…待たせてしまってごめんなさいね、江利子。
別に蓉子が詫びなくても良いわよ。
どうせ其処の天狗面がまた、駄々を捏ねたんでしょうから。
…蓉子、紐。
え…?
腰紐ぐらい、自分でやる。
寄越して。
あ、ああ。
聖は蓉子にだけは偉そうなのよね。
それこそ、子供の頃から。
…。
江利子、当主様は…?
待ちくたびれて、私のお姉さまとお茶飲んでるわよ。
本当だったらもっと早くに様子を見に来るつもりだったのに。
お邪魔だろうから、て。
…。
江利子。
何よ、天狗面。
…。
何。
言いたい事があるのなら、はっきり言いなさいよ。
…此度の討伐場所は何処。
知りたければ、自分で聞けば良いでしょう。
そもそも聞いてなかったあんたが悪いんだから。
…。
聖、此度の討伐場所は…。
蓉子。
甘やかすのも大概にしないと、付け上がるわよ。
第一、聖は貴女の子供じゃない。
…そんなつもり、は。
さぁ、支度が出来たのならさっさと行くわよ。
あんたなんかに言われなくても行くわよ。
じゃあね、蓉子。
また、門前で。
見送って呉れるのでしょう?
ええ。
…。
聖。
…何。
忘れ物は、無い?
何時か、得物を忘れた事があったでしょう?
…今回は忘れて無い。
其れと。
…未だ何かあるの。
どうか、気をつけて。
…。
あーあ。
返事もろくすっぽ出来ないのね、天狗は。
…蓉子。
…なぁに、聖。
…やっぱ、良い。
…然う。
…後で、言う。
…うん。
其れじゃ、蓉子ちゃん。
留守中の事、特に子供の事、くれぐれも宜しくね。
はい、当主様。
イツ花と共に、当主様そして皆様のご無事を心よりお祈り申し上げております。
有難う。
じゃね、蓉子。
行ってきます。
行ってらっしゃい、江利子。
くれぐれも他の事に気を取られ過ぎて、前方不注意にならないようにね。
はーい。
菊乃さまも、どうぞご無事で。
おぉ。
お土産、期待して待っててねー。
…。
聖。
…。
せーい。
挨拶ぐらいしなさい?
折角、蓉子ちゃんが見送って呉れるのだから。
…。
聖、あまり無茶をしては駄目よ。
…分かってるわよ。
勝手な事をしても駄目だから。
…お節介。
然うよ。
…。
それから…。
蓉子。
え…あ。
…かえ…て…たら。
……。
…じゃ。
あら、聖。
ちゃんと挨拶はしたのかしら?
はい、お姉さま。
然う?
なら行きましょうか。
はい。
ちなみに此度の討伐先は何処か知ってる?
どうせ、行けば分かりますから。
ま、然うね。
じゃ、皆も行くわよ。
イツ花、いつもの。
はい、当主様!
其れではバ−ンとォ!気合を入れて!
当主様!ご出じ…
…聖!
ん!
あらあら。
…て、蓉子さまぁ。
あ、ごめんなさい…。
…何、蓉子。
其の…行って、らっしゃい。
…。
どうか、気をつけて…。
…行って、きます。
…うん。
…。
…。
あのォ、そろそろ宜しいでしょうか。
蓉子さま。
え、えぇ。
ごめんなさいね、イツ花。
良いですよ、気にしないで下さいナ。
申し訳御座いません、当主様。
良いわよ。
珍しく素直な聖も見られた事だし。
其れでは仕切り直しまして!
当主様!ご、出、陣…!!!!!
いやはや。
其れにしても若いって良いわねぇ。
其れ、年寄りくさいわよー。
私達だって、一人欠けたと言えど、未だ現役なんだからー。
・
さーて。
此方は粗方片付いたかしらね。
其方はどうかしら?
おー、ばっちりさ。
大将〈ネコ〉も、ついでに髪も討ったし。
ま、こんなものかしら。
未だ一寸、体が鈍ってる気もしなくもないけれど。
あれだけ、かましておいて?
いや、未だ未だでしょう。
にしてもあの猫、命が九つあるだけあってしぶといわね。
でも去年も討ち取ってるし。
来年辺り、解放出来ると思うよー。
あー、あの時は蓉子ちゃんが其れはもう獅子奮迅な活躍を見せて呉れたわね。
初陣だと言うのにねぇ。
姉の要望に見事に応える妹。
紅の血筋姉妹の底力は違うわ。
と言うより、蓉子ちゃんが良い子なんだと思う。
確かに。
うちの妹の面倒も良く見てくれるし。
色々な面、で。
うちの妹は其れが少し気に入らないみたいだけれど。
ごめんなさいね。
どうして其処で藤が謝るのさ。
うちの妹が横取りしちゃって。
言ってろ。
ふふ。
さて、と。
二人とも、そろそろ帰るわよ。
…はい。
…。
あら、元気が無いなー。
若しかしてとは思うけど。
此れぐらいでへたばったなんて言わないわよねぇ、江利子?
私なら大丈夫ですわ、お姉さま。
聖は?
…平気です。
然う?
じゃ、此度の仕事納めと言う事で。
んー、未だ残ってたのかー。
併せで締めるわよ。
聖、何が良い?
…私が決めるんですか?
逃げなかった御褒美。
…其れ、皮肉ですか?
まさか。
でもま、たまには良いでしょう?
たまには、ですか。
ええ。
…じゃあ、真名姫で。
…。
江利子、苦虫を潰したような顔をしているけれど。
まさか覚えていないのかなー?
まさか。
そ?
なら、良いよね。
はい。
然う言う訳だから。
聖、いつでもどうぞ?
……。
来るわよ、聖。
…真名姫併せ、始め。
真名、二の句。
相変わらず覇気が無いよねー、聖は。
真名、参の句。
と言うか、今は違う事で頭が一杯なだけだと思うわ。
もう、帰れるのだし。
ああ、成る程。
…真名、四の句。
歌えや、真名姫。
ただいまー蓉子。
お帰りなさい、江利子。
たっだいまー、蓉ちゃーん。
お土産、楽しみにしてたかなー?
ふふ、お帰りなさいませ。菊乃さま。
お土産は一体何で御座いましょう?
…。
聖。
……。
あ。
あらあら、あの子ったら。
挨拶ぐらいちゃんとしなさいって言ったのに。
お帰りなさいませ、当主様。
ご無事で何よりです。
はい、ただいま。
此れ、お土産。
あ、こら、藤。
今出すか。
此れは…扇の指南書、ですか。
然う。
蓉子ちゃんのお姉さまが欲しがってたヤツ。
と言うか踊り屋になりたかったみたいなのよね、彼女。
薙刀より。
…。
蓉子ちゃん?
あの…。
あぁ、子の事?
良いわよ、薙刀で。
然う言い残して行ったのは私だし。
…はい。
で、其の子供は?
丁度、眠った所です。
あら、残念。
名はお姉さまが遺していった名を。
ええ。
イツ花。
はい、当主様。
お風呂、沸いてる?
さっぱりしたいわ。
勿論沸いてますよー!
イツ花、渾身の気合を込めて沸かさせて頂きました!!
何だかとっても熱そうね。
お風呂は熱いのが一番!
って、お向かいのおばあちゃんが言ってましたから!!
あのおばあちゃんなら沸騰していても入れそうだけど。
其れは言い過ぎですよ〜、当主様。
ふふ。
じゃ、蓉子ちゃん。
詳しい事はまた後で。
はい。
其れから。
たっぷり労ってあげて、ね。
…。
珍しく頑張ったのよ、あの子。
相変わらず覇気は無かったけど。
実際、其の指南書を取ったのはあの子だったし。
然う、ですか…。
三
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