誰かを守るって、なんだろうね。








   …。


   …れん?


   …。


   どうしたの?


   …。


   …けが、いたいの?


   …。


   あ。


   …。


   どこにいくの?


   …。


   まって、わたしもいく。


   …。


   まって、まって。


   …。


   れん。


   …ん。


   うん。








   …あ。


   …。


   あー!


   …。


   あー!あー!


   伊織、大きな声を出して


   …。


   ……て、蓮君?


   …。


   蓮君、蓮君じゃないか。


   あの…。


   葵ちゃん?


   こ、こんにちは。


   はい、こんにちは。
   今日も聖さまとお散歩?


   …。


   …。


   て、あれ。


   …。


   …。


   聖さまは?
   若しかして先に来ちゃったのかい?


   …。


   …あ、あの、


   聖さま、今日もこっちまで…


   …。


   …。


   ……て、あれ。


   …。


   …。


   …一寸、待った。
   若しかして、とは思うけど。


   …。


   …。


   …分かった。
   とりあえず


   令ちゃん、電話。


   え?


   聖さまから。
   早く出た方が良いと思うわよ。
   状況から言って。


   …ありがとう、由乃。
   こっち、任せても良い?


   それ、聞く?


   じゃあ


   さっさと行く。
   待たせてるんだから。


   …はい。


   で?


   …。


   …。


   とりあえず麦茶でも淹れてあげるから入ったら?
   そんなとこで突っ立ってたら暑いでしょ?








   はい、氷入り。


   …。


   あ、ありがとうございます。


   流石は蓉子さまのお子様。


   …?
   おかあさん…?


   でもこっちの無愛想ぶりは…ある意味、聖さまのって言うべきかしら。
   ぶっちゃけ、あまり知らないけど。


   …。


   それで?
   お子さま二人でうちに何の用?


   …。


   …。


   一寸した冒険?


   …。


   …。


   麦茶、温くなる前に飲んだら?
   お茶菓子ならそのうち、令ちゃんが頼まなくても持ってくるから。
   パウンドケーキとか。


   …。


   それにしても喋らないわね。
   表情も変わらない…と、言うよりも。


   …。


   あ、あの。


   何。


   むぎちゃ、つめたいです…。


   そりゃそうよ。
   その為に氷を入れてきたんだから。


   …。


   …顔は聖さまと蓉子さまに似てるけど。
   人と相対するのはあまり似てないわね、この子たち。


   …。


   …。


   ま、良いわ。


   …。


   …。


   伊織。


   …あい?


   令ちゃんの様子、見てきて。
   多分、お茶菓子の用意でもしてるんだろうけど。


   あい。


   はい、駆け足。


   あい!


   それで。
   蓮、だっけ?


   …。


   顔のキズ、どうしたの?


   …。


   結構、深そうな感じがするけど。
   痛いでしょ、それ。


   …。


   転んだ?


   …。


   口、何の為に付いてるの。


   …。


   さっきから。
   喋れないわけじゃないんでしょ。


   …。


   黙ってれば良いとでも思ってるんだったら、大間違いなんだけど。
   それとも面倒とか?
   だとしたら、なかなか良い根性してるじゃない。


   …。


   …家でもこんな感じなのかね。


   あ、あの、よしのさま。


   さま、は良いわよ。
   ちなみに小母さんは却下。


   …?


   祐巳さんの事は先生、なんでしょ?
   面白いわよね、聖さまと蓉子さまの子供が祐巳さんの教え子だなんて。
   祐巳さんはどんな先生だった?


   ゆみせんせいはやさしかったです。


   百面相、した?


   ひゃくめんそう…?


   表情がころっころ変わるの事。
   で、変わった?


   えーと…。


   かわった。


   なんだ、喋れるんじゃない。


   …。


   残念ながら、うちのちび達はお世話になってないのよね。
   つまんないわ。


   …。


   …。


   蓮君、葵ちゃん、今、聖さまが迎えにきてくれてるって。
   良かっ


   遅い。


   …て、言われても。


   どうせ、うきうきしながらおやつの準備してたんでしょ。


   うきうきはしてないけど…伊織。


   あい。


   …。


   …なに?


   けーき、です。
   おいしいです。


   …。


   えと、ありがとう。


   ん。


   たく。


   そういえば、由乃。


   何よ。


   三冬は?


   さぁ。


   さぁって。


   部屋よ、部屋。


   最初から然う言ってくれれば良いのに。
   あの子の分もあるから


   分かんない令ちゃんが悪い。


   …伊織、お姉ちゃん呼んできてくれるかな?


   あい!








   味はどうかな?


   …。


   …おいしいです。


   うん、良かった。


   まぁまぁ。


   …由乃はもう、そればかりだね。


   昔からだから。
   味、知ってるし。


   …変えたら変えたで文句言うくせに。


   なんか言った?


   いいえ。


   …。


   …おいしいね、蓮。


   …蓉子のほうがおいしい。


   蓉子さまもケーキ、焼いてくれるの?


   …。


   は、はい。


   おいしいんだ?


   …。


   はい、おいしいです…。


   そっか。
   ちなみに聖さまは?


   …。


   聖ちゃんもつくってくれます。


   へぇ。


   聖さまがケーキねぇ。
   どんな味なのかしら。


   …ふつう。


   普通って?


   …。


   え、えと。
   お母さんとはちがうけど、聖ちゃんのもおいしいです。


   へぇ、聖さまのケーキかぁ。
   どんななんだろ。
   ね、由乃。


   聖さまがケーキ…ずんだとか入ってそうね。


   ずんだ?
   って、あのずんだ?


   他に何があるのよ。


   いや、流石にケーキにずんだは…。


   知らないの、令ちゃん。
   最近はそういうのもあるのよ。


   然うなの?


   ロールケーキとかチーズケーキとか。


   へぇ、然うなんだ。


   同じものばかり、作ってるから。


   …たまに違うの作ると文句


   何。


   いえ、何も。
   でも、然うなんだ。今度試しに買ってきて食べてみようかな。


   別に良いわよ。


   なんで?


   良いものは良いの。


   まぁ、由乃が然う言うなら止めるけど。
   そもそも売ってるのはあまり好きじゃないよね。


   余計な事は言わないで良いから。


   …。


   …。


   ん?
   もっとあるよ、食べる?


   …。


   蓮君、顔のそれ、治ってきているみたいだね。


   …。


   と言うか令ちゃん、知ってたの?


   え?
   うん、まぁ。


   私、知らなかったんだけど。


   いや、だって


   だってもへちまも無い。


   う…。


   …。


   …。





   弱いのね、あなた。





   …。


   三冬。


   だから怪我、したんだわ。
   ママ、ケーキちょうだい。


   手、洗ってきた?


   勿論。
   当たり前でしょ。


   然う。
   伊織、ありがとう。


   あい。


   たく。
   何だと思えば、いつものケーキじゃない。


   本当にいつもどおりよ。


   ええ、本当ね。


   …とか言うけど買ってきたのは嫌がるんだよね、二人とも。


   …あい。


   『何?』


   いいえ、何でも。


   なんでも。


   …。


   …蓮。


   で?
   この子たちは?


   ああ。
   三冬、この子たちは


   佐藤聖さまと蓉子さまの子供なんでしょ。
   それくらい、知ってるわ。
   私より年下なんでしょ。


   あれ、会った事、あったっけ?


   今よりも子供の時に。


   …然うだっけ、由乃。


   この子達が生まれて何ヶ月か経った頃、一緒に連れて行った。


   ああ、そっか。
   でも良く覚えてたね。


   話でも聞いてたし。
   写真でも見たことあるから。


   写真?


   聖さまと蓉子さまの。


   ああ。


   そっくりだから誰だって分かるわ。
   名前は確か…。


   …。


   あんたが蓮で。


   …。


   で、あなたが葵。
   そうでしょ?


   う、うん。


   三冬、いきなりそれは不躾だろう。


   私は島津三冬。
   こっちは妹の、支倉になる予定の伊織。
   以後、お見知りおきを。


   …。


   …。


   で、あなた弱いのね。


   …。


   そんなところ、普通は怪我しないわ。


   止めなさい、三冬。
   怪我をするのに弱いも何も無いだろう?


   でも、弱ければするわ。


   いつも言っているけど、


   若しかしたら転んだのかも知れないわよ。


   受身さえきちんとすれば、しないわ。


   何もしていない子にそれをやれって言うのは無理だ。


   …。


   ええ、そうだったわね。
   ごめんなさいね。


   …。


   …蓮。


   ごめんね、蓮君。


   ……。


   麦茶、お代わり入れるわ。


   ああ。
   お願い、由乃。








   やぁやぁ。
   うちのちび達、いるーー?








   お、美味しそうなの食べてるね。
   蓮君、葵。


   …。


   聖ちゃん…。


   やぁやぁ、令。
   ごきげんよう、昨日ぶり。


   ごきげんよう。


   ごきげんよう、由乃ちゃん。
   ちび達がいきなりお邪魔しちゃってごめんね。


   ごきげんよう。
   令ちゃんのケーキが減るだけなので良いですよ、別に。


   あはは、相変わらずだねぇ。


   ごきげんよう、聖さま。


   お。


   島津三冬と申します。


   おーそっかそっか。
   ごきげんよう、大きくなったねぇ。


   ありがとうございます。


   そっちは伊織だっけね。
   ごきげんよう?


   ご、ごきげんよー。


   聖さまもいかがですか。


   うん?


   母のいつもどおりのケーキですが。


   ああ、貰おうかな。


   伊織、聖さまにお出しして。


   あ、あい。


   つかしっかりしてるなぁ。
   ねぇ、令。


   …ええ、まぁ。


   うちのちび達と一つか二つぐらいしか変わらないよね、確か。


   しっかりしすぎていて、たまに言葉が刺さりますけどね…。


   それは令ちゃんがへたれだから。


   …由乃。


   はは、相変わらず尻に敷かれっぱなしだねぇ。


   聖さま、麦茶入れますけど。


   有難う、貰うよ。


   ど、どうぞ。


   お、ありがとう。


   ところで、聖さま。


   ん?


   蓮君と葵ちゃんなんですが…。


   うん、それなんだけどね。


   …。


   …。


   ま、やるとは思ってたんだよね。
   何となく。


   え?


   どういう意味ですか。


   昔も一度、あったんだよ。
   こういうコト。


   こういう…?


   家出。


   い、家出?


   は、言い過ぎかも知れないけどね。


   は、はぁ。


   その時はどうしてそんな事をしたんですか。


   猫。


   ねこ?


   令ちゃん、オウム返しは止めて。
   莫迦みたいだから。


   いや、だって


   言い訳無用。


   ……猫がどうしたんでしょうか。


   うん。
   飼いたいって言い出してね。


   駄目と?


   まぁ、簡単に言えば。
   うち、一応マンションだしね。
   それに。


   …。


   こういう時は返しても良いのよ、莫迦。


   …それに、何でしょうか。


   おばあちゃんにゃんこだったんだよ。
   だからね。


   …野良、だったんですか?


   いや。
   途中までは野良だったみたいだけどね。


   然うですか。


   そしたら二人が幼稚舎から脱走しちゃってね。
   祐巳ちゃんも凄く焦ったらしいよ、あの時は。


   それは…然うでしょうね。


   いやぁ、あの時は大変だった。
   蓉子も仕事、早退しちゃったしね。
   あんな蓉子、なかなか見られない。


   …心中、お察しします。


   完璧超人蓉子さまも人の親なんですね。


   あはは。


   由乃、それは失礼だよ。
   蓉子さまだって結構、可愛いところが


   …へぇ?


   …令ちゃん?


   あ、いや、ほ、ほら、由乃だって知ってるじゃない。
   聖さまになると莫迦になっちゃう蓉子さまの事。


   然う、蓉子は私だけの人だからね。


   然う、令ちゃんは可愛いと思っていたわけね。


   だ、だって、恋する乙女みたいだったし…。


   まぁ、分かるけどね。
   でも、なぁ。


   小説の読み過ぎ。


   …うぅ。


   へたれは放っておいて、話を元に戻しますけど。
   結局、どうなったんですか。


   無事見つけて、家に連れて帰ったよ。


   聖さまが?


   うん、私が。


   猫は?


   死んじゃったんだ。
   多分、ちび達が脱走した日に。


   え、死んじゃったんですか?


   うん。
   さっきも言ったけど、大分おばあちゃんにゃんこだったからね。


   …。


   …。


   でもこの子たちは今より、小さかったから。
   それが理解出来なくてね。


   …分かる気がします。


   そんなわけで。
   何かの拍子で脱走しちゃうんだよね、うちの双子ちゃん…と言うより。


   …。


   この蓮君が、ね。


   聖ちゃん、あの


   そんな蓮君に健気に付いて行くんだよね、葵は。


   …ごめんなさい。


   でも良くうちって分かりましたね?


   まぁね。
   予想通りだから。


   予想…?


   連れて来たでしょや、昨日。


   …それだけで?


   うん、それだけだよ。
   割とね、分かりやすいんだよ、この子は。
   ま、その方が良いけれど。


   …。


   行き先が分かってたとは言え、子供達だけでは危ないと思いますけど。


   ああ、それなら大丈夫。
   後から付いてきたから。


   え、然うなんですか?


   うん。


   …。


   …今まで何をしてたんですか。


   一寸、ね。
   野暮用。


   …。


   …。


   大丈夫、令んちに入ったのまではちゃんと見てたから。


   …はぁ。


   …何してんだか。


   令のケーキは相変わらずだなぁ。
   蓉子のが一番だけど、これはこれで美味しい。


   あ、有難う御座います。


   …出た、惚気。


   うん、ただの惚気。


   あ、えと。
   聖さまも作るそうですね。


   ん、どして?


   さっき二人から聞いたんです。


   そっか。
   うん、作るよ。


   ずんだ、とか使いますか?


   ずんだ?
   て、あのずんだ?


   はい、あのずんだです。


   未だ作った事は無いなぁ。
   でも作ろうとは思ってるよ。
   最近はそーいうのもあるそうだからね。


   …。


   ほら、言ったとおりでしょ。


   ん?
   何の話?


   いえ、何でも無いです。
   はい。


   ふぅん。


   ところで聖さま。
   蓮のここ、どうしたんですか。


   ああ、これね。
   これは…


   …。


   …。


   の、前に。
   令にお願いがあるんだけど。


   はい?


   一寸、見てやってくれないかな。


   見る…?








   まぁ、そんなわけだから。
   思い切り見てやってよ、令。


   …と、言われましても。


   蓮君、良かったね。
   思い切り相手してくれるってさ。


   …。


   せ、聖ちゃん…。


   ん?


   これからなにがはじまるの…?
   蓮は…


   物は試しってヤツだよ、葵。


   で、でも、蓮はやったことないのに


   みんな、初めは然うさ。
   ねぇ、令。


   それは然うですが。
   初めからこんな事はしませんよ。


   無理言ってごめんね?


   …全然、謝罪の気持ちなんて入ってませんよね、それ。


   あはは、由乃ちゃんは鋭いなぁ。


   誰でも分かります。


   聖さま。


   お、何?
   三冬ちゃんだっけ?


   はい。
   あの子、大丈夫なんでしょうか。


   と、言うと?


   弱すぎて話にならないと思いますよ。


   はっきり言うねぇ。


   母より、この妹の方が、


   う?


   未だ、マシなんじゃないでしょうか。


   いやいや、妹の伊織君にだって歯が立たないよ。
   立つわけ、無いね。竹刀なんて、持った事も持たせた事も無いから。


   ではなぜ、こんなくだらない事を。


   …本当にはっきり言う子だねぇ。


   三冬、止めなさい。
   聖さまには屹度、何か考えが


   本当にあるんでしょうか。


   三冬。


   あはは。
   良いよ、令。


   ですが、


   三冬ちゃん。


   はい。


   良いんだよ。


   …。


   あの子は今、何かを考えてる。
   それの答えに繋がるか、そんなのは私は蓮じゃ無いから分からないけど、考えてるだけじゃ何も出来ない。
   然うは思わないかい?


   それで怪我を酷くさせてもですか?
   折角、治りかけているのでしょうに。


   へぇ、良く分かるね。


   この家に生まれたら、嫌と言うほど見ますので。


   そっか。
   でも確かに然うなったら蓉子に…あ、私の奥さんの名前ね?


   存じてます。


   あ、然う。
   蓉子に怒られちゃうなぁ、確実に。


   面を喰らったら開きますよ、あれ。


   だって、令。


   しませんよ。
   私からは一切、手を出しません。
   ましてや防具を付けてないのですから。


   れ、然うなの?


   当たり前です。
   大体、こんな事は普通しないのですから。


   じゃ、蓮君の打ち放題?


   どうせ、当たらないですよ。


   いや、由乃ちゃん。
   まぐれで


   万が一にも、ありません。


   令、三冬ちゃんは由乃ちゃんの血の方が濃い?


   …兎に角。
   一回だけですからね。


   うん、ありがと。
   でも蓉子には内緒ね?


   …蓮君。


   …。


   どんな形でも良いから、


   令。


   …何でしょうか、聖さま。


   仕合とまでは言わないからさ。
   気配、出してやってよ。


   …気配?


   然う。


   …何か意味があるのでしょうね、屹度。


   と、思うけどね。


   …。


   無理なら良いけど。


   …分かりました。


   令ちゃん。


   大丈夫だよ、由乃。
   伊織、良い機会だから良く見ておきなさい。


   あ…


   “はい”。


   …はい。


   それから、三冬。


   私には関係ないわ。


   …然うだね。
   じゃあ蓮君、改めて。


   …。


   ……はぁ。








   今日の事は蓉子さんには内緒の方が良いかな…いや、やっぱ話そ。


   …。


   どっちみち怒られるかなぁ。
   いやでもちゃんと付いて行ったし。


   …。



   蓮君、顔の傷は痛いかい?


   …。


   開いてないかな?


   …。


   うん、大丈夫そう。
   良かった良かった。


   …。


   ま、令は本当に手を出さなかったけど。
   出すわけ、無いけどさ。


   …。


   んー…。


   …。


   これだけは言わないといけないから、言うけど。
   蓮、葵、黙って勝手に家を出て行っては駄目だぞ?


   …。


   …ごめんなさい。


   蓮君は?


   ……ごめんなさい。


   蓉子が居たら、それはもう、心配しまくっちゃうからね。
   君達なら分かるだろう?


   …。


   …。


   反省、してるかな?


   …。


   …はい。


   良し、良い子だ。


   …。


   …。


   で、どうだった?
   今回は。


   …?


   …こんかい?


   前は幼稚舎から脱走。
   今回は黙ってお出掛け。
   君達は結構やらかしてくれる。


   …。


   …。


   私の血のせいかね。
   ふむ、うまい具合にはんぶんこになってるもんだ。


   …。


   …。


   蓮。


   …。


   宿題、提出期限は設けないから。
   葵。


   …。


   令は格好良かったろ?


   …え?


   ま、私程じゃないけどね。


   ……。


   …ばか。


   ん、なんか言ったかい?
   蓮君。


   …。


   令はミスターリリアンなんて呼ばれてたからね。
   由乃ちゃんの前ではあんなだけど、それでも昔よりは…。


   …。


   …。


   て、そんなコトはどうでも良いさ。
   帰っておやつにしよう。


   …もう、たべた。


   うん、令のケーキは美味しかった。
   でも聖さん特製も忘れてもらっちゃ困るな?


   聖ちゃんのケーキもおいしいよ。


   でしょ?
   よし、さっさと帰ろう。うん。


   …。


   …。


   蓮、葵。


   …。


   …なぁに?


   手。
   繋いで、帰ろ。


   …はずかしいから、いやだ。


   お、生意気な口。
   葵も恥ずかしい?


   わたしは…。


   ん?


   …つなぐ。


   そっかそっか。
   で、蓮君は?


   …。


   かたっぽ、今なら空いてるぞー?


   …。


   蓮、ほら。


   ……。


   …よし。
   んじゃ、憩いの我が家に帰るぞぅ。








   令ちゃん。


   うん?


   子供相手に本気になりすぎ。


   …まぁ、ね。


   幾ら聖さまの頼みだからって。
   あそこまで真剣になる?普通。


   …。


   今にも、斬りかからんばかりで。
   蓮は…まぁ、無表情だったけど、葵の方は完全に引いてたわよ。


   …意味があると思ったんだよ。


   意味?


   聖さま。


   は?


   考え無しで言ったわけじゃないと思ったから。


   …然うかしら。


   多分だけどね。


   ま、良いけど。
   うちの子じゃないし。


   由乃。


   だって然うじゃない。


   然うだけど。
   でも聖さまと蓉子さまの子じゃない。


   …あんまり似てないけど。


   外見はそっくりだけどね。


   …然うかしら。


   …?
   由乃?


   確かに似てると言えば似てるけど…雰囲気が違いすぎて、あまり似てないと思うわ。


   蓮君は然うかも知れないけど、でも葵ちゃんは蓉子さまに


   似てない。
   敢えて言うのなら、蓉子さまより聖さまに似てる気がするわ。


   え、どこが?


   だから、雰囲気が。


   然うかなぁ。


   言っておくけど、全部じゃないわよ。
   なんだかんだ言っても、蓉子さまのも混じってるし。


   うーん…。


   あの子達、大丈夫なのかしら。


   …大丈夫って?


   知らないわよ、そんな事。
   なんで私が知ってるのよ。


   …然うだね。


   あの子、世が世なら死ぬわ。


   …三冬。


   一撃、で終わり。


   今は平成だよ、三冬。


   ただの例えよ。
   でも平成の世、その先の世でも“戦”はあるでしょう?


   そんな大袈裟な。


   いえ、あるわよ。令ちゃん。


   由乃まで。


   三冬、どうして然う思ったの?


   自分より強き者を前にして。
   引かぬ者は、大体が、無謀。


   あら、腰が抜けてしまって動けなくなると言う場合もあるわよ。


   あの子の場合はそれじゃないと思うわ。


   確かにじっと見据えてはいたわね。


   何を考えるのか、分からないけど。


   そもそも表情が無さすぎるのよ、蓮は。
   子供なのに。


   力無き者が力有る者に挑んだところで、死ぬだけよ。
   まぐれなんてもの、本当の実力差の前では、起こり得ないわ。


   …由乃、三冬。


   『何』


   君達はそういう類のものを少し、見過ぎだと思うよ…。








   …然う。


   ん?
   怒られない?


   ちゃんと付いて行ったんでしょう?


   うん、勿論。


   然うなるって分かっていたのね。


   まぁ、ね。


   令と由乃ちゃんには


   お礼、言いました。
   ケーキもご馳走になったし。


   私からも


   大丈夫。


   然う。


   相変わらずだったよ、令の腕。
   由乃ちゃんに対しても、ね。


   …。


   蓉子?


   …どうして。


   ん?


   蓮はどうして、連れて行って欲しいって言わなかったのかしら。


   ねぇ、何でだろうね。


   葵も一言、言ってくれれば。


   ねぇ。


   …言えば連れて行ってあげるでしょう、聖は。


   うん、暇だし。


   …暇?


   えと、気分転換は必要なので。


   貴女、そればかりじゃない。


   やる時はやってるよ。
   でも今は未だ、リハビリ中だから。


   リハビリする程、してなかったくせに。


   だってなぁ。


   だって、何。


   同棲から始まって、苗字問題でしょ?それから入籍でしょ?いきなりの結婚式でしょ?でもってまさかの双子発覚でしょ?
   うん、あの頃は実に忙しかった。双子が出てきたからは特に忙しかった、うん。


   …双子発覚の前ならそんなに忙しくなかったでしょうが。


   うんにゃ、忙しかった。


   何に。


   決まってるじゃないですか、蓉子さん。


   …。


   子


   言わないで良し。


   聞いたのは蓉子さん。


   そればかりしてたわけじゃないでしょ。


   いやでもなぁ、でこちんが志摩子に


   聖。


   あれで火が点いたのも事実です。


   それは貴女だけでしょうが、ばか。
   大体、志摩子に志摩子にって落ち込んでたくせに。


   けど、蓉子さんだって満更じゃ


   せーい。


   …へい、すみません。


   たく。


   蓮君はさ、言葉にするのが苦手みたいなんだよね。


   …。


   自分の中に押し込んで、ひたすら考えてる。
   葵はそれが分かってるから、付いていくんじゃないかな。


   …蓮は小さい頃から喋るのが苦手な子だったから。
   覚えるのだって…。


   それだけじゃないと思うよ。


   それだけじゃない?


   うん。
   ある意味、蓉子に似てると思うんだ。


   私に?


   何となく、だけどね。


   …何にせよ、出掛ける時はちゃんと言わないと駄目よ。


   うん、だからそれについては言ったよ。


   令の道場まで二人で行くだなんて…。


   まぁ、リリアン行くのと大した違いは無いからね。


   でも今は夏休みで、人が少ないじゃない。


   多ければ良いってもんでも無いけどね。
   ああでも同じリリアン生が居れば紛れられるか。


   定期だって切れているのに…。


   小遣い、貯めてるみたいだ。
   蓉子の教えを忠実に守ってるよ、あの子達は。


   …。


   家に居る時なら、私が居るから。
   でも外でやられたら…ちと、きついかな。


   …携帯、やっぱり持たせた方が良いのかしら。


   GPS機能?


   ええ。


   リリアンって携帯、持っていても良くなったんだっけ?


   携帯じゃなくても良いのよ。
   居場所が分かるのならば。


   うーん。


   何よ。


   今の子ってあれだね、常に見られてるよね。
   自由が無い。


   …。


   ま、仕方無いのかなぁ。
   こんな世の中だし。


   …兎に角、考えておきましょう。


   うん、分かった。


   …。


   蓉子。


   …ねぇ、聖。


   ん、なに?


   …蓮の傷、残らないわよね。


   だと、良いな。


   …。


   …然うだ、蓉子。


   ん…。


   若しかしたら、だけどね…。


   …なに?


   ……。


   え…。


   …よーこ。


   こら…。


   …少しだけ、ね?


   話、まだ終わってないじゃない…。


   …もう、言ったよ。


   貴女はそれで良いかも知れないけど…。


   詳しい続きは…明日、ちゃんと。


   …あ、ん。


   ああ、癒されるなぁ…。


   …癒しが必要になるような生活、してないでしょうに。


   そんなことありません。
   いやぁ、今日は大変だったなぁ。
   見つからないようにするのに。


   …そっち、向いた方が良い?


   ん、暫くはこれで。


   …。


   こうしてるとね、髪の毛の良い匂いが良く分かるんだよね…。


   …同じ匂いでしょうに。


   それが違うんだな…。
   なんでかな…。


   はいはい…。


   ……ああもう、本当好きだなぁ。


   …。


   うー…。


   …だけど。


   だけど?


   どうして後からついていったの?


   あと?


   子供たちの。


   ああ。
   自主性を養う為、かしら。


   …本当に?


   そのつもり。


   …癖になってしまったらどうするの。


   癖?
   それって家出癖?


   …。


   んー…それは無いんじゃないかなぁ。


   断言は…出来ないでしょう?


   私の子だから?


   …それは変わりようの無い事実だけど。
   でもそういう問題では無いでしょう?


   …そうかな。


   …。


   似てると思うんだ。
   ともすれば、昔を思い出してしまうくらいに。


   …聖。


   まぁ、今は…若気の至りって言えるようになったけどね。


   …自分の血を悪いように言わないで。


   …。


   ……言わないで、聖。


   …そういう風に聞こえた?


   …。


   大丈夫、言ってないよ。
   …今でも嬉しくて仕方無いぐらいだから。


   …。


   蓮と葵が私達の所に来てくれて…ね。


   …うん。


   ……そろそろ。


   そっち…向く?


   うん…向いて。


   …。


   …へへ。
   よーこ。


   なぁに、聖。


   可愛いな。
   いつもは綺麗だけど、こうしてる時は本当に可愛い…。


   …まだ、そう思ってくれる?


   勿論。
   蓉子は幾つになっても可愛い…。


   …おばあちゃんになっても?


   ずぅっと、だもん。


   ……。


   …私にとっては、ずっと。


   ……聖。


   …。


   ……。


   ……思い出した。


   え…?


   ねぇ、蓉子。


   な、何?


   …。


   …真面目な顔をして。
   何を思い出したの。


   令が。


   令?
   令が何?


   蓉子の事、可愛いって言ってた。


   ……はい?


   可愛いところがあるって。


   ……令が?


   令が。


   …どういう事?


   私が知りたい。


   …。


   蓉子さん。


   …変な事言ったら。
   怒るわよ。


   変な事は言わない。


   …何。


   令が


   怒るって言ったでしょう。


   …別に疑ってるわけじゃないよぅ。


   じゃあ何よ。


   …面白くない。


   …。


   令が蓉子の事、そんな風に言うの。
   面白くない。


   ……。


   可愛い蓉子を知ってるのは私だけ良いんだ…。


   …もう、ばかねぇ。








   ・








   うーん…結構良いお値段のようで。


   ピンキリみたいだけど…どうなのかしら。


   こういうのは分かんないなぁ。


   令に聞いてみましょうか。


   令に?


   ええ、令に。


   蓉子が?


   私でも良いけど。


   いや、私が聞く。


   二人で聞けば良いじゃない。


   二人でって?


   この間のお礼も兼ねて。


   押しかけるのは迷惑じゃない?


   だから、ちゃんと了解を得るのよ。


   でもなぁ。


   聖ばかり、ずるいじゃない。


   ずるい?
   何が?


   令のケーキ。
   私も食べたいわ。


   ケーキなら私が幾らでも焼いてあげるよ。


   聖のじゃなくて、令のが食べたいのよ。
   式以来ですもの。


   …つか、お礼しに行くんじゃないの。


   然うよ。
   でも令の事だから作っておいてくれそうじゃない?


   ……。


   聖。


   …蓉子さんは私のより令の方が良いんだ。


   いいえ、聖のケーキの方が好きよ。


   …でも


   聖の話を聞いたらね。
   久しぶりに食べたいな、って思ったの。


   …。


   山百合会のメンバーが揃うわけではないけれど。


   …ふぅん。


   機嫌、直らない?


   ……。


   聖…?


   …私のが一番?


   当たり前でしょう?
   今日のだって、凄く楽しみにしているのよ。


   …。


   ね…?


   …うん、なら良い。


   良かった。


   でもさ、無かったらどうするの。


   まぁ、食べられたら良いなってくらいの気持ちだから。


   そっか。
   けど令の事だから作ってそうだなぁ。


   ふふ、でしょう?


   うんうん、作ってそう。


   …聖ちゃん、お母さん、なにみてるの?


   あら、葵。


   ん、一寸ね。


   ちょっと?


   うん、一寸。
   葵、蓮君は?


   あっちでねてる。


   呼んでおいで。
   おやつにしよう。


   うん。


   今日はさ、葵。


   …?


   特別なのを作ったよ。


   とくべつ…?


   然う、特別。


   お母さん…?


   聖ったらね、朝からとても張り切っていたのよ。


   はりきって?


   だって。


   お?


   この聖が、私が休みの日に寝坊しなかったんですもの。


   そうそう。
   昨晩からそれはもう頑張っちゃったけど…いて。


   だからね、葵。


   うん。


   今日はいつもと変わらない日曜だけど、でも少しだけ、特別なの。
   葵にとっても、蓮にとっても。


   聖ちゃんとお母さんも?


   ええ、勿論。
   さぁ、蓮を呼んでいらっしゃい。


   はぁい。


   …蓉子さん、痛い。


   余計なコトを言おうとするから。


   ちぇ。


   …ねぇ、聖。


   んー。


   蓮、ちゃんと言うかしらね。


   どうだろう。
   所詮、私が勝手に思ってるだけだし。


   でも聖の予感って結構当たるから。


   然うでもないよ。
   何となく、だし。


   …。


   でも。
   若しも蓮がやりたいって言うのなら、やらせてあげれば良い。


   …ええ。


   その事もついでに言ってこよう。


   ついで?


   令んとこ、近いうち行くんでしょ?


   じゃあ、令のところで?


   他のところ、探すのも手間でしょう?


   それだけ?


   迎えに行くのも知ってるトコの方が良い。


   …リリアンにも近いし?


   そうそう。


   …まぁ、良いけれど。


   問題はそれまでに言うか、かな。
   言わなきゃ言わないでも良いけどさ。


   …。


   決めるのは蓮だ。


   …聖って。


   うん?


   子供でもちゃんと一人の人間として見ているのね。


   だって一人の人間じゃない。


   …未だ十歳にもなっていない子でも。


   幾つだって、人間は人間さ。


   …。


   大人と呼べる歳になっても、子供みたいなのはいっぱい居るしね。
   私みたいなのとかさ?


   …私は過保護なのかしら。


   いや、蓉子さんは世話焼きなだけ。
   でもってそれは蓉子さんの良いところ。


   …。


   それでバランスが取れてるんだよ。
   だから良いのさ。


   …なんだか、うまくまとめられたような気がするわ。


   うん、まとめた。
   なんて。


   …もう。


   さ、蓉子。
   今日は少しだけ特別な日にしよう。


   …ええ、ほんの少しだけね。


   然う、ほんの少しだけ。


   …ん。








   ・

   ・

   ・








   …。


   …佐藤。


   …。


   無視するなよ。


   …何。


   …。


   …。


   …片割れはどうした。


   お前には関係ない。


   …。


   …。


   …お前のそういうところ、変わらねぇのな。
   マジ、かわいくねぇ。


   …。


   …。


   れーん。


   …。


   待って、私も一緒に……あ。


   よぉ。


   あ、こんにちは…。


   やっぱり一緒じゃねぇか、佐藤んちの双子は。


   …。


   …蓮、時間。


   分かってる。


   今日はそれか。


   …お前には関係ない。


   ばーか。
   見りゃ分かるだろうが。


   …。


   マジ、かわいくねぇ女。
   女とも思えねぇし。


   思われる必要もない。
   葵。


   あ、うん。
   じゃあ。


   待てよ。


   …。


   …蓮。


   おい、無視すんな。


   …葵。


   う、うん。
   えと、ごめんなさい。


   ほんっと、かわいくねぇ。








   あともう少しで時間だよ。


   …分かった。


   …。


   …なんだ。


   ううん。


   …。


   …緊張、してる?


   …。


   蓮はあまりしな


   お前が。


   …。


   して、どうするんだ。


   …。


   …。


   …だって。


   見てるだけだろう。


   そう、だけど…でも。


   …。


   ……頑張ってね、蓮。


   ん。


   …。


   葵。


   …なに。


   目を、逸らすな。


   え?


   …ずっと。


   …。


   …。


   …ん、分かった。
   頑張る。


   頑張る事じゃないだろう。


   …でも、頑張るの。


   ……。


   …ここ。


   …。


   結局、薄く残っちゃったね。


   …ああ。


   …。


   …。


   …ねぇ、蓮。


   なんだ。


   剣道、どうして始めたの…?


   …。


   …手の肉刺、何度も潰して。
   手だけじゃない…。


   …。


   …本当は痛かったの。
   そんな蓮を見てるのは…ずっと


   覚えてるか。


   …え。


   曰く、ほんの少し特別な日。


   …蓮の怪我が治った、お祝いの日。


   あの時のケーキ、忘れない。


   …ずんだだったね。
   とても美味しかった…。


   …。


   蓮?


   …時間だ。


   あ。


   ……。


   蓮…。


   ……宿題。


   宿題?


   提出期限は決まっていない。


   …。


   …そうだろう。


   …うん。


   …。


   …。


   …行ってくる。


   ん、行ってらっしゃい…。