プロローグ   シーフラ・エンプティ女王


デッソレイト王国・・・
それは、今から二千年も前にあったと伝えられている。
その古く長い歴史の中で、戦乱時代と呼ばれている時代がある。
デッソレイト王国の中で起こった一番の悲劇の時代とも言われている時代で、当時の王に近衛兵たちが謀反を企てた結果、王に対して不満をもつ者と、王に忠誠を誓っている者とで起きた、最大の戦争・・・リ・ベリオン・ウォー(反乱戦争)が起こった時代であった。
そして、その戦乱時代は、何百年も続いた。
この話は、リ・ベリオン・ウォーから百年ほどあとに起きた、2度目のリ・ベリオン・ウォーの時のことである。

「あぁ・・・お父様・・・」
ベッドに突っ伏して泣いているのは、クーラ王の娘の1人、長女シーフラ・エンプティだった。
シーフラは、1つ下の妹、イーア・エンプティと、2つ下のメアン・エンプティとクーラ王と4人で、仲良く暮らしていた。
その幸せな暮らしに、いきなり終止符は打たれた。
クーラ王が病にかかり、具合が悪くなり始めたのは、2ヶ月ほど前だった。
ジイジイとはかない命を振り絞り、虫たちが合唱をはじめたころ・・・初夏であった。
デッソレイト城のまわりのうっそうとした森も、緑一色に染まりはじめていた頃だった。
医者もできるだけのことはしたのだが、とシーフラの近くでうなだれていた。けれど、シーフラの心を慰めてくれるものは無い。
時間が解決するだろうと、イーアとメアンは気を使い、自室にこもっていた。
「お父様・・・」
シーフラ・エンプティ14才。あまりにも早すぎる父との別れだった。
また、シーフラの母もシーフラが2才の頃に、メアン・エンプティを生んですぐに息を引きとったという。
かくして、デッソレイト王国の王座は空席となり、その王座は長女であるシーフラに譲られることとなった。
誰もが、このか弱くも勤勉な王に、うわべだけの期待を装っていた。
『お前を、できるなら王にはしたくない。シーフラ、王になれば、シーフラはいつも暗殺の危機にさらされる。私には、シーフラが己しか信じられないような物騒な体験をしてほしくは・・・ない。』
けれど、クーラ王の願いはかなえられなかった。
シーフラは、14才という若さで一国一城の主となってしまったのである。
やがて、シーフラがいるクーラ王の寝室に、じいやが入ってきた。
デッソレイト城に生まれた時からいるという、シーフラが信用できる数少ない人物の1人であった。
「王女様・・・。即位式のご準備を・・・。」
こんなことは言いたくないのだが、という感情があふれるほど感じられる言葉だった。
その言葉が、シーフラを現実に引き戻した。
「じいや・・・」
シーフラは顔をあげた。真っ赤に腫らした瞳からは、まだ涙がほおをつたっていた。
「王女様・・・」
じいやは、困ったように医者と顔を見合わせた。
「分かったわ・・・今、行く・・・。」
精一杯自分をふるいたたせ、シーフラは立ち上がった。
じいやがベルリンブルーの上着をシーフラにはおらせると、ティアラを取り出した。
デッソレイト王国に代々伝わるティアラだった。
かつて、シーフラの母もかぶったものである。
何も言わずにそのティアラを受け取ると、シーフラはピシッと背筋を伸ばした。
―泣いてはいられない。
「お父様がやり残したことを・・・私がやり遂げなければならない・・・。」
じいやは、あまりにもか弱いシーフラに、思わず涙を流した。
両親を奪われて。それでも悲しみに暮れるひまもなく。
「強く・・・なられましたな・・・。」
しっかりと自分が支えていかなければならないと、じいやは感じた。

外には、たくさんの国民が手に白と青の紋章が入った国旗を振り回し、新しい王を、今か今かと待っていた。
「・・・」
シーフラは、その国民の声を聞いたとたん、目の前がぐらり、と揺れたような気がした。
―こんなにたくさんの国民が私を期待している・・・?
だが、シーフラにはデッソレイト王国を支えていく自信が無かった。
黙ってしまったシーフラを見て、じいやがそっと肩に手をかける。
「王女様・・・。」
それだけで、シーフラには十分だった。
―物怖じしてる場合じゃない・・・。
ティアラをきちっと正すと、上着のすそを翻し、民衆の前へ出ていった。
喜びとも落胆ともとれるような微妙な声が民衆の間から漏れる。
―やっぱり・・・私は頼りない王だ。
泣きそうになるのを必死にこらえて、シーフラは立っていた。
傍らで家来たちが何かを読み上げているのが聞こえた。
一方、後ろではじいやが不安そうにシーフラのことを見つめていた。
けれど、シーフラは即位式の内容など頭に入ってはいなかった。
ただ、王など、無理だという気持ちしか・・・なかった。

若干14才のシーフラ・エンプティ女王の誕生だった。




第1章