其れは、小さきものだった。

   己よりも体躯の大きいものに襲われ、身を守る事も叶わず、ただ、喰われていくだけの。

   弱き者は強き者に喰われる。

   弱き者は強き物を喰えない、然う、決めたのは誰だ。

   神か、鬼か、それとも、愚かな人か。

   道理、摂理、くだらなきもの。

   無性に苛立った。

   躰の傷が熱を帯び、其の炎は躰の裡を焦がす。

   血は滾り、沸点に達した怒りは一瞬にして呪へと変わった。








   引キ裂ケ、太刀風。








   …。


   …聖。


   あ。


   …。


   …。


   …言った筈よ。


   …だから?


   生き物は、飼えない。


   飼ってるつもりは無いわ。


   随分と懐かれているようだけれど。


   あんたよりはね。


   …餌を与えて。


   …。


   まさかとは思うけど。
   名前なんて、付けてないわよね?


   …さぁ、どうかしら。


   どうかしらって。
   聖、貴女


   私達はあの猫より、生きられない。


   …。


   蓉子が気にしてる事はそんなくだらない事なんでしょう。


   …くだらなくなんて無いわ。


   くだらないわ。


   …あの子は貴女に助けられた。
   餌を貰って、安全な場所を得て。


   …。


   …貴女が居なくなったら。
   あの子は…


   …今だけよ。


   …。


   未だ小さいから。
   だから、今だけ。


   …それは貴女が勝手に思っているだけよ。


   …。


   あの子は貴女を忘れないわ。


   猫は誰にも縛られない。
   私が居なくなれば、簡単に忘れるわ。


   …。


   …自分で餌を獲れるようになったら。
   屹度、近付いてこな


   そんな事無い。


   …。


   …無いわ、屹度。


   …。


   …。


   …なんにせよ。
   貴女に言われる筋合いじゃないわ。


   聖。


   …。


   聖、待っ


   蓉子。


   …っ。


   貴女が感傷に浸るのは勝手だけど。
   それに私を巻き込まないで。


   感傷なんかじゃないわ。


   じゃあ、なんなの?


   …。


   答えてみなさいよ。


   …私は、ただ。


   結局は命の時間を気にしてるのでしょう?
   くだらない。


   けれどあの子は


   あれの何が分かるのよ。


   …。


   勝手に決め付けないで。


   …聖こそ。


   …。


   聖こそ、自分の都合の良い事ばかり言わないで。


   …なんですって。


   聖こそ、あの子の何が分かるのよ。
   分かったつもりで自己完結しないで。


   蓉子にだけは言われたく無いわ。


   ぐ…。


   …私に、偉そうにするな。


   偉そうになんて…して、ないわ。


   …言い方を変えるわ。
   母親面、するな。


   そんな、こと…。


   そんなもの、私は要らない。


   せ、い…。


   …私に、構うな。


   ……。


   ……。


   …聖。


   …。


   聖…。


   ……。


   ……。















  a n  c i n n i ù i n t















   私のところに来ても何も出ないわよ。


   …。


   あら。


   …江利子。


   逃げちゃったわ。


   ……。


   私のところに来ても、何もしないわよ。
   これでも療養中だから。


   …江利子までそんな事言わなくても良いじゃない。


   何?
   また誰かに手を出して返り討ちにでもされた?


   …手を出すなんて言わないでよ。
   それに返り討ちにもされていないわ。


   あらそう?


   …あの仔猫、江利子のところにも来るのね。


   たまたまだと思うわよ。
   恐らく、構われ足りなかったんじゃないのかしらね。


   ……。


   貴女の顔を見たらぱっと逃げちゃったわ。
   若しかして蓉子、あの子に何かしたのかしら?


   …何もしないわよ。


   じゃあ寧ろ、何もしないからかしらね。


   …江利子だって然うじゃない。


   私は本当に何もしないわよ。


   …。


   居たければ、居れば良い。
   私は何もしない。


   …江利子もなのね。


   うん?


   うちは…


   だから何もしないって言ってるじゃない。


   …。


   ましてや餌付けなんて、ね。


   …聖は


   ほら、やっぱり。


   ……。


   放っておけば良いのに。
   手負いの獣に手を出すのは、莫迦がする事よ。


   …そんな言い方、しないで。


   それは聖に対して?
   それとも、貴女?


   ……。


   何にせよ、放っておけば良いのよ。


   …けれど、あんな事があったのよ。


   あったわね。
   ま、暫くは大人しくしてるんじゃないの。
   もう、あの娘も居ないのだし。


   ……。


   貴女がそんな苦しそうな顔をしなくても良いのではなくて?
   寧ろ、取り返せたのだから


   江利子。


   …はいはい、ごめんなさいね。


   …。


   それより、躰の方はもう良いのかしら?
   血、大分流したと思うけど。


   …私は大丈夫よ。
   江利子こそ


   私は後方専門だから。


   ……。


   あの莫迦は無駄に体力があるみたいだから。


   …動けるようになって本当に良かったわ。


   貴女も、だけれど。


   …。


   で、貴女と言い合いが出来るようにまでなったと。


   ……。


   もう、家出なんて事、しないと思うわよ。
   多分、だけど。


   …でも


   その時は一緒に?


   ……行かないわ。


   もう一度、連れ戻す?


   …聖の家は、此処だけだから。


   そんなの、幾らでもどうにか出来るわよ。
   要は本人の気持ち次第。


   …。


   …ところで。


   …なに。


   貴女もあの莫迦も、気付いているのかしらね。


   …気付く?


   あれは…今は曇っているだろうから、分からないかも知れないわね。


   江利子、何を


   貴女は耳は良いのだけど。
   殊、あれに関する事柄に対しては。


   …。


   でも、あれは聞き取れないかしら。


   江利子、先刻から何を言っているの。


   分からないのなら、良いのよ。


   気になるわ。


   ま、そのうち分かるんじゃない?


   …何よ、それ。


   さぁ、何かしらね。


   …江利子まで。


   はいはい、いじけない。


   …いじけてなんか、無いわ。








   聖?


   …。


   聖、居るのかしら?


   …なんですか。


   あら、本当に居たわ。
   気配を感じさせないからまた家出したのかと思っちゃった。


   …。


   なに、不貞腐れているの?


   …いいえ。


   まぁ、貴女の場合は年がら年中不貞腐れてるけど。
   菊乃が言っていたわ、不貞腐れ白ちびって。


   …。


   全く捻りが無くて面白く無いわよね。


   …。


   それで。
   躰はどうなの。


   …見た通りです。


   真っ青だから分からないのよ、貴女の顔。
   蓉子ちゃんもだけど。


   …。


   まぁ、見た目じゃないわね。


   …。


   ここに来る前、蓉子ちゃんと擦れ違ったわよ。


   だから、なんですか。


   …。


   …。


   貴女は蓉子ちゃんの話題になると食いつきが良い。


   そんな事あ


   …。


   ……お姉さまの思い違いです。


   思い違いでもそれが真
〈シン〉では無いとは言えない。
   寧ろ、ざら。


   …。


   未だ、しんどいでしょうに。


   …蓉子は


   違う違う。


   …は?


   私は誰のお姉さまかしら。


   …。


   蓉子ちゃんのお姉さまは別に居るでしょう?


   …。


   眠りたくない?


   …いいえ。
   もう、大丈夫だから寝ないだけです。


   ふぅん。


   …。


   聖。


   …わ。


   要、張り直しておいたから。


   …。


   案の定、解れていたのよね。
   と言うより、力が足りていなかった。


   …然う、ですか。


   今の貴女達なら大丈夫でしょうけど。
   当時は抜かったもんだわ。
   蓉子ちゃんがもう少し、使い物になると思っていたのだけれど。


   …。


   使えなかったわ。
   もっと言えば椿の見込み違いのおかげで帰る所が無くなるところだった。


   …。


   ん、何かしら?


   …いえ。


   言いたい事がありそうね。


   ありません。


   へぇ?


   ……。


   …ここ。


   っ…。


   額。
   痕が未だ、あるわね。


   ……お姉さま。


   触れられたくは無いでしょうけど。
   私は貴女のお姉さまだから。


   …。


   蓉子ちゃんだったら、大変でしょうけど。


   どうしていちいち蓉子の名前を出すのですか。


   出したいから。
   それと一寸した姉心。


   …意味が分かりません。


   良いわよ、別に。


   ……。


   体温が低い。
   未だ戻ってないわね、矢張り。


   …。


   大人しくしてなさい。
   ごはんになったら、起こしてあげるから。


   …。


   じゃあ、また後で。


   …お姉さま。


   うん?


   ……。


   聖。


   …いえ、何でもありません。


   然う。
   じゃあ、ごきげんよう。


   …ごきげんよう。








   江利ちゃん、見て見て!
   そこでこにゃんこ捕まえたー!


   それは良いですけど、思い切り爪を立てられていますね。


   え?
   あ、ほんとだ!


   …。


   あいたたた。


   お姉さま。


   なにー?


   あまり面白くないです。


   …。


   と言うより、全然。


   …だめ?


   はい。


   …ちぇー。


   離してあげた方が良いと思いますよ。
   それ、ただの仔猫では無いですから。


   あ、江利ちゃんも分かった?


   あの二人以外は分かっていると思いますが。


   二人?


   はい、二人です。


   んー…ま、いいや。
   そらにゃんこ、好きなとこへ行けー。


   それだけですか?


   江利ちゃん。


   ご覧の通り、療養中ですので。
   躰の方はそれなりです。


   うん、見れば分かるよ。
   だけど還って来た時よりかは、良い顔してる。
   良かったね。


   お姉さまは良くないのですか?


   そんなわけないじゃん。


   …。


   良かったね、江利子。


   …まぁ。


   いいこ、いいこ。


   …。


   どうだった?


   …どう、って何がですか。


   あいつに会ったんでしょや。


   …。


   黄川人。
   相変わらず笑ってた?


   笑ってましたね。


   そっか。
   相変わらずだなー。


   お姉さまは


   あるよー。
   ほら、髭…


   髪、です。


   そうそう、髪。
   討ちに行ったらね、待ち構えてやがったよ。
   んで言いたい事だけ言って、ほなさいなら。


   …。


   そっか、江利ちゃんも会ったかー。


   あまり面白く無かったですけど。


   はは、そっか。
   ま、あんまり面白くは無いかもねー。


   それより、お姉さま。


   なになにー?


   手、頭から退けてくれませんか。
   重たいです。


   や、江利ちゃんのおでこは相変わらず立派だねー。
   惚れ惚れしちゃう。


   …お姉さま譲りなので。


   え、なに?


   いいえ。


   譲りと言えばさー。


   …。


   奥義、どうだった?


   …無駄に疲れますね。
   私は術の方が良いです。


   あはは、江利ちゃんは術が得意だからねぇ。
   今なら多分、家で一番か二番だよ。


   …。


   江利ちゃん、私ね。


   はい。


   君がこの家に来てから、やってみたいコトが一つ増えたんだ。
   なんだと思う?


   さぁ。


   併せ。


   …。


   術じゃないよ。


   ああ。


   一度で良いからね、バァンとぉ!やってみたいんだー。


   それ、イツ花の真似ですか。


   似てた?


   いいえ、全然。


   あー。


   けれど。


   んー?


   二度くらいなら、付き合いますよ。


   お、ほんと?


   機会があれば、ですけど。


   じゃ、作れば良いンじゃん。
   作ろー作ろー。


   …。


   早速椿に…あ。


   …。


   …薪割りしないといけないんだった。


   薪割り、ですか。


   椿に言われてるんだー。
   私、これでも弓取りなのにさー。


   力だけだったら、壊し屋並だと思いますから。


   それは言いすぎだよ、江利ちゃん。


   と、藤花さまが言っていました。


   …藤めー!


   ……ふ。


   お。


   なんですか?


   いや、今の顔は良かったなーって。
   そっか、そっか。


   早くやらないと怒られますよ、当主様に。


   おぅ、それはいやだー。
   そんじゃ江利ちゃん、またごはんの時に。
   ごきげんよーう。


   ごきげんよう。








   蓉子。


   …。


   蓉子、起きているの。


   …。


   …蓉子?


   …おねえさま。


   …!


   …はぁ。


   何をしているの、蓉子。


   いいえ、何も…。


   …。


   …私は何も、していません。


   …。


   何も…。


   …兎に角、横になりなさい。
   未だ完全とは言えないのだから。


   …はい。


   他の二人はどうであれ、貴女は未だ動ける状態では無いのよ。
   ましてや…。


   …。


   …貴女は覚えていないでしょうけれど。
   酷い有様だったわ。


   …。


   貴女達が還ってきた時、貴女が一番酷かった。
   全身傷だらけで、血まみれで、意識も無く、呼吸すら浅くて…いえ、寧ろ。


   …。


   息をしているのが、奇跡だとさえ思ったわ。
   奇跡など、信じていないのに。


   …申し訳ありません。


   …。


   申し訳ありません、お姉さま…。


   …己一人の命を守れぬ者が。
   他人の命をなど守れるわけ、無い。
   私は然う、教えてきたわ。
   いえ、教えてきたつもりだった。


   …。


   自己犠牲など…莫迦げている。


   …。


   …けれど。


   …。


   ……莫迦な子ね。


   おねえさま…。


   躰も、心までも傷だらけになって…そこまでして守りたいだなんて。
   矢っ張り、血は争えないのかしらね…。


   …。


   …今は、眠りなさい。
   貴女ぐらいの歳ならば…失いさえしなければ、幾らでもどうにかなる筈だから。


   はい、おねえさま…。


   …。


   …。


   …貴女が。


   …。


   江利子の獅子に乗せられて還ってきたのを見た時、私は…


   …


   ……初めて、後悔したわ。


   …おねえさま、は。


   …。


   お優しい人、ですから…。


   …いいえ、優しくなどは無いわ。


   …。


   優しくなんて、無いのよ…。


   …いいえ、いいえ。


   …。


   …。


   ……誰よりも、ずたぼろになっているくせに。


   …。


   それでも白ちびから手を離さない妹が、許せなかった。


   あ…。


   ……蓉子。


   …。


   覚えて、おきなさい。


   …は、い。


   私より先に逝く事は赦さないわ。
   絶対に。


   おねえさま…。


   …この年功序列だけは壊されるべきでは無いのよ。
   もう、二度と…。


   ……はい。


   …。


   …。


   ……未だ、体温が戻らないわね。


   …おねえさまのては、あたたかいです。
   とても…。


   貴女の顔は私と同じで、顔色が分かり辛いから。
   藤と菊には屹度、分からないわ。


   …そうでしょうか。


   藤なんて、己の妹の顔色も分からないかも知れないわ。


   …ふふ。


   …。


   …。


   …さぁ、もう一度眠りなさい。
   今の貴女に必要なのは……言わなくても、分かっているわね。


   はい…おねえさま。


   …。


   …。


   …夕餉の時刻になったら、また来るわ。
   その時まで…。


   …。


   ごきげんよう…蓉子。


   …ごきげんよう、おねえさま。








   ・








   …。


   …。


   …また来たの。
   あんたも大概にしつこいわよね。


   …聖。


   今日は居ないわよ。


   ……。


   それとも様子見とか?
   相当、暇なのね。


   …。


   私が何しようが、関係無いでしょ。


   …聖は、気にならないの。


   何を。


   自分が居なくなったら、あの子は…


   は。


   …。


   莫迦じゃないの、あんた。


   ……。


   殺して生きている、この家に。
   今更そんな感傷、必要在るのかしら。


   …然うよ。


   …。


   これはただの、私の感傷だわ。


   …へぇ、認めるの。


   あの子は、貴女を忘れない。
   助けてくれた、あの子を。


   だから、私もあんたを忘れないって?


   …。


   自惚れないでよ、蓉子。


   …自惚れてなんか、いないわ。


   いつ、誰が、助けてくれって言ったの。


   …言ってないわ。


   ええ、然うよ。


   ……。


   放っておいてくれれば良かったのよ。
   そうすれ、ば…。


   …栞さんと一緒に行けたものね。


   …!


   そうして黄川人に飼い殺されて。
   貴女は、遊ばれて、玩具にされて、終わっていたんだわ。


   蓉子…!


   だって今の私達の力ではあの鬼には


   それ以上言ったら


   栞さんは!!


   …っ。


   ただの供物だったのよ。


   …ッ!


   滅びてしまった、今はもう無き都より、担ぎ出された黄川人への贄。
   良いようにされて、躰も心も、魂をも弄ばれて、鬼を産み、そして最期には貴女の目の前で喰われた。
   然う、笑いながら。


   …止めろ。


   何故ならそれが栞さんの意志だったから。
   栞さんにとっての本望であり、生の証そのものだったのだから。


   止めろ。


   初めから、聖の事なんて


   蓉子ぉぉ!!!


   …うっ。


   あんたに、あんたに何が分かるのよ!
   いつも、いつも綺麗事並べて、己の正しさを、私にとっては有害な正しさを押し付けて!!


   それでも、私は…!


   つ…。


   貴女を、行かせるわけにはいかなかった。
   行かせたく、なかったのよ!!


   ……。


   私は…貴女を鬼になんて、させたくない。
   これからもなって欲しくなんか、ない…。


   …それは、貴女の都合だわ。


   ……。


   ……。


   ……はぁ。


   …莫迦だわ。
   一番、死にはぐっていたくせに。


   はぁ…はぁ…。


   私なんか、構うから。
   放っておけば良いのに。


   ……う。


   私は、あんたなんか助けない。
   誰が、蓉子なんか…。


   せ、ぃ………。


   …。


   ………。


   …然うよ、そのまま死んでしまうのよ。
   蓉子だって。


   ……。


   私を置いて。
   先に、死ぬのよ。


   ……。


   …莫迦な蓉子。








   ……。


   気が付いたかしら。


   …えり、こ。


   貴女、わざわざ私の部屋の前でくだばりそうになっていたわよ。


   ……。


   莫迦ねぇ。
   未だ本調子では無いでしょうに。


   ……。


   起きなくても良いわよ。
   そのまま死なれても厄介だし。


   ……ごめんなさい。


   良いわよ、昔からだから。


   ……。


   …ゆっくり休んでいけとは言わないわ。


   ……わた、し。


   …。


   せいに…ひどいこと、いってしまったわ…。


   …。


   ……あんなかお、させたくない…のに。


   ……。


   あんな、こと……。


   ……。


   なんて…なんてひどいこと、を…。


   …とりあえず、寝なさいな。
   弱ってるとろくな結論、出ないわよ。


   えりこ…。


   ……お互いに、ね。








   聖。


   …。


   待ちなさい。


   …私に何か御用でしょうか、当主様。


   ……。


   な…。


   ……粋がるな、餓鬼が。


   う……。


   ……。


   …う、…ぅぅ。


   ……。


   …はぁ…はぁ。


   ……貴女も本調子では無いのだから。
   私の妹と遊ぶのは大概にしなさい。


   ……。


   それから猫と戯れるのも。


   ……は。


   ……。


   流石は、蓉子のお姉さまですね…。


   …ええ、然うよ。


   貴女も飼う飼わないなんて、くだらない事を、


   言わないわ。
   私はあの子ほどのお人好しでも、生き物好きでも無いから。


   う、ぁ……。


   くたばったら、それまでの事よ。


   ……。


   弱き者は、くたばるだけよ。
   白ちび。


   ……。


   さっさと寝床に戻りなさい。
   刃向かいたければ、刃向かえば良いわ。
   私は…


   …ぅぅ。


   …家族であろうと、容赦する心なんて持ち合わせていないから。


   ……。





   あーら、何か物騒な気配がすると思ったら。





   …。


   藤、貴女の妹がまたふらふらしているわ。
   さっさと連れて行きなさい。


   みたいね。
   聖。


   ……はぁ。


   それにしても、ほんの少しばかり手荒過ぎやしないかしら?
   人の妹に。


   私は何もしていないわ。


   何も、ね。


   ええ、何も。


   まぁ、良いけれど。
   聖、立てるかしら?


   …一人で立てます。


   これでも手負いなのよ。
   もう少し加減、してくれないかしら。


   私は何もしてないって言った筈よ。


   ええ、何もね。


   ……。


   聖、行くわよ。


   ……。


   今はとりあえず、大人しくしてなさいな。


   ……。


   あらあら。


   …。


   ところで、椿。


   …何かしら。


   思いの他、込み上げてくるものがあるでしょう?
   同じ家の者だと言うのに。


   ……。


   さて。
   それじゃ、お茶でも飲みましょうか。


   …は?


   丁度、喉が乾いたところだったのよ。


   それより、


   大丈夫よ。


   ……。


   …でも、然うね。
   一人では眠れないかも知れないわ。


   …それはどうでも良いわ。


   然うかしら?
   また、


   藤花。


   …大丈夫よ。
   なんだかんだ言ったって、躰を全部使って甘えているだけだから。


   …そのせいで、


   猫、みたいなものよ。
   貴女の苦手な、ね。


   ……。


   相性は最悪、なのに。
   何故かしらね、血の為せる業かしら。








   ……。


   ……。


   …人の部屋の前でうろうろしてるんじゃないわよ。


   ……。


   蓉子なら、もう、居ないわよ。


   ……。


   あんたも大概に莫迦よね。


   ……。








   ……せ、い。


   …。


   ……。


   …聖は、居ないわよ。


   ……。


   先にも言ったけれど。
   此処は私の部屋よ、蓉子。


   ……どうして。


   さぁ、どうしてかしら。


   ……。


   …気分は?


   ……ありがとう。


   然う。


   …私、戻るわね。


   良いわよ、別に。


   いいえ…貴女も、未だ本調子では無いのだから。


   貴女よりはずっと、ましだけれど。


   …ええ、本当ね。


   ……。


   じゃあ、江利子…有難う。


   いいえ。


   ……。


   私は、優しくないわよ。


   …え?


   送ってなんか、あげない。


   …ああ。
   もう、大丈夫だから…ありがとう、江利子。


   ……。








   ……あ。


   …。


   あなた…。


   …にゃぁ。


   ……。


   …。


   …私は、聖じゃないわよ。


   にゃぁ。


   ……何も、やってあげられないわ。


   うぅ。


   ……。


   ……。


   …おいで。


   …?


   おいで…何も、無いけど。


   ……。


   あ……。


   …。


   …然う、よね。
   私なんかのところに…来たく、ないわよね。


   ……にゃぁ。


   ……誰も、私なんか。


   …!
   にゃあ!


   …え。





   何、してんのよ。





   …あ。


   何してんの、って聞いてんのよ。


   せ、い…。


   にゃぁ。


   …ごろんた。


   ごろん、た…?


   にゃぁ、にゃぁ。


   …おいで。


   にゃぁぁ。


   ……。


   …怒らないのね。


   何を…。


   名前。


   ……。


   付けたのよ。


   …ごろんた、が?


   然うよ。


   ごろんた…然う、あなたはごろんたと言うのね。


   にゃ。


   …ふふ、分かるのね。


   ……。


   でも、ごろんたって…。


   …何よ、やっぱり怒るの。


   この子、雄なのかしら…。


   …。


   ねぇ、聖…。


   …ふ。


   聖…?


   そんなの、考えて無かったわ。


   ……そんなのって。


   雄でも雌でも、どっちでも良い。
   ごろんたはごろんたよ。


   …いい加減。
   名前をつけ、る…


   …?


   な、ら……。


   ……。


   ……せい。


   …早く、部屋に戻りなさいよ。
   また、くたばりそこないたいの。


   ……わた、し。


   迷惑なのよ。


   ……ごめんなさい、せい。


   ……。


   わたし、あなたに…。


   …。


   ひど、いこと、を……。


   …。


   ごめんなさい…ごめんなさい…せい…。


   …ごろんた。


   にゃあぁ。


   今日はこれだけだから。
   もう、お帰り。


   にゃぁ。


   ……。


   せ、ぃ……。


   ……ほんっと、莫迦じゃないの。


   にゃーーぁ。








   ごろんた、ごろんた。


   お姉さま。


   お、江利ちゃん。
   ごきげんよう?


   夜ですけど、ごきげんよう。
   その猫


   ごろんた、だって。
   面白い名前だよね。


   面白いですか。


   この子、雌なのに。


   調べたのですか?


   うん、もうばっちり。


   然うですか。


   でも、ごろんた。
   面白いのー。


   いっそ、改名してあげたら如何ですか。


   それがさ、違う名で呼んでも見向きもしないんだ、こいつ。
   生意気でしょ?


   命名したヤツがアレですから。


   あはは、違いない。


   …。


   ま、何でも良いけどね。
   可愛いから。


   可愛いですか、その猫。


   可愛いよ。
   このまま育てば立派な化け猫になるもん。


   はぁ。


   一度、鬼に喰われたんだろうけど。
   丁度、鬼火かなんかがふらふらしてたんだろうね。


   でしょうね。


   でも、未だちびだから。
   鬼が鬼を呼んでまた喰われ掛けた、と。
   ま、そんな処かなー。


   はい。


   放っておけば、厄介な事になるかも知れないけど。
   ならないかも知れない。


   面白がっていますね。


   椿も藤も、放っているから。


   …。


   なんだかんだ言ってもさ、家族には甘いんだよ。


   …然うですね。


   よし、ごろんた。
   もう少し私と…あ。


   …。


   あーあ、行っちゃった。
   面白いものでも見つけたかな。


   かも、知れませんね。








   ・


   ・








   ごろんた、ごろんた、おいで。


   …。


   て、今日は居ないのかな。


   聖。


   あ、蓉子。


   ごろんた、居ないの?


   うん、みたい。


   最近、あまり見ないわね。


   何か面白いもの、見つけたのかも知れない。
   私、振られちゃったかなぁ。


   ふふ。


   でも、蓉子が居るし。


   私はごろんたの代わり?


   ううん、蓉子が一番って事。


   然うかしら。


   然うだよ。
   さ、蓉子蓉子。


   何?


   一緒に日向ぼっこ、しよう。


   生憎、私は


   聞かない。


   …聖。


   聞いたら最後、だから。


   当主様。


   いやだ、聞こえない、聞こえないもんねぇ。


   …全く。


   蓉子、一緒に居て。


   …いつも居るでしょう?


   だったら、今も居ないとね。


   …揚げ足。


   へへ。
   ほい。


   何?


   お八つ。


   珍しいわね。
   貴女が甘いものだなんて。


   蓉子の為に。


   ごろんたと遊ぶのではなかったのかしら?


   蓉子が来ると思ってたんだ。


   此処は私の家でもあるのだけれど?


   あとはお茶、なんだけど。
   イツ花に言ってある。


   一人分?


   いや、二人分。
   当然。


   …呆れた。


   しし。


   まぁ、良いわ。
   これ、見て貰おうと思っていたから。


   何、蓉子の新しい着物の生地?


   違います。


   新しいの、たまには仕立てれば良いのに。
   ずっと同じのばかりで


   着られるもの。
   勿体無いじゃない。


   それ、でこちんに聞かせてやれば?


   江利子は…古いものが、あまり好きではないから。


   私は蓉子のお洒落姿こそ、見たいけどなぁ。
   あいつのなんぞ、どうでも良い。


   私はこれで良いのよ。
   性に合ってるわ。


   貧乏性と言うか。


   仕方無いわ、持って生まれたものだから。


   持って生まれた…か。


   …。


   …。


   …ねぇ、聖。


   ん…。


   …。


   …なに?


   ごろんたの事、訊いても良い…?


   ごろんた?


   …うん。


   良いけど…なんでまた?


   あの子を拾った経緯、聞いた事無かったから。


   然うだったかな。


   …。


   ごろんたは…でかい鴉に襲われてたんだよ。
   鬼の気に中てられた…と言うより、あれはもう半分鬼だったのかも知れないな。
   放っておけば人も喰うようになってたと思うよ、多分。


   …。


   喰われて、それでお仕舞いだったんだろうけど。
   でも…


   …助けてしまったのね。


   無性に腹が立ったんだ。
   然う、無性に。


   …然うだったの。


   そしたら懐かれて、今に至るってね。
   ま、最近は呼んでも来ないけどさ。


   …。


   蓉子からのごはんも、食べるようになってたのにね。


   …然うね。


   でもま、仕方無い。
   犬じゃ、無いんだし。


   …。


   蓉子。


   …うん?


   好きだよ。


   …何、突然。


   だから、此処に居て。


   …何よ、それ。


   で、何を見ろって?


   …。


   何か見ろって言わなかった?


   …ああ。
   これよ。


   これは…


   摂関家から


   捨てて良し。


   聖。


   どうせロクなもんじゃない。


   中身も見ないうちに


   あいつらにロクな者なんて居ない。


   聖。


   蓉子も見ないで良い。


   あ。





   燃ヤセ、赤玉。





   はい、これで良し。


   ああ、もう。


   さ、蓉子。
   座って。


   ほんの少しだけで良いから、


   蓉子。


   …。


   へへ。


   ……それで?


   こう、するの。


   …。


   ああ、極楽極楽…。


   …お爺さんみたいよ、それ。


   だって、蓉子の膝の温もりと柔らかさは何事よりも勝るって言うし。


   言わないから。


   へへ…。


   …全く。


   んん、今日は日向ぼっこ日和だなぁ…。


   …。


   ねぇ、蓉子。


   …少しだけ、よ。


   んー。


   …もう、本当に我侭な人。





   にゃあ。





   ん?


   ごろんた。


   ごろんた、お前居たの?


   にゃ。


   お。


   …。


   行っちゃった。
   なんだったんだろ。


   貴女が居たの?なんて言うから、ご機嫌を損ねたのかも。


   まさか。


   いいえ、分からないわよ。


   んー…。


   …良いの?
   あのままで。


   うん、良いや。


   …。


   面白いもの、見つけたんだろうから。
   今はそっちの方が良いのよ、ごろんたは。


   …。


   それに…私も、さ。


   ん…。


   こうしていたいし…。


   …もう。


   蓉子。


   …なに。


   好きだよ。


   …はいはい、有難う。


   本気で言ってるのに。


   …知ってるわ。


   だったら、


   莫迦。


   …いて。


   ふふ。


   よーこー…。








   私の処に来ても、何も出ないわよ。


   にゃあ。


   ごろんた。


   …にゃ。


   ねぇ、志摩子。
   何かあって?


   何もありませんね。


   ですって、ごろんた。


   にゃあ。


   はい、ごきげんよう。


   …ふふ。


   うん?


   会話、しているみたいですね。


   然うかしらね。


   はい。


   …まぁ、良いわ。


   ごろんた、何か面白いものでも見つけたんでしょうか。


   猫は、然う言うものよ。
   一つのものに縛られない。


   貴女様みたいですね。


   私は化け猫じゃないわよ。


   ふふ、然うでした。


   …。


   …。


   …んー。


   江利子さま。


   うん?


   今日は穏やかな日和ですね。


   ええ、退屈なくらい。


   …ふふ。


   ……貴女は楽しそうね。


   はい。
   まことに…








  a n  c i n n i ù i n t 了