第4章   シーフラの悩み


次の日の朝、シーフラは朝早いフェースが活動しだして1時間後ぐらいに目覚めた。
「あれ?女王様、お早いですね。まだ、6時ですよ。」
シーフラはまだ、脳がボーッとしていて、言葉を返せる状態ではなかった。
フェースは、朝起きるとすぐに、植物たちに水をやるのが日課になっているようだった。
植物の緑が、白を基調にした部屋によくあっていた。
「あ・・・サザンカ・・・。」
まず、シーフラの目に飛びこんできたのは、真っ白なサザンカだった。
「珍しい色ね?」
「母が、大切にしていた種から、育てたものなんです。」
フェースはそう言うと、愛しそうにサザンカをなでた。
「大切に・・・しているの?」
「えぇ。とても、大切です。ここの植物は、皆。」
だが、フェースにはこれが焼けてなくなってしまうかもしれないと言う不安もあった。
戦乱時代。
特に、隣国あたりが、不穏な動きを示していた。
いつ、戦争が始まってもおかしくなかった。
「きれい。」
「え?」
フェースが振り向くと、シーフラはなんでもない、と首を振った。
「気にしないで。それより、私の部屋に戻ってもいい?」
「あ・・・そうですね。送りましょう。」
フェースは、また昨日のようにいろいろと慎重に確認すると、シーフラを部屋まで送り届けた。
「食事の時は、呼んでいただければ、行きます。あ、1人でもいいですよ。」
フェースはそう言うと、自分の部屋に戻っていった。
シーフラは、自分の部屋でお湯を沸かすと、香りのいい紅茶を入れた。

それを飲みながらなごんでいると、すでに1時間がすぎようとしていた。
「そろそろ、食事の時間かしら・・・?」
その時、扉をノックする音が響いた。
こんな時間に誰だろう?と思いながら、シーフラは返事をした。
「誰?」
『お姉様、イーアです。』
「イーア?待ってて、今あけるから。」
シーフラが扉を開けると、ほかほかと湯気を立てたスープやパンがのったバットを両手に1つずつ手にした、イーアが立っていた。
「イーア?どうしたの?それ。」
シーフラはそう言いながら、イーアからバットを1つもらった。
「どうせ、お姉様・・・お姉ちゃんの方が言いやすいんだけど。」
「いいわよ、それで。」
シーフラが承諾したのを見て、イーアが言葉を続けた。
「お姉ちゃんの部屋に行くんだから、食事も持っていってあげようと思って。」
「ありがとう。」
思いがけない妹のやさしさに触れて、シーフラは嬉しくなった。
「ね、一緒に食べない?」
「えぇ。あっちに、テーブルがあるから、座ってて。すぐ行く。」
シーフラはそう言って鍵をかけたことを確かめると、イーアのもとへ走っていった。
「そう言えば、どうして私の部屋に来たの?朝食の席でもよかったじゃない。」
朝食の席というのは、この城で朝食を食べる時のことを言う。
朝食の席では、城の者たち(給仕や侍女をのぞく)が集まり、一斉に食事を取るのが普通だった。
「でも、あんな大勢の中じゃ、絶対しゃべれないことなのよ。」
ま、聞いて、とイーアがシーフラを座らせる。
「ね、お姉ちゃん。昨日、フェースさんの部屋に泊まったって本当?」
いきなり本題に入る妹に少々面食らいながら、シーフラは答えた。
「えぇ。確かに泊まったわ。」
「本当なの!?」
イーアが、驚いて大声を出す。
「落ち着いてよ。本当の話。昨日も部屋にサソリがいたから・・・。」
「何もされなかった?フェースさんに。」
イーアの質問の意図がよく分からず、シーフラは聞き返した。
「何も・・・って?フェースは、子供時代の話をしてくれただけだけど・・・。」
「本当に、それだけ?」
イーアがずいっと顔を寄せる。
「本当よ?どうしたの?そんなことを聞いて。」
「そっか・・・。巷じゃね、いろんな噂が飛び交ってるのよ。」
その言葉を聞いて、今度はシーフラが驚いた。
「昨日のことが、そんなに噂になっているの!?」
「違うわよ。ガーズマン大会のこと。」
ガーズマン大会。
シーフラの中では、フェースに抱えあげられたことしか残っていない。
「ガーズマン大会って・・・あの時、フェースが何したっけ・・・?」
わざとシーフラがとぼけて見せると、イーアはガクリ、となったようだった。
「お姉ちゃん!しっかりしてよ。フェースさんが、剣を地面に刺したでしょ?あの時のこと。」
イーアの答えは、シーフラが予想しているものではなかった。
「剣を地面に・・・?うん、覚えてるけど。」
「じゃあさ、『ラーの伝説』の騎士の章、暗唱できる?」
『ラーの伝説』とは、デッソレイト王国に代々伝わる、昔話だった。
騎士の章は、ガーズマン大会の始まりが描かれていた。
「騎士の章?えっと・・・たしか・・・
我の血に濡れし剣 地を貫く時 我、永久の忠誠を汝に誓う・・・でしょ?」
シーフラがすらすらと暗唱すると、イーアがぱちぱちと手を叩いた。
「そう。だから、あの時のフェースさんの行動は・・・」
「忠誠を誓ったものじゃないの?」
イーアの言葉の続きを、シーフラが言う。
だが、イーアはそうじゃない、と首を振った。
「城の外ではね、他の意味もあるのよ。大昔から、その忠誠の儀式は、いろいろな親兵が行ってきたわ。その時、親兵はその王に惚れていることがあるのよ。つまり、さっきの剣を地面に突き刺す行動って言うのは、求婚を示していることもあるの。」
「え・・・?」
シーフラは、また、耳を疑った。
「求・・・婚・・・?」
つまり、プロポーズということだった。
「フェースが、私にプロポーズしたって噂が流れているの!?」
「そうよ。だから、もしかしたら、と思って不安になっちゃって。」
シーフラの顔が、みるみる真っ赤に染まっていった。
「そんな・・・プロポーズなんて・・・。」
「ま、フェースさんも結構、鈍感なんじゃない?じゃないと、いきなり部屋に来いなんて言わないわよ。」
そういう間に、イーアは食事を終え、シーフラも食べ終えた。
「じゃ、バットは持っていくわ。フェースさんとなかよくね!」
からかいまじりにそう言って、イーアは部屋を出て行った。
「そ・・・んな・・・プロポーズ・・・か。」

フェースはシーフラを送り届けたあと、また、植物の世話に戻った。
水をはじいた葉っぱは、主人が丁寧に世話をしてやっている証拠だった。
「ひととおり・・・終わったな。」
そう言うと、フェースは、バルコニーに出た。
デッソレイト王国は、山に囲まれた国だった。
だが、一角だけ海に面している部分がある。
大きな海と少し低い山にかかる朝もやが織り成す幻想的な雰囲気は、実際に目にしないと分からないだろう。
フェースは、そんな景色が大好きだった。
―だが、あの海から、敵が攻めこんでくる場合も考えうる。そうなったら・・・。
どんなにきれいな景色でも、物騒な考えしか浮かんでこない自分がいやになって、フェースはその考えを頭から追い出した。
「今日は・・・女王様は、図書室に行かないと言っていたな・・・。」
フェースはもう1つ伸びをすると、部屋に戻っていった。
その時、フェースは気づかなかった。
山に、チラチラと何かが光っていたことに。

シーフラは、またフェースの行動について考えていた。
―本当にプロポーズなのだろうか?
まどろっこしいことを、とシーフラは思った。
―好きなら、きちんと言えばいい。口はそのためにあるのに。
とは言っても、いきなり「好き」などと言われれば、言われた方も面食らう。
「はぁ・・・。」
何がなんだか分からなくなって、シーフラは思考をストップさせた。
朝早く起きたせいもあってか、頭がうまく働かなかった。

そんな毎日がすぎ、だんだんとシーフラの心の傷も治っていき、シーフラは人前に姿を見せるようになった。
フェースやじいやとともに、政治のことも行うようになった。
フェースはそんなシーフラの様子に安心した。
そんなある日、シーフラはたくさんの書類をかかえ、回廊を歩いていた。
「本当に大丈夫なんですか?」
もうすでにシーフラの半分以上の量をかかえ、まだもう少し持ちましょうか、と聞いてくるフェースに、シーフラはいくらなんでも、と反対した。
「いいのよ。フェースがいなかったら、何往復もしてたところだったけど。」
「私は、親兵としての使命がありますしね。」
使命は大げさか、と笑うフェース。
シーフラもつられて、笑った。
けれど、その笑顔が少しいつもよりも陰があったことに、フェースは気づかない。
「それにしても、この書類、どうするんですか?」
フェースがシーフラに聞く。
シーフラは、北方の土地の資料だ、と答えた。
「北方?あぁ、土地が痩せていて、飢餓がすすんでいるって問題ですか。」
こんなに資料がいるのか、とフェースは今更ながら考えた。
「他にも、貿易の資料とかもあるのよ。いろいろと複雑で・・・。」
「大丈夫ですか?目の下、くまができていますよ?」
シーフラはこの頃、徹夜が続いていた。
「大切な王の体なんです。気をつけてくださいよ。」
時にはゆっくり休むことも大事だ、とフェースは笑った。
シーフラはちくり、と痛みを感じた。
―何なんだろう?この頃、こんなことばかり・・・。
説明のつかない気持ちを整理しようと、シーフラは足早に自分の部屋まで上がると、フェースに礼を言って書類を受け取った。
「ありがとう。ここまででいいわ。」
「体に気をつけて。」
フェースはいつものようにそう言うと、階段をおりていった。
カッカッカッカッという足音が、遠のいていく。
それがシーフラには、とてつもなく空しく響いた。
フェースの後ろ姿を見送ると、シーフラはベッドに腰掛け、しばらくボーッとしていた。
―あんな気持ちになるのは・・・フェースといるときだけ・・・。
それが、唯一の手がかり。
そして、漠然とフェースと一緒にいた時のことを思い出してみた。
答えは、何も出なかった。
初めて味わう感情に、シーフラは途方にくれた。
シーフラは気持ちの答えが出ないまま、何気なく毎日をすごしていった。
次の日も、その次の日も、ゆるり、ゆるりとすぎていく。
いつしか、何もおきないことが当たり前になってきていた。
珍しかったことといえば、じいやが出かけていったことぐらいか。
近衛兵たちも、気が抜けて少し堕落してしまっているようだった。
フェースは、そんな城のなかを歩きながら、おかしいと感じていた。
―なぜだ・・・?なぜみんな、このように堕落している?
原因は到底、つかめなかった。
そんなある日、出かけていたじいやが戻ってきた。
そして、いきなり、フェースにしがみついてこう言ったのである。
「大変です!大変でございます!ミニアス国が、出陣したそうです!!」
「何!」
フェースは驚いた。
「じいや、それはどこからの情報だ!」
「オリエン様と言う方からでございます。」
オリエン・ギディ。
「前にも、そんな情報を提供してきた者だな?」
「はい。すぐには攻撃しないでしょうが、この城も危ないかと。」
じいやがおびえた表情を見せる。
「オリエンとやらに会ってくる!城は任せた!」
フェースはそうランディに伝えると、オリエンのもとへ走った。
―ここか!
フェースが探し当てたところは、路地裏のゴミがあふれる場所だった。
そこに1人、ぼろ布の上に真っ黒な髪の青年が座っていた。
「オリエン・ギディとは・・・あなたのことか。」
フェースが簡潔に問う。
「そうですが。何か?」
「あなたから、ミニアス国についての情報を聞いたのです。それを、詳しく聞かせていただきたいのですが?」
フェースがわけを話すと、オリエンは快く話してくれた。
「地図は?」
「もってきました。」
フェースが地図を差し出すと、オリエンは指でたどってミニアス国の進路をフェースに説明した。
「ですが、遅かったかもしれません。感づいたのが、ほんの少し前なのですが、敵は思ったよりも速いスピードで前進してきている。」
「何日ぐらいで到達するでしょうか?」
フェースの疑問に、オリエンは指で複雑な計算をすると、フェースに答えた。
「大体、1ヵ月程度だと思います。いや、それより早いかも・・・。」
「1ヵ月・・・。」
フェースはそう呟いた。
1ヶ月でできることは、おのずとかぎられてくる。
「ありがとうございます。」
「いえ。もっと詳しい情報が知りたいのなら、私の妹のディーナ・ギディに会いに行ってください。」
オリエンはそう言って、地図を指でたどると、ディーナという人物がいる場所を詳しくフェースに聞かせた。
「そうですか・・・けれど、城にも連絡をしておかないと・・・。」
「それなら、私が行きましょう。あなたは、ここからまっすぐ、妹の家にむかえばいい。」
オリエンが布の上から立ち上がり、そう言う。
「本当ですか?それなら、そうしましょう。」
フェースはそう言うと、また駆け出した。
「きちんと伝えておきます!」
オリエンの声が、フェースの後ろからついてきた。
フェースは軽く手を上げて答えた。
オリエンは、インフェリアの間でつながれている情報網で、城まで、フェースがディーナのもとへ向かったと言う連絡をした。

オリエンからの連絡を受け取り、シーフラは少し心配になった。
―ここは・・・ミニアス国との国境に近い。何事もなければ良いけど。
シーフラが受け取った情報は、地図と耳伝えの連絡だった。
『フェースはディーナという女性のもとへむかった。』
という簡潔な情報と、ディーナの家が示された地図が城に着いた。
もう1つの不安も、シーフラの中にあった。
フェースと顔を合わせたときや目が合った時に感じる、変な気持ち。
それに似た感覚だった。
けれど、今回はしくしくと胸がずっと痛みを訴えた。
―病気かしら・・・?
シーフラは、そんなことまで考えた。
いつしか、シーフラは自分がフェースを恋しく思っていることに気づいた。
―さびしい・・・のね?いつでもランディさんはそばにいるけど。
ランディはフェースの代わりにはならない。
―早く・・・帰ってこないかしら。
シーフラはそう考えて眠りにつくことが多くなった。

フェースはその頃、ディーナの家に到着し、いろいろな情報を聞き出していた。
ディーナも、オリエンと同じ黒い髪で、数年前に飛び出していった兄がオリエンだと言う。
「これで・・・私が持っている情報は以上です。」
「ありがとうございました。では、失礼します。」
フェースはそうあいさつを交わすと、また駆け出していこうとした。
「待って下さい。」
ディーナはあわててフェースを引き止めると、馬にのっていかないか、とすすめた。
「あ・・・とてもありがたいのですが、馬は遠慮しておきます。」
「いいのですか?」
ディーナが、心配そうにフェースの姿を見ている。
「いえ・・・いいんです。体は丈夫ですし。」
―本当は・・・馬になんて乗れないんだけどな・・・。

その頃、シーフラはランディと一緒に中庭でボーッとしていた。
「どうしたんだ?最近ボーッとしてることが多いぞ?」
「あ・・・ランディさん。すみません。」
シーフラが頭を下げると、ランディはやめてくれと手をふった。
「王が頭なんて下げるんじゃねえよ?ま、あいつにも言われたこったろうが?」
「はい・・・。」
シーフラはここ数日、フェースのことを思い出さないようにしてきた。
―思い出すと、前の変な気持ちが止まらなくなるから・・・。
その時、シーフラの鼻先に何かが落ちてきた。
「あ、雨・・・。」
「ん?あぁ・・・中、入るか。」
ランディがシーフラにそう問う。
「・・・もう少し・・・ここにいちゃだめですか?」
「あぁ・・・ま、好きにしろや。」
ランディは、そう言ってまた寝っ転がった。
ポツリ、ポツリ、と小雨が2人の上に降りそそぐ。
「雨、強くなってきたら、中、入っからな?」
「はい。」
細かい雨が、シーフラの髪を濡らす。
上にはおっていた淡いブルーのローブも、雨に濡れたところだけ色が鮮やかに浮かび上がる。
シーフラは、空を見つめているだけだった。
―なんて・・・きれいな王だ・・・。
ランディはふと、そう思った。
昔は、もろく、か弱いだけの王だと思っていたが、今はその横顔に、切なさと強さまで感じた。
―あいつに会ってから・・・変わったんだな?
心の中でそうシーフラに言うと、ランディはまた別のことを考えはじめた。
そして、フェースが帰ってこないまま、数日が経った。
「いくらなんでも、遅すぎやしねえか?」
ランディの言葉がシーフラの心を一層、不安にさせた。
それから数日、城に駆けこんできた者がいた。
シーフラは、その音に気づかなかった。
書類を読みあさり、変な気持ちを追い出そうとしていた。
「あ・・・れ?」
フェースはきょろきょろとあたりを見回した。
―女王様は上かな?
フェースが階段のところまで行くと、ランディがそこに立っていた。
「ランディさん!どうしたんです?こんなところで。」
「ったく・・・ランディでいいっつうのに。それより、早く行ってやれよ。お前が一生を誓った女王様は、ずっとお前のこと、待ってたんだぜ?」
そして、ランディはフェースに階段の入口を開けた。
「あ・・・えと・・・。」
「早く行けって。」
立ち止まるフェースに、ランディがシッシッと手をふった。
「はい。」
フェースはそう言うと、シーフラがいる5階まで、一気に駆け上がった。
そして、シーフラの部屋の前で息を整えると、コンコン、と扉をノックした。
『・・・。』
シーフラからの返事は、ない。
―何かあったんだろうか?
「女王様!?どうしたんですか!!」
扉をぐっと引くと、扉はいとも簡単に開いた。
―鍵がかかってない!?
フェースは一瞬、最悪の自体を予想したが、それを振り払い、部屋の奥へ入っていった。
「女王様?」
フェースはもっと部屋の奥に入っていこうとして、フェースはふと、足をとめた。
そして、特別に作られた書斎のほうへと向かっていった。
ガチャリ、と扉を開けると、そこには机に突っ伏して寝ているシーフラがいた。
―なんだ・・・寝てたのか・・・。
その時、シーフラが起き上がった。
目がうつろだった。
―まだ・・・寝ぼけているのか。
そう考え、フェースはシーフラに声をかけなかった。

シーフラは、ボーッとしている頭で、フェースを見つけた。
―夢・・・?
目の前にいるフェースは身じろぎもしない。
―また・・・こんな夢を見てる。
あの変な気持ちが、またどっと心の中に押し寄せてきた。
それが流れこんでこないように作っていた壁も、堤防も、ダムも、意味がなかった。
―夢で会えるだけで・・・こんなに嬉しい?
こんな夢なら一生覚めなくてもいい。
シーフラはそこまで考えた。
その時、フェースが立ち上がり、シーフラのもとへ近寄った。
ズキ、と傷が口を開こうとする。
―だけど・・・会いたい・・・直接。
その時、フェースの声がシーフラの中に響いて来た。
―夢・・・じゃない・・・?
頭がだんだんとはっきりとしてくる。
現実に戻ってきても、フェースは消えたりしなかった。
「フェー・・・ス?」
「はい。お目覚めですか?」
いつものやさしい笑みも、自分よりも少し高い背も、なつかしかった。
「戻って・・・きたの?」
「そうですよ?」
シーフラが窓の外を見ると、きつい西日がさしていた。
「徹夜、また続いてたんですね?」
「うん・・・まあ・・・。」
ダメじゃないですか、と帰ってきたとたんにそう言い出すフェース。
それもなつかしくなって、シーフラは何も言えなかった。
「大事な体なんですし。ね?」
けれど、フェースと会ったとたんに、またあの変な気持ちが堂堂めぐりを始めた。
―なん・・・で・・・?
フェースは傍にいる。
淋しさはないはずだったのに・・・。
何かが、違う。
フェースが言う言葉が、なんとなく、痛かった。
「どうしたんですか?」
フェースが問いかけてきても、言葉が返せなかった。
「ね・・・え?」
「はい?」
―これが・・・答え?
「フェースは・・・私のことを・・・」
「はい?」
相変わらず、鈍感なフェース。
「どうしたんです?」
―これ以上は・・・言えない。
「女王様のこと・・・はきちんとした王だと・・・。」
「そんなことじゃ・・・ない。」
始めて見るシーフラに、フェースは戸惑いを隠せない。
「じゃあ・・・なんなんです?」
「フェースは・・・」
再び、シーフラの口が動き始めた。
「私のことを・・・」
思わず、シーフラは口を閉じてしまいそうになる。
「王・・・だから・・・守っている・・・の?」
今まで、感じてきた痛みは、それだった。
『大切な王なのですから、きちんとお守りしないとね。』
『大切な王の体なんです。気をつけてくださいよ。』
『体に気をつけて。』
王なのだから、という言葉が、最近多かった。
いつの間にか、「シーフラ女王」だった呼び名も、「女王様」に変わっていた。
―私は・・・フェースの傍に、王としていたいんじゃない・・・?
「いいえ。ちがいますよ?王だからといって、暴君なら忠誠なんて誓いません。忠誠の儀式を行ったのは、王が・・・あなただったから。私は、あなたを1人の大切な人間として、守りとおす誓いを立てたのですよ?」
数日間、ずっと感じてきたズキズキした痛みが、すうっと解けていくようだった。
「それで、いつも何か思い悩んでいる表情をしていたんですか?」
「えぇ・・・。」
フェースはいつもよりもやさしく微笑むと、シーフラのもとに歩いていった。
「過保護すぎましたね・・・。」
―やはり、シーフラ女王は強い。けれど・・・私のこととなるともろくなるのだな・・・。
それが、何を表しているのか、フェースには見当がつかなかった。




第5章