…あのさ、志摩子さん。


   うん?
   なぁに、乃梨子。


   志摩子さんはさ、持ってるの?


   持って?
   何を、かしら?


   や、だから…


















  彼 ノ 者 ガ
 遺 シ モ ノ


















   先代の形見、みたいの。


   形見?

 
   祥子さまは筆と硯で。
   令さまは手鏡でしょ。
   志摩子さんは持ってないのかな、て。


   ああ。


   持ってるの?
   それとも持ってないの?


   持っていたとしたら。
   乃梨子は見たいの?


   見たいと言うより。


   と、言うより?


   …気になると言うか。
   あ、いや、別に持っていようが持ってなかろうがどっちでも良いんだけどさ。

   
   どっちでも?


   や、其の、深い意味は無いんだ。うん。


   然う?


   …でも。
   若しも持っていて、且つ、見せて貰えると言うのなら見てみたいかな、て。


   其れって。
   矢っ張り見たいと言う事?


   いや、別に見せたくないと言うのなら良いんだ。


   でも。
   乃梨子自身は見たいと思ってるのでしょ?


   …。


   気になる、とも言っていたし。


   …あー。


   違う?


   …違わない。


   其れじゃあ、見たい?


   …見たい。


   ふふ。
   じゃあ、見せてあげるわ。


   本当?


   …と、言いたいところなんだけれど。


   え、若しかして持ってないの?


   お姉さまはあまり自分の物を持たない方だったから。
   物に対しての執着心は無いとでも言うのかしら。


   ふぅん、然うなんだ。


   …其の代わり、特定の人に対しての執着心は誰よりも強かったけれど。


   え、何々?


   ううん、何でも無いわ。
   でも然うね、全く無いと言うわけでもないの。
   其れで良ければ見せてあげられるけれど。
   見たい?


   うん、見たい。
   何処にあるの?


   蔵、よ。

   
   ああ。







   ・







   うーん、何処にしまったのかしら。


   志摩子さん、其れってどんなものなの?


   絵、よ。


   絵?
   若しかして先代は絵を描く人だったとか?


   いいえ。
   買ってきたものよ。


   へぇ。


   おかしいわね。
   あまり奥にしまった覚えは無いのだけれど…。


   討伐に行く度に、蔵の中の物が増えるから。
   機会があったら一度、皆で整理した方が良いのかも。
   イツ花は片付けが苦手だから。


   其れでも蓉子さまがいらっしゃった頃は其れなりに整頓されていたのよ。
   種類別に、とか。

   
   そういやさ。
   厳しい人だったらしいね、蓉子さまって。


   自分にも厳しい方だったから。
   けれどとても懐の深い方でもあったのよ。
   お姉さまなんてお世話になりっぱなしだったもの。


   へぇ。
   …お、わ。


   どうしたの、乃梨子。


   誰、こんな所に魚の皮なんて捨てたの!


   あらあら。


   あーもう、干からびてるし!


   お姉さまかしら。
   家に住み着いている猫に時々、こっそりと餌をあげていたみたいだから。


   住み着いている猫って。
   若しかしないでもあの縞々の?


   お姉さまはゴロンタと呼んでいたわね。


   へー、ゴロンタねー…て。
   だからって何故
〈ナニユエ〉蔵の中!?
   普通に縁の下とか庭とかでも良いじゃん!


   あまり表立っては餌をあげられなかったのだと思うわ。
   元々この家は生き物を飼う事を禁じていたから。


   え、然うなの?


   然うよ。
   でも今は其れも大分薄れてきてしまったみたいだけれど。
   …最終的には蓉子さまも餌をあげていたようだし。


   つか。
   ガラクタばっかりじゃん、この蔵!


   乃梨子、そんな事を言ってはいけないわ。
   此処に在るのは先人達が残してくれた物ばかりなのだから。


   いやだからって、あからさまに用途不明の物を残されても。
   例えば此れ、とか。
   何、此の捻じ曲がった物体。花瓶?


   あ、其れは江利子さまの物だわ。


   えー…。


   一時期、唐物に嵌っていらっしゃったから。


   いや、此れはどう見ても唐物じゃないと思う。
   …て、此の紙くずを入れた箱は何。


   其の箱は屹度、蓉子さまの物だわ。
   生前、お部屋に置いてあるのをお見かけした事があるから。


   …えー。


   蓉子さまは書物がとてもお好きな方だったのよ。


   つか最早、書物の形態留めてないし。


   うん?
   ああ、此れは書物じゃないわ。
   多分、手紙ね。


   手紙?
   …若しかして貴族共からの?


   其れは無いわ。
   然う言った物は悉く、燃やしていたもの。
   蓉子さま自身の手で。


   燃やす…て。


   公家から手紙が届く度に、お姉さまはとても不機嫌になっていらしたから。


   ……へぇ。


   若しも此れが本当に蓉子さまの物だったら、
   燃やさず残しておきたい程に大事なものだったのでしょうね。
   乃梨子、元の場所に戻しておいて。


   はーい。
   しっかし、志摩子さんのお姉さまのは何処にあるのよー。もう。


   あら?


   え、何々?
   若しかしてあったの、志摩子さん。


   残念だけれど、目的の物では無いわ。
   でも、懐かしい物よ。


   どれどれ?
   あ、此れって幻灯ってやつ?


   お祭りの時に皆で撮ったのよ。


   あ、この子、志摩子さんでしょう?


   ええ、然うよ。


   う、わ、志摩子さんってば今も可愛いけど、この頃も小さくてすっごく可愛い!


   もう、乃梨子ったら。


   え、と、こっちの小さいのが祐巳さまで、其の手を繋いでいるのは祥子さま?


   ええ。


   で、この大きいのが令さまで、くっ付いている小さいのが由乃さま。
   この頃の由乃さまの髪の毛は未だ青かったんだね。


   其の頃の由乃さんは未だ、体が弱かったから。


   今からじゃ想像出来ないけどね。


   ふふ、然うかも知れないわね。


   そんでもって。
   この真ん中に居るのが江利子さまと…。


   蓉子さまと、蓉子さまの肩を抱いていらっしゃるのがお姉さまよ。


   …。


   乃梨子?


   …これが志摩子さんのお姉さまなの?


   然うよ。
   素敵な方でしょう?


   …素敵、ねぇ。
   どう見ても軽薄そうなんだけど。
   このヘラヘラした感じが特に。


   この時のお姉さまはとてもはしゃいでいらしたから。


   はしゃいで、て。
   子供か!


   本当だったら幻灯なんて嫌がられるのに。
   屹度、蓉子さまが居らしたからね。


   …其の蓉子さまはとても迷惑そうな顔をしているけど。


   江利子さま曰く、心の中ではとても喜んでいらっしゃるそうよ。


   とても然うは見えないけどなぁ。
   眉間に皺寄ってそうだし。







   ・







   …見つからないわねぇ。
   本当に何処にいってしまったのかしら。


   志摩子さん、もう良いよ。


   でも見たいと言ったのは乃梨子じゃない。


   私、この幻灯を見られただけでも良くなった。
   志摩子さんのお姉さまの姿も不本意ながら見られたし。


   でも此処まで探したのだから最後まで…あ。


   今度は何?


   あったわ。


   え。


   お姉さまの物。


   おー、どれどれ?


   はい。


   ………………えー。


   女の人の絵。
   其れはもう、大事にしていらっしゃったのよ。


   何となく。
   志摩子さんが持ってなかった理由が分かったような気がする。


   ?
   どうして?


   あーもう!
   こんなんだったら見たいなんて思わなければ良かったかも!


   でも綺麗でしょう?
   特にこの二枚がお姉さまのお気に入りの女の人で…


   いや、そんな説明要らないから。


   あら然う?


   然うだよ。
   もう行こう、志摩子さん。
   いい加減、埃で鼻がムズムズしてきたし。


   待って、乃梨子。


   …。


   行くのは此れを見てからでも良いわ。


   …どーれー。


   ほら、此れよ。


   …て。


   綺麗でしょう?
   特別に描いて貰ったみたいなの。
   あくまでもご本人には秘密だったみたいなのだけれど。


   …確かに綺麗、かも。


   でしょう?


   でも何でまた、芸妓達のなんかと一緒にしておくのかなぁ!
   特別だったら普通、別にしとくでしょうよー!
   と言うか、しとけよー!!


   ふふ、何だかお姉さまらしいわ。


   …。


   乃梨子?


   あのさ、志摩子さん。
   今、ふと思ったんだけど。


   うん?


   だから。
   持っていなかったんだね。


   …。


   “此れ”は何処まで行っても。
   先代の、聖さまの物だから。


   …ええ。


   綺麗な人だね、蓉子さまって。
   風髪だろうに、黒髪で。


   お姉さまも蓉子さまの髪は誰よりも綺麗だって。
   晩年、良く言っていらっしゃったわ。


   だけど。
   私にとっては志摩子さんも、いや志摩子さんの方が綺麗だから。


   …。


   だから、其の…。


   有難う、志摩子。
   でもね。


   ?


   実はね、私もちゃんと持っているのよ。
   お姉さまが遺した物。


   え、でも。


   持っていないとは言ってないじゃない。
   執着心が無いとは言ったけれど。


   …あー。


   切欠はどうだったであれ、今其れは私の物だから。
   いや、私の業と言った方が正しいわね。


   業…?
   て、まさか。


   乃梨子も知っているでしょう?
   私の業は…。











        













   あー、お日様が眩しーい。


   ね、乃梨子。


   うん?
   何、志摩子さん。


   今度、一緒に幻灯屋さんに行きましょうか。


   え。


   乃梨子のは未だ、無いから。


   其れって若しかして志摩子さんと一緒に撮るの?


   …乃梨子が嫌で無ければ。


   もう、全っ然嫌じゃない!!
   行こう行こう!!


   あ、乃梨子…。


   何だったら今からでも良いよ!!


   もう、乃梨子ったら…。












  彼ノ者ガ遺シモノ了