春夏秋冬。
   季節は巡り、私達は生きた。
   私達は其処で生きていた。
   証など、無くても。




   然う、無くとも。
   私達は。















  
R o s a  G i g a n t e a
















   聖。


   …。


   聖。


   …ん。


   眠っては駄目よ。


   …。


   そんなところで眠ったら体に響くわ。


   よー…こ?


   起きて。


   …私、
   ねて、た…?


   寝惚けられるくらいに、ね。


   そ、か…。


   お布団で横になったら…?


   いや、もう一寸こうしてたい…。
   今日は調子が良い気がするんだ…。


   だけどそのままでいたら確実にまた、眠ってしまうわ。


   …然うかな。


   目が眠たそう。


   んー…。


   眠いのなら無理をしないで眠った方が良いわ。
   今、薬湯を持ってくるから其れを飲んでから…


   薬湯、は…まずい。


   良薬口に苦し。


   あの味だけには全然、慣れない…。


   じゃあ甘いものでも付ける?


   …うーん。


   何なら塩辛いのとか?


   …いや、どっちもいい。
   ただ…。


   聖…?


   蓉子が居れば…良い。


   …。


   蓉子…きて。


   …聖。


   おねがい…。


   …。


   よーこ…。


   …少しだけ、だから。


   うん…。


   ……。


   …ふふ。


   なに…?


   …蓉子はやっぱり、あったかい。
   それに…やわらかい。


   …貴女も。


   ……。


   聖、眠るのなら…。


   …もう少し、このままで。


   ……。


   …春、だねぇ。


   …ええ。


   春眠、暁を覚えず…だね。


   …然うね。


   ……蓉子。


   …うん。


   薬湯より…蓉子が良いな。


   …ばか。
   今は駄目よ。


   どうして…?
   ずっと、触ってないよ…。


   …今は。
   自分の体の事を一番に考えて…?


   体…より、心が求めてるんだよ…。
   一番に…。


   …聖、良い子だから。


   蓉子の中で…眠りたい。


   ……。


   蓉子…ようこ…。


   …ならば。


   ……。


   薬湯を飲んで。


   ……そしたら。
   呉れる…?


   ……一緒に眠るから。


   眠るだけ…?


   …体に負担を掛けるような真似はしないで。


   大丈夫だよ…。


   聖。


   蓉子の躰は、指先がよく覚えてる…。
   だから…


   ……。


   ……抱きたい。


   ……だめ。


   ……。


   体の調子が良くなるまで。
   約束、したでしょう…?


   ……そんな、約束。


   …薬湯を持ってくるわ。
   待ってて。


   …蓉子。


   うん…?


   どうしても…だめ?


   ……直ぐ、戻るわ。


   ………ちぇ。











   蓉子の髪の毛、さらさら。


   …たのしい?


   うん。
   さらさらー。


   ……。


   ……ねぇ、蓉子。


   …なぁに。


   私、体力落ちたかもしんない。


   は…?
   突然、何?


   然う、思わない?


   …怠けてばかりいるからじゃないの。


   運動だったら適度にしてるんだけなぁ…。


   適度…ね。


   なんか、さ。
   以前だったら直ぐ、二回目やってたじゃん?


   ……。


   合間の休みもあんまり長くなかったし。


   …人の言う事はほぼ無視して。


   二回三回じゃ、全然、足んなくてさ。


   ……。


   いや、今だって其れは同じなんだけど…何でだろう。
   やっぱり体力、落ちたのかな…だけど疲れたとかじゃないんだよな…。


   …私は、別に。
   無理をしてまで、しなくても良いと思う。


   …それって。


   誤解、しないで。
   無理をしてまで、と言ったでしょう?


   …無理なんかしてない。


   知ってる。


   足りない。
   其れは今でも感じてる事なんだ。


   ……。


   だけど…。


   …私はね、聖。


   ん…。


   私は貴女と、こうしているだけでも良いの。


   ……。


   こうしてるだけで…気持ち良いし、満たされるから。


   …うん。


   だからって、行為をしたくないと言っているわけでは無いのよ。
   貴女が求めて呉れる事は…その、やっぱり嬉しい…し。


   …。


   逆に求めて呉れないと…


   …呉れないと?


   …心配になる、し。


   ……。


   な、なによ…。


   心の底から改めて。
   可愛いと思いました。


   …また、真面目な顔して。


   真面目だもの。


   …。


   ああもう、蓉子は幾つになっても可愛い。


   …一言、余計。


   おー。
   鼻、伸びちゃうー。


   …顔、とけてるわよ。


   頭ン中も、ね。


   ……体力、落ちたのでは無かったの。


   がつがつさが無くなっただけ、かも。


   …どこが。


   ゆっくり、しよう。


   …ゆっくり?


   あ、焦らす、てわけじゃないよ?
   ゆっくりゆっくり、然う、全てを味わうように。


   …莫迦なコト、ばかり。


   …よーこ、背中に手、回して?


   ……もう。










   当主様。


   …。


   当主様。


   …んん。


   そんなトコで居眠りしてたら。
   風邪、ひどくなりますよ。


   ……あぁ。
   私…寝てた?


   はい。
   それはもう、だらしない顔をなさりながら。


   …そ、か。
   どうにも、いかんなぁ…。


   お布団で横になったら如何ですか。


   …蓉子と同じコトを言うね。
   流石、孫だけある…。


   誰でも言うと思います。


   ああ、なるほど…。


   それでは眠る前にこれを。


   …なに、これ?


   薬湯です。


   …そういや、蓉子は?


   直ぐに、いらっしゃいます。


   …直ぐ戻るって言ってたクセに。


   では、ちゃんと服用して下さりますよう。


   …それよか、さ。
   久しぶりだねぇ…。


   は、何がですか?


   一人で、私のトコに来るの…。
   由乃ちゃんはどした…?


   令さまと外に出てます。


   置いてかれた…?


   違います。


   祥子は…?


   お姉さまはお部屋にいらっしゃいます。


   じゃ、祥子ンとこに戻るの…?


   然うです。


   その前に、さ…。


   嫌です。


   はは、相変わらずばっさりと斬って呉れる…。


   どうせまた、ロクでも無いコトを言い出すに決まってるんです。


   …日頃の行い?


   他に何と言いましょうか。


   …参ったな。
   物言いがいよいよ、蓉子だ…。


   さぁ、これを服して下さい。
   そしてお布団の中で、眠って下さい。


   お願いを聞いて呉れなきゃ、やだ…。


   はぁ?


   じゃなきゃ、眠れなーい…。


   寝てたじゃないですか、先刻。


   先刻は先刻…、今は今、だよ…。


   ……。


   と、言うわけだからさ…。
   おいで、おいで…。


   嫌です。


   …むぅ。


   駄々を捏ねている暇があるのなら、布団の中で眠ってください。
   じゃなきゃ、いつまで経っても良くなりませんよ。


   あ、それって若しかして…心配、して呉れてるのかな…?


   然う取りたいのならどうぞ、御勝手に。


   はは、じゃあ然うしようかな…。


   では私は


   ねぇ、祐巳ちゃん…。


   ……。


   膝の上に座ってみない…?
   今よかちっちゃかった時みたいに…さ。


   結構です。


   君は蓉子の膝の上が、一番のお気に入りだったっけ…。


   私はもう、幼子ではないですから。


   未だまだ、小さいけれどね…。


   ……。


   ね、祐巳ちゃ


   座りません。
   そんな事よりも


   私を、名前で呼んでみてよ…。


   …は?


   当主様、じゃなくてさ…。


   ……。


   一度で、良いんだ…。


   …どうしてですか。


   ん、どうしてだろうね…。
   何となく、かな…。


   ……。


   大体…当主なんて、柄じゃ無かったし…。


   …知ってます。
   いつも蓉子さまが当主様の代わりをなさって。


   然う、然うなんだ…。


   ……。


   …蓉子、遅いな。
   早く、戻ってこないかな…。










   …あの、蓉子さま。


   ん?


   あの…。


   どうしたの?


   え、えと、今日はなにをよんでいらっしゃるのですか…?


   白楽天の白氏文集の一冊よ。


   は、はくらくてん…。


   祐巳も読んでみる?


   あ、いえ、今はいいです…。


   じゃあまた後でね。


   は、はい。
   ……あの、蓉子さま。


   ん、なに?


   ……いえ、やっぱりなんでもないです。


   ?
   然


   ゆーみちゃん!


   ぎゃう…ッ


   お、出た出た〜。


   と、当主さま!
   おもいです…!


   んー、相変わらず君はちっちゃいねぇ。
   うっかりしてたら踏んじゃうそうだよ。


   ううぅ…。


   聖。


   やぁ、蓉子。
   ただいまー。


   はいはい、お帰り。
   それから其のままだと祐巳が潰れる。


   ……ぅぅぅ。


   私はそんなに重たくないけどなー。


   聖。


   はーい。


   ……はぁ。


   てか何。
   蓉子ってば未だ、そんなの読んでるの?


   そんなのって何よ。


   それよか私と良いコトして遊ぼうよぅって言っておいたじゃん。


   嫌と返しておいたわ。


   いやいや、嫌よ嫌よも好きのうちって言うじゃん?


   骨一本、折るわよ。


   ぎゃあ。


   ……。


   おや、祐巳ちゃん。
   つったったままで、どうしたのかな?

 
   …なんでもないです。


   なんだなんだ、元気無いなぁ。


   ぎゃ…。


   お、また出た。


   ま、また…。


   んー…。


   聖。


   あ、分かった。
   蓉子、やっぱり読書は止めよう。


   は?


   いや、この場合は続けた方が良いのかな。


   何を言って


   まぁ、良いから。


   一寸


   じゃ、祐巳ちゃん。


   は…きゃぁぁ。


   三度は無いか、残念。


   と、とうしゅさま、なにを…!


   良いから良いから。
   蓉子はそのままね。


   一体、何をしようとし…


   よいしょ、と。


   ……。


   え、え…、


   はい、これで良し。


   ……。


   えぇー…ッ


   …と、声が大きいよ。
   祐巳ちゃん。


   あ、いや、だって…え、えぇ…。


   …聖。
   これはどういう事?


   だってそんな顔してたから、今だけ貸してあげようかと思って。


   す、すみません、ようこさま…!
   いま、どけます…!!


   まぁ、然う言わず。
   折角、座れたんだから。


   い、いえいえいえいえ…!
   や、ややならいざしらず…!!


   今だってちびじゃん。
   赤子〈ヤヤ〉と大して変わらないって。


   か、かわりますから…!!


   だって小さいし。


   た、たしかに小さいですけど…!!


   …はぁ。
   良いわよ、祐巳。


   すみませんすみません…!
   ただいまど


   だから良いわよ。


   ………へ?


   別段、邪魔になるわけでも無いし。
   其れに良く座らせていたから。


   あ、いや、でも…


   良いから。
   したかったのでしょう?


   ……う。


   それから淋しかったんだよね。
   祥子が討伐で居ないから。


   ……。


   但し、今だけ。
   祥子に見つかったら叱られてしまうから。


   ……はい。


   鬼が居ぬ間に、てやつだね。


   !
   お姉さまはおにではありません…!


   聖。


   あい、すみませーん。


   全く。


   うふふ。


   何よ、気持ちが悪いわね。


   蓉子の膝は今だけ祐巳ちゃんに貸してあげてる、からぁ。


   だから気持ちが悪い。


   私はこっち、で。


   ……。


   …ようこさま?
   おかおが…。


   よーうこ。


   止めて。


   膝枕をしてもらえない代わり。
   寄りかかっても良いから、ね?


   膝枕をするとも言ってない。


   蓉子はちびを膝に座らせて、私は蓉子を後ろから抱っこする。
   ほら、こうしてみると本当の親子みたいに見える…かもよ?


   …そんなわけ、無いでしょう。


   ね、祐巳ちゃん。
   祐巳ちゃんも然う思わない?


   わ、わたしの父上は


   肝心なのは。
   見えるか、見えないか。
   あと祐巳ちゃんがこの状況を悪くないと思っているか、だよ。


   けれど


   蓉子の膝、やだ?


   そ、それは…。


   ん?


   ……それ、は。


   ほら、蓉子。
   祐巳ちゃんも満更じゃないよ。


   けれど見えないものは見えないの。
   聖は男の人では無いのだから。


   だーかーら。
   そんな事は大事じゃないんだってー。


   あのねぇ…。


   えへへ。










   …何を、しているの?


   あー…蓉子、遅いよー…。


   ……。


   祐巳。


   …これは、その。


   私がお願いしたの…。
   良いでしょう…?


   …迷惑をかけているみたいね。


   …いえ。


   聖、もう良いでしょう?
   離してあげて。


   えー…折角、座って呉れたのに…。


   自覚が無いみたいだから今一度、言うけれど。
   貴女は体調が優れないの、本当なら横になっていなければならないの。
   今日は少し調子が良いみたいだけれど、だからって本調子ではないの。


   そんないっぺんに言われても…、ついてけないんだけど…。


   良い子だから。
   こんな時だけは聞き分けて、聖。


   んー…。


   聖。


   ……うん、分かった。
   蓉子にそんな顔させるつもりじゃなかったから…。


   …宜しいですか、当主様。


   うん、ありがとう…、祐巳ちゃん…。


   ごめんなさいね、祐巳。


   いいえ、私なら大丈夫ですから。
   それでは失礼します。


   あ、一寸、待って…。


   …はい、何でしょうか。


   愛しているよ、祐巳ちゃん…。


   ……。


   君がこの家に来て呉れて…、本当に良かったと思ってる…。


   …ありがとうございます。


   本当に思ってるんだけどな…。


   一番は私では無いでしょうから。


   一番が良かった…?


   いいえ。


   はは。
   だけどさ…好きには、色んな形があるんだよ…。


   ……。


   来て、蓉子…。


   …聖。


   お願い…少し、支えて。


   ……。


   確かに…君の言う一番だと、祐巳ちゃんじゃない。
   私が欲しいと、心から思うのは蓉子だけだから…。


   …見ていれば分かります。


   だけどね…私は、祐巳ちゃんも好きだよ…。
   私は君のおかげで少しだけ、変われたと思うから…。


   それは。
   私だけでは無くて、家族みんなに対しての想いなのでは無いのですか?


   …。


   みんなの事が、好きなんでしょ?


   …うん、当たり。


   だらしない顔、してますよ。


   其れは仕方が無いよ…。
   蓉子が傍に居るからね…。


   …。


   君は…実際は、蓉子の孫では無いけれど…。
   でも蓉子の孫で…、そして子供のようでもあった…。


   ……。


   最初は…いや、そんなコトは今更いい…。
   蓉子が、言葉も未だ満足に話せない君を…だけど良く笑う君を膝に乗せて、君は私に向かって無邪気に手を伸ばした…。
   そんな手に触れられていたら、いつしか…ほんの少しだけ、思えるようになった…。
   悪くないかな…て。


   聖…。


   だから…きみ、は。
   わたしにとって、も…


   …聖さまには志摩子さんが居るじゃないですか。


   うん……うん?


   でもまぁ、志摩子さんも蓉子さまを


   ゆみちゃん…いま、なんて…。


   聖さま。


   ……ぁぁ。


   聖、顔色が…。


   …だいじょう、ぶ。


   横になって。


   ……だいじょうぶ…だよ。


   駄目よ。
   祐巳、布団を敷き直して。


   はい。


   よう、こは…しんぱい、しょ…だ…………。


   聖…?


   …?
   蓉子さま…?


   ……。


   聖…!










   …けぷ。


   はい、良し。


   毎度、思うんだけど。


   うん?


   面倒くさいよねぇ。
   なかなか出さない時もあるし。


   でも大事な事なのよ。
   このぐらいの時は私達が当たり前のように出来ている事も出来ないのだから。


   ふぅーん。


   聖だって然うだったんだから。


   …で、蓉子が手助けして呉れたと。


   不満?


   一寸、不満。


   何が不満?


   だってさー、私は蓉子が赤子だった頃を知らないってのにさー。
   蓉子ばっかり知っててさー。


   ばっかり、て。
   仕方が無いじゃない、私の方が早く生まれたのだから。


   然うだけどさー。


   頬を膨らませるほど、不満?


   …おむつ替えの話まで持ち出された時は、軽く落ち込んだ。


   ふふ、然うだったわね。
   あの時の貴女は可愛かった。


   なーんか、ふこーへー。


   そんな事言ったってどうしようもないじゃない。
   …と、聖、手巾を取って貰っても良い?
   涎を拭くから。


   …ほい。


   そろそろ離乳食を用意しないといけない時期ね。


   ふーん。


   ほら、見て。


   なにを。


   此処、下の歯茎が白くなってるのが分かる?


   …何となく。


   此れは歯なのよ。
   乳歯なの。


   ……。


   明日になればもう、生えているわ。
   全部、とはいかないけれど。


   …未だ、一週間も経ってないのに。


   …。


   …なに。


   聖も然うだったなぁ、て。
   と言っても乳離れは大分後だったけど。


   …勘弁してよ。


   ふふ。
   然う言えば私、あの頃から貴女に噛まれていたわ。


   あーもう。


   歯が生えてくる時ってね、むず痒いんですって。
   だから口をもごもごしたり、涎を出したり、噛んだりするらしいのだけど。


   分かった、分かったから。
   もう勘弁して下さい。


   顔、赤い。


   …蓉子ばっか、ずるい。


   ふふふ。


   ぶー。


   お、と。


   …。


   当主様、可愛いって言ってるわ。


   ぶー、としか言って無いじゃん。


   ねぇ、聖。
   かわりに抱いてみる?


   いや、いい。


   どうして?


   少しでも力を入れたら壊れそうだもの、其れ。


   祐巳。
   其れ、じゃないわ。


   …兎に角、いい。


   大丈夫よ。
   然う簡単に壊れたり、しない。


   ……。


   じゃあ、此の手を握ってあげて。


   …そんな小さい手。
   握り潰しそうだよ。


   そっと。
   そっと、包み込むようにするの。


   ……。


   ねぇ、聖。
   私に触れる貴女の手は…


   …。



   …とても、優しいわ。
   だから…大丈夫。


   ……其れ、本気で言ってる?


   ……。


   ねぇ、蓉子。


   …お願い。
   触れるだけで、良いから…。


   ……。


   聖。


   ……少しだけ、だから。


   うん。


   ……。


   …ねぇ、温かいでしょう?
   聖も…


   …だから私の事は良いって。


   だって思い出すんだもの。


   …それより、眠たそうだよ。
   布団に寝かせたら?


   うん?
   ああ。


   あっちのちびはもう、寝てんじゃないの。


   由乃、よ。


   ……。


   ん、なに…?


   これでやっと、取り戻せる。


   ?
   何を?


   蓉子の膝。


   …貴女ね。


   だって、当たり前のようにしてる。
   蓉子の膝は私のなのに。


   こんな幼子に。
   本当に、莫迦ね…。










   ……んん。


   …。


   あれ…よう、こ…?


   …おはよう。


   え…と…。


   一緒に眠ると。
   言ったでしょう?


   …というか。
   わたし…、また、寝てた…?


   ええ。


   ……いつ?


   もう、大分前から。


   ……そ、か。
   言われてみれば…外、だいだい色だね…。


   …調子が少し良いからと言って。
   無理は、しないで。


   してないよ…。
   本当に、ちょうしが良かったんだ…。


   ……、


   いつもより、からだがかるく、て…?


   …いきなり。


   よう、こ…?


   貴女、意識を失うようにして…倒れた、から…。


   …おどろいちゃった?


   ……。


   …ゆみちゃん、は?


   …祥子の所に戻ったわ。
   貴女をお布団に寝かすのを手伝って呉れてから。


   …気を、つかってくれたのかな。


   良く眠れるように、とね。


   …やっぱり。
   わるくない、な……。


   …?
   何が…?


   蓉子似、の…。


   何のはな………聖。


   ん……。


   これは、駄目だと…


   ふれるだけなら…、いいでしょう…?


   触れるだけ、て…。


   ……あったかいな。


   ……あ。


   ……。


   ちょっと、聖…。


   …そういうことは…しない、しないから。


   しない、て…あん。


   ふふ…、あまいなぁ…。


   ……。


   どんなものより、あまい…。


   …甘いのは、苦手なクセに。


   これは…別、だよ…。


   薬湯、飲んでないのに。
   口直しが必要とでも言うの?


   …ここから、出ればいいのにねぇ。
   そしたらいくらでも、のめるよ…。


   ……出るわけないでしょ、ばか。


   そう…?


   然うよ。


   でも、ひとのおんなはここから“おっぱい”とやらがでるんでしょう…?


   其れは子を産んだ場合。私は産んでいなし、産めない。
   それから人だけでは無いわ。
   犬や猫だって…ん。


   ……まぁ、なんでもいいや。


   …私、貴女の母親では無いのだけど。


   そんなの、あたりまえじゃない…。


   ……で。
   いつまでするつもりなの…?


   …わかんない。


   ……つまりは気が済むまで、と言う事なのよね。


   ふふ…、さすが、ようこ…。


   これ以上はしない、のよね?


   …その、よてい。


   絶対に、駄目なんだから。


   …ねぇ、ようこ。
   あおむけに、なって…。
   うえからのほうが、しやすい…。


   だから…。


   ほんとはじぶんで、したいんだけど…。
   なんか、うまく力がはいんないんだ…なんでだろう…。


   ……。


   ね、ようこ…。


   これ以上はしないと、約束して呉れるなら。


   ん、わかった…やくそく、


   あ…。


   …の、しるし。


   莫迦。


   へへへ…。


   もう…。


   ね、はやくなって…?


   …分かったから。
   少しだけ、離れて。


   はなれなきゃ、だめ…?


   じゃないと、動けないでしょう?


   …。


   ならなくて、良いの?


   ………わかった。
   でも…、すこしだけ、だよ…。


   …全く。
   本当に、甘えん坊だなんだから。


   ……ね、いい?


   ええ、どうぞ。


   うん…。


   ……。


   ……れ。


   …?


   …あ、れ。


   聖…?
   どうしたの…?


   ちから、が……。


   ……。


   どうして…どうし、て……。


   …聖。


   ようこ…、わたし、へんだ…。
   こんなこと、なかったのに…。


   ……ッ


   からだ…、あんなに…かるかった、のに…。
   なんで…こんな、に…。


   聖。


   ようこ…わたし、わたし…。


   力、抜いていて。


   え……わ。


   …体勢は、自分で直せる?


   …うん、それくらいなら。


   然う…良かった。


   あぁ…びっくり、した…。


   然う?


   というか、ようこが…こんなコト、してくれるなんて…。


   …今日は、特別よ。
   今日はいつも以上に甘えたさんだから。


   …じゃあ。
   いつも、あまえたになってようかな…。


   言ったでしょう?
   いつも以上、だって。
   そして其の基準を決めるのはどこまでも私、だから。


   ちぇ…、ざんねん、だなぁ…。


   …あ、


   ん?


   ……しない、て言ったじゃない。


   ごめん…、わたし、うそつきなんだ…。


   嘘吐きは好きじゃない、と…。


   でもきらいじゃない、でしょ…。


   ……ん。


   …あつい。


   せ、い…。


   ようこのなか…、きもちいい…。


   …ばか。


   すこしだけ…すこし、だけ…。


   ……。


   ようこ…よう、こ……。


   せい…。


   ………このまま。


   ……。


   ようこのなか、に…はいれたら……、


   ……。


   ようこの、なか…で…。


   ……せい。


   ようこ…すき、すきだよ…。


   私も…好きよ、聖。


   ずっと、いっしょに…いて…。


   居るわ、ずっと一緒に居るから。


   …あいしてるよ、ようこ。
   だから…だから…。


   聖…私は、此処に居るわ。


   ……だから、ひとり…、に…。


   聖、私は


   ……ど、こ。


   …。


   よ…こ、どこ…?


   …此処に居る。
   私は貴女を抱き締めているの。


   くら…い、…みえな…い、よ…どこ…ど…こ…。


   私は此処よ。
   聖、私は此処で貴女を


   よ…ぅ…こ…、…よ……こ……、……よ……ぅ………。


   ……ずっと、貴女の傍に居るから。
   ずっと、ずっと、一緒に居るから…。


   ………。


   ……………せい。





















   えーと。
   地図だと、この辺なんだけど……あ。
   もしかして、あれ、かな。








   すみません。


   …はい?


   少し、おたずねしたい事があるのですが。


   はいはい、なんで…ッ?


   …?
   どうかされましたか?


   よ、蓉子さま…。


   はい?


   あ、いや、すみません。
   知っている方に良く似ていらしたので…


   そうなのですか。


   え、えと、それで尋ねたいコトとは何でしょう?


   実はある家をさがしているのです。


   家、ですか。


   でも多分、ここだと思うんです。


   は…?


   山百合家は。
   屹度、ここで良いんですよね。


   へ…?


   イツ花。


   え、え…?


   やっぱりこっちでも同じなんだね。


   …あ、あのぉ。


   ごめんなさい。
   こっちでは初対面になるんだよね。


   ……え、と。
   とりあえず、どちら様なンでしょう…?


   私は……


   ……え。








   えぇぇぇぇぇぇ…ッッ









   ……ふむ。
   此れは恐らく、聖の字だわ。


   ですか、やっぱりそうですか…?!


   恐らく、と言ってるでしょう。
   私は蓉子ではないから断言は出来ない。
   と言うか志摩子に見せた方が未だマシよ。


   私、ですか…?


   貴女なら聖の字、私よりは知っているのでは無くて?


   ……。


   どうですか、どうなんですか、志摩子さま…!?


   …はい、お姉さまの字だと思います。
   お名前の書き方に独特な癖があるので。


   やっぱり…ッ


   其れにしたって。
   こんなの、いつ書いたのかしら。


   蓉子さまがご健在だったら、或いは、何か知っていらしたかも知れませんけど…。


   今となっては分からないわね。


   …然うですね。


   いや、でも、まさか、まさか、聖さまが、聖さまに…ッ


   しかも蓉子に似ている、ね。


   然うなんですよぉぉ…ッ
   もう、てっきり彼岸から舞い戻っていらしたのかとぉ…ッ


   其れは無いわよ。
   あっちには聖が居るもの。


   いや、でも、うっかり何か忘れものをしたとかで…ッ


   イツ花、少し落ち着いて。
   それに貴女が言うほど、蓉子さまには似ていないわ。


   大きな違いは目と肌の色、ね。


   だけれど、髪が…ッ


   良く見なくても髪形が違うわよ。
   主に分け方、とか。


   いやいやいや、真ん中で分けて居ない蓉子さまだと思えば…ッ


   大体、目鼻立ちだって蓉子さまとは


   …あの。


   ひょぉぉい…ッ?


   …ひょぉぉい?


   イツ花、驚きすぎよ。


   い、いや、だって、ですねぇ…ッ?


   ふふ、やっぱりイツ花はイツ花なんだねぇ。


   貴女の家に居たイツ花もこうだった?


   はい。
   少しおっちょこちょいで、片付けが苦手で、慌てん坊で。


   醤とか、よく切らしてたとか?


   其の都度、お使いに行かされていました。


   貴女が?


   はい。


   ……。


   な、何ですか、当主様…。


   いえ、何処ぞの家でも然うだったわね、と思って。
   やっぱり似ているのかしら。


   だ、だから似ていらっしゃると、


   お話中、まことに申し訳ございません。
   お聞きしたい事があるのですが。


   何かしら。


   私を引き取ると言って下さった方は今、どちらに…


   死んだわ。


   え…。


   私の前の前の当主なのだけれど。
   一寸前に、ね。


   前の前…。


   そして私の前の当主は前の前の当主の死から一週間経たずして、然う、まるで追うようにして逝ってしまった。
   だから今は私が不本意だけれど此の家の当主、


   は、はぁ…。


   だけれども。
   志摩子。


   はい。


   此の子は貴女の妹よ。


   ……。


   妹…?


   要は、姉妹揃って、同じ事をして呉れたわけなのよね。
   形は違うとは言え。


   すみません、お話の意味がよく…。


   本当だったら現当主である私の子になるのが本来の姿なのだけれど。
   望んだのが私では無い以上、然う言うわけにはいかないでしょう?


   ……。


   さりとて無下に帰れと言う訳にもいかない。
   と言うわけだから、志摩子。


   …はい。


   此の子は貴女のお姉さまの子だから。
   お願いね。


   ……。


   でも、若しかしたら。
   白と紅の子、とか思っていたかも知れないわよ?
   貴女のお姉さまの事だから。


   ……かも、知れませんね。


   だけれど、此の子は白の子とするから。
   跨がれても、面倒だし。


   …分かりました。


   さて、然う言うわけだから。
   貴女。


   …はい。


   貴女の養親はもう、居ないけれど。
   此の志摩子が今後、貴女の面倒を見るから。


   …志摩子、さん。


   ちなみに。
   此の家では直系にあたる目上の者、其れが女であった場合の呼称は“お姉さま”だから。


   お、お姉さまぁ…?


   そこら辺は志摩子に説明して貰えば良いわ。


   は、はぁ…。


   志摩子。


   え。


   宜しくお願いしますね。


   あ…。


   …どうかして?


   あ、い、いや、な、何でも無いです。
   え、と、よろしくお願いします。


   はい。


   ……。


   ところで。


   は、はい…?


   貴女の名前は何だったかしら?




















   証など、要らない。
   証など無くても私達は、確かに、其処に居たのだから。
   其処で二人、生きていたのには変わりないのだから。




   だけど。










   若しも子供に名を付けるとしたら。
   蓉子は何て付けたい?


   ……はい?


   ほら、蓉子ってば何気に名付けた事は無いじゃない?
   当てる漢字を考えるばっかりでさ。


   …だから?


   だから、さ。
   若しも蓉子が名付けるとしたらどんな名前にするかな、と思いまして。


   分からない。


   いや、もちっと考えようよ。


   それより手を動かして。
   ちゃんと洗って。


   ねぇねぇ、蓉子。
   何て名前が良い?


   知らない。
   其のお芋、未だ土が付いてるわ。


   蓉子ってばー。


   急にそんな事言われたって分からないわよ。


   こんな時の為に…!とか、無いの?


   無いわね。


   一つぐらい、無いの?


   ありません。


   一寸はあるでしょ?
   こういうのが良いな、とかって。


   考えた事、無いもの。


   少しも?


   無いわ。


   ……ふぅん。


   何よ。


   其れってさ、私のせい?


   …どういう意味?


   交神する機会を私が無くしたから。


   そんなのは関係無い。
   ただ単に考える機会が今まで無かっただけ。


   だけど若しも交神をして自分の子供が出来ていたら


   聖。


   ……。


   手を動かしなさい。
   じゃないと夕餉のおかずが無くなるわよ。


   ……若しも。


   先刻から何が言いたいの。


   蓉子だったらどんな名を考えるのかな…て。


   …そんな事を知って、どうするのよ。


   ただ、知りたいだけ。


   ……。


   …子供、欲しかった?


   聖との間での子供で無ければ要らない。


   …ッ


   とでも言えば、満足かしら?


   ………。


   大丈夫?
   熱でも出た?


   ……一寸だめ、かも。


   じゃあ。


   ひぁ…ッ


   冷える?


   …一時的に、は。


   ふふ。
   ああ、手は止めないでね。


   ……蓉子。


   うん?


   然う言う顔は反則。


   然う言う、て。
   どんな顔?


   ……そーいう顔。


   手が止まってる。


   …蓉子ってさ。
   たまに意地悪だよね。


   あら、貴女には及ばないと思うけど?


   ……。


   さて、と。
   あとこれだけ洗ってしまえば終りね。
   聖、あともう一息だから、


   ……“子”が付いている名が良い。 


   ……。


   蓉子みたいに。


   …江利子も然うだけど?


   …其れはどっかに置いておいて。


   横じゃないの?


   出来ればうんと遠いところのどっか。


   祥子は?


   …まぁ、横辺りにでも。


   志摩子も?


   志摩子は良い。


   何故?


   貰ったから、て言った。


   …然うだったわね。


   子が付いてる名前、今度は蓉子が考えて。


   然う言われても。


   今が機会だと思ってよ。


   …機会、ね。


   蓉子。


   …仕方が無いわね。


   じゃあ。


   一寸、待ってて。
   直ぐには思いつかない。


   芋を洗い終えるまでに考えて。


   …あのねぇ。


   じゃ、今宵まで。


   ……うーん。


   閃き、でも良いんだよ。


   閃き、と言われても。


   蓉子は難しく考えすぎ。


   だからって私が適当に済ませられると思う?


   其れは然うだけど…。


   ………。


   ……蓉子?


   今日は良い天気ね。


   へ?


   雨は降らなそう。


   うん、まぁ、然うだね。


   ………聖、お芋。


   …ちゃんと、洗ってるよ。


   ………。


   ………。


   ………こ。


   …うん?


   いや、でも…。


   ……。


   …漢字、は。


   漢字は後で考えよーよ。


   ……いっそ、平仮名。


   …其れもありかな。


   ………。


   …良し、と。
   蓉子、終わった。


   ………。


   此れ、厨に持って行けば良いんだよね。


   ……うん。


   じゃあ、ちょっくら…。


   …聖。


   んー?














   のりこ、てどうかしら?















   R o s a  G i g a n t e a 了