剣を振るう其の後姿は。
一族の、家族の誰よりも、格好良くて。
誰よりも、誰よりも、誰よりも。
其の背中が大好きだった。
…あーぁ。
やっぱり格好が良いのよ、令ちゃんは。
崇良親王と対峙する令ちゃんの背中を見て、思う。
令ちゃんは由乃が討伐に行きたいと言ってから、ずっと不機嫌で。
支度をする時だって少しも手伝ってくれなくて。
結局、祐巳さんが手伝ってくれて支度したんだけど。
大体。
虚弱体質だからって、一寸ぐらい無理したところで死なないわよ。
そりゃあ確かに、熱くらいは出るかも知れないけど。
短命だから明日死にます、と同じくらい無いのよ。
そもそも短命なのは令ちゃんだって一緒でしょ。
いつだかの討伐で、健康度を低くして帰ってきた時は本当に、本当に心配したんだから。
そんな由乃の心配をよそに、ただいま、なんてへらっと笑って頭にポンと手を置かれたら、
おかえりって言うしかないじゃないの。
分かってるの、令ちゃん。
私だって、心配するのよ。
ちゃんと分かってる?
私は、誰よりも、誰よりも、誰よりも、令ちゃんが大好きなのよ。
だから、隣に居たいって思うの。
出来れば、ううん、出来ればなんて弱気な事は言わない。
ずっとずっと隣に、令ちゃんの隣に居たいのよ。
其の為に。
私は、戦うのよ。
…由乃!
後ろを振り返る事無く令ちゃんが私の名を呼んだ。
隣の祐巳さんをチラリと見る。
祐巳さんはじっと前を、祥子さまを見てた。
祥子さまの後ろは私が守るんだってくらいの、気持ちが伝わってくる横顔。
でも私だって、負けない。
…皆の回避を高めよ、陽炎!
由乃の本来の仕事は前に立って鬼を打ち倒す事。
けど其れが出来ないのなら、他の事をやれば良いだけ。
然う。
私が令ちゃんの後ろを、祥子さまや祐巳さんを守る為に。
…。
一瞬、令ちゃんが私を見たような気がする。
でも其れは気のせいだと思う。
令ちゃんは鬼を前にした時、絶対に後を見ないって祥子さまが言っていたから。
皆の傷を塞げ、春菜!
祐巳さんの術が令ちゃんと祥子さまの傷を塞ぐ。
やっぱり祥子さまも振り向かない。
舞うかのように振るう薙刀。
祐巳さんもまた、其の姿から目を離さない。
ああ、いつか。
然う。
いつか。
いつか、屹度。
其処に。
絶対に、絶対に、行くんだから。
其の時まで。
待ってて、令ちゃん。
…なのに。
どうして? 此処まで来て、どうして?
当初の目的は達成したから。 当主様の目論見どおり、崇良親王は解放出来た。 此処にはもう、用は無いわ。
用なら未だあるわ! だってこの奥に居るんでしょ? 此処まで来ておいてどうして帰るだなんて言うの?
どうしてだって? 至極、簡単な事じゃない。
私が…初陣だからだとでも、言うの?
ええ。 其の通りよ。
でも私は未だ戦えるわ!
気持ちだけでアレに勝てるだなんて。 思わないで。
気持ちだけなんかじゃないわ! 先刻の戦いでだって私…!
そうやって感情的になっているところが気持ちだけだと言うのよ。 気持ちだけが先行してしまっていて、体がついていけてない。
そんな事…ッ
あ、由乃さん…!
…大丈夫よ、祐巳さん。 一寸、ふらついただけだから。
…戦いで負った傷だったら、術で治せる。 けれど、疲れまでは癒せない。
…。
此度は此処が引き際なのよ、由乃。
けど、けど…!
…其れが。
…。
貴女の判断なのね、令。
…由乃だけじゃない。 祐巳ちゃんにとっても大将との連戦はきついと思うのよ。 初陣は済ませたとは言え、此度は二度目となる出陣。 ましてや相手は髪。 生半可な腕では返り討ちにされるだけ。 此処で無理をしたって何も成さない。
然う。
祥子は? 何か言いたい事、ある?
無いわよ。 隊長である貴女の判断に従うわ。
ならば。 此れより京に帰還する事とする。
令ちゃん…!
祐巳ちゃん、苦労をかけるとは思うけど由乃に肩を貸してあげてくれないかな? 大分、足に来てるみたいだから。
私は…構いません、けど。
…自分で歩けるわよ。 要らぬお節介は止めて、令ちゃん。
…然う。
然うよ、己の足で帰ってあげるわよ。
あ、由乃さん。
ええ、帰れば良いんでしょ、帰れば。 バーンと帰ってやるわよ。
待ってよ、由乃さん。 一人で先に行っては危ないよ。
何よ、最後の最後まで私の方を見ないで話してくれちゃってさ! 令ちゃんのばか! 令ちゃんなんてもう知らない!
由乃さんってば…!
令ちゃんなんて…!
ねぇ、由乃さ…
なーんだ、帰っちゃうのかい? 折角、迎えに来てあげたってのに、さ。 つまらないなぁ。
陣・四
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