日記
2024年・12月
31日
今年もありがとうございました。
良いお年をお迎えください。
……ふふ。
ユゥ……。
……メルの手は、ちいちゃいな。
あなたの手が、大きいのよ……。
……。
もぅ……ひとの手で遊ばないで?
……だって、好きなんだ。
いつもいつも、同じことをして……いい加減、飽きて呉れないものかしらね?
……飽きないよ、ずっと。
子供の頃から……本当に。
……あのね、メル。
なぁに……ユゥ。
あたしさ……憶えてるんだ。
何を……?
……メルと、初めて手を繋いだ時のこと。
……。
初めて、メルと逢った日だ。
……然う。
メルも、憶えているよね?
……まぁ、ね。
あの日、メルと逢えて……あたしは、すごく嬉しくてさ。
……あなたには、最初から感情が宿っていたから。
と言っても、完全ではなかったよ。
……それでも、私よりはずっと豊かだったわ。
感情は宿っていたかも知れないけど、頭の中は空っぽだった。
……。
だからかな……メルを初めて見た時、ここがとってもあったかくなったんだ。
……胸の奥?
然う……頭ではなくて、ね。
……だから、拘るのね。
うん……然うなんだ。
……。
まぁ、頭の中が空っぽなのは今もなんだけどさ……メル以外のことは、直ぐに忘れてしまうし。
……今は、違うわ。
違うかな……。
……ちゃんと、応えて呉れたから。
ん……。
……マーキュリーがね。
マーキュリー……?
……ジュピターほど、頼りにしているひとは居ないって。
こんな頭でも……?
……言ったでしょう、ちゃんと応えて呉れたって。
今も、ちゃんと応えられてる……?
ええ……今も、ちゃんと。
ふふ……そっか。
……。
へへ……。
……それは、先生も。
先生……。
……口を開けば、皮肉ばかりだったけれど。
それ……師匠が聞いたら、先生を抱き上げて喜ぶなぁ。
ふふ……然うね。
……見たこと、あるだろう?
ええ……あるわ。
師匠は、直ぐに調子に乗るからさ。
……あなたも、だけれど。
あたしは……あれほどでは、ないよ。
……ふ。
お、思うだけなら……さ?
……良いわよ、別に。
う。
……私は、然う思わないけど。
うー……。
ふふ。
……はは。
あまり、調子に乗り過ぎると……。
……。
水を……頭から、被せられるの。
……水でも被って?
……反省しなさい。
……。
……。
はは。
……ふふ。
だけどさ、師匠はちっとも懲りないんだ。
どんなにずぶ濡れになっても、大きく口を開けて笑ってて。
……お師匠さんは、先生のことが本当に好きだったから。
好きってもんじゃないよ、あれは。
その一言じゃ、収まらない。
……ユゥに、良く似てる。
えぇ?
……ユゥも、然うでしょう?
あたしも……?
……。
ね……何が、然うなんだい?
……言わない。
言ってよ……。
……言えない。
言って欲しいな……。
……ん。
聞きたいんだ……メルの口から。
……。
ん……。
……私は、先生に似ていないから。
んー……。
……ん、……ユゥ。
少しだけ、似てるよ……上手に、素直になれないところ。
……。
ね……言ってみて、きっと大丈夫だから。
……言わなくても、分かっているのでしょう。
どうかなぁ……あたしは、メルではないから。
……ん、やだ。
あ、ごめん……手が、勝手に。
……。
……好きだ、大好きだよ。
ユゥ……。
……さぁ、これで大丈夫だ。
何が、大丈夫なの……?
……分かるだろ?
分からないわ……。
……メルが欲しいと思っているものを得られる、絶対にね。
……。
メル……言ってみて。
……あなたも、私のこと。
うん……。
……好きの、一言では。
……。
……これ以上は、言わない。
あともう少し、なんだけどな……。
……続きは、あなたが。
あたしが……?
……やっぱり、良い。
あたしのメルへは想いは、好きの一言だけでは収まらない……収められない。
……。
……ほら、メルが欲しいものだったろう?
もぅ……。
……次は、この唇で。
……。
メルの言葉で、言って欲しい……。
……言えたら、ね。
うん……いつまでも、待ってるよ。
……。
……あ、揺れた。
え……?
……瞳の色。
……。
あの時も……メルの瞳が揺れたんだ。
……初めて、逢った時?
うん……あたしを見てね。
……熱い何かが灯った、その瞬間を憶えている。
ここに……?
……頭では、なかったわ。
ふふ……そっか。
……曰く、私にやっと感情が宿って安心したと。
先生が?
……ううん、お師匠さんが。
……。
……あのひとは、然ういうひとだもの。
先生、とても嬉しかったんだろうな……それこそ、師匠にうっかり聞かれてしまうくらいに。
……衣食住を整えて書物を与えても、全く、心が宿らない。
……。
食事の仕方を教えても食べようとしない、寝台に連れて行っても眠ろうとしない、衣もまともに着られない。
このままだと、宿った命が無駄になってしまう……それで、仕方なく。
……師匠、すっごく嬉しかったらしい。
ふふ……でしょうね。
……。
……初めてあなたが私に笑い掛けて呉れた時のこと、今でもはっきりと思い出せる。
ジュピターとか、マーキュリーとか……そんなのは未だ、全然分かっていなかったけど。
……空っぽの私を見て、にこにこと笑っていたの。
兎に角、嬉しかったんだ……この子とずっと、一緒に居られるんだって。
……私は、この「ひとかた」がどうして私を見て笑っているのか分からなかった。
ひとかた、か。
……その頃は、未だね。
今は、違うよ……。
……あなたが、然うして呉れたの。
あたしを然うして呉れたのは、メルだ……。
……あ。
メルが、居て呉れたから……好きに、なって呉れたから。
……ユゥ。
……。
……大好きよ、ユゥ。
あたしも……ん。
……あなたからはいつも、沢山貰っているから。
もっと、あげたい……。
……全然、返せていないの。
返して貰ってるさ……ちゃんと。
……でも。
返して貰ってるんだ……。
……あん。
甘い……。
……もぉ、ユゥは。
ごめん……?
……。
ん、メル……。
……もっと、返したいわ。
嬉しいな……。
……。
……メル、これからもずっと。
愛しているわ……ユゥ。
30日
-Reset(前世)
……。
……ジュピター。
……。
苦しい。
……うん。
離れて。
……少しだけ。
なら、少し弱めて。
……ん。
……。
……マーキュリー。
どうしたの。
……したくなった。
ん……だから。
……ごめん。
はぁ。
……もう少しだけしたら、離すから。
良いわ、好きにして。
……。
何。
……良いの?
起きるには、未だ早いから。
……。
でも、強くしないで。
……うん、気を付けるよ。
……。
ん……マーキュリー?
……幼子。
格好悪い……?
……今更。
……。
ねぇ、ジュピター。
……なに。
また、ふたりで迎えられたわね。
……。
曰く、誕生日。
……うん、迎えられた。
……。
ふふ……気持ち良い。
……いつも、甘えただけれど。
へへ……。
……たまには日がな一日、あなたとこうしていたいものね。
え。
……冗談よ。
本気に聞こえた。
本気ではないわ。
じゃあ、本音。
……私、そんなに暇ではないの。
知ってる。
……もう良いの?
ううん、まだ。
……なら、
次は、マーキュリーの番だ。
私の?
然う、マーキュリーの。
私は、別に
おいで、マーキュリー。
……。
さぁ。
……いや。
それは、本音?
……。
違うのなら……おいで、メル。
……いやだと、言っているの。
どうしても?
……どうしても。
おいでよ、メル……来て欲しいんだ。
……つい先刻(さっき)まで、甘えていたくせに。
今も、甘えているよ。
……知ってる。
おいで……メル。
……行かなければ、甘えさせて呉れないの?
うん……?
……。
あぁ……ふふ、メルは仕方ないな。
……ユゥにだけは、言われたくない。
それじゃあ……。
……。
……どうかな。
先刻と、頭の位置が変わっただけ……。
はは、然うだねぇ。
……。
ん……髪の毛がくすぐったい。
……嫌なら、離して。
んーん、嫌じゃない……。
……あなたの躰は、大きいから。
メルを、包み込めるように……。
……私では、出来ないわ。
物理的には難しくても……心では、出来ていると思うよ。
……心?
メルの胸、やわらくてあったかいんだ……。
……それ、心とは関係ないじゃない。
関係あるよ……心は、胸の奥にあるものだから。
……思考は、脳の働きによるものなのだけれど。
脳のどこだっけ……ぜん、ぜん?
……思考を司るのは、優位半球の前頭葉前半部。
然うだ、前頭葉。
……理性も、ね。
理性?
……だから、心は脳にある。
んー、然うかなぁ。
……逆に聞くけれど、心は胸の奥にあると拘る理由は?
脳には触れないけれど、胸には触れる。
……それだけ?
触れるのは、大事なことだよ。
……あなたらしいわね。
へへ、然うだろ?
だからさ、心は胸の奥にもあるんだよ。
何が、だから、なのか分からないけれど……あなたが然う思いたいのなら、好きに思えば良いわ。
メルは、然う思わない?
……私は、思わない。
そっか……。
……然う、言いたいのだけれどね。
ん?
……全部、あなたのせいよ?
あたしの……。
……子供の頃から、然うなんだもの。
……。
ねぇ、メル……心はね、この奥にあるんだよって。
共寝をするたびに、然う言って……。
……いつも、言っていたっけ?
いつもでは、なかったけれど……いつの間にか、それが私の心の中にまで浸透してしまって。
……胸の奥?
多分、ね……。
……そっかぁ。
だからね……全部、あなたのせい。
へへ、良いよ……全部、あたしのせいにしてよ。
……。
ん……メル?
……背中、後で薬を。
あぁ……放っておけば、治るよ。
……然うだとしても。
ん、分かった……後で、お願いするね。
……。
メル……。
……包み込まれているのは、とても気持ちが良いのだけれど。
ん……?
……こうしていると、あなたの顔を見ることが出来ないのよね。
……。
それだけが、難点かしら……。
……見るかい?
どうしようかしら……どうせ、緩んでいるでしょうし。
……見たくない?
……。
じゃあ、引き締め
なくても、良いわ。
……。
ねぇ……少し、離れて呉れる?
……うん、良いよ。
……。
……見える?
ええ……見えるわ。
あたしも、見える……メルが、笑ってる。
……あなたの緩み切った顔にね。
メルとこうしているのに顔が緩まないだなんて、あたしじゃないよ……。
……自分で言うの?
うん……言う。
……ん、ユゥ。
口付けても……良いよね。
……然うしたら、顔が見えなくなってしまうわ。
離れたら、また、見えるよ……。
……然う、だけれど。
だめ……かい。
……。
……ん、メル。
ばか……。
……うん、然うなんだ。
……。
……。
……ふ、……ん。
……。
……もぅ、ユゥ?
ゆうべの、つづき……?
……しないわよ?
そっか……残念。
……。
……大好きだ、メル。
ゆうべ……さんざ、聞いたわ。
……何度だって、言いたい。
……。
ね……言わせてよ。
……あなたが、言いたいのなら。
うん……。
……続きは、だめよ。
だめ……?
……だーめ。
む……。
……好きよ、ユゥ。
……。
これで、我慢して……?
……難しいなぁ。
ふふ……。
……ね、どうしてもだめかな。
どうして、そんなに続きがしたいの……?
……それは。
それは……?
……メルの熱と声、それから命を感じたいから。
……。
何度だって……感じたい。
……気持ちが良いから、ではなくて?
それも、あるよ……。
……それも、ね。
ねぇ……メル。
ん……ユゥ。
……良いだろう?
よくない……。
……。
……と、言いたいところだけれど。
あ……。
……やっぱり、言おうかしら。
言わないで……。
……ぁ。
言わないで、欲しい……。
……もぅ、ユゥは。
メル……。
やっぱり……甘えた、なんだから。
29日
……。
……。
……う。
……。
なん、だ……。
……まこ、と。
なん、だったんだ……。
……はな、して。
あれは……?
……。
あれって、なんだ……?
あたしは、なにを……?
……くるしい、わ。
あたしは……あたし達は。
……。
……っ、つめた……ッ。
……木野さん。
み、水野さん?
……。。
ベッドの中で、力を使っちゃ
離して。
へ。
苦しい。
……あ。
早く。
ご、ごめんよ。
……はぁ。
大丈夫かい……?
……だいじょうぶ、だけど。
本当にごめん……全然、意識してなかった。
……そうでしょうね。
何か、変な感じがして。
……変な感じって?
うまく言えないんだけど、何か……さっきまでとは、何かが違うような。
……何かって。
あー、なんて言っていいのかな……違う気がするんだけど、違わないような。
だけどやっぱり、何かが違うような……その、何かが分からない。
……。
分かっているような気がするんだけど……だけど、何も分からないんだ。
……つまり、言葉に出来ないのね。
ごめん……どう言っていいか、分からない。
……いいわ。
水野さん……?
……外、明るいわね。
え……あぁ、本当だ。
……陽光。
あったかいな……いつ以来のお日様だろう。
……二ヶ月ぶりくらいかしらね。
二ヶ月……?
……洗濯物が乾かないと、あなたは嘆いていたわ。
二ヶ月もお日様が昇らなかったら乾かないよ。
外には出せないから……ずっと、部屋干しで。
曇りでも、出せないわけではないけど、乾きは良くないなぁ。
……出せなかったのよ、ずっと。
……?
出せなかったの。
……だから、部屋干しでも乾くように、水野さんが。
……。
……待って。
……。
あたし達が居るのは、どこ?
……木野さんの部屋。
あたしの部屋……?
……ここは木野さんの部屋。
じゃあ、このベッドは……。
……木野さんのベッドよ。
それは、おかしいよ。
……何がおかしいの。
だって、あたしの部屋は……。
……。
……あたしの部屋は、あたしの住んでるアパートは、崩れて。
……。
そうだ、水野さんが住んでいたマンションだって……。
……そこで、母だった女は男と潰れてしまったわ。
……!
……でも、木野さんの部屋はちゃんとある。
なに、を……。
……恐らく、私が住んでいたマンションも。
……。
どう……言葉に、出来そう?
……いや、言葉に出来る何かがあたしの中にない。
……。
あったんだろうけど、何かに塗り潰された……いや、書き換えられている、ような。
……転生。
てん、せい……?
……。
……水野さん、もしかして水野さんは。
分からないわ……私も、あなたと同じよ。
……。
……強い違和感だけが、ここにある。
違和感……そうだ、違和感だ。
……ねぇ、木野さん。
なに……。
……最期に聞いた音を、憶えている?
音……?
……鈴に良く似た、けれどこの世界では聞いたことがないような音。
鈴に、良く似た……ちょっと待って。
……。
あの音……この世界では、聞いたことがないけど。
……前世。
そう……前世の世界で。
……。
確かに、聞こえた……鈴のような、音色。
……終わりの、音。
いや……終わりじゃ、ないと思う。
……始まりとでも?
いや、それとも違う……。
……或いは、続き。
つづき……。
……癌細胞に侵された組織とその周りの正常組織を全て切除して、繋げ合わせたような。
……。
……。
……それが、一番しっくりくるような気がする。
確認を……ん。
……待って。
木野さん。
……それよりも、大事なことがある。
なに……。
……抱き合うことだよ。
……。
とても……いたい。
……ばかなの?
だ、大事なことだよ。
生きてることを、確かめ合うんだから。
ゆうべ、さんざしたでしょう。
し、したっけ?
……。
あ、思い出した、
……。
違う、憶えてる、憶えてるよっ、うん、しっかり憶えてるっ。
……。
べ、ベッドの中で、水気を……。
……。
……水気?
鳴雷と、伏雷。
……はい?
あなたがそんなことを言っていたような記憶があるのだけれど。
……古事記に出てくる、神さまの名前だよね?
伊耶那美神の躰に成っていた八種の雷神、八雷神の二柱。
あたしが、なんで?
自分に聞いてみたら。
……うーん?
……。
技の…………名前?
……あなたがそう思うのなら、そうなんじゃないの。
でもなぁ……そんな子供みたいな。
だって、子供でしょう?
む。
違うの?
……違わないけど、流石にそんな名前は。
付けるかも知れないわよ。
……。
そんなの、分からないわ。
……そうかなぁ。
そうよ。
……まぁ、いいけど。
……。
今朝は、なんだか変な朝だなぁ……。
ところで、木野さん。
ん、なに?
背中、痛くない?
背中?
いや、別に……ぃっ。
……痛くない?
ひりひり、するような……。
……そうよね。
もしかして、引っ掻き傷……?
……見せて。
う、うん。
……。
……どう、かな。
お薬を塗った方がいいわね。
……塗って呉れる?
いいわ。
……ありがと。
私が付けたものだから。
……。
何よ。
……うん、そうだったなって。
……。
そうだ、昨日は誕生日で……ふふ。
……。
い……っ。
……少し腫れてる。
あ、あたし、愛されてるなぁ……なんて。
……だって、愛しているもの。
え。
ゆうべはさんざ、好きにして呉れて。
……。
だから、受験が終わるまでは一切なし。
……へ。
今年はクリスマスも何もないわ。
そ、そんな……。
志望校に、一緒に受かりましょうね?
こ、高校はなくなっちゃったんじゃ……。
そんなわけ、ないでしょう?
中学校……。
避難所になっている?
ん……んん?
さ、起きて。
で、でも。
お薬、早く塗った方がいいわよ。
塗ってもらいたいけど。
私の気が変わる前に。
だけど……起きられる?
……。
いや、その……。
はぁ。
……うれしくて、大分。
そうね……。
……もう少し、ゆっくり
起きたらみっちり、お勉強しましょうね。
……は。
約束、したわよね?
し、した……
……。
はい、しました。
宜しい。
……薬、持ってきます。
ん。
……よいしょ、と。
……。
んー、今日もいい天気だ。
……。
水野さん。
……なに。
改めて、昨日はあたしの15歳の誕生日のお祝いをして呉れて、本当にありがとう。
苺のケーキもとても美味しかったよ。
……プレゼント。
ハンドクリーム、大事に使うね。
……。
それから、このペンダント。
……。
一生、大事にする。
……一生、大事になんてしなくていいわよ。
ううん、するよ。
ずっと、ずっと。
……あ、そ。
ね、水野さん。
今日の朝ごはんは何がいいだろう?
……焼き立てのトーストとスープ。
うん。
それから……。
28日
……まだ、少し早いか。
……。
今日は休むと、ふたりで決めたんだし……お布団の中で、ゆっくりしていてもいいよね。
……。
気は……うーん、少し張り直しておこうか。
びりっと、しないように……出来るだけ、そぉっと。
……。
我が雷気よ、地に走りて我等を囲え……伏雷。
……。
ん、よし……大丈夫、だったかな。
……。
うん……大丈夫そうだ。
……。
伏雷、か……うん、かっこいいかも。
やっぱり水野さんに選んでもらうと、気持ちの入り方が違うな……なんて。
……ふ。
んー……。
……。
かわいいな……すごく、かわいい。
……。
……あみ。
……。
うん……あれ?
……やっぱり、小学生みたい。
あ。
……あ?
いつから……もしかして、びりっとした?
……少し、ね。
ごめんよ……気を付けたつもりだったんだけど。
……本当よ、もっと眠っていたかったのに。
ごめん……。
……ふふ。
う……。
……私の躰はもう、感じることはないわ。
……。
純水気を、纏っているのだから。
……そう、だったね。
寂しい……?
ん……いや、その方がいいから。
……そう。
となると、目が覚めたのは……う。
……いつでもいいじゃない?
……。
いいでしょう……?
……うん、いいかな。
……。
ん……水野さん。
ねぇ……ごはん、食べる?
え……?
……ごはん。
……。
……ゆうべ、あまり食べなかったから。
ごはんは……まだ、いいや。
……お腹、空いてないの?
うん……まだ、平気。
……ふぅん?
水野さんが食べたいのなら、一緒に食べるけど……。
……私は、食事をしているあなたが見たいわ。
……。
好きなの。
食事をしている、あたしが?
……悪い?
悪くは、ないけど……初めて、聞いた。
……初めて、言ったんだもの。
あたしの食べ方、どこかおかしい……?
私は、好きだと言っただけ……おかしいなんて、一言も言っていないわ。
……。
理由が、必要……?
……別に、必要ではないよ。
なら、いいじゃない……。
……。
……あなたのお箸の持ち方も、好きなのよね。
は、箸の持ち方……?
……そう、お箸の持ち方。
箸……こんな、だったかな。
少し違うわ。
うーん、やっぱり実物がないとだめか。
……ご両親に習ったの?
ううん、祖母から。
どうやらあたし、変な持ち方をしてたみたいでさ。
持ち方を直したら、ごはんが食べやすくなったんだ。
それまでは、こぼすことが多くて。
……そう、だから食べ方が美しいのね。
……。
……良かったわね、直してもらえて。
うん……今では、良かったと思ってる。
……今では?
正直な話、食べられればいいじゃないかって思ってたことも。
……こぼしてるのに?
今思えば、食べられていないよね?
……ちゃんとは、ね?
水野さんに、食べ方が汚いって嫌われていたかも……?
……私、食べ方が汚いひとって嫌いなの。
……。
……これは、本当。
あぁ……おばあちゃん、直して呉れてありがとう。
ふふ……。
……。
なに……?
……水野さんの箸の持ち方を思い出してる。
思い出さなくていいわ。
あう。
……。
……。
見なくていいから。
……何も、言ってないよ?
そうね?
……あのさ、水野さん。
なぁに、木野さん。
あたしが知らないことってまだまだある……よね?
……さぁ?
その顔は、まだまだあるって顔だ……。
あったとして……全部言ってしまったら、詰まらないでしょう?
詰まらなくは、ないけど……。
……私が詰まらないの。
あ、はい……。
……顔、笑ってるけど。
言われてない好きがまだまだあるのかなって思うと……さ。
好きとは、限らないわよ?
……え。
もしかしたら、嫌いなことかも。
え、えぇ……。
他にも、不満とか?
あ、あぁ……。
少しずつ、ね……?
……出来れば聞きたくないけど、水野さんとふたりでこれからも生きていく為なら。
……。
不満は、聞いておかないと。
言って呉れたら、改めるようにするから。
……嫌いなことは?
……。
聞いて呉れるの?
……直すから、言って欲しい。
そう……?
でも、出来れば。
……出来れば?
優しく言って呉れたら、嬉しいな。
嫌いなことを?
……叶うなら。
……。
う?
……今のところ、ないわ。
ふへ?
……ふふ、間抜けね。
……。
うん……やっぱり、柔らかいわ。
……ふき?
ふき?
……。
……好きよ。
へへ……。
……それで。
ほれで……?
……見せて、呉れる?
うん……後でね。
……今ではないの?
今は……まだ。
ん……。
もう少し……水野さんと、こうしていたい。
ひさしぶり、だから……?
……それも、ある。
誕生日は、終わったけれど……。
……起きるまで誕生日じゃ、だめかな。
だめ。
……家に帰るまでが遠足って、言わなかった?
聞いたことないわね。
……興味がなくて、聞いてなかったんじゃ。
それに、遠足と誕生日は全然違うわ。
……楽しみにしてるという意味では、似てると思うな。
生憎、私はどちらも楽しみにしたことはないの。
……あ。
寧ろ、どちらも嫌いだったわ。
……ごめ
15歳の誕生日を除いて、ね。
……。
ん……ちょっと。
……16歳の誕生日も、楽しみにしてて欲しい。
16歳……。
……高校生になれなくても、16歳にはなれるだろう?
生きていれば、ね……。
……生きているよ。
世界が、終わっても……?
……白が、優勢なんだろ。
優勢だからって……この世界を存続させるかは、分からない。
……。
……楽しみにしているわ。
……。
あなたの16歳の誕生日も……。
……うん。
……。
今日は……今日も、しあわせだ。
……続けば、
……。
……。
……水野さん?
し。
……。
……何か、聞こえる。
何か……?
……鈴の、ような。
鈴……。
……。
……微かに、聞こえる。
……。
なんだろう……この音は。
……終わりの、音。
……。
……だと、したら。
違う。
……木野さん。
違う……違うよ、水野さん。
……。
まだ、終わらない……終わらせない。
……終わらせ、ないで。
……。
まだ……終わりたく、ない。
……大丈夫だよ。
……。
大丈夫だ……。
……。
だから、亜美……あたしを強く、抱き締めていて。
……まこ、
27日
……はぁ。
……。
あみ……。
……も、ぅ。
ん……。
……おわり、なの。
……。
……ねぇ。
やすんでるだけ、だよ……。
……そんなの。
ゆっくり、したいんだ……ひさしぶり、だから。
……。
……ものたりないかい?
つよくって、いったのに……。
……じゅうぶん、つよいとおもうけどな。
わたしが、そうかんじていない。
……。
……ね、まこと。
な、なに……?
ほんとうは、なにをかんがえているの……。
……なにをって。
なにを、かんがえているの。
……いつも、どうしてこんなにかわいいのかなって。
おしえて。
……。
……あばらのほね、うかんでる?
……っ。
やっぱり。
な、なにが、や
このからだのこと、でしょう。
……。
ちがうなんて、いわせない。
……もっと、ごはんを食べさせてあげたい。
もとに、もどっただけよ。
ううん……今の方が、痩せていると思う。
……きもちわるい?
そんなこと、思うわけがない。
……。
ただ……折れて、しまいそうで。
……。
少しでも、強くすると……簡単に。
……だから、できないのね。
壊したくない。
……。
……こわしたく、ないんだ。
こわれないわ。
……。
……そんなに、やわじゃない。
だけど……こわいんだ。
……。
あたし……無駄に、力が強いだろ?
……まこと。
……。
確かに、今の私の躰は……あなたの、半分の力でも、折れてしまうかも知れない。
……やっぱり、出来ない。
……。
できないよ……。
……あなたは、加減が上手だと思うの。
かげん……?
……そう、力の加減。
……。
昔から、ね……。
……そう、かな。
昔の、子供だった頃のこと……憶えている?
……なんとなく、朧げだけれど。
あの頃の方が、下手だったわ。
……。
我慢も、ろくに出来ないし……ね。
……ごめん。
ふふ……今のあなたが謝ることではないでしょう?
だけど……ごめん、ばかで。
そうねぇ……ばかなのは、変わらないわね。
……う。
成体になったあなたは……幼体の頃に比べて、ずっと加減が上手になっていて。
……そう、だったかな。
ふふ……。
……やっぱり、下手だったんじゃ。
優しかったわ。
……。
優しいのは、幼体の頃から……まるで、壊れものに触るみたいに。
……。
今のあなたと、同じ。
……物足りないと、感じた?
……。
亜美……?
……言いたくない、ですって。
え、誰が……?
……。
……?
ねぇ……ユゥ。
……あ。
私は、大丈夫よ……。
……メ、ル?
憶えていて、呉れた……?
……心の底から、浮かんできた。
同じ、ね……。
……本当に、メルなのかい。
あなたは、本当にユゥなの……?
……良く、分からない。
私も、同じ……。
……でも、ちゃんと木野まことのままだと思う。
そう……。
……メルも、同じかい。
うん……同じだと、思う。
……そっか。
心に、浮かんでくる……その言葉を、紡いでいるだけ。
……あぁ、同じだ。
ね……。
……なんだい。
こんな、世界になって……なって、しまって。
うん……。
……後悔、してる?
後悔……どうして?
……使命に、従っていれば。
してない。
……。
ふたりで、前世など関係なく、この生を生きるって決めた……だから、後悔はない。
……あなたが後悔することって、あるのかしら。
あるさ……。
……それは。
聞きたいかい……?
……ううん、やっぱりいいわ。
そっか……なら、言わないよ。
……うん。
……。
ねぇ……まこと。
なんだい……亜美。
私達が、私達で居るのは……居られるのは、昔のふたりが痛みを引き受けて呉れているから。
ふたりが、痛みを……?
……こんな世界になってからは、特に。
えと……どういうこと?
……。
ん……メル?
……ううん、亜美よ。
あ、うん……。
……。
亜美……。
……とっくに、おかしくなっていたと思うの。
おかしく……。
……今のこの世界で正気を保つのは、とても難しいと。
邪に、染まりやすいから……?
……それだけじゃない。
……。
黒に染まった、明けることのない空……漂う、異臭……壊れてゆく、人々……ひとのこだった、異形の者達……。
……。
あなたも、私も……この手で、ひとのこだったものを。
……あぁ。
それでも、心が……壊れずに、済んでいるのは。
……あたしの場合だと、ジュピターが?
きっと……。
……。
おかしいかも、知れないけど……私は、そう思うの。
……何も、浮かんでこない。
聞いてみたの……?
うん……でも、何も浮かんでこないんだ。
……言いたくないのね。
かっこつけてるのかな……。
……ふ。
ん……?
……あのひとのことだから、そうかもしれないわ。
あのひと……。
でも、そうね……一線を越えて、そのまま、転げ落ちてしまっただけなのかも知れない。
……。
ひとを、食い物にするような輩と……大して、変わらな
ちがう。
……。
……あいつらとは、ちがうよ。
まこと……あなたは、そう言うと思っていたわ。
だって……そうだろ。
……。
……違うって、言って呉れよ。
言うだけなら、幾らでも。
……っ。
……あぁ、けど。
亜美……あたし達は。
……昔の私に、なすりつけて。
……。
ね……そんな顔、しないで。
あなたは……私の、たったひとつの希望なの。
希望……あたしが?
……そうよ。
あたしが、亜美の……希望。
……出逢った頃から、ずっと。
……。
ん……まこと。
……亜美は、あたしの、たったひとつの希望だよ。
真似……?
……そう聞こえたら、ごめんよ。
ふふ……いいわ。
……。
……昔のあなたは、徐々に、上手になっていた。
加減……?
あなたは……それを引き継いでいるような、そんな気がする。
……だと、いいな。
ね……やっぱり強くは出来そうにない?
……。
私に……夢中に、なって?
……っ!
なれない……?
……そんなわけ、ない。
ほんとう……?
……あたしが、どれだけ。
……。
やって、みるよ……。
……ん。
だけど、痛かったら……すぐに、言って。
……ええ、すぐに言うわ。
……。
ん……、……ん。
……あっ。
な、に……?
……やすみ、もういいかな。
……。
もうすこし……む。
……もぅ。
あ、あー……えと、ごめん?
……ばか。
26日
……うん、これくらいかな。
……。
どうだろう。
少しでもしっとりして呉れればいいなって思ってるんだけど。
……一度くらいじゃ、分からないわ。
まぁ、そうだよね。
何度か、使ってみないと。
……。
だけど、合わないようだったらすぐにやめよう。
余計に、手が荒れてしまうから。
……まぁまぁ、だとは思うわ。
まぁまぁ?
……あなたは、どう思う?
あたし?
……私の手。
うーん、そうだな……ちょっとは、いいような気がするけど。
……。
んー……。
……どう、かさかさする?
あまり、しないかも。
……なら、そういうことよ。
……。
なぁに?
……もう少し、触ってて欲しいなぁって。
いや。
……今でなくても、いいよ。
そういう気分になったらね。
……はい。
それで。
うん?
木野さんは、塗ってみてどうなの。
あたしは……うん、まぁまぁかな。
匂いも、嫌いじゃない。結構、好きかも。
そ。
……。
触らなくて、いいから。
……ほっぺた。
いいから。
……はい、分かりました。
……。
ん。
……これなら。
これなら……なに?
別に。
……この手で、ふれても
勘違い、しないで?
……あい。
あい?
……はぁい。
……。
世界が元に戻ったら、お礼の意味を込めてこのメーカーのハンドクリームを買おうかな。
……この世界が元に戻ることは、もう、ない。
……。
また、新しくやり直すことになる。
一から、全て。
……やり直す、か。
そうなったら……きっと、憶えていないわ。
出来るだけ、憶えていようと思っているけど……。
……私達の関係も、きっと、リセットされてしまう。
うん?
……だって。
リセット……て、どういう意味?
新しく、やり直すんだもの。
それは、壊れてしまったこの世界で、人々が一からやり直すという意味だろう?
だったら、あたし達の関係がリセットされることなんて
もしかしたら。
……。
……もしかしたら、出逢いからやり直すかもね。
出逢いから……。
……。
新しくやり直すって……そういうこと。
……或いは、二度と出逢わないかも知れないわ。
それはない。
……それは、私達が前世からの因果の糸で
そうじゃなくても、あたし達は出逢うよ。
………どうして、言い切れるの?
言い切れるんじゃなくて、言い切るんだ。
……。
必ず、見つける。
何度世界が壊れて、リセットされようとも……何度でも出逢って、一から始めるんだ。
……いいわね、単純で。
水野さんが難しく考えて呉れるから、さ。
これぐらいで、丁度いいだろ?
……。
手の具合は、どうだい?
……馴染んできたわ。
あたしも、馴染んできたよ。
……もしかしたら、合っているのかもね。
そうだといいな。
……このハンドクリームがある間は。
ん?
……荒れずに済むかも知れないわ。
ん……そうだね、大事に使おう。
……アロエ成分が含まれているクリームは、初めてだけど。
あたしも初めてだ。
肌に良いとは聞いていたけど、本当に良いものなんだね。
……。
アロエと言えば、火傷した時にその葉っぱを
ねぇ、木野さん。
ん?
その知識は間違い。
へ。
火傷にアロエを塗ったら、より、酷くなる可能性があるの。
え、そうなのかい?
ええ、そうなの。
だけど、いいって良く聞くよね?
あくまでも、民間療法。
民間療法……。
アロエの葉に付着した雑菌が直接傷口に触れることで、感染を引き起こす可能性があるの。
感染……それは、だめだね。
冷却と保湿、それから保護の効能を期待して、だとは思うのだけれど、であるならば、初めから適切な処理をした方がいい。
適切な処理って?
まずは、兎に角冷やすこと。
水道水に患部を当てて、15分から30分ほど冷やすの。
い、痛そうだ……。
冷やすことで火傷の進行を止めて、痛みも押さえることが出来るの。
だから、痛いとは思うけれど、我慢して。
……気を付けよう。
冷やす際、衣服は脱がなくてもいいわ。
ん、いいの?
無理に脱いだり脱がしたりすると、熱の作用が持続してより深い火傷になったり、水疱が破れて痛みが強くなったり、治るのに時間がかかってしまうから。
……想像するだけで、痛い。
処置が済んだら、病院に行って。
創部を冷やしながら、出来るだけ早く。
あれ、薬は? ぬらなくていいの?
自己判断で薬を塗ってしまうと、その後の治療に差し触りが出てしまうかも知れない。
だから、医師の診察治療を受けるまで勝手なことはしないで。
早く火傷を治して、傷痕も最低限にする為に。
そっか……うん、憶えておく。
……と、言っても。
……。
まともな医師が、この世界に残っているかどうか。
まだ、残ってるよ。
……そうとは、思えない。
ゼロじゃない……きっと。
……ひとのこの心はすぐに邪に付け込まれて、染まる。
みんながみんな、じゃないさ。
……昔は、そうだったでしょう。
……。
……ひとのこは、あの頃と何も変わっていないわ。
だけど、まだ。
……。
そこまでじゃないと、思うんだ。
……万が一、まともな医師が残っていたとしても。
……。
治療に必要な薬が、残っているかどうか。
……それは。
残っていなければ、薬を必要とする治療は二度と受けられない。
今の、この世界で……誰が、薬を作れると言うの。
……。
アロエのハンドクリーム……どれくらい、もつかしらね。
大事に、無駄のないように使えば……すぐには、なくらないよ。
……そうね。
なくなる前に、また見つけてこよう。
……あの元ドラッグストアに行って?
いや……あそこには、出来れば行きたくないな。
……なくなっていて、良かったわ。
え?
……月経。
あぁ……。
……あったら、すごく面倒だったもの。
うん……すごく、分かる。
……。
水野さん。
……なに。
ハンドクリームのぬりあいっこもしたし、今夜は休もうか。
……。
それとも……。
……もう、その気はなくなったわ。
あ、うん、そっか。
……。
……。
……その気にさせて呉れるのでは、なかったの。
うん……そのつもりだったよ。
……だった?
……。
自信はどこに行ってしまったの……?
……うん、ちょっと散歩に。
散歩って。
……顔が、酷く疲れてる。
……。
だから……抱けないよ。
抱きたくない……の、間違いでしょう。
……抱きたいよ、すごく。
だったら。
……だけど。
プレゼント……いらないの。
……水野さんは、ものじゃない。
……。
その代わり、抱き締めながら眠りたい。
ね、いいだろう?
……ばか。
あ。
……木野さんのばか。
あ、あぁ。
……もう、いい。
水野さ
……。
亜美。
……っ。
ごめん。
……どうして謝るの。
やっぱり、触れたい。
抱きたい。
……その気になんて、もう。
させて、みせる。
……散歩に行ってしまったんでしょう。
自信は。
……。
だけど……水野さんへの欲は、いつだって、ここにある。
……。
どこにも、行かないんだ。
……それで、その気になるとでも。
思わない。
……。
だけど……諦めない。
……ほんとう、ばかなひと。
うん……。
……。
……亜美。
だきしめて。
……。
……だいて、つよく。
25日
……よし、充電完了。
……。
水野さん、こっちは終わったよ。
……そう、お疲れさま。
ん、ありがと。
……。
水野さん、今日はもう無理しない方が。
……水は、生きる上で欠かせないものでしょう。
今日は、これだけあれば十分だから。
……今日は十分でも、明日はそうではないかも知れない。
明日は
……休むのでしょう。
……。
それに夜中、喉が渇いた時に……なかったなんて言っても、応えないわよ。
……もう少し?
今日は、躰を拭きたいの……。
……。
木野さんも、でしょう……?
……けど、水野さんに無理して欲しいとは思わないよ。
平気よ……明日、お休みするのだから。
……。
……何か食べるつもりなら、食べていて。
ううん、ここで水野さんを見てる。
……気が散るのだけど。
見てたいんだ。
……。
いいだろう?
……しょうがないひとね。
ん、ごめんね。
……はぁ。
……。
水気よ……。
……あぁ。
……。
相変わらず、きれいだ……。
……水が、でしょう。
水も……だよ。
……。
……水野さんが一番、きれいだ。
ばか……気が、散る。
……ん、ごめん。
もう、少し……。
……。
は、ぁ……。
……あたし達の、力は。
……。
便利だなぁ……。
……ふ。
ん?
……。
み、水野さん?
……何を言っているのよ、あなたは。
え、あたし、何か変なこと言った……?
力が便利って……何よ、それ。
あ、あぁ……いや、なんとなく、便利だなって思って。
ほら、戦い以外にも使えるだろ……?
……だからって、ひとが力を使っている時に。
ご、ごめんよ。
おかげで、気が抜けてしまったわ……。
水はもう、十分だから。
これくらいにしておこう、ね?
……。
あの……ごめんなさい。
ふ……いいわ、もう。
あ。
はぁ……疲れた。
うん、お疲れさま。
……ありがとう。
部屋に戻って、一緒に休もう。
……ごはんは?
軽く食べようと思う。
……しっかり食べた方がいいんじゃないの、食べられるのなら。
うーん……けど、そこまでじゃないんだ。
ふぅん……そう。
その代わり、明日の朝はちゃんと食べようと思ってる。
水野さんは……
……。
……少しだけでも。
軽く、食べるわ。
……うん、分かった。
それにしても、便利って……ふふ。
お、面白かったかい?
まぁ、確かに?
電気と水を自力で賄えるのは便利よね。
だ、だろ?
普通のひとのこでは、到底、持ち得ない力だわ。
おかげで、ふたりでも十分に生きていける。
……皮肉?
そう聞こえたのなら、そうかもね。
……。
感謝は、しない。
だけど……避難所やらに行かずに、あなたとふたりだけで居られるのは。
うれしい……?
……嬉しいは、妥当ではないわね。
え、と……。
……あなた以外のひとは、信用出来ない。
……。
だから……そうね、都合がいい、かしら。
……そっか。
どうして?
え?
嬉しそうに笑うの?
嬉しいからだよ。
都合良く、利用されているだけかも知れないのに?
今までだって、
水野さん、あたしのこと好きだろ?
……は?
好きだから、信用出来るんだろ?
信用、して呉れてるんだろ?
……。
だから、嬉しいよ。
……本当、ばかなひと。
……。
だけど……そんなところも、好きなのよね。
……へへ。
何。
ううん……プレゼントだなって。
プレゼント?
……好きって、言ってもらえたこと。
……。
ふふ……。
……こんな言葉が。
すごくすごく、嬉しいんだ。
……。
さ、水野さ……え。
……。
な、何、してるの……?
……あぁ、ここじゃない方がいいわね。
え……え?
それとも……脱がしたい?
な……っ。
……あげるわ、プレゼント。
ま、待って、急に何を言って
今の私には、こんなものぐらいしかあげられないもの。
……!
……あなたは、私の15歳の誕生日のお祝いにプレゼントを呉れたわ。
……。
きれいな青緑の、双対多面体……今はもう、どこかに行ってしまったけれど。
……また、あげるよ。
ケーキだって、栗のものを用意して呉れて……。
……うん、良いいちごがなかったから。
私だって、考えていたのに……。
……。
考えて、いたの……。
……うん、ありがとう。
お礼なんて、言わないで……結局、何も用意出来なかったのだから。
どうしようもないよ。
……。
どうしようもなかったんだ……だから、いいんだよ。
……良くないわ。
水野さん……。
ケーキは無理でも、プレゼントなら……世界が、こうなってしまう前に。
……。
色々、考えていたのに……。
……水野さん。
やだ……さわらないで。
……ごめん、さわりたい。
こんなの……。
……欲しいよ、何よりも。
……。
だけど、今じゃないかな……。
……やっぱり、
後で。
……。
……後で、欲しい。
気が、変わってしまうかも知れないわ……。
……その時は、その時だよ。
なによ、それ……やっぱり、ほしくなんて。
その気にさせてみせる。
……。
言ったろ……何よりも、欲しいって。
……ばか。
うん……昔からね。
……。
さぁ、戻ろう……ここは、寒い。
……木野さん。
なに?
……抱き締めて。
……。
今じゃなくて……あ。
……大好きだ。
ぅ……。
……ずっと、ふたりで居たい。
ばか、ね……。
……うん。
わたしが、あげないといけないのに……。
……いいじゃないか、あたしだってあげたいんだ。
きょうは……。
……あたしの誕生日だから?
おいわい、されたいのでしょう……?
うん……されたい。
……だったら。
あたしも、あげたいんだ。
……。
だから……いいだろ?
……ほんとう、ばかなひと。
ね……あたしの躰、熱いかい?
……あついわ、ひどく。
後で……分けてあげたい。
……。
もらって、呉れるだろ……?
……いいわ、もらってあげる。
ん……ありがと。
……。
……部屋に、戻ろうか。
だいじょうぶなの……?
……うん?
蓄電……しっかり、した?
うん……しっかり、したよ。
……いやよ、急に切れるなんて。
大丈夫……それは、ない。
……信じても?
うん、信じて……。
……。
さ、水野さん。
……雷神。
え、なんだい?
あなたの力って、便利ね。
……んっ。
なぁに……?
いや……便利って。
あなたが、言ったんじゃない。
言われると……ちょっと。
ちょっと?
……気が抜けるね?
……。
はは……。
……私の気持ち、分かった?
24日
ね、水野さん。
帰ったら、まずはごはんにしようか。
……ハンドクリームは?
ハンドクリームのぬりあいっこは、その後の楽しみに。
……。
ごはん、食べたくない?
……木野さんは?
あたしは……明日に備えて、少しは食べておきたいと思ってる。
……。
無理はしなくていいよ。
明日は
ひとりで、行かせると思っているの。
……思ってないよ。
なら、言わないで。
……休もうって、言おうと思ったんだ。
本当に?
ここのところずっと、動きっぱなしだったからさ……少しは、躰を休ませてあげないと。
……食糧はどうするの。
今日の探索で見つけたものを蓄えに回すことが出来そうだからさ、一日ぐらい休んだって平気だよ。
……楽観的。
今日一番の収穫はなんと言っても、パックごはんかな。あと、カップラーメンもありがたい。
賞味期限なんてもう気にしてないけど、それでも保存期間はなるべく長い方がいい。
……蓄えに回すことが出来ると言っても微々たるもので、余裕なんてどこにもないのに。
無理をして倒れてしまう方が、非効率的だ。
いづれ、尽きる……世界が、このままである限り。
あたしは一日でも長く、水野さんとこの生を生きていたい。
……。
出来れば、来年の誕生日も。
……来年の話なんて。
鬼が笑う?
笑いたいなら、笑わしておけばいいさ。
……。
ね、水野さん。
明日一日とは言わない、半日だけでもちゃんと休もう。
……。
ひとり、残していくのも嫌なんだ。
誰も、近付けないようにはしてあるけど。
……じゃあ、言おうとしないで。
……。
木野さん。
……うん、もうしない。
……。
そろそろ、着くよ。
……下ろして。
うん?
ここからは、自分で歩くわ。
……だけど。
歩かせて。
……分かった。
……。
だけど、無理だけはしないで欲しい。
……分かっているわ。
……。
早く。
ん……今、下ろすよ。
……。
……大丈夫かい?
ええ……大丈夫よ。
……そっか。
はぁ。
……。
さぁ、行きましょう。
……うん、行こう。
……。
……。
……ねぇ、木野さん。
なんだい、水野さん。
……帰ったら、あなたの誕生日のお祝いをしてあげるわ。
本当?
……されたくないのなら、しないけど。
されたい。
……ケーキも何も、ないけれど。
いいよ、水野さんが居て呉れるなら。
……本当に何もないわよ、それでもいいの。
水野さんが居るじゃないか。
……。
ケーキとかプレゼントとか、そんなのがあったところで、水野さんが居なければ……何もないのと、同じなんだ。
……同じではないわ。
同じだよ、あたしが欲しいものは水野さんだけなんだから。
……。
しあわせなんだ。
……こんな、壊れてゆくだけの世界で。
あたしは、ひとりじゃない。
愛しいひとが、傍に居て呉れる。
……。
あたしの誕生日を、お祝いして呉れる。
こんなしあわせなこと、他にはないよ。
……あぁ、そう。
うん、そうなんだ。
……。
家、見えてきた。
……何者かに荒らされていなければ、いいけれど。
そんな奴が居たら、それはひとのこじゃないな。
……。
あの家は、水野さんの水気とあたしの雷気で守られている。
並の人間では、近付くことすら出来ない。
……そうだと、いいけれど。
近付こうものなら……ドンっ、だ。
痺れるくらいじゃ、済まない。
……。
そもそも、ひとのこの目には映らないだろう?
水が反射して、
……っ。
水野さんっ?
……大丈夫よ、なんでもないわ。
なんでもあるよ。
なんでもないから。
痛いって、言ったじゃないか。
言ってないわ。
言葉にならなかっただけだろ。
なってないのだから、言っていないわ。
言っていなくても、あたしにはそう聞こえたんだ。
本当に
水野さん。
……。
……あたしから、奪わないでよ。
奪うって、何。
……痛かったんだろう?
もう、すぐそこなのよ。
そうだね……でも、だから何?
あなただって、
あたしは、雷神だ。
雷神は
違う、あなたは木野さんよ。
ただの、木野さんなの。
……。
嫌がっていたくせに、どうして言うの。
……嫌でも、言わなきゃいけない時があるからだよ。
私が言わせているとでも言うの。
違う、あたしの意思で言っているんだ。
そのきっかけを作ったのは……ぅ。
……水野さん。
……。
言うことを聞いて呉れないのなら……食糧は、ここで捨てていくことになる。
……ここまで、来たら。
さぁ、それはどうだろうね。
この世界が今、どんな状況なのか……水野さんが、知らないわけがない。
……そんな理屈で、私が納得するとでも。
思わないよ……思わないから、力を行使しようとしてるんだ。
……。
賢明な水野さんなら……あたしの言うこと、聞いて呉れるよね。
……本当になんでもないの。
まだ、言うのかい。
……だけど、背中を貸して。
……。
歩けないわけじゃない……けれど、無理はしない。
……おいで、水野さん。
……。
よし、立つよ……しっかり、掴まっていて。
……言われなくても。
うん……。
……。
……。
……ねぇ。
なんだい……。
……やっぱり、食べられそうにない。
そっか……。
……だから、明日は。
休もう、ふたりで。
……。
……ひとりには、なりたくないんだ。
あなただけじゃない。
……ん。
あなただけじゃ、ないから……。
……嬉しいな。
私は……嬉しくない。
あはは……。
……笑わないで、腹が立つから。
はーい……。
……。
……木星。
……。
見えないな……あんなに大きくて、明るい星なのに。
……見たいの。
いや、別に。
……何よ、それ。
はは……。
……だから、笑わないで。
はい……。
……。
……。
……名前、どれにするの。
名前……?
……家を守る、力。
あぁ……どうしようかな。
……。
水野さんも、考えて呉れる?
……伏雷。
え……。
……いやなら、いい。
ううん……それでいい、それがいい。
……そ。
23日
……え?
だから、鳴雷って何。
あれ、知らなかったっけ?
古事記の
黄泉国で腐敗した伊耶那美神の躰に成っていた八種の雷神、八雷神(やくさのいかづちのかみ)の一柱。
うん、やっぱり知ってるよね。
大雷、焔雷、黒雷、析雷、若雷、土雷、伏雷、そして鳴雷。
流石、水野さん。
それで?
析雷と悩んだんだ。
水野さんは、どっちが良かったと思う?
どちらでもいいわ。
若しも、水野さんが析雷の方がいいというのなら、
どちらでもいいと言ったでしょう?
……。
で。
……言われると思ってた。
それなのに、わざわざ聞くのよね。
……答えて呉れるかも、知れないから。
……。
聞かなきゃ……さ?
はぁ。
……。
私は、鳴雷で良いと思うわ。
……本当?
本当。
……。
理由は、言わない。
……ん、分かった。
それで、どうして?
や……なんとなく、格好良いかなと思って。
格好良い?
……まだちょっと、言い慣れないんだけど。
子供。
……まだ、大人ではないし。
小学生。
……それに、あたしの力は雷気によるものだろう?
だから?
元の名が、あまり好きじゃないんだ。
だからこれを機に、変えてみようかなって。
それで、神の名を拝借?
うん……雷の神さまだから、良いかなって。
昔は、雷神と呼ばれていたものね。
……昔は昔だよ。
八人も居て呉れたら、滅びなかったかも知れないわ。
八人も居たら、相手をするマーキュリーが可哀想だよ。
然うね、だから一人に絞るでしょうね。
それは……違った意味で、大変なことになると思うなぁ。
八人の相手をするだなんて、冗談じゃないわ。
マーキュリーも八人居れば、
気色悪い。
……あー。
材料を見るのさえ、悍ましいと思っていたのに。
……。
あなたの材料だけは、見慣れてしまったけど。
……それを考えると滅びて良かったよ、あんな世界は。
そのせいで、今の私達が居るのよ。
滅んで呉れたからこそ、今のあたし達が居るんだ。
あくまでも、前世とは別物の生としてさ。
……別物、ね。
然う、別物だよ。
一緒にされてたまるか。
……結果、この世界は滅びかけている。
……。
あの月は、どこまでも追いかけてくるの。
そう……どこまでもね。
……次の生にも?
来るでしょうね……屹度。
ならば。
……。
今度こそ、壊してしまおう。
……そんなこと、本当に出来ると思う?
出来ると、言いたいところだけれど。
……この世界を、引き換えにして。
世界はどうでもいいんだけど、今の水野さんを失うのは嫌だな……お。
……。
水野さん、ハンドクリームを見つけたよ。
まだきれいだから、使えると思う。
……そう。
帰ったら、早速使おう。
ぬりあいっこ
しない。
……今日は、あたしの。
誕生日。
……しよう?
確かめるだけではなかったの。
確かめるついでに……ね?
……考えておいてあげるわ。
うん、考えておいて。
……場所、変えましょうか。
そうだね、ハンドクリームも見つけたことだし。
食料はやっぱり、難しいわね。
ほぼほぼ、食べ尽くされている。
もう一度見て、それから帰ろう。
ええ。
缶詰がもうひとつ……ふたつくらいあれば、御の字なんだけど。
干し柿とか、ないかな。
……。
水野さん?
……ここを、拠点にしていたのよね。
……。
嫌なにおい……もう二度、来たくないわ。
もう、来ないよ。
ここの探索は今日で終わりだ。
……そう願いたいわね。
あたしも、二度と来たくないから。
……。
もう、来ない。
……うん。
……。
……。
……離して、やったけど。
……。
他でまた、同じことになるかも知れない。
……そうならないとは、言えないわ。
まだ、子供だった。
……。
多分、小学生くらいの。
……そうね。
残されていた、骨の中にも。
……飢餓状態は、ひとを獣に変えるわ。
だからって、あれは獣以下だ。
遊んで、殺して……挙句。
一線を越えれば、あとは転げ落ちていくだけ。
……。
……もう、来ないのでしょう。
あぁ……もう二度と、ここには来ない。
……。
……
……どうでもいいことを話題にしたところで、気分は変えられなかった。
仕方ないさ……あれを見てしまったら。
……。
見慣れるものじゃあ、ない……今は、まだ。
……残っているとは、思わなかったの。
……。
反応は、確かになかった。
それなんだけど……どうして、反応しなかったんだろう。
……帰ったら、調整してみるわ。
うん……。
……行きましょう、木野さん。
ねぇ、水野さん。
……何。
もう、帰ろうか。
……。
一応、収穫はあった。
ならばもう、帰ってもいいと思う。
……缶詰のひとつくらい、まだ残っているかも知れないわ。
残っているかも知れないけど……残っていないないかも、知れない。
……。
帰ろう、水野さん。
……あなたはいいのね、それで。
うん、いいんだ。
……持つわ。
じゃあ、ハンドクリームを。
……。
ね、大事に使おうよ。
……くれぐれも、出し過ぎないようにね。
ん、気を付ける。
……。
……水野さん?
ん……。
……どうした?
別に……なんでも。
大丈夫かい……?
大したことないわ……少し、疲れただけ。
早く、言って呉れれば。
……気付かないあなたが悪いの。
……。
心配しないで、帰ることは出来るから。
……もう、気付いてるよ。
……。
背中に。
……折角見つけた食糧を、捨てていくというの。
ううん、持って帰るよ。
……私を背負って。
括りつけてもらっても、いいかい?
……は。
前に食糧、後ろに水野さん。
ね、完璧だろう?
ばか。
え。
……。
水野さん……?
……歩けるところまで、自分の足で。
……。
あなたの手は、出来るだけ、空けておいた方がいい。
……。
帰りましょう……木野さん。
……うん、帰ろう。
……。
星は……やっぱり、見えそうにないや。
……月ならば、見えなくてもいいわ。
22日
-Silver Tone(前世3)
相変わらず、酷いもんだなぁ。
……。
何か変わったことは、あるかい?
……特段、何も。
この有様じゃ、変わったことを見つける方が難しいか。
……受験予定だった学校の校舎が、崩れ落ちたくらいかしら。
受験勉強、頑張ってたんだけどな。
……続けるわよ、勉強は。
うん、続けるよ。
お勉強は、受験の為にあるわけではないからね。
……宜しい。
因みに、中学は?
……今のところ。
それは残念だ。
……図書室は?
それは、素直に嬉しい。
本が残っていたら、余計に。
……一応、学校全体が避難所になっているみたいだから。
避難所、か。
物資は。
……届くわけ、ないわね。
だよなぁ。
酷いのは何も、この地域だけではないから。
屋根がある場所で寝泊りが出来る分だけ、ましと考えるか。
……寝泊りすら、儘ならない。
まぁ、状況は良くないだろう。
……一部の男達が、良いようにやっているみたいよ。
力で支配しようとする畜生以下の奴らだろ、分かるよ。
……。
老人と幼い子供は、もたないな。
……良く通っていた図書館も。
うん?
……ほぼ、全壊。
え。
……他は、かろうじて。
あの図書館が、全壊……それは、一大事じゃないか。
あーぁ、まだ読んでない本が沢山あったのに。
……他がまだ、残っているわ。
建物がかろうじて、だろう?
今頃、火を熾すのに使われているかも知れない。
……文化など、脆いものよ。
築くのは、大変なのに。
……。
水野さん?
……ひとり。
女?
そこまでは特定出来ない。
相手は?
数人。
助かりそうかい?
いえ、難しいでしょうね。
よしんば、助かっても。
そっか。
行くの。
行ったところで、助からないのなら。
……然うだとしても、「小骨」は残らないわ。
「小骨」、か……もう、今更だけど。
……私は、どちらでも構わない。
無駄な労力は、使いたくない。
……そう。
でも、そうだな。
場所は、どこ?
……何故?
若しかしたら、何か使えるものがあるかも知れない。
……何か使えるもの、ね。
食べ物だと、いいなぁ。
……まず、ないでしょうね。
日用品でもいいんだけど。
……。
それで。
……指の先の、あの大きな瓦礫。
指の先の、大きな瓦礫……て、瓦礫ばかりだよ、水野さん。
……元はドラッグストアだった。
ドラッグストア、あんなところにあったっけ。
……データ上では、そうなっているわ。
うーん……。
……何度か、一緒に行ったことがあると思うけれど。
あっ、あの店か。
シャンプーとリンス、あとはハンドクリームかなんか買ったっけ。
……距離は。
ここからだと……あぁもう、瓦礫ばかりで目測し辛いな。
……。
とりあえず、走って
木野さん。
ん?
……。
若しかして、終わってしまった?
……そして、こちらに来るみたい。
こちらに?
どうして?
知るわけない。
まぁ、そうだ。
……動き出した。
時間は?
道がこんなんじゃ、徒歩だろう?
……30分ほど。
30分か……。
……十分に、避けられるわ。
うん、そうだね。
無駄な労力を使いたくないのなら、避けるべきね。
……。
……はぁ。
まだ、瓦礫の傍?
……丁度。
そっか……それじゃあ。
……。
……うん、これくらいかな。
避けるべきだと、思うけれど……まぁ、良いわ。
疾れ、我が雷気……鳴雷(なるいかづち)。
……発散にも、なるし。
あ、まずい。
……は?
少し、ずれた。
……いいえ、寧ろ好都合。
うん?
……。
お。
……これで、こちらに来ることはなくなった。
そっか、運がなかったな。
悪運が尽きただけ、でしょう。
なんにせよ、残念な最期だ。
……念の為、行ってみる?
水野さんは、どう思う?
何かあると思う?
……。
はは。
……食料なら、まず残っていない。
日用品は?
……若しかしたら。
うーん、そうか。
……ハンドクリーム。
……。
手が、かさかさなの。
どれどれ……いた。
……。
触らないと、分からないと思ったから。
私が分かっているから。
じゃあ、あたしの手を。
は?
かさかさか、確かめて欲しいなって。
自分で、
水野さん、憶えてるのかな。
……。
今日は、
あなたの誕生日。
うん、そうなんだ。
……。
だから、ね?
……帰ってから。
え、なに?
部屋に、帰ってからにして。
でもさ、それだと、
ドラッグストアだったのなら、探索する価値はあるわ。
……瓦礫、だけど。
何。
何でもないです。
ほら、行くわよ。
はい、水野さん。
……。
足元、宜しくないから、気を付けてね。
……木野さんもね。
うん。
……。
元ドラッグストアを探索したら、今日は帰ろうか。
今は、日が暮れるのが早いからさ。
……日が暮れなくても、薄暗いけれど。
それでも遅くなると、ろくでもない輩が増えるから。
……。
帰ったら、ごはんを作るよ。
食べて呉れるだろう?
……仕方ないから、食べてあげるわ。
うん、ありがとう。
……。
ねぇ、水野さん。
……何、木野さん。
どちらが、優勢?
……。
白?
それとも。
……どちらとも、言えない。
……。
ただ……白が飲み込まれれば、間違いなく、この星は。
黒に染まる。
……。
どちらも、嫌だけれど……仕方ない、な。
……木野さん。
水野さんと一緒に、生きる為だから。
……私は。
生きるんだ。
……生きたい、ではなくて?
生きたい。
……。
水野さんも同じなら、嬉しいと思う。
……とりあえず。
とりあえず?
帰ったら、お祝いくらいはしてあげるわ。
……うん?
……。
うーん……。
……されたくないのなら、しないけど。
お祝いされたい。
……そ、じゃあしてあげる。
やった。
……木野さん。
うん、確認して直ぐに帰ろう。
……。
ね。
……余所見していると、転ぶわよ。
21日
はぁ……。
うーん……華やかだ。
……優雅とでも、言うのかしら。
甘くて、濃厚で……。
……どこか、はちみつみたい。
いやぁ、良い香りだ……やっぱり、好きだなぁ。
……昔から、好きよね。
然うなんだ……だけどお値段がそれなりだから、頻繁には買えなくてさ。
……はぁ。
落ち着く……?
……あなたのにおいに、包まれているみたいで。
たまにしか、買えなかったけど……。
……私の中では、薔薇と言えばあなただから。
ふふ、そっか……。
……でも、久しぶりよね。
うん……久しぶりだ。
……。
ね……寝室にも、使っても良いかな。
……毎晩、でなければ。
ん、分かった……ありがと。
ね……もうひとつ、あったわよね。
うん、オレンジのがね……ローズと、相性が良いんだよ。
……ん。
このローズのだけでも、結構するのに……嬉しいなぁ。
……。
レイちゃんの誕生日は、一番近いから……。
……まこちゃん。
ん、なに……?
……手。
手……?
……動いてる。
あぁ……ごめん、手が勝手に。
……。
ん……亜美ちゃん。
……もう、若くはないのだから。
そんなの、関係ないさ……。
……。
本当だよ……。
……逆上せて、しまうから。
む……。
……溺れたくないの。
……。
ん……まこちゃん。
溺れるのは……ベッドで。
……。
今日は、あたしの誕生日なんだ……。
……ええ、知っているわ。
だから……。
……だけど、今はだめよ。
はい……手には、きつく言っておきます。
……なんて?
今はだめ、と。
……ふ。
はは……。
……オリーブの石鹸。
今回は、遊んでないみたいだ……なかなか、良い。
……ねぇ。
なんだい……?
……お風呂から上がったら、飲んでみない?
ギリシャのお茶……かい?
……今日は、やっぱり飲みたくないかしら。
いや……飲んでみようか。
……良いの?
うん……良いよ。
……。
夕食のペペロンチーノ、美味しかったな……。
……もっと違うものでも、良かったのに
久々にね、亜美ちゃんが作ったペペロンチーノが食べたかったんだ……。
……。
亜美ちゃんのペペロンチーノは、どこか癖になる味なんだよね……。
……それって。
美味しいって、ことさ……だから、無性に食べたくなる。
……。
ね……また、作ってよ。
……また、ね。
うん……また。
……。
……みんなに、お祝いして貰えて。
……。
愛しい人は、直ぐ傍に居て呉れる……とても、しあわせな誕生日だ。
……来年も。
うん……来年も。
……。
あたしの前に、亜美ちゃんの……ね。
……しあわせを、感じさせてね。
うん、頑張るよ……とびきりのしあわせを、亜美ちゃんに贈るんだ。
……。
……世界は、元には戻らなかったけど。
……。
だけど……皆が、当たり前に暮らせるようにはなった。
……目覚めた頃に、比べれば。
話には、聞いていたけれど……本当に、酷かった。
……文明が、リセットされてしまったようなものだから。
うさぎちゃんが、女王として……だけど、繰り返さないで。
……繰り返さなかったから。
あたし達は、歳を取る……老いて、次世代に繋げてゆく。
……。
ね……この星はもう、大丈夫かな。
……分からないわ、大丈夫だとはまだ言い切れないから。
爪跡……?
……残って、いるから。
そっ、か……。
……それでも、自分の足で歩いていく。
……。
私達で、決めたこと……。
……うさぎちゃん、元々は女王になんてなりたくなかったんだもんな。
大変だったわね……色々と。
……ん、本当に。
なりたいのは普通のお嫁さん……衛さんの。
今生は……叶って、良かった。
……私達も。
うん……あたし達も。
……。
……亜美ちゃん。
なぁに……。
……長生き、しようね。
ええ……ふたりで、ね。
うん、ふたりで……。
……ずっと、一緒よ。
うん……ずっと、一緒だ。
……生まれ、変わっても。
あたし以外のひとを、好きになっても良いんだよ……。
……どうして。
前世なんて、関係ないんだ……本当は。
……本音?
ううん、本音じゃない……。
……ばかね。
ね、また探しても良いかな……。
……私も、探すわ。
別人に、なっているかも知れないけど……。
……必ず見つける、でしょう?
あぁ……必ず、ね。
……私も、見つけるわ。
うん……。
だけど、あなた。
……う。
惚れっぽいから。
……子供の頃の、話だよ?
然うだけど。
……。
昔は、私だけだったのにね?
……だって、亜美ちゃんが傍に居なかったから。
それでも、私はあなた以外を好きになることなんてなかった。
……すみません。
ふふ……なんて、ね。
……。
あなたは、私を一途に想って呉れた……愛して、呉れたから。
……これからもずっと、亜美ちゃんだけだ。
ね……。
……なに?
まこちゃんこそ、次の生は……ん。
本音では、ないだろう?
……。
……まさか。
そんなわけ、ないでしょう……?
……。
……そんなわけ、ない。
必ず、導かれる。
……月の光に?
然う……柔らかな、月の光に。
……。
また、始めよう……亜美ちゃん。
……その時は、違う名前かも。
はは、然うだねぇ……屹度、然うだろう。
……それでも、始めましょう。
うん……新しい、名前で。
けれど……今は、今生を大事に。
……あぁ、勿論。
ん……。
……この続きは、ベッドの中で。
もぅ……。
……言うこと、ちゃんと聞いて呉れてるだろう?
然うかしら……。
……ふふ。
……。
……このままずっと、入っていたいけれど。
本当に、逆上せてしまうから……。
うん……そろそろ、出ようか。
20日
オリーブ石鹸とはちみつ、チョコレート。
これは……茶葉、だよなぁ。だけど、なんてお茶だろう。
向こうの文字なんか読めないぞ。
ここに英語が。
あぁ、本当だ。
どれどれ……グリーク、マウンテン、ティー?
ギリシャの、山の、お茶?
シデリティスとも言うみたいね。
しでりてぃす……うん、ちょっと聞いたことないな。
曰く。
うん。
生薬効果が高いと言われているハーブティーで、ギリシャの冬には欠かせないお茶らしいわ。
お茶は澄んだ緑色で、はちみつを入れて飲むと、まぁまぁ美味しいみたい。
まぁまぁって。
美奈子ちゃんには、まぁまぁの味だったのではないかしら。
然うだろうけど……まぁまぁのものを、誕生日に送ってくるあたりが美奈子ちゃんらしいと言うか。
お土産も兼ねているみたいだから。
あー、然うかい。
試してみる?
今日は、止めておこうかな。
折角の誕生日なんだし。
然う?
トルコやブルガリアでも、良く飲まれているみたいだけれど。
……。
なぁに?
亜美ちゃん、若しかして知ってる?
詳しくは知らないわ?
でも、なんとなくは知ってるだろう?
なんとなくでは、知っていることにはならないでしょう?
あたしは、聞いたこともないんだけどな?
まこちゃんにも、知らないお茶があるのね?
そりゃあ、あるさ。
世界は、広いからね?
母が、昔ね。
お義母さん?
母が昔、買ってきたことがあるの。
私は、飲まなかったのだけれど。
ギリシャで?
その時は、違うわ。
……お義母さん、ギリシャに行ったことは?
私が生まれる前に。
……あるよね、やっぱり。
その時に飲んで、気に入ったのかも知れない。
何処かのお店でたまたま見つけたから買ったと、上機嫌で言っていたような気がするわ。
何処かの店……。
勿論、ちゃんとしたお店よ?
まぁ、然うだよね。
私が、あまり憶えていないだけ。
……亜美ちゃんが?
その頃の私は、試験勉強で忙しくて。
今思えば、母は私と一緒に飲みたかったのかも知れないと……けれどあのひと、言葉にしないから。
お義母さんは、家で良く飲んでいたのかい?
それとも、あまり飲んでいなかった?
何度か、飲んでいたのは見掛けたけれど。
いつの間にか無くなっていたから、若しかしたら、職場で飲んでいたのかも知れない。
それから、買ってきたことは?
分からないわ。
そっか……お義母さん、言って呉れれば良かったのになぁ。
然うね、まこちゃんに言えば
然うしたら、三人で飲めたのに。
……私も?
勿論?
あたしと一緒なら、飲んでみても良いと思って呉れただろうから。
……。
ね?
……もう、叶わないわ。
然うでもないさ。
どうするの?
仏様に、上げれば良い。
……。
あたしの両親にも、上げてみようかなぁ。
……まぁまぁの味のお茶を?
一応、味見をしてからにするつもり。
けど、お義母さんが気に入っていたのなら……屹度、大丈夫じゃないかな。
……確か。
うん?
ほのかな甘みと……然う、清涼感。
柔らかな味わいと、爽やかな香りで……とても、飲み易いと。
お義母さんが、言ってた?
……。
亜美ちゃんと飲みたかったんだろうなぁ。
……然うかしら。
然うさ。
……本当に。
ん?
……言葉にして、ちゃんと言って呉れれば良かったのに。
……。
まこちゃんには、最後まで色々話して。
……水野母子は、照れ屋さん。
はい?
なんじゃないかな。
……違うと思うわ。
然うかな?
……然うよ。
然うか。
……。
ね、三人で飲もうよ。
良いだろう?
……良いわ。
うん。
……。
美奈子ちゃんのお土産……兼、誕生日プレゼントでお義母さんの話になるとはなぁ。
……国内から送られてきているから、今は日本に居るのかしら。
いつ帰ってきたんだろう?
最近かも知れないわ。
まぁ、別に連絡は要らないけどさ。
無事なら、それで良い。
……美奈子ちゃん、新年はどこで過ごすのかしらね。
全く、分からない。
曰く、石油王とも親しくなったらしいし。
何十番目かの妻にならなってあげても良いと、いつか、言っていたけれど。
言ってた言ってた。
レイちゃんが呆れながら聞いてた。
叶ったのかしら?
さぁ、どうだろうねぇ。
美奈子ちゃんのことだから、騙されるということはないと思いたいけど。
流石に子供ではないんだし、それは大丈夫だとは思いたい。
……。
……うん、まぁ大丈夫だろ。
然う、ね……。
それよか、オリーブ石鹸。これ、肌に良いんだよね。
だからさ、今夜は一緒に
良いわよ。
え、本当かい?
お誕生日だから、特別。
やったぁ。
……。
美奈子ちゃんに感謝しないと、かな。
……今?
はは。
もぅ、まこちゃんは。
なんてさ……大丈夫、ちゃんと感謝してるよ。
……だと、良いけれど。
マウンテンティーと言えばさ。
うん。
去年の亜美ちゃんの誕生日は、トルコのお茶とコーヒーだったよね。
……あと、ロクムとハンドクリーム。
そうそう、ハンドクリーム。
あれ、結構良かったよね。
保湿性が特に良かったわ。
さらさらなのに、しっとりしてたねぇ。
どこの国も、保湿は重要なのね。
重要だよ、とてもね。
……。
うん、さっきよりも良いかな。
……誰かさんが、丁寧に塗ってくれたから。
また塗ってあげたいってさ、その誰かさんは。
じゃあ……お風呂上りに、お願いするわ。
はい、承りました。
……ふふ。
ロクムって、なんだっけ?
砂糖にデンプンとナッツ類を加えて作る、トルコの伝統菓子。
色とりどりで一口大、柔らかくて弾力があったわ。
然うだ、最初はグミかなんかだと思ったんだ。
……ゆべしにも、似ていたわ。
ゆべし?
……おかしい?
いや、言われてみれば然うかもって。
確かめる為に、もう一度食べてみたいなぁ。
……買ってみる?
買える?
今の時代、大体のものは買えるようになったから。
じゃあ、そのうち。
……ん。
しかし。
……。
チャイとトルココーヒー、ロクム、ハンドクリーム。
美奈子ちゃん、あれで外れがないんだよなぁ。
見る目はちゃんとあるのよね。
ただ、たまにふざけると言うだけで。
それが、厄介なんだ。
……とても、ね。
笑いごとじゃないよ?
いつだったか、すごいまずいのを買ってきたことがあったろう?
ええ、あったわね。
しかも、わざと。
あたし達の反応を見る為に。
あの時は、ふたりで思い出すのも嫌な味だと。
あれは本当に酷かったから。
……本当、美奈子ちゃんは。
変わらない。
……。
さて、美奈子ちゃんはここまでにして。
レイちゃんからも、届いたんだ。
レイちゃんからは、何かしらね。
なんだろう、楽しみだな。
19日
17日の拍手、ありがとうございます。
とても嬉しくて、踊っています。
……ん。
亜美ちゃん。
……。
眼鏡、掛けたままでは危ないよ。
……あぁ。
まだ、必要かい?
ううん……もう必要ではないわ。
使わない?
ん。
では、眼鏡は此処に。
うん……ありがとう。
置く、その前に。
……は。
んー……。
……まこちゃん。
やっぱり、ぼやける。
もぅ……当たり前でしょう?
……。
遊ぶなら、返して。
……ねぇ、亜美ちゃん。
何。
最近、目の調子はどう?
……。
かすんだり、眩しく見えたり、二重に見えたりはしてない?
見え辛かったり、青みがかったりはしていない?
……大丈夫よ、今はもう安定しているから。
どこか、少しでも調子が悪いと感じたら。
直ぐに行くわ。
……絶対だよ。
約束、したでしょう?
……うん、した。
もう二度と、先延ばしになんてしないから。
……うん。
……。
眼鏡、ごめん。
ね、来年は一緒に行きましょうか。
……え?
検査。
……。
あなただって、一年に一度は受けないと……でしょう?
……来年の、いつ行こう。
然うね……夏が来る前には、行きたいと思っているわ。
詳しくは……追々、話そうか。
ん、然うしましょう。
眼鏡、眼鏡ケースの傍に置いてもらっても良い?
うん、分かった。
……。
起こしてしまって、ごめんね。
ううん、大丈夫よ。
今日は、疲れた?
躰は、さほど疲れていないの。
……。
目が、どうしてもね。
安定は、ちゃんとしているのだけれど。
若しかして、目を瞑っていただけだった?
そのつもりだった。
……。
休ませる為に、目を瞑って……そのまま。
……そっか。
ん……なぁに。
……少し、触れたくなった。
少し……?
……然う、少し。
……。
嫌、だったら……。
……良いわ、好きなようにして。
……。
ね……どうせなら、傍に来て?
……行っても、良い?
来たいのでしょう……?
うん……行きたい。
……なら、来て。
行ったら……少しじゃ、終わらないかも。
……それでも、構わないわ。
だけど……まだ、夜になっていないよ。
勿論……それは、夜になってからよ。
……構わないって、言ったけど。
それとこれは、別……。
……難しいな。
難しくなんて、ないわ……。
……。
今はただ、身を寄せるだけ……ね、簡単でしょう?
……簡単、か。
来ない……?
……行く、行きたい。
じゃあ……来て。
……。
……あ。
来たよ……亜美ちゃん。
……もう、近いわ。
身を寄せているんだ……近いのは、当然だよ。
……腰。
肩の方が良い……?
……腰の方が、良いのでしょう?
あたしは、ね……。
……。
……腰の方が、より、身を寄せ合っているような気がするから。
実際、然うだと思うわ……。
……お。
どうせだから、頭を寄せてみたのだけれど……どうかしら。
うん、とても良いよ……きれいに収まっているような感じで、すごく良い。
……こうすると、あなたの顔は見えなくなるのだけれどね。
後で、良く見るつもりだから……その時に、良く見て欲しい。
……。
亜美ちゃんの頭はずっと、丸くて可愛いままだね……。
……今は、撫でないでね。
どうして、分かったの?
どうして、私が分からないと思ったの?
……後でなら、良い?
眠る前なら、良いわ。
……じゃあ、眠る前に。
……。
誕生日プレゼントの紅茶……美味しかったね。
……お誕生日のケーキと一緒に楽しめたら、良かったのだけれど。
それは、仕方ないさ……紅茶が送られてくるとは、思っていなかったんだから。
……ねぇ、まこちゃん。
あたしが作ったケーキで良いのなら。
紅茶は、直ぐにはなくならないし。
……あなたが作ったケーキと、一緒に楽しみたいわ。
ん……じゃあ、それも年明けに。
ふふ……年明けの楽しみが増えていくわね。
はは……然うだね、とても良いことだ。
ええ……本当に。
……楽しみも、生きる糧になる。
……。
亜美ちゃんと楽しく暮らせることは……あたしにとって、とてもしあわなことだから。
……私もよ、まこちゃん。
うん……。
……。
今度のうさぎちゃんのお誕生日は、何が良いかな……。
ひとつは……久しぶりにまこちゃんのケーキなんて、どう?
うん、あたしの?
クール便で送るの。
うさぎちゃんのことだから、屹度、喜んで呉れると思う。
……然うかな。
うさぎちゃんは、昔から、まこちゃんが作るお菓子が大好きだから。
でもあたし、有名なお店のパティシエなんかじゃないけど……それでも、良いかな。
うさぎちゃんは、そんなことを気にするひとではないわ。
まこちゃんだって、知っているでしょう?
それじゃ……クッキーも、つけちゃおうかな。
ふふ……良いと思うわ。
どんなのが、良いかな……。
……時間は、まだあるから。
ん……ゆっくり、考えてみるよ。
……。
亜美ちゃんも協力して呉れたら……嬉しい。
……私で、良ければ。
頼りにしてます……。
ふふ……はい。
へへ……。
……。
ひとつは、ケーキとクッキー……もうひとつは、どうしよう。
然うね……それも、考えないとね。
はは、考えなきゃいけないことが多いなぁ。
……楽しい、でしょう?
亜美ちゃんも、楽しいだろう……?
……ええ、とてもね。
あたしと、同じだ……。
……ん。
亜美ちゃ……ん。
……また、停まったわ。
ええ……。
……嬉しいわね?
然うだとは、限らないよ……?
……楽しみね?
うーん……。
……今回は、私が出るわ。
いや、今回もあたしが。
……良いの?
うん……亜美ちゃんは、目を休めていて。
……。
受け取ったら、直ぐに戻ってくるから。
……うん、行ってらっしゃい。
ん、行ってきます。
18日
誰からだった?
うん、うさぎちゃんから……うん?
なに?
誰から、と聞くと言うことは。
言うことは?
若しかして、お届け物って分かってたのかい?
トラックが停まる音がしたから。
トラック……。
あなたの耳には、届かなかったみたいね?
うん、亜美ちゃんに夢中だったからね。
まだ、昼間よ?
然うなんだけど。
だけど?
愛しいひとに夢中になるのに、時間なんて関係ないと思うんだ。
それで、うさぎちゃんから何が届いたのかしら?
多分、誕生日のかなぁ。
毎年、欠かさずに贈って呉れるから。
私の誕生日にも。
然う、亜美ちゃんの誕生日にも。
その気持ちが、嬉しいわよね。
うん、嬉しいよね。
さて、今回はなんだろうな。
去年は、ショールだったわね。
然う、薄手のショール。
薄手だから嵩張らなくて、でも、あったかいから重宝してるんだ。
今も、ほら。膝掛けに丁度良くて。
デザインも、まこちゃんにとても合っているのよね。
ちびうさちゃんが考えて呉れたんだ。
うさぎちゃんが考えると、同じようなものばかりになってしまうからって。
それでも、十二分に嬉しいけど。
ちびうさちゃんが考え呉れたのは、嬉しかった。
然う、然うなんだ。
亜美ちゃんも、分かるだろう?
ええ……分かるわ。
ちびうさちゃんは、センスが良いよなぁ。
おまけにひとを良く見ていて、且つ堅実だから、大きく外すことがない。
うさぎちゃんと衛さんの良いところをちゃんと引き継いでいる。
真面目な故に思い詰める癖が少しだけあるから、そこが少し心配ではあるけれど。
大丈夫よ。
ちびうさちゃんも、ひとりではないから。
ん……然うだね。
仲間……友達が、ちゃんと居て呉れる。
それに。
それに?
もう、幼い子供ではないから。
ん……然うだね。
……屹度、ちゃんとやっていけるわ。
うん……あたしも、然う思う。
……。
亜美ちゃん……?
……ちびうさちゃんも、今では母親だものね。
あぁ……うさぎちゃんは、おばあちゃんだ。
うん……。
……言ったら、怒るけどね。
だから……名前で、呼ばせてるのよね。
うさこちゃん……てね。
うさぎちゃん、ではないところが、うさぎちゃんらしいと言うか。
ちびうさちゃんには、呆れられていたみたいだけど。
はは。
……衛さんは、おじいちゃんなのよね。
衛さんもだけど、うさぎちゃんも若いからなぁ……おじいちゃんおばあちゃんって感じが、しないんだよな。
……然うね。
うさぎちゃんの孫、か……。
……時間が経つのは、早いわね。
子供が大きくなるのも……ね。
……少し前に、中学校に入学したと思ったら。
あたしなんて、ちょっと前に小学校に入学したのになぁって思ってるよ。
それは……分からないわけでは、ないわね。
だろう?
お祝い、贈ったわよね。
本当は、会って渡したかったんだけど。
話も、したかったし。
大人になったら……なかなか、会えなくなってしまって。
都合を合わせるのが、難しいんだ。
学生の頃のようには、行かないわよね。
高校を卒業したら、ね。
皆、進路はばらばらだったから。
うさぎちゃんは衛さんと結婚、レイちゃんは結局宮司さんになる為に大学へ。
歌って踊れる宮司さんを目指す、そんなことを言ってたよね。
ふふ、言ってたわね。
一時とは言え、参拝客が増えたとか。
まぁ、今は落ち着いているみたいだけど。
それで、美奈子ちゃんは……。
美奈子ちゃんは、今でも自由だよ。誰にも縛れないし、縛られない。
アルテミスぐらいかな、付いていけたのは。
そのせいで、ルナと離れ離れになることが多くて嘆いたりもしていたわ。
だけど、ルナは然うでもなかったから不憫ではあるね。
夫婦なんてそんなものよ、って言っていたわね。
あたしは、違うけどな。
ずっと離れ離れは、嫌だよ。
……。
やだよ?
……よぉく、知っているわ。
うん。
美奈子ちゃん、今はギリシャに居るんだったわよね。
然う、ギリシャ。
今ギリシャかぁって、聞いた時は思ったけど。
もっと早くに行くと思ってた。
うん、然うなんだ。
南米の方が、先で。
まぁ、らしいと言えばらしいかなぁ。
アイドルを辞めてからの美奈子ちゃんは、まるで渡り鳥のよう。
辞めた原因は、スキャンダル発覚。
美奈子ちゃんらしいと言えば、それまでだけどさ。
俳優とか、色々頑張ってたのも知ってるから。
……一度だけでは、なかったもの。
恋多きって、ね。
次はどこへ行くのかな、あいつは。
さぁ……どこかしら、ね。
ま、どこの国であっても驚かないけど。
ふふ、然うね。
レイちゃんは今でも、うさぎちゃんとはちょいちょい会っているんだっけ。
ええ、然うみたい。
うさぎちゃんが火川神社に良く来て迷惑だと、いつか言っていたわ。
楽しそうに、ね。
あのふたりは、昔から変わらない。
喧嘩ばかり、しててさ。
それでも、離れないの。
うさぎちゃんのことを一番分かっていたのは、レイちゃんだったな。
……今も、ね。
うん……今も。
……。
……レイちゃん、か。
まこちゃん?
火川神社に跡継ぎが出来て、良かったのかな。
……本人が、それで良かったと思えるのなら。
ん……然うだよね。
……。
そんなわけで……なかなか、皆で揃うことが出来なくなって。
うさぎちゃんが特に寂しがって呉れるけど……あたしも、寂しいかな。
……。
亜美ちゃんも?
……今度はいつ、揃うことが出来るかしら。
それは……美奈子ちゃん次第、かな。
……4人なら。
それなら、叶うかも知れない。
……。
今年はもう、無理だけど……来年に。
4人だけでも……叶うと、良いわね。
うん……然うだね。
……。
あたし、思うんだけどさ。
……なに?
うさぎちゃんのひ孫、亜美ちゃんとふたりで見られたら良いなぁって。
……ひ孫?
うん、ひ孫。
流石に、気が早いわ。
然うかな、あっと言う間かも知れないよ?
……。
ね。
……その時まで。
ん。
……元気でいないと、ね。
うん……元気でいよう、ふたりで。
……ええ、ふたりで。
ん……。
……まこちゃんは、身長が高いから。
うん……?
……ショールが、良く似合うわ。
亜美ちゃんを包むのにも、丁度良いしね?
……。
なんて。
……もぅ。
はは。
……。
……亜美ちゃんの去年の誕生日はストール、だったよね。
ええ……オールシーズン使えるから、とても大事にしているの。
シックな感じが、亜美ちゃんに良く似合ってるんだ。
……。
さて……前置きが、長くなったけど。
今年は、何を贈って呉れたんだろう。
私の時は、コーヒーの詰め合わせだったけれど。
三種類、だったっけ。
ええ、三種類。
おかげで楽しめたわ。
コーヒーに合うお菓子を考えるのも楽しかったな。
どれもコーヒーに合っていて、美味しかった。
コーヒータイムも、楽しいよね。
紅茶とはまた、違った良さがあってさ。
然うね。
ね、またしよう?
ええ、またね。
やった。
……ふふ。
なんとなく、だけどさ。
……?
うん。
あたしのは、あれかなぁって。
あれって?
紅茶の詰め合わせ。
紅茶?
亜美ちゃんとふたりで、楽しめるように。
どうして、然う思うの?
亜美ちゃんが、コーヒーの詰め合わせだったから。
……。
然うだと良いなって。
……願望?
然うとも言う。
……然うだと、良いわね。
お菓子の詰め合わせでも良いなぁ。
亜美ちゃんとふたりで食べる、ね。
……。
あ、糖分には気を付けるよ?
……宜しい。
はは……。
……ね、開けてみて。
うん、直ぐに。
……。
んー…………ん、良し。
……。
これは…………あー。
……紅茶。
願いが、叶った。
ふふ、良かったわね。
うん、とても嬉しいよ。
ひぃ、ふぅ、みぃ……三種類かぁ、亜美ちゃんのコーヒーと一緒だ。
ね、早速飲んでみようか。
え?
どれが良いだろう?
ね、亜美ちゃんはどれが良い?
もう、飲んでみるの?
うん、飲んでみたい。
誕生日の、その日のうちに。
……。
だめかな。
ううん……良いと思うわ。
よし、それじゃあ。
ね、ふたりで淹れない?
ふたりで?
然う、ふたりで。
良いね、然うしよう。
ん。
早速、お湯を沸かそう。
亜美ちゃんは淹れ方の説明を読んでいて欲しい。
うん、分かったわ。
それでは、楽しいティータイムの支度を始めよう。
17日
……。
……わ。
何を読んでいるの?
お菓子の歴史。
その本、何度も読んでいるわよね。
うん、何度でも読みたくなるんだ。
新しいものを考える時、あたしの場合は歴史を読み直すのが良いみたいでさ。
色んな国のお菓子の本を読むより、ね?
ふふ、然うなんだ。
ね。
なんだい?
読み終わったら、また借りても良いかしら。
勿論、良いよ。
ありがとう。
それでまた、気になるものを言葉にして教えて呉れたら嬉しい。
ええ、分かったわ。
ところで、亜美ちゃん。
なぁに?
眼鏡、そろそろ返して呉れると助かります。
どうしようかしら。
眼鏡がないと、続きが読めないんだ。
ふふ、然うよね。
不便だよね。
然うね。
慣れない頃は、肩が凝ったりしたっけ。
私は、子供の頃から眼鏡を掛けていたから、まだ良かったけれど。
あたしはずっと、裸眼だったからなぁ。
慣れるのに、本当に苦労したよ。
今は、どう?
今は、まぁ、大分慣れたかな。
然う。
と言いつつ、掛けないで済むのなら然うしたいけど。
仕方ないよね。
素敵よ。
え?
眼鏡を掛けた、あなたは。
然うかい?
ええ。
じゃあ、返して呉れるかい?
……。
嬉しいから、もっと見て欲しいんだ。
……はい、どうぞ。
ん、ありがと。
私が取ったのに?
可愛いいたずら、ありがとう?
……少しだけ、残念だわ。
残念?
眼鏡でなければ、手の平で目を塞ぐことが出来るのに。
ごめんね、コンタクトより眼鏡の方が合ってたから。
今なら、出来るわよね?
うん?
と言うことで、まだ眼鏡を掛けないで?
んん?
裸眼のまま、前を向いて?
んー。
早く?
もぅ、しょうがないなぁ。
ふふ。
はい、向いたよ。
……。
お、暗くなった。
……誰だ?
んー、誰だろう。
……分からないの?
分かるよ。
……じゃあ、誰?
亜美ちゃん。
……違います。
うん、違うのかい?
はて、それじゃあ誰だろう?
……。
おかしいな、絶対に亜美ちゃんだと思ったのにな?
……ふふ。
楽しいかい?
……たまには、こういうのも良いわね?
あたしの気持ち、分かって呉れた?
さぁ、どうかしら。
あれ。
ふふ、ふふ。
……。
ねぇ?
……なんだい?
今、母に似てきたと思ったでしょう?
や、思ってないよ?
その反応は、思ったわね?
思ったとしてもほんの少しだけ、ちょびっと、だよ?
ちょびっとでも、思い切りでも、思ったことには変わりないわよね?
亜美ちゃん、お茶目なところを隠さないようになったよね?
然うかしら?
昔からお茶目なところはあったけれど、控え目だったからさ?
昔の私は、自分がお茶目だとは全く思っていなかったから。
お……。
……今でも、思っていないの。
だから、かな……。
……何が、だからなの?
わざとらしさを、感じない……。
……ふぅん?
可愛いね……?
……まこちゃんくらいよ、然ういうことを言って呉れるのは。
あたしだけで良いと、思ってはいるけど……。
……けど?
やっぱり、あたしだけで良いや……亜美ちゃんの可愛さを、分かる奴はさ。
……ふ。
本気で、言っているよ……。
……知ってるわ、昔からだもの。
はは……。
……そもそも、このいたずらは。
うん……?
……まこちゃんが、私に良くして呉れるものでしょう?
良くでもないさ……たまに、だよ。
……たまに、ね。
然う……たまに。
……。
……亜美ちゃん、このいたずらにはまだ続きがあるよ。
続き……て?
言わなくても……分かっているだろう?
……続きは、しないわ。
して欲しいな……。
……。
……ね、してよ。
そんなに、して欲しいの……?
……うん、して欲しい。
……。
ね……亜美ちゃん。
……しょうがないわね?
へへ……。
……。
ん……。
……大好きよ、まこちゃん。
うん……あたしも、大好きだ。
……これで、良い?
良いけど……もう少し、このままで居て欲しいな。
……本の続きを読むのでしょう?
読むつもりだったけど……。
……。
実は、目が疲れちゃって……集中力が、切れかかってたんだ。
そんな時に、亜美ちゃんが可愛いいたずらをして呉れたから……。
……休憩、する?
うん……亜美ちゃんと、したいな。
……。
あれ……若しかして、出来ない?
……良いわ、してあげる。
はは、やった……。
……。
……ん。
待ってて……まこちゃん。
……うん、待ってる。
ん。
……へへ。
なに……?
……背中とほっぺたに、柔らかくて温かい感触。
……。
……ちゃんと、最後までして呉れた。
しない方が、良かったかしら……?
……して呉れて、すっごく嬉しい。
然う……それは良かった。
……。
……ん、まこちゃん?
亜美ちゃん。
……。
……唇に、しても?
だめよ。
……む。
だぁめ。
……残念。
……。
え……。
……私が、するの。
亜……ん。
……。
……。
……や、参った。
ふふ……然う?
うん……亜美ちゃんには、今でも全く敵わない。
……。
……だから、せめて。
せめて……?
……あたしから、抱き締めたい。
……。
……外、まだ明るいのにね。
今更……でしょう?
……うん、ごめん。
……。
亜美ちゃん……亜美。
……。
……む。
誰か、来た。
……誰、かな。
……。
ね、出なくちゃ駄目かな。
……だめよ?
むぅ……。
……これは、後でも出来るから。
……。
……ね。
うん……然うだね、後でしよう。
……。
あたしが出るよ。
……お願いしても、良い?
うん、お願いされたい。
じゃあ……お願い、ね?
ん……任せて。
行ってらっしゃい。
うん、行ってきます。
16日
15日の拍手、ありがとうございます。
嬉しいです。
まこちゃん。
……ん。
何を考えているの?
木苺で、何か作りたいなって。
何か良いアイデアは浮かびそう?
んー、どうだろ。
生クリーム、ショコラ、レアチーズ、ムースにタルト……色々、考えているんだけど。
どれも美味しいわよね。
うん、美味しい。
亜美ちゃんが用意して呉れたケーキは、生クリームとレアチーズだったね。
ええ。
さて、どうしようかなぁ。
ショコラに、木苺のムース……ムースタルトにしても良いな。
いつかのクリスマスで販売した、木苺のケーキ。
うん?
あのケーキは、生クリームを使ったものだったけれど……予約を取り始めたら、予想よりも早く予約数の上限に達してしまって。
あぁ、そんなこともあったねぇ。
まこちゃん、驚いていたわよね。
シンプルな苺のケーキよりも早く達するとは、全く思ってなかったからさ。
売り切れて呉れて、有り難くはあったけど。
あのケーキは、新作だったから。
新作だから、売れるか心配だったんだ。
数の目標は当初、少なめに設定していたのよね。
だけど、問い合わせの数が想像以上だったから。
頑張って、急遽増やしたんだ。材料も追加で手配してさ。
だから予約通り、みんな買われて行って呉れて本当にほっとした。
後日、常連さんに美味しかったと言われた時は、心の底から嬉しかったなぁ。
まこちゃんが思っている以上に、まこちゃんの新作ケーキを楽しみにして呉れているお客様は居るの。
それは、今でも。
あの時も、亜美ちゃんは然う言って呉れたよね。
だって、弱気になっていたから。
不安だったんだ。
趣味で作るのとは、全然違うから。
……自信、持って。
うん……持つよ、自信。
……ん。
亜美ちゃんのおかげで、あたしは今でも自分のケーキに自信を持っている……持つことが、出来ている。
……。
小さなケーキ屋さんだけど……今でも続けることが出来ているのは、紛れもなく、亜美ちゃんのおかげだ。
……あなたが、頑張っているからよ。
あたしも、頑張ってるけど……あたしひとりじゃ、屹度、駄目になってたから。
……。
あのケーキ……亜美ちゃんも気に入って呉れたよね。
ええ……とても。
……試作品も、味見して呉れて。
生クリームと潰した木苺、それから、二種類の生地。
……憶えていて、呉れた?
忘れるわけ、ないじゃない。
はは、そっか……うん、然うだよね。
ね、二種類の生地はなんだったかしら?
憶えていそうだけれど。
聞きたいの。
ひとつは卵と砂糖、薄力粉と胡桃、それからベーキングバウダーで作ったもの。
もうひとつは、プレーンビスケットにサワークリーム、シュガーパウダーで作ったもの。
そうそう、ひとつの生地はサワークリームが入っているから爽やかで。
ね、また食べたいかい?
良かったら、作ってあげるよ。
私だけでは、勿体ないわ。
じゃあもう一度、お店に出してみようかな。
うん、良いと思う。
それで、限定品にしよう。
ふふ、良いと思うわ。
はは。
……あのケーキ、本当に美味しかったわ。
他の、どんなケーキよりも……?
……だってあなた、あれきり作って呉れないんだもの。
あれ、然うだったっけ。
然うよ……。
……ん。
ね……また食べたいわ。
……うん、分かった。
……。
新しいケーキを、考えていたんだけど……。
……ごめんなさいね?
いや、良いよ……。
……ね、他のケーキも好きよ。
うん……ありがと。
……。
ね、亜美ちゃん……今から話すケーキは、お店に出すつもりはないんだけど。
……出さないの?
うん……亜美ちゃんと楽しむだけのケーキにしようかなって。
それは、どんなケーキ?
簡単に言ってしまえば、クレムシュニテに甘酸っぱい木苺のソースを添えたもの。
クレムシュニテ……確か、バニラとカスタードクリームをパイ生地で挟んだケーキよね?
あたしが考えているのは、さくさくのパイ生地ではなくて、三層のふわふわとした生地なんだ。
ふわふわとした生地……それで?
カスタードクリームをそのふわふわ生地で挟んで、木苺のソースに付けて食べるんだ。
……生地の厚さは?
厚いと食べづらいから、薄めにしようと思う。
厚さはパイ生地と変わらないのね?
うん。
どうだろう、食べてみたいかい?
……。
甘いカスタードリームと甘酸っぱい木苺が合うかなと思ったんだけど。
……良いのではないかしら。
良いかな。
ええ……食べてみたいわ。
ん、それじゃあ作ろう。
そのケーキは、本当にお店に出さなくても良いの?
んー、これは亜美ちゃんと楽しみたいなって。
期間限定で出してみれば良いのに。
なんかさ。
うん。
久しぶりに、亜美ちゃんと二人だけで楽しむケーキを作ってみたくなったんだ。
……私と。
なんて、久しぶりでもないか。
……まこちゃん。
どうだろう……ふたりだけで、楽しんでみるのは?
あなたが、然う望むのなら。
ん……なら、決まりだ。
……。
……亜美ちゃん?
私……ずっと独り占めしてる。
……独り占め?
あなたのこと。
……それは、光栄だなぁ。
……。
ね……あたしも独り占めしているよ、亜美ちゃんのこと。
……本当に、して呉れてる?
うん……ずぅっと、してる。
……ん、まこちゃん。
亜美ちゃんは……あたしだけの、亜美ちゃんだ。
……。
ケーキ……クリスマスには作れないと思うけど、許して呉れるかい?
……お正月でも、良いわ。
ふふ……お正月から、ケーキだ。
……毎年のことでしょう?
うん、然うだった……。
……楽しみにしているのよ。
本当かい……?
……ええ、本当よ。
……。
……新年も、ふたりで。
うん……ふたりで。
……ん。
……。
……。
……ねぇ、亜美ちゃん。
なぁに……まこちゃん。
……セルビアって、世界でも有数のラズベリーの産地なんだ。
セルビア?
……ちょっと、行ってみたいなって。
急、ね……?
……うん、然うなんだ。
若しかして……ラスベリーのスイーツが食べてみたい?
……うん、亜美ちゃんと食べてみたいなって。
然う……。
……パプリカの料理も美味しいらしいんだ。
……。
あたしが、飛行機に乗れたら良いんだけど。
然うしたら……亜美ちゃんと色んな国に、行けたのに。
……過去形にしないで?
ん。
……クルージングで、世界を一周しても良いじゃない?
クルージング……セルビアにも、行くかな。
……首都のベオグラードは、ドナウ川とサバ川が合流する地点にあるから。
大きい船、入るかな……?
……調べてみる?
調べてみようかな……うん、調べてみよう。
ふふ……それじゃあ、調べてみましょう。
……。
……まこちゃん?
若い頃に、もっと……ん。
……そんなこと、言わないで。
……。
ね……?
……うん、ごめん。
……。
……お茶でも、飲もうか。
淹れるわ。
良い?
ええ……だって今日は、あなたのお誕生日ですもの。
……誕生日でなくても、
まこちゃん?
はい……美味しいのを期待して、待ってます。
15日
……。
ん……これで良し。
……13本?
うん、13本。
どうして13本なの?
13歳、だったから。
……。
亜美ちゃんなら、分かるだろう?
……今の生で、私達が出逢った年齢。
ん、当たり。
……13歳、だったのよね。
初めてお祝いして貰った14歳と悩んだのだけれど、出逢った13歳でも良いかなって。
……。
亜美ちゃん?
13歳って……子供、よね。
はは、然うだねぇ。
……あの頃は。
あの頃は?
まこちゃんが、誰よりも大人に見えたの。
誰よりも……衛さんより?
……。
亜美ちゃん、軽く忘れていただろう?
……まこちゃんと衛さんは、全然違うもの。
衛さんは大学生で、あたしは中学生。
どちらが大人かと言えば、どう考えても衛さんだ。
……。
亜美ちゃん、たまにだけど、衛さんに相談に乗って貰ったりしてただろう?
例えば、自分には勉強だけだと落ち込んでいる時とか。
……本当に、数える程よ。
うん、知ってる。
だけどさ、それでも、悔しかったんだ。
……悔しい?
勉強のこと、進路のこと……あたしでは、だめなんだって。
誰よりも、傍に居たつもりだったけれど……然ういうことでは、衛さんには敵わないんだって。
本当に、悔しかった……亜美ちゃんのことを好きになってからは、余計にね。
だけど、誰よりも話を聞いて呉れたのはまこちゃんよ。
衛さんよりも、ずっと……あなたが一番に、私の話を、悩みを聞いて呉れたの。
聞くだけなら、ね……適切なアドバイスとかは、出来なかったと。
そんなことない。
……。
あなたが……あなたが誰よりも私の傍に居て、励まして呉れたから、私は頑張れた。
夢を叶えることが、出来たの。
あたしが、居なくても
医者には、なれたかも知れない。
だけど、理想としていた医者にはなれなかったかも知れない。
ううん、屹度なれなかった。
理想……?
医者は……患者さんからの信用と信頼が、何よりも大切な職業だから。
知識や技術は、確かに必要よ。だけど、それだけでは駄目なの。
相手は、人間なのだから。誰にだって、心があるのだから。
……。
まこちゃんはいつだって、優しく私の背中を押して呉れた。
その手の温もりは……凍えた私の心を、ゆっくりと温めて呉れた。
……子供の頃のあたしは、亜美ちゃんにとって、必要な人間だったかな。
あなたが居たから、私は踏み出す勇気を持てた。愛しい温もりを、知ることが出来た。
仮令振り返ることがあっても、必ず、前を向くことが出来た。
……。
あなたが隣に居て呉れたから。
手を、繋いで呉れたから。
……亜美ちゃん。
そして……それは、今でも。
……そっか。
……。
あのさ、亜美ちゃん……今だから、言えることなんだけど。
なぁに?
あたしがお勉強を頑張れたのは、さ。
一緒の高校に行く為?
それだけではないんだよ。
将来の為?
それも、あるけど。
……私が、口を開けばお勉強お勉強と言っていたから?
それは、あまり関係ないかな。
……下心?
……。
……然うなの?
それも……少しは、あった。
……少し?
いや……大分。
……それ以外にも、あったの?
うん、あったんだ。
……それは、なに?
亜美ちゃんを取られているようで悔しい……もっと言えば、うさぎちゃんが居る衛さんだけには負けたくないって。
……。
そんな気持ちも、あったんだ。
……知らなかった。
あたしとしては、気付かれないようにしてたから。
……だけど、今思えば。
え。
私が衛さんにお勉強を教わっている時、まこちゃんに見られているような……そんな気が、したこともあったのだけれど。
……。
だけど直ぐに自意識過剰だと思って、打ち消して……あれは、気のせいではなかったの?
うん……気のせいでは、ないよ。
……中学生の頃は、然うではなかったわよね?
や、少しはあったかな……なんとなく、気に入らなくて。
気に入らないって……衛さんのこと、そんな風に思っていたの?
……やきもちだよ。
やきもち……。
衛さんに対抗意識を持ったところで、あたしの頭では全然敵わないのは分かってた。
だけど……亜美ちゃんが衛さんに笑っていると、心がもやっとしてしまって。
……。
亜美ちゃんさ……冗談とは言え、衛さんに纏わりついたことがあったろう?
え?
亜美ちゃんが、敵にピュアの心を取られた時……その時、あたしはそこに居なくてさ。
それだけでも、自分のことを殴りたくなったのに。
殴っては、いないわよね?
うん……殴りかけたけど。
……良かった、殴らなくて。
兎に角、気付けなかった自分が許せなくてさ。
けど、あれは……纏わりついたわけでは。
だけど、うさぎちゃんは然う言ってた。
それで、単純なあたしは……然うだと、思い込んでしまって。
あの時は……うさぎちゃんをちょっと、からかってみたくなって。
だから、それ以上の気持ちなんて……あるわけ、ないじゃない。
分かってた、分かってたんだけど……でも、心を抑えるのがすごく大変だったんだ。
……言って呉れれば、良かったのに。
言えないよ。
言えるわけ、ない。
……然うしたら、嬉しかったのに。
あ……。
……まこちゃんのこと、中学生の頃から好きだったから。
あの時は……亜美ちゃんの気持ちを、知らなかったから。
……然うよね。
……。
……。
……あたしも、ちょっとで良いから、亜美ちゃんに纏わりつかれてみたかった。
え……?
……そんなことを、思ったりもしたよ。
……。
兎に角、お勉強を頑張って、少しだけでも良いから亜美ちゃんの……亜美ちゃんの気を、引きたかった。
誰よりも、頼りにされるようになって……衛さんではなく、あたしに相談して貰えるようになりたいって。
そんなことを、真剣に考えてさ……。
……まこちゃん。
だからさ、あたしは大人なんかじゃなかったよ。
青臭い、ただの子供だった。
……ううん、それでもあなたは私の憧れの人だった。
憧れ……?
……恋情と、憧れ。
……。
衛さんには、抱くことがなかった感情……それを、あなただけに抱いていた。
亜美ちゃん……。
……今だから、言うけれどね。
うん?
眠る前に……いつも、あなたの顔を思い浮かべていたの。
それから、あなたの声を思い出して……。
……。
優しい笑顔で、おやすみって……あなたに、言ってもらうの。
私が、おやすみなさいと返すと……あなたは、そっと頬を撫でて呉れて。
……それ、は。
ね……恥ずかしいわよね。
亜美ちゃんが、そんな……そんな、恋する女の子みたいなことを。
……だって、然うだったんもの。
然う、なんだけど……お勉強のことは?
……一日の終わりに、あなたのことを想うの。
……。
お勉強のことを考えてから……それから。
……本当に、一日の終わりに。
終わる時は、あなたと一緒が良い……。
……。
なんて言うと、世界の終わりみたいだけれど……あの頃の私は、それでも構わないと。
……あぁ。
ふふ……恥ずかしいわ。
……あたしも、だ。
ふふ……ふふ。
こんな歳になって、こんな甘酸っぱい気持ちになるとは……。
……本当、ね。
まだまだ、枯れてないってことかな……。
……あなたが、枯れることなんて。
なさそう……かい?
……ないと、思うわ。
亜美ちゃんは、どうだろう……?
……私は、それなりに。
それなりに……?
……この手はまだ、早いわ。
おっと……。
それより……ろうそくが溶けてしまう前に、吹き消して?
はい……今直ぐに。
……。
……うん、消えた。
……。
さぁ、切り分けて食べようか。
……ん。
任せても、良いかい?
……ん、任せて。
じゃあ、お願いします。
……。
木苺のケーキ……美味しそうだなぁ。
……ね。
うん……?
お勉強……どんな理由であれ、頑張って呉れて嬉しかった。
……下心、でも?
それは……まぁ。
……。
……危ないわ、まこちゃん。
亜美ちゃん。
……。
……枯れることなんて、ないからね。
うん……知ってる。
……。
……ん、切れた。
やっぱり、亜美ちゃんが切るときれいだ。
どうぞ、まこちゃん。
うん、ありがとう。
……。
いただきます。
はい……召し上がれ。
……。
……どう?
うん……うん、美味しい。
……本当に?
あぁ、本当だ。
亜美ちゃんはやっぱり、見る目があるなぁ。
……まこちゃんが、養って呉れたから。
亜美ちゃんも。
ふたりで、食べよう。
うん……いただきます。
……。
……。
……どうだい?
うん……美味しいわ。
……あたしが作ったものより?
もう……意地が悪いこと、言わないで?
はは……ごめん、ごめん。
14日
-Pure Again(現世2)
まこちゃん、おめでとう。
ん、ありがとう。
今年も、無事に迎えられて良かった。
今年も、亜美ちゃんにお祝いして貰えてとても嬉しいよ。
私もお祝いすることが出来て、とても嬉しいわ。
ふふ……幾つになっても、愛するひとからお祝いされるのって良いな。
あったかい気持ちで、心がいっぱいになるから。
うん。
生まれてきて良かったと、改めて思えるんだ。
ねぇ。
ん?
嫌がる人って、居るのかしら。
居るみたいだけど、あたしには分からないなぁ。
私にも、分からないの。
まぁ、莫迦にするようなお祝いのされ方は嫌だけど。
それは、誰でも嫌だと思うわ。
だって、莫迦にしている時点でお祝いには為り得ないもの。
ひとの誕生日を莫迦にする奴ってさ、どういう人生を送れば、然ういうひん曲がった性根になるんだろうね。
人が信用出来ないのか、嫌いなのか。
であるならば、そもそも関わりを持とうとは思わないだろうから。
ただ単に、持って生まれた性根が悪かったか。
性悪説?
どちらかと言うと、あたしは性善説派だから。
生きる過程でひん曲がったと思いたい。
皮肉屋、又は天邪鬼だと、莫迦にするような言動を取りがちだと聞くけれど……。
うーん……なんにせよ、あたしには分かりそうもない。
まこちゃんはずっと、素直だものね。
好きなひと、愛しいひとを、わざわざ莫迦にするのが理解出来ない。
だって傷付けたくないし、笑っていて欲しいじゃないか。
……然うよね。
心からお祝いされたら嬉しいから、あたしも心からお祝いしたいんだ。
……私ね。
うん。
まこちゃんに誕生日をお祝いしてもらえると……嬉しい気持ちで心が満たされて、あなたへの想いでいっぱいになるの。
……。
改めて、私はしあわせなのだと……然う、思えるの。
……亜美ちゃん。
……。
亜美ちゃん……手を。
……うん。
……。
……。
あぁ……あったかいな。
……。
手も……その心も。
……まこちゃん。
とても、あったかい……。
……まこちゃんも。
……。
……。
……今年も、また。
ん……。
あなたと一緒に、歳を重ねることが出来ました。
……。
あなたに、心からの感謝を……。
……こちらこそ。
……。
あなたとまた、同じ歳になることが出来て……とても、とても、嬉しく思います。
……あなたに、たくさんの愛を。
あなたに……たくさんの、しあわせを。
……。
まこちゃん……お誕生日、おめでとう。
ありがとう……亜美ちゃん。
……。
……後で、クリームを塗ってあげるね。
あ……。
……ふふ、相変わらず可愛い手だなぁ。
ちゃんと、塗っているのに……追いつかないわ。
乾燥した冷たい風は、肌に良くないからね……そろそろ、お湿りが欲しいところだけど。
……暫くは、望めないみたい。
風邪をひかないようにしないと……冬は、始まったばかりなんだからさ。
……今夜も、暖かくして眠りましょう。
加湿も、しようね。
……しっかりと、ね。
ん、しっかりと。
肌と喉に、潤いを。
大事、ね?
そうそう、大事。
ふふ。
はは。
ね……ケーキは、どうする?
もう、切り分けてしまう……?
然うだなぁ……もう少し、このままが良いな。
なんだか、切ってしまうのが惜しくて。
ん……分かったわ。
……今年は、木苺のケーキ。
どうかしら……?
うん……見た目は、とても可愛いケーキだと思う。
木苺の並べ方が、とても良い……その周りの、クリームの形も。
……。
味は……これからだから、何も言えないけれど。
……気に入って貰えたら、嬉しいわ。
屹度、気に入るよ……。
……あなたは、今でも上手だから。
亜美ちゃんのおかげさ……。
……私の?
ひとりじゃ、行き詰まっていたかも知れない……。
……。
亜美ちゃんには……感謝しても、し切れない。
……まこちゃん。
……。
……。
ね……今年は、ろうそくが付いてるんだね。
ええ……注文時に、ちゃんと断った筈なのだけれど。
まぁ、誕生日ケーキだからね。
この時期は忙しいし、間違うこともあるかな。
分からないわけではないよ。
……。
ん、亜美ちゃん?
……実はね。
うん。
注文する時に、お孫さんにですかと言われたの。
お孫さん……。
私、吃驚してしまって。
まさか、そんなことを言われるなんて全く思っていなかったから。
初めてじゃない?
そんなことを言われるの。
ええ、初めてよ。
だから、余計にね。
その瞬間の亜美ちゃんの顔が目に浮かぶなぁ。
直ぐに、否定したのだけれど……。
なんて言ったんだい?
孫にではなく、パートナーにと。
パートナーって、言って呉れたんだ?
……。
亜美ちゃん?
……十中八九、男性だと思われたわ。
あぁ……まぁ、然うだろうなぁ。
……世の中、大分変わったけれど。
然ういうことは、まだまだね。
……だからって。
もやっと、した?
……出来れば、然ういうことはあまり聞かないで欲しいわ。
うん、その通りだ。然ういうことは、聞くものじゃない。
お客様のプライバシーに関わる。
……。
とは言え……亜美ちゃんは品が良いから、勘違いされたのかも知れないね。
品が良いと、勘違いされるものなのかしら。
品が良いはただの褒め言葉だけれど。
……私、自分が品が良いとは思っていないわ。
亜美ちゃんの品の良さを外で見るとさ、惚れ惚れするんだ。
……もぅ。
何度だって、惚れ直してしまう。
……まこちゃん?
本当だよ。
……今日はあなたのお誕生日のお祝いなの。
うん……だから、口説いてる。
……。
ん……?
……ばか。
はは……。
……。
それにしても、お孫さんか。
……本当に吃驚したのよ。
あたし達くらいの歳になると然ういうこともあるだろうけど……でも、いきなり言われたら吃驚するよなぁ。
ねぇ、まこちゃん。
ん、なんだい?
まこちゃんは、どうだったの?
こういう間違えをしたことは、あるの?
こういう間違いは、ないかな。
だって、失礼になってしまうだろう?
……正直なことを言うとね。
うん。
ちょっとだけ、もやっとしてしまって。
本当にちょっとだけかい?
……。
良いんだよ、あたしでももやっとすると思うし。
……結婚、子供。
そして、孫。
……ごめんなさい、まこちゃんのお誕生日なのに。
ん、良いよ。
ひとりで溜め込んでしまうより、ずっと良い。
……。
ろうそく、折角だから立ててみようかな。
……立てるの?
あ、でも、ろうそくだらけになってしまうか。
……。
うーん、やっぱり止めようかな。
……ふふ。
うん? なんだい?
何本かで、良いんじゃない?
何本か?
ええ、何本か。
然うか、何本かか。
それに、そんなに数はないみたいだから。
あー……お孫さんに、だもんな。
……。
ん、亜美ちゃん?
……孫どころか、子供も居ないけれど。
……。
私は……しあわせよ。
……あぁ、あたしもしあわせだ。
……。
愛しているよ……亜美ちゃん。
……私も愛しているわ。
……。
……。
……ろうそく、何本立てようかな。
然うね……まこちゃんの好きな数で良いんじゃないかしら。
好きな数か……然うしたら。
13日
……。
うーん、今日の運勢はあんまり良くないな。
いて座、良くないの?
うん、どちらかと言うと悪い。
何位?
下から、二番目。
でもまぁ、大丈夫さ。
悪いことは、聞き流す?
さらっと、川に流すようにね。
ふふ。
それとも、マーキュリーが流して呉れるかい?
今は、ただの水野亜美だから。
うん、然うだね。
今は、あたしの大好きな水野亜美ちゃんだ。
……マーキュリーは?
勿論、現世のマーキュリーも大好きだよ。
……前世(むかし)の私は。
好きだけど、種類が違う「好き」だから。
……。
亜美ちゃんも、だろ?
……良く似てるわ。
え?
むかしのあなたに。
そんなに似てるかな、そこまでは似てないと思うけどなぁ。
……子供っぽいところとか。
む。
幼少の頃のあなたに、会ってみたかった。
多分、似てないよ。
然うかしら。
然うだよ。
……ね。
なに。
また、あなたが幼い頃の写真が見たいわ。
良いよ、ふたりで見よう。
あまり似てないと思うから。
……やっぱり、似てる。
亜美ちゃんが小さい頃の写真も、また見たいな。
……まこちゃんの写真を見てから、ね。
折角だから、一緒に見ようよ。
……考えとく。
うん、考えておいて。
……亜美ちゃんは、少しだけ似ているかも。
何に?
さぁ、なんだろうね?
……似てないわ。
何に、だい?
さぁ、何にかしら。
はは。
……ふふ。
占い。
……?
今朝は、しあわせでいっぱいだから。
……しあわせ?
今日のあたしは、運勢がどんなに悪くたって気にしない。
なんてこと、ないんだ。
……。
亜美ちゃんがあたしの傍に居てさえ呉れれば、あたしは、大丈夫なんだ。
……まこちゃん。
こんなしあわせが、ずっと続けば良いな。
ね、亜美ちゃん。
……その為の努力を、私なりに精一杯するわ。
ふふ、亜美ちゃんらしいなぁ。
私らしい?
真面目。
……まこちゃんは、しないの?
当然、精一杯するよ。
……。
ん?
……まこちゃんが、言うと。
あれ、だめ?
……。
信用、出来ない……?
……ふふ、冗談よ。
冗談?
誰よりも、信じているもの。
……ほんと?
ほんと。
あー、良かった。
ね、おとめ座はどうだった?
おとめ座は、普通だった。
真ん中辺りということ?
うん、可もなく不可もなくって感じかな。
然う。
亜美ちゃんが星座占いを気にするなんて、珍しいね?
まぁ、たまにはね。
そんなこと言って、本当は気にしていないくせに。
うん、気にしていないわ。
だと思った。
だって私、まこちゃんが居て呉れれば、それでしあわせなんだもの。
おっと?
嫌なことも、失敗することもあるけれど……あなたの顔を見れば、あなたの声を聞けば。
たちまち、しあわせ気分?
だったら、良いのだけれど。
んん?
……ん、おしまい。
あ、もう終わった?
うん。
あたしは、もう少し。
時間は、まだあるから。
早起きで良かったね。
……然うね。
ね、亜美ちゃん。
なに?
今度、買い物に付き合って呉れないかな。
買い物?
うん。
……。
デート、しよう。
買い物デート?
そ、買い物デート。
……。
だめかな?
……何を買うの?
何を買おうかな。
目的は特にないの?
うん、今のところは。
だから、ちょっとしたカフェで美味しいケーキを食べるってのもあり。
……。
ね、亜美ちゃんは何か見たいものはあるかい?
食べたいものでも、良いよ。
私は……香水が、見たいわ。
香水?
本ではなく?
……だめかしら。
ううん、だめじゃない。
とても良いと思う。
ね、見立てて呉れる?
良いよ、任せて。
ありがとう。
亜美ちゃんに合う香水を考えるの、楽しいから好きなんだ。
気に入ってもらえたりなんかしたら、それはもう、すっごく嬉しくってさ。
まこちゃんが誕生日に贈って呉れた香水、とても気に入っているの。
……香水、か。
まこちゃん?
ね……ゆうべ、付けてたよね?
……。
ほんのりと、さ……。
……うん、付けてた。
若しかして……あたしを誘惑する為だったりして。
……。
ん、亜美ちゃん?
……実は、然うなの。
え。
と、言ったら……まこちゃんは、どう思う?
そりゃあ、嬉しいって思うに決まってるさ。
あたし、単純だから。
……。
本当に、然うなの?
……内緒。
あ。
……。
へへ……そっか。
……支度の手が、止まってる。
と。
……。
あたしも、見立ててもらおうかな。
……良いけど、あまり期待しないでね。
亜美ちゃんが選んで呉れたの、お気に入りなんだ。
……ゆうべも付けてた?
あ、気が付いた?
……うん。
亜美ちゃんを、誘惑する為だよ。
……。
結果的に、あたしが誘惑されちゃったけどね。
……私も。
私も?
……なんでもない。
あー……ふふ、そっか。
……。
ん、支度終わり。
早いけど、もう出る?
んー。
私は、どちらでも良いわ。
亜美ちゃん。
なぁに?
まだ、部屋に居たい。
然う……じゃあ、然うしましょう。
で、さ。
……なに?
おいで。
……。
10分……いや、5分だけ、ね?
……行かない。
あら。
……。
ちぇ、残念。
……行くだけで、良いのなら。
うん、良いよ。
おいで、おいで。
……。
ん、いらっしゃい。
……腰。
肩の方が良い?
……それ以上は、だめだからね。
あぁ、分かってるさ。
……。
いつも以上に早起きして良かった。
……早起きは三文の徳。
あたしには三文以上、かな。
……。
ね……今夜も、くっつきたいな。
くっつくだけ、なら……。
……ん。
……。
……。
……ねぇ、まこちゃん。
なんだい……亜美ちゃん。
……私、今は大学辞めないわ。
ん……そっか。
……また、悩むことがあったら。
その時は、いつでも聞くよ……。
……まこちゃんも、話してね。
うん……その時は、聞いて欲しい。
……聞くわ、幾らでも。
ありがと……。
……今夜、母に電話をするつもり。
分かった……傍に居る。
……。
……亜美ちゃん。
ね……。
……なんだい。
しあわせ……ね。
……うん、とっても。
……。
ね……どっちが、好き?
……どっち?
むかしのジュピターと……今の、あたし。
……そんなの。
そんなの……?
……いまは、いわない。
じゃあ……今夜にでも、聞かせてもらおうかな。
12日
ごちそうさまでした。
亜美ちゃん、片付けお願いしても良いかな。
うん、勿論。
まこちゃんは自分の支度をして。
ん、ありがとう。
こちらこそ、今朝も美味しいごはんをありがとう。
へへ、うん。
……よいしょ、と。
ゆうべの疲れ、残ってない?
ん、大丈夫。
おかげさまで、良く眠れたから。
はは、そっか。
それじゃ、ささっと支度しちゃおっかな。
……。
ねぇ、亜美ちゃん。
途中まで一緒に行こうよ。
うん。
ふふ、やった。
……。
ん~~♪
……ね、まこちゃん。
なぁに、亜美ちゃん。
……もう少しだけ、話しても良い?
ん、勿論。
……ごめんね。
良いって良いって、まだ時間はあるし。
支度をしながら、聞くからさ。
……。
それで、良いだろ?
……うん。
で、なんだい?
私ね……本当は、分かっているの。
何をだい?
仮令……たとえ、ね。
うん……。
うさぎちゃんがこの星に、月の王国を再建して……クイーンとして治めるようになったとしても、直ぐには変わらないということ。
国が、かい?
ううん……ひと。
……ひとの、何が変わらないんだい?
この場合だと……意識、かしら。
意識か……それは確かに、直ぐとはいかないかな。
仮令クイーンであっても、全ての人間の意識をまとめることなんて出来ない。
前世の世界が、然うであったように。
まとめたいのなら、意識ごと支配するしかない。
そんなこと、うさぎちゃんは望まないだろう。
だから。
……。
……同性愛に対する意識は、屹度、長く残る。
時間を、掛ければ。
……掛けても、それは消えないと思うの。
ひとの歴史を振り返ると、それは確かにあったよ。
……。
時間を掛けて、色々変えてきたという事実は。
……然うね。
それなのに……どうして、然う思うんだい?
変えたと思っていても、消えずに、根深く残っている問題はまだまだあるから。
……。
私達、人間は……ううん、人間だけじゃない。
有性生殖の場合、雄と雌が番うことで、初めて子孫を残すことが出来る。
……まぁ、然うだね。
恋愛は、子孫を残す為のプロセスとするのならば。
それは、どこまで行っても異性同士のものであって……同性同士なんて、あり得ないと。
……自然界では、わりと普通にあるらしいよ。
……。
なんかの本で読んだ。
だから、細かいことを言っているのは、若しかしたら、人間だけなのかも知れない。
恋愛は異性とだけ、なんてさ。
……その考え方は、一部のひとのこにとっては、不変に近いのかも知れない。
不変、か……そんなもの、ありはしないんだけどな。
あるとするのなら、亜美ちゃんへのあたしの想いぐらいだ。
……。
ん?
……あなたへの私の想いも、忘れないで。
うん……忘れてないよ。
……忘れていないのなら、ちゃんと言って。
亜美ちゃんの口から、聞きたかったから。
……結局は、数なのよね。
数?
……異性愛者の方が圧倒的に多いでしょう、この世界は。
あー……まぁ、然うなのかなぁ。
……同性愛は、宗教上の理由で禁じられていたりもするし。
禁じられていなくても、無駄に嫌悪感を持たれたりね。
結局は、子供を生せないから……生産的では、ないから。
あたしも、亜美ちゃんじゃなければ、同性を好きになるかは分からないもんなぁ。
……。
亜美ちゃんだから、あたしは……?
……。
亜美ちゃん、すごい真顔。
……リフレイン。
リフ?
……母の言葉が。
おかあさんの……あぁ。
……木野さんにもいつか、異性の
言ったろ、あたしの亜美ちゃんへの想いは変わらないって。
……。
自信、もっと持って欲しいな?
……持てる時と、持てない時が、あるの。
あぁ……それ、すごく分かる。
まこちゃんも分かるの?
あたしだって、分かるよぅ。
……。
ひどいや、亜美ちゃん。
寂しい気持ちはなくならないって、ちゃんと言ったじゃないか。
……あぁ、然うだった。
もぅ、亜美ちゃんは。
ごめんなさいは?
……はい、ごめんなさい。
ん、許す。
……。
なんて☆
……ふっ。
ふ?
……もぅ、まこちゃんったら。
あ、面白かった?
じゃ、たまにやろうかな。
ごはんを食べてる時は、止めて、ね。
はーい。
……。
……。
……まこちゃんと私は、同性同士。
どんなに愛し合っていても、法律婚は、今の段階では出来ない。
時間を掛けて……ううん、掛けても。
数と自然の摂理の前では、なかなか難しい、か。
……親ですら理解出来ない、受け入れがたい事実なのだから。
あたしの両親が生きてたら、なんて思ったかなぁ。
……。
若しかしたら、亜美ちゃんのお母さんと同じだったかも知れない。
……まこちゃんだったら。
あたしだったら、それでも亜美ちゃんのことが好きだと、自分の想いを貫く。
……まこちゃんは、
然う出来たら、良いんだけどね。
特に、亜美ちゃんのことを言われちゃったら……ほんの少しは、揺らぐかも知れない。
亜美ちゃんの気持ちの方が……亜美ちゃんがしあわせになる方が、ずっと大事なだから。
……。
だから、亜美ちゃんに話せなくて……暫く、ひとりで抱え込むかも知れない。
まこちゃん……。
あたしもさ、そんなに強くないんだ。
親に言われたら……なんとも言えない気持ちになっちゃうと思う。
……うん。
でもまぁ、それでも、亜美ちゃんへの想いは変えないけどね。
と言うより、変えられない。
……。
亜美ちゃんだって、然うだろ?
あたしへの想いが変わらないから、変えられないから、悩んで呉れたんだろ?
ふたりでずっと一緒に居たいって、家族になりたいって、望んで呉れて。
……何があろうとも、あなたへの気持ちは変わらない、変えられない。
うん、良かった。
……でも、まこちゃんのしあわせの方が大事なの。
ん、分かってる。
……。
あたし達は、似ている……ね。
……似ている、かしら。
似てるさ……うさぎちゃんにも、言われちゃうくらいに。
うさぎちゃんに……。
……あたしは、亜美ちゃんだから好きなんだ。
……。
異性とか同性とか……そんな簡単なことじゃないんだ。
……私も、まこちゃんだから好き。
亜美ちゃん……。
……。
……誰かから。
誰か……?
名前も顔すらも知らない人から、それは幸せなことではないと言われたところで、あたしはなんとも思わない。
勿論、知っている人から言われたって、さ。
……。
あたし達がお互いにしあわせだと思っていれば、思えていれば、それで良い……あたしは、然う思うんだよ。
まこちゃん……。
まぁ、しあわせそうだなって思って呉れる分には、良いんだけどね。
だって、然う思って呉れるってことはさ。
……うん。
あたし達からしあわせですってオーラが溢れ出ているからだろ?
……。
不幸だと勝手に決め付けられるのは冗談じゃないって、思うけど。
幸福だと思われるなら、構わない。
……あぁ。
世間のことは、そんな風に思っておけば良いんじゃないかな。
……まこちゃんの、言う通りね。
然うかい?
……私も、然う思うことにするわ。
うん、ふたりで然う思っておこう。
……ん。
お母さんのことは……難しいとは、思うけど。
……ぎりぎりまで、話してみるわ。
あたしは……居ない方が、良いよね。
……。
電話する時は、傍に居るからさ。
……ありがとう、まこちゃん。
うん、どういたしまして……亜美ちゃん。
11日
……ふふ。
ふわふわ、かい?
うん……とっても。
それだ。
……はい?
その顔が、見たかった。
……え、と。
あたしの手料理を食べて、嬉しそうに微笑んで呉れる。
微笑んで呉れるのは、屹度、美味しいと思って呉れたから。
……。
その顔が、すっごく好きなんだ。
これで今日一日、頑張れる。
……私、仏頂面してた?
仏頂面?
……起きてから。
仏頂面ではないけれど、難しそうな顔をしてたかな。
多分、携帯を確認してからだと思うんだけど。
……お料理、してたのに。
あたし、背中にも目があるんだよ。
……もぅ、直ぐに然う言うことを言うんだから。
因みに、起きた時は少しぼんやりして、ほにゃっとしてた。
……まこちゃん。
あはは。
……。
ん?
……その顔。
この顔?
……今日一日、頑張れるわ。
お。
……お返し。
ふふ、嬉しいお返しだ。
まこちゃん、今日の帰りはどれくらいになりそう?
然うだなぁ、今日はちょっと遅いかも知れない。
……メール、しても良い?
良いけど、直ぐには気付けないかも。
そしたら、ごめんよ。
それでも、良いの。
……。
……メール、したいの。
ん、分かった……じゃあ、待ってるよ。
……ん。
然うだ、あたしもメールしようかな。
……え?
愛してるよーって。
……。
だめかな?
……だめじゃ、ないけど。
ないけど?
……顔が、緩んでしまうかも。
緩ませてあげるんだ、屹度、難しい顔をしているだろうから。
もぅ……まこちゃん?
はは、ごめんごめん。
……あなたの顔は、緩んで呉れるかしら。
あたしの顔?
……私のメールを読んだら。
ね、亜美ちゃん。
……?
なに……?
あたしね、今まで内緒にしてたことがあるんだ。
内緒……って?
あたし、亜美ちゃんと一緒に居るとさ、顔がほぼほぼ緩みっぱなしみたいなんだ。
……。
曰く、鼻の下が伸びてるとも。
……それは、誰が?
レイちゃん。
前世(むかし)から、ちっとも変わらないって。
……中学生の頃は、然うではなかったと思うけど。
実は、然うでもない。
……。
亜美ちゃんと一緒に居ると、顔は緩んでなかったかも知れないけど、心は緩んでた。
……心。
亜美ちゃんって結構、マイペースだったろ?
そんな亜美ちゃんの傍に居ると、とても心地好くて、すっごく安心出来たんだ。
……私、振り回さなかった?
それもまた、楽しいものだったよ。
好きな子に振り回されるのは、恋愛でなくても、あたしは嫌いじゃないんだ。
寧ろ、好き。
……美奈子ちゃんでも?
ん、なんで美奈子ちゃん?
……好き、でしょう?
好きだけど、あれは別物かな。
……別物なの?
あれに付いていけるのは、なかなか居ないと思うよ。
そもそもさ、心地好く安心してる暇なんて、美奈子ちゃんと居るとほとんどないだろ?
……ない、かも。
あのうさぎちゃんにだって、付いていけない時があるみたいだから。
嫌いではないけれど、特別に好きと言うわけでもないよ。
……。
大丈夫だよ、亜美ちゃん。
考えるほど亜美ちゃんは、あたしのことを振り回してなんかいないから。
……私、
亜美ちゃんになら、もっと、振り回されてみたかったな?
……今、振り回してると思う。
今?
然うかな。
……今朝だって。
あれくらい、振り回しているうちに入らないよ。
あたしはただ、亜美ちゃんの話を聞いただけだ。
聞いて、あたしの言葉を伝えただけだよ。
……。
ね、亜美ちゃん。
あたしの顔、緩んでるだろ?
……ねぇ、まこちゃん。
なんだい、亜美ちゃん。
……今更?
え?
顔が緩んでるって……とても、今更だと思うのだけれど。
あれ。
心までは、分からなかったけど……顔は、随分と前から緩んでいたような。
……それってさ。
う、うん。
亜美ちゃんとふたりで居る時とか、皆と一緒に居ても、亜美ちゃんとふたりで話してる時とか、だよね?
……。
あたしの顔が緩んでいるの。
……多分。
……。
じ、自意識過剰よね……ごめんなさい。
……いや、気が付いて呉れてたんだなって。
え。
ちょっと、恥ずかしいけど……それ以上に、嬉しい。
嬉しい……もの、なの?
だってさ、亜美ちゃんはそれだけあたしの顔を見ていて呉れたってことだろう?
……然う、なのかしら。
然うだよ、然うじゃなきゃ、気が付かないさ。
……ただの願望で、然う見えていただけなのかも。
亜美ちゃんとふたりで居ると、あたしの顔はいつだって緩んでる。
と、言ったのは、レイちゃん。
……。
だから、亜美ちゃんの目は正しい。
自意識過剰でも、なんでもない。
……まこちゃん。
へへ。
……。
ね、緩んでる?
……うん、緩んでる。
あたしの顔が緩むのは、大好きな亜美ちゃんと一緒に居るからだよ。
……私の顔は、どうかしら。
亜美ちゃんの顔?
……やっぱり、緩んでいるのかしら。
んー……。
……気が抜けてるとは、言われたことがあるけれど。
気が抜けてる? 誰に言われたんだい?
やっぱり、レイちゃん?
ううん……美奈子ちゃん。
美奈子ちゃん?
なんでも……気が抜けた、サイダーのような顔だって。
は、なんだそりゃ。
まこちゃんとふたりで居る時の私の顔って、気が抜けたサイダーのよう?
いや、そんなこと、考えたことないよ。
気が抜けたサイダーって、どんな喩えだよ。
……甘いだけの、砂糖水。
甘いだけの砂糖水って……ん?
……?
まこちゃん?
……強ち、間違っていないかも。
然うなの?
……。
まこちゃん……。
……ゆうべの顔、思い出しちゃった。
……。
亜美ちゃんの……。
……あ。
そ、然ういうつもりで、言ったんじゃないんだろうけど……ね。
あ、朝ごはんを食べている時に、何を言い出すの。
……今朝も、いちゃいちゃしたし。
まこちゃん。
はい、この辺で止めておきます。
もぅ……もぅ。
……真っ赤、可愛い。
まこちゃんっ。
はい、ごめんなさい。
……。
……はぁ。
なに……。
しあわせだなって。
……。
今でもこんなにしあわせなのに……結婚出来たら、もっとしあわせになれるのかな。
結婚……。
家族になるって、然ういうことだろう?
……。
……真っ赤。
まこちゃん……。
……あたしも、真っ赤だろ。
……。
顔が、熱いからさ。
……うん、真っ赤。
……。
……。
ね……亜美ちゃんからメールが来たら、絶対に、緩むよ。
だからさ、誰も居ないところで読むんだ……。
……必ず、送るわ。
うん……待ってる。
……。
……あぁ、しあわせだな。
10日
……着信。
亜美ちゃん、朝ごはんはオムレツでも良いかな。
……うん。
半熟と完熟、どっちが良い?
……半熟で、お願いしても良い?
りょーかい。
んじゃ、亜美ちゃんが好きなふわふわの半熟で。
ふふ……ありがとう、まこちゃん。
はは、どういたしましてー。
……。
あたしも半熟にしよっと。
……お母さん。
ふふ~~♪
……。
よ、と。
んー、良いね。
……わざわざ、留守電にまで。
亜美ちゃん、手が空いたらお茶をお願いしても良いかい?
コーヒーでも良いよ。
……はぁ。
亜美ちゃん?
……後で。
どした?
何か、あった?
……ううん、なんでもないわ。
携帯?
うん……ちょっとね。
だったら、そっちを優先にしてよ。
急ぎだったら、困るだろ?
ううん、大したことではないから……後で、良いの。
良いのかい?
……うん、良いの。
そっか。
亜美ちゃんが、然ういうのなら。
……。
若しかして、留守電に入ってたりしない?
……どうして?
なんとなく。
入ってないのなら、良いんだ。
……。
……亜美ちゃん?
入っていたら、まこちゃんは聞いた方が良いと思う……?
まぁ、聞いてみた方が良いとは思うけど……今でなくても良いと亜美ちゃんが判断するのなら、それで良いんじゃないかな。
……然う。
え、と……誰から?
……。
いや、良いや。
ごめん。
……母から。
うん?
……母からなの。
お母さん?
……。
いつかかってるの?
……ゆうべ。
ゆうべ……音とバイブ、両方切ってた?
両方切って……鞄の中に。
鞄の中……然ういや、見てないな。
……誰にも、邪魔されたくなかったの。
……。
……一応、聞くだけ聞いてみるわ。
亜美ちゃん。
……ごめんなさい、そんなに時間は掛けないから。
きついようだったら、今でなくても良いと思う。
……まこちゃん。
留守電を聞いて、直ぐの折り返しが必要だったとしても。
亜美ちゃんがどうしても無理だと思うなら、今でなくても良いと思う。
……。
亜美ちゃん……無理は、しなくて良いんだよ。
……あなたの、そばがいい。
あたしの傍?
……母と話すなら、あなたの傍で。
あぁ……居るよ、傍に。
……ごめんなさい、まこちゃんだって忙しいのに。
ううん、気にしないで。
亜美ちゃんが、何よりも大事だから。
……。
ね、まずは朝ごはんにしようか。
……お茶、淹れるわ。
お願いしても良いかい?
……うん、任せて。
それじゃあ、任せた。
ん。
よし、あたしは亜美ちゃんのオムレツを。
……。
ん、どした?
……オムレツ。
あぁ、これはあたしの分だよ。
……まこちゃんの?
そ、あたしの。
だけど……まこちゃんも、半熟にするって。
言ったけど、気が変わったんだ。
それに、完熟ってほど完熟じゃないし。
……いつもは私の分を先に作って呉れるのに、どうして。
んー、なんとなく?
寒くなってきたから、先に作ると冷めちゃうかなって。
暖房がついているから、温かいわ。
然うなんだけどね。
ま、なんとなくだよ。
……私の分だったのでしょう?
違うよ、これはあたしの分。
亜美ちゃんのは、これからだよ。
……。
そんな顔、しないで?
ね?
……ありがとう、まこちゃん。
ん、どういたしまして。
ふわふわで美味しいオムレツを作るからさ、楽しみにしてて。
……うん、してる。
ふふ、よし。
……。
ふふ~~~♪
……ねぇ、まこちゃん。
なんだい、亜美ちゃん。
……聞いて欲しいことがあるの。
ん、良いよ。
なんでも、聞いちゃうよ。
……お料理するのに邪魔だったら、言ってね。
だいじょーぶさ。
……。
で、なんだい?
……私、大学を辞めるかも知れない。
うん……え、大学を辞める?
……このままだと、出来ないと思うから。
出来ないって、何がだい?
……卒業。
え、嘘だろ?
……。
亜美ちゃんが、卒業出来ないって。
そんなわけ、ないよ。だって、亜美ちゃんだよ?
いっつも、頑張っているのに。単位が足りなくなるなんて、あり得ない。
……時間が、足りないの。
時間?
時間って、お勉強をする?
……。
だ、だとしたら、あたしと
……私、セーラーマーキュリーだから。
あ……。
医学部は……6年、大学に行かないといけないでしょう?
いや、でも……卒業まで、待ってもらえば。
……運命は屹度、待っては呉れない。
それでも、勉強は続けられるだろう?
何も、大学を辞めなくても。
……そんな時間、ないと思うから。
だ、だめだよ、亜美ちゃん。
ここまで、すごく頑張ってきたのに。
……叶えたいと、思ってた。
だったら、
だけど、だめなの。
どうして。
……。
亜美ちゃん……どうして、そんなことを。
……私、まこちゃんと家族になりたい。
え……。
あなたと、直ぐにでも家族になりたいの。
……あたしと、家族に。
……。
そ、それと、亜美ちゃんが大学を辞めるのは、関係、あるのかい……。
……ずっと、考えてた。
か、家族になら、なれるよ。
亜美ちゃんが大学を卒業して、あたし達がセーラー戦士として、
……ううん、なれないわ。
そんなこと……。
……今のこの国では、なれない。
……!
……。
亜美ちゃん……それは、つまり。
……うさぎちゃんが、治める国でなら。
そんなの。
……まこちゃんは、私と家族になりたくない?
そ、そりゃあ、なりたいさ。
なりたいに、決まってる。
……直ぐにでも?
な、なれるなら……。
……なら。
ま、待ってよ。
だからって、大学を辞めなくても……。
……言ったでしょう、直ぐにでもあなたと家族になりたいって。
……。
私達は来年、22歳になる……。
なるけど……だけど。
それに、役に立たないもの。
役に立たないって、何が。
人々は……不老長寿に、なってしまうのよ。
……。
その世界には、病なんてないの……だから。
……だと、しても。
なら……国の運営の仕方を、勉強をしなきゃ。
うさぎちゃん……クイーンを、守らなければ。
亜美ちゃんなら、
まこちゃん。
……退学届け、は。
……。
まさか、もう……。
……退学届けは、まだ出してない。
だ、出さないでよ。
……。
亜美ちゃん……お願いだよ。
……木野さんと、いつまで然うしているのかって。
あたしと……?
……母が、然う言うの。
そ、然うしてるって……。
……同性同士でしょう、私達。
……。
……母がね、木野さんにも良い人がそのうち出来るでしょうって。
あたしにもって、なに……。
……私に、いつか、異性の良い人が出来るように。
な……。
私は、まこちゃん以外のひとなんて考えられない……これから先も、ずっと、ずっと。
あ、あたしだって……。
……だけど、世間は然う見ない。
……。
いつまでも、一緒なんてあり得ない……って。
それ……いつから、言われているの。
……20歳になった頃から。
一年、前……?
……それまでは、親しい友人同士だと思っていたみたい。
そんな前から……。
……最初は、そこまで重い言葉ではなかったの。
……。
いつかは、ちゃんと話そうと……だけど、屹度、分かっては呉れない。
然う、か……だか、ら。
……あなたと、家族になりたい。
……。
私は……本気よ。
……。
ごめんなさい……こんな話。
……あたしも、亜美ちゃんと家族になりたい。
……。
認められなくても、良いと思ってた……だけど。
……。
ね……大学は、辞めないで欲しい。
まこちゃん……。
……お医者さんになるのが、子供の頃からの夢だったんだろう?
然うだけど……でも、今の私は夢はひとつだけじゃないから。
両方、叶えようよ……うさぎちゃんが治める国でも、亜美ちゃんなら屹度、出来る筈さ。
……医者と言う職業が、なくなってしまうかも知れない。
だとしても、ひとの躰を理解しているひとは必要だ。
……ひとの、からだ。
お医者さんほど、精通しているひとは居ないだろう?
だからその為の勉強は、無駄になんかならない。
なりえないんだ。
……お医者さんに、なれなくても。
なれるさ。
……。
亜美ちゃんなら、なれる。
そして、亜美ちゃんがお医者さんである限り、その職業はなくならない。
……。
ね、傍に居るよ……そして、支えるよ。
……私、ばかり。
そんなことない……あたしだって、支えてもらってる。
……。
本当だよ……亜美ちゃんが居なかったらあたし、今頃、どうなっていたか。
……まこちゃんは、私が居なくても。
亜美ちゃん?
……。
あたしには、亜美ちゃんが必要なんだ。
まこ、ちゃん……。
亜美ちゃんが居て呉れなきゃ……あたしは、だめなんだ。
とても、頑張れない……。
……。
……。
……ずっと、一緒に居たいの。
ずっと、一緒に居ようよ。
……その為には。
いずれ、国は変わる。
その時は否応なく、やってくる。
……。
その時が来るまで……その時が、来ても。
絶対に、離さない。離れない。
……。
……お母さんに、なんと言われようとも。
離さないで、呉れる……?
……亜美ちゃんが、望んで呉れるなら。
望んでる……望んで、いるから。
なら、離さない。
絶対にね。
……。
……亜美ちゃんも、離さないで。
うん……絶対に、離さないわ。
……。
……ごめんなさい、お料理の邪魔をしてしまって。
邪魔なんて、してないさ……大事な話、なんだから。
……。
……話して呉れてありがとう、亜美ちゃん。
9日
……ん。
……。
あさ……。
……おはよ、亜美ちゃん。
……。
半分、寝てるかな……?
……起きてる。
そう……?
……おはよう、まこちゃん。
ん……おはよ。
……まこちゃんは、いつから。
ついさっき、かな。
……違うと思う。
どうして、然う思うんだい……?
……声が、ふにゃふにゃしてないもの。
ふにゃふにゃ……?
あと……ん。
……ふふ。
まこちゃん……くすぐったいわ。
……結局、寝ちゃったね。
……。
ん……?
……ごめんなさい。
んーん、良いんだ……あたしも、寝ちゃったし。
……。
ね、良く眠れた……?
……うん、とても。
そっか……なら、良いや。
……あの、まこちゃん。
なぁに……亜美ちゃん。
まこちゃんは……その、眠れた?
……然うだなぁ。
若しかして、眠れなかった……?
……大丈夫、良く眠れたよ。
本当に……?
うん……本当だよ。
……ずっと、起きていたわけじゃない?
大丈夫、ずっとじゃない。
……。
亜美ちゃんの寝顔を眺めてから、ね。
おかげで、目覚めはすっきりさ。
……もぅ。
安心、した……?
……うん。
ふふ……それは良かった。
……ん、まこちゃん。
お疲れ、亜美ちゃん……。
……え?
いつも、忙しくしているから……ね。
……ごめんね、まこちゃん。
ん、何がだい……?
……なかなか、あなたと過ごす時間を取ることが出来なくて。
まぁ、仕方ないさ……と、言いたいところだけれど。
……。
寂しいと、言っても良い……?
……本当にごめんなさい。
あぁ、謝って欲しいわけではなくてさ……。
……ん。
その……甘えたいんだ。
……。
甘えられる時に、いっぱい……さ。
……あまえて。
いい……?
……うん、甘えて欲しい。
じゃあ、亜美ちゃんも。
……。
あたしに……甘えて?
……いいの?
亜美ちゃんに甘えられると、すっごく嬉しくて、胸がいっぱいになるんだ……。
……。
言ったろ……すりすりされると、たまらなくなるって。
……うん、言われた。
甘え方のひとつだと思ってるんだ……。
……いくつ、知っているの?
いくつかな……今度、数えてみるよ。
……。
ゆうべも、して呉れたよ……。
……おぼえて、ないわ。
ふふ……然うだと思った。
……ねぇ。
なに?
……まこちゃんは、しないわよね。
そんなことない、してるよ。
……してる?
うん、してる。
……いつ?
ゆうべも、したと思うよ。
……。
すりすりされるの、亜美ちゃんにはあまり響かないのかも。
……そんなこと、ない。
でも、気付かなかったんだろ?
……。
ん……?
……くやしい。
悔しい……?
……どうして、気が付かなかったのかしら。
さて、どうしてかなぁ。
……。
ん?
……本当に、して呉れてるの?
してるよ、ほら。
……う。
あーみちゃん……。
……。
……ん、分からない?
え、と……。
……分かった?
これが、然うなの……?
……あたしの場合は、ね。
すりすりと言うか……顔を押し付けられている、ような。
……猫ってさ、こうやるだろ?
猫?
頭を……こう、ぐっと擦りつけてくる。
……。
猫の頭突きとも、言われてるみたいだけど。
……ルナは、しないわ。
ルナは、普通の猫じゃないからなぁ。
……ルナ以外の猫に、懐かれたことなんてないもの。
……。
まこちゃんは、動物に懐かれることが多いから……。
んー、然うかなぁ。
……然うよ。
だけど、ルナには懐かれているから。
なんだったら、うさぎちゃんよりも。
……。
亜美ちゃんの膝がルナに占領されてるとさ、未だにちょっとだけ面白くないんだ、あたし。
……知ってる。
たまに、わざとらしく退けてみたりね?
……大人げない。
まぁ、大人になったばかりだし?
……ルナを苛めては駄目よ。
苛めたことなんてないよ、ただやきもちを焼いているだけ。
亜美ちゃんも知ってるだろう、あたしが動物を苛めたことなんてただの一度もないってこと。
……知ってる、けど。
嫌いだろう、動物を苛めるような人間は。
あたしも、嫌いだよ。
……あまり、やきもちを焼かないようにしてね。
うん、程々にしとく。
……もぅ、まこちゃんは。
亜美ちゃんは、焼いて呉れない?
……。
あたしが、
言わないで。
……。
……言わないで。
ん、分かった……言わない。
……。
然ういうわけで……。
……ん、まこちゃん。
これが、あたしのすりすり……だよ。
……まこちゃんの、頭突き。
頭ではなく、ほっぺただけどね。
それに、ごつんとはやらない。亜美ちゃんが痛いから。
……今度、気にしてみる。
しなくても良いけど……。
……してみる。
うん……じゃあ、してみて。
……。
ねぇ……亜美ちゃん。
……なに、まこちゃん。
あたしが居ること、忘れないで欲しい……。
……え。
忘れないで、欲しいんだ……。
……忘れること、なんて。
忙しいと、何かと忘れちゃうものだろ……?
……それでも、あなたのことだけは忘れないわ。
亜美ちゃん……その言葉、信じても良い?
……信じて欲しい。
……。
私は、どんなに忙しくとも、あなたのことだけは忘れないから。
ん、分かった……信じる。
……ありが
なんて、さ。
……。
誕生日のことも、忘れないでいて呉れたし。
亜美ちゃんがあたしのことを忘れるなんて、屹度、ないと。
……まこちゃん。
誰よりも、信じているけれど……信じていても、寂しいと思う気持ちはなくならないからさ。
……私も。
ん……亜美ちゃん。
……私も、思うの。
亜美ちゃんも……?
……あなたに触れられなくて、寂しいって。
……。
もっと……あなたと触れ合う時間が、欲しいって。
……そっか。
ね……。
……なんだい?
もう一度、すりすりってしてみて……?
……良いよ。
うん……。
……だから、亜美ちゃんもして欲しいな。
ん……出来たら、してみる。
出来たら?
……やっぱり、恥ずかしいんだもの。
ふふ……そっか。
……。
亜美ちゃん……。
……まこちゃん。
大好きだ……。
……私も、大好きよ。
……。
……。
……あぁ、たまらないなぁ。
……。
亜美ちゃん……?
……動作が、大きいんだわ。
……。
ふふ……分かった。
……分かった?
うん……分かった。
……嬉しい?
……。
たまらない……?
……良く、分からない。
あれ……。
……ふふ、うそ。
うそ……?
……。
ん……まぁ、いっか。
8日
-So happy for you.(現世1)
まこちゃん。
うん。
改めて、お誕生日おめでとう。
ありがとう、亜美ちゃん。
当日にちゃんとお祝い出来なくて、ごめんなさい。
ううん、ちゃんとお祝いしてもらったよ。
おめでとうって。
……だけど。
プレゼントも……ほら、ちゃんともらったし。
このお財布、すごく使いやすいんだ。だから大事にして、出来るだけ長く使おうと思ってる。
……ゆっくり、お祝い出来なかったから。
気にして呉れていたんだろう?
それだけでも、十分さ。
……でも。
忙しいのに早く帰ってきて呉れて、ありがとう。
とっても嬉しいよ。
……まこちゃん。
でも、然うだなぁ。
……?
ひとつだけ、我侭を言っても良い?
……ひとつだけ?
うん、ひとつだけ。
……なぁに?
今夜は、ぎゅっとしても良いかな。
……。
だめかな。
……ううん、して。
やった。
……そのひとつだけ?
うん?
ううん……なんでもない。
そぉ?
……ん。
そっか。
……ねぇ、まこちゃん。
ん、なに?
あの……良かったらね。
うん。
……今、して呉れても。
今?
……最近、全然していないから。
んー、今かぁ。
……いや?
いやじゃないよ、全然。
だけど今、ぎゅっとしちゃったら……ケーキ、食べられなくなっちゃうかも知れないからさ。
……。
我慢出来なくて……そのまま、ベッドに連れて行っちゃうかも。
……あ。
ぎゅっとするって、ただ抱き締めるだけだと思ってた?
……。
うんうん、そっか。
……。
今、亜美ちゃんをぎゅっとしてしまったら……然うならない自信が、ないんだ。
なんせ、最近は全然していないから……さ。
……じゃあ、食べ終わってから。
……。
それなら……。
……良い?
……。
だめなら……言って。
……だめじゃ、ないから。
じゃあ……?
……良いわ、まこちゃん。
……。
ぎゅっと……きゃ。
あぁもう……可愛いなぁ。
ま、まこちゃん……。
……ごめん、やっぱり少しだけぎゅっとしたい。
我慢、出来るの……?
……うん、亜美ちゃんとケーキが食べたいから。
うん……。
……ケーキも用意して呉れて、ありがと。
手作りじゃなくて、ごめんね……。
ううん……このお店のケーキ、亜美ちゃんと食べてみたいと思ってたから。
……私と?
然う、亜美ちゃんと……だからさ、叶ってすっごく嬉しい。
……良かった。
ね、考えて呉れたんだろう……?
……え?
あたしが喜びそうなのをって……手を、口元に当てながら。
……考えるほどに、分からなくなってしまって。
そっか……まぁ、然うだよね。
クリーム、フルーツ、チョコレート、それからチーズ……まこちゃんは、自分で美味しいケーキをいっぱい作れるから。
ね……あたしが嬉しそうにしてる顔を、思い浮かべたりした?
……。
しなかった……?
……嬉しそうに、笑って呉れたらって。
思い浮かべて呉れたんだね……?
……うん。
結果は、どうだった……?
……。
……亜美ちゃんが見たいと思って呉れた顔、あたしはしてる?
うん……してると、思う。
ふふ……良かった。
……まこちゃん。
あぁ……久しぶりの、亜美ちゃんの感触だ。
……。
ん……。
……大好きよ。
……っ。
……大好き。
あぁぁぁ……。
……ん、まこちゃん。
あたしも、大好きだ……愛してるよ、亜美ちゃん。
……う、ん。
……。
まこちゃんの、におい……。
……あたし、さ。
なぁに……?
……亜美ちゃんにすりすりってされると、たまらなくなっちゃうんだ。
すりすり……?
……ほっぺたを、すりすりって。
……。
だから……我慢、出来なくなっちゃう前に。
……。
また後で……して呉れたら、嬉しいな。
……屹度、すると思う。
期待、しても良いかな……。
……期待は、しないで。
うーん……それはちょっと、難しいかも。
……だって。
だって……?
……知らなかったんだもの。
知らなかった……?
……そんなこと、してたなんて。
若しかして……無意識、だった?
……。
然うなんだ……。
……ただ、嬉しくて。
……。
まこちゃんに、抱き締められると……だから。
……あぁ。
ん……まこちゃん。
……亜美ちゃんは世界一、ううん、銀河一、可愛い。
そんな……。
ね……意識しちゃうと、出来なくなっちゃう?
分からない、わ……。
……分からない、か。
でも……。
……でも?
して、しまうと……思う。
……そっか、良かった。
……。
ケーキ……食べよっか。
……ね。
ん……あ。
……こう?
亜美ちゃん……。
意識しながらだと……ちょっと、恥ずかしいかも。
……我慢、出来なくなっちゃうよ。
ふふ……我慢、して?
その為に……今、理性を総動員しているところ。
がんばって……ね。
……キス、したいけど。
したら……だめだと、思う。
だよね……よし、頑張れあたしの理性。
ふふふ……。
……もぅ、亜美ちゃんは。
ね……。
……なんだい?
食べ終わって、直ぐにはしないでね……。
……。
……お腹、休ませてあげないと。
はい……分かってます。
……。
え……。
……すこしだけ。
少しだけって……。
……頬、だし。
い、いやぁ……。
……いやだった?
せ、折角、理性が頑張ってるところなのに……。
……あなたと、ケーキが食べたいわ。
お、おう……。
……ふふふ。
あの……亜美ちゃん。
なぁに……まこちゃん。
……今夜は、寝かせてあげられないかも。
……。
な、なんて……。
……お誕生日だし。
え……?
……特別、よ?
……っ、やった……っ。
……。
よし……我慢、出来るか
……。
~~~!
……やっぱり、少しだけ恥ずかしいわ。
あ、亜美ちゃん、今、すりすりするのはだめだよぉぉ……。
7日
……はぁ。
……。
良い天気だ……これなら、今夜も星が見られるかな。
……まことさん。
あぁ、大夫。
……目が覚めたのですね。
うん、覚めた……おはよう。
はい、おはようございます。
んー……。
……まことさんも飲みますか?
膝枕が良かったな、と。
はい、要りませんね。
飲みたいです、ごめんなさい。
あまり長いと、足が痺れてしまいますので。
ですよね。
……。
ふぁ……さて、起きるか。
してあげていましたよ。
え?
だけど、患者さんが来たので。
……。
何ですか。
足は、痺れませんでしたか?
そんなに長くはありませんでしたので。
ふふ、然うですか。
……では、お茶の用意しますね。
ん、ありがとう。
膝枕も。
……ねぇ。
うん?
……どんな夢を見ていたの?
夢……?
……私のことを、大夫と。
……。
久しく、呼ばれていないから。
……昔の、かな。
昔の、いつ頃?
んー……大夫と呼んでいたのなら、出逢って一年目か二年目の頃か。
……つまり、詳しくは憶えていない?
ひとつ、憶えているよ。
……それは、何ですか?
亜美さんは、花や星よりも、ずっと綺麗だ。
……それは、今でも良く言っていることですよ。
ん、然うだったかな。
然うですよ。
亜美さん。
今は、良いですから。
言いたかったんだけどな。
また今度にして下さい。
ん、分かった。
では、今夜にでも。
寝不足になりたいのですか?
眠たくなったら、午睡すれば良いだけさ。
亜美さんの傍でね。
そんなことばかり言って。
はは。
……。
ん?
あなたは、変わりませんね。
変わらないのは、亜美さんへの想いだよ。
ずっと、変わらない。
はいはい、然うですね。
流された。
ふふ……はい、どうぞ。
ありがとう。
んー、矢っ張り綺麗だな。
お茶が?
亜美さんが。
熱いから、気を付けて下さいね。
はい、分かりました。
それと……これを、お茶請けに。
お。
今日は小豆餡の萩餅です。
うん、美味しそうだ。
あなたが午睡をする前に、作って呉れたんですけどね。
亜美さんだって、作って呉れただろう?
私は、大したことはしていませんよ。
そんなことないさ。
米を半殺しにして呉れたのは、亜美さんだもの。
憶えているの?
あんなに眠たそうにしていたのに?
憶えているさ。
あと、糖蜜も作って呉れた。
掛けますか?
うん、掛ける。
このままでも美味いけど、掛けたらもっと美味い。
でも、糖分の摂り過ぎは駄目です。
あー……。
駄目よ、まことさん。
……。
ふふ……なんて。
一年に一度の楽しみだものね。
……掛けて食べても、良い?
どうぞ、召し上がれ。
やった。
けれど、掛け過ぎは駄目よ。
ん、分かってる。
ふふ。
なんだい?
子供みたい。
これでも、良い年なんだけれどな。
若い頃より、可愛いかも知れない。
えぇ?
歳を重ねた故の可愛げ、と言うのかしら。
時折、あなたの後ろ姿が愛おしく思えるの。
それは、若い頃は然うでもなかったということかい?
んー……然うね、然うかも。
然うかぁ……。
……まことさん。
ん……。
……若い頃から、ずっと愛おしく思っていたわ。
ずっと……?
……だけど、最近はもっと愛おしく思えるの。
若い頃と、あまり変わっていない筈なのに……それなのに、酷く愛おしく思うの。
ふむ……。
……重ねた歳月が、後ろ姿に表れているのかも知れない。
ねぇ、亜美さん。
……なぁに?
愛おしく思えるのは、後ろ姿だけ?
……。
正面や横は、然うでもない……?
……もぅ、あなたというひとは。
だって、気になるじゃないか。
……そんなわけ、ないでしょう?
本当かい……?
……ただ、後ろ姿にそれを感じやすいと言うだけ。
然うか……然ういうものか。
……皺。
しわ?
……それさえも、愛おしいの。
……。
ふふ……分からないのなら、良いわ。
いや、分かるよ。
……本当に?
あぁ、本当だよ……。
……まことさん。
亜美さんは可愛くて、綺麗だ。
……それは、良いから。
聞いて欲しい。
……。
最近の亜美さんは……若い頃とは違う、可愛さがあると思うんだ。
成熟した……とでも、言うのかな。
……もう、なんですかそれ。
それ以外の言葉が見つからないんだ……。
……ただ、歳を重ねただけよ。
それを言ったら、あたしも然うだ……。
……。
白髪も……皺すらも、愛おしい。
まことさん……。
……亜美。
……。
変わらず、愛しているよ。
……私も、愛しているわ。
ずぅっと、愛している……。
……誰も居なくて、良かった。
居ないから、言ったんだ……。
……知ってる。
亜美……。
……お茶が、冷めてしまうわ。
おっと……然うだった。
……。
湯呑の中で菊の花が咲いて、枸杞の実の赤が映える……変わらず、綺麗なお茶だ。
……あなたが、好きになって呉れたから。
亜美さんが淹れて呉れたお茶は……大体知らない味だったけれど、どれも好きになったよ。
……生姜は苦手なくせに。
苦手だけど、飲めないわけじゃないさ……。
……甘味があれば、でしょう?
蜜を入れると、飲みやすくなる……。
……子供みたい。
嫌かい……?
……嫌って?
子供みたいな、あたしは……。
……嫌だったら、一生一緒に居たいなんて思わないわ。
……。
そんなところも……愛おしいんだもの。
……あぁ、本当に大好きだ。
お茶が、冷めてしまうから。
……。
それに、畑に戻るのでしょう?
……では、続きは夜に。
……。
……ねぇ、亜美さん。
なんですか……まことさん。
……相思、相愛。
……。
と言うわけで……はい、半分。
……では、私の分も。
ん……いただきます。
……いただきます。
んー……甘い、美味い。
……うん、美味しい。
今年も、ふたりで食べられた。
……食べられましたね。
来年も、また。
……はい、来年もまた。
……。
……。
豆……もう一度くらい、採れるかな。
……然うしたら、糖水にしますか?
小豆粥でも、良いな……亜美さんは、どちらが良い?
私は……あなたとなら、どちらでも。
……あたしも、亜美さんとならどちらでも。
……。
……。
……亜美さん。
はい……まことさん。
また、餡蜜が食べたいね。
餡蜜……?
此れを食べるたびに、思うんだ。
……あぁ。
作れたら、良いのだけれど。
……毎年、あなたは作って呉れているわ。
毎年……?
……蔓豆餡と藪蔓小豆餡の、蜜掛け。
……。
それらは甘くて、美味しくて、そして愛おしい……あなたと私だけの、秘密の餡蜜。
……。
今はもう、ふたりだけの秘密ではなくなってしまったけれど。
……ずっと、ふたりだけの秘密にしておきたかったんだけどな。
ふふ……仕方ないわ。
……いつか、また。
……。
亜美さんと、あの餡蜜が食べたい。
……まことさん。
良いだろう……?
……はい、喜んで。
……。
……。
……む。
あぁ……帰ってきたみたい。
……全く、手伝いもしないで。
させますか……?
蔓豆の莢取りと、薄皮剥きを。
……。
なんて、言っていたら。
……また、行ってしまいましたね。
はぁ、しょうがないな。
……ね、まことさん。
ん?
糖水と小豆粥……あの子達は、どちらが良いかしら。
然うだな……糖水じゃないかな。
なんせ、一年に一度のご馳走だから。
……では。
小豆粥にしよう。
……。
……なんて、さ。
ふふふ……。
6日
……。
……。
……大夫。
……。
もう、眠ってしまったかい……。
……いえ、未だ。
……。
……どうか、されましたか。
いや……今夜は、手は冷たくないのかと思って。
……。
……冷たくは、ないかい。
まことさん。
……ん?
手を、此方に。
……。
……伸ばして、もらっても。
それより、も。
……。
……此方に、来ませんか。
いいえ……それは、出来ません。
……どうして、だい。
また、まことさんの眠りが浅くなってしまうかも知れない……だから、出来ません。
……。
明日の為に……どうか、今夜はゆっくりと眠って下さい。
……眠れないと、言ったら。
……。
大夫が、直ぐ隣に居る……それを思うと、眠れそうにないんだ。
……でしたら、今からでも。
……。
ひとりで、帰れますから……あ。
……そんなこと、あたしがさせると思っているのかい。
まこと、さん……。
ひとりだと、もっと眠れそうにないんだ……大夫が、居て呉れないと。
……私が居ても、眠れないのなら。
どうせ、眠れないのなら……ひとりよりも、ふたりが良い。
ん……。
……大夫。
……。
帰るのなら……帰りたいのなら、送るよ。
……私は。
でも、然うでないのなら……あたしを心配して、言って呉れているだけならば。
……。
帰らないで……どうか、傍に。
もっと、傍に……。
……いや。
あ。
……。
あ、あぁぁ……。
……。
……ごめん、よ。
まことさん……。
……帰ろう、大夫。
……。
こんなあたしが、傍に居たら……もう、安心して眠れないだろう。
もう、二度と……あたし、とは。
……。
ごめん……ごめんよ。
……。
……ぅ。
せきにん……。
……だい、ふ?
せきにん、とってくれるんですよね……。
……。
ううん……とってくれなくても、いい。
……だいふ。
ねぇ、まことさん……。
……なに。
今夜は……此方に、来ませんか。
……ぁ。
ゆうべは、私がまことさんのお布団に……だから、今夜は。
……いいの?
はい……あなたさえ、良ければ。
だけど……いやでは、ないの。
……。
無理は、しないで……させたく、ないんだ。
……。
あたしが言うことなんて、もう、信じられないと思うけど……。
……信じられるわ。
う……。
……あなたも、こんな顔をするのですね。
だいふ……。
……来て下さい、まことさん。
……。
嫌で、なければ……来て。
……う、ん。
……。
き、来たよ……。
……ふふ。
あ、や、やっぱり……。
……矢っ張り、近いですね。
……っ。
狭くは、ない……?
……狭くない、とても嬉しい。
嬉しい……?
……大夫が、直ぐ傍に居て呉れて
ね……まことさん。
……ん?
もっと、近くに。
……え。
もっと……。
……あ。
あなたの……近くに。
……あぁ。
あぁ、でも……あまりにも、近いと。
大夫……亜美。
あなたの顔がぼやけてしまって……良く、見えない。
……。
ん……まこと、さん。
……見えずとも、感じることは出来るよ。
然う、ですね……。
……目を瞑れば、より。
けれど、それでも……あなたの顔が、見たい。
……。
……まことさん。
これで、どうだろう……。
……。
……見えるかい?
はい、見えます……あなたは、見えますか。
……あぁ、良く見えるよ。
……。
抱き締めても……良いかい。
……責任なんて、考えないで。
……。
考えないで、良いから……抱き締めて。
……。
ん……まこ、と。
……取らせて欲しい。
……。
取りたいんだ……一生、一緒に眠る為に。
……まじめ、なのですね。
ん、まじめ……?
……では、とってください。
うん……一生を、懸けて。
……わたしも、とります。
大夫は……ん。
……一生を、懸けて。
……。
……。
……手は、冷たくなさそうだ。
……あなたが、熱を呉れたから。
けれど……。
……あ、ん。
足は、冷たいみたいだ……。
……あなたの熱を、分けて呉れますか。
幾らでも、分けたい……。
……。
あぁ……ひどく、あんしんする。
あんしん……。
……。
……ね、知っていますか。
ん、何をだい……大夫。
……小豆の、別名。
小豆の……?
……私、何を言っているのでしょうね。
ん、いや……知りたいな。
……。
だから、聞かせて欲しい……。
……小豆は、都では紅豆と言います。
うん……。
……他に、もうひとつ。
……。
……相思豆、と。
そうしまめ……?
小豆は……相思と相愛の、象徴と。
そうしと、そうあい……。
……とある詩人が、「相思」という小豆の歌を詠んだの。
それが、由来かい……?
……然うみたいです。
都人は、面白いことを考えるなぁ……。
……。
ね、大夫……藪蔓小豆も、然うだと考えても良いだろうか。
小豆、ですし……良いのでは、ないでしょうか。
……。
ん……。
……あたしも、都人のことは言えないな。
ふふ……それを言うのなら、私もです。
……。
……。
……相思豆の餡を、大夫に。
ううん……ふたりで、一緒に。
5日
木野さん、お誕生日おめでとう。
今書いているパラレルが終わったらお誕生のお話を書くつもりだから待っていてね。
……大夫が淹れて呉れるお茶は、飲んだことがないものばかりだ。
ごめんなさい……今度こそ、口に合いませんでしたか。
知らない味ではあるけれど、口に合わないわけではないよ。
柔らかな味わいで、あたしは結構好きだ。仄かに甘いし、良い香りもするし。
……目が疲れた時に、良く飲むんです。
と言うことは、此のお茶は目に良いのかい?
はい、目の不調を訴えてきた患者さんにお出しすることもあります。
目の疲れだけでなく、心身の疲れも癒して呉れるんですよ。
へぇ、それは良いな。
肝と腎の調子を整える作用もあって……あと、肌や老化予防にも良いとされています。
肌?
菊花には肌を美しく、且つ、若さを保って呉れる効果があるとされているんです。
ふぅん……。
そして、枸杞子にも老化を抑制する効果があると。
ですので、菊花と枸杞子、合わせて飲むとより効果的だと言われています。
私は、どちらかと言うと懐疑的な立場ではあるのですが。
……。
枸杞子は他にも滋養強壮、消渇の予防にも
あぁ、だからか。
……はい?
大夫の肌が、とても綺麗なのは。
……え?
白くて、若々しくて、とても綺麗だ。
……そんなことは。
ある。
……。
大夫は屹度、その為に飲んでいるわけではないのだろうけれど。
……あの、まことさん。
なんだい。
……私は本当に、肌の為に飲んでいるわけではないんです。
はは、分かっているよ。
大夫はあくまでも、目の疲れを癒す為に飲んでいるのだろう?
……頭痛や肩凝りも和らげて呉れるんです。
うん?
……目が疲れていると、どうしても頭痛や肩凝りになりやすくて。
……。
……ん。
今日も、疲れている?
……疲れては、いるのですが。
ならば、早めに休もう。
……都に居る頃に比べたら、ずっと良いのです。
……。
都では外に出ることなんてほとんどせず、ひとと関わることもせず、内に籠ってばかりいましたから。
思えば……都での私は、実に病的だったと。
けれど、今は違う。
……。
……然うだと、良い。
全く、違うと思います……。
……。
……。
大夫……肩は、凝っていない?
……今、ですか?
うん……年寄り曰く、あたしの手は大きくて温かいから、凝りを解すのに良いらしいんだ。
……今は大丈夫です、ありがとうございます。
あ、うん……然うか。
……いつか、お願いすることがあるかも知れません。
……。
その時は……お願いしても、良いでしょうか。
うん、勿論だ……いつでも、言って欲しい。
……まことさんは、お年寄りの肩凝りを解してあげたりもしているんですね。
たまに頼まれるんだ。
……然うですか。
……。
……。
……此の菊花は、食べられるんだよね。
……はい、食べられます。
……。
……。
湯呑の中で菊の花が咲き、枸杞の実の赤も映えて……とても綺麗なお茶だ。
……その見た目もまた、女性に人気がある所以のひとつです。
都の女は、綺麗なものが好きだと聞いた。
……全てでは、ないですが。
……。
ん……まことさん。
……あたしも、好きだ。
……。
あたしは……都の女では、決してないが。
……。
……大夫。
まことさん……。
花や星のように……いや、それよりもずっと綺麗だ。
……。
大夫……あたしは、大夫と。
……疲れは、如何ですか。
うん……?
……鼻血を、出されたので。
あぁ……今はもう、大丈夫だ。
……それでも、今夜はゆっくりと休んで下さい。
分かっている……。
……。
……此れを食べたら、今夜は休む。
此れを……。
……食べて呉れるかい、大夫。
はい、まことさん……。
……うん。
……。
さぁ、どうぞ……大夫。
はい……頂きます。
……。
……。
……黒糖の蜜を掛けても、美味いんだ。
黒糖……黒蜜、ですか。
うん……だけど、今はないから。
いつか、黒糖が手に入ったら……いつになるかは、分からないが。
……楽しみにしていても、良いですか。
うん……していて、欲しい。
……。
……それで、どうだろうか。
はい……。
……口に、合わない?
いえ……そんなことはありません。
……では。
初めての味ですが……此れは此れで、美味しいです。
……然う、か。
思っていた以上に、美味しくて……どうして、此の味が都にないのかと。
都には、ない?
……はい、ありません。
……。
若しも、此の味が都にあったなら……私は屹度、幾度も食べていたことでしょう。
……忘れない?
はい……忘れないと思います。
……。
とても美味しいです……まことさん。
……あぁ、良かった。
まことさんが子供達に秘密にしている……その理由が、分かったような気がします。
……分かって呉れたかい?
はい……屹度、あっと言う間に食べ尽くしてしまうのではないでしょうか。
大夫も、然う思う?
……はい、思います。
はは……然うか。
……まことさんも、どうぞ召し上がって下さい。
うん……然うする。
……毎年、食べているのですか。
うん……ひとりでこっそり、食べているんだ。
ふふ……然うですか。
……だけど、今年からは。
……。
大夫と、ふたりで……。
……私と、ふたりで。
叶うなら……来年も。
……望んでも、良いでしょうか。
の、望んで、欲しい……。
……。
あたしも、望むから……。
……。
……。
……ねぇ、まことさん。
なんだい……大夫。
……藪蔓小豆の餡にも、掛けますか。
糖蜜を、かい?
……はい。
いや、藪蔓小豆には掛けないかな。
糖水にしてしまうことが、多いから。
……然う。
だけど、今年は掛けてみようか。
……。
若しも、美味しかったら……大夫とあたし、ふたりだけの秘密にしよう。
……子供達には、知られないように?
あぁ……知られないように。
……良い歳をした年長者が、そんなことを、考えるなんて。
秘密のひとつや、ふたつ……此処まで生きてきたんだ、許して欲しい。
……ぁ。
ねぇ、大夫も然う思うだろう……?
……まこと、さん。
4日
うん……今年も、美味く出来たな。
まことさん。
……大夫。
そろそろ、畑に戻りますよね。
あぁ……然うしようと、思う。
お茶、美味しかった。ありがとう。
……いえ。
蔓豆餡は置いていくよ。
夕餉にでも、食べて欲しい。
……まことさんの分は。
あたしはもう、食べたから。
食べたと言っても、
ならば、こうしよう。
……。
今夜、米を持ってまた此処に来る……それで、萩餅にして食べよう。
……今夜。
二晩続けてあたしと過ごすのは……嫌、だろうか。
……そんなわけ、ないです。
来ても、良いかい……?
……此処で、良いのですか。
うん……大夫さえ、良ければ。
……。
……それとも。
あなたの、家が。
……ん。
あなたの家が、良いです……。
……分かった、ならば迎えに来る。
……。
それまで、蔓豆餡を預かっていて欲しい。
あたしは何処にも寄らず、畑に戻るつもりだから。
……。
……だから、大夫。
分かりました……あなたが迎えに来てくれるまで、お預かりします。
……うん、頼む。
はい。
藪蔓小豆は持って行こう。
……此方に。
ん……いや、結構あるな。
二度、持ってきましたから。
やれやれ……こっちの豆も、豊作だな。
では……お気を付けて。
お怪我など、しませんように……。
……うん、気を付けるよ。
また、夜に……待っています。
……。
……まことさん?
大夫。
はい、なんでしょう。
あたしが今から言うことは、誰にも言わないで欲しい。
……。
秘密にして欲しいんだ。
……秘密に、ですか。
あぁ……特に、子供らには。
……子供達に?
約束、して呉れるかい?
……分かりました、約束します。
うん、ありがとう。
それで、何でしょうか。
……。
まことさん?
……いや、周囲に気配がないか確認を。
そこまで……?
……。
……。
……うん、とりあえず大丈夫そうだな。
それで……秘密にして欲しいこと、とは。
大夫……もう少しだけ、傍に寄っても良いだろうか。
え……?
……傍に寄っても、構わないだろうか。
え、ええ……構いません、が。
……。
まこと、さん……。
……秘密にして欲しいこと、とは。
は、はい……。
……此の餡の、他の食べ方のことなんだ。
他の……萩餅ではない食べ方、ということでしょうか。
うん……萩餅以外にも、あるんだ。
それは……まことさんしか、知らないのですか?
少なくとも……子供らには、知られていないと思う。
……。
言ってこないということは……つまり、然ういうことなのだろう。
……それは、どういう食べ方なのですか。
……。
ん、まことさん……。
……融かした砂糖を、蔓豆餡に掛けて食べる。
融かした、砂糖……それは、糖蜜ですか。
うん……それを蔓豆餡に掛けて食べると、此れがまた、とても美味い。
……子供達には、教えてあげないのですか。
砂糖にも、限りがある……子供らに知られたら、全部、食われてしまいそうで。
流石に、そこまででは……蔓豆餡にだって、限りがあるのですし。
……蔓豆餡がなくなれば、糖蜜だけ食べたいと言うかも知れない。
ならば……自分の分は、自分の家から持って来てもらえば良いのではないでしょうか。
……。
まことさん……?
……思いもしなかった。
え?
己の分は、己の家から持ってくる……いや、だめだ。
それでも、食われそうだ……あの子らの、甘味への執着は並大抵のものではないから。
……。
大夫。
……はい。
糖蜜を掛けた蔓豆餡……それを、あたしと食べてみないかい?
今……ですか。
ですが、畑にお戻りになるのでは……。
……だから、今夜に。
今夜……糖蜜は、いつ。
今、作る。
……。
砂糖を融かすだけならば、そんなに時は掛からない。
直ぐに、作れる……だから。
……。
作って、夜まで冷やしておく……どうだろう。
あの……まことさん。
……なんだい。
どうして、声を潜めているのでしょうか……。
……外に聞こえたら、まずいから。
外……子供達に、ですか。
……既に二度来ている、だから、三度目があるかも知れない。
二度あることは三度ある、でしょうか……。
……美奈のことだから、分からない。
けれど、気配は……。
……油断は、出来ない。
……。
だから、大夫。
は……え。
……もう少しだけ、傍に。
ま、まことさん……。
……うん、これならば。
ん……。
……蔓豆餡の萩餅は、また今度、必ず作る。
息、が……。
だから、今夜……糖蜜を掛けた蔓豆餡を、あたしと。
ぁ……。
……ねぇ、大夫。
は、い……。
……責任を取ると、言った。
あ……。
……ちゃんと、果たす。
……っ。
大夫……あたしは。
……あ、の。
あたしは、大夫のことが……。
……少し、離れてもらっても。
どうして……?
……。
大夫……。
……あなたの顔が、見えないからです。
あたしの顔が……。
……だか、ら。
うん……分かった。
……。
大丈夫かい……大夫。
……だいじょうぶ、です。
けど……顔が真っ赤だ。
……。
心なしか、手も熱いような……。
……まことさん、だって。
……。
……真っ赤、ですよ。
あたし、も……?
……それに、吐息も熱くて。
それは……だって。
……。
だって、あたしは大夫に……。
……あ。
あたしの、想いを……。
ま、まことさん、鼻から血が。
……ち?
今、布を……あ、だめです、袖で拭いては。
あ、うん、でも、
待ってて、直ぐだから。
診療所が、汚れてしまうし……。
まことさん。
……。
これで、抑えて。
……鼻血くらい、なんともないよ。
分かりました、私が抑えています。
下を向きながら、ゆっくりと座って下さい。
……。
言うことを聞いて下さい。
……うん、分かった。
然う……ゆっくりと。
……鼻血なんて、どうして。
……。
……はぁ。
このまま、止まるまで。
……直ぐに、止まると思うけど。
それまで、抑えているから。
……。
……大人しく、していて。
それよりも、あたしは……。
……今は。
……。
……。
うん……分かった。
……。
……鼻血が止まったら、糖蜜を作りたい。
……。
良いかな……。
……若しかしたら、疲労が溜まっているのかも知れません。
ひろう……。
……ですから、今夜はゆっくりと休んで下さい。
……。
だから……今夜は、
……本当に、美味しいんだ。
……。
蔓豆餡に、糖蜜を掛けて食べると……。
……まことさん。
大夫と、食べたい……。
……分かったわ。
……。
だから、お願い……血が止まるまで、休んでいて。
3日
……ん、こんなもんかな。
……。
大夫、ちょっとだけ食べてみるかい?
……本当にお茶碗の半分くらいだわ。
大夫?
あ、はい……頂きます。
うん、どうぞ。
……ありがとうございます。
ん。
……。
どうだい?
……美味しい、です。
あぁ、良かった。
お豆の風味が残っていて……だけれど、お砂糖が入っているからちゃんと甘くて。
蔓豆と藪蔓小豆の餡は、この時期にしか食べられないご馳走なんだ。
特に子供達にとっては、ね。
……分かります。
分かるかい?
はい……私も、甘味が好きなので。
この時期にしか食べられないのならば、尚のことです。
うん……だから、手間ではあるけれど、出来るだけ作ってやろうと思っているんだ。
……。
とは言え、家に帰れば作って呉れるひとがあのふたりには居るんだけれども。
あたしが作ったのも食いたいと言うから。
……まことさんは、優しいですね。
そんなことは、ないさ。
ううん、優しいです……こんなに時間と手間が掛かるものを、毎年、子供達に作ってあげているなんて。
畑仕事で、忙しいのに。
……甘いのは、美味いだろう。
……?
まぁ、なんだ。
あたしも、この時期になると食べたくなるんだ。
だから特段、優しいというわけではないんだよ。己の為でもあるのだから。
……。
さて、この餡だけれども。
半殺しにして丸めた米を、餡で包む。
……半殺し?
それで、蔓豆餡の萩餅の出来上がりだ。
あの……半殺しとは?
うん?
お米を半殺しにして、とは……それは、どういうことなのですか?
あぁ、都では然う言わないか。
……物騒な意味でしか。
物騒……確かに、然うだな。
……。
半殺しとは、炊いた米を粒が残る程度に潰すことを言うんだ。
潰す……ですか。
半潰し、と言い換えることも出来るかな。
では、粒が残らないように潰すことはなんと言うのでしょう?
粒が残らないように全部潰すのは全殺し、或いは皆殺しと言う。
……何故、殺しなのでしょう?
どうして然う言うのかは、あたしも良くは知らないんだ。
然うなのですか。
うん。
年寄りが然う言うから、あたしも然う言ってる。
なんだったら、萩餅そのものを半殺しと言うひとも居る。
……。
然うか……知らないと、吃驚してしまうか。
確かに、物騒な物言いだものな。
……。
気になるかい?
……ええ、まぁ。
実はあたしも気になって、聞いたことがあるんだ。
どうして潰しではなく、殺しなのかと。
……。
自分よりも前の世代のひと達が然う言っていたから、自分も然う言っているだけ。
然う、教えて呉れたよ。
成程……然うやって、次の代へ繋げて。
それでいつしか所以だけが忘れられて、言葉だけが残ったのですね。
他を探せば、知っているひとは居るかも知れない。
……。
まぁ、なかなか居ないだろうが。
……老師。
ん、ろうし?
……いえ。
大夫……?
語源をまとめた書物にならば、若しかしたら載っているかも知れません。
書物に?
はい。
そんな書物も、都にはあるのかい?
はい、あります。
大夫なら、読んでいそうだけれど。
私が読んだものには、残念ながら、その記載はありませんでした。
然うか……まぁ、大夫ならば、読んでいれば覚えているだろうし。
……或いは。
然し、都には本当になんでもあるんだな。
萩餅も、都では珍しいものではないのだろう。
……。
とは言え、蔓豆餡は珍しいと思う。
どうだろう?
……はい、都では見たことありません。
はは、然うか。
……都では、毛豆のものが売られています。
毛豆、か。
……いつか、都に行くようなことがあれば、一緒に。
ひんしゅかいりょう、だったっけ。
……。
ひとにとって有用なもの、か。
……何か思うところでもあるのでしょうか。
ん、いや……然うやって、繋いできたのだなと。
然う思うと、言葉も食い物も同じだなと。
……。
大夫。
……なんでしょう。
藪蔓小豆は糖水にすることが多いけれど、萩餅にすることも出来る。
……萩餅にも、ですか。
小豆の萩餅など、矢張り、都では珍しいものではないと思う。
それこそ、季節でなくても食えるものなのだろう。
……小豆、都では紅豆と言うのですが、乾物として一年中出回っています。
一年中、か……。
……まことさん。
大夫にとってはありふれたもので、珍しいものではないかも知れない。
だけど若しも、藪蔓小豆で萩餅を作ったら……。
……。
食べて、呉れるかい?
……はい、ご馳走になりたいです。
……。
……まことさんが作った藪蔓小豆の萩餅、食べてみたいです。
うん……では、作ろう。
楽しみにしていて呉れると、嬉しく思う。
……はい、楽しみにしています。
うん……ありがとう。
……私こそ、ありがとうございます。
大夫……。
……藪蔓小豆は、熟したものなのですね。
あぁ……然うなんだ。
……この小さい小豆達が、萩餅に。
だから、無闇に触ると大変なことになる。
……え。
弾けて、飛び散ってしまうから。
……。
とは言え、袋の中に入っていれば大丈夫だ。
中で、弾けて呉れるから。
……良かった。
驚いた?
……少し。
はは。
……藪蔓小豆も、弾けるのですね。
一度、うさぎちゃんがやってしまってね。
あの時は、レイが大変だった。
……レイさんが、ですか。
レイの家だったから。
……あぁ。
うさぎちゃんとしては、レイと美奈の三人で糖水を作って、一緒に食べたかったらしい。
ちゃんと作れたのでしょうか。
結局、レイがひとりで作ったみたいだ。
子供らにやらせると、余計な手間が増えるなどと言って。
うさぎちゃんは、残念だったでしょうね。
だと思う。だけれど、レイの言い分も分かる。
うさぎちゃん、美奈もだけれど、料理は……かなりいまいち、なんだ。
家ではいつも作ってもらってばかりで、自分ではあまりしないようだから。
……家のお手伝いは、あまりしないのですね。
うん……いい加減、己の為にもさせた方が良いとは思うのだけれどね。
……お嫁さんの貰い手、ですか。
うん?
……料理ひとつ、出来ないと。
いや、然うではないよ。
嫁に行かずとも、料理は必要なことだろう?
生きるということは、食うことでもあるのだから。
……。
ひとのこは食わないと生きてはいけない。
違うかい?
……違いません。
あの子らも、来年には数え十になる。
大根の皮剥きぐらい、出来なければ。
……刃物を持たせて、大丈夫でしょうか。
……。
指を、切ってしまいそうで……。
……とりあえず、土を洗い流すところからにしようと思う。
……。
……大夫が切って呉れた大根を煮ると、美味い。
はい……?
……いや、なんでもない。
……。
話を、戻すけれど。
レイが作ったものは、味が大分いまいちだったらしい。
……美味しくなかったのですか。
なんでも、塩の味の萩餅が出来上がったとか。
萩餅……糖水ではなかったのですか。
どういうわけか、途中で変わってしまったらしい。
……何があったのでしょうか。
分からない。
詳しくは、聞いていないから。
塩の味の萩餅……。
……都には、あるかい?
あるにはありますが……甘味が主流です。
食べたことは、あるのかい……?
……。
大夫……?
……私は、萩餅は出来れば甘い方が良いです。
然うか……あたしも、萩餅は甘い方が良いな。
……。
レイぐらいかな、塩のものを好むのは……レイは、甘いものがあまり好きではないから。
……昔は甘味ではなく、塩味が主流だったらしいです。
え……?
……そもそも、小豆餡は菓子ではなかったとか。
然うか……菓子でないのなら、塩味でも良いのかも知れないな。
……小豆のお粥は、塩味ですし。
小豆の粥……。
それから……小豆の赤は、邪気を祓うと言います。
あとは、不老長寿を齎すものとも。
……。
レイさんの場合、若しかしたら、それが関係しているのかも知れませんね……。
……然うなのかなぁ。
あとは……矢張り、好みの問題かと。
……それが大きい気がするな。
……。
子供らは。
……はい。
それ以来、子供らはレイと甘味を作るのは止めたよ。
料理をする良い機会だっただけに、残念だと思っている。
……確かに、良い機会でしたね。
うん……本当に。
……あの、まことさん。
ん……?
紅豆粥……小豆粥は仄かな塩味とお豆の優しい甘味が合わさって美味しいですよ。
都では主に、冬至の頃に食べられているのですが……他にも、ハレの日や望の日にも食べたりします。
美味しいのか……それならば、食べてみたいな。
……藪蔓小豆でも、作れるかも知れません。
……。
けれど……私は、糖水が食べてみたいです。
……うん、大夫の希望通りに。
……。
レイのおかげで、蔓豆餡がどこかに行ってしまった……。
私……子供達の顔を、少しだけ想像してしまいました。
糖水だと思っていたら、出てきたのは萩餅で……。
……しかも、塩味で甘くない。
……。
……。
……笑っては、いけないな。
だめですよ、まことさん。
……だけど。
まことさん。
……話を聞いた時は、笑わなかったんだけど。
もぅ……だめですよ。
そんなこと言って……大夫の顔は、笑っているよ。
……。
……はは。
ふふ……。
2日
……ぅ。
……。
……あぁ。
……。
良く寝た……さて、仕事に。
……まことさん。
うん……?
……おはようございます。
大夫……?
……はい。
……。
おはようございます……まことさん。
うん……おはよう、大夫。
……休めましたか。
あぁ、良く休めたよ……でさ、良い夢を見たような気もするんだ。
然うですか……良かったです。
ん……。
まことさんが、眠っていたのは……。
……気持ち、良いな。
およそ四半刻くらいだと思います……。
……。
……若しも、畑仕事に戻るおつもりならば。
はたけ、しごと……。
……どうされますか。
あぁ、うん……戻りたく、ないな。
……ん。
もう少し……もう少しだけ、こうしていたい。
……ならば、もう少しだけ。
良い、かな……。
……はい、良いですよ。
やった……。
……。
……ねぇ、大夫。
なんでしょうか、まことさん……。
……大夫の手は、優しいな。
然うでしょうか……。
……あぁ、とても優しい。
冷たい上に、薬のにおいが染み付いていて……嫌では、ありませんか。
……全然、平気さ。
……。
……髪を撫でられるのなんて、いつ以来だろう。
止めた方が、良いでしょうか……。
……ううん、続けて欲しい。
はい……では、このままで。
……うん。
……。
……ねぇ。
はい……まことさん。
大夫の太腿は、柔らかいね。
……え?
こんなに、柔らかいなんて……。
……ぁ。
想像、以上だ……。
……まこと、さん。
あぁ……とても、気持ちが良い。
……想像、て。
きっと、そのからだも。
……。
……はぁ、本当に良い夢だ。
まことさん……。
うん……このまま、もうひと眠り。
……ね、まことさん。
ん……なんだい?
ゆうべ……本当は。
……ゆうべ?
眠れなかったのでしょう……?
……うん、どうにも躰が熱くなってしまって。
若しも、私のせいだったら……。
……抱き締めて、しまいたかった。
……。
その、吐息ごと……この腕の、中に。
……抱き締めて、呉れたなら。
大夫、を……?
……まことさん、私。
あ。
……あ?
どうして、大夫の顔が、上に……。
……それは。
……。
ん……。
……だいふの、ふと、もも?
ま、まことさん……その、くすぐったいです。
……ゆめでは、ない。
あまり……なでまわさない、で。
……ッ!!
きゃっ。
あ、あぁぁぁぁぁあたし……っ。
び、吃驚した……。
な、何をして……っ。
……今の動き、海老みたい。
い、今まで、だ、大夫に、何をしてもら……っ。
……膝を貸して欲しいと、言われたんです。
ひ、膝を……っ?
枕を持ってこようと思ったのですが……私が、良いと。
な……っ。
膝と言われたのですが、膝だと心地が好くないと思い……太腿に、したのですが。
あ、あぁぁ……。
……あの、膝の方が良かったでしょうか。
い、いや、ふともともで、よ、良かったです……。
……ふともとも?
も……。
……も?
申し訳ない……っ!!
え。
あ、あまりにも、眠くて、と、とんだ、戯言を……っ。
あ、頭を上げて下さい、まことさん。
こ、事も有ろうに、膝枕をお願いするなどと……あ、あっては、ならぬことっ!
私が良いと思ったのです……ですので、どうか頭を。
ね、眠気で、つ、つい、下心が……!
……。
し、してもらえたら嬉しい、などと……常日頃から、思っていたものだから。
……私に膝枕をしてもらいたい、と。
い、幾ら眠いからって……あたしは、なんてことを。
常日頃から、思っていたのですか?
うぇ……?
私に膝枕をしてもらいたい、と。
ち、ちが……ッ。
違うのですか。
あ、や……。
思っていたのですか。
……お、思ってた。
……
し、してもらえたら、どんなに……。
私に膝枕をしてもらいたいと、常日頃から、然う思っていたのですね。
……。
然うなのですね?
……。
……違うのですか?
ち……。
……ち?
違いま、せん。
……然う。
と、兎に角、も、申し訳ない……。
……ねぇ、まことさん。
は、はい……。
……他の者にも、そんな下心を持つことはあるのですか?
は……?
私以外の者に、してもらったことはあるのですか。
してもらいたいと、思うことはあるのですか。あったのですか。
……。
膝枕、です。
……!
あ、あるわけ、ない……っ!
ないのですか?
な、ない……っ!
では、どうして私には膝枕をしてもらいたいと?
……。
どうして、そんな下心を?
……そ、それは。
本当は、私以外の者でも、
だ、大夫だけだ……っ。
……。
あ、あたしが、下心を持つのは……大夫、だけなんだ。
……私だけ。
ほ、他の者に、なんか……だ、大夫だから……あたし、は。
……どうして、私に。
大夫で、なければ……。
……私なんかに、下心を抱いて呉れるのですか。
……。
ね……どうしてですか?
それは……あたしは、大夫のことが。
……。
……その。
……。
す……す、すき、
……まずは、頭を上げて下さい。
……。
お願い……まことさん。
……う、うん。
……。
大夫……。
……もう少し、傍に。
で、でも……。
……では、私が。
い、いや、あたしが……え。
……。
え、え……。
……然う、言えば。
だ、だ、大夫……。
……足が、痺れていたんでした。
あ、足がどうしたって……?
痺れて……膝から下の、感覚が。
な、成程……そ、然ういう、ことか。
ごめんなさい、まことさん……圧し掛かって、しまって。
いや、べ、別に……。
お怪我は、ありませんか……。
あ、あたしは、大丈夫だ……大丈夫、だけど。
ごめんなさい……重たい、ですよね。
ぜ、全然……。
……どうぞ、退かして下さい。
ど、退かすなんて……で、出来ない。
……。
出来ない……。
……。
大夫……。
……責任を、取らないといけませんね。
せきにん……?
……嫁入り前のあなたを、抱き締めてしまうなんて。
……。
……忘れたのですか?
え、えと……おぼえて、ます。
……ならば。
と、取るならば、あたしが。
……。
ひ、膝枕をしてもらったあたしの方こそ、責任を取らなければ。
……。
だ、大夫……せ、責任を。
……ふふ。
え……?
……誰か、来たようです。
あ、あぁ……。
……ごめんなさい、まことさん。
い、良いんだ……患者さんの方が、大事だから。
……後で、改めて。
足は、大丈夫かい?
……然うでした、痺れていたんでした。
あたしが、とりあえず出ようか。
……お願いしても良いでしょうか。
うん、任せて。
……ありがとうございます、お願いします。
……。
……?
まことさん?
……。
ん……まことさん。
……責任、必ず取るから。
……。
じゃ、じゃあ、行ってくる。
……はい、行ってらっしゃい。
うん。
……。
申し訳ない、大夫は……は、美奈?
……美奈子ちゃん。
何、もっと持ってきた? や、お前な……うさぎちゃんまで。
あぁ、分かってるよ。糖水だろう。が、直ぐには作れない。
……はぁ。
今は、蔓豆餡を作って……あーあー、分かった分かった。
兎に角、順番だ。必ず作るから、待ってろ。
……からだが、あつい。
1日
……ふぁ。
まことさん?
……ん。
眠たいのですか?
ん、少し……なんだか、居心地が良くて。
……少し、お休みしますか。
いや……あともう少しだから、やってしまうよ。
……お茶、此処に置いておきますね。
うん……ありがとう。
……。
ん、大夫……?
……今、手が空いているので。
患者さんは……?
……今の所は。
然うか……何よりだ。
はい……何よりです。
……今日は、往診は良いのかい?
今日はもう、行って参りました……。
……ん、然うなのか?
はい……まことさんが、此処に来る前に。
……然うだったのか。
畑の傍も、通ったのですが……。
……済まない、気が付かなかった。
いいえ……私こそ、声も掛けずに。
……此処に、早く来る為に。
……。
ん、こいつはしぶといな……。
……ずっと、見ていたいと。
見て……?
……矢っ張り、小さいですね。
あぁ……細々としていて、なかなか、骨が折れる作業だろう?
ふふ……本当ですね。
莢から取り出す方が、まだ良いかも知れない……。
……剥く骨(コツ)などは、あるのでしょうか。
んー……根気、かな。
根気……確かに、それは必要ですね。
こんなに手間と時間が掛かるのに……食べるのは、一瞬でさ。
……これだと、どれくらいの量になるのでしょうか。
これだと……然うだなぁ……茶碗いっぱいには、ならないかな。
……半分くらい、でしょうか。
ん、それくらい……かな。
……大変ですね。
食べるまでにするのは、何でも、大変なことだ……。
……。
早く、大夫に食べさせてあげたいな……。
……私に。
美味しいんだ、蔓豆の餡……甘くて、さ。
……本当に、私が頂いてしまっても良いのでしょうか。
良いんだよ……だって、食べて欲しいから。
……。
口に合わなかった時は……その時は、申し訳ない。
……大丈夫です、私は毛豆の餡も好きですから。
うん……然うだと、良いな。
……。
ふぁ……ぁ。
……ね、まことさん。
ん……なんだい、大夫。
まことさんは、少しお休みしていて下さい。
躰だけでなく、目もお疲れだと思いますので。
……だけど。
それに……見た所、少し寝不足のようですから。
そんなことはないよ……ゆうべも、良く眠ったし。
……。
大夫の、熱が……すぐ傍に、あって……。
……私が、まことさんのお布団で眠ってしまったから。
うん……?
……窮屈、だったのだと。
窮屈、なんかでは……。
……ごめんなさい、我侭を言って。
我侭……?
手が、温まったのなら……自分のお布団に戻れば良かったのに……結局、そのまま。
我侭、だったのかい……?
……?
あれが、我侭……あれが?
……。
我侭と言うのは、もっと……こう、滅茶苦茶なことだと。
……滅茶苦茶、とは。
蔓豆の餡を……鍋いっぱい、食べさせろとか。
そ、それは……幾らなんでも、難しいのでは。
然う、かなり難しいんだ……考えただけで、気が遠くなる。
……作ったことは、あるのですか?
無理だったよ……あれは、流石に無理だ。
で、ですよね……。
美奈は、滅茶苦茶を言うからな……。
……美奈子ちゃん。
うさぎちゃんは、まだ可愛い……。
……うさぎちゃんの、我侭とは。
藪蔓小豆の糖水を……腹いっぱい、食べたい。
藪蔓小豆の糖水、ですか……。
あれはまだ、良い……蔓豆よりは、手間が掛からないから。
……美味しいのですか。
藪蔓小豆……?
……はい。
うん、甘くてね……蔓豆餡とは違った美味さなんだ。
……。
気になるかい……?
……少し。
食べて、みたいかい……?
……いえ、そんな。
はは……じゃあ、
……あ、はい。
ん、誰か来たか……。
まことさん。
あぁ、あたしは良いよ……患者さんが、最優先だ。
……では、また後で。
ん……。
……。
ふぅ……さて、あと少しだ。
……美奈子ちゃん?
うん……美奈?
うさぎちゃんも……まことさん、ですか?
はい、来ていますが……え、此れをですか?
……。
まことさ……え、良いのですか?
あ、はい、分かりました。では、お渡ししておきます。
……渡して?
はい、さようなら。
気を付けて遊んで下さいね。
……はぁ、あれだな。
あの、まことさん。
美奈子ちゃんとうさぎちゃんが此れをまことさんにと。
……豆、だろう。
え。
話していた、藪蔓小豆。
……どうして、分かるのですか。
収穫の時期が、同じなんだ……。
……。
蔓豆と、ね……。
……あぁ、それで。
今日は、藪蔓小豆を持ってきたか……それも、わざわざ診療所に。
……美奈子ちゃんが。
あたしは此処に居るだろうって……然う、言ったんだろう。
……はい、その通りです。
全く、あいつは……。
……あの、此れはどうしましょうか。
ん……今日は、無理だけれど。
……。
明日にでも、餡か糖水を作ろうかな……。
……明日、ですか。
それ……大夫の分も、あるのだろう?
美奈のこと、だから……さ。
……はい、そのようです。
はは……矢っ張り、な。
……あの、私の分は。
作ったら……。
……。
一緒に、食べよう。
……良いのですか、頂いても。
あぁ、勿論だよ……大夫の分は、大夫の分なのだから。
……。
食べてみて欲しい……薮蔓小豆の餡と糖水も、美味しいからさ。
……お手伝い、しても良いですか。
手伝い……?
大したことは、出来ないと思います……ですが、させて下さい。
……大夫が手伝って呉れたら、とても嬉しいよ。
……。
だから……お願い、したい。
はい……まことさん。
……。
……。
……はぁ、終わったぁ。
お疲れ様でした……まことさん。
うん、ありがとう……大夫。
あとは……。
ふ……ぁぁぁ。
……。
……少し、休んでも良いかな。
はい、どうぞお休みして下さい。
ん……それじゃあ、お言葉に甘えて。
今、枕を……。
……いや、大夫で。
え……?
……膝を、少し。
ひざ……。
……貸して、欲しい。
あ。
……。
ま、まことさん。
……。
眠ってる……。
……。
……膝。
……。
失礼します……。
……ん。
こう、かしら……。
……んん。
きゃ……。
……。
……くすぐったい。
……。
……可愛い、寝顔。
ん……。
……と、いけない。
……。
おやすみなさい……まことさん。