-EGO(現世1)





   ……みんながしあわせになんて、なれるわけ、ないのに。


   うん、何か言った?


   いいえ、何も。


   ふぅん。


   ……なに。


   小難しいことでも、また、考えていたんだろう?


   いつもみたいに言わないで。


   然うだね、いつもではないね。


   ……ちょっと。


   あたしの腕の中だと、とろとろに……然う、ゆうべも


   ……。


   いった……ッ!


   向こう一ヶ月、お預けを喰らわせてあげても良いのだけれど。


   それは、困る。
   と、言いたいところだけど。


   ……。


   ……それは、それで。


   はぁ……。


   焦らされた分だけ……ね。


   ……止めて、本当に喰らわすわよ。


   良いよ……でも、覚悟はしておいた方が良いかな。


   ……覚悟、ですって?


   亜美ちゃんなら……言わなくても、分かるだろ?


   ええ、分かるわ……。


   ……それに、お預けを喰らうのは何もあたしだけじゃない。


   私も、同じだと……?


   ……お互い、どこまで我慢出来るかやってみようか。


   ……。


   痛い。


   ……まこちゃん。


   ん……はい、ここまでにしておきます。


   はぁ。


   だけど、本当に何を考えていたんだい?
   ここ、皺が寄ってたけど。


   小難しいことではないわ。


   根に持ってる。


   持ってません。


   亜美ちゃん。


   此処の整理、今日中に済ませてしまいたいの。
   邪魔をするのなら、


   邪魔は、していない。
   ただ、聞いているだけだよ。


   ……時間の無駄よ。


   無駄ではないよ。


   そんなことよりも、


   知りたいんだ。亜美ちゃんのことが、大事だから。


   ……勝手だわ。


   ごめんね。


   ……。


   ん、その本、結構傷んでるね。染みも大分ありそうだ。
   いつ頃の本なんだい?


   ……私達が未だ、学生と呼ばれていた頃のものよ。


   それは、また……と言うか未だ、残ってたんだ。


   何処かに紛れてそのまま、だったのでしょうね。


   ずっとかくれんぼしてたってことか、なかなか頑張ったねぇ。


   かくれんぼでは、ないわね。


   だけど、ずっとひとりで隠れてて寂しかったろう?
   これからは


   まこちゃん。


   遊び心は大事、だろ?


   あなたの場合は


   それにしたって、紙の本なんて久しぶりに見たよ。
   ね、ちょっと貸して。


   ……。


   いや、そんな警戒しなくても。
   大丈夫だって、切ったり破ったりはしないから。


   ……力、加減してね。


   するよ……って、あたしをなんだと思っているのさ。


   気は優しくて、力持ち。
   誠実で真面目、一途だけれど少しこどもっぽい。


   力持ちのところ、強調したよね。


   装丁が、弱っているのよ。
   ちょっとした力でも、崩れてしまうかも知れない。


   ふむ……じゃあ、小指くらいの力加減なら良いかな。


   ……どれくらいなの、それ。


   こうび……小指くらい、だけど。


   どれくらいかいまいち分からない上に、言い間違えが酷いわね。


   ちょっと口が回らなかっただけだよ。


   ……ふぅん。


   うーん、確かに装丁が弱ってるなぁ。
   これは、下手に触らない方が良いかな。


   ……。


   それで、どんな内容だったんだい?


   ……どうして?


   ぱらっと、読んでみたんだろ。
   それで、何かを呟いた。


   ……。


   大した内容ではなかった?
   それとも、眉間に皺が寄るような内容だった?


   取るに足らない内容、よ。


   と、言うと。


   ただの恋愛小説。
   頭がお花畑の。


   それはまた、どうしてこんな所に。
   そもそも誰の本だろう。


   あなたのものではないの?


   え、なんであたし?
   違うよ、こんな本は持ってなかった。


   忘れてるだけ、じゃなくて?


   いや、本当に知らないよ。
   逆に聞くけど、亜美ちゃんは憶えていないの?
   うちにあったとしたら、亜美ちゃんこそ、憶えてると思うんだけど。
   小説からレシピ本、雑誌まで、全部、読んでたんだから。


   知らないわね、見たこともない。
   けれど、私が知らないだけで


   本当に知らないって。
   大体、頭がお花畑の恋愛小説なんて……


   美奈子ちゃんに借りて読んでたわよね。
   然う、恋に恋する乙女の頃に。


   よ、読んでたは、いたけど……。


   憧れてたわよねぇ、良く。


   ……若気の至りって、言うじゃないか。


   若気の至り、ねぇ。


   亜美ちゃんだってあったろ、若気の至りぐらい。


   私?


   然うだよ、あたしと付き合い始めた頃とか、なかなか素直になれなくてさ。
   それで結構、空回って


   然うね。


   ……う。


   素直になれなくて、本当に可愛くない女だったわ。
   ま、それは今もでしょうけど。


   いや、可愛くないとは言ってない……。


   それで、この本のことだけれど。


   ……話の戻し方が強引。


   なぁに?


   いや、なんでも。
   で、どうするの、この子。


   遺物として保管、内容はコンピューター内に保存するのが正しいのかも知れないけれど。
   レイちゃんと相談してみるわ。


   保存して呉れたら、あたしも読めるかな。


   やっぱり興味があるんじゃない。


   恋に恋するなんてもう、ないしね。
   学生の頃の気持ちをちょっと、思い出してみようと思って。


   思い出して、どうするのよ。


   いや、思い出せたらさ……ちょっとした刺激くらいには、なるかも知れないかなって。
   ほら、マンネリ化を予防する為には、たまには、然う言ったものも必要だって言うだろう?


   誰が?


   世間一般が、とか?


   どんな刺激なの。


   この場合は学生だった頃の……然うだな、初々しさ、とか?


   私は付き合わないわよ。


   うん、ほんの少しだけでも良いから考えてみて欲しかったな。


   考えるまでもない。
   大体、もう無理よ。学生の頃、の……


   ……。


   ……遊んでいる暇は、ないのだけれど。


   亜美ちゃん。


   ……まこちゃん。


   好きだよ。


   ……だから。


   好きなんだ、亜美ちゃんのことが。


   ……。


   だから亜美ちゃん、あたしと……む。


   時と場合を、考えて。


   ……今じゃなきゃ、良い?


   知らない。


   あ、良いんだ。
   じゃ、今夜にでも。


   思い出せたとしても、学生の頃のようには振る舞えない。
   私も、あなたも。


   ……変わらず、真面目だなぁ。


   あの頃にはもう、戻れないわ。


   そりゃ然うさ。戻れるわけ、ない。


   だから真似事をすると言うの?


   真似事と言うか……懐かしむと、言うか。


   ……そんなことをして、何になると言うの。


   少なくとも、あの頃の気持ちを思い出せる……かも、知れない。


   だから、思い出せたところで……、


   ……。


   ……ん、……。


   …………好きだよ、亜美ちゃん。


   まこちゃ……ん、……っ。


   ……。


   ……も、ぅ。


   ん……顔、赤くなった。


   このまま、ふざけているようなら……。


   ……ふざけては、いない。
   あたしはいつだって、本気だよ……。


   ……。


   ……今夜、どう?


   ……。


   いったぁ……ッ。


   ……邪魔だから、出て行って。


   あ、や、ごめんって。


   知らない、ばか。


   あ、ほら、亜美ちゃん、本が壊れちゃうよ。
   そっと、そーっとね?


   ……。


   うん、然う言うところは変わらず可愛いね。


   まこちゃん、いいかげんに


   亜美ちゃんは、しあわせ?


   ……なに、急に。


   急に、聞きたくなった。


   ……そんなの。


   そんなの?


   ……しあわせだと思っているわ、一応。


   一応、なんだ。
   と言うことは、あたしの頑張りが足りてないってことだな。


   ……まこちゃんは、どうなの。


   あたし?
   あたしはしあわせだよ。


   ……軽い。


   重く言えば良い?
   あたしは、しあわせだよ。


   ……声が低くなっただけじゃない。


   どちらにせよ、真剣に言ってることには変わりない。


   ……。


   お花畑かな、頭の中。


   ……少なくとも。


   少なくとも?


   ……恋に恋する乙女では、ないわね。


   はは、然うだろう?


   ……はぁ、なんだか疲れたわ。


   お。
   じゃあ、少し休もうか。


   片付け、進んでない。


   そんなことないよ。


   そんなこと、あるわ。
   予定ではもっと進んでいる筈だったのに。


   予定は未定、想定外もつきものってね。


   ……。


   はい、ごめんなさい。


   ……お茶、貰えるかしら。


   喜んで。


   ……。


   はい、どうぞ。


   ……ありがとう。


   どういたしまして。


   ……はい、これ。


   ん?


   ……貸して欲しかったんでしょう。


   あぁ……でも、もう良いや。


   良いの?


   うん。


   ……そ。


   はぁ……おいし。


   ……ねぇ、まこちゃん。


   ん、なんだい?


   ……しあわせって、何かしら。


   んん?
   それは哲学的な質問?


   然う言うものではないわ……ただ、思っただけ。


   ふむ……しあわせ、かぁ。
   それは、ひとによって違うからなぁ。


   ……まこちゃんと、私も。


   亜美ちゃんが思うしあわせ、あたしが思うしあわせ……その形は、若しかしたら、今でも同じものにはなっていないかも知れない。
   それでも、想いを重ねて、何度も深く重ねて……ふたりで一緒に生きていたいと、今でも、思っているから。


   ……。


   ん、亜美ちゃん……?


   ……少しだけ、このままで。


   うん……。


   ……みんながしあわせになれるって、どういう世界なのかしらね。


   みんながしあわせに……?


   ……みんなって、だれ。


   ……。


   星に生きるすべてのひとのこと、だとしたら……そんなのは到底、無理な話だわ。


   ……誰かにとってのしあわせは、誰かにとってのふしあわせ。


   ……。


   まぁ、無理だよね……みんなが、しあわせになるのは。
   それでも然うしたいのなら……頭の中を、弄るしかない。


   ……この中で語られている「みんな」とは、あくまでも、主人公側の限られた者達のことだけ。
   然うでない者達は、そこには入らない、入れては貰えない……。


   ……。


   ……彼等のしあわせについては、誰も何も言わないの。
   だって、どうでも良いことなんだもの……。


   ……。


   ……ただただ、残酷なだけだわ。


   亜美ちゃん。


   ん……まこちゃん。


   ……亜美ちゃんは、優しいね。


   私は……優しくなんか、ないわ。


   んーん、優しいよ……。


   ……優しいのは、いつだってあなた。


   あたしは、然うでもないよ……。


   ……ねぇ。


   ん……。


   ……私は、しあわせだわ。


   一応じゃ、なくて……?


   ……。


   あたしも……しあわせだよ。


   ……このしあわせは、ふたりだけのものなのね。


   然うだねぇ……あたし達のしあわせが、誰かをしあわせにするわけじゃないし……誰かをしあわせにしたいわけでも、ない。
   どこまで行っても、それはあたし達だけのものだ……。


   ……それでも。


   良いと、思うよ……ううん、それで良いんだ。


   ……私達、勝手ね。


   あぁ、本当に……ね。


   ……あなたと、しあわせでいたいわ。


   うん……あたしも、しあわせでいたい。
   亜美ちゃんと、ふたりで……ずっと。


   ……。


   ……片付け、再開する?


   然う、ね……。


   ……じゃ、やろうか。


   ねぇ。


   ……ん?


   …………。


   なぁに……?


   ……今夜。


   ……。


   ……あの頃のようにはもう、振る舞えないけれど。


   はは……。


   ……いやなら、ん。


   やっぱり亜美ちゃんは可愛いなぁって、思っただけだよ。








  -Melting(現世2)





   ……亜美ちゃん。


   ん……まこちゃん。


   ……いい?


   うん……。


   ……。


   ……は、ぁ。


   あみちゃん……。


   ……あ。


   すきだよ……だいすきだ。


   や、だめ……。


   ……。


   ……み、み……は。


   すきだろ……ここ。


   そ、そんなこと……っあ。


   ……。


   や、いや……あ……ぁ……。


   ……かわいい。


   まこ、ちゃ……ん、ん……。


   ……。


   ……。


   ……あみちゃん。


   はぁ。


   ……え。


   ……。


   あ、あの……あみ、ちゃん?


   ……。


   な、なにか、かんがえてたり、する……?


   ……え、なにが?


   いや、その、はんのうが、きゅうに……。


   ……あぁ。


   そ、そんなに、いやだった……?


   ……。


   そ、それとも、今日はそんな気分じゃ、なかった……?


   ……きもちが、いいわ。


   え。


   きもちが、いいの……。


   あ、あぁ……。


   それに……そんな気分じゃ、なかったら……応じて、ないわ……。


   そ、そう……なら、いい、けど。


   ……しないの?


   し、していいの……?


   ……どうして?


   い、いいのかなって……。


   ……なえて、しまった?


   な……っ。


   そしたら……ごめんなさい、わたしのせいね。


   そ、そういうわけじゃ……ぜ、ぜんぜん、なえてなんか、いないし。
   むしろ、する気、まんまん、だし。


   ……満々?


   あ。


   ……ふふ、まこちゃんったら。


   は、ははははは……はぁ。


   ……。


   ん、あみちゃん……。


   ……どうして、こんなにきもちがいいのかしら。


   え、えと……。


   あなたにふれられるたびに……しらなかったじぶんを、しるようで。
   ねぇ、どうしてかしら……。


   いや、あたしに、きかれても……。


   ……そう、よね。
   これは、わたしのもんだい、よね……。


   問題って程のものじゃ……と言うか、そんなに難しく考えなくてもいいんじゃないかな……。


   むずかしく……。


   す、好きなひとに、ふれられたら……気持ちが、いいものなんじゃ、ないのかな……あたしも、そうだし……。


   ……。


   あー……。


   ……でも、世の中には好きじゃないひととも関係を持つひとがいるわ。
   そのせいで婚姻関係が破綻する場合も……いえ、この場合は好意があるのかしら。


   それはいわゆる、二股ってやつだと思うよ……。


   ふたまた……。


   けど、それは一部のひとのことであって……。


  ……好きではないひとに触れられても、気持ちがいいものだと、仮定して。
   いいえ、そもそも、気持ちの良さを優先、或いは前提としていない場合も……精神の安定? それとも、痛み?
   痛みを望むひとなんて、居るのかしら……行き過ぎるとそれはただの暴力で……性暴力は、心の殺人だとも言われているし……。


   あ、亜美ちゃん、もうちょっと単純に考えよう……?
   ね……?


   ……ねぇ、まこちゃん。
   まこちゃんは、好きじゃないひとと


   あたしは好きなひととしかしないし、好きなひとはひとりしかいない。


   ……。


   絶対にしないししたいとも思わないしあたしが気持ちがいいと思うのは亜美ちゃんだからであってとにかく他のひととなんてしない絶対にしないしたくもない。


   ……はやくち。


   はぁ……あみちゃん。


   なに……?


   一度、躰を起こそっか……。


   ……つづき、しないの?


   したいけど……。


   ……なえ


   然うじゃなくて、ちょっとだけ話そうってこと。
   ね?


   ……う、ん。


   ……。


   え、と……まこちゃん。


   ……。


   気を悪くさせたなら……その、謝るわ……ごめんなさい……。


   ねぇ、亜美ちゃん。


   ……なに。


   あたしも、聞くけど。


   ……うん。


   亜美ちゃんは好きじゃない……恋人であるあたし以外のひととしたいと思う?
   たとえば……えーと、誰だっけ。


   ……?


   んー……。


   まこちゃん?


   亜美ちゃん。


   なに。


   ……やっぱ、いい。


   気になるわ。


   本当にいいんだ。
   それよりも、あたし以外のひとと


   思わないわ。
   思うわけ、ないでしょう。


   あ、うん。良かった。


   ……。


   ……拗ねてる?


   ばか。


   いや、でも先に亜美ちゃんが……


   ……。


   二度と言いません、ごめんなさい。


   ……。


   ええと……亜美ちゃんは、さ。


   ……なに。


   気持ちが良くなるの、実はあんまり好きじゃない?


   ……え。


   好き?
   それとも、好きじゃない?


   ……わからない、けど、たぶん、すきだとおもう。


   分からない上に、たぶん、か……。


   ……。


   ……するの、しばらく止める?


   え、どうして。


   亜美ちゃんが納得出来る答えを見つけるまで……その方がいいのかなって。


   ……。


   ……。


   ……それじゃあ、見つからないわ。


   うん……?


   それじゃあ、見つけられなくなってしまう……。


   わ……。


   ……確かに、私の問題ではあるけれど。
   でも……でも。


   あー……亜美ちゃん?


   ……。


   あたしは今、亜美ちゃんとキスがしたいと思っているけど……どうしてだと、思う?


   ……どうして、かしら。


   好きだからと言うのもあるけど、亜美ちゃんとするととても気持ちがいいからってのもある。
   あと、心が満たされるし、しあわせって思うし、それから、えと……えと。


   ……。


   と、とにかく。
   好きなひとに触れたり、触れられたりしたら、気持ちがいい。
   それで、いいんじゃないかな。


   ……。


   だ、だめ……かな。
   だめ……だよね。


   ……ふふ。


   は、ははははは……。


   ……そうね、それで良いのかも知れないわ。


   は?


   私は……まこちゃんのことが、好きだから。


   う、うん……。


   まこちゃんに触れられると……気持ちが、良くて。
   だから、もっと、触れて欲しい……もっと欲しいって、こころが、いうの。


   ……。


   ……きっと、それでいいんだわ。
   そう……それだけで、いいんだわ。


   ……。


   ねぇ……そうでしょう?


   うん……そうだよ……。


   ……ん。


   ……。


   ……ねぇ、まこちゃん。


   な、なんだい……。


   ……きもちよく、なりたいわ。


   あ、あぁ……。


   だから……つづき、する?


   ……っ。


   ……しましょう?


   あ、あみちゃん……っ。


   きゃ……。


   ……あみ、ちゃん。


   まこ、ちゃん……。


   ……はぁ。


   ……。


   ……いい?


   う、ん……。


   ……。


   ……こんどはもう、とめたりしないわ。








   ……あみちゃん。


   ん……まこちゃん。


   ……だいじょうぶ?


   ……。


   ちょっと、むりをさせちゃったかなって……。


   ……ううん、だいじょうぶ。


   そっか……なら、よかった。


   ……きもち、よかった。


   ん……?


   ……まこちゃん、は?
   その……きもち、よかった?


   うん……きもちよかったよ。


   ……そう。


   ふふ。


   ……なぁに?


   なんども、しているのになぁって。


   そうね……だけど、もしかしたら、だいじなことなのかもしれないわ。


   ……だいじなこと?


   あたりまえにしては、いけないんじゃないかしら……。


   ……ふむ。


   わたし、へんなこと、いってる……?


   ううん……へんじゃないよ。


   そう……?


   ……うん、ぜんぜんへんじゃない。


   そう……なら、よかった。


   ん、あみちゃん……。


   ……もうすこし、こうしててもいい?


   もちろん……。


   ……。


   あたりまえにしちゃだめ、か……。


   ……?


   ほんとうに、そのとおりだなって……。


   ……ん。


   きもち、いい……?


   ……うん、きもちいい。


   ……。


   ふふ、ふふ……。


   ……ごきげんだね?


   そうかしら……ううん、そうね……。


   ……。


   あのね……ひどく、きぶんがうわついているの……どうして、かしら……。


   ……うれしいから、じゃないかな。


   うれしい……でも、それだけじゃないの……なにかしら……。


   それじゃあ……しあわせ、とか?


   しあわせ……。


   ……こころが、いっぱいになってない?


   なってるわ……まこちゃんで、いっぱいになってる……。


   あたしで……?


   ……なんだか、ふわふわしてるみたい。
   ふふ、ふふ……ちょっと、おもしろいわ……。


   えと……おべんきょうの、ことは。


   おべんきょう……?


   ……いつも、かんがえているだろ?


   あぁ……。


   あみちゃんのあたまのなかから、なくなることなんて……


   ……ふふ。


   あみちゃん……?


   それがね、じぶんでも、おかしくて……。


   ……おかしい?


   だっていつも、おべんきょうのことばかりかんがえていた、わたしがね……。
   いまは、ちっとも、かんがえていないの……こころのかたすみにさえ、ないのよ?
   ううん、まこちゃんにだかれているときは、いつもどこかにいってしまうのだけれど……それに、したって。


   ……。


   ね、おかしいでしょう……?


   ……。


   ……?
   まこちゃん……?


   ……いや、うれしくて。


   うれしい……?


   ……あたし、こんなにだれかにおもってもらうことなんて、なかったから。
   はじめて、だから……。


   ……。


   あぁ、なんだかなけてきちゃった……へへ、かっこわるいなぁ。


   ……。


   ん、あみちゃん……。


   ……すき。


   ……。


   だいすき……。


   うん……あたしもすき、だいすき。


   ……ね、まこちゃんのこころは。


   とっくのむかしに、いっぱいだよ……あみちゃんのこと、で。


   ……。


   ……うれしい?


   …………うん。


   よかった……。


   ……。


   きょうは、ずっと、こうしていようか……。


   ……ううん、それはむりよ。


   そっか……そうだよ、な。


   だって……おなかが、すいちゃうもの。


   おなか……。


   ……でしょう?


   はは……それは、そーだ。


   ふふ……。


   ……あぁ、もう。


   ん……。


   かわいいなぁ、あみちゃん……。
   こんなかわいいこが、あたしのことを、すきになってくれただなんて……。


   まこちゃん……ちょっと、くるしいわ……。


   はは、ごめん、ごめん……。


   ……ねぇ、まこちゃん。


   なんだい……?


   ……て、かしてもらってもいい?


   いいよ……はい。


   ……。


   ……あたしのて、なにかきになる?


   やっぱり、おおきいわ……。


   ……あぁ、そういうこと。


   ゆびも、わたしのより、ずっとながい……。


   ……あたしさ、じぶんのて、きらいだったんだ。


   どうして……?


   でかいおんなはきらいだって、いわれて……それに、けんかもしてたし。


   そんな……こんなにすてきなてなのに……。


   だからね……あみちゃんのおかげなんだ、すきになれたのは。


   ……わたしの。


   あみちゃんが、すきだといってくれるから……あたしは、あたしのてを、すきになれた。


   ……。


   ……ありがとう、あみちゃん。


   ……。


   ……?


   ……すきよ。


   あ、あみちゃん……?


   ……だいすき。


   え、あ……。


   このて、も……。


   ちょ、ま、まって……。


   ……このゆびも、だいすき。


   まだ、あらって……う。


   ……ふ、……。


   ぅ、わ……。


   …………。


   あみ、ちゃん……。


   ……あの、ね。


   な、に……。


   ……いままでで、いちばん、きもちよかったの。


   それっ、て……。


   ……きっと、かんがえるのを、やめたから。


   ……。


   むすかしいこと、かんがえるのを、やめて……あなたのことが、すきって……ただ、それだけ……。


   は、ぁ……。


   ……こたえは、すぐそばに、あったのね。


   ねぇ、あみちゃん……もぅ。


   いや……?


   ……いやじゃ、ない。


   ……。


   その……きもち、よすぎて。


   ……なら、いい?


   いや、だから……。


   ……ほんとう、に。


   あ、ぅ……。


   ながくて…………きれいな、ゆび……。


   ま、ず……。


   ……ん、……ふ……。


   ……。


   ……。


   ……ごめん。


   ……?
   まこ、ちゃん……?


   ちょっともう、むり……。


   ……。


   わざと……いや、わかってないところが、ほんとうに。


   いや、だった……?


   ……いやじゃ、ないよ。


   ごめんなさい……もう、しないわ。


   ううん、していいよ……して、ほしい……。


   ……して、いいの?


   うん……でも、いまはちょっと。


   ……ぁ。


   あみちゃん、ごめん……しても、いい?


   ……。


   いや、かな……?


   ……ううん、して。


   ……。


   ……まこちゃんが、ほしいわ。


   あぁ……。


   ……。


   これで、わざとじゃ、ないとか……。


   ……すきよ、まこちゃん。


   ……。


   だいすきなの……。


   ……ごめん、あみちゃん。


   え……。


   ……また、むりさせちゃう、かも。


   ……。


   ごめん、ね……。


   ……ね、まこちゃん。


   ……。


   ……あなたの、すきにして?


   ……ッ。


   すきに、されてみたいわ……。


   ……そんなこと、いわれたら。


   されて、みたかったの……だから。


   ……。


   ……ね。


   …………ほんとうに、するよ。


   うん……。


   ……とちゅう、で。


   やめないで。


   ……。


   あ、ん……。


   ……あみちゃん。


   まこちゃん……。


   ……。


   ……っあ。








  -心頼(現世・名字呼び)





   ……動物園、ね。


   水野さんが見たい動物はなんだい?


   これと言って、いないわ。


   じゃあ、好きな動物は?


   ……犬。


   犬?
   犬は、動物園にはいないなぁ。


   ……。


   ん、なに。


   ここに、いるわ。


   ……。


   よしよし。


   ……わん。


   ふふ、いい子ね。


   ……動物園、やめようか。


   どうして?
   行きたいのでしょう?


   あたしは、行きたいけど。


   じゃあ、行けばいいじゃない。


   だけど水野さんは見たい動物、これと言っていないんだろ?


   そうね。


   だったら……行っても、仕方がないじゃないか。


   仕方がないと言うことは、ないと思うのだけれど。


   けど、つまらないだろ。


   いいえ?


   見たい動物もいないのに?


   きっと、楽しいわ。
   動物を見てはしゃいでいるあなたを見ることが出来るだろうから。


   ……。


   いいこ、いいこ。


   わん。


   ふふ。


   ……いや、そうじゃなくてさ。


   私、動物園って行ったことがないの。


   え、そうなの。


   ええ、そうなの。
   やっぱり、珍しいかしら。


   いや、まぁ、動物に興味がないのなら、ねぇ。


   そういう発想がなかったみたいよ、うちの親には。


   ……。


   まぁ、ひとりで行けば良かったんでしょうけど。
   動物園に行く時間があるのなら、お勉強している方が良かったし。


   ……。


   これを機に、好きな動物を見つけてみようかしら。
   犬以外で。


   ……わん、わん。


   お手?


   わん!


   ふふ、楽しいわ。


   ……それは、良かった。


   ね、木野さんの好きな動物はなぁに?


   あたし?
   あたしは……。


   ……?
   なに?


   猫、かな。


   猫?


   そう、猫。
   小さくてかわいいだろ、猫って。


   ……月野さんの黒猫?
   それとも、愛野さんの白猫……?


   どちらも、嫌いではないよ。
   でもあの二匹はあんまり猫っぽくないから。
   喋るし、猫と言うより宇宙人みたいな感じがする。


   間違いではないわね。


   だろ?


   猫って、動物園にいるの?


   いないよ。


   ……。


   ん、なに?


   ……その手は、なに。


   猫って、顎の下を撫でてあげると喜ぶんだよなぁって。


   ……猫って、引っ掻くのよね。


   犬だって、噛み付くけど。


   ……。


   わ……。


   ……にゃあ。


   ……っ。


   ……これで、満足?


   か、かわ……。


   それで


   水野さん、もうい


   いや。


   あたしは、何回も鳴いたよ。


   そうね、可愛かったわ。
   それで動物園はどうするの?
   私はどちらでもいいけれど。


   ……。


   ……。


   ……水野さん。


   にゃあ。


   ……!


   もう、いい?


   撫でても、


   だめ。


   ……そういうところが、猫っぽい。


   犬と猫の相性って、良いのかしら。


   え。


   どうなの?


   どうなんだろ。
   仲が良い子達もいるみたいだけど。


   そう、ならいいわ。


   ……。


   ……なに。


   ちょっとだけでもいいから


   いや。


   ……はい。


   ……。


   あの、水野さん……。


   しょんぼりしてても、かわいいわ。


   ……あぁ、そう。


   ……。


   やっぱり、動物園じゃない方がいいのかなぁ……せっかくの、初デートなんだし。


   どうして?


   だって、


   私は木野さんと行くのなら、多分、楽しいと思うわ。


   ……はしゃぐあたしを、見て?


   ばかね。


   あ?


   あなたと一緒だからに決まってるでしょう?


   ……。


   ふふ。


   ……最初からそう言ってよ。


   聞かれなかったから。


   また、そういう……。


   ね、行きましょう?


   ……うん、行く。


   木野さんは行ったことあるのよね。


   うん、小さい頃にね。
   それで、迷子になった。


   迷子に?


   はしゃぎすぎて、ひとりで突っ走って、気付いたら迷子になってた。
   それで、泣いちゃって……?


   ……。


   想像はしなくていいからね?


   ……かわいいわ。


   いや、だから、いいから。


   当たり前だけれど、今よりも小さかったのよね……。


   頭、撫でなくていいから……。


   ……。


   水野さん、戻ってきて。


   ……見てみたいわ、小さな木野さん。


   いや、そう言われても……。


   そうよね……残念だわ。


   ……ごめんね、大きくて。


   ……。


   え、なに……。


   ……腕、回して。


   あ、うん……。


   ……。


   ……水野さん?


   これは……今のあなただから、出来ること。


   ……。


   だから……私は、今のあなたが好きよ。


   ……うん、ありがとう。


   ……。


   ね、せっかくだからこのまま……あー。


   ずっとだと、疲れてしまうでしょう?


   うん、そうだね……。


   ……。


   ……ほんと、猫っぽいよなぁ。


   ねぇ、木野さん。


   ……なんだい。


   シロクマが、見てみたいわ。


   シロクマ?
   なんでシロクマ?
   と言うか、いきなりだね?


   なんとなく、そう思ったの。


   なんとなくで、シロクマ……いや、でも、分からないわけでもないな。


   そう?


   実はあたし、迷子になったのシロクマのところでなんだよね。


   ……。


   泳ぐシロクマが見たくて、さ。


   ……ふぅん。


   結局、見られなかったんだけど。


   見られると、いいわね。


   え?


   一緒に行った時に。


   ……。


   ……。


   へへ。


   ……なに。


   楽しみだなぁって。


   ……そ。


   水野さんは?


   ……そんなの。


   楽しみ?


   ……言わない。


   えー?


   ……。


   ま、いっか……。


   ……にやにやしないで。


   んー、ちょっと無理かなぁ……。


   ……。


   あ、そうだ。
   動物園の近くにね、おいしいあんみつ屋さんがあるんだよ。


   ……あんみつ屋さん?


   水野さん、あんみつ好きだろ?
   ね、行こうよ。


   ……行かない。


   水野さんと行きたいんだ。
   だから、ね。


   ……。


   ん、決まりだ。


   ……行くなんて、言ってないわ。


   でも、行くだろ?


   ……。


   お、と。


   ……腕。


   あぁ……これで、いい?


   ……。


   ……ね、おみやげは何がいいかな。


   おみやげ……?


   ……おそろいの、買おうよ。


   おみやげは、ひとに買ってくるものだわ……。


   ……自分に買ってきたって、いいんだよ。


   でも、どんなものがいいの……?


   ……動物園だから、動物のキーホルダーとかかなぁ。


   キーホルダー……。


   お揃いのものを買う……それだけ決めておいて、あとは見て決めようよ。
   ふたりでさ……。


   ……ん。


   ふふ……やっと、懐いてくれた。


   ……なつく?


   猫は、きまぐれだからね……。


   ……。


   ……ん?


   …………にゃあ。


   ……。


   ……。


   ……あぁもう、たまんない。








   ……木野さんって。


   うん?


   植物も、好きよね。


   うん、好きだよ。


   ……。


   気になる子でもいる?


   ……まるで、ひとのように言うのね。


   同じ命だからね。
   それに、会話も出来るんだよ。


   ……。


   何も言語だけじゃないだろ?
   コミュニケーション手段は、さ。


   ……そうね。


   安心するんだ、この子達に囲まれていると。


   ……私と、いるより。


   うん?
   なに?


   植物が好きなのに、植物園には行こうと思わないの?


   思うし、たまに行ってた。


   ……。


   植物園だけじゃなく、緑が多い所にも行ってたよ。
   ふらっと行っては、緑を眺めて帰ってくるんだ。


   ……。


   心がどんなに荒れていても……寂しくてどうにもならない時でさえ、植物に囲まれていると穏やかになれた。
   植物はいつだって、あたしの心を慰めてくれたんだ。


   ……ふぅん。


   植物園、一緒に行く?


   ……行かない。


   じゃあ、緑の多い


   行かない。


   ……興味、ない?


   ……。


   水野さん?


   ……私がいたら、邪魔でしょう。


   え、なんでそうなるの?
   邪魔だなんて、思うわけないだろ?


   ……。


   あたしは水野さんと一緒に行きたいよ。
   水野さんが行きたくないのなら、無理に誘ったりはしないけど。
   それでも行けるのなら、一緒に行きたい。


   ……ひとりで行ってたなら、それでいいじゃない。


   ひとりでもいいけど、水野さんと一緒の方が


   ひとりでもいいんでしょう?
   なら、いいじゃない。


   ちょっと待って、水野さん。
   なんでそんなに……


   ……。


   ……水野さん、若しかして、だけど。


   ……。


   不貞腐れて


   ないわよ、ばか。


   ……。


   ……。


   ……すごく、分かりやすい。


   ……。


   じゃあさ、動物園の次は植物園にしようよ。
   どこがいいかな。


   だから、行かないと


   植物園じゃなくても、新宿の御苑でもいいかな。
   今頃だと紅葉、金木犀、それからハナミズキの実が見頃だよ。


   木野さんひとりで


   水野さんと一緒に行きたいな。


   ……。


   一緒に行こうよ、水野さん。


   ……顔が、近い。


   水野さんと、一緒に行きたいんだ。


   ……ひとりでなくて、いいの。


   ひとりより、水野さんと一緒がいいよ。


   ……私と一緒に行っても、


   あたしだって、水野さんと同じなんだけどな。


   ……同じって。


   ばかだな。


   ……は?


   あ、すみません、ちょっと言ってみたかっただけです。


   ……それで、何が同じなの。


   あたしは水野さんと一緒なら、どこへ行っても、楽しいよ。


   ……。


   ね、同じだろ。


   ……ちょっと違うわ。


   あれ、違った?
   でも、同じようなものだろ?


   ……ひとりの時間も、大事でしょう。


   それは、そうなんだけどね。
   だけど、あたしはひとりの時間が長かったから。
   水野さんと過ごす時間をもっと増やしたいと思ってるし、そうなったらいいなとも思ってる。


   ……。


   ね、行こうよ……水野さん。
   一緒に行きたいんだ。


   ……行くのなら。


   うん。


   ……ひとがあまりいないところに、行きたいわ。


   ん、分かった。
   じゃ、そうしよう。


   ……。


   ん……?


   ……いつ、行っていたの。


   いつって……?


   ……やっぱり、いい。


   最近は、ずっと行ってないよ。
   なんせ、水野さんを追いかけるのに夢中だったからね。


   ……。


   そうそう、それでうちの子たちが拗ねちゃってさ。
   それはもう、大変だったんだよ。


   ……大変って?


   それがさぁ、聞いてよ。
   毎日欠かさず、お手入れして話しかけているのにさ。
   どういうわけだが、元気がないんだ。


   ……病気に、


   そう、病気になってるんじゃないかって、あたしもすごく心配した。
   だけど、どうやらそうじゃないみたいでさ……。


   ……それで?


   とりあえず、観察を続けてね……それである日、ふと気が付いたんだ。
   そういえばあたし、水野さんの話ばかり聞かせているなって。


   ……は。


   つまりね……嫉妬して、元気がなかったんだよ。


   ……それ、真顔で言っているけど、恥ずかしくないの。


   恥ずかしい?
   なんで?


   作り話、


   いや、これは本当の話なんだ。


   ……最近は、どうなの。


   最近は、元気だよ。


   ……私の話は、していないの。


   毎日、してる。


   ……嫉妬は、どこへ行ったの。


   どうやら、認めてくれたみたいなんだ。


   認めて?


   それどころか、水野さんが来てくれるとごきげんになってくれるんだ。
   だからもっと、来てくれると……


   ……。


   ん?


   ……大丈夫?


   あたしの頭はいたって、正常だよ。


   ……あぁ、そう。


   うん、そうだよ。


   ……はぁ。


   まぁ、作り話はこれくらいにして。


   やっぱり、作り話だったんじゃない。


   だけど、水野さんの話を毎日してるのは本当。


   ……なにを話してるのよ。


   内緒。


   ……。


   あ、いや、言ったら怒られそうで。


   ……言わなくても。


   あー……。


   ……どうせ、恥ずかしい話でもしてるんでしょう。


   や、分かってるなら……あ、そこは痛いから。
   抓るならもっと、違うところに……。


   ……。


   うー……。


   ……本当、木野さんって。


   す、少しくらい、いいじゃないか……他に話す相手が、いな


   他に話したら、許さないわ。


   だ、だから、そんなのいないって……。


   ……。


   あ、だめ、そこはだめ。


   ……。


   水野さん、顔、顔が笑ってる。


   そうかしら。


   楽しくなって、きてる、だろ。


   ええ、楽しいわ。


   や、だから、ひぁっ。


   ここ、弱いのよね……。


   だ、だめだって!


   ……。


   や、だから……あぁ、もう……!


   ……あ。


   ……。


   ……びっくり、するじゃない。


   調子に乗った水野さんが、悪い。


   ……。


   痛くは、なかったろ。


   ……なかった、けど。


   それじゃ……少しだけ、仕返しを。


   ……や、だめ。


   聞かない。


   だめ、だと……。


   ……。


   ん……っ。


   ……うん、きれいについた。


   ……。


   痛い。


   ……ばか。


   ひとつしか、つけてないよ。


   そういう問題じゃない。


   もっとつけて欲しかった?


   そんなわけ、ん。


   ……。


   ……きのさん。


   本当はもうひとつ、つけたかったんだけど。


   ……。


   いたい。


   ……どいて。


   うん、いますぐに。


   ……。


   ねぇ、水野さん。


   ……。


   あらゆる葉が花である秋は、二番目の春である。


   ……アルベール・カミュ。


   秋が終わってしまう前に、行きたいね。


   ……。


   春もいいけど、秋もきれいなんだ。
   水野さんと一緒なら、もっと。


   ……木野さん。


   ん、なんだい?


   ……。


   え、と?


   ……なんで分からないの。


   なんとなく、浮かんでいる答えはあるのだけれど。
   水野さんが望んでいることかどうかは、分からない。


   ……思いついている答えがあるのなら、試してみればいいじゃない。


   浮かんでいるだけだよ。


   なんでもいい、


   水野さんが言葉にしてくれれば、いいんだけど。


   ……。


   あたし達には伝える手段として言葉がある、されど、言葉にしたくない時もある。
   そういう時は、どうするか。実に、難儀だ。


   ……言葉にしたところで、それが正確に伝わるかどうかなんて分からない。


   今は、伝わると思うけどな。


   ……しなくても、分かっているくせに。


   分からないよ。


   ……。


   ……。


   ……きのさ、


   ……。


   ん……。


   ……ほら、間違ってただろう?


   ……。


   お……と。


   ……もう、なんでもいいわ。


   そう……なら、このままで。


   ……。


   ……本当は、どうして欲しかったの?


   教えない。


   ……そうですか。


   ……。


   ね、水野さん。


   ……なに。


   水野さんとこうしていると、酷く安心するんだ。


   ……。


   ……ひとりじゃないって、教えて貰っているような気がして。


   気がするだけなの。


   ん……みずのさん。


   ……ねぇ、気がするだけなの。


   ううん……教えて貰ってる。


   ……。


   ……水野さん、は。


   教えて。


   ……。


   ……ひとりじゃないって、ずっと。


   うん……任せて。


   ……。


   ……ねぇ、色んな所に行こうよ。


   色んな所……て。


   水野さんが行きたいところ、あたしが行きたいところ、ふたりで、決めて。
   ふたりだけで、どこへでも、行こうよ。


   ……。


   ……行きたくない?


   ……ううん、行きたい。


   じゃ、行こう……約束。


   ……うん。


   まずは、動物園……おそろいの、買おうね。








  -Green Whirlpool(前世)





   マーキュリー!


   ……。


   マーキュリー、ただいま!


   ……それで、これなのだけれど。
   一部に不備があるからもう一度、精査し直して。
   急がなくても良いから、正確に


   ただいま、マー


   聞こえてる、大きな声を出さないで。


   ただいま、マーキュリー。


   お帰りなさい、ジュピター。


   ねぇ、早速だけどこの後、


   そんな時間はないわ。
   この箇所、もう一度計算をし直しなさい。
   ひとつでもずれてしまうと、全てが狂ってしまうの。


   一緒にお茶にしようよ。


   だから、そんな時間はないの。


   それと、躰を診て欲しんだ。
   大きい怪我はしてないんだけど、念の為に。


   頼んでおいた戦闘詳報の整理。
   遅れているようだけれど、その理由は?
   何か問題が


   骨が、折れたんだ。
   もう、くっついてるとは思うんだけど。


   ……。


   診て呉れる?


   ……ちょっと待って。


   服、脱いでた方が良い?


   ……然うね。


   うん、それじゃ。


   ……。


   ……。


   ……で、どこ。


   ここ。


   ……動かないで。


   ん。


   ……痛みは?


   少し。


   ……少し、ね。


   応急処置は、したんだ。
   教わった通りには、出来なかったけど。


   ……いいえ、悪くないわ。


   へへ、良かった。


   ……補強、しておくから。


   うん。


   ……。


   ……やっぱり、手際が良いなぁ。


   他は?


   とりあえず、大丈夫。
   打撲と擦り傷程度だから。


   ……脱臼は?


   今回はしてないよ。


   ……一応、診せて。


   うん。


   ……。


   どう?


   ……少し、腫れているわね。


   そんなに痛くはないんだけど。


   ……。


   う、冷た。


   ……この後、湯浴みはする?


   直ぐではないけど、する予定、かな。


   なら……湯浴みをするまで、剥がさないで。
   しないなら、明日まで。


   分かった。


   湯浴み後は、新しいものを。
   渡しておくから。


   マーキュリーにやって欲しいな。


   私は


   あたしじゃ、こんな上手には貼れない。
   無駄に、したくない。


   ……しょうがないひとね。


   うん、ありがとう。


   ……どういたしまして。


   これ、冷たくて気持ち良いね。


   ……それは良かった。


   へへ。


   ……それと。


   うん?


   報告書。


   報告書?


   此度の遠征及び斥候についての。


   あぁ。


   期日までに、忘れずに、ちゃんと、提出して。


   うん、分かった。


   と、私の部下に伝えておいて。


   うん、任せて。


   まぁ、忘れるんでしょうけど。


   ところで、誰だっけ?


   ……もう良いわ。


   良いの?


   ええ、言ってみただけだから。


   そっか。


   ……服、もう着ても良いわよ。


   下は診ないの?


   何処か痛むところは?


   ないかな。


   じゃあ、後で


   足の甲が少し痛むくらい。


   ああ、然う……。


   お。


   ……足。


   はぁい。


   ……。


   どう……?


   ……恐らく、骨が折れているわね。


   え。


   歩けるから、骨幹部の骨折だと思うけれど……。


   分からなかったなぁ。


   とりあえず、補強……いえ、固定しておくわ。


   うん。


   ……後で詳しく診るから、今はあまり動かさないようにして。


   歩いても良い?


   ……あまり無理はしない程度に。


   ん。


   ……。


   ところで、マーキュリー。
   その仕事はいつ終わるの?


   ……未だ、終わらないわ。


   待ってるよ、こ


   今日中には、終わらないから。


   休憩は?
   未だなんだろう?


   ……だから?


   だめだよ、ちゃんと休まなきゃ。
   あたしと一緒に休もう。


   ひとりで休んで。


   マーキュリーと少しでも一緒に居たい。


   ……。


   ……休憩、一緒にしようよ。


   ……。


   な、良いだろう……?


   ……。


   マー


   ジュピター。


   うん。


   今直ぐには、行けない。
   だから。


   だから?


   少し、待ってて。


   此処で?


   ……。


   分かった、待ってる。


   ……。


   ……。


   ……クイーンに帰還の報告はしたの。


   ヴィーにしたよ。


   ……ヴィーナスに?


   曰く、不在なんだってさ。


   ……不在?


   嘘じゃないよ、ヴィーに聞いたんだから。


   ……何も聞いていないわ。


   散歩にでも行ったんじゃないのかな。


   ……あなたじゃないんだから。


   ま、そのうち帰ってくるだろ。


   ……おひとりで行かれたと言うの。


   然うみたいだよ。


   ……。


   いつ見ても、すごいな。


   ……なにが。


   天井、壁、床……部屋の至る所で、文字やら数字やらが踊ってる。
   今日は特に多い。目が回りそうだ。


   ……。


   ひとりでこんなのを相手にしてるんだ、やっぱりちゃんと休まないと。


   ……プリンセスには?


   ん?


   ……プリンセスには、お会いしたの。


   いや、マーズと居たから。


   ……あなたの帰りを、待っていたわ。


   遠征帰りだと不浄だって怒られるんだ。


   ……あぁ。


   だから、湯浴みを済ませてから行くよ。


   ……その方が良さそうね。


   マーズの顔、もう少しなんとかならないものかな。
   あれじゃ、懐いて呉れないよ。


   ……難しいと思うわ。


   そろそろ黙った方が良い?


   ……クイーンは何処に行ったのかしら。


   気になる?


   ……。


   そのうち、


   分かると、良いけれど。


   ……どうだろうね。


   ……。


   んー……。


   ……躰、本当に大丈夫なの。


   大丈夫だと、思う。
   でも、一応診て欲しい。


   ……熱は?


   ある程度は。


   ……無理は?


   してない。


   ……。


   未だ、大丈夫だよ。


   ……。


   この部屋、マーキュリー専用で良かったな……おかげで、こうやって来ることが出来るから。


   ……長くは、外せないの。


   え……?


   ……仕事に、戻らないと。


   今日、どうしても終わらせないといけない?


   ……出来れば、終わらせてしまいたいの。


   だったら、尚更、休憩はちゃんと取らないと。


   ……分かってるわ。


   ……。


   ……少し外すわ、お願いね。


   もう、行ける?


   ……ええ。


   マーキュリーの部屋?
   それとも、あたしの?


   ……ジュピターの部屋で。


   じゃあ、行こう。


   ……ジュピター。


   離した方が良い?


   ……もう良いわ、今更だから。


   ん。


   ……今更では、あるけれど。


   ん?


   ……もう少し、考えて。


   恥ずかしい……?


   ……そうじゃ、なくて。


   ……。


   ……見られているわけじゃない、けれど。


   一刻も早く、逢いたかった。


   ……分かってるわ。


   ……。


   ……本当に今更だわ、もう知らないひとは居ないだろうに。


   今度は小さな声でただいまって言うよ。


   ……この間も然う言ってた。


   あぁ……。


   ……。


   ……どうしても嬉しい気持ちが先に来てしまうんだ。


   然うなのでしょうね……。


   ……次は、ん。


   ……。


   ……マーキュリー。


   無事で、良かった。


   ……うん。


   ……。


   マーキュリーの仕事部屋と、あたしの部屋。
   もう少し近いと良いのになぁ。


   ……離れていた方が良いわ。


   どうして。


   その方が……楽しめるもの。


   楽しめる……?


   ……あなたとの、時間。


   それは、部屋で過ごす時間と……。


   ……それとは少し、違うの。


   どう、違うの……?


   ……。


   マーキュリー……?


   ………兎に角、嫌いじゃないの。


   うーん、分からない……。


   ……ふふ。


   マーキュリーはこの時間が好き。とりあえず、それだけは分かった。
   けど、今日は時間があまりないから。


   ん……ジュピター。


   ……今はただ、少しでも早く部屋に行きたい。
   部屋で……早く、ふたりきりになりたいんだ。


   ……だからって、回廊は走っては駄目よ。








   ……。


   ……ん。


   あ。


   ……ジュピ、ター?


   ごめん、起こしちゃったね。


   ……これ。


   そのままだと、躰を冷やすと思って。


   ……わたし。


   マーキュリー。


   ん……。


   やっぱり、疲れてた。


   ……ねむってた?


   うん、ほんの僅かな時間だけどね。


   ……そう。


   お茶を淹れたけど、飲むかい?
   いつもの、だけど。


   ……ありがとう。


   隣、良いかな?


   ……ええ。


   ありがと。


   ……此処は、あなたの部屋なのだから。


   それでも、だよ。


   ……。


   はぁ……疲れた。


   ……あなたでも、疲れるのね。


   そりゃあねぇ……。


   ……。


   ん、なに……?


   ……かお。


   なんか、ついて……あ、傷?


   ……ううん。


   じゃあ……ひび?


   ……。


   ……心配要らない、未だ大丈夫さ。


   ……。


   それより……お茶、どうぞ。


   ……うん。


   お茶菓子があれば、良かったんだけど……。


   ……ううん、十分よ。


   次は、用意しておくから……。


   ……。


   どうかな……。


   ……ん、おいしい。


   ん……良かった。


   ……あなたが淹れて呉れるお茶は、どうして、いつもおいしいのかしら。


   マーキュリーへの想いがいっぱい、詰まってるからかな。


   ……そんなこと、言って。


   実際、おいしくなぁれって思いながら淹れてるし。


   ……そうなの?


   然うだよ。
   お茶を淹れる時だけじゃない、ごはんやお菓子を作る時でも然う思ってる。
   それこそ、こどもの頃からね。


   ……。


   ……あたしの特別だからね、マーキュリーは。


   プリンセスには……。


   ……まぁ、それなりに。


   それなりじゃ、だめよ……。


   ……それでも、思ってないわけじゃないから。


   もぅ……。


   ……ここだけの話にしておいてね。


   言えないわよ……こんなこと。


   はは……そりゃ、然うだ。


   ……。


   ん……飲むの、早いね。


   ……私、喉が乾いていたみたい。


   だろう?
   然うだと思ってたよ。


   ……どうして分かるの。


   小さい頃からの付き合いだしね……。


   ……それだけ?


   んー、然うだな……好きだからかな、やっぱり。


   ……。


   湯呑み、中が空っぽで乾いていた。
   それで多分、水分補給を忘れてるんだろうなって。


   ……ひとのこと、言えないわね。


   うん?


   ……どうしても、忘れてしまうの。
   あなたに言われているのに……どうして、かしら。


   それだけ、集中してるってことさ……だけど、ちょっとは思い出して呉れると嬉しいな。


   ……やっぱり。


   ん?


   やっぱり、私にはあなたが必要なのね……。


   ……。


   ん、なに……。


   もう一回、言って。


   ……いやよ。


   もう一回だけ……。


   ……いや。


   どうしても……?


   ……。


   そっか……。


   ……ジュピター。


   なんだい……?


   ……なんでもない。


   ……。


   ……。


   おかわり、いる……?


   ……うん。


   分かった……じゃあ。


   ……でも。


   ん……?


   ……少しだけ。


   ……。


   ……少しだけで、いいから。


   少しと、言わずに……マーキュリーの、好きなだけ。


   ……ん。


   良いよ、眠っても。


   ……。


   なんだったら、横になる?


   ……起きられなく、なってしまうから。


   起こしてあげるよ。


   ……。


   眠るまで、抱き締めててあげるから。


   ……ふたりで、熟睡してしまいそうね。


   あー、然うかも。


   ……今は、これだけで。


   然う……じゃあ、好きなだけどうぞ。


   ……。


   ねぇ、マーキュリー……。


   ……なぁに。


   手当て、いつもありがとう……。


   ……あまり、むりしないでね。


   あぁ……わかってるよ。


   ……。


   ……明日になったら、一緒にごはんを食べよう。


   うん……。


   ……今夜、一緒に寝られたら良いな。


   ……。


   今夜が駄目なら、明日の夜に……。


   ……。


   ……あと。


   ふふ……。


   ……ごめん、休めないね。


   ううん、いいの……あなたの声を、聞いていたいから。


   ……そっか。


   ……。


   あとは、然うだなぁ……。


   ……本当、は。


   うん……?


   ……終わらせて、おきたかったの。


   ……。


   そうすれば……ん。


   ……その気持ちだけで、十分だよ。


   ジュピター……。


   ……あたしが居ない間、何か変わったことはあった?


   ううん……。


   ……本当に?


   特別なことは、なかったわ……。


   ……なら、良いけれど。


   ん……ジュピター……。


   ……マーキュリーは、あたしが守るよ。


   ずっと、守られているわ……。


   ……マーキュリー。


   手……くすぐったい。


   ……いやかい?


   ううん……いやじゃない……。


   ……仕事が、終わったら。


   ……。


   あたしの部屋に戻ってきてよ……待ってるから。


   ……いつになるか、分からない。


   それでも、構わないさ……。


   ……きっと、あなたは眠っているわ。


   もし、然うだったら……そっと、隣に寄り添って。
   然うして呉れたら……きっと、抱き締めるから。


   眠っているのに……?


   ……分かるんだ、においと気配で。


   ……。


   ん……マーキュリー?


   ……ばか。


   え、なんで……?


   ……なんでも。


   よく、分かんないけど……まぁ、いっか。


   ……ねぇ。


   手、うっとうしい……?


   ……ううん、平気。


   じゃ、このままで……。


   ……からだ、へいきなの。


   あぁ、平気だよ……未だ、大丈夫。


   ……でも、すこしあついわ。


   これくらいなら、未だ……ん。


   ……。


   マーキュリー……。


   ……ごめんなさい。


   どうして、謝るんだい……?


   ……。


   ……言ったろ、未だ大丈夫だって。


   ううん、ちがうの。


   ……。


   ……わたし、が。


   マーキュリー……?


   ……わたしが、ほしいだけなの。


   ……。


   ……あ。


   いかせたく、ないな……。


   ……だめよ。


   分かってる……それでも、行かせたくない。


   ……。


   ……もう、戻る?


   えぇ……。


   ……じゃあ、送っていくよ。


   ううん、良いわ……お茶、ありがとう。


   ……どういたしまして。


   それじゃ、あ……。


   マーキュリー。


   ……だめ、ね。


   疲れてるんだよ。


   ……それでも、やらなきゃ。


   行かせたくない。


   ……わたし、だって。


   メル。


   ……だめ。


   ……。


   その名で、呼ばないで……本当に、欲しくなってしまうから。


   欲しいのなら、


   だめなの。


   ……。


   ……わたしだって、もどりたくない。
   だけど……。


   ……。


   ……だけど、やらなければいけないの。


   ……。


   あなたと、ここで……これからも、生きていく為に。
   私は、マーキュリーであり続けなければならない……。


   ……分かってる、分かってるけど。


   ねぇ……。


   ……なんだい。


   もどってきても、いいかしら……。


   ……もちろんだよ。


   うん……。


   やっぱり、送るよ。


   ありがとう……でも、大丈夫だから。


   ……。


   ……それじゃあ、また。


   ちょっと待って。


   ……。


   ……行ってらっしゃい、の。


   ……。


   待ってるよ。


   ……。


   ……待ってるから。


   ……。


   気を付けて、ね。


   ……ユゥ。


   ……。


   ……むかえに、きて。


   いつ、行けば良い……?


   ……これ、を。


   これで、呼んで呉れる……?


   ……ねむっているときに、


   気にしないで。


   ……ごめんなさい、あなたもつかれているのに。


   そんなの、どうでも良いよ。


   ……。


   必ず、行くから。


   ……。


   必ず迎えに行くよ……メル。


   …………うん。