令。


   …。


   令。


   ……。


   れーーい。


   …は。


   ごきげんよう。


   お、お姉さま。


   それ。


   …あ!


   ああ、別に良いわよ。
   なんだったら、引いてみる?


   い、いいえ、私にはとても。


   貴女は力があるから。
   強い弓が引けると思うわ。
   然う、お姉さまが使っていたような。


   わ、私には無理です。


   そうやって、やる前から出来ないと決める。
   そういう選択の仕方は己を詰まらなくするだけよ。


   ……。


   ……。


   ……。


   令。


   …はい。


   私に。


   え。


   私の弓。


   あ、は、はい。


   ……。


   ……。


   …ふむ。


   お姉さま…?


   弓を引く。


   …?


   穢れを払う呪
(マジナ)い、の意味があるのは知っていて?


   呪い、ですか。


   ええ。
   弓鳴らしとも言うし、鳴弦とも言うし、又は弦打とも言うわね。


   知らなかったです。


   矢を番えずに、弓弦だけを引いて放す。
   例えば、こうやって。


   …。


   そうすると音が鳴るでしょう?


   はい、ビュンって鳴りました。


   この音が穢れを払うとされたのよ。
   或いは妖魔を驚かせて退散させる呪法ともね。


   はい。


   ま、鬼には全く、効かないけれど。


   ……。


   令。


   はい。


   貴女は、真面目すぎて面白みに欠ける。


   …え。


   けれど、それこそが貴女の面白さでもある。


   ……。


   弓弦は常に強く張る。
   弛んでいては事を為さないから。


   …。


   弓はそれで良い。
   切れれば替えがきくもの。


   …。


   けれど、人はどうかしらね。
   替えなんて、あるかしら?


   …お姉さま。


   貴女がそういう顔する時は決まって、己の事では無い。


   …。


   …然うね。
   一寸、昔話でもしようかしら。


   …昔話?


   ただの退屈凌ぎ。
   当主になったのは良いけれど、する事が無くて暇なの。


   は、はぁ。


   これ、そこに戻しておいてくれるかしら。


   はい。


   ああ、そんな腫れ物に触るようにしなくても良いから。


   ですが、お姉さまの大事な弓ですから。


   そんな大事でも無いけれど。


   …。


   冗談よ。
   こんな事言ってるのが蓉子あたりにでも知れたら、どんなお説教を喰らうか。


   …蓉子さま。


   ま、私はあまり蓉子のお説教は喰らわなかったけれど。


   ……。


   令。


   …はい。


   ただ話すだけでは、詰まらないわ。


   …えと。


   お茶とお茶請け。


   あ。


   頼めるかしら?


   は、はい、今直ぐ!















  黄 薔 薇 ノ 証















   えりりん、黄と紅を混ぜるとなんになるか、知ってるか。


   ぞんじません。


   俺の名前よ。


   …。


   黄と紅を混ぜたら、俺になんのよ。


   いみがまったく、わかりません。


   えりりん、少しは考えようや。


   わたしはえりりんではありません。


   江利子、つまりは、えりりん。
   良いじゃねぇか、えりりん。


   …だいだい。


   ?


   「べに」と「き」をまぜると、「だいだい」になります。


   おお、それよ。


   だから、だいご。


   ご明察。
   流石はこの俺の孫だな。


   おねえさまにおそわりました。


   あん、菊の奴にか?


   おねえさまのおばあさまからきいたそうです。


   お袋からか。


   なんでも、ちちおやがふらふらしてたから、ひいおばあさまがおねえさまをみていたそうですね。


   なに、あれも立派な修行の一つだからな。


   おんなのひととあそぶことがですか。


   然うよ。
   えりりん、よぉく覚えておけ。
   遊びを知らねぇ男ほど詰まらねぇものはねぇってな。


   ですが、くだらないことにかねをつかうおとこはろくでなしとも。


   じゃあ、俺はろくでなしじゃねぇな。


   ……。


   俺ほど有益に使ってる男はいねぇよ。
   うん。


   …ところで。


   なんだい、えりりん。


   …おじいさまのおなまえが、どうしましたか。


   おう、そうだった。
   俺のお袋は紅と交わった。
   だから、俺の名は橙ってわけだ。


   …。


   適当だろ?
   が、別に俺は構わねぇがな。
   男の価値は名前で


   では、しろとまじわっていたらどうだったんでしょうか。


   あ、白だぁ?


   「しろ」と「き」がまじわったら、「なに」になりましょう。


   何って、あれよ。


   ……。


   白と黄だと薄い黄よ。


   うすいき?


   ついでに言うと紅と白を混ぜれば桃になる。


   ……。


   ほらな。
   遊びを知ってる男は、物も知ってるってわけよ。


   ひいおばあさまですね。


   あ?


   ひいおばあさまはとても、はくしきだったそうですから。


   博識だぁ?
   あのばばぁが?


   ……。


   博識っつより、色に対しての拘りが強かっただけだな。
   ありゃ。


   …。


   己が子にまで、


   おじいさまが、だいだいならば。


   あん?


   おねえさまは、なにいろなのでしょうか。


   あれは、菊色よ。


   きくいろ?


   おおよ。


   ならば、きいろですね。


   ちげぇ、菊色だ。


   いみがわかりません。


   お前はかてぇなぁ。
   紅が濃いのか?


   ……。


   まぁ、所詮、混じってるからな。
   紅、白、そんでもって黄なぞ、区切ってはいやがるが、なんて事はねぇ。
   ここまで来りゃあ、つまるところ、どんぶりよ。


   どんぶり?


   全部、混ざってるって事よ。


   ……。


   だが、それでも紅の頭はかてぇ。
   白はうだうだめんどくせぇ。
   久遠なんぞは、口うるせぇ。


   き、は。


   自由よ。


   …。


   業、は選べねぇが。
   それでも、紅や白みてぇな縛りがねぇ。


   …しばり。


   勇魚と久遠。
   あいつらはめんどうくせぇ。
   うだうだしてねぇで、さっさとヤっちまえば良いのに、一向にやりやがらねぇ。
   所詮、男と女なぞ、そんなもんだってのよ。


   …。


   若しかしたらそのガキどもまで、めんどうになるかも知れねぇな。
   勇魚のガキ、なんて言ったか。


   ようこ。


   ま、そんときゃ俺はいねぇだろうがな。


   …。


   なんにせよ、黄はてめぇの好きに生きやがれ。
   やって、やってから、死ね。


   …ゆいごんのようですね。


   俺は未だ、死なねぇよ。
   未だ未だやり足りねぇ事があるからな!








   紅と白と黄、全部混ぜたらどんな色になるんでしょうか。


   へぇ?


   紅と黄が橙。
   紅と白が桃。
   白と黄が薄黄。
   なんですよね。


   ええ、然うね。


   だったら、三色混ぜたら


   練色が最も近いかも知れないわね。


   …え?


   薄黄。


   …。


   例えば、刈安〈カリヤス〉、萱草
〈カゾウ〉、朽葉〈クチバ〉、丁字〈チョウジ〉


   …?


   どれも、黄色、よ。


   そうなんですか。


   鳥の子、山吹、女郎花、菜の花、浅黄檗〈アサキハダ〉、黄梔子
〈キクチナシ〉
   梔子〈クチナシ〉、浅梔子〈アサクチナシ〉、そして練色。


   それらも、ですよね?


   ええ。


   …。


   ねぇ、括れないものでしょう?


   そ、そうですね。


   紅も然う。
   いいえ、紅も呼称の一つであって、大まかに言えば「赤」ね。


   赤、ですか。


   聞きたい?


   え、えと。


   海老茶、臙脂、蘇芳、鴇、茜、朱、洗朱、緋、珊瑚、薄紅梅、紅藤、撫子…


   ……。


   何にせよ、括れないものだけれど。
   ま、括ってしまうけれど。


   そう、ですね…。


   白と紅の襲色目は雪の下と言うのよ。


   は、はぁ。
   えと、ひいひいおばあさまは、すごい方だったんですね…。


   屹度。
   私も会って話したわけでは無いから。


   それを覚えたおばあさまもすごいです。
   私なんか、


   なんか、は、無し。


   …。


   貴女は私の娘だから。


   …はい、申し訳ありません。


   けれど、令。


   は、はい。


   白は一つしか無いわ。


   …。


   白は、白だけ。
   他の色が混じればそれは白では無くなってしまう。
   紅が混じれば桃に近い色、黄が混じれば、祖父曰く、薄い黄。


   ……。


   故に、生き辛い。


   …それは、つまり。


   の、割には最も好き放題だったけれど?


   ……。


   まさか、置き土産があるとは思わなかったわ。


   …「のりこ」の事ですか?


   姉は白のくせに腹黒。
   妹は莫迦。


   …それ、比べてないと思います。


   妹の母は、純真。


   ……。


   聞こえは、良いけれど。
   少しでも汚れれば脆いものよ、そんなもの。


   …はぁ。


   白は、面倒くさい。


   …それは。


   うん?


   志摩子も、ですか。


   ……。


   志摩子は


   …あれは、然うね。
   矢張り面倒には変わり無いわ。


   ……。


   面白みにも欠ける。


   …。


   …でも、然うね。
   最近は少し、色が出て来たかも知れないわね。


   色、ですか。


   色恋、の方じゃないわよ。


   …。


   顔の表情〈イロ〉
   「のりこ」が来たから、かしら。


   ……それは、違うと思います。


   ん?


   志摩子は、多分…。


   祖父の女好きは最期まで、だったわね。
   老いても、尚。


   …。


   けれどもう少し、お話したかったと思うのよ。
   結局は直ぐに死んでしまったから。








   そりゃ、薄い橙かなー。


   そのままですね。


   うん、そのまま。


   …。


   ま、最終的には皆、黄になるってコト。


   …赤になる、とも言えますが。


   言い方、変えればさ。


   …。


   皆、家族ってコトだよ。
   紅も、黄も、白も。


   白は違うと思います。


   どして?


   白に色が混じればそれはもう、白ではありません。


   そだね。


   だったら、


   でも、紅や黄が薄くなるのは白が混じるからだよ。


   ……。


   現に私は薄い黄、だし?


   …と言うより、薄い橙ですよね。
   お姉さまは。


   そうなんだよなー。
   あの糞橙吾のヤツ、まさか白と混じるとは思わなかった。


   …けれど。


   うん?


   菊色、だそうですよ。


   何ソレ。
   色なんて、色々あるじゃん。


   ……。


   あれ?


   …それ、洒落のおつもりですか。


   んーん、たまたまかなー。


   ……。


   そんなの、私には言わなかったなぁ。
   あの糞親父。


   そう言われると思ったからではないですか。


   そう?


   糞親父。


   だって、糞親父だし。
   家にほとんど、居なかったしねー。


   …。


   でもま、良いよ。
   ばあちゃんにいっぱい、教えて貰ったし。
   団子もいっぱいくれたし、大好きだったしー。


   曾おばあさまのせい、ですね。


   せい?


   お姉さまが無駄に大喰らい、主にお団子、なのは。


   だってうまいじゃん。


   隠してあるお団子、椿さまに見つかってますよ。


   えぇ、それはまずい。


   おまけに藤花さまにも見つかって、おまけに食べられてました。


   …私の楽しみをー!
   藤めー!!


   話が随分と逸れました。


   …私の、団子。


   お姉さま。


   …あー?


   それでも、白は違わないんですか。


   うん。
   違わないんだよ、江利ちゃん。


   ……。


   白も、家族。


   …お団子の件は。


   それは、それ。
   これは、これ。
   でも団子は返してもらう。


   納得、出来ません。
   白はひとつだけです。


   無理にしなくても良いけどねー。


   ……。


   さて、江利ちゃん。


   …。


   真っ直ぐ、視線を逸らさずに。
   寧ろ、視線で射殺すくらいの気持ちで構え。


   …はい。


   弓取りは、目の良さと強さが売り。


   それは初めて聞きました。


   うん、初めて言ったからねー。








   色は色でも、曾祖母と祖父のそれは大いに違ったわね。


   …お姉さま。


   あれで日記なんか付けていたらしいから。


   ……。


   それで?


   …え?


   何かしら。


   ……。


   貴女はいつも、畏まってしまうのね。


   …。


   祖父は曾祖母をばばぁと言い、姉は祖父を糞親父と呼んだ。
   貴女は私をなんと言うのかしら。


   わ、私は…。


   由乃はでこちん呼ばわりしてくれるけど。


   …申し訳ありません。
   由乃には言ってるんですけど…。


   良いのよ。
   ある意味、黄の血筋を継いでくれてるから。


   …。


   だからって、貴女が継いでいないと言う話にはならないから。


   ……。


   嫌っているわけでは、無かったらしいわ。


   …?


   祖父も、姉も。
   己の親の事。


   …。


   寧ろ、逆。
   思えば、黄だけなのよ。


   …。


   ちゃんと親子をしているのは。
   紅や白にもあるにはあるけれど。


   …そうかも、しれません。


   ……。


   若しも、祥子に。
   祥子の母上が生きていらっしゃったら、祥子はまた違ったでしょうか。


   さぁ、どうかしら。


   …私には分からないんです。


   それは当然だわ。
   若しも分かるだなんて言えば、それはただの傲慢にしかならないもの。


   …。


   けれど令。


   …わ。


   貴女の場合は傲慢になりきれない。
   それは貴女の良い所だわ。


   …。


   躰は随分と大きくなったけれど。
   いつの間にか私の背丈、追い越しちゃったわね。


   …母上。


   蓉子が聖に抜かされた時、思うところがあったみたいだけど。
   まぁ、あれとは違うわね。


   …聞きたい事が、あるんです。


   それはずっと前から、かしら?


   ……。


   聞くわ。
   さぁ、どうぞ。


   …。


   ……。


   …何故。


   うん。


   何故、私を剣にしたのですか。


   何故?


   黄は代々、弓取りの血筋でした。
   それは初代さまの第二子である黄沙さまから途切れる事無く、ずっと続いてきたものです。


   然うね。


   それなのに何故、私は


   顔、かしら。


   …は?


   顔。


   か、お?


   剣、って顔をしていたのよ。








   初代さまのお子は三人。
   長男である紅
〈コウ〉さまは薙刀、長女である黄沙さまは弓、そして次男である白〈ハク〉さまは初代さまの剣を継ぎました。
   それはお前も知っていますね。


   へぇへぇ、もう何度も聞いてら。
   聞きすぎて、耳垢が


   …。


   いででで!
   耳、耳引っ張んな!!


   人の話を聞く時は脇を見ない。
   それから耳垢をほじらない。


   …。


   黄沙さま以来、その血筋は弓取りとして続く事になります。
   橙吾、お前もその流れ


   ふぁぁぁぁぁぁぁ。


   ……。


   い…!


   人が話している時に大口開けて欠伸をしない。


   いへぇ、いへぇよ!
   こんのくそばばぁぁ!!


   ……。


   いぃぃっぃぃ…ッ!!


   お前が何故、己は弓取りなのか。
   問ふてきたから、こうして話していると言うのに。


   ……。


   それで、拳になりたいとはどういう事ですか。


   …俺ぁ、もっと派手にやりてぇんだよ。


   派手ですか。


   弓なんて、後から矢を射るだけじゃねぇか。
   俺が若し拳だったら、手からこう、どばぁぁ!ってだな!


   ならば、術を磨きなさい。
   どばぁぁ!と出来るやも知れません。


   そうじゃねぇんだよ!
   こう、手からだな、こう、すっげぇのが


   これから術の指南を始めます。


   なんでだよ!!


   やかましい、この放蕩息子が。


   う、お…。


   来る日も来る日も女子の尻ばかり追いかけ回している事。
   この母が知らぬとでもお思いですか。


   う、うるせぇ。
   俺ぁ、


   ああ?


   ………。


   やりますね、橙吾。


   …応、お袋さま。








   楽毅
〈ガッキ〉さま、でしたね。


   ばあちゃんはね、凄かったよ。
   弓も術もね。


   …。


   さっすが、大陸の武将の名前だけあるよねー。


   燕の昭王を助けた人でしたね。


   昌国君とか望諸君とも、呼ばれてたらしいよー。


   ……。


   んーー………。


   的中、です。


   んー、まぁまぁかなー。


   礼記曰く、正鵠を失わず。


   これくらいなら、江利ちゃんだって出来るじゃん。
   大した事、ないない。


   ……。


   鬼は的と違って、動いてるからさ。
   なかなかねー。


   …。


   江利ちゃんはさ、弓取りじゃなかったら何が良かった?


   無意味だと思いますが。


   無意味だと思う中に、有効な意味が紛れてたりもするさー。


   …。


   親父は拳になりたかったんだってさ。


   ならば、お姉さまは何が良いのですか。


   私は、そうだなー。
   弓で良いかなー。


   …。


   あ、でも、壊し屋も面白そうかも。


   然うですか?


   でも男の尻は見たかないなー。


   ……。


   初代さまは剣、一番目の子供は薙刀。
   初代さまの親父さまが剣で、お袋さまが薙刀だったからなんだろうけどねー。


   …安易、ですね。


   でも、良いと思うけどね。


   ……。


   で、うちには弓の指南書もあった。
   だから、二番目の子を弓にしたのかも。


   それで、その血筋はそのままずっと弓取りとなるのですね。


   んーー……。


   ……。


   ……んー、まだだなぁ。


   …。


   江利ちゃん、交代。


   …はい。


   あーあ。


   …。


   ま、なんであれ。
   剣と薙刀、そこに弓が入ったのは良かったと思うんだよね。


   ……。


   釣り合いが取れてるから、さ。


   ……。


   ……。


   ……。


   …んー、なかなか。
   江利ちゃんはやっぱり、筋が良い。


   恐れ入ります。








   …ずっと、長く続いてきたのに。


   ……。


   顔で…顔で、私は剣の道に進む事になったのですか。


   …然うね。


   ……。


   …お茶、お代わりが欲しいわね。


   ……そんな、の。


   …。


   ……。


   …誰か、近くに居れば良いけど。


   私が。


   ……。


   私が、こんな顔してなかったら。


   …うん?


   もっと、違う顔をしていたら…


   …。


   こんな顔じゃなかったら…


   …ふ。
   あははははははははははは。


   …え。


   面白い、面白いわ、令。


   お、お姉さま?


   まさか、そう来るとは思わなかった…いえ、貴女なら有り得る事だわ。
   私もまだまだって事かしら…ふふ、はははは。


   え、えと…。


   ……。


   わ、わぁ。


   …はぁ、……。


   お、お姉さま、大丈夫ですか?


   …あぁ、涙が出てきたわ。


   す、すみません。


   言ったでしょう?
   私、面白くて笑っているのよ。


   ……。


   貴女は真面目に言っているのにね。


   ……。


   令。


   …はい。


   貴女は剣が、嫌?


   ……。


   貴女があの剣を振るっている姿は。
   誰よりも美しいと、私は思うのよ。


   ……。


   貴女が生まれるまで、あの剣の時は長らく止まっていた。


   …。


   貴女も知っているでしょう?
   あの剣は持ち主と共に成長する事を。


   …はい。


   前の持ち主は…


   …剣、は。


   …。


   本当だったら、聖さまだったんですよね。


   …ええ、本来の繋がりで言えばね。


   聖さまの母上さまが…


   …。


   …最後の、剣士だったんですよね。


   本来の形、ならばね。


   …。


   令。


   …私は。


   …。


   弓の繋がりが、終わってしまうのが悲しいのです。


   …悲しい?


   私の子は、屹度、剣になるでしょう。
   由乃の子は


   もう、決めてしまうのね。


   …。


   別に良いのよ。


   ……。


   良いの、そんな事は瑣末な事だから。


   …ですが。


   誰かの子が、弓取りになるかも知れない。
   貴女のように。


   …でも、それは。


   …。


   それは、お姉さまが背負ってきたものではありません。


   …私が?


   お姉さま達が、繋げてきた、確かなもの。
   それらが、無くなってしまう。


   …。


   そんな気がして…悲しいんです。


   ……。


   …。


   …莫迦な子ねぇ。


   …。


   貴女が泣く必要など、これぽっちも無いのに。








   男ならできそうにない野望をとりあえず口に出しちまえ。
   死体に後ろ指をさされて笑われるくらいのとんでもなくでかい夢をよ。


   わたしはおんなですが。


   分かってねぇのなぁ、えりりん。


   わかりません。


   夢に、男も女もねぇのよ。


   ですが、おとこ、とはっきりといいましたよね。
   たったいま。


   細けぇ事は気にすんなよ、えりいてぇ!


   糞橙吾、江利ちゃんに変な事吹き込むな。


   いてぇじゃねぇか、こんのでこっぱち娘。


   ふふん、ばあちゃんは褒めてくれたもんねー。


   あぁ?


   放蕩息子と比べて、利発そうだってさ。


   どこがだ、この洟垂れ娘。


   うるさい、糞垂れ親父。


   …


   大体、お前は親を


   いい歳して放蕩しまくってた


   おじいさま、おねえさま。


   …あ?


   …お?


   いつになったら、はじめるのでしょう。


   応、じゃ始めるか。


   んじゃ、始めるかねー。


   …。


   えりりん、まぁ、気楽にいけや。


   江利ちゃんなら大丈夫だと思うけどねー。


   これ、は。


   おう?


   うん?


   ずっと、つづけてきたことなんですか。


   ずっと、と言えば、


   ずっと、かもねー。
   最初は奥義じゃなかったみたいだけど。


   …。


   先を歩く者が一矢、空に放つ。


   続けて、後を継ぐ者が二矢を放つ。


   …そして、さいごに。


   なんでこんな事始めたんだが、知らねぇがなぁ。
   まぁ、悪いもんじゃねぇよ。


   ばあちゃんの時の花はきれいだったなー。
   そうそう、私はさ、ばあちゃんに教わったんだよー。


   ……。


   よし、んじゃやるか。
   遅れるなよ、莫迦娘。


   阿呆親父こそ、だらしないトコ、見せんなよ。


   …。


   じゃ、行くぜぇ。


   でっかい花火、いざー!


   …はぁ。





   「「「 奥 義 、併 せ ! ! 」」」





   「「「 紅 ノ 宴 ! ! ! 」」」








   ……。


   …良い、令。
   物事には必ず、終わりが来るものなの。
   それがどんな形であれ、ね。

   …。


   けれど。
   貴女と由乃が生きている限り、繋げようと言う意思がある限り、黄は続いていく事になる。
   業など、大した事では無いの。


   ですが…ですが…もう、お姉さまは出来ません…。


   …。


   お祖母さまも、出来ませんでした…。


   ……。


   空に、三人で花を咲かせる事は、もう…。


   …だったら。


   う…。


   剣で一花、咲かせなさいな。


   …剣、で。
   ですが


   やるのよ、令。
   可能性と言うのは一つだけじゃない。


   ……。


   それに。








   令ちゃんは、格好良いねー!
   鉢巻が良く似合ってる。


   は、はい、おそれいります…。


   女の子だから本当なら烏帽子なんだけど、令ちゃんは鉢巻って顔してるからさー。
   やっぱり、見立てに狂いは無かった!


   ……。


   令、どうかして?


   い、いいえ。


   令ちゃん。


   は、はい、おばあさま。


   この剣は今日から、令ちゃんのものだよー。


   ……。


   未だ重たくて、持てないかも知れないけど。
   なーに、何れ、軽く触れるようになるよ。
   何しろ、力持ちな私の孫だからねー。


   …。


   弓では勿体無いくらいの、ですね。


   そうそう。
   んで、その剣は持ち主の成長に呼応して強くなっていく。
   それは知ってるでしょや?


   は、はい。


   今、その剣の時は先代で止まっている。
   だから。


   ……。


   令ちゃんが先代を超えれば、自ずとして、剣の時はまた動き始める。
   格好良いよねー。


   …かっこう、いいですか?


   俺の屍を越えていけ、って、感じじゃん?


   …せんだいは、おんなのひとだったじゃ。


   じゃ、私の屍を越えていきなさい、でも良いや。


   ……。


   然う言うわけだから、令ちゃん。
   頑張れ。


   …わ。


   うーん、やっぱり格好良いなー。
   流石、私の孫!


   ……。


   令ちゃんが、もう少し大きくなったら。
   三人で討伐に、と言うか初陣が良いかなー。
   でもって、バーンとぉ!一花咲かそう。
   ねぇ、江利ちゃん。








   ……。


   …ねぇ、令。
   お姉さまは願いを叶えたわ。
   誰でも無い、貴女が叶えたのよ。


   …。


   あの時のお姉さまの顔を、貴女は覚えているでしょう?


   ……は、い。


   剣とか、弓とか。
   そんなの、関係無いわ。


   ……。


   令。
   貴女が黄の血筋に生まれて、貴女が貴女であれば。
   それだけで良いのだから。


   ……。


   それこそが、確かなものなのだから。


   …。


   祖父も、屹度、曾祖母にとってもね。


   ……。


   ……。


   ……。


   …あらあら。
   そんなに思い詰めていたのかしらね。


   ……。


   真面目なのは良いけれど…て、ああ。
   これって、隔世遺伝と言うものかしら。


   …かくせい?


   どんぶり、だから。
   私達。


   ……。


   …ねぇ、令。
   剣の時はまた、動き出した?


   …わかりませ、ん。


   然う…。


   …です、が。


   うん。


   手に、馴染んできたような気が、するんです…。


   …然う。


   ……。


   ねぇ、令。


   …はい、お姉さま。


   好きに生きて、それから、死ね。


   ……。


   思い悩む時間は、少しは、成長するのに必要かも知れないけれど。
   止まっているばかりでは、時の無駄使いにしか、ならないから。


   ……


   時は動いてこそ。
   動かしてこそ、よ。


   …はい。


   あとね、令。


   …?


   貴女の剣、私は好きよ。
   だってやっぱり、格好良いもの。















   良し。
   次。


   はい。


   …。


   …。


   …良し。


   れいさま。


   うん?


   れいさまはなぜ、わたしをゆみとりにしたんですか?


   …然うだなぁ。
   そんな顔をしていたから、かな。


   そうですか。


   構え。


   はい。


   …姿勢が聊か悪い。
   背筋を伸ばせ。


   はい。


   良し。


   …。


   最後まで、的から目を逸らすな。


   ……。


   ……。


   ……。


   うん、射抜いた。


   …。


   残心を忘れるな。


   ……。


   不満そうだね。


   …はしっこにやっと、あたっただけです。
   こんなんじゃ、だめです。


   うーん。


   …こんなんじゃ、まだまだです。


   そうかな。
   私にしてみれば、当たるだけでも凄いと思うんだけどなぁ。
   しかも、弓を持って日も未だ浅いのに。


   まとは、とまっています。
   けど、おにはとまってはくれません。


   それは、然うだけど。


   …。


   剣じゃやっぱり、上手く教えられないのかなぁ。


   …せんだいさまは、すごかったんですよね。


   うん、凄かった。


   せんだいのせんだいも。


   先代の先代も、凄かったよ。
   屹度、その先代も、ずっと前の先代からずっと。


   ……。


   この指南書はね、先代…私のお姉さまが書き遺してくれたものなんだ。


   せんだいさまが、ですか?
   でも、しなんしょは


   剣の私でも、他の業の者でも。
   新しい弓取りの者に指南出来るように。


   …。


   言うとおり、この家にはもう一冊、初代様から続いている指南書があるけど。
   私にはお姉さまが遺してくれたものの方が分かり易いから。


   …。


   でもね、私が弓だったらって。
   今でも時々、思ってしまうんだ。


   いいえ。
   れいさまはやっぱり、けんがいいとおもいます。


   それはどうして?


   かっこいいから、です。


   …。


   わたしのかおが、ゆみとりなら。
   れいさまのおかおは、けんしです。


   …然うか。


   あとでしなんしょ、かしてください。
   よみくらべてみます。


   ああ、構わないよ。


   ありがとうございます。


   だけど、弓の指南が終わって一休みしたら、次は術の指南だ。
   志摩子が待っているからね。


   …。


   先代は弓だけ無く、術でもこの家で一番だった。
   志摩子が、追い抜いてしまうまで、ずっと。


   なんでもあり、ですね。


   何でも有り?


   はい。
   なんでもあり、です。


   思えば、先代は三人とも滅茶苦茶だった。


   …?


   滅茶苦茶な強さだった。
   あの方達なら、時さえ重なってくれれば、朱点すら…。


   ですが、もう、いません。


   …。


   しまこさまは、せんだいをこえました。
   だから、つぎは、わたしのばんです。
   かならず、こえていきます。


   …俺の屍を越えてゆけ。


   はい。
   こえてゆけ、です。


   …然うだね。
   その通りだ。


   …。


   じゃあ、続けようか。
   菜々。















   …江利子さま?


   …。


   それは…。


   一寸した、置き土産。


   …。


   役に立つか、立たないかは、私の知る所では無いから。
   立たなければ、それはそれで。


   …。


   …。


   …暇潰し、ですか?


   になれば、良いけれど。


   ……。


   ……。


   …白は、それのみ。


   …。


   志摩子は己の業に疑問を持った事は?


   ありません。


   親と同じ業が良かったとも?


   …特に。


   然う。


   …令さまの事ですか。


   …。


   …今日は分かり易いですね。


   白は。


   …。


   簡潔、かも知れないわね。
   至るまでの過程は面倒だとしても。


   ……。


   良い暇潰しになりそうだわ。


   …然うですか。
   良かったですね。


   ええ。