あなたが分からないって、言われた。


   だから、私も君が分からないって言った。















  B e y o n d  t h e  S k y















   …くはぁ!
   やっぱ蓉子んちで飲む酒は違うなぁ!


   変わらないわよ、味そのものは。


   いやいや、何の。
   自分の部屋で飲むのと、他の人と飲むのと、蓉子んちで蓉子と飲むの。
   一番は蓉子んち。


   あ、そう。


   蓉子手作りのつまみなんて最高だね。


   ただの茄子の浅漬けだけれど。


   手作りには変わりない。
   最近はそこらで買ってきて済ませようと言う輩が多すぎる。


   それは身近な話?


   もう身近じゃない。


   何よ、またなの?


   また、と言えば、まただね。


   だから突然押しかけてきたのね。


   居ても、押しかけて来るよ。
   私は。


   …あのね、貴女は何を考えてるのよ。


   何を考えたら良いんだろう?


   少しは相手の気持ちを考えなさい。


   気持ち、ね。
   そうね、はいはい。


   貴女のそういうところが駄目なのよ。


   と、言われても。
   私は昔からこんなもんだもんなぁ。


   あなたの気持ちが分からない。
   大抵、そうだったでしょうが。


   今回も、です。


   言葉は悪いけれど。
   釣った魚に餌をやらない、のは最低よ。


   餌はやってるつもりなんだけどなぁ。


   気持ちが大事なのよ。


   ふぅん。


   ふぅん、て。


   蓉子こそ。
   どうなの?


   私?


   いい加減、一人や二人出来た?


   一人や二人、て。


   私達、三十も過ぎて四捨五入したらもういい歳じゃないねぇ。


   …。


   結婚とか。
   考えてないの?


   ……。


   ま、蓉子の場合は一人でも食っていけるからね。
   堅実なキャリアと確実たる貯蓄で。


   …嫌味な言い方ね。


   うんにゃ、凄いなって言ってるんだよ。
   学生時代と何ら変わってない…。


   …聖こそ。
   どうするのよ、これから。


   一応、収入のアテはあるから平気。


   …。


   あれ、なんかまずった?


   …何かやましい事でもしているのでは無いでしょうね。


   そこ、疑う?
   信用、無いなぁ。


   …。


   大丈夫だよ。
   みんな、大人だから。


   …聖。


   なんて、ね。
   バイト、始めるんだ。


   なんの?


   普通の。


   普通って?


   蓉子さんちのお手伝いさんでもしようかな、とか。
   住み込みで。


   は?


   とりあえず見返りはごはんで良いです。
   是非、雇って下さい。


   …それ、本気で言ってる?


   言ってるって言ったら、どうする?


   然う。
   本気で無い事は分かった。


   え、なんで?


   ふざけた話はここまでにして。


   ふざけてないんだけどなー。


   貴女こそ、そろそろ落ち着いたらどうなの。
   もう、良い歳でしょうが。


   同じ、だけどね。


   然うよ。
   だから言っているの。


   同性同士だと結婚は出来ませんから。
   あ、他所の国に行けば可能か。


   ……。


   ま、そんな物好き居ないだろうけどね。


   …貴女がもう少し、誠実さを見せれば。


   誠実って何?
   私は愛してるくらいの言葉なら吐いて捨てるほど言ってきたつもりだよ。


   それがいけないのよ。


   …。


   吐いて捨てる、だなんて。
   まるで気持ちが篭ってないみたいじゃない。


   …なるほど。
   上っ面だけだと。


   …そうよ。


   じゃ、聞くけど。
   蓉子は他人の気持ちなんて分かるの?
   恋人とは言え、赤の他人を。


   …。


   全てが分かると言うの?


   …それは無理だわ。


   そうでしょう?


   …でも。


   気持ちが分からない、なんて。


   …。


   そんな事を言う人間こそ、自分の事しか考えていないんだわ。


   …それは違うわ。
   貴女が好きだからこそ、愛しているからこそ、


   …恋人だからって。
   何でも分かるなんて、そんなの詭弁だよ。


   ……。


   …はーぁ。


   …聖。


   今夜は泊まっていくから、よろしく。


   ……お風呂、沸かしてくるわ。
   貴女はアルコールが入っているから


   蓉子は?
   明日も早いんでしょ?


   ええ、だからいつまでも貴女の世話を焼いているわけにはいかないの。


   ……。


   …何よ。


   …いやね。
   考えてみれば蓉子に恋人なんて出来て同棲なんかしちゃったら、こうして押しかけてくるコトも出来なくなっちゃうんだな、て。


   ……。


   そっか…。


   …貴女は


   ま、そん時はそん時かなぁ…。


   ……聖。


   ん?


   横になるのは構わないけど。
   そのまま寝ないでね。


   大丈夫、今夜は蓉子と同じベッドで眠るつもりだから。


   お布団、勿論出すわよ。


   良いじゃない、たまには。


   たまには、じゃない。


   つれないなぁ。
   そんなんだから恋人が出来ないんだよ。


   直ぐに身を許す、そんな緩い女になんてなりたくないわ。


   …。


   何。


   いや、そうだなって。
   蓉子がそんな女になるの、確かに嫌だわ。


   …。


   ねぇ、蓉子。


   ……何よ。


   出来れば、そのままの蓉子で居て。
   ずっと。


   …それは。


   ん…?


   押しかけ先が無くなってしまうと困るからでしょう?


   …。


   でしょう?


   …へへ、正解。


   全く。
   人を何だと


   蓉子。


   …。


   …。


   ……なに。


   …いや。


   ……言っておくけど。
   慰めてなんか、あげないわよ。


   …慰めなんて、要らない。
   必要無いから。


   ……。


   …だけど。


   …。


   ……少しで、良いから。


   …それを慰めと言うのではなくて?


   ……。


   ……。


   ……。


   …貴女はそうやって。


   ……蓉子は昔から。


   ……。


   ……もっと、違う道を行けたかな。


   ……。


   …若しも。


   ……何かを始めるのに。


   …。


   遅いなんて、屹度、無いわ。


   ………そう、かな。


   …ええ。


   ……。


   ……。


   ……蓉子。
   私は…


   …お風呂、沸かしてくるわ。
   さっきも言ったけれど明日も早いのよ。


   ……。


   ……離して。


   ……分かった。


   ……。


   ……。


   ………ねぇ、聖。


   …ん。


   お布団、今夜は用意してあげないわ。


   …雑魚寝?


   貴女がそうしたいのなら。


   ……。


   ……。


   蓉子。


   ……。


   …好きだよ。


   ……それは親友として、でしょう?


   …さぁ、どうかな。


   アルコールが入っているから。


   ……酒の力って時に偉大過ぎると思うよ。
   特に私みたいなヤツには…ね。


   ……。


   ……。


   ……聖。


   …なに。


   愛しているわ。


   ……。


   なんて。
   言うと思って?


   ……いんや、思わない。


   でしょう?


   だって蓉子だもの。


   ええ、そう。


   ……そんな蓉子が好きだよ。


   …嫌い、じゃないのかしら?


   今は、ね。


   ……私は。


   …。


   そんな聖が好きよ。


   ……それは親友として?


   さぁ、どうかしらね。


   ……ありがとう。


   別にお礼を言うところでは無いでしょう?


   良いんだ、そんな気分なだけだから。


   そ。


   ……お風呂、一緒に入っても良い?


   ばか?


   …ちぇ、残念。


   入るのなら大人しく、シャワーだけにしておきなさい。
   良いわね。


   はーい。








   聖。


   …。


   聖。
   寝てるの。


   ……んー?


   お風呂、先にどうぞ。
   と言っても湯船に浸かっては駄目よ。


   ……。


   聖。


   …蓉子が先に入りなよ。
   蓉子んちだし…。


   眠いのなら先に


   …ようこといっしょなら。


   …。


   ほら、ふらふらのまま入ったら、あぶないでしょ…?


   先に入るわ。


   …うん、その方がいい。
   いってらっさい。


   寝ないでよ。


   おこしてくれればいい。


   …。


   熟睡は、しないさ…。


   熟睡したら。
   一人で眠れるから良いわよ。


   あらら…。


   体、痛くなると思うけど。
   私の知った事では無いから。


   きびしいなぁ…。


   …。


   ま、ゆっくりしておいで…。
   つかれ、とらないとね…。


   言われなくても。


   へへ、いってらっさーい…。


   …全く。


   ……ん、あれ。


   薄掛け。
   感謝しなさい。


   ……そんなようこがすき。


   ばぁか。


   …いたい。


   そのまま寝ちゃえ、って意味よ。


   …そーきたか。


   じゃ、おやすみなさい。
   良い夢を。


   …ようこといっしょにねるから。


   …。


   寝るわけには、いかないんだ。
   絶対に。


   ……言ってなさい。








   …。


   …ふぅ。


   …。


   聖。


   …あぁ。


   寝ちゃったみたいね。
   残念だわ。


   …おきてるよー。


   そ。
   じゃあ宜しければシャワー、どうぞ。


   …。


   なぁに?


   …いや、正視出来ないな、て。


   は?


   …や、何でもない。


   はい、着替え。


   …。


   貴女が泊まりにくるたび、貴女のものが増えるのは何故かしらね?


   …洗濯、しておいてくれてるんだよね。


   一応、ね。


   …そか。


   何よ、にやにやして。


   …してた?


   してた。


   …正直者、ですから。


   しかし。
   改めて見ると結構、飲んだわね。
   そんなに飲んだ貴女を見るの、久しぶりだわ。


   …へたれ、ですから。


   何の話?


   意気地が無いんですよ、私は。


   知ってるけど?


   …蓉子は意地悪になったなァ。


   人聞き、悪い。


   あいた。


   シャワーも無理そうなら、もう寝なさい。
   このまま。


   ……いや。


   ん?


   このままじゃ……流石に、ね。


   …。


   よいしょ…とと。


   一寸。


   ……はは、悪いねぇ。


   全くだわ。
   酔っ払いは基本、嫌いよ?


   …知ってる。


   ほら、しっかりして。


   …無茶言うなぁ。


   こんなになるまで飲んで。


   …へぇ。


   全く、仕方が無い人ね。
   とりあえず、座って。


   はーい…。


   お水、飲む?


   …うん。


   じゃ、一寸待ってて。


   ……。


   …聖。


   …んー?


   やっぱり、何でもない。


   ……。


   はい。


   …ありがと。


   …。


   …。


   …ほっぺた、赤い。


   …酔っ払いですから。


   それだけ?


   …それだけ、ですよ。


   ふぅん。


   ……あんまり、見ないでくれるかな?


   私、貴女の顔が好きなのよ。


   ……さいですか。


   ええ、そう。


   ……楽しそうですね?


   楽しいわ。
   仕方が無い人過ぎて。


   ……ふぅ。


   少しはさっぱりした?


   …ん、大分。


   そう。
   それは良かった。


   …さて、と。


   大丈夫?


   …おかげさまで。


   無理はしないでよ?


   言うほど、飲んでないから。


   なら、良いけど…。


   …心配なら。


   まさか見張ってるわけにはいかないでしょう?


   …そうきたか。


   生憎、私はもう入っちゃったもの。


   …じゃあ、さ。


   ん?


   それなりにやばそうな時間になったら、見に来て。


   倒れてたり?


   のぼせて…ね。


   そうならないコトを願うわ。


   なったらなったで看病してもらえるかな…。


   莫迦な事、言わないで。


   …ごめんなさい。


   聖。


   …はい。


   今日はもう、寝なさい。


   …。


   やっぱり心配だから。


   …いやだ、寝ない。


   聖。


   だって、こんな機会…もう。


   …。


   ……ああ、かっこ悪い。


   そんな貴女が好きだから。


   …。


   また赤くなった。


   …蓉子さんはいつからそんなになったんですか。


   あら、私はこんなものよ?


   …。


   着替えくらいなら一人で出来るでしょう?


   ……でも。


   焦る必要なんて、無いもの。


   …。


   ね、そうでしょう?


   ……。


   もう、そんな顔して。


   ……だって。


   仕方の無い人…。


   ……ん。


   …お酒のにおい。


   ……とりあえず。
   歯磨き、してきます…。


   はい。








   …。


   ……聖。


   …はぁい。


   なかなか戻ってこないと思ったら。


   …。


   で?
   酔いは大分、醒めたかしら?


   …随分と。


   その代わり、風邪をひいてしまいそうね。


   …いや、さ。
   やっぱシャワーぐらいは浴びようと思って。


   …。


   だって、さ…。


   未だ、許したわけではないわ。


   ……。


   ん…?


   …いや、そういうつもりでは。


   無かった…?


   …。


   全然?


   ……意識、と言うか少しだけ期待はしてたけど。


   少しだけ?


   ……や、かなり。


   …


   あ、いや…ごめんなさい。


   ふふ。
   おかしな人。


   ……。


   酔いが醒めたのなら、シャワー、浴びちゃいなさい。
   体、温めないと。


   うん…。


   さぁ、早く入って。


   …。


   聖?


   …本当に、良い?


   …。


   良いの…?


   …何が?


   ……。


   聖は…どうなの?


   ……私は。


   でも…そうね。
   比べられるのは、いや、かしら。


   …!


   …色んな人と付き合ってきただろうから。


   そんなこと、しないよ…ッ


   …そうかしら。
   無意識にでも…


   寧ろ、蓉子だったらって…ッ


   …。


   蓉子の躰だったらって…っ


   …はぁ。


   思ってばかり…で。


   聖。


   ……。


   最低よ。
   それは。


   ………でも、どうしても離れなかったんだ。


   …。


   蓉子の言うとおり。
   誠実さなんて、一欠けらも無かったのかも知れない。


   …。


   ……紛らわせるだけ、だったんだ。
   思えば、満たされることはただの一度も無くて。


   …。


   ………最低かなぁ、やっぱり。


   …。


   ……ごめん、蓉子。


   …。


   ごめん…。


   …全く。


   …。


   貴女はどこまで私に心配させれば気が済むのかしら。


   ……え。
   あ…。


   ほら、こんなに冷たくなってるじゃないの。
   さっさと入りなさい。


   …あ、いや、でも。


   貴女が最低だろうが、何だろうが。
   もう、何でも良いわ、今は。


   …。


   私の事、好きなんでしょう?


   あ、や…。


   そして私も…貴女が好きなのよ。
   どうしてなんか、知らないわ。


   ……。


   …さぁ、早く入って。
   看病だって何だってするけど、でも、苦しいのは嫌でしょう?


   ……蓉子。


   今は、だめ。


   ……。


   ……ベッドの中でなら。


   …あ。


   幾らだって…出来るでしょう?
   だから…。


   ……。


   だから、早く中に入って。
   躰を温めて。


   ……蓉子に温めて欲しい。


   …。


   …けど。
   さっぱりしてからにするよ。


   …ええ。


   …。


   …。


   …蓉子。


   …なぁに。


   愛してるよ。


   …。


   ……もう、止めた。


   …何を?


   分からない振りをする、の。


   …。


   私は蓉子が好きだから。


   …然う。


   ああ、莫迦みたいだ…。


   …本当にね。


   …。


   本当、莫迦みたいね。
   私達。


   ……うん、本当に。


   …。


   …。


   …愛してるよ、蓉子。


   …ふふ。


   え…あ、れ。


   吐いて捨てる言葉?


   ……蓉子なら拾ってくれる。


   貴女って人は。
   呆れて何も言えないわ。


   …初めてだよ。


   …。


   愛してるって言うのに…こんなに緊張するの、は。


   …。


   ……愛してるよ。


   ……。


   愛してるよ、蓉子……。


   ……。


   ……蓉子。


   ……聖。


   よ…くしゅんッ


   …とりあえず。
   体を温めるのが先。


   …はぁい。








   …。


   …。


   …聖?


   …。


   出たのなら、何か言ってよ。
   吃驚するじゃないの。


   …。


   なぁに?
   髪の毛、またちゃんと拭いてな…?


   …。


   ……シャツ、ちゃんと渡したわよね?


   …。


   折角、温まったのに。
   意味が無くなってしまうじゃないの。


   ……。


   聖?


   ……はぁ。


   どうしたの?
   もしかして言葉を忘れてしまった?


   …。


   …それとも。
   緊張、しているのかしら…?


   …ッ


   ん…?


   蓉子…ッ


   …。


   蓉子…、蓉子…。


   …良かった、私の名前は忘れてない。


   …。


   ね…?


   …蓉子、
   私は…私は…ッ


   …。


   愛してる…愛してる…。


   …行きましょう。


   …。


   二人で風邪をひいてしまったら。
   貴女の世話が焼けない。


   …蓉子、は。


   貴女が居てくれるんでしょう…?


   …。


   …私を。
   温めて…聖。















   …。


   …。


   …ああ。


   ……ふるえてるわ。


   …うん、自分でも分かる。


   さむい…?


   …だったら、良かった。


   ……いえ、だめだと思うわ。


   …はぁ。


   …。


   …。


   …い、た。


   あ、ご、ごめん…。


   ……ふふ。


   ……。


   すごい汗。


   ……かんべんして。


   慣れてるハズなのに。


   …初めて、だよ。


   うそつき。


   …蓉子に触るのは、初めてだよ。


   …。


   ……ぜんぜん、だめだ。


   ……萎えた?


   じゃ、無くて…ッ


   …。


   …と言うかさ。


   うん…?


   …なんで、そんなに余裕なわけ。


   …余裕?


   随分、落ち着いてるよね…。


   …。


   ……ああ、殺してやりたい。


   …一寸。


   蓉子をこんなにしたヤツが居るんだ…私の蓉子、に。


   ばか。


   ……。


   貴女がそれを言ったら…私はどうすれば良いの?


   ……。


   聞かされるたび……悲しくなっていた私は?


   ………なってた、の?


   聞き返す?


   ………ごめん。


   …それに。


   ……。


   興味が持てなかったから。


   ……興味?


   他人に。


   …。


   私、良いのは外面だけだったみたいなの。


   ……一寸、待って。


   止める…?


   いや、そうじゃなくて…!


   おかしな人ね…?


   いや、だから…。


   私、いつ、そんな話を聞かせた事があった…?


   ……!
   いや、でも


   あなた、自分で言ったのよ。
   一人や二人ぐらい…て。


   え、え、えぇ…??


   ふふ、変な顔。


   う、嘘でしょ?


   と言うか、どっちなのよ。


   へ…。


   居た方が良かった…?


   い、いや…ッ


   じゃ、良いじゃない。
   それで。


   で、でも…え、ええ?


   …もう、煮え切らないわね。


   だ、だって……蓉子ってば凄くもてそうだ、し。


   ま、全く無かったわけじゃ無いけれど。


   ……。


   …でも長続きはしなかったわね。


   ……。


   少なくともこの部屋には絶対、入れなかった。
   入れたくなかった。


   ……蓉子。


   かと言って、相手の部屋にも行きたくなかった。
   貴女じゃない他人にそこまで関わりを持つのは嫌だった。
   貴女の言葉を借りれば…分かろうなんて一度も思った事は無いわ。
   最低でしょう?


   …。


   聖のこと、言えないのよ。
   私は。


   …蓉子。


   いい歳して。
   有りえないかしらね、やっぱり。


   ……。


   …これでも。
   結構、真面目に悩んだりもしたのよ…?


   ……蓉子、は。


   …。


   さびしくならなかったの…?


   淋しい…そうね、淋しかったかも知れないわね。
   だって手に入れる事は無いと思っていたから。


   ……。


   代償の愛なんて、要らない。


   …すごいな。


   凄くなんか、無いわよ。


   私には、無理だ…。


   とっかえひっかえ、だったものね?


   …その通りです。


   基本は人見知り、なのよね。
   何より…自分の裡には決して、踏み入れさせない。


   …それを破ってくれたのは蓉子だけよ。


   おかげで何度も喧嘩したわね…。


   …。


   …少しは、落ち着いた?


   ……分かんない。


   くす。


   …ああ、もう。


   聖。


   ……?


   ここよ。


   え、な、何…。


   …ここに、触って。


   え、あ、あ…。


   …今度は握らないで。


   ……。


   優しく…


   ……蓉子。


   ………触れて。









   ……。


   ……。


   ……あぁ。


   せい…。


   …どうしよう。


   なにが…?


   ……しにそうだよ。


   …?


   ようこがとなりにいる…。


   …。


   こんなにちかくにいる…ゆめ、みたい。


   …ゆめじゃ、ないわよ。


   ……いたい。


   ね…?


   ……こてんてき。


   でもわかりやすいでしょう…?


   ……。


   でも、せいって。


   ……なに。


   いがいと、おんなのこなのね。


   …おやじくさくてわるかったね。


   おこった…?


   ……べつに。


   じゃあそっぽむかないで。
   こっち、むいて。


   …。


   ね、せい…。


   ……。


   …ふふ。


   ああ、ようこは…。


   …ん。


   ……。


   ……くすくす。


   …わらわれてばかり。


   だってせいったら…。


   …。


   きんちょうしたり、どもったり、ふてくされたりで…かわいいんだもの。


   ……。


   ほんとうに、かわいいひと…。


   …ようこのほうがかわいいよ。


   そういってくれるのはせいだけよ。


   みるめがなさすぎるヤツばかりで、よかった。


   …。


   …。


   …ふふ、きもちいい。


   …くっついているだけなのに?


   ええ…ゆめのようだわ。


   …ゆめじゃ、ないよ。


   …うん。


   ……。


   …なに。


   まつげ、ながい…きれい。


   …あなたも。


   …。


   …。


   ……ねぇ、ようこ。


   …うん。


   にばい、だね。


   …にばい?


   じゅうはちのころ、から。


   ……あぁ。
   そうね…。


   はやかったな…。


   たしかにあっというまだったわね…。


   …。


   …。


   いまのねんれいにじゅうはちをたしたら…ごじゅう、すぎちゃうんだ。


   …やめてよ。


   …けど。


   …。


   そのときもいっしょだったらいいな…。


   …。


   ……いっしょに。


   …。


   ……へんじ、してくれないの?


   …。


   ようこ…。


   ……そのために。


   …。


   いっしょにいるために、できること…かんがえてたの。


   ……できる、こと。


   でもいちばんたいせつなのは…。


   ん…。


   ……いっしょにいたい、と。
   おもうきもちなのかもしれない…。


   …。


   …。


   ……いっしょに、いて。


   ……うん。















   ・















   …ふ。



   ……。



   ……?



   …よ…こ?



   ……ようこ。



   ……。



   ようこ…!








   あ、起きた?


   …。


   なぁに、その顔?


   …。


   でも良く起きられたわね?
   まだ六時半にもなってないのに。


   …蓉子。


   少しは起きられるようになったのかしら?


   …。


   着替え、畳んでベッドの隅に置いてあるから。
   流石に一式は揃ってなかったけど。


   ……蓉子。


   ご飯、一応作ってあるけれど。
   まだ眠たそうだから後で温めて食べて。


   …。


   ふふ。
   聖、寝惚けてるでしょう?


   ……ううん。


   そんな無防備な顔をしていて。
   説得力なんか、無いわよ?


   ……。


   鍵、持ってるわよね?


   ……うん。


   私は仕事に行くけれど、貴女はどうする?
   もしも帰るのならば


   …着替え、取ってくる。


   …そう。
   ならば、戸締り、お願いね?


   …。


   さて。


   …よーこ。


   ほら、そんな捨てられそうな子供みたいな顔、しないの。


   …よかった。


   ん、何が?


   夢じゃない…夢じゃ、なかった。


   …。


   一人じゃ、無かった…。
   蓉子はちゃんと…。


   …聖。


   ……。


   …ねぇ、見て。


   …?


   ここ。
   見える?


   ……え、と。


   赤く、なってるでしょう?


   …あ、うん。


   こんな見える所に付けるなんて。
   今は幸い、冬だから良いけれど。


   ……。


   …職場にキスマークを付けていったなんて知られたら。
   何と、思われるのかしらね?


   ……あー。


   まぁ、見せるつもりは全く無いけれど。


   …寧ろ見せつけて、悪い虫予防にすれば良いよ。


   聖。


   ……蓉子は誰にも渡さない。


   もう。


   ……。


   何だかんだ言っても貴女も学生時代の名残が…と言うより、あまり変わってないわよね。


   ……。


   お互い、歳だけ取って…いえ、確かにあの頃とは違うのだけど。


   ……ねぇ、蓉子。


   さて、こうしてはいられないわ。
   そろそろ行く支度をしないと。


   …。


   それじゃ聖、くれぐれも戸締りには気をつけて。
   最近、空き巣が多いみたいだから。


   …蓉子。


   じゃあ…


   …え。


   …。


   …。


   …行って、きます。


   よ、蓉子…!


   …。


   おはよう。


   …?


   まだ、言ってなかったから。


   …そうだった。
   おはよう、聖。


   そ、それから。


   うん。


   …待ってる。


   …。


   待ってる、から。


   …うん。


   …。


   …でもここはあくまでも私の部屋なんだけどな?


   あ…。


   ふふ。


   ……よーこ。


   じゃあね。
   行ってきます。


   …。


   行ってらっしゃい、とは。
   言ってくれないのかしら…?


   …。


   聖?
   起きるの?


   …。


   せ…んん。


   ……。


   ……。


   …行ってらっしゃいのキスを、貴女に。


   ……。


   やられてばかりじゃ、ね。


   …嬉しかったくせに。


   そっちこそ。


   言うわね?


   もう、負けないんだ。


   …ふふ、勝負事では無いのに?


   良いの。


   じゃ、望むところだわ。










   世界が違う。
   そんな話、聞いたことはあったけれど。


   確かに。
   街の中、街の人、あくびをしているにゃんこ、点滅する信号機、そして、高い高い空。
   兎に角、目に入ってくるものがみんなきらきら。
   鮮やかで、むだなまでにきらきら。
   そう、無色だった自分の部屋さえも。


   想いが叶った、たったそれだけのコトで。



   これと…これ、もいるかな。



   必要だと思われるもの、その中でも持っていけるものだけを集める。
   と言いながらも、実際はそんなに無いのだけれど。
   とりあえずは着替え。
   でも暫くは彼女のシャツを借りても良いなぁ、なんて。
   彼女の匂いのするシャツ。私のものより少しだけ小さいサイズ。
   それに包まる私。
   ああ、なんて素敵。


   そうだ、もうこの部屋は引き払っちゃおう。


   正真正銘、彼女の部屋に転がり込むのだ。
   だってもう、離れ離れになってる理由なんて無いもの。
   それにこんな部屋よりも彼女の匂いのするあの部屋の方が良いし。
   今夜、彼女が帰ってきたら話そう。
   一緒に暮らそう、て。
   ベッドの中で、囁きあいながらでも良いな。
   言ったらどんな顔、するかな、してくれるかな。


   ああ、夜の事を考えると、自然に顔が緩んでしまう…!


   こんな私も四捨五入すれば四十。
   だけど、まだまだ猶予はあるんです。
   良いじゃない、恋愛に歳なんて関係ないよ。良い歳してたって浮かれちゃうんだよ。
   十代の頃のように真っ直ぐじゃなくても、二十代の頃のように現実を少しずつ求めるようになっても。
   そして、考えすぎて臆病になって、結果、遠回りしようとも。
   好きである気持ちは変わらない、変わりないんだよ。


   よし、これで良いや。


   転がっていた鞄に着替えと、お気に入りのCDと本、それから。
   古い写真立て。
   今よりも少しだけ若い、親友として付き合っていた二人が映っている、写真。
   そんなもの、要らないような気もするけれど。
   けど、笑い話ぐらいには出来そうだから。
   今なら、屹度。



   ごきげんよう。



   学生時代、いつも交わしていた挨拶を心の中でそっと呟いて、部屋の鍵を閉める。
   近いうち、本格的に片付けをしないと。
   その時は彼女にも手伝ってもらおう。
   眉間に皺を寄せられながら、真面目にやりなさいよと注意されながら、片付けよう。
   もう、このベッドも要らない。
   二人で身を寄せ合って眠れるものが一つでもあれば、それだけで十分だから…。










   あ、おかえり。


   …。


   仕事、お疲れ様。


   ……えらく寛いでるわね?


   うん。
   元々、蓉子の部屋って凄く落ち着くんだ。


   それは?


   着替え、と一寸したもの。


   …。


   今日からお世話になります。


   …住み込み?


   うん、最初の予定通り。


   見返りはごはんで良かったのよね?


   うん、蓉子のごはん。


   はいはい。


   わーい、あっさり。


   どうせ、分かっていたから。


   んで。
   こってりはベッドの中でが良いな。


   …ところで。


   はい、何でしょう。


   それは?


   わたしごはん。


   …。


   今夜のところは、作ってみました。


   …。


   蓉子はご飯の方が良いかな、と思って。
   味噌汁は…まぁ、口に合わなかったらごめん?


   …。


   ん?


   ……美味しそう。


   そう?
   それは良かった。


   …。


   でも本当に良かった。
   冷蔵庫のものとか勝手に使って作っちゃったから怒られるかな、て心配してた。


   …聖。


   なに?


   聖ってお味噌汁、作れたのね。


   …。


   何となく、即席のスープばかり飲んでるイメージが…。


   …まぁ、一人ならそれで十分だったけど。


   具は…油揚げとほうれん草?


   うん、冷蔵庫に入ってたから。


   …。


   蓉子?
   もしかして使っちゃだめだった?


   …ううん。


   …?
   え。


   …作ろうと思っていたから。


   ちょ、何?


   …。


   よ、蓉子、どうしたの??


   ……何でもないわ。


   や、や、何でもなくて涙流さないでしょや?!


   …ただ、嬉しくて。


   え。


   ……帰ってきて、ご飯が出来てるなんて思ってなかったから。


   ……。


   ありがとう、聖。


   …。


   …私、着替えてくるわね。


   あのさ、蓉子。


   …うん。


   朝ごはん、凄く美味しかった。


   …。


   これからはずっと、蓉子のご飯が食べたい。


   …。


   だから…一緒に暮らそう。


   ……一緒に?


   ずっと、一緒に。


   …。


   蓉子。


   ……うん。








   大事
〈オオゴト〉、よね。


   …え、なに?


   …ふふ。


   なに、蓉子…?


   …さて、何でしょう?


   気になるよ。


   …聖。


   うん。


   ……ふふ。


   何がそんなにおかしいの?


   楽しいのよ。


   楽しい?


   …だって。


   だって?


   ……。


   だから、気になるって。


   …どうしようかしら。


   このままじゃ眠れなくなっちゃう。


   それは困るわね。


   でしょ?


   若しも付き合わされるようなコトにでもなったら、たまったもんじゃないもの。


   じゃ、そうならない為にもさっさと白状しちゃいなさい。


   …。


   してくれないと。


   …と?


   食べちゃうぞー?


   散々、食べたじゃない。


   もっと食べちゃうんだ。


   食い意地の張った狼さんね。
   食べ過ぎてお腹を壊しても知らないわよ?


   本望だもんねー。
   がおー。


   ふふ、聖、止めて。


   白くて柔らかい肌…ああ、またお腹が空いてきた。


   止めてってば。


   もう無理でーす。


   ん…。


   …と言うわけでもう一回、ね。


   …明日も仕事なんだけど。


   大丈夫、まだ日は替わってない。


   ぎりぎり?


   うん。


   …元気ねぇ。


   へへ。


   でも、だぁめ。


   ……えー。


   ちゃんと寝ないと疲れが残っちゃうのよ。


   蓉子、年寄りくさいよ。


   何ですって?


   むぎゅ。


   全く。
   私は貴女のように休養たっぷりじゃないんだから。


   ……ひゃーい。


   謝る?


   ……ごめんなさい。


   宜しい。


   …よーこー。


   ……こらこら、くすぐったいわよ?


   蓉子の胸、好き。


   …甘えたね?


   …。


   でもこの姿勢で寝るのはキツイから。


   ……うー。


   ふふ。


   ちぇ。


   …。


   …。


   …ねぇ、聖。


   んー?


   明日も、泊まるの?


   泊まる、じゃないよ。


   …。


   …これからは蓉子と一緒に暮らすんだから。


   ……そう、だったわね。


   ところ、で。


   …ん、なぁに?


   オオゴト、って何の話だったの?


   …あぁ。


   私、なんかしたっけかな…。


   …ええ、したわね。


   何した?


   …。


   よーこ。


   …そもそも。


   うん。


   裸、ってあたり…ね。


   …?


   …わざわざ、弱いところを曝け出すんだもの。
   躰だけじゃなく…


   ああ、セックスの話?


   …。


   別に服を着たままでも出来るけど。
   え、何々?
   蓉子さんってば、実はそういう方が好みだったりする?


   …聖。


   でもスーツやらブラウスやらが皺になったら怒られそうだしなぁ。
   …あ、そうか。
   部屋着の時にすれば良いのか。


   ……。


   けど、スーツ姿の蓉子をってのも…ああ、良さそう。
   絶対に凄い良さ


   聖。


   ………ひゃい。


   とりあえず、黙ってくれるかしら?


   ……ひょーひゃい。


   次は脇腹、だから。


   ……はい。








   …分からない、か。


   え、なに…?


   若しも私が。
   貴女が分からないって言ったらどうする?


   …。


   さよなら?


   …いや、それは無い。


   何故?


   もう振りは止めたって言った。


   …。


   分かって貰いたく無かった。
   蓉子じゃない人に。


   …。


   分かりたくも無かった。
   蓉子じゃない人の事なんて。


   …つまり?


   私は蓉子を今まで以上に知りたいし、分かりたいと思ってる。
   蓉子には…


   …私には?


   …まぁ、いっぱい格好悪いところ見られてきたから。
   こんな歳になってもふらふらしてたし。


   ……。


   なんだかなぁ、面倒くさいのは嫌だったんだけな…。


   …今からでも間に合うわよ。


   …。


   今ならば…


   蓉子。


   ん…。


   私は蓉子が好きだから。


   …。


   だから、面倒だったんだよ。


   …どういう意味?


   聞く?


   …ええ、聞かせて。


   蓉子以外は、面倒。
   つまり、そういうコトだったんだ。


   …。


   特に同い年。
   どうしても貴女と比べてしまうから。


   …それなのに付き合って?


   だから、本当に短かったよ。
   …本当に。


   …貴女、普通にメールの返事とかしないものね。


   うん、しないね。


   …。


   でも、蓉子には出来るだけするようにする。


   …本当に。


   だって蓉子は特別な人だから。
   然う、詭弁だったとしても。


   …。


   ……照れた?


   …もう、寝ないと。


   いっぱい、お話しちゃったもんね。
   私としてももう一回…と思ってたけど。


   これからは、稼ぎの無い貴女を食べさせていかないといけないから。


   あら、痛いところ。


   貯金も無いのだから。


   働くよ。


   …え。


   バイトでも、パートでも。
   蓉子ほどの稼ぎは無くても。


   …大丈夫なの?


   大丈夫さ。


   …。


   過保護って言われちゃうよ?


   …分かってるわよ。


   いい歳、してるからね。
   少しは頑張らないと。


   …うん。


   あ、でも


   …。


   …蓉子?


   ……好きよ、聖。


   …。


   ずっと、好きだった。


   ……。


   ……ずっと。


   …。


   …あ。


   ……私もだよ、蓉子。


   …。


   ずっと…。










  「Beyond the sky」
  光田康典
  高橋哲也










   おまけ。
   蓉子が帰ってきたシーンの別パターン。






   聖。


   あ、おかえり。


   ただいま。
   えらく寛いでるわね。


   うん。
   蓉子は疲れた?


   ええ、まぁ。


   そっか、お疲れ様。


   それ、着替え?


   うん。


   そう。


   これからはよろしくお願いします。


   …。


   で、さ。


   …なに。


   まずはご飯にする?
   お風呂にする?
   それとも


   じゃあ、貴女にする。


   …え、マジで?


   貴女は“マジ”じゃなかったのかしら?


   いや、言ってみたかったと言うか。


   からかってやろうと思った?


   …そうとも言う。


   ご飯の前に着替えるわ。


   あ、うん。


   聖。


   ん?


   私は別に貴女でも構わないわよ?


   …!


   なんて、ね。


   …ああ、もう。


   ところで。


   …なに。


   ご飯、作ってくれたのね。


   うん、まぁ。


   ありがとう。


   …え。


   さて。


   ……よ、蓉子!


   なぁに?


   やっぱ蓉子にする!


   ……。


   蓉子…ッ


   シャツに皺が出来ちゃうから、だーめ。


   ならないように脱がせる!


   私は仕事で疲れてて、おまけにお腹が空いているの。


   でも…ッ


   …どうせ。


   あ…。


   …後で、するんだろうから。


   ……ッ


   ふふ。


   …あーッ