第1章   親兵フェース・ディ・ペンダブル


シーフラが即位してから、何日かたった。
クーラ王の埋葬も終わり、シーフラは1人、孤独な時間を城ですごしていた。
じいやは、シーフラにはまだ物事を冷静に考えられるほどショックから立ち直っていないと感じていた。
だから、自らが政治をし、シーフラには自室で休んでもらっていた。
そんなある日、デッソレイト王国に伝わる伝統ある大会が開かれることとなった。
その名は、ガーズマン大会。
ガーズマン大会は、王が変わった時にだけ行われる、近衛兵と親兵を選び出す大会で、長いと10日は続く大きな大会だった。
剣術などの武術を駆使し、その中で、勝ち残った1人だけが、その王を一生かけて守り抜く親兵となれる。
また、準決勝までコマを進めた者も、城を守るための王宮直属の近衛兵となる権利が与えられた。
そして、前の王の親兵・近衛兵は、王宮から離れてのんびりと暮らすか、近衛兵に入る(残る)か、どちらかを選ぶことができた。
毎回、ガーズマン大会にはデッソレイト国民の男性の約9割が参加するという。
なぜ、そんなに参加率が高いのか。大半は、報酬や優勝金がめあてだった。
自室で、シーフラは、緊張の面持ちで外の歓声を聞いていた。
カン!キイン!と言う音がするたびに民衆の大きな歓声があがった。
―この中の1人が・・・私の親兵となる。
選ぶことはできなかった。そして、王は決勝にだけ参加することができた。
その時に、初めて自分の親兵となるかもしれない人物と対面するのだった。
―どうしよう・・・嫌な人だったら・・・。
正直言って、シーフラは父の親兵であったランディ・ジェイクが好きではなかった。
いつも、対面するたびにギロリ、とシーフラを凝視してくる、あの闇を切り取ってきたかのような瞳だけは好きになれなかった。
シーフラは、不安がぬぐいきれなかった。
もうそろそろ、準々決勝進出者まで決まったころだろう。
大会も、9日目に差しかかっていた。
今年は、参加者が父の時よりも少なかったと聞く。
「おりて・・・みようかな・・・。」
別に、出場者と会うのは禁じられていることではない。
「よし、行ってみよう・・・。」
シーフラはイスから立ち上がると、都を歩くために作られた質素な服に着替え、フードをかぶった。
そして、うだるように暑い外へ、走っていった。

「ふぅ・・・。」
シーフラは、一番下の階で、一息ついた。
屋上から一気に1階まで階段をかけおりれば、普段走りなれていないシーフラはすぐに息切れがしてしまう。
シーフラが立ち上がり、大きな扉を押そうとしたときだった。
「王女様・・・?」
じいやのやわらかい声がシーフラの背中に突き刺さった。
「じいや!?」
いきなり音もなく後ろに現れたじいやに、シーフラは驚いてふりむいた。
「王女様・・・てっきり自室におられるのかと。外出でございますか?」
「えぇ・・・。」
シーフラの目を見て、じいやはすぐにシーフラがどこへ行こうとしているのかさとった。
「それならば、お気をつけて。」
じいやはさっと扉のところへ駆けつけると、ぎい・・・と鉄の扉を押し、シーフラの手を引いた。
「じいや?」
行っても良いのかと、シーフラの瞳が問うていた。
「どうぞ。」
じいやはそれだけ言うと、シーフラを外へ送り出した。

シーフラは息を弾ませながら、芝生を踏んで走った。フードを脱ごうと何度思ったことだろう?だが、シーフラにはそれができなかった。
そして、ようやくシーフラは競技場の蒸し暑いドームの中に入り込んだ。
その時、一瞬の沈黙が辺りを包んだ。
「え・・・?」
今までの、うるさいくらいの歓声が聞こえてこなかった。
どうしたのだろうと、シーフラが走っていくと、ちょうど競技場の中で、決着がついたところだった。
コロシアムの中でじっと止まっている少年は、ドサリと倒れる相手を見据えていた。
「なんなんだ・・・?」
「何が起こった・・・!」
観衆が騒ぎ立てる。シーフラは、観衆の中に入っていった。
「何が起こったの・・・?」
1人の青年に声をかける。
「へ?あぁ、さきほど来たばかりですか?」
その青年は、さらりと笑った。
海のように深く青い瞳に、この国では珍しい真っ黒な髪をしていた。
だが、その純粋な瞳とは逆に、着ているものは粗末なぼろである。
「あの戦士が、相手を倒したんですよ。一瞬で・・・。たぶん、みぞおちを正確に、しかも素早くついたんだと思うのですが。」
こんな感じで・・・と青年が一生懸命身振り手振りで説明する。
「え・・・?でもあの倒れているほうは、お父・・・いえ、クーラ王の時に開かれたガーズマン大会にも準々決勝まで残っていた強豪・・・。」
シーフラは記憶の底からその男のデータを引っ張り出した。
「よく覚えているんですね・・・。そうですよ。あの人は、今大会で、近衛兵、もしくは親兵になれたかもしれないほどレベルアップしていましたね。でも、あの戦士のほうが・・・強かったんです。」
ただそれだけ、と青年の言葉は告げていた。
「・・・ありがとう。お名前は?」
シーフラは、自分がなぜ見ず知らずだった人にこんなことを聞くのだろう?と感じた。
「名前・・・ですか?私は、オリエン・ギディという者です。」
青年はそれから、またあのさわやかな笑顔を付け足した。
「オリエン・・・さん?」
「いえ、オリエンでいいんです。私は・・・インフェリアですから。」
シーフラは、一瞬はっとした。
ぼろをまとった姿。そして、珍しい青い瞳に黒い髪。
インフェリア・・・それは、劣った者という意味で使われる。
この国には、まだそういう差別が残っているのだ。
―インフェリアと呼ばれる人々は学校にも通えない・・・早くどうにかしなくては・・・。
この問題は、クーラ王も頭を抱えていた。現にシーフラの妹のイーアも、黒髪で、しかも長い。
この国の風習で行けば、イーアもインフェリアになりかねなかった。
だが、王宮の娘と言う理由で、インフェリアになることを免れた。
しかし、イーアはそのことを恥じている。
『自分だけ裕福な暮らしをして、他の人は見捨てるの?お父様、お願い・・・。この国から、差別というものをなくして・・・!』
黒髪と言う理由だけでインフェリアは非難される。
それが、イーアには耐えられなかったのだろう。
『私だって黒髪よ!いつか、王になったら、絶対に差別をなくしてみせる!』
よくイーアはそう言っていた。
シーフラは・・・さらに特殊だったと言えるかもしれない。
デッソレイト王国全てを探そうと、青い髪は見つからない。
劣っているものと言うより、神聖な感じが人々の中にはあったのだろう。
王宮お抱えの呪術師たちも、インフェリアになる、ならないという以前のことで、この国に1人しかいない青い髪は、何か大きなことの予兆であると騒ぎ立てた。
だから、シーフラは外出時にフードをかぶることを欠かさなかった。
どんなに暑くとも。
「いいえ、やっぱりオリエンさんと呼ぶわ。いつかまた、お会いできたら・・・。」
オリエンのまっすぐな瞳が見開かれた。
「さっき、『またお会いできたら・・・』と?私にですか?」
『またお会いできたら』と言うのは、この国での一種のあいさつだった。
そして、相手よりも自分が下の立場にいる時に使う言葉だった。
「私は、インフェリアですよ?国民や富豪などでは・・・」
シーフラは、ないのですと言いかけたオリエンの口をバッとふさいだ。
「それ以上は言わないで下さい・・・。私は、そんな差別など必要ないと思っています。いつか、変えられたらいいと思っています。だから、そんなことは言わないで下さい・・・。」
自分を非難することはやめて、というメッセージに、オリエンは頭を下げた。
「あ、ありがとうございます・・・。そんな優しい言葉を・・・。」
「頭を下げなくても良いわ。言葉だけでは、ウソにもなりかねない。」
シーフラの誠実な面を見たような気がして、オリエンは顔をあげた。
「いつか・・・そのような日が来ることを願います。」
そして、シーフラはオリエンと別れた。
―絶対に・・・解決する。
そんな決意を胸に秘めて。

シーフラがさらに競技場の裏のほうへと急ぐと、そこには出場者の控え用として作られた、粗末なテントがあった。
「ここ・・・よね?」
シーフラは誰もいないテントへ近づいていった。
その時、急にシーフラに後ろから声がかかった。
「どうしたんです?お嬢さん♪」
「きゃっ!」
はっとしてシーフラが振り向くと、そこには先ほど相手を一瞬で倒したという少年が立っていた。
いや、少年と言うには少しおかしいかもしれない。
本当なら、青年と言うにふさわしいほどの体格と、とし。
だが、その顔は、どこか幼さが残る。
宝石のエメラルドのようにきらりと光る瞳に、さらりと流れる美しい茶色がかった髪。そして、その長髪は後ろで1つにまとめられていた。
それらの要因が、青年を少年のように見せていた。
しかし、着ているものは、オリエンと同じ、ぼろだった。
「ここらへんでうろつくと危ないですよ。」
その青年は、相変わらずニッコリと笑っている。
「えっと・・・あなたは?」
戸惑ったシーフラは、それしか頭に浮かばなかった。
「?私・・・ですか?私は、フェース・ディ・ペンダブルと言う者です。って、これでよかったんです?あなたは?っていうお嬢さんの問いの答えは・・・。」
なんとなく茶化されたような気がして、シーフラは顔を真っ赤にした。
「あ、あれ?大丈夫です?」
フェースは、うつむいてしまったシーフラに、自分が何かしただろうかとあわて始めた。
「い、いえ・・・なんでもないんです。」
なぜこんなことになってしまうのか、シーフラにも分からなかった。
「すみません。ちょっと迷ってしまって・・・。それより、さっき戦っていたのって・・・」
「あぁ、私ですよ。見ていたんですか・・・?」
少し照れたようにフェースは髪をかきあげた。
「えぇ・・・。決着がついた直後だったので、相手の方が倒れた所しか見ていないのですが。」
「あ・・・そうですか。でも、私の戦いは、血の気の多い国民たちを満足させることはできないでしょう。」
フェースは少しがっかりしたようだったが、すぐに話題を変えた。
「なぜです?」
「それは・・・決勝戦に来ればわかることですよ。」
フェースはあいまいに笑うと、テントの中へ入っていこうとした。

その時、シーフラの後ろから声がかかった。シーフラはびくりとして振り向いた。
「ちょっと・・・待てよ。」
しわがれた感じの、嫌味な声が辺りに響く。それを発したのは、顔立ちの整った気の強そうな金髪の男。
シーフラはすぐに、その男が金持ちのお坊ちゃまだと見抜いた。そして、フェースの背中がこわばるのを、シーフラは見逃さなかった。
「どうしたんです?」
笑顔で振り向くフェース。
だが、シーフラはさっきのフェースが見せた包みこむような笑顔と違うことを感じた。裏にとげを隠しているような・・・軽蔑の笑顔。
「お前が、くるようなところじゃないだろう?ここは。」
その男は嫌味な声をさらに響かせて、言った。
「どういう意味でしょう?」
フェースは、明らかに無理のある笑顔で男の言葉に対応する。
「どういう意味か!?てめえが来るところじゃないつってんのがわかんねえのか?」
その男は、さらに続けた。
「インフェリアの分際で、こんなとこ来てんじゃねえっつってんだよ!」
その言葉にも、フェースは笑顔で対応する。
「そうですね・・・でも、インフェリアだからといって参加が許可されていないわけではないでしょう?」
「あんだと?インフェリアはおとなしく、ぼろ着て頭下げてりゃ良いんだよ!生きてる価値もねえ人間だろーが!」
シーフラは、その言葉にびくりと身を振るわせた。
『ぼろ着て頭下げてりゃ良いんだよ!』
『生きてる価値もねえ人間だろーが!』
2つの言葉がシーフラの中でぐるぐるとまわる。
―こんなことを許していたなんて・・・。
生きていることを否定される。それは、一番の禁句であり、侮辱の言葉だった。
それ以前に、価値のない人間などいないのだとシーフラは信じていた。
「やめなさい・・・。」
静かな、怒りを押し殺した声がシーフラの口から漏れる。
「あん?てめえは口出しすんじゃねえよ!」
ザッとその男がシーフラに歩み寄った。
「生きている価値がないだなんて・・・よくも言えるわね・・・。」
「へっ!インフェリアは何の価値もねえだろ!」
まだ、シーフラが王であることに、その男は気づいていない。
「どうせ、てめえもインフェリアなんだろ!」
男の手がシーフラのフードに伸びた。
「フードなんてかぶってんじゃねえ!!」
素早いシュッという衣擦れの音がシーフラの頭上でした。
「・・・!?」
ハラリ・・・とフードがシーフラの背中に当たる。
「インフェリアね・・・。確かにそうかもしれないわ。私だって・・・金髪じゃないもの。」
「・・・あ・・・え・・・と・・・。」
男は一瞬で言葉を失った。
「でも・・・インフェリアと呼ばれている人たちのほうが、よっぽどかあなたより価値があるわ!あなたのような人間に、生きていることを否定されたくもない!」
シーフラは、声を荒げた。
全ての怒りと・・・むなしさがそこにあった。なさけない王だという感情が、シーフラのなかをめぐった。
「お嬢さん・・・じゃないですね。シーフラ女王。」
シーフラは、その声に我に返った。
「ごめんなさい・・・フェースさん。私には、まだこんな身分の違いで生きていることを否定することが許される国をかえる力がない。こんな・・・こんな髪の色や瞳の色の違いだけで・・・。」
シーフラは、フェースに頭を下げた。いきなりのことに、フェースはたじろいだ。
「な・・・あなたが謝ることじゃない。それに、いつも人に頭を下げていては、なさけない王だと言われてしまいますよ。さあ、顔を上げて。」
フェースの明るい声に、シーフラはそろりと顔をあげた。
「王がそのような考えを持っていれば、大丈夫。絶対、この国は変わりますよ。」
「ありがとう・・・。」
シーフラはそう呟くことしかできなかった。
なぜか。フェースに優しくされると、胸が詰まるような思いがして。
すまないという感情。ただそれだけだった。
シーフラがまたうつむいていると、暖かい手がそっとフードを頭にかぶせた。
「やっぱり・・・フードのない方が良い。でも、それじゃ人込みの中も歩けませんね。」
さりげない誉め言葉を口にすると、フェースはまたホッとするような笑みを浮かべて、テントの中に戻っていこうとした。
だが。
「おっと、忘れ物。」
そう言うと、シーフラの見ている前で先ほどからシーフラが王だったと言うことに気づいて気絶してしまっている男を軽々と抱き上げた。
「軽いなあ・・・。やっぱり、遊び半分で参加してたんでしょうね。」
「!?すごい・・・。」
シーフラはおどろいて声も出なかった。
いきなり人を担ぎ上げるなど、普通ではできないだろう。
「そうですか?」
ニッコリと微笑んだ最強の戦士にとってはきらりと光る刃も、どこぞの坊ちゃまにかかればおもちゃと大してかわりがない。
「一番おもしろそうで、危ない剣と言う玩具を与えられて、舞い上がってただけですよ。許してやって下さい。」
自分をけなし、最低とまで言った男を、許してやってくれと言うフェースの優しさに、シーフラはさらに感心した。
「えぇ・・・。誰にも言わないわ。」
「それがいい。」
そう言うと、フェースは気絶してしまった男を担いだまま軽くシーフラに手を振った。
「また、お会いしましょう。」
それだけを残して。
そのあと、シーフラは城に走って帰り、ベッドの上で息を整えた。
「あの人が親兵だったら・・・。」
シーフラは、そう思わずにはいられなかった。

その次の朝、シーフラは眠れぬ一夜を過ごしたあと、早朝一番の鐘で飛び起き、身なりを整え、決勝戦の王座に納まっていた。
右隣にはイーアが。左隣にはまだ眠そうなメアンが座った。
そして、その背後にはじいやがいつもと同じようにピシッとした姿勢でシーフラを勇気付けていた。
ガーン・・・ガーン・・・ガーン・・・ガーン・・・
4つの大鐘が順番に鳴っていき、高らかな笛が決戦の開始を告げた。
「ネイビーブルー!フェース・ディ・ペンダブル!」
審判がキンキン声でフェースの名を読み上げた。
あくびをしながら競技場の真ん中にでてくるフェース。
昨日と同じ格好をしている。
そして、王座にシーフラの姿を見つけると、自分の着ているものを恥じる様子もなく、ニコッとして軽く手をふった。
「な・・・。」
シーフラが呆れている間にも、相手の名前が読み上げられる。
「バーミリオン!ジディア・ショーン!」
その相手は、昨日の嫌味な男だった。
「・・・。」
「どうしたの?」
シーフラのいつもとは違う様子に、隣のイーアが敏感に反応した。
「いえ・・・なんでもないわ。」
シーフラは軽く首を振り、イーアに大丈夫だと示して見せた。
「そう・・・なら良いけど・・・。」
そんなやり取りが続く中、決戦は始まろうとしていた。
「では!」
審判が試合開始の号令をかけようとしたときだった。
「ちょっと・・・待ってもらえますか?」
フェースが、審判に待ったをかけた。
「はい・・・?」
フェースの不思議な行動に観衆たちが静まり返る。
「やっておかないといけないことが・・・。」
そう言うなり、フェースはシーフラの方へ歩み寄った。
「??」
シーフラの両隣にいるイーアとメアン、そしてじいやさえも?マークを浮かべてフェースをみつめていた。
その時、フェースはスラリと剣を鞘から抜いた。
とたんに、周りの空気がこわばる。
シーフラの周りにいた先代の近衛兵たちもみがまえた。
だが、フェースのとった行動は皆の予想とは大きく違っていた。
フェースはいきなり剣の切っ先を自分の指先に向けると、少し顔をしかめて親指を軽く傷つけた。
「?」
そして、自らの血で軽く濡れた剣を、シーフラの真ん前にグサリとつきさした。
「預かっておいてもらえますか・・・?」
「え?」
シーフラが戸惑っているのにもお構いなしで、フェースは競技場の真ん中に戻っていく。
「あなた・・・剣なしでどうやって・・・?」
「私の剣は、血塗られるために作られたのではありませんから。」
その一言を残して。
「・・・?」
戸惑っているのは、審判も同じだった。
「どうぞ。初めて下さい。」
フェースの声が響き、競技場のドーム内が我にかえったように活気だつ。
「な・・・。ぼ、僕を馬鹿にするのか!」
そんなジディの叫びも、フェースには届いていない。
丸腰のまま、身じろぎもせずに笑っていた。
「スタート!!」
その時、審判が、試合開始を告げた。
審判の叫びがジディの叫びに重なる。
勝負は、一瞬でついた。
シーフラは、はらはらして内心穏やかではなかったが、あらためてフェースの強さを思い知ることになった。
わずか3秒程度で、盾と剣をにぎり、鎧を身に着けていたジディの体がガチャガチャと地面にくず折れた。
「剣なんて使ったら、単なる弱いものいじめですよ。」
フェースはあの茶色い髪を乱すことなく、相手を血に染めることもせず、決着をつけてしまったのだった。
「・・・!?」
審判は、あっけにとられていたがすぐに仕事を思い出し、勝者を宣言した。
「し、勝者フェース・ディ・ペンダブル!」
フェースは大らかに一礼すると、シーフラの方を向いてニッコリと笑った。
シーフラは、昨日会ったオリエンの言葉を思い出していた。
『みぞおちを正確に、しかも素早くついた・・・。』
―強い・・・。
そして、フェースはシーフラの方へ走りよると、剣を地面から抜き、自分の鞘におさめた。
「さ、行きましょう。」
「え?」
シーフラがぽかんとしているうちに、フェースはシーフラを抱えあげていた。
「ちょ、ちょっと・・・?」
シーフラがあわてるのも、まわりの目も気にせず、フェースは城の方へを歩きだしていた。
「私が、あなたのそばにいますから。」
優しい声がシーフラの耳を通り抜けていった。
「皆が見ているのですが・・・。」
「だから?」
言い返すこともできず、シーフラは顔を真っ赤にした。
いつものように冷静になることができない。
「まあ、いいじゃないですか。」
そう言って、フェースは呑気に笑った。




第2章