ねぇねぇ、まどか。 なぁに、さやかちゃん。 今日の帰り、ちょっといいかな。 CD屋さんに付き合って欲しいな、って。 ああ、上条君? う、うん。 でね、CD屋さんに行く前にちょっと何か食べよ。 あたし、お腹すいちゃった。 …。 まどか? …ごめん、さやかちゃん。 今日、ちょっと約束があって…。 ……。 ごめんね、さや …今日も、でしょ。 え…? てかなになに、最近付き合い悪くない? もしかして、さやかちゃんが知らない間に彼氏とか出来ちゃったとか? そ、そんなんじゃないよぅ。 許さん、許さんぞー。 まどかはあたしの嫁になるのだー。 わ。 どこの馬の骨か分からんヤツにまどかは渡せんぞー。 …もう、さやかちゃんったら。 あはは。 ふふ。 でもそっか、先約があるんじゃしょうがないね。 仕方ない、さやかちゃん一人で行きますか。 ごめんね、さやかちゃん。 今度、今度はちゃんと付き合うから。 今度は絶対だぞー? う、うん。 じゃあ、約そ おい、まどか。 おっせーぞ。 あ、杏子ちゃん。 …。 よぅ、まどか。 がっこ、今日も終わったか? ど、どうしたの? どうもこうもねーよ。 たまたまこっちに来たから、ついでだと思って迎えに来てやったんだろ。 そ、そうなんだ。 ありがとう、杏子ちゃん。 礼なんかいらねーよ。 今日も行くんだろ、マミんち。 うん。 ……。 なんだい、あんた。 人の顔、じろじろ見て。 あたしの顔になんかついてるかい? …。 なぁ。 あんた、まどかの友達だろ? …。 あたしは佐倉杏子って言うんだ。 よろしくな。 …。 これ、やるよ。 うまいぞ。 …。 なんだよ、喋れねーのか? さっきまではまどかと喋ってたじゃねーか。 …。 感じわりーなぁ。 …うるさいな。 あ? …。 なんか言いたい事でもあんのか。 あるなら、言えよ。 …別にないわよ。 それから、そんなのいらない。 そんなのだと? …。 …ち。 じゃあ人の顔、見てんじゃねーよ。 別に見てないわよ。 見てるだろ。 見てない。 誰があんたの顔なんか。 あぁ? …。 ま、待って。 まどか、なんだよこいつ。 聞いてる話と全然違うじゃねーかよ。 …話? あ、えと、あのね? 杏子ちゃん、こちらは美樹さやかちゃん。 わたしの 知ってる。 親友、だろ。 …なんで。 え、えと。 さやかちゃん、こちらは さくらきょうこ。 さっき、聞いた。 そ、そっか、そうだね。 …。 …。 え、えーと…。 …なんだよ。 まどかの親友って言うから、わざわざ見に来てやったのに。 え、そうだったの? べ、別に深い意味はねーよ。 さ、行こうぜ。 あ、待って、杏子ちゃん。 …。 え、えと、良かったらさやかちゃんも一緒に行かない? …なんであたしが。 あ、あのね、杏子ちゃん、口は悪いけど あたしは行かない。 言ったでしょ、CD屋さんに行くって。 さやかちゃん…。 あたしの事、あいつに話したんだね。 え、あ、うん…。 どんな事話したのか知らないけどさ、勝手に人の事話さないでよ。 …ごめんなさい。 で、でもね、さやかちゃん。 杏子ちゃんは口はあまり かなり、悪いみたいだけど。 …良くない、けど。 で、でも、とても優しいんだよ。 …。 わ、わたしのこと、いつも助けてくれて… …ふぅん。 あ…。 随分と、仲がいいみたいだね。 ……。 別に、いいけど。 じゃあまた明日ね、まどか。 あ、さやかちゃん…。 ……。 …なんだよ、あいつ。 いきなり喧嘩腰とか、意味分からねぇ。 …杏子ちゃん。 ほんと、意味分からねぇ。 …うんまい棒、うまいのに。 杏子ちゃん、ごめんね。 折角、来てくれたのに。 別に。 さやかちゃんの事、気にしてくれたのに。 してねーよ、別に。 ただ、まどかの親友だって言うから…どんなヤツかなって思っただけだ。 …。 はぁ。 行こうぜ、まどか。 …うん。 o b l i v i o u s さやか、急げ! もたもたすんな!! これでも急いでるわよ! もっとだよ! 何のために鞄、持ってやってると思ってるんだよ! あーもう!! 頼んでないのに勝手に取り上げたのはそっちでしょ! 急げ! 分かって…ッ? ……。 …あーもう! さっきまではあんなに明るかったのに! なんでいきなり暗くなってくんのよぉ…っ! つべこべゆーな!! 早くしないと降り出しちまうだろ! 分かってるわよ! ……? …あ。 降り出した! …あぁもぉ! さやか、早……ておい、雹じゃねーかよ!! 最っ悪…! せめて雨にしろーー…!! どっか、どっかで雨宿りしねーと…! …痛ッ。 さやか…?! うう…何よ、これぇ。 ちょっと大きすぎじゃないのぉ…。 大丈夫か…ッ? …と言うか、急がないと。 これ、本気でまずいよ、どっかでやり過ごさないと…。 …! さやか、あっちだ…!! どっちよ…! あっちだよ、ばか! て、ちょ…。 それ、被っとけ! いいか、頭の上からだからな…! でも杏子は うるせぇ! 早くしろ! ……。 …止まないな。 ……。 ……雹、積もってるぞ。 こんな事ってあるんだな…。 ……。 …おい、さやか。 どうした…? …どうもしない。 じゃあなんで黙ってるんだよ。 ……。 さやか? …学校にいれば良かった。 …。 …。 …だって腹が減ってたんだよ、仕方ねーだろ。 で、このザマ? ばかみたい。 …。 …あんたの行動基準って、全部お腹なの。 ……。 ……これ、返す。 …いいよ、もっとけよ。 いい。 返す。 いらねーよ。 はぁ? …いいから、もっとけ。 ……と言うかさ。 なんだよ。 …これ、不法侵入じゃないの。 知ってるか、さやか。 …は、何を? 世の中には緊急避難ってのがあるんだよ。 だから、気にすんな。 ……。 …あ? なんだその顔。 …あんたって意外に難しい言葉知ってるわよね。 食物連鎖とかさ。 は、さやかが知らなすぎるだけだろ。 学校、行ってるくせにな。 …。 …折角、行けてるんだ。 ちゃんと勉強したら? あんたにちゃんととか、言われたくない。 んだと。 ……。 …寒いのか。 ……寒くない。 顔、青いぞ。 …。 …おい、大丈夫か。 ……大丈夫だから、放っておいて。 …。 …。 …放っておけるか、ばか。 ちょっと…。 ……。 …杏子。 いくらかは、マシだろ。 …。 …。 …と言うか、あんた冷たいんだけど。 あ…? …でも、いい。 仕方ないから。 …。 …緊急避難ってやつよ、ばか杏子。 は、そうかい…。 …そうよ。 ……。 …これ、止むかな。 まぁ、止むだろ。 雹、最初よりかは小さくなってきたしな。 …ピンポン玉くらいあったね。 あんなの、初めて見た。 ああ、あたしもだ。 …。 雷、しつこいな…。 ……。 …さやか。 ……だから、緊急避難。 …あ、そ。 ……。 …帰ったら、シャワーでも浴びなよ。 言われなくてもそうするつもりだし。 …。 …あんたも、ね。 ……いいのか。 あたしを薄情な子にしたいの? …。 黙って、借りとけ。 …仕方ねーな。 借りてやるよ。 …ねぇ、杏子。 んー…。 ……。 …まだ寒いか。 ……そんな事、一言も言ってない。 あ、そ…。 ……。 …で? ……楽しみだったの。 …? 何を…? …燕の子。 燕…? …ああ、あの巣の事か。 ……。 …あれは、どうも出来なかった。 あたし達には。 ……そうだとしても。 あいつらだって、生きているんだ。 生きてる限り、食わないと生きてはいけない。 …弱肉強食。 ああ、そうだよ。 ……。 …さやか。 ……みんな、食べられちゃった。 ……。 …親は逃げちゃったの。 ……だと思う。 雛を残して。 それは違う。 …。 …守ろうとして、戦ったんだ。 必死に警戒して、威嚇して。 …どうして。 見た事があるから。 …。 …まだ、うちがあった時にな。 うちにも毎年、来てたんだよ…。 ……。 でも、それでも、烏には敵わない。 そうやって…自然は、回っているんだ。 ……。 …明るくなってきた。 そろそろだな…。 …杏子は。 ……。 悲しく、ないの。 …悲しんだところで何になる。 ……。 …言ったろ。 烏だって、生きてる。 だから、食わないとならない。 …杏子は、冷たいよ。 ……。 ……。 …さやかは、烏に死ねって言ってるのか。 …! ……どうしようもなかった。 ただ、それだけだ…。 ……。 …腹が減るのは、どうしようもないんだ。 死なない限り、それは無くならない。 ……。 …なぁ、さやかさ。 …。 …さやかは、守られてる。 それだけは、忘れるな。 …そんな言葉。 …。 そんな言葉が聞きたいわけじゃない…聞きたかったわけじゃない。 ……。 …分かってる、分かってるのよ。 けど、それでも…あたしは、悲しかったの。 ……。 …杏子に、分かって欲しかったの。 ……。 ……でも、杏子は。 まだ、寒いか。 …触らないで。 ……。 ……。 …今更言っても信じて貰えないかもしれない。 …。 …さやかが、楽しみにしてたように。 あたしも、楽しみにしてた。 あんたが楽しそうに、してたから。 ……。 …だから、烏に襲われたのを知った時。 哀しかったよ。 …。 …哀しかったんだよ。 ……。 ……。 …杏子。 ん…。 ……何が、食べたい? …。 …お腹、減ってるんでしょ。 ああ…そうだった。 何よ、それ…。 …天気のせいで、どっか行ってた。 どうだか…。 …さやか、雹が当たったとこ、大丈夫か? うん…大丈夫。 …そうか。 ……。 …よし、行くか。 杏子。 …ん? 帰ろう。 …。 …帰ろう。 そうだな…天気が落ち着いているうちに、帰ろう。 とうさん! うん? どうした?杏子。 つばめが、つばめが…! 燕が? 落ち着いて話しなさい、杏子。 からすが、おそってるんだ!! …ああ。 ひなが、ひなが…。 ……。 どうしよう、とうさん…あのままじゃ、ひなが…。 …杏子、行こう。 う、うん。 ……。 あ、ああ…。 …遅かったか。 ひなたちが…。 ……。 どうして、どうしてからすは…。 …生きる為。 え…。 …それが日々の糧ならば。 何人も抗う事は出来ない。 とうさん…? 燕が生きているように。 雛達が親鳥に餌を強請るように。 烏もまた、生きている。 ……。 …杏子、お前もまた命を食べて生かされている。 私もまた。 でも、でもぉ……。 …祈ろう、杏子。 ……。 神の御許へと巣立った雛達へ、私達が出来る事はそれだけだろう。 ……。 …さぁ、杏子。 う、ん……。 …ねぇ、杏子。 ……。 …。 ……。 …ねぇってば。 う…。 …無視すんな、ばか。 無視したわけじゃねーよ…。 …返事、しなかった。 …。 杏子。 …ちょっと、昔を思い出してただけだ。 無視したわけじゃないよ。 昔…。 …うちがあった頃のね。 ちょっとした拍子で思い出すの、いい加減、うんざりするんだけどな…。 ……。 そういうわけだから。 耳、引っ張んな。 …燕の? …。 …。 …ま、そんなところだ。 ……そう。 雹、すっかり積もっちゃったな。 …え? 雹。 半袖来てるのに、雪かきしてるみたいでさ。 ちょっと可笑しかったな。 …やってる人は必死だっつの。 ……。 ……。 …なぁ、さやか。 なに。 …風呂、どうして二人で入ってるんだ。 文句あるの? …別にねーけどさ。 じゃあ、いいじゃない。 ……。 …どうせ、入るんだから。 ……。 い、嫌だったら、最初に断れば良かったのよ。 ……。 …。 …さやかさ。 ……なに。 がっこ、楽しいか。 …何よ、急に。 …。 …まぁ、それなり。 それなり、か。 …そう、それなりよ。 さやかの場合、もっと勉強した方がいいと思うけどな。 うっさい、ばか。 …。 …。 …あったかいな、風呂。 でしょ? …あんたの顔色も大分、良くなった。 ……。 もう、寒くないか。 …うん、寒くないよ。 ……。 …で、何が食べたい? うん…? …お腹。 ……。 …その為に早く帰ろうしたんでしょ。 そのせいで雷やら雹に遭ってさ。 そういやさ、さやか。 …は? あんた、雷苦手だったりするのか? ……。 図星か。 う、うっさいな、別に恐くなんかないわよ。 あんなの、ぴかって光って、でっかい音が鳴って、 でもって、落ちるだけだな? ……。 恐いのか。 …別に恐くないもん。 ……。 ……。 …音が、するよ。 …。 …雷の。 まだ、遠いけど。 この分だとまた 杏子。 …なんだい、さやか。 今日は特別に泊まっていくのを許可する。 …。 特別なんだからね。 …別に特別なんかいらねーけど。 ……。 …けど、たまにはさやかのベッドで寝るのも悪くないね。 て、誰があたしのベッドでって なんだ、違うのか。 ち、違うわよ。 あたしはてっきり、雷が恐いから一人で寝るのが わー!わーー!! …。 こうすれば、もう、何も聞こえない。 もう、何も恐くない。 …小学生かよ。 ……。 …なぁ、さやか。 なんでございましょうか。 …これ、作ったうちに入るのか。 と言うか誰だよ。 入るでよ? …でよ? 文句あるなら、食うな。 食うよ、ばか。 腹、減ってんだぞ。 だよね、その為にあの天気の中、帰ろうとしたんだもんね。 で、さやか。 なんであんたがラーメンなんだよ。 食べたかったから。 あたしも 何よ、ちゃんぽん、美味しいじゃないよ。 だったら けど、今日のさやかちゃんはラーメンの気分でした。 まる。 ……。 それに野菜、野菜を炒めて乗っけてあげたじゃない? あんた、野菜足りてないでしょ。お菓子とか林檎とかジャンクフードばっかり食べてて。 …のわりにはカップラーメンだよな。 何が食いたいかって聞いておいて。 だから、野菜炒め。 もうね、栄養バランスを考えたさやかちゃんの優しさですよ、ありがたく思いやがれ。 …焦げてるぞ。 大丈夫、そこまで酷くない。 味も…塩胡椒、偏ってるぞ。 ちゃんと混ぜたのか。 いいでしょ、飽きが来なくて。 …意味が分からないぞ。 よござんす。 杏子さんは食べ物を粗末に するわけねーだろ。 よござんすって、なんだよ。 よろしいって意味。 分かってるよ。 と言うか、テンション高いよ。 なんでだよ。 別に高くないわよ。 食べないなら だから食うよ。 なら、さっさとお食べ。 …雷のせいか? ちーがーいーまーすーーーぅ。 ……。 ……。 …まぁ、うまいかな。 うまいだけでいいのよ。 ……。 ……。 ……今のは落ちたな。 …いちいち言うな、ばか。 停電、いつ終わるんだろうな。 …いつか。 野菜炒め、間に合ってよかったよな。 ぎりぎりだったけど。 …だから、残さず食べてよね。 …。 …。 …あたしが残すわけねーだろ。 いくら、味があれでもさ。 …あれ言うな、ばか。 ……。 ……。 …あたしさ、夜目が利くんだよね。 と言うか、魔法でしょ…どうせ。 いや?本当に利くんだよ。 …。 だから…こういう時、困らないんだ。 …ふぅん。 ……。 ……ねぇ、杏子。 うん…? …なんでもない、ばか。 ああ…? なんだよ、それ。 …いーの。 ……。 ……。 …悪くないな。 何がよ…。 …ちゃんぽんも。 でしょ…。 …なぁ、さやか。 ……。 今度はカップラーメンじゃなくて、ちゃんとしたのを作ってくれよ。 カップラーメンもちゃんとしてます。 …そうだけど。 そうじゃなくて。 ……。 …あーもう、めんどくせ。 どんなことになっても、食べてくれるなら。 …。 …作ってあげないこともないわよ。 ……作り方は知ってるのか。 作れって言っておいて。 大体、レシピなんてネット調べれば一発だし。 …ネット、ね。 あたし、あれ苦手だな…。 ……。 ……。 …ちゃんと食べなさいよ、ばか杏子。 ……当たり前だ、ばかさやか。 ……。 ……。 …どうしてなの。 …? この広がりのなか、美しいものほど壊れやすいなら。 …。 救いだして…あなたが魂にかわってしまうならば、いっしょに連れていって。 …。 …。 …電気、なかなかつかないな。 雷はもう、過ぎたのに。 …うん。 …。 …。 ……。 …なんか、言ってよ。 なんか。 …。 …。 …さやかにしては珍しい歌だったな。 さやかにしてはって、何よ。 …そのままの意味だよ。 あたしは。 …。 …あたしは元々、音楽は好きだったの。 気に入ればなんでも聞いてたんだから。 気に入ってたのか、さっきの。 …だから、そう言った。 そういう言い方、かわいくねー。 誰があんたなんかに。 じゃあ誰ならいいんだよ。 …。 …。 …見えるの。 うん? …夜目、利くんでしょ。 そこそこに。 …じゃあ、見んな。 ……。 ん…。 …こうすれば、はっきりと見える。 ちょ…。 ……。 …魔法、使うな。 ずるい。 …人の勝手でしょ。 ……。 …今でも、思ってるのか。 ……なにを。 魔法少女になりたいってヤツさ。 ……。 …どうなんだ。 ……叶えたい願い、なくなっちゃったから。 本当に。 …。 …本当に、そう思ってるのか。 ……無理だって、言われたんだよ。 …。 その願いを叶える程、あたしにはなんちゃらがないんだって。 …エントロピーか。 …もう、あたしの願いは叶わない。 あいつの音楽はもう、聞けない。 …。 …何もかも、遅かった。 それで、良かったんだよ。 …ッ! ふざけないでよ…ッ! ふざけてなんかねぇ!!!! 治すだけなら、あたしにだって出来たの! 出来たのよ…!! うるせぇ…ッ!! なのにあたしは…ッ!! さやかぁぁぁ…ッ!!! う…。 他人の為に願うなんざ、しない方がいいんだ! あんたみたいな「しあわせばか」は特にだ!! ……。 奇跡なんてものは…他人が叶えてやるもんじゃないんだよ。 ……それでも。 …。 あたしは……。 …あんたはこれからも、魔法少女なんてクソみたいな存在にはならない。 ならないで、生きていけばいい。 …。 …あいつを救えなかったのは、あんたのせいじゃないんだ。 あいつが、現実から逃げた。ただ、それだけの事だ。 それはあんたのせいなんかじゃないんだ。 …そういう言い方。 いいか、さやか。 人には生きる権利はあっても、死ぬ権利はないんだよ。 たとえ、自分の命であっても。 …。 ないんだ。 …じゃあ、なんで。 なんで、恭介は…。 …言ったろ、あいつは逃げたんだ。 いくらでもあった筈の可能性からあいつは逃げ出したんだ。 ……。 …失うのは、辛い。 だけどな、誰もが何かを失う、何かを失わないで生きていくなんて誰にも出来ないんだよ。 ……。 …あいつは、さやかとあいつの家族、それからあいつと関係のあったヤツらの中に一生消せない傷を遺した。 それは…あいつの赦されざる罪だ。 ……。 自分がついていたらなんて、考えるな。 それはただのエゴだ。 ……杏子は。 死んじまったヤツを悪く言う趣味はねぇ。 けどな、さやか。 …。 …世の中、どうにも出来ない事なんて山ほどあるんだ。 あるんだよ…。 ……それでも、止められたかもしれないの。 …。 それでも……。 …さやか。 ………この後悔は。 …。 この後悔だけはずっと、消えない…ずっと。 ……。 ……あたしに力が、あれば。 ……。 ……。 …どうなってるんだ。 …。 …雷、また新しいのが来やがった。 ……もう、いいかげんにして欲しいね。 …。 …。 …なぁ、さやか。 ……なに。 飯、うまかった。 …。 …うまかった。 お腹、いっぱいになった…? …おう、なった。 ごちそうさん…さやか。 ……。 ……。 ……。 …恭介。 ……。 えと…CD、気に入らなかった? これじゃない方が良かったかな…。 ……いや。 …。 …。 …ねぇ、恭介。 ……。 …。 ……さやか。 ! なに、恭介? ……。 なんでも言って。 …なんでも。 そう、なんでも! あたしに出来る事だったら …ないよ、何も。 え…。 ……さやかに出来る事なんか。 恭介…。 ……何も、ない。 ……。 ……。 ……。 …ごめん。 ……ううん、あたしこそ。 なんでもなんて、簡単に言って…。 …。 …。 …そろそろ、帰った方がいいと思う。 日が暮れてきたから。 だ、大丈夫だよ。 親には、その、言ってあるし…。 ……。 ……。 ……。 ……恭介。 ……。 …うん。 じゃあ…また明日ね。 ……、…。 …? 恭介…? …さやかちゃん、大丈夫? ん…何が? ……。 …どしたの、まどか。 あたしは大丈夫だよ。 …でも。 さ、教室に入ろ。 でもって、今日も元気にがんばろー。 …うん、がんばろうね。 おっはよーう。 おはよう。 やぁやぁ、今朝も……? …? ……。 …なんか、みんなの様子が変だね。 うん…なんだろ。 あ、中ざ… みなさん、席に着いて下さい。 あ、先生…。 ……。 な、なんだろ…先生、いつもと違うような。 …ようなじゃない。 さやかちゃん…。 ……なんだろ、すごいざわざわする。 この感じ…すごい、いやだ。 鹿目さん、美樹さん、席に着いて下さい。 皆も静かに、これから皆にとても大事なお話があります。 ……。 ……。 …そんなことって。 ……。 …そんな、こと。 ……あたしの、せいだ。 さやかちゃん…。 あたしが気が付けなかったから! あたしが気が付いていたら…! ……。 昨日、お見舞いに行ったのに。 様子が、おかしかったのに。 あたしが、気が付いてあげられなかったから…!! …さやかちゃん。 あたしが、あたしが、あたしが…。 …。 …あたしが、願いを叶えていたら。 ……。 …あたしが、ぐずぐずしていなければ! …。 あたしが、魔法少女に さやかちゃん。 ……まどか。 さやかちゃんのせいじゃ、ない。 …! 違う、あたしの…! ……。 …そばに、いてあげれば良かった。 一人にしなければ、良かった…。 ……。 そうすれば……。 ……。 …あ…あ…ぁあ。 ……。 あぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁ……ッ。 ……。 ……う。 …。 …う、ぅ……。 ……あいつの夢を見てるのか。 ……。 …分かるよ、さやか。 ……きょ、ぅ…。 後悔は、先には立たない。 昔の人は良く言ったもんだよな…なぁ、さやか。 ……。 …願いを叶えて、壊してしまったのと。 願いを叶えないで、失ってしまうのと。 どっちがマシかなんて…。 ……。 …やって後悔するのと、やらないで後悔するのと。 比べたところで…何もならない。 ……。 だけどな、さやか…あたしはあんたが魔法少女にならなくて良かったと思ってるんだよ。 ……。 …そのせいで、あんたの中に消えない傷が出来たとしても。 それでもそう、思ってるんだよ…さやか。 ……。 ……。 ……どうして、思わないの。 …。 …その傷のせいで、あたしが命を絶つ可能性。 ……そんな可能性、あたしがぶっ潰す。 …。 …うざいくらいに、ひっついてやる。 ……もう、十分なんだけど。 ……。 …あたし、何か言ってた? 何かって…? ……寝言、とか。 知りたいか。 …やっぱ、いい。 ……。 ……。 …電気、復旧したみたいだ。 外、電気が点いてる。 …。 さやか…? …もうちょっとこのままでもいい。 ……。 …目、折角慣れてきたし。 寝てたくせにな。 …ちょっとだけじゃない。 寝るなら、ベッドに行けよ。 あたしの肩はあんたの枕じゃない。 …あんたは今日、うちに泊まるのよ。 だから…。 ……勝手にどっか行ったら。 ……。 …口、利かないんだから。 そうしたら静かでいいかもな。 …。 ……さやか? …ひっついていて、くれるんでしょ。 ……。 …あんたってほんと、ばか。 あんたに言われる筋合いはねーな…。 ……。 …今、何時だ。 そこまで遅くはないだろうけど…。 ……知って、どうするの。 どうもしない。 …じゃあ、いいじゃない。 あんたに時間なんて、関係ないんだから。 ばかにしてんのか。 …うん、してる。 よし、その喧嘩買ってやる。 …おお、望むところですよ。 ……。 ……。 …あれ、やらせろよ。 ……やらせろなんて、いやらしい。 は、何が? ……うっさい、ばか。 で…何を。 あんたの親父の…ほれ、ファミコンってやつ。 …ああ。 あんた、好きよね。 面白いんじゃん。 単純で。 …繋げるの、面倒なんだけどー。 泊まってやるんだ、やらせろ。 …飯、ごちそうしてやりました。 一緒に遊ぼうぜ、さやか。 ……。 あれ、あれな。 ロックマン。 …あれ、難しんだけどー。 そこがいいんじゃん。 やろうぜ、さやか。 …一人用だしー。 どうせなら桃鉄って言いなさいよー。 それは明日だ。 …。 明日。 ……明日も繋げるの、面倒なんだけど。 …。 …仕方ないから、繋げっぱなしにしておいてあげる。 だから…。 どうして、あたしは、生きてるんだろう。 どうして、あたしなんかが、生きているんだろう。 あたしなんか、生きていても、仕方ないのに。 あたしは、彼に、生きていて欲しかった。 彼にこそ、生きていて欲しかった。 その音楽を、ずっと、奏でて欲しかった。 その為だったら…その為にならって、思ったくせに。 あたしは、ほんの僅かでも、躊躇した、してしまった。 それで、そのせいで、何もかもが間に合わなくなってしまった。 あたしが、あたしこそが、死ねば良かったのに。 あたしの、あたしの腕こそが、動かなくなれば良かったんだ。 どうして、あたしなんかが。 あたしなんかが、どうして。 じゃあ、死んでしまえばいいじゃない? ……。 …死んじゃおうよ? ……。 価値なんか、ないんだから。 ……。 ねぇ…死んじゃいなよ、さっさとさ。 ……。 さぁ…? ……あ さやかちゃあぁぁぁぁぁん…!!! ……。 ……。 …まど、か? ……。 まどか……まどか? ……よかっ、た。 …な、に。 なん、なの…。 …だめ、だよ? ひとりに、なっちゃ…。 ……。 ね…かえ、ろ? ………あ。 …でも、…ほんと…に、よか…た……。 あ……あ…。 ……うれ…し…な…。 まどか、大丈夫か……ッ!!!!!! ……、……。 まどか、おい、まどか…! ……きょ…ぅ……。 どけ、ぼんくら…! う…。 しっかりしろ、まどか! ね……ぃ、…し、て…い…ぃ…か…な……。 ソウルジェムが…ッ! ちくしょう……ッ! …さ…か…ちゃ……の、こ…と、……お…ね……が……ぃ…。 もう、いい…! 喋るな…! ……やく…そ…く、…し…て………る…? そんなもん、しなくたって! しなくたってあたしは…! ………そ……か……よ…か……た…。 まどか! おい、まどか! 目を瞑るな、瞑っちゃ駄目だ! ……さ、や…か…ちゃ……ぃ、…す…だ…よ…。 まど、か……。 ………。 まどか、まどか! ……あ、ぁ。 ………。 ……畜生。 畜生…ッ! あ、あ、あ、あ、あ、あぁぁぁあぁあ……。 ……。 ……。 …まどか。 ……。 ……。 …きょうこ。 ……。 …きょうこ…きょうこぉ…。 ……さやか。 …。 …泣くなよ、あたしがいるだろ? ……。 …て、なんか言えよ。 べそべそ泣いてないでさ。 …まどか、と。 まどかと、どうした…? …まちあわせして、いっしょにがっこうにいって、いっしょにおべんとうたべて、いっしょにかえって。 いっぱい、おしゃべりしたり、とまりっこしたり、かいものにいったり…ほんとうに、ほんとうにたのしかったの…。 …うん。 なのに、さいごは…めのまえが、まどかのあかで、そまって。 …。 まどかが、うごかなくなって…。 だけどあたし、そのときのまどかのねつをおぼえてて…ほっぺたをさわってくれた、ての…。 ……。 …ねぇ、きょうこ。 まどかは…まどかも、あたしのせいで…。 …まどかは、あんたを心配していた。 そう、最後まで。 …。 …あんたは大切な友達、大好きな人。 まどかはそう、言ってた。 …そんな、こと。 あんたも、そうだろ。 まどかの事、大好きだったろう? …あたしは。 あんたにとっても、まどかは …あたしは、まどかがうらやましかった。 …。 かわいくて、やわらかくて…だれにだって、しぜんにやさしくできる…。 …。 …あたしがいっぽうてきに、はなしても。 まどかはいつだって、きいてくれた…。 ……。 …それなのに、あたしは。 まほうしょうじょであるまどかを、まどかのいたみを、わかってあげられなくて…はなしすら、きいてあげられなくて。 まどかは、どんなときだって、きいてくれたのに…きいてくれようと、してくれたのに…。 …。 …なのに、なのに。 まどかは、あたしを…さいごまで、たすけてくれて。 きょうすけのことばかりだったあたしなんかのせいで、しんじゃって…。 ……。 …あたし、あたしは。 大好き、だったか? …。 …まどかのこと。 …ッ。 …あいつは、笑っていただろ。 あんたを助けられて良かった…って、言ってたろう? でも、でも…。 …だから、さやか。 まどかの事、忘れるなよ。 絶対に、忘れるな。 …。 あんたが忘れてしまったら…まどかは本当に死んでしまうから。 ……。 …と言うか、あいつを忘れたら。 あたしが、許さないけどな…? ……う、ん。 もう、泣くなよ…いや、泣いた方がいいか。 あんたは…そういう感情、表に出すのが苦手みたいだから。 ……うるさい、ばか。 なんだよ、もういつもの調子か…? ……。 …でもま、それならそれでいいさ。 …ねぇ。 うん…? …あんたとまどかって。 最初はただの魔法少女としての繋がりだった。 …。 マミの事、覚えてるか。 …わすれられるわけ、ないよ。 あいつがな、そういうの、好きでさ。 …。 あたしはまぁ、そんなつもりじゃなかったんだけど。 だってそうだろ、一人だったら全部自分のもんだ。 でもどうしても言いやがったから、しょーがねぇから、付き合ってやった。 …。 まどかってルーキーの為に、あたしに頼んできた。 よっぽどだったんだろうな。 …よっぽど? よっぽど、好きだったんだろう。 分かる気がするよ、まどかは柔らかいから。 ……。 そんで、あたしも絆された。 あたしには…妹がいたんだけど、あんまり似てはいないけど…まぁ、そんな感じでさ。 …うん。 で、ちょいちょい学校まで行って。 …で、あたしとであった。 ま、そういう事だ。 感じ、悪かったよなぁ。 ……だって。 正直、面倒な女だって思ったよ。 助けてやってもお礼も言えないしな。 ……。 …友達なんかいらなかった。 必要、なかった。 ……。 …でも、ほっとけなかった。 まどかも……さやか、あんたも。 …どうして、あたしのこと。 どうしてだろうな。 …。 …面倒、だったからかもな。 あ、ぅ……。 …さやか。 ……。 ……あたしが、いてやる。 あたしは…いなくならない。 …ほんと。 ああ…約束、する。 ……ずっと …。 …ずっと、いてよ。 あたしと…。 ……約束するって、言ったろ。 ……。 …あたしの大事なものは、たった今から、お前だ。 ……。 …今度こそ、あたしは失くさない。 きょぅ…こ……。 …だから、さやか。 あたしとこの街を出て欲しい。 ……え。 …。 …きょうこ? 暁美ほむら。 …。 あいつは言った。 この街にワルプルギスの夜が来るって。 …ワルプルギス? 最悪の魔女さ。 多分、あたしだけじゃどうにもならない。 …。 まともにやれば…あたしは死ぬ。 …! ほむらは…気付いたら、どっかに行っちまってた。 まどかが死んで、すぐに。 ……あた、し。 さやか。 …ほむらに、いわれた。 いつもあたしのせいでまどかは…て。 ……なんだって。 まどかはいつも、あたしのせいで……かなしんだり、くるしんだりするんだって。 ……。 …あたしが、いなければ。 さやか。 ……。 …いなければなんて、言うな。 あたしは…お前がいてくれて良かったって思ってるんだ。 …。 面倒で、ばかで…手が焼けるけど。 でも、あたしには必要なんだ。 その…真っ直ぐな瞳が。 ……。 …だから、行こう。 二人で、生きよう。 …このまちを、でて。 ああ…そうだ。 ………。 …さやか。 ………わかった。 いこう、きょうこ…。 …! ほんとか…!? …きょうこが、いったんじゃない。 そうだけど…。 …だから、いっしょにいて。 ひとりに、しないで…。 ……約束する。 ……。 …さや ……もう、ひとりじゃない。 ……。 …あたしをひつようとしてくれる、きょうこがいるから。 は、なんだって? うん? 今、なんて言った。 今? そうだよ。 そのから揚げ、貰ってもいいか? うん、いいよ。 はい。 サンキュ。 まどかんちのから揚げってうまいよなー。 あたし、好きだよ。 じゃあもっと食べる? いいよ、まどかの分が無くなっちまうだろ。 だから、多めに入れてもらったの。 あ? 杏子ちゃんの分。 パパも喜んで作ってくれたんだよ。 そ、そうなのか。 うん。 だから遠慮しないで食べて欲しいな。 おう、じゃあ遠慮しない。 ふふ、じゃあどうぞ。 おう。 おにぎり、もう一つ食べる? それもあたしの分か? うん。 じゃあ、食う。 …。 …。 …ねぇ、杏子ちゃん。 …なんだ。 さやかちゃんのこと…なんだけどね。 …。 さやかちゃんとお友達になってくれたら…うれしいなって。 ……。 …わたしが魔法少女になって。 そんなつもりはなかったのに…知らないうちに、距離が出来ちゃって。 ……。 …さやかちゃん、上条君のことで凄く悩んでると思うの。 …だから? だから…。 あんたがそばにいるだろ。 だったら、あたしは必要ない。 …ううん、違うよ。 何が違うんだよ。 …杏子ちゃんにも、いて欲しいの。 ……。 …わたしだけじゃきっと、足りないと思うから。 あいつが、あたしを受け入れない。 …。 …最初っから、そうだったろ。 こっちが挨拶しても、感じが悪くてさ。 …。 なんでか知らねーけど。 あいつはあたしなんかと友達になりたくないよ。 …杏子ちゃんもなの? は? さやかちゃんと…なりたくないの? それは…別に、あたしは。 …マミさんが、死んじゃって。 …! …さやかちゃん、目の前でそれを見て。 …だから、なんだよ。 わたしね…出来ればさやかちゃんには魔法少女になって欲しくない。 …。 …上条君が好きなのは知ってる。 それでも…なって欲しくない。あんな死に方、して欲しくないの…。 …まどか。 ……さやかちゃんは今、きっと、辛いと思う。 ……。 …なんとなく、だけどね。 杏子ちゃんとさやかちゃん、いいお友達になれると思うんだ。 は、なんだそれ。 なんとなくかよ。 うん…なんとなく。 …。 …わたし、転校生で。 クラスにうまく馴染めなかったわたしを助けてくれたのはさやかちゃんだった。 わたしの、最初の友達になってくれた。 …で? ……わたし、さやかちゃんのこと大好きなの。 知ってるよ、見てれば分かる。 …そう、かな。 そうだよ。 …えへへ、なんか恥ずかしいな。 …。 …。 ……。 …ねぇ、杏子ちゃん。 お弁当、おいしいね。 …ああ、うまいな。 生きてると…こんなにも、おいしい。 ……。 ……。 …まどか。 …なに。 その…まぁ、考えておいてやる。 …。 ……なんだよ。 ううん…ありがとう、杏子ちゃん。 …別に礼なんていらないよ。 まだなるって決まったわけじゃねーんだから。 …それでも。 うれしい、から。 …。 …。 …やっぱ変なやつだな、あんた。 えへへ…そうなのかな。 ……。 ……。 …雨、だな。 …雨、だね。 ……。 ……。 …知ってるか、さやか。 …? 遣らずの雨って、言うのを。 …やらずの、雨? 帰ろうとする人を引き留めるかのように降る雨の事さ。 ……。 …もしかしたらこの街が、お前を行かせたくないのかもしれない。 …何よ、それ。 ただの感傷さ…気にしないで。 ……。 ……。 …あたしは、帰るわけじゃないよ。 ……。 あたしは、出て行くんだもの…この街から。 …さやか。 ……もう、戻れないかもしれない。 それでも…あたしは。 ……。 …あたし、ずるいんだ。 恭介の為に願いを叶える事も、まどかの想いに応える事も、出来なかった。 いつだって、自分の事だけで。 …そういう事を言えるヤツだからこそ、苦しんだ。 坊やの事を想い、まどかの事を想い…だからこそ、苦しんでいる。 その痛みは、お前の中から、消える事はないだろう。 ……。 …それでもあたしは、お前に生きていて欲しい。 あたしが、生きる為に。 …。 あたしの勝手な願いで、今、お前をこの街から連れ出そうとしている。 引き返すなら今だ…とさえ、言う気もないんだ。 ……。 …死なせない。 何があろうと。 …その為に、この街を見捨てても。 ……。 …元々、杏子はこの街の人間じゃないもんね。 ああ…そうだ。 ……あたしは、この場所で生まれて。 この場所で育って、恋をして、叶える事は出来ず、好きな人を失って…そして、大事な友達すらも。 ……。 …忘れることなんか、出来ない。 どこに行こうとも、あたしは。 ……。 …杏子、 言うな。 ……あたしは、 言うな、さやか。 ……あんたと、 聞きたくない。 あんたはあたしと行くんだ。 ……。 …行くんだ、さやか。 あたしと、生きる為に。 ……ごめんね。 約束したろ。 ずっと傍にいるって。 いてやるって。 …ごめんね、杏子。 いて欲しいって、言ったろ…! ……ごめん。 …ッ。 ……あたしは、やっぱり行けない。 ……。 …この街が、終わるなら。 あたしは…あたしもここで終わる。 この場所には恭介も…まどかも、いるから。 もう、いない…! …。 この場所にはもう、いないんだ。 いるとしたら…お前の心の中だ。 お前が忘れなければ、あいつらは死なない。 死なないんだ。 …杏子の家族のように。 …! ……杏子。 さやか…。 ……ほんの僅かな時間でも、杏子の大事な人になれて嬉しかった。 …。 あたしなんかでも…誰かの大事な人になれて さやかぁ! ……。 …頼むよ。 …。 …頼むから。 ……ありがとう。 ……。 …生きて? ……。 ……ねぇ、杏子。 ……。 ……ばいばい、杏子。 …。 ……。 ……も、するのか。 …え。 あんたも、あたしを独りにするのか…。 独りにしておいて、生きろって言うのか…。 …。 …無責任だよな。 自分は放り出しておいて。 …。 あたしは、独りになんてなりたくなかった。 なりたくなかったんだ。 …。 …一緒に、いたかった。 一緒に、いたいんだ。 ……きょうこ。 だけど、あたしはお前を連れ出す事は出来ない。 そうなんだな、さやか。 ……。 ……。 ……。 …分かった。 だったら、一緒に死んでやる。 …え。 ……。 きょ、杏子…。 けど、簡単には死んでやらない。 最後まで足掻いて足掻いて…お前と生きる為に、足掻いてやる。 ……。 だから…一つ、お願いがあるんだ。 …なに。 それまで、あたしと一緒にいてくれ。 それまでで、いい。 …。 …だめか。 変な杏子…。 …て、なに笑ってんだよ。 あたしと生きる為にって言ってるのに…言ってるくせに、それまでって。 変じゃない。 ……。 …ずっと、そばにいてくれるんでしょ。 だったら…それまで、じゃないよ。 ……ああ。 …一緒にいよう。 いて…杏子。 …さやか。 ……。 …。 …一つ、お願いしてもいいかな。 なんだい…? ……あたしの躰、抱き締めて。 強く…。 …ああ、分かった。 ……。 ……さやか。 あぁ……。 ……。 ……ありがとう、杏子。 後編 |