   ……。


   じゃあ……餡苦?
   いや、苦餡か?


   それも却下。


   あー。


   それだと、餡が苦いみたいでしょう。


   難しいな、豆蜜で良くないか。


   糖蜜が入っていないのに?


   糖蜜は入っていないが、餡が甘いから蜜で良いだろ。


   だったら、餡蜜で良いと思うけど。


   は、あんみつ?


   然う、餡蜜。


   餡に、蜜……蜜、かけていないが。


   餡には、入っているでしょう。


   む。


   餡を作る過程で。


   確かに、入れてるな。
   その餡はあたし特製なんだ、未だちびにも教えてない。


   ……。


   じゃ、良いか。
   それで。


   ふ。


   なんだ?


   いいえ、別に。


   然うか、じゃあ良い。


   ねぇ、ジュピター。


   お茶だな、直ぐに


   琥珀糖。


   ……あ?


   なくなった、作って。


   応、分かった。
   食い終わったら、作るよ。


   ……。


   何色が良い?


   別に、何色でも良いわ。


   じゃ、青と緑だ。


   ……。


   な、良いだろう?


   ……好きにしたら。


   応、好きにする。


   ……。


   沢山作るから、メルにも分けてやって呉れ。


   ……気が向いたらね。


   応。


   ……。


   なぁ、マーキュリー。


   ……何。


   青い星では、どうして餡って言うんだろうな。


   ……は?


   どうして、餡?


   ……一部の地域だけよ、然う言うのは。


   で、なんでだっけ?


   はぁ……元々は、詰め物と言う意味。


   詰め物?


   また、忘れたのね。


   けど、豆蜜の餡は詰め物じゃないぞ?


   包餅に詰めるものだったものを別にして食べているだけなのだから、餡でも良い。


   ふぅん、然うか。
   まぁ、然うだな。


   この会話も以前にした。


   詰め物は分かったが、なんで餡?


   あなたはどうしてジュピター……いえ、ユゥなの。


   あ?


   つまりは、然ういうものだから。
   ただ、それだけのことよ。


  24日





   糖蜜?
   今?


   うん……少しだけ、もらっても良い?


   もう少し入れた方が良かった?


   ううん、お茶に入れるのではないの。


   え、も、若しかして、もう帰る?


   ううん、然うじゃなくて。


   ……まだ、帰らない?


   ん、まだ帰らない。


   ……食べ終わったら、帰っちゃう?


   ……。


   メル……。


   ……お勉強、一緒にする?


   お勉強?


   ユゥが私と一緒にしたいのなら……食べ終わっても、帰らない。


   する。


   ……。


   お勉強、一緒にする。
   しよう、メル。


   ……ん。


   よし、頑張るぞ。


   ……。


   へへ、嬉しいな。


   ……あの、ユゥ。


   糖蜜、だよね?


   ……。


   はい、どうぞ。


   ……ありがとう。


   ん!


   ……。


   糖蜜、どうするの?


   ……笑わないでね。


   うん、笑わないよ。


   ……。


   ん?


   ……。


   んん?


   ……たまに、こうやって食べているの。


   糖蜜をかけて?
   包餅にも?


   ……と言っても、かけるのはお豆の甘煮のものにだけ。


   ……。


   ……やっぱり、おかしい?


   ううん、おかしくない。
   あたしもやってみる。


   ユゥも?
   でも、ユゥには甘いかも。


   美味しいんだろ?


   え。


   糖蜜をかけると。


   ……うん、私は美味しいと思う。


   じゃあ、あたしも美味しい。


   ……あ。


   かけるの、これくらい?


   う、うん、それくらい。


   うん、それじゃあいただきます。


   ……。


   んー…………ん?


   ……あの、美味しくなかったら。


   や、これはこれで美味しい。
   固まった豆も、糖蜜で少しだけ解れて。


   ……。


   豆の甘煮ってさ、冷めると甘みが減っちゃうだろ?
   糖蜜をかけることで、それを補ってる。うん、うん、これは美味しい。


   ……温かいものには、かけないの。


   ん、分かる。
   あったかいのは丁度良い甘さだもんね。


   ……うん。


   なるほど、こんな手もあるんだ。
   すごいや、メル。あたしには思いつかなかったよ。


   ……かけすぎても、だめなの。


   かけすぎると、豆の甘煮の……と言うより、豆の甘さがどっかに行っちゃうかも。


   然う、然うなの。


   うん?


   あ。


   ……若しかして、メル。


   ……。


   試したこと、あるの?


   ……試したわけでは、ないの。


   だったら、どうして知っているの?


   その……あの時は、手が滑って。


   手が、滑って?


   ……うっかり、してたの。


   メルが、うっかり……と言うことは、書物を読みながらかけようとした?


   ……。


   はは、メルらしいや。


   ……糖蜜の甘みばかりになってしまって、美味しくないわけではなかったのだけど。


   書物は大丈夫だった?


   ……え?


   糖蜜がかかっちゃったら、べたべたになっちゃうと思うから。


   ……うん、大丈夫だった。


   ん、良かった。


   ……先生の、書物だったの。


   先生の?


   ……こっそり、借りてきて。


   ……。


   ……だから。


   良かったね……メル。


   ……ん、本当に。


   夢中になっちゃったんだね。


   ……悪い癖だとは、思っているの。


   然うだなぁ。


   ……。


   メルは一旦書物を読み始めると、なかなか帰ってきて呉れないんだ。
   それで、寂しいって思ったことも何度かあるし。


   ……ごめんなさい。


   今は、大丈夫だけどね。
   読んでるメルを後ろから抱っこしてれば、もっと大丈夫だし。


   ……たまに、お腹をくすぐってくる。


   ……。


   それから、ぎゅうって。


   す、少しだけだよ。


   ……少しだけ?


   うん……少しだけ。


   ……そういうことにしとく?


   う、うん、しておいて欲しい。


   ……ふふ。


   は、はは。


   ……悪い癖、どうしたら良いのかしら。


   一番良いのは、書物を読みながら何かを食べない。
   何かを食べながら、書物を読まない。


   ……。


   食べる時は、一回、書物を置く。
   ながら食べをしない、これでどうだろ?


   ……分かってはいるの。


   なかなか出来ない?


   ……読みながら食べるのは、どうしても効率が良くて。


   だけど、汚してしまったら嫌だろう?
   ましてや、先生のを汚しちゃったら大事(おおごと)だ。


   ……。


   難しいとは、思うけど。
   意識しておくことが、大事(だいじ)だと思うな。


   ……うん、もっと意識してみる。


   ん。


   ……ねぇ、ユゥ。


   なんだい?


   ……糖蜜をかけたもの、本当に美味しい?


   ん、本当に美味しいよ。
   かけなくても美味しいけど、かけたらもっと美味しくなった。


   ……。


   ね、言った通りだろ?


   言った?


   メルが美味しいと思うものは、あたしも美味しいって。


   ……。


   ね?


   ……うん、ユゥ。


   へへへ。


   ……。


   ね、メル。
   メルは甘いものが好きだからさ、良い考えが浮かぶのかも知れないね。


   ……え。


   今度から、メルに相談しても良い?
   今までもしてたけど、今まで以上に。


   で、でも、私は然ういうのは、あまり得意ではないから。


   冷めたのを食べると、前もって分かっている時に。


   ユ、ユゥ。


   最初から甘くしておくのと、然うでないの、メルはどっちが良い?


   ……。


   ね、どうだろ?


   ……私は、どちらでも良いわ。


   どちらでも?


   ……ユゥが、作って呉れたものなら。


   んー、そっか。


   ……でも。


   でも?


   ……。


   メル?


   ……両方、食べてみたい。


   両方、いっぺんに?


   う、ううん、勿論分けて食べるけど。


   うん。


   ……初めに甘いの、その次に、然うでないもの。


   糖蜜をかけて?


   ……でも、すごく手間だと思うから。


   作ってみようかな。


   ……。


   作ったら、食べて呉れる?


   ……うん、食べたい。


   じゃ、作る。


   ……。


   いつ作ろうかな。
   メル、いつが良い?


   私は、いつでも……ユゥの、都合が良い時に。


   ん、分かった。
   じゃ、近いうちに。


   ……。


   楽しみにしててね。


   ……ん。


   うん、今日はメルに良い考えをもらった。
   嬉しくて、楽しいな。


   ……実はね、ユゥ。


   うん?


   ……私ね。


   うん。


   ……お豆の甘煮以外のものにも、かけたことがあって。


   え。


   ……。


   どうしてまた。


   ……忘れていたの。


   メルが、忘れる……。


   ……悪い癖のせいで。


   あぁ……。


   ……。


   それで、どうだったの?


   ……あまり。


   ……。


   ……やっぱり、糖蜜はお豆の甘煮だけにしておこうと思ったの。


   そ、そっか……うん、その方が良いかな。


   ……でも、ちゃんと残さず食べたから。


   食べられないほどでは、なかった……?


   ……うん、一応。


   そっか……。


   ……。


   ねぇ、メル。


   ……なに。


   豆の甘煮だけを作って、糖蜜をかけて食べる。


   ……まめみつ?


   そ、まめみつ。
   今度のおやつに、どうだろ?


   ……良いと、思う。


   ん、それじゃあ。


   ね……私も、作りたい。


   うん、一緒に作ろ。
   メルの好きなやつ。


   ……。


   ね、好きだよね?


   ……うん、とても好き。


  23日





   はい、どうぞ。


   ん……ありがとう。


   熱いので良かったんだよね?


   ……うん。


   火傷しないように気を付けてね。


   ……ん。


   うん。


   ……今度は、何を食べているの?


   菜っ葉と豆肉を混ぜたの。


   温めた?


   うん、あっためた。
   これは、あったかい方が美味しいから。


   ……。


   最初は横着して冷めたのを食べようと思ったんだけど、やっぱりあったかい方が良いやって。


   ……一口、食べた?


   うん、食べた。
   豆の甘煮以外はやっぱり、あったかい方が美味しい。


   ……。


   メルも食べる?


   ううん……今は、まだ。


   そっか。


   ……?


   然うだ、持って帰る?
   持って帰るなら、豆の甘煮のが良いかな。
   それとも……今夜は、ここで?


   ……。


   メル?


   ……お茶が、ほんのり甘い。


   あぁ。


   若しかして……糖を、入れて呉れたの?


   糖蜜をほんの少しだけ入れたんだ。


   ……糖蜜を?


   疲れてる時は、甘いのが良いかなって。
   このお茶は、糖蜜との相性も良いからさ。


   ……。


   でも甘すぎるとかえって喉が乾いてしまうから、ほんの少しだけ。
   ほんのり甘い程度に。


   ……糖蜜、作って呉れたの?


   作って、冷やしておいたんだ。


   ……。


   あ、入れない方が良かった?
   ごめんよ、勝手に入れちゃって。


   ううん……入れて呉れてありがとう。


   ……美味しい?


   ん……とても。


   良かった。


   ……でも、次は聞いてね。


   ん、分かった。
   忘れない。


   ……とても優しい味がする。


   あのね、メル。


   ……なに?


   糖蜜、残ってるんだ。


   ……。


   だから、だからね……メル、要る?


   ……もらっても良いの?


   うん、もらって欲しい。


   ……。


   持って帰れるように、小瓶に入れてあるんだ。


   ……ありがとう、ユゥ。


   そ、それでね。


   ……。


   も、若しも、帰らないで良いなら、その……寝る前に、また。


   ……ううん、帰らなきゃ。


   そ、そっか、然うだよね……。


   ……ねぇ、ユゥ。


   な、なに。


   ……糖蜜、本当にもらっても良いの?


   う、うん、良いよ。


   ……ユゥは、要らないの?


   要る時はまた、作れば良いだけだから。
   直ぐ出来るし、気にしないで持って帰って。
   お勉強のお供にして欲しい。


   ……お勉強のお供?


   お茶に入れて飲むとか。


   ふふ……然うね、然うする。


   ……。


   ……美味しい。


   ね、メル。


   ……なぁに?


   あたし、いつか琥珀糖を作ってみたいって思ってるんだ。


   琥珀糖……お師匠さんが、たまに作って呉れる?


   うん、それ。
   師匠は気まぐれだから、なかなか作って呉れないだろう?


   ……。


   え、あれ。


   ……実は、何度かもらったことがあるの。


   そ、然うなの?


   ……と言っても先生がもらって、私はそれを分けてもらう形なのだけど。


   あ、先生か。
   なら、分かるかな。


   ……。


   ん、あれ。


   ……あのね、ユゥ。


   も、若しかして、メルにだけ……なんてことも、ある?


   ……先生に比べたら、少ないけど。


   さ、最近だと、いつ?


   ……ついこの間、お勉強の合間に食べるようにって。


   つい、この間……。


   ……ユゥは、もらってない?


   最後にもらったのは、大分前だよ。
   それも、ひとつかふたつ。


   ……。


   先生に作ってあげてるのは、知ってるけど。
   メルにも、作ってただなんて……強請ったわけでは、ないんだよね?


   そ、そんなこと、しないわ。


   だ、だよね、ごめん。


   ……。


   ……師匠の琥珀糖ってさ、きれいで美味しいよね。


   うん……。


   ……ついこの間にもらったのは何色だった?


   色……?


   ……うん、色。


   青……。


   ……と?


   ……緑。


   ……。


   ……。


   ……先生にあげるのと全く同じ色だ、くそう師匠め。


   えと……ユゥは、何色の琥珀糖を作るつもりなの?


   ……。


   ユゥ?


   ……青と緑のを作って、メルにあげようと思ってた。


   ……。


   でも、違う色にしようかな……。


   ……どうして?


   ……。


   ユゥ。


   ……師匠のは、とてもきれいなんだ。


   ……。


   だから……。


   ……青と緑のが、良い。


   え。


   ……若しも、作ってもらえるなら。


   メル……。


   ……ごめんなさい、強請っているようで。


   う、ううん、メルのおねだりなら、なんでも聞くよ。


   ……。


   だ、だけど、師匠のと比べたら……。


   ……比べないわ。


   あ。


   ……問われたら、答えるけど。


   ……。


   然うでなければ、比べない……だって、ユゥの琥珀糖はユゥだけが作れるものだもの。


   ……あんまりきれいじゃなくて、あんまり美味しくなくても?


   色は、出来上がってみてからじゃないと分からないけれど……美味しくないなんてことは、ないと思うの。


   そ、然うかな……。


   ……だってユゥが作る糖蜜は、いつだって甘くて、とても優しい味がするもの。


   し、師匠が作るのも……。


   ……ううん、違うの。


   違う?


   ……少しだけ、違うの。


   ……。


   お師匠さんが作る糖蜜は、先生の好みに合わせてあるから。
   勿論、それでもちゃんと美味しいのだけれど……。


   ……然う、なのかな。


   うん……然うなの。


   そっか……然うなんだ。


   ……。


   ん……メル。


   ……ね、ユゥ?


   なぁに……メル。


   ユゥが作った琥珀糖……楽しみにしていても、良い?


   うん……勿論だよ。


   ふふ……じゃあ、楽しみにしてる。


   うん、してて。


   ……。


   作ったら、一緒に食べようね。


   ん、一緒に。


   へへ。


   ふふ。


   ね……お茶のお代わり、要る?


   ……もらっても、良い?


   喜んで。


   ……ふふ。


   ね、ね、糖蜜はどうする?


   ……ほんの少しだけ。


   ほんの少しだけ……ん、分かった。


   ……それと。


   うん?


   ……お豆の甘煮の包餅、食べても良い?


   うん、食べて食べて。


   ……。


   温める?


   ……ううん、このままで。


   そっか……じゃあ、どうぞ。


   ……ん、いただきます。


  22日





   ……メル?


   ……。


   大丈夫……?


   ……うん、だいじょうぶ。


   もう少し、休んでる……?


   ……。


   うん……じゃあもう少し、このままで。


   ……ユゥは。


   少し、小腹が空いちゃって。


   ……なかみ、なに?


   んとね、豆の甘煮。
   冷めても、美味しいから。


   ……そう。


   メルも食べたくなったら言ってね。
   メルの分、取っておくから。


   ……ん。


   あ、お茶が欲しくなっても言ってね。
   直ぐに淹れるから。


   ……ありがとう、ユゥ。


   うん。


   ……。


   もう少し、甘い方が良いかな……でも、あまり甘すぎてもな。
   あったかい時は、もう少し甘く感じたし。


   ……。


   あったかいのと冷めたの、どちらも美味しいけど、やっぱり少し違うから……ちょっとだけ、加減を変えた方が良いかも知れない。
   冷めていると、甘みが弱くなるのなら……メルがお勉強の合間に食べるのは、ちょっと甘めに作ってみようかな。
   いつ食べるか、ちゃんと確認して……。


   ……。


   あと、あったかいと柔らかいけど……冷めると、固まっちゃう。
   豆が硬くなるわけじゃない、でも食感が違う……これは、水加減かな。
   最初から、冷めたのを食べるつもりなら……もう少し、緩めに作ってみると良いかも。
   甘煮だけで食べるなら、緩めでも良いんだけど……。


   ……ねぇ。


   ん、なに?


   ……はだかじゃ、ないの?


   え。


   ……ごめんなさい、なんでもない。


   お、起きた時は、何も着てなかったんだけど……あ、下は穿いてたよ。


   ……いつも、そうだよね。


   う、うん、いつも下だけは穿くんだ。
   師匠とあたしは、違うから。


   ……おししょうさんは、はだぎだけは、はいてる。


   流石に全裸はだめだよ。
   特にメルの前では。


   ……ねぇ、ユゥ。


   な、なに?


   ユゥは、だいじょうぶ……?


   ……え?


   やすんでいなくても、だいじょうぶなの……?


   え、えと……うん、あたしは大丈夫だよ。


   ……からだ、おもくない?


   お、重くないよ。


   ……そう。


   の、喉、乾いた?


   ううん……まだ、だいじょうぶ。


   そ、そっか。


   ……。


   ……。


   ……ユゥ、ききたいことがあるの。


   き、聞きたいこと?


   ……きいてもいい?


   ……。


   ……だめ?


   ううん……いいよ。


   ……あの、ね。


   うん……。


   ……どう、だった?


   どうって……?


   ……。


   ……。


   ……わたしに、ふれられて。


   ……。


   ……やっぱり、にがて?


   え、と……。


   ……にがて、なのね。


   うん……ごめんね。


   ううん……あやまらないで。


   メル……。


   ……わたしが、じょうずでないから。


   じょうず?


   ……。


   わ。


   ……だから、ユゥはにがていしきを。


   メ、メル、どうしたの?


   ……。


   も、若しかして、どこか痛い?
   そ、それとも、どこかおかしい?


   ……うでが、すこし。


   腕? 腕がどうしたの? 痛いの?


   ……いたくは、ないの。


   じゃあ、おかしい?


   ……つかれて、しまって。


   疲れて?


   ……ユゥは、へいきだよね。


   う、うん?


   ……きんにくがはってしまうことなんて、きっとなくて。


   ん、んーと……。


   ……ごめんね、ユゥ。


   え、な、なんで?


   ……わたしがじょうずにできていたなら、ユゥはにがてだとおもわなかったかもしれない。


   じょ、じょうずにって、ど、どういうこと?


   ……そんないしき、もつこともなかったかもしれない。


   よ、良く分からないんだけど……。


   ……あのね。


   う、うん。


   ユゥのように、ふれることができたら……て。


   ……あたしのように?


   わたし……ユゥがしてくれるように、しているつもりなの。


   ……。


   ……からだに、ふれる。


   あ。


   ……だけど、できていないから。


   メ、メ、メルは……。


   ……どうすれば。


   で、出来てないわけじゃ、な、ないと思うよ。


   ……けど。


   あ、あたしが、苦手だと思うのは……その、触れられることじゃ、なくて。


   ……え?


   だ、だから、その……えと……。


   ……。


   ……か、かんしょく。


   かんしょく……?
   ふれられる……?


   ……ち、ちがうと、おもう。


   ……。


   ご、ごめん……どうしても、うまく、いえない。


   ……ことばに、できない?


   う、ん……。


   ……。


   こ、言葉には出来ないけど、ほ、本当にいやじゃないから。
   い、いやじゃないからね、メル。


   ……ユゥ。


   ほ、本当に、本当だよ……。


   ……うん、わかった。


   し、しんじて。


   ……ん、しんじる。


   よ、良かった。


   ……もっと、まなばないと。


   え?


   ……ユゥから。


   あ、あたしから?
   な、なにを?


   ……。


   あたしから学ぶって……た、鍛錬?


   ……そう、たんれん。


   た、鍛錬なら、任せて。


   ……。


   い、いくらでも、教えるよ。


   ……まずは、いまよりもたいりょくをつけなきゃ。


   体力……じゃあ、基礎鍛錬だ。


   ……あと、きんりょくも。


   うん、やっぱり基礎鍛錬だ。


   ……だから、


   ゆっくりやろう、メル。
   いきなりいっぱいやったら、躰が吃驚しちゃう。
   お勉強にも、さし、さしか、さつ……さつかえ?


   ……さしつかえ?


   然う、さしつかえ!


   ……。


   ね、少しずつ鍛錬量を増やしていこう。
   躰が、吃驚しちゃわないように。


   ……うん、そうする。


   ん。


   ……。


   ね、メル。


   ……なに。


   そろそろ、出てこない……?


   ……。


   出てきて、欲しいな……。


   ……温かいお茶が。


   うん?


   ……飲みたい。


   温かいお茶だね!
   うん、分かった!


   ……。


   ね……淹れるまでには、出てきて呉れる?


   ……うん、それまでには。


  21日





   じ、自分で脱ぐ、脱ぎたい。


   ……どうしても?


   ど、どうしても!


   ……然う。


   ちょ、ちょっと待っててね。


   ……うん、分かった。


   ……。


   ……ユゥ?


   ん!


   ……。


   ……ぬいだ、よ。


   うん……。


   ……。


   ……いい?


   ……。


   ユゥ……?


   ……いい、よ。


   ……。


   ぅ……。


   ……手、冷たい?


   つめたい、けど……へいき。


   ……。


   ……すぐに、あったまるよ。


   ユゥの、熱で……。


   ……。


   ……首まで、真っ赤。


   すごく、あつい……。


   ……躰の中?


   う、ん……。


   ……。


   あのね、メル……。


   ……なぁに、ユゥ。


   なれてる、と、おもってたんだ……。


   ……慣れてる?


   メルに、ふれられるの……。


   ……。


   だけど……これは、なんだか、ちがうんだ。


   ……検査のそれとは、感じ方が違うということ?


   うん……ちがうと、おもう。


   ……。


   ね、メル……もしかして、さわりかた、ちがう?


   ……同じでは、ないと思う。


   そっ、か……ぅ。


   ……ね、ユゥ。


   な、に……。


   ……やっぱり、するのとされるのでは違う?


   ぜんぜん、ちがう……。


   ……。


   ……メル、は?


   そう、ね……。


   ……メル?


   やっぱり、同じではないわ……。


   ……。


   ね、いや……?


   ううん……いやじゃ、ないよ。


   じゃあ……恥ずかしい?


   ……。


   そうなの……?


   ……よく、わかんない。


   ユゥは、私の前では裸で歩いたりしているけれど……その時は?


   ……。


   その時は、恥ずかしくない?


   ……かんがえたこと、ない。


   考えたら、恥ずかしい……?


   ……。


   ……恥ずかしくない?


   けんさのとき、みられてるから……ちいさい、ころから。


   ……つまりは、慣れてる。


   う……メル。


   ……行為の、時だけ。


   メル……あの。


   ユゥ。


   ……な、に。


   ちょっと試してみても良い?


   ……え?


   ……。


   た、ためすって……な、なにを。


   大丈夫……心配しないで。


   え、え……?


   ……慣れているものだと、思うから。


   なれ、て……?


   力を抜いて……ユゥ。


   ……。


   大丈夫、だから……。


   ……うん、メル。


   ……。


   ……ん。


   ……。


   ……?


   ……。


   あ、あれ……。


   ……。


   これ、いつもの……。


   ……これなら、苦手じゃない?


   うん、苦手じゃない……大丈夫だ。


   ……。


   へへ……ちょっとくすぐったい。


   ……柔らかくなった。


   ふふ……。


   ……さっきまで、酷く硬くなっていたのに。


   気持ち良いな……。


   ……気持ち良い?


   うん……すごく気持ち良い。


   ……然う。


   えへへ……。


   ……ユゥは、豆肉が好きだから。


   まめにく……?


   ……豆肉を食べて鍛錬しているから、躰に筋肉が確りと付いていて。


   もっと、大きくなるよ……。


   ……。


   あたしの筋肉、好き……?


   ……うん、好き。


   筋肉、以外も……。


   ……ん。


   へへ、そっか……じゃあ、もっと鍛えないと。
   筋肉も、骨も……全部。


   ……本当に、きれい。


   メルも、きれいだよ。
   あたしよりも、ずっと、きれいなんだ。


   ……。


   ん、くすぐったい……。


   ……しない方が、良い?


   え……?


   ……。


   なにを……?


   ……。


   メル……?


   ……ユゥが、私にして呉れるようなこと。


   あたしが、メルに……あ。


   ……。


   え、えと、えと……。


   ……触れるだけなら、これだけでも十分に。


   あ、あのね、メル……。


   ……。


   め、メルが、したいなら……その、しても、いいよ。
   う、ううん……いいんだ。


   ……だけど。


   に、にがてだけど、いやじゃないから……。


   ……。


   い、いやじゃ、ないんだ……にがて、だとしても。
   うまく、いえないんだけど……でも、いやじゃないって、それだけは、いえるんだ。


   ……ユゥが苦手だと思うことは、したくない。


   メル……。


   ……でも、ユゥが私にして呉れるように、触れたいって思ってしまうの。


   ……。


   ……ごめんね、ユゥ。


   あ、あやまるひつようなんて、ないよ。


   ……。


   メルがあやまるなら、あたしはもっと、あやまらなきゃ。


   ……ユゥが?


   あ、あたしは、メルに……その、たくさん、しているから。
   さ、さっきも、だけど……きゅ、きゅうに、さわりたくなっちゃうときも、いっぱい、あるし。


   ……。


   たくさん、ふれているから……ふれさせて、もらってるから。


   ……。


   だ、だから、メルがあやまらなきゃいけないのなら……。


   ……謝らないで、ユゥ。


   ……。


   ねぇ、ユゥ……私に触れられるのは、いや?


   う、ううん……いやじゃ、ないよ。


   でも、苦手……?


   ……。


   ……。


   ……メルに、その、ふれられるのは。


   うん……。


   にがてだけど、いやじゃないし……むしろ、うれしいと、おもう。


   ……うれしい?


   う、うん……うれ、しい。


   ……。


   じ、じぶんでも、よく、わからない……わからないけど、ふれられたくないとは、おもってない。
   ぜんぜん、おもってないんだ……。


   ……今は、嬉しい?


   ……。


   ユゥ……。


   ……メル。


   ……。


   うん……うれしい。


   ……。


   あ……。


   ……もう、いちど。


   ……。


   いい……?


   ……。


   ……。


   ……うん、いいよ。


   たくさん、ふれても……。


   ……メルが、おもうように。


   わたしが、おもうように……。


   ……ふれて、みて。


   ……。


   メルがおもうように、ふれてくれたら……あたしはきっと、もっとうれしいとおもうかもしれないから。


   ……ためしてみても、いい?


   うん……なんどでも。


   ……。


   ……ね、メル。


   うん……ユゥ。


  20日





   菜っ葉、豆肉、菜っ葉と豆肉を混ぜたの、煮豆、豆の甘煮。


   ……。


   どれが一番、美味しいかな。


   ……どれも、美味しいけど。


   師匠が作るのだと、菜っ葉と豆肉を混ぜたのが一番美味しい。
   ぴりっと辛くて。


   ユゥは、少し辛いのが好きよね。


   うん、好きだ。


   菜っ葉のも少しだけ辛いけど。


   菜っ葉のもぴりっとするから好き、でも豆肉が入ってるともっと好き。


   ユゥはお肉も好きよね。


   うん、好きだ。
   ね、メル、知ってる?


   なに?


   青い星には、豆肉よりも美味しい肉があるんだって。


   ……獣のお肉?


   師匠曰く、豆肉とは違った美味しさらしい。
   いつか食べてみたいなぁ。


   ……。


   メル?


   ……ううん、なんでもない。


   ね、メルはこの中だとどれが一番美味しい?


   お師匠さんが作ったもの?


   うん、師匠が作ったの。


   ……どれが特に好きかでも、良い?


   うん、良いよ。


   私は……お豆の甘煮のが特に好き。


   豆の甘煮の?


   ……うん。


   豆の甘煮のは、おやつに良いな。
   あと疲れている時に、特に食べたくなる。甘くて、美味しいんだ。


   ……私は。


   メルは?


   お勉強の合間に少しずつ食べるのが好きなの。


   冷めちゃっても?


   ん。
   冷めていても、温かいお茶と一緒に食べると美味しいの。


   あ、そっか、あったかいお茶と食べると美味しいね。
   然う考えると、冷めても美味しいのは豆の甘煮のかも。
   同じ豆でも、煮豆はあったかい方が断然美味しいし。


   思うに。


   うん。


   塩味は温かい方が、旨味がより伝わりやすいのかも知れない。


   然ういえば、塩味は冷めるとあったかい時よりも塩辛くなっちゃうなぁ。


   冷まして食べることを前提にして作れば、若しかしたら、丁度良い加減で食べられるかも知れないわ。


   それだ。


   え?


   今度、試しに作ってみる。


   ……。


   そしたら、食べよう?
   鍛錬の合間に、さ。


   ……思うの、だけど。


   うん、なになに。


   塩味は丁度良くなるかも知れないけど……豆肉そのものは冷たいよりも、温かい方が良くない?


   あ。


   ……冷たくても、塩味が丁度良ければ美味しいと思うけど。


   確かに、然うだ。
   豆肉はあったかい方が、冷めてるのよりもずっと美味しい。


   ……。


   うーん、難しいな。
   でもま、今はいっか。


   ……良いの?


   今は、出来立てのをメルとふたりで食べるのが大事。
   冷めてしまう前に、ね。


   ……。


   ね、どれから食べる?


   ……ユゥは?


   んー、どうしようかな。


   ……。


   菜っ葉のから、食べようかな。


   菜っ葉?


   うん、菜っ葉のも好きだから。
   ね、メルはどれにする?


   私は……豆肉のを。


   豆肉?


   ……少し、お腹が空いていて。


   あぁ、お腹が空いている時は豆肉のが良いよね。


   ……。


   ん、なに?


   ……なんでもない。


   然う?


   ……然うなの。


   若しかして。


   ……。


   豆の甘煮は、最後?


   ……だめなの。


   ううん、だめじゃない。
   あたしも最後にしようっと。


   ……。


   はい、メル。
   熱いから、気を付けてね。


   ……うん、ありがとう。


   ん!


   ……。


   あたしは、菜っ葉。
   それじゃ、メル。


   うん。


   いただきます!


   ……いただきます。


   ……。


   ……。


   んー……。


   ……美味しい。


   ちょっと、もちもちが足りない……。


   ……。


   ね、メル。
   師匠が作ったのと比べたら、どう?


   ……え。


   師匠のが、美味しい?


   ……ユゥのも、美味しいわ。


   でも、ちょっともちもちが足りなくない?


   ……私は、これくらいでも十分に美味しいと。


   どっちか決めなきゃだめと言われたら、どっちが美味しい?


   ……。


   メル。


   …………お師匠さん。


   あー。


   ……ごめんなさい、ユゥ。


   ううん、謝らないで。
   本当のことを言って呉れて、ありがとう。


   でも、ユゥのも美味しいわ。
   中の具だけで言えば、お師匠さんが作るものと同じくらいに。


   ありがとう、メル。


   ……。


   あたしは、師匠が作るものよりも美味しいのを作れるようになりたい。
   メルにとっての、一番になりたい。
   だから。


   ……ユゥ。


   水加減かな……いや、捏ね具合?
   うーん……。


   ……難しいのね。


   うん?


   ……食事を、作ること。


   ただ、食べられるもので良いって言うのなら、そんなに難しくないかも知れない。
   だけど、美味しいものを作るとなると……なんて言うのかな、こわだり? こりだわ?


   ……拘り?


   然う、それ。
   それが、出てきちゃうんだ。


   ……。


   あたしは兎に角、メルに美味しいと思ってもらいたい。
   だから、色々考えて、何度も試すんだ。


   ……この具も試したの?


   うん、試した。
   でも、結局はメルに食べてもらわないと、メルの好みは分からないからさ。


   ……。


   具は師匠と同じくらい、麦餅は師匠よりもまだまだ。
   それが分かって、良かった。


   ……美味しい。


   ん?


   ……他のも、食べて良い?


   うん、もちろん。


   ……あのね、ユゥ。


   うん、なに。


   ……麦餅も、美味しいから。


   麦餅?


   ……うん、麦餅。


   でも。


   ……味が、好き。


   味……具の?


   ……ううん、麦餅の。


   ……。


   だから……また、食べたい。


   ……!
   うん、分かった!


   ……。


   次はもっと、もちもちしたのを作るよ!
   師匠のよりも、もちもちっと美味しいの!


   ……ふふ。


   ん、あれ。


   ……楽しみにしてるね、ユゥ。


   うん、してて!


   ……もちもちっと。


   もちもちっと!


   ……ふふ、ふふ。


   おかしい?


   ……うん、音が面白い。


   はは、もちもち!


   ふふふ……。


   へへ。


   ね……ユゥは、次は何を食べるの?


   次は、何を食べようかな。
   豆肉のにしようかな。


   ……。


   んー。


   ……ねぇ、ユゥ。


   ん、なぁに?


   憶えてる?


   え?


   ……。


   え、と。


   ……食べ終わったら。


   食べ終わったら……片付ける?


   ……。


   う。


   ……触れさせて、呉れること。


   あっ。


   ……。


   お、憶えて、る、よ?


   ……忘れてた。


   わ、忘れてない、よ?


   ……。


   ほ、ほんとに、わ、忘れてない。
   だ、だけど。


   ……だけど?


   ……。


   ユゥ?


   ……ちょっと、にがてだから。


   ?
   にがて?


   な、なんでもない、なんでもないよ。


   ……。


   と、とりあえず、食べよう。
   ね。


   ……うん。


   そ、然うだ。
   麦餅に入ってる具のこと、あんって言うの、知ってる?


   ……あん?


   師匠が言ってたんだ。
   なんで、あん、って言うのかは、知らないみたいだけど。


   あん……先生なら、知っているかも知れないけど。


   し、調べてみる?


   若しかしたら、青い星の……ちょっと、調べてみる。


   う、うん。


   ……。


   あ、あの、メル?


   ……苦手なら、しない。


   え。


   ……。


   に、にがてだけど、い、いやなわけじゃないんだ。


   ……苦手なのに?


   じ、じぶんでも、よくわからないんだけど……。


   ……。


   メ、メルに、ふれられるのは……その、すきだ。


   ……好き?


   う、ん……。


   ……。


   な、なに……。


   ……真っ赤。


   あう……。


   ……。


   ……。


   ……後で、触れても良い?


   う、うん……いい、よ。


   ……。


   メルに、なら……。


   ……いやだったら、すぐに。   


  19日





  -アンミツ。(前世・少年期)





   ……ん。


   ん……。


   ……いいにおいが、してきた。


   ユ、ゥ……。


   ……だけど、もう少しかな。


   ぁ……ぁっ。


   ……良く蒸らした方が、良いんだっけ。


   あっ……あっ……あっ……。


   ……ね、メル。


   ……。


   ねぇ、メル……。


   ……な、に。


   メルは、どう思う?


   ……なに、が。


   いいにおいが、してきたんだ。


   ……いい、におい。


   けど、まだ早いと思うんだ。


   ……。


   だから。


   ……もう、すこし。


   蒸らした方が、良い?


   ……あなたが、そう、おもうなら。


   そっか……じゃあ、もう少し。


   ……や、ぁ。


   あ。


   ……あまり、しない、で。


   ごめん……痛かった?


   ……そうじゃ、なくて。


   ……。


   やん……っ。


   ……ね、かたくなってるね。


   しない、で……。


   ……。


   ん……ん……。


   ……また、なめたいな。


   どう、して……。


   ……。


   ……きゅう、に。


   メルが。


   ……こんな、こと。


   メルが、おいしそうだったから。


   ……。


   食べたくなっちゃった。


   ……も、ぅ。


   ね……そろそろ?


   きかない、で……。


   ……めのふち、まっか。


   やだ……。


   ……。


   ん……。


   ……メルのあじ。


   ば、か……。


   ……うん、ごめん。


   あ……っ。


   ……おわったら。


   や、ふやさ……っ。


   ……ふたりで、たべよ。


   あ、あっ、あぁっ……。


   ……かわいいな。


   ユゥ……、ユゥ……っ。


   ……すごく、かわいい。


   ……っ、……っ。


   メル……メル……。


   ……ぁ、……ユ、ゥ……。


   ね……いつでも、いいから。


   ……ぁっ、……あぁっ。


   メル……あたしの……。


   ……、……ゥ。


   ん……なぁに?


   も、ぅ……。


   ……もう?


   ……。


   なぁに、メル……。


   ……ひと、おもいに。


   ひと、おもい……?


   ……いじ、わる。


   え。


   ……は、ぁ。


   いじわる、してた……してる?


   ……つぎ、は。


   つぎ……?


   ……わたし、が。


   ……。


   あなた、ぁ……あなた、に……。


   ……え、と。


   ふれ……ん、あっ。


   ……。


   ……ず、る……あっ、あぁっ。


   すきだよ……。


   ……ぁ、ッ。


   だいすきだ……メル。


   ……ぁ、……あぁ……ぁ。


   あぁ……。


   ……、……。


   ……あたしの、メル。


   ……。


   ん……なぁに?


   ……。


   ……や?


   もぅ……だめ。


   うん……もう、しない。


   だから……だめって。


   ……なみだを、ふいてるだけ。


   くちびる、で……。


   ……て、つかえないから。


   ……。


   ん、メル……?


   ……ぬい、て。


   でも、まだ……。


   ……ぬいて。


   うん……。


   ……ん、ぁ。


   ぬいたよ……。


   ……いわない、で。


   ……。


   ……あらって、きて。


   ちゃんと、ふくよ……ほら。


   ……だめ、あらって。


   ……。


   てをあらって、ユゥ。


   ……はい。


   ……。


   ……。


   ……はやく、あらってきて。


   うー……。


   ……じゃないと、もうにどと。


   行ってくる。


   ……。


   水、水……。


   ……はぁ。


   ちゃんと、洗って……洗って。


   ……。


   ……うん、洗った。


   はやい。


   ……え。


   もうちょっと、ていねいに。


   え、えぇ……。


   ……じゃないと。


   もっと丁寧に洗う。


   ……。


   …………よし、これなら。


   ユゥ。


   ちゃ、ちゃんと洗ったよ。


   ……ちゃんと、ふいてね。


   う、うん、ちゃんと拭く。


   ……はぁ。


   んしょ……よし、ちゃんと拭いた。


   ……。


   メル……戻っても、良い?


   ……触れても、良いのなら。


   え……。


   ……次は、私があなたに。


   あ、あー。


   ……。


   蒸らし加減、ちょっと確認してみようかな。


   ……。


   どうかな、出来てるかな。


   ……ユゥのばか。


   う。


   ……。


   メ、メル……?


   ……しらない。


   あ……。


   ……。


   あ、えと、えと……。


   ……できても、ふたりでたべない。


   あ、あぁ。


   ……ひとりで、たべる。


   そ、そんな……。


   ……。


   ご、ごめん、ごめんよ、メル……。


   ……ふたりで、たべたい?


   た、たべたい。


   だったら。


   だ、だったら?


   ……たべおわったら、ふれさせて。


   ……。


   だめなら……。


   わ、わかった。


   ……。


   メル、その……あ、あたしに、ふ、ふれて。


   ……わすれないでね。


   わ、わすれない、よ……。


   ……。


   ……。


   ……ね、ユゥ。


   な、なに……。


   ……いいにおい、ね。


   そ、そうだね。


   ……。


   お、起きるの?


   ……だめ?


   だ、だめじゃない。


   ……蒸し加減、私も見たいの。


   そ、そっか。


   ……。


   ……。


   ……上衣。


   あ、取るよ。


   ……。


   は、はい。


   ……ありがとう。


   ど、どういたしまして。


   ……。


   て、手伝う?


   ……ううん、ひとりで大丈夫。


   ……。


   ……ねぇ。


   や、やっぱり、手伝


   ユゥも、着て。   


  18日





   ……。


   ジュピター。


   ……。


   ジュピター。


   ……ん。


   未だ、聞こえない?


   ……ううん、聞こえる。


   はっきりとは、聞き取れない?


   ……ざーざーって音が、邪魔をしてる。


   然う……。


   だけど、マーキュリーの声は聞こえているよ。


   少し調節するわ。


   ちょう?


   調節。


   ん、分かった。


   ……。


   ねぇ、マーキュリー。


   ……何。


   マーズはうまくやって呉れたかな。


   あなたよりも厳しいから、悲鳴が絶えなかったとか。


   悲鳴?


   そのうち、声を出す余裕もなくなって。
   鍛錬が終わると、暫くは鍛錬場から戻ることが出来なかったみたい。


   ……。


   月を守る衛士として、あまりにも腑抜けだったものだから頭に来たらしいけれど。
   もう少し加減を考えて呉れないと、使えるようになる前に潰れてしまうわ。


   ……きた?


   特に月と金星。


   月と、えと、何?
   何が、来たの?


   ちょっと待って。


   ……?


   待って。


   まって?
   うん、分かった。


   ……。


   ……ん。


   ジュピター。


   なに、マーキュリー。


   今度はどう?
   雑音は未だ聞こえる?


   ううん、さっきよりは聞こえなくなった。


   と言うことは、未だ残っている?


   うん、少し。
   だけど、さっきよりはずっと小さくなったよ。


   ……。


   ……あ。


   どう?


   なくなった。


   然う。


   マーキュリー。


   なに、ジュピター。


   うん、やっぱりさっきよりずっと良く聞こえる。


   暫くはそれを付けていてもらうことになるけれど、あまり弄らないようにしてね。


   水も駄目だよね。


   ええ、勿論。


   湯浴みは暫く出来ないから、水の心配は、


   湯浴みだけではないでしょう、水を使うのは。


   うん?


   手を洗う時、緑のお世話をする時、それから、食事を作る時。
   くれぐれも、気を付けて。


   へへ、然うだった。
   うん、気を付けるよ。


   無闇に触らないでね。


   無闇に触って壊してしまったら、折角聞こえるようになったマーキュリーの声がまた、聞こえなくなってしまうから。


   ……。


   手話も良いけれど、やっぱり声が聞こえた方が良い。


   そんなに覚えていないくせに。


   マーキュリーとちょっとしたことを話すだけなら、なんとか。


   本当にちょっとしたことだけよね。


   好きだよ。


   ……。


   あと、愛している。
   これは、忘れない。


   ……然うでしょうね。


   手話は目が潰れてると役に立たないんだよなぁ。
   なんにも、見えないから。


   ……。


   マーキュリーが見えないのが、何よりも、嫌だ。


   ……手話の話からずれてる。


   今回は、潰れなくて良かった。


   ……。


   それで、マーズが鍛錬して呉れているんだっけ?


   ……ええ、然うよ。


   何が来たの?


   頭に、来た。


   頭に?
   何が……あ。


   分かった?


   あー……うん、分かった。


   マーズは元々、あなたよりも厳しいひとだから。


   基礎鍛錬……。


   だけでは、済まなかったわね。


   手合せ……いや、まさか、実戦方式?


   ええ、マーズを相手にして。


   ……。


   烈火の如く怒りながらも、どこまでも冷静な炎神。
   束になっても、近付くことすら出来ない。


   ……怪我人、続出?


   とは言え、誰もが軽い火傷程度。


   はぁ、流石マーズ……。


   問題は、幾度もそれを繰り返すこと。
   繰り返すことで、体力は消耗し、精神は削られ、火傷の数も増えていく。


   ……流石、鬼神マーズ。


   そのうち、悲鳴を上げる元気もなくなったわ。


   マーキュリーは、様子を見に行ったの?


   ええ、何度かね。


   ……マーキュリーの目から見て、どうだった?


   あなたとは比べ物にならない。


   ……。


   特に月と金星に対しては厳しかったわ。
   報告にも上がっている。


   ……マーズから何か、言伝を預かっているとか。


   生温い。


   ……あたしの力は、雷気だし。


   もっと厳しく接しろとのこと。


   ……厳しいだけだと、


   だから、舐められるのよ。


   ……それも、マーズ?


   智、信、仁、勇、そして、厳。


   ……。


   勇以外は足りているとは言い難いけれど、最も足りていないものは。


   ……智。


   曰く、厳。


   ……。


   当然、己にも厳しくあること。


   あー……。


   ……。


   ……ん。


   あなたがマーズになる必要はないわ。


   ……。


   だけれど、厳しさが必要なのは確かだから。


   うん……分かってる。


   ……。


   はぁ……。


   ……休む?


   もう少し、一緒に居たい。


   ……。


   声を聞いていたい。


   ……ねぇ、ジュピター。


   なぁに、マーキュリー。


   ……お帰りなさい。


   ……。


   ……耳が、壊れていたから。


   うん……ただいま、マーキュリー。


   ……。


   やっぱり声が聞こえるのは、良いなぁ。


   ……。


   ん……マーキュリー?


   ……無事で、良かった。


   マーキュリーのおかげだ……。


   ……あなたには、ちゃんと智が備わっている。


   だとするなら……ふたりのマーキュリーのおかげだ。


   ……。


   ……一番は、此処に居るマーキュリー。


   ……。


   ……マーキュリーの声が、聞こえたんだ。


   私の……?


   ……浅い夢の中で。


   ……。


   ただいま、マーキュリー……。


   ……あなたに、返すわ。


   ん?


   ……ユゥの、心を。


   あぁ。


   ……お帰りなさい、ユゥ。


   うん、ただいま……メル。


   ……。


   ……。


   ……ねぇ、ユゥ。


   豆蜜。


   ……。


   作るよ……近いうちに。


   ……お豆の甘煮と、糖蜜。


   果実と、それから……麩餅。


   ……作ってみたの。


   メルが好きな……え?


   ……お豆の甘煮と糖蜜だけ、だけれど。


   作った……メルが?


   ……おかしい、かしら。


   ううん、おかしくない……全然、おかしくなんてない。


   ……若しも、食べられそうだったら。


   食べたい。


   ……。


   食べたいよ、メル。


   ……少し、待ってて。


   うん、幾らでも。


   ……。


   ……メルが。


   ……。


   あたしに……。


   ……ユゥ。


   ……。


   これ、なのだけれど。


   あぁ……豆蜜だ。


   果物と、麩餅はないけれど……。


   ……豆と蜜、これが元の形だから。


   ……。


   ね……食べさせて、欲しいな。


   ……手は。


   メル。


   ……仕方ないわね。


   やった。


   ……美味しくなかったら。


   ううん、美味しいよ。


   ……。


   美味しくないものを、メルがあたしに出すわけがない。


   ……それでも。


   メル?


   ……口。


   うん……あー、


   ……。


   ……ん。


   ……。


   んー……うん、美味しい。


   ……本当に、


   本当に美味しい、美味しいよ、メル。
   豆は柔らかくて、仄かに甘い……だから、糖蜜のすっきりとした甘さが丁度良い。


   ……。


   ね、一緒に食べよう。
   ひとりじゃなく、ふたりで。


   ……。


   ね、メル。


   ……うん、ユゥ。


   ふふ。


   ……。


   ……夢で、見た通りになった。


   え……?


   ……夢の中で、メルがあたしに豆蜜を作って呉れるって。


   ……。


   夢が、現になった……すごく、嬉しい。


   ……夢の、通い路。


   うん……?


   ……若しかしたら、繋がったのかも知れないわね。


   ゆめの、かよいじ……。


   ……曰く、然ういうものもあるんですって。


   マーズ……?


   ……ね、ユゥ。


   ん……?


   私、思うのだけれど……麦餅に入れる具のことを、餡、と言うでしょう?


   うん、言う。


   水分を飛ばしたお豆の甘煮も、麦餅に入れることがあるから。


   その時は、餡、だね。


   ……だから、ではないのだけれど。


   うん。


   豆蜜のお豆の甘煮も、餡と呼んではいけないかしら。


   ……え?


   麦餅に入れずとも……。


   ……。


   ……やっぱり、なんでもないわ。


   あんこって、どうだろう?


   ……あんこ?


   区別する為に、あんこ。


   ……「こ」は、どこから来たの?


   半分ずつにすることを「はんぶんこ」って、言うだろう?


   ……言うけど。


   その「こ」。


   ……。


   だめかな。


   ……ううん、あなたらしいと思って。


   あたしらしい、かな。


   良いと思うわ。


   じゃあ、これからは豆蜜に入れる豆の甘煮はあんこだ。


   ……ん。


   んー、となると。


   ……?


   豆蜜のままでも、良いけど……然うだ、餡蜜ってどうかな。


   ……あんみつ?


   あんこを入れて、蜜をかけて食べるから。


   ……「こ」はどこに行ったの?


   あんこみつじゃ、ちょっと語呂が悪いかなって。


   ……確かに。


   だから、餡蜜。
   どうかな。


   あんみつ……餡蜜。


   ……豆蜜の方が、良いかな。


   ううん……良いと思うわ、餡蜜。


   然う?
   じゃ、これからはあんみつで。


   ふふ……うん。


  17日





   メル。


   ……。


   メル。


   ……ん。


   豆蜜、出来たよ。


   ……もぅ?


   メルは、眠っていたんだ。


   ……そんなに。


   書物は此処に。
   落としそうになっていたから。


   ……。


   一応、栞は挟んでおいたけど……。


   ……あなたを、見送ったのは。


   メル?


   ……なんでもないわ。


   然う……?


   なんでもないから、気にしないで。


   うん……なら、良いんだけど。


   それで、栞を挟んでおいて呉れたのよね。


   間違ってたら、ごめんよ。


   ううん……ありがとう、ユゥ。


   どういたしまして。


   ……。


   此処はあたしの部屋だよ。


   ……ユゥの。


   子供の頃とは、違う部屋だけれど。


   ……そう、ね。


   だけど、緑は今日もきれいだろう?
   葉も、花も、とても元気だ。


   ……。


   メルのおかげだよ。


   ……私が、居なくても。


   メルから愛をいっぱいもらったから、この子達は今日もきれいなんだ。


   ……。


   後で……あたしも、欲しいな。


   ……何が欲しいの。


   勿論……メルの愛。


   ……。


   メル?


   ……ゆうべも、あげたわ。


   ……。


   ね……そうでしょう。


   うん、もらった……だけど、もっと欲しい。


   ……よくぶか。


   然う、あたしは欲張りなんだ……。


   ……或いは、あまえた。


   子供の頃から、ね……。


   ……。


   ……ね、呉れる?


   あげない。


   ……あー。


   今は。


   ……今は?


   豆蜜が、先。


   ……。


   なに?


   ううん、なんでもない。


   声が弾んでいるように聞こえるけど。


   これから、メルとふたりで豆蜜を食べるから。


   それだけ?


   ずっと、楽しみにしてたんだ。


   ……。


   さぁ食べよう、メル。


   ……うん、ユゥ。


   こっちに持ってくるよ。


   ううん、そちらに行くわ。


   じゃあ、お手を。


   大袈裟。


   だめ?


   良いけど。


   はは、やった。


   ……。


   メルの手、今日もかわいいね。


   あなたの手は、今日も大きいわ。


   メルの手を包んで、温める為だよ。


   手だけ?


   ううん、手だけじゃない。


   ……。


   ……メルの、全部。


   全部となると……手だけじゃ、収まらない。


   ……抱き締めるのは、手だよ。


   腕も使うわ……。


   ……然うだけど。


   ん……。


   ……愛を込めて撫でることが出来るのは、手だけだ。


   ユゥ……。


   ……メル、あたしの愛を君に。


   ゆうべ、たくさんもらった……。


   ……もっと、あげたい。


   ……。


   食べ終わったら……また、ね。


   ……直ぐは、無理よ。


   ん、分かってる……。


   ……ねぇ。


   なんだい……?


   ……ずっと、この日が来るのを待っていたの。


   うん……あたしも、待ってた。


   ……大袈裟かも、知れないけれど。


   大袈裟でも、良いじゃないか……。


   ……。


   当たり前なんて、ない……然うだろ?


   ……うん。


   豆の甘煮、糖蜜、果実……それから。


   ……麩餅。


   みんな、メルが好きなものだ。


   ……あなたも、でしょう?


   うん、あたしも。


   ……。


   メル。


   ……ユゥ。


   さぁ。


   うん。


   ……。


   ……。


   ……メル?


   なんでもない。


   ……なんでもない?


   然う……なんでも、ないの。


   ……そっか。


   ……。


   ……大丈夫、夢じゃない。


   ……。


   あたしは、此処に居る。


   ……本当に。


   あぁ、本当だ。


   ……ゆうべの、熱も。


   本物だよ。


   ……。


   ……メルの手、熱かった。


   冷たく、なかった……?


   ……うん、冷たくなかった。


   ……。


   メル。


   ……やっぱり。


   どうしたの?


   ……これは、夢なのね。


   ううん、違うよ。


   ……私の手が、熱いだなんて。


   本当に熱かったんだ、嘘じゃない。


   ……今も、冷たいのに。


   今は、冷たいかも知れない。
   だけど、ゆうべのメルの手は。


   ……いいの。


   メル。


   ……ありがとう、ユゥ。


   待って、メル。


   ……もう、いいの。


   あたしの熱も、夢のものだったと思うの?


   ……。


   夢じゃない、夢じゃないんだ。


   ……あなたは、夢の中でも。


   メル、あたしの声を、言葉を。


   ……優しく、して呉れるから。


   メル……。


   ……ねぇ、ちゃんと生きていますか。


   あ……。


   声が、届いているんだもの……今も、生きているのよね。


   ……。


   私は、あなたの帰りをずっと待っているわ……あなたが大事にしている緑達と一緒に。


   ……。


   あなたが、無事に帰ってこられるように……色々、考えて……ずっと、考えて。
   ちゃんと食べるよう、あなたに言われたのに……やっぱり、食べられなくて。


   ……メル。


   ふふ、なんて顔……私の願望にしては、良く出来ているわね。


   ……。


   泣かないで、ユゥ……あなたは今も、生きようと戦っているのだから。
   生きて……私のもとへ、帰ろうとしているのだから。


   ……はやくあいたいよ、メル。


   ……。


   はやく、かえりたい……かえって、メルをだきしめたい。
   あったかくて、やらかい、メルのからだを……。


   ……からだ、だけ?


   からだだけじゃ、ない……その、こころも。


   ……。


   メルに、だきしめられたい……。


   ……ねぇ、ユゥ。


   なぁに……。


   ……私が、あなたを恋しく想うように。


   あたしも、想っている……。


   ……。


   夢でも、良い……逢いたいと、願う。
   熱には、触れらない……それでも。


   ……これは、泡沫の夢。


   ……。


   だから……。


   ……あたしは、メルの願望。


   ……。


   ……だけど、本物のあたしも、メルと同じように。


   然うだったら、良い……。


   ……。


   ……あなたの無事だけを、考えている。


   ……。


   あのね、ユゥ……あなたが、帰ってきたら。


   ……そのときこそ、ゆめではない、ほんものまめみつを。


   作ってみようと、思うの。


   ……え?


   なんとなく、思い立ったの。


   ……メルが、つくってくれるの?


   おかしい、かしら。


   ……ううん、おかしくないよ。


   ね……楽しみにしてて、呉れる?


   うん……すごく、たのしみにしてる。


   ……。


   ……。


   そろそろ……時間、ね。


   ……そっか。


   ……。


   もう、めがさめてしまうんだね……。


   ……あなたが、発つ前に。


   ……。


   ふたりで食べた豆蜜は、本当に……。


   ……おいしかったね、メル。


   うん、おいしかった……おいしかったの、ユゥ。


   ……メル。


   ユゥ……。


   ……メル……メル。


   ユゥ……ユゥ……。


   ……かならず、かえる。


   かならず、かえってきて。


   ……かえったら、また、ふたりで。


   まめみつを……。


   ……、ル。


   あぁ……。


   ……また、ね。


   うん、また……こんどは、うつつで。


   ……う、ん。


   ……。


   ……。


   ……めを、さまさないと。


   ……。


   ユゥが……ジュピターが、帰ってこられるように。


  16日





   ……。


   ……ゥ。


   ん……なに、メル。


   ……こはくとう。


   あぁ……大丈夫、明日の分も作ったよ。


   ……いつ。


   メルを迎えに行く前に……。


   ……ひやしてるの。


   うん、今冷やしてる。
   明日になればちゃんと固まってる筈。


   ……。


   明日は……とお、入れるね。


   ……とうぶん、かた。


   ちゃんと、消費されるよ……心配ない。


   ……。


   んっ……メル。


   ……いっぱいに、なった?


   ……。


   わたしで……あなたのなか、いっぱいに。


   ……今も、なったままだよ。


   ……。


   え、と……その、きもち、よかった。


   ……うそ、ついてない?


   ん、ついてない……し、むりもしてない。


   ……はずかしい?


   ……。


   ……はだかでうろついても、へいきなくせに。


   もう、平気じゃないかも知れない……。


   ……そうなの?


   うん……。


   ……それは、ざんねん。


   ざんねん……?


   ……あなたのきんにくが、すきだから。


   ……。


   あかるいところで、みられなくなるのは……とても、ざんねんだわ。


   ……じゃあ、これからもはだかでうろつく。


   ……。


   ……もちろん、メルの前でだけだよ。


   ほかのひとにも、みせたいというのなら……。


   ……いないよ、そんなひと。


   ……。


   見て良いのは、メルなんだ。


   ……そう。


   あ。


   ……なに。


   声が嬉しそう。


   ききまちがいじゃない……?


   ……聞き間違い、ではないと思う。


   がんぼうで、そうきこえたとか。


   ……それも、あるかも知れないけど。


   ……。


   ……ね、メルだけだよ。


   しってる……。


   ……ふふ。


   うれしそう。


   うん、すごく嬉しい。


   ……。


   ……ゆっくり、眠れそうかい?


   たぶん……ね。


   ……ずっと、傍に居るよ。


   ……。


   ずっと……離れていても、ずっと。


   ……うん。


   ……。


   ……だけど、かなうなら。


   ん……?


   ……からになってしまうまえに、かえってきてほしい。


   から……?


   ……いまは、いっぱいだけれど。


   ……。


   すこしずつ、こぼれていってしまうから……。


   ……あぁ。


   こんなこと、いってはいけないのに……。


   ……此処には、ふたりしか居ない。


   のぞんでは、いけないのに……。


   ……誰にも、心は縛れない。


   ……。


   メル。


   ……こわいの。


   ……。


   れんらくが、とぎれてしまうたびに……いのちが、おわったことを、おもいしらされる。


   ……。


   わたしが、こまとして、つかったばかりに……。


   ……。


   このかんかくに、なれない……ぜんぜん、なれてくれない。


   ……。


   いのちが、おわったしゅんかんに。


   ……。


   そのひとにかんする、あらゆるきろく……きおくが、きえてなくなってしまえばいいのに。


   ……それは。


   わかってる……そんなこと、わたしにはゆるされない。


   ……。


   わたしは……マーキュリー、だから。
   あらゆるきろく、きおくを……とどめておかなければ、ならない。
   そして、つぎのだいに、のこさなければ……ひきつがなければ、ならない。


   ……。


   ねぇ、ユゥ……わたしは、あなたが、うらやましい。
   わすれてしまえる、あなたが……いとしいひとだけのきおくだけ、とどめておけるあなたが。


   ……メル。


   あ……。


   ……。


   ごめんなさい……。


   ……良いんだ。


   ん……。


   ……良いんだ、メル。


   ユゥ……。


   ……ごめんよ。


   どうして……。


   ……本当に冷たいのは、あたしなんだ。


   ……。


   それなのに、メルばかり……。


   ……いいのよ。


   でも……。


   ……いいのよ、ユゥ。


   メル……。


   ……。


   ……。


   ……ね、ちゃんとかえってきてくれる?


   うん……ちゃんと、帰ってくるよ。


   ……からに、なっても。


   なる、前に……。


   ……まってる、から。


   帰って、くるから……。


   ……。


   ……。


   ……ね。


   なぁに……?


   ……まめみつは、かえってきてからよね。


   ううん……行く前に、作りたいな。


   ……つくれるの?


   作るんだ。


   ……。


   ふたりで食べて……そして、あたしは行く。


   ……わたしは。


   いつものように……見送って、欲しい。


   ……みおくるわ。


   マーキュリーとして。


   ……だけど、メルとして。


   ジュピターとして、あたしは行く。
   ユゥの心を、メル、君に残して。


   ……。


   ……。


   ……わたしの。


   ……?


   ……わたしの、たましいの、ひびよ。


   ……。


   ねがわくば、これからも……あなたと、つづきますように。
   つづいて、いきますように……。


   ……。


   おわるときは、どうか……どうか。


   ……仮令、凍て付く星の闇へ行こうとも。


   ……。


   あたしのこころと、たましいは……きみの、もとに。


   ……あぁ。


   あたしは、ずっと……メルと、一緒だ。


   ……からだ、は。


   ……。


   いや……。


   ……あたしが、帰ってこられるように。


   ……。


   考えて呉れるのは、マーキュリーだよ……。


   ……。


   だから……あたしは、帰ってくる。帰ってこられる。
   あたしの心と魂が、ある場所……メルのもとに。


   ……。


   ごめん……重たい荷物を、背負わせてしまって。


   ……わたしだけでは、ないわ。


   ……。


   ユゥ……あなたも。


   ……然うかな。


   そうよ……。


   ……ね、メル。


   なに……ユゥ。


   あたしの部屋の緑達……また、お願いしても良いかな。


   ……うん、いいわ。


   それから、あの緑の部屋も……。


   ……農園も、心配しないで。


   うん……ありがとう。


   ……。


   ……ね、明日の琥珀糖は緑色だよ。


   うん……。


   ……きれいに出来たと、思うんだ。


   ん……たのしみにしているわ。


   ……たくさん、作っていくよ。


   ……。


   青と、緑のを。


   ……あなたも、もっていって。


   うん、持って行く……。


   ……わたしが、つくったものを。


   え……。


   ……いらない?


   ううん、要る……ありがとう、メル。


   ……ん。


   舐め過ぎないようにしないと。
   あっという間になくなっちゃうから。


   ……わたしも、きをつけないと。


   メルは、他のものもちゃんと食べるんだよ……?


   ……おまめのあまにでもつくって、たべようかしら。


   ……。


   ……ふふ、ちゃんとほかのものもたべるわ。


   しんぱいだなぁ……。


   ……。


   ん……。


   ……やせすぎないように、きをつけるから。


   からだ、こわしてまわないように……。


   ……。


   ……ねぇ、メル。


   なに……ユゥ。


   ……かえってきたら、でむかえて。


   ……。


   おかえり……って。


   ……うん、かならず。


   ……。


   ……。


   ……愛しているよ。


   ……。


   愛してる……ずっと、ずっと。


   ……わたしも、あいしているわ。


   ……。


   まめみつ、いじょうに。


   ……は。


   ふふ……。


   ……もぅ、メルは。


   じょうだんの、つもりだったのだけれど……。


   ……。


   ん……ユゥ。


   行く前に……必ず、作るから。


   ……ねぇ、ユゥ。


   なに……メル。


   ……帰ってきたら、また、作って。


   ……。


   そして、ふたりで。


   ……うん、ふたりで。


   ……。


   ……やくそく。


   うん……やくそく。   


  15日





   ……。


   ……ジュピター。


   あ、お帰り。
   さっぱりした?


   ええ……お蔭様で。


   へへ、良かった。


   ……。


   ん、なに……?


   ……やっぱり、ふたりきりの時とは違うわ。


   ……。


   ……全然、違う。


   なにが、違うの……?


   ……顔つき。


   どっちが、好き……?


   ……。


   ん……。


   ……どちらも、あなただもの。


   どっちも、好き……?


   ……教えない。


   そっか……。


   ……緩んでる。


   マーキュリーと、ふたりきりだから……。


   ……ん、ジュピター。


   今夜は、早く寝るんだったよね……?


   ……然うよ。


   もう、行く……?


   ……何処に。


   寝台。


   ……。


   ん……?


   ……座って。


   え、と……。


   ……どうしたの?


   別に、どうもしないけど……座るの?


   ……いやなら、良いわ。


   いやでは、ないよ。


   ……然う?


   う、うん……。


   ……なら、座って?


   ……。


   ……ね。


   な、なに……。


   ……何を、思い出しているの?


   え、いや……。


   ……何を、思い出してしまったの?


   ……。


   若しかして……朝のこと?


   ……う。


   忘れなかったの……?


   ……マーキュリーとのことは、忘れないよ。


   ……。


   ん……マーキュリー。


   ……耳が、熱い。


   耳だけ、だよ……。


   ……今の所は?


   マーキュリー……。


   ……だめ。


   ……。


   ……それよりも、早く座って。


   長椅子……それとも、寝台?


   ……どちらが良いかしら。


   あたしは……どちらでも。


   ……じゃあ、長椅子。


   ……。


   なぁに……?


   ……ううん。


   どちらでも、良かったのでしょう?


   ……うん。


   さぁ、座って……ジュピター。


   ……。


   真ん中に。


   ……真ん中?


   然う、真ん中。


   だけど……それじゃ、マーキュリーが座れないよ。


   ううん、座れるわ。


   ……?


   分からない?


   ……あ。


   ふふ……分かった?


   うん、分かった。


   ……なら。


   此処で、良い?


   ……。


   おいで、おいで。


   ……もぅ。


   あれ。


   然ういうことは、言わないで。


   うん、ごめん。


   ……。


   えと、マーキュリー?


   ……まぁ、良いわ。


   あ。


   ジュピター……良い?


   うん……良いよ。


   ……。


   ……わ。


   なぁに……。


   ……思ってたのと、違った。


   思っていたのは……どんな座り方?


   ……横向き、かな。


   そちらの方が、良いのなら……。


   ……ううん、こっちでも良い。


   ……。


   こっちが、良い……。


   ……然う、ならこのままで居るわ。


   疲れたら、言ってね……。


   ……平気よ。


   マーキュリー……メル。


   ……。


   良いにおい……。


   ……ふふ。


   ん……なに?


   ……話し方も、全然違う。


   話し方……?


   ……声の出し方も。


   そんなに違う……?


   ……ええ、違うわ。


   ……。


   今のあなたは……甘えたがりな、ユゥ。


   ……鍛錬場、或いは、演算室に居たあたしは?


   四守護神、若しくは、雷神ジュピター。


   ……そっか。


   ちゃんと出来るようになって、偉いわね……。


   ……へへ、褒められた。


   ……。


   メル……メルは。


   ……ねぇ。


   なぁに、メル……。


   ……私は、違う?


   ……。


   此処に居る私と……此処から出た、私と。


   ……違うよ。


   どう、違う……?


   ……然うだなぁ。


   あ……。


   ……声に少しだけ、甘いのが混じってる。


   それは……あなたの、せい。


   ……あたしが、触れなくても。


   ん……ぁ……。


   ……で、触れるともっと甘くなるんだ。


   ちがい、なんて……。


   ……外では、四守護神マーキュリー。


   ……。


   だけど、此処に居るマーキュリーは……メルだよ。


   ……こどもの、ころとは。


   大人になったメル、なんだ……。


   ……おとなに、なった?


   あの頃のメルが、大人になったら……今のメルのように、なっていたんじゃないかな。


   ……。


   かわいい……あたしだけの、メル。


   ……かってに、あなただけのものに。


   なって、欲しいと……ずっと、願ってる。


   ……。


   ね……あたしはずっと、メルだけのユゥだよ。


   ……ジュピターじゃ、なくて。


   マーキュリーだけの、ジュピターでもある……。


   ……。


   ……メル、このまま。


   ユゥ。


   ……。


   ……かわいい、わたしだけのユゥ。


   あぁ……。


   ……ねぇ、ふれさせて。


   ふれて……じゃ、ないの?


   ……ふれたいの。


   ……。


   そして……ふれられたいの。


   ……寝台に、ん。


   ……。


   ……ここじゃ。


   ユゥ……。


   ……まぁ、良いか。


   は、ぁ……。


   ……さきに、ふれてもいい?


   だめ……。


   ……メルが、さき?


   ……。


   けど、この体勢じゃ……あたしが、先。


   ……あ、ぁ。


   ん……あれ。


   ……や、だめ。


   メル……もしかして。


   ……いわない、で。


   ……。


   ひ、ぁ……い、や。


   ……いや? ほんとに?


   あ……あ、ぁぁぁぁ。


   すごい、な……。


   ……や、いわないで。


   むねも、なにも、さわっていないのに……。


   ……だか、んぅっ。


   ……。


   …………ふ、ぁ……んぅ。


   ……。


   ……よご、して。


   そんなのは、かまわない……。


   ……。


   ……それとも、よごれされたい?


   ちが、う……。


   ……もう、いれてもいい?


   そういう、こと……。


   ……。


   あ……ぁ。


   ……いわないよ、メル。


   ば、か……ぁ。


   ……やっぱり、すごい。


   ……。


   ね……おわったら、しんだいにいこう。


   ……どう、して。


   ここだと……せまい。


   ……。


   ……メルを、いっぱいに、かんじたい。


   わたし、を……ぁっ。


   ……そのために、ひろいしんだいのほうが、いい。


   あ……っ、あぁ……っ。


   ……ごめん、ちょっとかげんできそうにない。


   ユ……ぁ、あ……あっ……。


  14日
   サイト、今日で23歳になりました。





   マーキュリー。


   ……。


   お疲れ様。


   ……お疲れ様、ジュピター。


   迎えに来たよ。


   ……見れば分かるわ。


   未だ、終わらない?


   ……。


   ん?


   ……今日はもう、お仕舞い。


   良いの?


   ええ。


   若しかして切りが良かった?


   今夜は早めに休もうと思っただけ。


   切りは、良くない?


   ……。


   待っているよ、約束した時刻より未だ少しだけ早いから。


   ……はぁ。


   お茶、飲むかい?


   ……もらうわ。


   うん。


   ……甘くない方が良い。


   分かった。


   ……。


   相変わらずだ、この部屋は。


   ……目が回る?


   頭も、回る。


   ……。


   とてもじゃないけど、処理が追いつかない。


   ……ねぇ、ジュピター。


   なんだい?


   ……連絡が、途絶えたわ。


   ……。


   また、送り出さないと。


   ……然うか。


   はぁ……。


   ……だから、鍛錬場に来たのか。


   それも、あるわ。


   ……も?


   ……。


   躰、鈍ってはいるようには見えなかったよ。


   ……勘は?


   悪くない、と言うより、鋭いままだった。
   流石だ。


   ……本当のことを言ったら?


   本当のことを言っているよ。
   投げ飛ばされたのは、久々だ。


   ……。


   加減はしてない。


   ……だとしたら、あなたが鈍ったのね。


   マーキュリーは、己を過小評価する嫌いがある。


   ……。


   マーキュリーの師匠は、誰だい?


   ……先代のジュピターよ。


   然う、先代のジュピター。
   ジュピターを師匠に持つマーキュリーなんて、珍しいだろう?
   歴代を遡ってみたところで、そうそう、居ないと思うんだ。


   ……だから?


   鍛え方が違う。


   ……けれど、躰も勘も、基礎を怠っていたら鈍るものだから。


   怠ってはいないだろう?


   ……。


   たまに、師匠の教えの通りに躰を動かしているのを見掛けるから。


   ……ただ動かしているだけ、あれでは鍛錬とは言えないわ。


   師匠曰く、躰を動かすと頭の働きが良くなる。
   凝り固まった思考が、解れるから。


   ……。


   あれは、先代マーキュリーのことを言っていたと思うんだ。


   ……先生は、躰を動かすのはあまり好きではなかったけれど。


   その割には、何度も投げ飛ばされたよ。
   水のように、つかみどころがなくてさ。あっと思った時には、もう遅い。
   ふわっと躰が浮いていて、気付いた時には地面に転がって、宙を見ているんだ。


   ……あの頃のあなたは、未だ、未熟だったから。


   久しぶりに思い出したよ、あの感覚。


   ……。


   今のマーキュリーは、先代以上だ。


   ……然うだと、良いわね。


   少しは、考えを改めて呉れれば良いな。


   ……どちらの?


   両方。


   ……。


   マーキュリー。


   ……どうせ、あなたが加減したと思っているでしょう。


   あれを見て、あたしが加減をしていると思うのなら……どうしようもないな。


   木星の民は、朴訥としているけれど、素直で良いわね。


   水星の民は、気難しいけど、賢いから助かるよ。


   火星の民は……苛烈ではあるけれど、一度御してしまえば、扱いやすい。


   信念が強いんだ。一度認めてしまえば、余程のことがない限り曲げない。


   問題は。


   金星と月、だ。


   金星は兎も角……今回の月は、駄目かも知れないわね。


   数合わせにも、ならないかも知れない。


   はぁ……どうして、我が事として捉えられないのかしら。


   どうしたものかな。
   死線に放り込んだところで、目が覚めるわけでもなし。


   目が覚める前に、今一度、永久の眠りについてしまうかも知れないわ。


   だよなぁ。


   ……そんな無駄なことは、出来ない。


   あぁ……分かっているよ。


   ……肉の壁にすると言うのなら、違ってくるけれど。


   それは……出来れば、避けたい。


   ……分かっている、そんなことをしたら士気が下がるだけだもの。


   ま、もう少し時間を掛けてみるよ。
   然うすれば、体力くらいはつくだろう。


   ……ええ、然うして。


   はい、お待たせ。
   頭がすっきりする茶葉にしてみたよ。


   ……ありがとう。


   琥珀糖は。


   ……おかげさまで。


   そっか。


   ……また、作って。


   ん、喜んで。


   ……。


   代わり、どうするんだい。
   もう、決めてるんだろう。


   ……能力は少し、劣るけれど。


   ん?


   ……これに、行ってもらう。


   こいつは……誰だ?


   ……。


   木星の民なのは、躰つきで分かるけど。
   けど、出来るのか。


   珍しく、特性があるの。
   出来れば、もう少し時間を掛けてあげたかった。


   もう少し時間を掛けていれば?


   ……前任者よりも。


   ……。


   置かれた状況で、己を磨いて呉れるのを願うしかない。


   大丈夫だ。


   ……どうして。


   自己鍛錬が出来る者だと、思うから。


   ……然う願うわ。


   しかし、木星の民でも適応者は居るんだな。


   今までに居なかったわけではないわ。
   ただ、数が少ないだけ。


   ……頭を使うのは、どちらかと言うと苦手だからな。


   良いかしら。


   何が?


   ……彼の者を、送り出しても。


   どうしてあたしに聞くんだい?
   マーキュリーが決めたんだろう?
   あたしでは、誰が良いか、分からない。


   ……然うね、聞くまでもないわね。


   次は連絡が途絶えなければ良い。
   然う、願う。


   ……。


   名は?


   ……。


   ……アドラステアか、悪くないな。


   忘れないでいることは。


   無理だ。


   ……。


   済まないと思うが……どうしても、憶えておけないんだ。


   ……ごめんなさい、ジュピター。


   どうして?


   ……。


   忘れてしまうことは、悪いことばかりではないさ。
   まぁ、薄情な話ではあるけれど。


   ……然うね。


   これは、何人目?


   ……知りたい?


   いや……良いや。


   ……然う。


   ……。


   ……ジュピター。


   ん?


   ……美味しいわ。


   うん、良かった。


   ……ふぅ。


   今度は、緑にしてみようかな。


   ……琥珀糖?


   うん。
   どうだろう?


   ……良いんじゃない。


   じゃ、然うする。


   ……。


   その次は、青と緑にするよ。


   ……好きにしたら。


   うん、好きにする。


   ……。


   此処は、良いな。


   ……目と頭が回るんじゃなかったの?


   然うなんだけど……静かで、誰にも何にも、邪魔をされることがない。


   ……あなたが居なければ、もっと静かよ。


   あはは、然うだねぇ。


   ……。


   ……。


   ……温かいお茶を飲みながら、豆蜜が食べたい。


   ……。


   ……。


   ……これの前任者の、最後の連絡は?


   ……もう、忘れているの。


   アドラステア。
   かろうじて、未だ憶えている。


   ……。


   なんだった?


   ……良くは、ないわね。


   ……。


   ……部屋で、詳しく話すわ。


   ん……分かった。


   ……然う、遠からず。


   ……。


   あなたには……また。


   それは……青い星、ではないだろう?


   ……。


   なら、良いさ……。


   ……それでも。


   マーキュリー。


   ……。


   ……今夜も。


   ……今夜は早く休むと言ったわ。


   うん、聞いた。


   ……。


   そろそろ、お仕舞い?


   ……ええ。


   ん、じゃあ……片付けて。


   ジュピター。


   ……ん?


   ……。


   うん……今夜もメルが良く眠れるように、我が左腕を。


   ……此処で、その名を呼ばないで。


   それとも、右腕の方が良い?


   ……。


   その時、決めれば良いか。


   ……良いから、早く片付けて。


  13日





   マーキュリー?


   ……。


   え、本当にマーキュリー?


   ……然うだけど。


   こんな時間に鍛錬場に来るだなんて、どうしたんだい?


   あなたの顔を見に。


   ……。


   ただの視察よ。


   ……直ぐに戻る?


   いいえ、少し此処に居るわ。


   そっか。


   あなたは戻って。


   いや、今のあたしは見ているだけだから。


   何よそれ。


   自主性も必要だからね。


   鍛錬に?


   鍛錬だからこそ、さ。
   勝手にやらせると、それぞれの性格やら特性やらが見えるんだ。


   ……。


   師匠も然うだったろう?


   あなたはしなくても良いの?


   するよ。
   けれど今は、守護神マーキュリー殿の相手をしなければ。


   は。


   マーキュリー殿、何か気になる点、或いは気になった点はありますか。


   まぁ、幾つか。


   であるならば、指摘してもらえると助かる。
   マーキュリーの視点はあたしにはないもので、とても重要だから。


   手合せは?


   今は基礎鍛錬の時間。
   何事も基礎を怠っては、ね。


   ああ、然う。


   手合せを見に来たのかい?
   だったら、繰り上げるけど。


   良いわ、基礎でも。


   あたしが手合せをしているところを見に来たのなら、直ぐにでも見せるよ。


   あなたを見に来たわけではないわ。


   新しいことに気付くかも。


   然うね、然うだと良いけれど。


   じゃあ、早速。


   この中に居るの?


   うん?


   あなたの相手が務まる者は。


   十人を一束にして、それを三束ほど。


   それでは、全く足らないわね。


   ふむ、然うか。
   マーキュリーが言うのなら、間違いないな。


   自分でも分かっているくせに。


   正直、どうするかなって思っているんだ。


   どうするかなって?


   今の所、失った戦力の穴埋めにはなりそうにない。


   もう少し時間を掛けたらどうなの?


   少しはましになるだろう。
   だけど、ましになるだけだ。


   ……少しは、ね。


   こんな時に、どこぞの青い星が戦なぞ仕掛けてきたら……結果は推して知るべし、だ。


   ……あなたが全て、蹴散らして呉れれば問題ないわ。


   はは。


   ……思っていたよりも、酷いわね。


   だろう。


   ……特に。


   なぁ、マーキュリー。


   ……何。


   躰、少し動かしてみる気はないかい?


   ……何故?


   頭ばかりだと、躰が鈍ってしまうと思うから。
   あと、勘も鈍る。


   ……なるほど。


   どうぞ、あたしと手合せを。


   雷神の相手なんて、私では到底務まらないわ。


   然うでもない。


   ……。


   そりゃ、筋力ではあたしの方が勝っている。
   けど、戦は筋力だけでするものじゃあない。


   ……それで?


   少し、あいつらの意識を変えてやりたくてさ。


   ……どういうこと。


   頭でっかち。


   ……。


   氷のように冷たくて、融通も利かない。
   前線に出ることなんてほぼないくせにいつも偉そう。
   淡々としていて、情が薄い。詰まらない、人でなし、など。


   ……。


   智将たる者、常に冷静でなくてはならない。必勝を収める為に戦略を立て、目紛るしく変わる戦況を読み、情報を集めては見分け、淡々と戦術を練り続ける。
   それは何も、戦時に限った話ではない。平時の時から、その頭脳を使い続けなければならない。場合によっては、酷使することも必要になる。
   マーキュリーが前に立って戦うなんてことになったら、その時はもう、終わりが近いと言っても過言ではない。


   ……つまり、私を舐めている節があると。


   何度言っても、改めない。
   どういうわけだか、今回はそんなのばかり揃っている。


   ……所詮は蛮族、と言いたいのね。


   あたしだって然うだよ。


   ……。


   どうせなら、あたしに対してもその態度で来て欲しいものだ。


   あなたには、流石に出来ないでしょう。


   然ういうところが、気に入らないんだ。


   ……己よりも、下の存在を作りたがるものだから。


   そんな存在を作っている暇があるのなら、戦に耐え得るだけの力をつける鍛錬を積んで欲しいものだよ。


   育てるのも、大変よね。


   全くだ……おーい、動きがもう鈍ってるぞ。
   まだ始まったばかりだ、もう少し踏ん張れ。


   ……どれくらい経つの?


   半刻くらいか。


   ……それは、始まったばかりね。


   躰も温まらないよ。


   ……。


   それで、手合せのことなんだけど。
   どうだろ、受けて呉れるかい?


   ……良いわ、受けてあげる。


   ありがとう、マーキュリー。


   あなたの鍛錬の足しぐらいはなるでしょうから。


   足しぐらい、なんてものじゃない。
   あれらを百人相手にするよりも、ずっと、鍛錬になる。


   然う、なら良いけれど。


   早速?


   いえ、もう少し様子を見させて。


   良いけど……時間は、大丈夫なのかい?


   ええ、大丈夫よ。


   これも仕事の一環?


   智将としてのね。


   然うか、なら、時間を掛けても問題ないな。


   ……。


   ……どう見る?


   残念だけれど。


   ……だよなぁ。


   木星の民は、良くやっているわ。
   彼等は恐らく、私を舐めてはいないでしょう。


   ……。


   言っておくけれど、贔屓目でもなんでもないわよ。


   ……あぁ、分かってる。


   水星の民は……だめね、矢張り前線には置けない。


   水星の民は、矢張り後方支援の方が良い。
   まぁ、輜重隊は任せられないが。


   ……とりあえず、体力を付けさせたいわ。


   分かった、もう少し鍛えよう。


   ……問題は。


   火星と、金星……それと、月だ。


   ……火星はマーズに報告する、彼等にとってマーズの命令は絶対だから。


   マーキュリーに任せても?


   あなたが報告して呉れても良いわ。


   いや、マーキュリーにお願いしたい。


   然う……なら、私が。


   うん。


   ……金星と、月。


   毎回だけれど、どうしたものかな。
   あれらは特に、クイーンやプリンセスの傍に置かれることが多いというのに。


   ……一応、ヴィーナスに。


   ヴィーにはもう、言ってる。
   けどジュピターに任せるの一点張りで、話にならない。


   ……。


   マーキュリー?


   ……琥珀糖。


   うん?


   ……ななつで、良かったわ。


   あぁ。
   然うだろう?


   ……。


   足りなかったら、あるよ。


   ……後で貰うわ。


   後で?


   手合せの。


   ん、分かった。


   ……。


   外側、しゃりっとしてた?


   ……ええ、ちゃんとね。


   へへ、良かった。


   ……はぁ。


   始めようか、マーキュリー。


   ……ええ、始めましょう。


  12日





   豆の甘煮のおかわり、要る?


   ううん、もう良いわ。
   ありがとう。


   じゃあ、お茶のおかわりは?


   貰っても良いかしら。


   ん、勿論。
   ちょっと待っててね。


   その前に、少し良い?


   なに?


   口の端。


   口の端?


   汚れてる。


   お。


   ……。


   ね、マーキュリー。


   なに。


   拭いて呉れたら、


   自分で拭いて。


   はい。


   ……。


   どうかな、きれいになった?


   ええ、なったわ。


   んー……。


   ……。


   むっ。


   ……?


   どう?


   どうって……何、急に。


   ……かっこ良い?


   は?


   雷神ジュピターらしく、引き締めてみたんだ。


   ……。


   えと、なんだっけな……りり、りり、りりし?


   ……凛々しい?


   然う、それ。
   どう? 凛々しい?


   ……口を、開かなければ。


   え、なに?


   今日一日、その顔で居られるのなら。


   うん、無理。


   早い。


   あはは。


   あなたはその顔で良いわ。


   ん、その顔?


   ふたりしか居ない時は。


   えと……緩んだ顔?


   仕事中のあなたは。


   ?


   ちゃんと雷神の顔をしているわ。


   え、あたし、そんな顔をしてる?


   引き締まった顔とは、少し違うけれど。


   違うの?


   ええ、違うわ。


   どう違うの?


   余所行きの顔。


   余所行き?


   懐こさを含ませているから、たちが悪いの。


   んん?


   私が居ても。


   マーキュリーが居ても?


   ……いえ、やっぱり少しだけ緩んでいるかも。


   ふぅん……。


   無自覚なのでしょうね。


   うん……自分では、分からない。
   仕事中の自分の顔なんて、見たことないし。


   見てみたい?


   いや、良いや。
   興味ない。


   自分の顔なのに?


   うん、どうでも良いんだ。


   然う。


   守護神マーキュリーの傍に居る為に、あたしが相応しい顔をしているのならそれで良い。


   ……。


   ただのユゥだったら、追い出されてしまうだろうからさ。


   ……然う、ね。


   だから、良いんだ。
   無自覚の方が、疲れないし。


   いいえ、疲れていると思うわ。


   ……。


   それも、無自覚でしょうけど。


   ……仕事中にマーキュリーの顔を見ると安心するのは、そのせい?


   それもあるかも知れないわね。


   あー、そっか。
   なんか、分かった気がする。


   ……。


   なら……やっぱり、一日一回はマーキュリーに会わないと。


   ……。


   はい、マーキュリー。
   熱いから、気を付けてね。


   ありがとう。


   どういたしまして。


   ……。


   あたしも……と。


   ……ねぇ、ジュピター。


   なに、マーキュリー。


   お豆の甘煮、未だあるのよね。


   あるよ、多めに作ったから。
   良かったら、お昼にも食べるかい?


   ……。


   マーキュリー?


   ……お昼にも食べたら、糖分過多になってしまうわ。


   マーキュリーの場合は、ならないんじゃないかな。
   頭、あたしの数十倍は使っているし。


   ……けれど、今日は琥珀糖もあるし。


   あれはおやつだよ。
   ちょっとした時に口に含んで舐めるものさ。


   ……。


   それとも、夜に食べるかい?


   ……夜。


   あたしはどちらでも構わないよ。


   ……今夜も来るつもり?


   あたしの部屋でも良いよ、おいで。


   ……。


   来て呉れたら、豆の甘煮以外も用意するよ。


   ……私の部屋でも、用意するくせに。


   マーキュリーと一緒なら、用意する。
   だって、ふたりで食べるんだから。


   ……。


   どうする?


   ……行ってあげても、良いわ。


   ほんと?


   ……だから、迎えに来て。


   うん、分かった。
   いつ頃、迎えに行けば良い?


   今は未だ決められない。


   じゃあ、また後でだね。


   ええ、また後で。


   ね、お昼はあの緑の部屋?
   それとも、中庭の方が良いかな。


   然うね。


   うん。


   中庭で。


   分かった、待ってる。


   行けないかも知れないけれど。


   そしたら、マーキュリーのところに行くよ。


   手が離せそうになかったら?


   その時は、潔く諦める。


   何を?


   中庭で食べるのを。


   ああ、然う。


   邪魔はしないよ。


   然うだと良いけれど。


   大人しくしてる。


   大人しく、ね。


   ちょっとだけでも良いから、話したい。


   ……ちょっとで済めば、良いけれど。


   はは。


   ……。


   お昼は、野菜と……あとは、汁物にしようかな。


   零さないでね。


   うん、零さないよ。


   ……。


   肉があればなぁ。


   ……豆で作った代用品も、あるにはあるけれど。


   風味が違うんだ。
   あと、しっかり味付けしてやらないと豆のにおいが残ってしまって。
   マーキュリーは、濃い味はあまり好みではないだろう?


   濃すぎるのは、ね。


   脂分がないから、肉本来の旨味も出せない。


   ……。


   あたしとしては、豆は肉としてではなく、豆として食べる方が好きだ。


   ……それは、分かるわ。


   だろ?


   ……特に、甘く煮たお豆は美味しい。


   ……。


   ……子供の頃から好きなの。


   うん、知ってるよ。


   ……。


   然うだ。


   ……なに?


   直ぐには無理だけれど、マーキュリーが一番好きなのをまた作るよ。


   ……。


   甘く煮た豆に、糖蜜をかけるやつ。


   ……あぁ。


   最近、作れてなかったからさ。
   作ったら、食べて呉れるだろ?


   ……ね、ジュピター。


   果実も、のせようか。
   今だったら、然うだな……赤いのと、橙のがあるな。


   ……。


   あとは、あれだ。


   ……。


   麩餅。


   ……麩餅も、作るの?


   うん、作る。
   あれがあるのとないのでは、マーキュリーの反応がまるで違うから。


   ……そんなに違うかしら。


   なくても、頬を緩めて呉れるけど、あると、目も細めて呉れる。


   ……。


   食べている時の表情は、本当に……子供の頃と、変わらないんだ。


   ……意外と、残っているものね。


   ん?


   子供の頃の名残。


   あぁ。


   あなたは、かなり残っているけれど。


   マーキュリーにだって、残ってるさ。
   まぁ、あたしほどじゃないかも知れないけど。


   ……全部、手放したと思っていたのに。


   手放してなんか、ないよ。


   ……あなたが持ってきて呉れたものも、多分にあると思うわ。


   然うかな……然うだと、良いな。


   ……。


   ん……マーキュリー?


   ……口の端。


   あ、まだ付いてる?


   ……此方に。


   え。


   ……顔を。


   ……。


   ……自分で拭くのなら、


   マーキュリー。


   ……。


   ……これで、良い?


   ええ……良いわ。


   ……。


   ……。


   ……くちのはし、だ。


   ……だって、然う言ったもの。


   ……。


   ん……。


   ……拭いて呉れた、お礼。


   ……。


   ……ん。


   ……。


   ……。


   ……ぁ、……。


   ……。


   ……ジュピター。


   ん、もう止める……。


   ……。


   ……豆蜜、楽しみにしてて、メル。


   ええ……楽しみにしてるわ、ユゥ。


  11日





   マーキュリー、そろそろ朝ごはんが出来るよ。


   ……。


   起きられる?


   ……おきられる、けど。


   今朝はね、薄麦餅と豆の甘煮だよ。


   ……然う。


   へへ、茹で豆にしておいて良かった。


   ……然うね、良かったわね。


   マーキュリー、起きられそう?


   ……今、起きようとしているところ。


   手伝う?


   ううん、ひとりで平気。
   あなたは、朝食の支度を続けて。


   ん、分かった。


   ……はぁ。


   えと、大丈夫?


   お蔭様で、躰が少し気怠いだけ。


   そっか、ごめんね。


   別に、私から誘ったのだし。


   それでも、ごめんよ。


   ……あなたは、大丈夫なの?


   あたし?


   然う、あなた。


   あたしは……。


   ……。


   ……。


   ……?
   ジュピター?


   ……その、なんだかちょっと。


   ちょっと、何。


   ゆうべ、からのと……。


   ……。


   ……やっぱり、なんでもない。


   だめ、言って。


   ……。


   ジュピター。


   ……ごめん、マーキュリー。


   何が。


   ……あたし、やっぱり苦手だ。


   ……。


   ごめん……。


   ……ううん、謝らないで。


   だけど。


   仕方ないわ。


   ……。


   ごめんなさい、ジュピター。


   ううん、マーキュリーは悪くないよ。
   悪いのは、あたしだから。


   ……。


   あのね、マーキュリー。


   ……うん。


   いやでは、ないし……嬉しいって気持ちも、ちゃんとあるんだ。
   触れられている間も、その……良くないわけじゃ、全然、なくて。


   もう良いわ、ジュピター。


   マーキュリー……。


   それより、お豆は大丈夫なの。


   あ、うん、大丈夫。
   甘煮はもう、出来ているから。


   ……然う、なら良いわ。


   ……。


   よいしょ、と……あぁ、だめね。


   マーキュリー。


   ……平気よ。


   あたしが、平気じゃない。


   ……ばかね。


   うん、ごめん。


   ……。


   ……。


   ……甘い疼きがね。


   うん……?


   ……躰の中に、残っているの。


   ……。


   まるで……熾火のように。


   おきび……。


   ……誰の熱かは、言わなくても分かるでしょう?


   う、ん……。


   ……なぁに、その反応は。


   そ、それって、いつなくなる……?


   うん?


   マーキュリーは、い、いつなくなるのかなって。


   ……然う、ね。


   け、結構長く、残っているもの?


   ……その時にも、よるけれど。


   よ、よるけれど……?


   ……それを聞いて、どうするの?


   え。


   何か気になることでもあるの?


   き、気になること……。


   ……あなたの中にも、残っているの?


   ……っ。


   然うなの……?


   ち、違う……の、残ってるわけじゃ、


   残っていないの?


   ……ぅ。


   私の熱は、あなたの中から、直ぐに消えてなくなってしまうの?


   ……ちが、う。


   然うよね、私の手は冷たいものね。


   そ、そんなことない。


   ……。


   そんなこと、ない……ないんだ。


   ……。


   ……。


   ね、ジュピター……。


   ……きえない、よ。


   消えない……?


   ……すぐに、なんて。


   今も、消えていない?


   ……。


   然う……良かった。


   ……よい、の?


   ええ、良いわ。


   ……そう、なんだ。


   あなたは、嫌……いいえ、苦手そうだけれど。


   ……。


   ね、いつも然うなの?


   い、いつもって。


   いつも、残っているの?
   子供の頃から、然うだったの?


   ……。


   ジュピター?


   ……うん、のこってる。


   然う。


   ……うあ。


   なぁに?


   う、うれしそうだから。


   嬉しいわ。


   ……。


   ジュピターだって、私の中に自分の熱が残っていたら嬉しいでしょう?


   ……それ、は。


   それは?


   ……。


   子供の頃は嬉しい嬉しいって、にこにこしながら何度も言って呉れたけれど。


   ……いまも、うれしい。


   ふふ、でしょう?


   ……うれしくないわけ、ない。


   私も、同じ。


   ……マーキュリーも?


   あなたは、苦手だと言う。
   かつての私は、恥ずかしいと言った。


   ……。


   ……まぁ、今でも恥ずかしさはあるけれど。


   あ、あるの?


   あるけれど?


   う。


   けれど、今はそれどころではないから。


   それどころでは、ないの?


   ええ、それどころでないわ。


   ……。


   ねぇ、ジュピター。


   ……なに、マーキュリー。


   初めの頃は、私も戸惑った。
   これが、どういうものか……良く、分からなくて。


   ……。


   あなたの感触が消えずに残るだなんて、思いもしなかったんだもの。


   ……うん。


   あなたは平気な顔をしているのに、私はと言うと……自分の中に残る熱に、浮かされているようで。
   気を抜くと、あっと言う間に浮かされてしまいそうで……今だから言うけれど、にこにこと笑うあなたが少しだけ小憎たらしかったの。


   こ、こにくたらしい……。


   ……だけどね、ジュピター。


   ……。


   それは、決して不快な感触(もの)ではなくて……若しかしたらしあわせな感触(もの)なのかも知れない、と。


   ……。


   けれど、あなたは私ではないから。
   あなたが苦手だと思うのなら、感じるのなら、私はそれを受け入れるわ。


   ……。


   さぁ、朝食にしましょうか。


   ……メル。


   ……。


   ……いやでは、ないから。


   うん……何度も聞いた。


   ……。


   いつかは、苦手ではなくなるかも知れない。
   ならないかも、知れない。


   ……。


   ……嘘だけは、吐かないで。


   うそ……?


   ……苦手なままなのに、苦手じゃなくなったって。


   ……。


   あなたのことだから、言いかねないもの。


   ……ねぇ、メル。


   なぁに、ユゥ。


   ……もう、しない?


   されたくないのなら……しない。


   ……。


   けれど、あなたが求めて呉れるのならば。


   ……して、ほしい。


   ……。


   ふれて、ほしい……。


   ……なら、するわ。


   ……。


   ……耳まで、真っ赤。


   メ、メルも。


   ……私?


   真っ赤、だよ。


   ……然う?


   うん……首まで、真っ赤だ。


   ……然う。


   ……。


   ……朝からこんな話、するものではないわね。


   あ、あたしは、朝からするのも好きだ。


   ……は。


   と、特に、今朝は……その、き、気持ち良かった。


   ……。


   ゆ、ゆうべも……だけ、ど。


   ……もぅ。


   ……。


   ……何を、言っているの?


   うん……ごめんよ。


   ……。


   ねぇ……メル。


   ……会議。


   かいぎ?


   ……時刻。


   あ。


   過ぎてる、わね。


   あ、あぁ。


   ……。


   今から急いで……


   ……マーズのお説教が、待っているかも。


   うえぇ……面倒臭い……。


   ……なんて。


   うぇ?


   今日の会議は、中止。


   ……へ。


   マーズからの申し入れ。


   そ、然うなの?


   あなたにも、連絡は来ている筈だけれど。


   じ、自分の部屋じゃないから。


   携帯用の小型機があるでしょう?


   ……。


   全く、携帯用なのに持っていなければ意味がないじゃない。


   ……マーキュリーの部屋で過ごすのに、そんなの持っていたくない。


   ……。


   それに、マーキュリーの部屋に居れば分かるし……。


   ……はぁ、しょうがないひとね。


   だ、だけど、なんで中止に?


   さぁ、なんでかしらね。


   プリンセスのことかな。


   若しくは、ヴィーナスのことかも。


   あぁ、それはあり得る。
   でもまぁ、なんでも良いや。とりあえず、良かった。


   だからと言って、今日の仕事がなくなるわけではないから。


   うん、分かってる。


   ……。


   ん……マーキュリー。


   ……ふふ。


   えと……なに。


   ……上衣、着ているのね。


   ……。


   躰が熱い。


   ……着てるのに。


   ふふ……。


   ……朝ごはん、食べよう?


   ん……然うね。


   お茶、淹れるね。


   ……うん、ありがとう。   


  10日
   log14の前をまとめました。
   中と後は随時まとめていく予定です。





   ん~~♪


   ……。


   特にきれいなものを、と。


   ジュピター。


   ん、なに?


   あまり多くは入れないで。
   一日では食べ切れないから。


   とおくらい?


   みっつもあれば良いわ。


   それじゃあ少なくない?
   朝にひとつ、昼にひとつ、それから夕方にひとつで、みっつ。
   せめて、ここのつくらいはあった方が良いと思うな。


   じゃあ、むっつで。


   ふたつずつ?


   朝にふたつ食べるとは限らないでしょう?


   んー、まぁ然うだけど。


   昼下がりから夕方、夜にかけて。
   その時間帯に、特に必要になると思うから。


   朝はひとつも食べない?


   ひとつくらいは食べるかもね。


   じゃあ、ここのつ入れとくね。


   むっつ。


   やっつ……ななつは?


   良いわ、ななつで。


   やった。


   全く。


   ふふ~。


   ところで、ジュピター。


   ん、もっと入れて欲しい?


   いいえ、ななつで十分。


   そっか。


   上衣、そろそろ着たら?


   うん、入れ終わったら着る。


   起きて直ぐにしなくても良いと思うのだけれど。


   忘れちゃったら、大変だから。


   忘れないと思うわ。


   ん、よし。


   ……。


   はい、マーキュリー。


   ありがとう、ジュピター。


   へへ。


   ……。


   ん……マーキュリー?


   ……他のひとの前でも、平気なの?


   うん、何が?


   ……肌を、見せること。


   見せないよ。


   ……私だけ?


   うん、マーキュリーだけだよ。


   戦で損傷してしまった時は?


   それは戦でのことだし、仕方ないと思ってるよ。


   ……仕方ない、ね。


   う……。


   やっぱり、平気なんじゃない。


   平気と言うより、慣れてるだけだよ。
   だって、戦だから。


   ……だから、見られても良いと?


   良いとは、言ってないよ……思っても、いないよ。


   ……出来れば、見られたくない?


   見せたくない……。


   ……ふぅん。


   あの、マーキュリー……?


   ……なに。


   朝、だけど……。


   ……然うね。


   朝ごはんの支度を、しないと……ぁ。


   ……。


   だ、だめだよ、マーキュリー。


   ……何故?


   な、何故って……朝、だよ?


   ……。


   いつもは、マーキュリーが言うのに……今朝は、どうしたの?


   ……あなたが悪いのよ。


   え……?


   ……いつまでも、裸で居るから。


   で、でも、下は穿いて……く。


   ……裸で居るのは平気なくせに、触れられるのは苦手だなんて。


   マー、キュリー……。


   ……ずるい。


   ず、ずるいの……?


   ……ええ、ずるいわ。


   え、えぇ……。


   ……。


   と、兎に角、もうだめだよ。
   今日は朝から会議なんだろ?


   ……あなたも、ね。


   あたしも、だっけ?


   ……名目上では、四守護神の定例会議。


   あー……然うだった、かも。


   まぁ、ヴィーナスは来ないかも知れないけれど。


   あいつは、来る方が珍しいから。


   ……。


   ねぇ、マーキュリー……本当に、どうしたの。


   ……欲情した。


   え。


   ……と、言ったら?


   いや、それは……えぇ。


   ……来て。


   ど、どこに。


   言わなければ、分からない?


   ……う。


   さぁ、ジュピター。


   あ、朝ごはんの支度……。


   後で良いわ。
   然う、全てが済んでから。


   か、会議が。


   ヴィーナスが来ない会議に、どれだけの意味があるのかしら。


   マ、マーキュリーの言葉だとは、思えない……。


   ジュピター?


   マ、マーズが……む。


   ……。


   ……マーキュリー。


   ユゥ。


   ……あぁ。


   大丈夫……そんなに時間は掛けないわ。


   ……それは、それで。


   と言っても、雑に扱うようなことはしないから。


   ……どう、しても?


   私は、いつも、あなたに然うされているのだけれど。


   ……。


   ……こんな雷神の顔、私以外の者は見られないのよね。


   見せないよ……。


   ……見られたくない?


   と言うより、見せたくないよ……。


   ……情けないから?


   然うじゃなくて……。


   ……然うじゃなくて?


   メルだけ、なんだ……。


   ……私だけ?


   ……。


   ユゥ……私の、ユゥ。


   ……メル。


   来て、お願い。


   ……うん、わかった。


   ……。


   ……。


   ……座って。


   座る、だけ……?


   ……とりあえずは、ね。


   とりあえず……。


   ね……暗くした方が良いかしら?


   ……できれば。


   だけど、その前に。


   ……ぅ。


   手、冷たい?


   ……すこ、し。


   然う……ごめんなさいね。


   ……べつに、いいよ。


   ……。


   ……は、ぁ。


   胸筋……だけど、確かに。


   ……あ、あの。


   あぁ、ごめんなさい……ちょっと、確かめたくて。


   ……やらかく、ないよ。


   いいえ、そんなことはないわ。
   こう、触れていると……確かに、感じるもの。


   ……。


   ……耳まで真っ赤ね。


   だっ、て。


   ……明るいから、良く見えるわ。


   ……。


   あら。


   ……はずかしい、よ。


   どうして?
   さっきまでは、平気だったでしょう?


   ……さっきまでは、ふれられていなかったから。


   触れられると、恥ずかしいの?
   検査では、良く触れられているのに。


   ……。


   ……ユゥ?


   ……このまま、するの。


   このまま?


   ……すわった、まま。


   ……。


   あ……。


   ……横になって、ユゥ。


   ……っ。


   ……。


   メ……ル。


   ……知りたいの。


   なに、を……。


   ……どうして、苦手なのか。


   そ、そんなの……。


   ……然うね、苦手なものは苦手よね。


   ……。


   ……でも、いやではない。


   ……。


   でしょう……?


   ……いやでは、ないけど。


   連絡しておくわ。


   ……れんらく?


   ジュピターの躰に異変が起きた。
   故に、緊急検査の必要があると。


   そ、それ……。


   ……しない方が、良いかしら。


   し、しないで。


   ……然う、ならしない。


   ……。


   ……暗い方が、良いのよね?


   でき、れば……。


   ……分かった。


   ……。


   あなたも、叶えて呉れるものね……?


   ……ごめん。


   ふふ、どうして謝るの?


   ……なんと、なく。


   ……。


   ……あさ、ごはん。


   心配しないで……。


   ……。


   ……その時は、私が作ってあげるから。


   メルが……。


   ……それと。


   ……。


   ……あなたも、していいわ。


   ……。


   ううん……寧ろ、して。


   ……。


   ……意味、分かるわよね?


   うん……わかる。


   ……。


   メル……。


   ……言って、ユゥ。


   ……?


   ……いつも、私が言っているように。


   いつも……メルが。


   ……聞かせて欲しいの。


   ……。


   ……聞かせて、ユゥ。


   ……て。


   ……。


   きて……メル。


   ……ええ、ユゥ。


  9日





   ……。


   ……なに、してるの。


   ……。


   ……ユゥ。


   確認してたんだ。


   ……かくにん?


   ちゃんと固まっているか。


   ……そんな、かっこうで?


   下は穿いてるよ。


   ……からだが、ひえてしまうわ。


   大丈夫、直ぐに戻るつもりだったから。


   ……すぐ、ね。


   もう、戻るよ。


   ……すぐとは、いいがたいわね。


   ……。


   ……きづかないとでも、おもったの?


   良く眠ってるようだったから……。


   ……ねむっていたけれど、めがさめてしまったの。


   ごめん……音は、立てないようにしたんだけど。


   ……となりが、ひえていくのをかんじるの。


   冷えて……?


   ……あなたのぬくもりが、ね。


   そんなに、すぐ……。


   ……いったでしょう、すぐとはいいがたいって。


   ……。


   それで、ちゃんとかたまっていたの?


   ……うん、固まってた。


   そう。


   だから。


   ……だから?


   切っておこうと、思って。


   きる?


   うん。


   ふぅん……ひとのうしろで、なにかやっているとはおもっていたけど。


   ……。


   ね……もってきて、ちかくでみせて。


   え。


   なに、もったいぶりたいの?


   ……あした、おきたらって。


   あしたじゃないと、だめなの?


   ……駄目じゃ、ないけど。


   けど?


   ……あした、


   それはもう、あきらめて?


   ……。


   あきらめて?


   ……はい。


   さぁ。


   ……ん。


   ……。


   灯り、点けた方が良いよね。


   ……寝台の傍の、小さな灯りを。


   ん。


   ……はぁ。


   メル。


   ……少し、眩しいわね。


   ごめん……もう少し、落とすよ。


   ……。


   どうかな。


   ……ん、良いわ。


   ……。


   それで……何を作っていたの?


   ……これ、なんだ。


   ん……?


   ……。


   へぇ……これもまた、きれいな青ね。


   きれい、かな。


   ……きれいだと、思うけれど。


   そっか……良かった。


   ……若しかして、上手く出せていなかったの?


   うん……偏ってしまって。


   ……然う、あなたでもそんなことがあるのね。


   師匠は、上手だったんだ。


   ……お師匠さん?


   ……。


   悔しかったの?


   ……うん。


   ふふ、然う。


   ……だって。


   あなたが得意でも、お師匠さんは不得意。
   然ういうことも、あったのにね。


   ……あった?


   ん、あったわ。


   ……。


   ただ、誤魔化すのが上手なひとでもあったから。


   ……あたしだけ、気付いてなかった?


   私も、なかなか気付けなかったけれど。


   ……くそう。


   ね、ユゥ。


   ……うん?


   これ……琥珀糖よね。


   ……うん、然うなんだ。


   ふふ、懐かしいわ。


   ……。


   青は、何を?


   ……露草を。


   つゆくさ……あぁ。


   ……兎に角、上手に出来て良かった。


   ……。


   食べるのは、明日に。


   ……明日?


   今夜はもう、眠るだけだし。


   ……。


   これ、小さな袋に入れて持ち歩けば、いつでも食べられるからさ。
   疲れを感じた時に、食べて欲しいなって。


   ね……これ、固まっているのよね。


   うん、固まってるよ。


   ……あとは、切るだけ?


   うん、でも切るのは明日にしようと思って。


   ……ふぅん、然う。


   直ぐに戻してくるよ。


   待って。


   ……ん?


   適当な大きさに、切って。


   え、今?


   然う、今。


   良いけど……どうするの?


   ……別に、どうもしないわ。


   ……。


   さぁ、切って。


   ……ん、分かった。


   ……。


   どうせだから、全部切ってしまおうかな。
   そんなに大きくはないし。


   ……失敗すると思っていたの?


   ……。


   ねぇ、失敗したと思った琥珀糖はどうしていたの?


   ……ひとりで食べてた。


   どうして?


   メルには、きれいなものを食べて欲しかったから。


   けれど、味は変わらないのでしょう?
   色が、偏っているというだけで。


   ……そう、だけど。


   だったら。


   ……だけど、本当に偏っていて。


   でも、美味しいのでしょう?


   ……美味しいか、どうかは。


   子供の頃に作って呉れた琥珀糖は美味しかったわ。
   色は、偏っていたけれど。


   ……。


   だから、ね?


   ……うん、メル。


   ……。


   ん……。


   ……それがあれば、手軽に糖を補充することが出来る。


   ……。


   もっと早く、気付いていれば良かったわ。


   ……隠してて、ごめんよ。


   あなたの隠し事に気が付かないなんて、私もまだまだね。


   ……あたしでも、メルに隠し事が出来るんだなぁ。


   もう、しないで?


   ……。


   しないで、ユゥ。


   ……メル。


   ……。


   ……うん、もうしない。


   浮気をしても、ね。


   しないよ、そんなもの。


   ふふ、知ってるけど。


   もう、メルは。


   ふふ、ふふ。


   ははは。


   ……切れた?


   ん、切れた。


   ……。


   えと、食べてみるかい?


   ……こんな夜中に?


   あたしにする?


   ……。


   間違えた、明日にむ。


   ……。


   ……メル?


   あなたに、する。


   ……ええ、と。


   ここで……ね。


   ……。


   ……分からない?


   ううん……分かる。


   ……然う、なら。


   良い……?


   ……言ったでしょう、あなたにするって。


   ん……言われた。


   ……。


   ……。


   ……きれいな、青。


   ……。


   きっと、仄かに甘いのでしょうね……。


   ……。


   ……ん。


   ……。


   ……ふ、……ん、……ん。


   ……。


   ……ふふ、やっぱり。


   あまい……?


   ……ほのかに、ね。


   なつかしい……?


   ……ええ、なつかしいわ。


   もっと、いる……?


   ……。


   もう、いらない……?
   あしたに、する……?


   ……あしたに、するわ。


   じゃあ……あ。


   ……しまわないと、とけてしまう?


   ううん、もう大丈夫……。


   ……なら、ここにおいて。


   う、ん……。


   ……。


   ……おいたら、あかりを。


   うん、メル……。


   ……。


   ……けした、よ。


   ええ、そうね……。


   ……もう、まぶしくない?


   こんどは、くらくかんじるわ……。


   ……。


   ……こないの?


   いま、いくよ……。


   ……。


   ……きたよ、メル。


   ねぇ……ユゥ。


   ……なぁに。


   ねつが、にげてしまったわ……。


   ……。


   ……ほのかなぬくもりでは、いやなの。


   すぐに……。


   ……ぁ。


   すぐに、あげるよ……。


   ……ユ、ゥ。


   ……。


   あ……ぁ。


   ……あまい、ね。


   ばか……。


   ……ん、ごめん。


   ね……。


   ……もう、あさまではなれない。


   ……。


   はなれないよ……メル。


   ……はなれたら、ゆるさない。


  8日



  -Ἀνμίτσου(前世)





   ……う、……ぅ。


   ……。


   ……くっ、……ぁ。


   ……もっと。


   ぁ……、ぅ……っ。


   ……出しても、良いのに。


   ……っ、……ぁぁっ。


   ……ねぇ、ユゥ。


   ……、……ぁ……ぁ。


   ……もっと、聞かせて。


   ……。


   ……もっと、声を。


   む、り……。


   ……。


   これいじょうは、むり……。


   ……どうして?


   どうして、も……。


   ……そんなに、良くない?


   ……。


   ねぇ……。


   ……わかって。


   分からないわ。


   ……。


   分からないの……だから。


   ……その、ぎゃく。


   逆……て?


   ……よくない、の、ぎゃく。


   だから……なに?


   ……。


   ……ねぇ教えて、ユゥ。


   みみ……。


   ……耳?


   ちかづけ、て……。


   ……この距離では、言えないの?


   ……。


   ねぇ……ユゥ?


   ……おねがいだ、メル。


   ……。


   みみを……ちかづけて。


   ……分かった。


   ……。


   ……。


   ……いった、よ。


   声が、小さいわ……。


   ……でも、きこえたろ。


   ……。


   にがて、なんだ……。


   ……私には、言わせるくせに。


   ずる、い……?


   ……ええ、ずるいわ。


   ごめん、よ……。


   ……本当に。


   はぁ……。


   ……ずるいひと。


   あの、さ……メル。


   ……なに。


   おこって、る……?


   ……怒っては、いないわ。


   ほんと……?


   ……ちょっと、不機嫌になっただけ。


   ふきげん……。


   ……。


   あ……。


   ……今夜は、ここまでにしましょう。


   あ、え……。


   ……。


   で、でも、つぎは、あたしの……。


   ……そんな気分じゃなくなったの。


   え、えぇ……。


   ……。


   メ、メル……。


   ……だめよ、ユゥ。


   け、けど……。


   ……だーめ。


   あぅ……。


   ……。


   ……ごめん、ごめんよ。


   別に、良いわ。


   ……よくないって、せなかがいってるよ。


   背中には、口はないけれど。


   ……でも、いってるよ。


   ……。


   ね……せめて、こっちむいて。


   いや。


   ……うぅ。


   おやすみなさい、ユゥ。


   そ、そんなぁ……。


   ……。


   ……。


   ……そっと、くっつこうとしないで?


   う。


   今夜は、離れて眠りたいの。


   ……。


   だから……私に、触らないで。


   す、すこしも


   だめよ?


   ……。


   ……。


   ……。


   ……どこに行くの?


   あたし、おおきいから。


   ……だから?


   いると、どうしても、ふれちゃうから……だから、ゆかで。


   自分の部屋には帰らないのね?


   ……せめて、おなじへやでねむりたい。


   ……。


   ……ん。


   ばかね。


   ……メル?


   良いわ、触れても。


   え、でも。


   ……触れたくないの?


   ふ、ふれたい。


   ……なら、行かないで。


   うん、メル……。


   ……あ、ん。


   ね……いい、かな。


   ……。


   ん……メル。


   ……やっぱり、ずるい。


   ……。


   あなたは、にがてだというけれど……。


   ……う、ん。


   きらい……?


   ……。


   ……わたしに、されるのは。


   きらいじゃ、ないよ……。


   ……ほんとうに?


   うん、ほんとうに。


   ……にがてな、だけ?


   わけが、わからなくなるんだ……。


   ……うん?


   その……。


   ……。


   ……よく、て。


   だから、わけがわからない……?


   ……ずっと、そうだった。


   それは、こどものころから……?


   ……じぶんが、メルにしてること、それはわかってるんだけど。


   ……。


   いざ、メルにされると……あたまのなかが、それだけに、なってしまって。


   ……ふふ。


   お、おかしい……?


   ……わたしはずっと、そうだったのに。


   え、えと……。


   ……はじめて、だかれたときから。


   ……。


   ……ね、わけがわからないことは、いけないこと?


   ううん、いけなくはないとおもう……よ。


   ……だったら、ゆだねてしまえばいい。


   ゆだ……?


   ……あなたが、そう、わたしにおしえたの。


   あ、あたしが……?


   ……ことばではなく、からだで。


   ……。


   あぁ、でも……ことばでも、おしえてくれたわね。


   ことば……。


   ……むずかしく、かんがえないで。


   ……。


   わからなくてもいい、わかろうとしなくてもいい……なんども、あなたがおしえてくれた。


   ……あたし。


   ね…そのときは、ただ、わたしにゆだねて。
   こえを、かみころそうとしないで……。


   ……にがて、なんだ。


   どうしても……?


   ……どうして、も。


   ふむ……。


   ……あの、メル。


   ぜんしんで、あまえてくるのは……ゆだねるのとは、ちがうのかしら。
   むねに……おなかに……かおを、うずめて……ちからを、ぬいて……ときには、あらしのように……みを、ゆだねてくる。


   ……。


   そうね……じぶんからなら、できるのね。
   わたしが、そうさせようとすると……とたんに、にがてになってしまって。


   ……え、えと。


   あなたも……やっかいなひと、ね。


   ……ごめんなさい。


   ふふ……どうして、あやまるの。


   ……やっかい、だから。


   おたがいさま、でしょう?


   ……。


   まぁ、いいわ……。


   ……いい?


   もう、がまんのげんかいでしょうから。


   ……。


   なきそうなかおを、してる。


   ……あたし、そんなかおしてる?


   ええ……してるわ。


   ……。


   ……こどものころのあなたを、おもいだす。


   おおきく、なったのに……。


   ……からだは、ね。


   ……。


   ……きずが、また、ふえてる。


   たいしたものじゃ、ないよ……。


   ……それでも。


   ……。


   ……ね、あなたのせなかも、すきよ。


   せなか……。


   ……こどもの、ころから。


   うん、ありがとう……。


   ……あんしん、するの。


   すごく、うれしい……。


   ……ん、ユゥ。


   あたしも、メルのせなか……だいすきだ。


   ……でも、いまは。


   メル……メル。


   ……むね、でしょう?


   う、ん……そう、なんだ。


   ……すなお。


   い、い……?


   ……。


   ……あ。


   きて。


   ……。


   ……きて、ユゥ。


   うん、メル……。


   ……ぁ。


   ……。


   ん……ぁ……。


   ……すきだ、メル。


   ……。


   ……。


   ……むずかしい、わね。


  7日





   メルクリウス。


   ……。


   また、だってさ。


   ……聞いてるわ。


   善くもまぁ、飽きもせず。


   ……今となってはもう、本来の大儀すら見失っているのでしょうね。


   だったら、止めれば良いのに。


   負の感情は、後世まで残りやすい。
   その典型的な例。


   憶えておくのなら、良いことだけで良いんだ。
   その方が前向きに、楽しく生きられる。


   人類が皆、あなたのような考え方をして呉れたら良かったのに。


   今、褒められた?


   さぁ?
   頭が悪いと、遠回しに言っただけかもね。


   褒められたと思っておくよ。


   ええ、然うして。


   体調は?


   悪くはないわ。


   あたしひとりで


   いいえ、私も行く。


   うん、言うと思った。


   分かっているのならば、言わないで。


   確認は大事だからね。


   ただの定型文じゃない。


   当たり前が、大事だろ?


   鬱陶しくはあるけれど。


   ははは。


   直ぐには出立しないのでしょう。


   うん、直ぐには行かない。
   今行ったところで、無用なごたごたに巻き込まれるだけだから。


   今回は、どれくらいになるかしらね。


   うーん、然うだなぁ。
   あの周辺だけで済むだろうから、そこまで大規模なものにはならないだろうと思ってるけど。


   けれど、その周辺で暮らしている者達はとばっちりを受けるでしょう。


   ま、負の感情がたっぷり詰まった種がまた、撒き散らされるのは間違いないだろう。
   とは言え、発芽する前に力尽きてしまうかも知れないけど。


   人類の厄介なところは、遺志を受け継ぐことが出来ることよ。
   それは時に教育として組み込まれ、どこまでも広がり大きくなり、誤解すらも飲み込んで、連綿と続いていくことになる。
   それこそ、末代まで。全てのが嗣子が、死に絶えるまで。


   それなんだよなぁ。


   世代を重ねたことで手に負えなくなったものを断ち切るのは容易ではなく、ほぼ不可能に近いと言っても良い。


   負のものなんて受け継がずに放っておけば良いのに。


   それは時に、生きる力と為りうるものだから。


   他のものを力にすれば良い。


   それ、私を無惨に殺されたとしても言える?


   む。


   私は、言えない。


   けれど、負の感情ばかりだと心が疲れてしまうよ。


   然うだとしても、どうしようもないわ。
   心とは、然ういうものでしょう?


   あたしは、


   あなたが居ない……あなたを殺した世界で生きていても、ただ、ただ、虚しいだけ。
   あなたに私以上のひとが居ないように、私にも、あなた以上のひとは居ないから。


   ……。


   ね、言ってみて。


   ……何を?


   あたし以外の愛しい存在を見つけて、それを生きる力にしろって。
   あたしのことなんかさっさと忘れて、新しい存在と共に生きろって。
   さぁ、言ってみて。


   ……。


   ね、言えないでしょう?


   ……相変わらず、痛いところを突いてくるよね。


   基本的に私は性格が悪いの。


   可愛いところでも、あるよ。


   相変わらず、物好き。


   メルクリウスは、


   私は、言わないわ。どう考えても面白くないもの。
   私以外の存在に、にこにこと笑いながら、愛の言葉を囁いているあなたなんて。


   ……あたしも、面白くないな。


   あなたが居ない世界で生きろと言うのなら、あなたを殺した此の世界を徹底的に壊す為に私は生きる。
   つまり、負の感情は生きる力となるの。


   ……むぅ。


   私達は未だ、失っていない。
   だからこそ綺麗事が言える、幾らでもね。


   ……これも、定型文だ。


   大事なのでしょう?


   うん、大事だよ。


   ともあれ、私達の場合は私達で終わるから。


   次世代に繋げることはない。


   と、思いたいわね。


   ……大丈夫だと、思うけど。


   あなた、小さいものに弱いから。


   ……だって、放っておけなくて。


   はいはい、然うね。
   おかげで、世界が広がってしまったわ。
   ふたりきりで、静かだったのに。


   此れ以上は、増やさないようにする。


   然う願いたいわ。
   とりあえず、今回は増やさないでね。


   うん、善処する。


   はぁ。


   ね。


   何。


   ……今は、ふたりきりだよ。


   ……。


   う、痛い。


   壊され続けていたら、どうしたって負の感情ばかりが強まる。


   ……。


   当事者でなくても、それをずっと幼い頃から聞かされていたら、余程のことがない限り、染まってしまう。


   ……どこかで立ち切れたら、良いのだけど。


   難しいわね。


   難しいんだ。


   滅ぶまで、終わらないかも知れない。


   終わらないかな、やっぱり。


   白と黒。


   ……。


   白に近い灰色、黒に近い灰色……様々な、灰色。
   黒や灰色は、これからも生まれ続ける……生を享けた時は、白でも。


   白の奴らは?


   白く見えるだけよ。


   だけど黒でなければ、灰色でもない。


   然う。
   だから、厄介なの。


   あんな力がなければ。
   前世のこととして、終わらせていれば……いや、こんな未来を選ばなければ。


   復讐とは、違うのでしょうけど。


   ……復讐?


   月の滅び。


   ……原因は、此の星の民だけではないけど。


   だとしても、よ。
   楽でしょう、その方が。


   やだなぁ、然ういうの。


   なんにせよ、いずれは滅びるものだから。


   人類?


   然う。
   願わくば、そんな詰まらない存在の滅びに、他の生物が巻き込まれないよう。


   それは、あたしも願いたいな。


   どうせ、巻き込まれるのでしょうけど。


   なんで全部巻き込んで滅ぼすかな。


   それが、彼女達の使命だからじゃない?
   そしてまた、やり直すの。


   あぁ、嫌な話だ。


   此れ以上に不愉快な話はないわね。


   はぁ。


   ……同じことの、繰り返し。


   ねぇ。


   ……何。


   あたし達は、何色かな。


   灰色で良いんじゃない。


   どちらに近い?


   どちらからも離れている、私は然う思っているわ。
   あなたは?


   あたしも、同じだ。


   ……ん。


   ね……。


   ……次は、何。


   メルクリウスって……やっぱり、長いよ。


   ……我慢して。


   前から言っているけど……メルじゃ、だめ?


   ……だめ。


   あたしの名は、短いから良いと思うけど……。


   ……私の名も、長くはないわ。


   あたしには長いよ……。


   ……あなたの愛はそれだけでしかないの?


   む……。


   ……ねぇ、ユピテル。


   あたしの愛は……あの頃以上だと、思っているけど。


   ……なら、我慢して。


   あー……。


   ……さぁ、離れて。


   ……。


   ユピテル。


   離れ難い。


   離れて。


   ……ほんのひと時だけでも。


   体調が悪い。


   ……う。


   ほら。


   ……夜になったら、良い?


   隣で眠るくらいならね。


   ……抱き締めても。


   それ以上のことをしないのなら。


   ……キスは。


   ……。


   あ、良い?


   ……木野さん。


   あ。


   あくまでも、私の体調はあまり良くないの。
   分かっているわよね?


   ……はい、分かってます。


   それ以上のことはしないって、誓える?


   ……誓えます。


   然う。


   ……良い?


   良いわ。


   やっぱり、だめ……え。


   ……。


   メルク……水野さん。


   ……今は、だめよ。


   うん……。


   ……だめだと、言っているでしょう?


   うん、聞こえてる……。


   ……それなのに。


   ……。


   ねぇ……。


   ……なんだい。


   生麩のあんみつ、憶えてる……?


   ……生麩の?


   忘れてしまったの……?


   ……ううん、憶えてるよ。


   本当かしら……。


   ……行ったら、お店がお休みでさ。


   ……。


   何回か行って……やっと、食べられたんだ。


   ……だから、憶えてる?


   美味しかった。


   ……。


   水野さんと食べられて、良かった。


   ……結局、受験後だったわね。


   はは、然うだったね。


   ……あなたが作ったあんみつは、何度か食べたけど。


   息抜きは大事だからさ。


   ……。


   ん?


   ……受かったのに。


   だけど、無駄ではなかったよ。


   ……。


   お勉強に無駄なんてない……だろ?


   ……ええ、然うよ。


   今でも、本は好きで読んでる……と言っても、新しいものはほとんどないけど。


   ……あなたが、書いてみたら?


   あたしが?


   書いたところで、あなたが新しい本を読めるわけではないけれど。


   んー……。


   私が最初の読者になってあげるわ。


   書けるかなぁ。


   まずは、日記からなんてどうかしら。


   日記か、それなら……て、それも読む?


   読んで良いの?


   恥ずかしいなぁ。


   読まわないわよ。


   え。


   日記なんて。


   ……。


   何、その顔。


   ……書いたら、読む?


   読まない。


   良いよ、読んでも。


   ……。


   良いんだ、水野さんなら。


   ……気が向いたらね。


   うん。


   ……ねぇ。


   ん?


   甘いものが、食べたいわ。


   甘いもの?


   然う……甘いもの。


   ……。


   ……あんみつとは、言わない。


   白蜜寒天でも、いい?


   ……。


   ふふ、良かった。


   ……は?


   今、寒天を冷やしてるんだ。


   ……。


   あともう少しで出来るよ。


   ……あぁ、然う。


   人類の負の話ばかりじゃ、心がくさくさしてしまうから。


   ……。


   ……キス、して良い?


   ……。


   ん……。


   ……。


   ……亜美。


   もう、したわ。


   ……。


   ……続きは夜にね、まこと。


   夜……。


   ……言っておくけれど、キスだけだから。


   ……。


   ん……ちょっと。


   ……メルって呼んじゃ、だめ?


   は……。


   ……せめて。


   ……。


   本名で呼べないのなら、せめて……愛称で、呼びたい。


   ……ばかね。


   だめ、かな……。


   ……ならば、私はユゥと呼ぶわ。


   ……。


   ……それが、条件。


  6日





   あとは、これをのせて……よし、出来た。
   うん、なかなかいいんじゃないかな。


   ……。


   水野さん。


   ……ん。


   出来たよ、食べる?


   ……。


   食べない?


   ……見てから、決める。


   はは、そっか。
   じゃ、今持っていくね。


   ……。


   どうかな。


   ……食べてあげてもいいわ。


   ん、ありがとう。


   ……餡を、のせたのね。


   名付けて、白蜜あんみつ。


   ……そのまんま。


   あはは、分かりやすくていいだろ?


   ……。


   あんこ、ない方が良かった?


   ……そんなことは、言ってない。


   じゃあ。


   ……餡は、作ってはいないわよね。


   ごめん、今回は。


   ……別にいいわ。


   ん。


   ……さっき、買ってきたの?


   うん。


   ……そう。


   やっぱり、食べたくない?


   ……別にいいって、言ったわ。


   今度、作るから。


   ……ん。


   じゃ……食べようか。


   ……木野さんの分は?


   もちろん、あるよ。


   ……。


   へへ。


   ……いただきます。


   はい、召し上がれ。


   ……。


   あんこが入って、どうだろ。


   ……悪くないわ。


   白蜜、合ってるかな。


   ……さっぱりしていて、今の私には食べやすい。


   そっか……良かった。


   ……だけど、市販の餡はやっぱり甘い。


   あぁ。


   ……白蜜が甘いから、餡は控え目の方がいい。


   やっぱり、合ってない?


   ……食べられないことはないわ。


   甘さを調節出来ればいいんだけど……。


   ……まだ残ってるの?


   うん、まだある。


   ……無糖の餡を混ぜるか、或いは水分量で甘さを調節出来る水ようかん、ぜんざいでもいいと思う。


   ぜんざいなら、お餅を入れようかな。甘さがもっと控え目になると思うから。
   あとは、かぼちゃのいとこ煮かなぁ。丁度、時期だし。


   ……。


   ……食べる?


   ……仕方ないから、食べてあげる。


   うん、ありがとう。


   ……甘いのは、受験勉強の合間に。


   ん、分かった。


   ……でも、夜中はやめて。


   はは、あたしも夜中はやだな。


   ……。


   ……。


   ……私は。


   うん。


   ……木野さんが作ったものの方が、好き。


   今度、必ず作るよ。


   ……。


   約束する。


   ……楽しみにしてるから。


   うん、してて。


   ……。


   本、大分読み進めたみたい?


   ……調子がいいから。


   そっか……けど、疲れやすいと思うから無理はしないでね。


   ……しない、誰かさんが心配して鬱陶しくなるから。


   はは。


   ……薬ももう、いらないわ。


   白湯はどうする?


   ……白湯は飲む。


   ん、分かった。
   用意するね。


   ……木野さん。


   ん、なに?


   ……ありがとう。


   うん、どういたしまして。


   ……ねぇ。


   ん?


   ……明日、図書館に寄りたいわ。


   ……。


   ……明日は、学校に行くつもりだから。


   分かった……じゃあ、その帰りに。


   ……木野さんは?


   あたしはまだ、読み終わってないんだ。


   ……今日中に、読み終わるかもしれない。


   ……。


   ……終わらないかもしれないけど。


   食べ終わったら、続き、読もうかな。
   水野さんの傍で。


   ……。


   いい?


   ……好きにしたら。


   やった。


   ……お勉強もするわよ。


   え。


   ……当たり前でしょう。


   でも、大丈夫なの?


   ……ええ、お勉強ぐらいならもう出来るわ。


   お勉強ぐらい……。


   ……数学。


   はい……。


   ……。


   ……。


   ……なに。


   気に入ってくれてうれしいなって。


   ……あ、そ。


   ねぇ、水野さん。


   ……なに。


   実はさ……まだ、あるんだ。


   ……白蜜あんみつ以外に?


   うん。


   ……。


   見てくれる?


   ……見せて。


   ん、ちょっと待ってて。


   ……。


   ……。


   ……ん、やっぱり甘いわね。


   お待たせ。


   ……大して、待ってない。


   これなんだけど。


   ……白。


   雪寒天、作ってみたんだ。


   ……牛乳寒天も作ったの。


   うん、まだ試しなんだけど。


   ……そっちは、黒糖寒天?


   どうせだから、両方作っちゃえと思って。


   普通の寒天も作ったのに?


   まぁ、そんなに手はかからないから。


   ……こんなに作って。


   流石に、食べ切れないかな。


   ……全部食べ切るのは、無理。


   うん。


   ……だけど。


   少しずつ、食べる?


   ……。


   ん……ありがと。


   ……どうして木野さんがお礼を言うの。


   試作品を食べてもらえるから。


   ……どうせ、おいしいに決まっているのに。


   そうだといいな。


   ……。


   ……。


   ……餡は、残っているのよね。


   うん、残ってる。


   ……。


   折角だし、大福も作ってみようかな。


   ……市販のものでも、気にしなかった。


   え……?


   ……ひとりの時は。


   ……。


   ……お夕飯は、どうするの。


   あ……んー、どうしようかな。
   続けて雑炊じゃ、ね。


   ……私は、別に構わないけど。


   そう?
   じゃあ、雑炊でいい?


   ……。


   もちろん、具は変えるけどね。


   ……同じでもいいのに。


   いやいや、それだと栄養が偏ってしまうから。


   ……。


   どうしようかなぁ。
   水野さん、豚肉は食べられそう?


   ……多くはいらない。


   あと、あまり脂っこくない方がいいよね。


   ……。


   なら、脂抜きをして……。


   ……まこと。


   ん?


   ……食べてない。


   あ。


   ……。


   ごめんごめん。


   ……。


   ……ん、水野さんが言う通り、あんこが甘いかな。


   ……。


   もっとおいしいあんみつを、水野さんに作ってあげたいな。


   ……もう、十分に。


   ……。


   ……白蜜あんみつ、また食べてあげてもいいわ。


   ほんと?


   その代わり。


   今度は、あたしが作ったあんこでね。


   ……。


   受験勉強が、本格的に忙しくなってしまう前に。


   ……今だって、本当は忙しくなければいけないのだけど。


   まぁ、そうなんだけど。


   ……。


   生麩のあんみつも食べに行こう。


   ……ん。


   楽しみだ。


   ……。


   ……。


   ……私。


   うん……?


   ……なんでもない。


   そう?


   ……。


   まぁ、いいか。


   ……ちゃんと、おいしいから。


   え?


   ……これ。


   ……。


   ……あんこが甘い以外。


  5日





   ……ふぁ。


   ……。


   うん……今日は、ここまでかな。


   ……木野さん。


   ん?


   ……。


   ごめん、眠れなかった?


   ……寝るの?


   うん、そろそろね。


   ……いつもより、早いけど。


   早いけど、眠くなっちゃったから。


   ……読み終わったの。


   ううん、まだ。
   切りのいいところまでは読んだし、続きはまた明日にするよ。


   ……。


   灯り、邪魔だったろ?
   今、消すよ。


   ……それくらい、なんてことない。


   ……。


   ……部屋の電気、点けていても良かったのに。


   今夜は。


   ……。


   今夜は、早めに寝ようと思ってたんだ。
   部屋の電気を消したのは、立ち上がるのが億劫だと思ったから。


   ……いつも、そんなことを言って。


   水野さんがこの部屋に来る前から、そうしてたんだ。
   小さな灯りなら、躰を起こさなくても消せるから。


   ……。


   それじゃあ……おやすみ、水野さ


   おやすみしない。


   うん、おやす


   しない。


   ……え?


   ……。


   しないって……水野さん?


   消していいなんて、言ってない。


   う、うん?


   ……あかり。


   え、えと……灯り、消さない方がいい?


   ……。


   なら、消さないで


   来て。


   へ?


   ……。


   えと……水野、さん?
   今、来てって……。


   ……灯りを消すのなら、こっちに来て。


   ん、んん?


   ……来ないなら、消さないで。


   え、え……。


   ……早く決めて。


   い、いや、でも。


   ……来ないなら、嫌いに


   分かった、今すぐ行く。


   ……。


   だから……灯りは、消していい?


   ……まだ、来てない。


   消してから、行く。


   ……消したら、見えない。


   見えるよ。


   ……。


   今夜は……月が、明るいから。


   ……消して。


   うん。


   ……。


   ……やっぱり、明るいな。


   ……。


   水野さん。


   ……来て、早く。


   うん……。


   ……。


   ……え、と。


   なに……。


   ……くっつかない方が、いいよね。


   ……。


   なるべく、くっつかないように……え。


   ……。


   ど、どうしたの?


   ……別に、どうもしない。


   いつもだったら……くっつくどころか、ほんの少し触るのだって。


   ……。


   寝るのも、ひとりの方がいいって……。


   ……いやなの。


   あたしは、いやじゃないよ。
   いやどころか、うれ


   ばか。


   ……え。


   ……。


   や、やっぱり、別々の方がいい?


   ……いやだと、言った。


   ……。


   ……今夜は。


   あ。


   ……。


   その……ごめん。


   ……ばか。


   うん……ごめんよ。


   ……どんかん。


   お詫びに、抱き締め……


   ……。


   ……ない方が、いいよね。
   それは、流石に鬱陶し……


   ……。


   ……。


   ……何か言って。


   何かって……え、と。


   ……。


   ……たまには、こんな時もあるかなって。


   はぁ……。


   ……良かったら、腕も貸します。


   ……。


   いりませんか……。


   ……それは後で。


   ……。


   ……聞いてるの。


   ん、聞いてる……。


   ……で。


   はい……喜んで。


   ……。


   ……痛い?


   ……薬を飲んでるから。


   貧血……明日は、治まるといいな。


   ……他人事みたいに。


   そんなに冷たく聞こえた……?


   ……だって、他人事だもの。


   そう、だけど……でも。


   ……心配してくれているのは、分かってる。


   ……。


   ……少し、鬱陶しいくらいに。


   う。


   ……。


   ……鬱陶しくて、ごめむ。


   ……。


   ……水野さん。


   ……。


   ん……。


   ……。


   ……水野さ


   だめ。


   ……。


   ……あなたは、だめ。


   うん……分かった。


   ……それから、もうしない。


   ……。


   ……。


   ……おやすみ、する?


   ……わたしは、ちいさなこどもじゃない。


   そうだね……小さくは、ないね。


   ……。


   ……明日、学校に行けないようだったら、あたしも休むよ。


   ……きのさんは、がっこうにいって。


   水野さんがいない学校に行ったって、つまらないよ。


   ……。


   それとも……ひとりの方が、いい?


   ……。


   その方が、いいのなら……う。


   ……。


   ね……明日また、白蜜寒天食べる?


   ……たべる。


   うん……じゃあ、また作ろ。


   ……あしたは、おぞうすいがいい。


   分かった……明日は、雑炊にするよ。


   ……たまご、いれて。


   半熟と、完熟……どちらがいい?


   ……かんじゅく。


   ん……じゃ、完熟で。


   ……。


   ……腕、そろそろ貸す?


   ……まだ。


   左腕を貸しても……右腕が、あるよ。


   ……。


   ……右腕だけでも、抱き締められる。


   ……。


   まだ、かな……。


   ……いつか。


   いつか……?


   ……あんもちぞうにをつくって。


   あんもちぞうに、か……うん、いいよ。


   ……。


   ……て、あんもちぞうに?


   ……。


   それって、お雑煮にあんこもちを入れるの?


   ……おぞうには、しろみそ。


   白味噌……の、お雑煮?


   ……。


   そんなの、あるんだ……白味噌は、まぁ、分からなくはないけど。


   ……わたしが、たべてみたいものは。


   あたしも、食べてみたい……かな。


   ……たべたくないのなら、


   いや、興味はある。
   だから、食べてみたい。


   ……。


   それにしても……はは、面白いなぁ。


   ……べつに、おもしろくないわ。


   ね、一緒に作る?


   ……?


   あんこもち。


   ……つくってあげてもいい。


   じゃ、一緒に作ろ。


   ……。


   いつ、作ろうかな……。


   ……まこと。


   ん……。


   ……。


   ……うで?


   ……ん。


   頭、上げられる……?


   ……。


   ……ん、いいよ。


   ……。


   ……おやすみ?


   ちいさなこどもじゃない。


   ……思ってないよ。


   うそ……ん。


   ……。


   ……だめって、いったのに。


   おやすみ……あみ。


   ……。


   ……しない?


   ……まことの、ばか。


  4日





   ……。


   ……木野さん。


   ん。


   ……白湯、ありがとう。


   うん、どういたしまして。


   ……。


   少し眠る?


   ……横になるだけ。


   そっか。


   ……顔色、朝よりはましになったのよね。


   うん、朝よりはずっといい。


   ……。


   ねぇ、水野さん。


   ……なに。


   ん……いや、やっぱりいいや。


   あ、そ……。


   ……。


   ……ねぇ、木野さん。


   なんだい?


   ……今日、行こうと思っていたお店なんだけど。


   ……。


   ……あんみつに、お麩が入っているの。


   おふ?


   ……木野さんがたまに、お味噌汁の具として入れるもの。


   あぁ、お麩か。
   え、あんみつにお麩が入ってるの?


   ……焼き麩ではなく、生麩だけど。


   生麩……生のお麩?


   ……食べたことはない?


   うん、ない。
   スーパーで売ってるのを見たことはあるけど、確か焼き麩より高かったような。


   ……焼き麩よりは高いわ。


   ああ、やっぱり。
   買おうって思ったこと、一度もないもんなぁ。


   ……。


   水野さん?


   ……もちもちと、していて。


   もちもち?
   生麩ってもちもちしてるの?


   ……。


   それは、お餅や白玉、求肥とは違うのかい?


   ……違うわ。


   焼き麩……は、そもそも、もちもちしてないな。


   ……生麩そのものに、味はないの。


   味付けは、何で?


   ……塩やお醤油、お味噌。


   ……。


   鰹や昆布で取ったお出汁……あとは、山椒や胡麻。


   ふぅん……じゃあ、煮物にするとおいしいのかな。


   ……生麩も、味が良く染み込むから。


   なら……おでんや、すき焼きでも良さそうだ。


   ……田楽。


   田楽……焼いてもいいのか。
   となると……炒めても良さそうだし、結構幅広く使えるなぁ。


   ……京料理には、欠かせないらしいわ。


   なるほど……少し、分かった気がする。


   ……その生麩が、あんみつに入っているの。


   つまり、お菓子にも使えるんだね。
   いや、万能だなぁ。もしかしたら、洋食にも合うかもしれない。


   ……おまんじゅうもあるのよ。


   生麩のおまんじゅう?


   ……そう。


   あんこが、入ってる?


   ……入ってる。


   んー……大福、みたいな感じかな。
   もちもちしてるって、言うし……。


   ……。


   食べてみたいな。
   ね、それはどこで買えるの?


   ……その前に、あんみつ。


   うん?


   ……あんみつが、先。


   ……。


   ……。


   そっか……うん、そうだね。


   ……あんみつに入ってる、生麩は。


   うん。


   蓬、胡麻……それから、粟。


   あわ?


   ……粟を、知らないの?


   いや、一応は知ってる。
   ただ、食べたことはないから。


   ……三種類の生麩が、餡やアイスと合っていて、とてもおいしいらしいわ。


   食べてみたいなぁ。
   どんなものか、あたしも食べてみたい。


   ……。


   水野さんが食べてみたいと思うものなら、あたしも食べてみたいって思うよ。


   ……お麩が入っている、あんみつなんて。


   そんなこと、あたしが言うわけないだろ?
   生麩のおまんじゅうだって、水野さんと食べたいって思ってるんだからさ。


   ……。


   でも、そっか……だから。


   ……ん。


   楽しみに、していたんだね。
   あたしが、思っている以上に。


   ……。


   本当は、もっと前から行ってみたいと思っていたんだろう?


   ……思っていないわ。


   素直じゃないって、自分で言ってた。


   ……受験生だもの。


   と言うことは、三年になってからか。


   ……なにが。


   そのあんみつを知ったのは。


   ……二年生の時かもしれないじゃない。


   それも、そうか。
   二年の頃の水野さんは今より……ん、あの頃のがほんのちょっぴり素直だったような?


   ……私は、変わっていないわ。


   いや、そうでもないよ。


   ……そうでもある。


   いや、そんなことないよ。


   ……そんなこと、ん。


   水野さん。


   ……もっと、面倒に。


   もっと、かわいくなってる。


   ……。


   ね、水野さん。
   これからは、あれこれと考えなくてもいい。


   ……なにを。


   難しいこと。


   ……別に、考えてない。


   出逢って、一年。
   まだまだかもしれないけど。


   ……。


   もっと、がんばるからさ。


   ……お勉強を?


   お勉強も。


   ……。


   ね、そのあんみつは生麩の他に何が入ってるんだい?
   アイスは、クリームあんみつに入ってるんだよね。


   ……アイスは抹茶と、豆乳。


   抹茶と、豆乳?
   バニラじゃないんだ。


   ……他に入ってるものは、餡と、お豆、白玉、寒天。


   黒蜜はかける?


   ……かける。


   求肥と果物は、入ってない?


   ……。


   そっか。
   まぁ、生麩がもちもちしているなら、白玉も入ってることだし、求肥はいらないかもしれない。
   それにしても、豆乳のアイスなんて珍しいなぁ。


   ……普通のあんみつもあるわよ。


   いや、あたしもクリームあんみつにするよ。


   ……も?


   水野さんは、クリームあんみつだろ?


   ……寒天。


   うん? 寒天?


   ……普通のもの、抹茶、黒糖、ほうじ茶。


   寒天は四種類?


   ……。


   ますます、楽しみだ。
   ほうじ茶の寒天なんて、食べたことないよ。


   ……。


   生麩、豆乳のアイス、それから、ほうじ茶の寒天。
   あたしは、このあたりが特に気になる。
   水野さんは、どこが気になる?


   ……私は。


   私は?


   ……。


   ん?


   ……ぜんぶ。


   ぜんぶ……全部?


   ……悪い?


   ……。


   ……悪いの。


   あはっ。


   ……は?


   いや、もうだめだ。


   ……なにが。


   言い方も仕種も、あまりにも、かわいくて。


   ……意味が分からない。


   だって、ちいさなこどもみたいなんだ。


   ……ちいさな。


   少し、ふてくされてる……いや、拗ねてる、かな。


   ……。


   それから……?


   ……。


   あ、や、そっか、そうだよね。


   ……何が、そうだよねなの。


   あ、あんみつは、全部を楽しむものだからさ。
   どれがどれってわけじゃ、ないんだよね。


   ……別に、どう楽しもうが個人の勝手だから。


   いや、それはそうなんだけど。


   木野さんも、ひとりで勝手に、楽しんで。


   う。


   ……。


   え、ええと……ごめん、ね?


   ……どうせ、ちいさなこどもよ。


   うわ。


   ……。


   ……ものすごく、頭を撫でたい。


   撫でたら、許さない。


   あ、はい。


   ……。


   あ、あの、水野さん?


   ……ちょっと眠る、邪魔しないで。


   そ、そっか……。


   ……。


   ……。


   ……触ったら、許さない。


   え。


   ……。


   ……。


   ……すこしなら、ゆるしてあげてもいいわ。


   すこし、なら?


   ……あまり、さわらないで。


   ん、分かった……じゃあ、少しだけ。


   ……。


   おやすみ……また、後でね。


   ……。


   少しだけでも……元気になって、良かった。


   ……あなたのせいよ。


   ん……?


   ……あなたが、わたしをかえたの。


   ……。


   ……からだも。


   うん……。


   ……だから。


   一生をかけて、責任を取る。


   ……。


   次の休み……次の休みが、だめでも。
   受験が終わってからになったとしても、それでも必ず行こう。
   あたし達が行きたいお店に。


   ……。


   必ず。


   ……そんなに待てない。


   うん?


   ……受験が終わるまで、なんて。


   ……。


   ……だから。


   ……。


   ……だから、触らないで。


   冬休み……いや、期末のテスト期間になる前に。


   ……。


   ……行こう、水野さん。


   ……。


   うん……じゃあ、また後で。


   ……起きたら。


   うん。


   ……おうどん、たべるから。


  3日





   ……水野さん。


   ん……。


   出来たよ。


   ……見せて。


   うん……これ、なんだけど。


   ……白い、わね。


   はは、だろ……?


   ……求肥の色も。


   最初は、ほのかな紅白にしようと思ったんだけど。


   ……白で、まとめたのね。


   うん……名付けて、白蜜寒天。


   ……しろみつかんてん。


   つまらない、かな。


   ……そのままじゃない。


   分かりやすいだろ?


   ……そうね、だってそのままだもの。


   いまいち?


   語呂は悪くないし……別に、いいんじゃない。


   じゃあ、そうする。


   ……白蜜寒天、ね。


   イメージとしては、雪なんだ。


   ……雪?


   バナナの色も、白に近いし。


   雪……ね。


   ……合ってないかな。


   まぁ、見えなくもないわね。
   全体的に白いし。


   ……やっぱり、雪寒天にしようかな。


   雪寒天?


   最初に考えた名前は雪寒天だったんだ。


   だったら、寒天はより白い方がいいと思うわ。


   ……。


   この寒天は雪の白と言うより半透明……どちらかと言うと、氷に近いと思うの。
   だから、これは白蜜寒天でもいいと思うけど。


   ……なるほど。


   白蜜でなく練乳だったら、雪寒天でも良かったかもしれないわね。


   ……。


   ?
   木野さん?


   ……雪寒天と名付けるのなら、水野さんが言うように寒天も白い方がいい。


   ……。


   白い寒天……そうだ、牛乳寒天はどうだろう。
   あれならば、雪のような白になる……。


   ……。


   でも、白蜜に合うかどうか……寒天の甘さを控えれば、大丈夫かもしれない……今度、試しに


   黒蜜とは、合うらしいわよ。


   ……え?


   牛乳寒天。
   だから、白蜜でもおいしいかもしれないわね。


   ……それは、どこで?


   さぁ、どこだったかしら。


   ……。


   で?


   ……白蜜と黒蜜、両方作ってみようかな。


   両方?


   雪寒天と、黒寒天。
   どう?


   黒寒天?


   分かりやすいだろ?


   いいえ、分かりづらいわ。


   へ。


   白い寒天なのに、黒寒天?
   だったら、黒蜜寒天の方がいいと思うけど。


   ……。


   黒寒天と名付けるのなら、寒天は牛乳よりも黒糖の方がいいんじゃないの。
   ブラックコーヒーでもいいかもね。黒蜜と合うし。


   ……確かに。


   でしょう。


   ……とりあえず。


   とりあえず?


   名前のことは、後で考えるとして。
   牛乳寒天に白蜜と黒蜜、近いうちに作ってみる。


   そう。


   おいしかったら、お勉強の休憩に


   それって。


   ……うん?


   木野さんがおいしいと感じなかったら、どうするの?


   それは


   それは?


   ……味見、してくれますか。


   味見なんて、いらないと思うけど。


   ……。


   作る時は、言って。


   ……はい。


   ん。


   ……。


   なに。


   ……少し、元気になった?


   さぁ、どうかしらね。


   さっきよりも、顔色が大分いい気がする。
   あと、声も。


   白蜜寒天を、まだ食べていない。


   ……。


   だから、分からないわ。


   ……そっか。


   ところで、木野さんの分は?


   あたし?


   ないの?


   ……。


   ないのなら、


   実は。


   ……あるの?


   うん……ある。


   すぐに言えばいいのに。


   一緒に食べたかったのねって、言われると思って。


   言われたくないの?


   ……言われたい。


   じゃあ、言ってあげるわ。


   ……。


   あなたのことだから、私と一緒に食べたかったのでしょう?


   ……うん、そうなんだ。


   お味噌のおうどんも。


   ……うん、水野さんと食べたい。


   ……。


   ……ん。


   しょうがないひと。


   ……ごめん。


   ね、木野さん。


   ……なに。


   一緒に食べてあげてもいいわよ。


   ……ほんと?


   いやなら、ひとりで食べるけど。


   いやじゃない、あたしも食べる。


   そう……なら。


   躰、起こせる?


   ……。


   ……。


   ……手を借りなくても、大丈夫よ。


   念の為、だよ。


   念の為、ね。


   ……。


   ……ねぇ、木野さん。


   ん……なに。


   ……次の、休みには。


   ……。


   ……それまで、お勉強。


   幾らでも、頑張るよ。
   水野さんと同じ高校に行きたいから。


   ……。


   離しても、平気?


   ……ん、平気。


   ……。


   ……はぁ。


   大丈夫かい?


   ……大丈夫よ。


   ふらつかない?


   ……大丈夫、だから離して。


   ……。


   木野さん。


   ……うん。


   ……。


   水野さん……はい、どうぞ。


   ……ありがとう。


   どういたしまして。


   ……きれいね。


   うん……ありがと。


   ……いただきます。


   ……。


   ……うん。


   どうかな。


   これは、これで。


   ……おいしい?


   さっぱりしていて、食べやすいわ。


   ……求肥も、食べてみて。


   ……。


   ……。


   ……甘さは、控え目なのね。


   もう少し、甘い方が良かった?


   ……ううん、これくらいで。


   ……。


   食べないの?


   ……食べるよ。


   じゃあ、早く食べたら?


   ……うん。


   ……。


   ……。


   どう?


   ……ん?


   白蜜寒天。


   うん……おいしいと思う。


   ……。


   ……ね、水野さん。


   なに……?


   ……これに、白あんをのせたらどうだろう。


   白あん?


   うん……それで、白あんみつ。


   ……。


   もしも、作るなら……その時は、赤えんどう豆も入れる。


   ……白あんのあんみつなんて、食べたことないわ。


   うん、あたしもない。


   ……。


   白あんは、合わないかな。


   ……アイスなら、色々あるけれど。


   合わないかなぁ、白あん……。


   ……。


   ……。


   ……作ってみたら?


   ……。


   もしも、作るなら……食べてあげてもいいわ。


   でも、おいしくなかったら。


   ひとつひとつはおいしいのだから、別々に食べればいい。


   ……。


   試してみなければ分からないわ。
   でしょう?


   ……うん、そうだね。


   ……。


   なんだか、ごめん。
   水野さん、具合が良くないのに。


   ふふ、全くだわ。


   だけど、良かった。
   少し元気になったみたいで。


   ……。


   ん……水野さん?


   あなたが、いるから。


   ……。


   ……そう、言ったら?


   すごく嬉しい。


   じゃあ……そういうことに、しておいて。


  2日





   水野さん。


   ……。


   生姜入りの味噌煮込みうどんを作ってみたんだけど……食べる?


   ……いらない。


   まだ、何も食べたくない?


   ……。


   今日は、薬を飲む為にバナナをやっと一口食べたぐらいで、他には何も食べてないから。


   ……たべたくない。


   じゃあ、何か飲む?
   喉、乾いて


   のまない。


   ……。


   ……なにも、いらない。


   そっ、か……。


   ……。


   もしも、


   ならない。


   ……。


   ……どうせ、いつものことだから。


   いつものことでも。


   ……。


   慣れるものじゃ、ないと思うから。


   ……なれてるわ。


   いつもよりも、重いように見えるんだ。


   ……いつもとかわらない、おなじよ。


   いつもだったら、もう少し食べられてる。
   もう少し、飲めてる。


   ……。


   貧血で、動けなくても……。


   ……こんなもの、だった。


   ……。


   きのさんと、であうまえのわたしは。


   ……水野さん。


   ずっと、ひとりで……ほとんど、たべずに。


   ……。


   ……このまま、いしきをなくして、もどらなければいいのにって。


   ……。


   ね……であったころのわたしは、あおじろくて、きもちわるかったでしょう?


   そんなこと、全く思わなかった。


   ……そうだと、いって。


   思ってないのに、言えないよ。


   ……。


   一目で、好きだと感じた。このひとだと、思った。
   水野さんで、心がいっぱいになった。


   ……もう、いい。


   かわいいひとだって、思ったんだ。


   ……もう、ほうっておいて。


   ……。


   ひとりに、して。


   ……でも。


   つらそうだと、あなたが少しでも思うなら。


   ……。


   思って、いるのなら。


   ……何かあったら、


   なにも、ない。


   ……。


   ……なにも、ないの。


   ……。


   ねぇ……どうして、きょうなの。


   ……。


   どうして、いつもより……。


   ……水野さん、


   いわないで。


   ……。


   またこんどなんて、いわないで……そんなの、ききたくないの。


   ……うん、言わないよ。


   こんどなんて、こないかもしれない……。


   ……そうだね。


   ……。


   水野さん。


   ……わたしの、からだなのに。


   ……。


   わたしのおもいどおりに、どうしてならないの……。


   ……。


   こんなからだ……きらい、だいきらい。


   ……うん。


   さわらないで。


   ……許して。


   いや。


   ……許して欲しい。


   いやよ、ふれないで……こんな、わたしに。


   どうしても、いや?


   ……ぅ。


   どうしても、いやなら……。


   ……。


   触れるのを……やめる。


   ……ばか。


   うん……ごめん。


   ……。


   ……傍にいても、いい?


   きかないで。


   ……分かった、聞かない。


   ……。


   ……。


   ……食べないの。


   うん?


   ……おうどん、作ったんでしょう。


   うん……後で食べようかなって。


   ……熱いうちに、食べたらいいじゃない。


   食べる時に、温めればいいから。


   ……お腹、空いてるんじゃないの。


   あまり、空いてないんだ。


   ……うそつき。


   嘘じゃないよ。


   うそ。


   本当だよ。


   ……。


   なんでか、自分でも良く分からないんだ。


   ……。


   ……ごめんね、もう止めるね。


   ねぇ。


   ……なんだい?


   今はまだ、食べられそうにない。


   ……。


   ……今は、まだ。


   そっか。


   ……。


   言ってくれたら、すぐに温めるから。


   ……。


   ……。


   ……。


   ……ねぇ、水野さん。


   ……。


   柔らかめの寒天なら、どうかな。


   ……寒天?


   うん……。


   ……どうして、寒天なの。


   食べやすいかなって。


   ……寒天、だけなの。


   ううん……白蜜をかけるんだ。


   ……黒蜜ではないのね。


   白蜜の方が、さっぱりとしているから。


   ……。


   あと、白玉……バナナも、あるけど。


   ……作ったの。


   ……。


   作ったのね……。


   ……あんみつ。


   ……。


   あんみつを、作れたら良かったんだけど……あんこを作るにも、小豆がなくて。
   赤えんどう豆もなくて……だからって、水野さんを置いて買い物に行くなんて出来ない。


   ……私なら、ひとりでも平気なのに。


   分かってる……だからこそ、今の水野さんをひとりにしたくないんだ。


   ……。


   すぐ傍に、いられなくても……同じ空間に、いられれば。


   ……ばかね。


   うん……そうなんだ。


   ……。


   えと……いらない、かな。


   ……ねぇ、木野さん。


   なに……。


   ……求肥、作って。


   求肥?


   ……作れるでしょう。


   求肥……そっか、何か忘れてると思ったら求肥だ。


   ……木野さんなら、


   作れるよ、材料もあるから。
   白玉粉に、片栗粉を入れるんだ。


   ……。


   待ってて、すぐに作るから。


   ……食べるなんて、まだ言ってないのに。


   寒天、白蜜、白玉、求肥……あんみつには、どうしたってならないけど、それでも。


   ……バナナは?


   バナナも。


   ……。


   うん、そうと決まったら。


   ……ね。


   ん?


   ……いつかで、いいから。


   うん。


   ……餡を、求肥で包んだものを食べてみたい。


   求肥で、あんこ……大福?


   ……。


   もしかして……大福も、好き?


   ……木野さんが作ったものを食べてみたいと、思っただけ。


   分かった、近いうちに作るよ。


   ……。


   求肥……すぐに作るから、ちょっとだけ待っててね。


   ……べつに、いそがないでいいわ。


  1日





  -あんみつ?(現世3)





   はい、どうぞ。
   あっつあつだから、気を付けてね。


   ……ありがとう。


   ん、どういたしまして。


   木野さんは結局、何にしたの。


   あたしもあんこにした。


   ふたつとも?


   あ、気が付いた?


   私が、気が付かないとでも?


   ううん、思わない。


   気が付かないふりをしても、良かったんだけど。


   良かった、ちゃんと言ってくれて。


   それで?


   もうひとつはね、カスタードなんだ。


   つまり、選べなかったのね。


   焼いているところを見てたら、おいしそうで。
   追加で、注文しちゃった。


   チーズは買わなかったの?


   買おうと思ったんだけど、流石に呆れられるかなって。


   別にいいわよ、木野さんが食べたいのなら。


   呆れない?


   それは、分からない。
   お夕飯の前に良く食べるわね、とは思うかもしれないけど。


   冷めても、おいしいらしいんだ。


   食後のおやつ?
   それはそれで、食べ過ぎで眠くなりそうね。


   ……はんぶんこなら。


   言っておくけど、私は食べないわよ。
   チーズは、お夕飯の後に食べるには重たいもの。


   なら、カスタード……。


   も、私には重たいわ。


   うん、また今度にする。


   あ、そう。


   あと、おいなりさんで良かったんだよね?


   ええ。


   あたしはさ、胡麻のおいなりさんにしたんだ。


   ふぅん、そう。


   それから、五目のおにぎり。


   いつも思うのだけど、五目なら自分で作れるじゃない。
   五目だけじゃない、いなり寿司だって。


   色々なものを食べてみたいんだ。
   特にこういうお店の味は、あたしでは出せないからさ。


   食べていないのに、どうして分かるの?


   勘、かな。


   勘、ね。


   年季も違うしね。


   ……ふぅん。


   水野さんも食べてみてよ。
   それで、感想を聞かせて欲しいな。


   参考にするの?


   水野さんが気に入る味かどうか、特に知りたい。


   そう……じゃあ、食べられそうだったらね。


   ん、ありがとう。


   まだ、何もしてない。


   そうだけど。


   木野さん。


   ん、なに?


   明後日のお弁当は、五目の炊き込みごはんがいいわ。


   明後日?


   そう、明後日。


   明後日か……ん、分かった。
   明後日のお弁当は、五目ごはんのおにぎりにするよ。


   ん。


   さて、そろそろ食べようか。
   どっちから先に食べる?


   ……。


   カスタード、食べない?


   木野さんが食べる為に買ったんじゃないの。


   カスタードはさ、水野さんとはんぶんこにしようかなと思って。


   私は小倉だけでいいわ。


   一口も、いらない?


   お夕飯の前だから。


   一口だけ……。


   強引に食べさせる気?


   ……ごめんなさい。


   はぁ……いいわ、一口だけなら。


   ほんと?


   それ以上は、食べないから。


   うん。


   木野さんが先に、


   じゃあ、先にどうぞ。


   ……。


   ん?


   ……はぁ。


   ね、水野さん。


   なに。


   焼き印、小倉とカスタードで違うんだよ。


   知ってるわ。
   小倉が寿、カスタードとチーズが月でしょう。


   ……。


   ……なに。


   水野さん、もしかして食べてみたかったとか。


   は?


   いや、なんでもないです。


   ……そうだと、言ったら?


   え。


   お店の前を通るたび、食べてみたいと思っていたの。


   え、そうなの?
   初めて聞いたよ?


   初めて言ったんだもの、当然ね。


   なら、早く言ってくれれば。


   言わない。


   あー……。


   私、素直じゃないの。


   自分で言っちゃうあたり、かわいいよね。


   意味が分からない。


   ちなみに、他にもあったりする?


   教えない。


   あー、だよねー……。


   ……。


   出逢って、一年……まだまだ、知らないことばかりだ。


   木野さん。


   なんだい?


   あんみつ。


   あんみつ?


   知っているとは思うけれど、好きなの。


   うん、知ってるよ。


   でも、スーパーで売ってるものはあまり好きじゃないの。


   だけど、おいしそうに食べて


   手軽に食べられて、丁度良いだけ。


   まぁ、手軽と言えば手軽だよね……そんなにお高くないし。


   だから。


   ……今度、甘味処にでも行こうか?


   今度?


   えと、次の日曜日はどうかな?


   ……。


   行く?


   行く。


   そうだよね、だめだよね。
   受験生だもんね、休みは受験勉強しなきゃ。


   そんなこと、言ってないわ。


   ……へ?


   次の日曜日に、連れて行ってくれるのでしょう?


   ……いいの?


   何が?


   休みの日に、その、デー……出かけても。


   木野さんが次の日曜日にって言ったんじゃない。


   いや、でも、次の日曜日は無理って言われると思ってたから。
   受験生だし、そんな無駄な時間はないって。


   言った方が良かったの?


   いや、そんなことない。全然、ない。
   お出かけ出来て嬉しい、すごく嬉しい。


   たまには必要でしょう、息抜きすることも。


   うん、とても必要だと思う。


   最近は、とても頑張っていると思うし。


   うん、頑張ってるよ。


   つまらないミスも、あまり、しなくなったし。


   たまにするけど、前よりは


   本音を言えば、一問たりともして欲しくないのだけど。


   ……頑張ります。


   そういうわけだから。


   やっ


   けど、その代わり。


   今夜も明日も明後日も、お勉強、頑張るよ。


   宜しい。


   やった、水野さんとお出かけだ、あんみつデートだ。


   あんみつデートって?


   水野さんとあんみつを食べに行くから。


   木野さんもあんみつにするの?


   するつもり。


   ふぅん……別にいいけど。


   ね、水野さん。
   前みたいに、違うあんみつを頼んでさ。
   また、


   他のお店を知ってる?


   え?


   動物園の近くにある、あんみつ屋さんの他に。


   ……え、と。


   その顔は、知らないわね。


   そ、そんなことない、ちゃんと知ってるよ。


   まぁ、そんなことだろうと思ったけど。


   調べ


   お勉強が最優先。


   ……。


   でもまぁ、いいわ。
   明日の帰りにでも本屋さんに寄りましょう。


   う、うん、寄ろう。


   ねぇ、木野さん?


   な、なに。


   期待、しているわ。


   う、うん、任せて。


   だけど。


   だ、だけど?


   どうしても、良いお店が見つからなかったら。


   み、見つける


   あなたと行ってみたいお店があるの。


   ……へ。


   そこで、いいわ。


   そのお店は、どこ?


   当日になったら、教えてあげる。
   じゃなきゃ、手を抜くかもしれないから。


   ぬ、抜かないよ。


   そう?


   そうだよ……あ、いや、待って。


   ……。


   行ってみたいって、言ったよね。


   ……言ったけど。


   見つけた。


   ……もう?


   そのお店に行こう、水野さん。


   ……。


   あたしも、水野さんと行ってみたい。


   それだと、私が連れて行くことになってしまうんだけど。


   う。


   ……。


   あの、水野さん、当日の前に教えてもらうことは……。


   ……ふふ、まぁいいわ。


   あ。


   ちゃんと、ついてきてね?


   うん、ちゃんとついていくよ。


   ……。


   あぁ、楽しみだ。


   ……ところで、木野さん。


   ん、なんだい?


   今川焼き。


   ……あ。


   冷たくなってしまう前に、食べた方がいいじゃないの。


   そうだ、食べよう。
   冷えてもおいしいらしいけど、あったかいのならあったかいうちに食べたい。


   カスタードは、


   どうぞ、水野さん。


   ……どうしても、私が先なの。


   うん、一口だけなら水野さんが先の方がいいと思って。


   ……はぁ、仕方ないわね。


   へへ。


   ……いただきます。


   はい、召し上がれ。


   ……。


   ……。


   ……。


   どう……?


   ……まぁ、いいんじゃない。


   もう一口、食べたいのなら


   ……。


   ……良かった、おいしいんだ。


   ……。


   ……食べ方、やっぱりかわいい。


   はい、木野さん。


   あ、うん。


   生地がおいしいわ。


   カスタードは?


   ……。


   そっか、良かった。


   ……早く食べたら?


   うん、食べる。


   ……。


   ……ん、おいしい。


   ……。


   生地も、カスタードも、おいしい。
   カスタードは、飾り気がなくて、卵の優しい味がする。


   ……。


   小倉は、どう?


   ……おいしいけど?


   そっかぁ。


   甘さが控え目で、生地の仄かな甘さとバランスがとてもいいわ。


   お。


   カスタードもだけど、素朴な味。


   ね……また、食べたい?


   ……。


   うん、また来よう。


   ……木野さんが、来たいと思うなら。


   思うよ、水野さんと来たいって。


   ……。


   また、ね?


   ……ん。