…。
…。
……。
……そこには無いわよ。
…!
あんたの目当ては、こっち。
…。
寝たふり、ね。
…。
いや、本当に寝てたか。
なんにせよ、ここまで油断出来たのは初めてでしょ、あんた。
…。
エリスは…こういう子だから。
だからこそ、あたしはこの子が傷付かないように守りたい。
分かる?
…。
躰の事もあるし。
あまり障る事、して欲しくないんだけど。
ま、あんたにもあんたの事情ってのがあるんだろうし。
分からないわけでもない。
…。
だけど、あたしはそこまで寛大じゃない。
あんたも…あたしと同じ匂い、嗅ぎ取ってるのならば。
分かるわよね?
…。
あたし達が喋ってるコトは理解、出来てるんでしょ?
返事、一応してたものね。
…。
でも、うまくは喋れない。
フリか、そうじゃないかはこの際、どっちでも良いや。
…。
あたしはただ、エリスを悲しませたくないだけ。
…。
ま、財布の一つや二つで、エリスが傷付くとは思ってない。
問題は…
…。
エリスはあんたの幸せを願っている。
それだけよ。
……。
…ふぅ。
コイユル。
…。
……コイユル。
…っ!
これなら喋れるでしょ。
多分、だけど。
…。
喋りたくないなら、いいけど。
……それ、ちょうだい。
だめ。
…。
あんたの後ろには誰がいるの。
親?それとも?
…どうでもいいでしょ。
良いわよ、どうでも。
…。
あんたがどうなろうと、あたしにはどうでも良い。
言ったでしょ、あたしがいやなのはこの子が傷付く事なの。
…女どうしなのに。
だから?
…。
あんたのコトを詳しく知ろうなんてこれっぽちも思ってないのと同じで、
あたし達のことを知ってもらおうなんて、ましてや、分かってもらおうなんて思ってないの。
全然、ね。
…。
で、どうするの?
これは残念ながら、あげらんないわよ。
こっちにも生活があるから。
…。
…。
…。
…あたしに似てる、ね。
この子はどこまであたしの事を知ろうとしているんだか…。
知って貰いたくなんか、ないってのにさ。
…。
あーあ、いやだいやだ。
あんたを見てると、思い出したくない事まで思い出す。
…。
手ぶらで帰れない?
だけど、知ったこっちゃないわよ。
…。
…だけど。
少なくとも、あんたのお腹は満たされた。
短いとは言え、心を許せる時間も。
それから、それらを手放したくないってのも。
…。
エリスは…あったかいでしょ?
……。
うん。
まだ、素直。
…。
その子のお腹にはね…子供がいるのよ。
あたしの。
…ナディの?
そう。
…。
別に信じなくても良いわよ。
ただの、気紛れだから。
さて、エリスには適当に言っておく。
帰りたいのなら、帰っても良い。
そんな場所があるんなら。
……そんな、ばしょ。
…。
……ないよ。
…。
わたしには、もう……。
…。
ない、のに…。
…それでも、もどらないと?
…。
と。
…あいつらが、いじめるの。
…。
あいつ、が……だから、わたし…。
…。
だから……だから…。
で。
そこに戻りたいの、戻りたくないの。
…。
言いたくないなら、別に良いけど。
……たく、ない。
…。
もどりたくない…もどりたくない……。
…。
もどりたく、ないよぉ……。
…。
…っく。
はぁ。
…ナディ。
…ッ!
エリス。
いつから?
…ちょっと前。
あ、そ。
…。
ごめんね、私も分かるの。
ナディに教えてもらったから。
て、謝ることじゃないでしょ、別に。
そうなの?
そうなの。
むしろ、分かってくれる方が教えた甲斐があって良かった。
そっか。
良く眠れた?
ん。
なら、良かった。
……。
……さて。
…ナディ?
こっちも分からないわけじゃない、みたいだから。
そうなの、コイユル?
……。
エリス、改めて聞くけど。
どうする?
…うん。
……。
ナディ。
んー?
変わらない。
さっきと?
うん。
と、思った。
ごめんなさい。
なんで?
…。
エリス。
…ん。
ま、難しいけどね。
…うん。
んー……。
…。
コイユル。
…。
あんた以外に誰か、いる?
…?
あんたの戻りたくない場所に“あいつら”以外。
…。
いる?
いない?
……いない。
そ。
ナディ?
それなら、それで。
ところで。
…わ。
お腹、すいた。
…さっき、食べたよ?
さっき、さっきね。
外、真っ暗なんだけど。
…本当だ。
良く眠れたみたいで良かった。
ナディも傍にいてくれて、良かった。
勿論。
えへへ。
なんか軽く食べよ。
朝昼がっつり食べちゃったから。
軽くで良いの?
そんなに使えるかぁ。
今夜も雪のおかげで屋根付きだってのに。
ふふ、そっか。
とりあえず、止んでくれたから。
後は気温が上がれば、良し。
うん、そうだね。
……。
あんたも、おいで。
…え。
行こう?
で、も…。
行く?
行かない?
……。
良し、じゃ行こっか。
いえっさ。
……。
コイユル、行こう?
……。
ほら、コイユル。
……はぁ。
…?
どうしたの?
……。
コイユル…?
……ぅ。
…!
ナディ…!
ん、どした?
コイユルが…!
…うぅ…ぅ…。
…。
ナディ。
……ぅぅ。
腹痛…と、発熱。
あと…
ナディ…?
…あ、ぅッ!!
コイユル…!
う…ぅう…ぅぅぅ…。
……。
ナディ、何してるの?
コイユル、痛がってるよ。
…いつから我慢してたんだか、知らないけど。
多分、これだけじゃ済まない。
え…?
医者に連れて行かないと。
恐らく、熱はもっと高くなる。
腹痛も治まらない。
じゃあ、
…あんた、これが始めてじゃないでしょ。
……。
ずっと、我慢して。
…そう、ずっと。
ねぇ、ナ
ちょっと出てくる。
どこに?
私も
あんたはコイユルと一緒にいて。
でも
この子を一人には出来ないでしょ。
お医者さんには行かないの?
早く行かないと…
それを聞いてくる。
聞く…?
普通の医者は多分、診てくれない。
え…。
…よっぽどのお人好しなら、或いは。
どうして?
…。
どうして?
コイユルはこんなに小さいのに。
…なんでだろうね。
ナディ…。
とにかく、コイユルをお願い。
すぐに戻ってくるから。
ナディ。
エリス。
…。
…大丈夫よ、エリス。
でもナディ、
急がないと。
このままだとまずい事になる。
…。
…ほら、こんな時はなんて言うの。
……。
エリス…。
…行ってらっしゃい。
うん、行ってきます。
ん…。
…寒がっているようだから布団はちゃんと掛けてあげて。
お腹は…
…ナディがいつも、してくれるようにするね。
うん。
…。
じゃあ、エリス。
ナディ。
うん?
…早く、戻ってきて。
早く…。
…いえっさ。
イシャぁ?
そう、医者。
そんなん、ビョーインに行けばいくらでもいるぜ?
だから聞いているんでしょ。
あ?
その病院の場所を。
…。
急いでるんだけど。
…お前、表の人間じゃねぇのか。
さぁ。
まぁ、女一人でこんなトコに来るんだからフツーじゃねぇな。
あたしはいたって普通だけど。
…この町は初めてか。
どうでも良いじゃない。
…。
知らないなら
いや、知ってるぜ。
それなりの腕を持ってるイシャをな。
そ。
じゃあ、教えて。
…なぁ。
…。
お…と。
で?
…お前もそーいうセカイに住んでるなら、分かってるだろ?
どれだけ欲しいの。
金はいらねぇ。
今は、な。
…。
ちょっとした稼ぎがあってな。
それなりにフトコロは潤ってんだ。
あ、そ。
今、俺が欲しいのは
安い女ならいくらでもいるわよ。
お前を含めてな。
は?
あたしは安くないわよ。
んが、ビョーインの場所は知りたい。
だろ?
別にあんたじゃなくでも良いから。
おい、待てよ。
…。
…情報料、安くしとくぜ?
だから、あたしは安くない。
女が欲しいなら他にあたって。
お前みたいなオンナがちょうど欲しかったトコロなんだよ、今は…うぉ。
…遺言があったら、どうぞ?
…。
あたしを表の人間だと思わないなら、分かってるでしょ?
…そっちかよ。
残念。
…本気か。
勿論。
…。
本当に撃つわよ。
…待て、分かった。
何が。
だから、
で、知ってるの?
知らないの?
…。
使い物にならないようにして欲しい?
…おい。
ま、急所だから、使い物云々の前に死んじゃうかもしれないけど。
…ブッソーな女だな。
それ、あんたには言われたくない。
少なくとも、お前よりはマットーだ。
…ふぅん。
ま、待て、教える、教えるから。
で、どこ?
……分かり辛いから地図を描いてやる。
ありがと。
じゃ、あの宿から描いて。
…あ?
何。
…仕方ねぇな。
分かってると思うけど。
…ああ、分かってるよ。
ち、変な女に捕まっちまったもんだぜ…。
…。
…。
…。
…ほらよ、出来たぜ。
そこに置いて。
…もう、何もしねぇよ。
オンナなら他で
あ、そ。
ご……ッ。
これはお礼。
お釣りはいらないから。
て、て…め…ェ…。
それと、これ。
安い女ならこれくらいで買えるでしょ、多分。
ま、今夜はそんな気、起きないかもしれないけどね。
…ちく、しょ…ぅ…や、くびか、きょ…う…は…。
むしろ、ついてると思うけど。
ま、まて…。
何。
じ、じーさん、なんだ…。
…は?
もうろ、く、しかかってる…が。
…。
それで、も…このまち、いちばん、だ…。
…あ、そ。
じゃ、あんたのソレ、診て貰った方が良いかもね。
使いものにならなかったら、コトかもしれないから。
……う、ぅ。
ま、知ったこっちゃないけど。
…ナディ。
…。
ナディ……早く、早く帰ってきて。
…エ、リ…。
コイユル…。
……。
大丈夫だよ、ナディはちゃんと帰ってくるから。
そしたらお医者さんに…。
…あ、……が…ぅ。
え…。
あ……り…が、と……ぅ。
…コイユル。
はぁ……はぁ…。
コイユル、コイユル…。
ただいま。
ナディ…?
医者の場所、分かったよ。
ナディ…!
…と。
遅いよ…ナディ。
…これでも急いだんだけど。
…。
ごめん?
…ううん。
コイユルは?
…熱が、下がらないの。
…だろうね。
コイユルはあたしが背負うから。
私は…
これ、任せる。
…地図?
ここから医者までの、ね。
任せても良いでしょ?相棒。
…いえっさ。
うん。
それじゃ…
……。
…コイユル。
ちょっと我慢してて。
ぅ…。
…あーあ、ほんと軽い体。
嫌になる。
…ナディ。
…よし。
じゃエリス、行こう。
…いえっさ、ナディ。
感染症、だな。
まぁ、良くある話だ。
で?
恐らくは併発もしているだろう。
我慢すればする程酷くなっていくが、金が無い奴は所詮、放っておくしかない。
コイユルは大丈夫なの?
さぁて。
それはコイツ次第か…或いは。
…。
お前次第だな。
幾ら出せる。
多くは出せないし、出すつもりも無い。
見捨てるか。
わざわざこんな俺の所に連れてきておいて、塵のように見捨てるのか。
がめつい老いぼれに言われる筋合いは無いわ。
金が無ければ薬も買えないがな。
それを言うなら、命、でしょ。
分かってるなら、尚更だ。
見ろ、こうしている間にも苦しむ時間は続くぞ。
……。
まぁ、今は薬で誤魔化しているがな。
所詮は一時的なものだ。
ナディ…。
結果。
ほぉ。
治らなかったら…その時はあんたに風穴が開く。
で、どれだけ出せる。
ある程度。
それでもある程度か。
勿論。
お前、賞金稼ぎだろう。
しかも裏の。
違うわよ。
いや、然うだな。
お前のような雰囲気を持ってるヤツに真っ当な者は先ず居ない。
…で?
頭に銃でも押し付けられると思っていたが。
そうして欲しいなら、してあげるけど。
何故しなかった。
あたしは賞金稼ぎじゃないからよ。
賞金稼ぎで無くとも、それくらいは平気でするのが裏の奴らだ。
お前はただのお人好しか、ただの莫迦だな。
ナディは莫迦じゃない。
いいや、莫迦だな。
お前も
ナディは、莫迦じゃない。
もう一度言ったら、許さない。
ほう。
どう許さないか、教えて欲しいものだ。
…。
エリス。
なかなか高く売れそうな顔をしているな。
初めはどれくらいで売れた?
ん?
…。
なんならお前が
どいつもこいつも。
いい加減にして欲しいんだけど。
…ここで出すか。
原形、留めないのがお望みならしてあげるけど。
そうしたら、この餓鬼の治療どころでは無くなるな。
足の一本くらい、無くても良いんじゃないの。
手が残れば。
ナディ。
…こっちとしてはあんたの命と引き換え、でも構わないんだけど。
は、命だと?
頭の無い奴が良く言う、陳腐な脅しだな。
だから?
…。
今更、一人殺したところで痛く痒くもないんだけど。
頭、無いから。
口の悪い女だ。
…う、ぅ…。
ナディ、コイユルが…。
…。
放っておけば、死ぬな。
構わない。
え…。
…ほぅ。
ナディ、どうして
言ったでしょ。
あたしは…あんたがいれば、それで良い。
ナディ…。
戻るわよ、エリス。
だめ、ナディ。
…。
お願い、コイユルを助けて。
助けたいけど。
あたしには、無理。
ナディ…!
……。
この餓鬼は持っていけ。
塵の処理は自分達でしろ。
ごみじゃないよ…!
いいや、塵だな。
だからこそ、俺みたいなヤツの所に来たんだろう。
違う、コイユルは
エリス。
…。
…コイユルを連れて行く。
でも…でも…。
麻酔の金は置いていけ。
まさか。
だろうな。
行くよ、エリス。
…助けて、ナディ。
…。
助けて、ナディ…。
……。
なんだ。
…あんた、本当に治せるの。
言ったろう。
お前次第だと。
…これ以上は、無い。
出せない、ではなくてか。
取るなら金持ちからふんだくりなさいよ。
お前みたいな小娘に言われるまでもない。
…コイユルを治して。
構わないのでは無かったのか?
…。
所詮はお人好しな莫迦だな。
良く生きてこられたものだ。
…。
良いだろう、治してやる。
…本当?
ああ、本当だ。
…ナディ。
……。
金も後で良い。
治してからだ。
…そ。
が。
…なによ。
俺はこんな餓鬼より熟した女を診るのが好みでな。
特に他人の物は格別なものがある。
どうでも良いから。
男ってのはどうしてどいつもこいつも…
骨盤腹膜炎。
…。
…こつばん?
後は…子宮付属器炎ってとこだな。
簡単に言えば性病だ。
せい、びょう…。
原因はそれだけじゃないが、大抵は然うだな。
汚ねぇところでヤるか、病気持ちのヤツとヤると感染する。
…。
……ナディ?
まぁ、これくらいなら治せる。
が、完全に治すに時間は掛かる。
どうする?
治せるなら、治して。
然うか。
ならば叶えてやろう。
こいつは此処に置いていけ。
分かった。
エリス、行こう。
そばに
要らん。
気が散る。
エリス。
……うん。
さて、エリス。
夜ごはん、どうしよっか?
…。
考えてみればごはん、食べに行こうとしてたんだっけね。
このままの足で行っちゃおうか。
…。
何か食べたいの、ある?
…。
そういや今日のあんたはサルテーニャばっかりだったっけ。
流石に三食はないか。
…。
ごはん、が良いかな。
バランス良く摂らないとね。
…。
んーやっぱ日が沈むと冷えるなぁ。
ごはん食べてさっさと宿に戻ろ?
…。
エリス。
…ん。
……。
ナディ…。
…少し、熱い。
宿に戻った方が良さそうね。
…大丈夫だよ。
それより、
医者がいるから大丈夫よ。
…。
そう…医者がいるから。
ナディ…。
良く我慢したね。
…がまん?
力。
…ナディとの約束。
そう、約束。
…えらい?
ん、偉い偉い。
……。
何よぉ、人が折角頭撫でてやってるのに。
…ナディは私の心配ばかり。
…。
私のことばかりで…。
…あんただけじゃないわよ。
でも
…この中にいる子の事も。
…。
あたしに出来る事は…あまり無いから、ね。
…。
…力を使っていたら、あの子は治ったかもしれない。
けれど、その代償にあんたの躰が保たないかもしれない。
そんな事になったらこの子だって。
だからこそ…
…。
…エリス。
……嬉しい、嬉しいけど。
けど、ナディ…。
…あんたはあの子があたしに似ている、と言ったけど。
…うん。
この子と重ねているところもあるのかもしれない。
…え。
躰に変化がある分、ね。
そういうのが、芽生え始めてると言うのかなぁ。
そういうの…?
母親。
…おかあさん?
そ。
私が…。
そうよ。
…そうなのかな。
多分、ね。
…そっか。
そう考えるとあたしは…まだまだかなぁ。
なんとなく、世の親父どもの気持ちが分かる気がするわ。
…そんなことないよ。
うん?
…そんなこと、ない。
…そうかな。
そうだよ…。
…ま、あんたが言うなら。
ナディ、わたし、
エリス。
…。
兎に角、一度戻ろう。
ごはんは…この後の事はまたその時に考えれば良い。
…その時に、聞かせてくれる?
うん、何を?
…ナディのこと。
あたし?
…うん。
良いけど…さて、まだ何かあったかな。
…あるよ。
…。
あるの…。
…そ。
…。
…エリス?
寄りかかっても…いい?
…しんどい?
…。
エリス、
…少しだけ。
…。
…ちょっとだけ、疲れちゃった。
ちょっとだけ、ね…。
…ん、ちょっとだけ。
…誰かと一緒だった時もある。
それは昼間に話したわよね。
うん、きいた…。
その中には…自分の躰を売ってるヤツもいるって。
…ナディの目。
…。
つらそうな目、してた…。
…。
コイユルを見ている時も…ずっと。
…まさか。
ううん、してた…。
…。
…。
……たく、敵わないなぁ。
あんたには。
…。
…コイユルも、同じニオイがした。
…だれと?
……。
…。
…あいつは。
あいつはコイユルより…もう少し、大きかったかな。
やっぱり、親に捨てられたヤツでさ。
親に…。
酒と薬に逃げた母親と、母親の男にいつも殴られてたって。
その男も酷いアル中で…もう、最悪だって。
ま、良くある話よ。
…ある?
それはもう、ね。
…。
父親も誰だか分からないって言ってたかな…。
どうせ、そこらで躰売った時にでも出来たんだろうって。
…。
だから…こっちから捨ててやったんだって、笑って話してた。
その顔がまた…さ。
…また、なに?
泣きそうな、でも心底嬉しそうな…ね。
…。
…躰には消えない傷痕が、いくつかあってさ。
見たの…?
…見えただけだって。
好きで見たんじゃない。
…。
世の中には…子供を愛している親ばかりがいるわけじゃない。
邪魔で、疎んで…そのくせ金になると分かると、喜んでそれに変える。
そんなの、ごまんといる…。
…ん。
…。
…ナディ。
この子は…しあわせかな。
…。
あたしなんかが…。
…ナディは?
ん…?
ナディは、しあわせ…?
……うん、しあわせ。
私もだよ。
…。
だから…この子も、しあわせなの。
…だと、良いけど。
そうなの。
…オーケイ、相棒。
…オーケイ。
…。
…その人、どうなったの?
死んだよ。
…。
塵のように、死んでた。
……。
エリス…。
…。
…エリス。
……どうして、死んじゃったの。
…。
…教えて。
多分、だけど…。
…。
…いや、多分じゃない。
…。
お腹が痛いって、言ってた。
熱も…最初は微熱だった。
それでも、じっとしてれば治るって。
…。
治るわけ、なかったのに。
医者に行かなければ…絶対に。
…ナディは。
…。
助けようとしたんだね。
…してないよ。
…。
してない…。
…ナディは優しいから。
そんな優しさ、あの時のあたしには無かった。
自分が生きていくだけで精一杯だった。
それでも…放っておけなかった。
…。
……でも。
誰も、助けてくれなかったんだね…。
…。
誰も…。
……コイユルのようだった。
コイユル…。
お腹を抱えて苦しみだして。
躰もひどく、熱かった。
最後には意識も、失くした。
…だから。
……どっかから盗んだ薬を持ってあいつのねぐらに戻ったけど、いなかった。
今思えば、お腹の薬かどうかも分からないのにね…。
…。
多分、男が連れて行ったんだと思った。
弱って、何も出来なくても……ソレが出来れば、コトは足りるから。
そんな連中、あそこには腐るほどいた…。
…探したの。
…。
…。
…朝、あたしは見つけた。
誰も傍にいない、誰にも看取られない…ただ、ただ、一人で、死んでいた。
捨てられるように…ううん、捨てられて。
…。
あたしは……。
…ありがとう。
え…?
コイユルを助けてくれて…。
…。
それから…ごめんね。
…。
ごめんね、ナディ…。
…どうして。
どうしても…。
……あの時のフアナのお腹は、かたかった。
フアナ…。
……そう、コイユルと同じように。
…。
でもまぁ、同じだとは限らないけどね…。
……。
…さて、今回の話はもうおしまい。
今夜は早めに寝て、明日…。
…。
……エリス。
…ナディ。
あんたのお腹はやわらかい…あったかい…。
…一人だけじゃ、ないから。
…。
だから…。
…そっか。
…。
……。
…手。
……ちょっと、感覚がない。
どうせ、見抜かれてるだろうけど…。
…でも、言って。
分かってる…。
…おなか、すいてない?
それより、眠りたいかな…。
あたしも少し、つかれた…。
…すこし?
うん、ほんの少し…。
…おつかれさま。
ん…。
……。
…あんたの中で。
うん…。
いいかな…。
…いいよ。
……ありがとう。
……。
……。
明日…。
……コイユルのところに、行こう。
……いえっさ。
は?
あの餓鬼ならもう、居ない。
…。
ナディ、コイユルは…
…あんた。
凄んだところで、居ないものは居ないな。
あの子に何をしたの。
ただの内診だが?
ただの?
それで逃げられたって?
ああ、然うだな。
それは「ただの」じゃなかったからじゃないの。
いや、ただの内診だな。
なら、どうして
目を覚ましたところまでは良い。
その時は自分の置かれた状況が分からず、ぼんやりしていてな。
まぁ、当然の話だな。
…それで?
が、俺と目が合ったその瞬間だ、酷く怯えた顔になってな。
声すら、まともに出やしない。
…。
助けを求めるかのように、辺りを見回してもお前達は居ない。
で。
あんたはその時、何をしていたの。
触診だ。
ただの、な。
……。
お前達はあの餓鬼の腹には触ったか。
…。
硬かった筈だ。
それは筋性防御と言って、腹膜炎で良く見られる症状だ。
恐らくは急性だろう。
…。
目が覚めたところで、どんなものか聞こうと思ったんだが。
子宮に圧痛があればほぼ間違いないからな。
…私たちが、傍にいれば。
あれは男に対して相当の恐怖心を埋め込まれているな。
俺を見る目が尋常じゃなかった。
……。
…エリス。
萎縮せずに、良く逃げ出せたものだ。
女の本能にしては
エリス。
…。
行くよ、エリス。
…ナディ。
また連れて来るなら診てやらんでも無い。
が、来なければそれで仕舞いだ。
あの子を、探す。
良い?
う、うん…。
…多分、そんな遠くには行けない。
ああ、その通りだ。
痛みの元が消えて無くなったわけではないからな。
あんた、本当にあの子に
行ったろう?
俺は餓鬼には興味無いんだと。
…エリス。
ナディ…。
早く、
腹膜炎を起こすと、膿瘍の可能性もある。
それから癒着だな。
…のうよう?
聞かないで良い。
今は、
簡単に言えば膿が溜まる事で形成されるものだ。
大抵は卵管か、ダグラス窩で、
…。
エリス、今はそんな事はどうでも良いの。
これがあったら、腹を切らんといけなくなる。
再発するかも知れんからな。
おなかを、コイユルの…。
膿瘍が卵管に、或いは癒着していれば将来、餓鬼を産めなくなる躰になるかも知れん。
産むか産まんか、そんなのは知った事では無いがな。
……。
お前もヤる時は気をつける事だな。
薬は楽だが、ゴム無しだと、
うるさい、黙れ!
気の強い女だ。
ま、何にせよ、急ぐ事だ。
飢えてる男には、病気持ちも何も関係無いからな。
エリス、行くよ。
……。
エリス。
…ナディ、
大丈夫。
…。
あんたがそんなんで、どうするの。
うん…。
あの子に幸せになって欲しいんでしょ?
でも…。
…でも、は、無し。
しっかりする。
良い?
…いえっさ。
良し。
じゃ、
そうそう。
孕んでるなら、無理はさせない事だな。
…。
俺は医者だからな。
とは言え流れちまったら、幾ら俺でもどうにも出来んからな。
精々、気をつけてやる事だ。
…フアナ?
…。
フアナ…!
…。
…!
…。
…フアナァァァァァァァァァ!!!!!
ナディ。
…っ。
大丈夫?
…何が?
…。
それより、裏に入ると無駄に入り組みすぎ。
来た道、覚えるのもきついっつの。
…。
こうしている間にもコイユルは…。
…ナディ。
うん?
私、いない方が良い?
は、なんで?
…。
エリス。
…私、走れないから。
…。
ナディ一人の方が
あの子はあたしに心を開いていない。
…。
だから、あんたがいないとだめだと思う。
そんなこと、ないよ。
あるの。
…でも。
あんたらしくない。
…ん。
ついてくるなって言っても、いっつも、駄々捏ねてついてきたのはどこのだれ?
…こねてないもん。
じゃ、本当に一緒じゃなくて良いのね?
宿で一人で待ってられるのね?
…。
無理なら、ゆーな?
……だけど。
恐らく、あの子はこの町を知り尽くしていると思う。
…。
遠くには行けないかもしれない。
でも、隠れられる場所はあるかもしれない。
こんな入り組んでるとこなら、子供一人、隠れられる場所は沢山ある。
…ナディもそうだったから?
うん?
…子供の頃。
うん、そうだった。
だから、ああいう小さい子供が隠れる場所は大体、分かるつもり。
…。
…とは言え。
流石にきつい。
…?
ほら、早く。
…ナディ?
乗って。
……。
あんた一人、おぶって走るなんてわけない。
今のあたしにはね。
だけど
良いから。
手、が。
今日はそれなりに調子が良い。
多分、昨日あんたのお腹に手を当てながら寝たから。
…そんなので、
つべこべゆーな。
大丈夫ったら、大丈夫なの。
…。
でも、しっかり掴まってて。
出来る限りのスピードで走るから。
…。
無茶苦茶なコトを言ってるのは、分かってる。
でもあの子にはあんたが必要なの。
母親になる、あんたが。
ナディだって
エリス。
……。
もしもそんな力もあるのなら。
コイユルを、見つけて。
…ナディ。
本当は…出来れば、使って欲しくなんかない。
だけど…あたしには、この裏路地は複雑すぎる。
……。
…あんたの声で、あたしは走る。
ナディ……。
…あんたにかける負担は
いいよ。
…。
…ナディは、いつも私を一番に想ってくれる。
……。
いつだって、私以外の人を思うナディはいやだった。
…エリス。
けど……今は、いいの。
そう、今は…。
……。
……この子の、おかげかも。
なら、良いけど。
…やきもち、焼かれても困るしね?
…。
ん?
…やかないもん。
だと、良いけどね?
…ナディこそ。
あたし?
やきもち。
焼くかい。
わかんない。
私が一番だから。
あのなぁ…いや、そうかも。
ん?
妬くかもしれない。
…。
だから、あんたも分からない。
そーゆうことにしておきなさい。
しておくの?
そう、しておくの。
だって先のコトなんて、分かんないもん。
…そっか、分かった。
乗る?
でも、重いよ?
重くない。
二人分なのに?
あたしの中にも二人分、あるから。
あんたとあたしの、ね。
…。
あんたがくれた命が、あたしの中にはある。
でしょ、相棒?
…うん。
さぁ、エリス。
ん…。
……よし。
じゃエリス、頼んだ。
いえっさ…!
...cinco
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