……。


   ねぇ。


   …。


   ねぇってば。


   …は?


   あたし、美樹さやかって言うの。


   …だから何。


   席、隣同士だったでしょ?


   …だから?


   自己紹介、ほとんど聞いてないみたいだったから。


   …。


   だから、改めて。
   あたしは美樹さやかです。
   これからよろしくね、杏子。


   …何勝手に呼び捨てにしてるんだよ。


   うん、だからあたしの事もさやかって呼んで。


   あたしはあんたと


   ね、杏子。


   ……。


   途中まで一緒に帰ろ?
   確か風見野から通ってるんだよね。


   …。


   言ってないのにって顔。
   さて、それじゃあなんでさやかちゃんは知ってるんでしょーか。


   …うるせぇ女。


   さやか。
   それからそのロッキー…。


   …あ。


   もーらい。


   おいこら、てめぇ!!


   うん、定番のおいしさ。


   てめぇ、人のロッキーを!


   明日、あたしも持ってくるね。


   はぁ?


   今、期間限定のがあるでしょ?
   一緒に食べよ。


   …なんなんだ、あんた。


   美樹さやか。


   …それは分かった。


   杏子、クラスのみんなの名前、覚えてないでしょ?
   と言うか、覚える気もなさそうだし。


   ……。


   でも、あたしの名前だけは覚えて。
   そして、呼んで。さやかって。


   …うぜぇ。


   杏子。


   ついてくんな、ばか。


   あたしの家もそっちなの。


   ……。


   帰ろ、杏子。









   佐倉の弁当っていつもうまそうだよなぁ。


   …は?


   弁当。
   自分で作ってんの?


   …いいえ。


   じゃ、誰かに作ってもらってんの?
   買い弁じゃないだろ?


   …まぁ、そんなとこです。


   そんなとこって、どっち。


   …作ってもらってる方。


   かーちゃん?


   …。


   じゃ、ないか。
   つか、誰かの手作りとかマジ羨ましいんですけど。


   …いないんですか、そういう人。


   いたら、羨ましいとか思わないわねー。


   ……。


   それ、そのウィンナいいなぁ。
   くれ。


   いやです。


   いいじゃんよ、いつも食ってるんだから。


   いつも食ってたって、いやです。


   ケチ。


   …うぜぇ。


   ん?


   兎に角、一つたりともあげません。


   いいなー、うまそうだなー。


   …。


   …。


   …あげるものは、一つもねーっつの。


   しょーがね、今日も味気ない菓子パンで我慢すっかな。


   …。


   つか食うの早いわよね、佐倉って。
   ちゃんと味わってんのかー?


   ……。


   はいはい、無視ね。


   …昼休み、なくなりますよ。


   5分もありゃ、十分だもん。


   ……。


   な、佐倉。


   …。


   やっぱさ、帰ったら晩飯も出来てたりする?


   …聞いてどうするんですか。


   や、どうせだし。


   …その日にもよります、けど。


   へぇ。
   なに、もしかして共働き?


   …。


   でも弁当は作ってくれんだな。
   あー、やっぱいいなぁ。


   …。


   嫁さんっていいな。
   マジ、いいな。


   …。


   なぁなぁ、今度甘い卵焼き作ってもらいなさいよ。
   んで、


   あげねーって言ってるだろ、ばか。


   ……。


   …あげません。


   ですよね。








   ただいま。


   おかえりー。
   今日は少し、早いね。


   うん、まぁな。


   そっかそっか。


   さやか、これ。


   お。


   うまかった。
   ごちそうさん。


   てことは、ちゃんと残さず食べましたね?


   勿論。
   あたしが残すわけないだろ?


   ですね。


   あー、腹減ったー。


   夕ごはん、出来てるよ。
   でも先にお風呂、入っちゃう?


   そうするかな。


   今日もお疲れ?


   そうでもない。


   杏子は体力ばかだもんねぇ。


   うっせ。


   ふふ。


   …。


   お風呂、入ってきちゃいなよ。
   すぐ食べられるように用意、しておくからさ。


   なぁ、さやか。


   なぁに?


   嫁って、言われた。


   うん?


   職場のヤツに。


   …えと?


   嫁。


   …。


   さやかの事。


   …あー。


   弁当、羨ましいってさ。


   …。


   …。


   …で。
   杏子はなんて答えたの?


   ん?


   嫁って言われて。


   …何も。


   何もかよ。


   …だって、嫁じゃないだろ。


   違うの?


   …は?


   ま、いいけど。


   ……。


   ……。


   …まだ、違うだろ。


   じゃあ、早くそうして。


   ……。


   ……。


   …風呂、入ってくる。


   ……うん。















  S y m p h o n i a















   My knee is still shaking like I was twelve, Sneaking out the class room by the back door..


   …。


   A man railed at me twice but I didn't care, Waiting is wasting for people like me.


   きょーうこ。


   …ん?


   ちゃんとやってるなぁ。
   感心感心。


   ん。


   ……。


   …ん、さやか?


   へっへっへ。


   濡れちゃうぞ。


   ダイジョーブ。


   …と言うか、くっつかれると洗いづらい。


   なによぉ、さやかちゃんにくっつかれて嬉しくないのかぁ。


   あったかい。


   お風呂上りですから。


   …。


   機嫌、いいね。


   そうか?


   歌、歌ってたから。
   相変わらず、英語だけど。


   なんとなく、な。
   頭の中で流れてて。


   ふぅん、そっか。
   ね、もっと歌ってくれてもいいのよ?


   遠慮しとく。


   聞きたいのになぁ。


   そう言ってくれるのは、さやかだけだよ。


   あたしだけが知ってるから、ね。


   …ま、そうだな。


   ……ね。


   ん…。


   …なんで、機嫌いいの?


   …。


   なんで…?


   …別に。


   …。


   …なぁ、さやか。


   なぁに…?


   羨ましいって、言われた。


   …職場のヤツに?


   うん。


   お弁当?


   うん。


   でしょーねぇ。


   …。


   なので杏子はもっと、あたしに感謝しなければなりません。


   …してるよ。


   ほんとに?


   してる。


   …じゃあ、信じるとしますか。


   ……。


   …ね、明日は何がいい?


   なんでもいいよ。


   …何かないの?


   なんでも、うまいし。


   …そう言ってくれるの、杏子だけよ。


   …。


   …ね、何かない?


   あれ、うまかった。


   …どれ?


   麻婆大根。


   ああ。


   大根も合うもんなんだな。


   ね。


   豆腐も茄子も好きだけど、大根のも好きだな。


   じゃあまた作ってあげる。


   おう。


   …他は?


   んー…。


   ……。


   …甘い、卵焼き。


   …。


   が、食いたい。


   …オッケ。
   じゃあ、明日はそれ採用。


   …。


   …。


   …な、さやか。


   なぁに…。


   いつも、悪いな。


   …なんで?


   飯、作ってもらうばかりで。


   …なによぅ、急に。


   悪いかよ。


   …いいのよ。


   …。


   …楽しんで、やってるんだから。


   ……そうか。


   それにね、あんたがおいしそうに食べてくれる顔見るの、好きなんだ。


   …。


   …だから、いいの。
   洗い物も、してくれるし。


   うん…。


   あ、でも。


   …ん?


   ありがとう、は、言って欲しいかな。
   あとおいしい、も。


   …ありがとな、さやか。


   …。


   うまい飯、いつも作ってくれて。


   …もう、改めて言われると照れちゃうなぁ。


   ……。


   ……。


   …な


   …ね


   ……。


   ……。


   …なんだい、さやか。


   杏子から先にどうぞ。


   …あたしは後でいいよ。


   あたしも後でいいんだけどな。


   …。


   …。


   …さやか、やっぱり先に。


   …もう、しょーがないなぁ。


   …。


   …ね、帰ってきた時、疲れてないって言ったよね。


   ああ。


   …だから、ね。


   ……。


   …その前に、杏子の用件を聞きましょうか。


   なんだそりゃ。


   …いーの。
   はい、杏子言って。


   …。


   …。


   …さやかが最後まで言ったらな。


   えー…。


   …よし、これで仕舞いだ。


   ……。


   …さやか。


   ……次のお休みまで、待てない。


   ……。


   だから……ねぇ?


   …明日、早くないのか。


   大丈夫…二限からだから。


   …課題は、大丈夫なのか。


   うん…今のところは。


   …後で


   杏子。


   …。


   …で、杏子の用件は?


   ……。


   ね…なぁに?


   …明日、早くないんだよな。


   うん…。


   …さやか。


   ……杏子。


   …。


   …仕事、大丈夫?


   それ、聞くかい…?


   …一応、は。


   ……。


   わ…。


   …湯冷め、するからな。


   ……もう、キザだなぁ。


   いやなら…下ろす。


   …いやじゃ、ない。
   いやなわけ、ない…。








   お、今日の弁当は豪快じゃないか。


   ……。


   ソフトボールぐらいのが、二つ。
   なかなか食い出がありそうねぇ?


   …。


   良かったら一つ


   やりません。


   恵まれない子に救いの手を。


   本当にそうなら、考えます。


   お、それは卵焼


   ……。


   佐倉ったら、おっかないわぁ。


   …。


   それ、甘いのだろ?
   良いなぁ、良いなぁ、食いたいなぁ。


   ……。


   佐倉の嫁さんの愛情がたっぷり詰まった甘い甘い卵焼き。
   くれー、くれーー。


   班長。


   お、くれる気に


   は?


   なるわけないですね。


   …。


   思うに飯食ってる時の佐倉ってアレだな、犬に似てるよな。
   邪魔すると、思い切り噛み付いてくる。


   ……。


   ところでその握り飯、具は入ってンの?


   …やらねーぞ。


   いやいや佐倉ちゃん、隠さなくても盗らんから。
   あとあたくし、一応班長よ?


   ……。


   で、何入ってんの?


   …昆布。


   お、いいねぇ。


   …ツナ、サケ。


   ん?


   シラス、タラコ…あとは何か。


   …んー?


   ……。


   それ、全部?
   全部、入ってンの?
   ごちゃごちゃ?


   …やりませんよ。


   …。


   …。


   何と言うか、アレだな。
   差し詰め、ばくだんむすびってトコだな。


   …は?


   ばくだん焼き、知らね?
   色んな具が入ってる、たこ焼きのでかい版。


   …。


   旨い?


   …うまいですよ。
   ごちゃまぜになってるわけじゃないですから。


   へぇ、どれどれ。


   …。


   や、取らんって。


   …。


   でも、そうか。
   ま、愛がたっぷり詰まってりゃ、なんでも旨いわな。


   ……夢、見すぎだろ。


   夢ぐらい見させろ、バカヤロー。


   ……。


   しかし、なかなか豪気な嫁さんだなー。


   …。


   と言うわけだ、佐倉。
   配達地域、ちょっくら増やしてみようか。


   は?


   そうすりゃ、貰えるモンが増える。
   そうすりゃ、嫁さんに何か買ってあげられる。


   増える保証は?


   さぁなぁ。


   …。


   でも可能性は上がるわよ、と。
   佐倉は可愛い嫁さんに何か買ってあげようとか思わないかい?


   …。


   ま、考える余地は与えないけどなぁ。
   何、覚えが早い佐倉なら、大丈夫さぁ。


   …さやか。


   え、さやかって言うの?
   嫁の名


   うるせぇ、ばか。








   …ふぁぁぁぁぁ。


   お、でかいあくびだねぇ。
   美樹ちゃん。


   …まぁ、ね。


   寝不足ってヤツ?


   や、しくったなって。


   しくった?


   …あたしが二限からでも、向こうはいつもどーりってね。
   おかげでお弁当、おにぎりになっちゃった。
   卵焼きは間に合わせたけど。


   ああ、居候さんの話?


   ま、そんなところ。


   他はどんなところ?


   あはは。


   中学生の頃からの付き合いなんだっけ?
   結構、長いよね。


   うん。


   で、今は一緒に住んでるとか。
   仲、いーねぇ。


   これでも色々あったんだけどねー。


   ほう、どんな?


   色々は、色々ですよ。


   なーんか、怪しい感じ?


   なんとでも言っとけ。


   働いてるんでしょ、その居候さん。


   うん、郵便屋さん。
   赤いチャリンコ乗って、今日も今日とて、配達してる。


   へぇ。


   免許取ればって、言ってるんだけどね。
   その気、無いみたいで。


   ふーん?


   何?


   美樹ちゃん、居候さんの話をしてる時すごいキラキラしてるよねぇ。


   かなぁ。


   愛、かしら?


   さぁ、どうかしら?


   でも居候さんって、女の人だったよねぇ?


   そーだけど?


   じゃあ、美樹ちゃん。


   うん?


   合コン、行ってみない?


   …あー。


   数、足りなくてさ。


   あたし、そういうのは行かないって決めてるから。


   なーんでよー。


   なーんでもー。


   オトコ、欲しいって思わないのー?


   そういうの、今はいいや。
   だから、ごめんねー。


   て、ずっと言ってるよねぇ。
   昔、オトコがらみでなんかあったとか?


   さぁ、どうかなぁ…と、時間だ。
   んじゃあたし、もう行くね。








   合コン?


   うん。


   行くのか。


   行くって言ったら?


   …。


   言ってくれなきゃ、分からないんだけど?


   …行きたいのか?


   …。


   …さやかが行きたいなら、行けばいい。


   そうねぇ、もしかしたらおいしいものも食べられるかもしれないし?


   …う。


   あたしが、聞きたい事。
   そんなんじゃないって事、分かってるよね?


   ……さやか、腹の肉抓むな。


   肉なんてついてないくせに。


   …。


   杏子がどう思ったか、あたしはそれを聞きたい。


   …。


   前の杏子だったらさ。


   …。


   もっとはっきり言ってくれたと思う。


   …だから、言ったじゃないか。


   行きたければ行けって?
   それが杏子の本心?


   …。


   ねぇ。


   行きたくないなら、行くな。


   …。


   …。


   …ふぅん。
   あくまでも、あたし次第って事なんだ。


   ……。


   杏子のばか、ばーーか。


   …。


   だったら、行っちゃおうかな。


   …さやか、湯を飛ばすな。
   目に入っただろ…。


   お酒、飲むかな。
   飲むよねぇ。


   ……。


   帰り、遅くなるかも。
   日、替わっちゃうかも。


   ……。


   …そした


   行くな。


   …。


   …行くな。


   早く言ってよ、ばか。


   …。


   …行くわけ、ない。
   そんなとこ行かなくてもあたしには杏子がいるもん…。


   …さやか、そろそろ出よう。
   逆上せちまう…。


   ふふ…ね、杏子。


   ん…。


   …お弁当、ごめんね。


   なんでだよ…?


   …おにぎり。


   うまかった。
   卵焼きも。


   …。


   さやかのおにぎり、あたしは好きだ。


   …あーあ。


   …?
   さやか?


   …好き、だなぁ。


   …。


   好き…。


   …なぁ、さやか?


   なに…。


   …欲しいもの、あったりするか?


   欲しいもの…。


   …あたし、さ。
   配達地域、増えることになったんだ。


   そうなの?


   今日から。


   それ、急じゃない?


   昼飯食ってる時に、言われた。


   ああ。
   それで、大丈夫なの?


   まぁ、大丈夫だ。
   やる事は同じだし、今まで配達してた所は別のヤツがやる事になるから。


   …そっか。
   じゃあ、頑張ってね。


   おう。


   …それで、欲しいものって?


   …。


   …杏子がそんなこと、言い出すなんて。
   熱でもあるの?


   …聞いてみただけだよ。


   ふぅん…。


   ……。


   …あるよって、言ったら?
   何がって、聞いてくれる…?


   …。


   ね…どうなの?


   …何が、欲しいんだ。


   …。


   …すぐには無理だけど、


   ばか。


   …さやかぁ。


   お金で買えるものなら、自分でバイトする。
   あたしが欲しいものは、お金じゃ買えないものなの。


   …。


   …あたしの欲しいもの、は。


   …。


   ここにある…いつでも、いてくれる。


   ……さやか。


   …早く。


   …。


   …杏子の本当のお嫁さんにしてください。


   ……。


   …。


   …出るか。


   ……うん。








   ……。


   …杏子。


   ん…。


   …寝るならベッドに行こうよ。


   ……。


   寝惚けてる?


   …あたし、寝てたか。


   うん。


   ……。


   テレビ、つまんなかった?


   …いや。
   でもちょっとぼんやりしてた。


   そっか。
   寝る?


   …うん、寝ようかな。


   明日も仕事だしね。
   じゃあ、あたしも寝よ。


   …いいのか。
   テレビ、見てんじゃ…


   思ってたより、面白くなかったし。


   …そうか。


   それに一人寝は寂しい、でしょ?


   …さやか。


   はいはい、ひっつくのはベッドに行ってからね?


   ……。


   …おねむな杏子はかわいい。
   子供みたいで。


   …悪かったな、子供で。


   悪くない。
   だって甘えられると、あたしだけの杏子って感じがするんだもの。


   …。


   …はいはい、続きはベッドで。
   いくらでも抱き枕になってあげるから…ね?


   うん…。


   よしよし…じゃ、行こ?


   ……。


   あ、そうだ。


   …?
   なんだい…?


   ちょっと待ってて。
   待てる?


   …待てる、けど。


   じゃあ、待て。


   …犬か。


   と言うより狐だけどねー、杏子は。
   あんコン。


   ……。


   ……。


   …さやか、まだ。


   杏子、手ぇ出して。


   …手?


   そう、手。


   …ん。


   ……。


   さやか…?


   ……。


   あ。


   …もっと、大事にして欲しい。
   追いつかないのは、分かってるつもりだけど…それでも。


   ……さやか。


   へへ。
   ハンドクリーム、これいいって話だから。
   奮発しちゃいましたー。


   …。


   冬はね、どうしても手荒れちゃうから。
   だからちゃんと保湿しないとだめだよ。
   杏子はそこら辺、無頓着だから…


   ……。


   …杏子。


   ……わざわざ、買ってきてくれたのか。


   わざわざってほどでもないよ…。


   …。


   …杏子の手はあたしにとって、すごく大事な手だもん。
   だから…。


   ……ありがとう、さやか。


   …仕事中でも乾燥してきたと思ったら、使ってね?


   うん…分かった。


   忘れちゃ、だめなんだからね。


   …おう、忘れない。


   うん…。


   ……。


   …寝よっか、杏子。


   ……、だ。


   …。


   ……好き、だ。


   うん…知ってる。


   ……。


   …ベッド、行こう?
   抱っこ、してあげる…。








   お。


   …。


   それ、新しいハンドクリーム?
   やっぱり佐倉も女の子だねぇ。
   種類、試したりするんだもんねぇ。


   …。


   まぁ、この仕事は手が荒れまくって汚くなる仕事だから?
   ほれ見てみ、あたくしのおてて。
   もう、ぼろっぼろよ。


   …。


   この季節なんてねぇ、受け箱に爪をぶつける度に削れちゃって。
   この通り、爪きり要らずよ。


   …。


   と、言うわけだから


   自分で買え。


   いいじゃん、少しくらい分けておくれよ。
   佐倉の嫁さんの愛がたんまり詰まったハンドクリームをよぉ。


   …。


   おぅ、なんで分かったって顔?
   そりゃ、分かりますよ。


   …。


   佐倉って元々、ハンドクリームって柄じゃないだろ。
   へたすりゃ、リップクリームも付けなさそうだしなぁ。


   …。


   それが嫁さんの気遣いによって、それ以上荒れないようにされてる。
   違うか?


   ……。


   それ、北欧の漁師さんが使ってるヤツだろ。
   結構、良い値段がするみたいだな。


   …良く知ってますね。


   まぁ、なぁ。


   …だったら、自分で買えばいいだろ。


   はっはっは。


   …貸しませんよ。


   佐倉は嫁が絡むと本当、けちになるのなー。


   ……。


   さやかちゃんだっけ?
   佐倉は良い嫁さん貰って、しあわせだねぇ。
   分けて欲しいねぇ、そのしあわせ分。


   …班長。


   うむ、なんだね。


   あたしは


   ほぼ毎日、弁当を作ってくれる。


   …。


   手荒れの心配もしてくれて、ハンドクリームまで数種類用意してくれる。
   他諸々、甲斐甲斐しく世話をしてくれてる。
   と、なれば。


   …なんで知ってるんだよ。


   嫁だろ?
   その子は。


   ……。


   大事にしないと、駄目だぞ?
   じゃないと、あたくしみたいになっちゃうからなー。
   もう、この季節は一人だと堪えまくり。


   …どう、すれば。


   ん?


   ……嫁、に。


   ……。


   …配達、行ってきます。


   おう、行ってらっさい。
   気をつけてな。


   …。


   佐倉。


   ……。


   手は、離しちゃ駄目だぞー。
   後悔はいつだって、先に立たないもんだからなー。


   ……。








   美樹ちゃん、やっぱりだめ?


   うん、だめ。


   どうしても頭数が足りないんだってぇ。
   人助けだと思って、このとーり!


   あたしを数に入れなくても、もっと他の子がいるじゃない。


   だーかーら、それでも足りないんだって。


   て、言われてもなぁ。


   ここだけの話だけど、美樹ちゃんって結構オトコ共に人気あるんだよ。


   またまた。
   そんなの、噂でも聞いたことないよ。


   なのに、本人はこのチョーシだから。
   それじゃいつまで経ってもカレシ、出来ないって。


   別にいいんだ。
   欲しいと思ってないから。


   と言うかさぁ、なんでそんなに頑ななわけ?
   いいじゃん、ちょっとごはん食べるくらいの感覚でさ。


   ごはん食べるなら、うちで食べたいし。


   …。


   早く帰らないと。
   腹空かしが帰ってきちゃう。


   …美樹ちゃんってさ。


   あたしさ、重たいんだよ。


   は?


   見返り、どうしても欲しいから。


   見返り?


   見返りを求めないなんて、出来ない。
   あたしが好きになった分だけ、寧ろそれ以上に、あたしを好きになって欲しい。
   あたしだけ、見てて欲しい。あたしだけ、愛してて欲しい。


   …。


   あたしがどんな姿に変わり果てても、あたしを見捨てない。
   あたしがどんなに救われない姿になったとしても、決してあたしを独りにしない。
   同じ時を何度も繰り返して、覚えていなくても、覚えていない筈なのに、
   あたしを見捨てないで、自分を犠牲にしてまでも傍にいてくれようとする。
   そう、莫迦なくらいに。


   …。


   ね、重たいでしょ?
   こんな女、止めといた方がいいって。


   …途中、イミフなんだけど。


   はは、だよねー。


   …。


   白状するとさ。
   もう、決めている人がいるの。
   あたしはその人じゃないと駄目なの。


   決めてる人?
   それって、実はカレシがいましたってコト?


   そんな軽いものじゃないよ。


   …。


   ずぅっと、好きだった。
   これからもずっと、その人が好き。
   変わらず、その人だけが好き。


   …。


   あたし、なれるのならば、その人のお嫁さんになりたいの。
   どうしても。


   …。


   だから、合コンには行かない。行けない。
   他の人になんて、興味がないの。


   ……。


   なーんて。
   ちょっと苦しかったかなぁ?


   …つまり、美樹ちゃんはそんなイミフなコトを言っちゃうくらい、行く気がないってことなんでしょ。


   うん。
   ごめんね。


   …あーーーあ。


   うん?


   哀れな男子が一人、何もせずにフられちゃいましたとさー。


   …。


   でもま、しょーがないね。
   そんだけ、行く気がないんじゃ。


   …ん。


   でも、美樹ちゃんさ。


   うん。


   もうちょっとマシな言い訳、考えた方がいいと思うよー。
   ずっと片想いしてるって言った方が、まだ、マシ。


   そう言っても、新たな出逢いがなんとかって言うんじゃないのー?


   かも。


   …それに、片想いってわけじゃないしね。


   え?


   なんでもない。
   じゃあたし、帰るね。
   買い物、していかないと…






   ……。





   あ。


   え、なに?


   迎え、来ちゃったみたい。


   迎え?


   …ふふ。


   美樹ちゃん?


   じゃあ、またね。








   ……。


   ごきげんよう、郵便屋さん。


   …ん。


   配達ですか?
   それとも集荷ですか?


   …集荷、かな。


   ああ。
   でも残念ですね、ここには貴女が集荷すべき物はありませんよ。


   目の前にあるような気がしますが、私の目の錯覚でしょうか。


   いいえ、ありません。


   …。


   貴女の目の前にあるのは…いるのは、美樹さやかですから。


   …。


   …それでも、集荷しますか?


   ああ、するよ。


   ……。


   見滝原郵便局の佐倉と申します。
   本日は美樹さやか様を集荷…いえ、お迎えに参りました。


   …。


   帰ろう、さやか。


   荷物扱い、しないなら。


   しないよ。
   するわけ、ないだろ。


   だったら、帰ってあげる。


   …。


   いきなりだったから、ちょっと吃驚しちゃった。


   …まずかったかい?


   ううん、全然まずくない。
   寧ろ、嬉しい驚きってヤツ。


   …。


   でもやっぱり、ここまで自転車で来たの?


   ああ。


   んー…。


   後ろ、乗れよ。


   いつも言ってるコトだけど、二人乗りは道路交通法違反なんだけどなぁ。


   …乗らないのか。


   お尻も痛くなるし。


   …。


   とりあえず、歩こっか。


   ん、分かった。








   お腹、減ってない?


   減った。
   肉まん、買ってくれ。


   いいねぇ、肉まん。


   さやかも食うかい?


   あたしはそんなに減ってないし。
   一口くれればいいよ。


   さやかはあんまり食わないよな。
   昔から。


   これが普通なんです。


   ふぅん。


   それに、杏子は動いてるし。
   杏子と合わせて食べてたら、あっと言う間に体が大きくなっちゃう。


   少しくらいいいと思うけどなぁ。


   い、や、で、す。
   ただでさえ最近、お腹回りが気になってるって言うのに。


   …気持ちいいけどな。


   杏子?


   …へいへい。


   ……。


   ……。


   …ねぇ、杏子。
   今日はなんで、迎えに来てくれたの?
   朝は何も言ってなかったのに。


   …なんとなく。


   なんとなく、何?


   …行こうと思っただけだよ。


   連絡もくれないで?


   …。


   …何か、あった?


   別に、何も。


   …そっか。
   なら、いいけど。


   …。


   …合コン、また誘われちゃった。


   …。


   …あたしってば結構、男子に人気があるんだって。
   本当かどうかは、知らないけど。


   …それで。


   …。


   行くのか。


   行くなって言ったのは誰?


   …さやかが


   杏子。


   …。


   …あたしは、行かない。
   でも杏子が行けって言うなら。


   言うわけないだろ。


   …どうして?


   どうしてって…。


   …。


   …。


   …手。


   ……。


   指、ささくれ出来てる。
   剥いちゃ駄目だよ。
   化膿しちゃうかもしれないから。


   …分かってる。


   …。


   …さやか。


   なに…?


   …お前の事、あたしの嫁って言うんだ。


   ん、聞いた。


   それで、お前はいいのか…?


   …どういう意味?


   あたしの嫁って言われて…本当に、いいのか。


   …あたし、言ったよね。


   …。


   あたしの欲しいもの…。


   …。


   …。


   …あたしは、お前に女としての幸せをあげる事が出来ない。


   …。


   …子供とか。


   そりゃあね、出来れば欲しいよ。
   でもあたしが欲しいの杏子のだから。


   …。


   と言うかさ、女の幸せが子供を産む事だけだと思ったら大間違いだ。


   …う。


   そんな事言ったら、あたしだって杏子のコト幸せに出来ないじゃない。


   …あたしは。


   ねぇ、杏子。


   …なんだい。


   あたしは杏子と一緒にいて…しあわせ、だから。


   …。


   …杏子といることが、あたしのしあわせだから。


   ……。


   あたし、友達失くしちゃったかも。


   …え?


   合コン、断るのにね。
   引かせちゃった。
   と言うか多分、引いてたと思う。


   ……。


   …でも、しょうがないじゃない。
   あたしは…


   さやか。


   …なに?


   …。


   …。


   …あたしで、いいなら。


   ばか。


   …。


   …。


   …嫁に、なるか?


   ……。


   さやか…。


   …なれって、言わないの。


   ……。


   ……じゃなきゃ


   なれ。


   …。


   …なってくれ、さやか。


   ……。


   その、なんだ。
   法律上とかは無理かもしんないけど、でも


   その言葉、ずっと待ってた。


   …。


   ずっと、待ってたの。
   ずぅっとずぅっと、待ってたの。


   さ、さやか…。


   …。


   な、なんで泣くんだ…。
   やっぱり、いやなのか…?


   あのね、杏子。


   お、おう。


   世の中には嬉しくて泣いちゃうこともあるの。
   知らないの?


   し、知らなくはねーけど…。


   もう、鈍感。


   あ、う…。


   …もう一度、言って。


   もう、一度…。


   …もう一度、聞きたい。


   ……。


   ……。


   …お嫁さんに、なってください。


   誰の…?


   さ、さやか…。


   …はっきり言って欲しい。
   あたし、莫迦だから…だから。


   …。


   …。


   …あたしの本当のお嫁さんになってください。


   ……はい。


   ……。


   …えへへ。


   な、なんだよ…。


   …ちょっと恥ずかしいなって。


   ……大分、恥ずかしいぞ。


   ……。


   ……。


   …これからは、班長さんに言われてもいいね。


   ……今までも良かったけどな。


   そうなの?


   …。


   …ね、今日の夕ごはんは何食べたい?
   なんでもいい、は、無しね?


   …考える。


   材料買うまでには答え出しておいてね、杏子。


   分かってるよ、さやか。


   …ん、よろしい。


   ……。


   …あたし、この時間の空の色が好きだな。
   昼と夜が混ざり合ってるような…そんな色。


   さやか。


   …。


   …そろそろ、いいだろ。


   …。


   乗れよ。
   尻が痛いのなら、これ敷け。


   …制服の使い方、間違ってる。


   ……。


   …杏子。


   乗ったか?


   …ん。


   じゃあ、しっかり掴まってろよ。


   ……了解。


   まずは肉まん、だな。


   …そうだね。


   ……。


   杏子…。


   …ん。


   あたし…杏子の背中、好きだな。


   ……。


   …大好き。


   おう…。








   中編