−みんな、自分の好きな方へ向かって歩いて行けば良いのよ。
黄 泉 銀 花
十年越しの恋って。
どんなものなのかしらね。
…はい?
十年と言ったら。
うちが敵討ち兼呪いを解く為に戦い始めた頃から、ついこの間ぐらいまでの時間よ。
…お言葉ですが、当主様。
鬼朱点を討った頃の話ですから、ついこの間と言うには少し経っていると思いますけど…。
悠長と言うか。
気が長いと言うか。
はぁ。
そもそも。
死んで一年も経てば立派にご先祖様の仲間入り、になってしまううちとは時間の概念が違うのよね。
あの、当主様。
お姉さま、で良いと言ったでしょう。
二人の時は。
…お姉さま。
うん?
何かしら、蓉子。
今、私達は家系図と遺言の補修と整理をしているのですよね。
ええ、然うよ。
其れと今お話になられている事と、何の脈絡があるのですか。
ああ、此れなんて紙魚に喰われて酷いわね。
蓉子、書き直しをお願い出来るかしら?
あ、はい。
字の形は似せなくても良いわよ。
遺言と言っても、本人が書いたわけでは無いらしいから。
読めれば良し。
はい、お姉さま。
しかし。
遺言を書き留めておくなんて酔狂よね。
多分、残された者の感傷に過ぎなかったのだと思います。
…でも。
其の人柄なり何なりかを覚えておくのには丁度良いのかも知れないわね。
其れに。
其の人を知っている人が居なくなって思い出す事が無くなっても、
言葉が残っていれば私達のように思う事は出来ますから。
差し詰め。
これらはご先祖の言の葉を束ねたもの、と言うところかしら。
然うですね。
いつか。
いつか、私の言葉も束ねられる時が来るのかしら…いえ、来るのよね。
…。
…然う思うと。
ふと、ね。
ふと…なんですか。
後世の者から見ればずっと以前の…十年前の家族なんて、
仮令、言葉を遺していったとしても、矢っ張り赤の他人のようなものだなぁって思うのよ。
其れは血筋において、でしょうか。
気持ちの面においても然うだけれど。
血筋で言ったら尚更ね。
幾らなんでも此処まで交わってきたら薄まりまくり、でしょう?
…。
例えば、私と蓉子。
辿っていけば本当に姉妹、しかも双子だったのだけれどね。
こうしてみると、遠くになったものだわ。
もう、何代も前の話なのですね…。
ところが世の人達は、と言っても一部だろうけれど。
うちにとってはそんな十年を恋で越しちゃうと言うのだから。
何だか、ね。
うちは寝ても覚めても戦々〈イクサイクサ〉、時々、交神、後、子育て、一年半越したらぽっくり、な日々だと言うのに。
お姉さまは十年越しの恋をしてみたいと思っていらっしゃるのですか?
いいえ?
…。
別に。
世の中、男も女も一人では無いわよ。
其れを言ったら元も子も無いと思います。
と言うか夫婦の契りを交わしている場合、そんな事を言ったら問題かと…。
貴族さん達の中には気軽に換えたりする人も居るみたいだけれど。
大変らしいわよ、嫉妬に狂った女は。
其れは貴族達の中の事であって。
普通の民は然うでは無いと思います。
まぁ、あれらの大半は恋と言う感情で結びついているわけでは無いからね。
場合にもよるけど。
…情、ですか?
其れと少しの妥協、あとは生きる為。
向かいの婆さんが良く言ってるわ。
…。
と言っても、人の心なんて不変では無いのだから。
どうなるのかなんて、分からないけれど。
…お姉さま。
実際、私には分からないのよ。
十年どころか、二年すら人を想った事が無いから。
今までも、そして、これからも。
…。
と言うわけで。
蓉子。
…はい、何でしょうか。
私達には悠長な時間は無いのだから。
若しも欲しいものが在るのなら、欲しいってさっさと言ってしまわないと駄目よ。
…は?
一年越しだろうが、今から死ぬまでだろうが。
十年どころか、百年越しぐらいに匹敵するのよ私達なら。
ま、待って下さい。
仰っている意味が分からないのですが…。
それこそ一生をかけてしまったら、数なんかでは括れないわ。
蓉子も然う思うでしょう?
いや、だから、仰っている意味が私には理解出来ません。
あと話の脈略は一体何処から…
蓉子はね。
姉の私が言うのも何だけど、利発だし、子供の頃もあまり手が掛からなかったし、
何と言っても平包の様に、あ、勿論安物じゃないのね、使い勝手が良くて。
は、はぁ…。
対人関係においてもソツ無くこなす。
下の子たちの面倒見も良い。
特に小難しい白ちびちゃんへの面倒見の良さは特筆すべき点だわね。
白ちびちゃん…て。
聖ちゃんの事。
せ、い…。
兎に角、文句のつけようが無いのよ。
蓉子は。
…恐れ入ります。
だけれど。
己の事についてはどこか疎かなのよ、貴女は。
…。
と言っても。
体調管理とか、学問に対しての集中力とか、鍛錬への意欲とか、表立って分かる事では無いのよ。
其れらに関しても言う事無しだから。
…申し訳ございません。
お姉さまは何を言わんとしているのでしょうか…?
言葉にするのならば。
此処の事。
…胸、ですか?
の、裡(ウチ)の事。
言い換えれば心。若しくは想い。
良く言えば真面目。
悪く言えばお堅い。
…。
…大きさとか形では無いわよ?
…!
お姉さま…!
冗談なのに。
まさか気にしてる?
知りません…!
ああ、然う言えば。
白ちびちゃんが今よりも小さい頃、盛んに蓉子の胸を…
お、お姉さま…ッ
あらら。
蓉子、顔が真っ赤になってしまってるわよ。
そんなに気にしていたの?
し、知りません…ッ
そ、其れよりも早く仕事を片付けて…
大丈夫。
形は悪くないから、寧ろ、良いのでは無いかしら。
お姉さま…!
いい加減にしてくだ…
蓉子。
な…何でしょう…か。
私、交神しようと思うの。
来月辺り。
………は?
若しかしたら。
其の子とは会えないかも知れないけれど。
いえでも、お姉さまには…。
女の子が欲しかったのよ、私。
勿論、あの子も可愛いけれど。
…でも、今更。
今更も何も。
関係無いわよ。
…。
貴女も。
神の“子”、よりも、“妹”が欲しいでしょう?
…ッ
名は…然うね、女の子だったら…。
お姉さま…ッ
なぁに?
私、私は…。
…蓉子が今、“此処”で。
どんな想いを抱えているのか、私には分からないけれど。
思うように生きれば良いのよ。
…嘘です。
お姉さまは全て…。
全てが分かる人間なんてこの世には居ないわよ。
だからこそ知ろうと足掻くの。
…。
蓉子。
生きている間は、特に一年も生きていない頃はね。
時がいつまでもある様に感じるの。
けれど実際はあまりにも短くて儚い。
…。
たかが一年半でも。
後悔しない生き方なんて無い。
そして其れは屹度、長くても同じ事だと思うわ。
だから。
…だか、ら。
貴女の思うように、生きて。
思うように、仕合わせにおなりなさい。
仮令、戦で手が汚れようと。
血まみれになろうとも、其の手で掴みなさい。
お姉さま…。
仮令其れが。
この家の“道理”に反する事であっても。
私は貴女を決して咎めない。
…。
私は貴女のお姉さま、だから。
誰よりも何よりも、ただ貴女の…
私…わたし、は…。
…やぁね、私ったら。
これじゃ、お説教みたいだわ。
…。
ごめんなさいね、蓉子。
い、いえ…。
さぁ、さっさと修繕と整理をしてしまいましょうか。
…はい。
・
・
・
蓉子。
…ん。
何を、考えているの…?
…どうして?
心、此処にあらずって感じだったから。
…。
言えない…?
…ううん。
ただ、お姉さまの事を思い出して…いえ、夢で見たのかしら…。
つば…先代、の?
ね、聖…。
ん…?
私、仕合わせよ…。
え…。
多分、これが私の…。
…珍しいね。
蓉子が然う言う事を言うなんて。
…私。
少し、感傷的になってるのかも知れない…。
…。
けどね、聖…。
偽りじゃ、無いの…。
無いのよ…。
…私のせいで。
子供が得られなくても…?
せいだなんて、言わないで…。
其れを得る事が私の、私にとっての仕合わせでは無いだけ…なのだから。
…また。
この家に子供が来るね。
然うね…。
…。
…不安?
いや…。
大丈夫よ…。
…だけど。
自信が無いのよ…。
…。
私は祥子を…志摩子の時だって…。
ね、聖…。
…。
私は貴女が居てくれて…この家に来てくれて、本当に良かった。
だから…。
…蓉子。
だから…屹度、大丈夫。
…言ってる事が滅茶苦茶だよ、蓉子。
…然うかしら。
だけど…。
ん、くすぐったいわ…。
蓉子が然う言ってくれるのなら。
然う、思う事にする…。
…ね、聖。
髪…撫でて。
…。
…気持ちいい。
お…う…ように。
…?
仕…わせ、に…。
蓉子…?
仕合わせに…なって…。
…。
どうか…思うように…。
…うん。
…。
…蓉子が居てくれるのなら。
私、は…。
−どの道も、間違ってないわ。
黄泉銀花了
黄泉銀花・・・椿の品種の一つ。赤い花を咲かす。
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