-エデン(前世・少年期)





   愛されねば、分からぬことがある。
   愛さねば、分からぬことがある。








   ……。


   ……。


   ……どうして、ないてるの?


   ……!


   メ……あ、れ。


   ユゥ……ッ。


   んー……。


   ユゥ……よかった……ユゥ……。


   えーと……へへ。
   からだが、うごかないや。なんでだろ?


   ……っ。


   もしかしてあたし、ぼろぼろ?


   ……。


   そっかー……でも、なんでこんなぼろぼろになったんだっけ。
   メル、しってる?


   それは……。


   こんなに、どこもかしこもうごかせないのなんて、はじめてだなぁ。
   うーん、どうしたもんかなぁ。


   ユ、ユゥ、無理に動こうとしないで。傷口が、開いてしまうから。
   それにユゥは今まで


   きず?
   あぁ、それくらいなら、もうだいじょうぶだよ。
   ほら……て、やっぱりうごかないや。ほんとに、どうしたもんかな。


   ……。


   あぁ、また。


   ……ずっ、と。


   メル、どうしてなくの……?
   どうして、ないていたの……?


   いしきが、なかったの。


   いしき……?
   だれの……?


   あなた、の。


   あたし?
   え、なんで?


   ……。


   あたし、ねてたんじゃなかったの?


   ちが、う……。


   よくねたなぁとは、おもったんだけど……あ、メル。


   ……。


   な、なかないで?
   あたし、おきたよ、もうだいじょうぶだよ。


   ……こわかった、の。


   こわくないよ、だいじょうぶだよ。
   ほら……て、なんでうごかないんだよ、うごけにょ。


   ……。


   えへへ……くち、まわらなかった。


   ……も、ぅ。


   あ、わらった。
   よかった。


   お願いだから、無理はしないで。
   今のユゥはからだの中まで、


   けど、メルにさわりたい。


   ……。


   うーーーー……。


   ……私が、触ってはだめ?


   え?


   ユ、ユゥのかわりに、わ、私じゃ、だめ……?


   うん、いいよ!


   あ。


   えへへ。


   え、えと……ここ、いい?


   どこでもいいよ!
   メルのすきなとこ、さわって!


   ……。


   ん……へへ、くすぐったい。


   あの、痛くはない?


   ん、へーき。


   良かった……。


   ねぇ、あたし、もしかしてかため、つぶれてる?


   ううん、大丈夫……潰れては、いないわ。
   ただ、傷があるから……瞬きで悪化してしまわないように、包帯を巻いているの。
   軟膏を塗る時だけ、私が外すから……だから、ユゥはあまり弄らないでね。


   うん、わかった。
   いじらない。


   ん……。


   ……えへへ、きもちいい。


   ……。


   ところで、メル。
   あたし、どうしてこんなにぼろぼろになってるんだっけ。


   それは……あなたがお師匠さんと最後の手合せをしたから。


   さいごの?


   命の取り合いを、したの。


   え……。


   新しき者が、古き者を越えてゆく為に……。
   それが……ジュピターを継ぐ者の定め、だから。


   ……。


   最後の手合せは、何方が力尽きるまで、続けられる。
   終わる時は……何方かの命が、尽きた時。


   ししょうは、しんだの。


   ……。


   あたしが、ころしたんだね。


   ……。


   そっか……あたし、ししょうのこと、ころしちゃったのか。


   ユゥ……。


   あたしは、ジュピターになったんだね。


   ……。


   そっか……そっか。


   ……殺しては、いないの。


   うん……?


   ユゥは、殺す前に、止(や)めてしまったの……。
   私が、止(と)めてしまったの……。


   メルが……?


   ……ごめん、なさい。


   ……。


   ごめんなさい、ユゥ……。


   ……。


   わたしが、じゃまを、してしまった……とめては、いけなかったのに……みとどけなければ、いけなかったのに……。


   ……それじゃあ、ししょうはいきているんだね。


   ……。


   いきてるんだ、ししょう。


   ……うん。


   そっか。


   意識は未だ、戻っていないようだけれど……。


   ししょうは、いま、ひとり?


   ううん……先生が、傍についているわ。


   うん、それならよかった。
   メルのせんせいがそばにいてくれるなら、あんしんだ。


   ユゥ、わたし……。


   メル、とめてくれてありがとう。
   おかげであたし、ししょうをころさずにすんだよ。


   で、でも……。


   あたしも、いきてるし。
   もんだい、ない。


   でもユゥ、それじゃあなたは……。


   とりあえず、からだをなおしてから、かんがえるよ。
   あー、いきててよかった。あたしも、ししょうも。


   ……。


   ね、メル。
   メルも、そうおもうだろ?


   わたし……わたし、は……。


   あ、なかないで。なくより、わらって。
   あたし、メルのえがおが、みたいよ。


   そ、そんなの……。


   あー、だめだって。
   あーーー。


   ……。


   そ、そうだ。メル、おなかすいてない?
   あたしは、すいたな。ずっとねてたから、なにかたべたい。
   だから、いっしょに、たべよ?


   ……。


   て、あたし、うごけないんだった。
   うごけないんじゃ、なにもつくれない。
   え、どうしよう。


   ……もぅ、ユゥは。


   あ、わらった。
   えへへ、やっぱりいいな。


   ね、ユゥ……私が作ったものでもいい?


   もちろん!
   やった、メルのごはんだ!


   目が覚めたばかりだから、おなかにやさしいものになってしまうけれど……。


   メルがつくってくれるものなら、なんでもたべるよ。


   ん……じゃあ、待ってて。


   うん、まってる。


   ん。


   ふふ、たのしみだなぁ。


   ……。


   ……~~♪


   ……?
   うた……?


   ~~~~♪


   ……ありがとう、ユゥ。


   ~~♪


   ……ふふ。


   ねぇ、メル。


   なぁに?


   きず、なおったら。
   メルのこと、だいてもいい?


   ……え?


   だめ?


   い、良いけど……。


   やった。


   だ、だけど、その為にはまず傷を治さなければいけないから……。


   うん。


   だ、だから、それは先のことで


   そんなさきには、ならないよ。
   すぐに、なおすから。


   仮令ユゥでも、今回の傷はそんな直ぐには治らないと思うの……。


   メルのごはんをたべる、ねる、おきたらまたメルとごはんをたべる、でもってまたねる、そうすれば、すぐだよ。
   よし、がんばろ。


   あ、あんまり頑張らないで……。


   メルはたのしみじゃない?


   ……。


   あたしは、たのしみなんだけど。


   ……ユゥのばか。


   え、そんなにいや?


   ……いやじゃないから、早く元気になって。


   うん、わかった!


   ……もぅ。


   はやく、うごけるようになりたいなぁ。


   その為には安静にして、治すことに専念すること。
   いい?


   はぁい。


   ……。


   ししょうとメルのせんせい、どうしてるかな。
   せんせい、なにかいってた?


   ……先生は、帰ってきてないの。


   え、そうなの?


   ずっと、つきっきり。


   つきっきりかぁ……また、いちゃいちゃしてんのかな。


   そ、それは流石に無理じゃないかしら。
   お師匠さんはユゥ以上にぼろぼろだったし。


   いや、わからない。
   ししょうは、すっごく、いやらしいんだ。
   メルもみたこと、あるだろ?


   あ、あれは……その、たまたま、だったし……い、いつもでは……それに、それを言ってしまったら先生も……。


   ぜったい、いちゃいちゃしてるな。
   うん、してる。


   ……。


   あたしもメルとしたい。
   ね、くちづけくらいなら、いい?


   ……だめ。


   あたし、うごけないし、メルから


   だから、だめ。


   ……どうしても、だめ?


   ……。


   うー。


   ……お師匠さんのこと、言えない。


   え。


   ユゥも、十分に、いやらしい。


   えぇぇ……。


   ……。


   ……それはやだから、もう言わない。


   ユゥ。


   ん、なぁ……


   ……。


   ……メ、ル?


   これで、いい……?


   ……。


   ……いい?


   う、うん……。


   それじゃ……おとなしく、待ってて。
   ね……?


   うん、まってる……。








   ……お待たせ、ユゥ。


   ……。


   ユゥ……?


   ……うん?


   えと……待たせちゃって、ごめんなさい。


   ふ……。


   ……?


   ねぇ、メル……あたし、ちゃんとまってたよ……。


   う、うん……。


   えらい……?


   ……う、ん。


   じゃあさ……ごほうびが、ほしいな……。


   ごほう、び……?


   うん、ごほうび……。


   何が、欲しいの……?


   ……。


   ……ユゥ?


   メルの、いのち。


   え……。


   メルと……ひとつに、なりたい。
   とけあって……そのまま、きえてしまいたい。


   ……。


   なんて……なに、言ってんだろ。


   ユゥは、私とひとつになりたいの……?


   ……なれる、なら。


   わたしで……。


   ……メルじゃなきゃ、だめなんだ。


   ……。


   ひとつになってしまえば……えいえんに、はなれることはないだろう……だか、ら。


   ……ユゥが、そう、のぞむのなら。


   ……。


   ユゥとなら、わたしは……。


   ……ごめん、あんまり気にしないで。


   ……。


   ぼんやりしてたら、なんか……なんだろ、この気持ち……よく、わかんないや。
   おきたばかりで、ねぼけてるのかな……。


   ……星が、生まれる場所。


   うん……?


   同時に……すべてが、終わる場所。


   すべてが……おわる……。


   その場所に行くことが出来たなら……若しかしたら。


   どうやって、いくの……?


   分からない……分かっているのは、ずっと……ずっと、ずっと、遠いところにあると言うことだけ。


   そうか……メルが分からないんじゃ、どうしようも出来ないかな……。


   ……。


   ん、メル……。


   ……若しも、その時が来たなら、一緒に。


   うん……いっしょに。


   ……。


   ん、いいにおい……それ、あつもの……?


   うん……ユゥのお師匠さんが作ったお野菜を煮込んだの。


   ……はは。


   なに……?


   その子達の面倒を見たの、あたしなんだ。


   え?


   前は師匠が面倒を見てあたしがその手伝いをしてたんだけど、ほら、師匠は片腕だからさ。
   これからはお前がやれって。あたしは嫌いじゃなかったし、寧ろ好きだったから、引き継いだんだ。


   知らなかった……。


   教えるの、忘れてた。


   ……早く、言って呉れたら良かったのに。


   そしたら、手伝って呉れた……?


   ……。


   じゃあさ、これからは手伝ってよ……ううん、ふたりでやろう?
   みんなが食べる野菜を、メルとあたしで育てるんだ。


   ……けど、私に


   そうなったら、嬉しいな。


   ……だけど私、何も、知らないわ。
   力も、ないし……。


   教えてあげるよ……でね、まずは出来ることから始めるんだ。
   やることは、いっぱいあるからさ……ひとつずつ、やっていこう。


   ……。


   メルはお勉強、好きだろう?
   畑もお勉強と同じだよ……ひとつずつ、覚えていくんだ。
   ひとつずつ、覚えていって……気付いたら、出来ることが増えてる。
   ね、同じだろう……?


   ……やって、みる。


   ふふ、やった……たのしみ、だな……。


   ……。


   はぁ……。


   ……だいじょうぶ?


   ん……だいじょうぶだよ。
   だけど、すこし、体力が落ちてるのかも……へへ、しゃべるのって案外、体力使うんだねぇ……。


   ……。


   ね、ごはん、食べてもいいかな……。


   ……今日はもう、休んだ方が良いかも知れない。


   ……。


   ごはんなら、また、今度でも


   いやだ。


   ねぇ、ユゥ……今は、無理をしないで欲しいの。


   無理なんか、してない。


   意識が戻ったのだから、


   今、食べたいんだ。


   ……。


   どうしても、食べたいんだ……。


   ユゥ……。


   ……少しだけでも、良いんだ。
   一口だけでも良い……食べさせて、欲しい。


   ……。


   わがまま、言って……ごめんね。


   ……無理だと、判断したら。


   その時は止めて呉れて、構わない……。


   ……無理に食べるようなことは、しないで。


   ん、わかった……約束、する。


   ……。


   ねぇ、メル……。


   ……なに。


   この、腕とか胸とかに刺さってるの、抜いちゃだめなんだよね……。
   と言っても、自分じゃ抜けないけど……さ。


   ごめんなさい……それは未だ、治療に必要なの。


   然うだよなぁ……メルが無駄なものを、あたしに刺しておくわけがないもんな……。


   ……あのね。


   ……。


   意識が戻ったから……数は、減らせると思うの。
   今直ぐには、無理だけど……。


   ……どうすれば、外せるの?


   最低でも、口から食事を摂ることが出来るようになれば……栄養や水分を送っている管は、外せると思う。


   それは……どれ?


   ……腕の、これ。


   んー……はは、ちょっと見えないや。
   でも、メルの指の先にあるのが外れるってのは、分かった……。


   ……。


   ねぇ、メル……あたしの中は今、どんな風になっているの?
   中も、ぼろぼろなんだよね……。


   ……。


   教えて。


   ……臓腑まで、損傷が及んでいたの。


   ……。


   血も、沢山流れて……生きているのが、不思議なくらいの状態だった。


   そう、なんだ……。


   ……。


   それじゃ、えと……食べたいって、言ったけど……ごはん、だいじょうぶかな……。


   ……。


   メル……?


   ……臓腑の損傷は、もう完治しているから。


   だから、食べても大丈夫……?


   ……うん。


   そっか、良かった……。


   だけど、何も食べていなかったから……負担を掛けてしまわないように、まずは消化の良い物を摂取していくの。


   いっぱい食べるのも、だめ……?


   ん……。


   そっか……でもまぁ、いいや。
   全く食べられないわけじゃ、ないし……。


   それでね、暫くは私が作ったものを食べて貰うようになるのだけれど……いい?


   もちろん……ありがとう、メル。


   ……。


   メル?


   ……あなたの修復機能は、私達が思っていた以上に。


   修復、機能……。


   ……けれど、それでも追い付かなかった。


   う……。


   ……少しでも早く、治癒する為に。


   あの、メル……。


   ……意識は、戻らなかったのだと。
   然う、頭では理解していたのに……。


   ……。


   ……それなのに、私。


   ありがと……メル。


   ……。


   修復機能が働いたとしても……メルが傍に居てくれなかったら多分、あたしは死んでた。
   メルがずっと傍に居てくれたから、一所懸命にあたしを助けて呉れようしたから……あたしは、生きてる。
   だから、ありがとう……。


   ……どうして。


   それから、ごめんね……。


   ……どうして、あなたは。


   寝坊して、ごめん……。
   さっさと起きていれば……泣かせてしまうことも、なかった。


   ……。


   これからはもう、泣かせない……。
   無理かも知れないけど……それでも出来るだけ、泣かせない。


   ……ユゥ。


   よし……食べても大丈夫なことが、分かったところで。
   メル、ごはんにしよう……一緒に、食べよう。


   ……。


   ね……?


   ……うん。


   それじゃ、早速……。


   ……。


   ……どうやって、食べよう?


   えと……寝台、少し動かすね。


   へ……。


   ゆっくり動かすけれど……何かあったら、直ぐに言って。


   待って……これ、動くの?


   ん……こういう時の為に、先生が作っておいた特別な寝台なの。


   そ、然うなんだ……あ、本当に動いてる……。


   大丈夫……?


   うん、大丈夫……。


   あと、もう少し……。


   わぁ……ほんとに、すごいな。


   ……ん、これくらいの高さなら。


   メルの先生は、本当にすごいね……こんなの、作っちゃうだなんてさ……。


   ……ね。


   あと、ちょっと面白かった……。


   ふふ……それは良かった。


   メルもこういうの、作れるようになるんだ……ううん、きっともう、作り方は知ってるんだよね。


   ……。


   あたしの中では、いつだって、メルが一番なんだ……。


   ……ありがとう、ユゥ。


   ほんとう、だよ。


   ……ん、わかってる。


   じゃ、躰が起き上がったところでごはん……


   私が、食べさせてあげる。


   ……え。


   だから、口を開けて貰って……?


   ……。


   ……ユゥ?
   どうしたの……?


   ん、いや……あたし、メルに食べさせて貰うんだって、思ったら。
   なんだか、どきどきしてきちゃった……。


   ……。


   え、えと、それであたしは、どうしたら良いのかな……。


   ……口を開けて貰っても、良い?


   ん、分かった……。


   ……。


   ……。


   ……お野菜が溶けてしまうまで煮込んで、とろみも、つけたの。


   ……?


   だから、詰まることはないと思うのだけど……でも、絶対詰まらないとは言えない……の。


   う、うん……。


   え、と……その、だから。


   ……。


   口……もう少し、開けて貰ってもいい?


   あ、あぁ……。


   ……。


   ……。


   ……それじゃ、口の中に入れるね。


   ん……。


   ……。


   ……ん。


   あ。


   ……へへ、こぼしちゃった。


   ご、ごめんなさい……!


   ……つ。


   ……!


   ちょっと、いたい……。


   ……。


   ねぇ……メル。


   ……ごめん、なさい。


   ううん……。


   ……。


   ね……初めて、なんだろ?
   だったらさ、失敗したって良いんだ……。
   ううん、初めてじゃなくたって……良いんだよ。


   ……でも。


   メル……もう一回、食べさせて?


   ……。


   失敗をおそれていては、なにも、出来ない……メルの先生が、良く、言ってること。
   だから、ね……?


   ……う、ん。


   うん、それじゃ……あー、


   ……。


   ……メル、力を抜いて。


   うん……。


   ……。


   ……あ。


   ん……おいしい。


   ……。


   おいしいよ、メル……。


   ……あぁ。


   ね、もっと食べたいな……。


   うん……うん……。


   ……。


   ……。


   ……ねぇ、メル。


   なに……?


   ……あたし、ジュピターになりたくないな。


   ……。


   ……なりたく、ない。


   うん……。


   ……。


   ユゥ……。


   ねぇ……もう、一度。


   ……。


   口付け、して欲しい……ごはん、食べ終わったら。


   ……。


   ……だめ、かな。


   ううん……そんなこと、ない。


   ……じゃあ、


   ……。


   ぇ……ん。


   ……。


   ……メル。


   ごほうび……まだ、だったから。


   ごほうび……。


   ……ちゃんとまっててくれた、ごほうび。


   あぁ……。


   ……命は、その時が、来たら。


   うん……メル。


   ……。


   ね……これがさっきのごほうび、なら。
   食べ終わったら、またしてくれるってこと……?


   ……。


   メル……。


   ……何度、だって。








   一度、溢れてしまった想いを、どうして、押し留める事が出来ようか。








  -久遠(パラレル)





   貴女は私の手を取って、共に歩もうと言った。
   そして私は、生きる喜びを知ったの。








   んー……今日も、香しいなぁ。
   良い陽気だし、こんな日はこの子の香りを楽しみながらのんびりとお茶を飲むに限る……。


   まことさん。


   ……お、と。


   またそんな薄着で。
   躰を冷やしては駄目だと、言っているでしょう?


   いや、今日は風もなく陽気も穏やかだから……これくらいで、丁度良いかなって。


   だめです、もう一枚着て。


   けど


   せめて、羽織って。


   本当に大丈夫なのに……亜美さんは心配性


   まことさん?


   はぁい。


   それと、お茶請けにこちらを。


   ……うぉふ。


   なぁに、その声は。


   ふ、深い意味はないです……ただ、ちょっと。


   ちょっと、何でしょう?


   食べられないわけではないのだけど、においが、すこぉし苦手なんだよなぁって。


   時間を掛けて丹念に下処理をしたことは、まことさんも良く、知っていますよね?


   はい……良く、存じております。


   ですので、そこまでは気にならない筈です。
   さぁ、どうぞ。


   う……。


   たったの二粒です。


   ……甘味が、欲しい。


   こちらにまことさんの好物である甘く炊いたお豆があります。
   その二粒をちゃんと


   頂きます。


   はい、どうぞ。


   ……。


   間違っても丸飲みしようとは思わないで下さいね。
   喉に詰まらせてしまうから。


   …………うーー。


   はい、もう一粒。


   ……笑顔が、怖い。


   なぁに?


   あ、いや、よく噛んだとしてもお茶で流し込んでしまえばいけるな、と。


   それ、いつも言っていますね。


   …………。


   はい、それで今日の分はお仕舞いです。


   ……お豆。


   こちらに。


   お豆ぇ……。


   ゆっくり、食べて下さいね。


   うん……あぁ、美味しい……。


   ふふ、良かった。


   亜美さんが炊く、このお豆……あたしが作っても、この味には絶対にならないんだよなぁ……好き……。


   ……もう少し、食べますか?


   うん、食べる……へへ、しあわせ。


   ……私はそんなあなたの顔を見るのが、好きです。


   ん、なぁに?


   食べ過ぎても良くないので、残りは夕餉に食べましょうね。


   うん、然うする。
   夕餉でも食べられるなんて、しあわせだなぁ。


   ……ふふ。


   ね……亜美さんも、どう?
   一緒に食べようよ……って、言いたいところだけど。
   うつしちゃうから、だめだよなぁ。一緒に食べた方がもっと美味しいのに。


   ……実は。


   ん?


   私の分も、こちらに。


   あ。


   一緒に食べようと、思って。


   あはは、流石は亜美さん。


   ふふ。


   ……。


   ……。


   ……美味しいね。


   はい……。


   ……。


   ……今日は本当に良い陽気ですね。


   だろ……?


   ……だからって、油断は禁物です。


   はい、気を付けます……。


   ……。


   ねぇ、亜美さん。


   ……なんでしょう。


   あの……ぎんなん、未だ食べなきゃだめ?
   咳は大分、鎮まってきたし……もう、良いんじゃないかな。


   淡はもう、絡まない?


   うん、あんまり絡まない。


   ……。


   よ、夜も、咳き込むこと、なくなったし。


   それは、咳止めが効いているから。
   然うとも、考えられます。


   う。


   ぎんなんには咳止めや淡切りだけでなく、滋養強壮や肺を温める効果があります。
   滋養強壮は敢えて説明しませんが。


   ……。


   先ずひとつ、肺を冷やすと呼吸が苦しくなり、酷いと呼吸困難になる恐れがあります。
   また、肺が冷えた状態で発生する咳、或いは喘息のことを肺寒と呼びます。
   これらの症状は冷やすことで更に悪化しますから、然うならない為にも、肺を温める必要があるのです。


   ……はい。


   ですので、薄着で居るなんて以ての外です。


   ……まことに申し訳ありませんでした。


   ……。


   ……洒落では、ないよ?


   分かっています。


   で、ですよね……。


   風邪は治りかけが肝心なんです。
   治りかけに咳が酷くなることも


   あ、あの、大夫?
   あたし、ちょっと熱が出てきそうなんだけど……。


   ……。


   ……。


   ……然うね、明日からは生姜湯にしましょうか。


   生姜湯……。


   生姜湯にも咳止めと躰を温める効果がありますから。


   ……最初から生姜湯が


   ……。


   あ、いえ、なんでもありません。


   兎に角、忘れずにちゃんと飲んで下さい。
   良いですか。


   あの、甘みがあると飲み易いんですが……。


   頂いた蜂蜜があるので、それを少し入れようと思います。
   蜂蜜にも


   やった!


   ……。


   ……すみません。


   もう、まことさんは。


   や、面目ない……。


   ちょっと良いですか。


   え、あ、うん……。


   ……。


   ……。


   ……熱は、すっかり下がりましたね。


   うん……もう、大丈夫だと思う。


   だけど、ぶり返すこともあるから……無理は、しないで。


   ん……分かってる。


   ……。


   早く治して、亜美さんと一緒に寝たいなぁ。
   もうずっと、一緒に寝てない……。


   ……ずっとと言っても、未だ、二週間ですよ。


   二週間も、だよ。
   しかも未だ、続くんだよ。


   ……。


   亜美さんの温もりが、恋しくてしょうがないんだ……。


   ……一緒に寝る為には、ちゃんと治さないと。


   うん、分かってる。
   その為に、苦手なぎんなんだって食べたんだ。


   ……忘れたふり或いは食べたふりをしていたのは、誰でしょうね?


   そ、それは……だけど、最後はちゃんと食べたよ。


   言わなきゃ、食べませんでしたよね。


   ……。


   こどもっぽいんだから。


   はは……本当に、面目ない。


   はぁ。


   ……え、と。


   何ですか。


   あ、いや、こんなに長引くなんて、思わなかったなぁってさ。
   高熱を出すのだって、こどもの時以来だし。


   ……それだけ、歳を重ねているんです。


   歳……歳、かぁ。


   歳を重ねれば重ねる程、治りが遅くなるのは仕方がないことだから。
   だからこそ、予防が大事になってくるの。


   ふむ……。


   ……まことさん、聞いてますか。


   いやさ、亜美さんと出逢って、大分経ったんだなぁってさ。


   ……。


   あっと言う間だったなぁ……。


   ……然うですね。


   毎日が本当にしあわせで……まぁ、たまには喧嘩もしたけれど。


   ……。


   改めて、亜美さん。
   これからも君と、一緒に居たい。


   ……。


   どう、かな。


   はい……私も、です。


   ん……良かった。


   ……ところで、まことさん。


   なんだい?


   この花……銀木星ですよね。


   ん、然うだよ。
   折れていたから拾ってきて、活けたんだ。


   ……。


   ……あ。


   それ、私の目を盗んで出歩いたということですよね。


   いや、それは……でも、ほら、家の直ぐ裏だし。


   もう、動けるようになると直ぐに然うなんだから。


   ご、ごめんなさい……。


   それで若しも、ぶり返してしまうようなことになったら……いつまで経っても、私と一緒に寝られないんですからね。


   それは、困る。
   すごく、困る。


   だったら、油断だけは本当にしないで。
   今は治すことに専念して。


   は、はい……。


   ……それに、私だっていい加減一緒に寝たいんですから。


   え。


   ひとりねは、寂しい。
   然う言ったんです。


   あ、はい……。


   ……。


   え、ええと……。


   ……それは、兎も角。


   う、うん。


   白くて、可愛いお花ですよね。


   あ、あぁ……それに、良い香りだろ?


   ええ、とても。
   金木犀と、似ているけれど……銀木星の方が、控え目で。


   それから、やわらかで……まるで、亜美さんみたいだ。


   ……。


   可愛いなぁ。


   ……もぉ。


   あはは。


   ……まことさんに、教わったんですよね。


   ん、然うだったっけ。


   然うですよ、憶えてないんですか?


   んー……あ、思い出した。


   本当に?


   ……。


   まことさん?


   あの頃は、その……気を引きたいという下心も、あり。


   ……。


   い、いやぁ……あの頃は本当に必死だったなぁって。


   ……少し、懐かしいですね。


   あ、うん、然うだねぇ……。


   ……。


   ……ん、亜美さん?


   ……。


   えと、どうかした……?


   ……なんでもないです。


   本当に……?


   ……本当に。


   ……。


   ……まことさん。


   あー、これは……かなり、きつい。


   ……。


   抱き寄せたいのに、出来ないのは。


   ……。


   ……え、と。


   これだけ、なら。


   ……。


   ……手だけ、なら。


   うん……だけど少し、と言うより、大分物足りない。


   ……言わないで。


   ん、ごめん……。


   ……。


   ……早く、抱き締めたいなぁ。








   ……まことさん。


   ん……。


   こんな所で眠ってはいけませんよ。


   あぁ、亜美さん……診療は、落ち着いたのかい?


   はい。
   たった今、最後の患者さんが帰ったところです。


   然う……。


   さぁ、眠るのならお布団に。


   いや、ちょっとぼんやりしてただけだよ。


   目を瞑って?


   うん、目を瞑って。


   ……寒くはありませんか。


   ん、大丈夫……亜美さんが着物を一枚、羽織らせて呉れたから。


   ……膝掛を。


   あぁ……うん、ありがと。


   それから、お茶を淹れてきたんです……飲みませんか。


   丁度、飲みたいなぁって思ってたんだ。
   重ね重ねありがとう、亜美さん。


   ……どういたしまして。


   ん……あったかい。


   ……手が、冷たくなってます。


   然うかな。


   ……もう少ししたら、私とお布団に行きましょう。


   亜美さんと一緒に行って、一緒に眠れたら良いんだけどなぁ。


   ……。


   秋が、深まって……そして、今年も冬が来る。
   雪、今年はどれくらい降るかな。


   ……去年は大雪で、大変でしたね。


   そうそう、自分の家だけでなく他の家の雪掻きもしたんだっけ。


   家だけでなく、村の本道の雪掻きも。
   診療に来る患者さん達も助かると非常に喜んでいました。


   あはは、然うだったね。


   だから……見て下さい、まことさん。


   ん?


   今日も畑は大丈夫です。


   あぁ、里芋……今日、収穫して呉れたのか。
   じゃあ、食べる分とひとに配る分、それから来年にまた植える分を分けないと。


   あの、まことさん。


   うん?


   種芋にする分は、任せて欲しいと。


   ……え?


   穴はもう掘ってあるそうです……ですので、明日にでも


   いやいや、待って。
   流石にそこまで甘えるわけには……。


   私も然う言ったのですが……寧ろ、やらせて欲しいと。


   や、それにしたって……あぁ。


   ……?
   まことさん……?


   やっぱり、亜美さんのおかげだ。


   ……私の?


   亜美さんが都に戻らず村に残って、ずっと皆を診て呉れているから。
   だから、皆は今でもあたし達を助けて呉れるんだ。


   ……いえ、全てはまことさんの


   こんなに助けて貰って、お礼をしないわけにはいかないな。
   となると今年の冬も雪掻き、頑張らないと。


   ……腰を痛めてしまわぬよう、気を付けて下さいね。


   いやぁ、風邪の次に腰痛で寝込むようなことになったら、笑い話にもならないよなぁ。


   全く、笑えませんよ。


   はい、気を付けます。


   ……ちょっと、冷えてきましたね。


   ん、然うかな。


   そろそろ、中に。


   うん……。


   ……まことさん。


   ん、いや……あ、然うだ。
   亜美さん、これ。


   文(ふみ)、ですか。


   然う、うさぎちゃんからだよ。
   亜美さんが忙しそうだからって、配達人がこっちに回って呉れたんだ。


   あぁ。


   一緒に読もうと思って、未だ読んでないんだ。
   日が暮れてしまう前に此処で読もうよ。


   けど、それは家の中でも


   読んだら、入るから。


   ……。


   だめ、かな。


   ……読んだらちゃんと入って下さいね。


   うん。


   ……。


   ん、亜美さん?


   一緒に読むのは構わないのですが……。


   ……あぁ、くっつくわけにはいかないか。


   えと、私が読み上げましょうか。


   あたしも、読めないわけじゃないけど……今回は、お願いしようかな。


   はい……それでは、読みますね。


   うん。


   「まこちゃん、あみちゃんへ。
   お元気ですか? あたしは、元気です」


   ふふ、目に浮かぶなぁ。


   「こんど、ちびうさをつれて村にかえることにしました。そしたら、ふたりのおうちにあそびに行くつもりです」


   ……え?


   「このお手がみがいつ、とどくかわからないけど、もしかしたら、とどくころにはかえってるかもしれません」


   いや、ちょっと待って。
   ちびうさちゃんを連れて帰ってくるって、どういう意味?
   まさか、


   多分、まことさんが考えているようなことではないと思いますよ。
   これ、見て下さい。


   うん?


   家族三人の絵、とても仲睦まじそうだと思いませんか。


   あぁ、確かに……みんな、笑顔だ。


   でしょう?
   だから、そんな心配は要らないと思います。
   恐らく、仕事の都合で一緒に来られないだけかと。


   然うか、なら良いんだけど。
   あー、吃驚した。


   それにしても、平仮名ばかりで。
   ふふ、うさぎちゃんらしい。


   ここ、ばってんがついてる。
   字を間違えたんだ。


   この文はレイさんには見せられませんね。


   はは、違いない。


   続き、読みますね。


   うん、お願いします。


   「村にかえるのは、おなかにもうひとり、こどもができたからです」


   え。


   ……あぁ、それで。


   あ、亜美さん、続き。


   はい。


   うさぎちゃんに、もうひとり、こども……。


   「まもちゃんが、うごけるうちに、村にかえったほうがいい。村にはあみちゃんもいるし、そのほうが、いい。
   って、いってくれたので、かんがえたけど、かえることにしました」


   確かに、衛の言う通りかも知れないな……ちびうさちゃんの時も、然うだったし。


   「まもちゃんは、しごとがおちついたら、きてくれるそうです。
   あえないあいだは、さびしいけど、でも、村のみんながいてくれるから、だいじょうぶだとおもいます。
   だからまこちゃん、あみちゃん、ぜったい、ぜったい、あそびにいくから、まっててね」


   亜美さんの言った通りだね……しかし、見事に平仮名ばかりだ。


   「あと、あかちゃんのこと、だっこしてあげてね。
   ついでに、ちびうさとあそんでくれると、うれしいです」


   それは、勿論。
   楽しみだなぁ。


   「そうそう、ちびうさといえば!
   さいきん、やたらとなまいきなことをいうようになったの!
   ほんと、やんなっちゃう!!」


   あ、あぁ。


   「かきたいことはいっぱいあるけど、そのへんにしておけといわれたので、このへんにしておきます」


   話を聞いたら、長くなりそうだなぁ。


   「だいすきな、まこちゃんと、あみちゃん。
   どうか、おからだにはきお……きを、つけてね。
   うさぎより、あいをこめて」


   ……。


   ……。


   ……なんだか、泣けてきた。


   ……私もです。


   風邪なんか、いつまでも引いてられないな。
   さっさと、治さないと。


   ……漢字のお勉強を、もう一度した方が。


   え?


   レイさんに言って、書き取りのお手本を用意して貰って……。


   亜美さん、それは良いんじゃないかな……。


   けれど、これは……。


   いや、分かるけど……。


   ……明日にでもレイさんに


   亜美さんは動かなくても良いと思うよ、レイのところにも届いているだろうから。


   ……。


   ……多分、かなり呆れてると思うんだ。


   然うでしょうね……。


   ……。


   ……。


   ……なんにせよ、元気そうで良かった。


   いつ頃、帰ってくるのでしょうか。


   この文、いつ頃出したんだろう。
   この村に配達人が来るのは月に一度だから……明日あたり、帰ってきたりして。


   ……。


   ……ないとは、言えないな。


   です、ね……。


   遊びに来たらどうしようか。
   嬉しいけど、困ったな。


   まことさんは風邪が治っていないので、その時は私がちゃんと説明します。
   うさぎちゃんにうつしてしまったら、大変ですし。


   なんであたし、風邪なんて引いてるんだろう……。


   間が悪かったですね……。


   亜美さんとは一緒に眠れないし……。


   ……。


   ……明日目が覚めたら、治ってないかな。


   それは、無理ですね。


   だよねぇ……はぁぁぁぁぁ。


   まことさん。


   ……なに。


   そろそろ、家の中に入りましょう?
   少しでも早く、風邪を治す為に。


   うん……然うする。


   ……。


   ん……亜美さん?


   ……手を。


   うん。


   ……。


   ……早く、抱き締めたいな。


   ……。


   ……え。


   ……。


   あ、亜美さん?


   ……一瞬、だけ。


   いや、でも……あぁ。


   ……ん。


   久しぶりの、亜美さんだ……。


   ……。


   離したく……あ。


   ……一瞬だけ、ですから。


   あ、あぁぁ……。


   ……この続きが、したいのなら。


   すごい、したい……口付けが、したい……。


   ……だったら。


   うん……さっさと、治す。


   ……。


   亜美さんの手は、あったかいね……。


   ……まことさんの手は、いつもより、冷たいです。


   ……。


   ……ねぇ、まことさん。


   なんだい……亜美さん。


   ……おいて、いかないでくださいね。


   ……。


   ……縁起でもないですね、ごめんなさい。


   いかないよ。


   ……。


   ……いかない、から。


   ん……。


   ……。


   ……。


   ……ね、亜美さん。


   なぁに……まことさん。


   うさぎちゃんの孫、見てみたくない?


   うさぎちゃんの孫……?


   然う、見てみたいとは思わないかい?


   見てみたいですけど……気が、早いのでは。
   ちびうさちゃんは、未だ


   良いじゃないか、少しくらい早くても。


   ……。


   ね。


   ……然う、ですね。


   うん。


   然れど……。


   ……うん?


   子を望むかどうかは……ちびうさちゃんや生まれてくる子とその伴侶が、決めることですから。


   ……。


   ごめんなさい……まことさんは、然う言うつもりで言ったわけではないのに。


   いや……良いんだ。
   あたしこそ、ごめん。


   ……。


   ……亜美さんは、


   私は。


   ……。


   後悔なんて、していない。
   この先も、することなんて、ない。
   だって私は。


   ……。


   ……貴女と同じ時間を刻んでいくことこそが、私のしあわせなのだから。


   あぁ……。


   ……まことさんは、


   後悔なんて、ない。するわけ、ない。
   亜美さんと一緒に生きていくことこそ……あたしの喜び、しあわせなのだから。


   ……。


   ね……二人目の子も、元気に生まれてきて呉れると良いね。


   その為に、私は力を尽くすつもりです。
   子だけなく……母の命、も。


   うん……あたしに手伝えることがあったら、なんでも言って欲しい。
   なんでも、するから。


   はい……頼りにしています。


   うん……任せて。


   ……。


   抱っこするのが、楽しみだ……ね、亜美さん。


   然うですね……とても、楽しみです。


   ……む、


   ……?


   ……クショイッ!


   あ。


   ……あー。


   もう……。


   へへ……面目ない。


   温かいお茶を淹れましょう。
   それから、夕餉の支度も。


   ん、ありがとう。


   洟も拭いてあげますね。


   あ、いや、それは自分でやります……。


   遠慮なんてしなくて良いのに。


   遠慮は、してないかな……。


   ……ふふ。


   はは……。


   ……銀木星も、中に入れてあげないと。


   お願いしても、良いかな。


   はい。


   んー……今日は、本当に穏やかで良い日だったなぁ。
   うさぎちゃんから文が届いて……久しぶりに、亜美さんのやわらかさを感じることが出来た。


   ……。


   明日も、晴れるかなぁ。


   ……晴れると、良いですね。








   仮令、選んだ道が険しいものであっても、貴女とならば歩いてゆける。
   掛け替えのないただ一人の為に、私は生きてゆくの。









  -Chain of Fate(前世・先代)





   其の身を、捧げよ。
   其の命を、捧げよ。
   其の魂を、捧げよ。








   ふ、わぁぁぁぁぁぁぁぁ……。


   どうかしら、調子は。


   ……あぁ、見ての通りだよ。


   然う、元気そうで何より。


   退屈で死にそうだよ。


   退屈如きで、ひとは死なないわ。


   死なないけど、死にそうなんだよ。


   あ、そ。


   退屈凌ぎになりそうなこと、何かないもんかね。


   いっそのこと、眠ったら?


   寝るのも飽きた。


   ……。


   ん、なに。


   大分良いみたいね。


   お蔭様で。


   痛みは?


   これと言って、特には。


   然う。


   ……。


   何、この手は。


   良いだろ、少しくらい。


   良くないわね。
   貴女の退屈凌ぎにされるなんて、真平御免だわ。


   退屈凌ぎにしようって言うわけじゃないさ。


   それ以外の理由があると言うの?


   そりゃあ、あるだろ。
   そもそもあたしは、一度だって、お前を退屈凌ぎにしたことはない。


   ……さんざ、捌け口にはされたけれど。


   さんざは言い過ぎだ。


   全否定はしないのね。


   出来ないからな。


   それで、今は?


   あ?


   退屈凌ぎではないのなら、捌け口?


   違う、確かめたいだけだ。


   確かめるだけなら、これだけで十分でしょう。


   これだけじゃ足りない。


   矢っ張り、捌け口じゃない。


   だから違うって言ってるだろ。


   どう違うのかしら。


   はぁ……本当、お前は。


   なぁに?


   良いよ、もう。


   拗ねなくても良いのに。


   五月蠅い、寝る。


   寝るのには飽きたのではなくて?


   然うだけど、他にすることがないんだよ。


   だったら、私と。


   ……私と?


   お話を、しましょう?


   ……。


   期待したの?


   あぁ、然うだよ。


   相変わらず、単純ね。


   ……で、話って?


   貴女の声が聞きたいの。


   あぁ?
   いつも聞いて……


   ……。


   ……はぁ。


   で?


   昨日も、聞いたが。
   ちびたちは、どうしてる。


   然うね、元気にしてるわよ。
   あの子の方が貴女よりも回復は早かったし、うちの子と今日も仲良く過ごしているわ。


   あぁ、それは羨しいことで。


   あら、私たちも仲良く過ごしているじゃない。


   はいはい、然うだな。


   意識が戻らない貴女の傍に、ずっと、居てあげたのにね。


   意識がないんじゃ分からないし、仲良くも過ごせないだろ。


   意識のない貴女の躰を、私は献身的に


   あぁ、はいはい。
   手当て、ありがとうな。


   ……もう、お仕舞いかと思ったわ。


   あ?


   それぐらい酷かったのよ、貴女の状態。
   骨も、臓腑も、何もかも。


   ……だろうな。


   私は毎日ずっと付きっ切りで、多くの管に繋がれている貴女を


   だから、ありがとうって言ってるだろ。
   なんだよ、その芝居染みた仕草は。


   ……役者は無理かしら。


   ヴィナにでも習うか。
   あいつなら、


   いやよ、絶対に、いや。


   お前、あいつのこと嫌いだよな。


   嫌いと言うより、相性が合わないだけよ。


   相性、ねぇ。


   ……。


   ん、なんだよ。


   大体、貴女のせい。


   は、なんで。


   さぁ、なんでかしらね。


   教えろよ。


   癪だから、いや。


   癪って。


   ……。


   はぁ……まぁ、良いけどさ。


   ヴィーナス、貴女のことが好きなのよ。


   ……あ?


   なんて、私が言うと思ったの。


   思いきり、言ったな……今。


   けれど、貴女は全く気が付かなかった。


   本当なのか、それ。


   確かめてみたら?


   面倒臭いから良い。
   あたし、お前しか興味ないし。


   ……。


   なに笑ってるんだよ。
   可笑しなことなんか、言ってないだろ。


   ええ、然うね。
   全く、言ってないわ。


   そこまでにこにこしてると、かえって怖いな……。


   なぁに?


   いや、なんでもないよ。


   そ?


   然うだよ。


   ……ふふ。


   隕石でも降ってくるんじゃないか……。


   あら、良いじゃない。
   恋人がごきげんなのだから。


   然うだなぁ、抱けたらもっと良いんだけどなぁ。


   抱きたい?


   抱きたい。


   でも、だめ。


   ……知ってたよ。


   期待した?


   するよ、何度でも。


   そ。


   ……くそぅ。


   ひとりで、続けているわよ。


   ……何を。


   鍛錬。
   貴女の教えを、守って。


   ……然うか。


   ええ。


   ……。


   ジュピ


   其の名はもう、呉れてやったから。


   ……然うだったわね。


   全部、呉れちまった。
   あたしにはもう、何も残っていない。


   ……。


   本当だったら……この命だって、もう終わってる筈だった。


   ……余計なことをされたと、思っているのね。


   然うだな、あいつには屍を越えていって貰おうと思っていたからな。


   は?


   格好良くないか。
   屍を越えてゆけって。


   莫迦過ぎて掛ける言葉が見つからない。


   なんでだよ、すごい考えたんだぞ。


   莫迦だとは思っていたけれど、救いようのない底抜けの莫迦だったわ。


   おい、ちょっと言い過ぎだぞ。
   莫迦って言うのは一日三回までだって、言ったろ。


   然うね、だから三回しか言っていないわ。


   いや、これからまだまだ言うつもりだろ。


   代わりの言葉なら幾らでもあるわ、それを使わなくてもね。


   あぁ?


   然う言うことを考えられる頭があるのならば、出来れば他に使って欲しいものね。
   具体的に言えば記憶力に。


   遠回しに莫迦って言ってるな……。


   言葉は使ってないのだから、良いでしょう?


   あたしだってな、傷付く


   はいはい、然うね。
   傷だらけね、躰が。


   誰がうまいことを言えと。


   ……。


   あ?


   ……全部じゃないわ。


   なんだよ、急に。


   全部、呉れてしまったと言うけれど。
   全部じゃないわ。


   ……急に真面目になるのな。


   私はいつだって真面目だわ。


   不良が良く言うよ。
   お前みたいなマーキュリー、なかなか居ないと思うぞ。


   知らないだけでしょう。
   何代続いていると思っているの。


   数えるのも莫迦らしいな。


   命が、残ったわ。


   ……。


   ……命が、残っている。


   然うだな……良いのか、悪いのか、分からねぇけど。


   殺さないで。


   ……。


   あの時、あの子は、然う叫んだ。
   どうしてだと思う?


   ……さぁな。


   あの子に、己の師匠を殺めて欲しくなったからよ。


   ……それじゃあ、駄目なんだよ。


   ええ、然うね。


   あたし達は……ずっと、然うやって繋いできた。言わば、宿命と言うヤツだ。
   ちびには、あたしを越えていって貰わなければ駄目なんだよ。
   マーキュリーを、守る為に。


   ……最後まで姫の為とは言わないのね、貴女は。


   言ったろう、マーキュリーを守ることが姫を守ることに繋がると。


   滅茶苦茶だと、思った。
   今も然う、思ってる。


   だけど、ここまで守ってきた。
   違うか。


   ……違わないわ。


   お前を守り、お前と生きる為に、あたしの生はあった。
   守るべきものを守り、そして共に生きる。
   ちびにも、願わくば、然うなって欲しいんだ。


   ……。


   ……だけど、な。


   なに。


   命を拾って良かったとも、思ってるんだよ。


   ……ちょっと。


   またこうやって……マーキュリー、


   私ももう、違うの。


   ん?


   私も、あげてしまったわ。


   ……然うか。


   ……。


   だったら……昔の名で、呼ぶか。


   ……その名だって。


   良いだろ、今だけだ。
   なぁ……メル。


   ……。


   メル、またお前とこうして話が出来て……嬉しく、思っているよ。
   覚悟も何もかも、あの時に決めた筈だったのに……それでも、未練ってのはあるんだな。


   ……ユゥ。


   はは、お前のそんな顔、初めて……ん。


   ……。


   ……メル。


   傷の、具合は……。


   ……お前が一番、知ってるだろ。


   知らないわ……。


   ……あたしのことを一番知ってるのは、いつだって、メルだよ。


   いつだって、知ろうとしてた……だけど、全てを知ることなんて出来ない。


   ……。


   ん、ユゥ……。


   やっぱり、片腕じゃ駄目だな……抱き締められない。


   ……片腕だけでも。


   メル。


   ……。


   おいで……メル。


   ……いや。


   は……?


   ……。


   いや、今は素直に来て呉れる流れだろ……。


   ……私、素直じゃないの。


   お前なぁ……。


   ……貴女と、生きられて。


   ……。


   楽しかったわ……ユゥ。


   ……まるでこれで終わりみたいな言い方だな。


   これからも、楽しませてね。


   ……あぁ、喜んで。


   ……。


   と、言うわけだから。
   しようか、メル。


   しないわよ、ユゥ。


   だから、お前……この流れは、然うなって然るべきだろ。


   しようかと言われて、素直に頷く私だと思っているの?


   思っていないけど、今はそれでも良いじゃないか。


   生憎、私は良くないの。


   あぁ、然うかい……。


   少しは退屈凌ぎになったかしら?


   あぁ、なったなった。


   然う。
   それは、良かった。


   はぁ。


   ……。


   ……あ?


   ユゥ。


   ……て、おい。


   なぁに……?


   ……お前、なぁ。


   流されて、呉れるのでしょう……?


   ……あぁ、あたしは単純だからな。


   本当、然う言うところ……。


   ……どうせ、単純だよ。


   好きよ。


   ……。


   ……大好きよ、ユゥ。


   メル……。


   ……あの子、ね。


   うん……?


   ……どうやら、私のことも考えて呉れていたみたいなの。


   へぇ……?


   ……本当、私に似ていないわ。


   然うかな。


   ……ん。


   似ていると、思うけどな……優しいところなんて、特に。


   私は……ん、優しくなんて、ないわよ……?


   ……優しいよ、素直じゃない上に不良だけどな。


   不良って……貴女だって、然うじゃない。


   所詮、似た者だろ……あたし達は。


   ……どこが似ているのかしら。


   あたしは、嬉しかったけど。


   ……ふぅん。


   あぁ、久しぶりだな……。


   ……最期だと言いながら、さんざしたの、忘れたの?


   さんざしたけど……それは最期だからだと、思ってたからだよ。


   あ……。


   ……良い声。


   ねぇ……。


   ……今更、おあずけはないだろ。


   しないわよ……もう。


   ……んじゃ、遠慮なく。


   始まりの、ふたり。


   ……は?


   永遠を誓い合った伴侶だったと言うこと……貴女は、知ってる?


   ……聞いたことは、あるな。


   ずっと、昔のふたり……。


   それこそ、太古の昔……だな。
   とは言え、本当かどうかなんて分からない。


   然う、ね……。


   今となっちゃ、誰も知らないからな……いや、あいつは知ってそうだな。


   ……。


   なんにせよ、確かめる方法なんてない……あたしたちには、な。


   然う、だけど……。


   ……なんだよ、信じてるのか。


   わる、い……?


   ……いや、悪くないよ。


   なんとなく、信じたくなったの……。


   ……お前から、なんとなく、なんて言葉を聞く日が来るとはなぁ。


   いいじゃない……べつに。


   悪いとは、言ってないだろ……。


   ……っぁ。


   片腕じゃ、なければな……。


   ……それでも、気持ちいいわ。


   ん……。


   ……ね。


   なんだい……。


   ……すきに、して。


   おう……。


   ……なんて、いうとおもう?


   くちでは、な……。


   ……ん、ぅ。


   だから、からだにきくよ。


   ……ユ、ゥ。


   好きだ……メル。


   ……。


   ……大好きだよ、メル。


   かわらない、のね……。


   ……あぁ、変わらないよ。


   はぁ……。


   ……命の他にも、残ってたな。


   ……?
   な、に……。


   ……お前が、あたしには居る。


   ……。


   お前には、あたしが……だろ?


   ……いまさら、きがついたの。


   そうだよ……ばか、だからな。


   ……ほんとうよ、ばか。


   それで、よんかいめ……。


   ……それ、より。


   ん……?


   ……きもちよく、してくれるの。
   して、くれないの……。


   ……してやるさ。


   なら……はやく。


   はいはい……。


   ……。


   な……あたしも、してくれるんだろ……?


   ……それは……あなたしだい、ね。








   そんな宿命、知ったことか。