-The Resurrection(前世・R-18






   .....Σιχυτ ερατ ιν πρινχιπιό, ετ νυνχ ετ σεμπε, ετ ιν σαεχυλα σαεχυλορυμ


   ……。


   Μαγιφιχατ ανιμα μεα Δα παχεμ......


   ……。


   ……ふ、


   ……。


   あ、ぁぁぁぁ……ぐっ。


   ……露骨過ぎる。


   ……だって、退屈なんだよ。


   分かってる……けど、我慢して。


   ……あとどれくらいで終わるの、これ。


   ……あなたも、知っているでしょう。


   ……。


   ……だから、露骨過ぎる。


   ……だって。


   ……一応、四守護神なのだから。


   短くなる、ということは……。


   ……ないわね。


   ……。


   ……あの無駄でしかない祝辞の御披露会が、削られない限り。


   みんな、似たり寄ったりじゃないか……。


   ……それでも、贈られている方は気持ちが良いものなのでしょうから。


   あたしなら、ひとりでいいよ……。


   ……ええ、同感だわ。


   ……。


   ……次が、来たわよ。


   ……うへぇ。


   ……。


   こんなの、なんでやるんだろ……。


   ……安心して、次は千年後だから。


   千年後……因みに、この前は。


   ……勿論、千年前。


   ……。


   ……。


   ……ついてるな、あたし達。


   ……本当に、ね。


   はぁ……。


   ……マーズが睨んでいるわよ。


   あとで説教、かな……。


   ……ところで。


   あぁ、めんどくさいな……。


   ……ヴィーナスが、居ないわ。


   は……?


   ……さっきから。


   ……本当だ、居ない。


   ……上手く抜け出したみたいね、今回も。


   じゃあ、あたしも……。


   ……駄目よ。


   マーキュリーも、一緒に……。


   ……駄目。


   統率者が、居なくなってるのに……。


   ……あなたの場合、目立つから。


   や、ヴィーも目立つだろ……。


   ……替玉。


   え……?


   ……見て。


   ……あれ、戻ってきた?


   ……良く、見て。


   ヴィー……じゃ、ないな。


   ……だから、替玉。


   ……嘘だろ。


   ……あなたの場合、替玉は無理でしょう?


   もう少し、躰が小さければ……。


   ……似ているのは、容姿だけではないわよ。


   あ……?


   ……雰囲気も、良く似ている。


   ……確かに。


   ……恐らく、大分前から仕込まれている。


   ……仕込まれている、ねぇ。


   ……。


   ……。


   ……ちょっと見ただけでは、分からないわね。


   ……部外者だと、余計に分からないな。


   ……。


   このまま、戻ってこないなんてことは……。


   ……ひとしきり遊んだら戻ってくるでしょう、多分。


   ひとしきり遊んだら、ね……。


   ……。


   なぁ……あいつの癖、どうにかならないの。


   ……なったら、良いのだけれど。


   マーズは、気が付いて……。


   ……気が付いていないわけ、ない。


   だよなぁ……。


   ……付き合いだけなら、私達よりも長いもの。


   よく、一緒にやってこられたよな……あたしなら、御免だよ。


   ……慣れか、或いは、相性がかなり良いのか。


   相性か……かえって、良いのかも知れないな。


   ……。


   良かった……あんなのが、番う相手じゃなくて。


   ……ちょっと。


   マーキュリーで、本当に、良かった。


   ……手。


   一瞬だから……さ。


   ……もぅ。


   はは。


   ……顔、引き締めて。


   そろそろ、限界なんだけど……この顔、すごく疲れるんだよ。


   ……ねぇ。


   ……うん?


   ……素敵よ、とても。


   え……?


   ……惚れ直して、しまうかも。


   本当……?


   ……こちらを、見ないで。


   ……。


   ……あぁ、やっぱり惚れ直してしまいそうだわ。


   見てないのに、見えるのかい……。


   ……ええ、見えるわ。


   どう、やって……。


   ……こう、やって。


   ……。


   ……あなたにしか、分からないように。


   空間が、僅かに歪んでる……「鏡」、か。


   ……水の、ね。


   ……ずるいよ、マーキュリー。


   ……だって、暇なんだもの。


   それを言うのなら、あたしだって……。


   ……あなたは、大きくて堂々としているから。


   ……。


   ……ちょっとしたことでも、目立つのよ。


   然うは、言うけど……マーキュリーだって。


   ……。


   ……特に、きれいな青髪が。


   ……。


   ちらちら見てるヤツが、何人か居てさ……すごい、嫌なんだよ。


   ……だから。


   にやにやしやがって……。


   ……だから、駄目なのよ。


   ……。


   ……二人で、抜け出すこと。


   あぁ……。


   ……私だって、出来れば。


   今直ぐ、その手を引いて抜け出してしまいたい……。


   ……。


   ね……少しくらいなら。


   ……だめよ。


   抜け出すことじゃ、なくて……。


   ……。


   ……見るくらいなら、良いだろ。


   ……だめ。


   なんで……。


   ……私を見た瞬間、緩んでしまうだろうから。


   ……。


   ……今だけは、凛々しい顔のあなたで居て欲しいの。


   出来るだけ、緩まないように……。


   ……無理だと思うわ。


   ……。


   ……だから、あなたはそのまま前を見ていて。


   もう、見飽きたよ……あんなの。


   ……ジュピター。


   お、と……。


   ……。


   ……我が魂は平和を称えん、か。
   良く、言えたものだな……。


   ……それに、しても。


   うん……?


   ……凛々しい顔をしたあなたなんて、滅多に見られるものではないから。


   ……戦場では。


   ううん、違うのよ……似ているかも知れないけれど、違うの。


   ……鬼気迫るものがない、か。


   ……。


   ……。


   ……いつもの柔らかくて優しい表情も、愛しているけれど。


   ……けれど?


   …………然ういう顔も、好きよ。


   マーキュリー。


   ……だから、こちらを見ないで。


   あとで、ふたりきりになったら……。


   ……その時のあなたは、もう、緩んでいるでしょうから。


   然う、ならないように……。


   ……いつまで、もつかしら。


   ……出来るだけ、もたせるよ。


   ……。


   ……だから、マーキュリー。


   ……一度で、良いから。


   ……。


   凛々しい顔をした、あなたに……抱かれて、みたいわ。


   ……!


   ……本当に、素敵なんだもの。


   一度で、良いの……?


   ……疲れてしまうんでしょう?


   マーキュリーの希望であれば、話は別だよ……。


   ……。


   ……頑張るから。


   ……出来るだけ?


   ……。


   ……ふふ。


   マーキュリー……。


   ……。


   ……今夜は、あたしの部屋で。


   ごめんなさい……今夜は、無理なの。


   この顔で、迎えるよ……。


   ……。


   ……いや、迎えに行く。


   ……。


   ……どうかな。


   ……考えてあげても、良いけれど。


   出来れば、色好い返事を貰えたら嬉しいな……。


   ……。


   ……。


   ……マーズが、物凄く睨んでいるわ。


   あれは……妖魔も、震え上がるな。


   ……はぁ。


   マーキュリー……?


   ……時間の無駄だわ、これ。


   ……だろう?


   ……千年に一度じゃなく、二千年に一度にすれば良かったのに。


   こんなことよりも……マーキュリーと二人で過ごすことに時間を使いたい。


   ……。


   ……。


   はぁ……。


   ……ね、あとどれくらいで終わるかな。


   ……。


   ……もう、マーキュリーを連れて部屋に帰りたいよ。


   ジュピター。


   ……マーキュリーも然う思うだろ。


   然う、したいけど……。


   ……なら。


   そろそろ、合唱の時間……だから。


   ……。


   ……あなたの、出番。


   マーキュリーも、ね……。


   ……。


   ……あー。


   なに……。


   ……ヴィー、戻ってる。


   ……。


   ……あれ、然うだろ。


   ええ……然うね。


   ……あの顔、腹立つな。


   ねぇ、ジュピター……。


   ……なんだい、マーキュリー。


   ……。


   マーキュリー……。


   ……今夜、迎えに来て。


   ……。


   凛々しい、顔で。


   ……うん、分かった。


   ……。


   ……それじゃ、マーキュリー。


   ええ、また後で……ジュピター。








   ……。


   ……ん、……んっ、……ん。


   ……。


   ……んっ、……ぁ、……っん、……ん。


   ……。


   ……あ、……ぁん……ん、……ぁ……。


   ……。


   ……っ、……ね、ぇ……。


   ……ん、なに?


   むね……すき、ね。


   ……あぁ、好きだよ。


   は、ぁ……。


   それに……目の前で、おいしそうに揺れているんだ……。


   ……ゆれる、ほど。


   ……あるよ。


   ……。


   我慢なんか、出来るわけがない……。


   ……もぅ。


   舐められないのだけが、不満かな……。


   ……さっき……さんざ、したくせに……。


   さっきは、さっきだよ……。


   ……っあ、……ん、……。


   ……。


   ね、ぇ……。


   ……なに。


   くち、づ……ん。


   ……。


   ……ぁ、……ふ……んん……。


   ……。


   ……あぁ、……ん。


   さっきから、ずっと……。


   ……な、に。


   ん、ばかりだ……。


   ……。


   ……なまえ、よんでよ。


   どうしよう、かしら……。


   ……よんで。


   ふ……。


   ……いじわる、だな。


   ええ、そうよ……だれかのせい、で……ね……。


   ……だれか?


   そう……だれ、か……。


   ……あたし以外の誰かだったら、許せないな。


   どう、ゆるせないの……?


   ……とりあえず。


   とり、あえず……?


   ……ころそうかな。


   ……。


   ……本気だよ。


   しって、る……。


   ……なら、いい。


   ね……すてき、ね……。


   ……ん。


   あなたの、かお……とても、すてき……だわ。


   ……だろう?


   いつまで、もつかと……おもっていた、けど。


   ……言ったろ、マーキュリーの望みならって。


   ええ、きいたわ……。


   ……。


   ……ん、……ん。


   ねぇ……ひどく、みだらだ。


   そう、させているの……は……。


   ……あたし、だろ。


   そう、よ……。


   ……。


   あ……、ん……あぁっ。


   ね……もっと、ふってよ。


   ……。


   ……淫らに、ふって。


   ……。


   ……それとも、もう限界?


   ふふ……。


   ……なに?


   いい、わ……ふって、あげる……。


   ……そうこなくちゃ、ね。


   だけ、ど……。


   ……だけど?


   ……。


   なに、マーキュリー……。


   ……して。


   ……。


   ……さいご、は。


   ……。


   ジュピター……あなた、が。


   ……あたしが。


   おわらせ、て……。


   ……あぁ。


   あなた、で………おわりたい、の……。


   ……もちろん。


   あ……っ。


   ……あたしが、終わらせてあげるよ。


   や……ま、だ……。


   ちゃんと……ね。


   あ……。


   ……うん、うまくいった。


   ……あぁ、もう。


   ごめんね、急に……痛く、なかった?


   ……なんて、きようなの。


   ん,、なに……?


   ……ぬかないまま、ころがるだなんて。


   いいかげん、さ……。


   ……ん、ジュピター。


   ほしくて……。


   ……ふれといったのは、あなたなのに。


   なめたくて、しょうがないんだ……。


   ……ん。


   ……。


   ほんとうに……あん、……すき、ね。


   すき、なんだ……どうしても。


   あぁん……。


   ……ふふ、あまい。


   けっきょく……。


   ん……マーキュリー。


   ……ゆるんで、る。


   あぁ……。


   ……すてき、だったのに。


   だけど、さ……。


   ……あ、ぁ。


   このかおも、あいしてる……だろ。


   ……。


   ……だろう、マーキュリー。


   えぇ、そうよ……ジュピター。


   ん……。


   ……あいしてるわ。


   あたしも……ん。


   ……。


   ……あいしてるよ、マーキュリー。


   ……。


   いい……だろ。


   ……ええ、きて。








   ……ふ、


   ……。


   あぁぁぁぁぁ……。


   ……つかれた?


   マーキュリーとこうしている分には、疲れないんだけど。


   ……。


   ね……もう、一回。


   ……だめ、よ。


   でも未だ、二回しか……。


   ……明日は、今日の後始末が待っているの。


   と言うより、昨日の後始末だな……。


   ……ふふ、然うね。


   あぁ、めんどくさいな……。


   ……思っていたよりも、長引いてしまったから。


   余興に舞踊の披露なんて、入ってなかったのに……誰だよ、入れたの。


   ……まぁ、ひとりしか居ないわね。


   ……。


   見たでしょう、あの顔。


   ……あぁ、見たよ。


   誰もがお堅い式典だけだと思っていたから……。


   ……ただの見世物じゃないか、あんなの。


   だからこそ、持て成しには丁度良いのかも知れないわね。


   お堅い式典にそんなの要らないだろ……。


   ……然うは、考えなかったようだから。


   だったら、初めから……


   ……言われていたら、舞踊の衣装を纏う羽目になっていたけれど。


   ……。


   ……どちらにせよ、見世物扱いには変わりないわ。


   はぁ……。


   ……私としては、式典の礼装の方が未だ良いから。


   マーキュリーの舞踊の衣装は……背中が、よく見えるんだよね。


   ……ええ。


   そんな姿を、あんなにやにやしてる奴らの前で……考えるだけで、無理だ。
   腹が立って、躰が爆ぜそうになる。


   今まで……なかったわけでは、ないわ。


   然う、だけど……マーキュリーのきれいな背中を見て良いのは、あたしだけなんだ。
   他の、特に下衆な奴なんかに……ん。


   ……。


   マーキュリー……?


   ……こども。


   ……。


   ……ふふ。


   しょうがないだろ……いやなものは、いやなんだ。


   ……だから、こども。


   マーキュ……ん。


   ……。


   ……マーキュリー。


   すてき、ね……。


   ……なにが。


   顔……。


   ……。


   ……今は、引き締まってるわ。


   思い出して……顰めているだけだよ。


   ふふ、然うかも……。


   ……。


   でも、憶えているのね……?


   ……マーキュリーが関わっていることは、忘れない。


   ん……。


   ……忘れない。


   然う、だった……。


   ……マーキュリーはさ、いやじゃないの。


   いやよ。


   ……。


   いやに、決まってるじゃない。


   ……。


   知らなかったの?


   ……知ってるつもりでは、いたけど。


   けど……?


   ……確認したくなっただけだよ。


   然う?


   ……然うだよ。


   顔、緩んでる。


   ……。


   ん、ジュピター……。


   ……マーキュリーは、あたしだけのものだ。


   ……。


   その肌は誰にも、見せない……誰にも、だ。


   ……もぅ。


   ……。


   こどもなんだから……。


   ……良いよ、こどもでも。


   ……。


   ……舞踊、さ。


   うん……。


   ……相手がマーキュリーだったから、踊ったけど。
   然うじゃなきゃ、一曲で止めてたよ……。


   ……あぁ。


   ううん……一曲も、踊らなかった。


   ……それすらも、計算のうちだったのでしょうね。


   え……?


   相手が私なら……ジュピターは、渋々とは言え、何曲かは踊るだろう、と。


   ……。


   ……顔、疲れたでしょう。


   うん……あのまま、固まってしまうかと思ったよ。


   ……固まらなかった、けど。


   マーキュリーが、解して呉れたんだ……じゃなきゃ、暫くはあのままだった。


   それも、良かったわね……。


   ……勘弁してよ。


   素敵だったわ。


   ……。


   本当に。


   ……然う言って貰えるのは、すごく嬉しい。


   ふふ。


   ……ねぇ、マーキュリー。


   なぁに……?


   ……次は、千年後なんだよね。


   ええ、然うよ……。


   ……あぁ、良かった。


   ね、ジュピター……私ね、思ったの。


   ……なにを?


   千年前の「私達」も、若しかしたら、私達と同じことを思っていたかも知れない……って。


   ……。


   ん……ジュピター……。


   思ってたと、思う。


   ……。


   それでさ、なくなってしまえば良いのにってさ……自分達にはもう二度と、出る機会がなくても。


   ……私達と、同じね。


   うん……同じだ。


   ……。


   ……なくなってしまえば良い、月の生誕祭なんて。


   ジュピター……。


   ……分かってる、もう言わない。


   もっと、小さな声で。


   ……うん?


   私にしか、聞こえない声で……。


   ……聞こえないと、思うけど。


   それでも……。


   ……ん、分かった。


   ……。


   ……あたし達やあたし達の母星を見世物にされるのは、もう、御免だ。


   私も……もう、嫌だわ。


   ……。


   ……。


   ……今日は後始末、そろそろ休もうか。


   ね……ユゥ。


   ……なに、メル。


   また、見せてね……。


   ……凛々しい顔?


   うん……。


   ……分かった、またね。


   ……。


   ……メルのみだらな顔も


   ユゥ。


   ……。


   ……それは、言葉にしないで。


   はい……。


   ……。


   ……はは。


   ふふ……。


   ……おやすみ、メル。


   うん……おやすみなさい、ユゥ。








  -Ormus(前世・少年期)





   ......Ηαε, διε, Μισερερέ,


   ……。


   Μισερερὲ......


   ユゥ……。


   ……ん。


   大丈夫……?


   ……メル。


   もしかして、寝てた……?


   ん……いや、起きてたよ。
   どうしたの?


   あ、あのね。


   うん。


   お菓子……作った、の。


   お菓子を……?


   多く、作ったから……だから、その……一緒に、食べようと思って。


   ……メルも、作らされたの。


   ん……。


   ……大丈夫、だった?


   うん……ユゥとお師匠さんに習っていたから。
   その通りに、して……。


   ……メル、その手。


   あ……えと。


   ……。


   だ、大丈夫よ……。


   ……手当ては。


   ……自分、で。


   ……。


   ね、ねぇ、ユゥ……お菓子、一緒に。


   ……食べる。


   お茶も、淹れてきたの……。


   ……飲む。


   えと、起き上がれそう……?


   ……うん。


   あの、無理だったら……。


   ……とっ!!


   え。


   ほら、ね。
   全然、無理じゃないよ。


   ユ、ユゥ……。


   それじゃ、一緒、に……。


   !
   ユゥ!!


   ……あれ、おかしいな。


   急に、起き上がるから……!


   こんなの、なんでもない……なんでも、ないんだけど。


   なんでもないようには、見えないわ……。


   ただ、ちょっとだけ……ほんのちょっとだけ、ね。


   ……あ。


   うーん……でもまぁ、次は大丈夫だから。


   待って。


   よし、それじゃもう一度。
   いち、にの、さん、


   待って、ユゥ。


   ……で?


   今日はこのまま、お休みしましょう……?


   ……へ。


   良かったら、この部屋で……一緒に。


   でも、お菓子……お茶も。


   それは、明日でも


   やだ。


   ……。


   この部屋で一緒に休めるのは嬉しいけど、でも未だ休まない、休みたくない。


   ユゥ、


   お菓子、食べたい。


   ……。


   お茶、飲みたい。
   メルと、一緒に。


   ……明日でも、出来るから。


   出来ないかも、知れない。
   然うだろう? メル。


   ……。


   だから、今日が良い。
   明日よりも、今日が良い。


   ……。


   今、起きるから。


   ……待って。


   ……。


   勢いに任せないで。


   だけど、


   また、倒れてしまうから。


   大丈夫だよ、もう倒れない。


   ううん、だめよ。


   ……でも。


   手伝うから……だからお願い、ユゥ。


   ……。


   ユゥ。


   ……うん、わかった。


   ……。


   なんか、ね……からだが、すごく重たいんだ。


   ……ユゥの、からだ。


   ……?


   ひどく、熱いの……。


   ……あつい?


   そう……。


   ……だけど、そんな感じはしないよ。


   いつもの……躰に籠る熱とは、違う。


   どういう、こと……?


   ……疲れによる、発熱。


   つかれに、よる……?


   ……簡単に言ってしまえば、今のユゥは体調不良の状態だと思うの。


   たいちょうふりょう……あたしが?


   慣れないことをずっと、していたから。


   いや、でも、ごはんを作るのは、いつもしていることだし……。


   ……それだけじゃ、なかったでしょう?


   ……。


   歌ったり、踊ったり……それを、何度も……まるで、見世物のように。


   ……でもあたし、体力だけはあるんだ。


   だからこそ、己の限界が分かっていないのかも知れない。


   ……。


   限界は、誰にでもある……例外なんて、ない。


   ……。


   ねぇ、ユゥ……疲れるのは、躰だけじゃない。
   心もね、疲れるの。


   ……こころ?


   然う、心……今のユゥは、心が疲れているのだと思うの。
   慣れない場所で、慣れないことをして……。


   ……。


   だから、だからね……躰が熱を出して、それを教えて呉れているのだと思う。


   ……こころの、つかれ。


   心の疲労は、躰に良くない影響を与えるの……。


   ……。


   ユゥにとって、初めてのことだと思うから……少し、分かりづらいかも知れない。


   ……うん、よく分からない。


   ……


   だけど……メルが、然う言うのなら。


   ユゥ……。


   ……やすめば、なおる?


   ちゃんと、お休みすれば……。


   ……それじゃ、ちゃんと休む。


   うん……。


   ……ね、メル。


   なぁに……ユゥ。


   ……おでこに、触ってみて。


   ……。


   ……熱い?


   うん……大分、熱いわ。


   ……大分。


   ……。


   ねぇ、メル……師匠と、先生は。


   ……未だ、向こうに。


   そっか……。


   ……。


   早く、帰りたいな……。


   ……私も。


   ここは、いやなにおいがするんだ……。


   ……。


   ……はぁ。


   ……。


   ……ところで、メル。


   ……?


   食べても、いい……?


   ……。


   だめ……?


   ……どうぞ、ユゥ。


   ありがとう、メル。


   ……ううん。


   メルも、一緒に。


   ……うん、一緒に。


   じゃあ……いただきます。


   ……召し上がれ、ユゥ。


   ……。


   ……どう?


   うん、すごく美味しい。


   ……。


   美味しいよ、メル。


   ……ん、良かった。


   お茶も……。


   ……。


   ……あぁ、美味しい。


   ふふ……。


   ……へへ。


   ……。


   ねぇ、メル。


   ……なに?


   さっきまで、感じてなかったんだ。


   ……かんじて?


   メルの顔を見て、メルの声を聞いたら、ね……急に、ううん、思い出したかのようにさ。
   おなかが、すいて……のども、かわいて。


   ……。


   若しかしたら、もっと前から、然うだったのかも知れない……けど、なんにも感じていなかった。


   ……今日、食事はした?


   ううん、一度もしてない……時間が、あまりなかったから。
   それに、食べなくても平気だったから……。


   一口も……。


   うん、一口も……時間があったとしても、若しかしたら、食べなかったかも知れない。


   ……。


   食べようとしても……喉を、通らないような気がするんだ。


   ……実は、私も。


   メルも……?


   ……どうしても、食べられそうになくて。


   時間がなかったから……?
   それとも、食べたいと思わなかったから……?


   ……どちらも。


   然う、か……。


   ……でも、今は。


   メル……。


   ……あなたが、そばに居て呉れるから。


   うん……あたしも、同じだ。


   ……。


   ここの空気は、すごく、重たいよ……あたし達の家とは、全然、違う。


   ……。


   ……早く、みんなで帰りたい。


   私も……帰りたい。


   ……。


   ……。


   ……お菓子、もっと食べても良い?


   ん……。


   お茶も、良い?


   ……どうぞ、ユゥ。


   ありがと、メル。


   ……。


   ……心、もう元気になったかも。


   そんなわけ……ん。


   ……。


   ……ユゥ。


   ある、よ。


   ……。


   ……あるんだ。


   もぅ……。


   ……ね、もう一度いい?


   だめよ……。


   ……もう一度だけ。


   だめ……ん。


   ……。


   ……だめよ、ユゥ。


   心が元気になるのに、必要なんだ……。


   ……。


   ……だから、もう一度。


   もう、だめ……。


   ……。


   ……ふ、……っ、……ん、ぅ。


   ……。


   …………だ、め。


   ……ごめん、メル。


   ……。


   どうしても、必要なんだ……どうしても、メルが。


   ……いわない、で。


   これ以上のことは、しない……しない、から。


   ……。


   あたしに、力を……どうか、与えて。


   ……あぁ。


   ……。


   ユ、ゥ……。


   ……メ、ル。


   ……。


   メル……。


   ……わたし、にも。


   ……。


   あたえて……ちからを……ゆうきを……。


   ……うん、あたしで良いのなら。


   ユゥじゃなきゃ……いや。


   ……。


   ……ん、…………。








   ......Ηαε, διε, Μισερερέ,


   ……。


   Μισερερέ....


   ユゥ……。


   ……ん。


   頭の中で、回っているの……?


   ……うん、ずっと。


   そう……。


   ……ごめん、聞きたくないよね。


   ううん、いいの……。


   ……けど。


   ユゥの声、ならば……。


   ……ん。


   ずっと、聴いていられるわ……。


   ……こんな歌でも?


   ……こんな、歌でも。


   あたし、は。


   ……。


   この歌は、好きじゃない……嫌いだ。


   ……ユゥ。


   あたしは、歌が好きだけど……この歌は、歌っていてもちっとも楽しくない。
   楽しいどころか、暗い気持ちになっていくんだ。
   心がどこか深い所に、底が見えないような場所に、ゆっくりと沈んで……ううん、引きずり込まれていくような。


   ……。


   違うことを……メルのことを、何度も、考えようとした。
   メルの声、メルの笑顔、メルの温もり、メルのやわらかさ、メルのにおい……いっぱい、思い出そうとして。
   だけどこの歌がずっと、頭の中で回っていて、鳴っていて……邪魔を、してくるんだ。
   消そうと、してくるんだ……。


   ……あ。


   あたしの、メルへの想いを全部、消そうと……だから、あたしは……何を懸けても、メルのことだけは忘れないって。
   他のことは消されても、メルへの想いだけは……って。


   ……。


   ……若しも、メルが来て呉れなかったら。
   あたし、頭が、おかしくなっていたかも知れない……。


   ……ごめんなさい、ユゥ。


   うん……?


   ……聴いていられるなんて、言って。


   あぁ……良いんだ、メルだから。


   ……ううん、だめよ。


   良いんだよ……メル。


   ……もう、言わないわ。


   メル……。


   ……言わないから、どうか、許して。


   許すも何も……言ったろ、メルだから良いんだって。


   ……。


   どうせ、歌うなら……メルと、歌いたいな。
   然うしたら、少しは……。


   それだけは、だめ。


   ……え?


   この歌は……ふたりで、歌ってはだめ。
   合わせて歌っては、だめ。


   ……どうして、だい?


   先生が……ここに来る前に、教えて呉れたの。


   ……先生が。


   本当は、もっと早く伝えなきゃいけなかったのに、それなのに……ユゥの言葉を聞くまで、忘れていた。
   ううん、忘れさせられていた……。


   ……ここに、来たから?


   ……。


   ……ここ、大嫌いだ。


   あの歌は、ひとりで歌うだけでも、ぼんやりと消されていくような感覚がある……。


   ……。


   若しも、ふたりで……想い合っているふたりで、声を合わせて、歌ってしまったら。
   互いへの想いが、消えてしまうと……消されてしまう、と。


   ……なんだ、それ。


   この歌に込められているものがどういったものか、具体的には分かっていない。
   恐らくは、呪術に等しいものだと……先生は、考えているわ。


   ……マーキュリーにも、分からないの。


   ええ……だけど。


   ……だけど。


   マーズが、その一端を担っているのではないかと……。


   マーズ……?


   ……四守護神のひとり、軍神マーズ。
   マーズは軍神の他にもうひとつ、別の顔を持っている。
   それが、


   祈りの力、だったか。


   ……然う。


   祈りなのに……呪い、なの。


   祈りには、祝いと呪いのふたつがある……それらは、表裏一体でもある。


   ……。


   あの歌は……ひとりが歌っても、もうひとりが歌わなければ。
   相手が憶えていて呉れれば、想いを取り戻せる可能性が残る。


   ……。


   もっと言えば……相手が、傍に居て呉れれば、その力を打ち消すことだって出来る。
   今みたいに、ユゥが歌っていても……私が、傍に居れば。私が、合わせて、歌わなければ。
   然うすれば、ユゥは……私のことを忘れない、私への想いを、消されない。


   メルの存在が、それを、打ち消して呉れるから。


   ……。


   言われてみれば、確かに、ひとりの時とは違った。
   引きずり込まれるような感覚も、頭がおかしくなりそうなことも、メルが消されそうになることも、なくて。
   ただ、ぼんやりと口遊むだけで。


   ……。


   ……若しも、合わせてしまったら。


   一度だけでは、完全に消されてしまうことはないらしいの。
   それでも、あやふやには、なってしまうから。


   ……兎に角、合わせない方が良いんだね。


   うん……。


   ね、別々の場所で同時に歌ったら、どうなの……?


   ……共鳴することがないから、その場で合わせるよりは、未だ良いと。


   ……。


   兎に角、同じ場所で、繰り返すことで、その呪術は完成するらしいから……。


   ……なんなんだよ、それ。


   全ては、四守護神として完成させる為。
   真の四守護神として、覚醒させる為。


   ……。


   互いが互いを、忘れてしまった時。
   私達の場合は……互いへの想いが、消されてしまった時。
   私達は覚醒し、完成する……完成、してしまうの。


   ……。


   四守護神として、たったひとりだけに忠誠を誓い、心を捧げる。
   それ以外の存在には


   そんなの、冗談じゃない。


   ……。


   あたしは、御免だ。


   ……ユゥ。


   こんな歌、もう二度と歌うものか。
   頭の中で響いていようとも、絶対に、歌うものか。


   ……それは、許されない。


   どうしてだよ。


   それが、私達だから。


   ……!


   お師匠さんと先生も、然うだった。
   だけど、あのふたりは……。


   ……。


   それが、四守護神と成るように造られた……私達の、定め。
   歌えと、命じられたら……私達、は。


   だったら。


   ……う。


   忘れなきゃ、良いんだな。
   メルの先生と、師匠のように。
   然う、忘れなければ。


   ……ユゥ。


   他のことは、幾らでも、呉れてやる。
   だけど、だけど、メルのことだけは……絶対にやらない、呉れてやるものか。


   ……。


   メル。


   ……はい。


   メルも、呉れてやるな。
   あたしのことを……想って呉れているのなら、絶対に。


   ……。


   メル。


   ……私は、弱いから。


   ……。


   弱いから、分からない……先生のように、強くなれないから。
   だから……約束、出来ない。


   ……だったら。


   あ……。


   あたしが、思い出させてやる。
   取り戻して、やる。


   ……ユ、ゥ。


   必ず、必ず。


   ……。


   だけど、出来れば。
   ほんの僅かでも良い……良いから。


   ……。


   あたしは、どんなことがあろうとも、メルを諦めない。諦めることなんて、ない。
   けれど、メルがあたしへの想いを少しでも、ほんの少しでも、残しておいて呉れたなら。
   あたしは、それを力に変えることが、出来るから。


   ……。


   仮令、全部、消されてしまったとしても。
   命を、懸けて……引き換えにしてでも、あたしは、メルを取り戻す。
   絶対に。


   ……。


   ……約束するよ、メル。


   ……。


   メル……。


   ……あなたが、居ない世界でなんて、生きていたくない。


   え……。


   ……あなたがその命と引き換えに、私を取り戻して呉れても。
   あなたは、もう、何処にも居ない……居ない、のに。


   ……。


   ……私は、あなたが居ない世界で、生きていくことなんて出来ない。
   折角、取り戻して貰っても……あなたを失った私は、また、あなたを消されて……けれど、深い喪失感だけは屹度、残る。
   残ることで心の均衡を保てなくなった私は、あっと言う間に壊れてしまう……だったら、その前に。


   ……。


   ……いいえ、違うわ。
   私は屹度、処分されるの……。


   ……処分。


   然う、ジュピターを失って使い物にならなくなったマーキュリーなんて……要らないのだから。


   処分って、誰に……。


   ……。


   四守護神を処分出来る者なんて、


   ……ふたり。


   ふたり……。


   ……ひとりは、その手を汚すことはない。
   だから、もうひとりに……。


   それは、誰だ。


   ……あなたも、分かっている筈よ。


   ……。


   此処に、来て……その目で、見たでしょう?


   ……あのふたりだと、言うのか。


   ええ……然うよ。


   ……。


   かつてね……実際に、処分された者が居るの。


   ……それは、


   心を通わせた……心の拠り所だったジュピターを失って、「それ」は壊れてしまった。


   ……まさか。


   然う……かつての、マーキュリー。


   ……っ。


   ジュピターだった「もの」の、隣で……それは静かに、行われた。


   ……なんで。


   屹度、他にも居るかも知れない……けれど、ジュピターとマーキュリーはその性質上、他のどんな者達よりも、然うなりやすい。
   何故なら……然う、造られているから。


   ……だから、想いを、消される。


   ……。


   ……なんで、だよ。


   ユゥ……私も、約束するわ。
   私は、どんなに弱くても……あなたのことを、あなたのことだけは、失わないと。


   ……!


   然うよ……弱いなんて泣き言、もう、言っていられない。
   あなたを失うことを、考えたら……言ってる場合では、ないのよ。


   ……。


   ごめんなさい、ユゥ……私は小さい頃からずっと、あなたに甘えてきた。
   生まれたばかりのあなたに、心を貰って……それから、ずっと……だけど、もう。


   ねぇ、メル。


   ……。


   メルは、自分のことを弱いと言うけれど。
   あたしは一度も、メルが弱いだなんて、思ったことないよ。


   ……。


   メルは……メルのここは、強いよ。
   あたしなんかよりも、ずっと。


   ……だとしたら。


   ……。


   然うして呉れたのはユゥ、あなたよ。


   ……あたしが。


   ユゥは、私に心を与えて呉れて……そして、強くして呉れた。


   あたしは、そんな


   いつだって、あなたが私を肯定して呉れたから。
   いつだって、あなたが私を想って、愛して呉れたから。
   だから、私は……私の、心は。


   メル……。


   ……あなたが、私に命を懸けて呉れると言うのならば。


   ……。


   私も、あなたにこの命を懸けるわ。
   けれど、引き替えにはしない。引き替えにはせずに、あなたを取り戻すの。
   然う……私はあなたと生きる為に、己の命を懸けるの。


   ……。


   だけど、ユゥ。
   若しも、然うなってしまったら……少しだけで良いから、私のことを、


   大好き、だ。


   ……ぁ。


   忘れることなんか、出来ない。


   ……。


   この想いが、消されるだなんて……そんなことは、許さない。
   あたしの心は、あたしのものだ。メルのものだ。
   誰かなんぞに、好き勝手されてたまるか。


   ……私も、あなたのことが好き、大好き。


   メル。


   ……この想いを勝手に消してしまおうだなんて、許せるわけがないわ。


   あぁ、然うさ。


   ユゥ。


   仮令、合わせることになろうとも。


   ……仮令、消されてしまいそうになろうとも。


   あたしは。


   私は。


   君を、失わない。


   あなたを、失わせはしない。


   ……。


   ……。


   ……約束、ううん、これは誓いだ。


   ええ……約束よりも、もっと、重たいもの。


   ……。


   ……。


   ……ねぇ、メル。


   なに……ユゥ。


   ……あたしのからだ、未だ熱いかな。


   ええ……熱いわ。


   そっか……でもさ、さっきまでとは違うような気がするんだ。


   ……どう違うの?


   さっきは……ただただ、躰が重たくて。メルに言われるまで、自分が熱くなってることに気が付かなかった。
   だけど今は……この中で、雷気がばちばちと爆ぜているような……そんな熱を、感じるんだ。


   ……。


   多分、これは……ジュピターの怒りだ。


   ……。


   かつての……いや、全てのジュピターの……怒りだ。


   ……全ての、ジュピター。


   心を通わせたマーキュリーを、もう二度と好きにはさせない。
   然う、叫んでいるんだ。


   ……。


   メルは……マーキュリーは、どうだい?


   ……冷たいものを、感じるわ。


   冷たいもの……?


   ……然う、全てを凍て付かせるような。


   それは……。


   ……全てのマーキュリーの、悲しみ。


   ……。


   もう、二度と……ジュピター、を。


   メル……いや、マーキュリー。


   ……ジュピター。


   然う、遠くない未来に……あたし達は、此処で生きることになるだろう。


   ……ええ。


   けれど。


   ええ……ジュピター。


   ……。


   ……。


   ……共に、生きよう。


   ええ……何があろうとも、共に。








  -月讀(パラレル)





   月亮の、女神?


   あぁ。


   かつて空に浮かぶあの月亮を治め、彼の地から此の大地を見守っていたと言う女神……ですよね。


   らしい、けど。詳しくは、知らないんだ。
   亜美さんならと、思ったんだけど。


   私も、あまり詳しくは。
   大学に置かれている書物で読んだことぐらいしか、知らないです。


   その書物には、なんて書いてあった?


   ……月亮の女神信仰とは、およそ千年前まで。


   ……。


   此の大地に生きる、ほぼ全ての者が信仰していたと言う。
   然し、ある時期を境にしてその数は減り始め、今ではもう数える程しか居ない。
   現在を生きる信仰者達は山などに隠れ住み、細々と子や孫に女神の言葉を伝え続けているとされている。
   何故、信仰者が減ってしまったのかは今となっては知る由もなく、言えることがあるとすればその頃から戦が増え始め、
   小競り合い程度だったそれは、いつしか多くの者を巻き込む大規模なものとなり、此の大地は戦の炎に包まれることとなった。
   多くの村や町、畑などは悉く焼き尽くされ、多くの者がその犠牲となった。
   その頃より長い時間が経った今でも、戦の炎は消えることなく、燃え続けている。


   ……。


   月亮の女神信仰については、知っている者がとても限られていて。
   どのようなものであったのか、その教えは何だったのか……信仰者でなければ、もう、分からないとされているのです。


   ……然うか。


   まさか、レイさんが信仰者だったなんて。


   生まれた集落が、然うだった。
   だから、レイも当たり前のようにそれを信じていた……いや、生活の一部となっていたらしい。


   ……。


   だけどある日、数人の夜盗に襲われて。
   集落の女達に連れられて一緒に洞窟に隠れたけれど、執念深く探し回る夜盗に遂には見つかってしまった。
   女達の咄嗟の機転で、レイは子どもだけが入れる空洞に押し込まれ、更に奥へ行くようきつく言われた。
   その空洞は存外深く、夜盗が幾ら腕を伸ばしても届かないものだった。


   ……。


   集落で、子どもはレイだけだった。
   だから大人達は、レイだけは、何としても守ろうとしたんだ。
   教えを、伝える為に。残す為に。


   ……集落の人達は。


   集落は焼き尽くされ、男達は皆殺された。
   女達は……殺された者も居たが、大半は連れ去られてしまった。
   討伐隊の者達が、然う話していたと。


   ……。


   レイは大人達の言いつけを守って、空洞の中でひたすらじっとしていた。
   月亮の女神の教えを頭の中で何度も復唱し、それに疲れると目を閉じて何も考えないようにした。
   水は伝ってくるものを舐めた。食べるものは女達に持たされた小袋に入っていた木の実だけ。
   助け出されるまで一週間、レイはその空洞で然うやって生き続けた。


   ……レイさんに、そんなことが。


   助け出された後、レイは集落から離れた町に住む年老いた夫婦に引き取られた。
   そのふたりには子が居なかったから、大層、可愛がられたらしい。
   けれど、運命は残酷だ。とても優しかった養母は突然、倒れて……そのまま。
   養父もレイが十六になる歳に、病で。


   ……どうして、レイさんは此の村に来たのでしょう。


   いつだったか、美奈がそれを聞いたことがあるんだ。


   美奈子ちゃんが。


   然うしたら、一言。
   来たかったから。


   ……。


   レイは、それ以上のことは話さなかった。
   話さないと言うことは、話したくないのかも知れない。だとしたら、聞き出すべきじゃない。
   美奈は少し不満げだったけれど、それでも、それ以上のことは聞かなかった。
   あの美奈がさ、聞かなかったんだよ。口は、尖らせていたけど。


   ……美奈子ちゃんはどこか、大人びているところがあると思うんです。


   ……。


   いつもは、子どもらしく振る舞っているけれど……だけど時より、酷く成熟した雰囲気を纏うような。


   ……うさぎちゃんは、どう思う?


   うさぎちゃん、ですか?


   うん。


   うさぎちゃんは、とても無邪気で……。


   大人びているとか、然う言ったものは感じるかい?


   いいえ、全く。


   うさぎちゃんは、さ。


   ?
   はい。


   あの子は、子どもらしい子どもなんだ。
   出来れば、そのまま大きくなって欲しいと思ってるよ。


   まことさん……?


   ……。


   あの……。


   ……話を、元に戻すけど。


   え、あ、はい……。


   レイは今でも、月亮の女神を信仰している。
   だからかどうかは知らないけど、生涯、つれあいを持つ気はないらしい。


   ……え。


   これからも、ひとりで生きていくらしいよ。


   待って下さい、それはおかしいです。
   若しも女神の教えを守ってつれあいを持たないと言うのならば、レイさんのご両親は……あ。


   確かに、レイが生まれている時点で親は居ることになるけど。
   そのふたりがつれあいだったとは、限らないだろう?


   ……。


   父親が誰か分からない、そんなことは良くある話だよ。


   ……然う、ですね。


   曰く、レイは歌垣で生まれた子だったらしいし。


   うたがき……?


   なんでも、男は何処ぞの町で、そこそこ力を持っている者だったとか。
   曰く、通りかかった者を仕掛けた薬で酔わせ、集落に連れて行き……その流れで、ということもあるらしい。


   ……。


   そして「事」が終わったら、再び酔わせて、離れた場所に放り捨てるのだとか。
   これについては、あたしは良く知らないんだけど。


   ……。


   ……?
   亜美さん……?


   ……歌垣って、あの歌垣ですよね。


   あの歌垣って……他にも、あるのかい?


   ……ッ。


   え。


   ……。


   あ、亜美さん、どうした?


   ……いえ、なんでもありません。


   けど、顔が。


   な、なんでもないんです。


   そ、然う?


   ……そう、です。


   そ、そっか。


   ……まことさんは。


   うん?


   その、歌垣には


   あぁ、ないよ。
   そんなの、この辺りでは疾うの昔に廃れてしまったらしいし。


   廃れて、いなかったら、


   あたしは、行かないよ。


   ……。


   行くわけ、ないだろ?


   そう、ですか……そう、ですよね。


   ……ん?


   ……。


   若しかして、亜美さん……歌垣のことを聞くのは、初めてかい?


   え。


   あぁ、然うか。だから。


   ち、違うんです、書物、書物でしか、読んだことがなかったから、その、


   驚いた、然うだろ?


   ……。


   違う?


   ち、違いません……。


   で。


   ……う。


   色々、想像してしまった?


   ……。


   ……歌垣は、そればかりではないよ?


   し、知ってます……。


   然う?


   ……。


   あはは、亜美さんってば十代前半の娘さんみたいだ。


   ま、まことさん……!


   かわいいなぁ。


   あ、あまり、揶揄わないで……!


   だって、かわいいんだ。すごく。


   も、もぅ……!


   あはははは。


   ……。


   ……うん?


   …………もう、やめて。


   ……。


   ……まことさん。


   うん……ごめん。


   ……。


   ……亜美さん。


   な……ん。


   ……。


   ……なん、ですか。


   ごめん……かわいくて。


   ……。


   ごめんよ……。


   ……ばか。


   はい……。


   ……。


   ……。


   ……ねぇ、まことさん。


   なに……?


   ……レイさんは、本当に。


   分からない……けど、言えることがあるとすれば。


   ……。


   レイは、男が嫌いなんだ。
   夜盗に襲われたことも関係してると思う。


   ……。


   女ならば、或いは。
   だけど、レイがそれを望まないなら、あたしはそれでも良いと思ってる。
   ひとりかも知れないけど、此の村に居れば、ひとりではないから。


   ……あぁ。


   亜美さんはさ、レイと話すのは好きかい?


   ……はい、好きです。


   なら、レイは大丈夫さ。
   亜美さんもあたしも、美奈も、そして、うさぎちゃんも居るから。


   ……。


   話が、大分逸れてしまったね。


   ……月亮の女神について、でしたね。


   うん。


   結局、どう言った教えだったのでしょうか。


   月亮の女神の教えは、信仰者を除いて、他の誰にも言ってはならないとされているらしいから。
   それをきつく守って、レイは良くして呉れた養親にでさえ話すことはなかったみたいだ。
   だからレイは、今でも、それを話さない。話そうとはしない。


   ……。


   分かっていることは、年に一度、家に籠ってしまう日があるということだけ。
   何やらを祝うとかで……美奈曰く、その日は生誕日らしいのだけれど、詳しくは分からない。


   生誕日……女神の誕生日、でしょうか。


   恐らくは。
   それで、籠っている間、レイはどうやら飲まず食わずで居るみたいなんだ。


   お水の一滴も、ですか?


   然う。
   一日くらいって言うけどさ、しんどいだろう?


   せめて、お水くらいは……。


   だけど、どうしようもない。
   それが教えだと、言われてしまったら。


   ……確かに、然うですね。


   だからさ、何か美味しいものを用意しておいてやるんだ。


   ……美味しいもの。


   と言うわけで、亜美さん。
   手伝って、呉れるかい?


   ……はい、もちろんです。


   ん、良かった。


   ……もう。


   ん?


   最初から、然う言って呉れれば良いのに……然うすれば、歌垣の話なんて。


   はは、ごめんごめん。
   だけどね、亜美さん。


   ……なんですか。


   知っておいて欲しいって思ったんだよ……レイのこと。


   ……。


   揶揄ったのは、悪かった。
   ごめん。


   ……まことさんには、話したのですね。


   うん?


   ……自分の話を。


   いや、美奈だよ。


   ……え?


   美奈が、少しずつ、聞き出したんだ。
   無理に聞き出すべきではないと、あたしは思ったんだけど、あいつは違った。
   あくまでも、無理強いはしなかったけど……辛抱強く、言葉を引き出して、最後にはそれを全部きれいに繋げたんだよ。


   ……美奈子ちゃんが。


   すごいだろう、あいつ。


   え、えぇ……。


   何か美味しいものを用意しようと言い出したのも、美奈。
   要らないと渋るレイを説得したのは、うさぎちゃん。


   ……。


   すごいだろう?


   はい……とても。


   然ういうわけで、あたしは美味しいものを作ることになった。
   今年からは、亜美さんもね。


   ……はい、まことさん。


   よし。
   それじゃ、何を作ろうかな。
   ね、亜美さん、何が良いと思う?


   然う、ですね……。








   ……こんなに要らないと、毎年言っているのに。


   すみません……今年は、私が張り切ってしまったんです。
   ですから、どうか責めないであげて下さい。


   責めるつもりはないわ。
   こんなにあってもひとりでは食べ切れないと言うだけの話。


   確かに、多いですよね。


   大根の葉のおにぎり、大根と里芋の煮物、大根と山菜のお味噌汁に大根の漬物……ここまでは、良いとして。
   岩魚のほう葉焼きに、鮎の塩焼き……これは、山鳥を焼いたものかしら。


   はい、まことさんが獲ってきて私が捌いたんです。
   山鳥を捌くのは初めてだったのですが、まことさんが丁寧に教えて下さって


   はいはい、ご馳走様。


   ……?
   未だ、召し上がっていませんよね……?


   はぁ。


   おかわりが必要でしたら、


   どう考えても、要らないわ。
   見ているだけで、お腹いっぱいだもの。


   そうそう、食後の甘味もあるんですよ。


   未だあるの。


   山桃の果蜜漬けです。


   ……ちょっと、待って。


   はい。


   此の辺りで、山桃は採れない筈よ。
   まさかとは思うけど、


   はい、まことさんと市に行ってきました。


   ……わざわざ、行ってきたの。


   まことさんが、張り切ってしまって。


   ……今年からは、貴女と一緒だものね。


   はい?


   目に浮かぶようだわと、言っただけ。


   ふふ、然うですか。


   張り切ってしまったのは、亜美さんではなかったのね。


   え?


   本当、目に浮かぶようだわ。


   いえ、その、私もまことさんと


   それで?


   はい?


   市に行ったら、山桃が売られていたと言うの?


   そうそう、然うなんです。たまたま、山桃が売られていたんです。
   それで、まことさんが珍しいから此れにしようと。


   あぁ、然う……。


   食後には甘味が必要だと、


   美奈が?


   レイさんは甘味がお好きだとも、


   好きなのは、美奈とうさぎよ。
   山桃なんて、大喜びするに決まっているわ。


   然うなのですか?
   けれど、まことさんも然う言って


   まことも好きよね。


   然う、ですね。
   普段はあまり食べないのですが、私と街に出た時はいつも


   市に行った時も、食べてきたの?


   あ、はい、黒胡麻のお汁粉を食べてきました。
   焼いたお餅が入っていて、まことさんは


   ご馳走様。


   ……えと。


   亜美さんも好きなのね。


   ……。


   甘味。


   ……はい、好きですよ。


   特に、何が好きなのかしら。


   ……餡蜜です。


   餡蜜、ね。
   此の辺りだと滅多に食べられないでしょう?
   それについての不満はないの?


   不満はありません。
   ですが、いつかまことさんと都に行ったら


   もう、お腹いっぱいだから。


   ?


   まことと一緒に食べると、なんでも、美味しいのでしょうね。


   それは……はい、とても美味しいです。


   はぁ。


   あの、レイさん?


   とりあえず、ありがとう。
   然う、まことにも伝えておいて。


   まことさんなら、


   あぁ、良いわ。
   敢えて、出てこないのだろうから。


   ……。


   それと。
   私の話は、聞いたのよね。


   ……はい、まことさんから。


   然う。


   ……。


   良いわよ、別に。


   ……あの。


   何かしら。


   お加減は如何ですか。
   不調を感じてはいませんか。


   全く、問題ないわ。


   何かありましたら、直ぐに言って下さいね。


   何かあったらね。
   今は大丈夫よ。


   せめて、脈だけでも


   ありがとう。でも、良いわ。


   ……然う、ですか。


   まことが、あなたを待っているわ。


   ……。


   嫉妬、されたくないの。
   面倒だから。


   嫉妬だなんて……


   良いから、早く行ってあげて。


   ……。


   さぁ。


   ……はい、分かりました。


   改めて、ありがとう。


   どういたしまして。
   どうぞ、ゆっくり食べて下さいね。


   分かっているわ。


   それでは、また。


   ええ、また。


   ……。


   ……あれで、隠れているつもりなのかしらね。








   まことさん。


   あ、どうだった? 亜美さん。


   ありがとうと、伝えて欲しいと。


   然うか、良かった。


   ただ、量が多いと。


   あぁ、良いんだよ。あれくらいで。


   然うなのですか?


   うん、然うなんだ。
   どうしてかは、直ぐに分かるよ。


   然うなのですね……ふふ、楽しみです。


   それじゃあ、此処から見ててごらん。


   はい、まことさん。


   うん。








   ……全く。
   食べる前からお腹いっぱいだわ……本当に。


   ……。


   ……。


   さて。


   ……!


   ……!


   うさぎ、美奈、居るんでしょ。
   出てらっしゃい。








   ふふ、ふふ。


   ん? 未だ笑っているのかい?


   だって……ふふ。


   そんなに可笑しかったかい?


   ええ……だって、とても楽しそうで。


   はは、それは分かるかな。


   あの為に、多く作ったんですね。


   然うなんだ。
   ひとりだと多くても、三人でなら、少し多いくらいだろ?


   ふふ、然うですね。


   うさぎちゃんと美奈が良く食べるからね、あれくらいないとさ。


   ねぇ、まことさん。


   ん、なんだい?


   まことさんも、食べていたのですか?


   うん?


   レイさんとうさぎちゃん、それから美奈子ちゃん。
   あの場所で、一緒に。


   ううん、あたしは食べなかったよ。
   あたしはずっと、作るだけ。


   ……。


   まぁ、然うは言っても、自分の分はちゃんと取っていたけどね。


   ……ひとりで、食べていたのですか。


   うん。


   ……。


   うさぎちゃんには一緒に食べようって、何度か言われたんだけどさ。
   あたしは良いよって、いつも断ってた。


   ……どうして、一緒に食べなかったのですか?


   んー、どうしてだろ。
   作るだけで、満足しちゃったと言うか。


   ……。


   正直なことを言うと……あの三人と一緒に居ると、少しだけ、居心地の悪さを感じてしまって。


   ……居心地が、ですか?


   一緒に、居ても……何故か、ひとりで居るような心持ちになってしまって。
   何かが、足りないような気がして……酷く、淋しく思えてきて。


   ……だから、ひとりで。


   うん、その方が未だましだったから。


   ……。


   どうしてか、ずっと分からなかった。
   でも今なら、分かるんだ。


   ……どうして、だったのですか。


   ……。


   まことさん?


   亜美さん。


   え。


   亜美さんが、足りなかったんだ。
   ずっと、ね。


   ……私?


   然う、亜美さん。


   ……。


   今はもう、平気なんだ。
   あの三人と一緒に居ても。だって、亜美さんが居るから。


   ……私が、足りなかったのですか。


   うん、然うだよ。


   ……。


   亜美さん……?


   ……それでも、あの三人とは一緒に食べないのですね。


   あぁ。


   どうして、ですか?


   それはね、とても簡単なことだよ。


   ……。


   亜美さんと、ふたりきりで、食べたいから。


   ……。


   だけど、皆で食べたいと亜美さんが言うのなら……来年からは、然うするよ。


   ……私は。


   うん。


   ……皆で、


   然うか、それなら来年からは


   食べるのも、良いと……思っては、いるんです。


   ……。


   だけど……まことさんと、ふたりきりで、食べたいと。


   ……然うしたら、来年からはどうしようか。


   え、と……。


   ……来年のことは、来年、決めようか。


   う、ううん。


   ……ん?


   此の日は……あなたと、ふたりだけが良い。


   ……。


   どうしてかは、分からない……けど、あなたとふたりが良いの。
   来年だけじゃなく、その先も……ふたり、だけで。


   ……然うか、じゃあこれからも然うしよう。


   ん……。


   ……。


   ……まことさん。


   食べようか……一緒に。


   ……その前にもうひとつだけ、聞いても良いですか。


   ん、なんだい?


   その……。


   うん。


   ……嫉妬、しましたか?


   え?


   私が……レイさんと、話していて。


   ……いや、してないよ?


   ……。


   ちょっと長いかなぁ、とか、あたしのこと忘れてないよなぁ、とか、なんか親しそうだなぁとか、そんなことは思ってたけれど。
   嫉妬は、してないよ。


   ……然う、ですか。


   ほ、本当だよ。


   はい……じゃあ、然ういうことにしておきますね。


   ……。


   ふふ。


   えと……そろそろ、食べよう?


   はい……一緒に、食べましょう。


   ……。


   ふふふ……。


   ……亜美さん。


   はい。


   ……少しは、するよ。


   はい?


   ……しっと。


   ……。


   ……。


   もぅ……しょうがないですね。


   ……然うだよ、しょうがないんだ。


   ……。


   ん……亜美さん。


   ……大丈夫ですよ。


   ……。


   大丈夫……。


   ……分かっては、いるんだけど。


   分かるわ……私も、同じだもの。


   ……亜美さんも?


   うん……。


   ……そっか。


   ん、そうなの……。


   ……へへ。


   ふふ……。


   ……食べようか。


   ん……食べましょう。


   なかなかのご馳走だからさ……味わって、食べないと。


   ふふ……然うですね。


   特に、亜美さんが捌いた山鳥。
   いやぁ、惚れ惚れしちゃったなぁ。


   まことさんの教え方が上手だったから。


   初めてじゃ、あんな風には出来ないよ。
   流石、亜美さん。


   もぅ、あまり煽てないで。


   あたしは思ったことを正直に言ってるだけだよ。


   だから、それが……。


   ん?


   ……もぅ。


   ははは。


   ……うふふ。


   それじゃ、亜美さん。


   はい、まことさん。





   いただきます。








  -Stella Orationis(未来崩壊パラレル)





   ……はぁ。


   亜美ちゃん。


   ……お帰りなさい。


   ただいま。
   目の調子、未だ良くないのかい?


   ……ええ、然うみたい。


   それ、調整してもだめなの?


   ……微調整を何度もしているのだけれど、どうしても合わなくて。


   目の疾患では、ないんだよね。


   ……。


   亜美ちゃん?


   ……実はね、もう一度検査をしてみたの。


   え、いつ?


   ……まこちゃんが、此処を離れている間。


   離れてる間って……。


   ……心配すると、思って。


   当たり前、だ。


   ……。


   それで、結果は?


   ……何も。


   やっぱり、異常なし?


   ……うん。


   そっか……。


   ……。


   あのね、亜美ちゃん。
   検査をするとかしないとか、そんなの関係なくあたしは心配するからね。
   亜美ちゃんの目が良くなるまで、心配することを止めないからね。
   目が良くなったって、


   あぁもう、分かってるから。


   然うやって、五月蠅がる。


   まこちゃんは昔から、


   それがあたしの性分なんだ。


   性分だとしても、もう少し私を信用して呉れても良いじゃない。


   信用しているさ。だけどそれでも尚、心配なんだ。
   放っておくと、食事も睡眠も疎かにしがちだから。


   これでも、昔よりは、


   今日、ごはんはちゃんと食べたかい?
   約束、したよね?


   ……。


   食べた?


   ……食べた、わ。


   はい、分かり易い嘘を吐かない。


   これから、食べれば


   はい、そんな屁理屈も要らない。


   ……今日は未だ、終わってないじゃない。


   あと数分で終わるけどね。


   だとしても、今から食べれば問題


   大ありだよ、一日三食って言ってるだろ。
   それも適切な時間に適切な量を、さ。


   ……二食でも、


   あのさ、亜美ちゃん。
   いくら不老長寿になろうともお腹は空くし、栄養も必要なんだよ。
   お腹が空けば頭だって働かない、飢えれば死ぬほど苦しい、栄養が足りなければ最悪、栄養失調になる。
   生物学的に、よぉく、知ってるだろ。


   ……二食でも、足りるわ。


   頭を使うのってさ、結構カロリーが消費されるんだよね。
   昔、未だ学生だった頃、水野先生とお勉強をすると、すごくお腹が空いちゃって。
   今でもたまに、思い出すんだよ。


   ……「買い食い」をしたこと?


   はは、そうそう。
   肉まん、あんまん、ハンバーガーにポテト、からあげ、その他諸々。
   色んなものを、ふたりで食べたよね。


   ……はんぶんこ、して。


   然う、はんぶんにして。
   今でも、するけど。


   ……。


   と、言うわけだから。


   ……あ。


   遅いけど、ごはんの時間にしよう。
   何か作るよ。軽い方が良いかな。


   返して。


   ごはんが出来るまで、目を休めながら待ってると約束して呉れたらね。


   ……ばか。


   はいはい、ばかで結構。


   ……お腹なんて、空いて


   ……。


   ……まこちゃんのせいよ。


   はいはい、然うだね。ごめんね。
   さて、何が良いかな。寝る腹だから、さらっと食べられるのが良いよな。


   ……未だ寝ない。


   ごはんが少し残っているから、焼きおにぎりのお茶漬けでも作ろうかな。
   醤油……いや、味噌も捨て難い。


   ……お味噌が良い。


   じゃ、味噌にして……刻んだ大葉と、ごまを乗せよう。
   ね、美味しそうだろ?


   ……。


   んん? そんな口をしてるとキス、しちゃうぞ?


   ばか。


   はいはい、ごめんなさいね……。


   ……。


   ……はい、しちゃった。


   もぉ……。


   だって、お帰りのキスもして呉れなかったし?


   ……。


   さて、それじゃ早速作ろうかな。


   ……シャワーは。


   食べたら、ね。


   ……食べて直ぐは、


   軽くだから、大丈夫だよ。


   ……返して。


   見ないって、約束して呉れる?


   ……とにかく、返して。


   ……。


   ……。


   ……もぅ、しょうがないなぁ。
   返すけど、見ちゃだめだからね……?


   ……。


   約束だよ……亜美ちゃん。


   ……見なければ、良いんでしょう。


   うん。


   ……もう、一ヶ月。


   うん?


   ……検査をしても、異常はなし。


   だから、疲れているだけだと思ってたんだけど。


   ……原因が分かれば、対処のしようがあるのに。


   やっぱりさ、疲れが溜まり過ぎているんじゃないかな。
   ここのところずっと、満足に休めていないだろ? 睡眠時間だって、誰よりも短くてさ。
   自覚している以上に、目を酷使しているんだよ。


   ……成る可く気を付けてはいるのよ、成る可くは。


   成る可くを二回言ったね。
   強調? それとも疲れによる? さて、どっちかな。


   ……強調。


   はぁ……今もまた、細かいのをずっと見てたんだろ。
   あたしが此処に帰ってくるまで、さ。


   ……。


   亜美ちゃん?


   ……見たくても、見えないの。


   え。


   ……まこちゃんの顔も、ぼやけてしまっていて。


   ちょ、大変じゃないか。
   仕事なんてどうでも良いから、今日はもう休んだ方が良い。
   ううん、休むべきだ。


   然ういうわけには、いかないわ。
   私にどうでも良い仕事なんてないのよ。


   知ってるよ。
   だけど然うは言っても、見えないんじゃどうしようもないだろう?
   それを調整しても見えないってことは、相当じゃないか。


   ……もう少し、調整すれば。


   だめだ、然ういう時は大人しく休んだ方が良いんだ。
   昔から言ってるだろう?


   ……ねぇ、まこちゃん。


   なんだい、亜美ちゃん。


   若しかして、私……。


   うん。


   ……老眼、なのかしら。


   は……?


   ……酷使すると、部分的に老いてしまうとか。


   いや、どうだろう。
   多分、違うんじゃないかな。


   ……。


   老眼ってあれだろ、近くのものがかすんで良く見えないってやつだろ?


   ……実際に、見えていないわ。


   まるっきり、見えなくなるわけじゃないだろ。
   それに、離れてるあたしの顔までぼやけて見えてるのは寧ろ近視であって、老眼ではないじゃないか。


   ……。


   近視ではない且つ異常がないのであれば、やっぱり疲れだ。
   これを使っているのに見えないのだから、それしかないだろう。


   ……断定は、出来ない。


   断定は、出来ずとも。


   ……。


   亜美ちゃん、今日は……ううん、今日だけじゃない。
   少しでも良いからさ、休みを貰って、目と躰を休ませてあげよう。
   女王には、あたしからも言うよ。


   ……あまりにも、症状が改善されなかったら。


   兎に角、食べたら今日は休もう。
   あたしと一緒に。


   ……昔のように、交換しなければ駄目なのかしら。


   ……。


   今の技術なら……出来なくは、ないから。


   ……技術的には、ね。


   ……。


   問題は……此処だよ。


   ……然う、ね。


   昔のあたし達は、それを受け入れていたけれど……だけど、ずっとは無理だった。
   昔のあたし達でさえ、無理だったことを……今のあたし達が、やるのは。


   ……昔のように、割り切ってしまえば。


   割り切っていたのかな。


   昔のように、全体ではなく……必要な部分だけを、培養して。


   ……結局は、部品なんだ。


   ……。


   どうしても他に方法がなくてそれしかないとなったら……あたしは、受け入れると思う。
   ううん、受け入れる。昔のあたしが、然うしたように……亜美ちゃんを、守る為に。


   ……。


   だけど、亜美ちゃんの場合は……。


   ……仮令、見えなくなったとしても。


   ……。


   部品があれば、交換出来る。
   使えなくなった眼球と取り換える形で。


   ……けど、それが出来るのは。


   ……。


   亜美ちゃんしか、居ない。
   あたし達じゃ、出来ない。


   ……ううん、「メディボッド」があるから。


   だとしても、


   受け入れるって、言ったじゃない。


   言ったけど……処置が出来るとは、言っていない。
   亜美ちゃんの場合は、然うならないことが一番なんだ。


   勝手なこと、言わないで。


   どこが勝手なんだよ。


   然うなってしまったら、やるしかない。
   やるしか、ないの。


   ……。


   然う……やるしか。


   ……亜美ちゃん。


   光を失うのは……怖い。


   ……。


   ね……昔も、然うだったでしょう?
   私に何かあった時……私じゃなくても、処置が出来るようにと。


   ……。


   腕を、落としてしまった時も……それが、私の代わりを務めて呉れた。


   ……それでも、亜美ちゃんのようには出来ない。


   そんなことはないわ。
   今となっては、私よりも


   人工知能が亜美ちゃんよりも優れているだなんて、あたしは思わない。認めない。
   仮令、亜美ちゃんを元に造られたものだとしても、あれは亜美ちゃんには為り得ない。


   ……まこちゃん。


   亜美ちゃん。


   ……。


   ……お願いだから、大事にしてよ。


   ……。


   不老長寿と言っても、不死じゃない。
   いつかは、終わりが来る……この躰は、いつか必ず、終わるんだ。


   ……。


   「先代」の躰中のひび、亜美ちゃんも憶えているだろう……?


   ……ええ、憶えているわ。


   昔は、躰の期限が終わりに近付くと……それを知らせるかのように、その印は現れた。
   今のあたし達に、「それ」が現れるかどうかは分からないけど……。


   ……現れると思うわ。


   ……。


   ……見て。


   ……。


   未だ、とても小さいけれどね……恐らくは、「それ」だと思うの。


   そんな……然うだとしたって、未だ、早いじゃないか。


   ……酷使すると、早まるのかも知れない。


   ……。


   ……こうなると、交換出来ない。
   交換したところで……躰の使用期限は、伸ばせないのだから。


   ……。


   ……焼きおにぎり、作らないの?


   作るよ。


   ……誰かさんのせいで、お腹が空いたわ。


   直ぐだよ、待ってて。


   ……煎茶が、飲みたいわ。


   それも用意する。


   ……。


   ……亜美ちゃん。


   後で。


   ……。


   ……まぶたを撫でて、優しく。


   今でも。


   ……後で。


   眠る時に。


   ……。


   幾らでも。


   ……少しで良いわ。


   何度でも。


   ……少しで良いと、言っているのに。








   お待たせ。


   ……もう、寝てる。


   そっか、それは残念……。


   ん……。


   ……。


   ……熱いわ。


   起きた?


   ……熱い。


   熱いシャワーを浴びてきたからね。


   ……それだけじゃないくせに。


   ここ何十年か、平熱がずっと37度前半のままだから。


   ……今は、後半かも知れないわ。


   元々、36度後半で、高めではあったけどさ。
   だからって、更に高くなることはないと思うんだよ。
   検査しても問題ないから、放っているけれど。


   ……前世のあなたも、然うだったわ。


   あーぁ、嫌になるよなぁ。
   あたしは、あたしなのに。


   ……髪の毛は。


   勿論……ちゃんと、乾かしたよ。


   ……。


   大人しくベッドに居て呉れて……とても、嬉しいよ。


   ……従わないと、五月蠅いから。


   はは……。


   ……ねぇ、まこちゃん。


   ん……?


   ……熱いのは、それだけが理由?


   さぁ……どうかな。


   ……。


   雷気が、中に籠っているのかも知れない……此処のところ、散らすことが出来ていないから。


   ……然う。


   だから、亜美ちゃん……。


   ……ふと、思い出したのだけど。


   うん……?


   ……。


   何を、思い出したんだい……?


   ……今日って、クリスマスだったわよね。


   クリスマス……?


   ……「ルーナカレンダー」。


   あぁ……然ういえば、然うだったね。


   ……いつからか、しなくなって。


   全部、書き換えられてしまったから。


   ……それでも、私達はしていたわ。


   うん……してたね。


   ……まこちゃんが、ケーキやご馳走を作って。


   プレゼントを用意して、交換して。


   ……ちゃんと、憶えていたのに。


   頭の中から、いつの間にか、なくなってしまっていた。
   いつなくしたのかも、分からない。数十年前か……それ以上、前か。


   ……「浄化」の力が強まれば強まる程、旧い事柄についての記憶が薄れていく。失われていく。
   あの頃の、当たり前だったもの、当たり前だったこと……それら、全てが。


   今が、正しい世界なのだと……欲に塗れた昔の世界は、間違ったものだったと言わんばかりだ。


   ……なんて、傲慢なの。


   亜美ちゃん。


   ……ごめんなさい。


   いや、良いんだ……あたしも、同じことを思っているから。


   ……結局、争いはなくならない、なくならなかった。


   同じ環境の下、同じ思想を持ち、同じ文化を築いたところで。


   ……。


   皆が全てを理解し合い、苦しみや飢えや痛みもない、差別だってない……そんな世界を作ることなんて、出来ない。
   どんなに「浄化」しようとも、抗う者は出てくる。必ず。


   ……新しい者、その全てが、古き者に従うとは限らない。


   従うわけが、ない。
   不老長寿となって、苦しみがない世界を与えられたとしても。


   ……それを良しとしない者は存在する、存在している。


   苦しみがないと言うことが、彼等にとっての苦しみなんだ。


   ……。


   だから、彼等が居なくなることなんてこの先も屹度ないよ。
   屹度、ね。


   ……倫理的にも、生物的にも、こんな世界は「正しくない」。
   人智を超えた「力」で強制的に「理」を変えるだなんて……あっては、ならないこと。


   「昔」は見守っているだけだったんだけどね。
   個人的な接触も「掟」とやらで禁じられていたし。


   変えるのであれば、それは人類の叡智によって。培われた技術によって。
   然うでなければならないの。私は、然う思うの。


   ……壊す者なんだな、多分。


   壊す者……。


   自分が思う「秩序」の為に……「掟」も「理」も、ね。
   だからこそ……亜美ちゃんは、止めた。


   ……まこちゃんだって。


   当時のあたしには、少し難しかったけれど……直感的に、亜美ちゃんが言ってることの方が正しいと思ったんだ。


   ……。


   因みに、今でも亜美ちゃんの意見に賛成だ。
   これから先も、ずっとね。


   うん……ありがとう、まこちゃん。


   ……どういたしまして、亜美ちゃん。


   ん……もぅ。


   ……もう少し、話す?


   ……。


   然うだな……あたし達の敵は、最終的には、「人類」だ。


   ……ええ。


   宇宙の果てから侵略者が来ようとも……そんなのは、大した問題じゃない。
   あたし達を滅ぼすのは、どこまで行っても、「人類」だから。
   それを回避する為に、女王は今でも、壊し続けている。
   彼女の「秩序」を守る為、「人類」を敵にしない為。


   ……。


   ……そして、「あたし達」の本当の敵は。


   ……。


   いや、良い……こんなこと言っても、どうにもならない。なんにもならない。


   ……まこちゃん。


   ……。


   ……あの時、止められていたら。


   然うすることは、大分、難しいことだった……なんせ、「金星」と「火星」がそれを許さない。
   狂信的とは、言わないけれど……それに限りなく近いものがあったから。


   ……「昔」のふたりは。


   然う、「昔」は全然違った。
   特に「火星」は、よく諫めていただろ。


   ……厳しかったわね、彼女は。


   うん、とてもね。


   けれども、姫には彼女が必要だった……忠臣とは、彼女のようなひとを言うのよ。


   然うなんだけど、全く、伝わっていなかった。
   どこまで行っても、己の立場を理解しない「幼体」のままで。


   ……したくないが、正解ね。


   どちらにせよ……あれは、その「器」ではなかった。


   ……。


   「火星」が厳しくすればする程、孤独を深めたらしい。それで、あのざま。
   一番の忠臣且つ理解者だったのにな。


   ……欲しいものは、そんなものではなかったのでしょうから。


   ま、分からないわけでもないけどさ。
   「あたし」が欲しいのも、ひとつだけだったから。


   ……「金星」は。


   狂信的でないだけ、未だましだった。
   取り敢えず、それ以上のことは言わないでおくよ。


   ……それが、今では。


   所詮は、別人だからね。
   前世と、現世は。


   ……私達は、これから。


   もう、止そう……今は、休まなければ。


   ……。


   心の疲れも、影響しているかも知れない。


   ……然うかも、知れない。


   だろ……?


   ……ねぇ。


   クリスマスパーティー。


   ……。


   休みが取れたら、やろうか。


   ……。


   ケーキを作るよ……ご馳走だって、作る。
   だから、何が食べたいか考えておいて。


   ……プレゼントは。


   勿論、交換しよう。


   ……何が、良いのかしら。


   なんでも良いよ、とは、言わないけど。


   ……ん。


   想いが詰まってるものが、良いな。


   ……考えてみるわ。


   うん、あたしも考えてみる。


   ……休み、同時には


   取るよ。


   ……。


   取るんだ、あたしは亜美ちゃんの人生のパートナーなんだから。


   ……だからって。


   あたしが居なかったら、絶対、目を使おうとするだろ?
   だから、あたしが傍に居て、見張ってないと。


   ……。


   口、また尖らせてる。


   ……。


   ……そんなに、キスして欲しいの?


   ばか。


   あた。


   ……直ぐにそっちに持っていこうとするんだから。


   はは……ごめんなさい。


   ……。


   ……交換するのは、プレゼントだけで良い。


   ……。


   ね……目蓋、撫でようか。


   ……。


   亜美ちゃ……ん。


   ……。


   ……お誘いと、受け取っても?


   早く寝た方が良いのではなかったの……?


   ……良く、眠れるようにね。


   ……。


   良いかな……お誘いを、受けても。


   ……そもそも、お誘いでもなんでもないわ。


   じゃあ、勘違いしようかな……。


   ……何よ、それ。


   大丈夫……あまり、しつこくはしないから。


   ……何が、大丈夫なんだか。


   亜美ちゃん……。


   ……良いって、未だ言ってない。


   未だ……?


   ……。


   ね……目を、閉じて。


   ……灯りが、消えてない。


   真っ暗が、良い……?


   ……それだと、あなたの顔が見えない。


   あぁ……じゃあ、こうしようか。


   ……。


   これで、どうだい……?


   ……どうせ、ぼやけているのだけれど。








   ……。


   ……。


   亜美ちゃん。


   ……


   大丈夫かい?


   ……ん。


   何か、思い出してた?


   ……。


   そっか。


   ……。


   ねぇ、亜美ちゃん。


   (……なぁに、まこちゃん)


   太陽の寿命って、あと何年くらい?


   (……あと50億年くらい)


   50億年か……相変わらず、気が遠くなる数字だなぁ。


   (……太陽の寿命が尽きる時、地球も月も飲み込まれて共に終わる)


   でもま、その前に人類は滅びているだろうから。


   (……然うでしょうね)


   その40億年後だが50億年後にはアンドロメダ銀河が銀河系にぶつかって合体するんだっけ。


   (……然う言われているけれど)


   確認することは、出来ないね。


   (……ええ、だから関係ないわ)


   然うだね。


   ……。


   超新星、だっけ。
   恒星が終わる時に起こるのは。


   (……重さが太陽よりも8倍以上ある星が超新星爆発を起こすと、星の大部分が吹き飛ばされる。
   その時に、それまでの何億倍も明るく輝く……それが、超新星)


   何億倍、かぁ。
   近くに居たら、目なんて開けてらんないなぁ。


   ……。


   ブラックホールになるのは太陽の何倍?


   (……その質量の、30倍以上。中心部が自己重力に耐えられず、極限まで収縮してブラックホールになるの)


   光の速さでも逃げられないんだよね。


   (……その重力は、光さえも閉じ込めてしまうから)


   30倍以上か……やっぱり、気が遠くなる数字だ。


   (……宇宙はとてつもなく広く、今でも広がり続けている)


   今度は幾つの星が終わったのかな。


   ……。


   あたし達には、関係ないけれど。


   ……。


   ところで、亜美ちゃん。


   ……?


   メリークリスマス。


   ……。


   今日は、クリスマス。
   ついこの間、あたしの誕生日だったのにね。


   (……あぁ)


   「ルーナカレンダー」なんて、皆、忘れてしまったと思っていたのに。


   (……結局、元に戻ったわね)


   今となっては、新暦なんてなかったものになってるし。


   (……このまま、忘れ去られていくのでしょう)


   人類が居なくなれば、直ぐにでも忘れ去られるよ。


   ……。


   さて、此の世はいつまで続くかな。


   ……。


   ん?


   (メリークリスマス、まこちゃん)


   うん。メリークリスマス、亜美ちゃん。


   ……。


   ケーキやご馳走は、今年も用意出来そうにない……ごめんね。


   (……ううん、良いの。あなたが、傍に居て呉れるから)


   そっか……。


   ……。


   亜美ちゃんが、直ぐ傍に居て呉れる……今年も、最高のクリスマスだ。


   ……。


   ん……亜美ちゃん?


   (……もっと、教えて)


   もっと?


   (……あなたが、傍に居ること)


   あぁ……うん、分かった。


   ……。


   今年のプレゼントは……あたしだ。


   ……。


   なんて、今年もか。


   (……何よりも)


   ん……亜美ちゃん。


   (……何よりも、嬉しいから)


   ……。


   (私の方こそ、今年も同じプレゼントになってしまうけれど……もらって、くれる?)


   勿論……。


   ……ん。


   嬉しいよ……何よりも、欲しいものだから。


   ……。


   ……。


   ……。


   ……愛してる。


   (……私も)


   愛してるよ……マーキュリー。


   (……あぁ)


   愛してる。


   (……私も愛しているわ、ジュピター)


   ……。


   ぁ、ぁ……。


   ……目を、瞑って。


   (……まこ、ちゃん)


   瞑って……亜美ちゃん。


   ……っ。


   うん……?


   ……。


   亜美ちゃん……?


   (……すき)


   なに……?


   (すきよ、まこちゃん……だいすき)


   ……。


   ……。


   うん……あたしも大好きだよ、亜美ちゃん。