貴女は。
   誰、かしら?




















   …ん。


   …。


   …せい。


   …。


   おきて、せい。


   …ん
   なに…?


   おきて。


   …なんでぇ?


   あさだから。


   …。


   せい…聖ってば。


   …もうちょっと寝てよぉよ。


   いつもそんなコトばかり言って。


   だってねむいんだもん…。


   あ、聖。


   んー…。


   もう、離して。


   ……ヤだ。


   あ、こら…。


   はなさないもんねー…。


   一日でも怠ると鈍ってしまうのよ。
   前から言ってるでしょう?


   …運動なら昨夜
〈ユウベ〉もしたじゃん。
   へいき、だってー。


   ……。


   それとも、なに?
   し足りなかった?


   …あのねぇ。


   分かった。
   其れなら起きるよ、喜んで。


   ……元気ね。


   蓉子もね。


   同じにしないで。


   昨夜はあんなに、かわいい声で、求めてくれたのに?
   もっと、もっと、て。


   い、言って無いわよ。


   言ったよ。
   だから私、頑張ったのむが。


   何にせよ、だめ。


   …じゃ、おきるのやーめた。


   せめて離して。


   やーだ。


   聖。


   ……。


   聖ってば。


   …きこえないもんねー。


   もう。
   いい加減にしないと怒るわよ、聖。


   …。


   聖。


   ……やだ、怒らないで。


   じゃあ、離して。


   …それも、やだ。


   ……。


   もうちょっとだけで良いから。
   こうしてたい。


   …一寸、じゃ、ないでしょう?


   ……じゃ、約束して。


   …。


   夜になったら。
   また、一緒に寝







   おっはよーうございまーす…!!!!







   …ッ


   今日は良いお天気…とは言えない曇り空、しかも雨降りそうですけどぉ!
   ともあれ、あっさでーす!起きて下さいナーーー!!


   ……イツ花。


   ほらほら!
   当主様も蓉子さまも、江利子さま曰く、いつまでも乳繰り合っていないで!
   起きて


   い、いやぁぁ…ッ










   バチーン!!










   …。


   え、えと。
   当主様、ほっぺたは大丈夫でしょうか…?


   …全然だめ、だけど。
   だから?


   あ、いえ…。


   …で、イツ花。
   朝っぱらから何の騒ぎなの。


   あ、そうそう、そうなんです。
   本日はどーしても!、ご報告しなければならないコトがあるんです。


   …。


   大事なコトなんです。


   …。


   一族の皆々さまにとって。


   …。


   殊、当主様にとっては、それはもう、大事なコトなんですよ。


   …で?
   何が。


   う…。


   …。


   よ、蓉子さまぁ。


   …とりあえず、話を進めて。
   じゃないと、どうにも出来ない。


   は、はい。


   …。


   実は、ですね。


   …。


   驚かないで下さいね。


   …。


   それから魂消すぎて腰を抜かさないよう。


   …。


   あと、あと


   だから、何。


   だ、だから、其のぅ…。
   ぶっちゃけ、口で説明するより、見て頂いた方が早いかなぁと思ったんです…。


   何を。


   思ったンです、けど…ね?


   さっさとして欲しいんだけど。


   は、はい、然うですよね…。


   聖、あまり責めるような言い方をしないで。
   イツ花が萎縮してしまっているわ。


   …ほっぺた、痛い。


   …其の事についてはちゃんと謝るわ。


   其れだけ?


   其れだけ…て。
   そんな大袈裟なものでは無いでしょう…?


   …。


   聖、お願いだから機嫌を直して。


   …。


   …分かった。


   …何を?


   其れを後でちゃんと聞く、聞くから。


   …。


   今はイツ花の話をきちんと聞いてあげて。
   ね…?


   …聞くだけ?


   …。


   聞くだけ、なの?


   ……。


   よ、蓉子さま…。


   ………分かった、わ。
   だから…


   …イツ花、続けて。


   は、はい。


   だけど、手早くして。
   この後の予定が決まったから。


   …。


   りょ、了解です。
   えと、先程も言いましたけど、口で言うよりお見せ…と言うより、お会いして頂いた方が早いと思ったんです。


   誰と。
   会うからさっさと連れて来て。


   そ、そうしたいのは山々なんです…。


   …。


   …?
   イツ花…?


   え、と、ですね…。
   お連れしようとした矢先に、ですね…




















  
R e s e t




















   …。


   うちの庭で。
   何をしているのかしら。


   …。


   と言うより、貴女、何処の子?
   うちに何か御用?


   …。


   …其の子は梅。
   季節になれば、白くてかわいい花をつけるわ。


   …。


   聞いてない?
   それとも、聞こえていない?


   …。


   然う。
   貴女は…聾唖児
〈ロウアジ〉、なのね。


   …聞こえています。


   あら、然う…て、ああ。


   失礼致しました。


   いえ、別に。


   …。


   で。


   はい。


   風邪、ひくわよ。


   …風邪?


   こんなにも雪が降ってきそうな匂いのする中で。
   そんな所に裸足で突っ立ってたら。


   匂い?


   雪は知っていて?


   …言葉だけならならば。


   然う。


   雪に匂いなどあるのですか?


   あるわよ。


   …。


   感じる?


   …いえ、私には。


   じゃあ、身を切る程に空気が冷たいとは?


   …寒いとは思います。


   結構。
   其れを感じる事が出来るのなら十分。


   …。


   さぁ、中にお入りなさいな。


   …だけど、私は。


   招かざる者だとでも?


   ……。


   そんなもの、貴女が判断する事ではないし、だからって他の誰かが判断する事でもない。


   …。


   ところで。
   貴女、名前は?


   未だ、ありません。


   …貴女の母上とは?


   場所が違うそうです。


   会いには?


   行きませんでした。


   行けなかった、では無くて?


   はい。


   来る事は?


   ありませんでした。


   言葉は?


   父が。


   読み書きは出来るのかしら?


   矢張り父が教えて下さったので。


   じゃあ、名は何故?


   其れは己の果たす役目では無いと。


   そ。
   じゃ、中に入って。


   は…?


   正直、凍えるわ。
   今の貴女を見ていると。


   はぁ…。


   耳が、鼻が赤い。
   霜焼けになるわよ。


   霜焼け…。


   あれになると、厄介よ。
   痒い上に、痛いから。


   然うなのですか。


   ええ、然う。
   だからさっさと入りなさい。
   …え、と。


   …。


   …名前が無いと言うのは、存外、不便なものね。


   呼び掛けるのに、ですか。


   なかなかに利口ね。
   だけど其れだけじゃない。


   …。


   さぁ、家の中に入りなさい。
   此れは此の家の年長者としての命令。


   …はい。


   …。


   …。


   何、どうしたの。


   あの…足が汚れて、


   後で拭けば良いだけでしょ。
   何か問題でもあって?


   …お邪魔致します。


   他人行儀ね。


   …。


   足、真っ赤。
   温めた方が良いわ。


   …大丈夫で、あ。


   来なさい。


   あ、あの…。


   温まったら。


   …。


   連れて行くわ。
   探しているだろうから。


   …一つ、お尋ねしても宜しいですか?


   一つだけなら良いわよ。


   貴女様は何故、驚かれないのですか。


   驚く?
   何故?


   …だって。


   と言うかね。
   こんな事で驚いていたら、此の家の人間なんてやってられないわよ。















   …どういう事。


   だ、だからですね…?


   どういう事だよ、其れ…!


   あ、と、当主様…。


   蓉子…!


   ……。


   どういう事なのよ、蓉子!


   ……ない。


   また、なのね?!
   私が当主にさせられた時の様に、また…!!


   知らない…。


   また、貴女は…ッ


   知らない、知らないわ。


   嘘だッ
   蓉子は…


   本当に知らないの…!
   だって聞いてない、聞いてないもの…ッ


   …其れを信じろ、と?


   お願い聖、信じて。
   私、本当に知らない、知らなかったの。


   ……。


   聖、そんな目で見ないで…。


   …。


   あ。


   と、当主様、どちらへ。


   一寸出てくる。


   お待ち下さい、当主様。


   うるさい。


   聖、待って。


   ……。


   聖…。


   当主様、聞いて下さい。
   蓉子さまは本当に知らなかったのだと思います。


   …。


   何故なら此の事は先代様が…


   私は、会わない。


   え…。


   知らない。


   待って、聖。


   …。


   其れが本当の事ならば。
   貴女は…


   そんなもの、要らない。


   だけど


   うるさいな!
   知らないと言っているでしょう!


   …ッ


   私が。
   私の事、知っているくせに。


   せ


   ねぇ、蓉子。
   楽しい?
   私のこんな姿を見て。


   違う…。


   お姉さまと。
   私の知らない所でお姉さまと。
   また、


   違う…ッ
   私は本当に…


   …証明、出来る?


   証明…?


   然う。


   …どうすれば、良い…の。


   私のものになって。


   …。


   一生、私のものに。
   なるの。


   せ、聖…。


   私以外の言う事を聞かないで。
   私以外のものを見ないで。
   私以外の


   あ、う…。


   私以外の人に触らないで。
   私以外を、信じるな。


   う、ぁ、せ…ぃ。


   お、お止め下さい、当主様…ッ
   蓉子さまが…ッ


   イツ花は黙ってろ…ッ


   ひ…ッ


   ねぇ、蓉子。
   蓉子、ねぇ。
   私はね、要らないの。
   蓉子が居れば、何も要らないのよ。


   せ……ぃ……。


   要らない、要らないのよ。


   ……か、は。


   だから蓉子、私と







   そこまでよ、聖。







   え、江利子さまぁ…ッ


   はいはい、御待たせ。
   それとイツ花、鼻水が垂れてるわよ。


   …江利子。


   ごきげんよう、聖。


   …。


   其れで?
   貴女、本気で蓉子を其の手にかけるつもりなのかしら?


   …。


   だとしたら。
   思い切り蹴飛ばしてやる、けれど。


   ……。


   ……はぁ。
   ゲホッゲホッ…は、ゲホッ。


   全く。
   少しは抵抗しなさいよ、蓉子。
   幾ら惚れた弱みとは言え、何もしないだなんてただの莫迦よ。


   ……えり、ケホッ


   ああ、良いわ。
   それより、イツ花。


   は、はい。


   迷子。


   あ。


   うちの庭で突っ立って居たから拾ってきたのだけれど。


   あぁぁーーーッ















   え、えーと!
   と言うわけで、天界より新しいお子さまをお連れ致しました!


   …迷子になっていたけれど、ね。


   こ、こほん。
   何処かほわんとした雰囲気を纏う、お肌は白くてうっかり憧れちゃう、そんな美人さんな女の子です。
   お名前と職業、特に職業については将来を大きく左右いたしますので、バーンとぉ!考えて上げて下さい…


   ……。


   ……ね?


   …蓉子、行こう。


   あ、あー…。


   聖、駄目よ…。
   ちゃんと…


   …未だ、言う?


   あ…。


   蓉子。


   え、江利子…。


   聖。


   …。


   はい、貴女もぼさっとしてない。


   あ、はい…。


   …。


   あの、はじめまして…。


   ……。


   当主様、蓉子さま。
   私は…


   …。


   聖、せめて声を…


   好きにすれば良い。
   私は何もしない。
   何も。


   …はい。


   行こう、蓉子。


   せ、聖…


   この子に名を与えるのは。
   先代の妹であるあんたの役目よ、聖。


   …。


   蓉子も。
   いつまで腑抜けているつもり?
   聖は腐っても当主、然う言うべきは本来、貴女の役目でしょうが。


   …ごめんなさい。


   いちいち、うるさいな。


   好きでうるさくしてるわけじゃ無いわよ。
   先刻も言ったけれど本来は蓉子の役目なのだから。


   気に入らない。


   そんなの、知った事では無いわ。
   ただ、義務を果たせって言ってるだけ。


   私は好きで当主になったわけじゃないッ
   挙句、子供だと…ッ


   …。


   聖、あまり大きな声を…


   蓉子、蓉子はどう思ってるの。


   え…。


   今更、お姉さまの子だなんて…!
   蓉子だって然う思うでしょう?!


   …。


   何か言ってよ、蓉子…ッ


   ……私は。


   …やっぱり知ってたんだ。
   だから何でもないんだ…ッ


   違う、私は本当…に?


   …。


   …!
   せ…


   ……。


   待って、聖!


   待ちなさい、蓉子。


   …。


   言ったでしょう。
   貴女までそんな状態では


   ごめんなさい、江利子。


   ……。


   ……ごめんなさい。


   …いえ。


   あ、あぁ、蓉子さままで…。


   案の定と言うか、やっぱりな展開になったわね。
   強いて言えば今の蓉子の状態だけが想定外だった、かしら。
   …いや、然うでも無いわね。


   どうしましょう、江利子さま…。


   どうしようもこうしようも無いわよ。
   何処まで行こうがこの子はうちの子、でしょう。
   今日から普通に暮らしてもらえば良いだけ。


   け、けどぉ…。


   けどもへったくそもない。
   貴女も良いわね。


   …。


   また、無視?
   思うんだけど貴女、結構良い度胸をしてるわよね。


   あ、いえ、そんなつもりでは…。


   今回は本当に聞こえてなかった?


   …はい。


   気になる?


   …当主様と、蓉子さまは


   いつもどおりよ。
   ああだけど、蓉子の調子はいつもとは違うわね。
   本当だったら、母親のように説き伏せてるんだけども。


   私のせいでしょうか…。


   蓉子があんななのは、聖のせい。
   聖が不貞腐れてるのは貴女のせいと言うより…まぁ、簡単に言えば餓鬼なのよ。


   …。


   何にせよ、貴女が気にしたって始まらないわ。
   何も、ね。




















   と、言うわけだから。


   は…?


   イツ花、後は宜しく。


   ちょ、一寸お待ち下さい当主様。


   ん、なに?


   仰っている意味が


   分からなくても良いわ。
   イツ花の役目はただ、伝える事。
   其れで事足りる。


   え、いや、しかし…。


   あ、あともう一つ。
   交神の儀も宜しく。
   誰か宜しく、さくっとやっちゃうから。
   と言うかやんないと始まんないんだけど。


   …。


   ん、何?
   私としては貴女の不満など、知った事では無いのだけど?


   当主様、恐れながら申し上げます。


   恐れなくても良いわよ。
   取って喰いはしないから。


   …本気、なのでしょうか。


   冗談だったら、面白いかしら。
   椿に聞かせたら「阿呆」の一言で済ませられそうだけど。


   何か意図があるのでしたら


   あるに決まってるじゃない。
   じゃなきゃ、こんな面倒な事、わざわざしない。
   しようとも思わない。
 

   其れは交神の事ですか。
   それとも


   可愛い妹達の為、と言ったら。
   椿は褒めてくれたかしら。
   いや一笑に付されて終わりかも。


   ……。


   然う言うわけだから、イツ花。
   とっとと支度をしちゃって。


   し、しかしながら当主様。
   そのような事をなさった方は、未だかつて、いらっしゃいません。


   前例が無いと、言いたいのね?


   はい。


   無いなら私が作るわ。


   …。


   前例なんてものはね、イツ花。
   誰かが初めてやるからこそ、作られる物事なのよ。
   裏を返せば誰かがやらなければそんなものは出来ない。


   此度は当主様が、と言うわけなのですか。


   然う、言ったわよね。


   ……。


   未だ、食い下がる?


   …いえ、食い下がるなどとは。


   ねぇ、イツ花。
   私、思うのだけれど。


   …何でしょう。


   神々がやらかした事をとある一族に押し付けて、おまけに其の一族は呪いつきで其れを解く事がさも当たり前のようにされて。
   限られた時間の中で、来る日も来る日も戦に明け暮れて、時々、子作りに励んで。


   …。


   だけど、いつか。
   其の一族は呪いを解く事に成功、つまりは神々の尻拭いをし終えて。
   神々の用が済んだら、其の一族は一体どうなるのかしら。
   どうなってしまうのかしら?


   …


   矢張り、邪魔、なのかしらね。
   必要以上に力をつけてしまったヒトカタなんて、


   …。


   ね、イツ花。
   イツ花はどう思う?


   …申し訳ございません、当主様。
   私には答えられません。


   どうして?
   貴女が思う答えを返してくれれば良いのよ。


   …。


   それとも。
   思うところがあり過ぎて返せない?


   …。


   イツ花。


   ……申し訳ございません。


   …。


   当主様、私は


   ともあれ。
   少しくらいの融通、利かして貰ったところで罰は当たらないわ。


   …融通、ですか。


   ええ。
   だって…然うでしょう?


   …。


   大体。
   なんて事無いと思う筈よ、これくらいの融通。
   天界を仕切る、あの、昼子ならば。


   と、当主様、幾らなんでも呼び捨ては


   だから。
   昼子には其れはもう、宜しく伝えておいて、ね。
   イツ花?


   ……。


   言っておくけれど。
   拒否する権限なんぞ、初めから、無いから。


   ………承知、致しました。




















   ……ぅこ。


   ……。


   …蓉子。


   …。


   蓉子。


   …。


   目を開けて。


   …。


   蓉子、蓉子。


   ……ぅ、ん。


   …。


   せ、い…?


   …ようこ。


   …せい。


   ようこ…ようこ…。


   なかないで、せい。


   ……。


   だいじょうぶ、だいじょうぶだから。


   …分からないよ。


   …。


   何が大丈夫なの。
   子供なんて、私は要らないのに。


   そんなこと、言わないで…。


   だって、私は。
   私は蓉子が、蓉子さえ居てくれれば其れで良いんだ。


   …。


   他に何も要らない。
   要らない、要らないの。


   あなたの、おねえさまの…


   知ってるよ。
   だけど私は…。


   …。


   …子供なんて。
   どうして必要なの。


   それは…


   血を残す為、家が断絶しない為、自分が生きた証を立てる為。
   だけど其れが何だと言うの。


   …。


   この家にとっての子供なんて所詮、呪いの種子じゃない。
   己の手で鬼を増やすだけじゃない。


   …ちがう、わ。


   何が違うの。
   蓉子も私も呪われていて、もう、人間とも言えない。
   こんなになってまで解く呪いって、残す証って何、何なの。


   ……。


   …私は要らない。
   蓉子が居れば、何も要らない。


   …聖。


   要らない、要らない…妹、なんて。


   ……。


   蓉子も言って。


   …。


   私以外、要らないって。
   言って…。


   ……















   ……。


   …?
   あの、蓉子さま…?


   …あぁ。
   ごめんなさい。


   …いいえ。


   えと…書けたのね。


   はい。
   此方で宜しいでしょうか。


   …。


   …。


   ……。


   あの…如何でしょうか。


   …驚いた。


   …。


   確か。
   読みも出来るのよね?


   …はい、一通りは。
   しかし漢字は未だあまり…。


   …然う。
   でも思っていた以上だったわ。
   言葉使いも確りとしているし。


   恐れ入ります。


   これならば今直ぐにでも術の修練を行える。
   江利子に伝えておかないと。


   …江利子さま?


   此の家の者で最も術に長けているのは江利子なの。
   特に数の上で敵うものは居ないわ。


   されど質に置いては、殊、火の術においては蓉子さまが上だと。


   …誰から?


   江利子さまからです。
   特にあの鳥には敵う気がしない、と。


   …そんな事まで。


   蓉子さまは火の術がお得意なのですね。


   まぁ…血筋と言うのもあるのだけれど、ね。


   血筋…?


   紅は火が、黄は世代によって分かれるのだけど風と土が、そして白は


   水、なのですね。


   ええ。
   現に貴女のお母上様も得意でいらっしゃったのよ。


   お母様が。


   それから其れは同じ血筋である聖…今の当主様にも言える事。
   だから貴女も屹度、同じように


   当主様は止めて、て言ったよね。


   ……。


   蓉子。


   …聖。


   そろそろ、良いかな。
   良いよね。


   聖、未だ話は


   書き取り、出来たんでしょう。
   ならもう用は終わった。
   違う?


   確かに仮名は出来ているわ。完璧だと言っても良い。
   けれど漢字が未だだと


   漢字なんて。
   術の修練の中で覚える。
   わざわざ蓉子が教える必要は無い。


   其の術の事だけれど。
   矢張り其々に教わった方が良いと思うの。


   は、なんで。


   其々が得意とするものを教える。
   其の方がより上手に伝える事が出来ると思うから。


   …。


   だから聖も。
   だって聖は


   …其の口、うるさいな。


   え……んんッ


   ……。


   …私は何もしないと。
   言ったよねぇ、蓉子。


   だ、だけど…あ、だ…め


   …。


   止め、て…!


   …痛いなぁ。


   …子供の前で!
   何を考えているの…!


   何をって。
   無粋だなぁ、蓉子。


   あ、いや…


   ……。


   ひ、ぁ…!


   …蓉子の首は相変わらず細くて。
   たまに手折ってみたくなるよ。


   や、め…て。


   ……。


   せ…い…。


   ……で?


   …。


   いつまで、見てるの。


   …。


   それとも、見たいの。
   私が蓉子を抱くところ。


   ……申し訳御座いません。
   今直ぐ


   別に良いよ。
   私が蓉子を可愛がるの、見ていけば良い。


   …。


   ああ、だけど。
   可愛い蓉子を見せるわけにはいかない、かなぁ。
   だって私だけのものだから。


   …ッ


   ……い、た。


   あなた、は…!


   あーあ、血が出ちゃった。


   何を、考えて、いるの…ッ


   ひどいなぁ、蓉子。
   これから良い事をしてあげようと思っているのに。


   莫迦なコト、は…


   …噛み付く、なんて。


   ひ…。


   それに、さぁ。
   “見せる”のなんて、今更、じゃないの。


   ……。


   ねぇ、蓉子。
   滅茶苦茶にされたい?
   されたいよねぇ。


   聖、やめて…やめ、て。


   して。
   あげる、よ。


   あ、やぁ…ッ


   ……。


   うん?
   未だ、居たの。


   ……当主さま。


   …。


   蓉子さまが…。


   蓉子が、何?


   …。


   何、まさか私に命令なんてするつもり?


   …いえ、そういつもりでは。


   ふぅん。
   …死にたい?


   …っ!










   バシン!










   ……。


   …いいかげんにしなさい、聖。


   ……つぅ。


   幾ら聖でも。
   家族である子にそんな暴言を吐く事は、許さない。


   …家族、ね。


   どいで、どきなさい、聖。


   許さないのは。
   コレに対しての暴言だと、言ったね。


   聖。
   先代さまの、貴女のお姉さまの子に対して


   じゃあ、これから私がしようとしている事については…


   ぐ…。


   …許してくれている、んだよね。


   ん…ッ?


   …三度
〈ミタビ〉も歯向かったんだから、さ。
   それなりの報いは受けて貰うよ?


   歯向かう…て。
   あなたは……あん!


   二度三度で済むだなんて。
   まさか、思ってないよね。


   …んん、ん…ぅ。


   …。


   あ、は…。


   …もっと、鳴いて。


   ぁ、い、や…ぁぁッ


   鳴いて…鳴いて。
   其の声を…さぁ、聞かせて。


   な、んで…。


   なんで?
   蓉子が好きだから。


   ……ちが、う。


   何が。


   こんな…の…


   蓉子が構おうとするからだよ。


   …。


   私は何もしない、て言ったのに。
   どうして蓉子は何かをしようとするの。


   …せい。
   聖…。


   …何、其の目。


   何をそんな、に…ひゃんッ


   其の目、嫌いだ。


   や、やぁ、やぁぁぁ…ッ


   ようこ…。


   だ、め…ぃ、や……おね…が


   …どうせ、濡らしてるくせに。
   はしたなく、さぁ…。


   せ、い…せ、ぃぃ…。


   ……ほら。


   う、うう…、ぅぅぅ……。


   よ、ぅ……?







   へぇ、楽しそうねぇ。







   …江利、
   ぐ、は…ッ


   あら、ごめんなさい。
   足が滑った、わ。


   ……ぐッ


   この部屋は随分と綺麗にされているのね。
   足が滑ってしまうくらい、に。


   が…ッ


   ともあれ。
   例の子が白い顔を更に白くさせて私の部屋に来たのだけれ、ど。


   ……ぁッ


   ふむ、腹の鍛え方が足りて無いわ。
   無駄な力は有り余っているくせにねぇ。


   え、えり…こ…。


   蓉子、凄いザマね。
   とりあえず見えそう、


   ぐ、ぁ…ッ


   よ。


   や、止めて…。


   止める?
   何を、


   …ッ、


   かし、ら?


   ……ッ。


   …!
   駄目、止めて…!


   だから、何を?
   私は特段、何かをしているわけでは無いわ、よ。


   ……ッ!!


   聖…!!


   …あら?


   江利子お願い、もう…止めて…。


   …。


   このままだと聖が……聖、が…。


   良く分からないけど。
   まぁ、良いわ。


   聖、聖…。


   ところで、蓉子。
   確か貴女、あの子に読み書きを教えていたのではなくて?


   ……。


   其れなのに何故、あの子は私の部屋に来たのかしら。
   泣きそうな顔で。


   …。


   それと、聖。


   ……。


   応答が無いわね。
   寝てるのかしら。


   ……え


   それとも。
   お得意の無視、かしらね?


   り、こぉぉぉ…ッッ


   !
   駄目、聖…!


   ああ良いわよ、止めないでも。
   畜生を屠るのには慣れているから。


   あぁ、あ゛ぁぁぁぁぁ……ッッ


   止めて、止めてぇぇ…ッ


   …してや、るッ


   聖、聖…ッ


   うぅ、うぅぅぅ…ッ


   聖…良い子だから。


   ぅぅ…。


   大丈夫だから。


   ……。


   ねぇ、聖…大丈夫、大丈夫よ。
   だから…お願い、止めて。


   …こ。


   大丈夫、誰も貴女を傷つけたりしないわ…。


   ……よぅ、こ。


   聖…。


   ……。


   ……然うやって。


   ……。


   痛みから遠ざけるから。
   痛みが分からない莫迦になるのよ。


   …。


   挙句。
   ひたすらに受け入れて、背負おうとする。


   だからって、度というものがあるわ。


   度?
   そんなの、人間に対しての話でしょう。
   其れは果たして、人間と呼べる所業をしていたのかしら?
   畜生と何処が違うと言うのかしら?


   …江利子。


   はいはい、そんなに睨まないで。


   …。


   全く。
   そうしていると害の無い子供なんだけど。




















   とまぁ、そんなわけだから。


   …当主様。


   何、質問かしら?


   其のお話、本当の事ならば


   ええ、本当よ。


   …何故、私に?


   莫迦になっちゃうから。


   …。


   誰、とは言わないでも分かるでしょう?


   …はい。


   多分、かかりきりになってしまうと思うのよね。
   と言うか昔から今に至るまでずっと然うなんだけど。


   …。


   かと言って、ちび二人に言ったところで手に負える事では無いと思うし。
   イツ花は論外。


   だから、私に?


   然ういう事。


   ……。


   あら、なんてつまらなそうな顔。


   …確かに面白くは無いですね。


   ふふ、良いわね。
   其の態度。


   …。


   蓉子ちゃんは聖の事を自分以上に大事に想ってくれている。
   然う、己が躰を喰われても尚。


   …分かっていて。
   何故、何もなさらないのですか。


   何か、するべきなのかしら。


   …壊されていくのを。
   ただ、黙って見ていろと事なのですか。


   大丈夫。
   椿の妹である蓉子ちゃんはそんなにやわじゃない。
   勇魚兄にもやたらと頑丈だったし。


   …。


   …なーんて。
   どうなるかなんて、正直、分からないだけど…とか言ったら椿にはったおされちゃうわね、私。


   ……。


   少なくとも。
   聖は、あの子の気性はお姉さま…母親に似ているから。


   …だから、なんなのですか。


   私もね、莫迦なのよ。


   …?


   妹の仕合わせを願っているの。
   誰よりも、ね。
   そして。


   ……。


   これから来る私の子の事も。


   それで。
   此度は私、と言うわけなのですか。


   蓉子ちゃんはどうしても聖にかかりっきりになってしまうから。
   寧ろ、聖が離そうとしないでしょうね。
   赤子の頃からだから、相当、筋金入りよ?


   ……。


   ま、アレよ。
   貴女には悪いけれど私が怖いのは椿だけなのよね。


   存じております。
   私のお姉さまも然うでしたから。


   然う、其れだけは菊と被っていたのよねぇ。


   …。


   江利子ちゃん。


   …はい。


   子供の事、任せたわね。


   約束は出来かねます。


   あら?


   私は蓉子ではないので。





















   …。


   江利子さま。


   んー。


   あの、火竜
〈カリュウ〉の印はこれで宜しいのでしょうか。


   あー、良いんじゃない。


   ……。


   と言うか貴女、本当に飲み込みが早いわね。
   昔の私を思い出すわ。


   昔の…?


   面白く無い。


   …え、と。


   て、言われたのよね。
   貴女ぐらいの頃。


   …。


   あら、反応に困ってる?


   …蓉子さまが仰っていました。
   数の上で江利子さまに敵う者は居ないと。


   所詮、数の上での話。
   て、言わなかったっけ?


   お尋ねしても宜しいでしょうか。


   どうぞ。


   江利子さまは何がお得意なのですか?


   どれも、万遍無く。


   蓉子さまは火が。
   それから…当主様は水が得意だと


   黄色については何も言ってなかった?


   風と土。
   世代によって分かれる、と。


   そ。
   まぁ、強いて言えば風と土両方。
   然うね、最近は獅子を飼い慣らしているかしら。


   雷獅子
〈カミナリジシ〉…ですか。


   ええ。
   ちなみに私は、ライジシ、て呼んでるわ。


   ライジシ?


   其の方が呼びやすいでしょ。


   カミナリジシ…ライジシ……ああ、確かに。


   でもま、初めて覚える時はちゃんとした正式名称で、て蓉子に言われてるけど。
   暴発されても困るし。


   暴発…?


   一歩間違えると、喰われるのよ。


   ……。


   さて、と。
   お茶にしましょうか。


   …?


   先刻、鐘鼓の音が聞こえたでしょう?


   あ、はい。


   幾つ、聞こえたかしら?


   え。と……。


   八つ。
   だからお茶の時間。


   八つだとお茶の時間なのですか?


   ええ、然うよ。
   ま、時について詳しい事が知りたいのなら蓉子にでも聞いて。
   蓉子の方が詳しいから。


   …蓉子さま、に。


   …ふむ。


   ………。


   時に貴女。


   あ、はい、何でしょうか。


   芽茶と、茎茶。
   どちらが好み?


   …どちらも分かりません。


   あっちには無かったの?


   はい。


   じゃ、茎茶ね。


   お好きなのですか?


   普通。
   今、家にあるのが茎茶なだけ。


   …はぁ。


   お茶請けは…はい、草餅。
   数は丁度、二つ。
   貴女にあげるわ。


   されど其れは江利子さまのでは…


   子供らしく。
   頂きます、って言えば良いのよ。


   え、あ…。




















   …う。



   あ…ぁ。



   …はぁ。



   ……。



   …う、ぁ。



   ……ッ!



   や…ぁ…ッ



   はぁ…ぁぁ…ッ



   ……あ、



   あ、あ、あぁ……ッ



   ……、



   せ……ィ…!




















   ごきげんよーう。


   …ごきげんよう。


   昼間っから薄暗いわね。


   …。


   アレは?


   …今は、居ないわ。


   今は…ね。


   …。


   疲れてる?


   …少し、ね。


   首のここ、見えてる。


   ……。


   お守りは大変よねぇ。


   …お守りだなんて。
   思って無いわよ。


   そ?
   だけど残念、はたから見るとただのお守り。


   ……そっちは?


   ん?


   術の指南をしていたのではなくて…?


   休息中。


   …然う。
   どう、あの子は…?


   良いわよ。


   …。


   多分、上手く育てればこの家一番、いえ一族で一番になれるかも知れないわね。


   才能があるって事?


   簡単に言えば。
   でもま、才能があっても其れだけじゃ駄目だわよね。


   ……上手く、育てる。


   火に関しては蓉子が指南した方が良いと思うわ。
   ちなみに火竜は簡単に覚えてくれたけど。


   火竜を、もう…?


   あの調子だと双火竜
〈ソウカリュウ〉もあっさりといくんじゃない?


   …凄いわね。


   だけど水に関しては一切教えて無いけれどね。


   …え?


   ま、混じってる分に関しては教えるつもりだけれど。
   怒槌丸
〈イカヅチマル〉、とか。


   何故…。


   言ったでしょう。
   上手く育てれば、て。


   でも聖は…。


   蓉子。


   ……。


   このままにしておくつもり?


   …それ、は。


   子供を望もうが望まなかろうか。
   現実、あの子はこの家に居るわ。


   ……。


   と言うか。
   私は蓉子とは違うのだから、これ以上の事はしないわよ。


   ……ええ。