期待など。
初めから、してなかった。
L a r o s e d u c o t o n ’0 9
蓉子、手ぇ出して。
放課後、教室から出てきた私にまるで待ってましたと言わんばかりに声を掛けてきた聖。
その顔は何でか知らないけれどやたらにニコニコ顔。
どうやら今日は藤組の方が早く終わったらしい。
でも、そんな事はどうでも良い。
どうして、と言うか、どうして此処にいるの、貴女。
今日はホームルームが終わったら、特定の用事が無い限り、薔薇の館に即集合。
昨日のうちから然う号令を、聖には特に釘を刺しておいた。
それとも何か、私を待っていたとでも言うのか。
有りえない、大いに有りえない。
放っておけば、直ぐ、ふらふらとどこかに行ってしまう聖。
直ぐに来いと伝えておいても、直ぐに来た例〈タメシ〉なんてほぼ無い。
それでも家には帰ってしまってはいないから、帰っていたら次の日説教決定なのだけれど、探せば必ず何処かに居るわけで。
そうやって校内を探して連行するのはいつも私の仕事。
最近は何処に居るのか、おおよその見当がつくようになってきたのが少し嬉しかったりもする。
なんて、こんな事ぐらいでささやかな喜びを見出している私も、我ながら、莫迦みたいなんて思ってみたりもしている。
でも、そんな事もどうでも良い。
蓉子を待ってたに決まってるじゃん。
さ、手を出して。
いやよ。
えー、なんでー。
どうして出さないといけないの。
だから良いものをあげる、って言ってるじゃん。
いりません。
え、どうして?
良いものだよ?
いらないわよ、しつこいわね。
本当に良いものなのに。
然う言って、わざとらしく、肩をすくめる聖。
そのふざけた仕草に、少しだけ、殴りたい衝動に駆られたのは気のせいにしておく。
大体、こんなところで聖と遊んでいる場合じゃない。
二学期は大きな行事が二つもあって、それこそ夏休みから準備を始めないと間に合わない。
生徒会として、準備を怠るわけにはいかない。
簡単に言えば忙しいのだ、とても。
なのにこの莫迦は一体、何をして何を言っているの。
よーこ。
何よ。
本当にいらない?
いらないって言ってるでしょう。
いい加減、しつこいわよ。
……なんか、ひどいなぁ。
何がひどいのよ。
反応が釣れないこと?
思い切り、無下にしていること?
それとも素直に求めに応じないこと?
でも仕方が無いでしょう。
今日に限ってはその無神経さが、その軽薄げな顔が、とても鬱陶しいのよ、腹立だしいのよ。
何でかなんて、分かっているけれど、認めてしまったら、どうにもならなくなるのよ、だから出来れば顔も見たくないのよ。
莫迦。
私のどこがひどいのよ。
それより昨日言っておいたでしょう。
ホームルームが終わったのなら、薔薇の館に直ぐに行ってなさいよ。
どうせだから蓉子と一緒に行こうと思って。
ちなみに菊組はまだなのよ。
ま、そっちはどうでも良いけれど。
家では、両親に。
それから朝の薔薇の館では可愛い妹が、その友達とその妹は釣られて、そして、今は未だここには居ない親友にも。
父なんて今日は早めに帰ってくるなんて、言って。
誰もが私を想って言ってくれたことで、それはそれで勿論嬉しい。とても嬉しい。
けれど。
本当に良いものなんだけどなぁ。
拳を私の前に突き出す聖。
その顔はいたずらっこが良い考えを思いついた時のような。
それからわざとらしく、うーん、と唸ってみては、ちらりと、残念そうな目を向ける。
何が良いものなのよ。
そんなもの、いらないわよ。
私はただ。
私はただ、貴女に。
…本当は知っているの。
こんな思いを抱く事自体、とんでもなく独りよがりな事だって。
それでも、私は。
ごきげんよーこ。
それがここ、昇降口で今日初めて会った時に聖が私に対して口にした言葉だった。
ちなみに朝の登校時のものでない。挙句、朝の薔薇の館にて、でもない。
4時間目が終わって、昼休みに入り、薔薇の館へ向かう時のもの。
大体、聖と私とでは登校時間が違う。
聖はいつもぎりぎりだから、ゆとりを持って登校している私とは先ず会うことはない。
ほぼ毎朝ある筈の、生徒会活動の時にも、だ。
けど、そんなことすらもどうでも良いのだ。
今日は。
ねぇねぇ、本当にいらない?
しつこい。
蓉子なら喜んでもらってくれると思ったのに。
私をなんだと思っているの。
んー、親友?
は。
え、何、今鼻で笑った?
あの紅薔薇さまが?
白薔薇さま。
いやいや、まさか、あの紅薔薇さまが
無駄口も結構ですけれど、出来れば速やかに薔薇の館へ移動願いますわ。
なんで怒ってるの?
怒ってないわよ。
じゃあなんで苛々しているの?
苛々もしてません。
じゃあなんでそんなに釣れないの?
いつもどおりよ。
いやいや、いつもだったら、さ?
付き合ってくれるじゃない?
付き合ってるつもりは、無いわ。
ええ、そうだったの?
ああ、うるさい。
良いものあげる、としつこい聖を半ば無視して薔薇の館に向かって歩き出した私に、聖は後ろから付いてきては言葉を投げる。
探して連行する手間は省けるけれど、これはこれで鬱陶しい。
にへらにへら、と、笑っているその顔は憎たらしい。
いっそ振り返って、歩み寄って、その緩んだ頬を思いっ切り抓くってやろうかしら。
蓉子。
私は薔薇の館に行くのよ。
こんなところで貴女に付き合ってる時間は無いの。
私も行くんだけどな、薔薇の館に。
さっさと行きなさいよ。
と言うか蓉子と行っている最中なんだけどな。
一人で行って。
私なんか待って無くても良いから。
いや、今日は蓉子と行かないと。
……。
だから一緒に行こうよ。
……。
結局、私は無視をする事に決めた。
このまま行けば、何もしなくても聖は、本人から薔薇の館に来てくれるのだ。
こんなに手間が省ける事、無い。
薔薇の館に着いたら先ずはあの仕事をしてもらおう。
それから…然う、あれも。
考えている間も聖の声はなんだかんだと絶え間無く聞こえてくる。
…これだけ上機嫌なのは珍しいかも知れない。
けれど私は仕事についてだけを考えて、“他の事”については意識の外に無理矢理追いやった。
紅薔薇さま。
出来れば返事をして下さいませ。
薔薇の館まであともう少しのところで。
そこで初めて聖の手が私の手首を掴んだ。
だけれど歩む足は止めない。
聖はそれでも諦めない。掴まれた手首が少し痛いと感じるくらいに強く握られる。
けれど私の足も止まらない。
蓉子。
…な。
今までの、ふざけた、軽い声では無い声、少し低い声で、名を呼ばれて。
呼ばれたと思った時には、後ろに強く引っ張られていた。
その事で私は均衡を崩して、
…怒らないで。
………。
気付けば、後ろから私の体に聖の腕が回されている姿勢。言わば、抱かれている、と言っても過言ではない姿勢。
自覚した途端に、かぁ、と顔が熱くなり。
頭の中が一瞬、真っ白、になる。
私達は、今、何を、しているの。
私は、聖に、今。
良いもの、いらないのは分かったから。
……。
いいもの。
それがどんなものか、私は知らない。
だけど。
聖曰く、いいもの、らしいけれど、それは私が望んでいるものじゃ、屹度ない。
でもね、蓉子、好きだと思ったから。
だから。
………。
あー……だから、なんだ。
その、おめでとう、蓉子。
…っ。
今日、誕生日だったよね。
確か。
……どうして。
どうして、て。
…友達、だから、かな。
………どうして、今なの。
いや、と言うかさ?
今日は何だかやたらに話しかけ難い雰囲気を醸していたじゃない、蓉子。
お昼の時だって…?
……。
え、あ、よ、蓉子…?
…ああ。
全ては己の独りよがりのせいであって、聖のせいなんかじゃない。
単なるわがままだ。所詮叶わない事だと勝手に決め付けて、駄々を捏ねていたのだ。
だったらいっそ、欲しいと言ってしまえば良いのに、それも出来ずに。
突っぱねて、拒絶して、聖にしてみればわけが分からないにも程があるだろう。
…然う。
全ては臆病で我侭で天邪鬼な私の。
あー、え、と。
とりあえず大丈夫ですか。
……。
吃驚した。
いきなり重くなったから。
…重くて悪かったわね。
いや、そういう意味でなくて。
……。
ふふ。
…何よ。
蓉子の躰の重み、知っちゃった。
………。
私が初めて、だったら良いな。
…莫迦でしょう。
いや、至極真面目に言ってるんだけど?
やっぱり莫迦でしょう。
そうでもないよ。
莫迦よ。
あら、ひどい。
……もう、大丈夫だから。
離して。
私としてはもう少しこのままが良いのだけれど。
私としてはもう結構なのよ。
そ、残念。
……。
ねぇ、蓉子。
…何。
やっぱ、あげる。
……。
プレゼント、なんて、大それたもんじゃないけど。
手、出してくれると嬉しいな?
…。
ね?
…出すまで、ずっと言い続けるつもり?
さて、それはどうかな?
……仕方が無いわね。
貰って上げるわ。
ふふ、そーこなくちゃね。
で?
はい、あげる。
……これ。
飴ちゃん。
いつも、眉間に皺を寄せている蓉子へ、糖分のプレゼント。
……。
いや、さぁ。
クラスの子に貰ったのは良いんだけどね。
……。
特濃、て書いてあるし、凄く甘そうだから、蓉子にあげようと思って。
…つまりは自分の好みではないから、私に押し付けると。
違う違う。
純粋なる親切心から。
………。
ね、貰って?
…。
ほら、また眉間に皺が寄ってる。
折角の誕生日なのに。
全部、貴女のせい。
あら。
本当、莫迦みたい。
私が?
それとも?
教えない。
あれま。
聖。
ん。
飴、貰ってあげるわ。
おー。
ミルクキャンディ、ね。
ね、甘そうでしょ?
ええ。
だから、蓉子に。
折角だから舐めてみれば良いのよ、貴女も。
甘いのは蓉子の方が似合う。
どういう意味?
私に甘い。
……。
なんて、少しは自惚れてみようと思いまして。
思い違い、に改めた方が良いと思いますわ。
またまた、ご冗談を。
いいえ、私は本気ですわよ。
ま、あれだね。
思うのは自由だよ。
誤解されてる身としては、不愉快だけれど。
本当に?
…。
…ともあれ。
誕生日おめでと。
…ありがとう。
だけど、何故?
友達だから、て。
言ったよ。
初めて、だから。
そうだっけ。
そうよ。
一度くらいは言った事ある、と思うけど。
言った事、ならね。
ふむ。
お祝いしてくれたのは、今日が初めて。
そうかな…いや、そうかも。
聖。
ん。
ありがとう。
…いいえ、どういたしまして。
薔薇の館に急がないと。
誕生日くらい、急ぐのは止めたら良いのに。
この時期、生徒会がとても忙しいのは貴女でも一応、知っている筈よ。
白薔薇さま。
そうでしたわね、紅薔薇さま。
けれど。
…。
今日と言う日くらいは。
少しだけのんびりしても良いと思うよ、蓉子。
……貴女と?
私とで宜しければ。
ま、プレゼントにもならんけどね。
……。
ま、無理な相談かも知れないけれど。
ねぇ、聖。
うん。
ありがとう。
それ。
さっき、聞いたよ。
もう一度、言いたくなっただけ。
そ。
…。
今日も。
良い天気、だ。
ええ、そうね。
初めから期待など、してなかった。
期待など……してはいけないとさえ思っていた、から。
そろそろ、行く?
そろそろ、行かないと。
分かった。
珍しい。
ん?
貴女が簡単に応じるなんて。
誕生日だからね。
誕生日じゃなくても、応じて欲しいものだわ。
それは難しい相談ですね。
全然、難しくなんかないわよ。
いいや、難しい。
難しくない。
だって蓉子とかくれんぼ、出来なくなっちゃう。
何よ、それ。
探して貰うの、結構、楽しいのよ。
迷惑な人ね。
蓉子だって楽しんでるくせに。
楽しんでません。
ま、いっか。
それでも。
良くないわよ。
だって、なんだかんだ言ってても蓉子は私を探してくれるから。
屹度、いつも。
……。
ねぇ、紅薔薇さま?
…全く。
本当に仕方の無い白薔薇さまだわ。
・
ごきげんよう。
ごきげんよう、また明日。
あー、今日も疲れた疲れた。
疲れるほど、仕事して無いじゃない。
いや、私にしてはした方。
ならば、もっと頑張って頂戴。
厳しいなぁ。
普通、よ。
ふぅん。
ふぅん、て。
蓉子、さぁ、帰ろう。
私は祥子と帰るから。
祥子、悪いけれど。
今日は私が蓉子を貰うよ。
白薔薇さま、お姉さまをまるで物のように仰るのは止めてくれませんか。
お姉さまは物ではございません。
じゃあ、今日の蓉子は私と帰るから。
それで良い?
…。
さ、蓉子、一緒に帰ろう。
勝手な事を言わないで頂戴。
仕方ない、じゃあ三人で帰ろう。
聖。
何、三人でも駄目?
と言うか私が一緒じゃ駄目?
私、除け者?
然う言うわけでは無いわ。
けれど
けれど、何?
あ…。
ねぇ、何?
か、顔が近いわよ。
そう?
そうよ、離れて。
…どうしようかな。
早く離れて。
やだ、て言ったら。
蓉子はどうするかな。
あ、ちょ、一寸…。
白薔薇さま。
うん?
私は一人で帰りますわ。
然う?
祥子、
お姉さま。
今日の白薔薇さまは、いつも以上に、何を言っても無駄だと思いますわ。
だからって何も
いいえ。
今日はお姉さまのお誕生日ですから。
……それと。
何の関係があると、
祥子、分かってるね。
……。
じゃ、折角だし。
お言葉に甘えて二人で帰ろう、蓉子。
あ、こら、離して。
ごきげんよう、お姉さま。
あ、祥子…。
ごきげんよー、祥子。
また明日ね。
…ごきげんよう、白薔薇さま。
待って、祥子。
…お姉さまは。
今、ご自分のなさっている顔にお気付きになって…
え…。
いいえ、何でもありません。
それではお姉さま。
…。
じゃね、気をつけて帰るんだよ。
有難う御座います。
では、ごきげんよう。
祥子。
はい、何でしょうか。
…ごきげんよう、また明日。
はい、お姉さま。
朝晩は結構、涼しくなってきたよねぇ。
まぁ、暑い時もあるけどさ。
…。
聞いてよ。
昨日寝ている間に布団蹴っ飛ばしちゃったみたいでさ、寒さで目が覚めたんだよねー今朝。
…。
第一声がさむっ、だよ?
いやぁ、参った参った。
…。
これからはもう、寒くなっていくだけなのかな。
…。
今年の夏は暑かったけれど、でも、それも遠くなって忘れちゃうんだろうなぁ。
…。
海にでも行けば良かったかなー。
勿論、二人で、さ?
…。
ねぇ、蓉子。
蓉子も然う思わない?
…。
そうだ。
いっそ、今から行っちゃう?
眺めに行くだけなら、一年中大丈夫なわけだし。
…。
残念なのは蓉子の水着姿が見れない事だけど、ね?
蓉子のビキニ姿とか、見てみたいなぁ。
…。
…きれい、なんだろうな。
…。
なんて。
もう、何言わすかなー。
…。
…。
…。
蓉子。
…何。
どうして喋らないの。
…でも、聞いてるわ。
相槌ぐらい、打ってよ。
一人で喋ってるみたいで淋しい。
…頷いているとは思うけど。
言葉で返して。
…海には行かないわ。
分かってるよ。
そんな真顔で言わなくても。
…。
学校だったら、もっと反応してくれるのに。
…今だってしてないわけではないわ。
そうかもしれないけど、でも、してないに等しいよ。
…どうしろと言うのよ。
蓉子も何か話してよ。
…別に無いもの。
話したくない?
…そういうわけじゃないわ。
…。
…。
…蓉子、さ。
…うん。
手、繋いでも良い?
……え?
話すことが無いのなら。
ちょ、一寸待って。
どうしてそうな
…二人で帰ってるんだから。
あ…。
こうしてれば、淋しさも感じない。
は、離して。
…。
せ
今日、は。
…。
蓉子が生まれた日、なんだね。
……。
18年前の今日。
……。
蓉子、私よりお姉さんになっちゃった。
…三ヵ月後にはまた、同い年よ。
うん。
…。
…。
…聖。
ん…。
手…。
……だめ、かな。
……。
蓉子の手、あったかい。
…私の手は手袋代わり?
はは。
流石にそれは未だ早いかな。
…。
暫くの間だけで、良いよ。
…暫くの間だけ、ね。
そう、暫くの間だけ。
…だから。
……。
こういう繋ぎ方をしても良いと思うんだ。
……。
……。
……聖。
なに。
暫くの間だけ…だから。
うん。
……聖。
なに?
……昼間に貰った飴。
…ああ。
とても甘かった、わ。
そっか。
やっぱり舐めなくて良かった。
…。
…もうすっかり、秋だね。
…ええ。
おめでと、蓉子。
…ありがとう、聖。
コットンローズ・・・芙蓉(アオイ科)の別名。
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