えい! …。 やぁ! …。 たぁ! …。 はぁ! …祐巳。 は、はい! 右足の踏み込みが未だ甘いわ。 もっと重心の置き所を意識して。 はい! それから。 掛け声ばかりで、突き出す拳の一点に込めるべき力がぶれてしまっているわ。 声を出すのも良いけれど、もっと拳に集中しなさい。 はい!蓉子さま! …はぁ。 …。 そりゃあ…! はぁ…はぁ…、え、えぇい!! …ふむ。 てい…! 祐巳。 は、はい、何でしょうかぁ…! 少し休みましょう。 …へ? 今から小休止。 了解? は、はいぃ。 ……あぁぁ。 こら。 だからって急に座り込んでは駄目よ。 息を整えてからじゃないと。 は、はーい…お、おわぁぁ。 ふふ。 腕も然うだけど、足にも結構来るでしょう? も、もう、脹脛と太腿、が…。 後で揉み解しておくと良いわ。 疲労を溜めてしまわないように。 はぁい、そーしまーす…。 あー…。 祐巳? …蓉子さま、は。 うん? いつも、こういうのをやっているんですよ、ね…。 ええ。 すごいなぁ…。 凄くなんかないわよ。 これが私の業だもの。 でもすごいですよ。 私が見てる限りですけど、どんなに天気が悪くても欠かしているのを見た事ないですもん。 私じゃとても…。 子供の頃から続けてきている事だから。 一日でも休むと身体がどうも、ね。 鈍る気がして。 やっぱり、すごいなぁ。 …ごめんなさいね。 え? 本当だったら祐巳本来の業について教えてあげられれば良いのだけれど。 指南書を読んだだけでは…どうにも、ね。 そんな事。 良いんですよ。 然う? だって楽しいですから。 楽しい? はい! とっても楽しいです! 基礎の型が? だって蓉子さまと一緒に鍛錬してるんですよ? 楽しくないわけ、無いじゃないですか! …。 これからもどんどん、教えて下さい! 私、頑張りますから! …ふ。 て、あれ。 蓉子さま…? ふふ、面白い子ね。 え、え? 貴女の業とは、全然、関係無い事をしているのに。 え、でも、ほら、何と言うか身体作りは大切じゃないですか。 蓉子さまだって良く仰っているし…。 ええ、其の通りよ。 どんな業でも先ずは身体がしっかりしてないと話にならない。 然うですよね! よぉし、頑張るぞー! あら。 さぁ、蓉子さま! お休みは終わりに致しましょう!! もう大丈夫なの? はい!平気です! …若さ、かしらねぇ。 はい?何ですか?! いいえ、何でも無いわ。 じゃあ先刻の続きか あ、然うだ! 蓉子さま! …はい? 今度、由乃さんも一緒に鍛錬しても良いですか!? 由乃ちゃんも? はい! でも、令が。 いつも! 鍛錬している蓉子さまの姿を見ては、良いなぁ、って言ってるんですよ! だから! …分かったわ。 由乃ちゃんの体調の良い時に限って、なら。 本当ですか!? じゃ、この後にでも由乃さんに言っておきます! 屹度喜びますよ!! けれど。 令にもちゃんと伝えておいてね。 余計な心配をかけさせたくは無いから。 はい、勿論です!! わー、楽しみだなー!! …。 …? どうかされましたか?蓉子さま。 いえ、何でも無いわ。 でも…。 躰を動かしたから少し暑いだけ。 気にしないで。 …蓉子さまが然う仰るのなら。 さぁ、続きをしましょうか。 葵 ノ 言 ノ 葉 …聖。 …。 聖。 んー…。 朝よ、聖。 ……うん。 起きなさい。 …や。 聖、起きて。 う、ん…もう、一寸…。 …。 う〜ん…。 …はぁ。 …へへ…ようこぉ。 起きなさいって言ってるのが分からないの…!!! ぎゃ、ぎゃあぁぁ…ッ お早う、聖。 …耳鳴りが致しマス、蓉子さん。 お、は、よ、う。 お、お早うございマス。 宜しい。 あ、あの、毎度の事ですがお尋ねしても宜しいでしょうか。 何かしら。 矢張りもう、起きられるのでしょうか…? ええ。 もう少々、私とゆっくりしようとかとは… 微塵も思わない。 いや、其処を何とか。 何が何とか、よ。 蓉子とごろごろしたい。 凄くしたい。 …もう十分したでしょう。 朝のごろごろはしてない。 あのねぇ。 ねぇー蓉子ー。 もう少しだけ、ね?ね? 却下。 えー…。 朝餉を済ませたら子供達と鍛錬する約束をしているのよ。 子供たち? 其れって祐巳ちゃん以外にも居るって事? 由乃ちゃん。 由乃ちゃん? て、うちの由乃ちゃん? 他に居ないでしょう。 この間、祐巳と約束したのよ。 で、今日が其の約束の日ってわけ? 日にちまでは約束しなかったのだけれど。 じゃあ何で今日? 昨日、由乃ちゃん本人から言われたの。 明日、お願いしますって。 でも大丈夫なの? 本人曰く、此処のところ体調が良いみたい。 令は? 渋々、って感じだったけれど。 でも体調が良いのは令も認めてるから。 其れは直接本人に? ええ、討伐に行く前に。 へぇ。 だから貴女とぐうたらしている暇は無いの。 ぐうたらだなんて、ひどい。 私はただ蓉子と一緒に居たいだけなのに、其れなのに。 …一晩中、居たじゃないの。 だーかーら。 夜と朝とじゃ違うの。 朝はこう、枕元でまどろみながらお喋りしたり… はいはい、然うね。 また今度ね。 蓉子の今度は何時になるか全っ然分かんな… さぁ、聖もさっさと着替えなさい。 …うわぁ。 うわぁ? 蓉子の躰に陽の光が当たって、凄い綺麗…。 まさに東雲…? …馬鹿な事、言ってないで良いから。 大体、東雲は明け方を指す言 よっこいせ、と。 葉…で。 蓉子さん。 …着物、早く羽織りなさいよ。 其の前に。 は、ちょ、何…?! ぎゅう…と。 せ、聖、止め… 好き…好き。 ……。 蓉子、好き。 …もう。 蓉子は? …好きよ。 うん。 本当に、仕方の無い人なんだから。 でも素肌の方が気持ち良いでしょ?。 然う言うことが言いたいんじゃない。 じゃ、何が言いたいの? …ね。 もう、良いでしょう…? やだ、もう少し。 …せ 蓉子。 …何。 少し、痩せたね。 …。 …ここのところ、ずっと忙しくしてるでしょう? あまり無理をしては駄目だよ? …誰かさんが。 当主としての仕事をちゃんとしてくれれば、問題無いのだけどね。 ……考えとく。 あと。 夜もほどほどにしてくれると助かるんだけど? いや、其れは、其れなり、に。 昨夜だって二回位しかしてない、し…。 だけれど。 しつこかったのはだぁれ? …私、です。 でもさ、其れは蓉子が…。 私が、何かしら? あ、いえ、凄く可愛かったから。 つい、てやつです。はい。 …ばか。 うん、知ってる…。 …だからって。 駄目よ、もう。 …むぅ。 さぁ、聖。 …もう一寸、蓉子さんといちゃいちゃしてたいなー。 せーい。 はーい、起きまっす。 あー、今日の朝餉は何かなー、と。 私的には蓉子が良いんだけどなーと。 …あんまり莫迦みたい事ばかり言ってると。 殴るだけじゃ、済まさないわよ? ……あい、すみません。 ・ 『えい!』 『やぁ!』 『たぁ!』 ふむ。 子供は元気が一番、てね。 で。 どうして貴女が此処に居るのかしら。 いやいや、一寸した見学ですから。 気にしないでやって下さいな。 …由乃ちゃん。 はい、蓉子さま! 張り切っているのは分かるけれど。 少し力み過ぎているわ。 もう少し力を抜いて。 はい! それから配分を考えて。 無理は決してしないよう、令に言われているのでしょう? …大丈夫だって言ってるのに。 令ちゃんったら本当に心配性なんだから。 由乃ちゃん。 はーい、ちゃんと考えてやりまーす。 …えい! ……。 あはは。 今頃令は討伐どころじゃないかもねぇ。 笑い事じゃ無いわよ。 曰く。 あれこれ口出しするような事があったら、一生、口を利かないとまで言われてるらしいから。 ああ。 そん時の令の、へこたれて泣きそう顔が容易に想像出来るなぁ。 面白がって。 令の気持ちも考えなさい。 生憎、私は令じゃ無いから。 察しろ、と言っているの。 令は少し、過保護なのよ。 それだけ由乃ちゃんの事を大事に想っているのよ。 誰かさんが誰かさんを想ってた、みたく? 茶化さないで。 然うでなくても由乃ちゃんは一寸した疲れでも熱を出しやすいから心配なのよ。 其れにしたって心配し過ぎ。 由乃ちゃんは確かに虚弱かも知れないけど、私達が思うよりも弱い子じゃないと思う。 其れは…然うなんだけど。 あの子は甘やかされるばかりを良しと思ってない…ように見える。 今だってほら、蓉子に言われた事をちゃんとやろうとしているじゃない。 …祐巳。 はい! 以前より大分良くなったわ。 其の調子。 …! はい、頑張ります…! んで。 蓉子には然う、見えない? 見えるわ。 今は、始めた時より、息の使い方を考えて動いているもの。 はは、でしょう? あの子は頭が良いのよ。 うん。 だから。 自分でちゃんと考えられる。 ただ…。 過剰になり過ぎるのを制御してやる人が必要。 ま、其れが令の役なんだけどねー。 は…は…。 由乃ちゃん、大丈夫? …これくらい、へいき、で、す。 …由乃さん。 滅茶苦茶、息が切れてるよ。 祐巳さんまで。 大丈夫よ…少し休めばこれぐらい、へっちゃら…なんだか、ら。 …ふぅ。 聖。 んー? 頼みがあるのだけれど。 うん、何々? 愛しの蓉子ちゃんの頼みなら大抵聞くよ。 お茶、淹れてきて。 …えー。 聞いて呉れるのでは無かったのかしら。 いやだってお茶って。 夏のような茹だる暑さが無くても、喉は渇くものなのよ。 寧ろ寒さで渇きをあまり感じない分冬の方が厄介、と言い換える事も出来るわね。 今は春先だよ。 例え、よ。 ふぅん。 で、どうするの。 淹れてきてくれるの、くれないの? はっきりして。 …へーい。 んじゃ…イツ花ー、イツ花やーい。 一寸。 私は貴女に頼んだのよ。 で、頼まれた私はイツ花に頼んだっと。 はいはい、何でしょうか。 当主様。 お茶を頼むよ。 此処に居る四人分、ね。 はい、分かりました! あったかいのが宜しいですか? うん。 良いよね、二人とも。 私はどちらでも良いです。 由乃さんは? 私も…でも、あまり熱く無い方が、良い…かな。 蓉子さまは如何なさいます〜? 私もどちらでも構わないわ。 …あ、でも待って。 身体を冷やさない為には温かい方が良いわ。 はい、承りました! ごめんなさいね、イツ花。 元はと言うと私が、聖に、頼んだ事だったのに。 うわ。 えらく強調してるし。 良いんですよぉ〜。 今、淹れてきますからね、一寸待ってて下さいませ〜。 有難う。 しっかし。 良い天気だねぇ、今日は。 どくだみ茶も美味しい。 顔、渋いわよ。 …くそう、苦手だどくだみ茶。 てかイツ花、私が好きじゃないのを知ってるくせに。 身体には良いのよ。 三毒を消す、また漢方では十薬とも呼ばれているくらいだから。 でもこの匂いがやーだー。 贅沢言わない。 幾ら裏の山で良く採れるからって。 大量に摘んどき過ぎだよ、蓉子。 あら、良いじゃない。 お陰でこの季節になっても飲めるのだから。 蓬茶の方が未だ良かったな。 蓬ならお餅にした方が好きだわ。 餡子が入ってなければ聖も食べられるし。 嫌いじゃないだけ。 兎に角、お茶ならどくだみよか蓬の方が未だ良い。 はいはい。 祐巳、貴女は未だ少し重心にぶれがあるわ。 …しっかし、本当に良い天気だねぇ。 風は…未だ冷たいけれど。 由乃ちゃん、由乃ちゃん先ずは腕の振りを。 ねぇ、蓉子。 一度癖がついてしまったらなかなか直らないし直せないから。 少しずつ、進んで行きましょう。 空を越えて、伝わる気持ちってあるのかな…。 さて、講釈と休憩は此処までにして。 二人ともそろそろ再開しようと思うのだけど。 はい!私はいつでも良いです! 由乃ちゃんは? 若しもきつかったら無理をしないで… 大丈夫です、蓉子さま。 これぐらい、まだまだ平気へっちゃらです。 然う。 でもくれぐれも無理をしては駄目よ? はい、分かってます。 じゃあ… よーうーこーーー! 何よ、騒々しいわね。 蓬茶ならどんなに騒いでも無いわよ。 いや、蓬茶じゃなくてだね? 折角私が今、ほんのり浪漫的な事を言ったのにー、て。 ああ、はいはい。 然うね、良い天気ね。良かったわね。 ちっがーう! 折角のお天気なのだから、散歩でもしてきたらどう? 絶好の散歩日和だと思うけど。 あ、確かに。 天気も良いし、陽気も良いしで絶好の…て。 さぁ、二人とも。 先刻の続きから始めましょうか。 『はい!!』 では先ず… よーーうーーーーこーーーーー!!! はいはい。 迷子にならない程度に、且つ、日が暮れるまでには帰ってくるのよ。 帰って来なかったら、如何に偏食家な当主と言えど、夕餉抜きだから。 えー其れは困るなー。 て、然うじゃ無くってー! 由乃ちゃん。 先刻と比べると腕の振りが良くなってきているわ。 もう一息と言うところね。 は、い…! よぉーーーーーうぅーーーーーこぉぉーー…!! …だから。 五月蝿いって言ってるの。 何なのよ、先刻から。 ねぇ、蓉子さん。 何よ。 あの空を越えて… 言葉にして伝えた方が手っ取り早いわよ。 …うわぁ。 何、其のうわぁって。 夢も浪漫も無いですよ、蓉子さん。 其れは悪かったわね。 で、話は終わり? と言うか、終わっちゃったよ。 見事なまでに終止符を打たれちゃったよ。 蓉子の一言で。 あ、そ。 …うう。 ひどい、ひどいや…。 はいはい、然うね。 ひどいわね。 と言うか邪魔しないで。 …何と言うか。 蓉子さんって結構冷めていると言うか、現実的と言うか。 褥の中だとあんなに可愛いのに…。 当主様。 うん、何?祐巳ちゃん。 あ、若しかして蓉子に苛められて傷心な私を 当主様も一緒に鍛錬したらどうですか。 じゃないと、頭だけで無くて、体まで鈍ってしまいますよ。 …てか。 頭だけで無くて、てどう意味かな? そのままの意味です。 若しかして理解出来ませんでしたか、すみません。 ……何と言うか。 あの純真で可愛かった祐巳ちゃんがいよいよ祥子の、或いは蓉子の黒さが 祐巳。 当主 〈アレ〉はこの際放っておいて良いから。 集中して。 はい、蓉子さま! …屹度。 蓉子のお腹の中は真っ黒なんだ…。 …。 だから何れ、祐巳ちゃんも 聖。 …。 言葉は言の葉、言霊が宿り、想いもまた、言の葉に宿る。 …だから、何。 …例えば好きと言われたら。 嬉しい、と思わない? …。 それとも聖は… 思う。 凄く思う。 特に自分の好きな人から言われたら格別。 …詰まりは然う言う事なのよ。 …。 空を越えて伝える前に。 言葉でちゃんと好きと言ってくれた方が私は… …私、は? 嬉しいと、思うわ。 でも若しも離れてしまったら? 離さないと、貴女はいつも言ってるじゃないの。 若しもだよ。 手紙を送るわ。 逢いに行く事だって。 所在が分からなかったら? 其の時は…探して見つけるわ。 探しても見つからなかったら。 見つけるわよ。 …。 この耳で聖の声を、どんな小さい声でも辿って。 ……。 分かった? …と言うより。 蓉子が言うとやたらに説得力があるのは何故かしら。 さぁ、何故かしらね。 己の胸に手を当てて考えてみたらどう? む…。 さ、もう良いわね。 大人しく、其処で見て、て… …蓉子? …。 蓉子…! 中 |