天上には今宵も。


   月が淡く輝く。















 ノ 明 リ















   時は巡り、今は師走。


   空気は身を切るほどに冷たく、吐く息もすっかり白い。


   流石に上衣無しでは堪える寒さだ。


   足も畳の上とは言え、こうしていれば熱を奪われ続けるだろう。


   いや、既に指先まで冷えている。


   それでも寝床には戻らず、私は月を見上げている。


   寒月。


   私がこの家に来て丸一年が経った。


   つまり其れは私が一年生きたと言う事と同義。


   私の家族、私を含めたこの一族は朱点の呪いとやらで長くて二年、短くて一年半しか生きられない。


   従って私はもう其の半分、或いは半分以上を生きた事になる。


   やっと、半分。


   それともたった半分なのか。


   ふと。


   私は短命を疎ましく思った事が無い事に気付く。


   確かに、短命による一族の成長の速さを異常だと思った事はある。


   今思えば其れはあくまでも他者、言うなれば一族以外の者と比べる事に拠って生じる事柄で。


   もっと言えば私は其の時、人として最も変化の著しい時期であろう子供だった。


   一族の人間は一週間やそこらで自らの足で歩き、言葉を覚え、二ヶ月も経てば鬼と戦えるようになる。


   フツウの人の子であれば立つ事さえままならないのに、だ。


   其れを気持ち悪いと思った私は、矢張り子供だったのだろう。


   ともあれ、私は二年しか生きられない事実を嘆いた事は無い。


   其れは達観でも無ければ、諦観でも無い。


   寧ろ、其れだけの時でさえ、長いと思った。


   そもそも何故生きるのか。血塗られた道を歩いてまで。


   呪いの連鎖を断ち切る事もせず、あまつさえ神なんぞと交わり、


   其の種を自らの手で蒔いてまで、この生にどんな意味があるのだろう。


   呪いを解きたいのならば、自らで其の道を断てば良いのだ。


   私など、消えてしまえ。


   然う、本気で思ってた。


   いや、ある意味、今も其れは変わらない。


   己の子が欲しいと、まるで思えないから。


   だけど。


   死にたいとも思わない。


   あと一年、あと半年だとしても。


   私に時間があるのなら、其の時間を生きてみようと思った。


   あれほど、自分なんて消えてしまえ、と思っていた子供が。


   変わったとしたら、其れ。


   まぁ、積極的に生きようとは思わないけれど。















   「…聖」














   名を呼ばれて、振り返る。


   其処には私の名を呼んだ主が、私とほぼ変わらぬ格好で立っていた。


   羽織っただけの着物から見える、月の明りで仄かに青白く光る肌。


   つい先程まで貪るように愛し、溺れていた肌。







   「眠れないの…?」







   私は其の問いには答えず、視線を月に戻した。


   特段、月が見たい訳では無くて。


   子供の頃からの、眠れない時の癖のようなものだった。


   眠れないと決まって、月若しくは星、或いは空を見る。


   どんなに寒くても。







   「聖、そんな格好では躰を冷やすわ…」







   そっと。


   私の隣に寄り添うように立った彼女、蓉子は其れを知っている。


   だから敢えて答えなかった、答えなくても良いと思った。


   何も言わずとも、彼女は私に上衣を掛けてくれる。


   子供の頃から。


   ずっと傍に居てくれた人。







   「…蓉子だって、似たようなものじゃない」







   然う言って彼女の腰に腕を回して引き寄せる。


   温かく、ましてや熱く感じたのは其れだけ私が冷えていたから。


   だけど彼女は拒まず、素直に私の躰に身を寄せては肩に頭を乗せた。


   愛しい。







   「…月、綺麗ね」




   「…うん」







   其れ以上の言葉は無く、ただ身を寄せ合った。


   相変わらず、月は白く輝いている。


   私は視線を蓉子に移した。


   青白く輝く蓉子の肌。


   触りたくて、空いている方の手で頬をそっと撫でた。


   一瞬、蓉子の身が震えたのを、躰で感じる。


   私の手は頬を撫でると、首、鎖骨、それから襟の中へ。


   滑るように、ゆっくりと、慈しむ様に。


   最終的には温かで柔らかい丸みを掌に収めたところで止まる。


   止める事も咎める事もせずにいた蓉子の手が、まるで待っていたかの様に上から重ねられた。


   其の間、私の目はずっと蓉子の顔を、月を眺める其の瞳を見ていた。







   「…蓉子」







   唇を耳元に寄せて、愛しい人の名を囁く。


   名を呼ばれて初めて、蓉子は私に顔を向けた。


   絡まる視線。


   言葉も無く、重ねられる口唇。


   腰を抱く手に力が篭る。







   「…貴女が居てくれて」







   口付けの最中、呟きのように漏れる言葉。


   其の言葉さえも飲み込むように、舌を絡めて吸う。


   月が照らす部屋に響く音、吐息。


   知らず、蓉子の片腕が私の首に回され、躰の密着がより深いものになる。


   やがて蓉子は自分で立っていられなくなった。


   膝が折れ、其の場に座り込みそうになる蓉子をやや強引に己の躰へ引き寄せて、其の身を凭れさせる。


   襟の中に忍ばせた手に感じるのは、熱。







   「…布団、に」







   弱々しく、ほぼ喘ぎに近い言葉を合図に、私は蓉子の躰を抱え上げた。


   羽織っただけの着物が蓉子の居た場所にするりと落ちる。


   華奢な躰。


   私より大きかった筈の蓉子。


   其の背丈も、力も、私は追い越した。


   三ヶ月の差を、たった一ヶ月で。


   布団への行程の中で朱に染まっているだろう、耳朶を舐めては甘く食む。


   いやいやをするように蓉子は躰を捩った。







   「聖…」







   暫しの間とは言え主を失くして、熱がすっかり逃げてしまった布団。


   其の上になるべく優しく蓉子を横たわらせると、其の躰を月の明りが微かに照らす。


   今一度、呼ばれる名。


   眩暈すら覚える。







   「蓉子…」







   纏っていた衣を脱ぎ捨てて、蓉子の肌に己のを重ねる。


   冷たくも、熱を帯び始めている肌。


   脈打つ首筋。


   生きている証拠。


   嗚呼。


   理性など、原始の欲求の前では無力だ。











   溢れる蓉子の匂いに、脳が痺れ、全身で酔い痴れていく。


   私は思考を手放した。



































































   一族にとっては忌まわしい短命の呪い。


   だけれど、私が其の呪いに嘆く事は無い。


   何故なら。


   日々、移ろい、揺蕩う、人の気持ち。


   死ぬまで、とか、一生、とか。


   どんなに約束をしても。


   十年経てば色褪せてしまうかも知れない。


   いや、一年だってもたないかも知れない。







   でも、私達は。







   あくまでも、これは私の願望に過ぎないけれど。


   あと…半年で、良い。
















   「一緒に生きて。蓉子」

















   眠る前、蓉子の胸の中で願いを、希みを口にする。


   蓉子は答えず、しなやかな腕で私の頭を抱いてくれた。


   それから。



















   「…生まれてきてくれて有難う、聖」

































   私は。


   生きようと思う。


   仮令、此の手が血に塗れても。


   蓉子と一緒なら。


   其れも、良い。

































   月の明り。


   眠りに落ちる前に見た其の光は。


   今宵も淡く輝き、ただ、静かに私達を。

































  月 ノ 明 リ 了










  「愛のテーマ」
  FINAL FANTASY 4
  植松伸夫