あの男さえ、居なければ。










   うふふ。


   お姉さま、先程から随分と楽しそうですね。


   …分かる?


   ええ。
   何せ、見るからに楽しそうですから。


   ふふ。


   小唄を口遊んでいてもおかしくない、そんなお姿になってますよ。


   然うなの、楽しいのよ。


   またお約束でもされたのですか?


   ええ。
   ね、聞いて聞いて。


   はい、今度は何でしょう?


   あのね、新しい布地を買ってくれるって。


   ……。


   秋用の、よ。
   ああ、楽しみ!


   秋用ですか。


   未だ早いと思った?
   でもね、季節の移ろいはあっという間なのよ。


   良かったですね。


   あの人、色とか柄とかてんで分からない人だから。
   私も一緒に行って選ぶの。


   とか言いつつ、確実にご自分の好みのものを選ぼうとしているだけでは?


   ふふ、当たり。
   でもね。


   はい。


   私、あの人が選んでくれたのなら、本当は、其れで良いの。


   ……。


   だってあの人が私の事を想って選んでくれるんだもの。
   屹度色んな事を想いながら、時には顔を顰めながら眉間に皺を寄せながら、ともすれば唸り声すらあげそうになりながら


   お姉さま。


   うん?


   嬉しそうですね。


   ええ、然うなの。
   もう、待ちきれないのよ。


   早く其の時が来れば良いですね。


   ああ、本当だわ。


   ……。


   あの人、凄く真面目だから。
   だから約束は絶対に守ってくれるのだけど、融通が利かないのが玉の瑕なのよね。
   あと不器用なところもあるし。


   お姉さまは


   だけどそんなところが好きなんだわ。
   いえ、そんなところも好きなの。


   ……お姉さま。


   ん、なぁに?


   …。


   ?
   どうかしたの?


   ……いえ、何でもありません。


   ふふ、変な子ね?
   あ、然うだわ。


   …?
   はい?


   お土産、買ってきてあげる。


   お土産…?


   然うよ。
   貴女は甘いものが好きでしょう?


   だけれど注意されてしまいますよ、また。


   大丈夫、任せて。
   あの人、なんだかんだ言ってても私に甘いから。


   それでも流石に毎回となると


   だって貴女は私の可愛い妹なんですもの。


   ……。


   本当は一緒に連れて行ってあげたいのだけど、


   はい、其のお気持ちだけで。
   大体、お邪魔虫になる趣味もありませんし。


   ね、藤花。


   はい。


   帰ってきたら一番に貴女に見せてあげるね。


   はい、楽しみにして待ってます。
















  
キ シ ン ダ カ ケ ラ















   はーい、みなさまーー!
   ちゅーもーーーーーく、ですヨーーーーーーーー!!


   ……。


   …イツ花?


   ふっふっふぅ、なんと今日はですねぇ!
   なーんとぉ!!


   あー。
   お腹すいたなー、ご飯未だかなー。


   …おねえさま。
   それ、もうききあきました。


   …で、蓉子。
   五行説とは、木は土に、土は水に、水は火に、火は金に、金は木にそれぞれ剋(カ)つとされる事であって、


   はい、お姉さま。


   なぁなぁ椿、俺にもほんのちみぃっと良いだから蓉子に


   兄上は口出し無用。


   ええええぇ。


   勇兄、あまり余計なコトは言わない方が良いんじゃない?
   変なコトでも教えちゃったりなんかしたら後で、其れはもう、大変だと思うわよ。


   だけどだなァ、蓉子は俺の娘であってだなァ?


   あーー今日は納豆が良いなーー。


   それもききあきました。


   …あ、あのォ。
   イツ花、イツ花の存在を忘れないで欲しいなぁ、なんて思うんですけどぉ…。


   イツ花、若しかしてごはん出来たの?


   あ、いや、そういうわけでは無くてですね?
   と言うか目をそんなにきらきらされても…。


   じゃあなにー?


   だから、そのぉ…。


   はっきりと言いなさいな、イツ花。


   ……だから、ですね。


   其の子は?


   え、えとですね、この子は……て、そう!
   然うなんですよ、椿さま!!!


   声が大きい。
   それで?


   す、すみません。
   えとですね、この子はまぁ有体に言えば新しいご家族です、はい。


   …新しい?


   んー…?


   ……。


   て、皆様ぁ!
   久遠〈クオン〉さまの、久遠さまの子ですよぉ!!


   …あ!
   あーー!!


   ………。


   …ああ。


   当主様、当主様は勿論分かっておいで


   然うだった、な。


   …然うだった、って!
   当主様!!


   あ、いや、忘れてたわけじゃないんだ。
   ただ、な…。


   もう!
   ひどいですよぉ!


   けれど待ちなさい。
   聞いていた日より少し早いと思うわ。
   どういう事なの、イツ花。


   いやですね、実を申しますと少々、早いんです。
   けど、昼子さまから


   要、は。
   あっちの都合ってわけね、イツ花。


   そう、そうなんですよ!
   藤花さま!!


   ……。


   て、あれ?
   藤花さま?


   何でもないわ。
   で。


   で?


   勇兄、いえ、当主様。


   ……。


   どう致しましょうか。


   …無論、うちの子として育てるさ。
   当たり前だろう。


   然うですか。


   …が。


   お姉さまに声をかけて参りましょう。


   ……。


   あ、藤花さま。


   ん、なぁに。


   実は……。


   ……然う。
   其れで?


   全く、関心を持って頂けなく…。


   ……。


   …藤花。


   ま、仕方が無いわよ、椿。


   ……。


   …あー、家の中が暗いー。


   菊乃。


   分かってます、分かってますけどー…さぁ。


   ……久遠。


   ……。


   ……。


   あ、あー…どうしましょう、いつもは無駄に元気な方たちなのに…


   ……あ、あの。
   イツ花…。


   あ、はい、何でしょうか。
   蓉子さま。


   その子は…。


   はい、今日より山百合家の一員となるお子様ですよ。


   男の子?
   それとも…


   女の子です。
   少し儚げな感じが致します。


   はかなげ…。


   え、と、ご覧になりますか?


   はい。


   ……ようこ。


   江利子、新しい家族だって。


   ……。


   どうぞ、蓉子さま。


   ……わぁ。


   どうでしょうか。


   小さいわ…。


   未だ赤子
〈ヤヤ〉ですから。


   …触ってみても良いかしら。


   勿論ですよ!
   ねぇ、当主様?


   あ、ああ、良いんじゃないか。


   …お姉さま。


   私は構わないけれど。
   藤花は?


   良いわよ。
   何なら抱っこしてあげても。


   抱っこ…。


   イツ花、蓉子ちゃんに。


   はぁい!
   さ、蓉子さま。


   あ、ま、待って、イツ花。


   はい?


   やっぱり当主様方を差し置いて…。


   そんなに堅く考えなくても良いわよ。
   ねぇ、当主様?


   …ああ、構わんよ。


   けれど久遠さまが


   良いのよ。


   ですが、


   良いから。
   抱いてあげて頂戴?


   あ、は、はい…。


   イツ花。


   はい。
   それでは…。


   え、と…。


   未だ首が据わっていらっしゃらないので、腕はこうして…。


   …うん。


   なるべく、優しく抱いてあげて下さいませ。


   は、はい。


   では……。


   ……。


   離しますよ。


   ………あ。


   如何ですか?


   どう?蓉子ちゃん。


   ……温かいです。


   ま、生きてるしね。


   …それに良い匂いがします。


   くさかったらやだねー。


   …菊乃。


   あ、や…何と言うか、例え?


   言葉を選びなさい。


   へ、へへ…ごめんなさい。


   江利子、江利子。


   …なに。


   この子、良い匂いがするわ。


   …そう。


   それに…本当に温かい…。


   ……。


   どうでしょう、江利子さまも…


   いえ、江利子が抱くには未だ少し早いわ。
   もう少し、体が大きくならないと。


   然うですか…。
   残念でしたね、江利子さま。


   ……。


   あったかい……。


   …これ、ひとなのかしら。


   江利子が初めて来た時もこうだったのよ。
   でも江利子はもう少し顔色が良かったかなぁ。


   …ふぅん。


   あの、名前はどうするのですか?


   名前、ねぇ。
   やっぱり必要よねぇ。


   当たり前でしょう。
   何と呼ぶつもりなの。


   だけどどうすんのー?
   誰が付けんのー?


   ……。


   兄上。


   …いや、俺は、


   勇兄ぃは駄目っしょー。


   ……。


   あ、別に深い意味は無いよー?


   …いや、確かに俺は駄目だよ。
   蓉子の時も散々だったしな。


   確かに最悪だったわねぇ。


   ええ、最悪だったわ。
   論外も良いところで。


   ……あのなァ。
   お前達はもちっと俺に対して優しい心を持った方が良いと思うぞ…?


   は。


   あははー。


   …ふ。


   ………本当、ひどいよな、と言うか然う言うところは似てるよなァ。


   それで名前なんだけど。


   矢張り、母親である久遠さまに付けて頂くのが妥当だと思うわ。


   でもさぁ、それはちみっと無理じゃない?
   あんなんじゃ…


   ……。


   …菊乃。
   貴女は先刻から…。


   あ、あれ…。


   …ま。
   お姉さまはあてにしない方が良いわね。


   藤花…。


   大体ね、惚れた男に他の“男”と子を生せと言われてこさえた子なんて、ねぇ。
   普通に考えたらどうなのかしらねぇ。
   ねぇ、兄上?


   ……う。


   乙女心が分からないってヤだよねー。
   ま、全部分かられても気持ち悪いかも知んないけどー。


   ………うぅ。


   とは言え、家を存続させる為には避けられぬ道だわ。


   ……椿ぃ。


   けれど。
   人の心を無視した事には変わりは無い。
   そして消せぬ痛みを負わせた事もまた。


   ………。


   えとぉ。
   大丈夫ですか、当主様。


   ……良いんだ、イツ花。
   全く持ってその通りだしな…。


   ま、然うですネ。
   場合によっては人でなしと呼ばれてもおかしくないですものね。


   …………。


   まぁでも、これっばかりはねぇ。
   うちの業みたいなもんだし。


   けどキッツイよねー。


   …ええ、然うね。
   本当に。


   ……ねぇ、ようこ。


   なぁに、江利子。


   …これ、ほんとうにいきてるの?


   勿論よ。
   だけどね、江利子。


   …。


   新しい家族をこれと言っては駄目。


   ……。


   江利子、分かった?


   ……ふぅん。


   …さて。
   どうしたものかしらね。


   いっそ、藤が付けたらー?


   其れも良いと思うわ。
   貴女はこの子のお姉さまになったのだから。


   と言われても未だ、実感が無いのよねぇ。


   ま、今日来たばかりだもンねー。


   けれどこの日が来る事は交神をした以上、分かりきっていた事でしょう。


   それは然うなのだけれど…。


   ……ぁ。


   あ。


   …。


   藤花さま!


   ん?


   この子が声を出しました!


   …。


   …蓉子。


   うむ。
   蓉ちゃん、今の面白い。


   え…?


   蓉子ちゃん。


   あ、あの、私、何か変な事言いましたか…?


   蓉子。


   は、はい。


   当たり前でしょう。
   生きているのだから。


   あ…。


   ふふふ。


   す、すみません…。


   然うだ。
   いっそ、蓉子ちゃんが付けると言うのはどうかしら?


   え、え…?


   ねぇ、蓉子ちゃん。
   どうかしら?


   な、何をですか?


   聞いてなかった?
   この子の名前よ、名前。


   で、でも私は…


   駄目よ。


   ……。


   あら、どうして?
   良いじゃない、家族なのだから。


   この子は白の子なのよ。


   だけど山百合家の子だわ。


   久遠さまか、貴女が付けるべきだわ。


   誰が付けたって良いのよ。
   この子がこの子である事には変わりは無いわ。


   藤花。


   だって然うでしょう?
   それに今までだって然う言う例はあった筈よ?


   だからって蓉子に


   じゃ、最終手段にしましょう。


   …。


   どうしても、の時は。
   決めて貰うの。


   …貴女は本当に其れで良いの。


   このちびが何者にもなれないよりは、良いんじゃない?


   …。


   じゃ、決まるまで白ちびって呼ぼうかなー。


   良いわね、かつての黄ちび。


   うわ、言いづら!


   私がこの子の名前を…。


   ……ようこ、は。


   え、なに…?


   …。


   江利子、今何か言った…?


   ……なんにも。


   そう?


   なんでもないの。


   …?
   江利子…?








   ・








   よいしょ、と。


   …。


   うん、これで良し。
   さっぱりして良かったね。


   …。


   私ね、江利子の時もやったのよ。
   たまに、だけど。


   …ふーん。


   天気が悪くておむつが乾かない時はね、要らない布を使ったりもしたの。


   …ふぅん。


   例えばお布団の敷布とかね。


   …しき布?


   古くなって、切れてしまったのとか。
   少しくらい切れたものなら勿体ないけど。


   …。


   菊乃さまって凄いのよ。
   要らない敷布をね、ささっと切ってあっと言う間におむつにしてしまうの。


   …お姉さまが、ね。


   菊乃さまはお裁縫がお上手だから。
   お料理もお上手だし。


   ……。


   藤花さまやお姉さまは何も言わないけれど。


   ……ふーん。


   そうそう。
   おむつ替えのやり方を私に教えて下さったのは菊乃さまなのよ。


   ……。


   私はまだ、菊乃さまのように手際良くは出来ないのだけれどね。


   ……。


   そうだ。
   江利子にも教えてあげる。


   別にいい。


   え、どうして?


   どうしても。


   江利子?


   …きたないわ。


   え。


   ……。


   そんな事無いわ。
   赤子〈ヤヤ〉


   とにかく、私はいや。
   やりたくない。


   ……そう。


   ……。


   …ぅ。


   あ。


   あぁぁぁ!


   ……。


   どうしたの?
   おむつは替えたし…ほっぺたも別段熱くは無いし…あ、お腹すいた?


   ぁぁぁ!


   え、と、よしよし。


   ぁぁぁぁ!


   ……うるさい。


   またおっぱいを貰いに行かないと。
   江利子、イツ花に


   ……。


   江利子。


   ……。


   どこに行くの?


   それ、うるさい。


   …!
   江利子!


   ……。


   あぁぁぁぁ!!


   よしよし、今貰いに行ってくるからね。


   ……。


   江利子、一寸私行ってくるから。


   ……。


   お願いね。


   …何を。


   私が家にいない理由を聞かれたら。


   ……。


   江利子、お願い。


   ……分かったわ。


   うん。
   じゃあ、行ってきます。


   ……。








   江利子ちゃん。


   …。


   蓉子ちゃん…と、あの子は?


   …乳を貰いに。


   ああ、然う。


   …。


   ふふ、面白くなさそうね。


   …。


   不愉快です、て顔してるわ。


   ……。


   奪られたみたい、でしょう?


   …何をおっしゃいたいのですか。


   下が出来るってこういうコトなのよ。


   …。


   ああ、然うね。
   あの子のお世話はこれからずっと、蓉子ちゃんにやって貰おうかしら。


   …藤花さまがやるのではないのですか。


   私でも良いけど。
   蓉子ちゃんが気に入ってくれたみたいだから。


   …。


   面白く無いでしょう?


   ……。


   今までは蓉子ちゃんと二人、だったのに。


   …。


   ある意味、真ん中の宿命みたいなものなのかも知れないわね。


   …ひとごと、ですね。


   ええ、然うなのよ。
   所詮、分からないから。


   …。


   ま、こっちの場合、上が上だから。
   同じ事態にはならなかったかも知れないし。


   …。


   ごめんなさいね。


   …何が、ですか。


   さて、何だと思う?


   ……。


   蓉子ちゃん、いつ戻ってくるかしら。


   …さぁ。


   ……ふむ。


   ……。


   ま、良いわ。
   帰ってきたら知らせて頂戴。


   …。


   宜しくね、江利子ちゃん。


   ……はい。








   …お姉さま。


   ……。


   お姉さま、お食事を運んで参りました。


   ……。


   ……また召し上がっていないのですね。
   薬湯も…。


   ……。


   お姉さま、外は良く晴れております。
   久方ぶりに外へ出てみませんか。
   今、京では…


   ……ねぇ。


   はい。


   どうして、なのかしら。


   ……。


   どうしてあの人は、来ないのかしら。


   ……。


   私、待っているのに。


   ……お姉さま。


   夜も明けぬままだわ。
   ずっと、ずぅっと、暗いまま。


   ……。


   ああ、どうして此の手は届かないのかしら。


   ……。


   ねぇ、どうして。


   ……どうか、お食事を。
   召し上がって下さい、お姉さま。
   じゃないと…。


   ……。


   このままではお体を壊してしまいます。
   どうか…。


   …ふふふ、ふふふふふ。


   ……!


   子供、然うよ、子供だわ。


   ……。


   あんなのが、私の子ですって。
   ねぇ、おかしいわよね。
   あんな肉の塊のような…。


   ……。


   あんなのが私の子のわけが無いわ。
   だってあんなに気持ちが悪いんですもの。


   ……。


   孕めないのに、どうして私の子なの。
   幾らお腹に子種を植えつけても、宿す事なんて出来ないのに。


   ……。


   だから、だから…。


   ……。


   こんな家、終わってしまえば良いのよ。


   ……。


   ねぇ、ねぇ、然うは思わない?
   だって私達、呪われているのよ。
   生きてたって、血を残したって仕方が無いわ。
   だったら消えてしまえば良いのよ。
   至極簡単なコトじゃない。


   ……また、後で参ります。


   うふふ、うふふ。
   然うよ、然うよ、全部、ぜぇんぶ、消えてしまえば良いんだわ。


   ………。


   然う、あの人も…。


   …お姉さまの子を連れて。


   ふふふ、あははははは……。















   お帰りなさい、お姉さま。


   ……。


   どうでしたか?


   ……。


   お姉さまの事です、またはしゃぎすぎて…?


   ……。


   …お姉さま?


   ……。


   どうされたのですか?


   ……。


   然う言えば兄上は…。


   …ッ。


   …!
   お姉さま…!


   ……。


   どうしたんですか…!?


   ……。


   イツ花!
   イツ花!!
   お姉さまが…!!


   ……良いのよ。


   良くありませんよ!
   顔色がひどく


   いいの、いいのよ。


   されど…!


   ……ねぇ、藤花。


   え…。


   ……。


   い、た…。


   ……私、もういらないんだって。


   な、何を…


   こども、なんて。


   お姉さま、確りなさって…


   ……。


   然うだ…着物の布は?
   布はどうされたのですか?
   買って貰ったのでしょう?


   ……そんなも、の。


   兄上に、買って貰ったのでしょう?
   お姉さま好みの…


   ……。


   兄上は堅物だから…


   ねぇ、藤花…。


   お、お姉さま…。


   ……わたし、どうしていいか、わからない。


   …ッ


   愛しているの。
   誰よりも、愛しているの。
   傍に居たいの。
   傍に居て欲しいの。


   ……。


   なのに…なのに…。


   ……兄上、が。


   わたし…いや、いやよ、そんなの……いやぁ。


   言ったのですね。


   ……あぁぁ。















   藤花。


   ……んー。


   蓉子は?


   乳を貰いに。


   其れを誰が?


   江利子ちゃんが。


   然う。


   ま、直に帰って来るでしょ。
   隣、どう?


   ……ねぇ、藤花。


   んー?


   どうするの。


   何を?


   名…と。
   それから…。


   …。


   …もう三日よ。
   そろそろ…。


   さぁ、どうしたもんかしらね。


   ……。


   お姉さまはあの通りだし。


   ……。


   らしくないわよ。
   そんな顔。


   …貴女ねぇ。
   人の事を何だと思っているの。


   大丈夫よ。
   少なくとも冷血とは思っていないから。


   ……久遠さまは。


   いつもどおりよ。
   飯もまともに食べない。
   勿論、薬湯なんぞ飲みやしない。


   ……。


   このままだと確実に。
   短い寿命を更に短くしちゃうわね。


   …なんて顔を。


   ん?


   なんて顔、してるのよ。


   どこか変かしら?


   …どうして笑っていられるのよ。


   笑うしか、無いからよ。


   ……。


   男狂いして、身を滅ぼすなんて。
   女の業だか性だか何だか知らないけれど。


   …然うじゃないでしょう。


   いえ、然うじゃない。


   ……。


   ああ、そうそう。
   蓉子ちゃんね、帰ってきたら


   恨んでいるの。


   ……。


   ふじ


   椿。


   く…。


   恨むとしたら。
   何を恨むべきかしらね。


   ……。


   此の家?
   呪い?
   朱点?
   それとも?


   ……ふ、じ。


   例えば、このまま貴女を絞め殺してみたら呪いは解けるもの?


   …。


   壊れた心は元に戻るものなのかしら?


   ……。


   なーんてね。


   ……。


   恨みなんて。
   思っちゃいないわよ。


   ……。


   さて。
   蓉子ちゃんが帰ってきたら先ずはお礼かしらね。
   我が妹の腹を満たしてくれて有難う、て。


   …それから、どうするの?


   さて、どうしようかしら。


   蓉子は…。


   と言うか、別に何もしないわよ。
   やぁねぇ。


   …。


   けど、そうねぇ。
   少しまずいかも知れないわね。


   …?


   椿、良く言ってるでしょ。
   大禍時は出歩くもんじゃない、て。








   …けぷ。


   おなか、いっぱいになって良かったね。


   …。


   もう、良いのかい?


   はい。
   いつも、ありがとうございます。


   なんの。
   あたしらが出来る事と言ったらこんなコトぐらいさね、気にしないでおくれよ。


   本当にありがとうございます。


   だから、良いって。
   そんなに畏まられたら、尻がむず痒くなっちまうだろ。


   でも


   大体、さ。
   今、あたしらがあんのはあんたらのお陰なんだ。
   あんたらの家のもんがやってきてくれた事を思えば、乳をやるぐらい、造作もないコトさ。


   …はい、ありがとうございます。


   だから、良いんだって。
   仕方の無い子だねぇ。


   …ごめんなさい。


   礼を言ったり、謝ったり。
   忙しい子だねぇ。


   ……。


   その子が腹を空かせたらいつでもおいで。
   覆い被さってるバカが居たとしても、蹴り飛ばして、あげるからさ。


   …?
   おおい…?


   ま、あれだよ。
   あたしが乳をやれんのは今だけだからね。


   …はい。


   しかし、だ。


   はい?


   あんたにもやってたんだけどねぇ。
   もうこんなにでかくなっちまったんだね。


   え…。


   然う考えると。
   言わば乳兄弟ってヤツなのかね、あんたらは。


   ……。


   そうだ。
   その子の名前は?
   未だ聞いてなかったね。


   ……。


   ?
   どうかしたのかい?


   …未だ、無いんです。


   無い?


   はい、名前は未だなんです。


   …ふぅん。
   じゃ、決まったら教えておくれよ。


   はい、必ず。


   …ふふ。


   え、あ、なんですか…?


   それがあんたの気立てなんだね。


   ……え、と。


   ほら、もう帰らないと。
   家のもんが待ってんじゃないのかい?


   あ、はい。
   それじゃ失礼します。


   はいはい。
   じゃ、またねぇ。
   気をつけてお帰り。


   はい、ありがとうございます。
   それじゃ…あ。


   ほら、気をつけて。
   ちゃんと抱いてやんなきゃ。
   あんたは姉ちゃんなんだから、守ってやらないといけないんだからね。


   はい!


   ふふ。


   ありがとうございました!


   はいはい。


   それでは、さような


   また、で良いよ。
   何度も言ってるだろ?


   …はい。
   それではまた来ます。
   その時は


   何も言わなくても飲ませてやるさね。
   たらふく、さ。


   はい、お願いします!


   全く。
   本当に“良い子”だね、あんたは。


   それでは!


   はいよ。
   また、ね。


   …。


   もう、行っちまった。
   流石、あの家の子だねぇ。








   ………本当、に。
   呪われてるなんてどうでもいいと思えるくらいに、素直で良い子だ。
   それが仇になんなきゃ、良いけど…。








   …くしゅ。


   あ。


   ……。


   寒いね、早く帰ろ


   ……。


   …くしゅん!


   ……っくしゅ。


   …早く帰らないと。
   風邪、ひいちゃう…。


   ……。


   ほっぺた、赤い…。


   ……。


   ふふ…。


   ……くしゅ。


   あ、ごめんなさい。


   ……。


   ……あともう少しだからね。


   ……。


   ……。


   これ。


   ……?


   これ、そこの女童〈メラワ〉


   え…。


   止まれ。


   ……。


   止まれや、鬼子。


   どこから…。


   此処じゃ。


   …!


   此処じゃ、此処じゃ。


   な、何…。


   渡せ。


   え…。


   汝が抱いてるソレを渡せ。
   さぁ、さぁ。


   何を言って…


   案ずるな案ずるな、直ぐに後を追わせてやる。
   だから主
〈ヌシ〉は案ずる事無く、逝くが良い。


   !
   止めて下さい!


   渡せ、渡せ。
   さぁ、其れを此方へ。


   離して!
   触らないで!


   さぁ、さぁ、さぁ、さぁ。


   ……燃やせ、赤玉!!


   ぬ…。


   …止めて下さい。
   さもないと…。


   主のような女童とて、所詮は鬼の子。
   ならば…。


   あ…。


   加減は無用じゃ。


   …く。


   待て、待て。
   逃がさぬ。


   ……。


   逃がさぬ、逃がさぬぞォ。
   ソレを渡せ、さぁ。


   ……ぁ。


   ……大丈夫、私が守ってあげる。


   逃がさぬ、逃がさぬぞぉぉぉ…!!


   …きゃぁぁッ


   彼の家の子、鬼の子。
   赤子のうちならば、何も出来まいぞ。


   …唸れ、太刀風!


   ……ほぅ。


   渡さない、絶対に渡さないわ…!!


   やる、やりおる。
   が、所詮は小鬼。
   あやつら鬼どものようには


   …あ。


   いかぬなぁ!


   …だ、だめッ


   何、本当ならば此の世のありとあらゆる苦行を味わせてから殺すところだが。


   ……。


   ソレを渡すのなら苦しまず殺してやろう。


   ……な。


   せめてもの慰めじゃ。


   ……さわる、な。


   む…。


   触るな…ッ


   …。


   絶対に、渡すものかぁぁ…ッ


   喚いたところで何も変わぬわ…!!


   …ぐ、は。


   餓鬼が。


   …渡さない…渡さない…絶対に、絶対にぃ!


   離せ、諦めよ。
   そして、あの世で悔やめ。


   だめ、だめ、だめぇぇぇ…ッ


   鬼は滅ぶ運命。
   死ね。


   あぁぁぁぁぁ…ッッ







   …切り刻め、







   …ッ!


   芭蕉嵐
〈バショウラン〉


   ぎゃぁぁぁあっぁあァァァァ…ッッ


   あ、あぁぁ…。


   うん、先ずは一匹。


   ふ…ふじ、かさま…?


   ごきげんよう、蓉子ちゃん。
   帰りが遅いから散歩がてら迎えに来たわよ。


   藤花さま…ッ


   うちの妹を守ってくれて有難うね?


   私…わたし…。


   あーあ、衣がこんなに汚れちゃって。


   ……うぅ。


   はいはい、もう大丈夫だからね。


   ……。


   でも…とりあえず、どうしようかしら。


   …?


   ひぃ、ふぅ、みぃ…あと五匹。
   大禍時はロクなもんが出ないって相場で決まってるけど…この変態爺と言い、豎子相手になんとまぁ、大人げが無い事。


   藤花さま…?


   命が惜しいのなら、逃がしてあげても良いけど…。


   ……。


   ……。


   …ひ。


   ま、死にたいのなら止めないわ。
   今日の機嫌はそこそこだけれど、望みを叶えてあげましょう。


   ふ、ふ、


   蓉子ちゃん。


   は、はい…。


   一寸、お掃除してから帰るから。
   椿に言っておいて。


   そ、そうじ…?


   ええ。


   で、でも…。


   丁度良いから教えてあげるわね。
   アレは人じゃないわ。


   え…。


   鬼ってモンはね、人がなる場合もあんのよ。
   若しくは初めから人の皮を被った鬼畜ってのも居るわね。


   ……。


   だから。
   殺されても文句は言えないの。


   ……死ね。


   !
   藤花さま…!


   ……。


   が…ッ


   これで、二匹。


   あ…あ…。


   さ、蓉子ちゃん。
   うちの妹を連れて先に帰っててくれるかしら?
   勿論、走って、ね?


   …。


   あら?


   ……。


   腰、抜かしちゃった?


   …い、いえ。


   そ。
   じゃ、お願いね。


   は、はい。


   …逃さぬぞ。


   …鬼一匹、増えた所で。


   …殺すのみ。


   じゃ、全力で走って。
   蓉子ちゃん。


   はい…!


   逃さぬ…!


   逃さぬぞ…!


   焼き尽くせ、火竜。


   …がぁぁぁッ


   四匹…いや、一匹はかろうじて逃がしたわね。
   ま、大火傷、はしてるみたいだけど。


   ……。


   と言うか、あんたらの相手は私。


   …この、鬼めが!


   で。
   今更だけど、うちのちび達に何の御用かしら。


   ……。


   ま、良いわ。
   それなりの責任は取って貰うから。


   ……主は追え。
   我はアレを…。


   ……おぉ。


   へぇ、良いわね。
   其の考え。


   ……行け!


   ……。


   雷を降らせよ、印虎姫。


   ……ぐぁぁッ


   …行かせる道理は、無いわね。


   ………うぬ、ら、は。


   あら、未だ息があるの。
   しぶといわね?


   ………。


   じゃ、首、刎ねて上げるわ。


   …がぁぁぁぁッ


   ……さて。
   残りは一匹だけど。


   ぐぬ、ぐぬぬぬぬ…ッ


   心配しないで。
   直ぐに後を追わせてあげるから。


   この、鬼がぁァァぁァあァァァァ…ッッ


   ごきげんよう。








   …はぁ、はぁ。


   蓉子?


   ひ…。


   どうしたの、蓉子。
   泥だらけでは無いの。


   お、お姉さま…。


   何があったの?
   藤花は…


   お姉さまぁ…ッ


   …。


   お姉さま…お姉さま…。


   ……白ちびは?


   大丈夫です…。


   然う…とりあえず、中に入って着替えなさい。
   話はそれから聞くわ。


   は、はい…。








   ただいま、と。
   蓉子ちゃんとうちのちび、帰ってる?


   藤花。


   椿、ただいま。


   …おかえりなさい。


   話、聞いた?


   聞いたわ。


   相当追い込まれているのかしらね。
   誰も出歩かぬ大禍々時とは言え、天下の往来で襲ってくるなんて。


   ありがとう、藤花。


   うん?


   軽い怪我はしていた。
   けれどそれだけで済んだ。


   うちのちびは?


   無傷。


   然う、なら私こそ蓉子ちゃんにお礼を言わないとね。
   蓉子ちゃんは?


   蓉子なら…。


   …あ、あの。


   あら、蓉子ちゃん。


   ありがとうございました、藤花さま。


   はい、どういたしまして。
   蓉子ちゃんもうちのちびを守ってくれてありがとうね。


   い、いえ、私は何も出来なくて…


   なんのなんの。
   あの状況で印を結べたのだから大したものよ?


   けど私にもう少し力があれば…。


   今はあれだけ出来れば上等。
   これから、よ。


   …はい。


   よしよし。


   わ…。


   蓉子ちゃんは本当に良い子ねぇ。


   あ、あの、あの人達は…。


   ああ。
   あれはただの莫迦どもよ。


   …ばか?


   或いは保身ばかり考えてる屑どもの犬。
   言ったでしょう?アレらは人じゃないって。
   ねぇ、椿。


   …。


   お姉さま…?


   ま、いずれ、知る時が来るわ。
   それより今は…思いついたのよ。


   …?


   え…?


   ちびの名、よ。
   あと職。


   …貴女が?


   だって名無しのままじゃあ、ねぇ。
   蓉子ちゃんに付けて貰うって案も結局は却下されそうだし。


   本当ですか、藤花さま。
   あの子に名前が


   ええ。
   どうせだからみんなの前でお披露目…の前に。
   蓉子ちゃんにだけ、最初に教えてあげちゃおうかしら。


   え、私…?。


   はいはい、耳、貸してね。


   え、え…。


   椿は後でね?


   ええ、良いわよ。


   んじゃ、蓉子ちゃん。


   で、でも、本当に良いんですか?


   良いのよ。
   だって貴女はこれから……。















   ねぇ、聞いて。


   はい。
   何ですか、お姉さま。


   名前。


   名前?
   何のですか?


   知りたい?


   …聞いてと仰ったのはお姉さまですよ?


   ふふ、そうよね。


   それで何でしょう?


   あの人にね、聞いてみたの。


   あの人…兄上、ですか?


   ええ。


   それで兄上に何を?


   だから、子供の名前。


   え…。


   私ね、どうしても勇に付けて貰いたかったの。
   だって…。


   …。


   ……藤花?


   交神をなさるのですか…?


   交神?
   誰が?


   だって子供と言ったら…。


   私も勇もしないわよ。
   するわけ、無いじゃない。
   それは藤花も知っているでしょう?


   …はい。


   だって私は勇魚の妻だし、勇魚は私の夫だもの。
   する必要、無いじゃない?


    …。


   でね、若しも二人に子供が出来たらって話をしたの。


   …お二人に、ですか。


   ええ。


   兄上はどうしましたか?


   それがね…ふふ。
   勇ったらすごく困ってしまって。


   狼狽、してましたか?


   もうね、その姿が可笑しくて。
   可愛かったの。


   …いつも思うのですけど。
   あの無骨な兄上に可愛いと言う言葉はなかなか結びつきません。


   普段はあんなに堅いけれど、本当はとても可愛い人なの。
   私だけが知っているのよ。


   私も一応、知ってます。


   あら。


   だってお姉さまが良く、お話してくれますから。


   ふふ、そっか。
   でも見た事は無いでしょう?


   はい。


   だから本当の意味で知っているのは私だけなの。


   兄上もお姉さまだけにしか、見せなさそうですしね。


   ふふ、そうなのよ。


   それで兄上は何と?


   うん?


   お姉さまと兄上の子共の名前。


   ああ、そうそう。
   それが勇ったらね…。















   …藤花。
   一寸、良いか。


   何かしら、勇兄。


   ちびの名の事だが…本当にあの名にするのか。


   …本当も何も。
   あの名こそが我が姉の望んだ名ですから。


   だが…。


   それとも何でしょう。
   何か、ご異存でもおありだと言うのですか、当主様。


   …。


   男でも女でもどちらでも良いように。
   わりと適当なところがありますよね、兄上は。


   ……知っていたのだな。


   ええ、聞いておりました。
   私は妹ですから。


   …。


   それとも。
   所詮、有り得ない事だからいい加減にお考えになりましたか?


   其れは、無い。
   俺は…


   なら、良いでは無いですか。


   …だが、しかし。


   もう、決めた事です。
   まぁ、兄上の子ではありませんが。


   …。


   兄上は一所懸命に考えた。
   ですよね?


   …久遠は。
   本当に望んでいるのか。


   其れは当主様の方がお分かりだと存じますが。
   何ならご自分で聞いてみては如何でしょう?


   …。


   然う、聞けるのであらば。


   ……藤花。
   お前は俺を恨んでいような…。


   何故?


   ……。


   兄上の子、蓉子ちゃんは本当に可愛いですよね。


   ?
   急に何を…。


   素直で、とても良い子。
   本当に可愛い子。


   あ、ああ…。


   けれど。
   お姉さまにしてみれば…どうでしょうね。


   …!


   大丈夫ですよ。
   今のお姉さまはもう、覚えていませんし、理解する事も出来ませんから。
   兄上のおかげで。


   …。


   おかしな兄上。
   話があると言って引き止めたのに、結局は何も話さない。


   …


   いっそ蓉子ちゃんを白にくださいな。
   そうしたら


   其れは出来ない。


   即答ですね。


   蓉子に俺の業を背負わせる事はしない。


   別に兄上の業を背負わせるわけでは無いですよ。
   あの子はただ、己の業を背負うだけですから。


   何が言いたいんだ。


   兄上の子が女で良かった。
   其れが女の業ならば、屹度。


   ……。


   さ、これでお話はお仕舞いにしましょうか。
   お姉さまの子であるあの子の名はあれ以外有り得ないのですから。


   …分かった。


   ああ、そうそう。
   勇兄、今宵は宴をしない?


   宴?


   命名が終わったのだから。
   良いじゃない。


   …そうか。
   そうだな、するか。


   じゃあ椿の了解、取っておいてね。


   え、俺がか?


   勿論。
   だって勇兄は当主だもの。


   いや、だがな?
   実質は


   あ、菊。


   お、藤。


   今宵は宴だそうよ。


   え、本当にー?!


   ねぇ、兄上。


   あ、いや、だからだな?


   勇兄ぃ勇兄ぃ、私、おいしいの飲んで食べたい!


   や、待て待て。
   未だやるとは…


   わぁい!
   今宵は久しぶりな宴ー!


   何、何の騒ぎなの。


   あら椿、良いトコロに。


   宴がどうとか聞こえたけれど。


   然うなの。
   ねぇ、勇魚兄。


   や…。


   …兄上?


   あ、あー…。








   聖。


   …ふぁぁ。


   江利子、聖が返事をしたわ。


   …ちがうと思うわ。


   聖。
   貴女の名前は、聖、よ。


   …。


   聖。
   聖。


   …呼びすぎ。


   だって嬉しいんだもの。


   何がそんなにうれしいの。


   この子に名前が付いたわ。


   …。


   ああ、聖。


   ……蓉子、は。


   うん?


   私のときもそんなによろこんだの?


   江利子の…?


   …。


   うん、然うね。
   嬉しかったわ。


   ……。


   江利子の時はね、菊乃さまが予め


   もう良い。


   え。


   もう良いわ。
   聞きたくない。


   …?
   江利子、どうしたの?


   別に。


   ……そうだ。
   江利子も聖、抱っこしてみない?
   本当は江利子だって


   しない。


   …江利子。


   私は蓉子みたいに世話焼きじゃないもの。


   世話焼き、て。
   自分より小さな子の面倒を見るのは当たり前の事じゃない。


   …。


   江利子。


   私は、知らないわ。


   どうしてそんな事を言うの?
   聖が可愛くないの?


   可愛くない。


   どうして?
   聖は大事な家族なのよ。


   …。


   ねぇ、江利


   ああーー!


   …!
   聖?どうしたの?


   ああーああー!


   聖、お腹が空いたのね?
   待ってて、直ぐに…


   ……。


   江利子、待って。
   江利子も一緒に…ねぇ、江利子ってば。


   ……。


   ああー!!


   聖、よしよし…直ぐにおっぱいをあげるから、だから…


   ぁぁーッ


   ……本当にうるさい。


   あらあら、賑やかねぇ。


   藤花さま…。


   蓉子ちゃん、江利子ちゃん。
   今夜は久方ぶりに宴よ。


   うたげ…?


   然うよ、江利子ちゃん。
   うちのちびの名が決まったお祝い。


   …。


   ああーーん!!


   ところで蓉子ちゃん、聖が派手に泣いてるんだけど。
   おむつかしら?


   いえ、そろそろおっぱいの時間なので…。


   あら、もう?


   でももう、外は…


   ああ。
   んじゃ、一緒に行きましょうか。


   一緒に行ってもらえるのですか?


   ええ。
   それじゃ江利子ちゃん、言付け、お願いね。


   ……。


   江利子…。


   分かりました。
   行ってらっしゃいませ。


   うん、ありがと。


   …。


   さ、行きましょうか。
   蓉子ちゃん。


   …はい。















   …あの男さえ、居なければ。


   姉は狂わずに済んだのだろうか。















   …。


   今日は良い天気だったわねぇ。


   …。


   ね、蓉子ちゃん。


   …え。


   良い天気。
   星が綺麗。


   あ、はい、そうですね。


   ふふ。


   …?
   何ですか…?


   腹が満たされたってのもあるのでしょうけど。


   …え、と。


   蓉子ちゃん。


   あ、はい。


   うちの聖、宜しくね。
   これからも。


   …。


   多分、色々と手を焼かせるでしょうけど。
   それでも離さないでいてあげて頂戴ね。


   …はい、藤花さま。


   うん、ありがと。


   ……。


   さて、さっさと帰りましょうか。
   宴、始まっちゃうわ。


   はい、藤花さま!









  キ シ ン ダ カ ケ ラ 了