蓉子、支度は出来たわよ。


   …ええ。


   ……。


   お姉さま?


   何でもないわ、祥子。
   さぁ皆、藤花さまに最後のお別れを。


   はい、おねえさま。


   はい。


   ……。


   聖、これが本当に最後だから…。


   …。


   …だから。


   蓉子も。


   …。


   蓉子も、でしょう。


   …うん。


   ……。


   ……藤花さま。


   …。


   …。


   …蓉子、そろそろ。


   …ええ、江利子。
   みんな、印を…。


   …え、と。


   令、こうするのよ。


   は、はい…。


   ……。


   …お姉さま。


   ……。


   お姉さま。


   …なに?


   大丈夫ですか?


   …?


   お顔の色が…。


   …。


   …あまり良くないようなので。
   だから…。


   …大丈夫よ、ありがとう。


   ……。


   私がしっかりしないといけないのにね?


   …。


   藤花さまはもう、いらっしゃらないのだから…。


   ……お姉さま。


   …然う、これからは。


   お姉さま、私に出来る事があれば何でも仰ってください。


   え…?


   何でも致します。
   お姉さまの力になれるのなら、私は。


   祥子。


   …。


   …ありがとう。


   お姉さま…。


   でもね。


   …?


   もう、しているのよ。


   …どういう事でしょうか?


   貴女が此処に居る。


   ……。


   それだけで…良いのよ。


   でも…。


   …。


   でも私はお姉さまの力になりたいのです。


   …祥子。


   私は…。


   …じゃあ、ね。


   あ…。


   手を、少しだけ握って。


   ……。


   今、出来る事…。


   ……はい。


   …。


   …これで宜しいですか。


   ……ええ、ありがとう。


   …いいえ。


   ……。


   それでは改めて、花乱火を併せで…


   蓉子。


   …え。


   …。


   聖…?


   …。


   聖、どうし…あ。


   ……。


   ……聖。


   ……。


   ……。


   …蓉子、急かすつもりは無いけれど。


   あ、ああ、ごめんなさい…。


   …。


   …はぁ。
   花、一ツ…


   …二ツ、


   三ツ…、


   四ツ…、


   い、いつつ……、







   ……天マデ乱レ咲ケ、花乱火。







   ……。


   ……きれい、ね。


   …。


   お姉さまも然うだったけれど。


   …。


   蓉子のお姉さまのも。


   …然うね。


   他人事のようね。


   ……あまり覚えていないのよ。
   特にお姉さまの時は…。


   …。


   …。


   …はい、これ。


   …。


   残り、ここに集めるのでしょう?


   …ええ。


   あとは任せるわ。
   私は子供達を連れて先に戻る。


   …ん、お願い。


   ……。


   ……。


   …蓉子。


   ん…。


   …無い、とは思うけれど。


   …。


   誰かの真似、しないでね。


   …真似?


   知らないのなら良いのよ。


   何のこと…?
   真似って誰の…?


   さぁ?


   ……。


   じゃあ、また後で。


   江利子。


   んー?


   …何でも無いわ。


   ああ、然う。
   令、祥子、戻るわよ。


   はい。


   私は


   ここからは当主の仕事だから。
   本来ならば、だけど。


   …。


   さ、行くわよ。


   …お姉さま。


   ……大丈夫よ、祥子。


   ですが


   先に戻って、江利子の言う事を聞くこと。
   いい…?


   ……。


   祥子なら、分かるわよね…?


   ……分かりました。


   うん…。


   …。


   行くわよ、祥子。


   …はい、江利子さま。








   ……。


   …聖。


   ……。


   こんな処に居たのね…。


   ……。


   途中で居なくなってしまうから大変だったのよ…。
   祥子と令では未だ…。


   ……。


   …。


   …。


   …藤花さまを。


   ……。


   聖…。


   いやだ。


   …。


   ……。


   ……聖、お願い。


   私は当主じゃないわ。


   違う。


   …。


   …確かに。
   これまでは当主さまがやってきた。
   私のお姉さまの時だって…。


   …。


   でも本当は


   蓉子がやれば良い。


   …。


   …。


   …私がやっても良いの?


   …。


   私がやってしまっても…。


   …。


   …。


   …お姉さまは。
   蓉子を気に入っていた。


   …。


   ……。


   …でも。


   …。


   貴女のお姉さまだわ。


   …。


   …早く、集めてあげましょう?
   それから…。


   ……。


   せ


   見たくない。


   …。


   …見たくない。


   ……。


   ……。


   …聖。


   ……あんな姿、見たくない。


   …。


   あんな白いものだけの姿なんて…。


   …。


   …。


   ……聖。


   …。


   ……辛いのね。


   …そういうわけじゃない。


   …。


   …。


   ……悲しい時は。


   蓉子は、泣かなかった。


   …。


   …泣かなかったくせに。


   ……然う、ね。


   …。


   …。


   ……?


   ……私、ね。


   …。


   ……涙が、出なかったの。


   …。


   悲しくて、辛くて……とても、心細かったのに。
   出なかったの…。


   …。


   ……だか、ら。


   …。


   …ねぇ、せい。


   ……蓉子。


   せい…。


   …。


   ……ねぇ。


   …。


   早く、帰ろう…?


   …。


   ここは寒くて、冷たくて……怖い。


   …蓉子。


   …。


   ……ようこ。


   …私も、やるから。


   …。


   二人で…。


   ……う、ん。


   …。


   …。


   ……早く、帰ろう。
   お姉さまを連れて…。


   …うん。








   鬼に喰われない為。
   中にはそれはもう、厄介なのが居てね。


   …。


   …。


   そこら辺の動物に喰われるくらいなら、未だ、良いのだけれど。
   “共食い”もこのご時世だし、それでうっかり“変なもの”になられても困るし。


   …。


   …。


   けれど鬼の中には骨が


   お、おねえさま。


   …。


   ん?


   せいさまとようこさま、おそいですね。


   …。


   そうねぇ。
   でもまぁ、そのうち帰ってくるでしょ。


   そのうち、ですか。


   砕いて集めるの、結構時間がかかるのよ。
   皆でやれば早いのだけれど、それは長である当主の仕事だとの事だから。
   曰く、死人に触るのは穢れに近付くとされているから。


   ……。


   ……。


   ん?


   …とうしゅさま。


   ……お姉さま。


   …ふむ。


   あの、江利子さま…。


   なぁに、イツ花。


   思うに、もう少し柔らかく教えて差し上げた方が…。


   でもいずれ、この子たちが執り行うようになるのだし。


   そ、それはそうなンですが…。


   この家に生まれると回転が、ね。
   慣れろとは言わないけど、そういうもんだと思わないと気持ちがもたない。


   はぁ…。


   イツ花なんて。


   はい?


   どれくらいのうちの者を見送ってきたんだか。
   初代からずっとだものねぇ?


   ……。


   流石に慣れるもの?


   …いいえ。


   ふぅん。


   …。


   …。


   …。


   とりあえず、無駄な事はするなとの事だから。
   と言っても私が知ってる限りだとそんなに盛大なものなんて無かったのよねぇ。
   期間とか、どうするのかしら。
   それすらも無駄だと言わんばかりな方だったから。


   …。


   …。


   …。


   …ま。
   帰ってきてから決めれば良いわね。








   …。


   …。


   おかえり、蓉子。
   遅かったわね?


   …ただいま、江利子。


   …。


   で、どうするの?


   …“皆”でごはんを食べたらお墓に


   それは分かってるから良いの。


   …。


   喪の期間。
   やっぱり一週間?


   …いいえ。


   無駄だから?


   …必要無いとは仰っていたけれど。


   じゃあ?


   ……聖。


   ……。


   …。


   ……。


   …で?


   ……せめて三日は。


   然う。


   ……。


   其れは二人で?


   …え?


   其れ。


   ……うん。


   ……。


   ふぅん。
   まぁ、良いけれど。


   …。


   …。


   ところで。
   塩は?


   …あ。


   …。


   じゃ、そこで止まってね。


   …ごめんなさい。


   …。


   良いわよ。
   そんな事だろうと思っていたから。


   …。


   …。


   逝った者に穢れは無いのだろうけれど。


   …然うね。


   ……。


   これで良し。


   …ありがとう。


   …。


   入って良いわよ。


   待って、江利子。
   聖にも…。


   …。


   然うだったわね。


   ……。


   江利子…。


   ま、持って入られても困るから。


   …いい。


   聖…?


   ……。


   待って聖、引っ張らないで…。


   ……。


   あらあら。


   …江利子、聖は藤花さまを喪って


   然うねぇ。


   江利子…。


   …のわりには、相応しく無い行為を平然とやっているみたいだけれど。


   …。


   ねぇ、蓉子?


   それ、は…。


   ……。


   …江利子、お願いだから。
   聖も行かないで。


   …。


   江利子、お願い…。


   別にお願いされる事でも無いから。
   …はい、これで良し。


   ……。


   ……。


   子供達、待ってるわよ。


   う、うん…。


   ……。








   ひ、ふ、み、よ、い、む、な、や、ここの、たり…、


   …。


   ふるべ、ゆらゆらと…ふるべ。


   ……。


   知ってる?


   …知りません。


   あら、教えてなかったかしら。


   …。


   蓉子ちゃんが。


   …なんで蓉子なんですか。


   だって、ね?


   ……。


   でも、然う。
   教えて貰ってないのね、未だ。


   …。


   忘れているのか…それとも、貴女が逃げたか。


   …それでも追っかけてきますから。


   ふふ、然うねぇ。
   あの子は貴女の事となると自分をどっかに放り捨ててしまうから。


   …それ、前にも聞きました。


   ふふ。


   ……。


   布瑠之言
〈フルノコト〉


   …は?


   先刻の詞〈コトバ〉
   私は椿に教えて貰ったのよ。
   と言っても、コトバしか知らないのだけど。


   …然う、ですか。


   気になるようだったら蓉子ちゃんに教えて貰えば良いわ。
   其の意味も蓉子ちゃんなら知ってると思うから。


   別に気になどなりません。


   椿はね、雑学に関してはこの家で一番だったのよね。
   まぁ、雑学だけでは無いけれど。


   …。


   本ばかり読んでいて。
   ちっとも構ってくれないのよ。


   …。


   だから、と思って話を振ってみたら、わけの分からない話が始まるの。
   全然、分からないと言うのにねぇ。


   …。


   それが私の小さい頃の思い出。
   多分、菊も似たような思い出を持ってると思うわ。


   …はぁ。


   私にも子供の頃があったのよ。


   それは、然うでしょうね。


   不思議かしら?


   …いいえ、別に。


   そ。


   …。


   死者が蘇る言霊。


   …?


   なんですって。
   ま、有り得ないけれど。


   …。


   こんなコトバで生き返るくらいなら、ねぇ。


   …。


   …でもまぁ、言は事って言うから。


   …。


   言の葉は事の葉。
   だからね、聖。


   …。


   あんまり、蓉子ちゃんを苛めては駄目よ?


   …だからどうして蓉子が


   だって私、あの子が好きなんだもの。
   苛められていたら可哀想じゃない。


   ……。


   勿論、可愛いと言う意味でね。


   …十分に知っています。


   だから妬く必要は無いのよ。


   ……。


   ふふ、ひどいまでの渋い顔。
   貴女も案外、蓉子ちゃんの事となると自分が何処かに行ってしまうのかも知れないわね?


   …。


   …ひ、ふ、み、よ、い、む、


   …。


   な、や、ここの、たり…ふるべ、ゆらゆらと、ふるべ。


   …。


   蘇る、とまではいかなくても。
   鎮めるくらいの効果はあるのかしらね?


   …分かりません。


   今度、蓉子ちゃんに聞いておいて。


   だからなんで私が蓉子に


   だって蓉子ちゃんなら知っているだろうし、貴女は私の妹だから。


   ……。


   でしょう?


   ……ご自分で


   小難しい話はどうも、ねぇ。


   ……。


   じゃあお願いね、聖。


   ………はい。








   …。


   …聖。


   ……。


   貴女の手で、どうか…。


   ……。


   聖…。


   ……ひ、


   …?


   ふ、み、よ、い、む、な、や、ここの、たり…。


   …。


   ………。


   ……布留部、


   …。


   由良由良止…布留部。


   ……。


   …教えていないのに。
   藤花さまに教わったのね…。


   …蓉子に聞けって言われた。


   …。


   ……蓉子に聞いておいて欲しいって。


   …然う。


   ……。


   …魂振〈タマフリ〉の詞。


   …。


   死者蘇生の言霊、と呼ばれているの。


   …鎮めはしないの。


   …。


   …。


   …鎮魂
(タマシズメ)とはまた違うの。


   ……。


   ……。


   ……ひ、ふ、み、よ、い、む、な、


   …八、九、十…


   ふるべ…、


   …由良由良止…、


   『布瑠部……』








   ……。


   …おねえさま。


   んー。


   ようこさまとせいさまがおっしゃっているのはなんですか?


   詞。


   …ことば?


   然う。


   『…ふるべ、ゆらゆらと…ふるべ…』


   ……さちこ。


   呼び捨てにしないで。


   さちこ…さま?


   …どうして聞くのかしら?


   あれ、なに?


   …。


   しってる?


   …江利子さまが仰ったでしょう。


   ことば?


   …そう。


   ことばはわかるよ。
   だけど


   …静かになさい。


   む…。


   ……。


   ……ちぇ。


   令。


   あ、はい。


   知りたいのなら。
   後で蓉子に聞けば良いわ。


   ようこさまに?


   あれは元々、蓉子のお姉さまの分野だから。


   ぶん…?


   私のお姉さまもたまに、口遊んではいたけれど。


   きくのさま!


   然う。
   けれど詳しい事は知らなかったから。


   おねえさまはしらないのですか?


   詞は知ってるわよ。


   わぁ。


   だからと言って、あそこで一緒になって唱えるつもりは無いけれど。


   なんでですか?


   秘密。


   えー。


   さぁ、そろそろね。


   そろそろ?


   納め。
   行くわよ、令、祥子。


   はい、江利子さま。


   あ。


   令、もたもたしてると置いていくわよ。


   おいてかないでよ、さちこ。


   さま。


   …さま?


   だから


   おいついた。


   ……。


   えへへ。


   …なんか、腹立たしいわね。


   いこ、さちこ。


   だから、さま。


   さま?


   さま。


   さまかー。


   …。


   ま、いいや。
   いこ。


   ……ほんと、腹立たしいことこの上無いわね。








   あーやっぱり疲れるわねぇ、こういう事は…。


   おねえさま、だいじょうぶですか?


   躰は大丈夫だけれど。
   心が、ね。


   …こころ?


   令は淋しい?


   …。


   当主さまが居なくなってしまって。


   …はい、さびしいです。


   …。


   もう、あそんでもらえません…。


   …遊んで?


   じゅつをおしえてもらうことも…。


   …ふ。


   ?
   おねえさま…?


   可愛いわね、全く。


   わ…。


   あとね令、あれは遊びだけど遊びじゃないのよ。
   実は。


   …?
   え、と…。


   でもま、遊びと思っていた方が良いわよね。


   ……おねえさま。


   んー…。


   おねえさまはさびしいですか?


   …。


   さびしくないですか?


   慣れるのには、時間が掛かると言う話よ。


   なれ…?


   家の中の静けさに。


   ……。


   思えば、三人だった頃は静かだった事なんて無かったけれど。
   それを思うと一人欠けると言う事は結構、大きなものなのね。


   …さんにん。


   然う、三人。


   つばきさまですか?


   ええ、然う。
   蓉子のお姉さま。


   ようこさまのおねえさま。


   然う。


   どんなひとだったんですか?


   それは蓉子に聞いた方が適当よ。
   蓉子のお姉さまなんだから。


   あ、そっか。


   さて。


   じゃあようこさまに…


   今夜はもう寝るわよ、令。


   え。


   また明日。


   あ、はい。
   またあした。


   然う言う事だから。
   蓉子、私達は先に休むわね。


   …然う、分かったわ。


   おやすみなさい、ようこさま。


   はい、おやすみなさい。
   令。


   蓉子も早く休んだ方が良いわよ。
   疲れてるでしょう?


   …ん、然うするわ。


   然う。
   じゃ、おやすみなさい。


   ええ、おやすみなさい。


   …。


   …さて。
   私達も休みましょうか、祥子…。


   …。


   ん…?


   …お姉さま。


   なぁに…?


   やはりお戻りになってしまうのですか。


   …。


   …昨日だけなのですか。


   祥子…。


   もう、私とは…。


   …祥子なら、大丈夫よ。


   …。


   一人でも、もう…。


   …ッ!


   さぁ、疲れたでしょう…?
   今夜は…


   …聖さま、ですか。


   え…。


   聖さまは大丈夫ではないから。


   ……祥子。


   …。


   祥子、私は


   おやすみなさいませ、お姉さま。


   あ…。


   …また明日。


   …。


   …。


   …ええ、また明日。








   ……。


   …聖。


   ……。


   ……私を待っていたの?


   …っ。


   あ…。


   ……。


   聖…。


   ……。


   …眠れないのね。


   …。


   …。


   ……蓉子は。


   うん…。


   ……。


   …。


   …また、ひどい事をされるとは思わないの。


   …。


   …。


   …今の聖は私よりも大きいけれど。


   …?


   だけど…。


   …。


   ……昔のままだから。


   ……。


   …眠りましょう。
   今宵はただ…。


   …。


   …どんな夜でも、朝は必ず来るから。