「こんな…ところ、でッ」





   体は壁に押し付けられ、両の手は頭の両脇で掴まれ。
   唇は乱暴に重ねられる。


   息は獣の様に荒く、目もまた。
   重ねられる唇を拒もうとすればする程、荒々しさは増してゆく。
   其処に優しさなどと言うものは無くて。
   在るのは己と言う名の相
(サガ)





   「ん、あぁ…ッ!」





   せめて唇の束縛から逃れようと、顔を大きく逸らしたのが大きな徒となる。
   逸らした事で無防備になった、いや晒してしまった首筋、肩。
   走るは鋭い痛み。





   「せ…い…ッ」





   じんじんする。
   血が出たかも知れない。
   痛みで目の前が滲む。





   「…やめて…せ…あ」





   痛みを与えた物に替わり、何か生温かいものが。
   首筋から肩を這い、特に痛みの箇所を丹念に這い回る。
   まるで癒そうとするかの様に。





   「聖…せい…どうして…」





















   私は結局、明確な答えを出せず、
   私の交神の話はとりあえず保留と言う形となった。
   焦らなくても良いのよ、と。
   協議が終わり部屋を出ようとする私に、当主様は再度同じ言葉を呉れる。
   其れに対して私は返事はせず、ただ頭を下げた。





   「蓉子」





   部屋を出た私は廊下で聖に呼ばれた。
   けれど振り返らなかった。歩みも止めなかった。





   「蓉子」





   再度呼ばれ、今度は手首をも掴まれる。
   先に行っていたのは私なのに、歩も止めなかったのに、其の速さも緩めなかったのに。
   どうしてこんな容易に、簡単に、私は其の手に捕まるの。
   あんなに小さかった聖に。
   どうして。





   「…蓉子」





   ぐい、と引き寄せられ、名を囁かれる。
   声が最初より随分と近いのは其の距離のせい。





   「…私、言ったよね」





   最早、其の声は耳元。
   其の吐息すら感じられる。


   じわり、と。
   私の中で燻り続ける熱が。
   ああ、あの熱が。





   「帰ってきたら…て」





   そして。
   私は離れの部屋に連れて行かれた。
   其れは有無も言わさない、然う、力尽くと言って良いものであったけれど。
   其れに“従った”のはあくまでも私。
   拒絶の声を上げるなり、其の手を矢張り力で振り解くなり、しようと思えば幾らでも出来たのだから。


   実際、出来なかったのだ。私は。
   聖は、聖の手は、何処までも温かかったから。





   「…蓉子、蓉子」





   浮かされるようにして私の名を呼ぶ、聖。
   覆い被さるようにして私の躰に己の躰を押し付ける、聖。





   噛まれた場所が。



   舐められた場所が。



   とても、熱い。






























   ・








   お姉さまが死んだように。
   成長が止まった私も何れ死ぬだろう。
   聖よりも先に。


   其の時、聖はどう思うだろう。









   どう、思って呉れるだろう。





















   ぼんやりと天井を見上げる。
   あれだけ熱を帯びていた筈の首の傷も今は無い。
   何度触ってみても傷らしき感触は無く、痛みも感じない。
   聖が術で治して呉れたのかも知れない。
   いや、然うなのだろう。
   屹度、痕すら残っていないのだ。
   其の主と同じ様に。


   気怠さだけが残る躰をゆるりと起こす。
   己の着ている衣は乱れていたけれど、其の上に私のものでない上衣が掛けられていた。
   此れは然う、聖が着ていたもの。
   持ち主の匂いが残る其れを私は強く握って抱き締めた。


   口付けを交わすのとは比較にならない、其れ。
   聖が私の中に押し入ってきた時、勿論痛みもあったけど、全てが白く染まった。
   舌を絡ませ、躰の中心をしつこい位に掻き混ぜられて。
   情動のままに何も考えられなくなった。
   委ねてはいけない。
   僅かに残された理性すらも飲み込まれる程の熱情。
   己のものとは思えない、声。悲鳴。嬌声。


   然う。
   私は聖に抱かれた。
   冷たい唇、だけれど、温かい手、舌。
   狂おしいまでの痛み。
   生の証。


   私は未だ、生きている。
   其れを感じさせて呉れたのは紛れも無く聖。


   だけど聖は居ない。
   目を覚ました時にはもう。
   残されたのは聖の匂いがする上衣と、躰の芯の鈍い痛みと。
   此の私だけ。


   ひやり、と。
   障子の少しだけ開かれた間から風が入り込むのを肌で感じる。
   暦の上では小暑。
   風に冷たさを感じる筈は無い。
   其れなのに。





   震える己の体を抱きしめる。
   けれど一向に震えは止まらない。










   …聖、聖、せい。










   かつての主の面影すら残らない、此の部屋で。
   私は一人、声を押し殺して泣いた。










































   あれから。
   私は幾度か、其の腕に抱かれた。
   初めての時みたいに白昼に及ぶ場合もあったけれど、大抵は皆が寝静まった夜更けに聖は部屋に忍び込んできた。
   所謂、夜這いと呼ばれる形。
   隣に祥子が寝ていようが、聖は一向に構わなかった。


   声を殺そうとする私を何か面白いものでも見るかのように聖は薄笑いを浮かべる。





   幼子に見られた所で何が分かろう?
   寧ろ、見せ付けてやれば良い。
   さぁ、声を出しなよ。








   私に其の声を聞かせてよ。








   然う言わんばかりに私の中に埋めた指で掻き混ぜては、引っ掻き、仕舞いには其の数を増やす。
   私が耐えられなくなっていく様を、羞恥心よりも其れに溺れていく様を、聖は目を細めて悦んだ。


   咽び。
   若しくは、嗚咽。
   其れは聖の嗜虐心を煽る。
   酷い時は一度に幾度も噛まれた。





   躰を。
   思うが侭に、噛まれて、吸われて、貪られて。
   まるで私は。





   餌の様、だわ。





   聖という名の、獣の。






















   いっそ、喰い尽くされてしまえば良いのに。























   漸く見慣れてきた天井を見上げる。
   あの頃と何一つ変わらない。


   数夜連続で抱かれたのを切欠に、私は離れに部屋を移した。
   かつてお姉さまが主だった、そして聖に初めて抱かれた此の部屋に。


   其れから程無くして。
   江利子のお姉さま、聖のお姉さまが逝かれ、聖は山百合家の当主となった。
   当主になったところで、其の性質が変わるわけじゃない。


   聖は相変わらず、子供の様で。
   私は其の玩具の様で。
   何時頃からか、「好き」と言う言葉を最中に吐く様にはなったけれど。


   朝起きれば、冷たくなっている褥。
   其の度に心の隙間を吹き抜ける風。
   やるせない、想い。







   ねぇ。







   好きだなんて。

   どうして言えるのよ。










   そんな言葉。























   簡単に言わないで。