聖、お茶を淹れるけど。
飲む?
…。
聖?
…。
聖。
…。
…やれやれ。
最近、長期のバイトに短期で始めたバイトが加わってお疲れ気味なのは理解したけれど。
テーブルに突っ伏す姿は後ろから見ると何処か間抜けで、だけどどこか可愛らしい…と言えなくも無いけど。
そもそもぐーたらで怠け癖のある聖(長期のバイトだって出勤日数はそんなに多くない)がどうしてアルバイトなんてやる気になったのか。
問うと一言、
「蓉子と一泊の旅行に行くんだ」
勿論、私は初耳。
いつ、そんな話になって、いつ、私が承諾したのか。
だけれどそんなの聞く耳持たないし、何よりも行く気満々。
私にも予定と言うものがあって、マイペースすぎる彼女の都合に早々合うわけがない。
「やっぱり温泉かなぁ。
でもあんま遠くは駄目かなぁ。
てか、二人でまったり出来そうなトコが良いよねぇ」
話はどんどん、聖の言葉を借りればどんどこ進んでいく。
と言っても、そこは佐藤聖。
細かい予定、日程とか、行く場所とか。
そんなのは適当。
重要なのは「行く」か「行かない」か。
もっと言えば先立つものが「ある」か「無い」か。
前者は「行く」でほぼ確定気味。
あとは先立つもの。
ただで旅行に行けるほど、世の中甘くない。
何より、タダより怖いものはない。
聖、そんな格好で寝てたら首が痛くなるわよ。
…んん。
寝るならせめて、横になりなさい。
…よー、こ。
聖、ほら。
……。
聖。
…。
…もう。
佐 藤 、思 惑 す 。
大学で同じ単位を取っている女の子がたまたま食堂で旅行のパンフレットを見ていたのがきっかけ。
国内、国外、両方持っていたけれど、とりあえず国内を見せてもらった。
佐藤さんが行くならどこが良い?誰と行くの?
なんて、興味を持たれたりもしたけれど、そこら辺はいつもの愛想スマイルと共に適当なお返事。
でも、恋人と、なんて冗談めかして言ったら少し残念そうな顔をされた。
私ってば人気者だなぁ。
「本当、ばかよね」
なんて、カトーさんに淡々と(おまけに目も向けてくれない)突っ込まれたりもしたけれど。
昂揚深まる…おっと間違った、紅葉深まるこの秋に。
ちょっくら、蓉子さんと旅行なんぞに行きたいなぁ、なんて思ってみたりしたわけです。
聖。
…。
聖ってば。
…。
そんなところで寝ないの。
…。
蓉子の声がする。
それと一緒にゆさゆさと体を揺すられた。
どうせならそっと優しく、欲を言えばおはようのキス付きで起こして欲しいんだけど。
と言うか私、いつの間に寝てたのかしら。
バイトが終わってそのまま蓉子んちに来て(今夜は約束してたんだ、へへ)蓉子のご飯を食べて…はて、お風呂には入ったっけかな?
聖、起きなさい。
…うー。
蓉子と旅行に行くって決めたのは良いけど、実際、そんだけの余裕はあまり無かったりする。
基本、宵越しのお金は持たない主義なんでね。
とか言ったら、ふざけないの、って怒られた事があります。あと行き当たりばったり、とか。
とは言え普段は欲しいものもあまり無いし…蓉子の事はいつだって欲しくて欲しくてたまんないんだけど。
だから、せめて旅行ぐらいは良いんじゃないかと、思うわけなんですよ。
しかも愛しい恋人と行く旅行なんて考えただけでももう、たまらない、じゃないですか。
だから、その為の労力だったら、惜しまないわけなんですよ。
だから。
「は?」
旅行に行こうって言った時、思い切り、急に何言い出してんのコイツは、な顔をされた。
でもそんな顔されるのは予想通りだったからめげない。
けど欲を言えば少しでも良いから嬉しそうな顔が見たかった。
が、そこはしっかり優等生な蓉子。現実はちゃんと見えてます。
私に生活があるように、蓉子にもちゃんと生活がある。予定だってある。学生だからと言って、それなりには忙しい。
それを幾ら恋人だからっていきなり言われて、はいそうですか、と変えられるわけない。
それでも本当に無理な時を除けば、ちゃんと調整してくれる、そんな蓉子が私は大好きです。
だから、そんな蓉子の為に聖さんは頑張ろうと決心したわけです。
ほら、聖。
……ん、よぉこぉ。
こら。
…。
疲れているのならお風呂に入ってからベッドで寝なさい。
じゃないと疲れが取れないわよ。
……いっしょ、なら。
ばか。
全く。
私は行くなんて未だ、一言も、言って無いと言うのに、話ばかり勝手に進めてくれて。
予約とかそこに至るまでの交通手段とかその他細かい事とか、どうせ、私に丸投げするくせに。
いつもそうなんだから、この人は。
……へへ。
もう、勝手になさい。
…んん。
私はちゃんと起こしたからね。
蓉子と。
二人きりで泊まりのお出掛けをして、美味しい物を食べて、ゆっくり温泉に入って。
出来れば誰も居ない温泉で、蓉子と二人きりで。
肩を寄せ合って、と言うか抱き寄せて、ちゅーなんてして。
お布団は…屹度、二つあるとは思うけど、勿論、一つのお布団で寝て。
それで、それで……。
…へへへ、よーこぉ。
体が痛くなったって、知らないんだから。
だらしない顔で眠る聖を尻目に、温かいお茶を飲む。休日前夜の、とても静かな時間。
このまま大人しくしていてくれるなら、それはそれで結構。
何しろ、こんな事は滅多に無い事なのだから。
休みの前の夜はゆっくり寝かせて貰えない事がどちらかと言うと多い。だから今夜もある程度は覚悟していたけれど。
テーブルの端に置かれた旅行のパンフレット(勿論聖が持ってきたものだ)を、何となく、開いてみる。
秋の紅葉、それらを見ながらの温泉、豪華な料理、手ごろな値段、と。旅館やホテルがこぞってアピール合戦。
聖がどうしてもと言うから、もう何度か見たけれど……。
ふ……。
…。
…れ。
…起きちゃったのね。
あ、よーこだ…。
起こしても起きなかったくせに。
……ここ、どこ?
残念ながら、私の部屋。
…。
お茶でも飲む?
…蓉子の部屋!
ええ、然うよ。
……。
なに。
…んーん。
……。
明日は休みだね。
…お茶、飲むの?
もらうー。
ねぇ、聖。
んー?
疲れてるみたいね、最近。
うんにゃ、然うでも無いよ。
なんで?
然う、思っただけ。
大丈夫、だって今日は休み前の日だもんね。
それに…久しぶりだしね。
…。
んーー……ん?
…。
……ねぇ、蓉子。
なに。
紅葉、終わる前が良いよね。
…行くなんて言ってないわよ、未だ。
未だ、ね。
小さく、折り曲げられた頁の角。
その頁の半分にどことなく蓉子好みの可愛らしい旅館が載っているのを私は覚えていた。と言うかそこしか覚えてないのだけど。
こじんまりとしていて、料理もそんなに豪華じゃないけれど、その旅館から見えるとされている紅葉はどの頁のものよりもキレイで。
もっと言えば料金も手ごろで、そんなに遠くない。学生にはとても優しい条件。素晴らしい。
勿論、写真と本物は違う。そんなのは知ってる。でもそんなのはどうでも良いのだ。
要は…気に入るか、否か。それだけなんだからさ。
…何よ、その顔。
この顔は生まれた時からだし。
…はい、お茶。
グラシアース。
今度はどこの言葉よ。
知ってるくせにぃ。
…。
これ、見てた?
…気が向いただけよ。
うん。
必ず、行くんだ。
蓉子と。
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