日記
2025年・1月
31日
片思い?
うん。
まこちゃんが……誰に?
亜美ちゃんに。
……好きなひとが、新しく出来たんじゃなくて?
今はまだ、出来てない。
……どうして、まこちゃんが私に?
一方的に、名前で呼んでたから。
だから……片思い、なの?
うん、だから片思いだったの。
つい、さっきまで。
……。
ね、また呼んでみてよ。
……もう、何度か呼んでると思うけど。
お願い。
……まこちゃん。
なんだい、亜美ちゃん。
……まこちゃんが、呼んで欲しいと言うから。
うん、ありがと。
……なんだか、恥ずかしくなってきたわ。
だから、耳が赤いの?
……え。
夕焼けのせいかなって、思ってたんだけど。
……ッ。
なんてさ、冗談だよ。
……じょうだん?
うん、冗談。
からかって、ごめんね。
……片思い、と言うのは。
それは、本気。
……。
さっきまでずっと、あたしの片思いだった。
だけどもう違う、これからは両思いだ。
……呼び方が、変わっただけなのに。
大袈裟?
……。
自分でも、そう思うよ。
……そうなの?
うん、大袈裟だなぁって。
……。
あっ、あまり言ってると気持ち悪いかな。
もう、言わないよ。ごめんね。
……ううん。
……。
……ね、まこちゃん。
なに?
……ごめんね、ずっと呼べなくて。
……。
……ん。
これからはずっと、名前で呼んでくれるんだろう……?
……うん、呼ぶわ。
なら……いいんだ。
……。
そもそも、謝ることでもないよ。
あたしが勝手に名前で呼ばれたいって、思ってただけなんだからさ。
あたしこそ、ちゃんと言葉にして伝えれば良かったんだ。
名字ではなく、名前で呼んで欲しいって。
……馴れ馴れしい、と。
え?
……まこちゃんと呼んだことで、そう思われたら。
いやいや、そんなこと思うわけないって。
亜美ちゃんに名前で呼ばれたら、嬉しいに決まってるじゃないか。
その証拠に、さっきからずっと喜んでるだろ?
……でも、分からなかったから。
分からないって……もしかして、亜美ちゃん。
……。
そんなことをずっと、考えていたのかい?
……おかしい、わよね。
おかしくは、ないけど……考えすぎ、と言うか。
……。
あー……でも、そっか。
あたしが勝手に亜美ちゃんと呼び始めて、馴れ馴れしいかなって考えるのと一緒か。
……まこちゃんは私のこと、亜美ちゃんって呼んでくれるけど、みんなに合わせているだけなのかなって。
別に、みんなに合わせてるわけではないよ。
あたしが亜美ちゃんって、呼びたかったんだ。
……そう、だったのね。
うん、そうだったんだ。
……そう。
嬉し?
……え。
口元が、笑ったような気がしたから。
……私、笑った?
あたしには、そう見えた。
……なら、そうかも。
心は、そう感じてない?
……心?
嬉しいって。
……。
どう?
……感じてるわ。
ふふ、そっか。
嬉しいな。
……嬉しいの?
うん、嬉しい。
……どうして?
どうしてって。
そんなの、とっても単純なことだよ。
……単純なこと?
亜美ちゃんが嬉しいと、あたしも嬉しい。
ただ、それだけのこと。ね、単純だろ?
……。
難しいことなんて、何もないんだ。
だから……?
……ふふ。
あ。
まこちゃんが、嬉しいと……私も、嬉しい。
……。
そういうことで、いいのかしら。
うん、いいよ。
すごく、いい。
……あ。
亜美ちゃんと、あたしは……友達、なんだ。
……友達、まこちゃんと私が。
何を今更って、感じだけど。
だけど、改めて、ね?
……ん、改めて。
ん!
……あの、まこちゃん。
なんだい?
……その、近いわ。
あれ。
……。
ごめん、嬉しくて、つい。
……それ、さっきも言ってた。
うん、言ってたね。
ふふ……もう、まこちゃんったら。
ははは。
……名字と名前で、こんなにも違うものなのね。
ね、違うよね。
……私、うさぎちゃんとお友達になるまで、母にしか名前で呼ばれたことがなくて。
うん?
距離感、とでも言うのかしら……そういうものが、分からなかったの。
思うに、亜美ちゃんはさ。
……うん。
難しく考えちゃうところがあるんじゃないかな。
……難しく?
考えなきゃいけない時も、あるんだろうけどさ。
あたしには、そんな風に考えなくてもいいよ。
……。
ちゃんと考えること、亜美ちゃんの良いところでもあると思うんだ。
あたしは、そんな亜美ちゃんのことが好きだし。
……好き。
あたしは、知っての通り、とても単純だから。
亜美ちゃんが友達になってくれて、本当に嬉しいんだ。
……私も、嬉しい。
亜美ちゃん?
……まこちゃんが、私なんかと友達になってくれて。
なんかじゃ、ないよ。
亜美ちゃんは。
……。
ね。
……う、ん。
ねぇ、亜美ちゃん。
……なぁに、まこちゃん。
帰ったら、暇?
……帰ったら、お勉強をしようと思っているの。
そっか、そうだよね。
……でも、どうして?
良かったら、うちに来ないかなって。
……まこちゃんのお部屋に?
う、うん……。
……どこか、分からないところでもあるの?
へ。
なんの教科?
え、と……。
分からないところがあるのなら、そのままにしておかない方がいいわ。ううん、してはだめよ。
私で良ければ、
お、教えてくれる?
ええ。
……。
それで、教科は何?
……数学、かな。
数学ね。
ん、分かった。
き、来てくれる?
ええ、喜んで。
やったっ。
え?
あ……。
そんなに、嬉しいの?
あ、うん、嬉しい……かな。
お勉強するのが?
……亜美ちゃんが、来てくれるのが。
え、なに?
亜美ちゃんが、来てくれるのがっ。
……え?
う、嬉しいなって。
で、でも、初めてではないわ……。
は、初めてだろ、亜美ちゃんがひとりで来てくれるのは。
……。
そ、そうと決まれば、さっさと買い物をして帰ろ。
え、ええ……。
そうだ。
折角だからさ、ごはん、食べていってよ。
そ、そんな、悪いわ。
悪くない、悪くないよ。
お勉強を、教わるのだし。
でも……。
遠慮しないで、ね?
帰りは、ちゃんと送るからさ。
ひとりで、
送りたいんだ、いいだろ?
……。
だ、だめかな。
……ううん、ありがとう。
あたしこそ、ありがとうっ。
……。
あ。
……。
あ、あのさ。
う、うん。
あたし、かなりはしゃいでると思うんだ。
……。
だから、鬱陶しかったらすぐに言ってね。
……鬱陶しい、なんて。
えと……ごはん、どうしようかなぁ。
お弁当の残りだけじゃなくて、何か他のものも……。
30日
タイトルがすぐに思い付いたり、思い付かなかったり。
-Blue Flowers(現世1)
……木野さん?
ん……?
まだ、残っていたの?
亜美ちゃんこそ。
塾は? もう、日が暮れ始めているよ。
塾は、お休みで……だから、図書室にいたの。
あぁ、そっか。
そういえば、今日は塾は休みだって昼休みに言ってたね。
木野さんは、日直だったわよね?
うん、そうだよ。
日直の仕事が終わらなかったの?
ううん、大分前に終わった。
だから、もうひとりの日直は残ってないだろ?
……。
あたしに押し付けて、先に帰ったと思った?
……そんなことは。
あたしにそんなことが出来る奴は、このクラスにはいないよ。
なんせ、いまだに怖がられているんだからね。おかげで楽だよ。
……楽って?
何もしなくても、勝手に終わらせてくれる。
あぁ、黒板消しくらいはやるかな。あたし、でかいから。
……。
あたしさ、得意なんだ。
……黒板消し?
掃除みたいなものだろ?
……そうかも。
きれいになるのが、好きなんだ。
……。
ところで、入ってきたら?
……え。
教室。
そんなところにいないでさ、こっちに来て話そうよ。
席も空いてることだし、好きなとこに座って。
でも、違うクラスだし……。
入りづらい?
……うん。
誰もいないんだ、気にしなくていいよ。
……けど。
しょうがないなぁ。
……?
……。
……木野さん。
おいでよ、亜美ちゃん。
ふたりで話そうよ。
……あ。
何か言われたら、あたしのせいにしていいからさ。
き、木野さん。
いいから、いいから。
あ、えと、し、失礼します。
はは、誰もいないのに律儀だなぁ。
だ、だって。
まぁ、分かるけど。
他のクラスって、入りづらいよね。
わ、分かっているのなら……。
でもさ、6組って5組の隣だろ?
すぐなんだし、放課後の誰もいない時なら入ってもいいと思うんだ。
そ、そういう問題じゃないわ。
亜美ちゃんなら、大丈夫だよ。
大丈夫って、
物を盗った、なんて、疑われることもきっとない。
ううん、絶対にない。
……。
さ、どうぞ。
座って。
……すわれ、ないわ。
じゃあ、あたしの席ならどう?
……木野さんの?
そう、あたしの。
あたしのだったら、気兼ねなんてしなくていいだろ?
でも、そうしたら……あ。
あたしは、ここに座る。
……。
誰もいないんだ……席ぐらい、座ったっていいだろ。
……ううん、木野さんは自分の席に。
だけど、それじゃあ亜美ちゃんが。
私が、その席に座るわ。
……。
木野さんはひとのものを盗ったりなんてしない。
絶対に、しない。
……だったら。
疑いを晴らす証明なんて、いくらでもする。
だけど、嫌なの。
……どういうこと?
木野さんが、一時であろうとも、そういう目で見られるのが。
私は、嫌なの。
……。
だから……今は。
……あたしを、そういう目で見ているわけではない?
見てない……見るわけ、ない。
じゃあ……あたしを、守ってくれようとしてる?
……。
ありがと……亜美ちゃん。
……ごめんなさい。
あれ、どうして?
……上手に、言えなくて。
あぁ。
だけど私、本当に……ん。
……し。
……。
……分かってるよ。
木野さん……。
じゃあ、あたしは自分の席に。
亜美ちゃんは、あたしの席の後ろの席に。
後ろ?
前では、なくて?
後ろを向いてみたかったんだよね。
……どういうこと?
言葉にする前に、やってみてもいいかい?
その方が、伝えやすいかも。
え……ああ、うん。
ありがと。
う、ううん。
と言うわけで、座って?
えと……おじゃま、します。
あはっ。
……。
あたし、ひとの席に座るのにお邪魔しますって言う子、初めて見たよ。
だって、ひとの席に座るのだし……。
教室に入る時もちゃんと失礼しますって言ってたし。
亜美ちゃんって真面目で、面白いね。
真面目は、言われるけど……面白い、かしら。
うん、面白い。
……初めて、言われた。
あたしは、好きだよ。
……。
真面目で面白い、亜美ちゃんのこと。
……あ、
あ?
……ありが、とう。
うん、どういたしまして。
……。
座った?
ええ……座ったわ。
なんて、見てたけど。
あの、木野さん?
それで、どうして前でなく後ろなの?
後ろを、向いてみたかった。
……はい?
後ろを向いて……友達と、話してみたかった。
……。
ほ、ほら、プリントとかテストとか、そんなのを回す時ぐらいしか後ろを向くことなんてないからさ。
……したこと、ないの。
うん……ない。
だから……一度でいいから、してみたかった。
……私も、ない。
え。
前の席の……その、お友達と、こうして話すこと。
あ。
……だから、嬉しいわ。
亜美ちゃん……。
……心がね、なんだか浮き立っているような気がするの。
それって……楽しいって、こと?
うん……こんなの、初めて。
相手が、あたしでも……楽しいって、思ってくれる?
相手が、木野さんだから。
……。
……楽しいって、思うの。
そ、そっか……。
……木野さんは、私で楽しい?
もちろん……楽しいよ。
……うさぎちゃんじゃなくて、良かった?
うさぎちゃん?
……うさぎちゃんの方が、楽しいかなって。
亜美ちゃんとだって、楽しいよ。
うさぎちゃんに、負けないくらい。
……。
亜美ちゃんといると、あたしは楽しい。
お昼休みに一緒にごはんを食べている時だって、あたしは楽しいって思ってるんだ。
……そう。
亜美ちゃんは?
……私も、思っているわ。
そっか……そっか。
……?
木野さん……?
ねぇ、亜美ちゃん。
なぁに?
あたし、亜美ちゃんのこと、これからも亜美ちゃんって呼んでもいい?
……どうして?
馴れ馴れしいって、思われてないかなって。
そんなこと、思ってない……全然、思っていないわ。
……なら。
思っていないから……その、これからも。
ね、亜美ちゃん。
な、なに……。
そろそろ、下の名前で呼んで欲しい。
え……。
うさぎちゃんやレイちゃんのように……あたしも、亜美ちゃんに下の名前で呼ばれたいんだ。
……。
い、いやなら、いいんだ……名字の、ままでも。
だ、だけど……いやだと思っていないのなら、下の名前で、呼んで欲しい。
……いや、なんて。
お、思ってない?
……思って、ないわ。
だ、だったらさ?
……。
あ、亜美ちゃん?
……機会を、逃してしまって。
き、きかい?
きかいって、なに?
……私ね。
う、うん。
……木野さんのこと、みんなみたいに呼んでみたくて。
なら、呼んでよ。
……。
お願いだよ、亜美ちゃん。
……ま、
ま?
……。
……亜美ちゃん?
練習……したのに。
は、練習?
……鏡の前で。
練習って……あたしの名前を、
言わないで。
あ、はい。
……。
亜美ちゃん……顔が、赤いけど。
……っ。
だ、大丈夫……?
……だいじょう、ぶ。
でも、熱があったら……保健室、行く?
……行かない。
じゃあ、帰ろうか。
鞄、持つよ。
……待って。
ん?
……帰る前に、呼ばせて。
……。
名前……呼びたい。
……うん、呼んで。
……。
……。
はぁ……。
……深呼吸?
まこ、ちゃん。
……。
まこちゃん。
……はは。
お、可笑しかった?
ううん……思っていた以上に、嬉しかった。
……ぁ。
呼んでくれて、ありがとう……亜美ちゃん。
……まこ、ちゃん。
やっと、名前で呼んでくれた……すっごい、嬉しい。
……。
ね、亜美ちゃん。
あたしのこと、これからはずっと名前で呼んでね。
……うん。
呼び捨てでも、いいよ?
そ、それは……無理。
あはは、そっか。
……まこちゃんは、私のこと。
亜美?
……!
うーん、まだちょっと慣れないかな。
それに、亜美ちゃんの方が音がかわいい。
……。
ね、亜美ちゃん。あたしも、名前で呼んでいいよね。
これからも、ずっと。
……うん、呼んで欲しい。
やった。
……あの、まこ、ちゃん?
なんだい、亜美ちゃん。
……ちかい、わ。
近い?
あぁ。
……。
ごめん、嬉しくてつい。
……。
そろそろ、帰ろうか。
……いいの?
うん、何が?
残っていたのは、何か理由があったんじゃ。
あぁ、もういいんだ。
……もう。
一緒に帰ろ、亜美ちゃん。
ん……まこちゃん。
そうだ。
……なに?
良かったらさ、買い物、付き合ってくれないかなって。
お買い物?
うん……だめかな。
ううん、いいわ。
ほんと?
ん、ほんと。
やったぁ。
ありがとう、亜美ちゃん。
どういたしまして……まこちゃん。
亜美ちゃんと買い物、嬉しいなぁ。
ね、どこのお店に行くの?
それはね……。
29日
ゆうべのうちに使いを出すとは……やることが、早いな。
……。
傷が治るまでと、酒を全て取り上げたらしいが……それはそれで、大丈夫だろうか。
差配とは言え、やり過ぎではないだろうか。
……傷を治す為には、お酒を絶った方が良いことは確かです。
けれど、取り上げずとも。
……あれば飲んでしまうのなら、それもまた致し方ないことだと。
然うかも、知れないが……。
……ただ。
ただ?
……どのように、取り上げたのか。
……。
話し合いで決めたのなら……けれど、若しも、力尽くであったのならば。
……それは、分からないな。
……。
穏便に事を運んだような口ぶりではあったけれど……実際の所は、分からない。
……禍根を残すようなことにならなければ、良いのですが。
酒好きから無理矢理酒を取り上げれば、小さくとも、しこりは残るだろう。
……一度、美奈子ちゃんと話した方が良さそうですね。
いや、あたしが話してみよう。
若しも、亜美さんの名を出していたら……それはそれで、問題だ。
私の?
亜美さんにも、向けられる可能性がある。
……私に。
そこまでは、莫迦ではないと思うが……ひとは、分からぬ。
……。
大丈夫だ、亜美さん。
あたしが、付いている。
……そんなことには、ならないと。
……。
……私も、美奈子ちゃんに話を聞いてみたいと思います。
然うか……分かった、ならばふたりで。
……はい。
……。
……。
……ところで、亜美さん。
はい……。
……躰は、大丈夫そうかい。
はい……大丈夫、ですよ。
結構、痛そうだけれど……。
ただの、筋肉痛です……問題、ありません。
然う言うけれど……動きがぎこちなくて、辛そうだよ。
少々、痛みが伴うだけで……動けないわけでは、ないので。
……痛みが伴うのなら、無理に動かない方が。
普段、使わない筋肉を使ったので……それが、原因だと思います。
……普段、使わない筋肉。
……。
……。
まことさん。
……え?
まさかとは、思いますけれど……何か、下心を抱くようなことを考えているわけではありませんよね。
し、下心って。
そ、そんなこと、か、考えてないよ。
……。
ゆ、雪掻きで、い、痛めたのだろうと。
然うですか……なら、良いのですが。
……ちょっと、思い出しただけで。
何ですか?
な、何でもないです。
はぁ。
……亜美さん。
筋肉痛なら……一週間くらいで、自然に、治ります。
一週間……か。
腰は、痛めていませんし……大丈夫です。
痛めては、いないかも知れないけど……無理は、しない方が。
ただの筋肉痛、ですから……心配、しないで下さい。
筋肉が、炎症を起こしているのだろう?
だったらやっぱり、無理はだめだ。
こんな痛み、雪掻きをすれば
いや、だめだって。
亜美さん、自分で何を言っているか分かっているかい?
……分かってます。
兎に角、今日の亜美さんは休養だ。
軽く動くくらいなら良いのだろうけど、無理な動きはしてはいけない。
雪掻きもしなくて良いよ。
……でも。
だめだよ、亜美さん。
……大丈夫なのに。
今は我慢して、さっさと治す方が良い。
だろう?
……雪は、待って呉れません。
然うだけど、
ならば、
亜美さんがやるというのなら仕方ない、あたしもやろう。
……はい?
それなら、良い。
それならって。
今日は、ふたりでやった方が良い。
まことさんは、腰を痛めて
であるならば、亜美さんもやってはいけない。
筋肉痛とは言え、躰を痛めていることには変わりないのだから。
……。
飲めるかい?
……飲めません。
であれば、今日はやらない。
それで良いね?
……。
納得がいかないかも知れないが、あたしは亜美さんに無理をして欲しくない。
……納得は、しています。
本当に?
……ただ、己が情けないと。
情けない?
どうして。
……一度の雪掻きで、筋肉痛になってしまうだなんて。
それは、あれだ。
普段、使っていない筋肉を使ったから……で。
……まことさん。
し、下心では、ないよ。
……。
と、ところで、何処が痛いんだい?
腕? 足? 普段使っていないようなところなら……?
……。
ごめんなさい……少し、思い出したりしてました。
……良いです、分かっていましたから。
本当に面目ない……。
……心配は、して呉れているのですよね。
そ、それは、勿論。
なら……良いです。
亜美さん……。
……朝餉の支度を。
あたしがしよう。
……今朝は、私が。
やらせて欲しい。
……朝餉の支度くらいなら、出来ます。
分かってる。
分かってるけど、やりたいんだ。
……。
ねぇ、亜美さん。
筋肉痛に効く薬って、あるのかい?
……あるにはありますが、筋肉痛ならば、痛む筋肉を必要以上に使わなければ自然に治りますので。
然うか。
なら今日はやっぱり、あたしと安静にしていよう。
……ねぇ、まことさん。
なんだい。
……春が来たら、一緒に畑をやっても良いですか。
え。
……それか、鍛錬方法を教えて下さい。
鍛錬方法……若しかして、防人のかい?
……お願いします。
いや、亜美さんには……。
……鈍っている躰を、鍛えなければ。
鍛えると言っても、防人の鍛錬はちょっと。
……然うですよね、私には無理ですよね。
ねぇ、亜美さん。
……何ですか。
軽い鍛錬なら。
……軽い鍛錬?
あたし、畑仕事をする前に軽く躰を動かしているだろう?
それならば、良いと思うんだ。
……。
春が来たら、一緒にやるかい?
……一緒に?
然う、一緒に。
……そこから、始めるのも良いかも知れない。
だめ、かい?
いいえ……やります、教えて下さい。
ん、分かった。
冬の間に出来ることは、ありませんか。
冬の間に?
何か、あれば。
んー、然うだなぁ。
柔軟でも、やろうか。
柔軟……。
どうだろう?
動かさないよりは、良いと思うけど。
……分かりました、やります。
うん。
では、今夜から
それは、だめかな。
……。
亜美さん。
……痛みが、治まってから。
うん、然うしよう。
……。
亜美さんは、筋肉痛は初めてかい?
……いいえ。
然うか……まぁ、誰でもなるものだしな。
まことさんも、ありますか。
あるよ、子供の頃にね。
……。
父の仕事を手伝って。
筋肉痛だけでなく、痣も作ってた。
……子供は、筋肉痛になりにくいと言われているのに。
ん、なに?
……ごめんなさい。
え、なんでだい?
……。
きついよなぁ、筋肉痛って。
動くたびに、どこかしら痛んでさ。
……まことさん。
話したいから、話したんだ。
だから、謝る必要はないよ。
……。
さぁ、亜美さん。
朝餉を食べて、今日を始めよう。
……。
未だ、出来てはいないけど。
……手伝います。
ん?
手伝うくらいなら、良いですよね。
あぁ……じゃあ、無理のない範囲で手伝って貰おうかな。
良いかい、亜美さん。
……はい、まことさん。
28日
……ん。
……。
はぁ……。
……おはようございます、まことさん。
おはよう、亜美さん……今朝は、亜美さんの方が先だったね。
……良く眠っていたわ。
うん、とても良く眠れた……やっぱり、亜美さんと一緒だと良く眠れる。
……。
ん……亜美さん。
……腰は、大丈夫?
んー……然うだな。
……痛みは、ない?
痛みは、元々……。
……全く、ではなかったでしょう?
あー……まぁ、然うなんだけど。
然うなんだけど……なぁに?
……今は、感じないよ。
今は、ね……張りは、ある?
……張りも、感じない。
違和感は……?
……違和感は。
未だ、残っている……?
……正直なことを、言うと。
言うと……?
……亜美さんの手の感触に、気を取られていて。
然う……分かったわ。
……。
これで、どう……?
……感じない、かな。
痛みも、張りも、違和感も……?
……今の所は。
然う……。
……ね、亜美さん。
なぁに……まことさん。
もう一度、撫でて欲しいな。
……もう一度?
躰を起こす前に……もう一度だけ。
……。
……叶うなら、起きるまで。
起きるまで……?
……亜美さんが、起きようと思うまで。
ならば……もう、起きるわ。
……あー。
あなたが目を覚ますのを、待っていたの。
……あたしの寝顔を、眺めながら?
今日のことも、ちゃんと考えていたわ。
……今日のこと、も?
然う、今日のことも。
……他には?
他には……て?
他にも、何か考えていたんだろう?
然うね……昨日の患者さんのことも。
……酒は我慢出来たか、とか?
我慢して呉れれば、良いのだけれど……お酒は、炎症を悪化させるから。
血流が良くなることで悪化する、だったか。
……腫れや痛みが、増すの。
然うなると……痛みを忘れる為に、飲んでしまうかも知れないな。
そんなことをすれば、治りが悪くなるだけ……止めて呉れる誰かが、傍に居れば。
……居ても、駄目な奴は駄目だ。
まことさん……?
……今日のことと、昨日の患者さんのこと。
……。
他に……未だ、ある?
あとは……今日の雪の降り具合について、かしら。
状況によっては、今日の午前中も雪掻きをしようと思っているの。
だからまた、あなたに。
……ん、分かった。
うん……。
……それで、おしまい?
おしまい……て?
……他は、何も考えていない?
……。
う……。
……ふふ。
亜美さん……。
……朝餉のこと。
朝餉……。
……今朝は、私が支度をするわ。
……。
だから……もう、起きないと。
……その前に、ひとつ、聞かせて欲しい。
何が、聞きたいの……?
……いつから、見ていたんだい?
寝顔……?
目が覚めてから……ずっと、眺めていた?
……ふたつ、ね。
ごめん……。
ううん……良いの。
……。
まずは、ひとつめ……あなたが目が覚ます、少し前から。
……少し前。
ふたつめ……ずっと、眺めていたわ。
目を覚ましてから、ずっと……。
……ありが
それから。
……え。
あなたのことを、考えていた。
……。
例えば……この、きれいな瞳のこと。
……他のことと、一緒に?
他のことは、ほんの少ししか、考えていない。
……。
だって……あなたのお誕生日をお祝いした次の日の朝に、他のことを考えるだなんて。
……若しかして、あたし以外のことは、ほとんど考えていない?
過るくらい、だったとしても。
……。
全く、考えてはいない……とは、言えないでしょう?
……ふふ。
なに……?
……亜美さんが、そんなことを言うなんてなぁ。
いけないこと……?
いいや……亜美さんが然う言うのなら、それで良いと思う。
……あなたは、然う言って呉れないの?
あたしは、言わない……
……ぁ。
わけ、ないだろう……?
……。
言っても、良いのなら……言いたいよ。
だって。
……だって?
布団から出て、身支度が終われば……医生の、亜美さんになる。
であるならば……。
……まこと。
布団の、あたしの腕の中に居る亜美さんは……あたしだけの、亜美さんだ。
だから、あたしのことだけを、考えていて欲しい……。
……あなたも、然う?
あたしも……?
……布団の中にいる間は、あなたは私だけの。
あたしは……布団から出て、身支度が終わっても、亜美さんだけのあたしだよ。
……そんなことないわ。
どうして……?
畑のこと、家のこと、天気……今なら、雪のこと……私以外のことも、ちゃんと考えているもの。
……まぁ、然うか。
……。
……早く、抱きたいな。
もぅ……何を言っているの?
……本音が、つい。
……。
……ん、亜美さん。
仕方のないひと……ね。
……うん、然うなんだ。
……。
亜美さん……亜美。
……。
……布団から、出る前に。
深いのは……だめ。
……分かってる。
……。
……。
……。
……?
まこと……?
……雪を踏む音が、する。
雪を踏む音……誰か、此の家に。
あぁ……此方に、向かっている。
……どれくらいで、着きそうですか。
然うだな……。
……。
小半刻は、掛からなそうだ。
……然うですか。
患者さん、か?
それとも美奈の使いか……獣では、なさそうだ。
兎に角、直ぐに起きて、身支度を済ませないと。
……。
まことさ、ん。
……先ずは、あたしが出るよ。
……。
その間に、亜美さんは身支度を。
……はい、分かりました。
……。
まことさん。
……もう少し、重ねていたかったな。
もぅ……今だって、したじゃない。
そっと、くすぐるように触れただけで……重ねたわけじゃ、ない。
……。
む……。
……。
……。
……これでは、物足りないかも知れませんが。
いや……十分だ。
……然う?
今は、ね。
……。
続きは……今夜に。
……今夜も、それ以上のことはしませんからね。
重ねるだけなら、良いのだろう?
……程度にも、よります。
程度?
……舌は、だめです。
舌……あぁ、然う言われると。
まことさん、いい加減に。
はは……さぁ、起きようか。
……はい、起きましょう。
27日
幼い頃、雪の子と言われていたことがある。
……雪の子?
雪が降り始める頃に、生まれたから。
……誰に、言われていたの?
父。
……お父様に?
お前は、雪の子。
冬になると、いつもお前が雪を連れてくると。
それは、地域性の問題で……まことさんが、連れてくるわけでは。
だけれど、其処で暮らしている者にしてみれば、あたしが連れてくるように思ってしまっても仕方がない。
ほぼ毎年、その頃になると、雪が降り始めるのだから。
……雪が降り始める頃に、生まれたというだけで。
雪を連れてきて、そして、母を空の向こうへ連れて行ってしまった。
今思えば、おかしな話だ。雪は空から降ってきても、何かを空の向こうへ連れて行くことはない。
……いつもでは、なかったのよね。
いつもでは、なかったかな。
……どんな時に、言われていたの。
いつまでも、雪が降り止まないと……地鳴りのような低い声で、ぼそっと呟くように言うんだ。
その時の父は、いつだって、雪が降る外を見ていた。
……。
あたしが生まれた冬は、いつもよりも、雪が多かった。
それも、あるのだと思う。
……まことさんのせいでは、ないのに。
然うだけれど……然う思うことで、然う呟くことで、気を晴らしていたのだろう。
あたしとふたりで、心が参ってしまわぬように。
……あなたは、己を責めたりは。
……。
ん……。
……あたしは、雪の子。
あなたは、雪の子では……。
……その割には、温かいだろう?
え……?
体温。
……はい、とても。
雪の子なら、冷たい筈なんだ。
だから……あたしは、雪の子なんかではない。
ただの、ひとのこ……両親の子でしか、ないんだ。
まことさん……。
……あたしが、父から母を奪ったことはなんとなく、分かっていた。
あなたのせいではないわ。
……若しも、あたしが、生まれなければ。
違う。
母は躰を壊すことも、命を
それは、違うわ。
……。
あなたのせいでは、ないの。
決して、ないの。
……うん、今はもう分かっているよ。
……。
朧げだけれど、それでも微かに憶えているのは母の笑顔。
母は、あたしの前ではいつも笑っていた……と、思うんだ。
……その記憶は屹度、間違っていないわ。
うん……あたしも、然う思う。
……お母様は一度だって、あなたのせいだと思うことはなかったと。
然うだと……良いな。
……だって、あなたの前ではいつも笑顔だったのでしょう?
他の表情を、忘れているだけかも知れない。
若しかしたら、苦しくて、辛い顔もしていたのかも知れない。
……然うかも知れない、だけれど。
……。
……あなたの中に居るお母様は、いつだって、笑顔なのでしょう?
うん……然うなんだ。
……お父様はお母様のものを、ほぼ、燃やしてしまったけれど。
……。
だけど……あなたの中に居るお母様まで、燃やすことは出来なかった。
……母は、あたしの中で生きている。
……。
あたしが、忘れてしまわぬ限り。
……私は、あなたのお母様のことを良く知らない。
亜美さん……?
……だから、教えて欲しいの。
……。
憶えている限りで、良いから……。
……亜美さんが、母のことを知って呉れたら。
屹度、私の中でも……。
……けど、話せることはあまりないんだ。
憶えていることだけで、良いの。
……憶えていることだけ、か。
あなたが、話したくないのなら……無理には、聞かない。
だけれど、話しても良いと、思って呉れたなら……。
顔立ちも、声も、においも、温もりさえも、もう、はっきりとは憶えていない。
……。
でも、なんとなく、あたしに触れる手は温かったと……然う、思う。
……あなたと、同じ。
あたしの方が、熱いかも知れない。
……。
話せることは、ほとんどないと思う……それでも、良いかい?
……うん、それでも良い。
然うか……ならば、聞いて呉れるかい?
……うん、聞かせて。
うん……分かった。
……ね、まことさん。
なんだい……?
……お母様の、名は。
母の名は……。
……。
……。
……?
まことさん……?
……知らないんだ、母の名。
え……。
……父は、教えて呉れなかった。
そんな……。
……何度か、聞いたのだけれどね。
……。
ごめんよ……。
……あなたが、謝ることではないわ。
もっと、しつこく聞いていれば……然うすれば。
……聞くことが、出来なかったのでしょう?
……。
ごめんなさい……まことさん。
……亜美さんが、謝ることではないよ。
……。
あたしには、あたしの前ではいつも笑顔で居て呉れる母が居た……今はそれだけ、知っていて欲しい。
……それから、手が温かったことも。
うん……。
……。
……亜美さん、窮屈ではないかい?
ん、私は大丈夫……あなたは?
あたしも、大丈夫だ……。
……腰は、
腰も、大丈夫……。
……直ぐに、言ってね。
あぁ……分かってるよ。
……。
やっぱり、ふたりの方が温かい……。
……ん。
亜美さん。
……。
……唇を、貰っても良い?
もう、何度も……。
……もう一度だけ。
……。
良いかい……?
……良いわ。
ありがとう……。
……。
……。
……ん、深くはだめ。
その気になってしまうから……?
……今夜は、だめ。
それ以上のことは、しない……だから。
……そんな、の。
早く、治す為に……。
ん……まこ、と。
……。
……ん、……。
……浅く、けれど深く。
も、ぅ……。
……亜美。
……。
……。
……ね、ぇ。
ん……?
……あなたはやっぱり、ゆきのこではないわ。
熱いから……?
……それだけじゃ、ない。
……。
ひとみのいろが……しんりょくのような、きれいなみどりだから。
……雪の子は、何色かな。
ゆきのこは……しろ。
白……か。
……それに、かみのいろは、はるのだいちのような、うつくしいちゃいろ。
雪の子の髪の色は……白かな。
だから……あなたは、ゆきのこではなくて。
……うん。
ゆきがふりはじめるころに、うまれた……きれいな、はな。
……花?
ふゆの、はな……。
……冬花(ドンファ)?
そう……。
……。
そんなふうに、おもったら……おかしい、かしら。
あたしが、花だなんて……勿体ないような。
ううん、そんなことない……あなたによくあうと、おもうの。
……食ったりも、したのに。
だめ……?
……だめじゃ、ないよ。
なら、いい……?
……亜美さんが、然う思って呉れるなら。
うん……おもうわ。
……。
そう、おもわせて……。
……思って、欲しい。
ん……まこと。
……ありがとう、亜美さん。
う、ん……。
26日
少し時間を遡ります。
昨日と一昨日の間の小話です。
……。
今日は安静にして、傷口は濡らさぬように気を付けて下さい。
……出血は酷かったが、大丈夫そうか。
明日から、朝と晩に此の軟膏を傷口にたっぷりと……此のくらい塗って、此の綿紗で覆って下さい。
縫合はしてありますが、無理に躰を動かすことは厳禁です。
また、お酒は傷が治るまで控えて下さい。
……なかなかきつそうだな、あいつは酒が好きだから。
傷口とその周辺は出来るだけ清潔に保って欲しいのですが、水、或いはお湯で濡らした布でそっと優しく拭いてあげるようにすると良いと思います。
強くこすっては、勿論、駄目ですよ。
……こういう時、誰か居て呉れればと。
はい、今日の処置はお仕舞いです。
明日、来られそうだったらまた来て下さい。
傷と縫合の状態を今一度、確認しますので。
どうだい、来られそうかい?
まことさん。
まぁ、雪の状況にもよると思うが。
明日が無理ならば、明後日でも構いませんよ。
無理だけはしないで下さい。
雪の状況が良くなければ、大夫も外に出られない。
大夫の言う通り、無理だけはしない方が良い。
宜しければ、休んでいって下さい。
まことさん、良いですか。
あぁ、お茶でも淹れよう。
はい、お願いしま……え。
もう、帰るのか。
お茶の一杯くらいなら、あたしは構わないぞ。
どうか、御遠慮なさらず……
はは、然うだ、一杯だけだ。
……まことさん。
ははは。
もぅ……はい、どうかお大事にして下さいね。
大夫。
はい?
あたしが、行くよ。
え。
ちょっと其処まで、送ってくる。
腰は、大丈夫ですか?
なに、ちょっと其処までだ。
直ぐに戻ってくるよ。
無理はしないで……下さいね。
あぁ、しない。
じゃあ、行ってくる。
行ってらっしゃい、まことさん。
足元には気を付けて。
うん。
……。
滑った場所が、良くなかったな。
でもまぁ、それぐらいで済んで良かった。
……本当に、打ち所が悪くなくて良かった。
酒は、飲むなよ。
傷に障るからな。
……。
然うだ、一滴も駄目だ。
一滴でも飲んでしまったら、もっと飲みたくなってしまうだろう?
……話し方が、やっぱり違う。
あぁ、済まない。あたしも成る可く早く治すつもりだ。
皆にも迷惑を掛けているし、さっさと治したいんだ……然う、さっさと。
……声が、遠くなってゆく。
羨ましいと、言われても。
寂しいのなら、あんたも……まぁ、あたしが言うことではないが。
……ううん、雪に溶けて。
じゃあ、くれぐれも気を付けて。
あぁ、また。
……もう、聞こえない。
はぁ。
静かなのに……耳を澄ましても、聞こえない。
さて、戻るか。
……理屈は、分かる。
雪は、相変わらずか。
少し、弱まったと思ったが。
……。
屋根もまた、下ろしてやらないといけないな。
今は未だ、そこまで重くないから良いが……。
……どこまで。
今から此れでは、新しい年はどうなるか。
でもまぁ、なんとかなるだろう。いや、なんとかするんだ。
……早く、戻ってきて。
亜美さんが、傍に居て呉れる……それが、何よりも。
……。
亜美さんが雪を掻いて呉れたところも、積もってきているな。
けれど、掻いて呉れたから、これくらいで済んでるんだ。
……早く。
はぁ……。
……。
……亜美さん、待ってるかな。
……。
ふぅ。
……まことさん?
戻ったよ、亜美さん。
お帰りなさい、まことさん。
ただいま。
ん、やっぱり家の中はあったかいな。
見送って下さって、ありがとうございます。
うん。
冷えてしまったでしょう?
早く、此方に。
いや、そこまでは。
送ったと言っても、本当に直ぐ其処までだし。
腰にも、良くないから。
……。
だから……此方に、来て。
……ん、分かった。
……。
あぁ、あったかいな。
……お酒、我慢して呉れるでしょうか。
うん?
お酒が好き、なんですよね。
あぁ……酒が唯一の楽しみ、だそうだ。
……我慢、出来るでしょうか。
それは正直、分からない。
少しは、飲んでしまうかも知れない。
……お酒は、本当に傷に障るんです。
亜美さんの言うことは、最もだ。
だけれど。
……家には誰も、居ないんでしたね。
誰かが居て呉れれば、少しは違うとは思うんだけれど。
……。
冬のひとりは、兎角堪えるんだ。
傷なんか負ってしまったら、特に。
……まことさんも。
亜美さん?
……ううん。
心配かい?
……医生、ですから。
然うか……。
……まことさんから見て、あの方はどうでしょうか。
傷を負うまでは、大丈夫だったと思う。
が、これからは分からない。
……然う。
明日か明後日には来るだろうから、その時に。
けれど、若しも、来なかったら。
訪ねようと思います。
分かった……ならば、一緒に行こう。
いいえ、まことさんは。
明後日になれば、もう、行けない距離ではない。
……。
亜美さんも知っているだろう。
あたしの躰は、誰よりも回復が早いということを。
……まことさんの心配は、道中が危険だから、だけではないのですよね。
……。
……男性の家に、ひとりで行くものではない。
閉じ籠りがちで、人肌が恋しくなる季節は……特に。
……。
亜美さんは、優しいから……男は、勘違いしやすいんだ。
……私はもう、まことさんの連れ合いなのに。
男は、種を蒔く生き物だ。
だから、ないとは言い切れない。
……種。
亜美さんも、都に居る頃に何度も聞いたことがあるのだろう?
実際に、然うなってしまった話も。
……。
……。
……明後日ではなく、明々後日にします。
明々後日?
あの方が傷を負ったことは、美奈子ちゃんも把握している筈。
だったら様子を見に、使いを出して呉れるかも知れない……然うですよね。
うん、美奈ならするだろう。
となれば、何かあれば知らせが来るでしょう。
それで、良いのかい?
……知らせが来たら、付いてきて呉れますか。
あぁ、付いて行くよ。
……では、来なければ明々後日に。
うん、分かった。
……。
血の処理、あたしがやろう。
ありがとう……でも、大丈夫。
然うかい?
……はい。
では、それを。
……。
その綿紗は処分、するのだろう?
……ううん、大丈夫です。
やらせて、欲しい。
……。
だめかい?
……では、お願いします。
うん、お願いされた。
……。
午後は、診療に当てて良かった。
……然うですね。
まぁ、雪を掻いていても、患者さんが来れば直ぐに手を止めるとは思うが。
……でも、直ぐに診療を始められたかどうかと言われると。
雪だらけに、なっているもんなぁ。
……手も、冷たくなっていますし。
誰も、傷を負わなければ良い。
誰も、病に罹らなければ良い。
……。
だけれど……いつ、然うなるかは、誰も分からないから。
……。
亜美さんが、此処に居て呉れる。
それだけで、安心出来る……あたしは、然う思っているよ。
……私。
ん……これで、良し。
……ありがとう、まことさん。
亜美さんも、お願いして呉れてありがとう。
……。
そろそろ、日が暮れる……今日はもう、誰も来ないと良いね。
……はい、然う願います。
……。
……。
ところで、亜美さん。
……はい、なんでしょう。
誕生日のお祝いとは、夕餉の前かい?
……え?
それとも……後?
……。
こ、今夜とは言ったけれど……どちらが、良いのかなと。
……まことさんは、どちらが良いですか?
あ、あたしは……夕餉の後、かな。
では……夕餉の後にしましょう。
そ、然うか……うん、分かった。
……ふふ。
は、はは……。
……楽しみ、ですか。
う、うん……初めてだから、楽しみだ。
……私も、楽しみです。
25日
取り置いてもらった猫奥の10巻を買いに休日の町に出たら、ひとが多過ぎて疲れてしまいました。
年々、ひとが多いところが苦手になっていくなぁ。
誕生日はお祝いする以外に、何かするものなのかい?
何か、ですか?
えと、誕生日だけにする特別なこと、とでも言うのかな。
ほら、新しい年を迎える為に、特別なものを拵えたりするだろう?
誕生日にも然ういうものがあるのかなと思って。
然うね……特別に何かをするということならば、贈り物をするみたい。
贈り物?
それは、どんなものが良いんだい?
どんなものでも、良いと。
どんなものでも?
とは言え、贈られた者が不快だと感じるものは駄目だけれど。
うん、それは駄目だな。
ごめんなさい、まことさん。
うん?
突然、どうした?
私、何も用意していなくて。
あぁ、なんだそんなことか。
……お誕生日をお祝いしたいと、言ったくせに。
別に構わないよ。
……でも、知っていたのに。
知っていたのは、誕生日を祝うことだけだろう?
……。
あたしの誕生日までは、知らなかった。
然うだろう?
……いつか、知ることが出来たらと。
ん?
然うしたら……お祝いしてみたいと、ずっと思っていたの。
ずっと……?
……けれど、なかなか聞く機会がなくて。
若しかして……ずっと知りたいと、思っていた?
……。
あぁ……然うだったのか。
……けれど、お誕生日をお祝いするだなんて、此の国に生きるひとびとの中にはあまりない考え方だと思うから。
誕生日を祝う……亜美さんに教えて貰わなければ、屹度一生、知らなかっただろう。
……一生?
うん……一生。
……。
亜美さん?
……ましてや、新しい年を迎えること以外で歳を重ねるだなんて。
……。
可笑しなことを言っていると、思われたら。
はは。
……まことさん?
そんなこと、あたしが思うわけない。
……。
思うわけが、ないけれど……亜美さんは、不安で言い出すことが出来なかった。
……ごめんなさい。
いや、謝るのはあたしの方だ。
亜美さんを不安にさせたのは、あたしなのだから。
……私が、勝手に。
亜美さんに不安にならないで欲しいと、願うのならば。
あたしが、今まで以上に、行動や言葉で示さないと。
……。
誕生日のこと……教えて呉れて、ありがとう。
……ん。
そして、あたしが生まれた日をお祝いしたいと思って呉れて……ずっと、思って呉れていて。
ありがとう、亜美さん……その気持ちだけで、十二分に嬉しいよ。
……まことさん。
ね……?
……来年は、あなたに贈り物を。
来年……?
……受け取って、貰えるようなものを。
亜美さんからの贈り物なら、あたしは、なんでも受け取ると思うな……。
……なんでも、なんて。
なんでも、だよ……。
……嬉しいと、思って貰えないものを贈っても。
なんでも、嬉しいと思う……だってそれは、亜美さんがあたしのことを想って贈って呉れるものなのだろうから。
……。
それに、あたしはさ。
……はい。
……。
……?
……あたしは、さ。
まことさん……?
亜美さんだけでも……十分、過ぎると。
……私だけ?
う、うん……亜美さん、だけで。
それは、つまり……私自身が、まことさんへの贈り物になり得るということ?
……。
目を逸らさないで?
……あ、あのね。
はい。
し、下心で言っているわけでは、な
下心よね?
う。
……然うよね?
然う、です……。
もう……そんなの、何処で聞いたの?
ど、何処でって。
私自身が、あなたへの贈り物だなんて。
や、それは……。
それは?
……その、然ういう考え方もあるのだと。
あまり良くない考え方です。
私は、好みません。
……う。
それで?
誰に、聞いたのですか?
……それ、は。
……。
……美奈、です。
ですよね、然うだろうと思いました。
全く、まことさんに変なことばかり教えるのだから。
へ、変なこと……?
まことさんも、鵜呑みにしてはいけません。
え、いや、でも……。
でも、じゃ、ありません。
もう一度言いますが、然ういった考え方は私は好みません。
……はい。
もぅ……。
……鵜呑みにして、申し訳ない。
まことさんは、三十路を越えても尚、素直ですね。
す、素直?
だから、美奈子ちゃんが面白がるのです。
……申し訳ない。
……。
あ、亜美さん……?
……はぁ。
へ、変なことを言って、ご、ごめんよ……?
……良いわ。
い、良い……?
……まことさんが、望むのなら。
う、うん……?
……今年のお誕生日の贈り物は、私で。
ほ、本当かい?
ですが。
うぇ。
まことさんは、安静にしていなければなりません。
だ、大分、良いんだ。
痛みもなくなったし、変な違和感も
だめです。
……。
ですので、然ういったことは、今夜はしません。
……うぅ。
大体……然ういうことは、お誕生日以外でもしているじゃない。
そ、然うだけれど!
……。
そ、その……お祝いされながらと、言うのは……また、違うのかな……と。
はぁ。
……ごめんなさい。
本当に、まことさんは。
……亜美さんがお祝いして呉れる、傍に居て呉れる、それだけで十分です。
兎に角、今夜はだめです。
……はい、分かりました。
今夜は……だめだけれど。
……え?
ちゃんと回復したら……その時に、なら。
ほ、本当?
嘘はだめです。
う、嘘?
治っていないのに治ったなどと言うことは、決して許しません。
い、言わないよ、絶対に言わない。
……。
そ、そんな嘘、吐いたこと、ないだろう?
……下心でいっぱいでも?
し、下心で、い、いっぱいでも。
……。
や、全くないわけでは、なかったかも知れないけど……。
……然うなの?
えっ。
下心で嘘を吐いたこと、あるの?
……。
まことさん?
……あたしは、ないと、思っているけど。
ならば、ないのでしょうね。
……え。
あなたは、正直で素直なひとだから。
嘘が吐けない、嘘は吐けない。
……。
と、私は信じているの。
あ、亜美さ
待って。
……。
ふふ。
……は、はは。
……。
……亜美さん。
あなたに、改めてお祝いの言葉を。
……うん。
お誕生日……おめでとう。
うん……ありが、とう。
……未だ、慣れないと思うけれど。
続ければ、慣れるかも知れない……。
……来年も。
うん、来年も……。
……。
再来年も、その先も……亜美さんに、お祝いして貰えたら。
あたしは、嬉しいと思う……。
……。
亜美さんは、どうだろう……。
……私も、然うだと思います。
……。
あなたに、お祝いして貰えたら……とても、嬉しいと。
……ならば、毎年、お祝いしよう。
毎年……。
言ったろう……来年も、再来年も、その先もずっとって。
……うん、確かに言ったわ。
だから……ん。
……まこと。
亜美……。
……此の世に、生まれてきて呉れて、ありがとう。
……。
私と、出逢って呉れて……想って、呉れて。
……。
ん……まこ、と。
……ありがとう。
……。
とても……とても、嬉しいよ。
……うん。
ね、亜美さん……。
……なぁに。
生まれてきて、良かったと……改めて、思うことが出来たよ。
……改めて?
最初は、亜美さんに出逢えた時に……。
……次は、今?
ううん、違う……次は、亜美さんと想いが重なり合った時。
……じゃあ、その次?
唇……躰を、重ねた時。
……何度も、あるの?
うん……だけど、全部、亜美さんのことだ。
……。
生まれてきて良かったと、思わせて呉れて……心からありがとう、亜美さん。
……。
……あたしにとって、どんな贈り物よりも。
それは、だめ。
……。
……言わないで、その気になってしまうから。
なって、欲しい……。
……だめ。
今夜は、だろう……?
……。
安静にして……早く、治すよ。
……ちゃんと、治ってからだから。
ん……分かってる。
……ぁ。
だから……今は。
……。
亜美さんの、唇を……あたしに。
……も、ぅ。
24日
23日の拍手、ありがとうございます。
あととても今更なのですが、9日にも拍手を頂いていました。今まで気が付かず、まことにすみません。
拍手を頂けて、本当に嬉しいです。
あたしの生まれ月は亥(い)の月、つまり、今月だ。
……日にちは、いつなのですか。
いや、日にちまでは知らない。
雪が降り始める頃としか、聞いていないんだ。
雪が降り始める頃ならば……月の初め頃、でしょうか。
うん、恐らくは然うだと思う。
……とすれば、五日頃まで。
生まれ月を教えて呉れたのは父だったのだけれど、生まれた日にちまでは憶えていなかった。
そもそも日にちなんて、父にしてみれば興味もなく、どうでも良いものだったのかも知れない。
父は、その日をきちんと暮らせれば、それで良いと。良く、然う言っていたから。
……お母さまも。
母なら、憶えていて呉れたかも知れない。
何かに書き留めておいて呉れた、ということはないのですか。
母が亡くなった時に、母のものは燃やしてしまったから。
……。
父が、ほぼ全部。
……何故、そんなことを。
母はもう居ないのに、母のものだけが家に残っているのは……父にとって、酷く辛いものだったのかも知れない。
……けれど、まことさんの為に。
あたしのことなんて、まともに考えられなかったのだろう。
……。
親と雖も、所詮はひとのこだ。
己のことで手いっぱいになってしまうことも、時にはあるだろう。
父にとって、母が亡くなった時が、まさにそれだったのだと思う。
……まことさんは、然う考えることが出来るのですね。
いや、今初めて然う思ったよ。
今?
あまり、考えたことはなかった……と言うより、考えないようにしていた。
考えても、答えは出ない……出るものと言えば、悲しみだけで。
それで、いつしか、考えることも忘れてしまった。
……。
思えば、あたしも母が遺したもののひとつだ。
父にしてみれば疎ましく感じることも、時にはあったかも知れない。
疎ましいだなんて。
今となってはもう、分からない。
ただ、褒められたことは、ほとんどなかった。寡黙だったと言うのも、あるのだろうけど。
だから、褒められたいと……家の仕事を手伝ったりも、したけれど。
……。
あたしは、生まれた日までは知らない。
だけど、今月が生まれ月だということは間違いない。
……都では。
うん?
都では、生まれた日をお祝いする……そんなことが、流行っていたの。
生まれた日を?
若しかしたら、今ではもう定着しているかも知れない。
生まれた日を、わざわざお祝いするのかい?
生まれた日だからこそ、お祝いするの。
もう、生まれているのに?
どうして?
ふふ……然うよね、然う考えてしまうわよね。
生まれた日を祝うと言われても、いまいち、分からないな。
生まれた日……お誕生日と、言うのだけれどね。
おたんじょうび……?
元々、遠い西の風習だったの。
遠い西の風習が流行るだなんて、そんなことがあるのか。
都は外のもの……特に西のものはあまり取り入れない場所だと。
古き者達は、然う。だけれど、若き者達は違う。
世代が替わることで、時代も変わるの。
おたんじょうびを、お祝いして……それで、終わりなのかい?
終わりと言えば、終わりだけれど。
他に、何かあるの?
……歳をひとつ、重ねるの。
歳を?
新年を迎えて、皆がひとつずつ、歳を重ねるのではなく。
お誕生日を迎えて、それでひとつ、歳を重ねる。
それだと……歳を重ねるのは皆、別々の日ということになるのか。
然う。
今は未だ、数え歳を公のものとしているけれど、いずれ、お誕生日で数える歳に変わるかも知れない。
ひとつ、良いかい?
はい。
おたんじょうび、とやらで歳を重ねるのなら、それはつまり、都人は己が生まれた日を知っている?
生まれた月だけで、なく?
……ほぼ全ての者は、知っていると。
ほぼ全て……。
身分証に、記載されているの。
知らない者が居るとするのならば、無戸籍で身分証を持っていないか、親が居ない孤児くらいかも知れない。
みぶんしょう……。
身分証は、生まれた時に都から発行されるもので、常に持ち歩かなければならないの。
そして、公に求められるようなことがあれば、必ず提示しなければならない。
然ういえば隊長に、そんなことを聞かされた憶えがある……都には、身分を証明しなきゃいけない七面倒臭いものがあると。
自分には関係ないと、直ぐに忘れてしまったが……それに、たんじょうびが書かれているのか。
子が生まれたら、親は出生届を期限内に提出することが義務付けられているの。
いい加減な生年月日を書くことは勿論、許されない。それは、罪とされる。
罪……そんな重いものに。
全ては、都人の数を正確に把握する為。
子は、動き回るようになってから……という、考え方は?
……もう、廃れているわ。
廃れる……然うか。
都では、幼子がちゃんと育つんだな……。
……全ては、ないけれど。
それでも、都の外で生まれた子よりも。
……然うね。
……。
……それが良いものなのか、私には分からなかった。
……?
お誕生日を、お祝いすること。
……然ういえば、亜美さんのおたんじょうびはいつなんだい?
私の、誕生日は……申の月。
申の月……日にちは?
……十日。
十日……亜美さんのおたんじょうびは、申の月の十日。
……はい。
お祝い、されたことは?
……ううん。
若しかして、ないのかい?
……一度も。
お母さんは……?
……母は、忙しい人だったから、憶えていたかどうか。
……。
出生届を出したからと言って……親が子の誕生日を必ずしも憶えているとは、限らない。
……お父さんは。
さぁ……今となってもう、分からないわ。
……然う、か。
私の身分証、見てみますか。
持っているのかい?
……此処には、持って来ていないけれど。
……。
まことさんが、見てみたいのなら……持ってくるわ。
いや、別に良い。
……え。
興味がないと言えば、嘘になる。
けれど……亜美さんが見たくないものを、あたしは見たいと思わない。
……っ。
だから、良いよ。
……どうして。
ん?
……どうして、分かるの。
なんとなく、ね……。
……ん。
目が、然う言っているような気がした……。
……まことさん。
然うか……亜美さんのおたんじょうびは、申の月の十日か。
然うしたら……来年、お祝いをしようか。
ううん……。
……亜美さん?
私は、あなたと新しい年を迎えることが出来れば、それで良いの。
……。
然うして、あなたとひとつ、歳を重ねることが出来れば……それだけで、しあわせなの。
……お祝い、されたくない?
……。
嫌かい……?
……嫌では、ないわ。
一度で良い……お祝い、してみたい。
……だったら、私も。
私も……?
あなたが生まれた……。
……あたしは、日にちが分からないから。
それでも。
……お祝い、して呉れるかい?
したい……あなたが、此の世に、生まれてきて呉れたことを。
……。
ん……まことさん。
……ごめん。
……。
お茶は、大丈夫だったかな……。
……もう、飲み終わっていたから。
然うか……良かった。
……。
……来年、おたんじょうびを、お祝いしよう。
来年では、ないわ……。
……来年では、ない?
あなたは、今年でも……だって、今月なのだから。
……いや、でも。
お祝いされるのは、嫌……?
……嫌じゃ、ない。
だったら……ね。
……けど、あと少しで年が。
今年は未だ、残っているわ……。
……。
……なんだったら、今夜でも良いの。
今夜……。
……どう、でしょうか。
……。
やっぱり、可笑しい……?
嫌……?
……今夜に。
あ……。
……お祝い、して貰っても。
うん……。
……亜美さん。
まことさ……ん。
……。
……くちびる、あつい。
お茶よりも……?
……もぅ。
もっと……いい?
……。
……だめかな。
だめ……。
……。
じゃ、ないわ……。
23日
亜美さんはやっぱり、几帳面だなぁ。
……急に、なに?
いやさ、雪掻きはそのひとの性格が出ると言われているんだ。
亜美さんが雪掻きをした場所は、きれいな四角の形をしているだろう?
あれは丸ではなく、ちゃんと四角で雪掻きをしているからなんだ。
まことさんが、然う教えて呉れたから。
うん、確かに然う教えた。
突き刺して掬うやり方だと、躰を痛めることがあるし、効率も良くない。
手間だと思っても、四角の形に切り崩してから、掬う方が良い。
実際に試してみたけれど、まことさんの言う通りだったわ。
試すところが、亜美さんらしい。
……知りたくて。
ふふ、らしい。
……もぅ。
亜美さんの凄いところはさ。
……別に、凄くなんか。
聞いて欲しいな?
……どうぞ。
最初は教えた通りにやっているのだけれど、徐々に己に合わせて、且つ、効率良くやるようになるところだ。
……。
基礎をちゃんと活かしているから、杜撰な仕上がりには決してならない。
亜美さんはいい加減な仕事はしないから、見ているととても気持ちが良い……然う、あたし好みの仕事ぶりなんだ。
……神経質とは、思わない?
思わないよ。
あたしは亜美さんの几帳面なところが好きだ。
……ん。
大雑把でいい加減な奴はさ、教えた通りにはほぼほぼやらないものなんだ。
雪掻きは力仕事だし、時間は掛かるし、寒いし、降り続ける限り終わりは見えないし。
然うなると、いい加減にやったり、楽をしたいと思う奴も出てくる。
……此の村にも、そんなひとが居るの?
居るよ。
皆が皆、同じではないからね。
……然うは、見えなかった。
普段はちゃんとやっていても、冬になるとやらなくなるという奴も居る。
冬はずっとこんな天気で、どうしても気が重くなりがちだから、それもあるのだと思うが。
……気が重く?
空は重苦しい雲で覆われ、お日様は顔を出さず、雪ばかりが降り続いている。
出歩くことも、ままならない。出るとしてもせいぜい家の周りか、或いは、雪掻きか。
然うなると、気分が落ち込んできてしまうんだ。
……冬鬱。
ふゆうつ?
お日様がずっと顔を見せないでいると……どんなに健康なひとでも、心の均衡を崩してしまうことがあるの。
……。
肉体的にも、精神的にも、参ってしまって……酷いと、生きる気力すらも衰えてしまう。
……分かるな、それ。
然うよ……まことさんのことも、聞いていたのに。
……冬は皆、家に籠りがちになるから、見掛ける機会がぐっと減る。
……。
それも、あるんじゃないか。
……然うだとしても。
亜美さんには、叶うのなら、あたしだけを見ていて欲しい。
……。
他の奴には目も呉れず、とまでは、言わないけど。
……私は、医生です。
うん?
必要なことは、知っておかなければ。
大雑把で、いい加減なことも?
……然ういうひとはお薬を飲み忘れたり、飲んだふりをして捨ててしまう可能性があるの。
あぁ……確かに。
それから、正しい服用方法を守らない。
例えば……然う、朝に飲み忘れたからと言って、お昼に二回分飲めば良いと言うひとも居るけれど、それは大きな間違いです。
それは、良くないな。
けど忘れた分をちゃんと飲もうとするのは、いい加減と言うより、真面目なような。
ええ、真面目なひとも居るわ。
知っていれば、対処が出来るものなのかい?
いいえ、全ては無理よ。
傍でずっと、見ているわけではないもの……どうしたって、気が付けないことは出てくるわ。
……。
特に、都では……然ういう事例が、本当に多かった。
……ひとが多い分だけ、把握仕切れない。
だからこそ、正しい服用方法を守って欲しいの。
いい加減に、大雑把に、済ませないで欲しい。
……ごめんよ、亜美さん。
……。
あたしは、浅はかだった。
これは、言い訳になってしまうが……いや、止めておこう。
……まことさん。
役に立つか、分からないけれど。
あたしが知っていることで良いのなら、伝えよう。
……。
出来るだけ、客観的に伝えたいと思う。
……聞かせて貰っても、良い?
あぁ、勿論だよ。
主観を完全に排除することは難しいと思うから、鵜呑みには出来ないけれど……念の為にと、注意することは出来るから。
うん……注意することは、大事だ。
……知らないこと、まだまだあるのね。
全てを知ることは、難しいことだと思う。
……ねぇ、まことさん。
なんだい?
……分かっているつもりよ。
え……?
……まことさんが見ていて欲しいと願うのは、医生としての私ではなく、水野亜美としての私だということ。
……。
……ごめんなさい、当たるような物言いをしてしまって。
ううん……あたしが浅はかだったんだ、それだけのことだよ。
時と場合を、弁えるべきだった。
……。
……雪掻きには、性格が出る。
はい……。
いい加減な奴が居たとしても、それでもちゃんと回っているのは、美奈の差配が良いからだ。
皆の士気が下がってしまわぬように振る舞うのが、あいつは、先代よりも上手いと思う。
時に、酒を振る舞ったりもするし。
……お酒。
勿論、適量だよ。
あたしは、断っているけどね。
……外で、酩酊状態にならないように。
それも、美奈はちゃんと分かっている。
前以て、家に届けておくんだ。
家に……それなら、大丈夫ですね。
うん、わざわざ外に出て飲むようなことさえしなければね。
流石に、そんな酔狂な奴は今の所居ない。
……ね、まことさん。
うん?
大雑把でいい加減なひとの雪掻きって、どんなものなの?
四角ではなく、丸でやる。
これがまた、厄介なんだ。
……つまり、隅が残ってしまうと。
然うなんだ。
残ってしまうと、その上に更に積もってしまうことになるだろう?
気が付かないでいると、場所によっては、後で大変なことになってしまうかも知れない。
……。
亜美さん?
……まことさん、早速だけれど、聞いても良い?
あたしが、伝えられることなら。
冬鬱……気が重たくなっていそうなひとは、今の所、居ますか。
然うだな……何人か、居るよ。
その方達を、教えて貰っても。
うん、分かった。
……。
……家を、訪ねるかい。
然うするつもりです。
分かった……その時は、あたしも共に行こう。
……。
家に居る頃合いに訪ねるのならば、あたしも、家に居る頃合いだろうから。
……ありがとう、心強いです。
うん。
……ふぅ。
躰……少しは、解れたかい?
はい……大分。
ん……良かった。
……お茶が、美味しい。
お代わり、淹れようか。
ありがとう、まことさん。
……ねぇ、亜美さん。
はい。
雪掻きは、もう、仕舞いで良いよ。
……でも。
午後は、診療に当てよう。
誰も来ないかも知れないけれど、それでも。
……。
亜美さんが疲れ果てて、診療が出来なくなってしまったら……それもまた、一大事だ。
……あまり、出来なくて。
いいや、そんなことはないよ。
……。
改めてありがとう、亜美さん。
……はい、まことさん。
さて……もう少しだけ、休んでいようか。
……然うしましょう。
ん……。
……ね。
ん……?
……あなたが淹れて呉れるお茶は。
……。
いつだって、美味しいわ……。
……ありがとう、嬉しいよ。
……。
……。
……雪、止みませんね。
止まないね……。
……けれど、少しだけ。
大人しくなった……かも、知れない。
……。
……どうでも、良いことなんだけどさ。
……?
あたし……冬に、生まれたんだ。
……え。
雪が、降り始める頃にね……。
……雪の。
あたしが生まれた時も、此の冬のように、雪が多かったらしいんだ……。
……。
なんとなく……思い出した。
……詳しく、聞かせて貰っても。
良いよ……大したことでは、ないけど。
……聞きたい。
然うか……それじゃあ、お茶を飲みながらでも。
……うん。
22日
……取り敢えず、三日。
まことさん。
美奈は、行ったかい?
はい、改めて私の判断に任せると言い残して。
然うか……。
本当に良かったですね。
良かった、のかな。
良いに決まっています。
いざという時の為に、確りと治しましょう。
う、うん、然うだね。
……とは言え、いざという時が起こらないことを願っています。
……。
まことさん?
なんだか、拍子抜けしてしまって。
兎も角、今日は一日、安静にしていて下さい。
良いですね?
……安静と言っても、全く動いてはならぬと言うわけでは。
ありません。
まことさんも知っての通り、痛みが強くなければ、無理のない範囲で躰を動かした方が良いです。
その方が治りが早い、だったよね。
はい。
それから、ずっと安静にしていると筋力が低下してしまうと。
その通りです。
一日、一週間、一ヶ月と、筋力は低下していきます。
低下した分を取り返すには、安静にしていた分だけ、掛かってしまう。
はい。
だから動けるようなら、あくまでも無理のない範囲で、動いて下さい。
であるならば、今日のあたしは
雪掻きは、当然、だめです。
家事であっても、無理のない範囲でお願いします。
……うちの、出入口を。
絶対に、だめです。
……亜美さんと、一緒なら。
まことさんは、見ていて下さい。
き、昨日も、したから。
そこまでは酷く、積もってはいないと。
駄目なものは、駄目です。
む、無理は、しないから。
何の為に、美奈子ちゃんからお休みの許しを貰ったと?
……う。
しかも、わざわざ出向いて、まことさんの様子を見に来て呉れたんです。
その労力がどれ程のものか、まさか、分からないわけではありませんよね。
……少し、面白がっていたと。
だとしても。
……。
しかも、村の皆さんに話を通すことなく、直ぐに決めて呉れた。
けれど、その責任は? その責任は、何処にあると思いますか。
……あた
違います、決めた美奈子ちゃんにあります。
差配をする美奈子ちゃんが、此度の責任の一切を背負って呉れたんです。
……けど、あたしが閃到腰になんかならなければ、こんなことには。
閃到腰になったことは、どこまで行っても、まことさんの責任ではありません。
此のようなことは、誰にでも、起こり得ることです。美奈子ちゃんも然う言っていたでしょう?
……あいつ、いつの間にか年長者のような物言いを。
まことさん。
はい、ごめんなさい。
謝らないで。
まことさんは、ただ、安静にして腰を治すことに専念する。
それだけで、良いんです。
……でも、何もしないで居るのは。
無理のない範囲で。
……え。
あなたには、雪掻き以外のことも、ちゃんとあるでしょう?
……。
家事でなくても、構わないの。
例えば……雪掻きをしている私を、近くから見ていて呉れる。
……あ。
それでは、だめですか。
だめでは、ないけど……見ていることしか出来ないのは、酷く、もどかしい。
ひとりでは危ないから。
……。
然う言ったのは、まことさんでしょう?
……然う、だけど。
それに、あなたのことだから。
屹度、見ているだけではないと思うの。
……。
雪掻きは、駄目だけれど……ね。
……雪掻き以外で。
何も、思い付きませんか。
……ねぇ、亜美さん。
はい、なんでしょう。
昼餉と夕餉は、一切、あたしに任せて欲しい。
はい、無理のない範囲でお願いしたいと思います。
雪掻きはしないが、外の様子は確認したい。
その為に、亜美さんのことは家の中からではなく、外に出て見ていたい。
躰を冷やし過ぎないよう、気を付けて下さい。
それは、亜美さんも。
はい、気を付けます。
それと……これは、亜美さんにお願いしたいことなんだけれど。
お願い?
……良いかい?
なんでしょう。
あたしが休もうと声を掛けたら、無理に続けようとはせずに、素直に聞いて欲しい。
雪掻きは重労働だ、だから休憩は小まめに取って欲しいんだ。
……それは、私が非力だから。
ううん、違う。
あたし達でも、然うしているからだよ。
……。
順番に休むんだ。それこそ、躰を痛めてしまわぬように。
亜美さんも、知っているだろう?
……はい、知っています。
確かに、あたし達の方が長く出来るかも知れない。
だからって、同じようにしなくても良いんだ。
……けれど、それでは。
雪が降り止まない以上、気長にやるしかないんだ。
……気長。
なんせ、掻いたそばから積もっていくのだからね。
……確かに、然うですね。
ひとが多く居れば、勢いでやってしまって、次に行くけれど。
亜美さんはひとりだ、どう考えたって、雪が降り積もる方が早い。
……だから、休憩を。
うん、その通り。
……。
熱いお茶を淹れるから、躰を解して、そして休めて欲しいんだ。
腰を、躰を、痛めてしまわぬように。
……分かりました、然うします。
うん。
……私も、良いですか。
無理だけは、絶対にしないよ。
何か気付いたことがあったら、直ぐに指図をして欲しいんです。
指示?
まことさんは私よりもずっと、此の村の雪のことを知っているから。
……。
お願いしても、良いですか。
……あぁ、やっぱりもどかしいな。
え?
一緒に、出来たら。
……。
痛みは、少しあるだけで……それなのに、見ているだけだなんて。
……安静にしていることが、今のまことさんのやるべきことです。
だけど。
腰は、躰の要。
若しも壊してしまったら、一生、背負っていくことになる。
……。
元には戻らないことが多いの……それは、腰に限ったことではないけれど。
……亜美さん。
お願い……今日は、堪えて。
……。
持って行く筈だったお薬も、美奈子ちゃんが引き受けて呉れました。
お礼を考えなくてはいけませんね。
……此処まで来たら、年明けになってしまうと思うが。
一緒に、考えましょう。
……然うだね、一緒に考えよう。
はい。
……。
さぁ、改めて今日を始めましょう。
まずは、腹を拵えるところから。
……腹を、拵える?
然う言いますよね?
ふはっ。
可笑しい、ですか?
うん、少し可笑しい。
どうして?
いや、亜美さんの口から腹を拵えるなんて言葉が出てくるとは思わなんだから。
私だって、言いますよ?
でも、都に居る頃はそんな言葉、言ったことはなかっただろう?
……ふふ。
あったかい?
ううん、一度もないわ。
言葉は、知っていたけれど。
はは、やっぱり。
でもだからって、可笑しいだなんて。
いや、ごめん。
つい、可笑しくて。
もぅ、まことさん?
ごめん、ごめんよ?
どうしようかしら。
この通……う。
まことさん。
……いや、大丈夫。
……。
痛みではないんだ、ちょっとした違和感があっただけ。
急な動きは、だめよ。
うん、気を付ける……。
……本当に、無理だけはしないでね?
うん、しない。
改めて、約束する。
……。
それでは亜美さん、仕事の前に腹拵えをしようか。
……今日の朝餉は、切り干したお大根のご飯です。
あぁ、美味しそうだ。
……お汁は、まことさんが作って呉れた、
いつもの、大根汁。
……ふふ、いつも美味しいわ。
良し、それじゃあ。
朝餉に、しましょう。
21日
テイルズオブグレイセスのリマスター版を始めました。少年期、幼馴染、私が好きなやつです。
19日の拍手、ありがとうございます。
反応が頂けるのは本当に、とても、とても、嬉しいです。
いい加減、お礼の文を変えなければなぁ。
……亜美さん、入れそうかい?
……。
もう少し、詰めようか。
いえ……入れると思います。
然うか……では。
まことさんは。
うん?
まことさんは、私が入っても大丈夫そうですか。
窮屈な姿勢には、なりませんか。
然うだな……試しに、入って貰っても良いかい?
試しに?
それで、窮屈で腰に負担が掛かるかも知れないと感じたら……残念だけど、諦める。
……。
どうだろうか、亜美さん。
……分かりました、試してみましょう。
うん。
何かありましたら、直ぐに言って下さいね。
ん、直ぐに言うよ。
……。
亜美さん?
……やっぱり、暖かいですね。
恋しく、ならないかい……?
……。
ん……?
……もぅ、然う言うこと言わないで。
お……。
……矢張り別々で、となったら、どうするのですか。
それは、がっかりするかな……。
……がっかりするのは、自分だけとは思っていませんか。
え、えと……亜美さんも?
……まことさんだけでは、ないの。
あ、あぁ……ごめん。
……。
と、取り敢えず、試してみよう。
……まことさんのお布団は、私が都で使っていたものよりも広い。
ん?
……だけど、此れよりも大きなお布団があれば、もっと。
亜美さん?
……でも、干すのが大変。
ど、どうかしたかい?
……或いは、冬だけお布団を繋ぐことが出来れば。
え、えと……。
……ごめんなさい、いつまでも捲っていては冷えてしまいますよね。
いや、それは良いんだけれど……何か、言っているようだったから。
試してみるまでもなく、別の方が良いのかなって。
……。
い、言ってなかったかい?
……入りますね。
え……あ、うん。
……まことさんは、横向きの姿勢が楽なんですよね。
仰向けでも大丈夫だけど……少し、違和感を感じるんだ。
……。
痛くはないんだ。
ただ、少しだけ違和感があるというだけで。
……膝をもう少し折って、躰を丸めてみて下さい。
ん……こう、かな。
はい。
……ん。
どうでしょうか。
ん……此れは、良いかも知れない。
とても楽だ。
然うですか。
けど、此れだと。
今夜は矢張り、別々にしましょう。
……。
私は、今夜は此方のお布団で眠ります。
……然う、か。
明日一日、安静にしていれば……若しかしたら、明日の夜は一緒に眠れるかも知れません。
……。
だから……?
……此の布団がもっと、広ければ。
まことさん?
此の布団がもっと大きければ、亜美さんと眠れたかも知れないのに。
……まことさんのお布団は十分、大きいですよ。
けれど今は、此の広さでは一緒に眠ることが出来ない。
……。
……どうして、閃到腰になんか。
ねぇ、まことさん。
冬は特に、温もりが恋しくなりますよね。
……。
あなたの温もりを知らなければ、私は今でも、ひとりで眠ることに抵抗がなかったかも知れない。
朝目覚めた時も、寂しさを感じることはなかったかも知れない。
……亜美さん。
此の村の冬は、お日様がほとんど顔を見せず……人肌以外だと、火の温もりしかない。
けれど、火には直接触れることは出来ず……また、己以外の命の温もりを感じることも出来ない。
……。
まことさん……私も、寂しいです。
……あぁ。
けれど……今夜はどうか、ゆっくりと休んで下さい。
明日の……明日の私達の為、そして、村の皆さんの為にも。
……うん、分かった。
はい……。
……眠る前に、手を繋ぐことは出来ないだろうか。
まことさんに、負担が掛からないようでしたら。
大丈夫だ。
……。
大丈夫だから、繋ごう。
せめて……せめて、手の温もりだけでも。
……はい。
うん……。
……。
……。
……聞かないで、下さいね。
うん……?
何を、だい……?
……お布団の、こと。
布団のこと……。
……揺らいで、しまうかも知れないから。
……。
……ふ。
あ。
……聞かないで。
分かった……聞かない。
……。
……。
……はぁ。
亜美さん……手を、伸ばせるかい?
……少し、待って。
ん、分かった……伸ばせそうだったら、声を掛けて欲しい。
……。
……。
……やっぱり、だめですね。
うん……分かるよ。
……。
……。
……まことさん。
良いかい……?
……。
……。
……ふふ、温かい。
あたしの手の熱が、亜美さんの躰も温めて呉れるように。
……。
……。
……ね、まことさん。
なんだい……亜美さん。
……私ね。
うん……。
……実は一度、なったことがあるの。
一度……?
……閃到腰。
え。
……落としたものを手に取って、立ち上がろうとした時に。
あ、亜美さんも?
……本当に、一瞬のことで。
拾おうとしたものは、重たいものだったのかい?
いえ……ただの紙です。
紙……。
……閃到腰では、良くあることなんです。
そんな軽いものでも、かい?
はい……そんな軽いものでも、です。
然うなのか……。
……老いも若きも、なる時はなります。
厄介でしか、ないな……。
……本当に。
それで、亜美さんは大丈夫だったのかい……?
幸い、軽く済みました。
癖には、ならなかった……?
一応、気を付けてはいたので。
然うか……それは、良かった。
だけれど、あの一瞬は今でも忘れることが出来ません。
一瞬の油断が、命取りだとも。
……。
肩凝りは、知っていたのですけれど……腰の痛みは、初めてで。
本当に、動けなくなるのだと……。
……腰は、要だからね。
然うなんですよね……。
……無理は、しないようにするよ。
はい……是非、然うして下さい。
癖に、なってしまわぬよう……そして、慢性的な痛みを抱えることになってしまわぬよう。
……ねぇ、亜美さん。
はい……なんでしょう。
……いや、でも、亜美さんは。
腰の痛みで動けなくなった時に、私は。
……。
いざ、己の身に降りかかってくると……知識以上のものを、得られると。
……流石、亜美さん。
あと……どうして私が、とも。
肩凝りには、ずっと悩まされていたけれど……まさか、腰まで。
しかも、閃到腰だなんて……頭の中に知識としてはあったけれど、まさか自分がなるとは思いもしなかった。
……あぁ。
だから……まことさんにもどうか、気を付けて欲しいの。
うん……気を付けるよ、油断だけはしない。
はい……。
……少し、温かくなってきたね。
手……?
……どうだろう?
ん……少し、温まってきたかも。
……もっと、あげたい。
貰っても、良い……?
あぁ……もっと、貰って。
……いつもありがとう、まことさん。
ん……あたしこそ、ありがとう。
……。
……。
……明日は。
一緒に、眠れたら……ううん、眠りたい。
……無理だけはどうか、どうか、しないでね。
20日
大神、クリアしました。本当に素晴らしいゲームでした。
最終決戦は、涙で画面が見えなくてどうしようかと思いましたが……いや、あれは、泣いてしまいます。
ついでに、手術も無事に終わりました。患部は麻酔が切れた後は微妙にじわじわと痛いです。
……う。
甘草が入っているので、お薬に飲み慣れないまことさんでも飲みやすいと思います。
……此の薬は少し甘いから飲みやすいらしいけれど、臭いが。
少々特異臭がするとは思いますが、気にせずに。
……。
此のお薬は即効性が高いので、ちゃんと服用すれば、直ぐに痛みが和らぎます。
……此の薬を年寄りに出す場合は、量に気を付けるんだよね。
お年寄りは生理機能が低下しているので、使用する場合は量などを注意しなければなりません。
でも、まことさんは未だお年寄りと呼べるお年頃ではありませんよね。
……自分が飲むことになるとは、思わなかった。
さぁ、まことさん。
まことさんは、良い子ですよね?
……もう、三十路を越えています。
何か言いましたか?
……何も、言っていないです。
然うですか。
では、どうぞ。
……はい。
熱いから、ゆっくりと。
ですが、残さずに飲んで下さいね。
……うん。
……。
……あの、亜美さん?
何ですか、まことさん。
見ていなくても、ちゃんと飲むよ?
私が見ていたいだけです。
気にしないで下さい。
そ、然う?
はい。
そ、然うか……。
見られていては、気が散りますか?
それならば、
い、いや、そんなことはないよ。
然うですか。
ならば、見ていますね。
う、うん……。
……。
ふぅ……良し。
……一度に飲もうとすると、舌を火傷しますよ。
……。
少しずつ、飲んで下さい。
……然うします。
……。
ふぅ……ふぅ。
……。
ん……。
……どうですか。
本当だ、苦くない……少し、甘い。
ふふ……でしょう?
これなら。
全部、飲めますか?
うん、飲めそうだ。
ううん、飲める。
ふふ、良かった。
苦いものばかりでは、ないんだね。
はい、然うなんです。
良し、この調子で残りも。
もう、大丈夫そうですね。
……え?
改めて、お布団を敷こうと思います。
いや、でも、見ていると。
……ふふ。
あ。
まことさんが良い子で良かったです。
あ、あぁ。
では、少し外しますね。
あの、亜美さん。
はい、何でしょうか。
敷く布団は、一組だよね?
いいえ、二組敷きます。
……。
腰の為に、今夜は広い方が良いと思います。
……然うですよね。
それでは。
うん。
……。
……臭いは、慣れだな。
まことさん。
……ん?
明日の雪掻きのことなのですが。
……休むわけには、いかない。
どうしても、ですか。
……雪の降り具合にも、よるが。
一日だけでも、お休み出来ませんか。
酷くなってしまったら、治癒するのにそれだけの時間が掛かってしまいます。
であるならば、無理は
……。
然うですか……分かりました。
……無理は、しないように
今から言うことは、医生としての言葉です。
……。
明日は一日、安静にすること。
此の言い付けは、必ず守って下さい。
けど、亜美さ
「大夫」として、言っています。
……。
命令とは、言いません。
あくまでも、お願いです。
……大夫。
村の皆さんには、私から話します。
……。
まことさんの代わりには決してなれませんが、
……まさか。
明日は、私が。
亜美さんには、うちの出入口の周りを任せた筈だよ。
それに、亜美さんがうちに居なければ……。
そんなこと、言っていられない状況なのでしょう?
……。
私は、まことさんと比べたら非力ですが……それでも。
……分かった。
……。
だけど……亜美さんは、うちに居るべきだ。
皆の為にも、然うするべきだ……。
まことさん……。
……美奈に、相談してみて欲しい。
美奈子ちゃんに……ですか。
差配しているのは、あいつだ……だから、なんとかして呉れるかも知れない。
……若しも、私がまことさんの代わりになるように言われたら。
その時は、亜美さんに……宜しく頼むと。
……。
……それでは、駄目だろうか。
いいえ……分かりました、美奈子ちゃんに相談してみます。
……若しも、然うなったら。
……。
どうか、気を付けて……。
……はい。
……。
……ねぇ、まことさん。
なんだい……。
……やっぱり、お布団は一組にしても良いですか。
え……。
……いえ、聞かなかったことに。
亜美さんさえ、良ければ。
……。
あたしは……最初から、一組が、良いと。
……腰の具合によっては、二組になってしまいますが。
その時は、潔く諦める。
……。
だから、布団は……二組、敷いておいて欲しい。
……分かりました、そのようにします。
亜美さん……。
……こんなことでは、いけませんね。
冷えは、良くないのだろう?
……。
腰に。
……はい、良くありません。
ならば……暖かい布団で、眠りたい。
……。
腰に、氷嚢を当てていたから……その、少し寒く感じるんだ。
……まことさん。
薬湯は、熱かった……けど。
……私も、暖かいお布団で眠りたい。
……。
……薬湯は、飲み終わりましたか?
うん……ちゃんと全部、飲んだよ。
でしたら……少し時間を置いてから、横になりましょうか。
うん……然うしよう。
……。
……。
……明日は。
雪が、少しでも落ち着いて呉れたら良い。
……。
ね……亜美さん。
はい……まことさん。
19日
亜美さん、少し聞いても良いかい。
はい、なんでも。
此の字は、なんて読むのだろうか。
「冬」は、分かるんだけど。
それはですね、「げんとう」、と読みます。
げんとう……あぁ、此れで「げんとう」と読むのか。
「けんとう」とも、読みます。
けんとう?
成程、覚えておこう。
「玄冬」の意味は、知っていますか?
「冬」が付いているのだから、冬に関することだろうとは思うのだけれど。
春は「青春」、夏は「朱夏」、秋は「白秋」。
うん?
そして、玄冬。
「玄冬」は、冬の異称です。
冬の異称……然う言えば、母が冬のことをそんな風に呼んでいたような。
お母さまがですか?
確か、然うだったと思う。
色と組み合わせるんだなって、思った記憶があるんだ。
色との組み合わせは、五行説によるものなんです。
だけど、あたしにしてみれば冬は白だよ。
一面、真っ白な雪だ。
特に今冬は然うですね。
まぁ、黒もあるにはあるが。
でしたら、玄冬素雪と言う言葉があります。
げんとう、そせつ?
玄……冬……素……雪、と書きます。
……ふむ。
玄冬素雪とは雪が降り積もる冬のことで、冬の寒さが厳しいことを喩えて言います。
玄冬は冬、素雪は白い雪という意味なんですよ。
まさにまさに、だ。
書いてみますか?
うん、書いてみよう。
はい。
……玄……冬……素…………雪。
うん、どうだろう亜美さん。
はい、良く書けています。
書き順はどうだった?
正しい書き順でした。
はは、やった。
けれど「素」が少し、難しかったように見えます。
……。
まことさん?
流石、亜美さん。実は少しだけ、書き辛かった。
いまいち、書き慣れていなくて。
書く練習をしますか?
折角だから「素」だけでなく、「玄冬素雪」と書こうと思う。
習った日に練習した方が、覚えやすいから。
……。
ん?
亜美さん?
ううん、なんでもないです。
なんだい?
本当になんでもないの。
然う?
……ん。
然うか。
ねぇ、まことさん。
ん?
玄冬は、生涯において最期の時期である老年期を指す言葉でもあるのですが、それは聞いたことがありますか。
あぁ、それも母から聞いたことがあるような気がする。
確か、齢六十を越えるとだったか。
はい。
……。
まことさん?
玄冬と呼ばれる歳まで、ふたりで生きることが出来たら。
……。
……良いと、思う。
はい……然うですね。
……。
……お茶を、淹れましょうか。
ありがとう。
けれど、もう良いかな。
え?
書く練習を終えたら、今夜は休もうと思っている。
……。
ど、どうだろうか。
……然う、ですね。
未だ、やるべきことがあると言うのなら、休まないが……。
……いいえ、今夜はもう休みましょう。
だ、大丈夫かい?
はい、大丈夫です。
明日のお薬の支度も終わっていますし。
書物は、読まなくても良いのかい?
夕餉の後、読んでいなかったようだけれど。
今日は、明るいうちに。
そ、然うか。
まことさんは何回、書くつもりですか?
二十回ほど、書こうと思う。
然うですか……では私は、その間にお布団の支度を。
布団は、あたしが敷くよ。
いえ、まことさんは字の書き取りをして下さい。
けど、足湯と夕餉の支度をして貰って
終えなければ、お休み出来ないんですよ?
……。
だから……まことさんは、そのまま続けて?
……はい。
ふふ。
じゃあ、お願いします。
はい、お願いされました。
……。
……あ。
うん、どうした?
いえ、火鉢の炭が。
火鉢……あぁ、炭が大分小さくなっているな。
此れだと、朝までに燃え尽きてしまいますね。
大きいのを幾つか足しておこう。
灰を被せておけば、朝まで持つ筈だ。
分かりました。
どれ、あたしが。
あ、いえ、私が。
此れくらい、やらせて欲しい。
なに、直ぐだよ。
……でも。
よし……ぅ。
……?
……。
まことさん……?
どうしましたか……?
いや……なんでも、ないよ。
本当に?
ほ、本当……。
でも、動きが止まっています。
ううん、動けなくて固まっているような。
……。
まことさん。
……こんなの、大したことではないから。
こんなのって、何ですか。
いや……だから、その。
若しかして。
じっと、していれば……そのうち。
腰ですね。
……。
然うですよね、まことさん。
……あたしは、腰を痛めたことなんて、ないんだ。
初めてのひとは皆、然う言います。
い、今だって、別に……痛いわけでは、なくて。
……。
なんか、こう……嫌な、違和感が。
魔女の一撃の前触れかも知れません。
ま、まじょの、いちげき?
西方では、然う言うらしいです。
こ、こちらでは……?
閃到腰です。
聞いたことは、ありますよね。
あ、あるかな……と、ところで、ま、まじょって、なんだい?
……痛みは、ありますか。
え……?
痛みはありますか。
い、今のところは……。
……。
……少しだけ、あります。
然うですか、分かりました。
あ、亜美さん……?
手を貸しますので、無理のない程度に躰を動かして貰っても良いですか。
だ、大丈夫だ、少し休めば
大丈夫では、ありません。
……う。
酷い閃到腰がどういうものか、まことさんも見て知っているでしょう?
……数日、動くこともままならなくなります。
その通りです。
しかも?
……癖に、なります。
分かっているのなら。
……はい、分かりました。
……。
……亜美さん。
一旦、正座の姿勢になって貰います。
……うん、分かった。
此処に触れても……大丈夫ですか。
あぁ、大丈夫だ……。
……体重を乗せて貰っても、構いませんから。
け、けど……。
……私は、医生ですよ。
……。
ゆっくりと……さぁ。
……。
……。
お、重くないかい……?
……大丈夫、問題ないわ。
お、重かったら、
……知っているもの。
し、知って……?
……あなたの重みは、誰よりも。
……。
……さぁ、まことさん。
うん……亜美さん。
……足を。
……。
……離します、良いですか。
うん……離して。
……。
……。
……然う、一度深呼吸をして。
……。
……吐いて。
ふぅぅぅ……。
……。
……うん、落ち着いたかな。
暫く、そのままで居て。
……分かった。
痛みがあまりないからと言って、無闇に動こうとしないで。
あぁ……。
……私はお薬と、それから患部を冷やす用意を。
お薬も……?
お薬は痛みを和らげる為に必要です。
でも、そこまでの痛みでは……
それでも、全くないわけではないですよね。
……。
まことさん。
……はい、その通りです。
……。
まさか、なぁ……。
……冷えも、あると思いますが。
……。
雪掻きの疲労が溜まっていることも、要因のひとつだと思います。
疲労……腰に?
……腰回りの筋肉は、疲労を蓄積します。
……。
兎に角、今は安静にして。
わ、分かった……。
……。
こんなこと、生まれて初めてだ……。
……初めてのひとは、皆、然う言うんです。
18日
大神、カムイに着いたのですが、画面を見ているだけで寒そうで凍えそうです。
春は、まだか。
くぅぅ……空き腹に、出汁の効いた味噌が染みるなぁ。
腹だけでなく、冷えた躰にも染み渡るようだ。
多めに作ったので、良かったらお代わりして下さいね。
うん、これを食べ終わったら貰いたい。
どうぞ、ゆっくり食べて下さい。
あぁ、良く味わって食べるよ。
急いで食べたら、勿体ないからね。
私が言っていることは、然う言うことではなく。
雑炊は消化に良いものだが、それでもゆっくりと食べた方が良い。
だろう?
……急いで食べて気道に入ってしまっても、大変ですから。
はは、確かに。
……川蜆。
うん?
今年は沢山獲れて良かったですね。
うん、然うだね。
おかげでこうして、美味しい雑炊の具にもなって呉れた。
乾燥させると冬まで持つから、とても良いと思います。
冬を越すのに食糧は幾らあっても困らないからね。
川蜆が沢山獲れると、助かるんだ。
然う言えば私、お大根と蜆が合うだなんて、まことさんがお味噌汁を作って呉れるまで知らなかったんですよね。
はは、然うだったねぇ。
……少しだけ懐かしく思います。
ねぇ、亜美さん。
はい?
話の腰を折ってしまって、申し訳ないが。
なんでしょう?
雑炊、三杯くらいは食べてしまうかも知れない。
……。
良いだろうか。
ふふ……三杯と言わず、沢山食べて下さい。
まことさんは今日一日、雪掻きをしていたのですから。
然う言われると、本当に食べてしまうよ?
ふふ……良いですよ?
いや、やっぱりだめだ。
亜美さんの分まで食べてしまうのは、良くない。
……ふふ。
はは。
……美味しく作れて、良かった。
亜美さんが作るごはんは、いつだって美味しいよ。
……。
煮物、汁物、焼き物、そして雑炊の加減、どれを取っても。
……まことさん。
本当のこと、なんだけどな。
……それくらいで。
はは、然うか。
では、これくらいにしておこうか。
……。
いやぁ……しかし、本当に美味しいなぁ。
幾らでも、食べられそうだ……。
今日はもう、外には行かないのですよね。
もう、日が暮れるからね。
けれど何かあった時の為に、直ぐ出られるようにはしておかないと。
……何事もなく、明日を迎えられるように。
明日は、薬を届ける家はあるかい?
はい……お願いしても、良いですか。
あぁ、任せて欲しい。
ありがとうございます。
なに、皆の為でもあるから。
……お茶が、なくなりそうですね。
ん?
あぁ、本当だ。
淹れましょう。
ありがとう。
どういたしまして。
ところで、亜美さん。
はい、なんですか?
箸が、進んでいないようだけれど。
このままだと、あたしが食べ尽くしてしまうよ。
あまりにも、美味しくて。
それも、良いかも知れませんね。
うん?
食べているまことさんを見ているのは、とても楽しいので。
いやいや、だめだよ。亜美さんもちゃんと食べないと。
冬の腹空かしは、躰にも心にも良くないからね。
ふふ……はい。
うん。
ね、まことさん。
なんだい?
お大根のお漬物、美味しいですね。
いつも同じで、飽きないかい?
はい、ちっとも。
まことさんが作ったお大根ですから。
はは、嬉しいな。
……食糧、皆さんの家は大丈夫でしょうか。
皆、それなりの蓄えはしてある筈だけれど……今冬の雪の降り方は、いつもとは違う。
冬が長引いた場合……若しかしたら、があるかも知れない。
万が一に備えて、分けられるようにはしておきます。
良いでしょうか。
うん、お願いしても良いかな。
どれ程分けるかは、ふたりでちゃんと話しましょう。
うん、分かった。
はい。
魚を釣りに行けたら、足しになるのだけれど……この雪だと、川に行くだけでも難儀だ。
まことさん。
ん?
無理だけは。
あぁ、しないよ。
……忘れないで下さいね。
忘れない、絶対に。
……。
食糧か……となると、木炭と薪のことも考えないといけないな。
尽きてしまったら、暖が取れなくなるだけでなく、温かい飯を作ることも出来なくなる。
湯すら、沸かせない。
……なるべく節約しようと、心掛けてはいるのですが。
かと言って、控え過ぎてもいけない。
凍えてしまったら、元も子もない。
一度、計算してみます。
計算?
この雪がどれだけ続くか、幾つかの場合を想定して。
具体的なことは、計算結果とまことさんの経験を交えて……?
……はぁ。
まことさん……?
……。
その、余計なことでしたら
……いや、余計だなんてとんでもない話だ。
え?
して貰っても良いかい、計算。
では、今日にでも。
いや、明日でも良いよ。
休める時は、ちゃん休まないと。
……でも、私は。
少しは、気を緩めないと。
ずっと張り詰めたままだったら、疲れてしまう。
……。
家に居ても……いや、居るからこそ、考えてしまうこともあるだろうから。
……では、明日に。
うん、明日に。
……あの、まことさん。
ん、なんだい?
その……どうして、溜息を。
溜息?
あたし、溜息なんか吐いたかい?
……溜息では、なかったのですか?
そんなつもりでは、なかったのだけれど……然う聞こえてしまったのなら、ごめん。
……然うですか。
えと……亜美さん。
……はい。
あたしの連れ合いは、本当に頼りになるなぁ、と。
……え?
然う思ったら、感動してしまって……つい、息が漏れてしまったのかも知れない。
……。
気分を、どうか悪くしないで欲しい……悪くしてしまったのなら、謝るから。
……私。
う、うん。
まことさんの連れ合い……なんですよね。
……。
……。
……気が、早いかな。
いえ……そんなことは。
……祝言、未だ挙げていないのに。
祝言を、挙げていなくても……家族、ですから。
……それって、つまり。
その……連れ合いでも、間違いではないと。
……。
……。
……亜美さん。
……はい。
雑炊の、お代わりを貰っても……良いかな。
はい……勿論です。
うん、ありがとう……。
……お椀を。
ん……。
……。
……?
亜美さん……?
手……温かくなってきましたね。
うん……自分でも分かるよ。
手だけでなく、躰の中から温まってきている。
熱を感じるんだ。
……良かった。
亜美さんが、色々して呉れているから。
……私は、自分が出来ることをしたいと。
その心が、とてもとても、有り難いと思う。
……然う言って頂けると、嬉しいです。
ひとりの頃は、帰って来ると決まって家の中が冷え切っていて。
……。
温い足湯も、温かい雑炊も、熱いお茶も……全て、自分ひとりで支度をしなければならなかった。
そんな生活に、すっかり慣れていたけれど……もう、戻れそうにない。
……まことさん。
叶うなら……戻りたくないと。
……大丈夫です。
亜美さん……。
戻ることなんて……ありませんから。
……。
……お代わり、どうぞ。
……。
まことさん……。
……今夜も、共に寝ても良いだろうか。
……。
凍えてしまうような、夜は……ふたりの、方が。
……はい、今夜も共に。
うん……。
……さぁ、どうぞ。
うん……頂きます。
はい……召し上がれ。
……。
……。
うん……お代わりの分も、とても美味しい。
ふふ……良かった。
17日
大神をクリアする前に、テイルズオブグレイセスのリマスターが届いてしまいました。
筆しらべになんとか慣れてきたので、大神をクリアしてからやろうと思います。
-冬花(パラレル)
……ふぅ。
まことさん?
亜美さん、今、帰ったよ。
お帰りなさい、まことさん。
うん、ただいま。
直ぐに、足湯を。
ありがとう。
御身体は、変わりないですか?
うん、大丈夫だ。
何処も怪我をしていないし、痛みもないよ。
念の為に、後で診せて下さい。
ん、分かった。
あぁ、家の中は温いな……亜美さんが居て呉れるおかげだ。
外は、相変わらずですか。
相変わらずだ、どうにも止みそうにない。
然うですか……困りましたね。
今は未だ雪掻きが間に合っているが、ひとりでも欠けたら間に合わなくなってしまうかも知れない。
屋根は、限度を越すと確実に潰れてしまうから、なんとか間に合わせるつもりだけれど……。
道が、閉ざされてしまう……。
然うなったら、亜美さんを訪ねてくることも、亜美さんが訪ねていくことも出来なくなってしまう。
それだけは、どうにか避けたい。
まことさん、ずっと考えていたのですが。
……何をだい。
明日からは、私も
いや、亜美さんは家に居て欲しい。
ですが、ひとりでも多い方が
何かあった時に、亜美さんが居て呉れないと皆が困ってしまう。
いざとなったら、外で処置をしても
いや、だめだ。
雪が降っている中で、まともな処置なんて出来ないだろう。
必要なもの、薬だってないんだ。
雪が降る中で処置をした経験は、従軍していた頃に。
薬は、身に付けて
でもそれは、亜美さんが思うような処置だったかい。
……。
あたしも、知っている。
だけど……それは屹度、亜美さんが思うような処置ではなかったと思う。
傷を負った者は震え、亜美さんの手は凍え……下手をすれば、そのまま。
……それは。
それに亜美さんが外に居たら、何処に居るのか、探すのが大変だろう?
亜美さんが居るであろう場所を前以て知らせておいても、若しかしたら、急に移動しなければならないことが起きるかも知れない。
移動することを誰かに言付けたしても、それが正確に伝わるとは限らない。
ならば、初めからあたしの家に居て呉れた方が皆は安心だと思う。此処に来れば必ず、亜美さんは居るのだから。
……。
屋根から滑り落ちて、或いは落ちてきた雪で大怪我をするなんてことはざらにあるし、長い間外に居れば手足が凍ってしまうことだってある。
あたし達でも応急処置くらいなら出来る、けれど、適切な処置は亜美さんでなければ。
……まことさん。
そしてこれだけ寒いと、体調を崩す者が必ず出てくる。特に、子供と老人。
病で弱る患者さんを、雪が降り続ける外でなんか診るわけにはいかない。
……。
分かっているのだろう?
でしたら、この家の周り……いえ、せめて出入口だけでも。
雪下ろしはしているけれど、それでも屋根からの落雪がないとは言えない。
氷柱が落ちてくることだって、ないとは言えない。
……。
だから、くれぐれも、気を付けて。
……!
雪掻きをする前に、先ずは周りを良く見るんだ。
亜美さんは目が良い。おまけに、耳も悪くない。危険だと感じたら直ぐに止めて家の中に入るんだ、良いね。
……はい、分かりました。
吹雪いてきても、だ。
これは、亜美さんの方が詳しいだろう。
……まことさん達も、どうか気を付けて下さい。
あぁ、分かっている。
……。
美奈にも、言っておこう。
……美奈子ちゃんに?
ひとりでは、危ないから。
でも、美奈子ちゃんだって……それに、家の出入口なら。
……。
まことさん?
……亜美さんが此の村に来て、何年も経つ。
……。
亜美さんなら、大丈夫だとは思う……けれど、改めて、言っておくね。
……はい。
慣れたとは、決して思ってはいけないよ。
長く暮らすあたし達だって、ひとつ間違えれば、命を落とすことはあるのだから。
はい……決して、思いません。
じゃあ、美奈に言っても良いね。
……はい、お願いします。
うん……では、頼む。
……はい、まことさん。
ありがとう……亜美さん。
……私は、あなたの家族ですから。
家族……。
……まことさん、お湯の支度が出来たのですが。
ん……?
その前に、足を見せもらっても良いですか。
あぁ……うん、分かった。
……。
どうだろう……?
……冷たくはなっていますが、凍ってはいないようです。
然うか、良かった。
お湯を。
ありがとう、有り難く使わせてもらうよ。
確認はしたのですが、熱かったら直ぐに言って下さい。
うん。
……。
……ん、んん。
どうでしょうか……?
うん……温くて、丁度良い。
痛みは、ありませんか……?
うん……ない。
然うですか……良かった。
重ね重ね、ありがとう。
いえ……。
亜美さんが居て呉れて……家族で、本当に心強いよ。
……手を、見せてもらっても。
若しかして、照れているのかい……?
……。
はは……然うか、可愛いな。
……もぅ。
手、だったね……。
……。
どうかな……?
……矢張り冷たいですが、問題はないようです。
ん、然うか。
……。
流石のあたしでも、こんな日に長い時間外に居ると冷たくなってしまうんだよなぁ。
……無理だけは、しないで下さいね。
うん……分かっているよ。
今は、亜美さんが居て呉れるからね……。
……お茶の支度をしますね。
うん……。
……。
はぁ……気持ち良いなぁ。
まことさん。
ん……?
お腹は、空いていますか。
うん……少し、空いているかな。
然うしたら、食事の支度もしましょう。
ごはんの支度なら、あたしが、
お雑炊で、良いですか?
え?
今日は、私が作ります。
……。
お雑炊では、嫌でしょうか。
躰が温まると、思ったのですが。
いや……雑炊で良い、いや、雑炊が良い。
味は、お味噌で良いですか?
うん、味噌が良い。
味噌は、躰が温まる。
では、お味噌にしますね。
あぁ、楽しみだな。
ふふ、あまり期待はしないで下さいね?
いやいや、期待するよ。
だって、亜美さんが作って呉れるごはんはいつだってとても美味しいんだ。
特に、今日みたいな日は……屹度、五臓六腑に染み渡ると思う。
大袈裟です。
そんなことを言われたら、作れなくなってしまいます。
え、然うなのかい?
期待に応えられなかったら、どうしようと。
あ、あぁ……では、あまり期待しないように。
はい、然うして下さい。
……難しいなぁ。
ふふ……。
……はは。
然うだ、まことさん。
ん、なんだい?
猪のお肉は、今日は入れませんから。
……。
入れません。
……はい。
猪のお肉は……また、今度に。
……今度。
まことさん、口元が緩んでいますよ。
……え、見えてる?
そんな気がしただけ、です。
……。
お湯から上がったら、冷やさないようにして下さいね。
風邪を引いてしまうかも知れませんから。
……はい、分かっています。
うん……なら、良いわ。
……本当、好きだな。
何が好きなの?
あたしが、亜美さんのことを。
……。
おかしなことは、言ってないだろう?
……もぅ、まことさんは。
はは。
……ねぇ、まことさん。
なんだい?
私が此の村に来て、何年も経ちますが。
うん。
こんなに雪が降ったのは、初めてだと思います。
あぁ、初めてだと思う。
こんなに降ることは、珍しいのですか。
十年に一度……いや、もっとかも知れない。
……。
未だ、年明け前だと言うのに……困ったものだよ。
……何事もなく、皆さんと新しい年を、そして春を迎えたいと願います。
うん、あたしも願っている……だから、出来ることはしないと。
……無理だけは、しないで。
……。
……。
……亜美さんも。
……。
改めて……約束しよう。
……はい、改めて。
16日
さて、そろそろ時間だな。
……。
お前は、どうする?
帰るわ。
然うか、ならば途中まで一緒に行こう。
行かない。
ちびが喜ぶ。
だから?
だからも何もないさ。
ただ、ちびが喜ぶ。それだけの話だ。
あ、そ。
どうでも良いわ。
支度が出来たら、言って呉れ。
ちび達に声を掛けるから。
先に出たら?
言ったろ、お前が一緒だとちびが喜ぶって。
ただの口実ではなくて?
勿論、あたしも喜ぶ。が、ちびも喜ぶ。
「ジュピター」は「マーキュリー」が大好きだからな。
あの子のマーキュリーは、私ではないわ。
当然だ。
お前は、どこまで行っても、あたしのマーキュリーだ。
誰にも譲れないし、譲る気もない。
私はあなたのものになった覚えはないし、これからもない。
あぁ、知っているよ。
あたしが勝手に、然う心に決めているだけだからな。
……。
心で思う分には、自由、だろう?
言葉にしなければね。
裏を返せば、あたしはお前だけのジュピターってわけだ。
これまでも、これからも、な。
出逢った頃から。
うん?
本当に、勝手なひとね。
応。
……。
マーキュリー。
……何。
今日も、きれいだ。
……もう、聞き飽きた。
小賢しい言葉選びは、苦手なんだ。
それに、単純で真っ直ぐな方が伝わりやすい。
だろ?
……度を越せば、軽く聞こえるわ。
お前と、一緒に暮らしたいな。
は、莫迦なの?
一生、な。
壊れても、治らない。
治らないだろうな、これは生来のものだろうから。
けどまぁ、今の暮らしも気に入っているからさ。
然う、良かったわね。
逢いたいと思えば、直ぐに逢えるし。
ひとの迷惑なんて、考えもしない。
本当に迷惑だと思われているのなら、我慢するさ。
嫌われたくないからな。
少しは私の都合も考えて欲しいものだわ。
これでも、考えている。
考えているようには、
本当に、思えないか。
……思えない。
然うか。
……。
あたしは、この時間が出来るだけ長く続いて欲しいと……そんなことすら、思い始めているんだ。
……そんなに長く生きるつもりはないわ。
……。
……邪魔しないで。
ひび。
……今更でしょう。
増えているようには、見えない。
……細かなものが増えているわ、確実にね。
未だ、大丈夫だ。
……離れて。
……。
ジュピター。
……腹いっぱいになったちびは、また、寝てしまったようだから。
起こせば良いでしょう。
……可哀想だろう?
心にもないことを。
それが、最近は然うでもないんだ。
いや、最近でもないか。
……は。
お前も、然うだろう?
……私に、そんな心があると思うの。
あるよ、お前は誰よりも優しい奴だからな。
笑わせないで。
笑わせるつもりなど、毛頭ないさ。
くだらないことを
お前は、己だけが傷付けば良いと思っている。
そんな奴を優しくないだなんて、あたしは思えない。
はっ。
ずっと、然うだった。
そんなお前を、あたしが放っておけるわけがない。
なんせ、心底惚れているのだから。
数え切れない程、駒を壊してきた私が?
優しいわけ、ないでしょう。
それは、使命を果たす為だろう。
お前に非はないさ。あるとするならば、然うさせる運命にある。
綺麗事よ。
然うさ、綺麗事さ。
でも、それがどうした?
民だって、付いてこない。
当然よ、己の民すら駒のように扱うのだから。
それは、お前が然う思い込んでいるだけだ。
民もまた、水星の民らしく、とても賢い。然う見せることで、少しでもお前の重荷を減らそうとしている。
あたしでも、分かる。
あなたが分かる時点で、
そりゃあ、分かるさ。
あたしがどれだけ、お前を見てきたと思ってやがる。
……。
出逢ってからずっと……三桁年、だぞ?
なかなか居ないだろう、こんな奴は。
……思い上がりも程々にして。
ん? ジュピターは皆、そんなもんか。
が、あたしが一番だ。
あなたって。
本当に莫迦、だろう?
もう、何度も聞いたからな。
時間。
あ?
先に行って。
いや、待っているよ。
もう少しだろう?
一緒に行きたくないの。
む。
鈍いわね。
それが、あたしの良いところだ。
……。
なぁ、マーキュリー?
……嫌なことばかり、気が付いて。
……。
……いつだって、然うよ。
後悔は、出来るだけ、したくないんだ。
……後悔なんて、したことないくせに。
然うでもない。
お前のことに関しては、な。
……。
あたしだって、数え切れない程壊してきたさ。
数で言えば……己の民が、一番だ。
……それでも。
木星の民は、考えることは、あまり得意ではないからな。
愚かではないが、賢いわけでもない。が、どの民よりも勇敢だ。
あたしは、誇りに思う。
……私は。
お前だって、同じことを思っている筈さ。
ずっと、な。
……勝手に決め付けないで。
な、マーキュリー。
……。
あたしは、お前の顔しか、見分けることが出来ない。おまけに、憶えておくことも出来ない。
だから、駒が壊れても
今は、違うでしょう。
……。
今は、違う。
然うだな……ちび達の顔も、見分けが付く。
……良かったわね、数が増えて。
はは、然うだなぁ。
……。
けど、はっきりと見えるのはマーキュリー、今でもお前だけだ。
……どうだか。
本当だよ。
……メルのことは。
見えてはいるけれど、お前程ではないんだ。
……。
あの場所に居た、水星姫の器達も、あたしは、見えていた。
……然うでしょうね。
マーキュリーの器、だしな。
見えないわけが、ない。
……。
だけど……お前のようには、どれも、見えなかった。
お前が、お前だけが、あたしの特別だから。
……。
今更、か。
……今更よ。
はは、然うだよなぁ。
……木星は。
あたしと、同じ顔だからな。
……ユゥのことは。
器達よりは、はっきりと。
……だから、選んだのでしょう。
それも、ある。
……。
結局、あの時に見た水星姫の器は。
……部品になった。
……。
私の……瞳に。
……澄んだ、きれいな青だ。
元々の私の瞳は、そんな色では
そんな色だったさ。
違う。
違わない。
あなたは、然うやっていつも……ん。
……。
……さえ、ぎって。
次は……あたし達の日だ。
……。
近頃はちび達にも教えてやっても良いと、思い始めているが……お前は、どうだい?
……余計なことは、教えないで。
余計、か。
……。
……分かった。
私達の日なんて……あの子達には、関係ないわ。
そんなことは、ないと思うがな。
なんの意味も、
ご馳走が、食える。
……。
然うすれば、ちびが喜ぶ。
ちびが喜べば、あの子は嬉しいと感じる。
あの子が嬉しいと感じれば、ちびはもっと喜ぶ。
な、良いことしか、ないだろう?
……単純過ぎる。
未だ、幼体だからな。
ユゥは、良い。
メルは、
良い子だ。
……。
お前に、似て。
……私は、良い子だったことなんて、一度も
言ったろう、お前は優しいって。
お前がその気になれば……民だって、付いてくる。
……。
己のことは存外、分からないものだよ。
あなたに言われたくないわ。
はは、然うか。
……本当に、腹が立つ。
しかし、きれいに付いたな。
……。
消える前に……また、な?
うるさい、莫迦。
あぁ、あたしも愛しているよ。
そんなこと、一言も言ってな……。
……。
……ばかジュピター。
うん……ずっと、愛してる。
……。
さて、そろそろちび達に声を掛けようか。
叶うなら、もう暫し、こうしていたいが……やるべきことは、やらないとな。
ちび達の為に。
……。
然うだろう、マーキュリー。
……私達の日。
うん?
教えなくても良いけれど、あの子達にはご馳走を作ってあげて。
……。
出来ないなんて、言わせない。
言わないよ。
然うだな、それも良いな。
……。
可愛いよな、ちび達は。
……別に、そんなつもりで言ったわけではないわ。
15日
ローハンの戦い、字幕が観たいと思ったのですがどこも終わってしまっているようで。
ならばともう一度吹き替え版をと思ったのですが、ほぼ明日で終わりだそうで。
姫の馬術と、オルウィンの剣と盾と、筋肉王の筋肉がまた観たかった。
……。
ユゥ。
……。
起きて、ユゥ。
……んぅ。
そろそろ、お師匠さんが言っていた時間になるから。
……メル?
うん。
……へへ。
だめ。
……んぇ?
鍛錬の時間。
……たんれん?
いつもよりも、遅いけれど。
……おそい。
今朝は、ゆっくりだったから。
ねぇ、メル……。
なぁに?
あさごはんは……どうしたんだっけ。
四人で、ちゃんと食べたわ。
え。
四人で、ね。
と言うことは……あたしも、食べた?
お代わりも、していたわ。
甘辛く炒めたお豆と、甘く煮たお豆、両方。
……。
ユゥが作ろうとしていたら、お師匠さんが起きてきたの。
そして直ぐに先生が使うお湯を用意しながら、朝ごはんも作り出して。
……そうだったっけ。
ユゥはすっかり作る気でいたから、少し不満そうだった。
……。
そんな湿気た面で立っていられても邪魔だから、朝飯が出来るまで私とお勉強でもしてろって言われたの。
おべんきょう……。
それで部屋に戻って、ふたりで書物を読もうと思っていたのだけれど……憶えていない?
……読んだの、なんの書物だっけ。
……。
ん、メル?
……ふふ。
えと……?
憶えているわけ、ないわ。
え?
だって、ユゥは寝ちゃったんだもの。
……。
私よりも先に起きて、お湯の支度をして呉れたから……眠くなってしまったのだと、思う。
……言われてみれば、然うかも。
ユゥが読もうとしていたのは、この書物。
これ……。
……青い星の、お伽噺。
……。
文字の復習をするんだって。
あぁ……うん、思い出した。
思い出した?
気が付いたら、メルの太腿を枕にして寝てた。
……。
今も、然うだよね。
……うん、然う。
ごめんね、メル。
退屈、だった?
ううん……大丈夫よ。
書物、読んでた?
ん。
そ、そっか。
あ、でも、足は痺れてない?
ん……平気。
……。
ユゥ……。
……ううん、今日も良い日だなって。
良い日……?
……うん、とっても良い日。
然う……良かったね。
うん、良かった。
……。
メル?
……私も、然う思う。
メルも、良い日だと思う?
……うん、思う。
同じだね。
ん……同じ。
へへ。
ふふ。
鍛錬の時間って、言ったっけ。
ね、メルも鍛錬する?
うん、するつもり。
やった。
鍛錬が終わって、遅めのお昼を挟んだら、先生の授業。
……遅め?
朝が、ゆっくりだったから。
あー……そっかぁ。
……。
ん……メル?
……出逢った頃よりも。
……?
ううん……なんでもない。
……然うなの?
うん……。
……。
ん、ユゥ……?
メルは、きれいになったね。
……え?
なんでもないよ。
……。
良し、それじゃあ起きようかな。
ねぇ、ユゥ。
ん、なに?
ユゥは……その、逞しくなったわ。
たくましく?
……躰も、大きくなって。
うん、鍛えているから。
……顔も。
顔?
顔も、逞しい?
……凛々しく、なったと思う。
りりしく……。
……青い星では、こう言うの。
うん。
……大人びた、と。
おとなびた……。
……。
じゃあ、メルもおとなびた。
……。
あれ、間違ってる?
……ユゥが、然う思うのなら。
間違ってない?
……きっと。
へへ、そっか。
……。
ん、師匠の声だ。
もう、朝からうるさいなぁ。
行かないと。
うん、行こう。
の、前に。
……うん?
師匠、生の野菜は出した?
うん、出して呉れたわ。
何を出した?
白くて、丸っこい根。
えー。
先生の好みに合わせたのだろうと思うのだけど……案外、ユゥと同じことを考えていたのかも知れない。
じゃあ、つけるのは?
それとも、かけるのだった?
かけるものを、二種類。
……甘いのと、甘酸っぱいの?
うん。
……橙の、実の?
然う、橙の実のもの。
えー……。
甘く煮たお豆もだけれど……お師匠さん、私の好みのものも作って呉れて。
……美味しかった?
ん……とても。
今度。
うん?
今度、作るから。
……。
同じものを美味しく作るから、食べて呉れる?
……うん、食べたい。
うん!
……でも、いつも美味しいのに。
もっとだよ。
もっと?
いつもより、師匠よりも、もっと。
……。
先生は、良いんだ。
師匠のマーキュリーだから。
……。
でも……メルは、譲れないんだ。
……。
もう、師匠はうるさいなぁ。
えと……行かないと。
ねぇ、メル。
……なぁに、ユゥ。
メルの日、楽しみにしていて。
……。
美味しいのをいっぱい作って、お祝いするから。
……うん、ありがとう。
今から、考えておくんだ。
メルも食べたいのがあったら言ってね。
今から?
然う、今から。
気が早いかも知れないけど!
早いわ……。
だけど、良いんだ。
考えておきたいんだ。
……。
だめかな。
ううん、だめじゃない……嬉しい。
嬉しい?
……とても。
メル!
きゃっ。
……メルに、もっと嬉しいって思ってもらう為に。
……。
あたし、頑張るよ。
……ありがとう、ユゥ。
……。
私も……ん。
……。
……。
……もー、うるさいなぁ。
……もう、行かないと。
……。
ん……。
……今日も一緒にがんばろ、メル。
うん、ユゥ……。
14日
原作も映画も全く見たことがないのに、強い姫様とその幼馴染が見たいが為にローハンの戦いを見てきました。
姫様は予想通り、良かったのですが、それ以上にオルウィンが良かったです。強くて賢い壮年女性、大好き。
お馬さんの描写もとても良かったです。お馬さん好きには良いかも知れない。
……ぐぇ。
……。
んぅ……どうした……?
……腕を、退かして。
腕……?
……。
あぁ……もう、朝か。
……早く、退かして。
んー……もう少しだけ、良いだろ。
ちび達も、まだ……。
……。
あー……うん、分かった。
離すから、寝台を濡らすのは止めて呉れ……乾かすの、手間なんだ。
……はぁ。
おはよう、マーキュリー……良く、眠れたかい?
……最悪な目覚めだわ。
ん……なんぞ、悪い夢でも見たか?
全部、あなたのせい。
然うか……其れは、悪かった。
詫びに、美味い朝飯を作るから……それで、許して呉れ。
……あなたが?
一応、当番なんでな……ふ、
だったら、さっさと起きたらどうなの。
……あぁぁ。
私に向けて欠伸をしないで。
これでも逸らしたつもりだったんだけど……。
それで、あの子に作らせるつもり?
いや、あくまでもあたしが作るつもりだよ。
あくまでも、ですって?
まぁ、このまま起きないでいたら……ちびが、作るかなと。
あの子とお前の為に、さ。
最低ね、あなた。
作る気はあるんだ。
けど、あいつが
本当にあるのかしら。
そりゃあ、あるさ。
ずっと作らないでいると、腕が鈍るし。
昨日作ったから今日は作らないで良い、などと思っていそうね。
思ってない、思ってないよ。
本当だ。
……。
思っていることと言えば、もう暫し、この一時を
あの子達は疾うに、起きているわ。
……疾うに?
然うよ。
へぇ、それはなかなか早いな。ゆうべは、夜更かしをしただろうに。
起きて、躰でも拭いているのか……となると、ちびはもっと早いな。
あいつは、メルのこととなると一所懸命だからなぁ。
……。
うん、なんだ?
……別に。
若しかして、聞き耳を立てて
どこぞの誰かと一緒にしないで。
いや、然ういうつもりは。
くだらない冗談は止めて。
悪かった、悪かったよ。
だから、引っ込めて呉れ。
聞こえてきただけ。
……うん?
あの子の、足音。
やっぱり、
……。
お前は、耳が良いよな。
……あの音で、気が付かないあなたが鈍いだけよ。
それだけ、良く寝てたってことさ。
私は、目が覚めたけど。
なぁ、マーキュリー。
……何。
お前も、躰を拭きたいのか?
だったら、湯を用意しよう。
……あの子に、やらせるのなら、
いや?
勿論、あたしが用意するさ。
どうだか。
然うと決まれば、起きよう。
……ん。
おっと、悪い。
……。
お前が、腕を枕にしていたのをうっかり忘れてた。
……。
悪かった。
湯を直ぐに用意するから、拗ねないで呉れ。
……朝食。
あ?
作る気が少しでもあるのなら、さっさと支度を始めたらどうなの。
いや、でも、湯を
あの子達が、部屋に戻った。
あぁ?
あなたが起きていないと分かったら、あの子は直ぐに朝食を作り出すでしょうね。
己の当番も守れない、役立たずな師匠に代わって、あの子の為に。
当番を守る気は、これでもあるんだ。
特に、今朝はお前が居るし。
私の頭を転がしたくせに。
転がして、済まなかった。
……。
それで、今朝は何が食いたい?
……別に、食べられれば何でも良いわ。
あったかい汁物があった方が良いか?
どうでも。
良し、湯を用意しながら飯の支度をするか。
マーキュリー、着替えはそこの椅子に。
……そ。
あたしは、と。
そのままで行くの。
いや、適当に着ていくよ。
メルが居る時に何も着てないと、ちびが暴れるからさ。
私が居る時も、何か着て欲しいものね。
お前は、見慣れてるだろ?
あなたは、蛮族か何か?
はは、今更だな。
せめて、下は穿いて。
応、分かってる。
……。
用意が出来たら、呼びに来る。
それまで、
義手は?
あ?
付けないの。
んー……。
ジュピター?
いや、どうするかなって。
……何か、気になることでもあるの。
……。
ジュピター。
……ちょっと調節してもらっても、良いか。
調節?
……ここのところ、いまいちで。
何故、それを早く言わないの。
言おうと思っていたんだけど、つい。
どこまであなたの頭は使えないの。
そ、そんな怒るなよ。
声がちび達に聞こえてしまうぞ?
起きるわ。
お、応。
……。
……きれいだな、相変わらず。
五月蠅い。
はは……。
……。
マーキュリー。
……何、ジュピター。
大丈夫か。
どうして。
大丈夫なら、良いんだ。
ま、ゆっくり書物でも読んでいて呉れ。
言われなくても、然うするつもりだった。
然うするつもりだった?
……。
やっぱり、きれいだ。
義手。
え、今やるのか。
調節は後に決まっているでしょう、莫迦なの。
あ、見るんだな。
然うだよな、うん。
どこら辺がいまいちなの。
えと、この辺が……ちょっと、ずれるような気がする。
……。
なんとか、なりそうか。
私を誰だと思っているの。
あたしのマーキュリーです。
あたしの、は、余計。
……。
さっさと行ったら?
お、応、もう行くよ。
その前に、羽織るものを取って。
羽織るもの?
着替えじゃなくてか?
然う言っているの。
羽織るもの……あたしので、良いか。
それしかないでしょう、鈍いわね。
分かった、ちょっと待ってろ。
洗ってあるものを。
分かってるよ。
最近、洗ったばかりのがあるんだ。
……最近、ね。
これだ。
……。
これで、良いかい?
……良いわ。
なら、どうぞ。
あたしのマー
然ういうのは良いから。
……はい。
……。
……。
……本当に、あの子が支度し始めるわよ。
あぁ、分かってる……。
……。
……頬に、口付けても良いか?
だめに決まっているでしょう、莫迦なの。
……だよな。
……。
仕方ない……今朝は、諦めるか。
ユゥ。
……あ?
……。
今、ユゥって言ったか?
ちびが、来たか?
……。
ん、いや、まだ来てないな。
……夢見が、悪かった。
夢見?
……どんな夢なのかは、聞かないで。
……。
……。
……分かった、聞かない。
じゃあ……行って。
メル。
……その名を、
口付けても、良いか。
……だめだと、言った筈よ。
言われた。
……。
……だめか?
だから……。
……マーキュリー。
……。
……。
……ほほでは、なかったの。
くちびるが、良かった。
……。
じゃあ、行くよ。
後で、呼びに来る。
……ええ。
待っていて、呉れるか。
……豆。
豆?
……。
あぁ、分かった……豆だな。
……甘辛いのが、良いわ。
それと、薄麦餅か?
……。
応、任せて呉れ。
……甘いのも。
あぁ、分かっているよ。
……。
じゃあ。
……る。
ん、なんだい?
……なんでもない、もう行って。
13日
青空、公式アカウントが増えれば良いのになぁと思います。
呟く分には良いけれど、公式から情報を得られないのは困るなぁ。
あと、なんだかんだ言っていても、旧ついったに残るひとが多いしなぁ。
此処、壊したらどうなるんだろうな。
……試しに、壊してみたら。
ひとつ、やってみるか。
やるのなら、水星からにして。
応、お前が然う望むのなら。
次は、木星で良いだろう?
……良いんじゃない。
良し。
……まぁ、漏れなく処分されるでしょうけど。
別に、構わな
水星の民と木星の民、一定数を強制的に。
内訳はまぁ、半々、かしらね。
……。
然うなったら目出度く、「月の民」の腹の中に収められることになる。
水星と木星にとっては、最善の忠義の尽くし方になるかも知れないわね。
「月の民」の血と肉になる為に、其の身を捧げるんだもの。
……今更。
木星と水星の民は、同族で共食いをする羽目になるわ。
其れと、知らずに。
……食わされているだろう、其れと知らず。
ええ、然うよ。
叛逆の民になんて、何の価値も無いもの。
生かす為に、生かされているだけで。
今となっては、月の民の一部だろう。
あたし達は、兎も角として。
然うね、けれどそんな言い訳が通用すると思う?
ましてや、太古の昔から然う呼ばれているのだから。
今は違うだろう。
本当に然う思っているの?
少なくとも、今を生きる民達には其の意は無い筈だ。
全ては、あなた次第。
……。
木星の民の長(おさ)であるあなたが、彼(か)の意に背いた時。
木星の民は……恐らく、あなたに付いて行くでしょう。
日頃から、特段に重い差別を受けているのだから。
……重いな。
忘れていたの?
……少し、な。
あなたが、直接処分されることは無いわ。腐っても、雷神だもの。
けれど、其れ相応なりの贄が必要となる。
贄、ね。
然う、贄。
分かりやすいでしょう?
あぁ、胸糞が悪くなる位にな。
其れで、どうするの?
今は、止めておく。
然う、残念だわ。
水星の民はどうなんだ。
お前に
付いてこないでしょうね。
然うか?
先代ならまだしも、誰が私に付いて来ると言うの。
お前だからこそ、付いてくる民は居るだろう。
居なくて良いわ。
其れは、お前の希望に過ぎない。
民はいつだって、其の通りには動かない。
意思を奪われぬ限り、な。
重い。
忘れてたか?
あなたと一緒にしないで呉れるかしら。
はは。
面白くない。
なぁ、マーキュリー。
……何。
寒くないか。
……別に。
あたしは、寒い。
臓腑まで、凍り付いてしまいそうだ。
あなたは無駄に熱いから、丁度良いのではなくて?
あたしの熱を冷まして呉れるのは、マーキュリー、お前だけで良い。
迷惑な話。
早急に代わりを見つけて欲しいものだわ。
残念ながら、見つからない。
なんせ、代わりは居ないからな。
代わりなら、
あたしのマーキュリーは、お前だけだ。
……勝手に決めて。
だからさ、戻ったら、
忙しいから、無理。
一緒に、茶でも飲もう。
お前だって、冷えているだろう?
冷えは、いつものことだから。
冷えは、躰に良くない。
幾らマーキュリーと雖も、な。
ジュピター。
美味い菓子もあるぞ。
気が散る、邪魔をするのなら
待っているよ。
……。
待ってる、ひとりには決してしない。
……ならば、黙って。
応。
……。
ひとつ、良いか。
いいえ。
あとどれくらいで終わる?
……。
……。
……あなたが邪魔をしなければ、四半刻。
然うか、分かった。
……。
……。
……
……独り言だ。
……どうぞ。
こいつは、もう、駄目そうだ。
瞳が、濁り切っている。遅かれ早かれ、他の部位も駄目になるだろう。
……。
処分するなら、早い方が良いと思う。
食うことすら、出来なくなる。
……どれ。
ん、独り言に反応して呉れるのか。
無駄口は良いわ。
右から、三番目。
躰は、大きいが……部品にするには、かなり難しいだろう。
……。
お。
……他に、気になるものは。
相変わらず、判断が早いな。
金星だったからか?
……無いのなら、黙って。
今の所……あ、いや。
……。
早いな。
……無駄な容れ物は、ひとつもないの。
此れが、次の胚か……もう、分裂が始まっているな。
……。
駄目になったのは、不具合が出た影響か。
……然うでしょうね。
度々、起こすな。
……完璧なものは、残念ながら無いの。
お前が完璧だったら、あたしという存在は要らなかっただろうから。
……もう、ないのなら。
む。
……。
こいつは……きれいな、青だ。
何処までも、澄んでいる……。
……。
……お前と、同じだ。
私は。
……。
私は……昏い、蒼よ。
……然うでもないさ。
……。
こいつは、順調に育っている……ように、見える。
……瞳の代わりには、ならない。
必要になる日が、来なければ良い。
……然うね。
ん?
……然うなったら、処分されるだけだけれど。
……。
どのみち……逃れることは、出来ない。
……矢っ張り、壊すか。
ええ……どうぞ。
そしたら、こいつは持って行こう。
……持って行って、どうするの。
育てる。
……は。
ふたりで。
……。
屹度、楽しいと思うんだ。
……莫迦なことを。
あたし達が来た時、先代はもう壊れた後だった。
いや、壊された後か。
……。
だから……あたし達は壊れることなく、ちびを育ててみたいと願う。
……戯言だわ。
今は、な。
……言っておくけれど、私はそんなに長く生きるつもりはないの。
其れでも、先代よりかは生きている。
……。
此れからも、あたしと共に生きよう。
……嫌よ。
まぁ、然う言わず。
な?
……。
と、悪い。
邪魔をした。
……ひとりだけ?
うん?
……育てるのは。
……。
……私は、育て
ふたり、だな。
……。
お前と、あたしだ。
……精々、頑張って。
ふたりで、な。
……。
あたしに、マーキュリーが育てられると思うか?
思わない。
はは、だろう?
……。
……ふたりだと、交代で見てやれるだろう。
……。
其れでさ、ジュピターの卵は……お前に、任せたいと思っているんだ。
……何を言っているの。
賢い奴にしたいと、思っている。
……。
とは言え、マーキュリーのようにはなれないだろうが。
……当たり前でしょう。
逢った頃のあたしは、酷かったろう?
……今も酷いわ。
其れを、幾らかでも……な。
……交代で見てやれると、言ったわよね。
あぁ、言った。
……マーキュリーの卵を、どうするつもり。
然うだなぁ……体力を、つけてやろうか。
あとは、雷神の戦い方を……と言っても、軽くだけどな。
……脳まで筋肉になりそうね。
はは、其れは大丈夫だろう。
……。
な……楽しそうだろう?
……然うは、思わないわ。
屹度、楽しいさ……。
……。
そろそろ、黙るよ。
……いいえ、必要無いわ。
ん?
終了。
お。
戻るわ。
応、戻ろう。
……。
ん、どうした?
別に、何でもない。
然うか。
……。
此処から出たら、あたしの部屋に来いよ。
言った通り、あったかい茶を淹れてやる。
……。
甘い菓子も、あるぞ。
……はぁ。
良し、決まりだ。
勝手に決めないで。
此処の作業で疲れたろう?
休憩は、大事だ。
あなたは、
さぁ、マーキュリー。
……。
行こうか。
……手を離して。
此処から出たら、離すよ。
……。
な、良いだろう?
……良くない。
ん、決まりだ。
……だから、勝手に決めないで。
……。
……ジュピター。
今日が終わったら、お前の部屋に行く。
……来ないで。
……。
……迷惑よ。
知ってる。
……。
其れでも……独りには、したくない。
……本当に、迷惑だわ。
悪いな。
……。
……。
……いつもより、熱くないわね。
うん、何が?
……あなたの、手。
12日
ログ14後の加筆修正をゆっくりですが、進めています。
支度は出来た。
あとは、メルが起きれば……そろそろ、声を掛けても平気かな。
……ぅ。
でも、良く寝てるみたいだし……もう少し、寝かせておいてあげようかな。
……ユゥ。
熱いから直ぐには冷めないし、若しも冷めちゃったら、また作れば良い。
うん、然うしよう。
……?
ユゥ……?
メルが、まだ起きないようなら……寝台に戻っても、良いかな。
寝ちゃわないように、気を付けて……けど、メルと一緒だと気持ちが良いから、寝ちゃうかも知れないな。
……。
やっぱり、止めて……でも、一緒に……少し、だけなら……多分……きっと、大丈夫。
ユゥ……。
よし、もう一度寝台に……?
……。
ん、あれ?
……もう、起きてるの。
お、おはよう、メル。
……おはよう、ユゥ。
ご、ごめん、起こしちゃった?
ううん……それより、なにしてるの。
……。
ん……くすぐったい。
躰を拭く、支度をしてたんだ。
からだを……?
起きたら一緒に拭こうって、約束したから。
……あ。
支度は出来ているから、いつでも拭けるよ。
……。
起きられそう?
……だいじょうぶだと、おもう。
もう、起きる?
ゆっくりでも、良いよ。
……ねぇ、ユゥ。
なぁに?
……先に起きて、躰を拭く支度をして呉れたの?
うん、起きたら直ぐに拭けるように。
……ありがとう。
へへ……どういたしまして。
……。
若しもまだ、起きないのなら
ううん、目も覚めたし……もう、起きる。
……そっか。
ユゥ……どうしたの?
う、ううん、どうもしない。
……。
大丈夫?
ん……大丈夫。
……。
ありがとう、ユゥ……でも、ひとりで大丈夫よ。
必要だったら、直ぐに言ってね。
ん。
着るのは、横に置いてあるけど。
……けど?
躰を拭くんだったら、着替える前の方が良いかな。
……何か羽織るもの、貸してもらっても良い?
あたしの上衣で、良いのなら。
……借りても、良い?
勿論。
待ってて、直ぐに出すから。
……。
んー……これが良いかな、洗ったばかりだし。
ね、メル、これで良い?
……うん。
じゃあ、ここに置くね。
ありがとう、ユゥ。
ん!
……。
躰を拭いたら、ごはんにしよう。
……ユゥが作るの?
ううん、今朝は師匠が作る番なんだ。
……起きているかしら。
多分、まだ寝てると思う。
躰を拭き終わるまでには、起きるんじゃないかな。
……起きないかも。
え?
……ゆうべ、先生と一緒だったら。
あー……然うだった。
……然うしたら、どうするの。
そしたら、あたしが何か作るよ。
何が良い?
……ユゥが作って呉れるものなら、
なんでも良いは、なしだよ?
……薄麦餅。
と?
……煮たお豆が食べたい。
甘いの?
それとも?
……甘いの。
それから?
それから……え、と。
汁物も要る?
要るなら、何が良い?
……お豆のが、食べたい。
ん、分かった。
豆豆だね。
……まめまめ。
豆豆?
……ふふ、ユゥったら。
えへへ。
然うだ。
……?
先生が好きなのも、作った方が良いよね。
先生も、食べていくと思うし。
……先生。
先生は、何が良いだろ。
……薄麦餅で良いと思う。
おかずは、何が良いかな。
……生のお野菜。
生の野菜か……何かつけるのか、かけるのが要るかな。
そのままでも、先生は気にしないわ。
然うなの?
……いつも、然うしているから。
んー……。
……何か、気になることでもあるの。
いや、師匠は何か作ってたよなって。
……。
メル、知ってる?
……橙の実を使った、甘酸っぱいの。
橙の実を使った、甘酸っぱいの……あ、あれか。
……自分では、作らないけど。
うん、分かった。
……。
ね、メルは何が良い?
……私?
メルも食べるだろ、生の野菜。
……私より、先生の好みに合わせた方が良いと思う。
ふたつ、作るよ。
……。
メルが好きなのと、先生が好きなの。
……でも、手間が。
手間なんかじゃないさ。
だから、ね? メルは何が良い?
……お野菜は、何を使うの。
んー、白くて丸っこい根とその葉っぱかな。
じゃあ……甘めで、酸っぱくないの。
甘めで酸っぱくない……橙の実は、使う?
……ん。
と、なると……ん、分かった。
あの、ユゥ。
ん、なに?
ユゥの好きなのは、
あたしは、甘いのも甘酸っぱいのも、どっちも好きだよ。
……お師匠さんの。
文句があるなら、自分で作って食べれば良いんだよ。
……。
そろそろ、羽織った?
躰、拭きに行く?
……ユゥのにおいがする。
え、くさい?
ううん、くさくない……。
ほ、他のに、する?
……これで、いい。
……。
……ふふ。
え、えと……まぁ、いっか。
……。
行こうか、メル。
ん……ユゥ。
……。
……静かね。
うん……だから、まだ寝てると思う。
……。
ふたりも、躰、拭くかな。
どうかしら……。
先生の分なら、用意するけど。
お師匠さんが、すると思う……。
それも、そっか。
……。
メル、先にどうぞ。
ん……。
足元、気を付けてね。
……湯気?
お湯にしたんだ。
お湯……。
あったかい方が、良いと思ってさ。
……。
水の方が、良かった……?
……ユゥだけだったら、お水だったのよね。
うん、あたしだけだったら頭から水を被っておしまい。
でも、メルはあったかい方が良いと思ったんだ。
……若しも、私が起きなかったら。
冷めたら、また、作れば良いんだ。
それくらい、何でもないよ。
……。
さ、拭こう。
あの……ユゥが先に。
はい、躰拭くやつ。
洗ってあるから、きれいだよ。
ユゥが先に拭いて。
んーん、メルが先。
……。
あ、見てない方が良い?
……じゃあ、ふたりで。
ふたりで?
……一緒にって、言ったでしょう?
……。
ね……然うしましょう?
う、うん、分かった。
……背中、拭いてあげる。
ほんと?
やった。
……。
じゃあ、あたしはメルの背中を……あ。
……ん。
メル……。
……はぁ。
あ、えと、さ、寒くない?
ん……平気。
そ、そっか……よ、良かった。
背中……お願いしても、良い?
う、うん……お願い、されたい。
……でも、あまりじっと見ないでね。
わ、分かった、あまりじっと見ないようにする。
……。
で、でも、少しなら良い?
然うしないと、背中、拭けないし。
……うん、少しなら。
……。
ユゥも、脱いで?
う、うん、直ぐに脱ぐ。
……。
……よし、脱いだ。
ふふ……。
は、はは……。
……。
ん……メル。
……やっぱり、きれい。
め、メルの方が、きれいだよ。
……筋肉。
き、筋肉……。
……背中も。
ん……。
……形も線も、本当にきれい。
メ、メル……。
……座って。
う、うん……あ。
……なぁに?
メルが、先に。
ううん……あなたが、先。
11日
大雪のニュースを見てパラレルのふたりに思いを馳せながら、青空でぽちぽち呟いています。
ん……来たな。
帰るわ。
中は、あったかいぞ。
然うでしょうね。
あなたは無駄に熱いから。
な……来るだろう?
行かない。
……来て呉れ。
嫌よ。
躰、冷えてないか?
別に、冷えてなんかいないわ。
……そんなことは、ないと思うな。
眠いのなら、寝たらどうなの。
言ったろ、待ってるって。
言ったわ……勝手に待っていてって。
だから……待ってたんだ。
……眠っていれば、良かったのに。
ん……。
……私は帰るわ、ジュピター。
……。
それじゃ、おやすみなさい。
……あぁ、おやすみ。
せいぜい、良い夢
ぐぅ。
……。
と言うことで、たった今、あたしは眠った。
……は。
若しも誰かがあたしの隣に潜り込んできても、眠っているから気付かないし、反応もしない。
……雷神として、有るまじき
「マーキュリー」以外には、反応する。
……。
まぁ、メルが来ることはないだろうが……ぐぅ、ぐぅ。
……はぁ。
いつでも、良いぞ……ぐぅ。
……ばかね、本当に。
あたしも、大好きだ……ぐぅ。
……あの子よりも、やることが稚拙。
ぐぅ……。
……良いわ、起きて。
応、起きた。
……。
来る気に、なって呉れたか?
いいえ。
マーキュリー。
……。
来て呉れ、マーキュリー……一緒に、眠りたいんだ。
あたしは、眠りたくないわ。
……じゃあ、もう一度。
二度も、付き合えと?
……。
はぁ……何もしないと、約束
する。
信用出来ないわ。
ただ、抱き締めたい。
何もしないのでは、なかったのかしら。
あぁ、何もしないよ。
抱き締めたいと、言ったわよね。
言った。
なら、
お前が何もするなと言うのなら、何もしない。
約束は、守る。
……。
あたしは、あたしの願いを言っただけだよ。
ただ、抱き締めたいと。
……然うね。
あたしの願いに応えるか応えないか、それを決めるのはマーキュリー、お前だ。
……。
……帰るのなら、
退いて。
……直ぐに。
出て呉れても、良いのだけれど。
それは、出来ない。
残念だわ。
……これで、どうだい?
……。
どうだ……あったかいだろ?
……未だ、入っていない。
ん、然うだった。
……。
……手、冷たいな。
いつものことだから。
……。
……熱い、離して。
熱を、やろうと思って。
……要らない。
熱伝導、だったよな。
……。
直ぐに、あっためてやる……。
……だから、要らないと言っているの。
……。
抱き締めないで。
……応、分かった。
……。
……腕は、要らないか?
枕があるから。
……然うか。
……。
ありがとな……マーキュリー。
別に……眠りたいから、入っただけよ。
あぁ、然うだな。
……。
じゃあ、おやすみ……マーキュリー。
……ジュピター。
ん……?
……少しなら、話をしてあげても良い。
……。
したくないなら、
なんだい、マーキュ
あなたはどうして、あの子にしたの。
……リー。
どうして。
……こいつだと、思ったんだ。
どれも、大して変わりないのに。
どれも大して変わりないだろうが、同じではなかった。
……。
あいつは、他のひとかたよりも少し小さくてさ。
……だから、同じではないと?
いや、それはあまり関係ない。少し小さいなと、思ったぐらいだ。
お前も、あいつを見た時に思ったろう?
……。
あいつはさ……容れ物の中で、うっすらと目が開いていたんだ。
……それは、ただの
何も映ることがない虚ろな瞳で、ただ、容れ物の外を見つめていた。
あたしが選ばなければ、あいつは……あいつの瞳は、あたしの部品になる。然うして、ばらばらになって、終わる。
だからあたしは、あいつを選んだ。
……目が、開いていなければ。
選んで、いなかったかもな。
……。
あいつを選んで、正解だった。
……どうして然う思うの。
お前が選んだのと、相性がとても良かったからだ。
……そんな理由。
大事だろう、あたし達にとっては。
……。
な……マーキュリー。
……触らないで。
済まない……手が、勝手に。
……あの子は、優しい。
大丈夫だ。
……何故。
あいつの優しさは、どこまで行っても、メル……マーキュリーだけのものだからだ。
……あの場所に行けば、他の存在も知るわ。
知ったところで、変わらないさ。
あたしも、然うだったろう?
……あなたは、ひたすら鬱陶したかった。
はは、それは良く言われたな。
今も、言われるか。
……だから、触らないで。
……。
ジュピター。
……お前は、どうしてあの子にした。
……。
お前があの子を選んだのは、どうしてだ。
別に……これが良いと思っただけよ。
どれも、大して変わらないだろう。
ええ、変わらないわ。
ならば、比べることもない筈だ。
多少の差はあるの。
誤差の範囲、だろう。
だとしても。
お前は、数値で選んだのか。
……然うよ。
然うか……お前らしいな。
……マーキュリーよ、私は。
……。
数は、絶対なの。
……実際は、然うでもないけどな。
……。
結果的に、ちび達の相性はとても良い。
あたし達ほどでは、ないにしても。
……。
ん……話はもう、仕舞いか?
……昏い、蒼だった。
うん……?
……あの子の、瞳の色。
あぁ……お前と同じ色だ。
……。
お前と同じ、澄んだ青だ……。
……ぞっとした。
は……?
……目が、合ったのよ。
……。
……同じ理由なんて、口が裂けても言えない。
マーキュリー……お前。
……だから、聞き流して。
いや……ちょっと、無理だ。
……然ういうところ、嫌い。
知ってるよ……よぉく、な。
……ずっと、ただの部品に過ぎなかった。
あぁ……ずっと、然うだった。
……。
だけど……もう。
……他のひとかたは、あの子達の部品になる。
あぁ、然うだ……ちび達が、壊れてしまわない限り。
……。
……傲慢、なんだろう?
ええ……然うよ。
……お前、気付いていただろう。
あなたも、でしょう。
……あまり、怖がらせてやるな。
私には……そんなつもりは、ないの。
……難儀だな。
放っておいて……。
……無理だ。
止めて。
……。
……止めて、ジュピター。
ごめん。
……。
……願いを、叶えて欲しい。
……。
……メル。
その名を……。
……。
……呼ばないで。
もう、呼ばない……。
……。
マーキュリーは、あったかいな……。
……嘘吐き。
命の熱を、感じる……。
……。
お前の命は……ちゃんと、此処に在る。
……ゥ。
叶うなら……あたしの、熱と。
……あなたは少し、熱すぎるわ。
溶け合えば、同じになる……。
……。
然うだろう……?
……本当に、厄介なひと。
10日
人生三度目の手術を受けることになりました。
手術と言っても、10分から20分くらいで終わる日帰り手術です。
とりあえず、命に関わることはなさそうなので、気負わずに受けようと思います。
一日は……青い星の時間だと、百七十六日。
一年は……?
ん、と……約……八十八日、だ。
……自転周期は、覚えてる?
うん、覚えてる……。
……何日?
約……五十九日。
だから、一日で……二年。
……。
青い星の時間で計算すると、一日で二年、経つことになる……んだよね?
然う……正解。
それから、八十八日間、昼が続いて……八十八日間、夜が続くんだ。
あと……太陽の周りを回る速さは、一定じゃない。
……それは、どうして?
えと……きんじつ、てん?
それに近くとなると……公転のなんとかよりも、自転のなんとかの方が小さく……違う、大きくなるんだ。
……ユゥ。
あ、間違ってた……?
ううん……ちゃんと覚えて呉れてる。
そ、然うかな。
うん。
えへへ……然うだ。
なぁに?
東から昇ってきた太陽が、突然止まったと思ったら、東に戻ってしまって、それでまた、昇ってくることがあるんだよね?
……。
あ、あれ、違った?
……ううん、違わない。
よ、良かった。
……東から昇ってきた太陽が止まったように見える理由は分かる?
公転と自転のなんとかって速度が、等しくなるから。
……。
だよね?
……うん、合ってる。
へへ、やった。
……ありがとう、ユゥ。
ん?
私が、あなたに教えたこと……ちゃんと、覚えていて呉れて。
メルが、分かりやすく教えて呉れたからだよ。
でも、難しいことはまだ覚えきれてないから、だからもっとお勉強して、ちゃんと覚えようと思ってるんだ。
月で生きるのに、必要のない知識なのに。
必要ないかも知れないけど、あたしにとっては、とっても大切なことなんだ。
だって、メルの星のことだから。
……。
メルの星のこと、もっと覚えたいしもっと知りたい。
だからさ、もっと教えて欲しいんだ。ね。
……うん、私で良ければ。
へへ……。
……ところで。
へ。
青い星の時間のことは、ちゃんと覚えてる?
……青い星の?
然う……青い星の一日は、何時間?
え、えと……。
月でも、使われている時間だから……ちゃんと、覚えないとね?
う、うん……。
それで、何時間……?
……に、
に?
……にじゅう、なんじかん。
……。
二十……えと、二時間だったかな……。
……不正解。
あー……。
青い星の一日は、約二十四時間。
にじゅうよじかん……にじゅうよじかん……よし、今度こそ。
青い星の一年は、何日?
うえ。
……ん?
ま、待って……えと……確か、三百……。
……。
……ごじゅう、ろく?
不正解。
あーーー……。
正解は、約三百六十五日。
さんびゃく、ろくじゅう、ご……にち。
四年に一度、閏年と呼ばれる年があるのだけれど……その年の一年は、何日だと思う?
それは分かる、三百六十六日だ。
……。
一日足すって、メルに教えてもらった!
ふふ……正解。
やった!
では、どうして閏年があるの?
……え?
どうしてずっと、約三百六十五日ではないの?
それ、は……。
……それは?
……。
思い出せない?
……約、だから。
うん?
厳密に言うと、一年はぴったり三百六十五日ではないから。
余分な時間があるから。
……。
四年に一度なのは……えと……然う、四年で余分の合計が一日になるから。
……ユゥ。
だから、四年に一度、三百六十六日になる年がある。
その年を、閏年って言ってるんだ。
……。
ち、違う……?
ううん、違わない……すごいわ、ユゥ。
あ。
……ちゃんと、覚えてる。
メル……えへへ。
……もう、教えることはないかも。
そんなことはないよ、もっともっと教えてもらわないと。
一ヶ月は何日か、とか。
それは、暦表を見れば分かるわ。
暦表の見方を、また教えて欲しい。
……。
だ、だめ?
……見方って、何を教えれば良いの?
え。
ユゥはもう、ちゃんと見られる筈なのに。
えと……えと……ほ、ほら、何月って、言い方があるだろ?
あるけど……それも、暦表に書いてあるわ。
そ、然うなんだけど……。
……。
然うなんだけど……もっと教えて欲しいんだ、青い星の時間のこと。
……。
と、時計の見方、とかも……。
……ふふ。
だ、だめ……?
……ううん、良いわ。
ほ、ほんと?
ん……本当。
よ、良かった。
……。
んー……メル。
……月の民には。
え……?
月の民には、年齢を数えるという概念はないの。
あぁ、うん……然うみたいだね。
ユゥは、どう?
あたしは……んー、まだ良く分からない。
メルは?
私も……良く、分からない。
そっか、同じだね。
……私達の歳の数を詳しく知っているのは、先生だけれど。
先生?
……マーキュリーだから。
あ、そっか。
……ユゥは、知りたい?
いや、別に良いかなぁ。
……どうして?
教えなきゃいけないことなら、先生は教えて呉れるだろ?
……。
然うじゃないのなら、別に良い。
あたしは、メルと一緒なら、それで良いんだ。
……ユゥらしい。
メルは、知りたいかい?
私は……知りたくない。
じゃあ良いんじゃないかな、知らなくても。
……だけど。
だけど?
……ユゥと出逢って何年かは、知っておきたい。
……。
だから、だからね……私、数えているの。
メル、数えてるの?
うん……でも、出逢った頃はまだ自我が曖昧だったから。
数が正しいか、分からない?
……いつか、先生に確認したいと思ってるの。
ふぅん、然うなんだ。
……ごめんね、勝手なことをしていて。
ううん、別に良いよ。
……。
師匠もさ、最初はちゃんと数えてはいなかったって。
青い星の時間のことは、一応、分かってたみたいだけど。
……数えるのが、面倒?
師匠らしいだろ?
ふふ……然うね。
だけど、途中で気が変わった。
だから、あたしも変える。
……?
あたしも、知りたい。
メルと出逢って、どれくらい経ったか。
ユゥ……。
年齢とは、違うと思うけどさ。
……うん。
でも、良いんだ。
メルと一緒に生きてきた時間が、あたしは知りたいんだから。
一緒に、生きてきた……。
違うかな。
……違わない。
ふふ、良かった。
……ユゥと生きてきた時間、だから私は。
ん?
……ね、今度。
一緒に、先生に聞こうか。
……うん、一緒に。
じゃあ、約束だ。
ん……約束。
へへ。
ふふ。
ねぇ、メル。
なぁに、ユゥ。
年齢を数えるのなら、青い星の時間で計算するんだよね。
だったら、ふたりで生きてきた時間も青い星の時間で計算してる?
ん……だけど、月古来の時間でも数えているの。
月古来の?
……覚えてることを、言ってみて?
えーと……月の一日は、青い星の一ヶ月よりも少ないくらい。
……。
月が青い星を一周するには……青い星の時間で約二十七日、かかる。
……青い星が太陽を一周する時、月は青い星を何周している?
んと……365を、27で割るから……およそ13と3分の1くらい。
ん……正解。
青い星にとっての一年は、月にとって……およそ十三日と、三分の一……あれ、およそ十二日と三分の一だっけ。
自転と、太陽が同じ位置に来るまでの時間は、違うんだよな……となると……うーん?
ふふ……それは今度、詳しくね。
うん、今度教えて。
ん。
ね、水星時間でも数えてるの?
それは……まだ、変換してない。
いつか、してみる?
……ん、いつか。
じゃあ、木星時間でも。
ふふ……それも、いつかね。
うん、いつか。
……。
あたしの場合、まずは青い星の時間をしっかりと覚えることかな。
……ユゥはもう、ほとんど覚えているから。
メルにもっと、詳しく教えてもらうんだ。
……。
だけどさ、月にも月の時間ってのがあるのに、どうしてそっちを使わないんだろう?
それは……遥か昔のクイーンが、然う定めたから。
なんで然う定めたんだろ。
詳しいことは、記録が残されていないから、分からないのだけれど……その方が、青い星を見守るのに都合が良かったのかも知れないわ。
ふぅん……都合が良い、か。
まぁ、別に良いけど。
……。
……。
……ん、ユゥ。
ぎゅっと、したくなった。
……急に?
うん……急に。
……。
……ぎゅっと、するだけ。
それいじょうは、しない……?
……うん、しない。
……。
だから、メル……メルも、ぎゅっとして。
……ねぇ、ユゥ。
あ、やだ……?
……ううん、いやじゃない。
……。
あのね……起きたら、躰を拭きたい。
躰?
……わがまま、いってもいい?
うん、いいよ……起きたら、一緒に躰を拭こう。
……いっしょに?
だ、だめ?
……んーん、いい。
9日
初期の木星と水星のイメージ?宝石はサファイアだったんですね。
占星術で木星を表す石がイエローサファイアと言われているからかなぁ。
因みに木野さんの好きな宝石であるエメラルドは、水星の石と呼ばれているようで。
どっちにしろ、お揃いみたいで良いですね。
拍手、ありがとうございます。
まだまだ落ち込んではいますが、なんとか踏ん張ろうと思います。
美味かったよ。
……何が。
芋。
私は、潰しただけ。
潰し加減が絶妙だった。
味付けは全て、あの子。
味付けもまぁまぁ良かった、文句無しだ。
まぁまぁなのに?
美味けりゃ、それで良いのさ。
あいつへの気持ちも、目一杯詰まってるようだったしな。
気持ちで美味しくなるのなら、努力は要らないわね。
いや、努力は必要だ。
気持ちがなければ、上達はしない。上達しなければ、美味いのは作れない。
ちびへの目一杯の気持ちがあるから、あの子は、ちびに美味いものを作ってやれる。
な?
何が、な? なの。
芋の潰し加減があたし好みで、とても絶妙だった。
叶うなら、もう一度食いたいと思う。
嫌よ。
まぁ、然う言わず。
あの子の日にでも、な?
あなたに任せるわ。
あの子、あなたが作るものが好きだから。
お前が作るものだって、あの子は好きさ。
今日だって、美味そうに
あなたが作ったものを、美味しそうに食べていたわね。
芋だって、食ってただろう?
食べていたのは主に、あなたと主役の子。
羹だって、
羹を作ったのは、あの子よ。
は?
あの子が、作ったの。
いや、羹はお前が作るって。
あの子が、どうしてもユゥに作ってあげたいと言ったから。
だから、私はあの子に任せたの。
……。
嘘だと思うのなら、
思わない。
……その理由は?
ちびがにこにこしながら、何よりも美味そうに食って、何杯もお代わりしていた。
あの子も、嬉しそうによそっていた。よそうたびに、熱いから気を付けてなどと言って。
つまりは、然う言うことだろう。
……私が作ったものでは、お代わりしなかったかもね。
いや、それはそれで、していただろうよ。
ただ、あの子が嬉しそうによそわないってだけだ。
……。
然うか、あの羹はやっぱりあの子が作ったのか。
……気付いていたんじゃない。
お前が作ったにしては、ちと味が薄いと思っていたんだ。
……。
ん、どうした?
……何が?
いや、なんでもないんなら、別に良い。
なんでもないんなら、な?
……。
あの子が作った羹は、野菜の味が良く出ていて美味かったが、あたしの口にはちと味が薄い。
あたしにはやっぱり、お前の味が一番合っている。
……あ、そ。
お前が作っていたら、ちびの分まで食っていただろうからさ。
然う考えると、あの子が作って正解だったな?
……お代わりしていたくせに。
そりゃあ、するさ。
味は悪くないんだから、ちと薄いだけで。
……。
なんだ、ひょっとして面白くないか?
どうでも良いわ、そんなこと。
面白くないんだな。
あなたが、此処に居ることがね。
此処は、あたしの部屋だからな。
知ってるわ。
兎に角、今日の一番は芋だ。とても美味かった。
気が向いたら、また、食わして欲しい。
……味付けは、
その時の味付けは、お前が良いな。
……あの子の方が、上手よ。
いや、あたしの中ではお前が一番だ。
……。
あたしは、お前の味が一番なんだ。
物好き。
はは。
はぁ。
ん、疲れたか?
あなたのせいでね。
然うか。なら、今夜はもう休むとするか。
今日は、慣れないこともしただろうしな。
あなたは、
話の続きがあるならば、寝台の中でしよう。
幾らでも、聞いてやる。
分かった。
うん。
私は、帰るわ。
うん?
あの子には、然う言っておいて。
ま、言わなくても良いかも知れないけれど。
帰るのなら、
結構よ。
……。
離して。
と言われて、離すと思うか?
思わないわ。
だろう……?
……嫌いよ、あなたなんか。
あたしは、愛してるよ。
……。
心から……な。
……口説いているつもりなの。
あぁ……そのつもりだよ。
……今夜は、そんな気分じゃないわ。
なれない、か……?
……。
ならば、それでも良いさ……。
……離して。
帰したくないから、離さない。
……書物が、読みたいの。
書物……?
……満足に読めていないの、だから離して。
芋を潰すのにで、か?
……然うよ。
ありがとな。
……あなたにお礼を言われる謂れはないわ。
ちびの言葉だと思って呉れ。
あの子にはもう言われた。
それで、十分よ。
あたしからも、言わせて欲しいんだ。
嫌よ、聞きたくないわ。
……。
ん。
……なぁ。
ちょっと。
……後悔は、ない。
は?
……あいつを、選んだこと。
急に、なに。
……どれも、同じだと思っていたんだ。
……。
けど、同じではなかった。
……後悔は、ないのでしょう。
あぁ、ないよ。
……なら、それで良いじゃない。
然うだな……。
……何よ、今更。
ちび達の日なんてものを、わざわざ作って……な。
……。
……お前が、乗って呉れるとは思わなかった。
気晴らしぐらいにはなると……然う、思ったからよ。
……無駄な時間だと、切り捨てられると思っていた。
一度は、切り捨てたわ。
……然うだったか。
そんなことをする意味が分からない、と。
……あぁ、然うだったかもな。
だけど、あなたは聞かなかった。
……。
怠惰と傲慢に満ちた、こんな吹き溜まりのような世界で。
惰眠を貪るかのように、ただただ、無為に生きる。
そんな風には、成って欲しくないと。
……。
だから……仕方なく、乗ってあげたの。
……考えてみれば、あいつらは一般の民とは違うんだよな。
考えなくても、分かるわ。
……。
別に、止めても良いのよ。
……いや、続けたい。
……。
ちび達が、がっかりするだろう……止めてしまったら、さ。
……甘いのね。
お前には、言われたくないなぁ。
……は。
……。
いい加減、離して。
……離したら、一緒に寝台に行って呉れるか。
言ったでしょう……書物が読みたいの。
……今夜でなくちゃ、だめか。
今夜の時間は、今しかないわ。
……。
……ただの傲慢よ、そんな感情は。
何も、言ってないじゃないか……。
……反吐が出る。
……。
ジュピター。
……相変わらず、目は笑わないのな。
あなたは、数在るひとかたの中から、あの子を選んだ。
ただ、それだけのこと。
……お前も、然うか。
ええ……私も、然うよ。
……然うか。
さぁ……離して。
……うん。
……。
書物……やっぱり読むんだよな。
……ええ、読むわ。
分かった……じゃあ、先に寝台に行っているよ。
……私が、その寝台で眠るとは限らないわよ。
お前は、来て呉れるさ。
……。
……待ってるよ、マーキュリー。
ええ……勝手に、待っていて。
8日
Xのアカウントが凍結されてしまいました。
異議申し立てはしたのでとりあえず返事を待とうと思いますが、長く使っていたのでやっぱり少し落ち込んでいます。
去年、サイトの引っ越しをした時もそうだったのですが、自分がやってきたものが消えてしまうというのは悲しいと思わずにはいられません。
いつもだったら、Xに呟くことなのですが。
私は、前世の少年期であるユゥとメルが可愛くて仕方ないのです。
おいしいごはんを食べて、時には湯浴みをして、そしてあったかいお布団で眠って欲しいと思いながら、いつも書いています。
……んぅ。
……。
ごはん……どこ……。
……。
ここ……どこ……。
……。
ん……ん……?
あれ……?
……ゥ。
メル……?
……。
メルが、ねてる……?
……。
んー……やっぱり、メルだ。
ふふ、うれしいな……ぎゅっとしても、いいかな。
……ぅ。
あ……おこさないように、おこさないように……そっと……そっと。
……。
ん……ふふ、いいにおい……メルは、いつだっていいにおい。
ごはんとはちがう、いいにおい……もしかしたら、ごはんよりもいいにおいかも。
……。
……そうだ、ごはん。
あたし、みんなとごちそうをたべて……おなか、いっぱいになって。
……。
んと……それから、どうしたんだっけ?
んん……?
……ふ。
あ、と……しずかに、しずかに……メルが、おきちゃわないように。
……。
うん……まぁ、いいか。
メルがとなりでねてるってことは……たぶん、ねるじかんなんだ。
……。
こんやは、メルといっしょ……あさまで、いっしょだ……。
すごく、うれしいな……このまま、ねてもいいんだ……。
……。
メル……やらかい、メル……だいすきだ、メル……。
……ユゥ。
んお……?
……ごめんなさい、ユゥ。
メル……おきた?
……。
も、もしかして、おこしちゃった……?
……ううん、ちがうの。
ごめんね、メル……おこしちゃって、ごめん。
私こそ、ごめんなさい……。
……?
どうして、メルがあやまるの……?
私が、ユゥを起こしちゃったから……?
メルが、あたしを……?
なんで……?
せっかく、良く眠っていたのに……私が、隣に入ったから。
なにが、わるいの……?
……起こしちゃったから。
んーと……。
……。
メルはぜんぜん、わるくないよ。
メルがとなりにきてくれて、あたしは、とってもうれしいんだ。
いっしょにねむれるのが、すごく、すごく、うれしいんだ。
……わたしも、ユゥがいてくれて。
うれしい……?
……とても。
そっか……へへ、よかった。
……。
メル……さむいの?
……ううん、へいき。
だけど……からだが、ふるえたような。
……ユゥが、ぎゅってしてくれたから。
え……?
……だから、さむくない。
さむかったら、いくらでもするよ……。
……もう、さむくないの。
さ、さむくなくても、するよ……メルが、してほしいって、おもってくれるなら。
……。
は、はなしたほうが、いい……?
……はなさないで。
う……。
はなさないで……ユゥ。
メル……うん、わかった。
じゃあ、はなさない……。
……うん。
……。
……ねぇ、ユゥ。
なぁに、メル……。
……ごちそう、おいしかったね。
ごちそう……うん、すっごくおいしかった。
……昨日は、ユゥの日。
きのう……?
もう、かわった……?
うん……つい、さっき。
そっか。
……。
昨日は、あたしの日……でも。
……でも?
あたしの日って、なんだっけ……。
……ユゥが、お師匠さんに選ばれた日。
あたしが、師匠に……。
……憶えていないかも、知れないけど。
うん、憶えてないや……。
……然うよね。
メルは、憶えてる……?
……ううん、私も憶えていないの。
メルが憶えてないなら、あたしが憶えてるわけないな……。
……容れ物から出されたばかり、だから。
いれもの……?
……なんでもない。
……?
昨日は、ユゥの日……私にとっても、大事な日。
メルにとっても……?
……うん、私にとっても。
へへ……そっか。
ユゥの日が、あるということ……それだけ、憶えておけば良いと思うの。
うん、ずっと忘れないでおく……。
……ん。
メルの日も、ちゃんと憶えてるよ……。
……ほんと?
もちろん……メルの日だけは、絶対に忘れない。
……ありがとう、ユゥ。
あたしも、ありがとう……メル。
ん……ユゥ。
……ね、くちづけしても、いい?
え……。
……だめ?
……。
だめなら、いいんだ……ごめんね。
……ううん、して。
いいの……?
……してほしいの。
メル……。
……。
……かお、あげてくれる?
うん……ユゥ。
……。
……ね。
なに……?
……すき。
……。
だいすきよ……ユゥ。
……あたしも、だいすきだ。
ユゥが、きてくれて……ユゥがあなたで、よかった。
……。
ん……。
……あたしも、メルでよかった。
ユ、ゥ……。
……つづき、してもいい?
……。
いや、かな……。
……つかれて、ない?
つかれて……?
……すぐに、ねちゃったから。
……。
ごちそうをたべて、おなかいっぱいになったら……。
……あぁ、だから。
つかれてると、おもうの……。
……寝たから、平気だよ。
でも……ん。
……メルは、疲れてる?
わたし、は……。
……つかれてるなら、これいじょうは、しない。
……。
お勉強をしたり、ごはんを作ったり……今日は、大変だったろうから。
……つかれてる、けど。
けど……?
……ユゥのねつが、ほしい。
あたしの、ねつ……。
……くれる?
いくらでも……いくらでも、あげるよ。
……。
……そういえば、ふたりは。
まだ、へやに……。
……じゃあ、やさしくするね。
ユゥは……どんなときだって、やさしいわ。
……。
あん……。
……やさしく、したいんだ。
ユ、ゥ……。
……メルのことが、たいせつだから。
あぁ……。
……メルの舌、今は熱いかな。
わからない……わからないけど、つめたくはないとおもう。
確かめてみても、良い……?
……たしかめて。
……。
……ふ。
……。
ふ、ぁ……ん、……んん。
……はぁ。
ユ……んっ、……。
……。
……ん、……んん。
……。
は、ぁ……ん。
……つめたく、ない。
ほん、と……?
……ちゃんと、あったかいよ。
よかっ、た……。
……それに、あまい。
……。
きょうたべた、ししょうがつくった、かんみよりも……。
……そんな、こと。
ほんとうだよ……。
……あ、あぁん。
ふふ……こえも、あまい。
……ね、ぇ。
ん……なぁに。
……ユゥ、も。
あたしも……?
……あまいわ、とても。
……。
ほんとう、よ……。
……そっか。
そうなの……。
……ね、メル。
なぁに……ユゥ。
……とっても、だいすきだ。
ふふ……なぁに、それ。
へへ……変、かな。
……ユゥらしい、かも。
うん……じゃあ、いいや。
……。
ここ……なめても、いい?
きかないで……。
……ん、ごめん。
すきに、して……。
……。
……ユゥ。
メル……。
……あらためて、おめでとう。
……。
もぅ……おぼえてるって、いったじゃない。
あ、そうだった……おめでとう、なんだよね。
……もぉ、ユゥは。
えへへ……。
……。
……メルの日になったら、あたしも言うんだ。
なんて……。
……おめでとうって。
わすれない……?
……大好きなメルのことは、絶対に忘れない。
……。
……愛してる、メル。
ぁ……。
……。
わたしも……あいして、る。
……。
あなたが……ぁ、いて、くれるから……っ。
……。
ん……っ、……、……。
……こえ、がまんしてないでいいよ。
……。
だいじょうぶ……きこえないよ。
……け、ど。
だって……ふたりも、きっと。
……。
ね……そうだろ?
……そう、ね。
だから……きかせて。
……あまりにも、おおきかったら。
……。
……ふさいで、くれる?
メルが、そうのぞむなら……そのとき、は。
……ん、ぁっ。
……。
……ふさい、で。
7日
-Places of Soul(前世・少年期)
これ、先生が作ったの?
と言っても、お芋を潰しただけよ。
先生って、いつも茹でたのをそのまま食べてるからさ。
ちょっとしたことでも、手間がかかることはやらないと思ってた。
潰しながら、何かぶつぶつと言っていたわ。
何か?
若しかして、文句?
ううん……多分、何かの暗唱だと思う。
あんしょう?
内容は、良く聞き取れなかったの。
声が、くぐもっていて。
そ、そっか。
とりあえず、文句ではなかったと思うから。
うん、良かった。
運ぶのを手伝ってもらっても、良い?
ね、味付けは?
え。
若しかして、メルがしたの?
……うん、一応。
そっか!
だから、あまり
ふふっ、楽しみだな!
……期待、しないで。
え、どうして?
その……口に、合わないかも。
そんなことない、メルが作るごはんはいつだって美味しいんだ。
だから絶対、あたしの口には合うよ。
……。
勿論、師匠の口にも!
……然うだと、良いけど。
然うだって!
大丈夫さ!
……。
然うだ、ちょっとくらいなら食べても良いかな。
まだ、ふたりが来ていないわ。
だから、ちょっとだけ……ちょっとだけ、ね?
……お腹、空いているの?
うん、空いてる。
だから、良いだろ? ね?
……もぅ。
やった。
まだ、良いって言ってない。
あれ。
……。
メル?
ねぇ、ユゥ。
な、なに。
味見を、お願い出来る?
味見?
このまま出すのは、やっぱり自信がないの。
分かった、任せて。
物足りなかったら、遠慮なく言ってね。
うん、言うよ。
……それで、調整してもらえたら。
多分、大丈夫だと思うけど!
……。
それじゃあ、いただきま
あ、待って。
うぇ?
手で直接は、だめ。
あ、そっか。
待ってて。
うん。
……。
ふふ、美味しそうだなぁ。
はい、ユゥ。
ん、ありがと。
じゃあ、お願い。
うん、お願いされた。
だけと、いっぱい食べないでね?
うん、ちょっとだけ。
味見、だもんね?
……うん。
じゃ、いただきます。
……はい、召し上がれ。
……。
……。
……んー。
どう……?
うん、美味しい。
……本当に?
うん、本当に。
だから、もう一口……。
あ。
……うん、やっぱり美味しい。
ユゥ、それ以上は、
薄くもなく、濃くもなく、絶妙な塩梅だ。
芋も、程良く潰れてるし……うん、これなら師匠も美味しいって言うよ。
……本当?
うん、本当!
メルはごはんを作るのが上手だなって言うと思う!
……。
あたしも、然う思ってるよ!
……ユゥが、丁寧に教えて呉れるから。
……。
ユゥ。
ん?
それ以上は、だめよ?
分かってる……分かってるんだけど、もっと食べたい。
もう少ししたら、ふたりが来るから。
それまで、
味見したら、お腹がもっとって……言ってるんだ。
ユゥ、だめ。
……うん、お腹空いた。
え、えと……然う、他のものも味見してもらっても良い?
……他の?
羹も作ったの。
羹?
う、うん。
……さっきから。
え、なに
さっきから良い匂いがするなって、思ってたんだ!
あ、あぁ。
やっぱり、羹だったんだ。
然うじゃないかなって、思ってたけど……ふふ、当たりだ。
……味見してもらっても、良い?
うん、勿論!
味見、したい!
じゃあ、また待っててね。
うん、待ってる。
お芋は、もうだめだからね。
うん、ふたりが来るまで我慢する。
……。
ね、ね、羹もメルが作ったんだろ?
……本当は、先生が作る予定だったんだけど。
具はなぁに?
……ユゥとお師匠さんが作ってる、お野菜。
ふふ、そっか。
……。
うー、楽しみだな。
……お待たせ、ユゥ。
あっ。
熱いから、気を付けてね。
……。
……?
ユゥ……?
……これだけ。
味見だから。
そっか……然う、だよね。
……。
じゃあ……いただきます。
……うん。
……。
……どう?
ん……美味しいよ。
……もう少し、濃い方が良い?
ううん、これくらいで良いかな。
良く煮込まれているから、野菜の味が良く出ていて美味しい。
……。
はい、メル。
返すね。
……ね、ユゥ。
なに……?
……もっと、食べる?
え、良いの?
うん……羹なら。
食べる!
……待ってて。
やった、やった!
……はい、どうぞ。
ありがとう、メル。
ううん……でも、ふたりには内緒ね?
うん、内緒だ。
……。
……あっつ。
大丈夫?
ん、大丈夫。
見せて。
うん。
……ちょっと赤くなってる。
大丈夫さ、これくらい。
……もう一度、出して。
本当に大丈夫だよ。
ほら、水もあるし。
……ううん、念の為。
ん、そっか。
……。
……?
メル……?
ごめんなさい……舌を出したまま、じっとしていて。
……ん。
……。
……ん?
……。
……っ。
……動かないで。
ん……っ。
……。
……。
……ん、おしまい。
ひんやり、した……。
……舌、どう?
うん……ひりひり、しない。
然う……良かった。
メル……何を、したの?
……冷やそうと、思って。
メルの舌、冷たかった……なんで?
……水気の流れを、舌に集中させて。
そ、そんなことも、出来るの……?
……出来るか、分からなかったのだけど。
若しかして、初めてやったの?
……良かった、成功して。
……!
ん……ユゥ?
き、気持ち良かった。
……え?
も、もう一度、良い?
もう一度って……でももう、大丈夫なんでしょう?
だ、大丈夫だけど!
なら……ん。
……。
……ユゥ、んん……っ。
……。
……ま、まって。
ま、待てない。
あ、羹を、食べるんじゃ……んん。
……。
……ふ、……ん。
……。
……は、ぁ。
メル……。
……もう、ユゥのばか。
ごめん……でも。
……あつもの、もういらないの。
い、要るよ。
……。
だけど、メルも欲しい……。
……今は、だめ。
……。
……だめ。
はい……。
……もう、しない。
え。
……今度は、水で。
ま、また、して欲しい。
……知らない。
み、水より、メルのひんやり舌の方が、治るから。
……水でも。
メ、メルが良いんだっ。
……。
……もう、無理矢理口付けたりしないから。
ほんとうに……?
……が、頑張る。
……。
メル……。
……わざと。
え、な、なに……?
……わざと、火傷しようとしないでね。
し、しないよ、するわけないよ。
だって、火傷も痛いし。
……約束よ。
う、うん、約束だ。
……。
あ。
……ふたりが、来たわ。
来ちゃった……。
……ユゥ?
な、なんでもない。
は、運ぶの、手伝うよ。
ん、お願い。
うん、任せて!
……。
とりあえず、これを持ってくね。
ユゥ。
ん?
……。
……あ。
……運んで呉れる、お礼。
あ、あぁ……。
……ありがとう、ユゥ。
ど、どういたしまして!
……ふふ。
あ、あの、メル、
今は……だめ。
……はい。
ね。
な、なに?
……楽しみね。
よ、夜が?
然うじゃなくて。
え、えと。
四人で、ご馳走を食べること。
6日
マーキュリー。
……。
そろそろ、朝ごはんが出来るよ。
……然う。
起きられそう?
……ええ、問題ないわ。
ごはんは、どうだろう?
食べられそうかい?
……軽くは、食べるつもり。
お茶は、何が良い?
……清涼感が、あるもので。
ん、分かった。
……はぁ。
あの後、眠ってしまったみたいでさ。
……でも、長い時間ではなかったみたいね。
幸い、ね。
着替えは、此処に。
……ありがとう。
ゆっくりで良いよ。
ううん……折角の朝食が冷めてしまうから。
大丈夫、マーキュリーの支度が出来る頃に並べるから。
……。
ん? どうした?
……ううん、何でもない。
手伝いが、必要だったら。
ありがとう、でも必要ないわ。
はは、そっか。
……。
ねぇ、マーキュリー。
……何。
今日の予定は?
……プリンセスへの講義以外は、いつも通りよ。
変わったことはない?
今の所は……ね。
昼は、
一緒に食べましょう。
やった。
……迎えに、
行くよ。
……ん、待ってる。
いつもの場所で良い?
……うん。
楽しみだな。
……まだ、朝食も食べていないのにね。
気が早い?
でも、良いだろう?
……だめとは、言わないわ。
ふふ。
……ね。
なんだい?
……良い匂いね。
食欲が湧くようにね。
……ゆうべ、ご馳走を食べたのに。
ゆうべはゆうべ、今朝は今朝だよ。
三度の食事は、ちゃんと摂らないとね。
……ふふ。
お。
なんだか、お腹が空いてきたわ。
それは、何より。
……。
プリンセスへの講義があるなら、軽くでも、しっかり食べないとね。
ふふ……何よそれ。
だって、大変だろう?
プリンセスにお勉強を教えるのは。
……まぁ、然うね。
そういや、今日の講義は何をするんだい?
……。
マーキュリー?
……さて、何をしようかしら。
ん、考えてないの?
いいえ、考えてはいるわ。
然うだよね、吃驚した。
……でも。
何か、気になることでもあるの?
……宿題、ちゃんとやってあると思う?
宿題?
……然う、宿題。
あー……どうだろうなぁ。
なんとなく、机に向かっているようには見えなかったけど。
……何度か、声は掛けたの。
返事だけ?
……返事だけは、良くて。
えと……出した宿題は、難しいものなのかい?
ううん……難しいものでは、決してないわ。
何を出したんだい?
……。
マーキュリー……?
……暦と、時間。
え。
……。
まだ、そこなの?
……然う、まだそこなの。
青い星との関係性について、覚えられない?
それなら、分かるけど。
……その段階にすら、進めていない。
月古来の、ではないんだろ?
……ええ、月古来のものではないわ。
いや、それは流石に……だって、暦表と時計があるじゃないか。
見方を、覚えられないみたいで。
嘘だろう……あたしでさえ、わりと直ぐに覚えられたのに。
……嘘ではないから、どうしようかと考えているの。
月のプリンセスならば、それくらいは覚えておかないと駄目だろう……幾ら、無頓着とは言えさ。
……ジュピターなら、どう教える?
あたし?
……参考までに、聞かせて。
あたしは、先生とメルに教わったから……うーん、どう教えようかな。
……いっそのこと、マーズに任せてしまっても良いのだけれど。
それは……余計に、覚えられないんじゃ。
……然うすれば、他のことを教えられるから。
他のことって?
……数の数え方。
は?
……。
ま、待って、どういうこと?
……苦手、みたいで。
三桁以上……?
……二十一以上の、二桁。
は、はぁ?
……手足の指の数以上は、未だに数えられないの。
四則演算は……?
……二十までの加減が、やっと。
……。
……乗除には、いつ辿り着くか。
勉強は苦手だとは、聞いてはいたけれど……そこまでとは、思わなかった。
……そもそも、学びそのものが嫌いなの。
けど曰く、生きるってことは学ぶことだろう……?
……然うね。
嫌いだからって、逃げ回っていたら……ましてや、プリンセスが。
将来はクイーンとなって月の統治、そして青い星を見守っていかなければならないってのに。
……好きで、プリンセスに生まれたわけじゃないそうよ。
あー……それを、言うか。
使命の為に、生まれてきたわけじゃないとも。
……。
……もう何度も、言われているわ。
何度もって……気持ちは、分からなくもないけど。
だけど、それを言ってしまったら……あたし達は、やってられないよ。
……。
若しかして、歴代の「プリンセス」も然うだった?
それなら、まだ……。
……あなたも知っている通り、先代はとても覚えが良かったそうよ。
先代は、まぁ……今でも、然うだし。
……先々代も。
は……。
……記録上で、そこまでの方は。
あくまでも記録上、だろ……?
……然うね、所詮は記録上よね。
……。
……。
マーキュリー……若しかしないでも、今のプリンセスは。
……それ以上は、言わないで。
いや、でも、マーキュリーの教え方で覚えられないって。
……ジュピター。
……。
……。
……文字は。
……。
文字は、覚えているんだろう?
たまに、とても短い……ちょっと間違えがある、手紙をもらうことがあるし。
……間違えがあるところで、察して。
読み書きも、苦手なのか……。
ジュピターが作る甘味の名前だけはちゃんと覚えているわ。
だから……いっそのこと、文字はジュピターに
勘弁して下さい。
……然うよね。
鍛錬……躰を動かすことも、好きではないんだよ。
疲れちゃう、とか言ってさ……。
……良く知っているわ。
好きなことと言えば、食べることと寝ること……あとは、遊ぶことか。
……歌うことも、好きみたい。
音は、外れているけどね……。
……まぁ、それでも好きだから。
歌で、覚えるとか……どうだろう?
音が外れていても、覚えられそうな……。
……もう、試したわ。
そ、然うか……。
……歌詞が、さっぱり頭に入らないそうよ。
さっぱりって……。
……自分で作って歌うのは、楽しいみたい。
あぁ……。
……即興は、得意なの。
その場限りの……?
……作った詩を残す為に、文字があるのに。
……。
……。
あのさ……マーキュリー。
……何、ジュピター。
とりあえず、今日の講義は一緒に行っても良いかな。
時間、作るからさ。
良いけれど……そっちは、大丈夫なの。
まぁ、プリンセスのことだから……マーズに言えば、なんとかなるだろう。
……。
朝の支度は、終わった?
……ん。
それじゃあ、朝ごはんに
ジュピター。
あ、まだ?
ううん……然うじゃないの。
……どうした?
どうも、しないのだけれど……。
……気が重い?
……。
今日は、あたしも行くからさ……なんとかなるとは、思ってないけど。
……こっちに、来て。
え……?
……こっちに。
……。
……来て、ユゥ。
うん……直ぐに。
……。
……戻りたくない?
……。
あたしも、戻りたくない。
……温めて。
うん……幾らでも。
……。
どうかな……。
……熱いわ。
好きなだけ、もらって……。
……ん。
……。
……あのね。
うん……。
……嫌なことを、思い出したの。
嫌なこと……?
……あなたも、良く知っていること。
あたしが……。
……。
……なんとなく、分かった。
本当に……?
……臓腑が凍て付いてしまいそうな場所のこと、だろ。
……。
昨日は、誕生日だったからさ……。
……思い出さなくて、良いことばかり。
未だ、行かなくても良いんだろう……?
……未だ、ね。
行く時は、言って……一緒に行くから。
……ありがとう、ジュピター。
ん……。
……こっちも。
あれ……もう、良いのかい?
……うん、もう大丈夫。
じゃあ……続きは、夜に。
……。
ね……?
……ばかね。
はは……。
……また、夜に。
うん……夜に。
……。
……今日も一緒に頑張ろう、メル。
ん……一緒に。
5日
はぁ。
……。
冷えるな。
……。
……ん?
……。
こいつは……なぁ、マーキュリー。
……もう少し、待って。
……。
……もう少し、だから。
あぁ……ちゃんと待っているよ、だから急がなくても良い。
……先に、
心配は要らない。
……心配って。
あたしがマーキュリーを置いていくことは、無い。
……。
……まぁ、良いか。
何か。
……。
……気になることでも、あった?
いや……こいつだけ、目が開いてるなって。
……薄く?
半分、くらいか。
……然う。
いつから開いていたんだろう。
……以前に来た時は、どれも開いていなかった筈よ。
……。
……何か、感じる?
いや、何も。
……然うでしょうね。
容れ物に、熱を奪われそうだ。
……さっさと離した方が身の為よ。
然うする。
……。
こんなことも、あるんだな。
……無いわけでは、ないわ。
……。
……見えているわけでは、ないから。
本当に然うか?
……見えていたとしても、感じる心が無い。
……。
……あまり、
同じ色を、している。
……同じ、だから。
此れも、何れ。
……あまり、見ていない方が良いわよ。
なぁ、瞼を閉じてやることは出来ないか。
何だか、悲しそうに見える。
……開いて、しまっているのなら。
然うか……じゃあ、仕方無いな。
……悲しそうに見えるのは、あなたの感傷でしかない。
……。
……。
マーキュリーには……いや、何でも無い。
……必要とあらば、見るわ。
マーキュリーが問題だと、考えないのなら。
……。
見る必要は、無いよ。
……濁りは?
見受けられない。
然う……ならば、見ない。
あぁ。
……これでもね。
うん。
……少しは、ましになったのよ。
ならざるを得なかった、だろう。
……。
……。
……其の瞳に。
……。
……感情が映されることは、無い。
所詮は、虚ろな玉……か。
……曰く、硝子玉。
分かっている……頭では。
……吸い込まれて、しまいそうだと。
……。
初めて、見た時に……。
……初めて見たのは、矢っ張り。
あなた。
……え。
あなた、だったの。
……。
自分なら……耐えられたかも、知れない。
……見せられた、のか。
……。
然うなんだな。
……試したのでしょうね、本当に心を凍り付かせることが出来るかどうか。
……。
其れは、愉快そうに嗤っていたわ……私の、反応を見て。
……殺して、
ジュピター。
……。
あなたを見せられて……結果的には、良かったのだと。
……良かった?
ええ……今は、然う思っているの。
……其れは、どうして。
私の心が、揺らいだから。
……。
……揺らぐことで、新たな隙間が生まれたの。
其処に、あたしを?
……先に、言わないで。
ごめん。
……どのみち、追い出すことは出来ていなかったから。
……。
あなたが居ないことで生じた隙間を、埋めることすらも。
……意外と、あたしは居たんだな。
茶化さないで。
茶化しては、いないよ。
……。
ただ……ひたすらに、嬉しいだけだよ。
……あなたへの想いごと。
……。
完全に凍らせてしまえれば、良かったのだけれど……私には土台、無理な話だった。
嗤ったあれも、初めから其れが分かっていたのでしょうね……。
……。
堪えて、ジュピター。
……雷気を抑える為に、踏ん張っているところだよ。
……。
……はぁ。
踏ん張れそう……?
……何とか。
然う……良かったわ。
……燻りそうでは、あるけれど。
……。
……マーキュリー、後で。
良いわ……後でね。
……うん。
其れで……あなたは?
……あたしは、自分だった。
然う……。
……マーキュリーだったら、何をしていたか。
嗤っていた?
……憶えてない。
ふふ……あなたらしいわね。
……ただ。
ただ……?
……其の後に、加工されているところを見せられた。
……。
其れで、分かったよ……師匠が、いや、「ジュピター」が「食糧」を作っていた本当の意味を、理由を。
……生産性の無い此の世界を、永続させる為の手段。
不老長寿と雖も、腹は空くもんな……。
……もうそろそろよ、ジュピター。
うん……分かった。
……。
……やっぱり、閉じないな。
どうにか、してあげたいけれど……。
……マーキュリーは、優しい。
あなたほどでは、ないわ……。
……あたしは、マーキュリーのことしか考えていないから。
私だって……然うよ。
……。
……。
悪いな……お前に譲ってやることは、出来ないんだ。
……其の目は、何も映さない。
……。
何も、宿ることはない……。
……あたし達が。
生きている、限り。
……マーキュリー。
此の中に居る限り……何かが宿ることは、決して無い。
……長い時の中で、一例も無い?
記録上では……無いわ。
……記録上では、か。
だから、本当の所は……分からない。
……若しも、此の中で。
……。
いや……考えたくも、ないな。
……終了。
終わった?
……ええ、無事にね。
では、戻ろうか。
臓腑が、凍り付いてしまう前に。
……。
マーキュリー?
どうした?
……造られた、日。
……。
私達の、本来の
マーキュリー。
……ごめんなさい。
いや、あたしこそごめん。
……戻りましょう、ジュピター。
あぁ、戻ろう。
……。
手を。
……ありがとう。
あたしこそ、ありがとう。
……冷たくは、ない?
冷たい……が、問題無い。
……。
……戻ったら。
ええ……お願い。
……。
……。
……暫く、此処へ来ることは無いか。
ええ……無いと、願いたいわ。
4日
……。
……。
……マーキュリー。
……。
大丈夫かい。
……大丈夫よ、問題無いわ。
然うか。
……無理は、していないから。
其れは、無いな。
……。
青白い顔で言われても、説得力はまるで無い。
……此の色は、元からよ。
いや、平常ならばもう少しは赤みが差している。
……嫌ね、あなたの目って。
長居は、したくないな。
……分かっているわ。
……。
あなたも、無理をしているものね。
……出来れば、さっさと戻りたいと思っているよ。
だから、付いて来なくても良いと言ったのに。
無理をすると分かっているのに、ひとりで行かせるわけがない。
……ん。
然し、此処の空気は相変わらずだな。
未だ、手前だと言うのに……喉を通り越して、臓腑まで凍て付いてしまいそうだ。
……ジュピター。
凍て付くのは、躰だけじゃないだろう?
……平気よ、あなたが直ぐ傍に居て呉れるから。
もっと傍に居たいんだ、あたしの為にも。
……返せないわ。
うん?
……私は、あなたから奪うだけだから。
そんなことは無いさ。
……何か、分かっているの。
命の熱。
……。
其れは、マーキュリーの中にもちゃんとある。
……然うだと、良いけれど。
何度も確かめたんだ、間違い無いさ。
……。
あたしと同じように、此の中で。
……ん。
生きて、と、燃えている。
……。
幼体の頃から……屹度、此の躰に命が宿った其の日から。
……あったとしても。
あたしは、マーキュリーの命の熱に生かされているんだ。
……。
だから、お互い様だよ。
……手を。
離さない。
……。
奥に、進もうか。
……ええ。
……。
此処には。
……かつての私達が、在る。
何度見ても、思う。
……何を?
見慣れそうに、ない。
……。
マーキュリーは?
いつかは、見慣れる……然う、思っていた頃もあるわ。
其れは、いつ?
……其れを、聞く?
一応……言いたくなければ、良いよ。
……あなたが、私の心を融かして呉れるまで。
……。
そもそも、見慣れるものではなかったと言うのに。
……見慣れずとも、心が完全に凍り付いてしまったら、何も感じなくなる。
然う、なるつもりだった。
だから、私は。
……。
私ね。
……うん。
何度も、吐いたの。
……。
どう足掻いたところで……其の素質を、持ち合わせていなかったから。
結局、私は欠陥品で……完全な存在に成ることは、決してない。
……そんなもの、本当は何処にも無いんだ。
……。
在っては、ならない。
……あなたは、成れたかも知れない。
あたしも、欠陥品だよ。
……然うかしら。
言ったろう……何度見ても、其れを当たり前だとは思えないって。
……言っていないわ。
はは。
……笑うところ?
欠陥品だからこそ、誰かを求めるんだ。
……。
ひとりでは、生きていけないから。
だから、あたしは欠陥品で良かったと思っているよ。
……あなたらしいわ。
はは、だろ?
……あなたは、どうだったの。
うん?
……あれらを、見て。
あたしの場合は。
……。
吐きは、しなかったけれど……食欲が暫く、何処かに行ってしまってさ。
……食べられなくなったの?
うん。
全く?
水だけ、辛うじて。
だけど、最低限だったよ。
……。
食べようとすると、思い出してしまって。何も、喉を通らなくなるんだ。
匂いすら、受け付けなくなってさ。あれには、本当に参ったよ。
……然う。
マーキュリーは……。
……食糧を見ることすら、受け付けなかったわ。
水は……マーキュリーには、特に必要だろう?
……だからだと、思うのだけれど。
……?
水が、特に駄目だった。
……そんな。
だから……点滴に、頼らざるを得なくて。
だけど、其れすらも……吐き気を、催してしまって。
……。
慣れてしまえば……心が凍り付いてしまえば、然うでなくなる……然う、思って。
通うように、何度も来た。
……ばかみたいよね、素質が無いと言うのに。
其れだけ、必死だったんだろう。
……。
「マーキュリー」に、なる為に。
……本当、ばかみたい。
マーキュリーは……いや、メルの性質は一所懸命なんだ。
……ジュピター、此処で其の名は。
分かってる……だけど、言いたかった。
……ありがとう、ジュピター。
ん。
……けど、私の為に危ない橋を渡ろうとしないで。
もう、言わない。
マーキュリーと共に在る為に。
……。
あたしは、マーキュリーの駒。
其れ以上でも、其れ以下でもない。
……ごめんなさい。
マーキュリー?
……あなたは、私の駒。
然うだ。
……あなたは、どの駒よりも。
壊れ難く、扱い易い。
其れがあたしの、存在理由。
……。
すべて、は……。
……。
プリンセス、の……盾に、成る為、に。
……。
だろ、う……?
……ええ、其の通りよ。
……。
ジュピター……。
……大丈夫、だ。
……。
だけど……戻ったら、話を聞いて欲しい。
ええ……幾らでも。
ついでに……介抱も、して呉れると。
……良いわ。
へへ……やった。
……。
はぁ……。
……。
あぁ……矢っ張り、見慣れないな。
……全く、ね。
見慣れている奴って、居るのかな……。
……。
……当然だとは、思わずに。
ねぇ……ジュピター。
なんだい……。
此の中に居た頃の記憶って……残ってる?
ううん、全く無い……全く、憶えていないよ。
……然うよね。
マーキュリーは……?
……全く、無いわ。
然うか……。
当然よね……だって、空っぽだったんだもの。
……ひとかた。
……。
此処に在るのは、全て……。
……今でも、思うの。
何をだい……?
……どうして、先代は。
直感、だと思うよ……。
……。
あたしの先代は、然うだった……なんでも、此れが良いって思ったらしい。
……深い理由なんて、無いと。
ジュピターらしいだろ……?
……ええ、本当に。
だけど……マーキュリーも、然うだったんじゃないかな。
……どうして。
此れを見ていると……然う、思わずにはいられない。
……。
ジュピターとは、違うか……。
……いえ、然うかも知れない。
……。
私も……屹度、然うするだろうから。
……なぁ、マーキュリー。
何……。
……其の時が来たら、一緒に選ぼうか。
……。
其の方が……良いだろう?
……来たら、ね。
うん……来たら。
……。
さぁ……さっさと、終わらせようか。
……ええ、直ぐに。
3日
……だいじょうぶ?
大丈夫そうに、見える……?
……見えない。
しつこくしないでって、言ったのにね……?
……ごめんなさい。
はぁ……。
……。
その手は……?
さ、さすってあげようかなって。
どこを?
えと……背中?
……。
あ、うん、止めとくね。
……背中なら、良いわ。
ほんと?
他は、だめよ?
うん、分かった。
……。
……どう?
ん……良いわ。
じゃあ、続けるね……。
……いつでも、止めて良いから。
ん?
……手が疲れたら。
大丈夫だけど……分かった。
……。
ね……起きるの、やだね。
……本当にね。
でも、時が来たら……。
……起きなければ。
やだな……。
……ユゥ?
はぁい……。
……また、ね。
うん……また。
……。
……ねぇ、メル。
なぁに……。
……若しも、さ。
うん……。
……先生と師匠のふたりに誕生日があったら、どうだったろう。
ふたりに……?
やっぱり、お祝いしてたかな。
……どうかしら。
しないかな……師匠なら、良い口実を見つけたと思いそうだけど。
……お祝いは、しないかも知れない。
そっか……。
……でも、口実にはすると思うわ。
師匠……?
……先生も。
先生も?
……。
メル……?
……若しかしたら、していたかも知れない。
え……?
私達が、知らないだけで。
……。
あなたが、思いつくんだもの……お師匠さんが、思いつかないわけないわ。
……然うかな。
性格が、似ているから。
考え方も、似ているの。
……あたしと師匠、そんなに似てる?
似てる。
う。
勿論、違うところもあるけれど……ね。
……どこが、違う?
……。
メル?
……教えてあげても良いけれど、本当に知りたい?
え。
ユゥがどうしても知りたいと言うのなら……教えるわ。
……。
どうしても、知りたい?
……今でなくても、良いかも。
然う?
う、うん。
然う、良かった。
……なんかもやもやする。
ふふ。
……やっぱり、聞いても良い?
良いわよ。
お師匠さんの方が、
あー。
……何?
出来れば、比べないで欲しい。
違いを知りたいのでしょう?
比べないと、だめ?
だめでは、ないけれど。
……。
……ユゥの性格の方が、かわいい。
へ。
お師匠さんよりも……ね。
……。
取り敢えず、これくらいで良いかしら。
うん……良い。
……。
へへ……。
……単純。
ん、なに?
なんでもない。
ふふ、そっか。
……くすぐったいわ、ユゥ。
ん……ごめん。
……ねぇ、ユゥ。
なぁに、メル。
……あの頃は然ういうものとして、あまり気にしていなかったのだけれどね。
うん。
ユゥに命が宿った日、というものがあったでしょう?
……。
その日は決まって、お師匠さんがご馳走を作って呉れて。
必ず、四人で食事をするの。
……そんな日、あったっけ。
あったわ。
憶えていない?
ご馳走を食べる日があったのは、憶えてるけど。
ね。
ん?
あなたの日があったということは?
え?
あったのは、あなたの日だけだと思う?
……。
分からない?
……メルに、命が宿った日。
……。
その日は、あたしもごはんを作ったんだ。
メルの日だから、どうしても譲れないって言って。
ふふ……然うだったわね。
あれって。
ふたりなりに、私達のことを考えて呉れていたのではないかしら。
然う……壊れずに一年、ちゃんと生きられたことを。
……メルと、あたし。
……?
ユゥ?
それってつまりさ、年に二度、特別な日があったということだよね。
ふたりの意図は、今となってはもう分からないけれど……でも、然う考えるのが自然だと思うわ。
じゃあ、
私は今の誕生日を気に入っているの。
……。
あなたが考えて、ふたりで決めたんだもの。
……それじゃ。
一度でも、十分にしあわせだから。
三度特別な日があれば、もっと。
多ければ良い、というものではないわ。
多い方が、楽しいと思うんだ。
あなたはね。
メルは、楽しくない?
いいえ、屹度楽しいわ。
だったら、さ?
誕生日は一年にたった一度だけ、だから。
……。
過ぎてしまうのがこんなにも名残惜しいと、思えるのだと。
……。
そして、また一年……あなたとふたりで生き抜いて、共に誕生日を迎えたいのだと。
……。
あとは、単純に。
……単純に?
同じ日に同じ年齢になれるのが嬉しいの。
別々の日だと、その間、違ってしまうでしょう?
……あ。
だから、誕生日は一年に一度だけで良い。
だめかしら。
ううん、だめじゃない。
だめじゃないよ。
然う……良かった。
なら、さ。
なに?
誕生日は今まで通り、一年に一度だけにして。
ふたりの命が宿った日は……こう、別の何かにしようよ。
別の何かって、なぁに?
それを、ふたりで決められたら良いなって。
決めるのは、構わないけど。
ほんと?
本当。
やった。
それで、何にするの?
それは。
それは?
……。
ユゥ?
メル……何か良い考えは、ないかな。
思いつかないの?
思いつきそうでは、あるんだけど。
あなたが思いつかないのに、私に良い考えが浮かぶかしら。
メルなら……む。
こういうことは、あなたの方が得意だから。
……。
今、思いつかなくても……いつか。
……思い出の日。
思い出の日?
ほら、青い星には然ういう日もあるんだろう?
思い出に残しておくように、さ?
若しかして、記念日のことかしら。
メルの日とあたしの日を、思い出の日とする。
どうだろ?
……それって、誕生日とはどう違うの?
誕生日とは違うよ、思い出の日だから。
……屁理屈?
ううん、屁理屈じゃないよ。
誕生日は年齢を重ねる日だろ?
思い出の日は、年齢は関係ないんだ。
……。
だ、だめかな。
……まぁ、良いわ。
あっ。
でも、忘れないでね?
忘れないよ、絶対に忘れない。
……。
ふふ、楽しみが増えた。
ね、メル。
……然うね。
思い出の日は、どうしようかな。
あなたとゆっくり、同じ時を過ごすことが出来れば。
……。
……それだけで、十分。
だけど、ご馳走は必要だろう?
……。
美味しいごはんを作るから。
ふたりで、食べよう。
……じゃあ、あなたの日は私が作るわ。
え、ほんと?
期待は、
楽しみだなぁ。
……。
メルが作るごはん、あたし、大好きなんだ。
……ご馳走は、期待しないで。
2日
……。
……ありがとう、ユゥ。
……。
もう、大丈夫よ。
……。
ねぇ、ユゥ?
聞こえてる?
……ない。
え、なに?
……離したくない。
……。
やっぱり、起きたくない。
一日とは言わないから、半日だけで良いから、こうしてたい。
……ジュピター?
あー、名前が。
はぁ……とりあえず。
……うぅ。
少しだけ、力を緩めて呉れるかしら。
……。
今は躰を動かしたいだけで、離れるわけではないから。
それなら、良いでしょう?
……それなら。
ん。
……これくらい?
うん、良いわ……。
ん……ん?
……。
え……ひぁっ。
……良い声。
メ、メル……。
……なぁに?
い、今……み、耳、噛んだ?
……軽く、だけれど。
び、吃驚した。
……どうして?
ど、どうしてって。
油断、してた?
……。
してたの?
……してた。
然う。
……あの、メル?
ゆうべのお返しよ。
……ゆうべ。
琥珀糖のようにさんざ舐めて、甘噛みして呉れたでしょう?
……したけど、メルだって。
したけれど、あなたの方がずっと多い。
……だから、今?
まだ起きたくないのでしょう?
うん、起きたくない。
でも、しないわよ?
……しないの?
しない。
もう、さんざしたもの。
……。
しない、けど。
……けど?
……。
……ぅ。
……。
メル……。
……ねぇ、憶えてる?
なに、を……?
……あなたが、私の耳を初めて噛んで呉れた時のこと。
……。
忘れたとは、言わせないのだけれど……。
……おぼえてる、よ。
本当に、憶えてる……?
あの時のことは……ううん、あの時のことも、ちゃんと憶えてるよ。
……あなたがどうして、私の耳を噛んでしまったのかも?
それは……。
……憶えていない?
えっと……ん、……あれは、確か。
……。
メル、ちょっと……あと少しで、思い出せそうなんだ。
……だから?
その、止めて呉れると……。
……いや。
あ、あぁ……。
だって、お返しなんだもの……私の気が済むまで、止めるつもりなんてないわ。
……これで、ほんとうに、しないの?
しないわよ?
……からだが。
我慢して?
……え、えぇ。
それで、思い出せたかしら?
……。
忘れてしまったのね?
……せんせいと、ししょう、が。
ん……あなたは、だめ。
……てが、かってに。
悪い手ね……。
……ちょっと、いうことをききそうにない。
ん、だめ……。
……あぁ。
ん……ぁ。
……いい、こえ。
もぅ……わるいこ、ね。
……ごめん。
それ、で……先生とお師匠さんが、なぁに。
……くちづけを、してたんだ。
ぁ……。
……ふたりで、みてしまって。
それ、で……。
……それは、くちびるがふれるだけのもので、おわらなくて。
あ……っ。
はなれるときに、せんせいがししょうのくちびるをかるくかんで、それからなめたんだ……そうしたら、ししょうが、くらいつくようにして。
……。
それは、ねつをおびて……どんどん、ふかいものになっていった。
そのときのあたしは、ふたりがなにをしているのか……ほんとうのいみで、わかっていなかった。
……だめよ、これいじょうは。
どうして、ふたりはくちをくっつけて……したを、からめあっているのか。
どうして、せんせいは……ししょうのくびのうしろに、うでをまわして。
だめ……ジュピター。
ししょうは、どうして……せんせいのせなかや、ふとももを……なでて、いるのか。
ジュピター……ユゥ。
ぼんやり、みていたら……ししょうが、せんせいのみみをかんだんだ。
そしたら、せんせいのくちから、きいたことのないこわいろが、もれて……それは、あたしのなかのなにかを、おもいきりゆさぶった。
……わたし、は。
そのこわいろは……あたしのみみのおくにのこって、ひびいて。
……わたしは、そのこうけいに、たえられなくなった。
そうだ……メルは、にげるようにして。
……せんせいと、めがあったの。
せんせい、と……。
……みたことのない、いろをしていて。
わざと……?
……わざとでは、なかったのだろうけれど。
だけど……。
……わたしたちが、みていることは。
……。
ユゥ……おねがい、からだを。
……まだ、なにもしていないよ。
して、いなくても……あつい、の。
……おおい、かぶさっているだけだよ。
うそ……。
……うそじゃ、ない。
だって……てが、うごいてる。
てが……あぁ。
だ、め……。
……あたしは、メルにしてみたくなった。
や……。
ししょうが、せんせいにしていたことを……。
あ……あぁ。
まっかなみみが、うれたかじつのようで、おいしそうだった……そう、いまのように。
……。
あまそうだと、おもって……だから。
……わたしの、みみを。
そのいみも、わからずに……あたしは、メルのみみをなめて、かんだ。
……。
……ね、ちゃんとおもいだせただろう?
そう、ね……。
……ごほうび、は?
あげたいけれど……いま、は。
……ほんのすこしだけで、いいよ。
あ、だめ……んっ。
……。
ユ、ゥ……。
……みみだけでなく、ここも。
ん……ん……。
……すき、なんだ。
しって、る……。
……ね、いいだろう?
よく、ないわ……。
……どうして?
これだけでは、おわらないもの……。
……。
……あなたも、わたしも。
もう。
……。
……おわらなく、なってるだろう?
そんな、こと……。
……おわらせたく、ないだろう。
ん……だめ、ユゥ……ユゥ。
……メルは、なみだをこぼしたんだ。
……。
あたしは、わるいことをしてしまったのだと……だから、あやまろうと、おもって。
だけど、メルは……あたしから、にげるようになって。
……ユ、ゥ。
はなすことも、あやまることも、できなくて……あたしは、すごくこうかいしたんだ。
どうして、あんなことをしてしまったのかって……しなければ、メルはあたしからにげることなんて、なかったのに。
……。
あたしは、メルを、きずつけてしまったのだと……あたしが、ぜんぶ、わるいのだと。
……あなたが、ないたのを。
ん……メル。
……あのとき、はじめてみたの。
メル……。
……わたしにはいつだって、にこにことわらっていた、あなたが。
ん……っ。
……そして、あなたをいとおしいとおもうきもちが、わたしのなかにめばえた。
メ、ル……。
……はじめてあったときから、あなたのことがすきだった。
……。
すきだったけど……そのかんじょうがなんなのか、よく、わかっていなくて。
いとおしいというきもちは、そのときまで、わたしのなかにはなくて。
……メル、もう。
ね……ユゥ。
……な、に。
ちゃんと、おぼえていてくれたのね……。
……うん、ちゃんとおぼえているよ。
わすれるわけ、ない……?
……わすれない、メルとのことは。
うれしい……。
……。
と、いったら……あなたは、うれしい?
……とっても。
そう……なら。
……ねぇ、メル。
すこしだけ、ね……。
……。
……あまり、しつこくしないでね。
1日
あけましておめでとうございます。
今年もぼちぼちと書いていこうと思います。
どうぞ、宜しくお願い致します。
……あーぁ。
そろそろ、離して呉れる気になった?
……ならない、ずっとこうしてたい。
無理。
……一日くらい、良いと思うんだ。
一晩
じゃ、足りない。
もっと欲しいんだ、メルとの時間が。
私も欲しいわ。
えっ。
だけど、無理。
今のは、本音だよね?
間違いなく、本音だったよね?
然うかも知れないわね。
メルと同じ気持ちだ、嬉しいな。
同じ気持ちでも、無理なものは無理なのだけれど。
……心が、狭い。
はい?
一日くらい、良いじゃないか。
あたし達の誕生日なんだから。
誕生日は昨日よ。
誕生日当日に休めなかったら、次の日に休めるようにして欲しい。
そもそも月に誕生日と言う概念はないわ。
ないなら、広めよう。
広めて、その日は休んでも良い日に
広まらないと思うし、広まったところでお休みにはならないでしょうね。
不老長寿の種が一年に一度、いちいち歳を重ねたお祝いなどするわけがない。
大体、一年と言う時間を正確に数えている者なんてほとんど居ないわ。
……。
あなたも知っているとは思うけれど。
一般的な月の暦と時刻は青い星に合わせているから、青い星についてある程度の知識を持っていないと正確に数えることは出来ないの。
私達のような四守護神、或いは、宮仕えをしている者ならまだしも、一般の民はそんな知識を持たない。持とうともしない。
けどさ、その為に暦表と時計というものがあるのだろう?
誰にでも分かるようにさ。
然うね、けれど気にしている者は限りなく少ないわ。
青い星の時間だって、少し勉強をすれば。
あたしだって、覚えられたんだ。
怠惰、及び、傲慢。
……。
あと、言い方は悪いけれど……ジュピターのあなたと、一般の民では、ここの「作り」が全く違うの。
それに、あなたは苦しくても努力することを止めないでしょう?
メルとあたしの為なら。
けれど、民にはそれが出来ない。必要が、ないから。
必要がないから、努力なんてしない。ましてや苦しさを伴う努力なんて……誰も、好き好んでするわけがない。
……惰眠を貪るだけの、愚かな生命体。
先生?
……ううん、師匠。
然う……。
……まぁ、先生の受け入れだろうけど。
受け売り……ね。
……然う、それ。
言葉は、然うでも。
……。
……考えは。
青い星の民の方がずっと、命の力が溢れていると。
……。
まぁ、無駄にもするけどさ……今なら、分かるよ。
……然うね。
月の民が、己の年齢を数えることは。
この世界が続く限り、この先も、屹度ない。興味を持つことさえ、ない。
居るとすれば、それはただの変わり者か……若しくは、短命に魅入られた者か。
……はぁ。
……。
……つくづく嫌いだ、こんな吹き溜まりみたいな世界。
ユゥ。
……って、師匠が良く言ってた。
先生も言っていたわ。
先生も?
ええ、反吐が出るほど嫌いだと……お師匠さんに。
……笑顔で?
目は、全く笑っていなかったけれど。
……うわぁ。
あの日の夜ほど、震え上がった日はないわね……。
え、メルが震え上がったの?
そんなに?
本能的に、と言うのかしらね……躰が、震えたの。
温度は、下がった……?
……体感ではなく、実際に。
あたしだったら、その場で凍り付いていたかも……。
身の毛がよだつとは、こういうことを言うのだと……その時に、身をもって知ったの。
それってさ……妖魔以上、だったりする?
……。
……その時、あたしは居た?
居たけど……ごはんを食べ終わったら、直ぐ寝てしまって。
……。
その日は、昼の鍛錬と夜のお勉強がいつもよりも厳しかったから。
……思い出した。
ん……?
……目が覚めたら、寝台の中で。
お師匠さんが運んだの。
それで、周りを見ようとしたら……メルが躰を、ぴったりと寄せていて呉れていることに気が付いて。
あたしは、すごく嬉しくて……然う、嬉しかったんだけど震えていたから、寒いのかなって。
……ぎゅっと、抱き締めて呉れた。
あっためて、あげたくて……あと、やっぱり単純に嬉しかった。
……おかげで、私は安心することが出来たから。
若しかしないでも、その日だよね……?
……。
ごめん。
……私も、ユゥと一緒に寝てしまえば良かったの。
それなのに……そっと、ふたりが居る部屋に戻って。
……。
お師匠さんと先生、ふたりだけの会話を……聞いてみたくなってしまった、私が悪いの。
でも、メルが居るところで先生がそんな話をするだなんて。
ううん……私は、ふたりとは一緒に居なかった。
……まさか。
若しかしたら、気が付いていたかも知れないけど……。
……メルが、盗み聞きを。
心って、厄介よね……。
……あたしが、寝ていなかったら。
ふたりで、震えながら眠ることになっていたかも。
……。
だから、良かったの……あの日の夜も、ユゥは温かったから。
……メル。
お師匠さんは、先生の言葉を笑いながら受け流していたわ。
あのマーキュリーに、あのジュピター……お似合いのふたり、ね。
……あたしも、それは思う。
ん……。
……寒くない?
今は、寒くないわ。
……あったかい?
ええ……とても。
……うん、良かった。
誕生日。
……ん?
その日だけは、お休みになれば良いのにね。
……。
なぁに?
……メルも、然う思って呉れる?
ええ……思うわ。
……どうにか、出来ないかな。
かなり難しいわね……。
……プリンセスに言ってみたらどうだろう。
プリンセスを、利用するつもりなの。
然うじゃなくて……なんとなく、喜びそうな気がするんだよ。
……。
ね、どうだろう?
……お祝いにと。
うん。
お菓子やご馳走を用意すれば……余計に。
だろう?
生誕祭のように……間違いなく、四守護神の務めが増えることになるでしょうけど。
それは、まぁ、仕方ないかな……休みの為だ。
……あとは、マーズ。
……。
ヴィーナスなら、兎も角……マーズがそんな戯言に乗って呉れるかどうか。
と言うより、青い星に倣った誕生日如きの為にお休みなど認めないと思うわ……。
……愛しい人とは、命を確かめ合いたいと思う。
うん?
……それがマーズには分からないんだ。
……。
……その感情が、マーズにも宿れば良いのに。
マーズは。
……。
……プリンセスの為だけに、生きているから。
……。
……あなたと私が、お互いの為に生きようとするように。
マーズの感情は……プリンセスの為に、か。
……それが、「マーズ」の意志でもある。
厄介、だなぁ……。
……でもそれが、本来の四守護神のあるべき姿。
……。
「私達」が……外れてしまっているだけ。
……己の気持ちに、嘘を吐くことも蓋をすることも出来ない。
……。
ん、メル……?
……だから、いずれ。
寒い……?
……ううん、大丈夫。
だけど……震えているような。
……寒くは、ないから。
けど……。
……抱き締めて呉れれば、大丈夫だから。
……。
ね……抱き締めて、呉れるでしょう?
……勿論だ。
……。
大丈夫かい……?
……うん、大丈夫。