あー、寒いわねぇ。


   …。


   吐く息はいちいち真っ白だし。


   …あの、江利子さま。


   んーー?


   何処へ行かれるのでしょうか?
   術の修練の続きは


   百聞は一見に如かず、てヤツかしら。


   は…?


   言葉で伝えるより、其の目で見た方がより正確に伝わるものよ。
   大体の物事は、ね。


   …其れは江利子さまが?


   いいえ。
   私はまた今度。


   ……。


   さて、少しばかり急ぐわよ。
   こんな寒空の下、いつまでも外に居たくないから。


   ……はい。




















   蓉子。


   …え。


   て、名前を。
   誰が考えたか、蓉子ちゃんは知ってるかしら?


   あ、ああ。
   お姉さまだと伺ってます。


   それは兄上から?


   本当は自分が付けるつもりだった、とも言っておりました。


   そうそう。
   一歩間違えれば蓉子ちゃん、ヤモリちゃんになってたかも知れないのよ。


   …本当に良かったと思います。


   じゃあ、椿はどうして蓉子と言う名前にしたかは知ってる?


   お姉さまは芙蓉の花がお好きだったからだと。


   然うなのよ。
   “椿”のくせに、芙蓉が好きだったのよね。
   特に相翼院の芙蓉がお気に入りで。
   おかげで咲く頃は暫く、付き合わされたわ。


   然うなのですか。
   其れは知りませんでした。


   そりゃあ、蓉子ちゃんが来る前の事だから。
   今年は…間に合わなかったし。
   折角、付き合わされる予定だったのにねぇ。


   …はい。


   ま、付き合わされたと言っても、楽しかったから良いのだけど。
   何せ、椿と二人っきりの逢瀬、だったから。


   …あの、菊乃さまは?


   居なかったのよ、残念ながら。


   …討伐中だったのですか?


   いいえ、置いてきぼり。


   ……。


   ま、直ぐに追いついてきたけど。
   鼻だけは利くのよ、菊は。


   あの、お姉さまも…?


   椿はね、何だかんだ言いながら私のこと、好きだったのよ。


   え…っ


   驚きすぎ。


   え、で、でも


   だけど、菊の事も好きだった。
   ねぇ、罪作りだと思わない?


   ……はぁ。


   どこまで行っても、家族、なのよね。
   椿にとって、私達は。


   ……。


   …だから。
   嘘を吐いた私は怒られたんだわ、あの時。


   …当主様。


   ところで、蓉子、と言う名前。
   蓉子ちゃんは好き?


   …はい。


   そ?
   なら、良かったわ。


   芙蓉の花も好きです。


   綺麗よね。


   はい。


   ……本当、に。


   …?
   当主さ


   藤花、で良いわよ。
   今は。


   …あの、藤花さま。
   どうかなされましたか?


   聖。


   え…。


   の、名前。
   誰が付けたか、知ってる?


   ……藤花さまではないのですか?


   其れが、違うのよ。


   では…


   ええ、其の通り。


   …。


   意外?


   …い、いいえ。


   ま、仕方が無いわね。
   蓉子ちゃんが知ってるお姉さまの姿は……。


   ……。


   …本当は、ね。


   ……はい。


   …いえ、止めておきましょう。
   多分、私が言うべき事柄じゃないわ。


   …。


   椿曰く。
   名前って、子供が生まれてきて初めて貰う贈り物なんですって。


   おくりもの…。


   それから名付けられた事によって、初めて、何者かになれるんですって。
   然う、蓉子ちゃんが“蓉子”ちゃんになったように、ね。


   …。


   だから、名付けって結構、重要なのよ。


   聖が…、


   うん?


   聖、になれたように…。


   …ええ。


   ……。


   ねぇ、蓉子ちゃん。


   はい。


   聖は、貴女の手を焼かせっ放しだけれど。


   …。


   私にとっては可愛い妹なのよ。


   …はい。


   だから、出来れば、見放さないで居てあげて。


   …そんな事、絶対にしません。


   然う。
   有難う。


   ………




















   …来た、わね。


   はーい、再びごきげんよう。


   …蓉子さま。


   ……。


   じゃあ蓉子、早速だけれど。


   …ええ。


   じゃ、良く見ておいてねー。


   …はい。


   ……はぁ。


   …。


   …焔より生まれし者よ。
   汝は鳥。
   灼熱の炎を纏いて、吾の下へ。



   ……あ。


   …ふむ。










   凰、招来〈オウショウライ〉










   これが蓉子さまの鳥…。


   もう一羽の、ね。


   もう一羽、の…。


   で?
   鳳じゃ、無いのね。


   ……。


   持続するの、よりきついでしょうに。


   …平気よ。


   然う?
   なら暫くそのままで居てね。


   …。


   それで?
   どうかしら?


   ……。


   言葉も出ない?


   …とても美しい、と。


   ありきたりね。
   だけれど的は射てるわ。


   ……はぁ。


   あ、蓉子さま…。


   …大丈夫。
   気にしない、で…。


   さ、されどお顔の色が…。


   …あな、た。


   は……え。


   ……。


   あ、あぁ……。


   …だいじょうぶ、こわがら…ない、で。


   け、け…ど…あぁぁ。


   …ねぇ?
   へい、き、でしょ…う?


   ……ど、どうし…て。


   蓉子の凄いところは其の熱をも己の意志でもって統制出来るところよ。
   そんな真似、今のところは蓉子以外の者には出来ない。


   …そん…な、こと、ないわ…よ。
   これくら、い…えり、こだ…て…。


   はいはい、無理して喋らないで良いわよ。
   本当は疲れているのだから。


   ……。


   其れで貴女、印はちゃんと見た?


   はい。


   宜しい。
   いずれ、貴女も呼べるようにはなると思うけれど、其の為にはそれなりの修練は必要だから。
   ちなみに生半可だと骨まで焼き尽くされて何も残らないわよ。


   …心得ました。


   ……。


   蓉子。
   もう良いわよ。


   …。


   蓉子。


   …はぁ。


   !
   蓉子さ







   何をしているの…っ!?







   と、当主様…。


   ふむ。
   やっぱり嗅ぎつけてきたわね。


   こんなところで…!
   一体何をしているのよ、蓉子…!!


   ……せ、い。
   きたわ、ね…。


   蓉子…ッ


   …良い機会だから。
   貴女。


   え…。


   気配を感じていて?


   気配…。


   鳥の。


   …力なら。


   結構。
   貴女、本当に優秀ね。


   江利子…ッ


   何よ。


   蓉子に、何をさせたぁ…!!!!


   実践を。


   鳥を見せるのならば、お前のを見せれば良いだけだろう…!


   それから私がさせたわけでは無いわ。
   これはあくまでも、蓉子の意志、よ。


   ……ッ


   …はぁ。
   せい…。


   …なんで。


   ……はぁ。


   なんでなんでなんでなんでなんで…!!
   なんで蓉子はぁ…!


   あ…。


   貴女。


   え、江利子さま…。


   良い機会だからもう一つ。
   聖が此処に来られたのは蓉子の鳥の気配を感じ、其れを手繰ってきたから。
   慣れれば鳥ほどの強力な術で無くても、然う赤玉
〈アカダマ〉程度でも、感じる事が出来るようになるわ。
   殊、使役者との繋がりが深ければ深い程、


   今はそんなことよりも当主様が…!


   蓉子ぉ…!


   …せい。


   どうして蓉子は


   まなを、よん…で。


   ……!


   おねがい…まな、を。


   嫌だ…!
   どうして私が…!!


   せ、ぃ…。


   …。


   おねがいよ、せい…。


   ……。


   はぁ……はぁ…。


   …私は。
   何もしない、したくない。


   …せ、い。


   …。


   ……せ、ぃ。


   ……。


   ……。


   ……わか…、た。


   …。


   ………はぁ。










   おど…れ、や…凰〈オオトリ〉











   あ、あ、あああ…。


   よ、うこぉ…!!


   …はぁ、はぁ、はぁ。


   …ふむ。


   止めろ!
   蓉子!!


   …まな、を。


   貴女、よく見ておきなさい。
   これが鳥の本当の姿。


   これが…。


   と、言いつつ。
   使役者が本調子で無いから、其の力は真には遠く及ばない。


   そ、それでも…。


   と言っても。
   ヒトぐらいだったら、今直ぐにでも、塵も残さぬようには出来るけどね。


   ……!


   今、言ったように。
   使役者の力が弱っていると、自ずと其の術の効果も弱まるから。
   ま、これは頭の片隅にでも入れておきなさい。
   いずれ、己の身を以って知る事になると思うから。


   貴女様は…!


   ん?


   貴女様は何故
〈ナニユエ〉、かように落ち着いていられるのですか…ッ?
   当主様と蓉子さまが大変な事になっていると言うのに…ッ


   日常の事、些細な事だからよ。


   これのど


   蓉子ぉぉぉ…!!!


   …こない、で。
   しんで…しま、う…わ。


   何故そこまでするの…ッ
   どうして…ッ


   …。


   なんで、なんでよォ…ッ


   …あな、たの、いも…と、だか、ら。


   …私、の?


   …はぁ。


   妹、だと…。


   ね、せぃ…。


   ……だ。


   …く、はぁ。


   蓉子は、莫迦だ。


   ……。


   で?
   鳥をアレに見せるだけなら、もう、用は済んだ筈だよね。


   …せい。


   もう気は済んだでしょ、蓉子。
   私と帰ろう。


   …。


   蓉子。


   だ、だめ…。


   どうであろうと。
   真名は呼ばない。
   若しも…


   う…あぁ。


   私を其の炎で焼き尽くしたいと言うのならば。
   然うすれば良い。


   こ、こない…で。


   さぁ、やって。
   蓉子に殺められるのなら、私は其れで良い。
   だって…


   せ…ぃ。


   そうなったら、蓉子は私を一生忘れられなくなる。
   蓉子の心はずっと、私だけのものだ。


   はぁ、はぁ、はぁ…ッ


   …さぁ。


   ……あぁぁぁッ


   江利子さま、蓉子さまが…ッ


   …。


   江利子さまッ
   何故、何故何もなさらないのですかぁ…ッ


   …今は未だ其の時では無いからよ。


   何を…ッ
   どうか、どうかしています…ッ


   良いから。
   貴女は黙って見ていなさい。


   されど…っ


   黙りなさい。


   ……っ


   蓉子。
   さぁ、私を其の炎で殺して。
   蓉子の炎で。


   ……。


   さぁ、蓉子。


   ……。


   どうしたの?
   蓉子、さぁ。


   …。


   さぁ…!


   …舞…へ、…鳳〈オオトリ〉


   な…と、鳥が……。


   …へぇ。


   此の期に及んでもう一羽、ね…。


   わざわざもう一羽用意してくれるんだ。
   其れは…念入りなコトで。


   …。


   嬉しいよ、蓉子。


   ……さよ…な、ら…。


   うん、さよなら。


   せい……はぁ、わた…し、の…


   うん。


   そ、れか…ら…。


   …?
   蓉子…?


   ごめ…な、さ…い…。


   え…。


   あな…た、に……。


   あ…。


   …!


   あぁ…!


   蓉子…!!


   …。


   江利子さま…ッ
   蓉子さまを、蓉子さまがぁ…ッ!




















   舞ヒ踊レ、鳳凰
〈ホウオウ〉…!





































































































   ……。


   気が付いた?


   ここ、は…。


   あの世じゃあ、無いわね。


   ……そう。


   調子は?


   ……。


   そ。
   ま、暫くは動けないわね。


   ……。


   派手に無茶をしたものだわ。


   …然う、ね。


   あの後。
   其れはもう、大変だったわよ。


   …。


   半狂乱。
   其れはもう泣くは喚くはで、此の言葉以上に的確な表現が見当たらないくらい。
   うっかり昔を思い出したわ。


   …あの子、は?


   アレの心配よりも?


   ………結果的に。
   子供に見せるべきものでは無くなってしまったから…。


   とりあえず、部屋で休ませているわ。
   私の、ね。


   ……。


   で。


   …で、て?


   アレの事、素直に聞いたらいかが?
   蓉子が心配しない筈、無いのだから。


   ……聖、は


   そっちも今はとりあえず、眠って貰ってる。
   直後はつい先刻言った通り。
   精神的に不安定になった者ほど、陥れ易いものは無いわよね。


   …術、で?


   寝太郎で。
   一寸本気でかけたから、暫くの間、意識が戻る事は無いと思うけれど。


   …どこ、に。


   其処に。


   …え。


   よっぽど。
   疲れていたのね、蓉子。


   あ…。


   どうしても離さないものだから。
   仕方なく。


   ……。


   まるで。
   母の手を頑なに離すまいとする豎子そのものよ。


   ……。


   大変だったわ。
   意識を無くした人間二人を一度に此処まで運ぶのは。
   本当、人間って重たいものよね。


   ……どうやって。


   獅子を一頭、呼び出して。


   まさか…


   頭に雷が付く、ね。


   ……。


   目を覚ましたら、一寸、大変だと思うけど。
   私は子守までするつもりは無いから。


   …ええ。


   じゃ、もう少し休んで。
   相当、体に負荷をかけたと思うから。


   …ごめんなさいね。


   謝るところじゃ、無いから。
   …ああ、でも。


   …?


   若しも、あんな事で貴女が死んでいたら。
   絶対に許さなかった…かも知れない。


   ……。


   と言っても、けしかけたのは私だし。
   だけど正直、あそこまでするとは思わなかったけど。


   …嘘吐き。


   ふぅん?


   分かって、いたのでしょう…?


   分かんないわよ。
   私は蓉子じゃ無いもの。


   …。


   何にせよ。
   もう少し、眠りなさいな。
   それから、これからの話でもしましょう。


   ……ええ。















   ……。


   ……。


   ……。


   ん…うぅ…。


   …うこ。


   …せ、ぃ?


   蓉子。


   …あぁ。
   せい、めをさまし


   良かった。


   ん…。


   良かった…本当に、本当に良かった…。


   せい…。


   ……。


   せい、かみのけが…くすぐったい、わ。


   ……ぅ。


   …?


   ……。


   ないてる…?
   でも、どうして…?


   …ばか。


   …せい?


   どうして。
   どうして、あんなコトしたの…。


   あんな、こと…?


   どうして、鳥を…己に向け、て…。


   …あぁ。


   どうして、どうして…ッ
   一歩間違えたら…ッ


   …。


   …私、を。
   私を、おいていくような真似…しないで…。


   …聖。


   しないで…しないでよぉぉ…。


   …ごめんなさい。


   蓉子…蓉子ぉ…。


   ……。


   こわかった…、こわかったんだよぅ…。


   ごめんなさい…聖。


   う、ぁぁぁ…ッ


   泣かないで…泣かないで、聖…。


   やだ、やだよぅ…。


   うん…うん…。


   …ぁぁ。


   怖がらせて、ごめんなさい…だから、だから。


   も、ぅ…あんなコト、しないで…。


   ……。


   しない、て…言って、言ってよ。


   …しんじてた。


   …。


   せいが…聖が、真名を呼んでくれるって…。


   …!
   そんなの…ッ


   …だけど。
   あなたを…ひどく、傷つけてしまった…そして。


   蓉子は、蓉子はぁ……。


   そして…あの子も、屹度。


   ……。


   あの子の事も、私は…


   …アレが来なければ。
   然うだ、お姉さまが子供なんて生さなければ…ッ
   アレが生まれてさえ、こなけば…ッ


   其れは…違う。


   何が違うの…ッ


   私達にどんな想いがあろうと。
   あの子が生まれてきた事に、咎など、無いわ…。


   そんなの…ッ


   ねぇ、聖…あなたは覚えてないだろうけど…。


   …いやだ。
   いやだ、いやだ。


   きいて、聖…。


   …蓉子は、蓉子は私、の。


   私、嬉しかったのよ…。


   …。


   貴女のお母上様は…貴女に「聖」と言う名を贈り。
   貴女のお姉さまである藤花さまが赤子であった貴女を抱き。
   そして、私も…。


   ……。


   貴女を、本当に小さくて、少しでも力入れたら壊れてしまいそうだった貴女を、此の腕の中に抱いたの…。


   ……。


   そしたらあなた、小さく身じろぎをして…ね。
   それからとても温かくて柔らかくて、私は…とても嬉しくて、とても愛おしかった。


   …だから、なんなの。


   …。


   私は、私には…。


   ねぇ…。


   ……。


   あなたは、聖、なのよね…。


   ……?


   ね、聖…。
   わたしは…だぁれ?


   …何を、言っているの?


   おねがい、私の名を呼んでみて…。


   …蓉子。


   聞こえない…。


   蓉子。


   …。


   蓉子…!


   …然う。
   其れが私の名、そして、其れが私を示すもの。


   …。


   …お願い、聖。
   私のお願いを…どうか、聞いて…。


   …。


   あの子を。
   あの子を「誰か」にしてあげて…。


   ……。


   誰にも、なれないだなんて…。
   そんなの…淋しい、わ。


   …でも。


   藤花さまの…藤花さまだって、然う、願っている筈だから…。


   だけど、私は…。


   わたしも、いるわ…。


   …。


   わたしは…ずっと、あなた…の…


   ……蓉子。


   ねぇ、聖…そうでしょう…?


   ……だきしめて。


   ん、なぁに…?


   ぎゅ、て…して。


   ……ん。


   …。


   …一寸ずつで、いい。
   どうか、あの子を…見てあげて…。


   ……。


   おねがい…わたし、の……。




















   せーい。


   ……。


   あら、相変わらずの仏頂面ね。


   …何か御用でしょうか、当主様。


   御用が無くては、己の妹に話かけるのすら、駄目なのかしら?
   それから貴女にそう呼ばれるとお尻がむず痒くなるって言わなかったかしら?


   ……。


   最近、寝てる?


   ……寝てますよ。


   夜に?


   …然うですけど。


   良く眠れてる?


   ……はい。


   其れは良いわねぇ。


   …。


   私は最近、何か眠れないのよねぇ。


   ……寝不足なのですか?


   ええ、そんな感じかしら。


   ……。


   聖。


   …何でしょうか、お姉さま。


   貴女は此の家、嫌い?


   ……。


   血とか、呪いとか、そんなのは無し。
   ただの家族としての集まりの、此の家は嫌い?


   …何が言いたいのですか。


   言いたいのでは無いわ。
   聞いているのよ。


   ……。


   私は聖が好きよ。
   顔が綺麗だから。


   ……恐れ入ります。


   単純、でしょう?


   …。


   まぁね、それでも嫌いなら嫌いで構わないのだけど。


   …。


   ところで、聖。
   良く眠るコツ、て何だったかしら。


   ……コツ?


   今夜辺りは良く寝たいのよねぇ。


   …昼寝を。


   ん?


   昼寝をしなければ良いのでは無いでしょうか。


   然うは言うけれどね、明るいと眠くなるのよ。
   最近。


   其れがいけないのだと、思いますが?


   かしら、やっぱり然うかしら。


   はい、恐らく。


   然うねぇ…ふぁぁぁぁ。


   ……。


   …あー、非常にまずいわ。


   眠たそうですね。


   …だけど今ここで寝たら。
   また、眠れなくなるわねぇ。


   然う思います。


   でもま、眠いのに無理して起きてる謂れも無いわね。


   …。


   じゃ、一寸寝るわ。


   はぁ。


   そうそう、聖。


   はい。


   ……。


   …あの、お姉さま?


   綺麗な顔ね。


   ……。


   聖の顔。
   やっぱり、好きだわ。


   ………恐れ入ります。




















   …。


   …そこに。


   ……。


   ねぇ…。


   ………。


   そこに、いるのでしょう…?


   ……。


   えんりょなんて、しないで。


   ……。


   どうか、はいって。


   ……。


   いま、あまりおおきなこえはだせないの。
   だから…すんなりと、おうじてくれると…たすかるのだけれど。


   ……けれど私は


   はいりなさい。


   ……はい。
   では……失礼、致します。


   …ごきげんよう。


   ごきげんよう、蓉子さ、ま…?


   いま、ねむったところなの。
   だから…しずかに、ね?


   …了解しました。


   …。


   …あ、あの。


   それ…。


   …。


   やくとう?


   …はい。


   えりこが?


   はい、そろそろ目を覚ます頃合だと仰って…。


   やまい、ではないから。
   ひつよう、ないのだけれど…。


   …ならば此れを、と。


   …?


   然う言うと思った…そうなので。


   …きんつば?


   蓉子さまには…其の、甘いものが二番目の薬になる、と…。


   にばん…て。


   栗入り…だそうです。


   …このきせつに、くり?


   わざわざ、買いに行ったのよ。
   イツ花が。


   …。


   …だ、そうです。


   …然う。


   其の、申し訳ございません。
   どうしてもそのまま伝えて欲しいと言う事だったので…。


   あぁ、いいわよ。
   べつだん、きにしないから。


   …。


   そうだ。
   あなたもいっしょにたべない?


   あ、いえ、私は…。


   いいから。
   こどもがえんりょなんて、するものではないわ。


   しかし此れは蓉子さまの…あ。


   はい。


   ……。


   さぁ、どうぞ。


   ……ありがとうございます。


   こちらこそ、わざわざありがとう。


   ……。


   さぁ、たべて?


   それでは…いただき、ます。


   はい、どうぞ。


   ……。


   …おいしい?


   …あまい、です。


   …。


   あ、いえ…おいしいです。


   …ふふ。


   蓉子さま…?


   ごめんなさい。
   すこし、むかしのことをおもいだして。


   むかしの…。


   あなたはあまいもの、すきになってくれそうね。


   …。


   こんど、いっしょにおちゃをのみましょう。
   もちろん、おちゃうけもよういして。


   …あの、蓉子さま。


   いや、かしら…?


   あ、いえ、然うでは無いのです。


   じゃあ、こんど、ね?


   ……はい。


   …よく、ねむってるわ。


   …。


   こうしていると、ほんとうにこどものようでしょう?
   あなたのほうが、おとなにみえるくらいだわ。


   …蓉子さま。


   うん…?


   何故…


   なぜ…?


   …あのような事を、なさったのですか。


   ……。


   自らのお命を危険に晒して。
   何故、そこまで…。


   あなたが、このいえのこ、だから。


   ……。


   あなたはのぞんでいなかったかもしれない。
   だけど、わたしやえりこ、このいえのものにとって、あなたはだいじなかぞくなの。


   ……。


   このいえにうまれたものは…いやがおうなく、たたかいにみをさらすことになるわ。
   わたしたちねんちょうじゃが、こにできることは、たたかいかた、それからおのれのみのまもりかたをつたえること。


   ……。


   だから…わたしは、あなたに、みせたかった。


   ……されど、しかし


   そう…


   ……。


   せいの、すがたを、みせたかった…。


   ……当主様の。


   せいはね…ほんとうにすごいのよ。


   …。


   わたしなんか、かるくこえていってしまったの…。


   …。


   きれいな、にんぎょ、だったでしょう…?


   ……。


   ほんとうはもっと、よゆうのあるじょうきょうに、したかったのだけど…。


   …。


   どうか…ゆるしてね…。


   …赦すも何も。


   せいは…このいえのことを、にくんでいたから。


   …。


   どうしても、みとめることができないのよ…。


   …。


   …だけどね。


   …はい。


   せいは…


   ……蓉子さまの事を本当に強く想っていらっしゃるのですね。


   わたしだけじゃ、ないわ。


   ……。


   あなたはせんだいさまのこ。


   ……はい。


   せんだいさまが、なにをおもって、おくらせたのかわからないけれど。
   それでも、あなたは…。















   ……。


   聖…。


   ……。


   …起きて。
   いるのでしょう…?


   ……。


   返事はしなくても良いから。


   ……。


   あの子は良い子だわ。


   ……。


   本当だったら。
   この状況に一番戸惑いを覚えるのはあの子なのに。


   ……。


   …ねぇ、聖。


   ……。


   あのこは…どこか、貴女に似ているような気がするわ。


   ……。


   どこが、と問われても答えに窮するのだけど…。


   ……。


   …聖。


   ……。


   私は貴女を愛しているわ…。


   ……。


   私は、聖、を。


   ……。


   あ…。


   …蓉子。


   ……聖。


   蓉子はどうして…。


   ……。


   …蓉子のそういうところ、


   …嫌い?


   ……。


   ん…。


   ……。


   …せい。


   ……。


   ……せい。


   ……。


   ……。


   ……よーこ。


   …なぁに?


   私はやっぱり、好きになんてなれないよ。


   ……。


   だから、私は…。


   ……うん


   …それでも。


   ……。


   良いのかな…。


   …構わない。


   ……。


   先代様なら、屹度。


   ……蓉子は?


   私は…。




















   されど、何故。


   んー?


   わざわざ、面倒な事をなさるのですか?


   面倒?


   何故、遅らす必要があるのでしょう。


   良い質問ね。


   赤子の方が馴染むのも早いと思いますが。


   赤子だと、考える力が無いでしょう?
   所詮、アレは命が宿った肉の塊に過ぎないのだから。


   ……先代様が起こされた事がまた、起こるとでも?


   いいえ、其れは無いわ。
   幾ら聖が似ているとは言え、ね。


   …。


   だって蓉子ちゃんや貴女が居るもの。


   …蓉子は兎も角。
   私については買い被りも甚だしいと存じます。


   然うなのよ、私は買い被っているのよ。
   然う、第三者としての貴女を。


   ……。


   其れにね、あくまでも私の子であって、聖の子では無いわ。
   だからお姉さまの時とは話がまるで違う。


   ……。


   ま、これが若しも蓉子ちゃんの子だったら……想像は難くないわね。


   ……。


   でも、蓉子ちゃんはそんな選択、兄上とは違って疾うに捨てちゃったから。
   聖のせいで。


   …然うですね。


   ま、姉としては喜ばしい事だけれど。


   ……。


   其れにあの子は此の先、子なんぞ生そうとは絶対に思わないだろうし。
   蓉子ちゃんが居ようが居まいが、其れだけは変わらない事、よ。


   ……。


   其れで。
   何故遅らすかだったかしらね、江利子ちゃんの問いは。


   はい。


   何故かしらね。


   ……お考えは無いのですか。


   いや、あるわよ。
   それなりに、ね。


   ……。


   私が居る時に来ても仕方が無いのよ。
   或いは私が逝った直ぐ後とか、ね。


   …つまり。
   時間ですか、必要なのは。


   まぁ、其れもあるわね。


   …。


   今来たところで、あの子の目には入らないわ。
   向き合う事すらもしないでしょう。


   …蓉子のせいで?


   そこは、おかげ、と言うところよ?


   …。


   まぁ、遅らせたところで入るかどうか分からないけれど。


   …賭け、ですね。
   ほとんど。


   賭けは嫌い?


   嫌いでは無いですね。
   結果が見えなければ、の話ですが。


   ふふ。
   あとは…然うね。


   …。


   其の方が良いと思ったから、かしら。


   …カン、ですか?


   私のカンは結構、やるのよ。


   初耳ですね。


   貴女には言ってないもの、当たり前ね。


   ……。


   ま、然う言うわけだから。


   結局、良く分かりませんでした。


   分からなくて結構。
   世の中、何でも分かってしまったら詰まらないでしょう?


   其れついては異存は無いです。


   うん。


   ですが。


   うん?


   遅らせるなんて芸当、良く出来たものですね。


   まぁ、ね。


   イツ花を通して神を脅したのですか?


   あはは、なかなか人聞きが悪い事言ってくれるじゃない。


   恐れ入ります。


   でも残念、脅してはいないわ。
   ただイツ花に命令しただけ。


   余計、性質
〈タチ〉が悪いように思えますが?


   まぁ、私は当主だし。


   成る程。


   やってみたい?


   結構です。


   然う?


   大体、次は私では無いのでしょうから。


   あら、分からないわよ。


   分かっている事ほど、詰まらないものは無いですよ。


   ふふ、然うだったわね。


   はい。


   さて、一通りの話も済んだ事だし……ふぁぁ。


   眠たそうですね。


   ねぇ、江利子ちゃん。


   はい。


   子作りは。
   思いの外、疲れる仕事ね。


   然うですね。




















   きんつば、美味しかったかしら?


   …。


   それとも。
   “姉”と同じく、口に合わなかった?


   …いえ、美味しかったです。


   然う。
   じゃ今度の草餅には餡子を入れる事にするわ。


   …江利子さま。


   それより、付けて食べる方がお好みかしら。


   ……いえ、どちらでも構いません。


   令が作る草餅は美味しいわよ。
   ま、適当な楽しみにでもしておいて。


   …。


   で、何。


   …私、は。


   此の家、嫌い?


   …。


   それとも。
   貴女も呪いなどは、何もしないで、乱暴に断ち切った方が良いと思うクチ?


   …いいえ。


   蓉子は。


   …?


   蓉子は母親みたいでしょう?


   ……。


   ああ、貴女は母親というものを知らないから。
   分からないわね。


   …けれど。
   当主様にとってはとても暖かい存在になっているのだと。


   ま、ね。


   ……私は。


   出て行きたいのなら、どうぞ勝手に。
   だけど蓉子が止めてくれるわよ。
   あれは然ういうクチだから。


   貴女さまは…


   私?
   私はどうかしらね。
   其れが私にとって面白いと感じる事ならば、するかも知れないわね。


   …。


   ま、貴女は何処まで行っても此の家の子よ。
   望もうが望まなかろうが、仮令、遅れてきた子だろうが、そんなのは関係無い。


   ……。


   蓉子、言わなかった?


   ……。


   貴女は家族なのよ。
   未だ、名は無いとしても。


   ……はい。






























   ……。


   ……。


   ……何。


   …あの。
   ごきげんよう、当主様。


   へぇ。
   もう此の家の挨拶を覚えたの。


   …祥子さまと令さまが教えて下さいました。


   ま、どうでも良いけど。


   ……。


   ……。


   ……。


   ……だから、何。


   …これを、蓉子さまに。


   …饅頭。


   蓉子さまは甘いものがお好きなので…宜しければ、と思いまして。


   其れは江利子が?


   …いえ。


   じゃ、気を利かせたとでも言うのね。


   …お加減は如何でしょうか。


   知ってどうするつもり?


   ……いえ、何も致しません。
   されど、


   心配、てわけだ。


   ……。


   ……。


   ……あの。


   何。


   蓉子さまは、私にとって…其の、


   家族、とでも言いたいの。


   ……。


   然うね。
   だけど其れは私もなの。


   ……はい。


   それから蓉子は私の…


   存じております。


   …然う。


   ……。


   ……。


   …では。


   ……待ちなさい。


   ……。


   貴女は……。


   ……はい。


   ……。


   ……。


   …私は蓉子みたいに、何もしない。


   はい、構いません。


   そ。
   なら、良い。


   ……では。


   ……。


   ……。


   …しまこ。


   ……。


   しまこ。


   ……?


   ふと、思いついただけ、なんだけど。


   …しま、こ。


   そんなので良ければ名乗れば良いわ。


   しまこ…。


   漢字は…知らない。


   ……。


   ま、名無しのまんまが良いのなら、一向に構わないけど。


   ……いいえ、頂きとう御座います。


   そ。
   じゃ、勝手に然うすれば良い。


   …はい。


   ……。


   当主さ


   ……それから。


   ……。


   どうでも良い事なんだけど。


   ……。


   貴女は…しまこ、は、先代の子だから。


   ……。


   先代は……私の姉だった人、だから。


   ………はい。


   …ま、どうでも良い事だけど。


   いいえ、いいえ。
   しまこにとっては、どうでも良い事では御座いません。


   ……ああ、然う。


   ……。


   ……。


   ……。


   話は終わりよ。


   …はい。
   では、ごきげんよう…


   ……。


   ……お姉さま。


   ……ごきげんよう。




















   江利子ちゃん。


   …未だ、何か?


   昼寝前の無駄話を少し。


   …。


   私達は家族、と言うけれど。
   面白い集まりよね。


   …面白いですか。


   血も薄いし。
   正直な事を言うと、他人よ、他人。


   …血が濃くたって他人ですが。


   ま、然うね。


   もう、宜しいですか。


   ふふ。
   じゃあ此処から先は独り言と言うコトにするわ。


   ……。


   これで。
   あの子は一人になる事は無い。


   …何にせよ、蓉子が居ますけど。


   これで。
   あの子は此の家と密接に関わる事になるの。


   ……蓉子が放っておけない時点で無関係にはなれていないと思いますけど。


   最後の最後、だけど。
   これで、お仕舞い。


   ……。


   あの子は、戸惑うと思うけれど。
   ま、蓉子ちゃんが居るからそこら辺は屹度、大丈夫。


   ……。


   だから、後は。
   これから来る私の子が。


   ……。


   …さて、と。
   一眠り、しようかしらねぇ。


   ……どうぞ、ごゆりと。


   ええ、然うするわ。
   おやすみなさい、江利子ちゃん。


   お休みなさいませ。




























































   志に…摩、其れに子供の子、で、“志摩子”。


   …志摩子。


   摩は他にも考えたのだけど、此の字の方が画数が良かったから。


   ……。


   ……嫌、かしら。


   いいえ、私などには勿体無い程です。
   有難う御座います。


   聖は…。


   …別に良いんじゃないの。


   そんな適当な


   漢字がどうであろうと、呼び方は変わらない。


   其れは…然うだけど。


   志摩子、ね。
   ま、良いんじゃないの。


   …江利子まで。


   蓉子さま。


   うん?


   これから私は“志摩子”と名乗ろうと存じます。


   然う。
   まぁ、貴女が其れで良いのなら問題は無いのだけれど。


   有難う御座います。


   はい。


   蓉子。


   ん?


   もう、良い?


   ……聖。


   志摩子。


   はい、お姉さま。


   …あ。


   お茶、淹れてきて。


   はい、今直ぐ。


   あらあら。


   蓉子、お茶にしよう。


   …ええ、然うね。
   江利子と志摩子も良ければ一緒に。


   然うねぇ。


   でこちんは要らない。


   じゃ、志摩子と飲むわ、此の部屋で。
   と言うわけだから、志摩子。


   はい、江利子さま。


   …。


   祥子と令も。


   私、途中でお声を掛けて参ります。


   うん、お願いするわ。


   蓉子。


   ん…あ。


   ……後で。
   二人きりで、お茶にしよう。


   ……もう。




















  R e s e t 了










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平原綾香


他BGM
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