花
最近、私の妹を強く囚えて離さない存在が、居る。
蓉子。
…。
蓉子。
…ん、んん。
入るわよ、よう…
……お、ねぇさ…ま。
……。
……すぅ、すぅ。
…全く。
ん…。
疾うに、術の指南の時間は過ぎていると言うのに…
……ぴー。
…?
ぴー…、ぴー…。
……何の音?
せ…ぃ……。
…蓉子じゃ、無いわね。
……ず。
………あ。
ず…、ぴー。
………はぁ。
…椿。
……藤花。
何、夜這い?
……今直ぐ引っぺがして放り投げて上げても良いわよ。
一寸した冗談よ…?
…。
あらあら、これはまた良く寝てるわね…?
…寝過ぎよ。
まぁこれじゃ、可哀想になっても仕方が無いわね。
…貴女の妹でしょう、持っていきなさい。
物じゃあるまいし?
これでは術の指南が始められないでしょうが。
時間、ずらせば?
…。
赤子の面倒は予定通りにはいかないでしょう?
…本来ならば、
はいはい、耳胼胝〈ミミタコ〉。
…。
だってこんな小さな手で握って離さないのよ。
引き裂くなんて真似、到底、私には出来そうに無いわねぇ。
…。
で?
椿にはそんな鬼のような真似、出来て?
……貴女と言う人は、
ふふふ。
…ん、んぅ。
あら?
おねぇ…さ…ま?
…。
蓉子ちゃん。
……ふじかさま?
良く眠っているところ、アレなんだけど。
貴女のお姉さまがむくれているわよ。
藤。
あら、違うの?
……。
蓉子、術の指南の時間よ。
………あ。
それから、鼻。
…は、な?
ちびの鼻。
……せい、の。
詰まってるのでは無いの。
ぴー…。
あらあら、ぴーぴー言ってるわね。
…!
ず…、ず。
いけない…!
最近は冷えるから。
風邪、ひいたかしらねぇ。
聖、ごめんね…今、楽にしてあげるからね。
と言うより、貴女はどうしてそんなに他人事なのよ。
白ちびは誰の妹なの。
んー?
私の、かしら?
貴女がそんなだか…
……。
あら、まぁ。
……もう一度。
……。
……これで、良し。
ふむ。
本当にありがたいわよねぇ。
…藤花。
んー?
貴女がすべき事を蓉子が順調に覚えて、且つ実行しているわ。
然うねぇ。
確かに。
知っておくにこした事は無いけれど。
なら、良いじゃない。
今後の為にもなるし。
けれど黄色のちびにはしなかったわ。
何だかんだ言っても菊が居たからねぇ。
どうして、貴女は何もしないの。
してるわよ。
どこが。
あら、ちゃんと見守ってるじゃない。
見守るなどと言って実際は
あ、あの、お姉さま…?
……。
椿、貴女の妹が呼んでるわよ?
……蓉子。
は、はい…。
とりあえず、口の中を漱いできなさい。
…。
拭ったとは言え、口の中に…
…それが。
何。
…聖、が。
……。
ねぇ?
言ったとおりでしょう?
…泣きもしないから。
滅多なコトでは泣かないわよ、うちのちびは。
然うね、無理矢理起こされた挙句に引き離された、とかしないと。
………。
藤花さま、聖を…。
んー、無理ね。
今は。
…。
…。
蓉子ちゃんだって。
離せないでしょう、そんないたいけな状態の赤子を。
……然う、ですけど。
蓉子。
……ごめんなさい、お姉さま。
とりあえず、”その状態”でも構わないから起きなさい。
あ、はい…。
赤子のものと言えど、綺麗なものでは無いから。
漱ぎに、行ってきなさい。
は、はい。
よいしょ…
あ、手を貸してあげるわよ。
ありがとうございます、藤花さま。
良いの良いの、うちの妹がお世話になっているのだから、ね?
だったら貴女が抱っこしてあげなさい。
蓉子の代わりに。
うん、泣かれても良いならやるわよ。
どうして泣くのよ。
貴女、ちびの姉でしょうが。
然うなんだけどねぇ。
先刻も言ったでしょう?
私や菊なら兎も角。
貴女なら
じゃ、論より証拠。
ごめんなさいね、蓉子ちゃん。
あ…。
聖、こっちにおいで。
……。
ほら、椿。
やっぱり離さないわよ。
おまけにこの顔。
…それは分かったわ。
けれど
んじゃ、仕方が無い。
許してね、聖。
……!
よいしょ、と。
あら、少し重たくなってるみたい?
ふ、藤花さま…。
…ぅ、
椿ー。
何よ。
耳を塞ぐ準備は、良いかしら。
は?
蓉子ちゃんも。
藤花さま、やっぱり私が
あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん……ッ!!!!
…ッ!
なんて声…ッ
あぁぁぁ!
あぁぁぁぁぁ…!
せ、聖…!
…ほら、ねぇ。
言った通りだったでしょう?
あぁぁぁ、あぁぁぁぁぁ…!!!
藤花…!
どうする?
このままでも良いかしら?
耳がおかしくなっても良ければ、だけど。
あぁぁぁぁぁ…!!
……ああ、もう!
お姉さまは、やっぱり私が
しかし、本当に耳がおかしくなるわねぇ。
この泣き声は。
蓉子、代わりなさい!
直ぐに…!
は、はい、お姉さま…!
と、言うわけで。
はい、蓉子ちゃん。
あぁぁぁぁ…
聖…!
あぁぁぁぁ、あぁぁぁ…。
聖、大丈夫よ。
無理矢理離しちゃってごめんね…?
あぁぁ、ぁぁぁ…。
もう、しないから。
ね…聖。
ぁ……。
良い子、良い子……。
……ぅ。
はい、泣き止んだ。
……鼓膜、破れるかと思ったわ。
だから言ったとおりだったでしょう?
聖が蓉子ちゃんに甘えてる時に
と言うより。
ん?
貴女、本当にちびの姉なの。
有り得ないわ。
時と場合なんだもの。
姉だからって何でも出来ると思ったら大間違い。
だからって
それより。
…何よ。
微笑ましいじゃないの。
聖…聖…。
………。
ああ。
聖は良いお友達を持って仕合わせだわね。
鼻が詰まっていたら直ぐに口で吸って楽にしてくれるだなんて。
…………全く!
あ、蓉子ちゃん。
はい?
とりあえず、口の中を漱いでいらっしゃいな?
聖の鼻水、口の中に残ってるでしょ?
残ってるって程では…
良いから良いから。
椿がこれ以上、臍を曲げな
何事ーーーー!?
あら。
今、凄い声しなかったー?
何、絶叫?!それとも断末魔!?
一足、遅かったわねぇ、菊。
藤!
でも、何でもないのよ。
残、念。
えぇーー、折角駆け足で来たってのにーーー!!
あーあ、残念ねぇー。
むむむ…!
さ、蓉子ちゃん。
これは気にせずに、行ってきなさい。
あ、はい、行ってきます…。
蓉ちゃん…!
は、はい…?
今の声、何?!
何だったの…?!
そ、それは…
……ず。
あ、ちびが鼻水垂らしてる!
…!
また…!
藤、ちびが
ああ、大丈夫よ。
問題無し。
や、でも
ほら。
ほ?
……ん、これで良し。
……おぉー。
ねぇ、言ったでしょう。
蓉ちゃん、やるな…。
だって将来の嫁候補だもの。
は?!
…藤。
なーんて、ね。
さて、こんなところで突っ立ってたら足が冷えちゃったわ。
退散、退散。
藤、今、すっごい流してはいけないコト言わなかったー?
言ったけど、今はもう、言わないわよ。
私だって未だ、命が惜しいものー。
あ、待てー!
…………全く。
あ、あの、お姉さま…。
術の指南は夕餉の後にするわ。
忘れないようになさい。
はい。
それから。
…はい?
ちびは、出来れば、置いてくる事。
良いわね。
最近、白んちのちびがひっじょーうに、面白く無い気がする。
蓉ちゃん!
はい?
ごきげんよう、蓉ちゃん!
あ、はい。
ごきげんよう、菊乃さま。
今、暇ー?
え?
暇?
…。
あれ、暇じゃないのー?
そろそろ、聖が目を覚ます頃かな…て。
あー、白ちびかー。
聖と一緒で良いのならば…。
んー、どうしよっかなーー。
…申し訳無いのですが、
なーんて!
一緒でも良いよー!!
は、はぁ。
あのね、お八つ作ったんだよ。
お八つ、ですか?
うん!
蓉ちゃん、私の作ったお八つ好きでしょー?
はい、好きです。
だから、呼びに来たんだー。
出来たから、ねー。
ありがとうございます、嬉しいです。
んじゃ、さっさと白ちびんとこに行ってきてよー。
はい、行ってきます。
あ、でも。
…?
何でしょうか?
ちびには未だ、早いかなぁ。
……硬いのですか?
硬くは無いけど、詰まる、かなぁ?
…お餅、ですか?
うん、もちもちしてるよー。
江利子は…。
江利ちゃんは大丈夫ー。
ならば、聖も大丈夫だと思いますよ。
そー?
はい。
それに考えがありますから。
考えー?
それって何なにー?
大した事じゃないんですけど…。
それ、後になれば分かるかなー?
はい、多分。
じゃ、後でにしようかなー?
早くしないと冷めちゃうしー。
菊乃さま。
おー?
居間に行けば良いのですか?
あー、然うだねー。
居間に来てー。
はい。
じゃあ、聖を連れて直ぐに。
うん、待ってるよー。
はい。
…て。
おっそいなー、蓉ちゃん。
……お姉さま。
なになに、江利ちゃん。
湯気、なくなってしまいました。
んー、冷めちゃった、かなぁ。
菊。
んおー?
だから、食べちゃいましょ、って言ったのよ。
そんなの、駄目だよー。
蓉ちゃんが来てないのにー。
…菊乃。
はい、何ですか、椿さま。
私は蔵の中の整理がしたいのだけれど。
は、何卒、何卒もう暫くのご猶予をー…!
…。
大体、冷めてしまったら硬くなってしまうんじゃないの、これ。
う…。
かたくなると思います。
え、江利ちゃん、それは言わないお約束だってー!
……菊。
だ、大丈夫、冷めたらあっためてくるからー!
え、えと、とりあえず今はお茶のお代わりでも…
すみません、遅くなりました…。
よ、蓉ちゃーん!
きゃ…。
待ってたよー!
さ、座って座ってー!
私はお茶のお代わりを持ってくるからねー!!
は、はい。
さぁ聖、入って…。
……。
ふむ、たった今起きましたって顔してるわね。
……ふ、ぁ。
すみません、結局聖が起きなくて…それで、
ま、子供は寝るのが仕事のようなもんだからねぇ。
良いんじゃない?
ですが、お待たせしてしまったみたいで…
蓉子。
はい、お姉さま。
とりあえず、お座りなさい。
はい。
…。
江利子、隣、良い?
…蓉子なら、良いわ。
……。
……。
……。
……ふん。
聖、江利子。
…。
…。
…もう。
蓉子ちゃん。
はい?
いつも、悪いわね。
うちの妹が。
いいえ、良いんです。
私が好きでやってる事ですから。
好きで、ね…。
……どうして此方を見るのかしら。
再確認しただけ。
は、何の。
越えるべき壁の高さを。
……。
ふふ。
聖、たまにはこっちに来る?
…。
…?
聖?
……。
ふむ、やっぱり蓉子ちゃんの隣が良いのねぇ。
……。
…聖、お座りしましょう?
……。
聖?
どうしたの?
……よーこ。
うん?
…え。
あ…!
……。
…あらあら。
聖…。
ちょっと、どきなさいよ。
……や。
なんですって…。
江利子、私は別に構わないから。
でも蓉子、
蓉子。
……はい、お姉さま。
甘やかしてばかりいるのは感心しないわ。
……すみません。
ま、良いじゃない。
まだ赤子みたいなものなんだし。
良くないわ。
大体、聖はもう己の足で歩けるのよ。
赤子じゃないわ。
じゃ、幼子なんだから良いじゃない?
藤花。
江利子ちゃんも。
面白く無いでしょうけど、大目に見てあげてくれない?
今だけ、だから。
…。
たっだいまー!
お茶のお代わり、持ってきた……よ?
あ、菊乃さま。
て、あーーーーー!
…て、帰ってきた早々、うるさいわねぇ。
菊乃。
無闇矢鱈に大きな声を出さない。
や、だ、だってー…。
……。
どうして、当たり前のように、白ちびが蓉ちゃんの膝の上に座ってるのー??
と、言うけど。
どうして、皆、そんな事が気になるのかしら。
ちびが膝の上に座るなんて、至極、自然な事じゃないの。
そりゃ、未だちっこい頃なら分かるけどー!
ちびはもう、歩けるじゃん!
別に良いじゃない。
箸は未だ、上手に使えないんだから。
いやいやいやいや、でもさぁ!
それより、菊。
あ?
早く、食べたいんだけど。
硬くなる前に。
………椿ー。
…此度だけよ。
はーい。
と言うわけだから蓉子ちゃん、宜しくね。
は、はい。
……。
……。
……ふん、だ。
聖、江利子…。
蓉ちゃん。
はい、菊乃さま。
重くない?
大丈夫ですよ。
でも足、痺れるんじゃない?
慣れていますから。
……。
…?
菊乃さま…?
…なーんか、面白く無いなー。
……すみません。
私が甘やかすから…
ま、いっか。
椿も此度だけって言ってるしー。
……。
………ふん。
んじゃ、お八つの時間ー!
やれやれ、やっと、だわね。
本日のお八つは、餡子を焼いた餅で包んでみましたー。
ま、普通ね。
菊乃の割りには手は込んでないわね。
然うは言うけどねー。
焦げを付けてないんだよ、今回は。
焦げないように焼くのって
あ、そ。
どうでも良いけど、少し硬くなってるわよ、これ。
あ、未だ号令を掛けてないのにー。
お姉さま、硬いです。
…あー。
やっぱり冷めてしまうと硬くなるわね、餅は。
……蓉ちゃん、そんなに硬いー?
え、え、と…。
ゆっくりで良いよー。
もうみんな、食べちゃってるしー…。
…………え、と。
少し、硬いです…。
…そっかぁー。
……すみません。
私がもう少し早く来ていれば…。
ま、蓉子ちゃんが悪いわけじゃないから。
…けど、藤花さま。
良いから。
菊、あっためられるんでしょ?
…出来るけど。
少し、時間が…。
…ま、食べられなくは無いわね。
椿はそのままいく?
食べられるもの。
じゃ、私もこれで良いわ。
……。
…だめ。
そのまま食べるには聖には硬いわ。
……。
江利子、食べるのなら良く噛んで食べないと駄目よ。
…分かってるわ。
…。
…聖、少し待ってて。
お姉さま。
何かしら。
お見苦しいのを、どうか、許してください。
…。
あ、蓉ちゃん。
ちびの分はあっためて…
………。
……て、若しかして。
……さぁ、聖。
……。
え、えーー…。
……あらあら。
や、あらあらじゃないよ、藤ー。
ま、珍しい光景では無いわね。
でも膝に続いて…だよー?!
……。
つ、椿ー?
……ご馳走様。
え。
まぁまぁ、だったわ。
そ、そー?
ええ。
それと、蓉子。
は、はい、お姉さま。
明日からは許さないわ。
……はい。
それじゃ。
何処に行くの、椿。
言ったでしょう。
蔵の整理?
ご苦労様。
貴女達も当然、手伝うのよ。
それって、私も?
誰の妹が誰の妹に手を焼かせっぱなしなのかしら。
………逃げたら。
出来るなら、やってみなさい。
……仕方無い、わねぇ。
菊乃も。
片付けが終わったら来なさい。
…えー。
菊。
……はーい。
やれやれ、あの目をされたら逆らえないわね。
…全くだー。
……。
聖、美味しい?
………う。
もっと?
……。
じゃあ、待っててね…。
……ところで、蓉ちゃん。
はい?
蓉ちゃんって何処でそんなの、覚えたのー?
……。
自分で噛んでからちびにあげるなんてー。
流石に、口移しでは無いけれど、ね。
……何となく、こうしたら食べやすいかな、て。
何となく…。
…やっぱり良い嫁候補ね、蓉子ちゃんは。
それは待ったー!
ん?
何ドサクサに紛れて言ってるのさー!
私、何か言ったかしら?
言った言った、大いに言ったー!
そ。
じゃ、私も行くわね。
遅くなると雷が落ちそうだから。
それじゃ、ご馳走様。
あ、藤ー!
……聖、美味しいね。
…。
江利子、美味しいね。
………ふん。
……二人とも、美味しくないの?
こんなに美味しいのに…。
…。
…。
…あーあー。
なんだかなぁーーー…!!
将来、そんな近い未来を考えて楽しむなんて、らしくないかも知れないけれど。
千年の時くらい、あなたの為に耐えてあげる…。
…あら?
幾筋の涙くらい、あなたの為に流してあげる…。
…。
千年の時くらい…。
随分と気が長いお話ね、それは。
…あ、藤花さま。
ごきげんよう?
…ごきげんよう。
それ、椿の?
はい。
珍しいわね。
最近はとんと聞かなかったのに。
…。
蓉子ちゃん、一人?
…はい。
一人で日向ぼっこ?
……はい。
そ。
此処は相変わらず、温いわねぇ。
…。
うちのちびは?
見かけてないのだけど。
……怒らせてしまったみたいで。
一緒に居たの?
……。
けど家の中には居ないみたいなのよねぇ。
まさかとは思うけど一人で外に
…上、に。
うん?
…屋根に居ます。
屋根ぇ?
…最近、好きみたいで。
あら、ま。
…危ないから、て。
今は雪も積もってるし…。
それが気に喰わなかったのねぇ。
……余計なお世話だったみたいです。
まぁ、あれね。
何とかと煙は高いところが好き、とは言うけれど。
うちの妹もその類かしら?
聖は莫迦じゃありません…!
聖は…確かに口数は少ないけれど、だからって…。
ん、ありがと。
……。
じゃ、どうせだから蓉子ちゃんも屋根に上がれば良いじゃない。
え…。
私が許す。
で、でも…。
椿には適当に言っておいてあげるわ。
…。
ん?
…けど屹度、聖が嫌がります。
蓉子ちゃんが聖の隣に居たくないって言うのなら、此処に居れば良いけど。
此処は温いし。
…。
蓉子ちゃん。
…はい。
聖が何処から屋根に上がるか、知ってる?
…はい?
ちょっくら、行ってみようと思って。
え、でも…
じゃ、蓉子ちゃんが行く?
…。
椿に見つかったら、うるさいのよねぇ。
……。
あの子はあんな子だから。
屹度、何も言わないだろうし。
……。
別に
私、行きます。
あら、然う?
でも良いの?
良いんです。
聖の事がやっぱり心配だから。
然う。
なら、行ってらっしゃい。
はい、行ってきます。
然うだ、蓉子ちゃん。
…はい、何でしょうか。
一寸、待ってて。
…?
はい。
はい、これ。
…これ、は。
討伐に持って行く外套。
氷室では重宝するのよね。
…でもどうしてこれを?
寒いでしょ、上は。
……。
それから、これ。
…。
水筒。
…水筒。
今は熱い、お茶入り。
ま、直ぐに冷めると思うけど。
…藤花さま。
だって折角じゃない。
けど
くっついていれば、あったかいわよ。
…。
然う、どんなに寒い夜だって。
……。
行くなら椿に見つからないうち。
あと菊に見つかっても違う意味でうるさいわね。
…。
聖が見ているもの。
貴女も見てらっしゃいな。
藤花。
んー?
蓉子を見なかった?
見たわよ。
何処で。
いつも居る縁側には居なかったわ。
私がまさに、居るけど。
貴女には用は無いわ。
で、見なかった?
見たわよ、この家で。
だから、何処なの。
さて、何処かしらね。
…。
椿。
…何よ。
蓉子ちゃんは良い子よね。
…だから?
有り難い事だわ。
…。
屋根。
…は?
椿は屋根に上がった事、あったっけ?
…然う、屋根ね。
椿は高いところ、苦手だものね。
苦手ではないわ。
好きではないだけ。
それを苦手と言うのではないのかしら?
ましてや家の屋根に上がるなんぞ、家を傷めるだけ。
そんなに脆くはないわよ、この家。
風呂場の上に穴を盛大に開けたのは誰。
菊。
嘘おっしゃい。
完全なる嘘ではないわね。
人が止めるのも聞かないで。
だから、一緒に行こうって言ったのにねぇ。
…兎に角。
蓉子は
風邪、ひくよりは良いじゃない。
寧ろ、ひくわよ。
大丈夫よ、一人じゃないから。
…。
ひいたらひいたで、仲良く、ね。
…人のを妹を巻き込むのは止めて頂戴。
自ら進んで行く子を、どうやって巻き込めと言うのかしら。
…タチが悪いわ。
ありがと。
褒めてないわよ。
あら、然う?
言っておくけれど。
はいはい、何かしら。
蓉子は貴女が思っているような子にはさせない。
どんな子?
貴女にとって都合の良い子、よ。
けど自分からなってくれたらどうしようも無いわよねぇ。
然うさせない為に、私が居るのよ。
然うね。
そりゃ然うだわ。
…全く。
屋根に上がるなんて
お気に入りみたいなのよね、最近。
あんたんとこのちびなんて、どうでも良いのよ。
冷たいわねぇ。
家族じゃない。
然うよ。
だから風邪をひけば薬湯も飲ませないといけないわ。
出費がまた、嵩む事になる。
大丈夫、薬代ぐらいどうってコト無いわ。
然うね、貴女のお八つ代を浮かせば良いものね。
あら。
それは殺生なお話。
食わなくても死にはしないわ。
知らないの、椿。
世の中には甘いものが足りない病と言うのがあって
椿、藤花ー!
…。
あら、うるさいのが来たわね。
ねぇねぇ椿、蓉ちゃん、見なかった?
…私も探しているところ。
あれ、然うなの。
んじゃんじゃ藤はー?
見たわよ。
あ、然う。
蓉ちゃん、何処行ったんだろ…て。
藤、見たの?
見たわよ。
此処で。
…。
…てか、居ないじゃん。
居ないわよ、今は。
…江利ちゃんとお散歩行くから何かお土産でもーって思ったのになぁ。
ねぇ、江利ちゃん。
…。
江利子ちゃん。
…はい。
ごめんなさいね?
…何が、ですか。
さぁて、何でしょう。
……。
仕方ない、江利ちゃん、行こうかー。
行きません。
へ?
気が変わりました。
え、何でー??
用事が出来ました。
え、えー?
兎に角、行きません。
行くのならばお一人で行ってきてください。
えー!?
お団子はー?!
あ、それはお願いします。
なー…。
あ、菊。
私のもね。
勿論、餡団子。
自分で行けば良いじゃん。
もののついで、よ。
ねぇ、椿。
…菊乃。
あ、や、無駄使いじゃないよ?
ちゃんとお小遣いから…。
帰りに梅昆布茶、買ってきて頂戴。
はい、お金。
へ…?
くれぐれも間違え無いように。
え、ああ、はーい。
藤花。
んーー?
蓉子、見かけたら私の部屋に来るように言っておいて。
良いのかしら?
自分で行かなくて。
…ええ。
じゃ、見かけたら言っておくわね。
あ、菊。
…え、と。
椿の好きなお茶はあの店の…
菊。
…あー?
餡団子、五本ね。
自分で行けっつーの!
……。
…。
…。
……蓉子。
え、だれ…?
…。
あ、江利子…。
…こんなところで、何をしているの。
何って…。
…。
…ここは寒いわ。
家の中に…
…それが然うでもないのよ。
…。
…ねぇ、聖。
……うるさいのがまた、ふえた。
…。
然うだ、江利子。
江利子も…
…私はこれからお姉さまと散歩に行くつもりなの。
え、然うなの?
だから蓉子、あなたも行きましょう。
え、私も…?
お団子、買いに行くのよ。
ああ、お団子を…。
蓉子、こんなところに居るよりも
…。
…蓉子?
私は行かないわ。
…!
そろそろ、お姉さまに呼ばれている頃かも知れないから。
…けれど、ソレとは一緒に居るのね。
江利子、いい加減に名で
ばっかみたい。
…え。
本当、ばっかみたいだわ、あなたたち。
え、江利子…。
……。
…じゃあ。
せいぜい、仲良く風邪でもひけば良いのよ。
あ、江利子…。
…さむい。
あ…。
……ふん、だ。
……ふん。
聖、江利子…。
……いつも、いっつも
いけば。
え、なぁに…?
でこと、いけばいい。
…だれがでこですって。
そうすれば、うるさくない。
でも聖…。
…。
そんなのの、どこが良いっていうのよ。
本当にばかみたいだわ。
…ごめんなさい、江利子。
…。
…。
菊乃さまと一緒だから大丈夫だと思うけど…気をつけて行ってらっしゃい。
…。
…いけばいいのに。
離れたら…屹度、寒いわ。
…。
……本当、ただのばかだわ。
…。
蓉子。
…うん?
椿さまは知っているわ。
…うん、分かってる。
そ。
じゃあ、せいぜい風邪をひかないようにね。
ありがとう、江利子。
…。
……聖。
…。
……きれいね。
……。
私、家の回りがこんなにきれいだなんて…。
……ようこ。
……なぁに?
…。
………聖。
…運命が若しもあるのならば、仮令、あるとしても。
…。
…今日は少し、蒸すわね。
…うん、そだね。
……藤。
…居るわよ。
菊…。
…居るよ、此処に。
…そう。
…雨、降ってるわよ。
…止みそうなんだけど、なかなか止んでくれない。
……そう。
私の空耳じゃないのね…。
…。
…。
…ねぇ、藤。
…うん?
蓉子は…どうするのかしら。
…。
あの子は…ずっと。
…ええ、知っているわ。
もうずっと前から、ね。
にくたらしいわね…あいかわらず。
……。
菊…。
……人の想いだもん。
それに蓉ちゃんは案外、頑固だし。
…一途、と言ってあげてちょうだい。
ああ、そっかー…。
椿と同じね。
…私が?
ええ。
…どこがよ。
ああ、それも然うね。
頑固、だけどねー。
……。
……。
……。
……ちびは、
…椿は結局、白ちび、のままだったわね。
白ちびは、白ちびよ…。
ま、ね。
私も“然うだった”し。
と言うか、語呂が良いんだよねぇ。
白ちび。
白の家系だもの…。
…ま、ね。
紅ちびとか黄ちびとか、言いづらいもんねぇ。
…ええ。
…。
…。
……あめ、止まないわねぇ。
…ねぇ、椿。
…うん?
蓉子ちゃんは良い子だわ。
…知っているわ、当然でしょう。
…勇兄とは違った道を行くのかな。
それはあの子が決めるわ…いえ、もう決まっているのかもしれない。
…。
…。
……親子なのだわ、しょせん。
でも椿が姉だったわ。
だから違う要因も確かにあったと思うよ。
……そうかしらね。
何と言っても椿は
頑固、だもんね。
絶対に、曲げない。
そ、想いに関しては。
……全く、あんたらは。
でも私はそんな椿が好きだわ。
うん、私も好き。
………ふん。
…さて。
空が幾らか明るくなってきたわね。
あ、ほんとだ。
あめ、やむかしらね…。
ええ、屹度。
そしたら虹が出れば良いのになー。
………。
…あれ、椿?
…寝てるわね。
そっか。
良かった。
だって椿には未だ“遊び”が残ってるもの。
うん、そだね。
準備しておかないとー。
ええ。
せいぜい、ぬからないようにね。
そっちこそー。
人はただ道を選び、歩いていくだけ。
…蓉子。
…江利子?
これ、イツ花に言われたから。
頼んだでしょう?
ありがとう。
…。
熱は下がったから。
聞いてないわよ。
…ん、然うだったわね。
白ちび。
…懐かしいわね。
図体がでかくなっても、白ちびのままね。
然う…?
ええ、餓鬼がそのままでかくなったわ。
ふふ。
…。
ん…?
本当、餓鬼のままね。
…これだと身動きが取れなくて、困ってしまうのだけどね。
嬉しいくせに。
……。
ま、一生、離してもらえないわね。
蓉子は。
……然うかしらね。
あら、然う願っているのはコイツだけじゃないでしょう?
…江利子は何でもお見通しなのね。
さぁ、それはどうかしら。
でも。
…でも。
子供の頃から見てれば…それこそ飽きる程見てれば、何となく見通せるようになるらしいわよ。
……ふふ。
…ま、せいぜいお仕合わせに。
……江利子。
……何。
ありがとう。
何が?
貴女が居て、良かった。
…それ、コイツが聞いたら面白く無いでしょうね。
だから、聞こえない今に。
…ふ。
ま、良いわ。
ふふ。
……ん。
あ、聖…。
…よ、こ。
喉、かわいた…。
ん、分かった。
起きられる…?
う、ん…。
甘えた、とは良く言ったもんだわ。
……?
気分は如何かしら、天狗面。
……で、こ。
じゃ、蓉子。
私は行くわね。
うん。
……ようこ、どうして
林檎〈コレ〉を、持ってきてくれたのよ。
……。
直ぐに摩り下ろしてあげるわね。
……うん。
じゃ、一寸待っててね。
…よーこ。
うん…?
…口付けて。
……だめよ。
口でなくてもいいから…。
…だぁめ。
元気になったら…ね?
……おでこで良いから。
…。
……触れるだけで、いいから。
…。
おねがい…。
……もう、仕方の無い子ね。
したら、ちゃんと薬湯飲んでくれる…?
……のむ。
約束、だからね?
……ん。
じゃあ…目を瞑って。
……。
どんな道でも花は屹度、咲く。
あの子達が、あの子が仕合わせならば。
花 了
「花」
樹原涼子
「蜃気楼」
笹川美和
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