十 六 日 目 。

   
 利 子 ノ 。










   …。


   蓉子。
   一寸、良いかしら。


   あぁ、江利子。
   何かしら…?


   特別な用事は無いのだけれど。
   たまにはお茶でも飲みながら雑談でもしようかと思って。


   然う。
   どうぞ、入って。


   有難う。
   因みに蓉子は何をしていたの。


   これ。


   ああ。
   好きね。


   本を読んでいると。
   何か、忘れられるような気がして。


   何か、て。


   …何でしょうね。


   蓉子。


   うん…?


   また、なのね。


   …え。


   私が気付いていないとでも?


   …。


   まさか知らなかった?
   私、鼻が利くのよ。
   貴女の耳が良いように。


   …知っているわ。


   どうしてそこまでするのかしら。


   …さぁ。
   どうしてかしらね…。


   其処、痛む?


   え…。


   首の此処。
   私がこの部屋に来た時から…いえ、多分ずっと触っていたのでしょう。
   屹度、無意識のうちに。


   …痛むわけではないの。
   実際、何も残っていないから。


   だけれど。
   肌が覚えてるのでしょうね。


   ……。


   難儀なものね。


   …然う、なのかしら。


   と。
   本人が然う思っていない辺りからして、難儀。


   …然うね。
   然うかも知れないわね。


   いつか。
   千切れてしまうわよ。


   千切れ…?


   いえ、いつか、なんて不特定なものでは無いわね。


   江利子…?


   そして。
   其れは矢っ張り、自覚しないまま、終わるのよ。
   屹度。


   何を言っているの…?


   だから。
   今は私とお喋りでもしましょう。
   楽しく、ね。


   …え、と?


   はい、蓉子の分。
   勿論、お茶請けもあるわよ。
   抜かり、無し。


   ちょ、一寸、江利子…


   蓉子のお姉さまが好きだった、梅昆布茶。
   冷める前にどうぞ召し上がって。


   あ、有難う…。


   で。
   とりあえず、感想でも聞こうかしら。


   何の…?


   やっぱり興味あるじゃない?
   私も女だし。


   だから…


   …言葉にしても。
   良いのかしら?


   ……。


   初めて、の。


   ……あ。


   で。
   良かった?
   悪かった?


   え、江利子…ッ


   ああ、だけど。
   最初は痛いって聞くわね。


   そ、そんな、の…


   考えてる暇も無かった、とか。
   必死で。


   …ッ


   大体、不器用そうだものね。
   思うに、ただ単にぶつけてきたでしょう。


   ……。


   若いわね。


   え、江利子だって十分、若いじゃないの…。
   私より下なんだし…。


   ええ、然うよ。
   だから気になるんじゃないの。


   ……と、言うより。
   面白がってない…?


   あら、心外。
   半分以上は友を思っての事なのに。


   半分以上…ね。


   蓉子。


   …なに。


   好きよ。


   ……え?


   さて、と。
   お茶を飲みましょう。
   本当に冷めてしまうわ。










  十 七 日 目 。

   ヤ ッ パ リ 
 ノ 。










   蓉子!


   …聖。


   何処に行くの?


   一寸、其処まで。


   一緒に行く。


   良いわよ、来なくて。


   やだ。
   行く。


   おつかいに行くだけだから。


   行く。


   …待ってあげないわよ。


   いい。
   支度なら直ぐに出来るから。


   …少しは身だしなみくらい、整えなさいよ。
   うちは一応、名のある武家で通っているのだから。
   しかも貴女は其の当主なのよ。


   へーきへーき。
   上、羽織るから。


   然う言う問題じゃない。


   草履、草履、蓉子とお出かけ〜。


   ……歌わないで。
   恥ずかしい人ね…。


   はい、出来ました、と!
   蓉子!


   出来てない。
   前、ちゃんとして。
   これじゃ羽織った意味が無いじゃない。


   ねぇ、早かったでしょ?


   はいはい、然うね。


   結局待っててくれたし。
   そんな蓉子が大好きだ。


   鬱陶しい。


   これは帰ってきてから?


   莫迦。
   行くわよ。


   何を買いに行くの?


   醤
〈ヒシオ>


   んん?
   また切らしたのを忘れてたってヤツ?


   普段からちゃんと管理していれば忘れる筈は無いのだけど。


   まぁ、イツ花らしい。
   で、何で蓉子が?


   手が空いていたから。


   えー?
   先刻〈サッキ〉、私が部屋に行った時は忙しいって言ってたじゃん。


   先刻は先刻。
   今は今。


   其れ、何処かで聞い事のある言い回し。


   貴女が良く使う。


   あー、なるほどー。


   初めに断っておくけれど。


   ん、なになに?


   早めに帰ってきたいから。
   寄り道は一切無し、よ。


   “早め”、ね。
   うん、努力する。


   一応、でしょう。


   頑張るよー?


   寄り道をする気が少しでもあるのならば、其の時は置いていくか…ら?


   蓉子。


   …何、この手は。


   あっちから行こう。
   きれいな沈丁花が咲いているよ。


   遠回りになるじゃない。


   いいにおいだってするよ。


   ええ、然うでしょうね。
   けれど駄目。


   蓉子に見せたい。


   今でなくても良いでしょう。


   花の命は短い。
   故に、美しい。
   つまり今が見ごろ。


   だとしても。
   今は駄目。


   蓉子と見たい。


   …。


   さ、行こう行こう。


   行くなら一人で行きなさいよ。


   蓉子と一緒じゃなきゃ意味が無いよ。


   ……。


   “早め”に帰ってきたいんでしょ?
   じゃ、早く行こう。


   あ、聖。


   そだ。
   向こうに行けば梅の花が見られるなぁ。


   更に遠回りするつもり?


   急がば回れ、てねー。


   今は、善は急げ、なの。


   あはは。


   笑うところじゃない。


   むくれてる蓉子も可愛い。


   むくれてない。


   ね、蓉子。


   …近い。


   行こう…?


   ……。


   ね…?


   …手、離して。


   離さない。


   何処までも自分勝手な事ばかり。


   うん。


   もう一度言っておくけれど。
   早め、だから。


   うん。
   早め、だね。


   忘れないで。


   うん、忘れない。


   …手は?


   勿論、このまま。
   何なら腕を絡めてくれても良いよ。


   ばか。


   ん、残念。










  腐 レ 縁 。

   江 
 子 ト  。











   もみじ。


   …。


   どうせまた、調子にでも乗ったんでしょうね。


   …。


   で、不貞腐れてるわけね。


   あーいうトコロも可愛い。
   然う、思ってただけ。


   は。
   其れはごちそうさま。


   …待てよ。


   ん?
   何かしら?


   どこに行くんだよ。


   蓉子の部屋、だけど?


   …。


   ああ。
   別にあんたの了解なんて要らないわよ。
   私が勝手に行くんだから。


   …。


   面白くなさそうね。


   うるさいな。


   蓉子はあんただけの人じゃ、無いわ。


   …知ってるよ。


   そ。
   其れなら結構。


   …。


   天狗面。


   あ?
   何だよ、でこちん。


   いいえ。


   は?


   昔、此処で同じような事があったような、と思っただけよ。


   ……。


   じゃあね、天狗面。
   暫く其処で不貞腐れていて。
   そうすれば蓉子とゆっくり出来るから。


   お前は昔から、でこちんだったよな。


   ええ、然うよ。


   何でそんなに自信げなんだよ。


   褒められたのよ。


   あ?


   蓉子に、ね。


   ……。


   おでこの形がきれい、てね。


   …あ、そ。


   それなのに貴女、人の事をでこ呼ばわり。


   元々はお前が喧嘩を売ってきたんだろーが。


   天狗、てね。


   …。


   だって、面白く無かったんだもの。


   …。


   まぁ、子供のした事だから。


   十分だよ。


   然うね、十分ね。


   …全然、悪いと思ってないだろ。


   そんな事無いわよ。
   だけど然うね、昔の私は思って無かったわ。


   今も、だろ。


   さぁ、どうかしら。


   …。


   さて。
   いつまでも貴女に油を売ってても仕方が無いわ。


   …。


   ごめんなさいね。


   …は?


   気にしてたんでしょう?
   だから。


   ……。


   でこちん、については良いわ。
   蓉子に褒められた、其の通りだから。


   …同じだよ。


   ふむ?


   今じゃ、そんなに気にしてない。


   蓉子のおかげ?
   それとも蓉子のせい?


   何にせよ、蓉子が居たから。


   …ふ。


   …さて、と。


   あら、もう少し頭を冷やしていたら?


   もう、十分だよ。


   貴女が十分でも蓉子は違うかも知れないわよ。


   その時はその時。
   誰が二人きりになんてさせるかよ。


   貴女はしょっちゅう、なってるくせにね。


   私は良いのよ、でこちん。


   は、自意識過剰も程々にした方が良いわよ、天狗面。


   は、何とでも言え。