江利子。


   ああ、蓉子。


   中に入らないの?


   うん、まぁ…ね。


   あの子、ずっと付きっ切りなのでしょう?


   然うみたいね。


   然うみたいねって。


   代わってあげても良いのだけど。
   愚図るのよ。


   由乃が?


   いいえ、両方が。


   両方?


   由乃は令の手を放さない。
   令も由乃の手を放さない。
   放そうものなら大変よ。
   あやすのが。


   けれど。
   このままだと今度は令が参ってしまうわ。
   陸に食事も取ってないでしょう?


   だから、其れ?


   少しでも食べるようにと思って。
   イツ花に作ってもらったのだけど。


   屹度、食べないと思うわ。
   今のあの子には由乃しか見えてないから。
   血の繋がりが然うさせているのか、それとも他のものが然うさせているのか。
   どちらにせよ困ったものだわ。私の立場がまるで無い。


   由乃は?
   熱はどうなの?


   水は飲んでるわね。
   其れも令が定期的に飲ませているみたい。
   で、熱は大分落ち着いた模様。


   一応、粥も持ってきたのだけど。


   全粥?


   いえ、七分。
   体力がつくようにと卵も落としてもらったわ。


   然う。


   …全粥の方が良かったかしら。


   一応、運んでみたら?令のと一緒に。
   若しも由乃が食べられたのなら、令も食べるかも知れないし。


   じゃあ、はい。


   うん?


   貴女が部屋の中に運べば良いわ。
   私は此処まで運んできたのだから。


   …。


   口実ぐらいにはなるでしょう?


   要らないわよ、そんなもの。


   何にせよ、此処に置いていくから。


   一寸蓉子。


   貴女にも血の繋がりはあるのだから。


   其れは貴女達も一緒。


   でも貴女達ほど濃くないわよ?
   聖も私も。


   …痛いところ突くわね。相変わらず。


   然う?
   私としてみればそんな気、全く無いのだけど。
   当たり前の事を言っただけ。


   お節介。


   あーあ、とうとう江利子にも言われちゃった。
   でも仕方が無いわ、性分なんだもの。


   其れも特定の人に遺憾無く発揮される、ね。


   …江利子こそ。
   痛いところ突いてくるじゃないの。


   ま、そこが良いのだろうけど。


   うん?


   貴女の亭主様は。


   …止めてよ。
   亭主なんて言うの。


   じゃ、良い人。


   …あのねぇ。


   だって。
   亭主と言わなければ良いのでしょう?


   意味は同じでしょう。
   其れに鬱陶しがられる時の方が多いのよ。
   喧嘩だって…


   夫婦喧嘩は犬も喰わない。


   …江利子。


   ふふ。


   もう。


   蓉子。


   何。


   其れ、此処に置かないで貸して呉れるかしら。


   分かったわ。


   よっしゃ。
   其れじゃ一丁、持って行ってやるとするか。


   其れ、聖みたいよ。


   親父くさいって事?


   然うとも言う。


   うん、最悪。


   じゃ、私は行くから。


   聖の所?


   …愚図るのよ。


   まぁ。
   何処も一緒ね。


   不謹慎なのにも程があるわ。
   身体ばかり大きくなって。


   アレの場合はただの甘えただから。


   …本当、困ったものだわ。


   とか言って。
   かわいいとか思ってるくせに。
   しかも心の底から、ね。


   …うるさいわよ?


   ねぇ、蓉子。


   ん。


   由乃は未だ、幼子だから。
   これから如何様にでもなると思うのだけど。
   令は…どうなるのかしらね。


   令だって未だ子供じゃない。


   然うなのだけど。


   何か思う事でもあるの?


   聖が然うだったように。
   いえ、聖とは全然違うのだけど。


   …。


   周りが見えなくなる程、己すらも見えなくなる程になるのは。
   とても怖い事だと思うのよ。


   …ええ。


   拠り所があるのは何も悪い事じゃないわ。
   けれど。
   其のせいで己を殺してしまったのでは何も意味が無い。


   江利子。


   …。


   其の為に貴女が居るのでしょう?
   其れに祥子も居るわ。


   …聖にとっての貴女が居たように?


   聖は…私だけじゃ無いわ。
   先代様や、貴女だって居たじゃない。


   今となっては。
   貴女が居たからと言っても良いと思うわ。
   連れ戻したのは貴女なのだから。


   …。


   さて、と。
   うっかりしてると冷めてしまうわね。


   いつでも代わるから。


   うん、何を?


   由乃の看病。
   寧ろ、貴女も寝なさい。由乃の隣にでも布団を敷いて。
   然う、令に伝えておいて。


   ええ、分かったわ。
   でも良いのかしら?


   何が?


   愚図るわよ?
   討伐で離れていた分だけ、たっぷり、構ってあげないと。


   時と場合。
   其れが分からない子にはお仕置きを。


   ふふ、怖い女房様だこと。










   陣・五