…これは?
骨盤腹膜炎が発症する原因の多くは性交渉にある。
…だから?
性交渉をする事で微生物…例えばクラミジア・トラコマチス、淋菌などが膣から侵入し、
子宮、卵管を経由して腹腔内に、そして骨盤内の腹膜で炎症を起こす。
その過程で子宮頚管炎、子宮内膜炎、子宮付属器炎を併発する場合もあるが、
幸いあの子供には発症していなかったようだな。
で?
どれも女にしか発症しない感染症だ。
だから、何が言いたいのよ。
治すには微生物を殺さなければならない。
それくらいならお前の頭でも分かるだろう。
腹立つ。
原因微生物によって異なるが、抗生剤を与える点は同じだ。
だから?
原因菌は淋菌だ。
それ、間違ってる可能性は?
無い。
クラなんたらの可能性は?
無いな。
なら、良いけど。
もしも間違っていたら
俺は、医者だ。
藪、がつくね。
ああ、然うだ。
ふん。
それを投与する事を忘れるな。
若しもぶり返すような事があれば、その時は知らん。
そん時はまた、医者に連れて行く。
藪、がつかないね。
は、口の減らない女だ。
話はそれだけ?
その数では完治は難しいがな。
は?
が、ここにあるのはそれだけだ。
仕入れるにも時間が掛かる。
…そ。
なんにせよ、良い医者が居れば良いがな。
むしろ、あんたより酷いのは稀じゃないの。
ふ。
本気で言ってるんだけど?
これを。
…紙?
処方箋、だ。
へぇ。
それを見せれば同じ薬を寄越す筈だ。
余程の酷い医者で無い限りな。
あ、そ。
……。
で?
いい加減、戻りたいんだけど。
…膿瘍。
…。
可能性は否定出来ない。
……。
一度、設備の整った医療機関に診せなけばならないだろう。
出来れば診てやりたかったがな。
どこまでが本当なんだか。
本来ならばもう暫くの安静と、抗生剤を点滴静入しての治療を続けなければならないが。
お前達と一緒に行く以上、止む得ない。
……。
それが、ここにある全てだ。
…これを飲ませれば良いのね。
点滴よりは効果は弱いが。
絶対に忘れるな。
…分かった。
それと骨盤腹膜炎と言うのは一度感染すると再発の恐れがある。
厄介だがな。
……。
…稀にだが、初経前に感染する場合がある。
あの子供はその可能性がある。
…ヤれるなら。
…。
年齢なんて、関係無い。
…ああ、然うだ。
…。
強引に挿入されて、使いものにならなくなってしまった例も見た事がある。
あれは酷いものだ。
…胸糞悪い。
……。
……。
…お前も一応、女だったな。
殺されたい?
…悪かったな。
…。
言葉なぞ、口があれば幾らでも吐けるものだ。
こんなクソジジイの、どこが良いんだが。
…。
アキラ。
…話はそれだけだ。
行け。
言われなくても。
…。
支度、進んでる?
…ナディ。
ん?
……なんの話だったの。
ああ。
これ。
…なに?
薬。
あの子の。
…。
治り切ってはいないから、だってさ。
…そっか。
コイユルは、まだ…?
…うん。
そっか。
まぁ、最後の点滴だし…。
アキラが、そばに…。
…?
……。
…!
……はぁ。
…エリス。
ごめんね…。
…なんで謝るの?
いうコト、聞かなかったから…。
…。
来るなって、言われたのにね…?
…ま、いつものコトだし?
えへへ…。
…出発までもう少し、時間あるから。
ん…。
……。
…だめだよ。
……なにが?
出発、するんでしょ…?
…うん。
……。
…だけど。
行こう…?
エリス…。
コイユルを、つれて…。
……分かった。
日が明ける前に、発つ。
ん…。
…それまで。
わ…。
…休んでろ?
……。
支度はあたしがするから、さ。
…ナディ。
なに?
…前より、力持ちになったね。
今更?
…。
つか、あんたが軽いだけよ。
…そうかな。
そうよ。
……。
まぁた、なにか考えてるな…?
…なにかって?
あんたの悪いクセ。
体調が悪い時に色々と考え込む。
…。
…そういう時は、ちゃんと頭も休ませる。
じゃないと躰も休めない。
…考えてないよ?
だと、良いけど。
…。
よ、と。
少し横になってなさい。
いえっさ…。
んじゃ、あたしは支度を…と。
…。
ま、言うほどないけどさ。
こういう時、身軽って良いわよねぇ。
ふふ…そうだね。
…。
……ナディ。
んー?
…左手。
今んところ、大丈夫。
…よかった。
あんたを抱っこ、出来るくらいにはね。
……。
ふふ。
…ふふ。
…。
…。
…そういや、忘れてたんだけどさ。
わすれんぼ…?
話は最後まで聞けって。
…ふふ。
…。
なぁに…?
雪。
…ゆき?
の、せいだったっけなって。
この町に留まる事になったきっかけは。
…ああ。
今まで忘れたわ。
色々ありすぎて。
…やっぱりわすれんぼ。
あんただって忘れてくせに。
…わすれてないよ?
嘘つけ。
…えへへ。
…。
…。
…ねぇ、エリス。
なぁに…?
この町出たら、どこへ行こうか。
…どこへでも。
…。
いつもどおり…?
……。
…ナディ?
いつもどおり、か。
…。
ま、あんたと一緒ならどこでも良いんだけどさ。
て、今更か。
…ナディ。
…。
…。
…コイユルさん。
…。
もう少しで、終わります。
そしたら、ごはんしましょう。
みんなで。
…。
わたし、がんばって作りますね。
…。
……コイユルさん。
…。
ほんとに行ってしまう、ですか?
……。
…すみません。
私がいうコトじゃないですね…。
…。
…。
……うた。
…?
うたって。
うた、ですか…?
…うたってたの。
……。
おかさん、うたってた。
おとさん、いたころ。
…おかあさんが。
おとさん、ふえ、ふいた。
たのしかった…。
……。
なのに…なの、に…。
コイユルさん…。
…おかさん、わたし、もういらない。
……。
もう、おうち、ない…かえれない…。
そんな、こと…。
……。
ごめんなさい…。
……。
……。
……。
…私のうち、とてもまずしかった。
…?
私のうちだけじゃない、村のみんな、とてもまずしかった。
…。
…はは、いっしょうけんめい、はたらいた。
でもちち、みんなお酒にしました。
おさけ…。
…あの人、いいました。
それ、アルコールいぞんしょうだって。
……。
…私、きょうだい、おおかった。
なにもない村、ほかにすることないから。
…ない、と。
きょうだい、おおいの?
……。
アキラ…?
…はは、おなか大きくなる。
なっても、はたらいた。
私たち、そだてるため。
だから私たちも、はたらいた。
おかあさん、たすけるため。
でも…。
……。
…ちち、おかあさんなぐった。
お酒ないって、おなか、けった。
そしたら…。
……。
…わたし、きめました。
おかあさん、きょうだい、私がたすけるって。
……。
…でも、なにもできなかった。
なにもできなくて……ちちに、うられた。
うられ、る…。
…そのお金、たぶん、お酒になった。
あきらのママは…。
ママ…。
あ…。
…おかあさん、きっと、どこもいっしょ。
私もママ、よんでました。
…。
…生きてる、おもいます。
けど…しあわせせかどうか、分かりません。
………。
ちちは…死んだらしいです。
あの人、おしえてくれました…。
……。
ほんとうは私、おかあさんのところ帰りたい…。
帰って……。
……。
…ああ。
……。
ごめんなさい、コイユルさん…泣かないで。
……ママ……ママ……。
ああ…。
……。
……コイユルさん。
……。
身を切られるほどの、痛み。
…ナディさん。
うまくは、言えないけど。
多分。
…。
アキラの歌、私も聞きたい…。
…エリスさん。
ナディも…。
そうねぇ。
出発する前にもう一度、聴きたいかも。
ね、アキラ…歌って?
……はい。
……。
コイユルさん…。
…コイユル。
えり、す…。
…大丈夫。
もう、一人にはならないよ…。
……。
ナディと私がいる…。
コイユルの本当のお母さんにはなれないけど…でも。
……うぅ。
…。
アキラ。
…ナディさん。
あたしさ、親いないのよ。
え…。
コイユルよりも小さい頃にね、死んじゃったの。
だからずっと一人ぼっちだった。
ナ、ナディさん…。
そう、エリスに会うまでは。
…わ。
今はもう一人じゃない。
エリスがいるからね。
……もう、私だけじゃないよ。
お…。
…忘れないで?
忘れてないって。
…なら、良い。
…。
…。
人は…いつか、一人になるかもしれない。
どんな別れ方をするかは分からないけど。
…。
…その時に、誰かと出逢えたら。
その人が選んでくれたら…人は、生きていけると思うのよ。
そう、死んだような毎日じゃなくて…。
…ナディ、死んでたの?
例えよ、例え。
…そっか。
そうそう。
ナディ、荒くれ者だったから…。
て、なんでそうなるかな。
…ふふ。
たく。
……ナディさんは。
うん?
しあわせ、なんですね。
まぁ、ね。
…エリスさんも。
うん…しあわせ。
ナディとずっと、一緒だから…。
……。
えと、それでなんだっけ。
あの歌。
…?
エリス、アキラが歌ってた
亡き王女のためのパヴァーヌ?
そう、それ。
歌ってよ、アキラ。
…ああ。
エリス。
…なぁに?
そこ、アキラに譲ってあげて。
…。
アキラ、そこに座って。
最初に聞きたいって言ったのはコイユルだからさ。
私はここで
エリス、おいで。
…ん、ナディ。
さ、アキラ。
…でも、
早く、アキラ…。
でも、エリスさん…。
…うん?
かお、いろが…。
…大丈夫。
ナディが、いるから…。
…ナディさん。
あたしはその為に、ここにいる。
……。
……うたって。
コイユルさん…。
ママ…。
あ……。
アキラ、さぁ。
わ、わたしは…。
…。
だってわたしは、こどもたちを……うまれた、あのこたちを…。
…。
わたしは、おかあさんなんて…
アキラ。
あ…あぁ……。
…今は、コイユルの為に。
歌ってあげてよ。
ナディ、さん……。
…ね?
わたし、いいんでしょうか……。
良いんだって。
……コイユルさん。
…。
わたし、あなたのおかあさんのように、うたえない…。
それでも…。
……あきら、の。
ぁ…。
うた、ききたい…。
コイユルさ……コイユル。
……。
…ナディ。
…ん?
いつまで、アキラに触ってるの…。
え?
…。
て、これは…。
…。
…エリス。
……。
なんであんたはこんな時にまで…。
…うすらタコス。
て、エリス。
…。
ああ、もう…。
……ふふ。
ナディさんとエリスさん、やっぱりなかいいですね。
コイユル、アキラ。
…仲良し夫婦。
て、エリス。
…違うの?
違わないけど。
…けど?
違わない、違わないわよ。
だったら…あ。
…これで、良いんでしょ。
これで…。
……うん、良いよ。
だから、横になってろって言ったのに…。
…そのために、いるんでしょ?
う。
ナディ…?
あれは……まぁ、良いや。
…。
たく、しょーがないヤツだ…。
…えへへ。
ふふ…。
…あのぅ。
ん、なに?
うたっても、いいですか?
なんで聞くかな。
だって……ねぇ、コイユルさん。
ね。
良いわよ、勿論。
うん、歌って。
…はい。
それでは……。
エリスさん、大丈夫ですか?
…うん、良く眠ってる。
アキラの歌が効いたのかも。
…。
様子見、本当はあたしだけで来るつもりだったんだけどね。
一緒に行くってきかなくてさ…。
…。
すぐ隣だってのに。
言い出したら、ほんと、聞かない。
…。
…疲れてるくせに。
人の気も知らないで。
…ナディさん。
もう、一人だけの躰じゃないって言ってるんだけどなぁ…。
…エリスさんは。
…うん?
ナディさんのそばがいい、そうおもいます。
どうしても。
はは。
……。
それはまぁ、嬉しいんだけどね…でも。
…。
…無理は、させたくないのよ。
……はい。
今回だって本当は……。
……。
…ま、それは良いとして。
アキラは、さ。
はい…。
歌、うまいわね。
…え。
子守唄って言うのかな。
…わたし。
うん。
こどものころ、好きだったんです。
歌が?
…はい。
そっか。
おとうと、いもうと、ねかせるために。
ああ、だからか。
はい?
子供に良く効く。
まさに子守唄。
…。
…なんとなく、懐かしい感じを思い出した。
なつかしい…。
…母親の顔なんてもう、ろくに思い出せないんだけどね。
おぼえてない、ですか…?
あまり、ね。
それでもま、ぽつぽつと思い出してきてはいるんだけど。
…そう、この子のおかげで。
…。
……けどどうしても、思い出せないコトもあってさ。
むりに…。
…。
…おもいださなくてもいい、そうおもいます。
そうかな。
……。
それにしても。
…?
コイユルの手。
アキラの事、離さない。
……。
…そうしていると。
いけません。
…。
……私、そんなしかく、ありません。
まだ何も言ってないんだけど。
…。
…でも、まぁ。
必要なのは資格云々よりも、気持ちじゃないの。
…。
大体、資格なんて言われたら。
あたしにだってあるかどうか。
ナディさんは、
だったら、アキラも。
……。
…あたしはエリスと、生まれてくる子供を守る、守りたい。
それだけじゃ、駄目かな。
…いいえ。
アキラ。
わたしは…。
……。
…もう、こどももてません。
それは違うでしょ。
…。
…もう、産めないとしても。
……。
アキラみたいな人、必要としている子供はあんたが思っている以上にいっぱいいるんじゃないの。
……。
本当の子供じゃないなんて、そんなの、関係ない。
エリスを見てたら、そう思う。
…。
ま、あの藪医者がなんて言うか知ったこっちゃないけど。
……。
ところで、アキラ。
…?
お腹、すいた。
…はい?
いや…ごめん。
……。
…なんだか最近はすぐ、お腹がすいて。
特に躰を動かすと…。
くいしんぼ…ですか?
…言っとくけど、前はここまでじゃなかったんだって。
…。
本当なんだけど。
…じゃあ、そういうことにしときます。
エリスみたいコトを。
…ふふ。
なんだかなぁ……。
…ごめんなさい、コイユルさん。
…。
ごはん、作ってきます。
だから、そのあいだだけ…。
…。
ナディさん。
…うん?
支度、大丈夫ですか?
まぁ、ね。
元々、そんなに無いから。
…そしたら。
おねがい、しますね。
点滴〈コレ〉は?
終わったの?
はい。
だからあの人、呼んできます。
ついでに。
ついでに?
はい、ついでに。
はは。
じゃ、最後のごはん宜しく。
はい、よろこんで。
…終わったか。
はい。
…容態は?
よい、おもいます。
……。
…だけど。
たび、行ってもいいか、分かりません。
…。
…だいじょうぶ、ですか。
餓鬼一人の先の事など、俺が知った事では無い。
…それ。
……。
ほんとうに、おもっってますか。
…ああ、思っているな。
…。
…。
…なおって、ない。
……。
コイユルさんのからだ、まだ。
それがどうした。
……。
…。
……オレホン。
…。
オレホン、
あれの母親は精神に異常をきたしている。
あれを正常に戻すには、間違い無く、相当の長い時間が掛かる。
或いはもう、手の施しようが無いと言った方が早いだろうな。
……。
その長い時間を、あの子供はどう待っていれば良いと。
お前は、思うのだ。
……。
…親と一緒の方が幸せだと言うのは。
所詮大人のエゴだ、アキラ。
…それでも、わたしは。
……。
おかあさん、いっしょにいたかった。
…父親はどうだ。
どうしようもない、あの父親とも一緒に居たかったか。
……。
生まれてくる子は誰もが等しく幸せになる為に。
だが現実には等しさなど無い。
……。
…あれはあいつらと行った方が良い。
少なくとも此処に、あの母親と一緒に居るよりかは。
第三者の目から見れば、幸せに見えるだろう。
…。
アキラ。
……どうして、わたし、たすけたんですか。
…。
ほかにもっと、いた。
でもあなたは
また、その話か。
……。
理由など、無い。
何度も然う言った筈だ。
……。
戻れ。
飯の支度をするのだろう。
…生きていたら。
…。
コイユルさんと
止めろ。
…同じくらいだったかも、しれません。
だから、何だと言うのだ。
…。
死んだ子供の
…オレホン、あなたの子だった。
……。
あなたの…
…確証は無いな。
お前の上に一体、何人の男が跨った。
…それでも。
空想だ。
それでも。
……。
…あの子は、おんなのこだった。
…。
あなたはほんの少しだけ、だかせてくれた。
あの子はわたしの、さいごの…。
言って、どうなる。
あれはもう、
…いわないでください。
……。
わかって、わかっています。
……コイユルと重ねるのは止めろ。
……。
重ねたところで
なんにも、かんじなかった。
…。
でも、さいごのさいごでわたしは…おもいだした。
……。
オレホン、あなたがいたから。
……馬鹿馬鹿しい。
…。
俺はパルジファルだ。
オレホンなどではもう、無い。
……。
もう、戻れ。
餓鬼どもが腹を空かせる。
……。
俺の言う事が聞けないのか。
……かぞく、は。
…。
はなれては、いけません。
…。
…はなれたら、もうにどと
家族は。
……。
血の繋がりだけで形成されるものでは無い。
…。
家族とは利益を共有するものだ。
それに血など、関係無い。
……。
家族で無かった、血の繋がらない男女が、家族を形成させる。
親子でさえ、血の繋がりなど、必要としない。
時に、距離すらも問題にならない。
何故なら、血の繋がりなど、人の感傷や感情に過ぎないからだ。
今のお前のようにな。
…。
アキラ。
お前は子供は二度と産めない。
だが、家族を作ろうと思えば作れる。
望めば子供ですらな。
…。
人はそういう生き物だ、アキラ。
時に己が子を殺し、時に血の繋がらない子を生かす。
……コイユルさんのかぞくは、
あいつらがなろうとしている。
なれるかどうかは未だ、分からぬがな。
……。
…さぁ、行け。
子供達に腹いっぱい、飯を食わせてやるが良い。
……はい。
…家族、ね。
……ナディ。
ん…。
……。
…しょーがないなぁ。
……いない、から。
ちょっと離れただけなのに…。
……。
…分かった、戻るから。
……アキラ、は。
藪医者とお話中。
多分、コイユルのことでも話してるんじゃない?
……。
…さ、戻るぞ?
……コイユルのびょうき。
…。
まだ、なおってないんだよね…。
…うん。
……。
…さ、エリス。
ナディ…。
…また抱っこしろって?
……。
しょーがないなぁ。
…ちがうの。
じゃあ、なに?
……。
ん…?
……やっぱり、して。
…。
…して。
……しょーがないなぁ。
ん……。
うん、おいしい。
ナディはまずいって言わないね。
そんなコトない。
まずいの食べたら、その時は言う。
けどそんなの、早々無いから。
エリスのごはん食べても言わないね?
…。
言わない。
…わざと言ってるな。
まずかったら、言ってね?
…多分、言うコトは無い。
多分?
…早々、無い。
そうそう?
ああ、もう。
アキラ。
はい。
このセビチェ、おいしい。
うれしいです。
でも、食べられるとは思ってなかったな。
ここ、海から離れてるし。
内陸だからと言って、この時代、魚が食べられないわけでは無い。
知ってるわよ。
でも、こんなにおいしいセビチェはこの辺じゃなかなか食べらんないし、そもそもそんなに食べられてないでしょ。
店があっても、そんなにおいしくないし。
オレ…パルジファルに、おそわったんです。
……。
へぇ?
…黙って、食べろ。
黙って食べても
おいしくない。
ね、ナディ?
そーいうこと。
……相変わらず、騒がしい小娘達だ。
……。
コイユルさん、どうですか。
……。
…さかな、きらいですか?
……うう。
ねぇアキラ、これライムじゃないでしょ。
え?
この味、なんだっけ…。
えと、レモンです。
あー、レモンか。
言われてみれば確かに。
エリスは分かったよ?
あーはいはい、悪かったねぇ。
つかあんたはライムで作るから…
から?
…レモンの、久々に食べたなぁ。
ナディ。
ああ、もう。
あんたのに馴染んでるから、うっかり忘れてただけよ。
最初からそう言えば良いのに。
やかましい。
つか、少し寝たら元気になったようで良かったわよ、もう。
ナディがいてくれたから?
……。
ありがとう?
…どーいたしまして。
今度、レモンで作ってあげるね。
今度、ね。
つか旅してるとそれもいつのコトになるやら。
いつか、きっと?
……。
ナディ?
…あんたはライムで良いわよ。
レモンも好きだけど…ライムのはもっと好きだから。
いえっさ、ナディ。
……。
コイユルさん、さかな、だめですか?
…。
コイユル、あたし達と来たらこんなおいしいセビチェ、なかなか食べらんなくなるわよ。
ナディが焦がしたソーセージなら、
エリス。
…えへ。
ともかく。
コイユル、好き嫌いは…?
……っ、…。
コイユル…。
……う、ぅ。
コ、コイユルさん、どうしましたか。
ほね、ありましたか。
……おな、じ。
え…?
ママ…ママ……。
……コイユルさん。
この辺出身じゃないのなら。
…ナディさん?
そうなのかもしれない。
…ナディ?
これ、場所によっては郷土料理だから。
……。
コイユル。
……。
おいしい?
……う、ん。
それは良かった。
いっぱい…は食べられないかもしれないけど、食べられるだけ食べておきなさい。
今度はいつ、食べられるか、分かんないから。
ナディの
エリス、それは
ナディのおいしいトマトのスープなら、食べられるよ。
…あー、そっち。
ね?
エリスの茹でた麺入りの、ね。
うん。
………。
コイユルさん、まだありますから。
ゆっくり、ゆっくり食べてください。
……。
それにしても、藪医者。
…なんだ。
あんたがこんなセビチェをね。
……。
ま、アキラの腕が良いんだろうけど。
…ああ、然うだ。
へぇ。
が、教え方が悪ければ、美味いものは作れないがな。
は、それはどうだか。
ナディ。
うん?
口の端、ついてる。
お……。
…えへへ。
………。
…ありがとう?
……エリス。
ん…?
……ありがとう。
お前らはそんな事ばかりやっていて、良く、頭が腐らないものだな。
それとももう、腐っているのか。
うるさいな。
……。
……。
…ナディ。
ん…。
……。
…発つの、早いから。
……。
それに、またちょっとの間、ベッドで眠れなくなるからね…。
……。
…眠れない?
コイユル…。
…。
コイユル、ね…。
…この子が、生まれたら。
ん……。
…コイユルはこの子のお姉ちゃんになってくれるかな。
……。
なってくれると、良いけど…。
……うん。
……。
……。
…分かんないもんだなぁ。
なにが…?
…あたしが親になるなんてさ。
……もう、なってる。
そうなんだけど…。
……。
…実はさ、エリス。
……。
ちょっと自信無いんだ…。
…じしん?
そ、自信…。
…なんの?
なんのって…。
…なに?
この話の流れで言うか。
…ちゃんと、聞かないと。
……。
その為に口と耳はあるんだから…。
…む。
……食べる為だけじゃあ、ないよ?
悪かったな、食い意地張ってて…。
…それで、なに。
…。
…。
…あたしは、さ。
うん…。
…家族ってどんなものだったか、あまり覚えてないから。
……。
親ってどんなもんだったかな…て、さ。
あんたのお腹に触っている時とか、ふと思ったりしてさ…。
…。
…あたしはちゃんと、生まれてくる子の親になれるかなってさ。
……同じだよ。
……。
私だって、同じ…。
…エリス。
……私には親自体、いないから。
……。
…博士は、親みたいなものだったかもしれないけど。
……本当に?
あ、ナディ…。
本当に?
……。
……。
…ばか。
……分かってる。
…。
けどこればかりは、許して欲しい…。
……。
…分かってる、分かってるのよ。
でも…ん。
……そんな貴女が、好きだから。
…。
だから、貴女の赤ちゃんが欲しかった。
どうしても、欲しかったの。
…エリス。
……。
…でも、それってさ。
なぁに…?
…いや、なんか引っ掛かると言うか。
……博士の事は関係ないよ。
……。
…ただ、欲しかった。
貴女の赤ちゃんが欲しかったから…。
……エリス。
女の本能。
…え。
好きな人の赤ちゃんが欲しい、産みたいと思うのは、女の本能なんだよ。
…分かる、けど。
けど…?
…なら、あたしはって話。
……。
……まぁ、良いんだけど。
産みたい…?
…え。
エリスの…赤ちゃん。
産んでくれる…?
い、いや、それは…
…いやなんだ。
いやじゃ、ないけど…。
…けど?
……どっちかと言うと、産んで欲しい。
…。
今は、さ。
今は…。
…前のあたしなら、産みたいって言ったかもしれないけど。
……ごめんね。
…どうして?
……。
…だから、産んでよ。
元気な赤ちゃんを、さ。
……うん、頑張るね。
あたしも、頑張らないとなぁ。
…がんばって?
いえっさ、エリス。
…ふふ。
……。
ナディ、もっとくっついても良い…?
これ以上、どうやって…だ。
そもそもこのベッド、一人用だって言うのに。
…えへへ。
……エリス。
ん、くすぐったい…。
…こんなに旅ばかりしてても、あんたの髪の毛はきれいなまま。
ナディも…。
…あたしのは傷みまくってる。
そんなこと、ない…。
……。
……ないよ。
ん…ありがと。
……。
……それで。
…。
コイユルの事、なんだけど。
……うん。
旅、慣れてくれると良いけど。
旅…?
そ、旅。
した事、無いだろうから。
…そっか。
そうだね。
不便なコトの方が、多いし。
おいしいセビチェも食べられないし?
…こら。
ふふ…。
…たく。
……。
……。
…ねぇ、ナディ。
ん……。
…アキラ。
今度はアキラ…?
…。
…なぁに、エリス。
……。
ん…?
…お母さん。
……。
なのかな…て。
…ああ。
そうかもしれないね。
……私。
…あんたも。
……。
お母さん、でしょ?
……。
…不安そうな顔、するな?
……でも。
まぁ、中にはコイユルの母親みたいのもいるけど。
…。
…でも、アキラのようなお母さんだっている。いっぱいいる。
あんたは…あんたなりの母親になれば良い。
……う、ん。
…なんて。
自信無いあたしが言えたコトじゃ、ないか。
ううん……ありがとう、ナディ。
どういたしまして。
…。
…。
……ナディ。
さぁ、寝ようか…?
……。
…エリス。
………。
…エリス?
……声が、する。
声…?
…女の人、の。
アキラ…じゃ、ないか。
あの声…。
…し。
……。
………たく、嫌になるなぁ。
ナディ…。
…一緒に、来る?
ん、行く…。
…離れないって約束、出来る?
できる…。
じゃ、おいで。
…いえっさ。
……。
……。
……かえして。
……。
……。
かえして…。
…今のあんたに、
あの子は、返せない。
う…。
…人と言う生き物は一度、堕ちると。
這い上がるのは、難しい。
あんたは今、一瞬の正気に戻ってるに過ぎない。
…そんな貴女にコイユルは返せない。
……。
…忘れる事は出来ないかもしれない。
けれど、あの子があんたの元に帰って、幸せになれるとも思えない。
だからって、
私達と一緒だからって、幸せになれるか。
それも分からない…けど、貴女と違って、私達はあの子を売ったりなどしない。
…しかた、なかったのよ。
だって、そうしなきゃ……。
強い人間なんて、いない。誰かに縋りつきたい時は誰にだってあるのだから。
でも、守るべき存在であるあんたが、傷つけてしまう側に回ってしまったら。
あの子は誰に頼れば良かったのか…あんたにはきっと、分からない。
分かろうとも、しなかった。
…お母さんは。
お母さんは、子供を守らないといけない。
どんな時だって。
…う、ぅぅ。
…女であるのは分かる。
子供よりも自分を優先したいのなら……忘れた方が良い。
それがあの子の為にも…いや、ならないとしても。
…それでも。
もう、あの子を苦しめたくない。
それが…私達の綺麗事だったとしても。
……。
……今、この子のお腹には。
…ナディ。
子供が、いる。
あたしはこの子も、お腹の子も、守る。
どんな事があっても。
……。
…でも、この想いは。
きっと、あんたの中にもあったと思う。
……あのひと、が。
……。
……。
…きえて、しまったあのひから。
わたしは…太陽を、うしなってしまった。
……。
……。
どう、いきていけばいいのか…ちいさなあのこをだいて、わたしは……。
……。
……。
わたしは……わたしは……ぁ。
…もう一度。
やり直せば良い。
…ナディ。
でもそれは、容易な事じゃない。
さっきも言ったけど、一度堕ちてしまったら、這い上がるのは難しい。
特に…
ぁ……。
……薬は、一生、付き纏う。
二度と、使う以前の自分には戻れない。
もう、二度と。
……わかってる、わかってたのよ。
でも、わたしは、あのひとがいないのに、たえられなかった…!
……。
…それは今もなの?
え……。
今も、そうなら。
やっぱりコイユルは返せない。
あ、あぁ…。
…エリス。
ナディ…。
…兎に角。
今のあんたに、あの子を返す事は出来ない。
かえし、て…。
……戻ろう、エリス。
…うん。
コイユル、を…かえして………。
あ…。
……。
…わたしの、コイユル。
あのひとが、わたしに、のこしてくれたもの………。
エリス…さぁ。
……。
…まって、ください。
……。
…アキラ。
ナディさん、エリスさん、まってください…おねがいします。
かえして…おねがい、かえして…。
…幼子が親を求めるのは自然な欲求だ。
だが、親が子を求めるのは…自然な欲求から其の存在を生み出したとしても、状況によっては容易に変わってしまう。
…パル、あんたまで何の用だか。
何故なら人とは変わらざる者では無いからだ。
歳を取った人間と言うものは幼子のようにはもう、物事を、一人の人間を一途に見る事が出来なくなる。
コイユルがお前を母と慕うように、お前は子供を愛せなくなった。
そんな、こと…
…愛は歪なものだ。
それが時に人を傷付け、あまつさえ、殺す。
……。
…サラ。
…!
太陽と大地が結ばれ、生まれてきたのが……サラ、お前の名の由来になっているものだ。
どうし、て…。
…何百種類ものサラが、母なる胎内から生まれてくる。
あの子供はお前の胎内から生まれてきた、たった一つのサラだ。
……。
…サラさん。
あの子をいまも、ほんとうにあいしてるなら。
……わたし、は。
…だが、しかし。
ナディが言っている通り、一度、薬が染み付いてしまった躰と脳は二度と元には戻らない。
己の欲求に向き合い、常に戦わなければならない。
そして勝ち続けなければならない。それは…非常に過酷なものだ。
……。
それでもコイユルさんおもってる、なら…どうか。
……。
…お前にその意志があるのならば。
わたし、てつだいます。
だがら…!
……むり、よ。
……。
サラさん…。
だってわたし、もう………あぁぁ、あぁぁぁぁぁ。
……。
う、ぁぁぁアァァぁぁ………。
…禁断症状だ。
アキラ。
……。
この女に暴れる力は残っていないだろう。
……はい。
ナディ。
…何。
この女は俺が診る。
は?
…それだけだ。
どんな風の吹き回しなんだか。
けど、あんたが診たところでどうにかなるとは思わないけど。
ああ、然うだ。
エリス。
……。
あの子供は連れて行け。
だが。
……。
それは、アキラの望みかなんか?
……ごめんなさい、ナディさん。
エリスさん…。
…。
……エリス。
……。
エリスさん…。
……ナディ。
ん…?
……マリアのこと、覚えてる?
マリア…?
どこの……
……フリーダ。
…ああ。
マリアがどうかした…?
…離れていても、母子だった。
……。
母子、だったから…。
…それで、あんたは良いの。
……。
エリス。
……。
…分かった。
藪医者。
…なんだ。
コイユルはここから連れ出す。
けど、それだけ。
……ああ。
…ナディさん。
アキラも、そういう事だから。
...ocho
|