-抱きしめたい(前世・少年期)





   メル、見てごらん。


   ……ん。


   星が、流れてゆくよ。


   ……。


   たくさん、流れてく。
   すごいな。


   ……ほし、が。


   ひぃ、ふぅ、みぃ、よぉ、いつ、むぅ……うーん、数えきれないや。


   ……。


   ほら、メル。


   ……こわい。


   メル?


   ……。


   どうしたの?


   ……こわい、の。


   こわい? 何が?


   ……。


   え、と……。


   ……みたく、ない。


   うん、分かった。
   じゃあ、あたしも見ない。


   ……ユゥは。


   メルが見たくないのなら、あたしも見ないよ。


   ……でも。


   別に、見なくても良いし。


   ……私のことなら、気にしないで。


   流れる星なんかより、メルを見るんだ。


   ……。


   あたしが一番見たいのは、見ていたいのは、メルだから。


   ……ごめんね。


   どうして?


   ……。


   それよりさ、話をしようよ。


   ……話?


   うん、メルの話が聞きたい。


   ……私の。


   然う、メルの話。


   ……どんな話をすれば良いの?


   メルの話なら、なんでも良いんだ。


   ……なんでも。


   メルの話なら、なんでも聞きたいから。


   ……え、と。


   うん。


   ……なんでも良いって言われると、困るわ。


   あれ。


   その……何を話したら良いのか、かえって思いつかないの。


   そっかぁ。


   だから……何が、聞きたい?


   えと、然うだなぁ。


   ……私が、話せることなら。


   うーん、それじゃあ……。


   ……くしゅ。


   あ。


   ……。


   メル、寒いかい?


   ……ううん、平気。


   ほんとに?


   ……ユゥが温かいから、平気よ。


   んー………。


   ……ユゥ?


   えい。


   ……きゃ。


   これでもっとあったかい?


   ……。


   あったかく、ない?


   ……ううん、とても温かい。


   うん!


   ……あの、ね。


   なぁに?


   ……ユゥの体温は、私よりも一度以上高いの。


   うん。


   ……だから、


   好き?


   ……え。


   あたしの体温……好き?


   うん……好き。


   そっか……へへ。


   ん、ユゥ……。


   ……もっと、あっためてあげる。


   うん……。


   ……ね、メル。


   なぁに……。


   熱かったら、直ぐに言ってね。


   ……。


   あたし、鈍いから……。


   ……きっと、大丈夫。


   ん……。


   ……大丈夫、だから。


   メル……。


   ……こう、してて。


   うん、してる……ずっと、してる。


   ……。


   ……。


   ……体温は、命の温度。


   いのちの、おんど……?


   ……この温かさは、ユゥの命そのもの。


   いのち、そのもの……。


   ……抱き合うことはね。


   うん。


   ……命が触れ合うことでも、あるんだって。


   だから、かな。


   ……。


   だから、安心するのかな。


   ……うん、然うだと思う。


   ねぇ、メル。


   ……ごめんね、ユゥ。


   なんで?


   ……私の躰、体温が低いから。


   あたしは、メルの体温が好きだよ。


   ……いつも、温めて貰うばかりで。
   温めてあげることが、出来ない……。


   メルの体温は、とっても大切な温度なんだ。


   ……もう少し、高かったら良かったのに。


   だって、メルの命の温度だから。


   ……私の、命の温度は


   あったかいよ。


   ……。


   ちゃんと、あったかいよ。


   ……私の躰ね、何をしても体温が高くならないの。


   メル。


   手足なんて、いつも冷たくて……。


   冷たいかも知れないけど、あたしは好きだよ。大好きだよ。


   ……冷たいより、温かい方が良いわ。


   そんなことない。


   ……冷たいと、躰を冷やしてしまうもの。


   気持ち良いんだ。


   ……。


   躰が、すっごく熱い時にね。
   メルに触れたり、触れられたりすると、すっごく気持ち良く感じるんだ。


   ……。


   ん。


   ……今は?


   今?


   ……冷たい?


   ううん……今は、あったかい。


   ……気持ち、良い?


   うん……すごく、気持ちが良い。


   ……やっぱり、温かい方が。


   冷たくても、あったかくても。


   ……。


   メルの手は、やらかくて気持ちが良い。
   とっても、気持ちが良い。


   ……足は。


   足も、気持ち良いよ。


   ……手は兎も角、足は温かい方が良いと思う。


   うーん、然うかな。


   ……温かい方が、よく眠れるもの。


   でも、熱すぎるとよく眠れないんだ。


   ……。


   だからね、あたしはメルの冷たい足も好きだよ。
   今は、あったかいけど!


   ……。


   ね、もっとくっつけても良い?


   ……足?


   うん、足。
   ね、良い?


   ……うん。


   やった!


   ……ん。


   へへ……やっぱり、気持ち良い。


   ……。


   メルってさ……手と足が冷たい時でも、他はあったかいんだよ。


   ……そうなの?


   うん、そうなんだ……。


   ……一度以上も、低いのに。


   でね、手と足があったかい時は……他は、もっとあったかくて……すごく、心地良いんだ……。


   ……だけど、あなたが然う言って呉れるなら。


   メルの躰、メルの体温……抱いて、眠りたいな。


   ……。


   毎日、メルを抱き締めて……ふたりで、一緒に眠りたい。


   ……まいにち。


   ね、メル……。


   ……。


   そろそろ、毎日一緒に眠れないかな……。


   それは……未だ、難しいわ。


   まだ、難しい……?


   ……未だ、自立していないから。


   じりつ……。


   ……自立したとしても、毎日は無理かも知れない。


   え、なんで……?


   ……お師匠さんと先生だって、毎日一緒ではなかったって。


   それって、ジュピターとマーキュリーになってもだめってこと……?


   ……務めが、あるから。


   えー……。


   ……今だって、毎日ではないし。


   毎日じゃないけど……結構、逢いに行ってるよ。


   ……私達が、居るから。


   うん……?


   ……お師匠さんと先生は私達を育てる為に、今も離れて。


   うーん。


   ……。


   ねぇ、メル。


   ……なに。


   メルは、いや?


   ……え。


   あたしと毎日、一緒に眠るの。


   ……。


   いや?


   ……いやじゃ、ない。


   じゃ、なんとかしよう。


   ……したい、けど。


   まず、師匠を追い出す。


   ……はい?


   それで、メルと一緒に暮らす。
   これだ。


   ちょ、ちょっと待って、ユゥ。


   ね、良いと思うだろ?


   追い出すって、そんなこと


   だって然うすれば、師匠はメルの先生と暮らすことが出来るじゃないか。


   ……あ。


   暮らすことが出来れば、毎日、一緒に眠ることが出来る。
   ほら、とっても良いだろう?


   そ、然うかも、知れないけど……。


   あ、でも、メルは自分の部屋の方が良い?
   然うなると、メルの先生を……けど、それはなぁ。


   ……。


   やっぱり、師匠を追い出そう。
   それが一番良い。


   ……どうして、先生だと躊躇うの。


   え、なに?


   ……なんでもない。


   然う?


   ……ばか。


   え。


   ……。


   な、なんで?


   ……。


   あの、メル……?


   ……私、お師匠さんと暮らしてみたいわ。


   ぃえ゛……?!


   ……きっと、楽しいでしょうし。


   そ、そんなの、だめだよ!!


   どうして?


   どうしてって!
   だめだ、だめだよ、そんなの!!


   だから、どうして?
   私がお師匠さんと暮らせば、ユゥは先生と


   だめなのものは、だめ!!


   ……。


   め、メルと暮らすのは、あたしだ!!
   師匠じゃない!!


   ……先生と暮らせば、


   あたしはメルの先生とじゃなくて、メルと暮らしたいんだ!
   メルと、一緒に眠りたいんだ!


   ……。


   し、師匠となんて、絶対にだ、め……。


   ……。


   ……メル。


   ユゥ。


   ……え、と。


   言ってみただけ……よ。


   言ってみた、だけ……?


   ……然う、言ってみただけ。


   ……。


   ……まさか、本気にす


   メル!


   きゃっ。


   メルが一緒に暮らしたいのは、誰?
   メルが毎日、一緒に眠りたいと思うのは誰?


   ……。


   ねぇ、誰なの?


   ……それ、は。


   それは?


   ……。


   メ、ん。


   ……。


   ……。


   ……ユゥしか、いないわ。


   ……。


   ……。


   ……あたししか、いない?


   ……。


   !
   メル!!


   ……あ。


   こ、今夜から毎日一緒に!


   ……。


   ねぇ、然うしようよ。


   ……今夜だけ、なら。


   じゃ、じゃあ、明日から毎日!


   ……。


   明後日、明後日からは?!


   毎日は……今は、無理なの……。


   いつからだったら、無理じゃない?


   さっきも言ったけれど、まずは自立をしないと……。


   分かった、それじゃ直ぐに自立する。


   その為には、お師匠さんに認めてもらわないといけないの……。


   明日、認めてもらう。


   ユゥだけじゃないわ……私も、先生に認めてもらわないといけないから。


   メルなら、大丈夫だよ。


   ……ううん、私は未だ未熟だから。


   そんなこと……。


   ……ユゥも、然うよ。


   ……。


   今のままでは、認めてもらえない……そんな力は未だ、私達にはないの。
   ユゥも、分かっているのでしょう……?


   ……もっと、鍛錬して。


   ……。


   もっと、大きくなって……。


   ……私も、今よりももっと。


   待ってて、メル。


   ……。


   必ず、迎えに来るから。


   うん……ユゥ。


   絶対に、来るから。


   ……待ってるわ、ユゥ。


   うん、待ってて。


   ……。


   ……メル。


   ユゥ……。


   ……。


   ユ、ゥ……ん。


   ……。


   ……ユゥ。


   あたしは必ず、師匠を超える。


   ……。


   だから、メルも……。


   ……う、ん。


   そしたら、一緒に寝よう。
   毎日、同じ寝台で。


   ……うん、ユゥ。








   ……ねぇ、メル。


   なぁに……。


   星って、幾つあるんだろ。


   ……。


   いっぱい、あるのかな。


   ……数えきれないほど、あるわ。


   数えきれないほどって、どれくらい?


   ……私達が居る太陽系の星の数は、およそ五千と言われているわ。


   五千かぁ……。


   ……太陽系が属している銀河系には、およそ二千億の恒星があるとされているから。


   二千億……もう、よく分からないなぁ。


   ……太陽系のように、一つの恒星系に五千の星があると仮定して。


   うん。


   ……五千に二千億を乗して、銀河系だけでも一千兆。


   いっせん、ちょ?


   ね……数えきれないほど、あるでしょう?


   いっせんちょうって、どれくらい……。


   言葉には、出来るのだけれど……目に見える形で示すのは、とても難しいわ。
   途方もない数、だから。


   え、ええと……。


   ……桁が、分からない?


   う、うん……。


   それじゃあ、一緒に言ってみる?


   うん。


   じゃあ……一、十、


   百、千……、


   ……万、十万、百万、


   えと……千万……、


   億……、


   ……じゅうおく、ひゃくおく、せんおく、


   その次が……兆。


   ……あー。


   ふふ。


   すごい数ってことだけは、分かった……。


   でもね、ユゥ。
   星はまだまだあるの。


   え、まだあるの?


   うん、まだあるの。


   ど、どれくらいあるの?


   銀河はとても簡単に言ってしまえば星の集まり、銀河系は太陽系が存在する銀河の固有名詞なのは覚えてる?


   う、うん、なんとか。


   宇宙にはね、銀河系のような銀河、つまり星の集まりが数千億あるとされているの。


   ……。


   つまり、


   数えきれないほど、あるんだね……。


   うん、然うなの。


   ……。


   ユゥ?


   気が、遠くなってきた……。


   ふふ。


   その星のひとつひとつに、戦士が居るのかなぁ。


   ……居ると、されているわ。


   使命を、背負って?


   ……きっと。


   益々、気が遠くなってきた……。


   出会うことは、多分、ないとは思うけれど……。


   あたしは別に良いかな、会わなくても。


   ……然う。


   メルは、会ってみたいの?


   ……話を、聞いてみたい。


   話?


   どんな星を、守護としているのか……聞いてみたいの。


   ふぅん。


   ……ユゥは、他の星に興味はないの?


   あたしは、水星にしか興味ないよ。


   ……。


   メルの星だ。


   ……それだけじゃ、だめ。


   だめ?


   だめ。


   えー。


   ……木星は?


   木星?


   木星には……興味、あるよね?


   んー……あんまり。


   ……木星は、ユゥの星よ。


   然うだけど。
   興味があるのは、水星なんだ。


   ……お師匠さんは?


   師匠?


   お師匠さんは木星について、教えては呉れないの?


   師匠も、あんまり知らないんだって。


   ……。


   興味がないから覚えられないって言ってた。


   ……水星については?


   興味あるって言ってた。


   ……。


   ね、メル。
   水星について、何か教えて。


   ……ねぇ、ユゥ。


   どんな星なのか、知りたいんだ。


   ……なら、水星と一緒に知って。


   水星と、一緒に?
   何を?


   ……木星が、どんな星なのか。


   ……。


   ……水星には、木星が必要なの。


   木星が?


   だから……水星と一緒に、木星のことも知って欲しい。
   木星にも、興味を持って欲しいの。


   んー……。


   ……木星は、「私達」にとっても大切な星だから。


   それってさ、メルにはあたしってこと?


   ……え。


   メルには、あたしが必要ってこと?


   ……。


   そっか。なら水星と木星、一緒に教えて。
   そしたら多分、覚えられるから。


   ……木星には、水星は必要ないかも知れない。


   え、なに?


   ……ううん、なんでもない。


   然う?


   ……うん、なんでもない。


   ね、メル。
   木星には、水星だよ。


   ……。


   水星は、「あたし達」にとって大切な星なんだ。
   だから、あたしにはメルが必要なんだ。


   ……。


   メル、ずっとあたしの傍に居て。
   ずっと、ずっと、メルのこと守るから。


   ……うん。


   やった。


   ……ねぇ、ユゥ。


   なぁに。


   ……お師匠さんは本当に、あまり知らないの?


   師匠?


   ……木星のこと。


   うん、あんまり知らないって。
   だから昔、メルの先生にすっごく呆れられたって言ってた。


   ……。


   あ、若しかしてメルも呆れた?


   ……呆れては、いないけど。


   良かった。


   ……ほんの少しだけ、


   うん?


   ……先生の気持ちが分かった、かも。


   えと、どういうこと?


   ……お師匠さんは、水星には興味があるのよね?


   うん、あるって。
   特に、メルの先生には興味津々だって言ってた。


   ……。


   えーと、なんだっけな。


   ……?


   そうそう、師匠にとって一番の星はメルの先生なんだって。
   ずっと、メルの先生が一番なんだって。


   ……。


   だから、あたしの一番はずっと、メルなんだ。


   ……。


   て、あれ……?


   ……。


   あ、あたし、何かまずいこと、言った?


   ……本当は、いけないことなのに。


   い、いけないの?
   何が、いけないの?


   ……月以外の星を、一番にしては。


   ……。


   然う、決まっているのに……。


   そんなの、どうでも良いよ。


   ……っ。


   誰が決めたんだか、知らないけど。
   あたしの一番を勝手に決めて欲しくない。


   ユゥ、そんなことを言っては


   大体、誰が決めたの。


   え、えと……かつての、月の女王が。


   かつての月の女王なんて、知らない。
   会ったこと、ない。顔だって、知らない。


   ……今の女王、と。


   未だ、見たことない。


   そ、それに、これから生まれてくるプリンセスとも……。


   未だ、生まれてきてない。
   知りようが、ない。


   ……然う、だけど。


   兎に角、あたしの一番はメル。
   それ以外は全部、二番。


   ……。


   それはあたしがあたしである限り、ずっと、ずっと、変わらないことなんだ。


   ……かわらない、こと。


   誰にも、変えられない。
   誰にも、変えさせない。


   ……ね。


   だから、メルも


   ……二番は、幾つもあるの?


   え?


   一番以外は、全部、二番って……。


   うん、然うだよ。一番以外は、全部二番。


   ……一番は、ひとつだけなの?


   うん、一番はずっとひとつだけだよ。


   ……。


   メルの一番だって、然うさ。


   ……私の?


   メルの一番は、メルが決めれば良い。ううん、メルが決めるべきなんだ。
   誰かに決められた一番なんて、だめなんだ。決めさせては、だめなんだ。


   ……。


   あたしの一番は、メル。
   あたしが然う、決めたから。


   ……私、の。


   ねぇ、メル。


   ……私の、一番は。


   メルの一番は、なんだい?


   ……月。


   えっ。


   ……。


   そ、然う、なの……。


   ……でなければ、いけないのに。


   そ、そっか……け、けど、メルが決めたことなら……。


   ……。


   あ、あたしは、それで、良いと思う、よ……。


   ……ねぇ、ユゥ。


   な、なに……わ。


   ……。


   メ、メル……?


   ……あの、ね。


   う、うん……。


   ……ぎゅうって。


   な、なに……?


   ……だきしめて。


   ……!


   ……だきしめ、られたいの。


   う、うん、分かった!


   ……。


   これで……良い?


   ……ありがとう、ユゥ。


   ううん、お礼なんていいんだ……嬉しい、から。


   ……ありがとうって、言いたいの。


   そ、そうなの……?


   ……だめ?


   だ、だめじゃない……。


   ……良かった。


   え、と……苦しく、ない……?


   ……へいき。


   苦しかったら、すぐに言ってね。


   ……きもちがいいの。


   え……。


   ……ユゥに、だきしめられていると。


   あ、あたしも、気持ち良いよ……。


   ……ん。


   メル……あたし。


   ……私の、一番。


   え……?


   ……これからも、ずっと。


   ……。


   ……いい、よね。


   うん……。


   ……ずっと、あなたが一番で。


   ずっと、一番がいい……。


   ……ユゥ。


   ずっと、メルの一番でいたい……二番は、いやだ。


   ……二番になんて、ならない。
   だって……ずっと、あなたが一番なのだから。


   うん、メル……。


   ……誰にも変えられないし、誰にも変えさせない。
   何が、あろうとも……私が然う、決めたのだから。


   あぁ……。


   ……ね、ユゥ。


   なに……?


   ……私も、あなたのことだきしめたい。


   ……。


   いい……?


   ……うん、良いよ。


   ……。


   だきしめて……メル。


   うん……ユゥ。


   ……。


   ……あったかい。


   メルも、あったかいよ。


   ……私でも、あなたのこと温められる?


   もちろん……メルにしか、出来ないよ。


   ……私にしか。


   メルだけ、なんだ……あたしを、あっためられるのは。


   ……うれしい。


   ……。


   ……くしゅっ。


   あ。


   ……。


   メル? 寒い? もっとくっついたほうが良い?


   ……これ以上は、無理よ。


   で、でも……。


   ……だいじょうぶ。


   ……。


   ……あなたが、流れてしまわぬように。


   あたしが、流れて……?


   ……散って、しまわぬように。


   メル……?


   ……ずっと、だきしめていたい。


   んー……。


   ……ながれちるときは、いっしょに。


   ……。


   ……。


   ……ね、メル。


   なぁに……ユゥ。


   ……。


   ユゥ?


   ……ずっと、好き。


   ……。


   ずっと好きだから、ずっと離さない。


   ……。


   ずっと、だきしめていたい……ざいごまで、ずっと。


   ……あぁ。


   ね、いい……?


   ……うん。


   メル……。


   ……私もずっと、あなただけを。








  -林檎(パラレル)





   亜美さん、握り飯が焼けたよ。
   戸、そろそろ閉めて貰っても良いかな。


   ……。


   醤油と味噌、どちらが良い?
   あ、お茶漬けにしたいのなら言ってね。
   用意するからさ。


   ……。


   亜美さん?


   ……雪、止みませんね。


   あぁ。


   しんしんと、降っていて……。


   少しくらい、止んでは呉れないものかな。
   毎年のこととは言え、気が滅入ってくるよ。


   ……此処の冬は、雪と曇りが続くのですね。


   あぁ……都とは、違うだろう?


   ……都は、寧ろ晴れの日が続きます。
   雪は、たまに降る程度で……。


   まぁ、でも。


   ……ん。


   亜美さんが居て呉れるから……大分、良いかな。


   ……何が、良いのですか。


   気分。


   ……。


   今年からは、ひとりじゃない……亜美さんが、共に居て呉れる。


   ……それだけで。


   雪掻きのことを考えると、気が滅入るけれど……それでも、去年までとは全然違う気分なんだ。


   ……どう、違うのですか。


   去年まではただただ、気が滅入るばかりだった。
   春が来るまで、家の中にひとり、雪に閉じ込められたような日々がただ続くだけ。
   外に出ることなんて雪掻き以外ではほとんどなくて、聞こえる音と言えば、己が立てる音と……。


   ……。


   けど、今年は……気にしていることと言えば、雪掻きくらいでさ。
   雪に閉じ込められているような日々は続くけれども、あたしは、ひとりじゃない。
   亜美さんが居て呉れる。亜美さんの音がする。去年までとは全然、違う。


   ……。


   亜美さんと共に過ごす時間を、重ねて……共に冬を、越し続けることが出来たなら。
   いつかは、雪を見て気が滅入ることも……。


   ……共に過ごす時間を、如何に重ねようとも。


   ん……?


   ……完全になくなることは、ないと思います。


   ……。


   ……然う、完全になくなることなんて。


   いや、そんなことはないさ……言ったろう、全然違うと。


   ……どんな風に?


   まず、家の中が暖かい。


   ……。


   何より、雪の音が聞こえない。


   ……雪の音?


   然う、雪の音。


   ……。


   聞こえない?
   ならば……耳を、澄ましてごらん。


   はい……。


   ……。


   ……。


   ……聞こえるかい?


   なにか、擦れるような……。


   然う……言葉には出来ないけど、するだろう?


   ……。


   雪が降っていると、この音ばかりが聞こえてくるんだ……。
   この音に囲まれて、ひとりで何もせずにじっとしていると……仕舞いには、頭がおかしくなってしまいそうで。
   昼は、動いていれば良いのだけれど……眠る時は然うはいかないだろう?
   だから、夜は本当に……。


   ……結晶が壊れる音、かしら。


   けっしょう……?


   まことさんは、雪の結晶を見たことがありますか……?


   いや、ないかな……。


   雪の結晶は多様な形を持っているのですが……まことさん、黒い布はありますか?


   黒い布?
   あるけど、どうするんだい?


   雪の結晶を、見せてあげられるかも知れません。


   見られるものなのかい?


   はい……ちょっと待っていて下さいね。


   ?
   うん。


   ……。


   なっ。


   うん……雪は、矢張り湿っていない。


   亜美さん、戸を無闇に開けてはだめだよ!
   家の中が冷えてしまう!


   気温……。


   亜美さん……っ?


   落下地点の温度も低いし、空気も酷く冷たい……これ、ならば。


   外に出てはだめだ!
   体温が、


   これならば……きれいな結晶が、見られるかも知れない。


   体温が雪に奪われてしまう!


   まことさん。


   亜美さん!


   この条件ならば、見られると思います。


   それは良かった!


   はい、とても。


   あぁ、そんな薄着で……ッ。


   黒い布がなければ……然う、暗い色のものならばなんでも良いです。
   ありま


   今は、そんなことよりも……ッ!


   ……え。


   中に入って呉れ……。


   まこと、さん……?


   ……お願いだ、亜美さん。


   あ……。


   こんなに……こんなに、冷たくなって。
   手も、顔も……躰、全部。


   ……然う、でしょうか。
   ごく短い、時間だったから……。


   靴も、履かないで……。


   ……きゃ。


   あぁ……赤くなってるじゃないか。


   ……あつい。


   雪の結晶なんて。


   ……。


   あたしは見られなくても良い……だから。


   私が、見たいの。


   ……は。


   お願い、まことさん。


   ……。


   まことさん。


   ……分かった。


   ……。


   ちょっと、待ってて。


   ……はい。


   けど、その前に。


   ……。


   戸は、閉めて。それと、これを。


   これは、まことさんの。


   良いから。
   これ以上、躰を冷やさないで。


   ……。


   あったかいだろう?


   ……はい、まことさんのぬくもりを感じます。


   ……。


   まことさんに、抱き締められてるみたい……。


   あたしに……。


   はい……ふふ、あったかい。


   ……そんなもの、より。


   ?
   なぁに?


   いや……それじゃ、待ってて。


   ……。


   えと、確かのこの辺に。


   ……まことさんの、におい。


   ん……こっち、だったかな。


   ……。


   あった。


   ……。


   亜美さん、これで良いかい?


   ……。


   亜美さん?


   え……。


   これで、良いかな。


   あ、はい……大丈夫です。


   ん、良かった。
   それで、これでどうするんだい?


   ……戸を、開けても良いですか?


   ……。


   だめ、ですか……?


   ……駄目と、言いたいけれど。


   ……。


   然うしないと、見られないから。


   ……ありがとうございます。


   けれどあまり長い時間は駄目だよ……て、亜美さん。


   ……。


   だから、外に出ては、


   まことさんも、こちらに。
   中だと、融けてしまいますから。


   だめだと、言ったろう。


   大丈夫、まことさんが貸して呉れた上衣あるから。


   そんなもので、


   直ぐ、ですよ。


   ……。


   直ぐ、ですから。


   ……だとしても、だ。


   まこ


   ……。


   ……ぁ。


   亜美さん。


   あ、あの……。


   ……拒否の言葉は、聞かない。


   ……。


   受け入れて呉れないのならば……力尽くで、家の中に引っ張りこむ。


   ……直ぐだと、言ったのに。


   それでも、だ。


   ……。


   で……?


   ……これを、見て。


   どれだい……?


   ……小さいから、顔を近付けて。


   ……。


   出来るだけ、息を止めて……融けて、しまわぬように。


   ……。


   ね……何かの形に、見えませんか……?


   ……見える、ような。


   ……。


   いや、見えるな……なんだ、これ。


   ……それが、雪の結晶です。


   これが……?


   ……然うです。


   ……。


   ね、きれいでしょう……?


   ……面白いな。


   面白い……?


   雪って、こんな形をしていたのか。
   白くて冷たくて挙句に積もるもの、そんな風にしか思っていなかったけど。


   ……お花みたいだと、思いませんか?


   花、花か……確かに。


   雪の別名は、六花。


   むつのはな……?


   はい……六の花と書きます。


   へぇ……。


   あぁ、思った通りだわ……だけど此処に顕微鏡……ううん、拡大鏡があればもっと。


   ……。


   ……ね、まことさん。
   雪の結晶の多くは、六角形で……くしゅっ。


   ……。


   ……え、えと。


   中に入ろうか、亜美さん。


   けど、まだ……。


   雪の結晶なら……もう、見たから。


   ……話が、途中なのに。


   話なら、此処でなくても聞けるよ。
   さ、中に入って暖を取ろう。


   ……もっと、見ていたかったのに。


   亜美さん。


   ……。


   ……亜美さん。


   都でも、降るけれど……都は、たまにしか降らないから……。


   ……。


   それに、都の雪は水分を多く含んでいて……こんなに、美しい結晶体で見られることなんて……。


   ……此処で、暮らしていれば。


   ん……。


   冬になれば、いつでも見られるから。


   ……。


   あたしと、一緒に。


   ……まことさんと、一緒に。


   雪の結晶を見たくなったら、言って。
   外に出る支度をするから。


   ……。


   お願いだ、亜美さん。


   ……うん。


   外に長く居るのも駄目だよ。


   ……からだを、ひやしてしまうから。


   あぁ、然うだよ。


   ……。


   さ、中に……。


   ……はい、まことさん。


   ……。


   ……はぁ。


   ……。


   あの……あったかい、ですね。


   ……火の傍に。


   はい……。


   ……。


   まことさん、あの……。


   ……後で。


   え……?


   あたしが……もっと、あっためてあげるから。


   ……。


   着物や火でなく、あたしが……亜美さんを。


   ……。


   ……今直ぐでも、良い。


   ……。


   ……どう、かな。


   今、は……。


   う、うん……。


   ……焼いたおにぎりを、食べましょう。


   ……。


   折角、まことさんが作って呉れたんだもの……温かいうちに、食べないと。


   ……然う、か。


   ……。


   ……それじゃあ、食べようか。


   はい……。


   亜美さんは……醤油と味噌、どっちが良いかな。
   お茶漬けが良いのなら……茶の用意を、するから。


   ……ね、まことさん。


   大根の漬物もあるよ。
   まぁ、いつもあるけど。


   ……。


   わ。


   ……まことさん。


   なんだい……亜美さん。


   ……。


   亜美、さん……?


   ……後、で。


   ……。


   ……あたためて。


   ……!


   あなたの……熱、で。


   ……。


   食べ終わって……直ぐは、だめですけど。


   ……。


   ……だめ、ですか。


   ううん……だめじゃ、ないよ。


   ……。


   ね、ねぇ、亜美さん……。


   ……はい。


   か、躰を寄せ合うだけならば……その、食べ終わって直ぐでも良いんじゃないかな。


   ……。


   然うやって、腹を休めて……それ、から。


   ……ふふ。


   だ、だめかい……?


   ……ううん、良いと思います。


   ……。


   ……ね、その間。


   うん……。


   ……話の続きを、聞いて呉れますか?


   話の、続き……?


   聞いて、呉れませんか……?


   え、と……。


   ……雪の、話。


   あぁ……。


   ……聞いて、呉れますか。


   うん……勿論だよ、亜美さん。


   ……ほんとう?


   本当……幾らでも、聞くよ。


   ん……まことさん。


   但し、雪が降る外ではなく……あたしの腕の中で話して呉れるのなら、ね。


   ふふ……分かりました。


   ……。


   ……まこと、さん。


   聞かせて……亜美さん。


   ……


   亜美さん……。


   ……。


   ……。


   ……まことさんの、くちびるは。


   ……。


   いつだって、あついけど……。


   ……そう、かな。


   けど、今は……。


   ……ん?


   ぬるい、かも……。


   ……。


   ん……まこと、さん。


   ……亜美さんを、温める時は。


   ……。


   その時は……熱く、なってるよ。


   ……。


   なってる、から。


   ……やけど、してしまいそう。


   その時は……なめて、なおしてあげるよ。


   ……。


   ……。


   ……もぅ、まことさんは。


   はは……ん。


   ……。


   ……あみさん。


   たくさん、つけて。


   ……なにを?


   やけど、の……。


   ……。


   ……あ、ん。


   うん……わかった。


   ……もぅ。


   たくさん、つけてあげるね……。


   ……まだ、なのに。


   これは……承知の印、と言うことで。


   ……もぅ、まことさんは。








   ……寒くは、ない?


   大丈夫……とても、温かいです。


   ……寒かったら、直ぐに言うんだよ。


   はい……。


   ……。


   ……焼いたおにぎりって、香ばしくて美味しいですね。


   気に入って貰えた……?


   ……はい、とても。


   ん、良かった……。


   ……はぁ。


   お腹、いっぱいかい……?


   ……少し、食べ過ぎたみたい。


   ふたつで……?


   ……いつもより、少しだけ大きかったし。
   それに……あまり、動かないから。


   寒いと、腹が減ると言うけれど……。


   ……少し大きめのおにぎりふたつは、私にとっては多いんです。


   はは、然うか……。


   ……。


   ん、どうかした……?


   ……今日は。


   うん……。


   ……誰も、来ないかも知れません。


   あぁ……まぁ、良いことじゃないか。
   たまには、こんな日だってあるさ……。


   ……若しかしたら、雪のせいで外に出られないのかも。


   考え過ぎだと、思うけど……。


   ……然うでしょうか。


   来ないと言うことは……大丈夫だと、言うことさ。


   ……。


   ふむ……。


   ……。


   そんなに心配ならば……あたしが、回ってこようか?


   でしたら、私も……ん。


   ……亜美さんは、留守番。


   けれど、一緒に行った方が……。


   ……ひとりの方が、回りやすいんだ。


   ……。


   雪道に、慣れていないだろう……?


   ……慣れる為には、歩かなければ。
   然うしないと、いつまで経っても慣れないもの……。


   それは……然うなのだけれど。


   だから、行く時は……連れて、行って。


   ……。


   お願い……まことさん。


   ……分かった、一緒に行こう。


   はい……。


   だけど、これだけは言っておくよ。


   ……?


   吹雪が来たら、行かない。
   良いね。


   ……吹雪?


   亜美さん、外の音は聞こえるかい?


   ……雪の、音?


   いや……風の音。


   風……。


   ……未だ、大したことはないけどね。


   吹雪が、来るのですか……?


   然う……この音は、吹雪が来る前触れ。
   恐らく、一刻……いや、半刻のうちには来るだろう。


   ……分かるのですか。


   まぁ、ね……。


   ……。


   吹雪……特に猛吹雪の中を歩くのは、ただただ、危険でしかない。
   視界は真っ白になるし、体温は急速に奪われる……それこそ、命に関わる。


   猛吹雪で、なければ……。


   あたし、ひとりでなら。


   ……。


   こうなってしまったら……余程のことがない限り、外に出るべきではないんだ。


   ……。


   だから、今日はひとりで


   ……。


   ……亜美さん?


   半刻で、回ってこられますか……。


   ……少し、難しいかな。


   若しも、猛吹雪になってしまったら……。


   ……今日中には、帰ってこられないかも知れない。


   然うなったら、どうするのですか……。


   然うなったら……何処かの家でお世話になると思う。


   ……。


   その時は、亜美さん。
   この家で、ひとりで過ごすことになってしまうけれど……亜美さんなら、


   ……だめ。


   と……。


   ……行かないで。


   ……。


   行かないで、まことさん。


   ……だけど、良いのかい?


   ……。


   心配、なんだろう……?


   ……あなたを、危険に晒してしまうかも知れない。


   あたしなら、大丈夫さ……なんせ、防人だもの。


   ……。


   それじゃ……行って、こようか。


   待って。


   ……。


   ……行かないで、まことさん。


   良いのかい……?


   ……。


   分かった……それじゃあ、行かない。


   ……ごめんなさい。


   ん、どうして……?


   ……。


   ……。


   ……まこと、さん。


   皆なら、大丈夫……大丈夫さ。


   ……。


   ん……亜美さん。


   ……わたしは、だめな女です。


   なんでだい……?


   ……医生で、あることよりも。


   亜美さんは、あたしを心配して……行くことを、止めた。
   それは、医生として正しいことではないのかい……?


   そもそもまことさんが行くことになったのは、私が……ん。


   ……。


   ……まこと、さん。


   風の、音。


   ……。


   ……少し、強くなってきた。


   あぁ……。


   今日はもう、家から出ない。
   亜美さんも、だよ。


   ……は、い。


   うん……。


   ……ごめんな、ん。


   寒くは、ない?


   ……だいじょうぶ、です。


   お腹は?


   ……まだ。


   然うか……なら、もう少しこのままで居ようか。


   ……。


   然うだ、雪……雪の話の続きをして呉れるんだったよね。


   ……。


   聞かせて、呉れるかい?


   ……雪、は。


   うん。


   その結晶の多くは、六角形で……。


   へぇ、然うなのか。


   隣り合う四つの水分子が結合角104.5度を基盤に水素結合することで、水分子の集まりは正四面体を形成していくのだけれど……。


   うん……さっぱり、分からない。


   更に、その正四面体が複数結合されることで平面では六角形を形成するから、雪の結晶はどれも六角形を中心に六方向に成長していくの……。


   ……。


   それは、平たく、横に広がっていく……然うして、雪と呼ばれるものになり、私達が居る地上に降ってくるの……。


   そ、そっか……。


   さっき、あなたと一緒に見た結晶は……とても、きれいな形をしていた……都では、見られない……本当に、きれいで……。


   ……。


   広幅六花……角板付樹枝……樹枝付角板……十二花……。
   雪の結晶の形は、本当に、多様だから……だから、もっと……もっと、あなたと見ていたかった……。


   ……都でも、雪は降るんだろう。


   え……?


   それなのに何故、きれいな結晶が見られないんだい?


   それは……途中で、壊れてしまうから。


   ……壊れる?


   きれいな結晶を見る為には、条件が……あって……。


   ……?


   ……雪、は。


   亜美さん……?
   どうしたいんだい……?


   ……似て、る。


   うん?


   とても、よく……似て、いる。


   似てる?


   ……然う、雪は。


   雪が、何?
   何に、似ているんだい?


   ……。


   ……亜美さん。


   まことさん……。


   ……どうしたの?


   雪は、似ているんです……しんしんと、降って……降り続いて、積もってゆく……それが、よく似ているんです……。


   ……何にだい?


   ……。


   ……。


   ……寂しいと言う、気持ちに。


   ……。


   心の中で……それは、静かに降り続いて……融けることも、なく……ただ、ただ……積もって、ゆくの……。


   ……。


   それは擦れるような音を、微かに立てていて……耳を澄ませば、聞こえる筈なのに……。
   己の手で、耳を塞いで……聞こえないように、した……。


   ……。


   私には、融かすことが出来なくて……気付かないふりをすることしか、出来なくて……。
   いつか、それに押し潰されてしまう時が来るかも知れない……分かっていても……何も、出来なくて……。


   ……それは、今も降ってる?


   ……。


   今も、降り続いてる……?


   ……今、は。


   あたしは、止んだよ。


   ぁ……。


   そして……融け始めているよ。


   ……。


   たまに、降ることはあるけれど……それでも、しんしんと降り続けることはなくなった。


   ……まこと、さん。


   どうしてか、分かるかい……。


   ……。


   ……亜美さんが、傍に居て呉れるからだよ。


   わたし、が……。


   ……亜美さんは、どうだい?


   私……私は……。


   ……。


   ……私も、やんだの。


   うん……。


   あなたに出逢って……あなたが、傍に居て呉れて……あなたの腕に、抱かれて……。


   ……少しは、融けてる?


   少しじゃない……少しじゃ、ないの。


   ……。


   あなたに、出逢っていなければ……私の、心は……きっと、それに埋もれて……ううん、潰されて……。


   ……。


   完全に、やむことはないかも知れない……だけど、しんしんと降り続くことは、もう……ん。


   ……。


   ……まことさん、私。


   お腹は……?


   ……。


   ……もう、大丈夫かい?


   ……。


   ……然う。


   ……。


   然うしたら……もっと、あっためてあげようか。


   ……もっと、とかして。


   ……。


   もっと、雪を……理性、すらも。


   ……うん、分かった。


   ……。


   じゃあ……行こうか、亜美さん。


   ん……まことさん。


   ……。


   ……はぁ。


   大丈夫……?


   ……うん、だいじょうぶ。


   ……。


   ……。


   ねぇ、亜美さん……。


   ……な、に。


   理性の林檎って、知ってるかい……?


   ……りせいの、りんご?


   然う……理性の、林檎。


   ……。


   それをね、吐き出すと……残るのは、本能だけになるんだってさ。


   ……はじめて、きいた。


   誰が言ったのかは、知らないけど……面白いと、思わない?


   ……おもしろい、わ。


   だろ……?


   ……ふふ。


   あたしは、吐き出してしまったから……。


   あ、ん……。


   ……今は、亜美さんを求める本能だけ。


   ……。


   それだけ、なんだ……。


   ……わたし、も。


   ……。


   ……ね、ぇ。


   ん……?


   ……きらいに、ならないで。


   ならないよ……なるわけ、ない。


   ……。


   亜美さんも、どうか……あたしの、こと。


   ……ならない。


   ……。


   ならない、わ……。








  -思春期(前世・先代)





   お前が、あたしのマーキュリー?


   ……。


   青い髪、青い瞳。
   うん、絶対に然うだ。


   ……。


   はは、やっと見つけた。
   やっと、逢えた。


   ……はぁ。


   あたしが此処に来た時、お前、仕事だか何だかで居なかっただろ?
   ヴィーナスとかマーズなんかよりも、あたしは先ずお前と話がしたかったからさ。
   逢えなくて、本当にがっかりしたんだ。


   ……。


   一番に、お前に逢いたかった。
   マーキュリー、誰よりもお前に。


   ……。


   逢いたくてずっと探してたんだけど、お前、何処を探しても見つからなくてさ。
   この中に本当に居るのか、分からなくなってきてたんだよ。聞いた場所に行っても、全然、居ないから。
   なんなんだお前、かくれんぼの達人か?


   ……。


   お前の部屋なら寝る頃には居る筈だと思って、色んな奴に聞いたんだけど誰ひとり教えて呉れなくてさ。
   聞くと、逃げるようにして行っちゃうんだよ。ヴィーナスだかマーズだかに聞いてもやっぱり教えて呉れないし。
   なんだよ、それ。意味が分からねぇよ。


   ……良く喋る。


   しょうがねぇから、ひとりで毎日こうやって探し回ってたんだ。
   誰に聞いても、見掛けてはいないが何処かには居るって言うだけだしさ。しかも、お前の部下? そいつらに聞いても同じようなことしか言わないんだよ。
   何処かって言うけど、こっちはその何処かが知りたいんだ。と言うか此処に居る奴ら、なんであんなに顔が薄いんだ。皆同じに見えるよ。


   ……。


   しかも此処、何処もかしこも似たり寄ったりな造りで、挙句無駄に広いだろ? 
   そのうちぐるぐると同じ所を歩いてるような気がしてきてさ、いやぁあれには参ったな。
   や、ほんとどうなってんだよ、此処。掃除が大変過ぎだろ。


   ……。


   お前、若しかして一日中動き回ってるのか? だったら、見つかるわけないよな。
   逢いたいって、誰かに伝えて貰えば良かったのか? そもそも伝えて呉れるのか、此処の奴ら。


   ……。


   ま、逢えたから良いや。
   嬉しいよ、あたしのマーキュリー。


   人違いですね。


   あ?


   私は貴女のマーキュリーではありません。


   いや、そんなわけないだろ。
   その髪、その瞳、マーキュリーの特徴そのままじゃないか。


   人違いです。


   て、おい、待てよ。


   待ちません。
   人違いな上に、


   だから、人違いじゃないって言ってるだろ。


   そもそも、貴女は誰ですか。


   あぁ?


   初対面だと言うのに馴れ馴れしくされて、不快極まりないのですが。


   え、お前、あたしのこと分からないのか?


   分かりませんし、分かろうとも思いません。


   マーキュリーだったらあたしのこと、直ぐに分かるって。


   人違いですから、分かるわけがありません。


   本当は分かってるんだろ?


   全く、分かりません。


   全く、分からないのか? 本当に?


   ええ、全く。


   ……。


   では、時間の無駄ですので。


   あたしはジュピター、お前のジュピターだ。


   ……。


   先代が壊れたから、此処に来た。
   これからは、あたしがお前のジュピターだ。


   ……然うですか。


   これで


   それでは。


   て、おい。


   ……。


   待って呉れ、頼むから。


   はぁ……未だ何か。


   あたし、ちゃんと名乗ったろ?


   然うですね。


   あたしが誰だか、もう分かったろう?


   ……。


   それなのに、なんで行っちゃうんだよ。
   やっと、逢えたってのに。


   先刻も言ったでしょう。
   私はあなたが探している者ではありません、と。


   そんなわけ、ない。だってちゃんと聞いたんだ。
   マーキュリーは青い髪で、青い瞳を持っていて、すごく綺麗だって。
   一目見れば、分かる筈だって。


   誰に聞いたのですか。


   誰って、そりゃお前


   どうやら間違った情報を鵜呑みにしてしまったようですね。


   間違いなんかじゃない。
   現にお前は聞いた通りで、あたしが思い描いていたような


   その頭はお飾りですか。


   は、飾り?


   他人からの情報を疑いもせずに、


   頭って飾りになるのか? 頭に何かを飾るんじゃなくて?
   お前の頭だったら……然う、あの花が似合いそうだな。
   今度、花冠を作って飾ってやるよ。屹度、すごく綺麗だぞ。


   ……。


   お前の頭は、本当に綺麗な青だ。
   瞳の青もとびきり綺麗だし、先代が書き残した通りだよ。


   ……先代。


   マーキュリーの青はこの世界で最も綺麗な色だと、あたしに教えて呉れたのは先代だ。


   ……先代とは、


   勿論、あたしの前のジュピターのことさ。
   お前は会ったこと、あるかい?


   ……いいえ。


   お前も会ったことないのか。
   どんな奴だったのか聞きたかったけど、まぁ、良いや。
   多分、あたしの方が強くて格好良いジュピターだろうし。


   ……知らないのね。


   あ、何が?


   ……別に良いけど。


   お前だって、知らないんだろ?


   ……記録上でしか、知らないわ。


   記録上、か……て、ん? あれ?


   ……。


   お前、若しかして……。


   そもそも髪と瞳だけで判断するだなんて、どうかしています。


   ……は?


   私のような身体的特徴を持っている者なんて、特段珍しいものではありません。
   特に、此処では。


   いや、お前の青は特別だ。
   他にはない色だ。


   水星の民を、見たことがないのですか。


   どれが水星の民なのか、区別がつかない。
   皆、同じに見える。


   私の部下にも、水星の民は居ますが。


   その青は、マーキュリー特有のものだ。
   お前のような青、他に居る筈がない。


   水星の民は、髪も瞳も青の者が多いですよ。
   見たことはありませんか。


   見たとしても、


   ありませんか。


   ……。


   ありませんか。


   ……あるような、気がする。


   でしたら、


   だとしても、お前のような綺麗で深みのある青を持っている奴は居なかった。
   誰ひとり、持っていなかった。


   見分けがつかない、ただのぼんくらなだけでは?


   ぼんくら?


   青なんて、どれも同じですから。


   いや、違う。
   あたしが見たと思う青は、くすんでいるか褪せているか……ほっとんど、そんなだった。
   お前の青とは全然、違う。


   ……くすんでいようが、褪せていようが、青には変わりありませんよ。


   いいや、マーキュリーの青は特別なんだ。


   若しも私の髪の色が


   あたしが、マーキュリーを間違えるわけがない。


   ……随分と。


   仮令、くすんでいようが褪せていようが、お前の青だけは特別だ。
   あたしの目には、一等輝いて見えるんだ。


   ……ぼんくらな上に、節穴ですね。


   あたしはシュピターだ、己のマーキュリーを間違えるわけがない。
   一目見て直ぐに分かった、お前はあたしのマーキュリーだと。


   髪と瞳の色だけで


   お前の顔だけは、見えたんだ。


   ……。


   あたしは、誰の顔も同じに見える。輪郭だけしか見えない奴も居る。
   だけど、お前は違った。


   ……相貌失認。


   はっきりと、見える。
   見えているんだ。


   ……欠落している者。


   な、然うなんだろう?
   お前はあたしの


   いいえ、違います。


   いいや、違わない。
   お前は絶対に、


   絶対なんて、ない。


   ……。


   他を当たって下さい。


   ……どうしてそんなこと言うんだよ。


   違うからだと、言っているでしょう。
   何度も言わせないで下さい。


   どう見たって、お前はあたしのマーキュリーなのに……間違い、ないのに。


   ……。


   待って呉れ、行かないで呉れよ。


   ……嫌です、忙しいので。


   頼むから、待って呉れよ。


   二度はありません。


   二度って、


   一度は、待ってあげました。


   そんなこと、言わないで呉れよ。
   あたしはお前に逢いたくて、逢えたことが嬉しくて


   しつこいひとは、嫌いです。


   な。


   嫌いです。


   ……じゃあ、せめて教えて呉れよ。


   ……。


   お前がマーキュリーじゃないって言うんだったら、マーキュリーは何処に


   此処に居ますよ。


   ……。


   此処に居ます。


   ……は?


   初めまして、ジュピター。
   私は水星を守護に持つ者、マーキュリーの名を引き継ぐ存在。貴女と同じく四守護神のひとりです。
   どうぞ宜しくお願い致します。


   ……。


   矢張り、残念な頭の持ち主のようですね。
   まぁ、ジュピターと言えば代々残念ですが。


   お前……。


   それでは、挨拶も済みましたので。
   失礼、


   やっぱり、あたしのマーキュリーなんじゃないか!!


   違います。


   なんだよ、人違いだなんて言って!
   少し、いや大分焦っちゃったじゃないか!
   うっかり、泣くところだったぞ!?


   ですから、人違いです。
   私は貴女の……


   これからずっと宜しくな! あたしのマーキュリー!


   ……本当に、残念な頭のようですね。


   な、これからあたしの部屋に来いよ。漸く逢えたんだ、一緒にお茶を飲もう。
   とびっきりのを淹れてやる。なんだったら、ほら、甘味もあるぞ。
   お前と一緒に食べようと思って、毎日作って、毎日持ち歩いてたんだ。


   いいえ、結構です。


   甘味は嫌いか? そしたらお前は何が好きなんだ?
   お茶でも飲みながら、ゆっくり教えて呉れよ。
   次は、それを作るからさ。


   だから、


   それとも、マーキュリーの部屋の方が良いか?
   あたしはどちらでも良いな。いや、マーキュリーの部屋に行ってみたいな。
   よし、マーキュリーの部屋にしよう。


   私の部屋に、


   然うと決まれば、こうしちゃいられないな!


   決まってま


   よ、と。


   ……。


   マーキュリーの部屋は何処だ?
   案内(あない)、して呉れよ。


   ……下ろして、呉れませんか。


   此処は無駄に広い造りをしてやがるからさ、なかなか覚えられないんだよ。
   最近、やっとこ自分の部屋の場所を覚えたんだ。


   ジュピター。


   マーキュリーの部屋、あたしの部屋と近ければ良いな。
   そしたら覚えやすいし、毎晩通える。


   ……下ろせ、と。


   な、今夜は一緒に寝たいな。
   良いだろ、マーキュリー。


   言っているのが、


   うん?


   分からないのかしら。


   え。


   水精よ、


   ちょ、


   我が下へ、集え。


   何を


   氷の刃となりて、


   待


   彼の者を、切り裂け。


   ……うおぉぉぉぉっ!


   ……。


   て、危ないだろうが!
   急に何するんだよ!


   ……。


   今、舌打ちをしたか!?
   マーキュリーって、舌打ちするのか?!


   ……はぁ、うるさい。


   と言うか、殺す気かよ!


   ええ、そのつもりだったのだけれど。


   は……。


   残念ながら、避けられてしまったわ。


   ……。


   とりあえず、下ろして呉れないかしら。


   ……。


   下ろして呉れないなら、ん。


   ……。


   ……何を、するの。


   お前……すごく、良いな。


   ……は?


   かなり、大好きだ……今直ぐ、欲しい。


   ……。


   マーキュリーは大人しいって話だったけど、お前みたいのも居るんだな……。


   ……。


   おっと……二度は、させない。


   ……ジュピター。


   な、良いだろう……?
   お前のことが、欲しいんだ……。


   ……。


   ……ん?


   ふざけないで、呉れるかしら。


   ……いてぇ。


   次、同じことをしたら。


   はは、ほんとに良いなぁ……。
   それでこそ、あたしのマーキュリーだ……。


   ……っ。


   ジュピターを殴る奴なんて、なかなか居ないぞ……なぁ?


   ……下ろ、して。


   で、お前の部屋は何処だ……。
   こっちか……それとも、あっちか……。


   教えないわ。


   ん……どうして?


   絶対に、


   絶対なんて、ないんだろ……?


   ……。


   さっき、然う言ってたもんな……。


   ……時と場合によるわ。


   ふぅん……ま、どうでもいいや。


   ……ん。


   ……。


   ……。


   お前の唇、酷く甘いな……。


   ……やめて。


   うん、なに……?


   此れ以上、馬鹿げたことを続けると言うのなら……舌を、嚙み切るわ。


   え、なんで……?
   そんなことをしたって、痛いだけじゃないか……。


   私は貴女のマーキュリーじゃない。


   ……。


   どうしても欲しいと言うのなら、私の次まで……んんっ。


   ……。


   ……やめろと、言っているのよ。


   あたしは、お前が良い……お前じゃなきゃ、いやだ。


   ……ふざけないで。


   ふざけてなんか、いない……あたしは、本気だ。


   私は、あなたなんかと、


   契ろう、マーキュリー。


   ……!


   お前の部屋が、だめならば……今日は、あたしの部屋で。


   ……私にはやるべきことがあるのよ、あなたと契りなんて。


   やるべきこと……?


   あなたには、分からないわ。


   ……然うかな、話して呉れれば分かるかも知れない。


   分かるわけ、


   分かりたい。
   全部、分からなくても。


   ……。


   お前……あたしよりもちょっとだけ前に、此処に来たんだろ。
   だから、毎日動き回って……此処を、知ろうとしているんだろ。


   ……どうして。


   お前も、先代を知らないんだな……。


   だから、何。
   私は、私がすべきことを


   ふたりで、すれば良い。


   ……は?


   ひとりよりも、ふたりで。
   これは……お前の先代の言葉だ。


   ……。


   先代が書き残したものの隅っこに、小さく然う書いてあった。


   そんなわけ、


   先代の字とは、形が違うんだ。


   だから、何。
   それだけで判断するなんて、


   これから、見せてやる。


   ……。


   お前に、見せてやる……先代マーキュリーが、お前とあたしに遺した言葉を。


   見たくない。


   ……。


   今の私には関係ないわ。


   ……関係ない?


   私は先代のようにはならない。
   決して。


   ……なる必要なんて、あるのか。


   先代が書き残した言葉なんて、


   ないだろ、そんなもの。


   あなたは、知らないから、


   知らないよ、なんにも知らない。
   だから、これから知ってくんだろ。お前と二人でさ。


   いい加減なことを、


   教えて呉れよ。


   ……。


   知りたいんだ、お前のこと。


   ……話が通じない、なんなの。


   なぁ、此処さ。


   ……。


   特別な場所だったり、するのか。


   ……何故。


   小ぢんまりとはしているけど、なんとなく落ち着く。
   静かで、辺りにひとも居ない……何より、緑がある。


   ……。


   この緑、誰が手入れをしてるんだろう。
   本物だろ、これ。


   ……。


   若しかして、マーキュリーが?


   ……違うわ。


   此処の奴らが緑の手入れをするとは思えない。農園もほったらかしでさ。
   マーキュリーの管理装置があるから良かったけど、なかったら荒れてしまうところだった。


   ……。


   然うだ、たまに此処で逢わないか。


   逢わない。
   もう二度と、此処には来ない。


   お前、捻くれ者だな。


   ……。


   此処、気に入ってるんだろ?
   あたしと逢うのはたまにで良い、それ以外はひとりで過ごせば良い。


   ……居たら、貴女は来るでしょう。


   来るかも知れないけど。


   ならば、来ないわ。


   マーキュリー。


   いい加減、下ろして。
   仕事に戻るわ。


   此処に来てから、ちゃんと寝てるか。


   ……あぁ、もう。


   ごはんは、ちゃんと食ってるか。
   細すぎるようだけど、食ってるか。


   寝てるし、食べてるわ。
   余計な心配を


   言っとくけど、あの糞不味いのじゃないぞ。
   ジュピターが育てているもの……今はあたしが作ってものを、料理して食ってるか。


   糞不味かろうが、あれさえ食べていれば事は足りるの。
   大体、料理なんて非効率的なもの


   分かった、今日のところはあたしの部屋にする。


   は?


   ちゃんとしたごはんを、お前に食わせてやる。


   行かないと、


   それからお茶を飲みながら甘味を食べて、お前とこれからのことを話したい。


   だから、


   四守護神のひとりとして、マーキュリー、お前と食事及び会話をすることを望む。


   ……。


   決まりだ。


   ……長くは、居ない。


   あぁ、良いよ。それでも。


   ……少しでも、おかしな動きをしたら。


   しないよ、今日は。
   欲しくて堪らないけど、我慢する。


   ……。


   ……だけど、口付けくらいなら。


   ……。


   ……口付けも、我慢する。


   下ろして。


   下ろさない、このまま


   見世物になるのは、嫌なの。


   ……。


   此処の連中に、見られたくないの。


   分かった、下ろす。
   下ろす、けど。


   貴女の部屋に行けば良いのでしょう。


   ……。


   行ってあげるわ。


   あ。


   何をしているの、早くして。


   お前、あたしの部屋……。


   知らないわけ、ないでしょう。
   私のこと、誰だと思っているの。


   あたしのマーキュリー。


   未だ、あなたのじゃない。
   勝手にあなたのものにしないで。


   ……。


   ほら、早く。


   ……本当、良すぎだな。


   ジュピター。


   応、今行くよ。


   ……はぁ、最悪な日だわ。


   なんか言ったか?


   言っていたとしたら、何。


   いや、別に?


   にやにやしないで、気持ちが悪い。








   なんてこと、あったよな。


   ……。


   おはよう、あたしのマーキュリー。
   ゆうべは良く、眠れたかい?


   ……お蔭様で。


   ははっ、そいつは良かった。


   ……はぁ。


   今日も今日とて、きれいな青だ。


   ……。


   あたしの一番、好きな色だ。
   大好きな、青だ。


   ……あぁ、そう。


   何、飲む?


   ……いつもの。


   応、いつものな。


   はぁ……。


   ……。


   ……何。


   目の下、幾らかはすっきりしたな。


   ……鬱陶しい。


   お前、あたしが居ないと直ぐに駄目になるからなぁ。


   ……うるさい。


   ごはん、食うだろ。


   ……食べてあげるわ。


   美味いの、作ってやるから。


   ……不味かったら、食べない。


   大丈夫だ、美味いから。


   ……。


   先ず、お茶な。
   此処に置くぞ。


   ……。


   熱いから、気を付けろよ。


   ……言われなくても。


   寝惚けてるようだからな、念の為だよ。


   ……ねぼけてなんか。


   んー?


   ……。


   はは、言ってるそばからだ。


   ……いちいち、鬱陶しいわね。


   ふぅふぅ、してやろうか?


   要らない。


   あぁ、然うかい。


   ……。


   ま、火傷した時は


   少し、甘い。


   あ?


   ……甘い。


   あぁ、疲れてる時って甘いもんが欲しくなるだろ?
   特にお前は、さ。


   ……。


   ん、良い顔だ。


   ……うるさいって、言ってるでしょう。


   はいはい、うるさくて悪かったな。


   ……朝食、何を作るつもりなの。


   そりゃあ、美味いのだよ。


   詳しく。


   十分に、


   何を、作るつもりなの。


   具を挟んだ薄麦餅に汁物、あとは生野菜だな。
   お前は、薄麦餅が好きだから。な、片手で食べられるから良いんだろう?
   ま、書物を読みながらは正直、止めて欲しいんだけどさ。それでも、食べないよりはずっと良いから。


   ……。


   どんな具を挟むのか、汁物の具や生野菜は何か、それは今は言わない。
   楽しみが、減るからな。


   ……楽しみになんか、元々していないわ。


   獣の肉があれば良いんだけどなぁ。若しくは、鳥の卵。
   美味いし、栄養も抜群だ。特にお前みたいな、四六時中顔色が悪い奴はもっと肉と卵を食った方が良い。
   今朝は、まぁまぁ良いけどな。


   ……脂っこいのは好きじゃない。


   安心して呉れ、脂抜きはちゃんとしてやる。
   食い慣れないものを食って、若しも具合でも悪くなったら元も子もないからな。


   ……。


   な、いつか持ち込めるようになったりはしないか?


   ……そんなことは、あり得ないわ。


   せめて、鳥の卵ぐらい。


   造ることなら、可能だけれど。


   それは、不味そうだな。


   同じような味にすることだって出来るわ。


   同じような、だろ。


   それの何処が気に入らないの。
   同じような味ならば、


   紛い物だからさ。
   そもそも、造った物を食うのは胸糞が悪い。


   それを言ったら、作物はどうなのかしら。


   造り物と作り物は違う。全然、な。


   ……。


   作物はずっと昔のジュピターが月に持ち込んで、試行錯誤を繰り返しながら、あたしの代まで繋いできたもの。
   ジュピターだけでは駄目だったから、マーキュリーと力を合わせてさ。
   造ってしまえば、楽だったろうに……昔のジュピターとマーキュリーは、然うしなかった。


   ……非効率、極まりない。


   お前だって分かってるだろ。
   月の技術で造り出した肉や卵は、仮令本物と同じような味であっても……あの胸糞悪い餌と同じ、紛い物の域からは決して出ないと言うことを。


   ……全く同じと言うわけではないわ。


   造り方は同じだ。
   あたし達とも、な。


   ……。


   そんなの、食えるかよ。
   お前にだって、食わせない。食わせられない。


   ……だったら、さっさと諦めたらどうなの。


   諦めたら、そこで終わっちまうだろ。


   くだらない、叶いもしないことをいつまでも。


   あたしは、しつこいからな。
   諦めがすこぶる悪いんだよ。


   厄介でしかない。


   はっは。


   ……。


   なぁ、マーキュリー。
   また今度、一緒に青い星に行くようなことがあったら、


   ないわ。


   肉と卵を使って、美味いのを沢山作ってやる。
   楽しみにしてて呉れ。


   脂っこいのは


   脂抜きはちゃんとする。


   されてなかったら、食べないわ。


   されてなかったら、な。
   て、なんだ、一緒に行く気満々じゃないか。嬉しいな。


   一緒に行くとは言っていないし、行くこともない。


   ともあれ。
   これからあたしが作るのは、肉と卵がなくても十分に美味い。


   ……。


   あの糞不味い餌なんぞよりもずっと、な。


   ……比較する方が間違っているわ。


   あん?


   ……。


   マーキュリー?


   ……あんなもの、もう二度と。


   食いたくない?


   ……。


   お。


   ……いちいち、癇に障る。


   はは、良い傾向だな。


   ……。


   しかし、マーキュリーって。


   ……近い。


   飲み方が、いちいち可愛いな。


   ぼんくら。


   節穴?


   いい加減、その眼球を取り換えるべきだわ。


   目玉を換えたところでここが同じなら、何も変わらねぇよ。


   だったら、


   そもそも、部品は同じもので造られているんだろ。なら、何も変わらない。
   ま、あたしがジュピターでなくなれば、変わるかも知れねぇけど。


   ……。


   はは。


   ……。


   なぁ、マーキュリー。


   ……。


   あん時のお前はさ、必死だったんだよな。
   たったひとりで、なんとかしようとしてさ。


   ……いつの話。


   初めて出逢った時の。


   どうしてそんな話をするの。


   さっきまで、してただろ。


   私はしてない。


   誰も何も教えて呉れないから、ひとりでなんとかするしかなかった。あたしが来ても尚、ひとりで居ようとしてさ。
   だから何処を探しても見つからなかった。ずっと動き回っているお前と、お前を探し回ってるあたし。本当、すれ違ってばかりで。


   続けないで。


   あの小ぢんまりしてるとこだけだったんだろ、心が休まる場所は。
   休ませることが出来た場所は。


   ……。


   然うだったんだろう?


   ……然うだとしたら、何。


   やっぱり、ひとりよりもふたりの方が良いってことだよ。


   意味が分からない。


   え、分かるだろ?


   全く、分からない。


   分かってるな、その顔は。


   ……。


   あの場所、ジュピターがマーキュリーの為に作ったんだよな。マーキュリーの心を少しでも慰める為に。
   先代が居なくなった後は……お前が、手入れをして呉れていた。おかげで、荒れずに済んだ。
   農園だって、然うだ。


   ……今更。


   な、久しぶりにふたりで。


   行かない。


   手入れなら、ちゃんとしてるぞ。


   知ってるわ。


   あたしが居ない間は、お前がして呉れている。
   だから、ふたりで


   貴女に割く時間は終わったの。


   あの場所で、昼ごはんを食おう。
   何が良い?


   未だ、朝も食べていないのに。


   朝ごはんを食い終わるまでに、考えておいて呉れ。


   考えてあげても良いけれど、あの場所には、


   マーキュリー。


   な……ん。


   ……。


   ……ジュピター。


   うん……やっぱり、甘いな。


   ……。


   待った。それで殴るのはだめだ。


   ……。


   いてぇ。


   素手でなら、良いのでしょう。


   良くは、ねぇけど。


   ……。


   まぁ、良いや。


   ……ねぇ。


   あ?


   未だ、あなたのものではないわ。


   ……。


   なった覚えは、ないから。


   ……あぁ、然うかい。


   私は、誰のものにもならない。


   マーキュリーは、マーキュリーだ。
   ものなんかじゃ、ない。


   ……。


   さて、いい加減美味いのを作らないとな。
   なんだったら、寝転がって待ってて呉れ。


   ……早く。


   うん?


   して。


   応。


   ……これじゃない。


   なんだ、違うのか。
   じゃ、これはまた後で。


   ……。


   よし。


   ……なって、なんか。


   作るか。


   ……あげないわ。