第6章   朝日の下で全てを捨てて


そんなことがあったとも知らず、太陽はいつもどおりに昇ろうとしていた。
気温がまた2度ほど下がり、シーフラは敏感に反応した。
「ん・・・。」
シーフラは目を開けて、周りを見わたした。
昨日、シーフラがいた空洞だった。
―まだ・・・生きてた?
そして、シーフラは次にフェースのことを思い出した。
立ち上がろうとすると、何かがシーフラの邪魔をした。
―え?
シーフラは、邪魔している何かを手で探ってみた。
丸い水晶玉のようなものが手にあたった。
さらにマントに近いほうへ手をのばすと、手で握れるぐらいの円柱があった。
―剣の柄?
そう思い当たり、シーフラは両手でそれを探った。
―フェースが愛用していた剣だ・・・。
そして、シーフラは剣を抜こうと必死になったが、深く刺さっていて抜くことはできなかった。その剣は、シーフラのマントを貫き、空洞の壁に刺さっていた。
―まさか・・・。
シーフラは、フェースの本心が見えたような気がした。
フェースは、あの時、どっちにしろシーフラをつれて逃げようとすれば追いつかれることが分かっていたに違いない。
だから、自分1人で反乱軍を引きつけ、この空洞に反乱軍の目が届かないようにしたのだ。
だが、そんなことをすれば、フェースはシーフラが必死で引き止めるだろうと容易に想像できたのだろう。
けれど、シーフラを傷つけるわけには行かないと、あえてあの時、何も言わずにマントと壁を剣で貫き、シーフラが追いかけてこられないようにしたのだ。
―また・・・大切な人が・・・行ってしまった・・・。
ジワ・・・と何か熱いものがこみ上げてきて、シーフラはただ、泣いた。
父の死、たくさんの裏切り、暗殺未遂、唯一の家族だった妹、イーア・メアンとの別れ。
そして、フェースさえも。
『私は、ずっと傍にいますから・・・。』
―本当は、その言葉、ずっと信じていたかった。
シーフラは体中から力が抜けたような気がした。
腕を、剣の柄に預けようと腕の力を抜いた時だった。
ガッと剣の柄が下がった。
―え・・・?
シーフラがその剣の柄を、ぐっと斜め下に抜くと、剣はいとも簡単に抜けた。
シーフラはそれを杖代わりにして、立ち上がった。
すると、今度は足に軟らかい感触があった。
「何かしら?」
シーフラはそう呟いて、足元のものを拾い上げた。
―マント・・・。
それは、あの時、フェースが落としていったマントだった。
シーフラは、そこに何かが描かれているのをすぐに理解した。
フェースの剣とマントを抱え、外へ出た。
西の空はまだ暗く、紺色が少し淡くなっていた。
シーフラは地面にマントを広げた。
そこには、エンディ国へ行くまでの地図が、簡単に記されていた。
そして、空や星を見て方角や、時間を知る術なども、書かれていた。
―いつ、こんなものを・・・。
広げたとたんに、鉄の臭いがしたことから、シーフラはこれが血で書かれたものだと理解した。
ガーズマン大会のことを思い出した。
『お嬢さん♪』
まだ、耳に残っていた。
あの声。
―あれが・・・最初にフェースと出会った瞬間。
剣の刃には、まだ乾ききっていない血がついていた。
それをフェースのマントでそっとくるむと、シーフラはぎゅっと抱きしめた。
『土地がなくなったからといって、国がなくなるわけじゃありません。王となる人物と、王に忠誠を誓う者が1人でもいれば、そこが国なのです。』
そんな言葉を思い出して、シーフラは思わず口に出していた。
ずっと想っていた者の名を。
「フェース・・・」
―大切な人を守れなくて・・・何が王だ!
「フェー・・・ス・・・。」
―あなたを守れなくて・・・何が王だ!
「フェ・・・ス・・・。」
―私は・・・王なんかじゃない。この地に這いつくばって生きている、1人の人間だ!
シーフラはそう考え、1つの決心を固めた。
―フェース。あなたを、必ず探し出す。私をここまで変えてくれた、あなたを。
どんなに、私の体が傷ついてもいい。ただ・・・会いたい。
あなたに王としてではなく、1人の・・・人間として、傍にいたい。
そして、シーフラは抱いていた剣を地面につき、歩き出した。
その1歩で、シーフラは全てを捨てた。
権力も、富も捨てた。
あるのは、体と想いだけ。
数歩ほど行くと、朝日が木々の幹の間からさし、シーフラは顔をしかめた。
とにかく、広い道に出ようとシーフラが歩いていくと、まだ馬車の車輪の轍が残っていた。
シーフラは、知らない。
そこで、フェースが反乱軍に襲われたことを。
シーフラはその轍に沿って、歩いていった。
エンディ国へと続く道を、フェースがいるかもしれないという期待をもって。
だが、運命とは何と残酷なのだろう・・・その足元から3メートルほど下の地面に、フェースがいたことに、シーフラは気づかなかった。




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