蓉子。


   …。


   蓉子ってば。


   …え。


   え、じゃないよ。
   早いとこシャワー浴びちゃいな、て。


   シャワー…。


   帰宅中に、通り雨に遭った。
   でしょ?


   …あ、ああ。


   濡れてる蓉子も艶っぽくって良いけどさ。
   風邪、ひいちゃ…たら、まぁ、ばっちし看病してあげるけど。
   蓉子は熱があっても仕事に行くって言い張るから、出来れば、ひいて欲しくないんだよね。


   ……。


   ほい、着替え。


   …ありがとう。


   私も一緒に入ろうかな。


   …え。


   何だか、ぼうっとしているみたいだから。


   ……大丈夫よ。


   ホントに?


   ええ、本当に。


   でもなぁ、若しもなかなか出てこなくて心配して様子を見に行ったら中で倒れ


   大丈夫だから。


   …ちぇー。


   ちぇー、て?


   いいえ、こちらの事です。
   じゃ、私は心まであったまるの、用意して待ってるから。


   有難う。















   …ねぇ。


   聖、くれぐれも安全運転でお願いね?


   …それは勿論、分かってるけども。


   じゃあ、出発。


   ……。


   聖?


   ねぇ、本当に行くの?


   ええ、本当に行くのよ。


   …。


   大事な事じゃない。


   そうだけどさぁ。


   私の両親には報告したのに、聖のご両親には報告しないだなんて。


   別に良いんじゃない?


   駄目。
   絶対に駄目。


   えー…。


   聖、ボヤボヤしていたら遅くなってしまうわ。


   ……。


   聖ってば。


   あー…。


   …私が運転しても良いのだけど。


   それは絶対にダメ。


   未だそんなに心配しなくても良いのに。


   ダメ。
   最近はただでさえ、車の揺れに弱くなったってのに。


   運転、していれば


   ダメ!


   じゃあ、お願い。
   ね?


   ……。


   どうしてそんなに嫌そうなの?


   …嫌、と言うか。


   言うか?


   …なんか、気が重い。


   私の両親に報告する時は


   蓉子のご両親は何となく平気。
   雰囲気が蓉子に似てるから。


   ……似てる、かしら。


   ねぇ、やっぱ日を変えない?
   今日はおうちでゆっくり過ごそうよ。


   連絡をしてしまったから、待ってると思うわ。


   今日は行けなくなったって連絡すれば良いよ。


   聖。


   …だって。


   もう、この期に及んで。


   ……だって。


   大丈夫よ。


   …。


   二人で行くのだから。


   …。


   ね?


   ……分かった。


   うん。


   じゃあ、出発するけど。
   シートベルト、きつくない?


   ん、平気。


   なるべく、揺れないようにするから。


   ありがとう。




















   ま ど ろ み 〜 つ な が っ て い く は な




















   斜頚だったの。


   斜頚、ですか。


   例えばこのページの写真、どれも首が向かって左に傾いているでしょう?


   はい。


   これは斜頚のせいなの。


   斜頚とは何なのですか?


   いくつか種類があるそうなのだけれど、あの子の場合は首の筋に瘤のようなしこりが出来てしまったの。


   生まれつきだったのですか?


   先生の話によるとね、生後4、5日くらいからしこりが出来始めるのだそうよ。
   けれどその時には私は気付かなかったの。
   そう、一ヶ月検診で指摘されるまで。


   ずっと傾いたままなのですか?


   結局はしこりがあるから。
   寝くせや向きくせと違って、突っ張って痛みがあるから向き直れないそうなの。


   痛み…。


   斜頚でも比較的心配の少ない筋性斜頚と呼ばれるものだったのだけれど。
   分かった時は「どうして」と思ったわ。


   …。


   しかも斜頚だけでなく、先天性股関節脱臼とも言われてしまって。
   斜頚の子は股関節脱臼を合併する事もあるのだそうだけれど…やっぱり、どうして、て。


   小母さま…。


   出産予定日を過ぎても生まれなくて。
   けれど聖夜であるクリスマスに生まれてきてくれて…心から、神様からの贈り物だと思ったのよ。


   …。


   なのに、斜頚や股関節脱臼になってしまって。
   どうして私の赤ちゃんが、て。


   …それで、どうされたのですか?


   暫く整形外科のお医者様に通ったわ。
   斜頚は一歳までにはほぼ治るから見守るように言われたのけど、
   股関節脱臼は放っておけば関節が変形してしまう可能性があるから。
   それから私にも出来るケアを教わって。


   …。


   思えば、あの頃は初めての子育てで毎日がいっぱいいっぱいだったわ。
   主人は忙しい人だったから、頼ってはいけないと勝手に思い込んでしまって。


   …。


   一時期、聖がどうして泣いているのか全く分からなくなってしまった事もあって。
   おしめも替えたし、ミルクも飲ませた、眠いのかと思ってあやしても全然眠らない、
   病気なのかと思ってお医者様に連れて行っても大丈夫だと言われて。
   私なりに一生懸命にやっているのに、それでも聖は泣きやんでくれない。
   私は、ますます、どうして良いか分からなくなって…。


   …。


   …最後には逃げ出したくなってしまったのよ。


   逃げる…。


   …そう。
   私は…


   …。


   …はぁ。
   あのさぁ。


   あ…。


   もう、いい加減にしてくれないかな。
   アルバムまで引っ張り出してきて、今日は私の昔話を聞きに来たのでは無いよ。
   と言うか何でそんな話になってるわけ?


   そ、そうよね。


   それから。
   あまり気分が落ち込むような事、話さないで欲しいんだけど。
   それくらい、分からないかな。


   …ごめんなさい。


   聖、私は


   放っておくといつまで経っても終わらないから。


   けど


   ごめんなさいね、蓉子さん。


   いいえ、私は


   母さん。


   あ、お茶、お茶が冷めてしまったわね。
   今、淹れ直してくるわ。


   あ、私も手伝います。


   良いのよ、座っていて。
   今は特に大事な時なのだから無理をしては駄目よ。


   お茶を淹れるくらいなら、大丈夫です。
   それに少しくらいは体を動かさないとかえって良くないと思うので。


   良いのよ。
   私がやりたいのだから。


   けれど小母さま


   もういい。
   私がやる。


   …え?


   私がやる。
   二人は座って、私が戻ってくるまでなら話の続きをしてて。


   あ、聖ちゃん…。


   時間ばかり無駄に流れる。
   勿体無い。


   …。


   聖、待って。


   …蓉子は座ってて。


   どうしてそんな言い方をするの。


   …いつもどおりだよ。


   どうしてそんなに苛々しているの。


   …してないよ。


   じゃあ、どうしてこちらを見ないの。


   たまたまだよ。


   聖のくせ、私がもう知らないわけ無いでしょう?


   …本当にしてないから。


   じゃあ…


   だからほら、蓉子は座…


   …。


   蓉子さん、危ない…!


   蓉子…!!!!


   ……。


   蓉子、大丈夫?!


   ……びっくり、した。


   どこかぶつけた?!痛くない!?
   お腹は…!?


   …だいじょうぶ。
   少し、立ち眩みをしただけだから…。


   …!
   若しかして車酔いが未だ…!


   本当に大丈夫よ。
   おなかも…。


   辛いのなら、お願いだから言って。
   あまり無理をしないで。


   聖、私なら本当に…


   蓉子さん。
   聖ちゃんの言うとおり、今は動かない方が良いと思うわ。


   ……小母さま。


   車酔いで無くても。
   立ち眩みがしたのは事実なのだから。


   ……。


   ねぇ、蓉子さん。


   ……はい。










   …。


   …はぁ。


   蓉子さん、気分はどうかしら…?


   …はい、大丈夫です。


   そう。
   良かったわ。


   ご心配をおかけして、すみません。


   良いのよ、気にしないで。
   それに私もあまり軽い方ではなかったから、少しは分かるつもりよ。


   ありがとうございます。


   …。


   …。


   …あの、蓉子さん。


   ?


   こんな事を尋ねたら気分を悪くするかも知れないけれど…。


   何でしょうか、小母さま。


   その、聖ちゃんは…ちゃんと、優しい?


   …。


   あ、いえ、言いたくなければ良いのよ。
   突然変な事を聞いてしまってごめんなさいね。


   …小母さま。


   …。


   聖は優しいです。
   とても、とても。


   …。


   いつも、私を気遣ってくれて。
   今日だって。


   …そう。


   小母さま。


   …なぁに?


   話には聞いていたのですけど、いざなってみると想像以上のものなのですね。
   確かに体質にもよるとは思うのですが…。


   …。


   …ミルクティー。


   ミルクティー…?


   私、甘いものが好きなんです。
   聖にはよく、甘党、て言われていて。


   そうなの?


   あの日も。
   季節の割には気温が低くて、おまけに雨にまで降られてしまって。


   …。


   濡れて帰ってきた私に聖は温かいミルクティーを淹れてくれたんです。
   体が温まるように、と。


   …そう、聖ちゃんが。


   …だけど。


   …。


   一口、たった一口。
   口に含んだだけで、私…。


   ……。


   …すみません、汚い話をしてしまって。


   …いいえ。
   私にも覚えがあるから。


   …それから。
   おなかに赤ちゃんが本当に居ると分かって。
   聖は……。


   …あの子は。
   蓉子さんのことを…ちゃんと。


   …好みも変わってしまって。
   だけれど、聖はそんな私をいつも気遣ってくれて…。


   ……ありがとう、蓉子さん。


   …。


   あの子を優しい子にしてくれたのは、屹度、貴女だわ。


   …そんなことはありません。
   聖は元々


   だとしても。
   貴女の存在が、あの子にとっては、とてもとても大きいのよ。
   だから…ありがとう。


   ……。


   安定期に入るまでは、未だ、きついとは思うけれど…。


   …はい。


   だけど屹度、大丈夫よ。


   ……はい。


   …。


   …。


   蓉子。


   …聖。


   大丈夫?
   落ち着いた?


   ええ、もう大丈夫よ。


   本当に…?


   ええ、本当。


   けど、未だ顔色が…。


   …そうだ。
   小母さま。


   …うん?


   聖は優しくて、けれど、とても心配性なんですよ。


   …蓉子。


   家に居ても。
   いつも心配してくれるんです。


   …。


   …ふふ。
   そうみたいね。


   ……はい、お茶。
   熱いから気をつけて。


   ありがとう、聖。


   ありがとう、聖ちゃん。










   今日のこと、主人も本当に…それこそ連絡を貰ったその日から楽しみにしていたのよ。
   なのに急に仕事が入ってしまったから…。


   私も小父さまにお会い出来なくて残念です。
   お会いするのを楽しみにしていましたので。


   …その言葉を伝えたら。
   主人も屹度、喜ぶわ。


   で?
   父さんの帰りはどうあっても遅くなるんだよね?


   …ええ。


   そ。
   じゃ、帰るから。


   …ねぇ、聖ちゃん。
   もう少しだけ、駄目かしら…。


   蓉子の体の方が大事だから。


   聖、私なら


   いや、だめだ。


   聖…。


   母さん。
   もう、帰るよ。


   …そうね。
   我侭を言ってごめんなさいね。


   …小母さま。


   ……。


   小母さま、どうかお体にはお気をつけて下さいね。
   小父さまにもどうぞ、宜しくお伝え下さい。
   今日はお邪魔しました。


   …いいえ、大したお構いも出来ずにごめんなさい。
   蓉子さんもどうか、お体を大事になさってね。


   はい、ありがとうございます。


   行こう、蓉子。


   …ええ。


   聖ちゃん。


   …なに。


   若しも次があるのなら、その、お父さんに


   ああ、そうだ。
   母さん、さ。


   え…?


   ちゃんづけすんの、いい加減、止めてくれないかな。
   私もそれなりの歳なんだから。


   …歳?


   親になると言うのに。
   ちゃんづけは、止めて欲しい。


   …。


   呼び捨てで良いよ。
   これからは。


   …そうね、分かったわ。


   じゃあ、また。


   ええ。
   気をつけて帰ってね。


   小母さま。


   はい?


   また伺っても宜しいですか?


   …!
   勿論よ、また遊びに来てね。


   はい。


   …。


   聖。


   …分かってるよ。


   あの、蓉子さん。


   はい?


   あの…ね。


   …?


   言いたいことがあるのなら早くして欲しいんだけど。


   聖、そんな言い方。


   だって


   つ、次からで良いから…!


   …っ。


   小母さま、じゃなくて…。


   …。


   …急に大声を出して何だって言うのさ。


   だから、その…。


   …お義母さま。


   そ、そう……え?
   え…??


   はぁ。
   もう気は済んだ?


   え?


   あまり立たせっ放しにはしたくないんだけど。
   体に響くから。


   あ、ああ、ごめんなさい。


   …聖。


   だって蓉子曰く心配性なんだよ、私は。


   …もう。


   良いのよ、蓉子さん。


   …じゃあ、小母さま。
   ごきげんよう。


   ええ、ごきげんよう。


   …。


   聖ちゃ…聖。


   ……まだ何かあるの。


   蓉子さんの事、大事にしてあげてね。


   言われなくても、分かってるよ。















   …聖、は。


   ん?


   斜頚、だったのね。


   おまけに股関節脱臼、てね。


   他人事のようね。


   ま、知らなかったし。


   知らなかったの?


   今日、初めて聞いた。


   アルバムは?


   あれ、蓉子さんってば知らなかったっけ?
   私ってばアルバムにあまり興味を持たない人間なんですけど。


   …。


   あ、でも、蓉子のは別だけどね。
   ちっさい蓉子は本当かわいい。


   …小母さま、本当は


   そうだとしても、仕方が無い。
   見たくなかったから。


   …気にはならなかったの?


   さぁ?
   見たくなかったから、分かんない。


   …。


   しかし。
   今日は、疲れた。


   …私は楽しかったわ。


   それは何より。


   …。


   あーあ、早く帰ってゆっくりしたいなー。


   ……聖は


   蓉子、そんな難しい顔をしてると体に良くないよ。
   お腹の子にもさわる。


   ……。


   蓉子。


   ……。


   …はぁ。
   ねぇ、蓉子。


   …何よ。


   私は、アメリカ人、だから。


   …は?


   母親と、あまり似てないでしょ。
   それから父親にも。


   ……。


   これでもね、それなりに悩んだ時期もあったわけよ。
   自分は両親の本当の子じゃない、てね。


   ……。


   アルバムなんてものはそんな事を思ってる子供には結構きついシロモノだよ。
   両親と一緒に写っているものは特に、ね。


   …あ。


   ま、今はどーでも良いけど。
   どんなナリをしていても事実は変わんないし。


   …ごめんなさい。


   別に謝らなくても良い。
   今となっちゃあ、ガキの独りよがりな話だから。


   ……ごめんなさい。


   良いんだってば。


   ……。


   こら、蓉子。
   そんな顔、しないの。


   …。


   まったく、最近の蓉子は少しの事で不安定になるんだから。


   ………ごめんなさい。


   ああ、そうじゃなくて。
   ほら、蓉子、笑って笑って。


   ……。


   ……うーん。


   ……。


   あーあー、蓉子、蓉子さん。


   …。


   今は運転中につき、ぎゅうっとしてあげたくても出来ません。
   なのでおうちに着くまで少々お待ちくださいませ。


   ……。


   家に着いたら、と言うか駐車場に車を停めたら直ぐ、ぎゅっとするから。
   でもって頭をなでなで、てね。


   ……もう。


   にひひ。


   …ちゃんと運転してね。


   おー。










   …はぁ。


   よーこ。


   ……。


   着いたよ。
   おまたせ?


   …聖。


   動けそう…?


   ……。


   なら、少しじっとしてよう。
   このまま。


   …外の空気がすいたい。


   あ、そか。
   じゃ、窓を開け


   ……。


   …顔色、あまり良くない。


   ……。


   体質、こんなに変わっちゃうもんなんだね。


   …未だ、安定してないから。


   余計?


   …多分。


   じゃ、無理は駄目だね。


   …。


   ね、蓉子。


   …。


   あまり落ち込んでると、おなかの子も凹んじゃうよ?


   ……。


   今は気にしてないんだ。
   だから、さ?


   …だけど。


   …よしよし。
   蓉子ちゃんはおねむの時間なのかな。


   ……ちがうわよ。


   だってぐずってるみたいだよ。
   まるで、さ。



   ……。


   一寸した先取り気分かな。
   良い練習になるかも、ね?


   …ばか。


   ふふ。
   かわいいかわいい。


   ……もう。


   気分、どうかな?


   ……。


   まだ、つらい?


   ……ねぇ、聖。


   んー?


   聖はまだ


   私はあの人たちの子供なんだよ。
   選んだわけじゃないけど。


   …。


   正直に言うとアルバムを見るのは昔ほど嫌じゃないんだ。
   だけどいかんせん、興味が無いんだよ。


   …つまりそれは


   昔より、今に興味があるから。


   ……。


   ちびの頃の写真を幾ら見たって蓉子は写ってない。
   今の蓉子も、これから生まれてくる子も。
   それから


   …今の貴女も?


   ま、そーいうこと。


   ……。


   蓉子、アメリカ人な私は好きですか?


   …?


   ばたくさい私はき


   すき、すきよ。


   うん、なら良いんだ。


   ……。


   …少しは落ち着いた?


   うん…。


   動ける?


   …。


   甘えて、良いんだよ?


   …手、を。


   ……喜んで。















   ・

   ・

   ・















   …。


   ……。


   起きた。


   ……せ、い?


   やっぱ起きてない。


   ……れ、ん。


   …葵。


   なに?


   蓉子。


   あ、起きたの?


   寝惚けてる。


   ………。


   お母さん。


   ……あおい?


   お母さん、おはよう。


   ……え、と。


   と言っても、もう夕方なんだけど。


   ……わたし


   昼寝、してた。
   本、読みながら。


   ……そう。


   こらー二人ともー。
   折角良く寝てるのに起こすような事すんなって言ってるでしょやー。


   ……せい。


   聖ちゃん、お母さん起きたよ。


   え、本当?


   寧ろ、聖の方がうるさい。


   なんだとーう。


   聖。


   ありゃ、本当に起きてる。


   私、どれくらい…


   大体2時間ぐらい、かな。


   この薄がけは…?


   勿論、私でーす。


   ……。


   ん?


   ありがとう、聖。


   へへ。
   どう、いたしまして。


   ………。


   ?


   お母さん?


   蓉子?
   どーした?


   …蓮、


   …。


   葵…。


   わ…。


   ……。


   え、何々?


   ……。


   …お母さん。


   二人とも、ちゃんとここに居るのね…。


   と言うか、二人ばっかりずるいよー。
   よーこ、私も私もー。


   ……子供か。


   聖、


   よーこ、私も


   まとめて、だきしめて。


   て、それは難しいよー。


   聖、お願い。


   んー…。


   お、お母さん、私が離れ…きゃっ。


   蓉子のお願いを聞かないわけにはいかないなぁ、うん。


   聖…。


   …だって私は。
   蓉子のお願いなら何だって聞きたいって思ってるんだから。


   …聖。


   蓉子…。


   …苦しい。


   聖ちゃん、苦しいよぅ…。


   蓉子が良いって言うまで、もちっと我慢ね…?


   ……。


   ……と言うか何してんの、これ。


   ……うーん。


   家族の触れ合いは大切な事なのだよ、二人とも。
   よーく、覚えておきなさいな。


   ……。


   ……。


   …ありがとう、聖。
   蓮、葵もありがとう。


   いやいや、なんの。


   ……。


   …あの、お母さん。


   うん?


   おなか、苦しくない?


   おなか……。


   少しは加減しろ、聖。
   蓉子のおなかが潰れたらどうする気だ。


   何を言ってるんだい、蓮君。
   あんなに優しく抱き締めてあげたじゃないか。


   気色悪い。


   ひど。


   ……。


   お母さん…?


   ……ふふ。


   …蓉子?


   蓉子、何か楽しかった?


   ええ、楽しいわ。
   それから嬉しい。


   そっか、それは良かった。


   うん。


   ……。


   ……。


   さて、と。
   蓉子も起きた事だし、夕ご飯にしようか。


   もうそんな時間?


   まぁ、ね。
   葵、並べるの手伝って。


   はい。


   蓮はテーブルの上を拭いてから、適当にそこら辺を片付けて。


   ……。


   聖、私は?


   蓉子はそうだなぁ、椅子に座って私達を見てて。


   みて…?


   うん。


   …分かった。


   ん、よろしく。


   お母さん、直ぐに支度するね。


   ありがとう、葵。


   蓉子。


   なぁに?


   蓉子の好きなお茶、淹れるから。


   ありがとう、蓮。


   よし。
   じゃ、それぞれ


   聖。


   お?


   蓮と葵は私達の子なのよね。


   そうだよ。


   それから


   これから生まれてくる子も。
   勿論、私達の子だ。


   うん…。


   …また始まった。


   …蓮。


   …。


   聖ちゃん、私達先に支度してるね。


   おー、宜しく。
   で、何かな蓉子さん。


   …あのね、聖。


   何でしょう?


   夢、見たの。


   どんな?


   それが良くは覚えてないの。


   そっか、それは残念。


   だけど…。


   ……。


   お義母さまに逢いたくなるような…そんな夢だったと思う。


   ふぅん。


   ねぇ、聖…。


   まぁ、考えておく。


   …うん、考えておいて。


   蓉子。


   ん…。


   楽しみ、だ。


   …。


   どんな子だろうね。


   どんな子でも、貴女の子よ…。


   蓉子の子でもあるよ。


   …。


   名前、考えておかないと。


   今度は私がつけたいな…。


   蓉子が?


   …だめ?


   んー…。


   …。


   うん。
   じゃ、今度は蓉子の番ってコトにしよう。


   …うん。


   …蓉子。


   なぁに…?


   …。


   ん…。


   …愛してる。


   もう…。


   吃驚した?


   もう、慣れちゃった。


   ええ、それはいけないなぁ。


   …だっていつも同じなんですもの。


   じゃ、嬉しくもない?
   やっぱり慣れちゃった?


   …。


   蓉子。


   …嬉しいわ。


   …。


   聖がこういうキスをくれる時、いつだって嬉しいの。
   そう、いつだって優しいから…。




















   お?


   聖。


   あったまった?


   おかげさまで。


   それは良かった。
   じゃ、座って座って。


   ん。


   直ぐ、だからねー。


   …ええ。


   ほい、聖さん特製ミルクっティー。
   どうぞ、召し上がれ。


   …ありがとう。


   どう、いたまして。


   どういたしまして、ね。


   なはは。


   …。


   熱い?
   ふーふーしてあげよっか?


   お気持ちだけ、頂いておくわ。


   さいですか。
   んじゃぁ…。


   ん…。


   …しし。


   …もう。


   だっておかえりのちゅーがまだだったんだもん。


   ……。


   ん?
   なになに?
   やっぱふーふーもして欲しい?


   …いいえ。


   ふーん。


   ……う。


   よーこ?


   ……っ!


   え。


   …。


   え、ちょ、何処行くの…?!


   ……………う、


   …!


   ………。


   よ、蓉子……!!















   …でしょう?


   …はい?


   聖ちゃんと、私達。
   あまり似ていないでしょう?


   …。


   良いのよ。
   本当の事だから。


   …そんな事。


   だからね、昔は一緒に歩いていても実の親子と見られる事は稀だったのよ。
   いえ、それは今も……と言っても、一緒に歩く事は無くなってしまったのだけれど。


   …。


   主人に聞いたのだけれど、何代か前に日本人では無い方がいらっしゃったそうなの。


   聖から聞いています。
   モンゴロイドでは無かった、と。


   モンゴロイド?
   聖がそう?


   はい。
   笑いながら、話してくれました。


   …まさかそんな何代も前の遺伝子が聖に色濃く出るなんて、ね。


   …。


   聖の、あの容姿のせいで、私も色々言われたことがあった。
   最もひどかったのは…


   …小父さまの子じゃ、ない。


   …。


   …すみません。


   産んだ私にしか、分からないから。
   仕方が無いのかもしれない、て、今なら少しだけ思えるようになったのだけれど…。


   …。


   そのせいで聖を傷つけてしまったのは、他ならぬ、私達。
   容姿がどうであれ、聖は私達の子供なのに。


   …。


   …て、駄目ね。
   またこんなお話を聞かせてしまって。


   …いいえ、良いんです。


   …何故かしらね。
   相手が蓉子さんだとつい、話してしまうのよ。


   私で良ければ幾らでもお聞きします。


   有難う、蓉子さん。
   …。


   ……小母さま?


   あの子が貴女に惹かれた事、何となく分かる気がするわ。


   あ…。


   聖がね、学生時代に何度か貴女の事を話してくれた事があったのよ。


   学生…?


   確か最初は…中等部の頃、だったかしら。
   お節介で世話焼きで鬱陶しい人が同じクラスに居るって。


   ……。


   他人について、ほとんど話さない子だったから。
   珍しくて、私は何と言うお名前の子なの、て返したのよ。
   そうしたら、


   …私の名、だったんですね。


   ええ。
   面倒くさそうだったけど、みずのようこ、て答えてくれたの。
   あの子の口から他人の名前が出るなんて、初めてだったかもしれないわ。
   だからどんな子なのだろう、て。


   あの、江利子は…?
   幼稚舎から一緒だったのだから一度くらいは


   それがね。
   江利子ちゃんに関しては何も言わなかったのよ。
   それこそ幼稚舎の頃に江利子ちゃんと大喧嘩した事があったのだけれど、そんな日でも、一言も。


   …そうですか。


   ねぇ、聞いても良いかしら。


   はい。


   どうして聖とお友達になってくれたの?
   担任になった先生にいつも一人でいる事が多いって聞かされていたあの子に。


   それは…。


   誰もはっきりとは言ってくれなかったけれど。
   聖はクラスでは浮いていた存在だったのでしょう?
   他人には決して心を開かなくて、


   だから、です。


   …。


   人と関わるのをいつも面倒くさがって。
   自分からは決して、向き合わない。
   だから、私は


   …お世話を焼いた?


   ……私、聖の事がいつも気になって。
   そのせいで何度もケンカになって。


   …そう。


   ……。


   私も蓉子さんみたいだったら良かったのね。


   …え?


   もっと自分から関わっていけば、良かった。
   お節介とか世話焼きと言われて、喧嘩する事になっても。


   …。


   自分の子だと、一人だと口に出して言えるのに。
   私は…あの子が怖かった。
   あの子の、冷めた目で見つめられるのが、怖かった…。


   ……。


   …駄目な母親でしょう?


   それは違います。
   聖はそんな事


   だけど実際、駄目だったのよ。
   ヒステリーを起こして、あの子に限ってと喚いて、だけどあの子の事はなんにも分かっていなかった。
   そんな私を見て、聖は、益々離れていって。


   …。


   …私は。
   駄目な母親だわ…本当、に。


   でも、小母さまがいらっしゃったから


   ありがとう、蓉子ちゃん。


   …。


   以前ならそう呼んでいたのに、人の縁って不思議なものね。
   まさかあの「みずのようこ」が聖の…。


   …。


   聖のこと、これからもお願いね。


   はい。


   ありきたりな言葉しか言えないけれど…。


   いいえ、何よりも一番な言葉ですから。


   …生まれてくる赤ちゃん、どちらに似ているかしらね。


   …さぁ、どちらでしょうね。
   だけど…


   聖に似ていても、蓉子さんに似ていても、例えどちらにも似ていなくても。
   貴女達の子供に変わりは無いわ。


   …はい。


   そう、聖ちゃ…聖、にも…。


   …あの小母さま。


   うん?


   聖は小母さま、それから小父さまにもちゃんと似ていると思います。


   ……。


   顔は確かに、あまり似ていませんけど…


   …細かいところが似ているのでしょう?


   …。


   聖を生んだのは、私、だから。
   ねぇ、そうでしょう?



































   聖。


   聖ちゃん。
   支度、出来たよ。


   …。


   蓉子、お茶…


   …しぃ。


   あ?


   …?


   やれやれ、てね。


   …。


   …。


   と、言うわけだから。
   君達は先に食べちゃいな、おなか、空いたでしょや。


   …いや、いい。


   私も後でにする。


   そか。
   そうだね、その方が喜ぶよ。


   …。


   …。


   …穏やかな顔。
   さてさて、今度はどんな夢を見ているのかね…。


   う…んん…。


   おやすみ…また後で、ね。