−徒然なるままに、ままらない。(俺屍版)





   おう、今帰ったぜぇ。


   …。


   なんだなんだぁ?
   しみったれた面してやがって。


   …兄上、またですか。


   おぅ、悪いか。


   兄さま、いい加減朝帰りは止めたら如何かと思いますよ。


   いや何、それが男の甲斐性ってもんよ。
   昨日はなぁ、これがまた


   兄上。


   兄さま。


   おう、これは悪かった。
   流石に女の前でする話じゃねぇな。


   然う言う事ではありませんよ。


   またまた、本当は興味あるんだろが。
   お前はむっつりだからなぁ。


   何を


   男で女に興味ねぇヤツぁ居ねぇだろ?
   ま、男に興味あるヤツも居るみてぇだが、俺は興味ねぇ。
   こーんなくそ硬ぇの抱いて何が


   何が?


   お…。


   その続きはさて、何でしょう?


   あー…まぁ、然う言うわけだ。
   久遠、お前は出てけ。


   何故です?


   聞きてぇか?
   俺の


   いいえ?


   だろ?
   んじゃあ


   寧ろ、兄さまが出て行ってくださいな。


   おいおい、それじゃ


   ねぇ、いさ?


   ああ、然うだな。


   おい。


   兄上。


   仕方ねぇなぁ。
   ほれ、お前はどれが好みだ。


   …はい?


   ほれ、これよ。


   な…。


   この中に一人くらい、居るだろ?
   流石になぁ。


   い、いや…。


   ん?
   この女か?それともそっちか?
   こっちはなかなか良いぞ。
   が、そっちは玄人好みだな。


   俺はこういうのは…。


   良いから選べ。
   俺が連れて行って紹介してやっから。
   な?


   だ、だから…。


   お、この女か。
   なかなか面食いだな、お前は。


   は、はぁ?


   …然う、なんだ。


   いや、待て待て。
   俺は未だ何も


   …。


   久遠、俺は


   女知らんでくたばるなんぞ、詰まらんぞ。
   それにほれ、俺らはどうせ種無しだ、気兼ねも要らねぇ。


   ば、莫迦な事を言わんで下さい。


   …。


   お前もそんな顔をしているな。
   俺は一言も行くなどとは、


   …こういうのが好きなんだ。


   や、だから待て、誤解してくれるな。


   …。


   いやぁ、不能で無くて良かったよなぁ!


   …不能。


   兄上ももう止めてください。
   俺は


   よっし。
   んじゃ今宵は


   兄上!


   心配すんな。
   金は


   俺は行きません。


   あ?


   それからいい加減にしてください。
   兄上はもう一児の親なのですよ。


   だからどうしたい。
   餓鬼は一匹居れば十分よ。


   兄さま、汚い言葉使いは子供が真似を致しますわ。


   本当にそろそろ落ち着いてください。
   指導もせずに、遊び歩いている場合では無いでしょう。


   遊んでるわけじゃねぇ。
   これが俺の生き様よ。


   莫迦ですか?


   おう、莫迦でなんぼよ!
   それが俺の





   だいごぉーーー!!





   …う、お。


   お帰りなさいませ、橙吾さま。


   お、おう、ただいまだ。


   だいご!だいご!どこいってたー!


   いて、いて、いてぇ!


   だいご!!


   こんの糞餓鬼、ぽかぽか蹴っ飛ばしていてぇじゃねぇか!


   おいてっただいごがわるいー!


   んな事言ったって、餓鬼連れて花買いになんぞ


   くそたれだいごーー!


   呼び捨てるな、それから俺は糞は垂れてねぇ!


   だいごーー!!


   ええい、俺はとーちゃんだ!


   だいごはだいごー!


   こんの莫迦餓…いてぇぇぇぇ!!!!


   はい、思い切り蹴飛ばしましたから。


   く、久遠、お前は顔に合わず


   自分の娘を糞だの莫迦だの言う兄上が悪いのですよ。


   勇魚、だがなぁ?!


   だいご、だいご!


   菊乃、お前も蹴るな、いてぇだろぉが!


   ……はぁ。


   椿、お前も


   私は何もしていませんが。


   見てねぇで菊乃を止め、いてぇ!


   ばかだいごー!


   こんの阿呆娘がぁぁ!!!


   わぁぁ!


   待てこらぁ!


   あはははははーーー!!


   椿、その餓鬼を捕まえてくれ!


   嫌です。


   あぁぁ?


   藤花の世話もありますので、私はこれで。


   あ、こら、ついでにこいつも、いってぇ!


   はやくしろ、だいご!


   …のやろぉがぁ!!


   あはは!


   何も面白くねぇぞ!!


   こっちだよ、こっちだよー。


   待ちやがれ!!


   あははははは!


   ……。


   ……。


   …はぁ。
   兄上にも困ったものだ。


   ねぇ、いさ。


   何だ?


   いさはこういう女が好きなのね?


   な、何を言って


   …否定、しないんだ。


   違う!
   断じて違う!


   …。


   大体、これは兄上の好みだろう!
   俺は興味無い!


   じゃあどんな女なら興味があるの?


   …!


   ねぇ。


   そ、それより!


   …。


   続きをやろう。


   …。


   ほら、久遠。
   次は…


   ……ばか。








   何、してるの?


   …ん。
   ああ、聖。


   ん?


   これ。


   なになに?


   日記。
   蔵の中を整頓していたら出てきたの。


   へぇ、誰の?


   誰だと思う?


   どれどれ、見せて見せて。


   はい。


   んー……て、汚い字。


   特徴のある字よね。


   読めないんだけど、これ。


   然う?
   読めなくはないわよ。


   うー…。


   貴女の字も癖、あるし。


   こんなに汚くはないと思ってる。


   汚くはないわね。


   でしょ。
   しっかし誰の字だ、これ。


   聖は会った事、無いわ。


   んじゃ、私が家に来る前に?


   ええ。


   ふぅん。


   江利子はぎりぎり。
   でも屹度、覚えていないかも知れないわ。
   だって


   あいつはどうでも良いよ。


   …もう。


   来る前、かー。
   じゃ、分からないや。


   でも知ってるわよ。


   うん?


   家系図で。


   …うーん。


   豪放磊落な方だったと聞いているけれど。


   なのに日記?


   でも見て。


   ん?


   毎日、では無いでしょう?
   思った事がある日だけ、記したのかも知れない。


   …言われて見れば、あんまり書いてないや。


   子供の前では形無しだったのね。


   子供?


   ええ。


   ふーーん。
   で?


   で?


   子供、欲しくなっちゃった?


   …聖。


   へへ、冗談です。


   全く。


   …よーぅこ。


   こら。


   へへ…。


   そういえば。


   …ん?


   少々、女遊びが過ぎている方だったらしいわ。


   女?


   然う、女。


   へぇ。


   白粉の匂いとか、良く、纏っていたそうよ。


   …へぇ。


   …。


   …。


   ……。


   …て、なんで黙るの。


   貴女こそ。


   私は、別に…


   …別に?


   …。


   …。


   ……聖。


   は、はい。


   何故、畏まっているのかしら?


   い、いや、別に…。


   …。


   …。


   ……貴女は良く、では無かったけれど。


   う……。


   …鼻につくのよ、聖。


   はい……。








  −コトモナシ。





   …最近、暇なような気がする。


   …。


   なーんだろなー。


   …。


   ねぇ、蓉子。


   …。


   ねーぇ。


   …何?


   ひまー。


   …レポートでもやりなさい。


   今はそんな気分じゃないの。


   …。


   蓉子ってさ。


   …あ。


   眼鏡、似合うよね。


   …聖。


   視力、また落ちたの?


   …少しね。


   今幾つ?
   前は確か0.6くらいって言ってたよね。


   …。


   ないの?


   …右が0.1以下。


   え。


   …。


   目、使いすぎじゃない?
   勉強のしすぎ、とかさ。


   あのねぇ、聖。


   じゃあさ、この距離でも私の顔、見えない?


   …ぼやけているわ。


   じゃあ…これだと?


   ……。


   ん?


   …。


   …んお。


   返して。


   ないと見えない?


   見え辛いと言ってるでしょう。


   …。


   早く。


   …ねぇ、蓉子さ。


   何よ。


   今度、眼鏡を掛けていてよ。


   …今度?


   ぼやけた世界ではなく、是非とも、クリアな世界で。


   …。


   コンタクト…じゃ、一寸ね。
   小道具にはならない。


   …聖。


   私ね、蓉子の眼鏡姿って好きよ。


   どうでも良い。
   返して。


   返したら目、酷使するでしょ?


   酷使なんてしていないわ。


   視力、落ちているのに?
   …うわぁ、私にはきついわ。これ。


   聖。


   お、と。


   いい加減にしなさい。


   …。


   せ


   蓉子、じっとしていて。


   は?


   …掛けてあげる。


   はぁ?


   動いちゃだめ。


   止めてよ。
   フレームが曲がってしまうじゃない。


   大丈夫。
   ちゃんと掛けてあげるから。


   ふざけるの、


   ほら、じっとしてないと。


   も……。


   …。


   …。


   …。


   …ん。


   どうでしょうか、蓉子さま。


   …ふざけて。
   自分が暇だからって


   オールクリア?


   …。


   今夜は是非とも、それで。


   うるさい、ばか。








  −発症。





   …お邪魔します。


   …。


   ……蓉子?


   …。


   蓉子、寝てる…?


   …。


   様子、見にきたんだけど…。


   ……て。


   ん…?


   …いいって、いったのに。


   具合はどう…?


   …うつる、から。


   マスクしてるよ。


   …だめ。


   ちゃんと手洗いうがいもするから。


   …くうきかんせん、するから。


   …。


   …ありがとう。
   きもちは、うれしい…。


   …うん。


   でも…うつったら、たいへんだから。


   …。


   せい…。


   …枕、替えてあげる。


   いいから…。


   …。


   せい、おねがいだから…かえって。


   …聞こえない。


   …。


   …枕、と。
   ごはん、作ったら帰るよ。


   …。


   食欲、あまり無いかもしれないけど。


   ……。


   …頭、ごめん?


   …ん。


   ああ、やっぱり温くなってる。


   …。


   替えたら、ごはん作るね。
   そうめんが良いって言うから買ってきた。


   …う、ん。


   あと果物の缶詰とアイス、でもってスポーツドリンクも買ってきた。
   水分補給は大事でしょや?


   …ありがとう、せい。


   どういたしまして。


   …。


   そうめん、あったかいのと冷たいの、どっちがいい?
   缶詰の方が良いかな。それともアイス?


   …おそうめんがいい。


   あったかい?
   冷たい?


   …あったかいの。


   了解。
   それじゃあ


   せい。


   ん?


   …。


   …なに?


   ありがとう…。


   …どういたしまして。








  −経過。





   ん〜♪


   …。


   イクィヨーローヤァーコォーオ〜〜。


   …ふふ。


   ん?


   なによ、それ。


   ぞーごってやつ、かな。


   造語、ね?


   然う、造語。
   面白いでしょや?


   ええ、面白い。


   へへ。
   …アードォーネェルーシィネーマクィシャダァ〜〜。


   ふふ、聖って本当にそういうの好きよね。


   うん、好き。


   私も好きよ。


   お。


   貴女が好きなのは、私も好き。


   嬉しいこと、言ってくれるなぁ。
   …ほい、出来た。


   良い匂い。


   蓉子直伝、かきたまうどん。
   どうぞ、召し上がれ。
   あつあつだから気をつけてね。


   うん。
   それは聖の分?


   一緒に食べようと思って。


   …。


   大丈夫だよ。
   熱だって下がったんだから。


   でも


   大丈夫さ。
   さ、食べよ。


   …うん
   いただきます。


   ほい、召し上がれ。


   …。


   んー……まぁ、それなりには出来たかな。


   ううん、それなりなんて言葉じゃ勿体無いわ。


   そうそう?


   聖はやれば出来る人だから。
   自分なりの工夫もするし。


   然うなの、私はやれば出来る子なの。


   いつもやってくれれば良いのだけれど。


   こういう時にこそ、発揮してなんぼです。


   もう、そんな事ばかり言って。


   へへへ。


   …。


   …でもやっぱ、私は蓉子のが好きだよ。


   ん…?


   蓉子のうどんが一番おいしい。


   …然う。


   嬉し?


   …ええ、然うね。


   病み上がりの蓉子さんは素直だなぁ。


   …いつもは素直じゃなくてごめんなさいね?


   どっちにしろ、可愛いから無問題。


   …もう。


   ほら、可愛い。


   …もう、良いから。


   やーだ。


   こら、食べてるのに…。


   …ふふ。


   聖。


   ずっと我慢してたから。


   でもまだ駄目。


   ちぇ、残念。


   …。


   …。


   …ねぇ、聖。


   ん。


   …。


   蓉子?


   …あのね。


   うん。


   貴女の、背中。


   背中?


   …ごはん、作ってくれてた時の。


   ああ。
   それがどうかした?


   たまに鼻歌交じりで。
   今日みたいに。


   うるさかった?


   ううん。


   じゃあ?


   …安心した、の。


   …。


   一人じゃない…貴女が居るんだって。


   …。


   …それだけ。


   ああ。


   …聖?


   状況が状況じゃなかったら、押し倒してるとこだった。


   ……。


   せめて、ちゅーしたい。
   凄くしたい。


   …だーめ。


   よーこぉ。


   もうちょっと、我慢して。


   もうちょっと?


   …そう、もうちょっと。


   …。


   …。


   …うん、分かった。
   頑張る。


   …もう、真面目な顔をして言う事じゃないわ。








  −そして、いつもどおり。





   …思うに。


   ん、なに…?


   聖は人間に関わるものが、あまり得意ではないのね。


   …と、言うと?


   人間のいない楽園。


   …でこちんだな、そんな事言うヤツは。


   思えば、言語って人間の特徴の最たるものだもの。


   でも、嫌いなわけじゃないよ。
   例えば…。


   …んん。


   蓉子の、こういう時の言葉とかね。


   まともな言葉になってない…。


   …そうでもないさ。


   聖…。


   …ほら。


   ……まだ、だめ。


   久しぶりだから。
   ゆっくりね?


   …。


   お…。


   …然う、久しぶりの聖だから。


   ……へへ、甘いなぁ。


   ん…。


   …キスして、とは言わないのに。
   時にそれは言葉以上の力を持つね…。


   …それって?


   なんだと思う…?


   …。


   ……ほら、今だって。


   …人のコト、言えないくせに。


   ふふ、流石は蓉子さん…。


   …。


   …。


   …だけど。


   …だけど?


   言葉でも欲しいの…。


   …幾らでもあげるよ。


   嘘吐き…。


   …蓉子にだけ、だから。


   嘘はいや…。


   …嘘じゃない。


   せい…。


   …ようこ。


   ……。


   …蓉子はくれない?


   …あげるわ、幾らでも。


   だったら…今、欲しい。


   …も、でしょう?


   ふふ、そうとも言う…かな。








  −羽は無いけれど。





   …ねぇ、聖。


   なに、蓉子…?


   …。


   なんでも、言って。
   今なら、なんでも聞けるよう気がするから。


   …嘘ばっかり。


   まぁ、別れるとかは聞けないけど?


   …そんな事、言うと思う?


   …。


   …聖ったら。


   思ってないけど…。


   …思ってないのに?


   蓉子が好きって言ってくれないと…。


   …もう、莫迦ね。


   うん…。


   それでね、聖。


   …うん?


   向こう、向いて。


   …なんで?


   なんでも聞いてくれるのでしょう?


   …ような気がする、って言ったんだけど。


   じゃあ、聞けない?


   …とりあえず。
   なんでって返しても良い?


   良いわよ。


   じゃあ、なんで?


   背中。


   背中?


   触りたいの。


   …触れるじゃない、これでも。


   ううん、触れないわ。


   …どういう意味?


   向いてくれれば、分かるわ。


   …。


   ね、聖…?


   …少しだけよ。


   うん…それで、十分。


   …。


   …。


   …。


   ふふ…。


   …何が可笑しいの?


   こうして見る事って、あまり無かったような気がするなって思ったの。


   そうだっけ…?


   然うよ。
   いつも貴女ばっかり。


   …蓉子の背中はきれい。


   貴女のも。


   …肩甲骨、とか。


   きれいな形ね…。


   …蓉子、くすぐったい。


   貴女が私にする事をしただけよ…?


   …むぅ。


   …。


   …。


   ……ね、聖。


   …なに。


   大好きよ…。


   …。


   ……好き。


   蓉子…。


   ……一緒に、いたい。


   ……。


   貴女の背中が…愛しい。


   …背中だけ?


   …。


   …。


   ……莫迦。


   だって…。


   …そんなわけ、ないじゃない。


   …。


   …。


   …ね、蓉子。


   まだ、だめ。


   …むー。








  −瑕疵。





   志摩子さん!


   …はい?


   今度の日曜日、暇?


   今度の?


   うん。


   …。


   えと、志摩子さん?


   …然うね、午後からならば大丈夫よ。


   本当!?


   ええ。


   ならさ、志摩子さんちに行っても良い?


   うちに?


   え、駄目?
   忙しい?


   然うねぇ。


   駄目なら、


   乃梨子の家に行きたいわ。


   …へ。


   駄目かしら?


   良いけど。


   けど?


   あ、いや、良いよ。


   小母さまにご迷惑かしら。


   大丈夫。
   どっかに出掛けるとか言ってたから。


   然う?


   うん。
   じゃあうちで良い?


   ええ、勿論。
   …ああ、でも。


   え?


   乃梨子は弥勒像を見たかったのかしらね。


   …。


   だったら矢っ張りうちの方が


   う、ううん!


   ん?


   弥勒像は、そりゃ勿論、見たいけどさ。


   なら


   わ、私は志摩子さんに会いたいんだよ。


   私に?


   …あ。


   …。


   そ、その変な意味じゃなくて、


   変な意味ってどんな意味なの?


   え。


   乃梨子?


   …。


   どうしたの?


   …毎日、会えたらなって。


   …?


   な、なんでもない!


   そう?


   う、うん。


   そう。
   それで変な意味って結局何?


   し、志摩子さん!


   ん?


   ……。


   あらあら。


   …遊ばないでよ、志摩子さん。


   遊んでなんかないわよ。
   ただ。


   …ただ?


   乃梨子が可愛いから。


   …ッ!


   うふふ。


   ……。


   一時で良いかしら。


   …え?


   待ち合わせ。


   あ、ああ、うん。
   じゃあ一時で。
   場所は…


   ええ、分かったわ。








   志摩子。


   …え。


   ごきげんよう。
   久しぶりね。


   …ごきげんよう。
   ご無沙汰してます。


   ええ、然うね。


   ……。


   誰かと約束、かしら?


   …私の妹と。


   姉妹(スール)


   はい。


   然う。


   江利子さまは


   こっちも人との約束。


   …山辺さんですか。


   さぁ、誰かしら。


   ……。


   どう?


   …何がでしょう?


   学校生活、かしら。


   …変わりませんよ。


   然う、それは詰まらないわね。


   貴女はもう、いませんが。


   私だけ?


   …お姉さまはすぐお隣にいらっしゃるので。


   蓉子は?


   一度だけ。


   へぇ。


   …お姉さまと一緒にいるところを。


   ああ、なるほど。


   …。


   さて、私は行くわ。


   はい、お気をつけて。


   貴女もね。


   ありがとうございます。


   じゃあ…いつか、また。
   ごきげんよう。


   ごきげんよう、江利子さま。








   あ!


   …。


   志摩子さん、こっちこっち!


   …乃梨子。


   今日は私の方が先立ったね。


   …然うね。


   いつも志摩子さんが先でさ、


   …。


   だから私も…?


   ……。


   …志摩子さん?
   どうしたの?


   …何がかしら?


   何がって…えと、なんかいつもと違うような気がするから。
   体調でも悪いの?


   …。


   志摩子さん、大丈夫?


   …大丈夫。


   でも


   私なら大丈夫よ、乃梨子。


   …なら、良いけど。


   遅れてごめんなさいね。


   ううん、時間通りだから。


   良かったわ。
   さぁ、行きましょう。


   あ、待って。


   うん?


   ごはん、食べていかない?
   丁度、お昼だしさ。
   うち、何もないから。


   ええ、分かったわ。








  −Amigos dulces.(放浪記)





   …。


   …ねぇ、聖。


   En español, por favor?


   …。


   冗談よ。
   蓉子と話す時はやっぱり母国の言葉が良い。


   …。


   それで何かな?
   蓉子さん。


   それ、結局はどうしたの?


   これ?


   今、手入れをしているもの。


   言わなかったっけ?


   …冗談でなら。


   ああ。
   本気にしちゃってた?


   してない。


   それは良かった。


   …それで?


   あーこれはねぇ…。


   …。


   まぁ、貰ったのかな。


   誰に?


   人に。


   ふざけているの?


   怒らないでよ。
   と言うか機嫌、悪いの?


   …真面目に答えて。


   真面目、真面目ねぇ。


   …。


   あの日?


   聖!


   …。


   …お願いだから、真面目に答えて。


   蓉子。


   …。


   Ven aquí.


   …日本語で言いなさいよ。


   じゃあ、こっちにおいで。


   …嫌よ。


   これがあるから?


   …。


   セーフティ、かけてあるよ。


   …。


   来ないと答えないって言っても?


   …。


   …。


   …お手入れは終わったの?


   お手入れ、なんて上品なもんじゃないよ。
   現に。


   …。


   これを出してると、蓉子は傍に来てくれない。


   …好きではないわ。


   まぁ良いんじゃないかな、それで。
   私も特別好きなもんでもないし。


   …


   ねぇ、蓉子。


   …結局、教えてくれないのね。


   もう少し、待っててよ。


   …。


   ちゃんと、話すから。


   …それは、いつか?


   然う、いつか。


   …必ずよ。


   うん。
   約束、しようか?


   …しない。


   それはどうして?


   …。


   まぁ、良いけどね。
   あともう少しかかるから。


   …ええ。








  −El Humahuaqueño(放浪記)





   …。


   聖。


   …。


   聖、コーヒー。


   …。


   ここに置くわよ。


   …ん。


   …。


   …。


   …お祭、かしら。


   蓉子はこの曲、知らない?


   …どこかで聞いた事があるわ。
   でも、どこだったかしら。


   駅前とか、は?


   ああ。
   そういえば演奏してた人たちが居たわね。


   ポンチョ羽織って、ね。


   ええ。
   聖はこういうの、好きなの?


   結構、ね。
   あっちで聞くのと、こっちで聞くのじゃ、空が違うから、


   空…。


   さえぎるもの、何も無い。


   …然うね。


   どうせだから混ぜてもらおうか。


   混ぜて?


   あれあれ。


   …踊れと?


   楽しいそうじゃない。


   無理よ。


   どうして。
   ダンス、学生ん時に習ったじゃない。


   それとは違うじゃない。


   同じだよ。
   踊りはダンス、ダンスは踊り。
   人は古来より、歌って踊るものさ。


   また、わけの分からない事を…。


   異邦人の一人や二人、混ざったってなんとも無いよ。
   盆踊りで浴衣来た西洋人が居たって面白くて良いように、さ。


   盆踊りって。
   それとはまた違うじゃない。


   同じ同じ。


   て、聖。


   それがお祭なんだから。


   待って、引っ張らないでよ。
   それにコーヒーはどうするのよ。


   コーヒー?


   貴女が飲みたいって言うから買ってきたのよ。


   んー…。


   折角買ったのに、勿体無いじゃない。


   …勿体無い、ね。
   それもそうだ。


   でしょう?


   んじゃ、飲んでからにしよう。


   は?


   飲んでから。


   一人で行きなさいよ。


   蓉子、あれが見えない?


   見えてるわよ。


   じゃあ、蓉子の一緒じゃないとね。


   だから、


   二人で一対、でしょう?


   ……。


   一人じゃ一対にはなれない。
   同じ、一、でもね。


   …屁理屈王。


   みみくちおう、なんだけど?
   私は。


   …。


   渋い?
   違うのにすれば良かったのに。


   …うるさい、ばか。








  −Los sentidos.(放浪記)





   聖。


   ん。


   …。


   …なに?


   髪、随分と伸びたわね。


   …然うかもね。
   ほったらかしだから。


   そのわりには揃ってない。
   邪魔なところだけ適当に切っているでしょう?


   …。


   聖?


   …蓉子さんはなんでもお見通しだねぇ。


   …。


   目に掛かると邪魔なんだ。
   後もそろそろ切りたい。
   暑いから。


   …大分、傷んでいるわね。


   まぁね。


   …綺麗だったのに。


   自分ではあまり好きではなかったから。
   寧ろ、丁度良いよ。


   …。


   蓉子の黒髪は、さ。


   ん…。


   こっちの人とはまた、違う。
   日本人って感じがするわ。


   …同じ色なのだけれどね。


   単語で言えばね。
   でも、違うのよ。


   …然う。


   …。


   …ねぇ、聖。


   蓉子に切って貰おうかな。
   どうせだから。


   …私が?


   私が切るよりはマシだと思うわ。
   駄目かしら?


   …良いけど。


   じゃあ、決まりで。


   …。


   で、何か言いかけた?


   …江利子に、聞いたのだけど。


   でこちん?


   聖は他人に髪を触られるのが好きじゃないって。


   今更だねぇ。
   知ってるかと思ったけど。
   で?


   …。


   Di el siguiente.
   (言いなよ、続き)


   …私が


   感覚ってのがあってね。


   …?


   至極簡単だよ。
   生理的に合うか、合わないか。
   ただ、それだけ。


   …私は平気だったのね。


   どうしてかね。
   あんなに喧嘩ばかりしてたのに。


   …。


   けど蓉子との喧嘩は江利子とするのとは違った。
   そもそも、あいつはお節介なんてしないし。


   …ええ。


   …ま、感覚ってのは頭で理解するもんでも無いから。


   …。


   Por cierto、蓉子。
   (ところで)


   時々、混ざるのね。
   私と話す時でも。


   混ざる?


   こっちの言葉と。


   ん…ああ、なんだかね。


   …。


   でも、忘れてなかったよ。


   忘れる?
   日本語を?


   まず、聞くことないからね。
   ほら、長らく喋ったり聞いたりしてなかったら忘れるって言うでしょう?


   それはとても幼かったら、の話ではないの?


   どうかな。
   大人でも、忘れたいと強く思えば忘れかも知れない。
   人間は忘れる事で前に進んで行く生き物だから。


   記憶喪失じゃないんだから。


   あはは。


   …思ったの?


   いーや、別に。
   何も考えてない。


   …髪の扱いと同じ?


   適当。
   今、必要なのがあればそれで事足りるから。


   …日本語は必要無いものなの?


   いつか、言ったけど。


   …。


   蓉子と話す時は母国の言葉が良い。
   一番、しっくりするからね。


   …。


   さて、そろそろ行こうか。


   …やっぱり、傷んでるわね。


   トリートメント、なんて。
   してないからね。


   …。


   ああ、でも。


   …何。


   貴女の髪が傷むのは、残念だから。


   …何よ、それ。


   大事にして。
   出来るだけ、で良いから。


   …聖。


   私は…学生の頃から、貴女の髪が羨ましかったのよ。
   その黒髪が、何よりも。


   …。


   ついでに言えばその目の色も。
   思えばうちは蓉子みたいな日本人女性…あ、祥子が居たか。


   うちって、山百合会の事?


   久しぶりに聞いた。


   みんな、元気よ。


   うん、嬉しい。


   …。


   みんな、みんな、しあわせに、だっけ。


   …それは貴女も入っているのよ、聖。


   …。


   聖。


   …蓉子がしてくれれば良いよ。


   え…。


   ところでいつ、切ってくれる?


   …。


   暑いから、早いうちが良いのだけれど。


   …宿に、着いたら。


   じゃ、それで。
   約束、ね。


   …ええ。








  −Ancient Dolphin





   ごきげんよう。


   …あ。


   白薔薇さまじゃなくて残念だったかしら?


   …いいえ。
   ごきげんよう、黄薔薇さま。


   今日は窓の掃除?


   …はい。


   貴女も律儀ね。


   …。


   厳正なる抽選で選ばれたわけでも無いと言うのにね。


   …。


   まぁ、好きにしろと言ったのは私だし。
   ところで環境整備委員会の方は良いのかしら?


   …はい、今日は無かったので。


   柵の修繕は終わったのかしら?


   ……。


   志摩子、さん。


   え。


   それで、どうかしら。


   …どう、て。
   柵の修繕だったら


   どうってのもおかしな話かしら。
   貴女は現に、こうして薔薇の館に通い続けているのだし。


   …。


   どんな風に私達を見ているのかは知らないけれど。
   そういえばおもてなし、出来て無かったわよね。


   …え。


   言ったでしょう?
   今度来た時はもっと気持ち良くおもてなしが出来るって。


   …。


   結局、紅薔薇さまと白薔薇さまはあんなんだから。
   紅薔薇さまってね、貴女と向き合ってるようで、向き合ってないのよ。


   それは…分かります。


   あらそう?


   …恐らく、ですが。


   引き篭もりを表に引っ張り出す。
   どうしても放っておけないのよ、あの子は。


   ……。


   さて。
   椅子に座りなさい。


   椅子…?


   どこでも良いわよ。
   今なら。


   ですが、まだ…。


   命令、と言ったら。


   …。


   良いわね。
   あっさり屈しない子は好きだわ。


   …黄薔薇さま。


   ところで私の本名は知っていて?


   ……。


   知らない?


   …どうして楽しそうなのでしょうか。


   楽しいから、よ。


   ……。


   本当に知らないのなら…それはとても素敵な事だわ。
   興味が無いって事だもの。


   …とても失礼な事だと思います。


   何故?


   …。


   興味の無い人間の事なんか、覚える必要も、知る必要すら無いじゃない。
   頭の容量が勿体無いもの。


   …はぁ。


   紅薔薇さまに言わせたら、然うでは無いのだけれど。
   あの子の記憶力の使い方は一種の才能だと思うわ。


   ……。


   鳥居江利子。


   …。


   覚えるかどうかは、貴女次第。
   私が貴女の名前を一方的に知っている状況でも私は構わないわ。


   …知らなかったわけではないのです。


   でも、興味は無かったでしょう?


   …と言うよりも。


   …。


   関わる事は無い、と思っていたのは事実です。


   然うねぇ。
   私も紅薔薇さまが言い出さなかったら無かったと思うわ。
   目にも入らなかったし。


   ……。


   窓から何が見えて?


   …何も。


   貴女には何も見えない?


   ……。


   白薔薇さまは、来ないわよ。


   …。


   …子供だから。
   一回機嫌を損ねると、そのまま不貞腐れてしまうのよ。


   ……私は。


   さほど似ていないと思うのだけど。


   …?


   こちらの話よ。


   ……。


   …さて。
   志摩子。


   …はい。
   あ…。


   …座る?
   それとも、座らない?
   そもそもおもてなし自体、要らないかしら?


   …黄薔薇さまが、


   本当は紅薔薇さまがすべきだと思うのだけれど。


   …何が可笑しいのですか。


   うん?


   …。


   可笑しいと言うより、面白いわ。


   ……同じだと思いますが。


   ……。


   …?
   黄薔薇さ……


   ……。


   ………何故。


   逃げないのね。


   …。


   貴女の髪はふわふわね。
   祥子とは正反対だけど、でも同じように、まとめ辛そうだわ。


   ……。


   良いわよ、出て行っても。


   …いいえ、行きません。


   然う?


   …理由を聞いても宜しいでしょうか。


   嫌よ。


   ……。


   理由なんて、無いもの。


   …気紛れ、ですか。


   さぁ?


   ……。


   オレンジペコ。


   …。


   は、飲めるのよね、確か。


   …はい。


   なら、こちらに来て座っていなさいな。


   …。


   もう、何もしないわよ。
   お茶を淹れる以外は、ね。


   ……。


   初めて?


   はい。


   然う、私もよ。


   ……。


   あら、貴女もそんな顔が出来るのね。
   キスしても変わらないから。


   …。


   夢、なんて見ていないのよ。
   面白く無いもの。


   …黄薔薇さまは、変わっていますね。


   それ、真面目な顔をして本人の前で言えるところが面白いわ。


   ……。


   久しぶりに淹れるから、どんな味になるか分からないけれど。
   飲めなくは無いと思うわ。


   …有難う御座います。


   いいえ、どういたしまして。


   ……。


   蓉子が…紅薔薇さまが最初に覚えたのよ。
   お茶の淹れ方。


   ……。


   お姉さまのお姉さまに、習ってね。


   …分かる気がします。


   でしょう?
   でも味では私が上だったのだけれど。


   …好みだと思います。


   へぇ?


   多分、紅薔薇さまのお姉さまは


   白薔薇さまのお姉さまもね。


   …。


   あの方は自分の妹が淹れたお茶より、蓉子が淹れたお茶の方が好きだった。
   勿論、蓉子のお姉さまもだけれど。


   ……。


   それでも、万人受けしたのは私。
   ねぇ、詰まらないと思わない?


   …然うですね。


   さぁ、どうぞ。


   有難う御座います。
   頂きます。


   猫舌で無ければ良いけれど。


   …。


   うん?


   …大丈夫です。


   そ。


   ……。


   ……。


   …とても美味しいです。


   月並み。


   ……。


   ……。


   ……黄薔薇さま。


   何かしら。


   …今度、教えて下さいませんか。


   何を?


   このお茶の…。








   高等部に時間は戻り。
   原作、何気に江利子は志摩子の髪の毛をそっと撫でたりしてるんですよね…。
   もっと言えば声をひそめてもちゃんと志摩子に聞こえてたと言う事は結構近い距離で、なんですよね…。