−ごはんはみんなで。










   ねぇ、令。


   んー…。


   私、たまにこの家訓が嫌になる時があるわ。


   悪くは無いんだけどね。
   寧ろ、良い部類に入ると思うのが私の主観。
   私はみんなで食べる方が良いから。


   私だって悪いとは思わないわ。
   けれど、時々思うのよ。


   何をー?


   この場合の“みんな”と言うのは家族を構成している人間、詰まりは私達の事を指すのでしょう?


   まぁ、然うだね。
   其れとイツ花、かな。


   初代様が此れをお決めになった時、“みんな”である家族は純粋たる血族として形を成していたから。


   今だって薄くはなっているけど、ちゃんと繋がっているよ。
   …そう言えばさ、貴族の人達って腹違いであらば兄妹でも姉弟でも結ばれても良いらしいよ。
   胤違いは駄目らしいんだけど。


   令。


   と。
   祥子はこういう類の話は好きじゃなかったね。


   話が逸れてると言いたかっただけよ。


   で、結局、祥子は何が言いたいの。


   此処まで血が薄まれば、家族であれど、他人だわ。


   濃くたって他人だよ。


   お姉さまと同じ事を言うのね。


   うん、祥子のお姉さまの受け入り。
   で?


   他人である以上、心情的には複雑で。
   家族と言う言葉では到底、一括りには出来ない。
   挙句、其処に寿命と言う時間的制約も足されているお陰でより複雑になっていて。


   要するに?


   …お姉さまと聖さま、の事。


   ああ。


   今のあのお二人を包む雰囲気の中で、私は食事なんて出来ないわ。


   最初から然う言えば良いのに。


   どうせ、大した理由では無いのだろうけど…。


   ま、ね。
   でもほら、夫婦喧嘩は犬も食わぬって言うし。


   だけれど、そんな状況の中で食事を共にするのは厳しいものがあるのよ。


   ハラハラするしねぇ。
   まぁ、お姉さまは楽しんでるみたいだけど。


   江利子さまぐらいなものよ。
   あんな状況で普段と変わらず、食事が出来るのは。


   はは、確かに…。










   もう、要らない。


   …聖、残したら駄目よ。


   もう、食べられない。


   聖。


   …そんなに言うんだったら。
   代わりに蓉子が食べれば良いじゃない。


   我侭ばかり言って。


   どうせ私は我侭だから。


   聖、いい加減に…


   …うるさいな。


   …!
   聖!


   私は食べない。
   絶対に食べない。


   何処へ行くの。


   何処だって良いでしょう?
   蓉子には関係ない。


   待ちなさい、聖。


   放せよ。


   座りなさい、聖。


   放せって言ってるだろ!


   放さないわ…!!


   うるさいな!
   もう子供みたいな私の事なんか放っておけば良いじゃない!!


   未だそんな事を言っているの?
   困らせないで、聖。


   うるさい!
   蓉子なんて大嫌いだ…!!!


   待ちなさい!


   …。


   お願い、待って、聖…!










   …。


   …あ、あー。


   …本当、困った事だわ。


   うん、本当にね。
   と言うか、此れが世に言う修羅場ってヤツだね。


   …令。
   貴女、楽しんでない?


   いいえ、全然。
   其の証拠にほら、ご飯が減ってない。
   こんな状況じゃ、喉も通らないよ。


   …さて、と。


   お姉さま?
   …て、あれ、もうお食べになられたのですか?


   えぇ。
   ご馳走様、イツ花。
   悪いけど、片付けお願いね。


   お姉さま、何処かへ行かれるのですか?


   一寸、聞き分けの無い餓鬼の見物に。


   え、えー。


   祥子。


   …何でしょうか。


   多分、一人で戻ってくると思うから。
   でも万が一、戻ってこなかったら。
   片付け、お願いね。


   ……はい。


   令も。


   はい、お姉さま。








   ・








   ごきげんよう、聖。


   …何しに来た。


   何かをしにって程じゃないのよね。
   ただ、蓉子に懸想文を送ってきた主の事、聖は知ってるのかしらって。


   …何で江利子が知っ


   使いが来てるのを何度か見掛けたから。
   其れなりの格好をしていたから若しかしたら、と思ったのだけど。
   当たりだったみたいね。


   …。


   折角だから。
   誑して取り込んでしまえば良いのに。
   そしたら今より生活が良くなるかも知れないわ。
   ねぇ、然う思わない、聖?


   …。


   あ、でも。
   大した位では無さそうなのよね。
   左大臣
(ヒダリノオトド)ぐらいだったら申し分無かったのに。


   …わざわざ喧嘩を売りに来たの。


   喧嘩を売るだなんて。
   そんな野蛮な事しないわよ。


   じゃあ何しに来たのよ。


   大した事じゃないわ。
   一寸、拗ねてる聖を見物に来ただけだから。


   其れを喧嘩を売るって言うのよ。


   あら、然うなの。
   でも其れは聖の捉え方であって、私はそんな気は毛頭無いわ。


   …。


   其の目。
   昔を思い出すわね。
   目の前の物全てに噛み付きそうな。
   でも、決まって蓉子なのよね。


   うるさいな。


   蓉子の首筋になんて噛み付いて。
   あれ、痕になるわよ。
   折角、白くて綺麗な肌なのに。


   …。


   然う言うのは人其々で、中には最中に首を絞めると言うのも聞いた事があるけれど。
   アレが貴女の性癖なのかしら。


   江利子には関係ない。


   へぇー。
   と言うか、あんなんで主張してるつもりなのよね。
   本当、馬鹿だわ。貴女は。
   あんな痕ぐらいで蓉子を己の物に出来るとでも本気で思ってるの。


   …うるさい。


   あぁ、己の物に出来ないと分かっているから痕を残すのよね。
   聖は臆病だから。


   うるさい!


   おまけに独占欲が強くて。
   そして、いつも心の底で怯えてる。
   いつか、蓉子が自分の前から消えてしまう事を恐れて。


   うるさいうるさいうるさいうるさい!!


   まるで子供ね。
   そんな風だから、蓉子は…


   …出ていけ。


   貴族からの懸想文如きで。
   何をそんなに怯えているのかしら。
   蓉子がいつ、其れに答えるような素振りをしたの。
   黙っていられたのがそんなに気に入らないの。


   うるさい!
   出てけ、出てけよ!


   言われなくても出ていくわよ。
   もう、聖の拗ねっぷりも堪能したし。


   …。


   聖。


   …。


   蓉子は確かに強いけれど。
   聖が其れを大嫌いだと思うのは勝手だけれど。


   …。


   弱さが全く無いのだと、本気で思っているようだったら。
   私は貴女を容赦無く叩きのめすわ。


   …。


   それでは、ごきげんよう。








   ・








   蓉子、一寸、良いかしら。


   …江利子?


   ごきげんよう、蓉子。
   其の様子だと聖にご飯を食べさせるのはまんまと失敗したようね。


   …。


   泉源氏、かけてあげましょうか。


   …え?


   此処。
   其のままだと、痕、残るわよ。


   …あぁ。


   何だったら、お雫の方が良いかしら。
   かなり獰猛のようだったから。


   有難う、江利子。
   でも…。


   敢えて残しておきたいとか言うつもり?
   だとしたら、らしくないわよ、蓉子。


   …然うかしら。


   それとも聖の病を伝染された?


   …然う、ね。
   一生、消えなくても良いと思ってるぐらいだから。


   其れは…重症だわ。


   けれど。
   若しかしたら其れは私生来のものなのかも知れないわ。
   だって私はこうなる事を望んで…


   で。
   どうするつもり?
   向こうは今までに無い拗ねっぷりだったけど。


   …まるで今見てきたような言い方ね。


   ええ、たった今見物してきたわよ。
   と言うか食事中、ずっとあんなだったし。


   …。


   祥子も令も早く何とかしてって顔してたわよ。


   …ええ。


   蓉子。


   …ん。


   いっそ、私にすれば良いじゃない。


   え…?


   例えば心の底では聖を想っていたとしても。
   私は気にしないわ。


   な、何を言って…。


   蓉子、私を見て。


   え、江利子…。


   私だったら。
   聖のようには…しないわ。


   止めて、江利子…。


   蓉子…。


   …い、いやッ


   …よねぇ、やっぱり。


   …。


   あわよくば、とは思ったんだけど。
   ざんねーん。


   …人で遊ばないで。


   遊んでないわよ。
   半分は本気だったし。
   言ったでしょう?
   あわよくば、て。


   …。


   らしくないわよ、蓉子。
   いっその事、乗り込み返してやれば良いのよ。


   …昼の事、知っているの?


   あんだけ、騒いでいればね。
   聖の声、家中響きまくってたわよ。
   大嫌い、てね。


   …。


   でもって。
   送られてきた文
〈フミ〉をびしゃーんと顔に叩きつけてやれば良いわ。


   …びしゃーん?


   然う、勢い良くいくのがコツ。


   でも私、手元に置いてないもの。
   今回のは聖が破って捨ててしまったし…。


   何も文で無くても良いのよ。


   …え、と?


   蓉子は真面目なのよね。
   おまけに御堅い。


   …何が言いたいのよ。


   良いじゃない、年の差なんて。


   …。


   ああ、私達の場合は月の差と言った方が良いのかしら。
   ま、分かればどっちでも良いわね。


   …。


   とまぁ、然う言う事だから。


   …何が然う言う事なのよ。


   さぁ?
   此処から先は蓉子の問題だもの。


   …。


   違って?


   …いいえ、違ってないわね。


   ふふ、でしょう?


   …江利子も。
   割とお節介なのね。


   蓉子のが伝染ったのかも。
   生来のものだとは思えないから。


   私のせいだと言いたいの。


   何しろ、幼い頃はよーくお世話になりましたから。
   聖と一緒に。


   …もう。


   好き、なんでしょう?


   …。


   聖が。


   …えぇ。
   私は…聖が、好き。


   では。
   愛してる?


   …。


   ふ。


   …何、よ。


   随分と素直になったものだな、と思っただけ。
   あの頃は其の感情の意味すら分からなかったのに。


   …。


   でも、まぁ。
   相変わらず、初心
〈ウブ〉のようだけれど。
   考えようによっては蓉子の方こそ“子供”みたいだわ。


   …聖、よりも?


   ええ、聖よりも。


   …。


   …言えないのも。
   案外、恥ずかしいだけだったりして。


   江利子…。


   なーんて。
   じゃ、お邪魔したわね。
   其れと、とっとと何とかなさいね。
   じゃないと“子供達”が健全なお食事が出来ないから。


   ……分かってるわ。







   ・







   聖。


   …。


   あの、聖…起きてる?


   …何の用。


   話を…しようと、思って。


   私はしたくない。


   …部屋の中に。
   入っても良いかしら。


   私はしたくないと言った。


   …でも。
   私は聖と話がしたい。


   ……も。


   え、何…?


   噛み付かれても。
   構わない、と言うのならば。


   …構わないわ。


   噛み切る、と言ったら?
   其れでも入れる?


   …ええ、入れるわ。
   私は聖に…。


   …。


   …聖。


   …。


   灯り、つけてないのね。


   …で。
   何、話って。


   あ、あのね、聖。
   私…。


   もう、私の面倒なんて嫌になった?
   それとも手紙の男を迎えたいとか?
   良いよ、蓉子の勝手にすれば良い。


   …其れ、本気で言っているの。


   だって。
   蓉子は私の事なんて好きじゃないんでしょう?
   男から手紙を、懸想文を貰っても、教えてくれないぐらいなんだから。


   …。


   呆れた?
   でも仕方が無いじゃない、私は…。


   …私、は。


   …どうして泣くのさ。
   泣きたいのは…


   聖…。


   …蓉子は。
   ちっとも好きって言ってくれない。
   私は蓉子が…好きで好きで堪らないのに。


   …。


   一言だけ…一言さえ、言ってくれれば。
   でも蓉子にとって私はただの、放っておけない子供、なんだ。
   恋人じゃない。
   だから、いつか…。


   …ねぇ、聖。
   私達は変よね。


   …?
   何が…。


   だって私達、家族なのよ。


   …何を今更。


   血なんて疾うに薄れて。
   いいえ、ところどころで近い交わりはしているわ。
   けれど、最初の、初代様の頃とは確実に違う。
   親族とは言い難い集まり…。


   …だから、何。


   私も聖も、江利子達だって。
   他人、なのよね…。


   …家族だと。
   言ったのは蓉子じゃない。


   勿論、家族なのに変わりは無いわ。
   けれど、私は聖が…。


   …私、が?


   …家族として、じゃない。
   私は聖が…好き。


   …。


   ねぇ、聖。
   私は聖が好き、好きなの。


   …じゃあ、何で。
   今まで言ってくれなかったの。
   抱いて、好きだと囁いて。
   抱き返してくれるのに、言葉は呉れない。
   躰を重ねていれば言葉なんて必要無いなんて言うけれど、そんなの嘘。


   …うん。


   不安で…不安だったの。 
   本当は好きじゃないんじゃないかって、でも蓉子は優しいから。
   私の我侭をただ、聞いてくれているだけなんじゃ無いかって。


   …出来ないわ。


   え…。


   …好きじゃなかったら。
   こんなにも…。


   よ、蓉…


   …でも私、貴女より年上なのよ。
   幾ら約束したって、そんなつもり無くたって、違えてしまうかも知れない。
   先に死んでしまうかも知れない。
   貴女が忘れないと言ってくれたのは嬉しかったけど、でも私は…其れが、怖い、悲しい。


   …蓉子。


   …ごめんなさい、聖。
   聖を我侭だと言っておいて、本当に我侭だったのは私。
   好きだと言ってくれる聖に甘えていたのは私。
   年上だという事実に不安で怯えていたのは私。


   …。


   聖が、好き。
   聖と一緒に居たい。
   出来るならば、ずっと。
   だけど怖い。


   蓉子。


   せ、い…。


   好き、蓉子。


   私も。
   好き、好きよ…。


   誰よりも?


   …誰、よりも。


   家族に優劣?


   聖は…家族だけれど、恋人、だもの…。


   …良かった。


   ん、せい…。


   たかが、三ヶ月。
   されど、三ヶ月。
   どうやったって、この差は埋められないけれど…。


   …。


   だからって。
   其れが何だと言うの。


   …あぁ。


   ずっと、傍に居る。
   私は傍に居るよ、蓉子。


   居て。
   ずっと傍に居て。


   だから蓉子も。
   離さないで。


   …ん。


   好きよ、蓉子。
   …愛してる。


   私も…愛してる、愛しているわ…聖。








   ・


   ・








   …其れで、さ。
   どうするの…?


   なに…が。


   手紙…。


   返事を…書くわ。


   …なんて?


   私は応えられない…と。


   …其れでも。
   送って寄越したら。


   すべて、捨てるわ。


   …でも。
   今までのも然うしていたのでしょう?


   私の手で直接、直ぐに燃やしてしまうの。
   形も残さぬよう…。


   …もう一つ、聞いて良い?


   なぁに…。


   どうして。
   教えてくれなかったの…?


   …どうしても。
   言わなければ、駄目…?


   駄目…じゃ、無いけど。
   凄く気になる。


   ……分からなかったから。


   何が…?


   貴女の…反応、が。


   …私の反応なんて。
   直ぐに分かりそうじゃない。


   だけど…。


   どうでも良いみたいな、興味が無いような態度を取られたら…て?


   ……だって。


   私はこんなにも蓉子が好きだから。
   他に蓉子が好きだなんて言うヤツ、其れも貴族が居たら。
   どうでも良いなんて、思えない。


   …聖。


   ん…。


   …あのね、聖。


   なに、蓉子。


   …其の。


   …治せ、泉源氏。


   え…。


   綺麗な、私の蓉子に。
   痣なんて残ったら、勿体無いから。


   …だったら。


   うん…?


   痣なんかじゃない…だけど、決して消えない痕を。
   私に…刻んで。


   …。


   …分かってるの。
   気休めにしかならない事、ぐらい。
   だけど、其れでも…。


   …もう、良いよ。


   けど、聖…。


   刻むよ。
   何度だって、幾らだって。
   蓉子が望んでくれるのならば。


   …聖は?
   聖は望んでくれないの?


   知ってるでしょう?
   私は我侭なの。
   だからずっと…ずっと、望んでた。


   …うん。










   ・


   ・


   ・










   あ、あのぉ、蓉子さま…。


   何かしら、イツ花。


   いや、其のぉ…あの、ですね。


   はっきりしないなぁ。
   どうしたって言うのさ、イツ花。


   や、と言うか、ですねぇ…。


   …若しかして。
   また、来たのかな。手紙。


   え?


   お断りの手紙を書いたのに。


   しつこいね。
   蓉子にはそんな気、全く無いってのに。


   あ、あの、当主様…?


   ん、何?


   大丈夫、なんですか…?


   大丈夫って、何が?


   いやだって、蓉子さまにお手紙、ですよ?
   前は…。


   ああ。
   そりゃ、面白くはないけど。
   だけど、ね。


   イツ花。
   其れを此方に。


   え、でもぉ…。


   良いから。


   は、はい。
   どうぞ。


   有難う。
   …さて。


   よ、蓉子さま、どちらに…?


   庭、に。


   あ、私も行くよ。


   別に良いのに。


   良いから良いから。
   あ、でもくれぐれも気をつけてね。


   分かってる。
   ちゃんと加減はするわよ。
































   燃やせ、赤玉。
































   へへ。
   蓉子、蓉子。


   何よ、気持ち悪いわね。


   これから聖さんとお散歩なぞ、如何ですか。


   …。


   たまには、さ。
   ね、ね?


   …然うね。


   本当?


   ええ、良いわよ。
   行きましょう。


   わ、やたー。


   その代わり。
   はしゃぎすぎて、ハメ、外さないでよね。


   うん!
   さ、然うと決まったら行こう!今直ぐ行こう!!


   ちょ、一寸。


   ん、何?


   手…。


   いーじゃない。


   嫌よ、恥ずかしいじゃな…


   よーうこ。


   …。


   好きだよ。


   …もう。




























   私も…好き、よ。


























  Kokoro了










  “Kokoro”
  Xenosaga
  光田康典
  Vocal:Joanne Hogg