知ってる?
    魔女は赤毛の狩人に、恋をするんだよ。









    「おと」。

    それはいつからか、「きこえる」ようになったもの。








    名前、どうしようか。


    …それ、いつも言うね。


    そうだっけ。


    …そうだよ。


    こうしてると、言いたくなるのかも。


    …どうして?


    どうしてかな。


    …聞いてるのは私だよ。


    お前は何が良い?


    ……。


    なんて、答えるわけないか。


    …考えてないの?


    考えてるけど…エリスは何が良い?


    ……。


    ん?


    …ちゃんと考えて。


    考えてるって。


    …そうは見えない。


    なんだとぅ?


    …ん。


    失礼なヤツだ。


    …ナディ。


    ……。


    …何か、聞こえる?


    うん…。


    …何が、聞こえる?


    エリスのお腹の音。


    ……。


    …いた。


    ふざけてるなら、もう、触らないで。


    ごめん、ごめんって。


    知らない。
    ばか。


    エリス。


    ……。


    …もう少し、ね?


    ……。


    ……。


    …何が、聞こえるの。


    聞こえると言うか、伝わってくる感じかな…。


    …何が。


    鼓動。


    ……。


    …確かにここにいるってさ。


    ……あ。


    うん?


    …。


    …どした?


    ……蹴った。


    お、マジで?


    ……。


    …んー?


    ……。


    分からん。


    …ふふ。


    いつもタイミングが悪いなぁ。


    …でもナディは聞けるから。


    …。


    私には、出来ない。


    そりゃ、自分のお腹に耳は当てらんないって。


    でも、聞きたい。


    その代わり、あんたは。


    ん…。


    …直接、伝わってきてる。
    あたしにはその感覚が分からない。


    ……。


    でしょ?


    …うん。


    ……。


    …まだ、聞いてるの?


    ううん、もう良いや。


    …そっか。


    今度は…


    ……。


    あんたを後から抱っこして、話でもしようかな。


    …ナディ。


    聞いてばかりじゃなくて、聞かせてもやらないと。
    じゃなきゃ、ずるいでしょ?


    ……。


    …エリス。


    なんの話をするの…。


    …さて、なんの話をしようかな。
    そうだ、あたし達が仲良し夫婦だってこと、教えてあげるとかは?


    ……なにそれ。


    はは。


    …話さなくても、伝わってると思う。


    そうだったら、良いけど。


    …そうなの。


    エリスがそう、言うなら…。


    …ん、ナディ。


    じゃあ、今日は言葉無しで教えてあげようか…。


    …だめ。


    しぃ…。


    ナ…ん、んん。


    ……。


    ……。


    …伝わってるかな。


    ……しらない。


    じゃあ、もう一度…。


    ……ナディの、ば








    その「おと」は、いつも。

    「あまい」ひびき、で。








    ん……。


    …あ、いやぁ。


    ……。


    だめ…だ、んんぅ。


    ……エリス。


    …や、だめ…。


    ……。


    おねがい、ナディ…それいじょうは…ぁ。


    ……。


    …も、う…だ、め。


    ……。


    おねがい、おねがいだから…。


    …ごめん、ちょっと無理そう。


    …ッ。


    ……欲しい。


    ば、か…ぁ。


    ……。


    や、いや……ぁ、あ、あぁ…。


    …入っても、いいって。


    そんなの、いってない…。


    …ここが、おしえてくれてる。


    そ、れは……。


    …うん、あたしのせい。


    だめ、はいらないで…それいじょうは、だめ…ぇ。


    ……。


    あ……ッ!


    …ひとつしか、いれないから。


    ナ、ディ…。


    ……。


    …や、こないで…それいじょう、おくに…。


    ……もう、我慢できない。


    だめ、うごかないで…あ、あ。


    ……がまん、してたんだけど。
    けど、ちょっと限界…。


    ひ、ぁ……う…ぅ。


    ……。


    …あか、ちゃ…ん。


    ……。


    …つた、わっちゃ…う。


    ……だから?


    …。


    親の仲がいいコトは…わるいことじゃ、ない。


    …だから、って。


    …。


    こんな、の……。


    ……わかってる。
    つよくはしない…。


    ……。


    …エリスのなか、ひさしぶり。
    あつい…。


    …。


    …きもち、いい。


    ばか…ばか…。


    …ん、ごめん。


    ……はぁ。


    …ね、エリス。


    ……。


    …あんたは、


    ばか。


    ……。


    …ナディの、ばか。


    エリス…。


    ……ばか…ばか…。


    うん…ん…。


    …はぁ。


    ……ね、手どけてよ。


    いや…。


    …。


    どかしたら、ナディ……ちょうしにのる、から。


    …。


    のって、つよくするから…。


    …しないから。


    うそつき…。


    …しないって。


    …。


    …身重のあんたに、そんなことしない。


    もう、してる…。


    …これぐらいは、ゆるしてよ。


    ゆるしたら、なんどもするから…。


    ……。


    …した、から。


    ……あんたが言うほど、してない。


    ぁ…。


    ……。


    …うごいちゃ、だめ。


    エリス…。


    ……だめなの。


    …けど、追い出そうとはしない。
    あたしの手に、自分のをかさねて…。


    ……じゃないと、うごくから。


    …エリス。


    ぅ……。


    …ゆるしてよ。


    ……だ、め。


    ……。


    はぁ…ナディ……。


    …うごきたい。
    もっとあたしを感じてるあんたの顔が見たい…。


    …。


    …もっと、あんたをかんじたい。


    いつも、そうやって……あ、だめ。


    エリス…エリス……。


    …ナディ…ナディ…ナ、ディ…。


    ……はぁ。


    だめ、おねがい…もう、うごかないで…。


    …いやだ、聞けない。


    あ、あ、あ……。


    …もっと、きかせて。


    あ…っ、…や、ぁ…!


    ……。


    だめ……なの、に。


    ……エリス。


    ばか…。


    …うん。


    ばか…ナディの、ばか…。


    …うん。


    ……。


    エリス…。


    ……しない、で。


    ……。


    …うまれちゃ、う…から…。


    生まれ…?


    ……だしてって。
    あばれる、の…。


    あぁ。


    …ばか、どんかん。


    いや、そうなんだけど……。


    …いま、だって。
    うごいて…る、から。


    ……。


    …きっと、きいてる。
    きっと、わかってる…。


    ……。


    わたしたちの、こと……。


    …エリス。


    ……ばか。


    む……。


    …はずかしい、のに。


    ……ごめん。


    すごく、はずかしいのに…なのに。


    ……ごめんって。


    …ぜんぜん、わかってない。


    ……エリス。


    ……。


    ……。


    …つよく、しないで。


    …。


    やくそく、して…。


    ……。


    …できない、なら。


    …する。


    ……。


    必ず、守る。


    ……。


    ……。


    ………すき。








    それは「あまい」のをとおりこして、「あまったるい」のだと。

    そしてそれは「おと」ではなく、「こえ」というものなのだと。

    それをなんどもきかされているうちに、いつからから、わたしはそう「りかい」しはじめた。








    …はぁ。


    あ、…あ…ぁ…。


    ……エリス。
    エリス……。


    ナディ……ナディ……。








    …ああ、やっぱりまたはじまった。

    うごいて、きこえてるのをしらせるけど、こうなるとなにもきいてくれない。

    これでもかってくらい、あっちの「こえ」はつたわってくるのに。

    うれしい、すき、だいすき、しあわせ、すき、いとしい、すき、あいしてる、すき、すき…

    …よくわからないけど、そんなのがいっぱい。








    …はぁ…はぁ…。


    ……ね、ぇ。


    はぁ……。


    ……も、ぅ。








    ふたつの「こえ」。

    それがわたしの。








    ………。








    …でも、もうひとつ。

    わたしの「みみ」がとらえる、それ。

    それはふたつの「こえ」が「あまったるい」ときに、ひびいてくる。

    それは「あまい」じゃない。

    それはなんだろう。

    ふたつの「こえ」とちがうのは、「わかる」。

    ふたつの「こえ」にこんなひびきはない。








    エリス…、エリス…。


    …あ、……ぁ!


    ……は…っ。


    あぁぁぁ……っ、……ァ……ぁ…。








    でも、いつも。

    ふたつの「こえ」がおおきすぎて、それは。

    ふたつの「こえ」でいっぱいになって、それは。

    それは「かくれて」しまう。「とぎれて」しまう。「きえて」しまう。

    それが、わたしは、「かなしい」。








    あんたに、エリスの心臓をあげるわけにはいかない。


    黙れ、屑。


    黙らない。


    下等な生き物の分際で、私をどうにか出来ると思ってるの?
    出来るわけ無いのに。


    さぁ、出来ないなんて誰が決めたんだか。


    そう、そんなに殺されたいんだ。


    あたしはエリスを守る。
    命を懸けて、守る。


    じゃあ、その守るべき対象を壊されるのを見せてあげる。
    その時、あんたはどんな顔をするのか楽しみ。


    だから、壊させないって。


    それまで弄ってあげる。
    それから殺してあげる。


    …。


    そう、下等な生き物らしく形が残らないようにして!


    く…。


    …私の世界にあんたみたいな塵はいらないの。
    守る?
    は、くだらない。
    そんな力も無いくせに、莫迦じゃないの。


    …どうだか。
    あたしはエリスを守るって決めたから、


    もう、やめて。


    …。


    もう、やめて。
    わたしのしんぞうがそんなにほしいなら、


    エリス。


    …おねがい、ナディ。
    このままだとあなたがころされちゃう…。


    誰が殺されてやるって言った。


    でも…


    笑わせるわね。
    腹に穴を空けられて、死にそうになってた分際で。


    まぁ、そうなんだけど。


    ……。


    …エリス。


    もう、やめよう…やめて、ナディ。


    それをあんたが言うな。


    …う。


    あたしは決めたから。
    あたしが決めた事を、あんたには止められない。


    でも、ころされちゃう。
    わたしのせいで、


    エリス。


    ……。


    あたしはあんたを守る。
    オーケイ、相棒?


    …いや。


    アリス。


    …茶番はお仕舞い?


    さぁ、これからも続くかもよ。


    ……。


    あんたには、やらない。
    絶対に、やらない。


    …じゃ、死んで。
    邪魔だから。








    ふたつの「こえ」が「しずか」になったとき、「それ」が、「しずか」にながれてくる。

    ながれてくる「こえ」はみっつ。ふたつはしってる。いつもわたしの「そば」にあるもの。

    もう、ひとつ。

    それはいつも「とおく」にある。「そば」にいるのに、「とおく」。

    それはふたつの「こえ」をいつもきいている。

    ききながら、「こえ」をながしている。それは「ちいさく」て、「ふるえて」いて。

    わたしに、ふたつにも、「とどかない」。

    「いっぱい」になっているふたつには。

    でも。








    ……はぁ。


    ………。


    だから、言ったでしょ。
    エリスの心臓はやらないって。


    …人間の、分際で。


    ……。


    …私は、死なない。
    死ねないんだ!


    頭、打ち抜かれてもね。


    私は生きていない。
    だから、死なない。


    …ちがうよ。


    違わない!
    あんたに、あんたなんかに何が分かる!
    私に偉そうにするな!


    してない。


    その態度がむかつくって言ってるのよ…!


    …ぅ。





    ドン…!





    …あぁぁッ。


    言ったでしょ。
    あたしはエリスを守るって。


    ……そんなこと、したって。
    無駄だって、言ってるでしょ…。


    でも、痛覚はあるみたいだし。


    …はぁ、…はぁ。


    睨まれてもね。


    …ナディ。


    エリス、大丈夫?


    ナディこそ…。


    あたしは、大丈夫。


    でも、ちが…いっぱい、ながれて…。


    言わないで。
    認めると、痛いから。


    ……。


    あたしは、エリスがいれば死なない。


    …出来損ないがいなければ、何も出来ない人間が。


    そうよ。
    エリスがいなかったら、何度死んでたかな。


    ……。


    ナディ…。


    腕も足もあんたに折られたし、腹に穴だって空けられた。
    でも、エリスがいたから。


    守るなんて、偉そうな事言っておいて。


    人間って、そういうもんだしね。


    ……。


    ……。


    一人じゃ、どうにもならない。
    だから、誰かに助けて貰うのよ。


    …は、なにその御託。


    あたしはエリスを守ってる…つもりなんだけど、そのあたしはエリスに守られてる。


    …ナディ。


    これからも、さ。


    …うん……うん…。


    …くだらない。
    くだらない…!


    くだらなくなんか、ないよ…ないんだよ、アリス。


    黙れぇ、この出来損ないがぁぁ…!


    ぅ…。


    ……。


    ナ、ディ…。


    …あたしの後にいれば、大丈夫。
    あたしはあんたが後にいれば、大丈夫。


    ……。


    殺してやる、あんたを殺して、私は出来損ないの心臓を手に入れる!


    あたしが、させない。
    何度でも。


    ねぇ、出来損ないのエリスちゃん。
    あんたの大事な人間を、どんなに風に殺して欲しい?


    ……。


    出来損ないのくせに、愛してるんでしょ?
    人間ごっこ、そんなに楽しい?


    …。


    …あんたなんか。
    あんたこそが、失敗作なのよ。
    それなのに、それなのに…!!


    …しっぱいさく、でもいい。
    わたしは、ナディがいてくれればそれでいいから。


    だったらその心臓、黙って私に寄越しなさいよ。
    こいつがいれば、いらないんでしょ。
    二人で仲良く、殺されれば良いじゃない。


    ころさせない。
    あげない。


    ……。


    わたしは、ナディといきたい。
    いきたいから、だから…!


    …良いわ。
    あんたがどうにか出来ないほどにしてあげる。
    ぐちゃぐちゃにして、


    させないよ。


    めちゃくちゃに、して。
    その後にあんたもぐちゃぐちゃにしてあげる。
    そう、心臓以外をね!!


    ……エリス。


    …ナディ。


    そうして!
    私は命を手に入れるんだ!
    この動かない心臓を捨てて、私は新しい心臓を手に入れるんだ…!!


    ……。


    ……、あげて。


    手に入れて、私を捨てた人間を、みんな、殺してやる…!!
    こんな世界、私がぶっ壊してやる…!!


    …エリス。


    ……。


    あぁ、躰が、疼く…疼く…。


    ……。


    ……おねがい。


    あぁ…あぁぁ…っ。


    ……。


    …このこ、を。


    早く、しないと…。
    あぁ、早く、早くぅ…!!


    ……。


    ナディ…。


    あぁァ、ん……ッ。


    …。


    …このこを、しなせてあげて。








    「それ」はながれつづける。

    さっきまで「しあわせ」でいっぱいだったのに、いまは、「それ」でいっぱいなる。

    ふたつの「こえ」がきこえなくなったから。

    いたい、いたい、いたいよ、もう、やめて。

    そんなのが、ききたかったんじゃない。

    こんなの、ききたくない。もう、いらない。

    やだ、やだ、「ここ」から、だして。

    「せまい」よ、「くらい」よ、「くるしい」よ。

    「たすけて」。








    ……エリス。


    ……。


    …?


    ……うぅ。


    エリス、どうした?
    エリス。


    …だいじょう、ぶ。


    でも


    …あばれてるだけ、だから。


    まさか……。


    …ううん、まだだよ。


    ……。


    だめ、いかないで…。


    …けど。


    まだ、だから……。


    ……。


    はぁ……。


    …エリス。


    ……だいじょうぶ。
    だいじょうぶだよ…。


    ……あたしが、抱いたから。


    ううん…。


    …。


    ……ね。


    ん……。


    …ナディ、も。


    あたしも…?


    …だいじょうぶって、おしえてあげて。


    どうすれば…


    …て、を。
    いつもみたいに、おなかに…。


    …分かった。


    はぁ……。


    ……エリス。


    …こわくない。


    エリ…ん。


    …ナディ。
    ひとつに…。


    ……。


    わたしたちが、いるから…わたしたちが、あなたをまもってあげるから…んん。


    ……。


    あぁ、ナディ…。


    …まもる。
    かならず…。


    ……う、ん。








    ……。

    ……「おかあさん」。








    …え。


    ……。


    ナディ…。


    アリス。


    どうして…どうして。


    あたしは、あんたを殺さない。


    …は?
    あんたが私を殺す?


    だから、殺さないって。


    ナ


    はは、はははははははははは…!!!


    おかしい事、言ってないけど。


    あんたが私を?!
    あんたみたいな下等な生き物が私を!?
    笑わせるな!


    別に笑わせるつもりもないし。


    ふざけんなぁぁ…!!!


    ぉ……。


    …!
    ナディ…!!


    人間のくせに、人間の分際で、この私を…!!
    この私を殺すだと…!!


    ……。


    …ナディ、すぐなおしてあげる。
    あげるから…。


    ……。


    …ナディ?


    ……。


    ナデ、ナディ、どうしたの…?
    ねぇ……。


    ……。


    きず、なおったよ…ねぇ、ナディ…ナディ…。


    ……。


    …出来損ないのエリスちゃん。
    ほら、さっさと生き返らせてみなさいよ。
    死んじゃった、そいつを。


    めをあけて、あけて……ねぇ…。


    これくらいで無様に死ぬ生き物を。
    さっさとしなさいよ、愛してるんでしょ?
    ほら、早く。


    ……い、や。
    いや、いやぁぁ……。


    …所詮、出来損ないのあんたに。
    傷は治せても、生き返らせることなんて、出来ないのよ…!


    あぁぁぁぁぁ……。


    さぁ、次はあんたの番。
    まずはそのむかつく面をめちゃくちゃに


    あぁぁぁぁああああああああ……!!!!!!!


    …う。


    ナディ、ナディ、ナディ、ナディ、ナディィッィィッィ…!!!


    ……。


    あぁぁ、ァぁぁぁ…あぁぁ…ッ。


    ……る、さい。


    ……ぁぁ、あぁぁ。


    黙れェぇ…ッ!!


    ……あ、ああぁ。


    ………。


    …ナ、ディ…ナデ…ィ……。


    …そんなに騒がなくても。
    今、後を追わせてやるわよ。


    ………。


    ばいばい、出来損ないの


    …いま…いく、から。


    …?


    わたしも、いくから……だから。


    ………。


    …ひとりに、しないで。


    ……うざい。


    ………はや、く。


    ……。


    ころして…わたしを、ころして…。
    しんぞうなんて、いらない…。


    言われなくても殺してやるわよ。
    引き裂いて、心臓を引き摺りだして、ぶっ殺してやる。


    ……あぁぁ。


    さよなら、エリスちゃ





    ……ドンッ!!





    な……。


    ……だ、から。


    あ……。


    …ころさせない、て。


    あ、んた……。


    ナディ…?


    ……しぬかと、おもった。


    ナディ…ナディ…!!


    …ありがと、エリス。
    たすかった…。


    ……なん、なんのよ。


    ……。


    ……。


    あんた達、なんなのよ…ッ!!


    …にんげん、かなぁ。


    ……。


    …あんたもね、エリス。


    ナディ…。


    ………。


    …いたいでしょ、アリス。


    は?
    だから?


    …それは、いきてるから。








    おかあさん……。








    生きてる?
    私が?


    …そ。
    いたみを、かんじるんだからさ…。


    こんなもの、すぐ治るわよ!
    私はあんた達とは違うの!


    まぁ、そうなんだけど…いたいものは、いたい。
    でしょ…?


    黙れ、黙れ…ッ!


    ……。


    …ナディ、なにを。


    ほら、アリス…。


    …ぁ。


    あんたも、あったかい…。


    ……!


    ころされ、て…。


    黙れぇ…!
    私に触るなぁ…!!!


    …きづいたって、おそい。


    私に、触るなぁ……!!!


    …だから、エリス。


    ……。


    アリスは…この子は、生きている。
    あんたと同じように生まれて…同じように、生きている。


    ナディ……。


    あぁぁ、あぁぁァァぁぁ……ッ!!


    …あたしには、止められないけど。


    ……。


    殺す、殺す、殺してやる…ッ!!


    …少しで、いい。
    アリスを止めてあげてよ…エリス。


    ……。


    …守ってあげるなんて言ってさ。
    結局、最後はあんたの力頼みで格好悪いったらないなぁ…。


    ……ううん。


    エリス…。


    …だから、わたしがいるから。
    わたしができないこと、ナディがしてくれるみたいに…。


    ……。


    ナディができないこと、わたしがするために…!








    ひとつが「ふたつ」になって、「ひとつ」をのみこんだ。

    あたたかい、「ひかり」。

    「ここ」とおなじように。

    もう、くらくない。もう、せまくない。もう、くるしくない。

    もう、なにもこわくない。








    ……エリス。


    ん……。


    ……落ち着いた?


    …うん。


    ……。


    ナディ…?


    …良かった。


    ……。


    …。


    …こりた?


    え…?


    …だから、いったんだよ?


    ……。


    …うまれちゃうって。


    ……。


    …ふふ。


    ああ……。


    …ん。


    とにかく、良かった…。


    ……もう、しない?


    ……。


    …するんだ。


    ……いや、しない。


    がまん、できる…?


    ……。


    …できないんだ?


    どうしてそんなに楽しそうに言うかな、あんたは…。


    …たのしいから。


    ……。


    …あのね、ナディ。


    なぁに…。


    ……やっぱり、なんでもない。


    …気になる。


    ふふ…。


    …こら。


    あと、もうすこしだよ…。


    ん…。


    …あとすこしで、あえるの。








    やがて「ふたつ」の「こえ」は、「ひとつ」の「こえ」になった。

    そうして、「わたし」はうまれた。

    あまい、あまったるい、うれしい、あったかい、しあわせ、すき、だいすき、あいしてる、あなたさえいればなにもいらない……。

    ほんのいっしゅんだけ、ぜんぶ、ひとつになって。








    ……エリス。


    ナディ……。


    さ、行こっか。


    …でも。


    まぁ、その時はその時かなぁ。


    ……。


    …大丈夫。


    ……。


    …エリス。


    ……ナディは。


    うん…?


    …ううん。


    変なやつ…?


    ……ナディ。


    ん……。


    …すき、だいすき。


    ……。


    大好きなの…ナディ。


    …うん、知ってる。


    あ……。


    …あたしも、あんたを愛してる。
    あんたさえいれば、何もいらないくらいに。


    ……。


    …さぁ、行こっか。


    いえっさ……。


    ……、て。


    ……。


    ……。


    …わた、しは…わたしの、しんぞう、は…。


    アリス。


    ………。


    あんたの心臓は、動いている。
    だからあんたは


    生きているんだよ…アリス。
    私たちと同じように、あなたも…。


    だま、れ…だまれ……ぇ。


    …ナディが、私に教えてくれたこと。
    あなたにも……。


    ……あぁぁぁァァぁアぁ…。








    けど、「ひとつ」は、いっしょになれなかった。

    のみこまれて、のみこまれたのに、いっしょになれないまま、「ひとつ」のまま。

    ふたつのこえ、ひとつのこえ。

    みっつのこえは、そうやってわかれたんだ。








    ………。








    そっか…だから。








    ……。


    …ナディ。


    ん…。


    …聞こえる?


    うん…。


    ……。


    …命の、音。


    ふたりの…?


    …そうだけど、そうじゃない。


    …?


    …この子は、ひとつだから。


    ……。


    元はふたつだった。
    けど、今はもう…。


    …そっか、そうだね。


    ……どっちに、似てるかな。


    どっち…?


    …あんた似だったら、嬉しい。


    わたし…?


    …うん。


    わたしは…あなたににてたらうれしい。


    ……。


    …だって。
    わたしににてたら、あなた、ふあんになりそうだから。


    …なんで。


    じぶんのこかって。


    ……。


    …ほら、ひていできない。


    エリス。


    …ん。


    ……出来ないんじゃなくて、言葉が出なかっただけだ。


    ……。


    …あたしに似てなくたって。
    この子は…あたしと、あんたの。


    だけど、それは。


    ……。


    …ふあんは、けせない。
    にんげん、だから。


    …それでも、あたしは。


    ね、ナディ…。


    …。


    …きっと、ふたりににているよ。


    ……。


    ふたりのこどもだから。
    あなたににていて、わたしにもにているの。


    …。


    あ……。


    …髪の色はあんたと同じなら良い。


    ……ひとみのいろは、あなたとおなじがいい。


    唇の形は…あんたに似ているといい。


    …さこつ、


    ……。


    それから、けんこうこつ…あなたとおなじ、きれいなかたちがいい。


    …エリス。


    あなたとわたしのこ…どうか、ふたりににているように。


    ……。


    …なまえ。


    …。


    ね、かんがえてくれた…?


    …うん、考えた。


    かんがえるだけ…?


    …あんたが気に入ってくれなければ、意味ないしね。


    きかせて…。


    …今?


    ききたい…。


    ……。


    …?


    ……どうかな?


    ……。


    気に入らないなら、また、考えるけど…。


    …ううん。


    …。


    …それで、いい。
    それが、いい…。


    …じゃあ、決まりかな。


    ね、きかせてあげて…?


    もう?


    …はじめての、おくりもの。


    だったら。


    …ん。


    生まれてきてからの方が良い。


    …。


    …生まれてきてくれて、ありがとうって。


    うまれてきてくれて、ありがとう…。


    ……そう。


    …。


    …生まれてきてくれて、ありがとう。


    あ…。


    あたしの子を欲しいって言ってくれて、ありがとう…。


    …ナディ。


    そんな風に、さ…。


    …うん……うん…。








    …「わたし」はもうすぐ、「うまれる」。

    うまれて、あなたたちにであう。

    ずっと、そばにいてくれたふたつのこえ。

    わたしはまだ、だれでもないけど…わたしはふたつのこえがひとつになったものだから。

    わたしは、あなたたちの「こ」として。

    うまれていく。

    「せかい」に。








    ……。








    そしてもうひとつこえ、あなたとも。

    わたしたちは、かならず、であう。

    そう、かならず。








    …エリス。
    子供が生まれたら…。


    ……。


    …そうしたら、三人で。
    また、旅に出よう…。


    …うん。


    二人の時とは違うけど…それでも、


    ……ぁ。


    …?
    エリス…?


    ……。


    エリス、どした…?
    エリス…?


    ……い、のに。


    え…?


    …ナ、ディ。


    エリス…?


    ……みた、い。


    え、なに…?


    …そとに、でたいって。


    外に?


    ……あか、ちゃん。


    え。


    ……。


    …!
    エリス…!


    …もう、がまんできないって。
    まだだめって、もうすこしだって、いいきかせてきたのに…。


    …産婆!
    ばあちゃん、呼んでこないと…!


    まって…。


    でも


    …まだ、だいじょうぶだから。
    すぐには、うまれないから…。


    …だから今、呼んでこないと。
    あたしでは…


    ……。


    …エリス。


    あなたに、そっくり…。


    …え。


    じっとしてるのが、すきじゃないの…。


    …。


    …そう。
    ひとつのばしょに、ずっと、とどまるのは…。


    ……。


    もうすこし、いてほしかった…。
    もうすこしだけ、わたしのなかに…。


    エリス…。


    …だけどここは、あなたにはせまいんだね。
    せかい、に……ぅ。


    …う。


    ああ、ナディ…。


    …エリ、ス。


    ……。


    あんたの痛みが…短くなる、前に。


    …だいじょうぶ。


    あたしが、動けなく…


    …あげない。


    え…。


    このいたみは、あなたにあげない…。


    …どうして。


    どう、しても…。


    エリス、あたしは


    …わがまま。


    ……。


    わたし、の…。


    …エリス。


    はぁ…。


    ……。


    ね……そばに、いて。


    …当たり前だ。


    うん……。








    頭が、出てきたよ…!


    はぁ…はぁ……う、ぁ…ッ。


    まだだ、まだいきむな…!
    いいね、まだだよ…!


    うぅ…はぁ、…はぁ…。


    ……。


    …それ、今だ!
    一気にいきめ…!


    うぅ……あぁぁっ、…あぁぁあ…ッ!!


    腹に力を込めるんだよ…!
    そう、そうだ、良い子だね…!


    あぁぁっ…あぁぁぁ…っ、うぁああぁぁ…ッ。


    …エリス。


    その調子、その調子だ…!
    良いよ…!


    はぁ…はぁ…うぅぅぅあぁぁぁぁ……ッ!


    がんばるんだよ…!
    あんたは、お母さんなんだからね…!!


    …ァ……はぁ、…ィ……。


    …!


    ほら、あんたもぼさっとしてんじゃないよ…!
    あんたが出来る事なんて、たかが知れてるんだからね…!!


    うぅぅ……あぁぁ…。


    さぁエリス、もうひとふんばりだよ…!
    ナディ、その手を離すんじゃないよ…!!


    はぁ、はぁ、はぁ…っ、…ナ、ディ…ッ。


    エリス、エリス…。


    …う、うゥうぁぁぁぁあああああ゛あ゛……ッ!!!


    ……よし、出てきた!


    ぁ……ぁ……。


    …。


    ……生まれた。
    生まれたよ、ふたりとも…!!


    ……。


    エリス…エリス…。


    ……?


    ……。


    …エリス、生まれたってさ。
    あたし達の…


    おかしいね…。


    …?


    ……はぁ。


    ……これは、まずいね。


    ……し、たの…。


    うぶごえ、が……。


    仕方ないね。


    ね、ぇ…。


    …冗談は、やめてよ。
    そんな


    手荒だけど、我慢するんだよ。








    くらい。

    なにも、みえない。

    こえももう、きこえない。

    ここはそとなの。

    わたしは、うまれたの。

    それとも、まだなの。

    わからない…わからないよ。








    ……ぁあ。


    くそ、なぜ泣かない…!


    貸して…!








    …さむい。

    さむいよ……。








    ロント、ロント……!!!


    …ろ、ント。








    …きこえない。

    きこえないよ…。








    ロント……ッ!!


    ……いきて。
    いきて、ロント…。









    …いやだ、しにたくない。

    しにたくないよ…「かあ








    ロ    ン    ト    。








    …ぁ。


    お願いだから…!!


    ……これは、もう。


    ロントォ…!


    ………、ス。





    …う。





    あ。


    ……。





    …あぁ!あぁ!あぁぁ!!





    ない、た……。


    …あぁぁ。


    ナディ、エリス…!


    泣いた…よかった…。


    ……あり……う。


    なんだい、元気な子じゃないか!
    たく、吃驚させやがって…!


    ……まったく、だ。


    ナディ…。


    …エリス。


    ……みせ、て。


    …もちろん。


    ロント……。


    いきなり親を吃驚させて。
    なんて子だ。


    …そっく、り?


    あ?


    …あなたに。


    おいおい…。


    ……はぁ。


    ナディ、エリスをゆっくりと休ませてあげな。
    赤ん坊を産むってのは命がけなんだからね。


    …分かってる。


    ……そば、に。


    て、言うから。


    …やれやれ、しょうがない子達だね。
    赤ん坊、貸しな。いつまでもそのまんまじゃいらンないだろ?








    ……。


    …なぁに?


    ん、ちっちゃいなぁって。


    …あかちゃんだから。


    そうだけど。


    …。


    手なんか、こんなだし。
    これじゃ指を一本、つかむのが精一杯。


    …もうすこし、おおきくなってからでもよかったのにね。


    あたしに似ているそうだから…?


    …せっかち。


    悪かったな…?


    …ん。


    ……。


    …かぞく、だね。


    新しい…ね。


    …うん。


    ……。


    ん、ナディ…。


    …おつかれさん。


    ……ナディも。


    あたしは…何もしてないから。


    …そんなこと、ない。


    …。


    いて、くれた…。


    …当然、だ。


    ふふ…。


    ……。


    …なまえ、いっちゃったね。


    ああ。


    …。


    こいつが素直に泣かないから。
    誰かさんに似てんのかな。


    …だれかさんって?


    エリス。


    ……。


    …素直、じゃない。


    ……。


    …まぁ、それも可愛いんだけど。


    ばか…。


    …おつかれさま、エリス。


    ……ばか。


    ほんと、素直じゃない…。


    ……。


    ……。


    …ロント。


    …。


    あなたは、ロント…。
    ナディとわたしのあかちゃん…。


    …しかし、赤ん坊ってほんと小さいなぁ。


    ……。


    …でも、生きてる。
    ちゃんと…。


    ……うん。


    明日、ばあちゃんにお礼、ちゃんと言っておかないとな…。


    …ありがとう。


    …。


    …ナディにも。


    エリス…。


    ありがとう…。


    …こちらこそありがと、エリス。


    ん……。


    ……。


    ……。


    …今日はもう、おやすみ。
    ばあちゃんも言ってたけど、命、かけたんだからさ…。


    ……。


    躰、休ませろ…?


    …もうすこし。


    だーめ。


    …もうすこし、みてたい。


    ……。


    ナディ…。


    …あんたも、この子も。


    …。


    …生きて、ここにいる。
    こんなに仕合わせな事はない。


    ……。


    …でも。


    う…。


    …これで、お仕舞いじゃない。


    ……。


    これから、だからね。


    …これから。


    そう、これから。


    …そうだね。


    だから、大人しく寝ろ?


    ……。


    …これで、お仕舞いじゃないから。
    子育て、どんなもんか分からないしさ。


    …。


    …ま、二人だから大丈夫だとは思うけど。
    と言うか、大丈夫。


    ……。


    エリス。


    …ねぇ、ナディ。


    不安とか、言うな…?


    …ううん。


    じゃ、なに…?


    …ふたり、じゃない。


    うん…?


    ふたりじゃ、なかったの…。


    …?


    ……が、たすけてくれた。


    助けて?
    ああ、ばあちゃんか。


    ……。


    何人も取り上げてきたってのは伊達じゃない、かな。


    ……。


    …て、違った?


    ……ううん、ちがわない。


    そ?


    ……うん。


    ……。


    …ん、ナディ。


    ここに、いるから。


    ……。


    …愛してる、エリス。


    ナディ……。


    …あんたは?


    ……ばか。


    それが返事…?


    ……。


    …エリス。


    ……あい、してる。


    ……。


    あいしてる、ナディ……。


    …うん。


    ナディ……。








    ふたりのこえが、きこえる。

    おなかにいたころよりも、はっきりと。

    あいかわらず、あまったるくて。

    でも、しあわせで。

    こんなふたりのこえに、つつまれて。

    わたしは、うまれてきた。

    そして。








    ……ロント。








    ひとつのこえに、まもられて。

    わたしは、いかされた。

    だからねぇ、まっていてよ。








    …………。








    かならず、あいにいくから。








    ...two