祐巳ちゃんはさぁ。


   …はい?


   蓉子を見て、どう思う?


   ようこさま?


   然う。


   ……。


   良くやるなぁって思わない?


   なにをやるんですか?


   鍛錬。
   もういい加減、良いと思うんだよねぇ。


   いいかげん?


   ほら、私達ももう、いい年だしね。
   もっと、謳歌したいわけよ。


   …?


   なんて言ったら、怒られるんだけどねぇ…。


   …。


   時に。


   …ぎゃう。


   あはは、変な顔。


   …むぅぅ。


   ねぇ、祐巳ちゃん。
   蓉子と私達の違いってどこにあると思う?


   ひゃにゃひへひゅひゃ、


   何言ってるか、分からないよ。


   ……。


   で、どこだと思う?


   …せいさまはふまじめです。


   うん?


   ようこさまは、まじめなかたです。
   おおちがいです。


   まぁ、確かに。
   と言うか、蓉子の生真面目は生まれつきだね。
   でも私が聞いてるのそれじゃない。


   …。


   まぁ、技の話なんだけどね。
   蓉子の業は何かな?


   …けん、です。


   私は?


   やり、です。


   君は?


   ……おおつつ、です。


   はい、良く言えましたー。


   ぎゃう。


   あははは。


   ……むぅぅ。


   要するに。
   私達は己の他に得物が必要だけど、蓉子は無手で、まぁ得物はあるにはあるけど、いざとなったら本当の無手でいける事。


   …。


   私の場合、得物が折れちゃったりなんかしちゃったら結構まずいってわけ。


   …じゅつがあります。


   まぁ、ね。
   でも無手で鬼とやりあえって言われたら…ちと、遠慮したい。


   …。


   それは…でこちんも然うだし、君のお姉さまも然う。
   令だって、剣を持たせればそれはもう強いけれど、剣が無ければ…さて、どうかな?


   …。


   だけど、蓉子は。
   拳法家だから。


   …それがちがい、ですか。


   まぁ、ね。


   …。


   蓉子はね、ちっこい頃から…ああやって、自分の躰を傷めつける事ばっかりやってきたんだよ。
   ずっと、ね。


   いため…。


   然う。
   最後の、本当の意味で最後の要になる為に、ね。


   ……。


   私達もそれなりの鍛錬はしたし、指導も受けた。不本意だけれど、続けてきた。
   でも…蓉子には敵わないんだ。
   それは真面目なんて言葉だけじゃ括れない。


   …。


   だから、蓉子の躰は…。


   …。


   ……。


   …?
   せいさま…?


   よーこ!





   …え?





   よーこ、そろそろ休憩にしようよ!


   なに、聖?


   休憩。
   イツ花にお茶、頼むからさ。


   でも私は


   良いから。
   これは当主命令。


   聖、そんな事で


   ほら、祐巳ちゃんも蓉子とお茶したいってさ。
   ねぇ?


   え、え?


   可愛い孫の願いだよ、蓉子。


   わ、わたしはいってません!


   またまたぁ。


   よ、ようこさま、わたしは、ぎゃう。


   ねぇ、蓉子。
   休憩、しようよ。


   …はぁ。
   聖。


   んー?


   私の孫で遊ばないで頂戴。


   はーい。


   全く。


   て、あれ、どこ行くの?


   顔、洗ってくるわ。


   顔?
   なんで?


   …。


   ああ、汗?
   別に良いのに。


   貴女が良くても、私が構うのよ。


   ちなみに鍛錬、続けるの?


   …。


   ん?ん?


   …もう、終わりにするわ。
   貴女もそのつもりで言ったのでしょうから。


   それは嬉しいな。


   …。


   じゃあ、お茶は直ぐじゃない方が良いね。
   躰、拭くだろうから。


   …て、何。


   私が拭いてあげよう。
   届かないところとかね。


   ……。


   じゃ、祐巳ちゃん。


   へ?


   また後でね。
   ここからは私と蓉子の時間だから。


   はぁ…。


   祐巳、聞き流して良いから。


   はい、ようこさま。


   もう、蓉子は恥ずかしがりなんだからなぁ。


   うるさい。
   貴女も来なくて良いから。


   て、言われても行くのが私です。


   …。


   さ、行こう行こう。








   貴女は聖を連れて先に行って。


   蓉子。


   早く。


   けれど貴女だって、


   来てくれて、有難う。


   ……。


   聖を、お願い。


   …。


   槍は折れ、矢も尽きた。
   術も、また。
   貴女達に出来る事はもう、それしか無いの。


   貴女には


   私は、“私”が有るから。
   その為の“私”だから。


   ……。


   さぁ、早く行って。


   …よぅ、こ。


   …。


   おせっか…い…。


   聖。


   ……


   生きて。


   …。


   ……私の為に、生きて。


   …。


   …蓉子。


   さぁ、行っ





   最期の話は、終わったかぁい?





   ……。


   それで、どんな悪あがきをしてくれるのかなぁ?
   邪魔してくれた分、たっぷりと楽しませて呉れるんだろぅ?


   ……行って、江利子。
   お願い。


   …。


   早く…早く!!


   ああ、思い出した、思い出したよ。
   君さぁ、誰かに似ていると思ったら、僕の母さんに似ているんだ。


   …。


   その目も、その意志の強さも、特に自分の身を挺してってとこなんか。


   …黄川人。


   そっくりだよ、反吐が出るくらいにさぁ…!!!


   く…。


   ねぇ、母さん。
   どうして“そっち側”にいるんだよ。
   兄弟と一緒に、こっちにおいでよぉ。
   みんなでさ、人間なんてぜーんぶ、殺しちゃおうよぉ…!
   ねぇ…!


   ぅ…、……。


   あははははははは…!!
   いつまで、耐えられるのかなぁ…!?
   ねぇ、母さん…?!


   …何をしているの、江利子。
   お願い…お願いだから、早く聖を連れて…


   ……。


   え、りこ…ぉ!!


   …道を示し、遺した先人達よ。
   どうか、私達に力を。


   …ぁ。


   貴女こそ生きなさい、蓉子。


   それは…七色の。


   …糞餓鬼、いつまで寝てんのよ。
   少しはましになったでしょう。


   ……。


   と、言っても私達の得物は全く使いものにならない。
   だから、蓉子。


   …。


   一度。
   一度だけよ。


   …ええ。


   …ようこ。


   聖…。


   ……あなたは、ばかだわ。


   ……ん、知ってるわ。

















  業 ト 
















   ……。


   …聖。


   んー?


   …じろじろと見てないでよ。


   だって綺麗だし。


   …。


   それに、手伝わなくても良いって言うからさ。
   見てるしかないじゃない?


   だから…見てないで。


   …んー。


   聖。


   やっぱり綺麗だね。


   …。


   首から、肩への線。
   本当に綺麗だ。


   …。


   何度見ても。


   ……聖。


   やっぱり手伝うよ。
   背中、拭いてあげる。


   …自分でやるわ。
   貴女は祐巳、と…?!


   …。


   な、何を考えて…。


   …何度も見ているけど。


   聖、


   蓉子。


   …っ。


   ……蓉子。


   …止めて。
   何を考えているの。


   …蓉子の事。


   …。


   考えているのは…いつだって、貴女の事だけ。


   …嘘吐き。


   ん、どうして…?


   …。


   ……。


   …離れて。


   …嫌だって、言ったら?


   …。


   …。


   ……今は、嫌。


   …。


   今は…嫌。


   …嫌いじゃないんだけどな、この匂い。


   …!


   だって…。


   聖…ッ!


   …と。


   ……。


   夜とは…違うか。


   …。


   …ごめんね。


   ……うるさい、ばか。


   …。


   …一人で、やるわ。
   祐巳と待っていて。


   いや、ここで待ってる。


   …聖。


   居たいのよ。
   蓉子と。








   はぁ…はぁ…はぁ。


   はは、はははははは!


   ……。


   …化け物、が!


   あともう少しだよ、あともう少しで、僕を殺せるよ、母さん。
   良かったねぇ!


   …。


   なぁ、兄弟。
   やっぱりこっちにおいでよ、僕達は同じなんだからさぁ。
   ほら、こんなにもそっくりだよ。


   ……、い。


   母さんと、さぁ。
   二人で、優しく抱いてもらおうよぉ。


   …うるさい。


   あのヒトカタが欲しいなら、幾らでもあげるよ。
   然う、幾らでもね…あははははははは!!


   うるさい、黙れ…ッ!


   …。


   ……殺してやる。
   絶対に殺してやる…!


   良いよ、殺してくれよ。
   なぁ、兄弟?


   …聖、だめ。


   …。


   ほら、やりなよ。
   ここだよ、ここだよぉ兄弟…!


   お願い…今は。
   今は…


   ……。


   ねぇ母さん、僕を抱いてよ。
   いつものように、優しく抱いて呉れよぉ。


   ……、の。


   母さんの中は、あったかいんだよぉ…。


   …絶対に帰るの。


   ねぇ、かぁさん…!!


   帰るのよ……!!!


   …お、と。


   蓉、子…。


   ……聖。


   へぇ…未だ、そんなのも出来るんだ。


   ……。


   …聖、私を見ないで。
   そして振り返らないで行って。


   ……。


   江利子、お願いね。
   どうか…。


   ……蓉子。


   母さん、やぁっと僕の相手をして呉れるんだね?
   嬉しいよ、母さん。


   …黄川人。
   私は貴女の母親なんかじゃ、無いわ。


   ねぇ、母さん。
   前みたいにさ、好きにしてって言ってよ。
   あんなヒトカタなんかじゃ、全然、物足りないんだよぉ。


   ……江利子、早く行って。


   ……。


   聖……。


   ……。


   ねぇ母さん、僕を優しくその胎
〈ナカ〉に入れて呉れよぉぉぉぉ…!


   …黄川人。


   蓉…ッ!


   …うおぉぁぁぉぉぉぉ!!








   …。


   …。


   …落ち着かない?


   …。


   躰が…震えてる。


   …。


   蓉子。


   …今更って言いたいのでしょう。


   …。


   今更だって…。


   …蓉子のそういうところ、とても愛しいから。
   そのままでいて欲しい。


   …。


   何度も言ってるんだけどな…。


   …。


   …変わっていくものと、変わらないもの。
   そして、変わらないでいて欲しいもの。


   ……。


   …。


   ……どうせ。


   ん…?


   …変われそうに、ないから。


   うん、変わらないで。


   …。


   …。


   ……ねぇ、聖。


   ねぇ、蓉子。


   …なに。


   …。


   聖…?


   ……生きて。


   え…?


   生きて。


   ……。


   だから…私は、生きてるよ。
   ここで、蓉子と。


   ……。


   …これからも。


   ……どうして。


   覚えてる。


   …。


   …あの時の、蓉子の声も。


   ……。


   それから


   …止めて。


   …。


   止めて…お願い。


   …。


   …。


   …蓉子。


   触らないで。


   …聞こえない。


   せ…んん。


   …。


   ……せい。


   …これ以上は、しないよ。
   祐巳ちゃんが待ってるからね…。


   …。


   もう、終わり?


   …貴女が邪魔しなければ、終わっていたわ。








   ん〜…。


   うーー。


   うーん、もう少しかしらねぇ…。


   んーーー。


   ああ、そこそこ。
   もうちょい強めで。


   んーーー!!


   んん、なかなか良いわねぇ…。


   ……。


   うん?


   …えりこ、さま。


   あらあら、もう体力切れ?
   そんなんじゃ到底、討伐になんか行けないわねぇ。
   祥子と。


   …がんばります!


   そうそう、その意気。


   …でも、えりこさま。


   なぁに?


   えりこさまのかた、なんでこんなにかたいんですか?


   なんで、かしらねぇ。
   なんでだと思う?


   うーん、と…。


   ま、いずれ知るなら、今知らなくても良いわね。
   楽しみが減るから。


   ……。


   て事で、祐巳すけちゃん。
   続き。


   わたしはゆみすけじゃないですよぅ…。


   思い切り、やってね。


   …うぅ。


   体重をかけても良いわよー。


   うぐぐぐ…。


   んんー、もう一寸重くならないとだめねぇ。


   かーたーいー…。


   ちなみに。
   本気出した時の蓉子のお腹は私の肩なんかよりもずぅっと、硬いわよ。


   え、そうなんですか?


   そうそう。
   あれを触ったら最後、私の肩なんぞ豆腐のように思えるわ。


   え、とう、ふ…?


   然う、豆腐。
   まぁ、豆腐も永久氷室に持っていて凍らせたら立派な凶器に


   と言うか、江利子。


   何やってんだ、でこすけ。


   あら、蓉子。
   ついでに天狗面。


   他人〈ヒト〉の孫に変な事を教えないで。
   それから何をさせているのよ。


   見たとおり、ねぇ。


   祐巳、もう良いから。
   台から降りなさい。


   あ、はい。


   ええ、折角気持ち良くなってきたと言うのにー。


   にー、じゃありません。
   自分の妹にやって貰いなさい。
   大体、令の方が


   だって居ないんだもの。
   孫はもやしっこで力無いし。


   貴女ねぇ。
   由乃は大丈夫なの?


   先刻、やっと寝たところ。


   熱は?


   今は落ち着いているわ。


   然う。


   ようこさま、もういいんですか?


   うん?


   すっきり、しましたか?


   ああ。
   ええ、したわよ。


   祐巳ちゃん祐巳ちゃん、私も手伝ったから。


   えー…。


   あれ、なんか渋い顔?
   そんなの、いつ覚えてたのかにゃぁ?


   むぎゃ。


   あはは。
   見て蓉子、やっぱり良く伸びるよ。


   止めなさいって。


   でも可愛いよ。
   ほらほら。


   聖。


   はぁい。


   …。


   …お?


   ようこさま、ようこさま。


   なぁに?


   おちゃに、しましょう。


   ええ、然うね。


   …え、と。


   ん、祐巳?


   蓉子、貴女の孫、なんかもじもじしてるわよ。
   こっちの孫には全く無い動きだわ。


   そりゃ、ばぁさまがお前じゃな。


   あら、有難う。


   褒めてねぇ。


   あの、ようこさま…。


   ん、なぁに?


   その…お、お、


   お?


   …おひざ、に、


   祐巳ちゃーん、私の膝を貸してあげよう。


   …。


   すっごい渋い顔、してるわね。


   遠慮しなくても良いよ。


   してません。


   またまたぁ。


   …。


   もう、聖。


   だってぇ。


   祐巳、こちらにいらっしゃい。


   え…あ、はい。


   はいはい、じゃあ私も。


   それじゃあ私も。


   莫迦。
   江利子まで何を言っているのよ。


   たまには良いじゃない。


   そういう問題じゃありません。


   と言うか蓉子は私のだもんね。


   せーい。


   …本当なのになぁ。


   全く。


   あの、ようこさま…?


   祐巳。


   あい。


   祥子には、内緒よ?


   …あ!


   ああー、祐巳ちゃんばっかりずるいー。


   私の膝、貸してあげましょうか。


   断固、断る。
   気色悪い。


   然うねぇ、私も自分で言っていてさぶいぼが出たわ。


   だったら最初から言うな、でこちん。








   はいはい皆さま!
   ばーんとォ!お茶、淹れて参りましたよーー。








   ちび、寝ちゃったね。


   ええ。


   …ぷくぷくだなぁ。


   駄目よ?


   はぁい。


   この子を見てると昔の貴女を思い出すわ。


   うん?


   …思い出すって、何だよ。


   あら、やきもち?


   は?
   なんでお前なんかに。


   あんたの知らない蓉子を知っているから。


   …たった一ヶ月だろ。


   あら、そのたった一ヶ月は大きいものよ。
   思っている以上にね。


   けど、蓉子の祐巳ちゃんくらいの頃はお前だって知らないだろ。


   ええ、知らないわね。
   生まれてないから。
   で?


   …。


   聖、江利子。


   蓉子、聖は自分が知らない貴女を知ってる私が妬ましいんですって。


   そんな事一言も言ってないだろ、でこちん。


   でも、面白くない。
   蓉子は全部自分のものだから、ヒトカケラだって他人にはやりたくない。


   …。


   もう、江利子。


   貴女が甘やかしてばかりだから。
   一生。


   …それで私の何を思い出すと言うの。


   然うねぇ…。


   …。


   ふふ。


   …あ?
   何だよ。


   ざまぁみろ。


   ……。


   江利子。


   ここまで来たのだからこれくらいは、ね。


   もう、貴女は。
   昔から聖で遊んで。


   遊ぶ?
   私が聖で?


   だって、然うでしょう?


   …遊ぶ、ねぇ。


   ……。


   こんな仏頂面で遊んでもちっとも面白くないのだけれど。


   こっちだって


   だって。
   これがまともに感情を表す時ってほとんど、貴女絡みの事ばかりだったんですもの。


   …私?


   …。


   ねぇ、白ちび?


   …うるさいな。


   ま、自覚無しなのでしょうけど。


   だから、うるせぇよ。
   先刻からなんなんだよ、お前。


   それで当の蓉子は全く気付いていないから。
   ほんと、面白くないったらなかったわ。


   ……。


   さて、と。
   由乃のところに戻るわ。


   一寸待って、江利子。


   うん?


   結局、聞いてない。


   聞いて?


   祐巳を見ているとどうして昔の私を思い出すの。


   ああ。
   だって、貴女も然うだったじゃない。


   何が然うなの?


   聖。


   …。


   あんたのお姉さま、と。
   それから、蓉子。


   …え?


   貴女のお姉さま。
   あと


   江利子のお姉さま?


   然う、私のお姉さま。
   さて、この三人を聞いて貴女は何を思い出すかしら?


   …?


   ……。


   天狗面は分かったみたいね。


   聖?


   …こいつが居なくなったら教える。


   ですって。
   だから私は行くわね。


   あ、江利子。


   由乃ね、弱っている時は素直なのよ。
   わりと、ね。


   …なんだか、嬉しそうね。


   ええ、嬉しいわ。


   …嫌な親だな。


   然う、親なのよ。私は。
   だから、行かないとならないの。


   …。


   …。


   蓉子。


   …うん?


   柔らかくなったわね。


   柔らかく?


   昔に比べて、随分と。


   …江利子。


   なに、天狗面。


   …。


   私は見たままを言っているだけよ、聖。
   貴女とは違う。


   …私、そんなに丸くなったかしら。


   丸く?


   でも言われてみれば…


   ふふ…あははは。


   そんなに笑わなくても良いじゃない…。


   面白い、面白いわ、蓉子。


   もう、直ぐに面白がって…。








   …。


   …。


   …。


   …ねぇ。


   …。


   ねぇ、聖。


   …何。


   貴女は子供の頃から江利子が絡むと


   蓉子。


   …ん?


   もう、子供じゃない。


   …。


   もう一年以上生きた。
   私はもう、こんなぷにぷになちびじゃない。


   …ふふ。


   …何よ。


   然うなんだなぁ、と思ったの。


   …。


   聖も…一年以上、生きているのよね。


   …然うだよ。
   だから


   …。


   ……蓉子。


   …ごめんなさいね。
   それでもやっぱり…


   …。


   …重ねてしまう時があるの。
   あの頃の貴女と、今の貴女と…。


   …ちぇ。


   ね、聖。


   …。


   聖。


   ……?


   …。


   蓉子…。


   …駄目、だった?


   いや…。


   …だめ?


   ……寧ろ、このままで。


   本当…?


   …蓉子。


   ん…。


   …。


   ……ごめんね、聖。
   もう一度だけ、許して。


   …。


   ……。


   …何?


   ……あの頃、あんなに小さかった貴女に今、躰を預けて。


   …。


   …強く、抱かれている。
   あの頃の私じゃ、考えられなかったし…思ってもみなかった。


   …蓉子はいつだって母親のようだった。


   でも…江利子に言わせると違っていた。
   然う、違って…。


   …。


   …ねぇ、おかしいのよ。
   私、聖はずっと小さいままだと思っていたの。
   そんな筈、無いのに…。


   …うん。


   だけど……貴女がこの家を出て行った時、私は思い知らされた。
   貴女はいつまでも手を引いてあげなければ上手に歩けない幼子ではないという事…そして。


   …。


   …貴女の背丈が、私のそれを追い抜いた時、
   貴女の背中が、こんなに広かった事を知った時……私の中の聖は、完全に。


   …。


   …あ、ん。


   ……。


   …だめ。
   祐巳が、起きちゃうわ…。


   …起きないよ。


   そうだとしても…。


   なら、部屋を替えれば良い。


   だめよ、まだ明るいわ…。


   …無理。


   ……お願いだから。


   こんな風に甘く強請られて…無理しろ、なんて。


   …強請ってなんて。


   でも、甘えているのは自覚してる…。


   …。


   蓉子は意地悪だ…。


   …意地悪なんて、してないわ。


   先刻は結局、躰を拭かせてくれなかった…。


   だってそれは……ん、ふ。


   …。


   ……せい。


   ……ねぇ。


   …。


   …あいつが言ってたコト、知りたい?


   ……えり、む。


   名前は呼ばないで良いよ。
   今は蓉子の口から私以外の名前が出てくるのなんて、聞きたくない。


   …今だけじゃないくせに。


   然うだよ…悪い?


   …。


   …昔から、面白くなかった。
   特にあいつの名前は…


   ……知らなかった。


   …。


   …。


   …蓉子の部屋に、行こう。
   あそこなら…。


   けど祐巳が…


   …薄掛け、掛けてあるから。


   …。


   ……行こう、蓉子。


   ……。


   …ようこ。


   ……て。


   …。


   ………連れて、行って。


   …。


   貴女の、手で…。








   …。


   …はぁ。


   …。


   せい…。


   …。


   …せい。


   …。


   ……どう、したの。


   …ん?


   どうして…。


   …欲しい?


   …。


   …大丈夫、ちゃんとあげるよ。
   その為にここまで来たんだからさ…?


   …だった、ら。


   でも、その前に…。


   …あ。


   ……やっぱり、きれいだ。


   やだ…あまり、見ないで。


   …さっき、見せてくれなかったから。


   いや…。


   …。


   …見ないで、せい。


   私は、見たいんだ…。


   …どうして。


   きれいだから。


   …きれいなんか、じゃ。


   …。


   ぁ…。


   ……それに。
   明るいうち、って、ここのところあまり無かったしね…。


   …あかるく、なくても。


   …。


   見える、くせに…。


   …それでも、ね。
   やっぱり違うんだ…見え方が、さ?


   …。


   …傷だらけだ。


   …い、や。


   …。


   ん、く…。


   ……いつの傷なのか。
   もう、分からないな…。


   せい、おねがい…おねがいだから…。


   ……やわらかくなった。


   ぁ…。


   …元々、柔らかかったけど。
   けど…。


   ん、ん…んあッ。


   ……蓉子。


   せ、ぃ……。


   ……胸、また少し大きくなったよね?


   …ッ!


   手の平からこぼれ…。


   ば、か…ッ!


   …とと。


   ばかなことばかり、いって…。


   …本当のコトを言っただけなのにな。


   それ、が…?


   ……。


   せ、せい…。


   …。


   ……こ、んな、かっこ…う。


   恥ずかしい…?


   ……。


   …恥ずかしい?


   ……う、ん。


   なら、このままで…。


   ……ばか。


   そうだよ…。


   …いじわる。


   蓉子のせい、で…ね。


   …。


   …蓉子のせい、なんだ。


   ………ばか。








   …………ふ。

   …。

   ……。

   …?

   ……ようこさま?








   ……。


   …。


   …ぅ。


   …!


   せ…ぃ……。


   …。





   入るなら、入りなさいよ。





   …。


   さまもなければ、退け。
   この死にぞこない。


   …。


   …。


   …。


   …退かない。
   けれど、入れない。
   莫迦じゃないの、あんた。


   …うるさい。


   本当、それしか言えないのね。
   語彙の無さは異常だわ。


   …。


   蓉子は…良く、保ったと思うわ。
   死んでいてもおかしくなかった。


   …。


   そこら中、傷だらけ。
   血は流れるだけ流れた。
   挙句。


   …。


   …あんたも見ていたでしょう。


   …。


   蓉子から目を逸らすんじゃないわよ。


   …。


   あんた、本当は分かっているんでしょう。


   …迷惑なのよ。


   で、あんたは命を拾って木偶の坊のように突っ立ってる。
   お笑い種ね。


   …。


   いえ、笑えもしないわ。
   私は。


   ……助けて欲しいなんて言わなかった。


   …。


   勝手に来て、勝手に死にそうになって。
   私なんか、放っておいてくれれば良かった…!


   その通りだわ。
   死にたければ、一人で勝手に野垂れ死ねば良いだけ。
   そのせいで誰が悲しもうが、あんたには関係無いものね。


   …。


   そのせいで、誰かの心が死んでしまっても。
   自分の事しか考えられないあんたには、全く関係無い話だわ。


   …。


   死ぬとか、死なないとか。
   簡単に言うんじゃ無いわよ、この愚図。


   …。


   次は、無いわ。
   足を折ってでも、引き千切ってでも追わせない。
   心が壊れようが、構わ





   ……、ぃ。





   ……。


   ……。


   ……今でも、どっちに転んでもおかしくないわ。
   目が覚めない限り、蓉子は…。


   …。


   奥義の代償は、己の命。


   ……。


   ましてや拳は、己の躰が得物。


   …。


   …どこまで行っても、己を痛めつけるしかない業だわ。


   ……あれは。


   …。


   あの奥義は…。


   女の躰。


   …?


   もう一つの代償。


   …。


   最も見られたくないであろう、あんたの前で。
   蓉子は女で在る事を捨てた。


   …。


   ……あんな躰、私だったら。


   …。


   けれど、生きる為に。
   あんたを生かす為だけに、蓉子は。


   …。


   …然う。
   一生、その柔らかさを失う事になっても…。








   …。


   ……ん。


   ようこ…。


   …くすぐったいわ、せい。


   …。


   せい…。


   ……やわらかい。


   …。


   おなか…きもちいい。


   …。


   ん…?


   …わたし、そんなにまるくなってしまった?


   …。


   たしかにさいきんは…いぜんのような、たんれんは、ん。


   …そうじゃないよ、ようこ。


   …。


   そうじゃない…。


   ……せぃ。


   …まえのようこも、もちろん、すきだったけど。
   いまのようこは…もっと、すきよ。


   …まえの、わたし。


   そう…。


   ……まえ、の。


   …。


   ……。


   ……ごめんね。


   …。


   ごめん……だから、なかないで。


   …ないてないわ。


   ないてる…わたしのせい、で。


   …ちがうわ。


   ちがわない。


   ちがう…ちがう…。


   …。


   ……なんで。


   …そうだね。


   なんで…あ。


   ……この、きず。


   やだ…。


   …わすれない。
   わすれようにも、わすれらない。


   ……どうし、て。


   …。


   や…。


   ようこ…。


   ……なんで、そんなこと、いうの。


   …いまでも、ようこがかくそうとするから。


   …ッ。


   …わたしは。
   ようこのぜんぶが、ほしいから。


   ……いや、よ。


   …。


   あんなわたし、もう…。


   …。


   あなたに、みせたくない…みられたく、ない。


   …それでも。


   ……。


   それでも、ようこはようこだよ。


   ……。


   …ようこのこころは、なにもかわらない。
   どんなからだであろうと、ようこは……わたしのすきなようこのままだ。


   ……ふ。


   …もっと、はやくことばにできたらよかった。


   ……。


   ……二人で、生きよう。
   これからも…。


   …だめ、よ。


   …。


   わたしたちは、ふたりじゃない…。


   …うん、そういわれるとおもった。


   …。


   …。


   ………せい。


   …だけど。


   …?


   かわらないで、いてね。


   …。


   ……はじらうこころ、は。


   …ッ!


   …かわいかったな。


   ば、ばか…。


   また、しちゃおうかな…?


   もう、だめ…。


   …そういわれると、したくなるんだけど。
   そんなようこがいいから…。


   だ、だめだと…。


   じゅうぶん、やすんだし…そろそろ、ね。


   や、いや…ぁ。


   ……ほら。


   あぁ……。


   ここもまだほしいって…。


   せ…ん、ふ。


   ………。


   ふ、ぁ……せ…。


   ……こえ、がまんしないで。


   ……ぃ。


   ………ようこ。





   ようこさま、とうしゅさま…。





   …!


   ……あらら。





   どこに、いらっしゃるんですかぁ…。





   あーあ、おきちゃったか…。


   ……せい。


   …へんじしなきゃ、だいじょうぶだって。





   ようこさま、せいさま…。





   ………せい。


   …でももう、はいちゃってるし。





   ようこさまぁ……。





   ……。


   ……もうちょっと、ねててくれるとおもったんだけどな。
   しかたない…。


   …。


   ……でも。
   きょうはまだおわれない、から…さ?


   …。


   ね、ようこ…つづきは、こよ…ひ?


   ……。


   ……ふにゃあああ。


   ちょうしにのらないで、ばか…。








   人には丹田と呼ばれる場所がある。


   たんでん…?


   然うだ。


   う…。


   眉間奥の上丹田は神を蔵し、


   …。


   胸の中央にある中丹田は気を蔵す。


   …。


   そして、これが最も大事な場所だ。
   臍三寸下、五臓の中心に位置する下丹田、肚
〈ハラ〉とも呼ぶ。


   ハラ…。


   良いか、蓉子。


   はい。


   拳は己の躰が得物だ。
   それは理解しているな。


   はい、父上。


   故に、丹田に重きを置かなければならない。
   ここが乱れれば、拳も乱れる。
   鬼は、討てぬ。


   …。


   まぁ、結局は他の業も然うだが。
   だが、拳は特にだ。
   奥義はこれと密に関係し、応じて威力も変わってくるだろう。


   どうすればいいのですか。


   それを俺は教えなければならない。
   が、頭でそれを解すだけでは駄目だ。


   …。


   何故なら、それはお前の躰が解すべきものだからだ。
   そしてそれは無闇な鍛錬を続けても意味を為さぬ。


   …。


   蓉子。


   …はい。


   出来るなら俺は…いや、言うまいな。


   父上…?


   先ずは、俺が見せよう。
   良く見ていなさい。


   はい、わかりました。


   今から俺がするのは、己の躰に大きく変じさせるものだ。
   然う、金剛の如き。


   こんごう…。


   が、今は真似をする必要は無い。
   必要になった時、真にお前の躰が解していれば…それは自ずから、お前の躰を変えよう。


   …もしも、かいしていなければ。


   命を削るのは元からだが…お前の躰をも、壊してしまうだろう。
   二度と、元には戻らぬかも知れぬ。


   ……。


   …しかし、お前に限ってそれは無い。
   その為に俺は、俺の出来うる事全てを、お前に与える。
   それがお前に対する親たる俺の、責だ。


   ……はい。


   好し。
   では…


   ……。


   …参る。








   …ようこさま?


   …うん?


   どうなされたのですか?


   …ううん、どうもしてないわ。


   そうですか?


   ええ。
   ありがとう、祐巳。


   どういたまして!


   それを言うならどういたしましてだよ、紅ちび。


   ちびじゃありません。
   なんなんですか、べにちびって。


   私が白ちびだったから?


   は?


   白のちびだから、白ちび。
   私もちびだったの。
   お揃いだね。


   わたしはまだこどもだからです。
   おおきくなれば、


   なっても、ちびっぽいけどなぁ。


   むぅぅ…。


   聖。


   へへ、からかうと面白いんだもん。


   もう。


   とうしゅさま。


   お…。


   なんで、ようこさまのおへやにいたんですか。


   教えて欲しい?


   聖。


   …。


   …何、そのしたり顔は。


   子供に教えるのは、大人の務めだよ。


   だからって、


   紅ちび、もとい、祐巳ちゃん。


   なんですか。


   聖。


   大丈夫だって。


   何が


   これは蓉子の親父さまが、教えてくれた事だから。


   …父上が?


   祐巳ちゃん。
   私が当主なのは、知っているよね。


   …あたりまえです。


   当主は、この家の大黒柱なんだよ。


   だいこくばしら?


   然う。
   で、他所の家では大抵、それは父親である男が努めるものなんだ。


   …とうしゅさまはおとこのひとじゃありません。


   勿論、然う。
   でも当主なんだよ。
   それに男が駄目なら、女がやるしかない。
   本来、人は誰しもが女の腹から生まれてくる。
   母である女が痛みを恐れていたら、やらなければ、命は紡げない。


   …。


   だけどね、祐巳ちゃん。
   大黒柱と言えど、実際は一本で支えて居るのはかなり厳しいんだ。


   はぁ。


   私も一人ではかなりきついし、辛い。


   …とうしゅさまはいつもぐーたらしてるとおもいます。


   たまには休まないと。


   いつも、です。


   で、だ。


   むぎゃ…。


   支えてくれる人が必要になってくる。
   つまり、妻であり母親の存在だ。


   …。


   良いかい、祐巳ちゃん。
   仮に私がこの家の父親ならば、母親は…。


   …て、聖。
   何よ、この手は…。


   この蓉子なんだ。
   分かるだろう?


   わかります。


   お、理解が早くて助かるなぁ。


   だって、いつもとうしゅさまのかわりをしていらっさいます。


   でしょ?


   聖、それは褒められたものでは全く無いわ。


   だからさ、祐巳ちゃん。


   …。


   私と蓉子は、簡単に言えば夫婦なんだ。
   私達は君の父親であり、母親なんだよ。


   …。


   お、面白い顔。


   …ようこさまだけがいいです。


   ちなみに祥子も私達の子供でーす。


   ……。


   更に面白い顔。


   …ようこさま。


   例えは悪いけれど…間違ってはいないわ。


   ほらほら。


   …でもそれ、本当に父上が?


   覚えてないの?


   ……。


   まぁ、蓉子の親父さまは支えを失っていたからね。


   …聖。


   それくらい、知ってるよ。
   自分の母親と蓉子の父親に何があったくらい、ね。


   …。


   だけど、お姉さま方が居たから。
   失った者の代わりにはならないけれど、それでも家族だ。
   家族は家族が支える、然うでしょう?


   ……聖。


   これで分かったかな、祐巳ちゃん。


   …わかりません。


   うん?


   どうして、ようこさまのおへやにいたんですか。


   まぁ、あれだ。
   夫婦には大事な事があるんだよね。


   だいじなことってなんですか。


   聖、それ以上はもう


   営み、さ。


   いとなみ?


   然う。
   これはね夫婦にとって一番、最も、大事な…ふにゃああああ。


   祐巳、これ以上は聞かなくても良いわ。
   私の部屋に居たのは…然う、とある事を調べる為によ。


   とあること…?


   家系図、血の繋がり。
   より強き者が生まれる為にそれらを見直す事はとても大事な事なの。


   でもどうして


   私の部屋に置いてあったからよ。
   当主がこんなだから。


   ああ、そうなんですか。


   …あら、そこの納得は早いコト。


   兎に角。
   なんでもないから。


   なんでも?


   然う、なんでも。


   …然う、無駄に力を入れると深みに嵌るんだけどねぇ。


   然うでしょう、聖。


   …先刻までは腕の中で泣いてくれ


   聖。


   ま、そういうわけだから。
   この話は御仕舞い、で。
   はい、解散。


   しないわよ、ばか。








  業 ト 性 了