-Call(現世1)





   ……まこちゃん。


   ん……。


   ……湿布、交換するわ。


   ありがとう。
   でも、


   やらせて。


   ん……分かった。


   ……。


   いやぁ、本当に打撲で済んで良かったなぁ。
   頭もこぶで済んだし。


   ……そうね。


   切り傷なら、薬をぬっておけば治るし。
   縫う程じゃ、なかったし。


   ……腕。


   あ、うん。


   ……痣だらけね。


   うん、消える前に新しいのが出来ちゃうから。


   ……傷の痕、また増えたのね。


   増えていく一方だよ。
   まぁ、命には関わらないし。


   ……綺麗な肌をしているのに。


   そうかな。そんなこと、言われたことないけど。


   ……周りにいる人の見る目がないだけよ。


   それ、うさぎちゃん達も含まれてしまうような気がするけど。


   ……実際、言われたことないでしょう。


   まぁ、ないかな。
   亜美ちゃんぐらいだよ、あたしの肌を気にしてくれるひとなんて。


   ……。


   え、と……。


   ……まこちゃんぐらいよ。


   ん、何が?


   ……私の肌を気にして、褒めてくれるひとなんて。


   ……。


   私だけじゃないわ……まこちゃんはよく見ていて、そして褒めるの。
   そう、私以外のひとのことも。


   亜美ちゃんは特別だから。
   だけど、他はあんまり意識したことないなぁ。多分、思ったことを言ってるだけだよ。
   深い意味なんてない。


   思えるということは、よく見ているからでしょう。
   見ていなければ、気付くことすら出来ない。
   ましてや、褒めることなんて。


   ……亜美ちゃん。


   動かないで。
   他も見ておきたいの。


   はい。


   ……。


   やっぱり手際がいいなぁ。
   惚れ惚れしちゃうよ。


   ……そういうのは、良いから。


   じゃあ、惚れ直しちゃう。


   だから。


   守りたいんだ。


   ……。


   亜美ちゃんを……マーキュリーを。


   ……もう、十分よ。


   いった。


   ……ごめんなさい。


   ん、いや、大丈夫。
   あたしがちょっと力を入れてしまっただけだよ。


   ……私よりも、優先しなければいけないひとがいるでしょう。


   そうだけど。


   ……巻き込まれる人達も。


   そう、だけど。


   ……。


   ……それでも、あたしは亜美ちゃんを守りたい。


   まこちゃん。


   怒らないでよ。


   ……怒ってなんか。


   じゃあ。


   ……。


   ……泣かないで。


   泣いて、なんか。


   ……ごめんね、亜美ちゃん。


   謝るくらいなら、


   どうしても、君のことが好きなんだよ。


   ……!


   ……気持ちに、背を向けることなんて出来ないんだ。


   あなたは……そうやって、昔から。


   はは……。


   笑わないで。


   ん……ごめん。


   ……もう、慣れてしまった。


   え……?


   ……あなたの血のにおい。


   ……。


   ……それでも、慣れないものがあるの。


   うん……。


   ……私のことが好きだと言うのなら、これだけは聞いて。


   内容によるかなぁ。


   ……私よりも、先に。


   ……。


   先に、


   亜美ちゃん、顔をあげて。


   ……いやよ。


   お願い。


   ……絶対に、いや。


   絶対かぁ……。


   ……戦いは、終わらない。


   ……。


   ずっと、ずっと、続いて行くわ。


   ……そうだね。


   いつか……いつか、また。


   ね……顔を、見せて。
   お願いだよ、亜美ちゃん……君の顔が、見たい。


   ……見せたくない。


   キス、したい。


   ……今はそんな気分になれない。


   手当てが、終わったら。


   まこちゃん。


   ……キス、させて。


   あなた、は……。


   ……お。


   ……。


   ひどい、顔。


   ……だから、いやだって言ったのよ。


   んー……亜美ちゃんには悪いけど、あたしは嬉しいな。
   亜美ちゃんのそんな顔を見られるのは、あたしだけだと思ってるから。


   ばか。


   あ、うん……ごめん。


   ……もう、良いわ。


   抱き締めても、良い?


   ……だめに決まってるでしょう、ばか。


   ちぇ……亜美ちゃんの、けち。


   ……。


   はい、ごめんなさい。


   ……まこちゃんの、ばか。


   うん、ごめんね……あたし、ばかなんだ。


   ……。


   ……ばかみたいに、亜美ちゃんのことばかり考えてる。


   私のことなん、か……。


   …………愛してるよ、亜美ちゃん。


   ……。


   誰よりも。


   …………ばか。


   うん…………ごめん。








  -結実(現世2)





   まこちゃん。


   ……うん?


   久しぶりね、まこちゃん。


   ん、あれ? 亜美ちゃん?


   予定よりも早く着いたの。


   そうだよね? 良かった、一瞬、時計が合ってないのかと思っちゃった。


   今、出ようとしていたの?


   そうなんだ。
   だから、吃驚しちゃった。


   本当は待っていようと思ったのだけれど、なんとなく。


   早く着くって、連絡してくれればすぐに行ったのに。


   それも考えたの、だけど。


   だけど?


   ……これ、お土産。


   え、あ、うん、ありがとう。


   え、と。


   入って?


   うん……お邪魔します。


   どうぞ。


   ……。


   うん、どうした?


   ううん……久しぶりだなぁって。


   そうだね、久しぶりだ。
   さ、早く上がって?


   うん。


   適当に寛いでてよ。
   亜美ちゃんのお気に入りのクッションもばっちり干しておいたからさ。
   多分、ふかふかの筈。


   ふふ、ありがとう。


   疲れたろ。今日はこのままゆっくりしようか。
   ごはんの材料もばっちり用意してあるし。


   ううん、行きたいところがあるのなら、


   良いんだ、亜美ちゃんが優先。


   でも。


   最初からさ、そのつもりだったんだよ。


   え?


   亜美ちゃんが疲れているようだったら、真っ直ぐ帰ってくるって。
   そりゃあね、本音を言えば久しぶりだからデートのひとつやふたつ、したかったけどさ。
   けど、家でゆっくりデートだって悪くないし、寧ろ良いだろ?


   ……。


   明日さ、どこか行こうよ。
   今日はその予定を考えよう? 一緒にさ。


   ……ごめんなさい、やっぱり連絡すれば良かった。


   だから、良いんだって。
   それにさ、あたし、嬉しいんだよ。


   ……?


   予定よりも早く、亜美ちゃんに会えて。


   あ……。


   会いたかった。早く、顔が見たかった。電話じゃなく直接、声が聞きたかった。
   それから……。


   ……。


   あー、えと、そういえばごはんは? 食べてきた?
   未だだったら何か作るよ。何が良い?


   ……本当だったら、外で食べるつもりだったのよね。


   予定は、未定ってね。
   嬉しい想定外は大歓迎だよ。


   まこちゃん。


   ん、食べたいのある?


   あの、ね……。


   うん。


   ……。


   お、と……。


   ……わがまま、言っても良い?


   もちろん……なんだい?


   ……サンドイッチが、食べたい。


   サンドイッチ?


   うん……まこちゃんが作ってくれたサンドイッチが食べたい。


   ん、分かった……とびきり美味しいのを作るからね。


   ……うん。


   へへ……パン屋さんに、朝一で行っておいて良かった。


   朝一で行ったの?


   スーパーのパンより、今日はパン屋さんのが良いよなぁって。
   亜美ちゃんも知っているお店だよ。好きだろ? あのパン屋さんのパン・ド・ミー。


   ……うん、好き。


   中身は何が良いかな。


   私も


   亜美ちゃんは寛いでて? ね?


   けど……何かしたいわ。


   亜美ちゃん?


   ……ふたりで、したい。


   亜美ちゃん……。


   ……だって、久しぶりだから。


   うん……だけど、無理はしないで?


   ……。


   さて、それじゃあ亜美ちゃんには……。


   ……ね、まこちゃん。


   ん……なぁに、亜美ちゃん。


   ……一秒でも、早く。


   ……。


   その……会いたかった、の。


   ……そっか。


   会って、まこちゃんに……。


   ……亜美ちゃん、ちょっと離れて貰っても良いかな?


   ……。


   ん、ありがとう……それじゃ。


   ……まこ、ちゃん。


   おかえり、亜美ちゃん……まだ言ってなかったよね。


   ……ただいま、まこちゃん。


   会いたかった。


   ……私も。


   顔が、見たかった。


   ……直接、声が聞きたかった。


   それから……それから。


   ……こうやって、抱き締めて欲しかった。


   あー……。


   ……?
   まこちゃん……?


   その……キス、は?


   ……。


   あたしは……とっても、したいのだけれど。


   ……ふふ。


   笑うところじゃ、ないんだけどな……?


   ……して。


   え……?


   ……して、欲しい。


   いい……?


   ……聞かないで。


   あ、うん……ごめん。


   なんで謝るの?


   えと……つい。


   変なまこちゃん……。


   ……言ったな?


   だって、ん。


   ……。


   ……ん、……ふ……、……ん。


   ……。


   まこ、ちゃん……。


   ……正直なことを、言えば。


   う、ん……。


   ……キス以上のことも、したい。


   ……。


   亜美ちゃん、は……どう、かな。


   ……聞く、の?


   ……ッ。


   まこちゃん、私……。


   あ、亜美ちゃん……!


   ……え。


   ご、ごめん、やっぱり寛ぎながら待ってて。


   ……どうして。


   このままだと、ちょっと、我慢が出来なくなりそう、で……。


   ……しなくていいって、言ったら?


   あ、う……。


   ……しないで、我慢。


   ま、まだ、明るい、けど……。


   ……はじめてじゃ、ない。


   そ、そうだけど……亜美ちゃん、苦手だろ……。


   ……でも、したいんでしょう?


   そ、それは……けど、夜まで……。


   ……夜、私が許さなかったら?


   そ、そしたら、我慢す……


   ……。


   ……あみ、ちゃん。


   …………ふたりで、したい。


   ……。


   ね……。


   ……サンドイッチ、後になっちゃうけど。


   ぁ……。


   ……良い、よね。








   ……まこちゃん?


   ん……ごめん、起こしちゃった。


   ううん……いいの。


   もう一度、眠る……?


   ……それよりも、聞かせて?


   うん……?


   ……あなたの、歌。


   あぁ……やっぱり聞こえてた?


   ……それで、目が覚めたんだもの。


   だよなぁ……。


   ……なんの歌?


   んー……歌詞は、分からないんだけどね。


   日本語ではないの……?


   うん、違う……英語でも、ないかな。


   どこで、覚えたの……?


   テレビ……家事をしてる時に適当に流してたら聞こえてきた。


   それで、覚えたの……?


   うん……なんだか、優しい歌でね。
   子守唄、みたいさ……。


   そう……。


   なんか、照れ臭いな……。


   ……照れ臭い?


   あんまり、意識して歌ってたわけじゃないから……。


   ……なつかしいと、思ったの。


   なつかしい……?


   ……こどものころ、父がよく歌ってくれたの。


   子守唄を……?


   こもりうた、だったのかしら……。


   うん?


   よくは、憶えてないの……だけど、何かを歌ってくれたのは憶えてる。


   そっか……ん?
   て、ことは、あたしは亜美ちゃんのお父さんってこと……?


   ……どうしてそうなるの?


   あ、いや……違う、か。


   ぜんぜん、ちがうわ……もぅ、何を言ってるの。


   は、はは……。


   ……。


   ん、亜美ちゃん……?


   ……むかし、あなたは機嫌が良いとよく歌ってた。


   昔……?


   ……遠い、昔。


   あぁ……昔、か。


   ……よく通る、穏やかな低音で。


   そう、だったかな……。


   ……あなたは、私が仕事をしていても構わず傍で歌っていたから。


   やー……かなり邪魔だよね、それ。


   今なら、言える……けど。


   ん……。


   ……好きだったのよ、そんな時間が。


   ……。


   ん、まこちゃん……。


   ……邪魔じゃなくて、良かった。


   邪魔だと言っても、あなたは懲りることなんてなかったけど……。


   や、面目ない……。


   ……今と昔、全く同じではないし、私達は私達だけれど。


   うん……。


   ……やっぱり、どこか似てるものなのね。


   そうだね……。


   ……ね、歌ってくれる?


   うん、いいよ……だけど、その前に少しだけ言いたいことがあります。


   ……?
   なぁに……?


   亜美ちゃん。


   はい。


   研修に行く前より、少し、細くなりましたね。


   ……。


   ですので、ごはんはちゃんと食べて貰います。
   分かりましたか。


   ……はい。


   よろしい。


   ……もう、何かと思ったら。


   大事なことです。亜美ちゃんはただでさえ食が細くて痩せやすい体質なんです。
   頭を使うのにもカロリーが必要だってこと、分かってますよね。


   ……。


   て、こら、ひとが真面目に話してる時に。


   だって、おかしいんだもの……。


   もー、ちゃんと聞いてくれないと歌ってあげないよ。


   ふふ……はい、ごめんなさい。


   全く……。


   ……まこちゃん。


   なんだい。


   ……。


   ……?
   亜美ちゃん……?


   ……一緒に、暮らさない?


   え……。


   ……ずっと、考えていたの。


   え、え、えぇ……?


   ……いや?


   い、いやなわけ……で、でも、いいの……?


   ……そうしたら、管理しやすいと思うし。


   か、管理……?


   ……私、すぐに痩せてしまうから。


   ……。


   あ、違うの、そうじゃなくて……その、あのね……。


   ……家族に、なってくれる?


   ……ッ。


   ずっと、ずっと、思ってた……亜美ちゃんと、家族になれたらって。


   ……私で、いい?


   亜美ちゃんじゃなきゃ、だめだよ……。


   ……。


   ……体調及び食事の管理、ばっちりしてあげるからね。


   それは、忘れて……。


   やーだ、忘れない……。


   ……失敗したって、思ってるの。


   亜美ちゃんでも失敗するんだよねぇ……ほんと、かわいい。


   ま、まこちゃん。


   ね……本当はなんて言いたかったの?


   ……。


   聞かせてよ、亜美ちゃん……そしたら、忘れてあげる。


   ほんとうに……?


   ……。


   忘れないって顔、してるわ……。


   ……そんなこと、ないよ?


   ……。


   ……聞きたいな、亜美ちゃん。


   言っても、良いけど……。


   うん、うん……。


   ……その前に、あなたの言葉を聞かせて。


   あたしの……?


   ……ずっと、ずっと、思っていたんでしょう?


   ……。


   それを、言葉にして。


   ……もう、言葉にしたようなものだと思うけどな。


   したようなもの、は、してないと同じだわ。


   いやいや、ちょっとはしてると思うけど……。


   ……ちょっとじゃ、いや。


   う……。


   ……聞かせて。


   あー…………えと、笑わないでね。


   ……。


   亜美ちゃん……あたしと、家族になって下さい。
   あたしと、これからもずっと……ずっと、ずっと、一緒に生きて下さい。


   ……。


   あ、笑わないでって言ったのに!


   ……だって、嬉しいんだもの。


   いや、だけど、えー……。


   もっと早く言ってくれたら。


   ……言えないよ、家族になってなんて重すぎだもの。


   もぅ。


   あう。


   ……一緒に生きて、私と。


   ……。


   私だけを、見ていて……愛していて。


   あ、亜美ちゃん……。


   ……ね、私も十分に重いでしょう?


   そ、そんなこと……。


   ……。


   ……ある意味、お似合いかも。


   そうかしら……ううん、そうかも。


   うん……よし。


   ……?


   亜美ちゃん。
   あたしは一生、亜美ちゃんだけを見て、生涯、亜美ちゃんだけを愛します。
   だからこれからも、ずっとずっと、あたしの傍に居て下さい。
   あたしと家族になって下さい。


   はい……喜んで。


   どうぞ、宜しくお願いします。


   不束者ですが……こちらこそ、宜しくお願いします。


   ……。


   ……。


   ……ふふ。


   ふふ……。


   うぅ、しあわせすぎて顔がにやけそう。


   もう、にやけてるわ。


   亜美ちゃんだって、笑ってる。


   だって、しあわせなんだもん。


   なんだもん?


   ……。


   亜美ちゃん、かわいい。ほんっと、かわいい。


   ……もぉ。


   あ、そういえば、歌うんだったよね。
   うっかり忘れちゃうとこだった。


   ……。


   あれ、忘れてた?


   ……忘れてない。


   だよね……それじゃ気持ちを、込めて。








  -青い温度(現世・名字呼び)





   木野さん。


   ん、その声は水野さん。
   丁度良かった、あたしの


   はい。


   お、ありがと。


   落ちてたわ。


   だと思ったよ。
   でもおかしいなぁ、ちゃんと置いたと思っていたのに。


   風で飛んだのかもしれないわね。


   風? 吹いてたっけ?


   ……顔、早く拭いたら?


   あぁ、うん。そうする。
   改めてありがとう、水野さん。


   ……どういたしまして。


   んー……ちょっとごわごわだなぁ、柔軟剤変えようかなぁ。


   目を、開けて。


   うん?


   拾えば良かっただけなのに。
   私と違って目は良いのだから。


   そうなんだけど、少し期待してたから。


   期待?


   誰かが、水野さんが拾ってくれるのを。


   ……そう。


   あ、少し嬉しそう?


   どうしてそうなるの。


   ただ、そう思っただけだよ。


   ……もぅ。


   はは、やっぱり少し嬉しそう。


   だから。


   はぁ、すっきり。
   まだまだ暑いねぇ。


   早く戻らないと次の授業に間に合わなくなるわよ。


   それならそれで


   駄目に決まってるでしょう。


   水野さんは真面目だなぁ。


   当たり前のことでしょう、私達は学生なのよ。


   さぼりはいけないこと?


   そんなの、


   次の授業、何?
   うちは数学、体育の後は絶対に眠くなるやつ。


   どうして眠くなるの。


   数字の羅列が良い具合に眠気を


   はぁ……木野さん。


   はい。


   お勉強会、したい?


   水野さんとふたりきりになれるなら。


   茶化さないで。


   ほら、こんなことしてる間にも時間は流れてゆくよ。
   水野さんこそ、戻らなくて良いのかい?


   木野さんを


   良いよ、あたしのことなんか放っておいても。


   ……!


   水野さんにとって授業は大事で当たり前に受けるもの。
   だけどそれは水野さんにとって、だろ?
   あたしにとっては


   ……。


   と……。


   ……ごめんなさい、出過ぎた真似をして。


   いや……。


   ……行くわ。


   うん……。


   ……。


   ……え、と。


   ……離して。


   やっぱり、一緒にさぼらない?


   ……さぼらない、ありえない。


   だよね……。


   ……離して、お願いだから。


   んー……。


   木野さん、


   ……授業、出ようかな。


   ……。


   行こう、水野さん。


   あ、ちょっと……。


   出ても、眠くなっちゃうかもしれないけど。
   まぁ、良いよね、それでも。


   だ、だめよ。
   ちゃんと


   そしたら、水野さんの特別講習を受けるよ。
   ふたりきり、でね。


   だから、茶化さないでって言ってるでしょう!


   茶化してないよ、あたしは本気。


   きゃ……。


   ……あたしは本気だよ、水野さん。


   き、木野さん……。


   ……ん、いいにおいがする。


   や……。


   ……。


   ……あまり、からかわないで。


   からかってなんか、いないよ。
   言ったろ、あたしは本気だって。


   どうして、


   気になるから。


   ……。


   それじゃ、駄目かい?


   ……やめて。


   やめられたら、良いんだけどね……この感情はうまく制御出来ないんだ、厄介なことにさ。


   ぁ……。


   ……気になるんだ、水野さんのこと。


   や、やだ……。


   ……。


   わ、私……。


   ……ごめん。


   ……。


   こわい、よな……。


   ……。


   ごめん……やっぱりあたし、授業は受けない。


   あ、木野さん……。


   ……それじゃ。


   ま、待って。


   ……。


   待って、木野さん。


   ……チャイム。


   え……。


   鳴ってる。


   ……それが、何。


   うん……?


   どこに行くの。


   そうだなぁ、屋上とか?
   いや、今日は暑いから……。


   だったら、私も行く。


   でも、授業……それに、今、あたしは水野さんを怖がらせたばかりで……。


   ひとりになんて、させないわ。


   え。


    ……させないんだから。


   えぇ……。


   ……。


   ま、参ったな……。


   ……一緒にさぼろうと言ったのは木野さんでしょ。


   言ったけど……あわよくば、ふたりきりになれたらとも思ったけど。


   だったらなってあげるわ、ふたりきりに。


   そ、それは……嬉しい、けど。


   じゃあ、行きましょう。


   待って、水野さん。
   そんな堂々と歩いていたら先生に見つかるって。


   それは、そうね。


   水野さん、意外に度胸があるね……。


   そうかしら。
   初めてのことで昂ぶっているだけかもしれないわ。


   ……本当にさっきまで怖がってたひと?


   なに。


   いや、なんでもない。
   こっちだよ、水野さん。


   あ。


   なにはともあれ、嬉しいな。
   ふたりきりだ、水野さんと。


   ……。


   あれ、今更照れてる?
   だとしても、


   照れてない。


   そ? じゃ、改めてふたりきりになれるとこに行こうか。水野さん。








   ……やめて、木野さん。


   さて、どうしようかな……。


   ……怒るわよ。


   もう、怒ってると思うけど……。


   ……どうしてこんなことをするの。


   気になってるから。


   ……気になっていれば、誰にでもするの。


   ん、なんでそうなるの……?


   ……だって、そうでしょう。
   私達は、まだ……。


   まだってことは……いずれは許してくれるってこと?


   どうしてそうなるの。


   そうとも取れるって話……。


   ん……本当に、やめて。


   ……耳の形、かわいいね。


   意味が、分からない……。


   ……そのままの意味だよ。


   木野、さ……。


   ……かわいい。


   やめ、て……ッ。


   ……。


   ……こんなこと、する為に。


   もっと知りたい、水野さんのこと。


   は……?


   だから、水野さんもあたしのこと……知ってくれないかな。


   ……そんな、こと。


   もっと、知れば……お互いを良く知ることが出来れば、許してくれる?


   知ったところで、許すとは限らないわ。


   そりゃ、そうだ……。


   ……ちょ、っと。


   なんでかな……。


   ……。


   ……すごく、触りたくなる。


   もう、ならない。


   ……うん?


   あなたと、ふたりきりなんて……もう、ならないわ。


   ……そう、だよな。


   ……。


   ごめんね……水野さん。


   ……謝るくらいなら。


   うん……そうだね。


   ……。


   ね……授業、良かったの?


   ……今更よ、もう。


   水野さんなら……。


   ……。


   ん……分かった、もう言わない。


   ……木野さんは。


   なんだい……?


   ……いつも、どうしているの。


   どうしてるって……?


   ……授業を、さぼって。


   んー……そうだなぁ、空を見てるとか。


   空を?


   うん……ぼーっと、見てる。
   あとはそう、本を読んでいたりね。


   本を……?


   ふふ、意外って顔。


   ……。


   趣味なんだ、読書。
   憶えておいてくれたら、嬉しいな。


   ……どんな本を読むの。


   なんでも……って、言いたいところだけど。
   医学書とか、そういうのは読まないかな。


   ……小説?


   も、読むよ。


   ……ふぅん。


   水野さんも本、読むだろ?
   おすすめのものがあったら教えて欲しいな。


   良いわよ。


   お。


   アインシュタインの


   はい、待った。
   それは今のあたしにはとても難しそうだ。


   教えて欲しいと言ったのはあなたでしょう?


   そうだけど、あたしの頭でも分かるものをお願いしたい。


   木野さんの頭のことなんて知らないもの。


   う、すごいばっさり。


   それに、今ならよく分かる本なんてものもあるけれど?


   うん、分かった。
   水野さんはどんな物語が好き?


   物語?


   そう。例えば恋愛ものとか、冒険ものとか、歴史もの、SFものとか。
   色々、あるだろ?


   恋愛ものは読まないわね。


   うん、それは分かる。


   ……。


   え、あれ、気に障った?


   ……別に。


   それで、何が好き?


   ……強いて、言えば。


   うんうん。


   ……今の、この世界ではないどこか遠い場所の物語、かしら。


   うん……?


   自分がいない世界や生きていない時代の話は好きよ。


   それはまたなんで?


   その世界を、私は知らないから。
   それを知りたいと思うの。


   だけど、今の世界にだって知らないことは山ほどあるだろ?
   それは良いのかい?


   ないものを、知りたいの。


   ないもの……?


   確かに、この世界にだって知らないことは沢山あるわ……でも。


   興味が、ない?


   ……幼い頃から、そうなの。


   水野さんの幼い頃か……きっと、すごくかわいかったんだろうな。
   今でもこんなにかわいいのだから。


   ……。


   あぁ、ごめん。
   だけど、ふざけているわけではないからね。


   ……だから厄介なんじゃない。


   はは。


   兎に角……私にとって、知らないことを知れるのはとても楽しいことなのよ。


   だから。


   ……だから?


   勉強が好きなんだね。


   ……そうよ、悪い?


   いいや、悪くないよ。あたしも、そうだしね。
   知らないことを知れるって、楽しいよね。


   ……。


   うーん、面白い顔。


   ……授業はさぼるくせに。


   授業では知れないことがこの世界にはあるだろ?
   ごまんとさ。


   けれど、授業を受けることで知識を


   水野さん、言ったじゃないか。


   ……は?


   知らない世界のことを知りたいって。
   知るのが、楽しいって。


   ……。


   似たようなものじゃない?


   ……似て非なるものだわ。


   はは。


   ……はぁ。


   後悔、してない?


   ……何を。


   授業、さぼったこと。


   ……してない、けど。


   ……?
   ん、どした……?


   …………なんでもない。


   え、と……言いたくない?


   ……。


   ……まぁ、いいけど。


   ……。


   それ、水野さんの癖?


   ……え?


   口元に手を当てるの。


   ……知らないわ。


   あ、そうなんだ。


   知らないって言ったでしょう。


   むきになるってことはそうなんだ。
   かわいいなぁ、水野さん。


   ……。


   ね、水野さん。


   ……。


   こうやってさ、少しずつでいいから……知っていけたら、嬉しいな。


   私は、別に……ん。


   ……これからも水野さんのこと、気になっててもいい?


   どうして、私なんかを……。


   ……好きになりかけてるから、じゃないかな。


   好き、に……?


   ……もう、なってるのかもしれない。


   なんで……。


   ……なんでだろうね。


   ふざけて……。


   ……本気なんだよ、どこまで行っても。


   あ。


   ……水野さん。


   やめ、て……。


   ……ん、ごめん。


   ……。


   これじゃ本当にもう、ふたりきりになんてなってもらえないな……。


   ……。


   ……やっちゃった、な。


   木野さん。


   ……ん?


   …………教えて。


   答えられる範囲でなら、なんでも……。


   ……だれにでも、するの。


   しないよ……だれにでもなんて、しない。


   ……ほんとう、に。


   しないし、したいとも思わない……水野さんだから、したいと思うんだよ。


   わたし、だから……。


   ……こんな気持ち、初めてなんだ。


   はじめて、で……。


   ……自分でも、びっくりしてるんだよ。


   そうは、見えない。


   おかしいな……これでも大分、緊張してるんだけど。


   ……どこが?


   ほら、手なんか震えてるだろ……?


   …………どこが?


   えぇぇ……。


   ……。


   ……とにかく、こんなこと誰にもしない。
   水野さんだけ、だよ……。


   そうやって騙してるとか。


   ……そう、来る?


   だって、分からないじゃない。


   ……。


   ……私、あなたのこと、ほとんど知らないんだもの。


   ……。


   ……知らないんだから、しょうがないでしょう。


   そういえば。


   ……何よ。


   水野さんは、知らないことを知るのが好きなんだよね。


   ……。


   あたしが言わんとしてることが分かった顔。


   ……あなたが私の知識欲を刺激してくれるとでも?


   そうだったら、嬉しいな。


   ……。


   ね……たまに、気が向いたらで良いから。
   また、ふたりきりに……。


   ……変なの。


   は……。


   ……落ち着かなかったのに。


   え、えと……何の話、かな。


   ……生まれて初めてだったのに。


   え、まだ、なんにもしてない、けど……。


   ……きっと、木野さんのせいだわ。


   うん、話が全然見えない……。


   ……。


   み、水野さん……?


   ……良いわ。


   な、何が……?


   ……私となりたいんでしょう、ふたりきりに。


   え、なってくれるの?


   ……あなたが言ったんじゃない。


   でも、もうならないって。


   ……取り消してあげるわ。


   ほんと……?


   ……知りたいって、思ってしまったから。


   え、なに?


   木野さん。


   うん……うん?


   ……。


   ……水野、さん?


   私のこと……知りたいんでしょう?


   う、うん……知りたい。


   ……だったら、知って。
   その代わり……私にも、教えて。


   ……。


   そう、したら……若しかしたら……て。


   ……。


   ちょ、木野さ


   水野さんが先にしたんだよ。


   わ、私は……んん。


   …………。


   ……私は、唇にはしてないわ。


   じゃあ、水野さんもする……?


   ……しない。


   今、は?


   ……。


   ……耳まで、真っ赤だ。


   見ないで。


   ごめん、目が離せそうにない。


   …ばか、最低。


   いや、でも水野さんも……。


   ……私がしたのは口の端よ。


   それも、なかなかだと思うけどな……。


   ……木野さんの、ばか。


   はい……ごめんなさい。


   顔が笑ってる。


   いや、水野さんがかわいくて。


   木野さん。


   はい、ごめんなさい。








  -birthday(前世)





   …………ジュピター。


   ……?


   ……。


   ……マーキュリー?


   …………入れて。


   どうしたんだい、こんな時刻に。


   ……入れて呉れないのなら、


   いらっしゃい、マーキュリー。
   来て呉れて嬉しいよ。


   ……。


   歩けるかい?


   ……大丈夫よ、此処まで来たのだから。


   そっか、それじゃ。


   ……ジュピター。


   これはあたしが勝手にしたこと、だから。
   気にする必要は無いよ。


   ……下ろして。


   やだ。


   ……はぁ。


   少し熱いな。


   ……なんでもないわ。


   あたしにとってはなんでもあるよ。
   寝台の方が良いかな。


   ……。


   話なら、幾らでも聞くけど。
   先ずは休息、良いね?


   ……ん。


   食欲は?
   何か作るよ。


   ……要らない。


   言うと思った。だから、質問を変える。
   何か食べた? いつから、食べていない?


   ……食べたわ。


   何を。


   ……何か、食べたわ。


   分かった、じゃあ、いつ食べた?


   ……。


   憶えてないわけないよな? だって、マーキュリーだもの。
   なのに、口を噤む。と言うことは、答えはひとつ。
   言い難い、若しくは、言いたくない。


   ……ひとつじゃない。


   ひとつみたいなものだ。
   で?


   ……一昨日の朝。


   よし、お腹に優しいものを作ろう。
   少しで良い、お腹に何か入れなきゃ。


   はぁ……。


   完全に体力が落ちている。
   体力が落ちているから体調不良になる。
   そんなの、分かってる筈なのに。


   ……だって。


   はいはい、それは聞き飽きた。
   兎に角、大人しく待ってるんだよ。
   と言っても、動けそうにないと思うけど。


   ……。


   ……此処まで来るのも、辛かったろう。
   気が付いてあげられなくて、ごめん……。


   あなた、は……。


   今日、帰ってきた。
   その足で直ぐにマーキュリーのところに行けば良かった。


   ジュピター……。


   ……行けば、良かった。


   ……。


   待ってて、マーキュリー。


   まって。


   ……うん?


   まって……ジュピター。


   ……そんなに、悪い?


   ……。


   マーキュリー……。


   ……だきしめて、ユゥ。


   え……。


   ……。


   ……あたしが居ない間に、何があった?


   なに、も……ない、わ……。


   メル。


   ……なにも、ないの。


   ……。


   ん……ユゥ……。


   ……今夜は、此処で。


   ……。


   帰ると言っても、帰さない。
   絶対に。


   ……わた、し。


   何か問題があるのならば、全部、あたしのせいにすれば良い。


   ぅ……。


   ……。


   ユゥ……。


   ……今は、これで。
   とりあえず、何か食べなきゃ……ね、メル。


   ……。


   食べたら、休む……今夜はずっと、傍に居るよ。


   ……どうして、きてくれなかったの。


   ……。


   いつもなら、うっとうしいくらいに……。


   ……血のにおいが、するだろう。


   そんなの、いまさらじゃない……。


   ……そうなんだけど、ね。


   なのに……。


   ……青い星の、なんだよ。


   ……。


   知ってるとは、思うけど……。


   ……いのちを、うばったのでしょう。


   うん……。


   けど、それは……。


   別に気にはしていないんだ。
   所詮は敵だしね。それでどんなに手が汚れようが、痛くも痒くもないよ。


   ……。


   ……だけど、メルには


   ユゥ。


   ……ん。


   さわって、ユゥ。


   ……後で、ね。


   いま、さわって。


   ……だめだよ、メル。


   ユゥ。


   ……メル?


   ……。


   ふるえてる……?
   これは、良くないな……あたしでは、


   いや。


   メル、マーズを


   あなたじゃなきゃ、いや。


   な……。


   ……わかって。


   だけど……。


   ……あなたがいないのが、こわいの。


   ……!


   わかって……。


   ……分かった。


   は、ぁ……。


   ……あたし、くさくない?


   あなたのにおい、だわ……。


   ……ちのにおい、するだろ。


   したって……かまわない。


   あたしは、気にするんだけどな……。


   ……あなただけのものになんて、させない。


   ……。


   ぜったいに、させないわ……。


   ……ん、そっか。


   ……。


   メル……ごはん、食べようか。
   一緒に……ね。


   ……ごはん、より。


   だめだよ、メル……今は、食べなきゃ。
   少しでも良いから……食べて。


   ……。


   食べ終わってから……メルの望みを、叶えるから。
   約束する……。


   ……やぶらないで。


   勿論……絶対に、破らないさ。








   ……ジュピター、もういいわ。


   もう、食べられない?
   もう一口だけでも良いから。


   ……これ以上は、胃に入らない。


   そっか……でもまぁ、いっか。
   良かった、少しでも食べられて。


   ……。


   あ、えと……もう少し、待って呉れる?


   ……やくそく。


   守るよ、ちゃんと。
   だけど、あたしが未だ食べ終わってない。
   マーキュリーが残した分も少しあるし。


   ……はやく、たべて。


   あ、うん、分かったから……。


   ……。


   ……なんだか小さな子みたいだ。


   なに。


   いや、なんでも。


   ……小さい頃は、こんなに豊かではなかったわ。


   うん……?


   ……あの頃は、なんにも感じてなかったもの。


   ……。


   人形みたいな私に……感情を与えたのは、あなた。


   そうだったっけ。


   ……そうよ。


   そっか。


   ……忘れてるのね。


   いや、忘れてるわけじゃないんだけど。
   あたしがそうさせたって言う自覚がないと言うか。


   ……じゃあ、自覚して。


   あー……。


   ……あなたが、私をこういう風にさせたの。


   はい……分かりました。


   ……で、まだなの。


   うん、もう少し待って下さい……。


   ……。


   食べて直ぐ横になるのはあんまり良くないけど、辛かったら先に……。


   ……。


   ……うん、食べ終わった。


   まだ、残ってる。
   いつもは残さないのに。


   いや、視線が耐え難いと言うか……。


   ……気にしないでしょう、いつもなら。


   そう、なんですけど……。


   残すの?


   ……あー。


   ……。


   …………よし、食べた。


   食べたと言うより……。


   片付けはまぁ、明日にして。
   と言うわけで、歯磨きしてくる。マーキュリーもする?


   ジュピター。


   ……遠征用のを使うよ。


   ……。


   ……はい、マーキュリーの分。


   ん……。


   考えてみればこれ、何代か前のマーキュリーが考えたんだよな……。


   ……そうね。


   ……。


   ……。


   ……うん、すっきり。


   …………ジュピター。


   うん、分かってるよ。


   ……。


   ……お待たせ、マーキュリー。


   ……。


   えと、やっぱり抱き締めなきゃだめ……?


   ……だめ。


   ですよね……。


   ……ユゥのにおいしか、しないわ。


   本当に然うだったら、良いんだけど……。


   ……。


   う、わ……。


   ……しない。


   そ、然う……えと、もう眠る?


   ……どうして狼狽えているの。


   その、慣れてないから……かな。


   ……何に?


   こんな積極的な、マーキュリーに……。


   ……声を、聞かせて。


   へ……?


   声を、聞かせて……眠る前に。


   あぁ、声か……さて、何を話そうか。


   ……。


   じゃあ……あの青い星の話を。


   ……どうして。


   ん、ちょっとね……共有、したくて。
   と言っても、マーキュリーは知ってると思うけど。


   ……どんな話。


   あの青い星では「女」の胎から「子」が生まれるって話……。


   ……あぁ。


   やっぱり知ってた……。


   ……知らなかったの?


   興味、無いし。


   ……あなたらしい。


   聞いた時、率直に気持ち悪いなって思ったんだよ。
   マーキュリーはどうだった?


   ……同じよ。


   あぁ、良かった。


   ……安心するところ?


   そんなことないって言われたらどうしようと思ってた。


   ……「男」に「種」を植え付けられて、「子」を孕む。


   う……。


   「女」と「男」で行うそれを生殖行為と呼び


   マーキュリー、それ以上は……食べたもの、戻してしまいそうだ。


   ……どうして、こんな話を。


   え、えと……。


   ……ジュピター?


   生まれたその日を、「誕生日」と呼ぶ。
   それは、知ってる?


   えぇ……知ってるわ。


   一年ごとに祝うということは。


   ……聞いたことがあるわ。


   ……。


   それが、なに……?


   ……あたし達には、それがないだろう?


   ……。


   それだけは良いなって、思ったんだ。


   ……そもそも、私達は生殖行為によって生まれてくるわけじゃないわ。


   あぁ……あたし達は、造られて……たまたま、選ばれるだけだ。


   選ばれなかったものは……。


   ねぇ、マーキュリー。


   ……なに。


   あたしは、素直に、羨ましいと思ったんだ。


   ……うらやましい?


   生まれてきた日を祝うことが。


   ……そんなに?


   あたし達は祝われることなんてないじゃないか。
   だから。


   ……。


   ……だから、あたし達ふたりだけで祝う日が欲しい。


   ふたりだけ、で……。


   ……どうだろう、マーキュリー。


   けれど……いつにするの。


   それは、決めてあるんだ。
   あとはマーキュリーが首を縦に振って呉れれば。


   ……。


   あのね、


   ふたりが出逢った日。


   え。


   ……あなたのことだから。


   あー。


   ……違った?


   違わない……。


   ……分かりやすい。


   わ、分かりやすい方が良いじゃないか……。


   そうね……あなた、忘れっぽいものね。


   いや、これはどんな日にしたって忘れることなんてないよ。
   それにマーキュリーに関することは絶対に忘れない。


   ……そうかしら。


   然うだよ。


   じゃあ、違う日にする……?


   と言うか、良いの?


   ……何が?


   その、祝う日を作っても。


   ……えぇ、良いわ。


   ほんと……?


   ……そんな日が、あっても。


   ん……マーキュリー。


   悪くない、わ……ね、ユゥ。


   マーキュ、ん。


   ……。


   ……メル。


   ……。


   じゃあ、ふたりが出逢った日でいい……?


   ……えぇ。


   うん、決まりだ……。


   ……ん。


   楽しみだなぁ……そうだ、その日にはご馳走を作ろうかな。


   ごちそう……?


   なんてったって、祝うんだからさ。


   ……そういうものなのかしら。


   そういうものってことにしておこうよ。


   ……別に、良いけれど。


   ふふ……ね、メルも楽しみだと思って呉れるかい?


   ……えぇ、思うわ。


   あぁ、嬉しいなぁ。


   ……だから、居なくならないでね。


   うん、なんだい……?


   ……楽しみねって、言っただけ。


   うん、楽しみだ……。


   ん、ユゥ……。


   顔色、なんとなく良くなってきたと思って……ちょっと元気になった?


   さぁ……どうかしら。


   お……。


   ……そうだとしたら、きっと、安心したのね。


   安心……。


   ……此処が一番、安心する場所だから。


   あぁ……。


   ……抱き締めて、ユゥ。


   うん……メル。


   ……。


   ……くさくない?


   あなたのにおいしか、しない……。


   ん……そっか。








  -ninelie(前世・少年期・
R-18





   ユゥ、少しの間だけ動かないで。


   ん、なぁに?


   ちょっとだけ、じっとしてて?


   うん、分かった。


   ……ふふ。


   メル?


   ……口の端に、ついてた。


   あ、さっき食べたやつ。


   ……。


   わ。


   ……なぁに?


   食べられちゃった。


   あ、いけなかった……?


   う、ううん、いけなくない。


   それじゃ……おかしかった?


   ううん、ちょっとどきどきした。


   どきどき?


   この辺がね、どきどきって。


   ……大丈夫?


   うん、大丈夫。
   変な感じではなかったし。


   そう……なら、良いけれど。


   今もしてるよ。


   え、それは大丈夫なの?


   うん……大丈夫。


   ユゥ……?


   そうだ。
   メルもちょっとだけ、じっとしてて?


   う、うん……。


   ……。


   ……あ。


   ふふ。


   な、なに……。


   どきどき、した?


   え。


   しなかった?


   わ、分からないわ……あぁ、でも。


   でも?


   今、してる気がする……。


   そっか、じゃあ成功。


   ……。


   大丈夫?


   ……うん、大丈夫。


   良かった。


   けど、どうして唇で。


   そうしたかったから。


   何か、ついてた?


   ううん、ついてない。


   だったら、どうして。


   んー……したくなったからじゃ、だめ?


   ……。


   いやだったら、もうしない。


   ……いやでは、ないわ。


   なら、またしても良い?


   ……びっくりするから。


   だめ……?


   ……だめじゃ、ないけど。


   それじゃあ、いい?


   ……う、ん。


   うん、じゃあもう一回……。


   え……ん。


   ……。


   ……ユゥ、さっきと場所が違うわ。
   これじゃ、その、口付けじゃない……。


   やだった……?


   ……ずるい。


   ずるい? なんで?


   ……ユゥのばか。


   あ、ごめん、ごめんよ、メル。


   ……。


   ごめん、ごめんなさい。


   ……ゆるして、あげない。


   あ、あぁ……。


   ……。


   メ、メル……あたし、あたし……。


   ……ふ。


   あ……。


   どきどき、した?


   ……。


   した?


   うん、した……変な汗もかいてる……どうしようって思って……。


   そう。


   メル……怒って、る?


   ううん、怒ってないわ。


   ほ、ほんとう?


   ……うん、本当。


   わ……。


   ……音が、する。


   メル、あの……。


   ユゥの、心臓の音……私の、好きな音。


   ……!


   きゃ……。


   ……もう一回、してもいい?


   ……。


   したい……だから、顔を上げて。


   ……もう少しこのままでいたい、いさせて。


   メル……。


   ……じゃなきゃ、だぁめ。


   う……。


   ……。


   ……じゃあ、こうする。


   どうするの……?


   からだ、力入れないでね。


   え……きゃっ。


   ……へへ。


   ……。


   どこも痛くない?


   ……いたくない、けど。


   ふふ……メル。


   ……それで、どうするの?


   メルが顔を上げてくれるまで、メルのからだをぎゅうってしてる。


   それは……からだを、倒さなくても。


   この方がいいと思った、なんとなく。


   なんとなくって……もぅ。


   へへ……。


   ……ユゥみたいなひとを。


   え、なになに。


   しょうがないひとって、言うのかしら。


   え、そうなの? あたし、しょうがないひと?
   けど、それって。


   そう……あなたのお師匠さんが私の先生によく言われていること。


   え、えぇぇ……。


   ……それがジュピターなのかしら。


   待って、それはなんかやだ。


   でも、そう思ったんだもの。


   メ


   もう、思っちゃったんだもの。今更、取り消せないわ?


   ……うわぁぁ。


   ふふ……変な声になってる。


   いや、だって……師匠と、同じだなんて。


   本当……しょうがないひとね?


   わぁ、やめて。


   ふふふ……。


   ……あれ、でも。


   うん……?


   なんかどきどきしてきた。


   え、どうして?


   分かんない……分かんないけど、どきどきする。


   分からないって……。


   ……あ。


   ユゥ……?


   ……メルの先生みたい、だからかも。


   え。


   あぁ、多分そうだ……どうしよう……すごい、どきどきする……。


   …………ばか。


   へ。


   ユゥの、ばか。
   知らない。


   え、なんで、どうして? え? え?


   ……はなして。


   あ、メル。


   離して。


   な、なんで、怒ってるの。
   あたし、何か


   離してくれないなら


   は、離す、離すよ。
   ごめん、メル。


   ……。


   ご、ごめんよ……メル……。


   ……もう、言わないで。


   い、言わない、言わないから……て、なにを?


   ……。


   あ、うん、言わない。
   もう、言わない……多分、言わない……。


   ……もぅ、ばか。


   う、ごめん……。


   ……先生みたいだなんて、言わないで。


   ……?


   するなら……私で、どきどきして。


   ……ッ。


   …………じゃなきゃ、いや。


   わ、分かった……!


   ……もう、言わない?


   うん、言わない。絶対に言わない。


   ……なら。


   あ、あの……。


   ……。


   ……口付け、してもいい?


   …………どうしてそうなるの?


   や、約束するって、意味で……だ、だめ?


   ……。


   ……。


   ……いいわ。


   や、やった。


   ……。


   えと、メル……?


   ……やっぱり、ユゥはしょうがないひとなのね。


   わ、わぁ……。


   ……どきどき、した?


   し、した、だから無理、もう我慢出来ない……。


   ……ん……ユゥ。


   …………好きだ、メル。


   ぁ……。


   ……大好きだ。








   ……ん……ふ……ユ、ゥ……。


   はぁ……。


   ……ね、……もぅ……。


   …………ここ。


   や……。


   ……なめても、いい?


   や、だめ……。


   ……おいしそう、なんだ。
   だから、いいでしょ……。


   だめ……だめ、ユゥ……。


   真っ赤で……いいにおいが、する……いますぐ、たべたい……ぜんぶ、たべつくしたい……。


   やめて、ユゥ……だめ……だめぇぇ……!


   ……。


   ん…っ、…あぁっ。


   …………。


   ユゥ……おねがい、やめて……やめ、て。


   ……ル。


   ここじゃ、いや……いやぁ……。


   …………。


   ユ、ゥ……。


   ……ここじゃなきゃ、いい?


   ぅ……。


   ……いい、メル。


   ん……。


   ……はぁ。


   ……。


   ……はぁ、……はぁっ、……っ、……はっ。


   ユゥ……。


   は、ぁ…………はぁ……わかっ、た……はっ……がまん、……す、る……。


   ユゥ……ユゥ……。


   ……ごめ、ん……よ……はぁ…………。


   ……。


   ごめん、なさい……、メル……。


   ……だいじょう、ぶ。


   ごめ、ん……ごめん……。


   ……だいじょうぶ、だから。


   メル……ごめん……ごめんなさい……。


   ね……ユゥ……わたしは、だいじょうぶ……。


   きらいに、ならないで……ならないで、メル……。


   ならない、ならないから……ほんとうに、だいじょうぶだから。


   う、うぅぅぅ……。


   ……ここじゃなければ、いいから。


   ここ、じゃ……?


   ここでなければ……すきにしても、いいから。
   たべて、いいから……。


   ……すき、に。


   だけど、こわさないで……ね。


   ……うん……こわさない……こわさないよ、メル……。


   うん……。


   でも、どこで、なら……。


   ……わかってる、でしょう?


   わかっ、て……。


   ……思い出して、ユゥ。


   あ……うん……わかって、る。
   わすれてなんか、ない……。


   よかった……じゃあやくそく、ね。


   やくそく、してもいい……?


   ん……ちゃんと、守ってね。


   ……必ず、守るよ。
   絶対に、守るから……。


   ……。


   メ、ル……?


   ……落ち着ける、ように。


   あ、ぅ…………。


   ……。


   ……どう、して。


   うん……?


   こう、なんだろう……。


   ユゥ……?


   ……欲しくて、欲しくて、たまらなくなる。
   自分を、抑え切れなくなる……メルを、泣かせたくないのに……傷付けたく、ないのに。
   だめだって、頭では分かってるんだ……それ、なのに。


   ……。


   ……これが、ジュピターなの。


   ……。


   だったら、あたしは……。


   ……ねぇ、ユゥ。


   ……。


   私も、同じよ……。


   ……おなじ?


   そう……同じ。


   でも、メルは……。


   ……私は、マーキュリーだから。


   ……。


   正確には、まだなっていないし、なれるかどうかも分からないけれど……それでも、マーキュリーには違いないから。


   ……どこが、同じなの。


   抑え切れなくなるの……。


   ……けど、メルは。


   あなたのことがね、酷く愛おしく思えるの……そう、今だって。


   いとお、しく……。


   ……うれしいって、思うの。


   うれしい、って……。


   ……あなたに、ふれられると。


   ……。


   だから、私も……あなたに、触れたくなる。
   あなた以外のもの、どうでも良くなってしまうの……。


   ……メル。


   だけど……だけど、私達は。


   ……どうして、なのかな。


   ん……。


   どうして、あたし達は……ジュピターとマーキュリー、なのかな。


   ……。


   そうじゃなければ……。


   ……私達が、ジュピターとマーキュリーではなかったら。


   ……。


   出逢わなかったかもしれないわ……。


   そんなこと、ない……あたしは絶対に、メルを見つける。
   見つけて……ん。


   ……ユゥ。


   メルは、違うの……あたしを、見つけてくれないの。


   見つける……見つけたいわ、けれど。


   ……見つけるって、言ってよ。


   ……。


   言ってよ、メル……。


   ……だれよりも、あなたのことが好きだから。


   だったら……。


   あなたのことを、愛しているから……だからこそ、言えない。


   分からない……分からないよ、メル。
   あたしの頭でも分かるように言ってよ……。


   ……ごめんなさい、ユゥ。


   なんで……。


   ……ねぇ、ユゥ。


   ……。


   泣かないで、ユゥ……お願い、泣かないで。


   ……そんなの、無理だよ。
   苦しいんだ……すごく、苦しいんだよ……メル……。


   ごめんなさい……ごめんなさい、ユゥ……。


   ……メルが、欲しい。


   ……。


   やっぱり、いますぐ欲しい……。


   ……。


   やくそく、まもれなくてごめん……だけど、だけど。
   いいって、言ってよ……ねぇ、言って。


   …………ユゥ。


   きらいに、なる……?
   なるよね、こんなあたし、いやだよね……いやに、決まってる……あたし、だって……。


   ……ならないわ。


   はぁ……ぅ……。


   きらいになんて……ならないから、だから。


   メル……メル……。


   ……あなたのすきにして、ユゥ。


   ……ッ。


   ぅ、あ……ッ、……ぁ……。


   はぁ……メル……あたしの、メル……。


   ……ユゥ……ユゥ。


   好き、大好き、愛してる……ずっと………だから……だから……。


   ……あなたじゃなきゃ、だめなの。


   食べたい……たべたい……きみの、ぜんぶ……ぜんぶ……。


   ……そう、思うのは。


   メル……メル……マーキュリー……あたしの、いとしい……。


   いまの、わたし……いまの、わたしたちだって、しんじてるの……。


   …………。


   あ、ぁぁ……ッ。


   ……すべて。


   っ、ぁ、……ぁ、……ぁぁ……。


   ……すべて、私だけものだ。


   そう…すべて……あなただけの、もの……。


   ……だれにも、わたさない。


   わたさない、で……。


   ……いのちも、こころも、すべて。


   あなたのすべて、も……。


   私の、私のすべてはきみのもの、きみだけのものだ、メルクリウス。


   あぁ……。


   ……だれにもわたしてくれるな、はなして、くれるな。


   は、い……。


   ……。


   ……ん、……あぁ。


   メルクリウス……。


   ……ユピ、テル。


   われ、きみを、あいす……。


   ……われ、あなたを、あいす。


   このおもいは……とわに、かわることなく。


   いのちは、めぐる……されど、おもいはかわらず。


   きみの、そばに。


   ……あなたの、そばに。


   ちぎりを、いまいちど、かわそう……しんせいの、ひめぎみ……。








  -旅途(パラレル)





   おかえりなさい、まことさん。


   ただいま、亜美さん。


   寒かったでしょう?
   冷えたからだをどうぞ温めて下さい。


   ありがとう。


   雪が、頭にまで。


   あれ、おかしいな。
   笠はちゃんとかぶっていた筈なのに。


   ふふ……はい、これで大丈夫。


   ありがとう……亜美さん。


   今、お茶を淹れますね。
   丁度、お湯を沸かしていたところなんです。


   そろそろあたしが帰ってくると、思って?


   ……はい。


   ……。


   ん、まことさん……。


   ……あったかいなぁ。


   ……。


   あったかい……。


   ……まことさん。


   ごめん、冷えてるのに……今、離れるから。


   ……ううん、良いの。


   亜美さん……。


   ん……。


   ……ただいま。


   はい、おかえりなさい……無事で、良かった。


   はは、大袈裟だなぁ。
   釣りに行っただけなのに。


   ……いけませんか。


   いや、そんなことはないよ……ありがとう、心配して呉れて。


   ……美奈子ちゃんとうさぎちゃんは。


   ん、ちゃんと送っていった……。


   ……朝、早かったから。


   眠いより、寒いの方が多かったかな……。


   ふふ……然うですか。


   見る……?
   今日の、釣果……。


   ……今日はたくさん釣れたのですね。


   うん? どうして然う思うの?


   ……得意満面な表情、まるで子供みたい。


   あぁ、参ったな……あたしは直ぐに顔に出てしまう。
   いい歳して、どうにも良くない。


   ……そんな貴女を、私は可愛いと思っています。


   え?


   いいえ……ふふ、それでは今日のお夕飯はお魚ですね。


   うん、久々に油で揚げてみようと思ってるんだ。


   油で?


   亜美さん、揚げ物は食べられるかい?


   はい、食べられます。


   都に居た頃はよく食べたかい?
   都では油は然程貴重なものではないだろうから。


   いえ、そんなには……。


   やっぱりあまり好きではない?


   いいえ、食べる機会があまりなくて……。


   はは、亜美さんは食べることよりも勉学、だものなぁ。


   お店に食べに行くことがほぼなかったので……家では、作ることなんてありませんでしたし。


   そうか、都では店で食べるものか。
   まぁ、然うだよな。


   ……連れて行ってもらったことは、あるんです。


   連れて? それは誰に?


   ……。


   い、言えないひと、かい……?


   そんなことは


   若しかして……良いひと、とか。


   どうして然うなるのですか。
   まことさんが考えているようなひとではありません、決して。


   あ、あぁ……ごめん。


   それに言った筈です……私は然ういったものとは無縁だった、と。


   はい、聞きました……ごめんなさい。


   もぅ……。


   ご、ごめんよ、大夫……。


   ……戻ってます。


   へ。


   ……大夫。


   あ、あぁ……つ、つい……。


   ……もぅ。


   え、えと……それで、誰と?


   老師です。


   老師……あぁ、なるほど。
   然うか、老師か。なるほど、なるほど。


   もぅ、まことさん?


   いや、でも、亜美さんほどの優秀な学生だったら或いは


   いい加減、怒りますよ。


   ……すみません。


   老師はそんなひとではありません。
   老師は……。


   ろ、老師は……?


   非常に知識欲が強く、また優れた知識は共有し次代に伝え残し、知っている者が知らない者に教え、導く。
   知識を独占、または悪用したり、知らない者を見下すようなことは決して赦さない……そんな信念を持っている方でした。


   うわ、すごく立派……。


   けれど色恋事……恋愛の機微など、然ういったものにはとても疎くて。
   それでいて、相手をその気にさせてしまうような言葉を度々口にするものだから……そのせいで、問題が起きることがよくあって。
   端正な顔立ちだったので、余計に……。


   ちょっと待って。


   はい?


   その気にさせるって、亜美さんにもそんな言葉を口にしてたってことだよね。
   それで、


   まことさん。


   ……はい。


   もぅ……そんなに信用出来ませんか。


   あ、いえ、そんなことは……ただ、ちょっと、ここら辺が落ち着かないだけと、言いますか……。


   あまり、言うのなら。
   私だってまことさんの昔のこと、気にしているんですから。


   え、あたしの?


   ……然うです。


   いや、言ったろう?
   あたしも然ういうのとは無縁で……。


   無縁だからって、良いひとが居なかったわけではないでしょう?


   居ないよ、居るわけないだろう?
   無縁な上に、あたしはどちらかと言うとひとが好きではなかったんだから。


   ……良いひとは特別ですから、その限りではないと思います。


   亜美さん。


   ……良いひとは居ないにしても、想いびとくらい。


   ……。


   ……。


   ……昔のあたしは、それどころでは、なかったよ。


   あ……。


   ……たくさん死んで、たくさん斬った。


   ごめんなさい……まことさん。


   ん……いや、良いよ。大丈夫。
   元はと言えばあたしが悪いんだ、くだらない嫉妬心から亜美さんを疑ったりしたものだから。


   ……本当に、ごめんなさい。


   あぁ、そんな顔しないで。


   ……。


   ……だけど、然うだな。
   想いびとでは、ないけれど……ひとりだけ、たったひとりだけ気になったひとがいたよ。
   はっきりとは、憶えていないし……名前も知らない、聞かなかったから。いや、聞けなかったから。


   それは……。


   ……あたしの命を拾って呉れたひとだよ。


   まことさんの、命を……。


   確か……医生のたまご、だったかな。歳の頃はあたしと似たり寄ったりだったと思う。
   戦に従事して……医生の手伝いみたいなことをしてたんだと思うのだけど。
   あたしはその子に……何か、酷いことを言ったと思うんだけど……それでも、傍に居て呉れたんだ。


   ……。


   傷が元で酷い熱を出したことがあってさ……あの時はもう、終わりだと……やっと終わりに出来ると、思ったんだけど……その子は、寝ずに看病して呉れた。
   余計なことだと、思ったんだけど……どうしても生きて欲しいと、その子は言ったんだ。
   その言葉が、いつもだったらなんとも思わないのに、その時だけやけに響いてね……。
   あたしが此処に居るのは……居ることが出来るのは、その子が居たからだ……。
   好きとは、違うと思うけれど……それでも若しもまた会えるのなら……お礼を、言いたいと思う。
   あの時は、言えなかったから……。


   ……。


   あの戦は、酷いものだった……未だ、学びを終えていないこどもまで駆り出すような、さ。


   ……そのひとは、女性ですか。


   あぁ、うん、然うだよ……でも、どうして?


   ……。


   亜美さん……?


   ……私はあの戦に従事していました。


   亜美さんが……?


   然う、医生のたまごとして……。


   然う、だったのか……いや、確かに言われてみれば駆り出されていてもおかしくない……。


   ……私は、ひたすら、無力でした。
   学んだこと、得た知識……そんなもの、失われていく命の前では、何も、何も、何一つ、役に立たなかった……。


   そんなことは……実際、あたしは助けられたし。
   知識が役に立たないなんて、そんなこと……知識が無い方が、寧ろ……。


   ……。


   この話はもう、お仕舞いにしようか……。


   ……ひとりだけ、たったひとりだけ。


   うん……?


   ……助けられたひとが、居たんです。


   然う……。


   ……そのひとは、傷が元で酷い熱を出して。


   あぁ、然ういうのは多かっただろうね……。


   歳の頃は、私と同じくらいの……女性、だったんです。


   ……男の数が足りてないどこぞの村から駆り出された、か。


   えぇ……恐らくは。
   あの戦は、本当に……。


   それで、そのひとは……?


   このまま死なせて欲しいと、うわごとのように呟いて……それが酷く、悲しくて。
   けれど私は医生のたまごとして、いいえ私の為に、どうしても助けたかった……生きて、欲しかった。


   ……。


   思えば……私は、酷く自分勝手だったと。


   どうして?
   医生のたまごとして、自分の為、どちらでも良い……助けたいと、生きて欲しいと思ったのが、本心ならばそれで良いんだ。
   現にあたしはそれで……。


   ……。


   ……それで、そのひとはどうなったんだい?


   一命を、取り留めて……また、戦場(いくさば)に戻っていったと聞きました。


   見送れなかったんだね。


   はい……私は、他の場所に行かなくてはいけなくて。
   一言、何か……言葉を交わしてみたいと思っていた私の願いは、叶わなかった。
   どうしてでしょうね、あの時の私はそのひとと話をしてみたかったと……。


   ……。


   ……ごめんなさい、もうやめましょう。


   その場所は、何処?


   ……え。


   場所。


   確か……北の。


   北の、どこだい?


   北の……国境近くだったと。


   国境、近く……そんなところに、まで。


   あの、まことさん……?


   ……あたしが死に損なったのも、北の国境近くだったよ。


   え……。


   ……花。


   はな……花?


   ……白い、小さな花。
   お礼が、言えなかったから……それでも、気持ちを伝えたくて……代わりにも、ならないけど……それを、渡して貰えるように。


   あ……あ。


   ……そのひとに渡して貰えたかは、分からない。


   あぁ……。


   ……そんなわけ、ないだろうけど。


   ……。


   若しかしたら……亜美さん、あたしは君に。


   ……花を、受け取りました。


   ……。


   白い、小さな花……私は、それを受け取って……然う、それを見て、泣いて……。


   ……あぁ。


   まこと、さん……。


   ……ありがとう、亜美さん。


   こちらこそ……こちら、こそ。


   違うかも、知れないけど……ね。


   …だと、しても。


   うん……。


   ……。


   ……さて、思ったよりも話し込んでしまったね。
   魚の下処理でも、しようかな……。


   手伝います……まことさん。


   ん、ありがとう……亜美さん。


   ……あ、いけない。


   うん?


   お薬、届けないと……急ぎではなかったから、まことさんが帰ってきたらと思っていて。


   よし、ならばあたしが行ってこよう。


   ですが、まことさんは


   良いんだ。外に出る格好をしているし、丁度良いよ。
   それとも診療が必要なのかい?


   いえ、お薬だけで……。


   どこの家だい?


   …………さんの家、です。


   あの家か……それで、持っていく薬はどれだい?


   ……これです。


   よし……それじゃ、行ってくるよ。


   あ、あの。


   うん?


   行ってらっしゃい……どうか、気を付けて。


   うん……ありがとう。


   ……。


   ねぇ、亜美さん……帰ってきたら、また、迎えて欲しい。
   おかえりなさい……て。


   ……はい、まことさん。


   うん……それじゃあ、行ってきます。








   …………まことさん。


   ん……。


   ……お魚の下処理、しなくても良いのですか?


   あぁ……うん、そうだね……でも、もう少しだけ。


   ……あ、……まことさん。


   もう少し、こうしていたい……だめ、かな。


   ……。


   ん、ありがと……亜美さん。


   ……まことさんの手は熱いですね。


   そうかい……?


   ……とても、あつくて。


   だけど……帰ってきた時は冷たかったろ、ごめん。


   ……いいえ、大丈夫です。


   あぁ、きれいだなぁ……おぼれて、しまいそうだ……いや、もう、おぼれているのかもしれない……。


   ……。


   世の中にこんなにきれいなものが、あっただなんて……あの頃は、思いもしなかった。
   見えるものすべて、くすんで見えて……彩りと言えば……。


   ……。


   ……あぁ、こんな赤もあったんだなぁ。
   本当に、きれいだ……。


   私は、あなたが言うような……。


   亜美さん。


   ……。


   ずっと、見ていたい……。


   ……ずっと、なんて。


   はは……分かってるよ。
   だけど、今だけは……良いだろ?


   お魚の……ぁ。


   ……するよ、ちゃんと。
   するから……今だけ、は。


   も、ぅ……。


   ……。


   ……師、曰く。


   うん……?


   人生とは、旅をすること……。


   え、と……。


   その旅路はひとの数だけ、存在し……正しき道を征くもの、悪しき道を進むもの……何を求め、何を得るのか……。


   ……。


   結局、旅とは何か……何故、人生とは旅をするということなのか……学んでいた頃の私は、その答えをずっと考えていました。
   今でも、ふとした瞬間に思うことがあります……。


   ……それで、亜美さんの答えはなんなんだい?


   それは、今でも……。


   ……然う。


   まことさんは、どう思いますか……。


   うーん……然うだな、あたしにもちょっと分からない……かな。


   然うですか……。


   ……その答えは、見つけないといけないものなのかい?


   いえ……そんなことは。


   ……なら、考え続けて。
   それで、分からなければ……それで、良いじゃないか。


   ……。


   あぁ、でも……亜美さんは答えが欲しいのか。


   ……あなたと、居れば。


   ん……。


   ……見つかるような、そんな気がして。


   あたしと居れば……?


   ……あなたと、見つけたい。


   ……。


   然う、思うのは……私が自分勝手だからなのでしょう。


   ……そんなこと、ないさ。


   ……。


   じゃあ、ふたりで探してみようか……。


   ……一緒に探して呉れますか。


   あぁ……一緒に探そう。


   ……ありがとう、まことさん。


   ……。


   ……あ、ん。


   思うに、あたしは亜美さんと出逢う為に旅をしてきたのかも……。


   もぅ、まことさんったら……くすぐったいです。


   やわらかい……。


   ……もぅ。


   へへ……。


   ……これからの旅は、何を求めるのですか。


   うん?


   これまでの旅が、その、私と出逢う為にあったとするのなら……出逢って……。


   結ばれて?


   ……。


   ん、もっと赤くなった……?


   ……も、ぅ。


   それで、なに……?


   ……未だ旅路の果てでは、ない。
   だから……。


   然うだなぁ、これからも亜美さんと生きていきたいから……当面は、ふたり旅を楽しみたいな。


   ふたり旅……。


   だって、然うだろ……?


   ……。


   あ、でも、嫌なら無理強いはしないけど……。


   ……手を、離さないで下さいね。


   え……?


   ……はなさないで。


   あぁ……うん、勿論。


   ……。


   ん……少しくすぐったい、かな。


   ……お返しです。


   はは……これは、してやられた。


   ……少しだけ、分かったような気がします。


   ん、何をだい……?


   ……私の旅もまた、あなたと出逢う為にあったのだと。


   然うだったら、嬉しいなぁ。


   出会いと別れを幾度も繰り返して……いつか、大切だと思える誰かと出逢う為に。
   ひとは、人生と言う旅を続けていくのだと……。


   ……。


   ……ひとは、ひとりでは生きていけませんから。


   ……。


   あなたと、出逢って……私は、初めてそれを思い知ったんです。
   それまでは……。


   うん……分かるよ。


   ……。


   ひとりでも、生きていけると思ってた……だけど、然うじゃなかった。
   生きることに疲れて、何度もやめようと……だってあたしには、誰も居ないのだから。


   ……誰かが居たと、しても。


   ……。


   ……居るからこそ、感じるものもあるんです。


   亜美さん……。


   ……ごめんなさい、我儘ですね。


   そんなこと、ないよ……そんなこと、ないんだ。


   ……。


   比べることじゃ、ないんだよ……。


   ……うん。


   ……。


   ……かつて、私はあなたと出逢った。
   けれど、その時は……旅路がほんの少しだけ、交わっただけ。


   ……。


   それでも……あの出逢いが、あったから……こうして、重なることが出来たのだと……。


   ん……亜美さん。


   ……あなたが、愛おしい。


   ……。


   もっと、愛されたい……。


   ……望んで、呉れるなら。


   もっと、呉れますか……?


   ……あぁ、喜んで。


   うれしい……。


   ……君を、愛している。


   ……。


   変わらず、ずっと……だから。


   ……ふたりの旅を。


   続けよう……ずっと、ずっと……この旅が、この命が、終わるその時まで。
   いや、その先も……。


   はい……まことさん。


   ……血に、塗れてしまった手だけれど。


   多くの命を、救えなかった手だけれど……。


   ……この手を、離さない。


   あなたの手だけは、離さない……。


   ……。


   ……。


   ……ね、亜美さん。


   はい、なんでしょう……まことさん。


   ……きれいだ。


   ……。


   この世で、一番……。








  -broken doll(未来崩壊パラレル・
R-18





   (……まこちゃん)


   ん……。


   ……。


   亜美ちゃん、どこへ行くんだい……?


   ……。


   さ、戻っておいで……からだが、冷えてしまうよ。


   ……。


   ……外に出たいのかい?
   でも、未だ駄目だよ……雨が、止んでいない。


   ……。


   空気を入れ替えたい気持ちは分かるけれど、それも今は無理だよ。


   ……。


   さ、おいで……続きを、しようよ。


   ……う。


   亜美ちゃん……?


   ……。


   だから、だめだって……。


   (……もう、やむわ)


   止んだとしても、直ぐには出られない。
   それは亜美ちゃんが一番、分かってる筈だろう?


   (それでも……)


   黒い雨は、全ての器官に異常をきたす。
   然うだろう……マーキュリー。


   ……ッ。


   止んでもその影響が強く残る。
   だから、黒い雨が降っている間、止んだとしても直ぐには外に出てはいけない。
   然う言ったのもマーキュリーだったね。


   ……。


   さ、あたしと戻ろう……ね、亜美ちゃん……。


   ……。


   はぁ……聞き分けのない子だな。
   然ういう子には……。


   ……ぁ。


   罰を与えないと、いけないね……?


   や……ぁ……。


   ……なんて、ね。
   だけど、どうして今日はそんなに聞き分けがないんだい……?


   (……もう、だめ)


   言ってごらん……?


   ぁ…………や……ぁ……。


   ……あぁ、ごめんよ。
   わざとじゃ、ないんだ……許して。


   (まこ、ちゃん……)


   ……男だったらなぁ、亜美ちゃんを孕ませることが出来たのに。


   ……ッ、や……ッ。


   と……。


   う……ぅぅ……。


   ……冗談だって。
   そんなの、本気で思ってるわけないだろう……?


   ……。


   ごめん、ごめん……。


   ……ぁ。


   ん……入った。


   ……ひ……い、ぁ、……ぁ。


   亜美ちゃんは、あたしの指が好きだものね……。


   ……ッ、……ん、ぁ……ッ。


   ……それと、舌。


   (まこ、ちゃん……もう、やめて……)


   ね……声、出して。


   (い、や……)


   ……聞かせてよ、亜美ちゃん。
   聞かせて、呉れたら……。


   (ほんとうに、もう……)


   ……もう一本、あげるよ。


   (だめ……だめ……)


   あぁ……泣かないで、そんなに欲しいの?


   (ちが、う……)


   ……しょうがないなぁ、特別だよ。


   ひ……あっ、あぁぁぁぁぁ……。


   …………どう?


   ……っ。


   うれしい、かい……? あたしも、うれしいよ……だから、ね……もっと、しめつけてよ。
   きつく、きつく、さ……。


   ……お、…ぁ……あ………ん……。


   あぁ、顔が真っ赤だ……かわいいなぁ、亜美ちゃんは……。
   いっぱい、かわいがってあげるからね……。


   ……っ、は、ぁ……あ、んっ、ぁ……あぁ……ッ。


   あぁ……ほんとうに、かわいいなぁ……。


   (……もどって、まこちゃん……おねがい、だから……)


   もっと、めちゃくちゃにしてあげたくなる……。


   ……ッ、あぁぁ……ッ。


   きもちいい……?
   あたしは、きもちいいよ……なかも、だけど……。


   (はや、く…………)


   よがってる亜美ちゃんを、見るだけで……その声を、聞くだけで……ねぇ、亜美ちゃん……。


   (……はや、く……おね、がい……)


   このまま、やまなければいいのに……。


   (…………やん、で)


   亜美ちゃんも、然う思うだろ……?


   (おねがい……はやく、やんで……いつもの、まこちゃんを、かえして……)


   ねぇ……。


   (……もとには、もどらなくても……もどれ、なくても……せめ、て……)


   ふふ……ふふ……。


   あっ、あっ、ぁっ、ぁ……っ。


   あぁ……このまま、食べてしまいたいなぁ。


   (……まこ、ちゃん)


   いい、かなぁ……。


   (…………あなたが……そう……したいの、なら……)


   なんて、さ……そんなことは、しないよ。
   するわけ、ない……だって、ひとりはいやなんだ……。


   ぁ……あっ、あ、……ッ、……あ……、っん……。


   ……そろそろ、かな。


   (…………もぅ……だめ……)


   ん……あぁ、雨が……。


   ……ぁっ、……あぁぁぁぁぁっ、……、……ッ……。


   やまなくても、いいのになぁ……。


   ……は、……、…………。


   けど……動けるように、なったら。


   (……おいて、いって……)


   ふたりで、また……。


   (…………おいて、いかないで)


   どこに、行こうかな……ね、亜美ちゃん、どこに行きたい……?


   (……どこ、でも……いいわ……)


   ん……流石に、疲れちゃったよね。
   ちょっと、眠ろうか……考えるのは、その後で良い……。


   (……そう……どこかに、いけたとしても……)


   ……大丈夫、あたしが守るから。
   だから……安心して。


   ……はぁ、……ぁ……。


   愛してるよ、亜美ちゃん……おやすみ。


   (…………いっそこのまま、おわってしまえばいいのに)