…暇ね。


   …。










  ラ イ オ ン と 
う さ ぎ










   蓉子は職員室に行ってるし。令は部活だし。
   祥子は家の用事があるとかって言って早めに帰っちゃうし。
   一年生トリオは学年の何だかがあるって事で遅れるって言うし。


   …仕事、すれば?


   其れ。聖にだけは言われたくない台詞ナンバー1。


   あー然うですか。其れは悪ぅございましたね。


   あー。
   ほんっと、ひまー。


   …。


   ねー聖。


   …何。


   うさぎ、てさ。


   …は、うさぎ?


   性欲が強いんだって。


   …だから?


   万年発情期らしいわよ。
   か弱き者が厳しい自然界を生き抜いていく為には、何はともあれ、数を増やすのが一番と言う事なのかしらね。やっぱり。


   …ふぅん。


   オスなんて。人間に対して発情する事もあるらしいわ。


   …へぇ。


   メスはお腹に赤ちゃんが居ても発情する上に、更にもう一度妊娠出来るらしいから。
   場合によっては大きさの違う赤ちゃんをお腹に抱える事になるらしいわ。


   …。


   想像妊娠もするらしいし。
   何かすごいわね、うさぎって。
   ああでも、想像妊娠だったら人間もするんだったっけ。


   …と言うか。
   江利子は何でそんな事知ってるのよ。


   そんな事って?


   うさぎ。


   昨日、テレビで見た。題してうさぎの驚くべき実態。


   何でまた、そんなの見たのさ。


   暇だったから。
   でも、どうやら番組内でのちょっとした特集だったみたいで10分くらいで終わっちゃったんだけれど。


   …あ、そ。


   ねぇ、聖。


   あぁ?


   …。


   何、よ。


   若しも。


   若しも?


   やっぱり良いわ。


   はぁ?
   人の事を呼んでおいて何なのよ、それ。


   あーあ。
   それにしても暇ねぇ。蓉子、早く戻ってこないかしら。
   ねぇ、聖。


   何でわざわざ私に振るのさ。


   別に良いじゃない。


   …。


   あら、無視?感じが悪いわねぇ。


   仕事、しろ。


   そんな事言う聖なんて、聖じゃないわ。


   あーもう。
   さっきから何なんだよ。
   私、これが終わんないと帰れないんだから邪魔すんな。でこ。


   蓉子と?


   あ?


   蓉子と。
   一緒に帰れないの?


   …。


   然うなのね?


   …別に誰と帰ろうと良いじゃない。


   …。


   な、何よ。


   ところで聖。
   それ、何?


   それ…て。


   その書類に書いてあるの。
   ラクガキ?


   …あ。


   何これ。うさぎ?


   ち、違うわよ。


   じゃあ、蓉子?
   なんかこの髪型、蓉子っぽいんだけど。


   …ッ


   あー、分かった。
   蓉子うさぎだ。


   い、いや、違うから…!


   んー…これは蓉子がうさぎと言うより、蓉子にうさぎのきぐるみ着せてると言った方が正しいのかしら。
   なーんか、可愛いわねー。と言うか、聖でもこんなの描くのねー。


   も、もう、見んな!でこ!


   と、言われても。、
   これは書類なんだから。
   基本的には山百合会の者だったら誰もが目を通すものでしょう?
   そんな書類にラクガキしてる聖に問題があるんじゃないのかしら。


   …う。


   それにしても。
   蓉子にうさぎ、ねぇ。
   へーぇ。


   ちょ…ッ
   わざわざ覗き込むな!
   つか、顔が近いって!


   若しかして、とは思うけど。
   これ、聖の願望だったりするわけ…?


   ………。


   寂しいと死んじゃうっていうし。
   こう、ねぇ…。


   …あ、あーもう!


   あ。
   折角、良く描けてたのに。
   蓉子うさぎちゃん。またの名を聖の願望うさぎちゃん。


   う、うっさい…!


   でも。


   だ、だから近いって…


   …若しも蓉子がうさぎのような事をしたら。
   どうする…?


   …は?


   蓉子が。
   聖の足元に、ね。


   よ、蓉子が…。


   そ。
   蓉子が寂しい寂しい欲しいって…身体を、ね…?


   …よーこ、が。


   …なんて。
   蓉子はただの親友、だものねー。
   と言うか蓉子がそんな事する筈も無いし。
   ね、せーい?


   …。


   しかし。
   蓉子にも見せたかったわ、うさぎ蓉子ちゃん。
   見せたらどんな顔したかしら。


   …。


   聖。


   …。


   せーい。


   え…な、何?


   鼻血。


   …え、嘘。


   嘘、


   …。


   じゃ、ないわよ?


   …え。
   おわぁぁ…!


   ちなみに。
   今、私の手持ちのティッシュの在庫は御座いませんから。


   た、垂れる…!ティッシュ…ティッシュ…!!


   鞄の中にはあるのだけれど。面倒だし。


   で、でこちん…!!!


   …何、やってるのよ。
   人が席を外している間に…て。


   あら、蓉子。おかえり。


   蓉子!いいトコロに!!ギブミーティッシュ!!


   ティッシュ?


   ティッシュ!ティッシュ!!


   …貴女。
   ポケットティッシュぐらい、持ってないの?


   良いから!早く!!垂れるから!!


   仕方ないわね。
   …はい。


   ありがと!
   …あー。


   大体、其処に常備してるティッシュもあるのに。


   あ、然ういえば。


   私は知ってたけど。


   …。


   でもどうして鼻血なんて。
   逆上せた?


   …多分。


   ちなみに私は普通にうさぎの話をしていただけ。


   …うさぎ?
   て、あの?


   えぇ、あのうさぎ。
   それから聖がこの書類にラクガキを…


   あ、あーー!


   な、何。


   いや、もう一枚くらい必要かな、と思って。


   好きなだけ使っても良いわよ。


   あ、ああ然う?


   血の気が旺盛だと大変ねー。


   …でこ、後で覚えてろ。


   で。
   ラクガキって何?
   まさか聖、その書類に…。


   え、し、してないよ。
   うん、してないしてない。


   …本当、に?


   …ごめんなさい。
   本当はちょこっとだけしたけど、ちゃんと消しました。はい。


   全く。
   ちゃんと仕事してよね。
   じゃないと帰れないわよ。


   …はい。


   そうそう。
   蓉子と帰れないわよー。


   黙れ、でこ。





   ・





   …聖、大丈夫そう?


   うん、どうやら止まったみたい。
   蓉子、ティッシュありがとう。


   返してくれなくても良いわよ。そのまま持っておきなさい。
   また出るかもしれないし。


   それにしても見事に咲いたわねぇ。
   書類に鼻血と言う名の赤い花。

   
   …折角、仕上げたのに。


   ラクガキはしたけど、ね。


   …本気で黙れ、でこ。


   蓉子、どうする?これ。


   聖には悪いけど。
   原本となるものだから、書き直して貰えるかしら。


   えー。
   修正液で血のところだけ消しちゃえば良いじゃない。


   駄目。
   聖にしてみれば面倒だろうけど、書き直し。
   勿論、書き直すまで帰っては駄目だから。


   …むぅ。


   ところで。
   うさぎの話って何?江利子。


   性欲が強いのよ、て話。
   ね、聖。


   …もう良いよ、それは。


   蓉子も聞く?昨日テレビで見た事なんだけれど。


   遠慮させて頂くわ。


   あらそう?残念。


   …。


   …え、と。
   蓉子、何かな?その目は。


   …別に。


   言っておくけど。
   私の鼻血とうさぎの話は関係ないからね。断じて関係ないから。


   何も言って無いじゃない。


   いや、一応ね…。


   大事な書類にラクガキはしたけど。


   …しめるぞ、でこ。


   じゃあ、うさぎの話の代わりに。
   ライオンの話をしようかしら。


   …ライオン?


   私はこの書類を書き直さないといけないから。
   そんな暇は無…


   ライオンってね。


   いや、人の話を聞けよ。でこ。


   うさぎを食べる時、「美味しそう」とか「お腹が減った」とかじゃないらしいわよ。


   て。
   結局、うさぎかよ。


   何だと思う?蓉子。


   うーん。
   結構、何も思ってないんじゃない?
   三大欲求の一つである食欲を満たす為に捕食するのだろうし。


   夢が無いわねぇ。


   …夢の在る無しの問題なの?


   答えを言うと。
   「かわいい」と言う気持ちから、らしいわよ。


   『かわいい…?』


   「かわいい」「かわいい」と思いながらも、食べてしまうんだって。
   まぁ、最終的には食欲を満たしちゃうのよね。


   いや、と言うか。


   それ、どこまでが本当なのよ。


   さぁ?
   多分、逸話だと思うわ。限りなく胡散臭いもの。


   て、おい。


   その話、何で知ったの?


   兄貴の部屋に転がってた漫画。


   江利子って漫画見たっけか?


   丁度暇だったのよねぇ、その時。今と同じで。


   …江利子、お願いだから仕事して。


   …さーて。
   さっさと書類仕上げて帰ろうかなー。終わったら一緒に帰ろうね、蓉子。


   それは貴女次第ね。それにやるべき仕事は未だ残ってるから。
   出来れば今日中に片付けておきたいのよ。


   明日じゃ駄目なの?


   駄目。


   えー。


   今まで聖がさぼらずにいてくれたら。
   今頃終わってたかも知れないのだけれど?


   …うぃ、がんばりまっす。


   けれど。
   人間だとそれが当てはまると思うのよねぇ。


   …未だ続けるか。でこ。


   …「かわいい」と思いながらは食べられないわ。
   少なくとも私は、人間が食べられるよう調理してあるものでさえ、
   形が残されていたら食べられそうに無いもの。


   別に。
   食欲に限った話では無いわよ。


   え、と…?


   …。


   “食欲”、そもそも“食べる”って。
   他の何かに通じているものがあると思うのよ。


   他の何か…て?


   この言葉の意味するところ、聖なら分かりそうだけれど?
   ねぇ?


   …分からないわよ。


   寂しがり屋のライオン。
   見捨てられて最後はタンポポに見届けられないよう。


   …そろそろ、本気で殴っても良い気がしてきた。


   蓉子。


   何?


   せいぜい、“食べられ”すぎには注意してね。
   必死なさまって案外、“かわいい”とか“愛しい”とかって思ってしまうそうだから。


   ……。


   つか!
   未だ食べてないし!!


   …ッ
   聖…ッ


   いたッ


   ふぅん。未だなんだ。


   よ、良く意味が分からないわ、江利子。
   ねぇ、聖。


   …
蓉子が許してくれたら今日の夜にでも…ていたぁッ


   分からないわよね?聖。


   う、うん。分からないわね、蓉子。


   ふぅん?





   ・





   ごきげんよう。


   ごきげんよ…?


   ごきげんよう。遅くなって申し訳ありません。


   はい、ごきげんよう。


   『…ごきげんよう』


   一年生トリオ、やっと来たわねー。


   すみません、学年集会が長引いてしまって。


   ああ、然うなの。でも志摩子が謝らなくても良いわよ。


   あ、あの…。


   ん、何かしら?祐巳ちゃん。


   紅薔薇さまと白薔薇さま、どうされたんですか?


   どうされたと言うと?


   や、あの、何と言うか…。


   …蓉子、終わったー。


   …ご苦労様。


   凄く、お疲れになっていると言うか…。


   志摩子ー。お茶、淹れてくれるかなー…。
   私と蓉子の分。


   と、私の分もね。


   あ、はい。
   直ぐにお淹れしますね。


   じゃあ、私は…。


   あ、由乃ちゃん。
   生憎今日は二年生は来てないわよー。


   …見れば分かるわよ。
   朝、今日の放課後は令ちゃん部活だって言ってたし。


   ん、何か言った?


   何でもありません。
   志摩子さん、私は一年生の分を淹れるね。


   ええ、お願いするわ。


   あと白薔薇さまはどうして鼻にティッシュを…?


   祐巳ちゃんは鼻血が出た時、ティッシュは鼻に詰めないタイプ?


   あ…。


   よーこー。
   私、もう疲れたー。もー帰りたいー。


   待って。
   今日はここまではやらないと…。


   えー、帰ろーよー…。


   疲れてるのは分かるけど、もう一寸頑張って…。


   あー…。


   どうぞ、お姉さま。
   それから、紅薔薇さまも。


   『有難う、志摩子』


   お姉さま、その鼻…。


   あーこれー…?


   また、おイタなさったのですね?


   …いや、違うし。


   いやいやしたのよ、大いに。


   …おい、でこ。


   ああ、やっぱり。


   て、志摩子…。


   志摩子、私の分は?


   あ、すみません。
   どうぞ、黄薔薇さま。


   有難う。
   祐巳ちゃんもそんな所で立ってないで座ったら?


   あ、はい。
   …それにしても。


   …はぁ。


   …聖、あと少しだから。


   はーい…。


   …お二人がこんなに疲れてるところ、初めて見た。
   しかも白薔薇さまなんて鼻血まで出してるし。
   そんなに忙しかったのかな…。


   ねぇ?